ゼロの使い魔・2回目
 
第5話
 
 それから数日後、トリステイン魔法学院も夏休みに突入、当然の如く使用人であるシエスタ達にも休暇が与えられ、タルブ村に帰省する彼女は故郷の無い才人を自分の村に誘ってくれたのだが、それをルイズが断固拒否した。
 
 最近、ただでさえ才人がかまってくれないというのに、シエスタの実家になど連れていかれでもしたら、あの悪夢(第2話参照)が現実になりかねないではないか……!
 
 ここら辺で起死回生の一撃を放つ為にも、才人を自分のホームグランドに引き込んで、自分にメロメロにしてしまう必要がある。
 
 くれぐれも言っておくが、自分から誘うのではなく、才人の方からルイズに甘え寄って来るようにしなければ駄目なのだ。
 
 まあ実際の所、才人はルイズだけではなくシエスタの直接的な誘いすら断っているのだが、それを知らないルイズとしては、気が気ではない。
 
 だが、そんな騒動も一羽のフクロウが携えた書簡によって終わりとなる。
 
「……帰郷は中止よ」
 
「中止?」
 
「そう、……仕事よ」
 
 真面目な顔つきでルイズが告げた。
 
 身分を隠しての情報収集。……それが、今回アンリエッタよりルイズに課せられた任務だ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ジルフェに乗って城下町までやって来た一向だが、ここで問題が生じる。
 
 目立ちまくるのだ、……ジルフェが。これでは身分を隠しての情報収集など出来ようはずもない。 
 
 かと言って、ジルフェを魔法学院に戻した所で、夏休みに入ってしまった学院にジルフェの世話をする者は居ないし、サティーにジルフェと共に魔法学院に戻ってもらい、夏休み中のジルフェの世話を頼もうとも思ったが、あっさりと拒否された。
 
 やむなく才人は二手に分かれることを提案するが、そこでまたルイズとサティーの意見が衝突する。
 
 才人専属の侍女である為、彼の傍を離れることを拒否するサティーと、使い魔である彼は主人である自分と行動を共にすべきであると主張するルイズ。
 
 互いに譲歩を見せない二人に対し、才人はジルフェと共に、とっととその場を後にした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 才人に置いていかれた二人は、その場でいがみ合うと、
 
「あんたの所為でサイトが怒っちゃったじゃない!」
 
「それはこちらの台詞であると、判断します」
 
「なんですって!?」
 
 ルイズが杖を引き抜き、サティーが身体の各所から隠し刃を覗かせる。
 
「……あんた、たかが自動人形の分際で、虚無に逆らおうっていうの?」
 
「たかがメイジ如きに気負う必要無しと判断します。さあ、掛かって参りませ。その瞬間にあなたの敗北が決定するでしょう」
 
 両者が同時に動いた瞬間、その中間点に一振りの長剣が突き立てられ、ルイズの魔法が吸収され、突進してきたサティーの刃が停められた。
 
「……お前ら、ホントいい加減にしとけよ」
 
 声の方へ振り向いてみれば、ジルフェに跨った才人が、怒りを露わにした顔で、こちらを睨んでいる。
 
「金渡すの忘れてたから、戻って来てみればいきなり喧嘩始めてやがるし……、周りの人達に怪我でもさせたら、どうするつもりだったんだ?」
 
「う……、ゴメンなさい」
 
「申し訳御座いません」
 
 才人は溜息を吐き出しながら、
 
「反省してんなら、いいけどさ。……もう、二度とすんなよ?」
 
 二人は一瞬だけ視線を合わせ、小さく頷いた。
 
「じゃあ、取り敢えずは住む所を探そうぜ」
 
「でも、頂いた活動費400エキューじゃ、2ヶ月半泊まっただけで無くなっちゃうわ」
 
 ルイズの言葉に、才人はうんうんと頷くと、その頭に拳骨を落とした。
 
 ルイズは涙目になり、痛む頭を押さえながら、
 
「な、何すんのよ!」
 
「アホかお前は!? いいか? 平民の振りして情報を収集しようってヤツが、そんな宿に泊まってどうすんだ?」
 
「だ、だって安物の部屋じゃ、よく眠れないじゃない!?」
 
「俺は毎晩、馬小屋で熟睡してるけどな……」
 
 その言葉にルイズが反応を示す。
 
「……ちょっと、あんた最近夜に姿見せないと思ったら、馬小屋なんかで寝てたの!?」
 
 才人は少し、しくじったという表情を見せるが、すぐにそれを取り繕い、
 
「ああ、結構寝心地良いんだぞ?」
 
「そういう問題じゃあ無いでしょ! 何で、部屋に戻ってこないのよ!?」
 
 街のド真ん中であるということも忘れ、才人に怒鳴りつけるルイズ。
 
 才人は軽く肩を竦めると、
 
「良いじゃねえか別に。お前もその方が部屋広くて良いだろ?」
 
「良くないわよ! あんたが床が嫌だっていうなら、新しいベットだって買ってあげるわ! なんだったら、わたしのベットで一緒に寝てもいいわよ!」
 
 才人の服の裾を摘み、涙声で、
 
「……だからもう、戻ってきて」
 
 ついには泣き出してしまったルイズを見て、周囲からは才人に非難の野次が飛ぶ。
 
 才人は慌ててルイズの手を引いて路地裏に逃げ込むと、彼女の背中を撫でて落ち着かせてやり、
 
「ほら、もう泣くなって」
 
「ひぐっ、……泣いてなんかいないわよ」
 
 グズりながらも強がるルイズに、才人は溜息を一つ。
 
 取り敢えず、手近な安宿に身を落ち着かせた。
 
 ちなみに、その際才人は二部屋とろうとしたのだが、ルイズがお金の節約の為に一部屋でいいと強引に押し切り、結局一部屋だけ借り受けることにした。
 
 まあ、前金で宿代と食費は渡しておいたので、前回のようにギャンブルで散財しても寝食には困らないだろう。
 
 才人は部屋に荷物を降ろすのを待ってルイズが話し掛ける。
 
「……ねえ、どうして部屋に帰ってこなくなったの?」
 
 ルイズの問い掛けに対し、才人は気楽な調子で、
 
「いや、別に理由なんて無いぞ? 純粋に馬小屋が気に入っただけで」
 
「誤魔化さないで」
 
 その一言で、言い訳が遮られてしまった。
 
 ルイズは尚も真剣な表情で、
 
「わたしに何か悪い所があったんなら、言ってちょうだい! ちゃんと直すようにするから! だから、お願い……、戻って来てサイト」
 
 涙ながらに訴えるルイズ。
 
 ……ルイズの泣き顔を見たくなくて始めた事が、ルイズを悲しませていたことに激しく後悔する。
 
 才人はルイズに歩み寄り、
 
「ゴメンなルイズ。……俺、やり方間違ってたよ」
 
 そして、語り出す。
 
 何時か来る別れの時に、ルイズを悲しませたくないから距離を置こうとしていたことを。
 
「……サイト、自分の世界に帰っちゃうの?」
 
「まあ、まだその方法を探してる最中なんだけどな」
 
 ルイズは唇を噛み締めながら頷き、
 
「……もし、帰る方法が見つからなかったら、ずっとこっちの世界にいる?」
 
 絞り出すように告げたルイズの質問に、才人は毅然とした態度で首を振り、
 
「絶対に探しだすさ」
 
 直後、ルイズに胸ぐらを掴まれた。
 
「何で! そんなにこの世界が嫌いなの!? 何か気に入らないことがあったら言って! 藁束なんかじゃなくて、同じベットで寝て良いから! 一緒にテーブルで食事して良いから! もう、……使い魔でなくても良いから……、お願い……、傍にいて」
 
