ゼロの使い魔・2回目
 
第7話
 
 連合軍が無事アルビオンに侵攻して1週間が経っていた。
 
 その中の一つ、ルイズに宛われた天幕の中。
 
 ネグリジェ姿のルイズと、床に拡げられた地図の前に胡座をかいて座る才人。その隣には抜き身の長剣という、ある意味とてもシュールな光景が展開されていた。
 
 ここで、何が起きているのかというと、別段新手のプレイに目覚めたとかいうことではなく、デルフリンガーによる今後の作戦会議だ。
 
 ラ・ヴァリエール公爵から、一個軍団を預かったのは良いが、才人に軍隊指揮の経験は全く無い。
 
 戦略や戦術なんてものは、シュミュレーションゲームでやった程度で、自分の指揮が部下達の生死を決めるとなるとビビってしまって、命令どころではない。
 
「だからな、相棒。戦争なんてもんは、犠牲無しで勝つことなんざ、絶対に不可能なんだ。
 
 いい加減に割り切っちまえ」 
 
 そう告げるデルフリンガーに対し、才人は憮然とした表情で、
 
「割り切れるかよ。……人の命が掛かってんだぞ? ゲームの駒と一緒にすんな!」
 
「……そうは言ってもな相棒。大体、門の上には弓兵が配置されてるからよ。
 
 そいつらを何とかしないと、無傷で街に攻め込むなんて出来ねえぜ?」
 
 本来は多少の犠牲は覚悟の上で、強引に攻め込み、力業で扉をこじ開けるか、長梯子を使って門の上に配置された弓兵を倒すかだ。
 
 どちらにしても、相応数の犠牲は確実に出る。
 
「相棒だけなら、門まで無傷で辿り着けるだろうがね、幾らガンダールヴの力でも、門の上まで飛び上がる事は出来ねーよ」
 
 才人は頭をガシガシ掻きながら、
 
「あー……、クソ!? 竜、余って無いかな? 俺が空から強襲して、弓兵片づけた後で、門破って貰うっていうのは?」
 
「まあ、普通に考えて、余ってるわけないわな」
 
「あの時、逃がさなきゃ良かった」
 
 あの時というのは、才人達が零戦でダータルネスに向かう際に邪魔をしようとした竜騎士達から竜を奪った時のことだ。
 
 どうしたものかと才人が頭を悩ませていると、外から声が聞こえてきた。
 
“ならば、我が手を貸そうか?”
 
 聞き覚えのある声と同時、突風が天幕を揺るがせる。
 
「な、何!?」
 
 動揺するルイズに対し、才人は天幕から外に飛び出す。
 
 眼前に舞い降りようとしているのは、見慣れた一匹のグリフォン。
 
 そして、その背に騎乗する3人の少女達。
 
 一人は無表情のままで手綱を握る侍女服姿の女性、自動人形のサティー。
 
 一人は興味深げに周囲を眺める、獣耳と尻尾の少女、人造人間のナイ。
 
 そして最後の一人は、
 
「さ、サイトさん!?」
 
 才人の名前を叫びながら飛びついてきた、私服姿の少女、シエスタ。
 
「良かった! ご無事だったんですね!」
 
 才人は驚きに目を開きながら、
 
「……シエスタ? 何で、ここに?」
 
 才人の問い掛けにシエスタが説明を始める。
 
 1週間程前、魔法学院に賊が侵入したこと。死人は出なかったが、幾人かが怪我を負ったこと。そして戦争が終わるまで学院が閉鎖になり、シエスタは従姉であるスカロンが経営する魅惑の妖精亭を手伝おうとトリスタニアに行くと、スカロン達が慰問隊としてアルビオンを訪れると聞き、それに付いて来たこと。アルビオンに着いてすぐ、ナイが「おとーさんの匂いがする」と言って才人の場所に案内してくれたので、ジルフェに乗って辿って来たこと。
 
 才人は呆れた顔で、一向を見ていたが、やがて肩の力を抜くと、
 
「……そっか、死人は出なかったのか。良かったぁ」
 
 安堵の表情で告げる才人。
 
 サティーは無表情のまま、
 
「重傷を負ったコルベール様ですが、現在キュルケ様の御実家の方に怪我の療養という名目で拉致されていかれました」
 
「……いや、拉致って」
 
「状況から、鑑みるに、その表現が最も適切であると判断します」
 
 ……何故だろう。その状況が容易に想像出来るのは。
 
 まあ、それは兎も角。
 
「いや、……お陰で助かったよ。お前らも、良く来てくれた」
 
 言って、ナイの頭を撫でてやる。
 
 嬉しそうに目を細めるナイ達を促し、才人は自分達の天幕に皆を案内した。
 
「……シエスタ!?」
 
 彼女の姿を確認して、驚きの声を挙げるルイズ。
 
 対するシエスタは一礼し、
 
「……お久しぶりです。ミス・ヴァリエール」
 
 満面の笑みで挨拶する。顔は笑みだが、その視線が告げている。
 
 ……自分が来た以上、これから先、お前の好きにはさせないと。
 
 ルイズとシエスタの視線が見えない火花を散らす中、そんな空気を読めずに才人は再びデルフリンガーとの作戦会議に没頭する。
 
「ああ、確かにその方法なら、被害はかなり押さえられると思うが、相棒の方はどうよ? 負担がかなり大きくなる筈だし」
 
「その点は、私がフォロー致します。……コルベール様より、幾つか武器も預かって参りましたので」
 
 心強い援軍を得て、才人も笑みを強くする。
 
 すると、才人の服の裾を引っ張ったナイが、
 
「……わたしも、手伝う」
 
「いや……、でも、危ないから……」
 
 幾ら身体能力を強化されているホムンクルスとはいえナイはまだ幼子である為、危険であると判断した才人は彼女を押し留めようとするが、ナイは断固として首を縦に振らない。
 
 更にはサティーさえも、ナイの味方をするように、
 
「ナイ様は充分に戦力足り得ると判断いたします」
 
 等と言い出すのだ。
 
 それでも渋る才人に対し、ナイは力強く頷くと、
 
「見てて、おとーさん」
 
 告げて、立ち上がり、目を閉じて両手を大きく広げ、
 
「……ん」
 
 小さく息を飲むと、その身体が変化を始めた。
 
 四肢が伸び、身体が子供のものから、成熟した大人のものへ変わっていく。
 
 それに呼応するように、短かった髪も長く伸び、妖艶な女性へと変化した。
 
「……どう、おとーさん? この姿なら、雷も使えるよ?」
 
 言って、掲げた右手に小さな雷球を作り出す。
 
 だが、才人はその説明を聞いておらず、彼の視線は、元々は膝下まであったものが、急成長の為に膝上30サントまで押し上げられたスカートの見えそうで見えない部分に釘付けになっていた。
 
 そんな才人の視線に気付いた二人の女性が、背後から彼の肩に手を掛ける。
 
「……ねえ、サイト。あれは、あくまでもナイであって、ナイはあんたの娘よね?」
 
 ルイズの声と共に、ミシリと骨の軋む音が聞こえた。
 
「……まさか、わたし達の事はスルーしまくっておいて、ナイちゃんに手を出すようなド外道な振る舞いはしませんよね?」
 
 シエスタの声と共に、ミジリと肉に爪の食い込む音が聞こえた。
 
 ゆっくりと振り返った才人の視界に、殺す笑みを浮かべたルイズとシエスタの顔が映る。
 
 才人は乾いた笑みを浮かべると、そのまま反転してその場から逃げ出した。
 
「コラ――ッ!! 待ちなさいサイト!!」
 
 夜闇に響く怒声と逃げる者と追う者の足音が、一晩中、駐屯地内に響き続けた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 シエスタ達と合流してから数日後、未だ作戦が決まらない為暇を持て余していた才人が、ジョギング、筋トレ、素振りといつもの鍛錬をこなしていると彼の元に腕自慢の傭兵達がやって来て試合を申し込んできた。
 
「いよう、精が出るねぇ兄ちゃん。どうだい? そんな棒きれ振ってるよりも、俺達と真剣で稽古してみねえか?」
 
 下卑た笑いを浮かべながら告げる。
 
 無論、彼らに精進しようというつもりは毛頭無い。
 
 ルイズやシエスタ、サティーにナイ。更にはジェシカを筆頭に魅惑の妖精亭の店員達といった大勢の少女に囲まれた才人が妬ましく、ちょっとこづいてやろうと思ってのことだ。
 
「別に良いけど?」
 
 相手の思惑はどうであれ、丁度相手の欲しかった才人は、この申し出を快諾しお互いに真剣を持って構える。
 
 但し、才人が手にした武器はデルフリンガーではなく、ルイズから贈られたダガーだ。
 
 それを見た傭兵達の間から嘲笑が漏れるが、才人は気にしない。
 
 この訓練の目的は回避力の向上。出来るだけ最小限の動きで敵の攻撃を見切る事にある。
 
「おらぁ!!」
 
 寸止めというルールの元行われた試合で、それでも相手は手加減無しに才人を狙ってくるのを、才人は一切反撃せずに力任せに振るわれる攻撃を全て回避してみせる。
 
 始めの内は、攻撃を仕掛ける男に対して、だらしないだの、惜しいだのと野次が飛んでいたが、それも開始から十分を過ぎる頃には一切聞こえなくなり、代わりに女の子からの黄色い声援が才人に向けて飛ぶようになった。
 
 更に十分が経過すると相手の男がへばり、代わりに出てきた傭兵が同じように才人に攻撃を仕掛けるが、先程の男と同じように全ての攻撃を見切られる。
 
「クソッ!? ナメられてんじゃねーぞ!」
 
 やがて業を煮やした傭兵達は、各々が武器を取り数人が一斉に才人へ挑み掛かる。
 
 対する才人は焦ることなく、否、むしろ好都合とばかりに、自ら混戦の中へ己の身を投じていく。
 
 無駄な動きを省き、小さく最小限の行動で攻撃を回避することを心がける。
 
 あきらかに多対一での乱戦を意識した訓練方法。
 
 その事を理解することもなくガムシャラに武器を振り続ける傭兵達は、体力が尽きてへたり込み、中には同士討ちしてしまう者達まで出る始末。
 
 そして全ての男達が膝を着くのを確認すると、才人は大きく息を吐き出し、
 
「いい訓練になったよ。ありがとなおっちゃん達」
 
 礼を述べてから踵を返し、サティーが渡してくれたタオルで汗を拭う。
 
 直後に巻き起こる歓声。
 
 いつの間にか賭が成立する程の賑わいをみせていたらしく、集まった観客達に魅惑の妖精亭は臨時に開店して商売を始めていた。
 
 そして勝者である才人には、店長であるスカロンから直々に席を勧められて腰を降ろすと、シエスタとジェシカが甲斐甲斐しく給仕してくれる。
 
 それが気に入らないルイズは強引に才人の隣に割り込もうとするが、片方はスカロンが占拠し、もう片方は既にシエスタとジェシカの間で熾烈な争いが繰り広げられていた。
 
 “海千山千の街娘”対“意気軒昂の村娘”の対決に割り込もうとするルイズだが、まず隙が無い。
 
 強引に割り込んでいこうとしても、日頃から力仕事をしないルイズと普段から働いているシエスタでは腕力が違う。
 
 なかなか才人に近づけずにヤキモキしていると、背後からルイズに声を掛ける人影があった。
 
「少し良いかな? ミス・ヴァリエール」
 
 声の主は、二枚目の神官ジュリオ・チェザーレだったが、気の立っているルイズはうるさいの一言と共に、腰から入った裏拳を彼の顔面に叩き込み、一撃で意識を刈り取った。
 
 ジュリオとしては、ここでルイズとファーストコンタクトを果たし、なんとか自分に興味を持たせたかった所ではあるのだが、時と場所が悪かった。
 
 この切羽詰まった状況で、他の男と話しでもしていたら、ここぞとばかりにシエスタ・ジェシカ連合によって、この場を追い払われるだろう。
 
 才人の方から自分に対してあからさまに好意を寄せて来てくれているのならば、まだ嫉妬を煽るような作戦を取ることも出来たであろうが、現在は才人の方にそのつもりは無く、ほぼ一方的なルイズの片思いであり、更には強力なライバルも多数いる状況。
 
 嫉妬作戦など行おうものなら、周囲のライバル達によって、速攻で戦線離脱させられるだろう。
 
 こうして知らず知らずの内にルイズの活躍のお陰で、ジュリオの計画は、その一歩目から頓挫してしまった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 それから一週間後、才人達一向とラ・ヴァリエール公爵より預かった一個軍団は、シティー・オブ・サウスゴータの城壁、正門前に陣取っていた。
 
 当初の予定では、連合軍が上陸したロサイスにアルビオン軍の反撃があると予測していたのだ。そこで敵の大軍と決戦を行い、一気に決着を着けるつもりだったのだが……。
 
 だが、予想に反してアルビオン軍からの反撃は無く連合軍は拍子抜けしてしまった。
 
 否、拍子抜けするだけならば良いが短期決戦を行う予定であったのだ。
 
 下手に戦争が長引けば、それだけ兵糧も必要となる。そうなれば空の上にあるアルビオンに向けて物資を運搬せねばならず、現在のトリステインの国力ではそれはかなり厳しく長期戦は不可能と言ってもよい。
 
 そんな状況であるにも関わらず、肩すかしで1週間半も余計な時間を使ってしまったのだ。
 
 そこで軍議が開かれ今後の展開を皆で意見しあったのだが、その意見が真っ向から割れた。
 
 途中の城や砦を無視し、一気に敵の本拠地であるロンディニウムを包囲するという案。
 
 だが、これは背後に敵の城や砦をさらすこととなり更には補給路も延びる事となる。補給路が延びれば、その分補給も断たれやすくなるので危険だ。
 
 しかし、だからと言って全ての城や砦を落としていたら、ロンディニウム攻略までに何年かかるか分かったものではない。
 
 そこでウェールズの取った作戦は、シティー・オブ・サウスゴータを足掛かりとして五千の兵を残して補給路と退路を確保し、残りは全力でロンディニウム攻略に参加するという折衷案だった。
 
 そして現在、才人達はシティー・オブ・サウスゴータの眼前にまで来ているわけであるが、そんな彼らのすぐ隣……、
 
「……なんで、お前がここに居るんだよ?」
 
 うんざりした溜息と共に吐き出した台詞は、彼の横にいるギーシュに向けられたものだ。
 
 ギーシュは、やがて訪れる初陣に緊張したぎこちない苦笑いを浮かべながら、
 
「ぼ、ぼくと君の仲じゃないか! 別に、サイトの傍にいたら、知り合いのよしみで、命くらいは助けてもらえるかなーとか、もし良かったら、手柄のお裾分けくらいしてもらえるかなーとか、全然思ってないぞ?」
 
「……素晴らしい本音をありがとよ」
 
 半眼でギーシュを睨んでから、戦闘の開始された城壁へ視線を移す。
 
「取り敢えず俺が上の弓兵達を黙らせてくる。
 
 ルイズ。合図したら、あの扉ぶっ飛ばせ。
 
 その後で全軍突撃。合図はルイズに任せる。
 
 ギーシュは、……まあ、死なないように頑張れ」
 
 ギーシュが何やら抗議の声を挙げているが、才人は無視した。
 
 多少乱暴な手段であるが、これでギーシュの緊張が解れてくれれば御の字だ。
 
 才人は軽やかにジルフェに跨ると、サティーとナイを共に騎乗させ、未だ城壁に取り付くことが出来ずに苦戦しているゴーレムに一瞬視線を向けると、ジルフェの腹を軽く蹴って促し、空を疾走して行った。
 
