ゼロの使い魔・2回目
 
第4話
 
 タルブ村の攻防から、数日が経過したある日のこと。
 
 才人が何時ものように、洗濯をしていると、シエスタが客を連れてきやって来た。……ちなみに、最近ルイズは下着を自分で洗うようになり、負担が減ったと才人は喜んでいた。
 
 シエスタが連れてきた客とは、先日タルブの村で共闘した女剣士アニエスである。
 
「精が出るな」
 
「やっ、どうも」
 
 才人は軽く挨拶すると、手にした服を絞って洗濯籠へ放り込み、
 
「ちょっと、待ってて貰えますか? これだけ干してきますんで」
 
「ああ。どうせ今日は休暇だ。そんなに急ぎの用事でもなし、ここで、待たせてもらうことにする」
 
 言って、手近な石に腰を降ろす。
 
 そして、暫くして戻ってきた才人に向け、
 
「……しかし、本当に使い魔なんぞをやっているんだな。あれだけの実力があるのなら、傭兵としても充分にやっていけるだろうに」
 
「元々、平和主義つーか、面倒事に巻き込まれるのはイヤなんですけどね」
 
 言って、苦笑いする。
 
 そして、木に立て掛けてあった木剣を二振り取り出すと、片方をアニエスに投げ渡し、
 
「そんじゃま、早速」
 
「……平和主義とか言っている割には、腕試しをしたくてうずうずしているようだな」
 
 挑戦的な笑みを浮かべてアニエスが告げる。
 
 そして、その言葉は図星を突いていた。
 
 今の自分が、剣の師であるアニエスを相手にどれほど通用するのか? 試したくて仕方がないのだ。
 
 そして、何の宣言も無く剣戟の応酬が始まる。
 
 最初の一本は、初太刀から合わせた才人が取った。
 
 だが、それに不満を覚えたアニエスが抗議する。
 
「待て、今のはどういうつもりだ?」
 
「……はい?」
 
「あの戦場で見せたお前の動きは、こんなものでは無い筈だぞ。もっと本気を出せ」
 
 なにやら怒っている様子のアニエスに才人は苦笑いを浮かべながらガンダールヴのルーンについて説明し、
 
「……だから、俺はアニエスさんとの訓練で、地力の底上げがしたいんです」
 
「なるほど、そういうことか……。ならば、わたしにも異論は無い」
 
 どうやらその説明で納得した様子のアニエスと、再び木剣を打ち付けあう。
 
 一進一退の攻防は暫く続き、やがてグレープフルーツジュースを持って訪れたシエスタによって、休憩が言い渡された。
 
「いやー、見ていて飽きねえなー!」
 
「いや、まったくだ!?」
 
 口を開いたのは、木に立て掛けてあったデルフリンガーと地下水だ。
 
 アニエスは物珍しげにデルフを手に取り、
 
「……何だコレは? インテリジェンス・ソードか?」
 
「ええ、曰く付きのくせに、口の悪い奴ですけど」
 
「ほう、実物を見るのは初めてだ」
 
「俺も喋るぞ!」
 
 自分もインテリジェンス系の武器であることを主張する地下水。
 
 だが、デルフリンガーはそんな地下水の主張を無視して、
 
「そんなことはどうでもいいんだよ。それより、剣士の娘っ子」
 
「……わたしの事か?」
 
 ああ、とデルフは頷き(?)、
 
「おめ、誰に剣を習った?」
 
「生憎と師匠などといった者は居なくてな、実戦の中で身に着けた自己流だ」
 
「……にしちゃ、えらく相棒と似てる太刀筋だな」
 
「ああ、わたしもそう思っていた」
 
 二人(?)の視線は、自然と才人へと向く。
 
「たしか、相棒の師匠は女剣士だったな?」
 
「ああ」
 
「真性のドSで、一本取るまでは犬扱いだったとか」
 
「ほう……。お前ほどの使い手を犬扱いか? 余程の御仁だな、一度会ってみたいものだ」
 
 ……あなたのことです。
 
 才人が半眼をアニエスに向けながら内心で抗議していると、向こうから30匹余りの竜を従えたルイズがやって来た。
 
 ルイズはアニエスの存在に気付くと、才人に視線で……誰? と、問い掛ける。
 
「アニエスさんって言って、この前のタルブ村で、世話になった人。
 
 今は剣の稽古をつけて貰ってる」
 
 ルイズは、スカートの両端を持って優雅に一礼すると、
 
「ラ・ヴァリエール公爵家が三女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールと申します。
 
 先日は、わたしの使い魔が、戦場でご迷惑をお掛けしたようで、使い魔に成り代わり、お礼を申し上げます」
 