 激昂し、しかし最後には泣き崩れるルイズ。
 
 ……どうしろって言うんだよ。
 
 これまでの彼の活躍が仇となった。
 
 もはや、才人に依存してしまっているルイズ。
 
 別れの辛さを堪え、自分を地球に帰そうとしてくれたルイズの想いを無駄には出来ない。しかし、だからと言って、目の前で泣き崩れる彼女を捨て置くことも出来ない。
 
 才人は、ルイズの肩に手を置くと、
 
「大丈夫、……お前は強い。俺がいなくなってもやっていけるさ」
 
 だがルイズは強い動きで首を振り、
 
「違う! わたし、そんなに強くない!! 魔法が使えるようになったのも、姫様の為に働けるようになったのも、全部サイトがいたからなんだもん!」
 
「……ルイズ」
 
 そのまま才人にしがみつき、泣き続けたルイズは、やがて泣き疲れてそのまま眠ってしまった。
 
 ルイズをベットに運び、大きく溜息を吐く。
 
「……どうしたもんだろうな?」
 
 サティーに問いかけてみるが、彼女は無表情のままで、
 
「サイト様の思うがままに、私はサイト様に従います」
 
 予想通りの答えに長剣とナイフを抜いて、新たな相談相手を作り、
 
「お前らはどう思う?」
 
「おいおい、そんなこと剣に相談すんじゃねーよ相棒」
 
「けけけ、モテる男はつらいねぇ」
 
 ……つかえねえ。
 
 再度、溜息を吐き今後について考えを巡らせるが、良い案など思い浮かばない。
 
 なにせ、一番の方法である世界扉はルイズの協力が絶対に必要なのだ。
 
 頭を悩ますが妙案が思い浮かばない才人。
 
 ……まあ、あれだ。帰るまでにはまだ時間はある。というか、最低でも虚無関係のゴタゴタが解決するまではこちらの世界にいるつもりだ。
 
 それまでにルイズを精神的に鍛えていくしかあるまい。
 
 ……って、精神的に鍛えるってどうやんだよ?
 
 結局、良い案が出ないまま、その日、才人は床で眠った。
 
 
 
 
  
 
 
 
 
 
 翌朝、目の覚めた才人が腕に違和感を覚えて視線を降ろすと、そこでは彼に抱き付き眠っているルイズの姿があった。
 
 しかも寝ている場所が、何時のまにやら床からベットに変わっている。
 
 ルイズ一人の力では無理なので、おそらくはサティーも手伝ったのだろう。
 
 やがて身じろぎしてルイズも目を覚ます。
 
「お、おはよう」
 
「あ、ああ。……おはよう」
 
 顔をシーツで隠すようにして挨拶してくるルイズの可愛さに悶絶しそうになるが、依存が進行していることに気付き、抱き締めたくなる衝動を耐える。
 
「と、取り敢えず、朝飯にしようぜ」
 
「うん……」
 
 その態度で、まだルイズが納得していない事を理解した。
 
 会話の無い味気ない朝食が終わり、再び部屋に戻った才人が、ルイズに話し掛ける。
 
「あのなルイズ……、昨日のことなんだけど」
 
「う、うん。もう大丈夫よ! わたし平気だから、何だったらこの任務、わたしだけでやるから、サイトは帰る方法探してもらってもいいくらい!!」
 
 無理して元気な振りを演出しようとするルイズ。
 
 だが才人は苦笑を浮かべて首を振り、
 
「いや、俺もやらなきゃならないこともあるからな。帰る方法を探すのは、それが終わってからになるって」
 
「……それって、何時くらいなの?」
 
 問われ、少し考えてから、
 
「んー、まだ一年以上はかかるんじゃないか?」
 
 それを聞いたルイズの顔に安堵の表情が浮かぶ。
 
「そ、そう! なら仕方ないわね! それまでは色々と手伝ってもらうから、覚悟しなさいよ!」
 
 そう言い繕うが、内心は違う。
 
 何とか才人に留まって貰うために、色々と手を回すつもりだ。必要とあらば、シエスタにも協力してもらうことも厭わないし、今の所ルイズは知らないことであるが、才人の帰還にルイズの世界扉が必要と知れば、彼女は絶対にその魔法を唱えようとしないであろう。
 
 それほどまでに、ルイズの才人への依存は進行していた。
 
 そんなルイズの内心もつゆ知らず、才人が今回の任務についてどうするべきかを説明していく。
 
「さて、今日からは職探しなわけだが……」
 
「何で仕事なんてするのよ? わたし達には情報収集という崇高な使命があるのよ!?」
 
 気を取り直していつも通りのルイズに戻った彼女は、即座に反論するが、対する才人は溜息を吐き、
 
「いいかルイズ、情報収集っていうのはな、人の多く集まる場所で働きならがやるのが一番都合が良いんだよ。
 
 これ、経験論だから間違い無し」
 
 対するルイズは半眼で、才人を見つめつつ。
 
「……あんた、一体どんな人生送ってきたのよ?」
 
「まあ、気にするな。昔、知り合いの貴族に付き合わされたんだよ」
 
 ……またそれだ。……一体その貴族とは、どんな関係だったのだろう?
 
 才人は頭を掻きながら、
 
「一番情報が集まるのが、酒場とかだな……。
 
 一件、心当たりがあるから、頼んでみるか」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 その頃、浮遊大陸アルビオン。その森の中にある小さな村ウエストウッド。
 
 そこに一人の少女がいた。
 
 美しい金髪から覗く長くとがった耳が彼女が普通の人でないことを証明している。
 
 彼女は朝食に用いる為の薪を手に取ろうとして、眼前に輝く光の扉の存在に気付く。
 
「……サモン・サーヴァント? 嘘!? どうして?」
 
 呪文を唱えてさえいない筈なのに、突如現れたゲートに後ずさりするハーフエルフの少女、ティファニア。
 
 彼女の脳裏に甦るのは、最凶の使い魔の姿。
 
 だが、ゲートから現れた者は、彼女の予想とは違い、彼女にとっては懐かしい、しかしこの世界にとっては居てはならない存在だった。
 
 現れた存在は二十歳程の女性。整った顔立ちと緩いウェーブの掛かった長い桃色の髪をした美女。小脇に抱えた大きな本と手にした長杖から、彼女がメイジであることが分かる。
 
 彼女はゆっくりと目蓋を開き、眼前にいる親友の姿を確認するとぎこちない笑みを浮かべ、
 
「えーとね、……わたしの事、分かる?」
 
 不安そうに問い掛ける女性に対し、ティファニアは自然な笑みを浮かべ、
 
「えぇ、お久しぶり。■■■」
 
 直後、桃色の髪の女性は、泣きながらティファニアに飛びつき抱き締めた。
 
「ゴメンね、ゴメンね! テファ。わたしのミスで、こんな所に飛ばしちゃって……!」
 
 泣きじゃくる女性の髪を優しく梳りながらティファニアが告げる。
 
「ううん、いいの。わたし気にしてないから。もう泣かないで。
 
 ……それよりも、あの子達は元気?」
 
「う、うん。みんな、ちい姉さまが面倒見ていてくださってるわ」
 
「なら、安心ね」
 
 一息を吐くティファニアに、女性が語りかける。
 
「……ねえ、テファ」
 
 言いにくそうにする女性に対し、ティファニアは微笑のまま、
 
「ええ、……わたしはもう、あの時代に帰る事は出来ません。
 
 この時代の子供達を見捨てるわけにもいかないし、……それに、わたしが居なくなると、彼が……」
 
 ……そうだった。この世界ではまだ先の事になるが、彼女にとって最愛の男性は、七万の軍隊を止めるためにたった一人で立ち向かい、傷つき死にかけていたのをティファニアに助けられたのだった。
 
 女性は暫く思案していたが、やがて何かを決意すると、力強く頷き、
 
「わたしも残る」
 
「……え?」
 
「だって、放っておくと、あのバカ絶対に無茶するし、……それに」
 
 小さな声で、呟くように、
 
「……もう一度、会いたいもん」
 
 そして遙か彼方のトリステインに向けて、愛しい彼の名を呟く。
 
「サイト……」
 
 それは永遠に別れた筈の恋人の名前だった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 そして才人が訪れたのは、勿論、魅惑の妖精亭。
 
 才人は店主であるスカロンを見つけると気軽に声を掛け、シエスタの紹介ということで、無事雇って貰うことに成功。
 
 才人は皿洗い。ルイズとサティーは給仕の仕事ということになり、ルイズは露出の激しい衣装を、サティーも最初はルイズと同じ様な衣装を着たのだが、流石に関節部が目立ったので、何時ものメイド服で接客することになるのだが……。サティーの正体が自動人形だと知っても全く動じないこの店の連中はかなり凄いかも知れない……。
 