 その様を見ていたギーシュの副官とも言うべき中隊付きの軍曹ニコラが、不思議そうな眼差しで才人の飛び去って行った後を見やり、
 
「中隊長殿、さっきの方はお知り合いで?」
 
「あ、ああ、そこにいるルイズの使い魔でな、以前ぼくと決闘して善戦虚しくも僅差で破れた事がある」
 
「完全無欠に完敗だったじゃないのよ」
 
 呆れ顔で呟くルイズの視線の先、放たれるバリスタの矢を回避しながら上空からの急降下で一気に城壁に飛び移るグリフォンの姿が見えた。
 
 ジルフェの背から降りたサティーとナイは、その場から素早く離脱し自分達を取り囲もうとするオーク鬼達を爪と刃で切り裂き、その場を離れる。
 
 サティーは背に背負っていたザックから1メイルほどの筒を取り出して小脇に抱えるようにして構えると、横から出たアンカーを引く。
 
 すると、気の抜けるような音と共に筒口から飛び出した鉄矢が尻から火を吹いて加速し敵に向かって飛んでいく。
 
 コルベールの新兵器、“小さな空飛ぶヘビくん”だ。
 
 通常の空飛ぶ蛇くんと違い小型化をメインにした為ディレクト・マジックを感知する装置を取り付けておらず命中率や精度もかなり低いが、これだけ敵が密集していれば馬鹿でも当たる。
 
 敵に命中したそれは轟音と共に爆発を起こし、周囲一帯を焼き払った。
 
 サティーは使い終わった筒を投げ捨て、
 
「コルベール様より頂いた新兵器“小さな空飛ぶヘビくん”です。
 
 お代わりは、まだございます。充分にご堪能くださいませ」
 
 言って、新たな砲筒を取り出した。
 
 小さなクレーターの出来た城壁上、紅い稲妻を纏った獣がオーク鬼達を薙ぎ払い進撃する。
 
 普段の愛らしい姿からは想像も出来ない獣の本能を剥き出しにした獰猛な笑みを浮かべた女性が、その凶暴な爪で敵を切り裂き雷撃を持って駆逐しながら進撃していく姿はオーク鬼達のちっぽけな理性に恐怖を刻み込む。
 
 だが、真に恐怖の権化たる存在は別にいる。
 
 サティー達とは逆方向の城壁。
 
 グリフォンを駆り、並み居るオーク鬼達を屠る剣士がいた。
 
 まるで己が一部の如くグリフォンを使役し、手の双身剣を振るって近づく敵を切り裂き、刺し穿つ。
 
 返り血が才人の頬を汚し、むせ返るような血臭の中、剣を通して手に伝わる感触に眉を顰めつつも、それでも才人は機械的にオーク鬼達を殺していく。
 
 そんな中、才人は己の心境に異変を感じていた。
 
 一匹敵を屠るごとに才人の心の奥底に眠るドス黒い何かが鎌首をもたげていくのを自覚するが、作戦が始まってしまっている以上、今更攻撃を中止するわけにもいかない。
 
 既に何体目のオークを屠ったのか分からなくなってきた才人の脳裏に、あの時の声が再び囁きだした。
 
“……殺せ”
 
 左手で手綱を操りながら、右手の双身剣を振るう。
 
“……殺せ”
 
 左手側の敵に、メーネを突き立てれる。
 
“……殺せ”
 
 胸が熱を持ち、そこに新たなルーンが輝きをもって己の存在を主張する。
 
“……殺せ”
 
 そして、
 
“……殺せ”
 
 才人の意識は、
 
“……殺せ”
 
 声に呑まれた。
 
 ――咆吼。
 
 才人が獣のような声を挙げ、それに導かれるように両手と額のルーンが輝きを放つ。
 
 そしてルーンに操られるように、ジルフェの……、サティーの……、ナイの瞳から理性の輝きが失われ、才人の手足となって力任せな虐殺を開始する。
 
 僅か五分に満たない時間で城壁上の敵を皆殺しにした才人達は、次の標的を街の中に潜む亜人へと定め、一気に城壁から飛び降りた。
 
 相手がオーク鬼であろうと大型のトロル鬼やオグル鬼であろうと関係無く、ただ力任せに……、障害があるならば障害ごと剣で両断していく。
 
 ペース配分を考慮せず目に映る敵全てを皆殺しにしていくその姿に、亜人達は恐怖を感じ一斉に逃走を開始しようとするが彼らはそれさえ許さない。
 
 才人が地下水を引き抜いて呪文を唱え、敵の逃走経路を遮断するように土の障壁を出現させる。
 
 逃げ道を塞がれた亜人達は一転して才人達に襲いかかってくるが、既に恐怖に飲み込まれている彼らが勝てようはずもなく逆に返り討ちにされてしまう。
 
 そして才人達は動く物が無くなると次の敵を求め進撃を開始した。
 
 彼らが獲物に困ることはない。
 
 普通に歩けば亜人と遭遇する。出会えば即座に斬り捨て、また次の獲物を狙う。
 
 いい加減斬りすぎで血脂と刃こぼれで使い物にならなくなったメーネを捨て、背中のデルフリンガーを引き抜きジルフェから降りる。
 
 長剣では馬上での不利を理解するだけの理性が未だ残っているのか? それともガンダールヴのルーンの働きによるものか。
 
 何にせよ、自由を得たデルフリンガーが必死に才人に呼びかける。
 
「クソッ!? まさか四番目のルーンが隠れてやがったなんてな! おい、地下水!!」
 
「へ、へい!」
 
「なんとか相棒の身体の主導権を奪え!」
 
「む、無理ッス! 俺の力は完全に旦那の支配下に置かれてるッス」
 
 使えねぇ、とデルフリンガーが嘆くが事態は好転しない。
 
 やがて才人は地下水の代わりにディフェンダーを引き抜き二刀流の構えを取ると、眼前に現れたトロル鬼の群に突撃していく。
 
 襲いかかってきたのは五体のトロル鬼。
 
 一体目のトロルの首をディフェンダーとデルフリンガーをハサミのように交差して切り落とし、二体目の振り下ろしてきた棍棒をディフェンダーで受け流すと、直後に才人の背後に控えていたジルフェが飛び掛かって、その目に嘴を突き立てる。
 
 目玉を抉りだしたジルフェが飛び退くと同時、雷撃と火矢がトロル鬼に命中。その身体をバラバラに四散させた。
 
 余熱すら収まらない爆心地に才人が飛び込み、動揺する三体目の心臓にディフェンダーを突き立て、更にデルフリンガーによって唐竹割にする。
 
 一瞬出来た才人の背中の隙に、四体目が棍棒を振り下ろそうとするも、その手には既に武器は握られておらず、否、武器だけではなく腕すらも存在していなかった。
 
 不思議そうに自分の腕を見つめるトロル鬼の背後、彼の腕を斬り飛ばしたサティーが、物音も発てずにトロル鬼の首を跳ね飛ばす。
 
 大音を発てて頽れるトロルの向こう、最後に残った一体は、既に才人の手によって上半身と下半身を両断されていた。
 
 才人は死体には興味無しと一瞥もくれずに次なる獲物を求めて歩き始めるが、足音が一つ足りないことに気付き背後を振り返る。
 
 すると、そこには体力が尽き、元の幼い姿に戻ったナイが荒い呼吸で血溜まりの中に横たわっていた。
 
 おそらく続く連戦で体力の限界がきたのだろう。
 
 だが才人は、そんなナイにも一瞥しただけで歩みを止めようともせずに次の獲物を求めて前へ進む。
 
 既にヴィンダールヴとミョズニトニルンの力の暴走に巻き込まれているジルフェとサティーに至っても同様だ。
 
 そんな才人達の姿に舌打ちしてデルフリンガーが声を張り上げる。
 
「おい、ちっこい嬢ちゃん! 聞こえてねえと思うが、一応言っとくぞ!
 
 ここにはもう敵はいねえ、だから安心して今は寝てろ!! いいな無茶して起きあがるんじゃねえぞ!!」
 
 そう叫ぶ間にも、ナイとの距離は段々と離されていく。
 
 そして続く戦いの中、体力の尽きたジルフェが脱落し、サティーが敵の攻撃によって中破した。
 
 才人自身も無傷とは言い切れず、身体中に幾多もの傷を負い残された武器はデルフリンガーと地下水のみという状況。
 
 そんな中、遂に恐れていた事態が発生する。
 
 別の門から侵入した連合軍と才人が鉢合わせしたのだ。
 
 既に周囲の敵を皆殺しにしていた才人は、眼前の軍勢を敵と認識。
 
 攻撃を開始した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 時間は少し戻る。
 
 才人達が理性を無くして見敵必殺を繰り返している頃、何時まで経っても才人からの合図が無い事に焦れたルイズが作戦を無視して強引に突撃し、エクスプロージョンで城門を吹き飛ばして諸侯軍を率いて街へ突入した。
 
 そして彼女に続くように、ラ・ヴァリエール公爵の諸侯軍とギーシュ率いるド・ヴィヌイーユ独立銃歩兵大隊、第二中隊が進行する。
 
 だが、その行動をルイズは即座に後悔した。
 
 街へ踏み入れたルイズ達が見たものは、辺り一面の血の海と物言わぬ亜人達の死体の群だ。
 
 思わず口を押さえて物陰へ駆け込み、胃の中身を全てぶちまける。
 
「……な、なにが起きたのよ」
 
 青ざめた表情で戻ってきたルイズに、同じく顔色の悪いギーシュが話し掛けてくる。
 
「……これは、……やはり、サイトがやったんだろうか?」
 
「そんなわけないじゃない! サイト達がこんな……」
 
 そんな中、死体を調べていたギーシュの副官であるニコラが立ち上がり、
 
「城壁の上での戦いっぷりを見るに、こいつは殆どが中隊長のご友人達の仕業のようですね」
 
「嘘よ! サイト達にこんな殺し方が出来るわけないわ!!」
 
 即座に拒絶するルイズに対し、ニコラは真剣な表情で、
 
「失礼ですが、そのサイトって方なんですがね、戦争の始まる前に風竜で飛び回ってた二人の内のお一人で?」
 
 ニコラの問いに、ルイズは力無く頷き返す。
 
「自分は遠目にしか見てないんですが、あの時、……握手してた時の気配からすれば、これくらいやって当然な感じがするんですがね」
 
 それを聞くなりルイズは再び馬に乗って駆けだした。
 
 そして才人を探す途中で、血溜まりの中に倒れる見知った少女を発見する。
 
「ナイッ!?」
 
 馬から飛び降りナイを抱き起こすが、彼女は荒い呼吸を繰り返し、時折むせ返るように激しく咳き込むだけで、こちらの質問に答える余裕すらない。
 
 しかも全身が血塗れの為、どれが彼女の血でどれが返り血なのかの判断もできかねる。
 
 周囲を見渡し味方を捜すが、あの凄惨な現場を見せられて臆したのか自軍の姿が見当たらない。
 
 どうすれば良いのか悩むルイズの背後からそっと伸びた手が、優しくナイの頬を撫でた。
 
 慌ててルイズが振り向く先には、長い金髪の美しい少女がそこにいた。
 
「大丈夫。……この子は、わたしが治療します」
 
「……あなた、メイジ?」
 
「ええ」
 
 優しく微笑み、手にペンシルのような小さな杖を握る彼女は、今までルイズが聞いた事もないような呪文を詠唱する。
 
 回復といえば水属性だが、彼女の唱える呪文は水系統のそれではない。
 
 見ればナイの身体が光に包まれ、呼吸が落ち着いたものに代わっている。
 
 しかも驚いた事に、血塗れだった服にも一切の汚れが見当たらない。
 
「さあ、もう大丈夫」
 
 言ってナイの頭を優しく撫でる。
 
「あなた……」
 
 ルイズが話し掛けようとするが、少女は道の先を見据え、
 
「急ぎましょう。……わたしの友達が先に行ってますけど、早く彼を止めないと大変な事になるわ」
 
 頷き、謎の少女とナイと共に馬で駆けるルイズの視界に映ったのは、またも知り合いの姿。
 
 侍女服姿の自動人形は左腕が砕かれ意識を失っており、グリフォンも片翼を折られ限界を超えて駆け続けた為に口から泡を吹いて横たわっていた。
 
 そしてルイズは、サティー達の傍らで半ばから刀身の折れたディフェンダーと壁に突き刺さったダガーを発見する。
 
 それを見たルイズの心中を、嫌な予感が支配した。
 
 彼女は壁に刺さったダガーを引き抜くとサティー達の事を謎の少女に託し、自らは走って才人の後を追った。
 
 
 
 
  
 
 
 
 
 
 正気を失った才人の狂剣が、遭遇した連合軍の兵士に向け振り下ろされた瞬間、彼の身体が正体不明の爆発によって吹っ飛ばされた。
 
 才人は獣のように空中で身体を捻って姿勢を整えると、軽やかに足から着地し、己に攻撃を加えた存在に対し最大限の警戒を見せる。
 
 彼の視線の先、桃色の髪を風に揺らした二十歳ほどの女性メイジがそこにいた。
 
 メイジは整った顔立ちに不似合いな皺を眉の合間に寄せると、手にした長杖を才人に突き付け、
 
「ッのバカ! いい加減にしときなさいよ!!」
 
 叫び、呪文の詠唱を開始。……否、その口から聞こえるのは呪文ではなく、高速言語。
 
 数小節の詠唱を一瞬で済ませると、才人に向けて杖を振り下ろす。
 
 またも才人の正面で小規模の爆発が起こり、彼の身体が吹っ飛ばされる。
 
 才人は辛うじて地面との衝突を回避すると、長剣を構えメイジに向けて突撃を敢行した。
 
 そして、またも放たれる女性の魔法。
 
 しかし今度はデルフリンガーによってその爆発は吸収されてしまう。だが、女性は諦めず魔法を連発し続けた。
 
 徐々にではあるが女性と才人の距離が縮まっていく中、背後に控えた軍が才人に攻撃を仕掛けようとするのを女性が大声で制する。
 
「邪魔しないで!」
 
「し、しかし、あれは敵ではないのですか!?」
 
「味方よ! 今はちょっと暴走してるだけ!! だから手を出さないでちょうだい!!」
 
 一息、
 
「あいつは、絶対にわたしが止めてみせるわ!!」
 
 高速言語といい、あれだけの魔法を連射出来るだけの魔力といい、女性メイジの力量は確実にスクウェアクラスの実力の持ち主だろう。
 
 だが、その戦闘中の会話が仇となった。
 
 一気に距離を詰めた才人は、大きく剣を振りかぶり女性に致死の一撃を与えようとする。
 
「ボロ剣!!」
 
 メイジの叫びにデルフリンガーが応えた。
 
「地下水! 一瞬でいいから相棒の身体を乗っ取れ!!」
 
「へ、へいっ!」
 
 女性メイジの魔法を吸収したデルフリンガーと地下水が全力で才人の身体を引き留めようとするが、それはすぐにミョズニトニルンの力によって解消される。結局彼らの奮闘は僅かに1秒彼の動きを停めたに過ぎなかった。
 
 だがメイジにとっては、その1秒で充分だった。呪文を唱えることさえ出来ない短い時間の中、彼女は躊躇い無くメイジとしての命ともいうべき長杖を手放すと、そのすらりとした細い足で才人の股間を蹴り上げる。
 
