ゼロの使い魔・2回目
 
第7話(後編)
 
 ルイズが落ち着くのを待って、ウェールズが話を始めた。
 
「……サイト殿。先程のお話だが――」
 
「本当ですよ? テファは攻撃魔法以外は全部。ブリミルは全ての虚無を極めているそうです」
 
「い、いや……、そうではなくて、虚無の担い手というのは、そんなに何人もいるものなのか?」
 
 ウェールズの質問に、才人は一度頷き、
 
「ブリミルは別格として、ルイズ、テファの他に後二人は存在します。そしてそれと同じ数――四体の使い魔と四つの始祖の指輪、そして四つの秘宝。
 
 全てが揃った時に、始祖の残した遺産が完成する。
 
 ……そうだな? デルフ」
 
 デルフリンガーは溜息を吐き出し、
 
「やっぱり、知ってたのか」
 
「まあな、……一応、伝説との付き合いも長いんでな」
 
 気軽に告げる才人に向け、デルフリンガーは彼には珍しい神妙な声色で、
 
「それで、相棒はどうするんだい? その力を使って、ブリミルの遺言通り聖地を取り戻すんかい?」
 
 才人は肩を竦め、
 
「まさか……、エルフって話してみると結構良い奴らなんだぜ?」
 
 それを聞いたルイズ達の顔色が変わる。
 
「あんた、エルフとも交友があんの!?」
 
 皆を代表してルイズが問い質すが、それに答えたのは才人ではなく彼の傍らにいたブリミルだった。
 
 彼女は疲れたような表情で、
 
「諦めなさい。……こいつ、エルフの統領にまでフラグ立ててるから」
 
 その隣では、ティファニアがブリミルと同じく、疲れたような表情をしている。
 
「それは兎も角――」
 
 ブリミルが場の空気を変えるように、
 
「あんたはどうしたいの?」
 
 ルイズに問い掛ける。
 
「聖地を取り戻したいっていうんなら、虚無に関する記憶を全て奪わせてもらうけど?」
 
「な、何よその横暴! それにあんたブリミルなんでしょ!? あんたは聖地を取り戻さなくてもいいの!?」
 
 怒気を露わにして問い質すルイズに対し、ブリミルは苦笑を浮かべると、
 
「ブリミルといっても初代とは違うの。わたしは成り行きで彼女の遺産を受け継いだだけ。
 
 だから、エルフと敵対するつもりは毛頭無いわ。むしろエルフとは交友を深めるべきだと思ってる」
 
 ブリミルの言葉にルイズは躊躇い、そして視線を才人に向け……、
 
「……うん。いいわ別に。――聖地なんか興味ないし。
 
 サイトがエルフと仲良くしたいっていうんなら協力する」
 
「うん。これでこの問題は良し……、と」 
 
 ブリミルは頷き、視線をデルフリンガーに向ける。
 
「それで、あんたに聞きたいんだけど、昼間のサイトの暴走……、あれって何か分かる?」
 
 問われたデルフリンガーは、暫し考え、
 
「分かんね、――ただ、憶測でよければな」
 
「言ってみて」
 
「多分、ルーンの暴走じゃねーかと思ってる。……元々、ルーンは一体につき一つが相場ってもんだ」
 
「それが三つも有るから? でも、それじゃあ普段から暴走モードに入ってるんじゃない?」
 
「いや、三つじゃねえ、四つだ」
 
 それを聞いた才人、ブリミル、ティファニアの三人が息を呑む。
 
「普段は、隠れてる……、いや他の三つのルーンが胸のルーンを押さえ込んでるんじゃねーかな? 今回みたいに長時間ルーンの力を行使し続けると、四つ目のルーンを押さえきれなくなって暴走を開始する。ってとこじゃねえか?」
 
 デルフリンガーの説明を聞き終わった才人は、頭を掻きながら、
 
「つまりはあれか? 長時間ルーンの力を使い続けると、暴走するって事か?」
 
「あくまで、憶測だがね」
 
「……対抗策は?」
 
「知らねえよ。それを考えるのが、あんたらメイジの仕事だろ? まあ、過去の文献漁った所で、そんな事例聞いたこともないがな」
 
 デルフリンガーの言葉に、ブリミルは溜息を吐きながら、
 
「……サイト次第ってわけね」
 
「どういうことだよ?」
 
 問い掛ける才人に対して、ブリミルは微苦笑を浮かべると、
 
「長期戦になりそうな時は、ガンダールヴをメインにして、残り二つのルーンは四つ目のルーンの押さえに回るように力をコントロール出来るように頑張りなさいってことよ」
 
 才人は驚いた顔で、ブリミルを見つめ、
 
「そんな事出来るのか?」
 
「知らないわよ。ただ、それが出来ないと皆が困るってだけの話」
 
 期待するような眼差しで告げるブリミルに、才人は肩を竦めると、
 
「じゃあ、頑張るか……」
 
「うん、期待してる」
 
 あくまでデルフリンガーのそれは憶測であり、その後のルイズ(大)達との再会もあって、才人はあの時聞こえてきた声に関してはスッパリと忘れてしまっていた。
 
 まあ、それは兎も角なんだか良い雰囲気の二人に、ルイズを筆頭とした残りの少女達はおもしろくない。
 
 本人達か、あるいはティファニアにでも問い質しても良いのだが、そんな事を聞いて恋人などという答えが返ってくるのが怖い為、聞くことも出来ない。
 
 そんな一触即発の空気の中、ウインド総司令官が申し訳無さそうに口を開いた。
 
「……サイト殿、少し良いだろうか?」
 
「あ、はい。……何ですか?」
 
「……ああ実は、昼間の戦闘でサイト殿の命令違反と味方に攻撃しようとした事が問題になっていてね」
 
「……俺、そんな事までしてた?」
 
 ブリミルに問い掛けると、彼女は躊躇い無く頷いた。
 
「それでだ、本来ならば叙勲されて然るべき働きをしてくれたというのに申し訳無いんだが、今回の叙勲は無しということに決定してしまった」
 
 頭を下げるウインドに対し、才人は軽い調子で、
 
「いや、全然気にしてませんから頭を上げてください。下手すれば逮捕されても文句言えないくらいの問題なんですし」
 
 というが、才人が捕らえられるということはありえない。
 
 その戦闘力は上空で待機していた竜騎士達により確認されており、アルビオン攻略の為の切り札として文句無しの戦闘力を有しているし、彼はアンリエッタ直属の女官であるルイズの使い魔であり、尚かつラ・ヴァリエール公爵の後継者候補との噂もある。何よりも返り討ちを恐れて誰も捕縛に向かおうとはしないだろう。
 
 ウインドがブリミル達の部屋を用意させると言って退室して、この場はお開きとなった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 翌日、シティー・オブ・サウスゴータの広場の真ん中ではウェールズ……、もとい今はウインドが壇上に立ち、街の解放を宣言した後、大将権限による勲章の授章式が行われていた。
 