 ちなみにジルフェだが、仕方がないのでアニエスに頼み込んで彼女に預かってもらっている。
 
「い、いやよ! 絶対!! こんな格好で人前に出るの!」
 
 確かにこの格好は貴族のルイズからしてみれば、耐えられないものだろう。
 
 だがしかし、
 
「まあ、仕事だと思って諦めろって」
 
 それでも嫌がるルイズに対し、才人は諭すように、
 
「ずっと前に、フーケが孤児村に仕送りしてることを話したろ? その時、お前は真面目に働いて仕送りするべきだって言ったよな?」
 
 確かに言った。……仕方なく頷くルイズ。
 
「実際体験してみろよ。社会がどれだけ厳しいか分かるからさ」
 
「だ、だからって、こんなお店じゃなくてもいいじゃない!?」
 
「だから情報収集も兼ねてるんだって」
 
 それだけ言って、未だ不満の残るルイズをその場に残し、才人は自分の仕事場である厨房に引っ込んでしまう。
 
「サイトのバカァ!!」
 
 その言葉を皮切りに、ルイズの魅惑の妖精亭での仕事が幕を開けた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 魅惑の妖精亭でのバイト初日。
 
 才人が日頃から厨房で鍛え続けていた皿洗いの技術を偉観無く発揮していると、店主であるスカロンの娘ジェシカが寄ってきた。
 
「あったしー、ジェシカ。あんた新入りの子のお兄さんなんでしょ? 名前は?」
 
 一応、二人は兄妹という設定で店に雇ってもらっている。
 
「才人。平賀・才人」
 
「ヘンな名前」
 
「ほっとけ」
 
 ジェシカは周囲を見渡すと、小声で才人に呟いてきた。
 
「ねえねえ、ルイズと兄妹って嘘でしょ?」
 
「まあ、一目瞭然だよな……」
 
 なにせ、髪の色からして違うのだ。誤魔化しようがない。
 
 そんな才人の態度を見て、ジェシカは口元に笑みを浮かべると、
 
「あのルイズって娘、貴族でしょ?」
 
「まあ、一目瞭然だよな……」
 
「……否定しないのね?」
 
 否定するだけの材料が無い。
 
 オマケに自動人形のお供付きだ。怪しんでくれと言ってるようなものである。
 
 才人は、視線を店内で接客するルイズに向ける。
 
 ぎこちない表情で、愛想の一つも言えずに怒りに震えながらワインを零しドジを踏むルイズ。
 
「……あれで、貴族じゃないって言う方が無理あるだろ?」
 
 疲れたように告げる才人は、視線をそのままサティーの方へ。
 
 サティーは完全に接客のことなど頭に無く、純粋に給仕に務めていた。
 
 無表情で、注文を取り料理と酒を運んで踵を返す。
 
 客が手を触れようとしても、素早く回避し、文句を言われようとも完全無視。
 
 ……あそこまで、突き抜けていると、ある意味清々しいものがある。と、才人は半ば本気で感心した。
 
「じゃあさ、貴族の娘がお付きをつけて酒場で仕事って何やってるの?」
 
「それは秘密」
 
 ジェシカは余計に好奇心を刺激されたのか、僅かに考え、
 
「いいじゃん、誰にも言わないからさ、教えてよ」
 
「そんな大した秘密じゃねーよ。気にすんな」
 
 余裕の態度で答え、視線を店内のルイズに移す。
 
 そこでは丁度客の一人が、ルイズに酌を強要しようとして禁句である胸に関する話題を口にした。
 
 案の定、怒り狂って客に蹴りをお見舞いし、客が立ち上がった所でスカロンが割って入りルイズに皿洗いを命じる。
 
 すごすごと厨房に戻ってきたルイズに、才人は声を掛けるがルイズはなんの反応も示さずに才人の隣、……ジェシカと才人の間に入るように身体をねじ込み皿洗いを開始。
 
 そのあからさまなルイズの態度に、ジェシカは苦笑を浮かべてその場を去っていく。
 
 それを見届けた才人は軽く肩を竦め、
 
「……どうしたんだ?」
 
 問い掛けると、ルイズは目尻に屈辱の涙を浮かべながらプルプルと震え、
 
「あ、あの男! わたしの胸が小さいとかバカにした挙げ句、口移しで酒を飲ませろとか言い出したのよ!!」
 
 ……まあ、胸の小さいのは事実だけどな。
 
 思うが、口にはしない。
 
「悔しくないの!? あんな酔っぱらいの平民に、ご主人様が小馬鹿にされたのよ!!」
 
 まあ、実際にルイズの唇を奪っていたら、男の頭に投げナイフを命中させていただろうが、男の方も単なるジョークで言っただけだろうし、放っておいても実害は無いだろう。
 
 が、それでは、このご主人様の機嫌が直らないのだ。
 
「仕事だから、割り切れよ」
 
 言って、流し場から見える店内を指し、
 
「ほら、みんな要領よくやってるだろ。こっから、観察してちょっとはやり方覚えたらどうだ?」
 
 才人の返事に納得していない様子のルイズであったが、暫く店の様子を眺めていて、何か思うところがあったのか、やがて皿洗いを才人に任せてジッと店内の観察に集中し始めた。
 
 ルイズの内心の変化は簡単なものだ。
 
 この店の女の子達の接客術をマスターし、それを才人相手に実践しようという考えだった。店で働く女の子達の手管を見ていると、あのキュルケが子供に見えてくる。
 
 ……もし、自分があの技を極めれば、あの多少胸が大きいだけのメイドなど、相手にならないではないか!?
 
 むはははは。と貴族というよりは、女の子としてそれはどうよ? 的な笑いを浮かべながら観察を続けるルイズを、傍らから才人は生暖かい視線で見守り続けた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 まあ実際、プライドの高いルイズがジェシカ達の技を一朝一夕で真似出来よう筈もなく、数々の失敗を繰り返しながらも、徐々にではあるが慣れていき、少ないながらも幾ばくかのチップを貰えるようになった。
 
 そんなある日の出来事。
 
 最後の客を送り出し、仕事も後は片づけを残すのみとなった時刻。
 
 突如、店に乱入してくる複数の存在。
 
「騒ぐな! 金を出せ!!」
 
 言って、男が手にした杖を振り下ろすと、氷の矢がテーブルの一つを貫通し、途端に店が喧噪に包まれるが、次に男が魔法を唱え、テーブルをエアハンマーで破壊した瞬間に騒ぎが収まった。
 
 リーダー格のメイジを含め10人以上の団体であり、全員が手に武器を持ち、顔を覆い隠すような覆面からしているところからして真っ当な客では無い。
 
 あからさまに強盗な彼らは、その道のプロらしく。一人が手近な場所にいた少女、スカロンの娘であるジェシカにナイフを突き付けて人質にとると、他の賊達が手慣れた仕草で店員の女の子達を一カ所に集めて拘束し、同じく縛り上げたスカロンに対し、人質にナイフを突き付けて店の売り上げの在処を白状させた。
 
 躊躇い無くジェシカを人質にとった事といい、スカロンを店長と見抜いた事といい、確実に計画的な犯行とみて間違いないだろう。
 
 人質が取られている以上、下手な行動は避けた方が良いと判断した才人は、素直に捕まり、ルイズとサティーにも手出しするなと言い聞かせる。
 
 というか、ルイズは未だに自分の力を扱いかねているので、室内で虚無を使わせると店や人質にも被害が及びかねない。
 
 賊の内の何人かが、下卑た視線を少女達に向けている一瞬の隙をついて、才人は隠し持っていたダガーで手を縛られていたロープを断ち切ると同時、サティーも隠し刃でロープを切り裂き、賊に襲いかかる。
 