「いえ、こちらこそ。サイト殿には危うい所を助けて頂いた次第であります」
 
 礼儀正しく頭を下げるアニエス。
 
 そんな横では、竜達に囲まれた才人が、
 
「……で、どうだった? 気の合いそうな奴は居たか?」
 
 竜達の鳴き声に、うんうん頷きながら、
 
「あー、そっか。誰も居なかったのか。つーか、ちょっと待てお前! いくらなんでもマルコリヌ食っちゃ駄目だろう! 腹壊したらどうすんだ! ん? ちゃんと吐き出した? なら、いいけど。いや、不味かったって文句言われても困るぞ。後そこ、ギーシュがミミズ臭いとか言ってやるな。あいつも使い魔の餌確保するのに、苦労してんだから」
 
 色々と竜達に気を回していた。
 
 アニエスは、そんな才人達を見つめ、
 
「……あの竜達は?」
 
「先のタルブ村の戦で、サイトの事を気に入ったらしくて、付いて来ちゃったのよ。
 
 ……ただでさえ大食らいなグリフォンが居るっていうのに、あれだけの数の竜なんてとても養えないから、誰かに引き取って貰おうと思ったんだけど、あの竜達、誰にも懐かなくて」
 
 と、溜息を吐き出すルイズ。
 
「……ゴメンなあ。甲斐性無しなご主人様で。せめて、御飯くらいは腹一杯食べたいよなあ」
 
 そう言った才人の頭に、拳大の石が命中した。
 
「普通は、一個人でこんな数の竜を従えたりしないわよ!」
 
 怒鳴り、倒れ伏した才人の頭を足で踏みにじる。
 
「あー……、ミス・ヴァリエール。もし、よろしければ、その竜達は、トリステイン軍の方で引き取れるよう、わたしが竜騎士の方と交渉してみようか?」
 
 そのルイズの容赦ない仕打ちに、少し感心しながらアニエスが提案する。
 
「……いいの?」
 
「ああ、先の戦で竜騎士隊の方でかなり被害が出たからな。新たな竜を補充する必要がある筈だ」
 
 ルイズは快く肯定すると、
 
「じゃあ、お願いするわ」
 
 とアニエスに竜達の事をを託した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 そして、数日後……。才人宛に一通の封書が届く。
 
 何げに封筒を開いてみるが、中には一枚の紙切れが入っているだけだ。
 
 才人はその紙切れに書かれた文字と数字を読みとり、驚きに目を見開いて、
 
「小切手じゃねえか! えーと、あの竜の代金? 8,500エキュー!!」
 
 平民の生活費一人当たりが、年間平均120エキュー。下級貴族の年金が500エキューであるから、とんでもない額である。
 
 才人としては、竜達をお金で売ったつもりは毛頭無かったのだが、平民から竜を恵んでもらうという行為を、貴族のプライドが許さなかったのであろう。
 
 思い掛けない臨時収入に、
 
「おー……、そんだけあれば……」
 
「タルブ村でブドウ畑を買いましょう!」
 
「……シエスタ?」
 
 ドアを開けていきなり現れたシエスタに才人が驚いていると、
 
「わたしの村では良質のブドウがたくさん採れるんです! 素敵なワインを二人で作りましょう! 銘柄はサイトシエスタ! 二人の名よ!」
 
 更に現れた赤い影が背後からシエスタを押し潰す。
 
「あら、そんな事よりも、そのお金でゲルマニアに行って、土地を買って貴族にならない? 公職の権利を買って、中隊長や徴税官になることだって出来るわよ?」
 
「ははは、サイト、そんなことより、この美しい僕の銅像を作る気はないかい?」
 
 いつの間にか、扉に背を預けていたギーシュが薔薇の造花を手にキザったらしく告げるが、
 
「ない」
 
 間髪入れずに即答した皆によって却下された。
 
 部屋の隅で闇を背負いながら項垂れるギーシュを無視して、
 
「零戦の整備費用に充てようと思ってるんだよ。何時までもコルベール先生に頼りきりだと悪いしな」
 
「……まあ、あんたのお金だから、好きに使うと良いけど」
 
 そういうことで、一応の決着が着いた時、一羽の梟が書簡を持ってルイズの部屋を訪れた。
 
 梟から手紙を受け取り、それに目を通したルイズは、才人を促すと、
 
「サイト、急いでジルフェの準備をして、……姫様から、召集が掛かったわ」
 
 そして、ルイズは才人を従えて王宮へと赴いて行った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 王宮に到着したルイズ達は、待たされる事なくアンリエッタの執務室へと通された。
 