 続く動きで才人の横っ面に平手をお見舞いし、更には倒れ伏した才人の頭を足で踏みつけた。
 
「……な、なんで、おまえってやつは、いつもいつも俺の切ない所ばかり……」
 
 決して慣れたくはない懐かしい痛みに、苦悶の表情で告げる才人の抗議を無視して女性は告げる。
 
「あんたの行いが悪いからよ」
 
「いやあ、正気に戻ったようで何よりだ相棒」
 
 女性が溜息を吐きながら視線を兵士達の方へ向けると、全員が股間を押さえ前屈みになっていた。
 
 ――男は皆、この痛みを共有できるのだ……。
 
 女性は呆れた眼差しで、
 
「あんた達は全然ダメージ無いでしょ? ほら、さっさと突入して残敵を排除してきなさい」
 
 そう言って兵士達を軽くあしらう。
 
 どこかやる気の削がれた声を挙げながら兵達が街中に突撃していく中、その流れに逆流するように一人の少女が駆けてくる。
 
「サイト!!」
 
 ルイズは素早く才人の元に駆け寄ると、彼の頭を踏みつけている女性を睨み付け、
 
「ちょっと! その足退けなさいよ!!」
 
 ルイズに怒鳴られた女性は、慌てて才人から足を退けて取り敢えずルイズに謝ると、
 
「ゴメンさいね。……でも、まあ何時ものことでしょ?」
 
「何時もって何よ!? わたし、サイトの頭なんて踏んづけたことないわよ!」
 
 売り言葉に買い言葉というやつだ。
 
 実際、それを聞いた才人が、……いや、やってるし。と、零した瞬間、女性から見えない角度で飛んだルイズのトゥーキックにより、沈黙させられている。
 
 ともあれ、そんな水面下での攻防を知らない女メイジは驚いた表情で、
 
「嘘!? だってサイトよ? 夜這いとか仕掛けられたりしなかった?」
 
「さ、されるわけないでしょ! ……してきたって、別に拒まないけど」
 
 最後の方は小声で告げるルイズを無視して、女性は未だに座り込んだままの才人の顔をマジマジと覗き込み、
 
「……ねえ、あんた本当にサイトなの?」
 
 そこで初めて女性の顔を正面から見た才人は、驚きに目を見開いた。
 
 その容姿はルイズの姉であるカトレアに似ている。だが、彼女とは違うものが二つあった。
 
 一つは身に纏う雰囲気。眼前の彼女はカトレアのような清楚な感じはせず、どちらかというと勝ち気な印象を受ける。
 
 もう一つは胸。カトレアのそれと比べると明らかに見劣りするサイズ。というか殆ど無い。僅かに膨らみが確認出来る程度だ。
 
 その二つから導き出せる答は一つ。
 
「……お前、もしかして――」
 
 才人が何かを言いかけた時、女性メイジの爪先蹴りが彼の下腹部を痛打した。
 
「あら、ごめんあそばせ」
 
 おほほほほ、と態とらしい笑い声を挙げる女性に対し才人が恨みがましい視線を送りルイズは女性に対して抗議を開始する中、通りの向こうから馬とグリフォンを引き連れた金髪の女性がやってきた。
 
 馬とグリフォンには、それぞれナイとサティーが分乗している。
 
 その姿を確認した才人が驚きに目を見開き、金髪の少女の名前を呟いた。
 
「……テファ?」
 
 しかし、近づいてきた少女の姿に、自分が知る彼女との相違点に気付き小首を傾げる。
 
 美しい金髪には変わりはない、その整った美貌にもだ。そして細い身体とアンバランスなまでの大きな胸にも、なんら変化は見られない。
 
 ……あッ!?
 
「耳!」
 
 そう、彼女の耳はエルフ特有の長く尖ったものではなく、普通の人間と同じようなものだった。
 
 才人の呟きを聞いていた桃色の髪の女性は、彼に不審な眼差しを送る。
 
 ……この時点で彼がティファニアの事を知っているのはおかしいからだ。
 
 女性は駆けつけてきたティファニアの手を取ると、未だ座り込む才人を無理矢理立ち上がらせて、
 
「ゴメン、ちょっとコイツ借りていくわ」
 
 言って高速詠唱を開始。
 
 デルフリンガーと地下水をその場に置き去りにしたまま、一瞬でその場から姿を消した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 シティー・オブ・サウスゴータから姿を消した才人達は、ウエストウッドの村へ移動していた。
 
 そこで才人はティファニアの家に招かれ、彼女によって虚無の魔法による治療を受け全身の怪我が癒される。
 
「おー、すげえ服まで綺麗になってらぁ」
 
 素直に喜ぶ才人に、嬉しそうな笑みで応えるティファニア。
 
 だが、そんな団らんも女性メイジが激しくテーブルを殴打する音でお開きとなる。
 
「和むのも、そこまでよ」
 
 女性は才人を指差し、
 
「……あんた一体何者なの? わたしの知る限り今この時点であんたがテファのことを知っているわけがない筈よ」
 
 女性の剣幕にミスったという表情になりつつも、才人は自分が何者かを語る。
 
 と言っても、他に語りようはないのだが、
 
「何者って、……平賀・才人。ゼロのルイズの使い魔だ。
 
 ……そういうお前は、ルイズでいいんだよな?」
 
 その才人の質問に女性は暫く考え、まずは自分の正体を明かした方が話が早いと思い、頷いて才人の質問を肯定した。
 
「ええ、今からだと四年後の未来から時間遡行の魔法でこの時代にやってきたの。
 
 ……といっても、わたしがやって来た未来は、この世界とはもう完全に別物なんだけどね」
 
 後半は言葉を濁すルイズに対し、才人は首を傾げながら、
 
「……なんでまたそんなことを? 未来じゃ何かヤバいことでも起こってんのか?」
 
 その質問に対し、ルイズはバツの悪そうな顔で、
 
「今のあんたからじゃあ信じられないかもしれないけども、未来じゃわたし、アカデミーで働いてるの。
 
 そこで、テファに協力してもらって虚無と先住魔法の融合なんてもんに挑戦してたんだけど……」
 
 言いずらそうにするルイズの後をティファニアが引き継ぐ。
 
「ええ、そこで魔法が暴走してしまって、わたしが過去に飛ばされちゃったの。
 
 それも不完全な魔法だったから、過去の自分と同期しちゃったみたいで」
 
「それでわたしは、テファを連れ戻す為に時間遡行の魔法を完成させて、テファを追いかけようとしたんだけど、この世界はおかしいのよ」
 
 立ち上がり、室内を彷徨きながら、
 
「どっかで分岐点が生まれた平行世界らしくて、この世界を探し当てるのにかなり苦労したわ。
 
 やって来るのなんて、半ば力技だったし」
 
「……分岐点?」
 
「違う選択の事よ。わたし達の過ごした過去じゃあ、あんたはグリフォンになんか乗ってなかったし、自動人形やライカンスロープをお供になんか連れてなかったもの」
 
「やっぱり、ルーンはガンダールヴだけだったか?」
 
「……当たり前じゃな」
 
 言いかけたルイズの言葉が止まる。
 
「何で、あんた三つもルーンがあるのよ!!」
 
 憤りの声を挙げるルイズに対し、それは自分の所為ではないと才人も反論する。
 
「知らねーよ! 出てきたもんは仕方ねえだろう!」
 
 やけくそ気味に告げる才人に、ルイズは頭を掻きながら、
 
「あーもう、……じゃあ、それが分岐点だとして、あんたの正体は何?」
 
 投げやりに問い掛けるルイズの質問に、才人もうんざりした表情で、
 
「俺もお前達と同じように、時間遡行してきたから」
 
 そう答えた才人を、ルイズは胡散臭そうな眼差しで見つめ、
 
「時間遡行ってね、そんな簡単な術式じゃあないのよ? そうそう簡単に出来るような代物じゃあないんだから」
 
「そう言われてもな……」
 
 才人は頭を掻きながら、
 
「俺はルイズの……、つってもお前とも違うルイズなんだろうけども、そのルイズの世界扉で地球に帰る際に光の扉に飛び込んだら、何でか初めてルイズに会ったときに戻どっちまった」
 
 その説明を聞いたルイズはこめかみに指を添えて考えながら、
 
「……つまり、サモン・サーヴァントで強引に過去へ呼び出されたって考えて良いのかしら? 異世界よりも異時間同位体の方が存在が近いっていうこと?」
 
「いや、俺に聞かれても分かんねーし」
 
 まあ、いいわ。と前置きし、ルイズはティファニアの淹れてくれた紅茶に口をつけてから、
 
「……ねえ、あんたの居た未来ってどんな所だったの? そっちのわたしは笑ってあんたを送り出すことが出来た?」
 
 寂しそうに告げるルイズに対し、才人も出された紅茶に口をつけてから、
 
「いや……、かなり無理させちまった。俺、あいつのあんな声、もう聞きたくねえよ」
 
 言って、自嘲的な笑みを浮かべ、
 
「だから今度はさ、ルイズと距離を取ろうと思ったんだ。それなら別れる時にも、そんなに辛くならないだろうし……」
 
「……馬鹿ねあんた」
 
 ルイズは才人の決意を寂しく笑い、
 
「ねえ、あんたの居た未来の話を聞かせて……、違う世界のわたしが、どんな冒険をしてきたのか」
 
 そして才人は語り始める。
 
 ルイズとの出会い。
 
 ギーシュとの決闘。
 
 フーケとの対決。
 
 舞踏会でのダンス。
 
 ワルドの裏切り。
 
 ウェールズの死。
 
 みんなと行った宝探し。
 
 シエスタの里帰り。
 
 零戦での戦闘。
 
 虚無の覚醒。
 
 惚れ薬の事件。
 
 アンリエッタの乱心。
 
 魅惑の妖精亭でのアルバイト。
 
 初陣での悲しみ。
 
 シティー・オブ・サウスゴータの失敗。
 
 アルビオン軍との対決。
 
 ティファニアとの出会い。
 
 アニエスとの稽古。
 
 ルイズとの再会。
 
 シュヴァリエの叙勲。
 
 タバサとの対決。
 
 捕らわれたタバサを助ける為にエルフと対峙。
 
 ティファニアの転校。
 
 ロマリアとの連合で行った対ガリア戦。
 
 ジョゼフの死とタバサの戴冠。
 
 新たに登場した四人目の虚無の担い手。
 
 ……途中から話に加わったティファニアが話を促し、ルイズと才人が互いに頷き合いながら話を進めていく内にお互いが違和感を感じ始めた。
 
「……ねえ全然、話に違いが無いんだけど」
 
「偶然だな、俺もそう思ってた所だ……」
 
「ねえ、あんたの世界のわたしが最後にあんたに向けて言った言葉って何?」
 
 才人は腕を組んで記憶を手繰る。
 
 ……あの時、確かルイズは、
 
「早く行っちゃいなさいよ、別にあんたなんかいなくても、寂しくないんだからね……、だったかな?」
 
「……え?」
 
 それを聞いたティファニアが息を呑み、傍らのルイズに視線を向ける。
 
 この才人は自分の知る才人とは別人であって、自分の好意を押し付けてはいけないと思ってきた。だから敢えて距離を置くように努めてきたのに……。
 
 我知らずの内に、ルイズの頬を涙が伝う。
 
 そんなルイズの涙を見て才人も全てを悟る。
 
 このルイズは、自分が愛したあのルイズなのだと。
 
 いつの間にか席を立ち、互いが互いを抱き締めあっていた。
 
「……サイ……ト」
 
 そこから先は言葉にならない。本当ならば万の言葉を尽くしてでも語りたいことがあったはずなのに。彼がここに居るという現実が、あらゆる言葉を上回る感情となってルイズの口から言葉を奪う。
 
 それは才人も同じらしく、言葉の代わりにルイズを抱き締める腕に力を込める。
 
 もう二度と会うことが出来ないと思われていた恋人達の奇跡の再会。
 
 ティファニアがもらい泣きする中、二人は僅かに距離をとり、お互いの存在が幻でないことを確認しあうと、そっと口づけを交わした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 やがて、離れた二人は照れくさそうにお互いを見つめ合う。
 
 話題に詰まり考え込んだ才人は咄嗟に疑問に思っていたことを口にした。
 
「そ、そうだ!? テファの耳! あれ、どうなってんだ?」
 
 言って視線を普通の人間と変わらないティファニアの耳に向ける。
 
 空気を読まない才人の質問に、ルイズは憤懣やるせない表情で、
 
「先住の魔法よ」
 
 一言で全てを終わらせて、そっぽを向いてしまう。
 
 それを見かねたティファニアは、苦笑を浮かべながら、
 
「えーとね、……高位の風の先住魔法には、変化の魔法というものがあるの」
 
 自分の左手を差し出し、そこに填められた透明な石の指輪を見せる。
 
「ルイズが持ってきてくれたの。……耳の形を変えさえすれば、余計なトラブルに巻き込まれることも無くなるって」
 
 ぶすっくれた表情のままルイズが、
 
「ついでに胸のサイズも1/3くらいにまで下げなさいって言ったのに……」
 
「人類の至宝に対する冒涜だろ、それ!!」
 
 猛然と抗議する才人の顔面に、ルイズの肘打ちが飛んだ。
 
 防御することさえ許されず、その一撃をマトモに喰らった才人がその場に頽れると、彼の頭をルイズが踏みつける。
 
「ねえ、犬。……ご主人様はあんたに質問があるの」
 
「……ご主人様って言っても、元だけどな」
 
 余計な事を口走った才人の頭が、若干床にめり込む。
 
 才人の悲鳴を無視してルイズが告げる。
 
「大きな胸が人類の至宝だっていうなら、あんたの敬愛するご主人様の胸は何?
 