 現在、才人が所持している武器はダガーと地下水の二本。
 
 室内なので魔法の使用を控え、まず人質に近い所にいる賊から片づける。
 
 一足飛びに間合いを詰めると、ダガーで敵の武器を弾きその腹に膝をブチ込む。
 
 前屈みになったところへ、延髄に一撃を入れて昏倒させ終了。
 
 続いてダガーを敵に投げつけて武器を取り落とさせると、跳躍しその側頭部に蹴りを叩き込み、二人目を終了。
 
 着地と同時、人外の速度で賊の間合いに入り込み、反応出来ていない敵に対して勢いそのままに水月へと肘打ちを入れて三人目。
 
 左手の地下水を口にくわえ、床に落ちていた短槍を蹴飛ばし宙に浮いたそれを手に取る。
 
 そして武器を持って襲いかかってきた二人の敵をそれぞれ一撃で屠り、穂先と石突きを反転させて投擲。
 
 六人目に命中させて、戦闘不能に追い込んだ。
 
 横目で確認すると、サティーが四人目の賊を足に仕込まれた刃を使って倒した所であり、これで残る敵は後三人。
 
 否、才人が眼前に迫った敵を殴り倒して、後二人としたところで、少女の悲鳴が聞こえた。
 
 才人が視線を向けると、売上金の入った袋と人質のジェシカを連れた賊のメイジが馬に乗って逃走しようという所だった。
 
「サティー! 後は任せた!!」
 
 返事も聞かずに店を飛び出す才人。
 
 すでに馬は遠くまで離れている。才人は左手の地下水を構えると、
 
「イル・フル・デラ・ソル・ウィンデ」
 
 フライの呪文を唱え、空を駆けた。
 
 狭い裏通りから、表通りに抜け、そして一気に街を出るつもりなのだろう。
 
 才人は賊の進路を確認すると、先回りして地上に降り罠の為の呪文を詠唱しておく。
 
 やがて魔法で作り出した灯りの下を逃走してきた賊の視界に才人の姿が映る。
 
「何であのガキがここにいやがる!?」
 
 叫ぶが、そのまま一気に才人ごと挽き潰そうと馬を加速させようとするが、突如、前方の地面が爆発し、周囲を粉塵で覆い隠す。
 
 続いて馬が嘶きを挙げ、上体を掲げるようにして暴れ出し、その拍子に賊とジェシカは馬から放り出されてしまった。
 
 両手を拘束され、更には猿轡まで填められたジェシカは、受け身を取ることも、悲鳴を挙げる事さえも出来ずに、ただ目を閉じて地面に叩きつけられるのを待つ。
 
 隣からは男が地面に落ちた音と短い悲鳴が聞こえてきて、次は自分の番だと覚悟を決めるが、暫く待っても一向に叩きつけられるような衝撃はやってこない。
 
 恐る恐る目を開いたジェシカの視界に真っ先に映ったのが、鋭い視線を眼前で倒れ伏す男に向けている才人の顔だった。
 
 賊のメイジは既に杖を折られ、気絶している。
 
 顔にくっきりと足跡が残っているので、才人にやられたのだろう。
 
 男が完全に気を失っているのを確認した才人は、大きく息を吐き出しジェシカを地面に降ろすと、手に持ったナイフで彼女の手を縛り付けている縄を断ち切った。
 
 その後、猿轡を外してやりながら、
 
「怪我しなかったか?」
 
 彼女を気遣うように問い掛けるが、ジェシカは安心したからかその場で腰を抜かしてしまう。
 
「お、おい! 大丈夫かよ?」
 
 心配そうに覗き込む才人。ジェシカはすぐ身近に知り合いの顔を確認すると、才人にしがみつき、
 
「う、……うぇ、こ、怖かっ……、怖かったよぅ」
 
 いつもの彼女からは想像も出来ないような弱気な声で、泣きじゃくった。
 
 才人はジェシカを安堵させるように、背中に手を回して優しく撫でてやる。
 
「大丈夫……、もう大丈夫だ」
 
 10分ほど経って、漸く落ち着いたジェシカを立ち上がらせようとするが、腰の抜けているのは未だに治ってないらしく、才人が彼女を背負って帰ることになった。
 
「……あー、無茶苦茶恥ずかしいところ見られたって感じね!」
 
「いや、あれで普通だろ? つーか、むしろあんな状況に慣れてる方が怖ぇよ」
 
 賊のメイジを近場の衛士詰め所に放り込んで、魅惑の妖精亭までトボトボと歩いて帰る。
 
「……あんたは、慣れてるっぽいけど?」
 
「好きで慣れたわけじゃねぇよ。……俺は、平和主義だっつーの」
 
 軽い憤りの演技を見せ、ようやくジェシカが笑ってくれたので、才人も一息吐き、
 
「まあ、心配しなくても誰にも言ったりしねぇから、安心しろって」
 
 ジェシカからの返事は無い。……そして、魅惑の妖精亭の灯りが見えてくると、ようやくジェシカが口を開いた。
 
「……ねえ、あんたってルイズと付き合ってるの?」
 
 その質問に、一瞬才人は足を止めてしまうが、すぐに歩みを再開させる。
 
「そんな関係じゃねーよ……」
 
 寂しげに呟く才人の耳にジェシカは唇を寄せると、
 
「じゃあ、あたしにもチャンスはあるってことね?」
 
 その囁きは余りにも小さすぎて才人の耳にまでは届かなかったが、ジェシカは才人の頬にそっと唇を押し当てる。
 
「……はい?」
 
 突然の出来事に、思わず硬直してしまった才人。
 
 腰が治ったのか、ジェシカは彼から身軽に飛び降りると、僅かに赤らめた頬で、商売用ではない本当の笑顔を才人に向け、
 
「助けてもらったお礼よ」
 
 駆け出すが、三歩ほど進んだところで振り返り、
 
「勘違いされると嫌だから言っとくけど、……わたし、まだ処女だから!!」
 
 そう言い残し、才人を置いて魅惑の妖精亭のドアを開ける。
 
 一人残された才人は首を捻りながら、未だ微かな温もりの残る頬に手を添えて、
 
「……どういう意味だ? 一体」
 
「けけけ、旦那は鈍いねぇ」
 
 地下水に小馬鹿にされながら、ドアを潜った才人を待ち構えていたのは、スカロンの感謝の包容と、熱烈な接吻の嵐だった。
 
 だが、その接吻の嵐のお陰で、ジェシカのつけたキスマークがルイズに気付かれなかったのは、僥倖というべきか不幸というべきか……。判断の難しい所である。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 さて、強盗騒ぎも一段落した後、魅惑の妖精ビスチェを賭けたチップレースが行われたわけだが、ルイズ、サティーともに惨敗に終わった。
 
 若干マトモになったとはいえ、他の女の子達と比べると素人同然のルイズ。結局は1エキューも稼ぐことは出来なかった。サティーはサティーでチップなど眼中になく、ただ与えられた仕事をこなすだけ。
 
 ただ妙なことに、今回はジェシカも三位と前回に比べて成績が震わなかった。
 
 ……何故か知らないが、彼女はお客に愛想を使うとき、厨房の方を気にするようになったのだ。
 
 そして、最終日に大量のチップを期待していた偉そうな役人(チュレンヌ)だが、店に入ってルイズの姿を確認した瞬間に、踵を返して店を出ていってしまった。
 
「……何あれ?」
 
 疑問に小首を傾げるルイズだったが、以前デルフリンガーを購入した際に、才人達にコテンパンにされたのが、彼だった。
 
 そういうわけで、結局ルイズ達は魅惑の妖精ビスチェも、チップすらもロクに集めることが出来ず終い。
 
「あー……、世の中、何が災いするか分からねえもんだなあ」
 
 才人の呟きは、誰にも理解されることななかった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ルイズもようやく接客に慣れ、本来の任務である情報収集も幾ばくかこなせるようになったある日、魔法学院のいつもの面々が魅惑の妖精亭を訪れてきた。
 
 接客に当たったルイズが、正体を知られまいと、必死にお盆で顔を隠して注文を取ろうとするのだが、モンモランシーを除く面子は、店内で異彩を放つ無表情のメイドの格好をした自動人形である、サティーのことを知っているし、厨房の方からは才人が軽く手を振って挨拶してくるのだから、特徴的な桃色の髪をしたウエイトレスの正体が誰なのか、速攻で見破られてしまった。
 
 満面の笑みを浮かべたキュルケが、嬉しそうに、……本当に、心底嬉しそうに、ルイズに向けて告げる。
 
「……何してるのかしら? ラ・ヴァリエール」
 
 ルイズは一瞬、ビクッと肩を振るわせ、
 
「ひ、人違いですわ」
 
「いや、もう手遅れだから、諦めろルイズ」
 
 才人が水を運んで来るが、ルイズはそれでも不満そうに唸り始める。
 
「ねえ、ダーリン。こんな所で何をしてるの?」
 
「ん、見ての通りのバイト」
 
「……ルイズまで?」
 
 才人は溜息を吐きつつ、
 
「色々あるんだよ。……奢ってやるから、このことは秘密にしといてやってくれると助かる。
 
 つーか、それで納得してくれねーと、ルイズが魔法使いそーだし」
 
「……それは遠慮しておくわ」
 
 そう言って、キュルケはルイズにメニューを渡すように告げて、注文する。
 
 流石に、相手が才人だとメニューの全てを頼むような無茶をすることなく、普通に料理を注文した。……もっとも約1名ほど遠慮なしに「ごはん食べる! いっぱい食べる! お肉食べる! るーるる!」と言って片っ端から肉料理を頼んでくれた者もいたが、彼女には何かと世話になっているので、文句は言えない。
 