 現在アンリエッタは、祖国を救った聖女としてほぼ全ての国民からの支持を受けていた。しかも、単独にてアルビオンの空軍戦力を撃ち破った強国として、ゲルマニア皇帝との婚約を解消しつつも、同盟を維持してみせたのだ。
 
 そして彼女は女王として即位し、自らの自由を手に入れたのである。
 
 アンリエッタによってルイズ達の活躍を認められ、極秘にではあるがルイズには忠誠の証として始祖の祈祷書、更には女王直々の権利行使のための許可書を与えられた。
 
 才人はアンリエッタから宝石や金貨といった褒美を受け取り、その席で以前アンリエッタに頼んでおいた水の秘薬の件についても尋ねてみたが、残念ながらトリステイン王宮にはその薬は無いらしく、現在、書物を紐解かせて調べさせている最中とのことだった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 アンリエッタに礼を述べて別れた後、ジルフェでトリスタニアの城下町を歩く。
 
 流石に街中をグリフォンで歩くのは目立つが、向こうが自然と避けてくれるので、気を使わなくてもいい分むしろ楽だった。……主に、ジルフェが。
 
 そんな中、才人は古着屋でアルビオンの水兵服を見つける。
 
 ……そういえば、そんなイベントもあったっけなー。
 
 思い出すのは、履いてないシエスタ。(膝上15pセーラー服バージョン)
 
 今度は、じっくりと下から抉るように鑑賞したい気もするが、あれが原因で起こったドタバタと、その後の惚れ薬騒動を思い出し、今回は断念した。
 
 ――が、才人が名残惜しそうに古着屋の店先を眺めているのを見て、ルイズは吐息を吐くと、
 
 ……ほら、やっぱり、新しい服が欲しいんじゃない。
 
 と以前、アルビオンで服の新調を断られた事を思い出し、
 
 ……まったく、素直じゃないわねえ。
 
 笑みを浮かべて、才人に服屋、……才人の眺めていた古着屋ではなく、仕立屋の前でジルフェを停めさせると、身軽に飛び降り、
 
「ほら、新しい服作ってあげるから、付いて来なさいよ」
 
 そう言って店の中へ入って行く。
 
「あ、おい!」
 
 慌ててルイズを引き留めようとするが、既にルイズは店の中だ。
 
 仕方なく才人も後を追うと、店の中に入った途端にルイズに無理矢理パーカーをひん剥かれた。
 
「なにすんだよ?」
 
「これと、同じ服作ってもらうのよ。それなら文句無いでしょ?」
 
 そう言って、ルイズは店主にパーカーを差し出し、サイズやデザインなどをまったく同じように作るように指示を出すが、
 
「……これは、随分と珍しい布地ですな。
 
 一体、何で出来ているのですか?」
 
「ん? ああ、ナイロン」
 
「ないろん?」
 
「石油……、えーと油から作られた繊維ってところかな?」
 
「……はあ、しかし、これと同じ布地は当店では用意することは出来ませんが」
 
 ルイズは仕方ないといった面もちで、
 
「別に、生地が変わるくらいはいいでしょ?」
 
「……出来たら、厚くて丈夫な生地にしてくれると助かる」
 
「どれくらい掛かるかしら?」
 
「そうですな、……仕立て自体は単調ですので、二日もあれば」
 
「分かったわ」
 
「では、採寸致しますので、暫くお待ち下さい」
 
 と店主に言われ、ルイズは店内の服を見て回る。……が、そこで才人の着ているシャツもボロボロであることに気が付いた。
 
「……その下着もボロボロね」
 
 言って才人のシャツを摘み、
 
「なんか、上手な所と下手な所の差が激しくない? ほら、ここなんか、悲惨なことになってるわよ?」
 
 ……そこ縫ったのは、お前だよ。
 
 と、内心で思うが、敢えて言わない。 
 
 その後、ルイズは才人にシャツの替えを数枚購入した。
 
 しかも、全額ルイズが支払ったのである。今回は才人がギーシュとの決闘で怪我もしていなければ、デルフリンガーの代金も支払っていないので、多少はお金に余裕があった。
 
 流石にそこまでされると、才人としても何かお返しをせねばなるまいと思う。
 
 そこで、店を出た先の露天商で以前、ルイズに買ってあげたペンダントと、シエスタへの零戦のお礼にブレスレットを購入すると、遅れて店を出てきたルイズにペンダントを手渡す。
 