 次々と叙勲者が呼び上げられる中、ジュリオやギーシュの名前が呼ばれるが、その中に才人の名前は無かった。
 
 理由は昨日ウェールズが来て、直接述べていった通りである。
 
 才人は感心した眼差しで、
 
「……何時の間にギーシュの奴、活躍したんだ?」
 
「知らないわ。わたし、あんたを探しに行って、ギーシュのこと放ってきちゃったから」
 
 あらかたの敵は才人が片づけてしまっていたので、現在勲章を受けている者達の大半は突入時に戦果を挙げた者か、または残党処理で活躍した者かのどちらかである。
 
 ちなみにギーシュは残党処理でめざましい活躍を見せた。
 
 才人の強さに恐れをなした亜人達が隠れている場所を、副官であるニコラがシティー・オブ・サウスゴータの住民達から聞き出し、そこを次々と落としていったのだ。
 
 なんだかんだとギャグキャラ扱いされてきた彼だが、才人の冒険に付き合う事で得られた実戦経験は魔法学院の中でもタバサ、キュルケに継ぐものがある。
 
 そんな幾多もの戦いの中で彼が編み出したワルキューレに変わる新しい戦法。
 
 空中に散らした花びらを練金の魔法によって無数の剣に変え、上空から敵を討つという新必殺技は逃げ場のない室内では効果的であったし、中隊付きの軍曹ニコラの入れ知恵による要領の良さもあって着実に成果をあげていった。
 
 本人は気付いていないが彼の実力は既にドットからラインにレベルアップしており、その気になれば更に強い魔法を使うことさえ出来るのだが、周囲が伝説だったり、エリートだったり、シュヴァリエだったりするため、そのレベルアップに気付くのは、まだ先のことである。
 
 そんなギーシュを視界に収めながら、ブリミルは値踏みするような視線で彼を見つめ才人に小声で呟く。
 
「知ってる? ギーシュって将来、錬鉄将軍とか言われてトリステイン最年少で将軍に抜擢されるのよ?」
 
「……マジかよ?」
 
「うん、ちなみにその奥さんは、トリステイン最高の水魔法使いって評判よ」
 
「……もしかして、モンモン?」
 
「ええ」
 
 才人は感心した声色で、
 
「そんなに出世すんのかよ、あいつら」
 
「まあ、出世しても貧乏なんだけどね」
 
「……それは変わらねえのか」
 
 ギーシュの浪費癖は、親からの遺伝であるらしい。
 
 そんな叙勲式も終わり、ギーシュの叙勲を祝って皆で魅惑の妖精亭で打ち上げを行っていると、才人の席にジュリオがやって来た。
 
 彼は才人のジョッキに持参したワインを注ぐと、
 
「ちょっと君に聞きたいことがあってね……」
 
「聖地の奪還なら、興味ねえぞ?」
 
 質問もしていないのに返されたジュリオは、やや呆れ顔で、
 
「……確かにそれも聞きたかった事の一つだけどね、それだけじゃあないんだよ」
 
 視線をギーシュにナンパされているブリミルとティファニアに向け、
 
「彼女達は何者だい?」
 
 才人は暫く考え、
 
「前のご主人様と命の恩人」
 
 そして、僅かな間を置き、
 
「ちょっかい出したら、ただで済むと思うなよ?」
 
 警告する才人にジュリオは僅かに息を呑むが、すぐに笑みを取り戻し、
 
「……君は、自分が反則過ぎると思わないかい? 使い魔君。
 
 その能力、知識、人脈、そして人望。……どれをとっても切り札とも言えるものばかりだ。
 
 羨望を通り越して、呆れさえ浮かんでくるよ」
 
「そう思うなら、くだならねー野望は捨てろ、ってお前のご主人様に言っとけ。
 
 ……俺は別に、聖地なんぞに微塵も興味はねえ」
 
「だが、運命は君達を放ってはおかない」
 
 ジュリオの言葉を才人は鼻で笑い、
 
「お前らが無理矢理引き込もうとしてんだろうが」
 
「手厳しいね……」
 
 苦笑いを浮かべるジュリオに対して、才人はグラスの中のワインを一気に呷り、ワインの瓶を手に取ると手酌で己のグラスに注ぎ、更にジュリオのグラスにも継ぎ足し、
 
「まあ取り敢えず、今の所は敵じゃねーんだから仲良くしようや、――古い戦友さん」
 
「……そうだね、せめてこの戦が終わるまでの間は、君とは敵対したくないと心から思うよ」
 
 言って、小さくグラスを交わした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 年末。
 
 慣例に則り、休戦協定が結ばれ一時の平穏が訪れたシティー・オブ・サウスゴータ。
 
 最近、才人がブリミルやティファニアばかりに構うので、面白くないルイズは、同志ともいうべきシエスタとジェシカを自分に宛われた宿屋に呼び出し作戦会議を開いていた。
 
「このままじゃあ、非常に拙いと思うのよ」
 
 そう切り出したルイズに、みなまで言わずとも分かっているという風に、シエスタとジェシカが相打ちを打つ。
 
「……確かに。――最近、三人が一緒にいるところをよく見かけますし」
 
「ここらで一発ガツンとアピールしておかないと、取られる可能性が高いかもね」
 
 三人娘は視線を合わせて同時に頷く。
 
 確かにあの二人、……中でもティファニアは厄介だ。
 
 シエスタとジェシカのアドバンテージであった、ルイズには決して手に入らないお宝である胸。二人が胸で迫ろうとするならば、まず確実に比較されてしまう。
 
 大きさで彼女に及ばないのは、誰が見ても一目瞭然なのだ。
 
 だが、ルイズにとっては明るいニュースもあった。
 
 それはブリミルの胸だ。あれはどう見ても自分と同じか、まかり負けていたとしても、未だ成長期である自分ならば追いつく事も可能である。
 
 そんな慎ましやかな胸の持ち主であるブリミルの方が、ティファニアよりも才人と仲が良いように見える。
 
 ……ひょっとして、才人は胸に余り拘りが無いのではないだろうか?
 
 そこに一縷の希望を託して、ルイズは作戦を練る。
 
「力技で強引に関係持っちゃうっていうのはどう?」
 
 ジェシカの提案に対し、ルイズが駄目だしを出す。
 
「まず逃げられると思うわ。……あいつ、妙な所で純情っていうか奥手っていうか」
 
「……つまり、向こうから襲いかかって来るような状況に追い込む必要があるってことね?」
 
 ルイズとシエスタが、うんうんと頷き、
 
「お店の衣装で迫ってみるとか……」
 
「夏のアルバイトで見慣れてるから、むしろ刺激としては弱いかもね」
 
「もっと露出が必要で、かつ下品にならない衣装……」
 
 そして思い出すのは、大人になったナイに対して、欲情しかけていた才人のだらしない姿。
 
「これだわ!」
 
 そして額を寄せ合い、耳打ちするように作戦を伝える。
 
「た、確かにそれは……」
 
「下手すれば、ただの痴女ですよ?」
 
「でも、わたし達に残された道はそんなに多くないわ」
 
 決然と告げるルイズに、ジェシカとシエスタも覚悟を決めた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 買ってきた毛皮を皮や紐を使って細工し、衣装を作り上げていく。
 
 ルイズは黒猫を、シエスタは猫よりも従順なイメージのある犬をチョイスした。そしてジェシカは自らの魅力を満遍なく引き出すことの出来る豹を選択。
 
 裁縫の才能が限りなくゼロなルイズであったが、単純な構造とシエスタ達の助力のお陰で無事衣装を完成させる事が出来た。
 
 三人はそれぞれ衣装を身に着けると、鏡に映る自分の身体に頬を赤らめながらも、しなを作ってポーズをとり、色々と台詞を考えてみる。
 
 一人ならば気恥ずかしすぎて出来ないような事であるが、今回は道連れが二人もいるとあって、互いが互いを出し抜く為に徐々にポーズが大胆になっていく。
 
 試行錯誤の末ポーズの決まった三人が今か今かと才人の帰りを待つ中、都合の良い事に部屋のドアノブが回された。
 
 互いに視線を交わしドアが開いた瞬間、ジェシカは胸を強調するようなポーズで、シエスタはお尻を突き出し誘惑するように、身体的に二人に見劣りするルイズは可愛らしさを全面に押し出すようなポーズをとって、
 