 それから暫くすると、王軍の士官達が数人来店し、あれこれと店のウエイトレス達に対して品評を開始し始めたが、どうも気に入らないらしく、その内の一人がキュルケに目を付けて言い寄って来た。
 
「失礼、友人達と楽しい時間を過ごしている最中ですの」
 
 と、キュルケは慣れた仕草で士官をあしらう。
 
 すると、その士官達は酒の手伝いもあってか、キュルケの悪口を言い始めた。
 
 それに対して、キュルケが立ち上がり士官達を挑発する。
 
「おや、我らのお相手をしてくれる気になったのかね?」
 
「ええ。でも、杯じゃなく……、こっちでね」
 
 杖を引き抜き告げ、火の玉を飛ばして貴族達の帽子の羽根飾りを燃やし尽くそうとしたその瞬間、横から飛んできたナイフが火球の着弾するよりも速く羽根飾りを切断する。
 
 男達が驚きに目を見開き、キュルケが不満そうな顔をナイフの飛んできた方へ向けると、そこではエプロンを付けた平民の少年が、うんざり気な表情で、こちらを睨んでいた。
 
 少年、……才人は重い溜息を吐き出すと、
 
「……店の中で喧嘩すんなバカ。後片付けやらされるの、俺なんだぞ?」
 
「あらヤダ、ちゃんとお店の外でやるわよ、ダーリン」
 
 しなを作り、媚びるような声を出すキュルケに対し、貴族達は杖を抜き放ち、才人に杖の先端を突き付けると、
 
「貴様、平民の分際で貴族に逆らうつもりか!?」
 
「知るかバカ、こちとらただでさえ忙しいってのに、余計な手間取らすんじゃねえよ」
 
 士官達は全員立ち上がり、
 
「貴様、そこまで我らを侮蔑しておいてただで済むと思うなよ!」
 
 告げ、貴族の一人が才人に向けて手袋と放る。
 
「貴様は見たところトリステインの人間では無いようだからな、決闘禁止法も適用されまい。
 
 表へ出ろ。その態度、すぐに後悔させてやる」
 
 才人は溜息を吐きながら、受け取った手袋をゴミ箱に捨て、
 
「まったく、この国の貴族様は決闘好きなこった。なあ? ギーシュ」
 
「……まだ、そのことを蒸し返すかい? 君は」
 
 才人がポケットからグローブを取り出し、それを装着しながら表に向かう。
 
 その途中、すれ違いざまにルイズが才人に声を掛けた。
 
「洗い物溜まってんだから、さっさと終わらせなさいよ」
 
「あいよ」
 
 と言うやり取りを交わす。
 
 更にはキュルケ達も気軽に、
 
「じゃあ、任せたわよダーリン♪」
 
「おう」
 
 タバサはメニューを開き、
 
「このサラダ追加」
 
「……ちょっと、待っててくれ」
 
 シルフィードが才人の服の裾を引きながら、
 
「わたしもお肉追加〜♪ きゅいきゅい」
 
「……お前はちょっと、遠慮してくれ」
 
 モンモランシーがワインを傾けつつ、
 
「あなた、根っからのトラブルメーカーでしょ?」
 
「つーか、これ絶対に巻き込まれてるだろ?」
 
 ギーシュが何故か偉そうに、
 
「さあ、サイト! トリステイン魔法学院の凄さを見せてやりたまえ!」
 
 取り敢えず殴って黙らせた。
 
 最後にサティーが才人の傍らに立ち、
 
「お手伝いします」
 
「ん、じゃあ、はしばみ草のサラダと肉、タバサとシルフィードから注文入ったから頼む」
 
 そして才人が貴族達と対峙すると同時、店の中から黄色い声援が飛んだ。
 
「きゃあああぁぁぁ――!! サイト君、頑張ってぇ!!!」
 
 魅惑の妖精亭に務める女の子達である。
 
 あの強盗事件以降、店員達の間で才人の株は急上昇していた。
 
 元々お調子者の才人である。女の子達からの声援を受けて張り切らない筈がない。
 
 いきなりやる気をみせ始めた才人を見て、ルイズが拗ねた風体でいると、背後からキュルケに声を掛けられた。
 
「……こりゃ、負けてられないわね! ほら、タバサ、ルイズとシルフィードも、後モンモランシーあんたも手伝いなさい」
 
「何を?」
 
 心底分からないというふうに告げるモンモランシーに対し、キュルケはさも当然といった感じで、
 
「何って、応援に決まってるじゃない」
 
 女の子達を促し、自らが率先して才人の応援を開始する。
 
「ダーリン、頑張ってぇー!」
 
「お兄さま、ファイトなのね! きゅいきゅい♪」
 
 ……キュルケの言いなりになるというのは癪だが、それで公然と才人の応援が出来るというのであれば、ツェルプストーと手を組むのも吝かではない。
 
「ほら、あんたも一緒に応援しなさい」
 
 無表情に窓から状況を見物していたサティーに声を掛けた。
 
 するとサティーはスカートの下からボンボンと呼ばれる応援道具を取り出し、無表情のままで、応援を開始する。
 
「頑張らずとも勝てると確信しておりますが、頑張れば尚良い結果が出ると信じております」
 
「サイトぉー! 華麗に決めなさい華麗に!!」
 
「粉骨砕身」
 
 我関せずとワインを飲んでいたモンモランシーの背後に回ったキュルケが、彼女の腕をとって強引に応援に参加させる。
 
「きゃ、ちょ、ちょっと! キュルケ、止めてよ!!」
 
「なら自発的に応援しなさい! 貴族ともあろうものが、街娘に負けるなんてあってはならないことよ!」
 
 モンモランシーがチラリと横を見ると、そこではチアリーディングのように一糸乱れぬ動きを見せる女の子達がキビキビとした踊りを踊りつつ、才人に声援を送っていた。
 
 全員が一斉に両腕を掲げ、中央のジェシカを中心に左右対称になるような動きを見せ、絶妙なバランスが必要とされる組み体操のブリッジを作り、そこから一斉に放たれる掛け声と共にジェシカが宙を舞う。
 
「トレビアン!!」
 
「いや、掛け声それかよ!!」
 
 思わず、ツッコミを入れずにはいられなかった才人の隙を付いて貴族達が攻撃を仕掛けようと杖を引き抜く。
 
 瞬時に戦闘に頭を切り換えた才人が一瞬で間合いを詰めて一人目を殴り飛ばし、才人との距離が近すぎる為、魔法を使うことが出来ずに慌てふためく二人目に身体を旋回させて遠心力の乗った裏拳を喰らわせ、吹っ飛んでいく仲間二人を唖然としたまま見送った三人目を蹴り飛ばして決着が着いた。
 
 途端に巻き起こる大歓声。
 
 一気に女の子達に押し潰される才人を、羨ましそうな顔でギーシュが見ていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 その後、ルイズ達がキュルケとタバサの出会いの話を聞いている間、才人は休憩時間に入ると即座に安宿に戻ってデルフリンガーを携えて、魅惑の妖精亭に戻ってきた。
 