 ほら、言ってごらん?」
 
「洗濯い……、嘘! ゴメン!! マジゴメン! 頭割れる!! ミソが、ミソが出ちゃう!!」
 
 のたうち回る才人を見て大仰に溜息を吐いたルイズは、彼に手を差し伸べて椅子に座らせると、自分は彼の対面に腰掛け、テーブルの上に両肘を着いて眼前で手を組み、それで己の口元を隠すようなポーズをとると、
 
「さて、じゃああんたがこの世界で何をやらかしたのか、聞かせてもらいましょうか?」
 
 ルイズの放つただならぬ迫力に押され、才人はこれまで行ってきた歴史の改編を洗いざらい白状させられた。
 
 フーケを捕まえなかったこと。
 
 ウェールズ皇太子が生きていること。
 
 ワルドの乗っていたグリフォンをアンリエッタから貰ったこと。
 
 タバサの母親を治療する薬を精製する過程で、自動人形のサティーとホムンクルスのナイが仲間になったこと。
 
 タバサの母親がもう治っていること。
 
 魅惑の妖精亭での強盗騒ぎとアンリエッタの誘拐未遂事件。そして、アニエスの復讐の手助けをしたこと。
 
 ルイズの実家を訪れた際に、エレオノールに決闘を申し込まれたこと。
 
 ルイズの父親とも決闘して、諸侯軍を借り受けたこと。
 
 それを聞き終えたルイズは呆れた表情で溜息を吐き出すと、
 
「……それで、あんたはどうしたいの?」
 
「どうって……」
 
 才人は暫し考え、
 
「やっぱり地球に帰るよ。……それがお前との約束だしな」
 
「……バカ。……変な所で義理堅いんだから」
 
 才人の回答に、ルイズは彼には聞こえないような小さい声で寂しそうに呟き、そして表情を一変させると、
 
「すぐにでも、帰りたい?」
 
「いや、帰るのは虚無関係のゴタゴタに決着が着いてからだ」
 
 ルイズは細い吐息を吐き出すと、
 
「良いわ。……今の状態で世界扉を使っても下手したらまた、あんた過去に飛ばされかねないから、わたしも出来る限る協力する」
 
「ああ、頼む」
 
 そこで、それまで口を噤んでいたティファニアが才人に訴えた。
 
「あ、あの……サイト!」
 
 真剣な表情で、ティファニアが告げる。
 
「こっちの世界に居続けることは駄目なの……」
 
「テファ!」
 
 ルイズがティファニアを制しようとするが、彼女はルイズの言葉を無視して告げる。
 
「あなたが帰ってから、虚無の力を利用しようとする人達が、わたし達を狙ってきたわ」
 
 ルイズの左手を取り、二の腕まで袖を捲り上げる。
 
 彼女の上腕部には、ルーン文字の入れ墨が刻まれていた。
 
 ハルケギニアでは、入れ墨にファッションという概念はない。この世界において入れ墨とは、囚人の識別ための記号か、魔術的な要素の何かでしかない。
 
 ましてや、貴族の娘が身体に一生物の傷を自ら負うという行為が、どれほどの覚悟で行われたものか。
 
 しかも、左腕だけではなくて、右腕にも別の入れ墨を施しているという。
 
「……あなたが去った後、新しい使い魔を召還することを拒んだルイズは、ルーンを刻むことで高速詠唱と二重詠唱の力を手に入れたわ」
 
 勿論、呪術的なものである以上、安易に刻めるものではない。
 
 代償として、それを身に刻むには相当な激痛を伴うとされ、その痛みは出産と同等と言われ、男性には決して耐えられないと伝えられている。
 
「……わたしが戦えないばっかりに、ルイズにばかり負担をかけてしまって」
 
 涙ながらに告白するティファニアの頭を撫でるルイズ。
 
「お願いサイト! この世界に留まって、ルイズを護ってあげて! お願い!! ……お願い……、します」
 
 頽れ、涙ながらに懇願するティファニア。
 
 ……知らなかった。
 
 ……考えもしなかった。
 
 ルイズが、そんなにも辛い道を歩んできたなんて……。
 
 才人は己の思慮の無さに歯噛みする。
 
 ルイズやティファニアを泣かせる奴らが許せなかった。……何より、そんなことも知らずに、のほほんと生活してきた自分が一番許せなかった。
 
 才人はルイズの肩を掴み、断固たる決意をもって宣言する。
 
「ルイズ、前言撤回するぞ。……俺が絶対におまえを護る!」
 
「だ、駄目よ! あんたにも、家族がいるんでしょ!?」
 
 確かに家族に会いたいという気持ちはある。……だが、それよりも、
 
「惚れた女の一人も守れないで、ノコノコ地球に帰れるか!?」
 
「駄目! 絶対に駄目だから!!」
 
 ルイズは涙を堪えながら、才人に向けて杖を向ける。
 
 そして高速詠唱を開始。才人に向けて忘却の魔法を放った。
 
「やめッ!?」
 
 才人の周囲を陽炎のように空気が歪む。
 
 抵抗しようとするが、デルフリンガーの無い才人では魔法を相手にどうこうするだけの力は無い。
 
 才人の周囲の空気の歪みが、霧が晴れるように霧散する直前、ティファニアの放った解呪の魔法が、ルイズの魔法を相殺した。
 
「……テファ」
 
 目尻から涙を零しながら、ルイズがティファニアを見つめる。
 
「……どうして?」
 
「もう、幸せになっても良いじゃない……」
 
 ティファニアの瞳から、止め処ない涙が流れ落ちる。
 
「ルイズ、今まで頑張ってきたじゃない……、どうしてそんなに頑張ろうとするの――」
 
 決まっている。才人の護りたかった者達を、彼の代わりに自分が護ると決めたからだ。
 
 ルイズがその事を告げようとする前に、彼女の身体を才人が抱き締めた。
 
「もう無茶するな……、お前は俺が護るから」
 
 ルイズの耳元で囁く才人の声が、彼女に最後の決意を促した。
 
「サイト……、ゴメンね」
 
 高速詠唱+二重詠唱開始。
 
 再び忘却の魔法を才人に放ち、慌てて解呪の魔法を唱えようとしたティファニアに向け極小のエクスプロージョンを彼女の眼前で爆発させて驚かせ詠唱を中断させた。
 
「ルイズ!?」
 
「ゴメン。……ゴメンね、テファ」
 
 ルイズは泣きながら、
 
「でも、……わたし、もうサイトには無理して欲しくないから」
 
 才人の身体に刻まれた無数の傷跡。
 
 その殆どが、自分を護る為に受けた傷だ。
 
 彼がこの世界に留まる事になれば、必ずや戦いの最前線に立って傷つくことになるだろう。
 
 ルイズの願いは、ただ一つ。
 
 才人には争いの無い平和な世界で幸せになってもらいたい。ただ、それだけだ。
 
「テファとこっちのわたしは、わたしが護るから心配しないで……」
 
 悲痛なまでのルイズの決意を聞いたティファニアは、涙とともに己の甘えを捨てることを決めた。
 
 今までは周りの者達の好意に甘えて、護ってもらうばかりだった。
 
 ……だが、これからは、
 
「わ、わたしも……、わたしも戦う! 攻撃魔法も覚える。だから……、だからルイズも無理しないで! わたし、自分の身体は自分で守れるようになるから!」
 
「……テファ」
 
 泣きながら、お互いに抱き締め合う二人の美女。
 
 丁度そこで忘却の魔法から目の覚めた才人は、そのシーンを目撃してしまい、
 
「……お、おまえら、……何時の間にそんな関係に!?」
 
 直後、笑顔を浮かべたルイズが才人で花瓶を割った。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「……えーと、途中からの記憶が無いくらいしこたま頭を打ったみたいで、何処まで話が進んでるのか思い出せないんだけど」
 
 半眼でルイズを睨む才人の頭には、まるで漫画のような大きさのたんこぶが出来ていた。
 
 ルイズの忘却の魔法さえも、花瓶で頭を殴られた為の後遺症としてみている才人に二人は苦笑いを浮かべつつ、
 
「あんたが帰るのは、ゴタゴタが片づいた後って所までよ」
 
「……そうだっけ?」
 
 首を捻るが、どうにも思い出せないので、そういう事で納得することにした。
 
「その件に関しては、テファにも深く関係してくるから、わたしとしても全力で協力させてもらうわ」
 
「わ、わたしも手伝うわ!」
 
 どれだけ争いから逃れようとしても、運命は絶対にティファニアを逃しはしない。だからこそ彼女は彼らと共に戦う事を選んだ。
 
 だが、そうなると、この村の子供達を世話する者が居なくなってしまうということだ。
 
 だからといって彼女がこの村に留まり続けると、子供達にまで被害が及ぶ可能性がある。
 
 誰か信用の出来る者に預けるか、世話役を誰か雇うか。
 
 頭を悩ませる三人が、まず世話役の候補に挙げたのは、シエスタとサティー。
 
 ……無理だ。あのシエスタとサティーが、長期間才人と離れるのを了承する筈がない。
 
 だとすれば、残りは信用の出来る者に子供達を預けることだが……、10人以上の大人数を養えるだけの屋敷と経済力を持った者など、才人の知り合いには、キュルケかルイズくらいしかいない。
 
 だがルイズの父親には嫌われまくっている才人の頼みを、あのヴァリエール公爵が了承するはずもなし。
 
 キュルケに頼むにしても、まず間違いなくルイズが拒絶する。それに、ただでさえキュルケの実家にはタバサ一家やコルベールのことで迷惑を掛けているのだ。これ以上の負担を掛けるのは少々心苦しい。
 
 実際、キュルケの実家としては大した負担でもないのだが、庶民出の才人からしてみればとんでない負担を掛けているようで頼みにくい。
 
 妙案が浮かばない才人が首を捻って頭を悩ませていると、彼の正面の席に座っていたルイズが手を打ち合わせ、
 
「そうだわ! お城で預かってもらいましょう!!」
 
 その提案に対し、才人はルイズに半眼を向けると、
 
「……確かにデカイし金もあるだろうけどもさ……、託児所じゃないんだから無理だろ?」
 
「無理じゃ無いわよ!」
 
 現在のルイズと比べて、極僅かな膨らみをみせた胸を張り、計画を説明する。
 
「まず前回は、突然の反乱で連合軍は敗走することになったわよね?」
 
「ああ、お陰で俺が足止めの為に七万の軍勢相手に一人で喧嘩売ることになって死にかけた」
 
 そして、その死にかけた才人を助けてくれたのだティファニアだった。
 
「原因は未だに分かってないらしいから、その敗走は未然に防ぐことは不可能と思ってもらってかまわないわ」
 
 原因不明なので、対処のしようがない。
 
 それに納得した才人とティファニアが頷く。
 
「前回は才人一人で受け持った殿を、わたし達三人で受け持ってアルビオン軍を全滅させるの!」
 
「……いや、普通に無理だろ?」
 
「大丈夫。――作戦があるわ!」
 
 そして才人達に耳打ちして作戦を説明するルイズ。
 
 才人はその作戦に頷くと、
 
「……それなら全滅は無理でも、最悪足止めは出来そうだな」
 
「ええ、その隙にわたし達は瞬間移動の魔法で、ロンディニウム城に乗り込んでクロムウェルを捕らえれば――」
 
「連合軍に貸しを作れる?」
 
 そして連合軍勝利の代償として、子供達を預かってもらえばいい。
 
 実際、才人の頼みとあらばウェールズは無碍にはしまい。
 
「連合軍じゃなくて、アルビオン王家に貸しを作るの。オマケにジョゼフの裏も掛けるわ」
 
 ……確かに、クロムウェルを切り捨てるつもりで軍隊を派遣して、既に戦争が終わっていたとあれば、いい面の皮だ。
 
「だけど、あのジョゼフだぞ? 連合軍の旗が掲げられてても、問答無用で攻撃するように命令するんじゃないか?」
 
 はっきり言ってジョゼフならばやりかねない。というよりは、アルビオンとの戦闘で疲弊しているトリステインとゲルマニアを攻めるのは、今が絶好のチャンスだ。
 
「掲げるのはトリステインの旗だけよ。……なんで、ゲルマニアの旗なんか掲げなくちゃならないのよ」
 
 嫌悪感を露わにして告げるルイズに、才人は呆れた表情で、
 
「……お前のゲルマニア嫌い、……更に磨きが掛かってないか?」
 
「どうでもいいわよ、あんな国。まあ、そんなことよりガリアの事だったけ?
 
 別に、攻撃してきたら攻撃してきたでいいわよ。――反撃する絶好の口実じゃない」
 
 ルイズは舌なめずりし、
 
「今の内に、ガリア空軍を潰しておくのも有りね」
 
「……えらく、好戦的になったなぁ」
 
 遠い目で告げる才人に、ティファニアが困った顔で。
 
「サイトが居なくなった後で、色々あったから……」
 
 実際、才人が居なくなった後でルイズ達を狙ってきたのは、主にゲルマニアのアルブレヒト三世だった。
 
 襲い来る敵は全てルイズが返り討ちにしてはいたが、下手に表沙汰にすると戦争にまで発展する恐れがあり、また勝ったとしても他方の国に攻め滅ぼされる可能性が高いため表沙汰にして抗議するわけにはいかなかったのでルイズは苦渋を舐め続けたのだ。
 
「まあ、そんな事よりもさ、テファにお願いがあるんだけど」
 
「え? なに?」
 
「うん、……カトレアさん。ルイズの姉さんなんだけど、その人の病気を治すのに、テファの指輪を貸して貰いたいんだ。
 
 水の魔法でも、治らない病気らしくてさ……」
 
 ティファニアは小さく頷くと、指から母の形見の指輪を抜き取り、才人に差し出した。
 
「サイトが使ってちょうだい。
 
 ……わたしが使うよりも、ミョズニトニルンの力を持ったサイトが使った方が効果は高い筈だから」
 
 才人はティファニアから指輪は受け取り、必ず返すと約束した後、自分の首から下げていた二つの指輪から風のルビーを抜き取ると、
 
「これ、代わりってわけじゃないけど貰ってもらえないかな?」
 
「これ、風のルビーじゃない!? それにそっちのは火のルビー?」
 
 驚きを隠せないルイズに対し、才人は苦笑を浮かべると、
 
「ああ、ウェールズ王子とコルベール先生に貰った」
 
 王家の指輪は、虚無の担い手達にとっては重要な意味を成す。
 
 今までのティファニアならば争いの元となる可能性を秘めた指輪を受け取る事を躊躇したであろうが、戦うことを決めた今の彼女にとって指輪はなくてはならないアイテムだ。
 
 ティファニアは才人から指輪を受け取ると、それを指に填めて、
 
「ありがとうサイト。……これで、わたしもあなた達と一緒に戦うことが出来る」
 
 力強い意思を込めて、そう告げた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 本来ならば決して有り得ないことなのだが、トリステイン・ゲルマニア連合軍は僅か1日でシティー・オブ・サウスゴータを解放した。
 
 この戦果の影には、才人の鬼人の如き活躍に亜人達が恐れおののき戦意を喪失させたというのが大きい。
 
 皆が喜び勇む中、素直に喜びに浸れない者達も居た。
 
 戦闘直後、謎の女性達によって才人を連れ去られてしまったルイズである。
 
 現在、彼女は連合軍の接収した宿屋の一室で暖炉の前に膝を抱えて座っていた。
 
 ベットにはいまだ意識の戻らぬナイとサティーが横たわり、元気の無いルイズを心配して訪れたシエスタとジェシカも未だ帰らぬ想い人を待ち焦がれて沈んだ表情で椅子に腰掛けていた。
 
 もう、そんな時間がどれくらい経過しただろうか?
 