「きょ、今日はあなたがご主人様にゃんッ♪」
 
 ……だが、暫く待っても何の反応も無い。
 
 三人娘が恐る恐る目を開いて見ると、そこには才人は居らず、代わりに全力で頭を抱えて自己嫌悪に陥るブリミルと、困ったような笑みを浮かべて慎重に言葉を選びながら、
 
「か、可愛い衣装ですね……」
 
 と告げるティファニアがいた。
 
 時の停まった三人娘に追い打ちを掛けるべく、僅かに遅れて、酒瓶を持った才人がサティーとナイを連れてやって来て、切ない眼差しでルイズ達を見つめ、
 
「……何してんだ? お前ら」
 
 ルイズ達は絶叫した。
 
「い、……いやぁああああああああああああああッ!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 そんなトラブルもあったりしたが、その平穏も終わりが訪れる。
 
 降臨祭最終日。
 
 既に軍内部で完全な主力と認識されている才人達の元をウェールズが内密に訪れ、今後の予定をデルフを交えて話し合っていたところ、巨大な爆発音が響き渡った。
 
 慌てて外に飛び出した才人達が見たものは、司令本部となっていた宿屋の二階が襲撃される様子だった。
 
「……どういうことだ?」
 
 勝利を目前としていながら突如起こった反乱に、呆然とした表情で告げるウェールズに対し才人は舌打ちしながら、
 
「理由は分かりませんけども……、多分、操られてます」
 
 反乱を起こした兵達の表情を見れば分かる。
 
 まるで魂が抜かれたような顔をした兵士達が、何の感情も見せずに仲間に向けて引き金を引いていく。
 
 こうなるのは分かっていた事なのに、原因が全く分からないので手の出しようがなかった。
 
 何の前触れもなく起こった反乱に対し指揮系統は完全に乱れた。
 
 反撃しようにも相手が知り合いでは反撃も出来ない。
 
 そして、偵察に出ていた竜騎士が更なる悪報を運んでくる。
 
「……アルビオンの主力が動き出したらしい」
 
 覚悟していた時が来た。
 
 我知らず、才人は拳を握りしめ、
 
「ロサイスまで撤退した方が良いでしょう」
 
「……ああ、仕方ないな」
 
 勝利を目前にした撤退に、ウェールズは強く歯を食いしばりながら全軍に撤退を命令するが指揮系統の混乱した兵達は誰も命令を聞こうとしない。
 
 他の参謀達と一緒に総司令官も討たれたと情報が流布した為だ。
 
 その内、兵達が勝手に壊走を始める。
 
 どうやら生き残っていた参謀総長のウィンプフェンが撤退を指示したらしい。
 
 才人達は互いに頷き合うと、ウェールズは臨時の司令部に才人は自分達の宿屋へと走った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 才人は即座に自分達の宿に戻ると、そのことをルイズ達に伝えサティーにはルイズの護衛を頼むと、自分は魅惑の妖精亭に赴き撤退の事を教えスカロン達に脱出を促す。
 
 一方、臨時司令部に赴いたウェールズだが、彼が司令部に辿り着いた時には既にそこはもぬけの殻で誰一人としてそこに居らず、ウェールズは仕方なく才人達と共にロサイスへ撤退することにした。
 
「ロサイスに先に向かった士官達が、撤退準備を始めていてくれていると良いのだが……」
 
 心配そうに呟くウェールズの思いとは逆に、現実は撤退の準備は難航していた。
 
 保身に走ったウィンプフェンは、抗命罪で吊るされることを恐れ、本国からの許可が得られるまで撤退準備を開始しなかったのである。
 
 撤退許可がでるまでの半日、そして予想よりも早い速度で進軍してくるアルビオン軍。
 
 どう足掻いても撤退完了までに丸1日、余りにも時間が足りなかった。
 
 頭を悩ませるウィンプフェンの元へ、ようやくロサイスに到着したウェールズと才人達が顔を見せる。
 
 ウェールズはウィンプフェンに事情を聞き出した後、才人へ視線を向け、
 
「……何か良い案は無いだろうか?」
 
 元より作戦を決めていた才人の決断は早い。
 
 ブリミル達と視線を合わせ、しっかりと力強く頷くと、
 
「力技で何とかしてみます」
 
「で、出来るのですか!?」
 
 縋るように才人を見てくるウィンプフェンに対し、才人は緊張した面もちで、
 
「暴れるだけ暴れて、瞬間移動の魔法で撤退します。将校達を無力化させれば、足並みが乱れます。……そうすれば、一日ぐらいは時間を稼げる」
 
 才人の言葉に、傍らに居たルイズは息を飲む。
 
 ……確かに上手くいけば時間を稼げるかもしれないが、言うほど簡単な事ではない。
 
「しかし、敵は反乱軍を併せれば7万の軍勢だ。ラ・ヴァリエール公爵の一個軍団といえど、敵将まで辿り着けるかどうか……」
 
 言葉を濁すウェールズに対し、才人は苦笑を浮かべると、
 
「いや、諸侯軍には撤退して貰います。……討って出るのは、俺とブリミルとテファの三人です」
 
「ちょっと! ――何でわたしが入ってないのよ!!」
 
 抗議の声を挙げるルイズに対し、才人は困ったような顔で言いにくそうに、
 
「……おまえじゃまだ無理だ」
 
「ッ!?」
 
 それは足手まといと宣言されたに等しい。
 
「……その代わり、お前にはやってもらいたい事がある」
 
「……なによ?」
 
 抑揚の無い声でルイズが聞き返す。
 
「皆の護衛だ。もし、俺達が討ち漏らした敵がロサイスまで攻め込んできた時は、お前が相手をしてくれ」
 
 そう告げる才人に対し、ルイズは毅然とした声で、
 
「イヤよ!」
 
 才人のいうそれは、体の良い厄介払いだ。
 
「絶対にイヤ!! 足手まといになんか絶対にならない! やばくなったら見捨ててくれてもいい! だから一緒に連れてって」
 
 泣きながら縋り付いてくるルイズに対し、才人がどうしたものかと悩んでいると、隣にいたブリミルが声を掛けてきた。
 
「いいんじゃない?」
 
「おい」
 
 気楽に告げるブリミルに対し、才人が抗議の声を挙げようとするが、
 
「いざとなったら、真っ先に逃がすわよ。――それに今後も似たような状況になるかもしれないもの。その時にまた駄々こねられても困るから、ここで本当の戦場を味あわせるのも良い機会だわ。
 