 目的は一つ。
 
 そろそろ現れるであろうトリステイン王軍衛士隊一個中隊との喧嘩で、前回のリベンジを果たす為である。元より負けず嫌いな性格の才人だ、やる気が満ちあふれていた。
 
 既にタバサとシルフィード、そしてキュルケは二階に宿を取って眠りについているらしい。
 
 今度は勝つ! と意気込みを新たに、裏で準備運動をしているとギーシュの悲鳴じみた呼び声が聞こえてきた。
 
「さ、さささささサイトー!!」
 
「おっしゃーっ!!」
 
 カウンターを飛び越え、ギーシュを掴んでいる士官を殴り飛ばすと、そのまま出口に向かう。
 
 相対するは、数百人の兵士達。
 
 才人は背中のデルフリンガーを抜き放つと、
 
「うーし、勝ちに行くぞデルフ!!」
 
「……なんか知らんが、えらく燃えてるね相棒」
 
 そんな才人の隣に影が並ぶ。
 
 侍女服姿の自動人形サティーだ。
 
「助力致します。サイト様、どうかご許可を」
 
 付き合いの良い相棒に、微苦笑を浮かべる才人。
 
 そして更に一人、才人の後ろから聞き慣れた声が響いた。
 
「まったく……、面倒事ばかり背負い込む使い魔っていうのも、困ったものね」
 
 今回は前日にエクスプロージョンを使っていないため、魔力の有り余っているルイズだ。
 
「手伝ってやるから、感謝しなさい」
 
 そして、第2ラウンドが始まる。
 
 開始直後、一斉に襲いかかって来る衛士達を才人とサティーの二人掛かりで押し止める。
 
 彼らの役目は足止め。本命は背後に控えるご主人様の一撃だ。
 
 背後から聞こえてくる主人の詠唱が、才人に力を与えてくれる。神の盾としての役目を全うしろとありもしない声が聞こえる。
 
 ルイズの詠唱が終わるまでの時間、才人とサティーは暴れに暴れて50人以上を戦闘不能に追い込んだ。
 
 そして放たれる虚無の一撃。
 
 衛士達はタルブの奇跡とまで言われたあの光をその身で味わうこととなる。
 
 爆発により吹っ飛ばされ、半数以上が戦闘不能に追い込まれ、残りは恐怖から逃げようとするが、ここ数日の慣れない給仕仕事と愛想笑いからくるストレスの発散場所を見つけたご主人様は嬉々として使い魔に命令を下した。
 
「サイト! 一人も逃がすんじゃないわよ!!」
 
 言って再び呪文を詠唱し始める。
 
 ここ数日、魔法を使っていない為、まだまだ魔力には余裕があるらしい。
 
 その時のルイズの表情から、彼女の二つ名として新たに、“桃色の髪の悪魔”というものが加わることになった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 久しぶりの休日。……だというのに、才人はスカロンに店の方へ呼び出されていた。
 
 ルイズとサティーは、才人よりも一足早く店の方へ向かっている。
 
 そして、昼前に魅惑の妖精亭に到着した才人を待ち受けていたものは、テーブルの上に所狭しと並べられた料理と着飾った女の子達が贈る拍手の雨。
 
 しかも女の子達の衣装は、普段の営業用のものではなく、チップレースの時に身に着けていた勝負服だ。
 
「……誰か偉いさんでも来るんですか?」
 
 見当違いな事を言う才人に対し、スカロンは苦笑を浮かべると、
 
「今日の主役は才人君よ。ほら、座って座って」
 
 才人の背中を押して強引に椅子に座らせ、
 
「強盗騒ぎの時のお礼がまだだったでしょ? だ・か・ら、今日は存分に楽しんでいってね」
 
 ウインク付きで言ってくるスカロンに身震いしていると、周囲の女の子達が一気に押し寄せ、酌をしてくれたり料理を食べさせてくれたりと甲斐甲斐しく世話をしてくれる。
 
 本来ならば、文句の十や二十くらい言いたいルイズであるが、これで才人がこの世界に未練が残り、留まってくれるようになるのならば安いものだ。
 
 それに、相手が才人である以上、自分も遠慮する必要は無い。
 
 ルイズはワインの瓶を手に取ると、その小柄な身体を活かして最前線に向けて突き進む。
 
 そして、そこで才人のグラスに酌をしようとして、ジェシカと鉢合わせになった。
 
 一つのグラスに向けられる二本の瓶。
 
 ルイズとジェシカの視線が音を発てて交差する。
 
 ……そういえば、この女。あれからやたらと才人にかまってくるのよね。
 
 ルイズが睨みをきかせれば、
 
 ……付き合いは、そっちの方が長いかもしれないけど、こっちとしても引く気はないのよ?
 
 ジェシカも負けじと睨み返す。……しかも双方笑顔のままで、だ。
 
 無言のままで繰り広げられる神経戦の横、何時もの無表情と違い薄く笑みを浮かべたサティーが才人にグラスを渡し、それにワインを注いでいた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ある日のこと、料理の仕込みの為に、才人が店の裏でジャガイモの皮を剥いているとフードを目深に被った女性がこちらに駆け寄ってきた。
 
 女性は慌てた声で、
 
「……あの、この辺りに、魅惑の妖精亭というお店はありますか?」
 
 と問うてくる。
 
 その声で、相手が誰なのか判断した才人はフードの裾を少し持ち上げて顔を確認し、小さく手を挙げて挨拶する。
 
「ども、……で、今日はどんな御用件でしょうか?」
 
「……驚かれないんですね?」
 
 現れた顔は、トリステインの女王アンリエッタのものだ。
 
 才人は軽く肩を竦めると、
 
「まあ、そういうのもありかな? と。
 
 で、何か事情がありそうなんで、隠れられそうな場所を提供しますか? それともルイズ呼んできます?」
 
「いえ、ルイズには知らせないで下さい。それと、出来れば身を隠せる場所を……」
 
 才人は頷き、アンリエッタに暫し待つように告げると、店に戻りスカロンに急用が出来たので、今日はサティーと共に休むことを伝える。
 
 サティーを伴って現れた才人を見て、アンリエッタは視線でサティーの素性を問い掛けてきたので、才人は迷い無く頷き、
 
「そりゃあ、勿論。……俺の力強い相棒ですよ」
 
 ならば、と、アンリエッタも許可を出した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 才人はアンリエッタを自分達の寝泊まりしている安宿に案内すると、自分達が泊まっている部屋とは別の部屋をとり、彼女に事情の説明を求めた。
 
「んで、一体どういう事態になってるんですか? なんか、非常線なんかも張られてるし」
 
 問い掛ける才人に対し、アンリエッタはキツネ狩りとだけ称し、彼に明日の昼まで自分の護衛を依頼する。
 
「そりゃ、別に良いですけども……」
 
 言ってポケットから数枚の金貨を取り出してサティーに渡し、
 
「姫さまの着替え、買ってきてくれ。平民っぽい服な」
 
「かしこまりました」
 
 一礼して部屋を出ていく侍女に、アンリエッタは視線を向け、
 
「あの……、彼女はあなたの恋人なのですか?」
 
 女王様といえども年頃の女の子。ウェールズが生きているため、物事の関心事はそちらの方へ向いていく。
 
 才人は前回とのギャップに、少々呆れた表情で、
 
「いや、そんな関係じゃあ無いですよ。とある事情で、サティーの寝てるとこ起こしちゃたら、懐かれたというか……」
 
 詳しく説明すると、面倒な事になりそうなので、言葉を濁す。
 
「まあ、それはいいとしてですね。……戦争、本気で始めるつもりですか?」
 
 才人が問うと、アンリエッタはしっかりと頷き返し、
 
「これ以上、あの恥すらずが収める国を野放しにしておくことは出来ません。それに捨て置いてたところで、その内にトリステインに攻め込んでくるでしょう」
 
 その内の幾分かはウェールズ王子の為に。というのがあるだろうが、まあ正論だろう。
 
「だとしたら、ルイズにも徴兵を掛けるつもりで?」
 
「……あの娘には、申し訳ありませんが、戦が長引けばそれだけ国が疲弊します。その負債は全て民に返ることとなる。
 
 ならば、最短で戦争を終わらせる為にも最大戦力を投入して、一気に決着を着けるつもりです」
 
 分かりました。と才人が頷いたところで、サティーが買い物から帰ってきた。
 
 才人はサティーにアンリエッタの着替えを手伝うように告げると、デルフリンガーを手に部屋を出て着替え終わるのを待つ。
 
 すると、腰に差していた地下水が声を掛けてきた。
 
「旦那。……気ぃつけときな。やべぇ臭いがするぜ」
 
「ヤバイ臭い?」
 
「ああ、暗殺者の臭いだ」
 
 以前はガリアの裏仕事を一手に担っていた北花壇騎士として働いていた地下水の言葉だ。信じるには十二分に値する。
 
 ……そういえば、以前あった筈のアンリエッタ誘拐事件は、今回は起きていない。
 
 色々と歴史が変化してきているので、その反動だろうか。
 
「ともかく、用心に越したことは無いな」
 
 告げると同時、着替えが終わった事をサティーが伝えにきたので、才人は部屋に戻った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 その頃、魅惑の妖精亭で通りがかりの兵士からアンリエッタ誘拐の報を聞いたルイズは王宮を目指す為、馬を都合しようとして偶然にもアニエスと合流し事のあらましを聞き及んでいた。
 