「ほら」
 
「……何よ? これ」
 
「服のお礼」
 
「……え?」
 
 手渡されたペンダントを指で弄っていると、自然と頬が緩むのを感じる。
 
 なによりも、ルイズはアンリエッタから下賜されたお金で、まず自分にプレゼントを買ってくれたことが嬉しかった。
 
 ルイズは辛うじて口元を引き締めると、ペンダントを首に巻いてみる。
 
 そして、才人の方へ向き直ると、……そこには既に、才人の姿が無かった。
 
 何処に行ったのかと、ルイズが辺りを見渡すと、才人は出店に貼り付いて、肉の串焼きを購入していた。
 
「ほら、美味そうだぞ」
 
 そう言って、串焼きを差し出すが、ルイズは憮然とした表情で串を引ったくると、ヤケ食いのように食べ始めた。
 
 才人は首を傾げながらも、残り2本の内1本を自分で、もう1本をジルフェに食べさせる。
 
「……どうだ? 美味いか?」
 
“ふむ、たしかに美味。……なれど、サイト殿。貴公はもう少し、乙女心を理解した方が良いと思うぞ?”
 
 ……あのペンダント、趣味悪かったのか? いや、でも、前の時はあいつ結構気に入ってた風だったし。
 
 若干見当違いな感想を抱きつつ、才人はルイズを乗せて魔法学院へと向かった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 やがて、魔法学院に到着した才人達は正門前で一台の馬車と擦れ違った。
 
 馬車に乗っていたのは、タバサとキュルケ。
 
 キュルケは馬車を停めさせて、窓から顔を出すとタバサの実家に行く旨を才人に伝える。
 
 それを聞いた才人は少し考えた後、
 
「なら、俺も一緒に行っていいか?」
 
「ちょっと! サイト!?」
 
 咎めるルイズに対し、才人は真剣な眼差しで、
 
「悪い、どうしてもガリアに行かなきゃならねー用事があるんだ」
 
「……どんな用事よ」
 
「あー……」
 
 才人は言葉に詰まるが、ルイズはそれを押し停めた。
 
「いいわ。……どうせ、また何か暗躍してくるんでしょうから」
 
 溜息混じりに告げるルイズ。今のルイズに迷いは無い。才人には怪しい所が山ほどあるが、その秘密は全て自分に……、トリステインに害なすものではないことは、確実であると信じられる。
 
 だから……、
 
「わたしも行くわよ!」
 
 躊躇い無く、そう告げた。
 
 タバサの実家に行くということは、彼女の出生の秘密を知る可能性もあるということだ。
 
 自分の一存では決められないと判断した才人は、馬車の方へ視線を移す。
 
 才人の視線の先では、タバサが一瞬だけ本から視線を上げて才人を見ると、無言のままで頷きすぐにまた本へと視線を降ろした。
 
「じゃあ、準備して追って行くから先に出ててくれ。ガリアまで、街道沿いに行くんだろ?」
 
 タバサはまたも無言で肯定を示す。
 
 才人達は一度タバサ達と別れ、旅の準備をする為に寮へと戻った。
 
 そこで、着替えや旅支度を鞄の中に詰め込むと、急いでジルフェに飛び乗り、先行したタバサ達の馬車を追いかけた。 
 
 1時間ほど走って、タバサ達の馬車に追いついた才人達は、そのまま馬車と併走して付いていく。
 
 別段、急ぎの用では無いらしくのんびりと二日かけてガリア領に到着。
 
 途中、ラグドリアン湖の水かさが増しているという話を聞き、迂回することになったが、それ以外は特にこれと言ったアクシデントに見舞われる事なく、無事にタバサの実家に到着した。
 
 そこで、才人達一行を出迎えてくれたのは二人。
 
 一人はこの屋敷の執事を務めるペルスラン。もう一人は、かつてのアルビオン王家、皇太子ウェールズである。
 
「お帰りなさいませ、シャルロットお嬢様」
 
 執事は深々と一礼してタバサ達を屋敷に招き入れようとするが、ウェールズの姿を見たルイズは、即座に頭を垂れ、色目を使おうとしていたキュルケのマントを掴んで無理矢理平伏させた。
 
 ウェールズは苦笑しながら、彼女達を立ち上がらせると、今度は自ら才人達に向かって頭を下げ、
 
「すまない。事のあらましは、およそ聞き及んでいるが、アルビオン軍がトリステインに迷惑をかけ上に、恥知らずな行為を行ってしまった」
 
「いや、別に王子様が悪いわけじゃないんですし、どうか頭を上げて下さい」
 
 才人の言葉で、ようやく頭を上げたウェールズに、その場に居た者達は一息を吐く。
 
「皇太子様がガリアに亡命していたのは、聞いておりましたが、それがタバサの実家だったなんて……」
 
「ああ、才人殿の取りなしで、ご厚意に甘えさせてもらっている」
 
 タバサはウェールズに黙礼すると、
 
「付いてきて」
 
 才人に告げて屋敷の奥へと歩を進める。
 
 それに付いて行こうとしたルイズ達は、
 
「ここで待っていて」
 
 と押し留められた。
 
 後に残されたルイズ達は、通された応接室で老執事の淹れてくれたお茶を飲みながら、タバサ達が戻ってくるのを待つ。
 
「……失礼ですが」
 
 そうしていると、老執事が口を開いた。
 
「外国の方とお見受け致します。……お許しがいただければ、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
 