 ……どうせ、あんたの事だから、今まで甘やかしてきたんでしょ?」
 
 確かに、前回に比べて才人が強くなった分、死闘というほどの戦闘をルイズは経験していない。
 
 それにしても、自分の事とはいえ――、
 
「……容赦ねえなぁ」
 
「聞こえてるわよ。……それに、この娘を連れて行くとなると、サティーとジルフェも黙ってないでしょ?」
 
 ここ数日の付き合いだが分かる。あの二人は、完全に才人に心酔している。それにあの二人ならば、才人のサポート役としても申し分ない。
 
「戦力的には助かるけどな、……怪我した場合は」
 
「そ、その時は、わたしが全力で助けるから!」
 
 確かに、ティファニアの魔法ならば、死んでいない限りなんとかなる。
 
「じゃあ、決まりだな」
 
 視線をウェールズに向けて、
 
「……武器とか食料、貰っていって良いですか?」
 
「ああ、乗員を優先させる為、武器や食料はこのまま捨て置くつもりだからね、好きに使ってもらって結構だ」
 
 お墨付きを貰った才人は頷き、
 
「じゃあ、早速準備に入ります。皆さんは脱出を急がせて下さい」
 
「ああ、……君達には苦労を掛けて済まない」
 
「いいですよ。……それに、後でちょっとお願いがあるんで作戦が成功したら聞いて貰えますか?」
 
 ぎこちないウインク付きで告げる才人に対し、ウェールズはしっかりと頷くと、
 
「僕に出来ることなら、なんだってやらせてもらうよ」
 
 言って手を差し出し、力強く握手した。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 連合軍の武器が収められた木箱の並ぶ一角。
 
 そこで、才人は戦闘に使用する為の武器を選んでいた。
 
 真剣な表情で武器を選ぶ才人に、木箱の陰から顔を出した人物が彼に声を掛ける。
 
「……おとーさん」
 
 箱の影から顔を覗かせたのは、才人の娘ナイだ。
 
 彼女は才人にしがみつくと、
 
「……わたしも行く」
 
 そう言ってくるナイに向け、才人は彼女の頭を優しく撫でると、
 
「ナイにはお願いがあるんだ」
 
「……お願い?」
 
「ああ、俺の代わりにシエスタ達をちゃんとトリステイン魔法学院まで護ってやってほしい」
 
 暫く躊躇っていたナイだが、才人が再び彼女の頭を撫でて小指を差し出し、
 
「ちゃんと言うこと聞いてくれたら、今度一緒に街まで遊びに行こうな」
 
 ナイは差し出された才人の小指を見つめると、
 
「……約束?」
 
「ああ、約束だ」
 
 小指同士を絡め、指切りをした。
 
 そして、ようやく納得してくれたナイが去った後、木箱の影から現れた新たな人影が才人に声を掛ける。 
 
「やあ話は聞いたよ、使い魔君」
 
 現れたのは、ロマリアの神官ジュリオだ。
 
 彼は肩を竦めながら、
 
「……僕としては貴重な虚無の担い手を危険に晒して欲しくはないんだけどね」
 
 対する才人は気軽な調子で、
 
「心配すんな。……全員無事で戦争終わらせてやるよ。
 
 だから、お前はご主人様に言っとけよ。今度のブリミルは、聖地の奪還なんぞ望んでないってな」
 
 その言葉を聞いたジュリオは目を細め、
 
「……偽名としては、随分あからさまだと思ったんだけど本物かい?」
 
 ルイズ(大)……、ブリミルの事だ。予想通り、あの偽名に食いついてきた。
 
「だとしたらどうする? お前ら背信者ってことになるな」
 
 皮肉を込めて才人が言うと、ジュリオは唇を歪め、
 
「教義の為なら教祖も殺す……、それが始祖であろうとも変わりはないんだよ」
 
 一分の迷いもなく告げるジュリオに、才人はあからさまな侮蔑の表情で、
 
「前言撤回するよ……、お前ら背信者なんかじゃなくて狂信者だ」
 
「は、……ははははは! 良いね、最高の褒め言葉だ!!」
 
 付き合いきれないと才人は肩を竦め、弓と大量の矢を抱えてその場を去ろうとすると、背後からジュリオに声を掛けられた。
 
「なあ使い魔君。僕らが狂信者なら、君は何だい? あれだけの亜人を殺害しておいて、平然とした顔で日常を過ごしている君は!?」
 
 才人はその声を無視して、ルイズ達の待つ場所へ向け歩みを進めた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 シティ・オブ・サウスゴータから南西150リーグに位置する名も無き小高い丘。
 
 そこに唐突に数人の人影が現れた。
 
 ティファニアの瞬間移動で転移してきた才人達だ。
 
 初めての瞬間移動に、ただ驚くだけのルイズに対しティファニアは説明口調で、
 
「身体を最も小さき粒にまで分解して、転移先で再構成するんです。虚無の中の難易度としては中位くらいですから、ルイズさんも慣れてくればすぐにでも使えるようになりますよ」
 
 そう言ってくれるが、未だ初歩にまで届いていないルイズとしては、力の差を見せつけられたようで何だか悔しい。
 
 そんな彼女の背後、サティーが落ちている石でかまどを作り、明日の決戦に備えて食事を摂るべく料理を作り始める。
 
「それで、あんたルーンの制御は出来るようになったの?」
 
 ブリミルの問い掛ける先、才人が地下水を弄びながら、
 
「全然駄目だな。基本的に武器握ったら勝手に発動するもんだし、力の強弱は心の強さでどうこう出来るらしいんだけど、いざ戦闘になってそんなに冷静でいられねえし……」
 
「まあ、一朝一夕で出来るような事とは思って無かったけどね……」
 
「ああ、だから今回はサティーとジルフェにはお前らの護衛に集中してもらって、敵の撹乱は俺が単独でする」
 
 ブリミルは頷き、
 
「最初に一発大きなのをぶつけるわ。それで、大分敵の戦意を削げると思うから、防御の方は……」
 
「はい、わたしが受け持ちます」
 
 ティファニアの言葉に才人とブリミルは信頼に満ちた眼差しで頷く。
 
「わ、わたしは……?」
 
 問い掛けるルイズに対し、ブリミルは小さく頷き、
 
「今回は見学。虚無の系統がどんな力を持っているのか、その目で実際に見極めて」
 
 というブリミルの言葉に、渋々ながらも頷いた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 明けて翌朝。
 
 朝靄の中、緩い地響きを伴って大群が押し寄せてくるのが遠くに見える。
 
 ただ前進しているだけで地響きが伝わってくる七万の大軍の威容に、我知らずルイズが後ずさりする中、余裕すら感じさせる表情で才人達は戦闘の準備を開始している。
 
 準備体操を終えた才人が鞘から抜いたデルフリンガーを地面に突き立て、右手を天高く掲げると彼の右手の甲に刻まれたルーンが輝きを放った。
 
「……暴れろ」
 
 その声に従い、士官達の乗っていた馬が次々と暴れだして士官達を振り落とし、戦列を乱すように兵達の間を縦横無尽に駆け巡る。
 
 そして、その混乱は陸だけに留まらず、空でも竜達が騎士を振り落としてアルビオン軍に攻撃を仕掛け始めた。
 
 蜂の巣を突いたような混乱を見せるアルビオン軍。
 
 ブリミルは長杖を構え、杖の先端にある紅い宝珠の下に取り着けられた取っ手に手を添えるとそれを手前にスライドさせる。
 
 すると中に仕込まれていたシリンダーが回転し、シリンダー内のカートリッジがリロードされた。……このカートリッジ。現在のハルケギニアの治金技術では精製不可能だが、未来でコルベールが完成させた代物で、先端には風石同様、純粋な魔力を蓄えておくことの出来る石が取り着けられている。
 