「じゃあ何? 姫様は裏切り者を燻り出す為に、自ら姿をお隠しになったというわけ?」
 
「ああ、そうだ」
 
「……何処に身を隠しているの? 護衛はちゃんと付いているんでしょうね?」
 
 問い掛けるルイズに対し、アニエスは小さく笑みを浮かべると、
 
「何処に隠れておられるかは知らんが、護衛はまず間違いなくトリステイン最強の者だ。安心して任せられる」
 
「そう、なら良いわ」
 
 ルイズが人心地吐くと、リッシュモンの屋敷から馬に乗った年若い小姓が飛び出すのが見えた。
 
 アニエスは、小姓との距離をとりながら慎重に後を追っていく。
 
 暫く追っていくと、小姓は一軒の酒場兼宿屋に入っていった。
 
 アニエスは階段の踊り場で、小姓の入っていった部屋を確認すると、ルイズに羽織らせていたマントを脱がさせ、自分にしなだれかかるように告げる。
 
 髪の短いアニエスと酒場女のような形をしたルイズは、それだけで酒場の雰囲気にとけ込んだ。
 
 手紙を渡すだけだった小姓は、すぐに部屋を出てきたが、彼から顔を隠す為、アニエスはルイズを強引に引き寄せるとその唇を奪う。
 
 ルイズが暴れようとするが、力の差が有りすぎて身動きすることさえ出来ない。
 
 やがて小姓が去るとアニエスは唇を離し、ルイズが彼女に対して猛然と抗議した。
 
「な、なにすんのよ!」
 
「安心しろ。わたしにそのような趣味は無い。これも任務だ」
 
「わたしだってそうよ!」
 
 ルイズの抗議を無視して、アニエスは先程小姓が入っていった部屋へ足音に注意しながら近づいていく。
 
 同じように足音に気を付けながら後を付いていくルイズが彼女に追いつくと、
 
「この扉を破壊出来るか?」
 
「……随分と荒っぽいのね?」
 
「どうせ、鍵が掛かっている。開けようとしている内に逃げられては厄介だ」
 
 ルイズは杖を取り出して呪文を唱え、扉を吹っ飛ばした。
 
 間髪入れずに剣を抜いて飛び込んでいくアニエス。
 
 中には商人に偽装したメイジがいた。
 
 男は杖をアニエスに突き付け、呪文を唱えるとアニエスを吹き飛ばし、壁に叩きつける。
 
 一拍遅れて入ってきたルイズがエクスプロージョンの爆圧で男を吹っ飛ばし、間髪入れずにアニエスが杖を弾き飛ばして、剣を突き付け、その間にルイズが男の杖を拾い上げる。
 
 アニエスが腰に装備していた縄で男を縛り上げ、尋問を開始しかなり強引な方法で男から情報を聞き出した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 夜も更けた時刻。才人達の部屋の前に複数人の男の気配があった。
 
 男達は物音を発てないようにしてドアに手を掛けた瞬間、ドアを貫通してきた刃が男の肩口を抉り吹き飛ばした。
 
「な? 当たったろ?」
 
 自慢げに告げる地下水に対し、才人は神妙に頷くと、
 
「ああ、凄ぇーな。流石、元北花壇騎士」
 
 敵の隙を伺うように、右手にデルフリンガー、左手に地下水を構えて、廊下の敵と対峙する。
 
 直後、硝子が砕け、窓から新手が侵入しベットに横たわるアンリエッタをさらう為、にシーツに手を伸ばすが、その腕は鋭い刃によって断ち切られた。
 
 シーツを翻し、ベットの中から現れたのは、表情の乏しい侍女服姿の女性型自動人形だ。
 
 彼女は両腕に仕込まれた隠し刃を展開すると、機械の笑みを浮かべて、
 
「私は私の在るべきため、サイト様の御要求に応える為に戦います。
 
 あなた方も己の存在の為に全力を尽くされるようお願いします」
 
 腰を落とし、やや前傾姿勢に、
 
「参ります――!!」
 
 エプロンドレスの死神が部屋を舞った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 廊下での戦闘となった才人と暗殺者達。
 
 才人を挟んで右に二人、左に三人。
 
 全員がメイジらしく、杖を引き抜き左右同時にエア・ハンマーの呪文を唱えて才人を押し潰すつもりらしいが、彼らは才人の持つ武器がなんなのかを知らない。
 
「出番だぜデルフ!」
 
「任せときなって相棒!!」
 
 右手側のエア・ハンマーをデルフリンガーで吸収すると、即座に距離を詰めて呪文を放った敵の頭を長剣の峰で殴り飛ばして意識を刈り取ると、男の腹に手を押し当てウインドブレイクの魔法で、二人目の男目掛けて気絶した敵を放つ。
 
 よもや剣士が魔法を使ってくるとは思わない男は、風の塊と気絶した仲間に巻き込まれて壁に叩きつけられた。
 
 直後、襲いかかってくる三人分の魔法を再びデルフリンガーで吸収すると、左手の地下水を投擲。
 
 中央の男の肩口に突き刺さった。
 
 男は呻き声を挙げながらもナイフを引き抜き、
 
「地下水!!」
 
 才人の命令従って、仲間のメイジに向けてフレイム・ボールの魔法を放った。
 
 魔法をマトモに喰らった暗殺者は、その場で炎上し焼死する。
 
 殺しは控えるようにと地下水に言っておいたにも関わらず、その言を破った地下水を叱責しようと才人が口を開くよりも早く、地下水が叫んだ。
 
「旦那……! こいつら、人間じゃねぇ!! 死人だ!」
 
 地下水の言葉を証明するように、先程まで倒れていた男達が生気のない無い眼差しで立ち上がり、再び才人と対峙する。
 
 ……誰の仕業かなど考える必要も無い。
 
 才人はかつてのコルベールとの約束で殺し合いに、……死に慣れないことを誓っており、それ故に、死者に対しては、最大限の敬意を払うことにしている。
 
 しているが故に……、死人を暗殺者として使うこの行為は、絶対に許すことが出来ない。
 
 だから才人は怒りの視線を、眼前の死人を通して、その向こう側にいるクロムウェルに、更にはそれを操っているシェフィールドとジョゼフに向ける。
 
「……地下水、来い」
 
「……旦那?」
 
 このまま二対四で戦った方が戦略的に有利だというのにも関わらず、才人は地下水に自分の手元へ戻ってくるように命令する。
 
「来い」
 
 才人の怒りを敏感に感じ取った地下水は、不平を言わずに、仮初めの宿主である男の身体を使って本体であるナイフを才人に投げ渡す。
 
 そして改めて、才人は死人達と対峙する。
 
 これ以上、死者に掛ける言葉があるとすれば一つだけだ。
 
「……今、成仏させてやる」
 
 先程までよりも数段速い踏み込みで敵の懐に入ると、頭から股間までを一刀両断にする。
 
 続いて横っ飛びで、次の敵を射程に収め、左手の地下水を下から振り上げる。
 
 だが、辛うじてその攻撃に反応した死者は、上体を仰け反らせてナイフの一撃を回避……、したと思いきや、地下水からエア・カッターの魔法が飛び、死者を逆袈裟に切り裂いた。
 
 才人に魔法が通用しない事を悟った暗殺者達は、エア・ニードルのような直接攻撃を主体として襲いかかってくる。
 
 ……が、近接戦闘ならば、才人の方に遙かに分がある。
 
 一人目の首を跳ね飛ばし、身体を旋回させて遠心力を利かせた一撃を持って二人目の胴を両断し、最後の一人は杖を持った腕を切り落とし、口の中にナイフを突き立て、零距離からファイヤーボールを放って燃やし尽くした。
 