 既に夜は更け深夜になっているというのに、まだ才人は帰ってこない。
 
 誰一人喋らない静寂で満たされた空間を打ち破ったのは、ドアをノックする音だった。
 
「サイトさんッ!?」
 
 ドアから一番近い位置にいたシエスタが飛びつくようにノブに手を掛けて、愛しい少年の名を呼びながら勢い良く扉を開く。
 
 だが彼女の期待とは裏腹に、ドアの向こうにいたのは仮面を付けた金髪の青年。
 
 連合軍総司令官のウインドだった。
 
 あからさまに気落ちするシエスタとジェシカに成り代わり、姿勢を正したルイズが対応するがウインドは室内を見渡して、
 
「……サイト殿は、まだ帰還していないのかな?」
 
 とルイズに問い掛ける。
 
 ルイズが表情を曇らせながらも頷き返そうとしたその時、姦しい声と共に才人が二人の女性を伴って部屋に帰ってきた。
 
「ここルイズの部屋でいいのか?」
 
「サイトッ!?」
 
 ルイズ、シエスタ、ジェシカの三人が一斉に駆け寄り、才人の無事を己の目で直に確認する。
 
「ど、どこ行ってたのよ、あんた!?」
 
 涙声で詰問するルイズと、ただ無事を喜んでくれるシエスタとジェシカ。
 
 そして騒動を聞きつけて目を覚ましたナイが才人の姿を確認するなり、彼に抱き付いた。
 
「無事なようで安心したよ、サイト殿」
 
 声を掛けてきたウェールズに、才人は肩を竦めて、
 
「いや、かなり酷い目にあわされましたけど……」
 
 苦笑を浮かべて頭のコブを撫でる。
 
 何があったのかは分からないが、少なくとも才人と共にやって来たこの二人の女性は敵ではないのだろう。
 
「出来れば、彼女達を紹介してもらえないかな?」
 
 ウェールズの執り成しに才人は頷くが、彼女達の紹介を始める前に未だ眠りについたままのサティーの元へ赴き、その頬に手を添える。
 
「……無茶させて、ゴメンな」
 
 触れた手を額に移すと、サティーの身体が光に包まれ、閉じられていた瞳を開いた。
 
「……再度の起動を感謝致します。サイト様」
 
「いや、こっちこそ悪かったな。俺の暴走巻き込んじまって」
 
「問題ありません」
 
 サティーの失われていた腕は、既にティファニアの魔法によって完全に修復されている。
 
 最も小さき粒に干渉して、失われた部位さえも復元させる虚無の治癒魔法。
 
 あの時は色々と慌てていた為に気付かなかったが、今にして思うとサティーの腕が失われている所を見ているルイズは、ティファニアの治癒魔法の異常性がはっきりと認識出来た。
 
 そんなルイズの心境も知らず、才人は近くにいたティファニアから紹介を始める。
 
「えっと、こっちの金髪の娘がティファニア。
 
 俺が昔死にかけてた所を助けてくれた、命の恩人です」
 
 ティファニアが小さく頭を下げ挨拶する。
 
 その頭を下げた時に、三人娘の目にとんでもない凶器が映った。
 
「ティファニアです。よろしく」
 
 と挨拶するも、三人とも上の空で返事をしてくれない。
 
 困った顔で才人に視線を向けるが、才人も曖昧な笑みを浮かべるだけで、きちんとした解答はくれなかった。
 
 まあ、実際は三人とも己の胸とティファニアの胸を比べ、人類の至宝を目の当たりにしたショックで口が利けなかっただけで別段他意は無い。
 
 脱いだら凄いシエスタでさえティファニアの半分しかないのだ。ジェシカはシエスタをやや上回るも、それでもティファニアには圧倒的に及ばず。ルイズに至っては何をいわんやかだ。
 
「はいはい、注目」
 
 才人が手を打ち、三人娘の注目を集めさせる。
 
「んで、こっちの女(ひと)が――」
 
 才人の視線の先、桃色の髪の女性がいる。
 
 三人娘の視線は女性の顔よりもまずは胸に釘付けになり、そこで自分の方が勝っていることを一目で理解すると、三人中二人は余裕の表情となり、残る一人は微妙な表情のままで視線を才人に向ける。
 
 才人は一瞬、ルイズ(大)と視線を合わせ、シティー・オブ・サウスゴータに来る前に打ち合わせた通りの名前を皆に紹介した。
 
「彼女が、ブリミル・ヴァルトリ。……俺の前のご主人様」
 
 流石にルイズの本名をいうわけにもいかず、この名前を使ったわけだが、一応未来の世界においてルイズは虚無の正当後継者としてブリミルの名を使用することの許可を得ている。
 
 そんな裏話はともかく、ハルケギニアにおいてブリミル・ヴァルトリの名は知らぬ者がいないというほどにメジャーな名前であり、流石にその名を聞いた者達の動きが止まるが、そこに才人が更なる爆弾を投下した。
 
「……ちなみに、二人とも虚無の担い手だから。二人とも、この戦に協力してくれるそうです」
 
 ゆっくりとした静寂が流れていく。
 
 そして真っ先に金縛りから解けたルイズが、皆を代表して声を張り上げた。
 
「ななな何よそれッ!! 幾らなんでも偽名でしょ!! それに虚無の担い手がそうポンポンポンポン居るわけないじゃない! 後、あのオバケ胸なんとかして!」
 
 ブリミルとティファニアに掴みかかっていこうとするルイズを、才人が必死に羽交い締めにして止める。
 
「……ねえ、わたしってあんな感じだったの?」
 
「え、……えっと」
 
 ルイズに聞こえないよう小声でブリミルが問い掛けると、ティファニアが困ったように視線を逸らした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ルイズが落ち着くのを待って、ウェールズが話を始めた。
 
「……サイト殿。先程のお話だが――」
 
「本当ですよ? テファは攻撃魔法以外は全部。ブリミルは全ての虚無を極めているそうです」
 
「い、いや……、そうではなくて、虚無の担い手というのは、そんなに何人もいるものなのか?」
 
 ウェールズの質問に、才人は一度頷き、
 
「ブリミルは別格として、ルイズ、テファの他に後二人は存在します。そしてそれと同じ数――四体の使い魔と四つの始祖の指輪、そして四つの秘宝。
 
 全てが揃った時に、始祖の残した遺産が完成する。
 
 ……そうだな? デルフ」
 
 デルフリンガーは溜息を吐き出し、
 
「やっぱり、知ってたのか」
 
「まあな、……一応、伝説との付き合いも長いんでな」
 
 気軽に告げる才人に向け、デルフリンガーは彼には珍しい神妙な声色で、
 
「それで、相棒はどうするんだい? その力を使って、ブリミルの遺言通り聖地を取り戻すんかい?」
 
 才人は肩を竦め、
 
「まさか……、エルフって話してみると結構良い奴らなんだぜ?」
 
 それを聞いたルイズ達の顔色が変わる。
 
「あんた、エルフとも交友があんの!?」
 
 皆を代表してルイズが問い質すが、それに答えたのは才人ではなく彼の傍らにいたブリミルだった。
 
 彼女は呆れたように肩を竦めると、
 
「こいつにハルケギニアの常識とか一切通じないから、諦めなさい」
 
 その隣では、ティファニアが少し困ったような表情をしている。
 
 とはいえ、異世界から来た才人であったが故に、ハーフエルフのティファニアを恐れず彼女と友達になれたのだが。
 
「それは兎も角――」
 
 ブリミルが場の空気を変えるように、
 
「あんたはどうしたいの?」
 
 ルイズに問い掛ける。
 
「聖地を取り戻したいっていうんなら、虚無に関する記憶を全て奪わせてもらうけど?」
 
「な、何よその横暴! それにあんたブリミルなんでしょ!? あんたは聖地を取り戻さなくてもいいの!?」
 
 怒気を露わにして問い質すルイズに対し、ブリミルは苦笑を浮かべると、
 
「ブリミルといっても初代とは違うの。わたしは成り行きで彼の遺産を受け継いだだけ。
 
 だから、エルフと敵対するつもりは毛頭無いわ。むしろエルフとは交友を深めるべきだと思ってる」
 
 ブリミルの言葉にルイズは躊躇い、そして視線を才人に向け……、
 
「……うん。いいわ別に。――聖地なんか興味ないし。
 
 サイトがエルフと仲良くしたいっていうんなら協力する」
 
「うん。これでこの問題は良し……、と」 
 
 ブリミルは頷き、視線をデルフリンガーに向ける。
 
「それで、あんたに聞きたいんだけど、昼間のサイトの暴走……、あれって何か分かる?」
 
 問われたデルフリンガーは、暫し考え、
 
「分かんね。――ただ、憶測でよければな」
 
「言ってみて」
 
「多分、ルーンの暴走じゃねーかと思ってる。……元々、ルーンは一体につき一つが相場ってもんだ」
 
「それが三つも有るから? でも、それじゃあ普段から暴走モードに入ってるんじゃない?」
 
「いや、三つじゃねえ、四つだ」
 
 それを聞いた才人、ブリミル、ティファニアの三人が息を呑む。
 
「普段は、隠れてる……、いや他の三つのルーンが胸のルーンを押さえ込んでるんじゃねーかな? 今回みたいに長時間ルーンの力を行使し続けると、四つ目のルーンを押さえきれなくなって暴走を開始する。ってとこじゃねえか?」
 
 デルフリンガーの説明を聞き終わった才人は、頭を掻きながら、
 
「つまりはあれか? 長時間ルーンの力を使い続けると、暴走するって事か?」
 
「あくまで、憶測だがね」
 
「……対抗策は?」
 
「知らねえよ。それを考えるのが、あんたらメイジの仕事だろ? まあ、過去の文献漁った所で、そんな事例聞いたこともないがな」
 
 デルフリンガーの言葉に、ブリミルは溜息を吐きながら、
 
「……サイト次第ってわけね」
 
「どういうことだよ?」
 
 問い掛ける才人に対して、ブリミルは微苦笑を浮かべると、
 
「長期戦になりそうな時は、ガンダールヴをメインにして、残り二つのルーンは四つ目のルーンの押さえに回るように力をコントロール出来るように頑張りなさいってことよ」
 
 才人は驚いた顔で、ブリミルを見つめ、
 
「そんな事出来るのか?」
 
「知らないわよ。ただ、それが出来ないと皆が困るってだけの話」
 
 期待するような眼差しで告げるブリミルに、才人は肩を竦めると、
 
「じゃあ、頑張るか……」
 
「うん、期待してる」
 
 あくまでデルフリンガーのそれは憶測であり、その後のルイズ(大)達との再会もあって、才人はあの時聞こえてきた声に関してはスッパリと忘れてしまっていた。
 
 まあ、それは兎も角なんだか良い雰囲気の二人に、ルイズを筆頭とした残りの少女達はおもしろくない。
 
 本人達か、あるいはティファニアにでも問い質しても良いのだが、そんな事を聞いて恋人などという答えが返ってくるのが怖い為、聞くことも出来ない。
 
 そんな一触即発の空気の中、ウインド総司令官が申し訳無さそうに口を開いた。
 
「……サイト殿、少し良いだろうか?」
 
「あ、はい。……何ですか?」
 
「……ああ実は、昼間の戦闘でサイト殿の命令違反と味方に攻撃しようとした事が問題になっていてね」
 
「……俺、そんな事までしてた?」
 
 ブリミルに問い掛けると、彼女は躊躇い無く頷いた。
 
「それでだ、本来ならば叙勲されて然るべき働きをしてくれたというのに申し訳無いんだが、今回の叙勲は無しということに決定してしまった」
 
 頭を下げるウインドに対し、才人は軽い調子で、
 
「いや、全然気にしてませんから頭を上げてください。下手すれば逮捕されても文句言えないくらいの問題なんですし」
 
 というが、才人が捕らえられるということはありえない。
 
 その戦闘力は上空で待機していた竜騎士達により確認されており、アルビオン攻略の為の切り札として文句無しの戦闘力を有しているし、彼はアンリエッタ直属の女官であるルイズの使い魔であり、尚かつラ・ヴァリエール公爵の後継者候補との噂もある。何よりも返り討ちを恐れて誰も捕縛に向かおうとはしないだろう。
 
 ウインドがブリミル達の部屋を用意させると言って退室して、この場はお開きとなった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 翌日、シティー・オブ・サウスゴータの広場の真ん中ではウェールズ……、もとい今はウインドが壇上に立ち、街の解放を宣言した後、大将権限による勲章の授章式が行われていた。
 
 次々と叙勲者が呼び上げられる中、ジュリオやギーシュの名前が呼ばれるが、その中に才人の名前は無かった。
 
 理由は昨日ウェールズが来て、直接述べていった通りである。
 
 才人は感心した眼差しで、
 
「……何時の間にギーシュの奴、活躍したんだ?」
 
「知らないわ。わたし、あんたを探しに行って、ギーシュのこと放ってきちゃったから」
 
 あらかたの敵は才人が片づけてしまっていたので、現在勲章を受けている者達の大半は突入時に戦果を挙げた者か、または残党処理で活躍した者かのどちらかである。
 
 ちなみにギーシュは残党処理でめざましい活躍を見せた。
 
 才人の強さに恐れをなした亜人達が隠れている場所を、副官であるニコラがシティー・オブ・サウスゴータの住民達から聞き出し、そこを次々と落としていったのだ。
 
 なんだかんだとギャグキャラ扱いされてきた彼だが、才人の冒険に付き合う事で得られた実戦経験は魔法学院の中でもタバサ、キュルケに継ぐものがある。
 
 そんな幾多もの戦いの中で彼が編み出したワルキューレに変わる新しい戦法。
 
 空中に散らした花びらを練金の魔法によって無数の剣に変え、上空から敵を討つという新必殺技は逃げ場のない室内では効果的であったし、中隊付きの軍曹ニコラの入れ知恵による要領の良さもあって着実に成果をあげていった。
 
 本人は気付いていないが彼の実力は既にドットからラインにレベルアップしており、その気になれば更に強い魔法を使うことさえ出来るのだが、周囲が伝説だったり、エリートだったり、シュヴァリエだったりするため、そのレベルアップに気付くのは、まだ先のことである。
 
 そんなギーシュを視界に収めながら、ブリミルは値踏みするような視線で彼を見つめ才人に小声で呟く。
 
「知ってる? ギーシュって将来、錬鉄将軍とか言われてトリステイン最年少で将軍に抜擢されるのよ」
 
「……マジかよ?」
 
「うん、ちなみにその奥さんは、トリステイン最高の水魔法使いって評判よ」
 
「……もしかして、モンモン?」
 
「ええ」
 
 才人は感心した声色で、
 
「そんなに出世すんのかよ、あいつら」
 
「まあ、出世しても貧乏なんだけどね」
 
「……それは変わらねえのか」
 
 ギーシュの浪費癖は、親からの遺伝であるらしい。
 
 そんな叙勲式も終わり、ギーシュの叙勲を祝って皆で魅惑の妖精亭で打ち上げを行っていると、才人の席にジュリオがやって来た。
 
 彼は才人のジョッキに持参したワインを注ぐと、
 
「ちょっと君に聞きたいことがあってね……」
 
「聖地の奪還なら、興味ねえぞ?」
 
 質問もしていないのに返されたジュリオは、やや呆れ顔で、
 
「……確かにそれも聞きたかった事の一つだけどね、それだけじゃあないんだよ」
 
 視線をギーシュにナンパされているブリミルとティファニアに向け、
 
「彼女達は何者だい?」
 
 才人は暫く考え、
 
「前のご主人様と命の恩人」
 
 そして、僅かな間を置き、
 
「ちょっかい出したら、ただで済むと思うなよ?」
 
 警告する才人にジュリオは僅かに息を呑むが、すぐに笑みを取り戻し、
 
「……君は、自分が反則過ぎると思わないかい? 使い魔君。
 
 その能力、知識、人脈、そして人望。……どれをとっても切り札とも言えるものばかりだ。
 
 羨望を通り越して、呆れさえ浮かんでくるよ」
 
「そう思うなら、くだならねー野望は捨てろ、ってお前のご主人様に言っとけ。
 
 ……俺は別に、聖地なんぞに微塵も興味はねえ」
 
「だが、運命は君達を放ってはおかない」
 
 ジュリオの言葉を才人は鼻で笑い、
 
「お前らが無理矢理引き込もうとしてんだろうが」
 
「手厳しいね……」
 
 苦笑いを浮かべるジュリオに対して、才人はグラスの中のワインを一気に呷り、ワインの瓶を手に取ると手酌で己のグラスに注ぎ、更にジュリオのグラスにも継ぎ足し、
 
「まあ取り敢えず、今の所は敵じゃねーんだから仲良くしようや、――兄弟」
 
「……そうだね、せめてこの戦が終わるまでの間は、君とは敵対したくないと心から思うよ兄弟」
 
 言って、小さくグラスを交わした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 年末。
 
 慣例に則り、休戦協定が結ばれ一時の平穏が訪れたシティー・オブ・サウスゴータ。
 
 最近、才人がブリミルやティファニアばかりに構うので、面白くないルイズは、同志ともいうべきシエスタとジェシカを自分に宛われた宿屋に呼び出し作戦会議を開いていた。
 
「このままじゃあ、非常に拙いと思うのよ」
 
 そう切り出したルイズに、みなまで言わずとも分かっているという風に、シエスタとジェシカが相打ちを打つ。
 
「……確かに。――最近、三人が一緒にいるところをよく見かけますし」
 
「ここらで一発ガツンとアピールしておかないと、取られる可能性が高いかもね」
 
 三人娘は視線を合わせて同時に頷く。
 
 確かにあの二人、……中でもティファニアは厄介だ。
 
 シエスタとジェシカのアドバンテージであった、ルイズには決して手に入らないお宝である胸。二人が胸で迫ろうとするならば、まず確実に比較されてしまう。
 
 大きさで彼女に及ばないのは、誰が見ても一目瞭然なのだ。
 
 だが、ルイズにとっては明るいニュースもあった。
 
 それはブリミルの胸だ。あれはどう見ても自分と同じか、まかり負けていたとしても、未だ成長期である自分ならば追いつく事も可能である。
 
 そんな慎ましやかな胸の持ち主であるブリミルの方が、ティファニアよりも才人と仲が良いように見える。
 
 ……ひょっとして、才人は胸に余り拘りが無いのではないだろうか?
 