 これによって、魔力消費量の多い虚無魔法の術者への負担を軽減させ、大魔法を連続使用可能にしたコルベール発明の虚無の担い手専用武器。
 
 その名も、“唱えるヘビくん”。
 
 更に、高速詠唱と二重詠唱を併用することによって、ブリミルは詠唱に時間が掛かるという弱点も克服した。
 
 ブリミルが大きく振り上げた杖を振り下ろす。
 
 そして、軍列の先陣に太陽の如き巨大な光が生み出された。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「何事だ!」
 
 突然暴れ始めた馬から降り、隊列が混乱に陥ったことを見て取ったアルビオン軍の将軍、ホーキンスは眉を顰めながら声を張り上げた。
 
「原因は不明! 騎馬や竜達が騎士の制御を離れ、暴れ回っております!」
 
 ……嫌な予感がする。
 
 以前、トリステインに攻め入った艦隊も、今回と同じように竜達が制御不能となり、自軍に攻撃を仕掛けてきたという報告を受けている。
 
 ……もし、そうだとしたら。
 
 ホーキンスは上空に視線を向けるが、そこに報告にあったような異様な形状の鳥は見当たらない。
 
 ……考え過ごしか。もしくは、あれはその鳥の仕業ではなく鳥を操っていたものの仕業ということか?
 
 そう思い、軍列に視線を戻したその時、遠くに巨大な光が発生し僅かなタイムラグの後、全てを薙ぎ払わんとする凶悪な暴風が兵士達を吹き飛ばした。
 
 最後列にいてなお衝撃で二転三転してようやく停まったホーキンスはふらつきながらも立ち上がり、遂先程まで無傷だった軍隊を見て絶句する。
 
 爆心地周辺には人影すらなく、自分の両足で立っている兵士など数える程しかいない。
 
「……今のは、タルブ上空戦でアルビオン艦隊を滅ぼしたという奇跡の光か!?」
 
 とんでもない破壊力だ。
 
 ――だが、あれほどの威力の魔法、連続使用は出来まい!
 
 ホーキンスは声を張り上げる。
 
「全軍再編成しろ!! あれほどの威力だ二発目は無い!! ここで敵のメイジを仕留めれば我らが勝利ぞ!」
 
 その声に後押しされるように、ゆっくりとではあるが、立ち上がる人影の数が増していく。
 
 そして何とか立ち上がった者達は、鬨の声を挙げて突撃を開始し、それに連れられるように一人、また一人と進撃に加わっていった。
 
 だが、それを許さない者がいた。
 
 真っ正面から突っ込んできたのは、一振りの長剣を携えた少年。
 
 少年は長剣を振るい、背後に控える少女達に迫ろうとする兵士達を片っ端から斬り倒していく。
 
 そしてサティーが放つ矢の正確無比な射撃によって、一人また一人と沈んでいき、苦し紛れに放たれた魔法は少女達に届くことなく、むしろ逆に魔法を使用した者達に向け跳ね返ってくるではないか。
 
 僅か数人の敵に対して、有り得ないほどの損害を受けたアルビオン軍を更なる追い打ちが襲う。
 
 ようやく大半の兵達が立ち上がり、辛うじてではあるが体裁を整えた戦列をもって攻め入ろうとしたその矢先、二度目の奇跡が……、否、彼らからすれば悪夢が吹き荒れた。
 
 再び暴風に翻弄されたホーキンスは痛む全身に鞭打ち強引に立ち上がるが、もはや兵達に恥も外聞もなく、我先にと敗走を開始する者達で溢れ返っている。
 
「……バカな。僅か数人で、七万の兵を……」
 
 力無く呟く彼の声は、敗走の轟音によって掻き消された。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 迫り来る敵を迎撃する才人は、その胸の中に再度あの時の声を聞く。
 
“……殺せ”
 
 一人、斬り伏せる度に声は更に強くなっていく。
 
“……殺せ”
 
 才人は奥歯を噛み締めながら、声の誘惑に耐える。
 
“……殺せ”
 
 戦闘でかく汗とは別の嫌な汗が才人の額に滲む。
 
“……殺せ”
 
「おおおおおおおおッ!!」
 
 声の誘惑を振り払うように、咆吼を挙げる才人に敵の大隊が一歩後ずさる。
 
“……殺せ”
 
「……うるッ、……せえ!!」
 
 雄叫びを挙げながら剣を振り上げ、
 
「ごちゃごちゃ、やかましいんだてめぇは!!!」
 
 振り下ろした刃が、大地を割る。
 
 ……だが、声は止まらない。
 
“……まだ、完成には至らぬか”
 
「――何、言ってやがる!?」
 
 声は答えない。否、それ以降声が聞こえなくなった。
 
 舌打ちし、姿の見えない声に対して天に向かって叫びを挙げる才人を混乱したとみて一斉に敵兵が襲いかかって来るが、それら全ての剣戟を躱わして逆に全員に一撃を加え返り討ちにする。
 
 謎の声に逃げられたようで釈然としない才人であったが、余計な雑音が聞こえなくなったお陰で戦闘に集中出来るようなった。
 
 停まっていた足を動かし、再び風よりも速く移動して敵を屠りだした才人に恐怖した敵陣は、彼を迂回してブリミル達を倒そうと企てるが、彼が討ち漏らした敵はサティーによって放たれる正確無比な弓による射撃によって尽く屠らていく。
 
 そして放たれた二発目のエクスプロージョンによって戦意を奪われ、敗走を開始し始めた敵兵を見やり、才人は主人達の待つ場所へと帰還を果たした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
   
 エクスプロージョンの全力射撃を二発。
 
 たったそれだけで七万の大軍を打ち負かした女性を前にルイズは言葉を失う。
 
 ブリミルは大きく息を吐き出すと、
 
「……なんとか、なったみたいね」
 
 言ってその場に腰を降ろす。
 
「大丈夫ですか?」
 
 ティファニアが心配そうに声を掛けると、ブリミルは笑みを浮かべて、
 
「平気よ。……ちょっと疲れただけ」
 
 本来ならばもっと燃費が良く破壊力の大きな魔法もあった。
 
 だが、ルイズの後学の為にと、彼女の知る虚無魔法を選択して、その可能性を見せつけたのだ。
 
 流石に初歩の初歩の初歩だけあって燃費が悪いがブリミルにとってこの程度の魔力消費どうということはない。この先、まだロンディニウムの攻城戦が控えているのだ。弱音を吐いてもいられない。
 
 戦場から戻ってきた才人が、へたり込むブリミルを見て誇らしげな顔で、
 
「凄ぇな、まさかあのレベルの魔法を連射出来るとは思わなかった」
 
 言って、才人も近くの石に腰を降ろす。
 
 対するブリミルは素直に嬉しそうな表情で、
 
「努力したもの。……あんたも、また速くなったんじゃないの?」
 
「鍛えてるからな」
 
 互いの成長を確認しあったかつての主従は、無邪気な笑みを浮かべ勢い良く手を打ち合わせた。
 
 ……それを見ていたルイズの胸に、今まで経験した事のない痛みが走る。
 
 自分の知らない才人が、才人を知っている女と笑い合っている。彼と彼女は契約を交わしていなくても立派なパートナーだ。
 
 それに比べて自分はどうだ? 才人と契約を交わしてはいるものの力の差は歴然。名前だけの主従に過ぎない。
 
 そして、その二人のいる高みに今の自分では到底手が届かない。
 
 足手まといにはならないと言って着いてきたが、……これでは本当に足手まとい以外のなにものでもない。
 
 ティファニアという少女にしてもそうだ。
 
 彼女は自分達に向けて放たれた魔法をただ防御するのではなく、カウンターで跳ね返してみせたし、以前見せられた回復魔法は失われた部位さえも復元するほどのものだった。
 
 実力の違いを見せつけられたルイズは大きく項垂れる。
 
「小休止してから、ロンディニウム城に向かいましょ」
 
「一気にクロムウェルの所まで飛べるか?」
 
「それは無理よ。それにクロムウェルだけを倒して終わりなら良いけど、他にもレコン・キスタの幹部が残っているでしょ?」
 
 確かに、ブリミルの言うとおり元々野心家揃いの連中がレコン・キスタを形成しているのだ、実力的に厄介なのはワルドとフーケそしてシェフィールド程度だが、そういう野心家達を残しておくとクロムウェルを捕らえたとしても、クロムウェルを亡き者として己がアルビオンを統治しようと企てる者が出てくる可能性も高い。
 