 怒りの表情を浮かべたまま、才人はドアの壊れた扉から室内に侵入し、サティーと対峙していた暗殺者を後ろから斬り裂いた。
 
 これで、サティーが倒していた敵と会わせて室内には死体が三つ。
 
 残る敵は現在サティーと戦っている一人だけだ。
 
 その一人も、呪文を唱えようとした隙に放たれたサティーの隠し矢によって口内を穿たれて魔法を封じられ、才人にトドメを刺されて完全に息絶えた。
 
 全ての敵の掃討を確認した才人は安堵の吐息を吐き出すと、クローゼットに隠れているアンリエッタに声を掛ける。
 
「姫さま、取り敢えず敵は倒したんですけども、今、部屋の中物凄いことになってるんで、もうちょっと我慢して貰えますか?」
 
「わ、分かりました」
 
 恐る恐る返ってきた返事に頷き、室内を見回してみると、確かに物凄いことになっている。
 
 部屋のあちこちに血が飛び散り、魔法で部屋のそこかしこが破壊され、スプラッタな死体が横たわる状況。
 
 ……姫さんには、到底見せられんよなこれ。
 
 それ以前に、これだけの数の死体、個人で処分出来るものでもない。
 
 面倒事はゴメンだと今頃になってやってきた宿の主人に金を握らせて衛士を呼んで来させると。その隙にアンリエッタには自分達が寝泊まりしていた部屋へ移ってもらう。
 
 移動の途中は目を閉じるように言っておいたのだが、好奇心から薄目を開いたアンリエッタが廊下の死体を目にしてしまい、悲鳴を挙げることさえせずに、そのまま気を失ってしまった。
 
 これ幸いと、才人はアンリエッタをベットに寝かしつけ、サティーに彼女の護衛を頼むと、自分は血塗れの部屋で衛士の到着を待つ。
 
 すると、丁度アンリエッタ捜索の為にやって来た衛士達に適当に状況を説明して死体を引き取って貰ったのだが、そのついでに才人まで詰め所に引っ張っていかれた。
 
 事情を知らない者から見れば十人を越える大量殺人だ。疑いを掛けない方がおかしいというものだろう。
 
 一晩を留置場で過ごした才人は、翌朝、サティーに事情を説明されたアンリエッタが一筆を認めた書簡を持って衛士詰め所を訪れた事でようやく解放された。
 
 詰め所の外で才人を待っていたアンリエッタは、才人が姿を現すと同時、深々と頭を下げ、
 
「申し訳ございません。わたしの失態の所為で、サイト様にご迷惑をお掛けしてしまいました」
 
 何度も謝罪するアンリエッタに対し、逆に恐縮してしまった才人は、場の雰囲気を和ませるつもりで、
 
「いや、もういいですから気にしないで下さい。
 
 それよりも、お腹空きませんか? 折角、街に来てるんですから、庶民の朝食味わってみるっていうのはどうですか?」
 
 食事に誘うと、あっさりOKが出たので、そこらの屋台で適当な食べ物を買って、歩きながら食べたのだが、この歩きながら、……しかも手掴みで食べるという行為がアンリエッタには異常に難しいらしく、かなり苦戦した後、ようやく食べ終わった時には既に昼前の時間になっていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 明けて翌日、一睡もしていないルイズとアニエス。そしてドレスに着替えその上からローブを羽織ったアンリエッタと才人。僅かに遅れてサティーがジルフェを連れて劇場の前で落ち合い、さらに少し遅れてマンティコア隊を中核とする魔法衛士隊が到着すると、アンリエッタは彼らに劇場を包囲するように命令し、自らは劇場の中に姿を消した。
 
 その際、ルイズが随伴するように進言するも、アンリエッタはそれを拒否し、アニエスも密命があるのか馬に跨って姿を消してしまった。
 
「……もう、一体、何がどうなってんのかしら?」
 
 才人に問いかけてみるが、返答は無い。
 
 不審に思い、ルイズが横を見てみると、そこには才人の姿がなく、サティーが何時も通りの無表情で立っているだけだ。
 
「……ねえ、サティー。サイトは何処に行ったの?」
 
「サイト様でしたらば、先程ジルフェに乗って何処かへ飛んで行かれましたが……」
 
「何処かって、何処?」
 
「存じません」
 
 その一言で、打つ手を無くしたルイズは、才人を探して街中を宛もなく駆けずり回るが、結局才人の姿を見つける事が出来ず、仕方がないので、大きく息を吸い込むと、
 
「サイトの……バカァ!!」
 
 力の限り絶叫した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ルイズが街中で絶叫している頃、アンリエッタの罠によって裏切りのバレたリッシュモンは地下通路を通って劇場からの逃亡に成功していた。
 
 が、その眼前に人影が立ちふさがる。
 
「おやおや、リッシュモン殿。変わった帰り道をお使いですな」
 
 人影の正体が、アニエスだと知ると、リッシュモンの表情に安堵の笑みが浮かぶ。
 
 相手がメイジで無い以上、どうとでもなるという顔だ。
 
「どけ。私は今忙しいのだ。貴様と遊んでいる暇はない」
 
 銃口を向けるアニエスに対し、リッシュモンは杖を突き付けて告げる。
 
 だがアニエスは一歩も引かずに毅然とした態度で告げる。
 
 今の自分を突き動かすのは、アンリエッタへの忠誠心では無い。
 
 そこにあるのは純粋な復讐心。
 
 そのことをリッシュモンに語ると、一笑に伏した。
 
「なるほど! 貴様はあの村の生き残りか!」
 
「貴様に罪を着せられ……、何の咎も無く我が故郷は滅んだ」
 
 奥歯を噛み締め、
 
「殺してやる。貯めた金は地獄で使え」
 
「お前ごときに、貴族の技を使うのはもったいないが、……これも運命かね」
 
 リッシュモンが呟き、呪文を解放すると、巨大な火球がアニエスに向かって飛んだ。
 
 アニエスは暴発を避ける為、銃を投げ捨て裏に水袋を仕込んだマントを翻してそれを受けようとするが、その眼前に人影が飛び込んできた。
 
「食らい尽くせデルフ!!」
 
「あんま、美味そうじゃねーな」
 
 愚痴りながらも、しっかりと仕事を果たすデルフリンガー。
 
 才人は一瞬だけ背後に視線を向けると、
 
「飛べ!!」
 
 簡潔に指示を出す。
 
 その指示に即座に応えたアニエスは、才人の背を蹴って跳躍。
 
 空中で抜刀すると、大上段からの一撃をリッシュモンに振り下ろす。
 
 突然の乱入者に驚きながらも、アニエスの一撃に対処するため次の魔法を放とうとするリッシュモンに対し、才人は懐から投げナイフを取り出して投擲し、リッシュモンの手から杖を弾いた。
 
「うおおおおお!!」
 
 裂帛の気迫と共に振り下ろされるアニエスの剣が、リッシュモンの肩口から胸までを一気に切り裂く。
 
「……剣や銃が玩具と抜かしたな?
 
 これは武器だ。我らが貴様ら貴族にせめて一噛みと、磨いた牙だ。
 
 その牙で死ね。リッシュモン」
 
 心臓まで達した剣を捻り、傷口を拡げると、一気に刃を抜く。
 
 同時、リッシュモンの口から鮮血が吐き出され、ゆっくりと頽れた。
 
 リッシュモンの死を確認したアニエスは、ゆっくりと息を吐き出すと、視線を才人へ向け。
 
「まずは礼を言わせてもらおう、サイト。お陰で助かった」
 
「いや、いいですよ別に。アニエスさんが危なさそうだったんで、咄嗟に飛び込んだだけですし」
 
 才人の答を聞いたアニエスは、呆れに似た溜息を吐きながら、
 
「……お前は、ついとか、咄嗟にとかで、魔法の前に飛び出すのか? 普通は死ぬぞ? それにわたしだって馬鹿じゃない。メイジ相手に戦う時は、それなりの装備は整えてある」
 
 そうは言われても、才人としては納得が出来ない。
 
「だって、アニエスさん女なんですよ。幾ら装備してるかも知れませんけど、怪我とかしたら、どうするんですか!?」
 
 その言葉を聞いたアニエスの頬が朱に染まる。
 
「お、女だと?」
 
 復讐を心に決めた時から、女であることは捨てた。
 
 髪を切り、鎧を着込んで、剣を携えたというのに、それでもなおこの少年は自分のことを女として見ているというのだ。
 
「ば、バカかお前は。わ、わたしは、既に女であることを捨てたのだぞ?」
 
 対する才人は心底不満そうに、
 
「えー……、勿体ないですよ、そんなの。アニエスさん、そんなに美人なのに」
 
「び、び、び、美人だと? ……ええい、もういい。ほら、早く帰ってアンリエッタ様に報告するぞ!!」
 
「あっ!? ちょっと、待って下さいよ!」
 
 振り向かず前を進むアニエスの表情は、確かに微笑んでいた。
 
 それは、復讐を果たした為の笑みではなく、女としての笑みだった。
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