 そこに一縷の希望を託して、ルイズは作戦を練る。
 
「力技で強引に関係持っちゃうっていうのはどう?」
 
 ジェシカの提案に対し、ルイズが駄目だしを出す。
 
「まず逃げられると思うわ。……あいつ、妙な所で純情っていうか奥手っていうか」
 
「……つまり、向こうから襲いかかって来るような状況に追い込む必要があるってことね?」
 
 ルイズとシエスタが、うんうんと頷き、
 
「お店の衣装で迫ってみるとか……」
 
「夏のアルバイトで見慣れてるから、むしろ刺激としては弱いかもね」
 
「もっと露出が必要で、かつ下品にならない衣装……」
 
 そして思い出すのは、大人になったナイに対して、欲情しかけていた才人のだらしない姿。
 
「これだわ!」
 
 そして額を寄せ合い、耳打ちするように作戦を伝える。
 
「た、確かにそれは……」
 
「下手すれば、ただの痴女ですよ?」
 
「でも、わたし達に残された道はそんなに多くないわ」
 
 決然と告げるルイズに、ジェシカとシエスタも覚悟を決めた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 買ってきた毛皮を皮や紐を使って細工し、衣装を作り上げていく。
 
 ルイズは黒猫を、シエスタは猫よりも従順なイメージのある犬をチョイスした。そしてジェシカは自らの魅力を満遍なく引き出すことの出来る豹を選択。
 
 裁縫の才能が限りなくゼロなルイズであったが、単純な構造とシエスタ達の助力のお陰で無事衣装を完成させる事が出来た。
 
 三人はそれぞれ衣装を身に着けると、鏡に映る自分の身体に頬を赤らめながらも、しなを作ってポーズをとり、色々と台詞を考えてみる。
 
 一人ならば気恥ずかしすぎて出来ないような事であるが、今回は道連れが二人もいるとあって、互いが互いを出し抜く為に徐々にポーズが大胆になっていく。
 
 試行錯誤の末ポーズの決まった三人が今か今かと才人の帰りを待つ中、都合の良い事に部屋のドアノブが回された。
 
 互いに視線を交わしドアが開いた瞬間、ジェシカは胸を強調するようなポーズで、シエスタはお尻を突き出し誘惑するように、身体的に二人に見劣りするルイズは可愛らしさを全面に押し出すようなポーズをとって、
 
「きょ、今日はあなたがご主人様にゃんッ♪」
 
 ……だが、暫く待っても何の反応も無い。
 
 三人娘が恐る恐る目を開いて見ると、そこには才人は居らず、代わりに全力で頭を抱えて自己嫌悪に陥るブリミルと、困ったような笑みを浮かべて慎重に言葉を選びながら、
 
「か、可愛い衣装ですね……」
 
 と告げるティファニアがいた。
 
 時の停まった三人娘に追い打ちを掛けるべく、僅かに遅れて、酒瓶を持った才人がサティーとナイを連れてやって来て、切ない眼差しでルイズ達を見つめ、
 
「……何してんだ? お前ら」
 
 ルイズ達は絶叫した。
 
「い、……いやぁああああああああああああああッ!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 そんなトラブルもあったりしたが、その平穏も終わりが訪れる。
 
 降臨祭最終日。
 
 既に軍内部で完全な主力と認識されている才人達の元をウェールズが内密に訪れ、今後の予定をデルフを交えて話し合っていたところ、巨大な爆発音が響き渡った。
 
 慌てて外に飛び出した才人達が見たものは、司令本部となっていた宿屋の二階が襲撃される様子だった。
 
「……どういうことだ?」
 
 勝利を目前としていながら突如起こった反乱に、呆然とした表情で告げるウェールズに対し才人は舌打ちしながら、
 
「理由は分かりませんけども……、多分、操られてます」
 
 反乱を起こした兵達の表情を見れば分かる。
 
 まるで魂が抜かれたような顔をした兵士達が、何の感情も見せずに仲間に向けて引き金を引いていく。
 
 こうなるのは分かっていた事なのに、原因が全く分からないので手の出しようがなかった。
 
 何の前触れもなく起こった反乱に対し指揮系統は完全に乱れた。
 
 反撃しようにも相手が知り合いでは反撃も出来ない。
 
 そして、偵察に出ていた竜騎士が更なる悪報を運んでくる。
 
「……アルビオンの主力が動き出したらしい」
 
 覚悟していた時が来た。
 
 我知らず、才人は拳を握りしめ、
 
「ロサイスまで撤退した方が良いでしょう」
 
「……ああ、仕方ないな」
 
 勝利を目前にした撤退に、ウェールズは強く歯を食いしばりながら全軍に撤退を命令するが指揮系統の混乱した兵達は誰も命令を聞こうとしない。
 
 他の参謀達と一緒に総司令官も討たれたと情報が流布した為だ。
 
 その内、兵達が勝手に壊走を始める。
 
 どうやら生き残っていた参謀総長のウィンプフェンが撤退を指示したらしい。
 
 才人達は互いに頷き合うと、ウェールズは臨時の司令部に才人は自分達の宿屋へと走った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 才人は即座に自分達の宿に戻ると、そのことをルイズ達に伝えサティーにはルイズの護衛を頼むと、自分は魅惑の妖精亭に赴き撤退の事を教えスカロン達に脱出を促す。
 
 一方、臨時司令部に赴いたウェールズだが、彼が司令部に辿り着いた時には既にそこはもぬけの殻で誰一人としてそこに居らず、ウェールズは仕方なく才人達と共にロサイスへ撤退することにした。
 
「ロサイスに先に向かった士官達が、撤退準備を始めていてくれていると良いのだが……」
 
 心配そうに呟くウェールズの思いとは逆に、現実は撤退の準備は難航していた。
 
 保身に走ったウィンプフェンは、抗命罪で吊るされることを恐れ、本国からの許可が得られるまで撤退準備を開始しなかったのである。
 
 撤退許可がでるまでの半日、そして予想よりも早い速度で進軍してくるアルビオン軍。
 
 どう足掻いても撤退完了までに丸1日、余りにも時間が足りなかった。
 
 頭を悩ませるウィンプフェンの元へ、ようやくロサイスに到着したウェールズと才人達が顔を見せる。
 
 ウェールズはウィンプフェンに事情を聞き出した後、才人へ視線を向け、
 
「……何か良い案は無いだろうか?」
 
 元より作戦を決めていた才人の決断は早い。
 
 ブリミル達と視線を合わせ、しっかりと力強く頷くと、
 
「力技で何とかしてみます」
 
「で、出来るのですか!?」
 
 縋るように才人を見てくるウィンプフェンに対し、才人は緊張した面もちで、
 
「暴れるだけ暴れて、瞬間移動の魔法で撤退します。将校達を無力化させれば、足並みが乱れます。……そうすれば、一日ぐらいは時間を稼げる」
 
 才人の言葉に、傍らに居たルイズは息を飲む。
 
 ……確かに上手くいけば時間を稼げるかもしれないが、言うほど簡単な事ではない。
 
「しかし、敵は反乱軍を併せれば7万の軍勢だ。ラ・ヴァリエール公爵の一個軍団といえど、敵将まで辿り着けるかどうか……」
 
 言葉を濁すウェールズに対し、才人は苦笑を浮かべると、
 
「いや、諸侯軍には撤退して貰います。……討って出るのは、俺とブリミルとテファの三人です」
 
「ちょっと! ――何でわたしが入ってないのよ!!」
 
 抗議の声を挙げるルイズに対し、才人は困ったような顔で言いにくそうに、
 
「……おまえじゃまだ無理だ」
 
「ッ!?」
 
 それは足手まといと宣言されたに等しい。
 
「……その代わり、お前にはやってもらいたい事がある」
 
「……なによ?」
 
 抑揚の無い声でルイズが聞き返す。
 
「皆の護衛だ。もし、俺達が討ち漏らした敵がロサイスまで攻め込んできた時は、お前が相手をしてくれ」
 
 そう告げる才人に対し、ルイズは毅然とした声で、
 
「イヤよ!」
 
 才人のいうそれは、体の良い厄介払いだ。
 
「絶対にイヤ!! 足手まといになんか絶対にならない! やばくなったら見捨ててくれてもいい! だから一緒に連れてって」
 
 泣きながら縋り付いてくるルイズに対し、才人がどうしたものかと悩んでいると、隣にいたブリミルが声を掛けてきた。
 
「いいんじゃない?」
 
「おい」
 
 気楽に告げるブリミルに対し、才人が抗議の声を挙げようとするが、
 
「いざとなったら、真っ先に逃がすわよ。――それに今後も似たような状況になるかもしれないもの。その時にまた駄々こねられても困るから、ここで本当の戦場を味あわせるのも良い機会だわ。
 
 ……どうせ、あんたの事だから、今まで甘やかしてきたんでしょ?」
 
 確かに、前回に比べて才人が強くなった分、死闘というほどの戦闘をルイズは経験していない。
 
 それにしても、自分の事とはいえ――、
 
「……容赦ねえなぁ」
 
「聞こえてるわよ。……それに、この娘を連れて行くとなると、サティーとジルフェも黙ってないでしょ?」
 
 ここ数日の付き合いだが分かる。あの二人は、完全に才人に心酔している。それにあの二人ならば、才人のサポート役としても申し分ない。
 
「戦力的には助かるけどな、……怪我した場合は」
 
「そ、その時は、わたしが全力で助けるから!」
 
 確かに、ティファニアの魔法ならば、死んでいない限りなんとかなる。
 
「じゃあ、決まりだな」
 
 視線をウェールズに向けて、
 
「……武器とか食料、貰っていって良いですか?」
 
「ああ、乗員を優先させる為、武器や食料はこのまま捨て置くつもりだからね、好きに使ってもらって結構だ」
 
 お墨付きを貰った才人は頷き、
 
「じゃあ、早速準備に入ります。皆さんは脱出を急がせて下さい」
 
「ああ、……君達には苦労を掛けて済まない」
 
「いいですよ。……それに、後でちょっとお願いがあるんで作戦が成功したら聞いて貰えますか?」
 
 ぎこちないウインク付きで告げる才人に対し、ウェールズはしっかりと頷くと、
 
「僕に出来ることなら、なんだってやらせてもらうよ」
 
 言って手を差し出し、力強く握手した。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 連合軍の武器が収められた木箱の並ぶ一角。
 
 そこで、才人は戦闘に使用する為の武器を選んでいた。
 
 真剣な表情で武器を選ぶ才人に、木箱の陰から顔を出した人物が彼に声を掛ける。
 
「……おとーさん」
 
 箱の影から顔を覗かせたのは、才人の娘ナイだ。
 
 彼女は才人にしがみつくと、
 
「……わたしも行く」
 
 そう言ってくるナイに向け、才人は彼女の頭を優しく撫でると、
 
「ナイにはお願いがあるんだ」
 
「……お願い?」
 
「ああ、俺の代わりにシエスタ達をちゃんとトリステイン魔法学院まで護ってやってほしい」
 
 暫く躊躇っていたナイだが、才人が再び彼女の頭を撫でて小指を差し出し、
 
「ちゃんと言うこと聞いてくれたら、今度一緒に街まで遊びに行こうな」
 
 ナイは差し出された才人の小指を見つめると、
 
「……約束?」
 
「ああ、約束だ」
 
 小指同士を絡め、指切りをした。
 
 そして、ようやく納得してくれたナイが去った後、木箱の影から現れた新たな人影が才人に声を掛ける。 
 
「やあ話は聞いたよ、兄弟」
 
 現れたのは、ロマリアの神官ジュリオだ。
 
 彼は肩を竦めながら、
 
「……僕としては貴重な虚無の担い手を危険に晒して欲しくはないんだけどね」
 
 対する才人は気軽な調子で、
 
「心配すんな。……全員無事で戦争終わらせてやるよ。
 
 だから、お前はご主人様に言っとけよ。今代のブリミルは、聖地の奪還なんぞ望んでないってな」
 
 その言葉を聞いたジュリオは目を細め、
 
「……偽名としては、随分あからさまだと思ったんだけど本物かい?」
 
 ルイズ(大)……、ブリミルの事だ。予想通り、あの偽名に食いついてきた。
 
「だとしたらどうする? お前ら背信者ってことになるな」
 
 皮肉を込めて才人が言うと、ジュリオは唇を歪め、
 
「教義の為なら教祖も殺す……、それが始祖であろうとも変わりはないんだよ」
 
 一分の迷いもなく告げるジュリオに、才人はあからさまな侮蔑の表情で、
 
「前言撤回するよ……、お前ら背信者なんかじゃなくて狂信者だ」
 
「は、……ははははは! 良いね、最高の褒め言葉だ!!」
 
 付き合いきれないと才人は肩を竦め、弓と大量の矢を抱えてその場を去ろうとすると、背後からジュリオに声を掛けられた。
 
「なあ兄弟。僕らが狂信者なら、君は何だい? あれだけの亜人を殺害しておいて、平然とした顔で日常を過ごしている君は!?」
 
 才人はその声を無視して、ルイズ達の待つ場所へ向け歩みを進めた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 シティ・オブ・サウスゴータから南西150リーグに位置する名も無き小高い丘。
 
 そこに唐突に数人の人影が現れた。
 
 ティファニアの瞬間移動で転移してきた才人達だ。
 
 初めての瞬間移動に、ただ驚くだけのルイズに対しティファニアは説明口調で、
 
「身体を最も小さき粒にまで分解して、転移先で再構成するんです。虚無の中の難易度としては中位くらいですから、ルイズさんも慣れてくればすぐにでも使えるようになりますよ」
 
 そう言ってくれるが、未だ初歩にまで届いていないルイズとしては、力の差を見せつけられたようで何だか悔しい。
 
 そんな彼女の背後、サティーが落ちている石でかまどを作り、明日の決戦に備えて食事を摂るべく料理を作り始める。
 
「それで、あんたルーンの制御は出来るようになったの?」
 
 ブリミルの問い掛ける先、才人が地下水を弄びながら、
 
「全然駄目だな。基本的に武器握ったら勝手に発動するもんだし、力の強弱は心の強さでどうこう出来るらしいんだけど、いざ戦闘になってそんなに冷静でいられねえし……」
 
「まあ、一朝一夕で出来るような事とは思って無かったけどね……」
 
「ああ、だから今回はサティーとジルフェにはお前らの護衛に集中してもらって、敵の撹乱は俺が単独でする」
 
 ブリミルは頷き、
 
「最初に一発大きなのをぶつけるわ。それで、大分敵の戦意を削げると思うから、防御の方は……」
 
「はい、わたしが受け持ちます」
 
 ティファニアの言葉に才人とブリミルは信頼に満ちた眼差しで頷く。
 
「わ、わたしは……?」
 
 問い掛けるルイズに対し、ブリミルは小さく頷き、
 
「今回は見学。虚無の系統がどんな力を持っているのか、その目で実際に見極めて」
 
 というブリミルの言葉に、渋々ながらも頷いた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 明けて翌朝。
 