「真正面から乗り込んで、力づくで壊滅させるわよ」
 
「けけけ、今度のブリミルはえらく乱暴者だねえ」
 
「うるさいわよボロ剣」
 
 茶々を入れるデルフリンガーに一喝し、……まあ、それでもこの剣が懲りるということはないが、……ブリミルは視線をティファニアに向け、
 
「わたしと才人で、城を落とすわ。……その隙にテファはサティーとジルフェ、それとルイズを連れて宝物庫から始祖のオルゴールを奪取してきて」
 
「始祖のオルゴール?」
 
 頷くティファニアに対し、ルイズが怪訝な表情でブリミルに問い掛ける。
 
「ええ、あなたの持っている始祖の祈祷書と同じ代物よ」
 
「そんなの勝手に持ってきちゃていいの!?」
 
 抗議の声を挙げるルイズに対し、ブリミルは至極当然といった表情で頷くと、
 
「いいわよ別に、あれ虚無の担い手以外にはなんの使い道もないものだし、それに別の虚無の担い手も狙ってるんですもの」
 
「……別の虚無の担い手ですって!? あなた、それが誰だか知ってるの?」
 
「まあ、知ってるけども後にしときなさい。――今は目の前の目標に集中すること」
 
「……そうだけど」
 
 それでも、王家の宝物庫から盗みを行うという行為に対して、躊躇いを隠せないルイズ。
 
 そんな彼女を正面から見据え、ブリミルが宣言する。
 
「はっきり言っておくわ、ルイズ・フランソワーズ。やる気が無いなら、ここに残りなさい。
 
 今のあなたが着いてきた所で、足手まといが更に足を引っ張るだけだわ」
 
 ブリミルの発言に、ルイズは歯噛みする。
 
 助けを求め、才人の方へ視線を向けるが、彼は頭を押さえ何と言おうか頭を悩まし、
 
「……えーとだな、ブリミル」
 
「あんたは黙ってなさい」
 
「はい」
 
 完全に主導権を握られている才人は当てにならない。
 
 ルイズは涙を溜めた眼差しでブリミルを睨み付けるが、彼女は平然とした眼差しでルイズの視線を受け止め、
 
「一時間したら、出発するわ。――それまでに答を出しておきなさい」
 
 もはやルイズに用はないとばかりに、サティーにお茶を要求する。
 
 そんなブリミルから逃げるように、ルイズは踵を返して逃げるようにその場を後にした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ルイズが去った後、その場に残された才人は大きく溜息を吐き出すとブリミルに視線を送り、
 
「……言い過ぎじゃないか?」
 
 そう言って抗議するが、
 
「ナメないでちょうだい。あの娘を誰だと思ってるの?」
 
 誇らしげに、その名を告げる。
 
「ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。……この程度の叱責で潰れるような娘じゃないわ。――きっと、答を出して帰ってくるわよ」
 
 自分に厳しいといえばそれまでだが、己に対して絶対の自信を持っているともいえる。……が、彼女にとって誤算だったのは、この世界のルイズはかつての彼女ほど強くないということだ。
 
 今の彼女は才人に依存しきっている所があり、それは明確な精神的弱さとして浮き彫りになっている。
 
 その事を薄々ながらも感じ取っていた才人は、未だ疲労が残る身体を起こすと、
 
「……ちょっとフォロー入れてくる」
 
 そう言って、ブリミルの返事を待たずにルイズの駆けていった方へ歩いていった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ブリミル達のいる場所から少し離れた場所にある大きな木の下。
 
 その木陰にルイズは膝を抱えて座っていた。
 
 目を閉じ、世界の全てを拒絶して自らの殻に閉じこもるように身体を丸める。
 
「……なに、拗ねてんだ?」
 
 突然掛けられた声に頬が綻ぶが、なんとかそれを堪えてしかめっ面を作り顔を上げる。
 
「……何よ?」
 
「いや、……迎えに来たんだけどな」
 
「行かない。……わたしは貴族よ。泥棒の真似事なんか出来ないわ」
 
 頑なにそう言い張るルイズに対し、才人は溜息を吐き出すと、
 
「別に、盗むわけじゃねえよ。敵に奪われる前に保護するだけだ。後でウェールズ皇太子に許可貰えば、それで良いだろ?」
 
 だが、実際には既にオルゴールは盗み出された後であり、その在所をジョゼフの元に移しているのだが、そんな事は才人達は知る由もない。
 
「……盗み出すことに変わりないじゃない」
 
 もはや意固地になっているルイズに対し、才人はどうしたものかと暫く考え、
 
「あのな……、確かにお前の言ってる通り、俺達のやろうとしていることは盗みと何も変わらないかもしれない。
 
 でもな、大袈裟に聞こえるかも知れないけど、事は世界規模の戦争に発達するかも知れないんだぞ?」
 
 その言葉に刺激されたのか、ルイズは疑わしげな眼差しで才人を見つめ、
 
「……ねえ、その始祖のオルゴールを狙ってる奴って何者なの?」
 
 問うてくるルイズに対し、才人は暫く考えた挙げ句、
 
「詳しい事情は省くけどな、敵はガリアの無能王ジョゼフ。あいつもお前らと同じ虚無の担い手で、レコン・キスタを裏から操りこの戦争仕掛けさせた張本人だ」
 
「何それ……?」
 
 呆然とした表情で、
 
「何が目的で、こんな戦争を仕掛けたっていうのよ?」
 
 その問い掛けに才人はかつてのジョゼフの言葉を思い出し奥歯を噛み締める。
 
「目的の一つは始祖のオルゴール。そしてもう一つは――」
 
 一息、
 
「暇潰しのゲームだ」
 
 才人の身体から溢れ出る殺気に、ルイズが息を呑む。
 
 もしそれが事実だとするならば、その暇潰しの為に幾人もの人間が死んだことだろう。
 
 そして、そのような事が許されるというのか?
 
「……ルイズ、お前の言ってることは正しい。だけど俺達は例え間違っている方法を採ったとしても、ジョゼフの野望を潰さないといけないんだ」
 
 身体をルイズに向き直し、
 
「前にも言ったと思うけど、もう一度言うぞ。
 
 お前は正しい。お前は正しいままで問題を解決しろ。お前にはそれが出来るんだから……」
 
 才人の言葉がルイズの心に染み込んでいく。
 
 ルイズは立ち上がり才人と対峙すると、
 
「……まだ、答は分からない。――でも、きっと何時かは見つけ出して見せるわ!」
 
 僅かに躊躇い、
 
「だから……、その時は手伝ってくれる?」
 
 拒否されることを恐れるように、恐る恐る問い掛けるルイズに対し、才人は力強く頷くと、
 
「当たり前だ。――俺は、ゼロのルイズの使い魔なんだぜ」
 
 言って才人が手を差し出すと、ルイズも頷き返してその手を握り返した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 それから数十分後、自軍の勝利を確信していたクロムウェルの居るロンディニウム城をかつてない災害が見舞った。
 
 奇跡の光と呼ばれる爆発が、城の一角を跡形もなく吹き飛ばす。
 
「な、何事だ!?」
 
 驚愕の声を挙げるクロムウェルに応えるように、派手な爆音をあげて城門が吹っ飛んだ。
 
 粉煙の向こうに見えるは、五人の人影と一頭のグリフォン。
 
 まず始めに少年が城門から飛び入り、周囲の衛兵を蹴散らすと、続いて少女達が雪崩れ込み大規模な魔法で辺り構わず城を破壊して回る。
 
「て、敵襲です!! 敵の数は不明! されど、見たこともない破壊力の魔法を使用してこちらを目指している模様!!」
 
 突然の事態に焦りはするが、すぐに冷静さを取り戻すとクロムウェルは敵兵の排除を命令する。
 
 どれほどの規模の敵かは分からぬが、連合軍から大隊が離れたという報告は受けてはいない。ならば、この奇襲は少数の者による行為だろう。
 
 で、あるならば早々に排除するか、または連合軍の本隊全滅の報告を聞けばおとなしくなるに違いあるまい。
 
 だが、クロムウェルの予想とは異なり一向に喧噪は収まる気配をみせない。
 
 一行は無人の野を進むように、衛士隊の攻撃をものともせず、片っ端から返り討ちにし、悠然と中庭を越え城内に侵入した。
 
 現在城に駐在しているメイジ、一般兵士共に数はそんなに多くはないとはいえ、それでも数は百を下らない。
 
 だが、一行はそんな数の不利など関係無いとばかりに進撃を続ける。
 
 長剣を携えた少年と侍女服姿の女性が露払いを務め、道を開いた所へ長杖を持ったメイジが周囲を一掃する規模の魔法を放ち、敵からの魔法攻撃はグリフォンの背に乗った金髪の少女が尽く魔法で弾く。
 
「テファ、宝物庫の場所は分かるわね?」
 
「た、多分……、わたしの知ってる頃(未来)と変わっていなければ」
 
「そうそう変わってない筈よ」
 
「サティー、ジルフェ、二人の護衛は任せた」
 
「かしこまりましたサイト様」
 
“武運を祈る”
 
「ああ。お前らも無理すんなよ。――それと、ルイズのこと頼む」
 
“承知”
 
 お互いに言葉を交わして、二手に分かれる。
 
 一方は、クロムウェルのいる王執務室へ、もう一方は始祖のオルゴールの眠る宝物庫へ。
 
 より激しさを増す迎撃を、僅か二人で突き進んでいくブリミルと才人。
 
 二人は手当たり次第に敵を薙ぎ払いつつ、一直線に王の執務室を目指して進撃を続ける。
 
 通路の曲がり角から顔を出した兵士に向けて、才人が左手に握った地下水を構えつつウインド・ブレイクの魔法を使って吹っ飛ばし、体勢を崩したところへ一気に間合いを詰め右手のデルフリンガーで一撃を加えて戦闘不能にする。
 
 その一連の動作を見ていたブリミルは胡散臭そうな視線を才人に注ぎ、
 
「……あんた、何時の間に魔法が使えるようになったの?」
 
「まあ、色々あってな……」
 
 誤魔化すように告げる才人を一瞥して、高速詠唱で呪文を唱え一瞬で解放し、物陰に潜んでいた敵兵を吹き飛ばす。
 
「やましいことしてるんじゃないでしょうね?」
 
「……なんだよ? その疑わしそうな目は? ――ああ、俺の知ってる純粋なルイズは何処かに行ってしまった」
 
「わざとらしいこと言ってんじゃないわよ、バカ」
 
 そう言いながらも、嬉しそうな口調でやりとりを繰り返す才人とブリミル。
 
 双方が目配せも無しに阿吽の呼吸で次々と敵を屠り快進撃を続ける。
 
 そして、さしたる時間も掛けずに辿り着いた王の執務室の扉をブリミルがエクスプロージョンで吹き飛ばし才人が吶喊。そこに控えていたメイジと衛士達を一瞬で昏倒させる。
 
 僅かに遅れて入室したブリミルが、そこで怯えていた僧服の男に杖を突き付け、
 
「あんたがクロムウェル?」
 
「ヒッ!?」
 
「……ビンゴだな」
 
 ブリミルは蔑みの眼差しでクロムウェルを見つめ、
 
「名乗りなさい。――貴族ではないといえど、一時とはいえ一国の頂とまでなったのよ。それなりの度量を見せたらどうなの!?」
 
 ……今、ブリミルの脳裏にあるのは、あの日敗北が決定しているのにも関わらず無理にはしゃぎ明るく振る舞っていた旧アルビオン王家臣下達の姿。
 
 今の怯え腰を抜かし後ずさるクロムウェルの姿は、死を覚悟の上、貴族の名誉を護る為に見事死んでいったあの者達を侮蔑している。
 
 彼らの名誉を護るためにも、仇であるクロムウェルは堂々と振る舞っていなければならないというのがブリミルの信条であり、それを体現していたのがジョゼフであり教皇だった。
 
 だが、当の本人であるクロムウェルにしてみれば、後ろ盾である筈のシェフィールドは未だ帰還せず、頼みの綱のアンドバリの指輪は手元には無い。
 
 しかも、手練れである筈の近衛兵達は既に倒されてしまっている状況だ。元は何の力も持たぬ、ただの僧侶に過ぎないクロムウェルに対し恐れるなという方に無理がある。
 
「こ、降服! 降服します!! ですから、何卒命ばかりはお助けをッ!?」
 
 平伏し、一心不乱に命乞いするクロムウェルにブリミルは侮蔑の視線を送り、杖を構え呪文を詠唱しようとしたところで才人に押し止められた。
 
「止めとけよ。こいつはただの小者だ。裏には本命が居ることくらいお前も分かってるだろうが」
 
「……それでも、わたしはこいつを許せないわ」
 
「それは俺も同じだ。――でもな、こいつを裁くのは俺達じゃない。もっと適任な人がいる」
 
 ……そうだ。クロムウェルに肉親と家臣を皆殺しにされた人がいた。その為に決して報われない愛を全うした男性。
 
 今回は才人の機転によって最悪の状況は回避出来たようだが、だからといって許すつもりはない。
 
 ブリミルは一度深呼吸すると、
 
「……そうね、あんたの言うとおり、このままこいつを殺したらウェールズ皇太子に申し訳がたたないわ」
 
 言って、手にした杖でクロムウェルに一撃を入れ昏倒させると、丁度ルイズ達を率いたティファニアが執務室にやって来た。
 
 彼女は力無く首を振ると、
 
「駄目です。……もう、盗まれた後でした」
 
 ブリミルは割り切った表情で、……そう。と頷くと、
 
「いいわ、ジョゼフに一杯食わせてやっただけで良しとしましょう」
 
 言って、コモンマジックの一つである拡声の魔法を使用すると、ロンディニウム城全体に聞こえるように朗々と宣言する。
 
「自称・神聖皇帝、オリバー・クロムウェルの降服により、現時点をもって神聖アルビオン共和国の敗北が決定されたわ! 降服の意思のある者は武器を捨て投降しなさい!」
 
 それでもなお、ロサイスに向かっている主力が戻ってくれば何とかなると信じている兵達に、絶望的な伝令が届く。
 
 それは、七万の軍勢が僅か五人に敗れ、壊滅したという報告。
 
 通常ならば信じがたいような報告も、現実に僅か五人によって城を落とされてしまった以上この上ない信憑性を持つ。
 
 そして、そのような悪報こそ恐るべき速さで兵達の間を伝播し、彼らから抗いの力を尽く奪っていった。
 
 ブリミルはレコン・キスタに属していたメイジ達から杖を取り上げ、サティーに命じて彼らを牢へブチ込むと、ティファニアを中心として水の系統魔法のメイジ達を集い、負傷兵達の治癒を命令する。
 