 朝靄の中、緩い地響きを伴って大群が押し寄せてくるのが遠くに見える。
 
 ただ前進しているだけで地響きが伝わってくる七万の大軍の威容に、我知らずルイズが後ずさりする中、余裕すら感じさせる表情で才人達は戦闘の準備を開始している。
 
 準備体操を終えた才人が鞘から抜いたデルフリンガーを地面に突き立て、右手を天高く掲げると彼の右手の甲に刻まれたルーンが輝きを放った。
 
「……暴れろ」
 
 その声に従い、士官達の乗っていた馬が次々と暴れだして士官達を振り落とし、戦列を乱すように兵達の間を縦横無尽に駆け巡る。
 
 そして、その混乱は陸だけに留まらず、空でも竜達が騎士を振り落としてアルビオン軍に攻撃を仕掛け始めた。
 
 蜂の巣を突いたような混乱を見せるアルビオン軍。
 
 ブリミルは長杖を構え、杖の先端にある紅い宝珠の下に取り着けられた取っ手に手を添えるとそれを手前にスライドさせる。
 
 すると中に仕込まれていたシリンダーが回転し、シリンダー内のカートリッジがリロードされた。……このカートリッジ。現在のハルケギニアの治金技術では精製不可能だが、未来でコルベールが完成させた代物で、先端には風石同様、純粋な魔力を蓄えておくことの出来る石が取り着けられている。
 
 これによって、魔力消費量の多い虚無魔法の術者への負担を軽減させ、大魔法を連続使用可能にしたコルベール発明の虚無の担い手専用武器。
 
 その名も、“唱えるヘビくん”。
 
 更に、高速詠唱と二重詠唱を併用することによって、ブリミルは詠唱に時間が掛かるという弱点も克服した。
 
 ブリミルが大きく振り上げた杖を振り下ろす。
 
 そして、軍列の先陣に太陽の如き巨大な光が生み出された。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「何事だ!」
 
 突然暴れ始めた馬から降り、隊列が混乱に陥ったことを見て取ったアルビオン軍の将軍、ホーキンスは眉を顰めながら声を張り上げた。
 
「原因は不明! 騎馬や竜達が騎士の制御を離れ、暴れ回っております!」
 
 ……嫌な予感がする。
 
 以前、トリステインに攻め入った艦隊も、今回と同じように竜達が制御不能となり、自軍に攻撃を仕掛けてきたという報告を受けている。
 
 ……もし、そうだとしたら。
 
 ホーキンスは上空に視線を向けるが、そこに報告にあったような異様な形状の鳥は見当たらない。
 
 ……考え過ごしか。もしくは、あれはその鳥の仕業ではなく鳥を操っていたものの仕業ということか?
 
 そう思い、軍列に視線を戻したその時、遠くに巨大な光が発生し僅かなタイムラグの後、全てを薙ぎ払わんとする凶悪な暴風が兵士達を吹き飛ばした。
 
 最後列にいてなお衝撃で二転三転してようやく停まったホーキンスはふらつきながらも立ち上がり、つい先程まで無傷だった軍隊を見て絶句する。
 
 爆心地周辺には人影すらなく、自分の両足で立っている兵士など数える程しかいない。
 
「……今のは、タルブ上空戦でアルビオン艦隊を滅ぼしたという奇跡の光か!?」
 
 とんでもない破壊力だ。
 
 ――だが、あれほどの威力の魔法、連続使用は出来まい!
 
 ホーキンスは声を張り上げる。
 
「全軍再編成しろ!! あれほどの威力だ二発目は無い!! ここで敵のメイジを仕留めれば我らが勝利ぞ!」
 
 その声に後押しされるように、ゆっくりとではあるが、立ち上がる人影の数が増していく。
 
 そして何とか立ち上がった者達は、鬨の声を挙げて突撃を開始し、それに連れられるように一人、また一人と進撃に加わっていった。
 
 だが、それを許さない者がいた。
 
 真っ正面から突っ込んできたのは、一振りの長剣を携えた少年。
 
 少年は長剣を振るい、背後に控える少女達に迫ろうとする兵士達を片っ端から斬り倒していく。
 
 そしてサティーが放つ矢の正確無比な射撃によって、一人また一人と沈んでいき、苦し紛れに放たれた魔法は少女達に届くことなく、むしろ逆に魔法を使用した者達に向け跳ね返ってくるではないか。
 
 僅か数人の敵に対して、有り得ないほどの損害を受けたアルビオン軍を更なる追い打ちが襲う。
 
 ようやく大半の兵達が立ち上がり、辛うじてではあるが体裁を整えた戦列をもって攻め入ろうとしたその矢先、二度目の奇跡が……、否、彼らからすれば悪夢が吹き荒れた。
 
 再び暴風に翻弄されたホーキンスは痛む全身に鞭打ち強引に立ち上がるが、もはや兵達に恥も外聞もなく、我先にと敗走を開始する者達で溢れ返っている。
 
「……バカな。僅か数人で、七万の兵を……」
 
 力無く呟く彼の声は、敗走の轟音によって掻き消された。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 迫り来る敵を迎撃する才人は、その胸の中に再度あの時の声を聞く。
 
“……殺せ”
 
 一人、斬り伏せる度に声は更に強くなっていく。
 
“……殺せ”
 
 才人は奥歯を噛み締めながら、声の誘惑に耐える。
 
“……殺せ”
 
 戦闘でかく汗とは別の嫌な汗が才人の額に滲む。
 
“……殺せ”
 
「おおおおおおおおッ!!」
 
 声の誘惑を振り払うように、咆吼を挙げる才人に敵の大隊が一歩後ずさる。
 
“……殺せ”
 
「……うるッ、……せえ!!」
 
 雄叫びを挙げながら剣を振り上げ、
 
「ごちゃごちゃ、やかましいんだてめぇは!!!」
 
 振り下ろした刃が、大地を割る。
 
 ……だが、声は止まらない。
 
“……まだ、完成には至らぬか”
 
「――何、言ってやがる!?」
 
 声は答えない。否、それ以降声が聞こえなくなった。
 
 舌打ちし、姿の見えない声に対して天に向かって叫びを挙げる才人を混乱したとみて一斉に敵兵が襲いかかって来るが、それら全ての剣戟を躱わして逆に全員に一撃を加え返り討ちにする。
 
 謎の声に逃げられたようで釈然としない才人であったが、余計な雑音が聞こえなくなったお陰で戦闘に集中出来るようなった。
 
 停まっていた足を動かし、再び風よりも速く移動して敵を屠りだした才人に恐怖した敵陣は、彼を迂回してブリミル達を倒そうと企てるが、彼が討ち漏らした敵はサティーによって放たれる正確無比な弓による射撃によって尽く屠らていく。
 
 そして放たれた二発目のエクスプロージョンによって戦意を奪われ、敗走を開始し始めた敵兵を見やり、才人は主人達の待つ場所へと帰還を果たした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
   
 エクスプロージョンの全力射撃を二発。
 
 たったそれだけで七万の大軍を打ち負かした女性を前にルイズは言葉を失う。
 
 ブリミルは大きく息を吐き出すと、
 
「……なんとか、なったみたいね」
 
 言ってその場に腰を降ろす。
 
「大丈夫?」
 
 ティファニアが心配そうに声を掛けると、ブリミルは笑みを浮かべて、
 
「平気よ。……ちょっと疲れただけ」
 
 本来ならばもっと燃費が良く破壊力の大きな魔法もあった。
 
 だが、ルイズの後学の為にと、彼女の知る虚無魔法を選択して、その可能性を見せつけたのだ。
 
 流石に初歩の初歩の初歩だけあって燃費が悪いがブリミルにとってこの程度の魔力消費どうということはない。この先、まだロンディニウムの攻城戦が控えているのだ。弱音を吐いてもいられない。
 
 戦場から戻ってきた才人が、へたり込むブリミルを見て誇らしげな顔で、
 
「凄ぇな、まさかあのレベルの魔法を連射出来るとは思わなかった」
 
 言って、才人も近くの石に腰を降ろす。
 
 対するブリミルは素直に嬉しそうな表情で、
 
「努力したもの。……あんたも、また速くなったんじゃないの?」
 
「鍛えてるからな」
 
 互いの成長を確認しあったかつての主従は、無邪気な笑みを浮かべ勢い良く手を打ち合わせた。
 
 ……それを見ていたルイズの胸に、今まで経験した事のない痛みが走る。
 
 自分の知らない才人が、才人を知っている女と笑い合っている。彼と彼女は契約を交わしていなくても立派なパートナーだ。
 
 それに比べて自分はどうだ? 才人と契約を交わしてはいるものの力の差は歴然。名前だけの主従に過ぎない。
 
 そして、その二人のいる高みに今の自分では到底手が届かない。
 
 足手まといにはならないと言って着いてきたが、……これでは本当に足手まとい以外のなにものでもない。
 
 ティファニアという少女にしてもそうだ。
 
 彼女は自分達に向けて放たれた魔法をただ防御するのではなく、カウンターで跳ね返してみせたし、以前見せられた回復魔法は失われた部位さえも復元するほどのものだった。
 
 実力の違いを見せつけられたルイズは大きく項垂れる。
 
「小休止してから、ロンディニウム城に向かいましょ」
 
「一気にクロムウェルの所まで飛べるか?」
 
「それは無理よ。それにクロムウェルだけを倒して終わりなら良いけど、他にもレコン・キスタの幹部が残っているでしょ?」
 
 確かに、ブリミルの言うとおり元々野心家揃いの連中がレコン・キスタを形成しているのだ、実力的に厄介なのはワルドとフーケそしてシェフィールド程度だが、そういう野心家達を残しておくとクロムウェルを捕らえたとしても、クロムウェルを亡き者として己がアルビオンを統治しようと企てる者が出てくる可能性も高い。
 
「真正面から乗り込んで、力づくで壊滅させるわよ」
 
「けけけ、今度のブリミルはえらく乱暴者だねえ」
 
 むしろ初代のブリミルは戦闘以外では情けない感じがした。どっちかというと凶暴だったのはガンダールヴの方だ。
 
「うるさいわよボロ剣」
 
 茶々を入れるデルフリンガーを一喝し、……まあ、それでもこの剣が懲りるということはないが、……ブリミルは視線をティファニアに向け、
 
「わたしと才人で、城を落とすわ。……その隙にテファはサティーとジルフェ、それとルイズを連れて宝物庫から始祖のオルゴールを奪取してきて」
 
「始祖のオルゴール?」
 
 頷くティファニアに対し、ルイズが怪訝な表情でブリミルに問い掛ける。
 
「ええ、あなたの持っている始祖の祈祷書と同じ代物よ」
 
「そんなの勝手に持ってきちゃていいの!?」
 
 抗議の声を挙げるルイズに対し、ブリミルは至極当然といった表情で頷くと、
 
「いいわよ別に、あれ虚無の担い手以外にはなんの使い道もないものだし、それに別の虚無の担い手も狙ってるんですもの」
 
「……別の虚無の担い手ですって!? あなた、それが誰だか知ってるの?」
 
「まあ、知ってるけども後にしときなさい。――今は目の前の目標に集中すること」
 
「……そうだけど」
 
 それでも、王家の宝物庫から盗みを行うという行為に対して、躊躇いを隠せないルイズ。
 
 そんな彼女を正面から見据え、ブリミルが宣言する。
 
「はっきり言っておくわ、ルイズ・フランソワーズ。やる気が無いなら、ここに残りなさい。
 
 今のあなたが着いてきた所で、足手まといが更に足を引っ張るだけだわ」
 
 ブリミルの発言に、ルイズは歯噛みする。
 
 助けを求め、才人の方へ視線を向けるが、彼は頭を押さえ何と言おうか頭を悩まし、
 
「……えーとだな、ブリミル」
 
「あんたは黙ってなさい」
 
「はい」
 
 完全に主導権を握られている才人は当てにならない。
 
 ルイズは涙を溜めた眼差しでブリミルを睨み付けるが、彼女は平然とした眼差しでルイズの視線を受け止め、
 
「一時間したら、出発するわ。――それまでに答を出しておきなさい」
 
 もはやルイズに用はないとばかりに、サティーにお茶を要求する。
 
 そんなブリミルから逃げるように、ルイズは踵を返してその場を後にした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ルイズが去った後、その場に残された才人は大きく溜息を吐き出すとブリミルに視線を送り、
 
「……言い過ぎじゃないか?」
 
 そう言って抗議するが、
 
「ナメないでちょうだい。あの娘を誰だと思ってるの?」
 
 誇らしげに、その名を告げる。
 
「ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。……この程度の叱責で潰れるような娘じゃないわ。――きっと、答を出して帰ってくるわよ」
 
 自分に厳しいといえばそれまでだが、己に対して絶対の自信を持っているともいえる。……が、彼女にとって誤算だったのは、この世界のルイズはかつての彼女ほど強くないということだ。
 
 今の彼女は才人に依存しきっている所があり、それは明確な精神的弱さとして浮き彫りになっている。
 
 その事を薄々ながらも感じ取っていた才人は、未だ疲労が残る身体を起こすと、
 
「……ちょっとフォロー入れてくる」
 
 そう言って、ブリミルの返事を待たずにルイズの駆けていった方へ歩いていった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ブリミル達のいる場所から少し離れた場所にある大きな木の下。
 
 その木陰にルイズは膝を抱えて座っていた。
 
 目を閉じ、世界の全てを拒絶して自らの殻に閉じこもるように身体を丸める。
 
「……なに、拗ねてんだ?」
 
 突然掛けられた声に頬が綻ぶが、なんとかそれを堪えてしかめっ面を作り顔を上げる。
 
「……何よ?」
 
「いや、……迎えに来たんだけどな」
 
「行かない。……わたしは貴族よ。泥棒の真似事なんか出来ないわ」
 
 頑なにそう言い張るルイズに対し、才人は溜息を吐き出すと、
 
「別に、盗むわけじゃねえよ。敵に奪われる前に保護するだけだ。後でウェールズ皇太子に許可貰えば、それで良いだろ?」
 
 だが、実際には既にオルゴールは盗み出された後であり、その在所をジョゼフの元に移しているのだが、そんな事は才人達は知る由もない。
 
「……盗み出すことに変わりないじゃない」
 
 もはや意固地になっているルイズに対し、才人はどうしたものかと暫く考え、
 
「あのな……、確かにお前の言ってる通り、俺達のやろうとしていることは盗みと何も変わらないかもしれない。
 
 でもな、大袈裟に聞こえるかも知れないけど、事は世界規模の戦争に発達するかも知れないんだぞ?」
 
 その言葉に刺激されたのか、ルイズは疑わしげな眼差しで才人を見つめ、
 
「……ねえ、その始祖のオルゴールを狙ってる奴って何者なの?」
 
 問うてくるルイズに対し、才人は暫く考えた挙げ句、
 
「詳しい事情は省くけどな、敵はガリアの無能王ジョゼフ。あいつもお前らと同じ虚無の担い手で、レコン・キスタを裏から操りこの戦争仕掛けさせた張本人だ」
 
「何それ……?」
 
 呆然とした表情で、
 
「何が目的で、こんな戦争を仕掛けたっていうのよ?」
 
 その問い掛けに才人はかつてのジョゼフの言葉を思い出し奥歯を噛み締める。
 
「目的の一つは始祖のオルゴール。そしてもう一つは――」
 
 一息、
 
「暇潰しのゲームだ」
 
 才人の身体から溢れ出る殺気に、ルイズが息を呑む。
 
 もしそれが事実だとするならば、その暇潰しの為に幾人もの人間が死んだことだろう。
 
 そして、そのような事が許されるというのか?
 