 なによりも名誉を重んじるのが貴族である、王が降服した以上その決定に逆らうような者は居ない。
 
 もっともレコン・キスタに与した貴族達をブリミルは信用していないためか、純粋な軍属のメイジ以外は全て牢に放り込んでしまったが。
 
 それに全ての兵達の監視は、人数的に無理があると予想していたのだが、壊走してきた兵士達の内、アンドバリの指輪の呪いから解けた連合軍の兵士達が、それを請け負ってくれたため事なきを得た。
 
 ブリミル主導の元、テキパキと修復されていく城の一角。
 
 兵から風竜を借り受けた才人がルイズと共に出発の準備をしていた。
 
「じゃあ頼む。風竜には、ちゃんと言ってあるから問題無いとは思うけどな」
 
「うん」
 
 ルイズが向かおうとしているのは、引き返した連合軍が駐屯しているであろうラ・ローシェルの街だ。
 
 アルビオンの敗北を連合軍に伝える為の役割である。これはアンリエッタ直属の女官であるルイズにしか出来ない事であり、平民である才人や出所のあやふやなブリミルやティファニアには不可能な事である。
 
 別段、ブリミルやティファニアの転移の魔法で移動しても良いとも思うのだが、ブリミル、ティファニア共に今は席を外すことが出来ない程に忙しいし、翌朝にやってくるであろうガリア空軍艦隊との戦闘があるかもしれない以上、極力魔力の消費を押さえたいというのが本音だ。
 
「なるべく早く戻ってくるから」
 
「無理すんなよ」
 
 言って、才人が風竜の尻を叩くと、竜は一鳴きして空へ飛び立っていった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 明けて翌朝。
 
 予想通りというべきか、空を埋め尽くす程のガリア大艦隊がロンディニウム城から見えた。
 
 無論、牢の窓からもその光景は見えており、クロムウェルを始め捕らえられたレコン・キスタの貴族達は一斉に歓声を挙げた。あれほどの大艦隊ならば、僅か五人の兵を討つことなど容易く行ってくれると信じていた。
 
 だが、ガリア艦隊は何時まで経っても、それ以上近づいて来るような気配は見せない。
 
 元々ガリア艦隊の受けた命令は、アルビオンにいる敵を吹き飛ばせ。というものだった。
 
 この敵を示すものは、本来用の無くなったレコン・キスタである筈だったのだが、どういうことかそのレコン・キスタは既に敗れ、ロンディニウム城にはトリステインの国旗が掲げられている。
 
 予想外の事態に、慌てて本国との連絡をとる艦長。
 
 そして、艦長から連絡を受けたガリアの無能王ことジョゼフは、棋板上にて己の打った手とは違う動きを見せた駒に歯噛みし、しかし怒りながらも大いに笑ってみせた。
 
「……面白い。ははは、面白いではないか!? 余の予想を上回る動きをする駒がいるというのか!!」
 
 一息。
 
 ジョゼフは獲物を見定めるような猛禽類の眼差しで、伝令に命令を伝えた。
 
「余は三日でアルビオンから敵を排除しろと命令したぞ」
 
 それを聞いた伝令役の兵は部屋を後にすると、通信兵であるメイジのいる部屋へと駆け足で向かう。
 
 ジョゼフは唇を吊り上げると、
 
「さあ何者かは知らぬが、その力を見せてみろ。そして余を楽しませてくれ」
 
 楽しそうに笑い、箱庭の人形達と向き合った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ――同時刻。
 
 伝令から、その報告を聞いた艦長は神妙に頷くと、躊躇無く号令を放った。
 
「全艦隊に命令! 目標、ロンディニウム城! 照準定めぇ!!」
 
 即座に伝えられた命令に、全ての艦隊が一斉に牙を剥く。
 
「撃てぇ!!!」
 
 号令一喝。
 
 百を越える砲門から吐き出された砲弾。
 
 しかし、その破壊の大波の前に立ちふさがる人影があった。
 
 人影は金髪の美しい少女で、彼女は予め唱えておいた詠唱を完成させると、その手に持った小さな杖をまるでオーケストラの指揮者のような優雅な動きで振り下ろした。
 
 無数の砲弾が少女を呑み込む直前。ティファニアの虚無魔法によって作られた不可視のゲートに全ての砲弾が吸い込まれ、消え失せた筈の砲弾は艦隊の直上に現れた出口から全て吐き出されて自らを放った主を襲撃する。
 
 ティファニアの歪曲の魔法によって壊滅的なダメージを受けたガリア空軍艦隊であるが、彼らの災難はこれで終わったわけではない。
 
 長杖を携えた桃色の髪の女性メイジがトドメの一撃を放つべく、既に呪文の詠唱を完了させていた。
 
 今後の展開の為にも、ここでガリアの航空戦力を完膚無きまでに奪っておく必要がある。
 
 そう提案したのは他ならぬブリミル自身であり、その為に力を行使する事に彼女は何の躊躇いも無い。
 
 彼女の杖の先端に魔法の光が集束していく。
 
 やがて、直径10メイル以上もの大きさとなった光の塊は、周囲の最も小さき粒を集めた純粋な力の権化だ。
 
 ブリミルは目標を一番右端の戦艦に定めると、
 
「――おちな……、さいッ!!!」
 
 極太の光条が艦船を射抜き、
 
「こんのぉ!!」
 
 長杖を強引に振り回して、光の帯を横薙ぎに払い次々と艦隊を落としていく。
 
 大小様々な爆発を起こしながら炎上していく艦隊。
 
 やがて全ての戦艦を落として一息を吐くブリミルに対し、才人は呆れた眼差しで彼女を見ると、
 
「……何だよ? 今の出鱈目な魔法は? あんなの俺が居たときは、使ってなかっただろう?」
 
 対するブリミルは勝ち誇った表情で、
 
「わたしのオリジナルよ。大気中の最も小さき粒を集約して、純破壊力として撃ち出すの。
 
 ……威力は見ての通りね。難点としては、手加減が出来ないってことなんだけど」
 
 確かに、艦隊の消え去った空の向こう。そこにあった山々の形が、才人の記憶にあるものと異なっている。
 
「……イヤな弱点だな」
 
 と言いつつも、金輪際ブリミルに対して胸関係でからかうのは止めようと心に誓う才人だった。
 
 ともあれ、レコン・キスタによる革命から始まった一連の戦争は、わずか二人の少女が助っ人に加わった連合軍の圧倒的勝利で幕を閉じた。
inserted by FC2 system