「……ルイズ、お前の言ってることは正しい。だけど俺達は例え間違っている方法を採ったとしても、ジョゼフの野望を潰さないといけないんだ」
 
 身体をルイズに向き直し、
 
「前にも言ったと思うけど、もう一度言うぞ。
 
 お前は正しい。お前は正しいままで問題を解決しろ。お前にはそれが出来るんだから……」
 
 才人の言葉がルイズの心に染み込んでいく。
 
 ルイズは立ち上がり才人と対峙すると、
 
「……まだ、答は分からない。――でも、きっと何時かは見つけ出して見せるわ!」
 
 僅かに躊躇い、
 
「だから……、その時は手伝ってくれる?」
 
 拒否されることを恐れるように、恐る恐る問い掛けるルイズに対し、才人は力強く頷くと、
 
「当たり前だ。――俺は、ゼロのルイズの使い魔なんだぜ」
 
 言って才人が手を差し出すと、ルイズも頷き返してその手を握り返した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 それから数十分後、自軍の勝利を確信していたクロムウェルの居るロンディニウム城をかつてない災害が見舞った。
 
 奇跡の光と呼ばれる爆発が、城の一角を跡形もなく吹き飛ばす。
 
「な、何事だ!?」
 
 驚愕の声を挙げるクロムウェルに応えるように、派手な爆音をあげて城門が吹っ飛んだ。
 
 粉煙の向こうに見えるは、五人の人影と一頭のグリフォン。
 
 まず始めに少年が城門から飛び入り、周囲の衛兵を蹴散らすと、続いて少女達が雪崩れ込み大規模な魔法で辺り構わず城を破壊して回る。
 
「て、敵襲です!! 敵の数は不明! されど、見たこともない破壊力の魔法を使用してこちらを目指している模様!!」
 
 突然の事態に焦りはするが、すぐに冷静さを取り戻すとクロムウェルは敵兵の排除を命令する。
 
 どれほどの規模の敵かは分からぬが、連合軍から大隊が離れたという報告は受けてはいない。ならば、この奇襲は少数の者による行為だろう。
 
 で、あるならば早々に排除するか、または連合軍の本隊全滅の報告を聞けばおとなしくなるに違いあるまい。
 
 だが、クロムウェルの予想とは異なり一向に喧噪は収まる気配をみせない。
 
 一行は無人の野を進むように、衛士隊の攻撃をものともせず、片っ端から返り討ちにし、悠然と中庭を越え城内に侵入した。
 
 現在城に駐在しているメイジ、一般兵士共に数はそんなに多くはないとはいえ、それでも数は百を下らない。
 
 だが、一行はそんな数の不利など関係無いとばかりに進撃を続ける。
 
 長剣を携えた少年と侍女服姿の女性が露払いを務め、道を開いた所へ長杖を持ったメイジが周囲を一掃する規模の魔法を放ち、敵からの魔法攻撃はグリフォンの背に乗った金髪の少女が尽く魔法で弾く。
 
「テファ、宝物庫の場所は分かるわね?」
 
「た、多分……、わたしの知ってる頃(未来)と変わっていなければ」
 
「そうそう変わってない筈よ」
 
「サティー、ジルフェ、二人の護衛は任せた」
 
「かしこまりましたサイト様」
 
“武運を祈る”
 
「ああ。お前らも無理すんなよ。――それと、ルイズのこと頼む」
 
“承知”
 
 お互いに言葉を交わして、二手に分かれる。
 
 一方は、クロムウェルのいる王執務室へ、もう一方は始祖のオルゴールの眠る宝物庫へ。
 
 より激しさを増す迎撃を、僅か二人で突き進んでいくブリミルと才人。
 
 二人は手当たり次第に敵を薙ぎ払いつつ、一直線に王の執務室を目指して進撃を続ける。
 
 通路の曲がり角から顔を出した兵士に向けて、才人が左手に握った地下水を構えつつウインド・ブレイクの魔法を使って吹っ飛ばし、体勢を崩したところへ一気に間合いを詰め右手のデルフリンガーで一撃を加えて戦闘不能にする。
 
 その一連の動作を見ていたブリミルは胡散臭そうな視線を才人に注ぎ、
 
「……あんた、何時の間に魔法が使えるようになったの?」
 
「まあ、色々あってな……」
 
 誤魔化すように告げる才人を一瞥して、高速詠唱で呪文を唱え一瞬で解放し、物陰に潜んでいた敵兵を吹き飛ばす。
 
「やましいことしてるんじゃないでしょうね?」
 
「……なんだよ? その疑わしそうな目は? ――ああ、俺の知ってる純粋なルイズは何処かに行ってしまった」
 
「わざとらしいこと言ってんじゃないわよ、バカ」
 
 そう言いながらも、嬉しそうな口調でやりとりを繰り返す才人とブリミル。
 
 双方が目配せも無しに阿吽の呼吸で次々と敵を屠り快進撃を続ける。
 
 そして、さしたる時間も掛けずに辿り着いた王の執務室の扉をブリミルがエクスプロージョンで吹き飛ばし才人が吶喊。そこに控えていたメイジと衛士達を一瞬で昏倒させる。
 
 僅かに遅れて入室したブリミルが、そこで怯えていた僧服の男に杖を突き付け、
 
「あんたがクロムウェル?」
 
「ヒッ!?」
 
「……ビンゴだな」
 
 ブリミルは蔑みの眼差しでクロムウェルを見つめ、
 
「名乗りなさい。――貴族ではないといえど、一時とはいえ一国の頂とまでなったのよ。それなりの度量を見せたらどうなの!?」
 
 ……今、ブリミルの脳裏にあるのは、あの日敗北が決定しているのにも関わらず無理にはしゃぎ明るく振る舞っていた旧アルビオン王家臣下達の姿。
 
 今の怯え腰を抜かし後ずさるクロムウェルの姿は、死を覚悟の上、貴族の名誉を護る為に見事死んでいったあの者達を侮蔑している。
 
 彼らの名誉を護るためにも、仇であるクロムウェルは堂々と振る舞っていなければならないというのがブリミルの信条であり、それを体現していたのがジョゼフであり教皇だった。
 
 だが、当の本人であるクロムウェルにしてみれば、後ろ盾である筈のシェフィールドは未だ帰還せず、頼みの綱のアンドバリの指輪は手元には無い。
 
 しかも、手練れである筈の近衛兵達は既に倒されてしまっている状況だ。元は何の力も持たぬ、ただの僧侶に過ぎないクロムウェルに対し恐れるなという方に無理がある。
 
「こ、降服! 降服します!! ですから、何卒命ばかりはお助けをッ!?」
 
 平伏し、一心不乱に命乞いするクロムウェルにブリミルは侮蔑の視線を送り、杖を構え呪文を詠唱しようとしたところで才人に押し止められた。
 
「止めとけよ。こいつはただの小者だ。裏には本命が居ることくらいお前も分かってるだろうが」
 
「……それでも、わたしはこいつを許せないわ」
 
「それは俺も同じだ。――でもな、こいつを裁くのは俺達じゃない。もっと適任な人がいる」
 
 ……そうだ。クロムウェルに肉親と家臣を皆殺しにされた人がいた。その為に決して報われない愛を全うした男性。
 
 今回は才人の機転によって最悪の状況は回避出来たようだが、だからといって許すつもりはない。
 
 ブリミルは一度深呼吸すると、
 
「……そうね、あんたの言うとおり、このままこいつを殺したらウェールズ皇太子に申し訳がたたないわ」
 
 言って、手にした杖でクロムウェルに一撃を入れ昏倒させると、丁度ルイズ達を率いたティファニアが執務室にやって来た。
 
 彼女は力無く首を振ると、
 
「駄目です。……もう、盗まれた後でした」
 
 ブリミルは割り切った表情で、……そう。と頷くと、
 
「いいわ、ジョゼフに一杯食わせてやっただけで良しとしましょう」
 
 言って、コモンマジックの一つである拡声の魔法を使用すると、ロンディニウム城全体に聞こえるように朗々と宣言する。
 
「自称・神聖皇帝、オリバー・クロムウェルの降服により、現時点をもって神聖アルビオン共和国の敗北が決定されたわ! 降服の意思のある者は武器を捨て投降しなさい!」
 
 それでもなお、ロサイスに向かっている主力が戻ってくれば何とかなると信じている兵達に、絶望的な伝令が届く。
 
 それは、七万の軍勢が僅か五人に敗れ、壊滅したという報告。
 
 通常ならば信じがたいような報告も、現実に僅か五人によって城を落とされてしまった以上この上ない信憑性を持つ。
 
 そして、そのような悪報こそ恐るべき速さで兵達の間を伝播し、彼らから抗いの力を尽く奪っていった。
 
 ブリミルはレコン・キスタに属していたメイジ達から杖を取り上げ、サティーに命じて彼らを牢へブチ込むと、ティファニアを中心として水の系統魔法のメイジ達を集い、負傷兵達の治癒を命令する。
 
 なによりも名誉を重んじるのが貴族である、王が降服した以上その決定に逆らうような者は居ない。
 
 もっともレコン・キスタに与した貴族達をブリミルは信用していないためか、純粋な軍属のメイジ以外は全て牢に放り込んでしまったが。
 
 それに全ての兵達の監視は、人数的に無理があると予想していたのだが、壊走してきた兵士達の内、アンドバリの指輪の呪いから解けた連合軍の兵士達が、それを請け負ってくれたため事なきを得た。
 
 ブリミル主導の元、テキパキと修復されていく城の一角。
 
 兵から風竜を借り受けた才人がルイズと共に出発の準備をしていた。
 
「じゃあ頼む。風竜には、ちゃんと言ってあるから問題無いとは思うけどな」
 
「うん」
 
 ルイズが向かおうとしているのは、引き返した連合軍が駐屯しているであろうラ・ローシェルの街だ。
 
 アルビオンの敗北を連合軍に伝える為の役割である。これはアンリエッタ直属の女官であるルイズにしか出来ない事であり、平民である才人や出所のあやふやなブリミルやティファニアには不可能な事である。
 
 別段、ブリミルやティファニアの転移の魔法で移動しても良いとも思うのだが、ブリミル、ティファニア共に今は席を外すことが出来ない程に忙しいし、翌朝にやってくるであろうガリア空軍艦隊との戦闘があるかもしれない以上、極力魔力の消費を押さえたいというのが本音だ。
 
「なるべく早く戻ってくるから」
 
「無理すんなよ」
 
 言って、才人が風竜の尻を叩くと、竜は一鳴きして空へ飛び立っていった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 明けて翌朝。
 
 予想通りというべきか、空を埋め尽くす程のガリア大艦隊がロンディニウム城から見えた。
 
 無論、牢の窓からもその光景は見えており、クロムウェルを始め捕らえられたレコン・キスタの貴族達は一斉に歓声を挙げた。あれほどの大艦隊ならば、僅か五人の兵を討つことなど容易く行ってくれると信じていた。
 
 だが、ガリア艦隊は何時まで経っても、それ以上近づいて来るような気配は見せない。
 
 元々ガリア艦隊の受けた命令は、アルビオンにいる敵を吹き飛ばせ。というものだった。
 
 この敵を示すものは、本来用の無くなったレコン・キスタである筈だったのだが、どういうことかそのレコン・キスタは既に敗れ、ロンディニウム城にはトリステインの国旗が掲げられている。
 
 予想外の事態に、慌てて本国との連絡をとる艦長。
 
 そして、艦長から連絡を受けたガリアの無能王ことジョゼフは、棋板上にて己の打った手とは違う動きを見せた駒に歯噛みし、しかし怒りながらも大いに笑ってみせた。
 
「……面白い。ははは、面白いではないか!? 余の予想を上回る動きをする駒がいるというのか!!」
 
 一息。
 
 ジョゼフは獲物を見定めるような猛禽類の眼差しで、伝令に命令を伝えた。
 
「余は三日でアルビオンから敵を排除しろと命令したぞ」
 
 それを聞いた伝令役の兵は部屋を後にすると、通信兵であるメイジのいる部屋へと駆け足で向かう。
 
 ジョゼフは唇を吊り上げると、
 
「さあ何者かは知らぬが、その力を見せてみろ。そして余を楽しませてくれ」
 
 楽しそうに笑い、箱庭の人形達と向き合った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ――同時刻。
 
 伝令から、その報告を聞いた艦長は神妙に頷くと、躊躇無く号令を放った。
 
「全艦隊に命令! 目標、ロンディニウム城! 照準定めぇ!!」
 
 即座に伝えられた命令に、全ての艦隊が一斉に牙を剥く。
 
「撃てぇ!!!」
 
 号令一喝。
 
 百を越える砲門から吐き出された砲弾。
 
 しかし、その破壊の大波の前に立ちふさがる人影があった。
 
 人影は金髪の美しい少女で、彼女は予め唱えておいた詠唱を完成させると、その手に持った小さな杖をまるでオーケストラの指揮者のような優雅な動きで振り下ろした。
 
 無数の砲弾が少女を呑み込む直前。ティファニアの虚無魔法によって作られた不可視のゲートに全ての砲弾が吸い込まれ、消え失せた筈の砲弾は艦隊の直上に現れた出口から全て吐き出されて自らを放った主を襲撃する。
 
 ティファニアの歪曲の魔法によって壊滅的なダメージを受けたガリア空軍艦隊であるが、彼らの災難はこれで終わったわけではない。
 
 長杖を携えた桃色の髪の女性メイジがトドメの一撃を放つべく、既に呪文の詠唱を完了させていた。
 
 今後の展開の為にも、ここでガリアの航空戦力を完膚無きまでに奪っておく必要がある。
 
 そう提案したのは他ならぬブリミル自身であり、その為に力を行使する事に彼女は何の躊躇いも無い。
 
 彼女の杖の先端に魔法の光が集束していく。
 
 やがて、直径10メイル以上もの大きさとなった光の塊は、周囲の最も小さき粒を集めた純粋な力の権化だ。
 
 ブリミルは目標を一番右端の戦艦に定めると、
 
「――おちな……、さいッ!!!」
 
 極太の光条が艦船を射抜き、
 
「こんのぉ!!」
 
 長杖を強引に振り回して、光の帯を横薙ぎに払い次々と艦隊を落としていく。
 
 一拍の後、大小様々な爆発を起こしながら炎上していく艦隊。
 
 やがて全ての戦艦を落として一息を吐くブリミルに対し、才人は呆れた眼差しで彼女を見ると、
 
「……何だよ、今の出鱈目な魔法は? あんなの俺が居たときは、使ってなかっただろう?」
 
 対するブリミルは勝ち誇った表情で、
 
「わたしのオリジナルよ。大気中の最も小さき粒を集約して、純破壊力として撃ち出すの。
 
 ……威力は見ての通りね。難点としては、手加減が出来ないってことなんだけど」
 
 確かに、艦隊の消え去った空の向こう。そこにあった山々の形が、才人の記憶にあるものと異なっている。
 
「……イヤな弱点だな」
 
 と言いつつも、金輪際ブリミルに対して胸関係でからかうのは止めようと心に誓う才人だった。
 
 ともあれ、レコン・キスタによる革命から始まった一連の戦争は、わずか二人の少女が助っ人に加わった連合軍の圧倒的勝利で幕を閉じた。
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