「ゲルマニアのフォン・ツェルプストー」
 
「トリステインのラ・ヴァリエール」
 
「ところで、この家はどんな家なの? タバサは何故偽名を使って留学してきたの? あの子、なにも話してくれないのよ」
 
 問い掛けるキュルケに、ペルスランは切なげな声で事情を話し始めた。
 
 タバサの本名がシャルロットであること。
 
 彼女の父親はガリアの弟王オルレアン公であり、彼は兄であり現ガリア国王のジョゼフによって暗殺されたこと。
 
 母親はタバサを庇うため、毒の盛られた料理を彼女の代わりに食し、心を壊してしまったこと。
 
 そして現在は北花壇騎士として、ジョゼフの娘であるイザベラに達成困難な汚れ仕事を請け負わされていること。
 
 タバサという名は、幼い頃彼女の母親が与えた人形につけられた名前であること。
 
 それを聞いたキュルケ達の表情が怒りに染まる。
 
 タバサは彼女達にとっては、友人であり、幾度もピンチを救ってくれた恩人だ。その恩人の処遇を知って、彼女らは拳を握り、奥歯を食いしばり、未だ見ぬジョゼフ王に対して生まれて初めて明確な殺意を抱いた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 怯えるタバサの母に才人は手を翳してみたが、やはり直接マジックアイテムに触れなければミョズニトニルンの力は発動してくれないらしく、才人は無念そうに首を振った。
 
 その後、ホールに戻った才人達を迎えたルイズ達の表情は憤りに染まっていた。
 
 タバサはペルスランから手紙を受け取り、無造作に開くと一読し、無言のまま頷いた。
 
「……いつから取りかかられますか?」
 
「明日」
 
 簡潔に告げるタバサに対し、ルイズは怒りを露わにした表情で、
 
「話はさっきの執事に全部聞いたわ! わたしも手伝うから、何でも言ってちょうだい!」
 
「あなたは引っ込んでなさいルイズ。
 
 ゼロのルイズが出しゃばってきても、迷惑なだけよ。タバサには、わたしとダーリンが付いて行くわ」
 
「わたしも行くわよ! それにわたしも魔法が使えるようになったもの! 足手まといにはならないわ!!」
 
 言い切ったルイズに向けて、キュルケは胡散臭そうな眼差しを送り、
 
「へー、じゃあ、どんな系統の魔法が使えるようになったのかしら?」
 
「ははん、聞いて驚きなさいツェルプストー!」
 
 薄い胸を張り、
 
「虚無よ! 伝説の系統よ! もう、わたしのことをゼロとは言わせないわ!!」
 
 横で聞いていた才人は、ルイズの頭に拳骨を落とした。
 
 ご、という鈍い音がルイズの頭部に響く。
 
「な、何すんのよ!」
 
 ルイズは痛む頭頂部を押さえながら、涙目で才人に抗議するが、才人は冷めた目でルイズを睨みつつ、
 
「……秘密にするって姫さんと約束したんじゃなかったのか?」
 
 暫く考え、己の行いを鑑みたルイズは、でっかい冷や汗を垂らしながら、
 
「い、今のは嘘ッ!」
 
 ……通用するはずが無い。
 
「まあ、薄々気付いてはいたんだけどね」
 
 その横ではタバサも首肯している。
 
 横で唸っているルイズを無視して、才人は話を続ける。
 
「まあ、俺も手伝うから四人で向かうとして」
 
「ぼくも行かせてもらうよ」
 
「そんな! いけませんウェールズ様! 危険です!!」
 
 ルイズが慌てて、ウェールズを止めようとするが、ウェールズの意思は堅い。
 
「彼女には、大きな借りがある。それが返せぬようでは、アルビオン王家の名が廃るというものだよ、ミス・ヴァリエール。……まあ、アルビオン王家というのも、もう存在しないわけだが」
 
 自傷的に告げるウェールズに対し、才人は大して気負った風もなく、
 
「それは王子様次第ですよ。あなたが生きてさえいれば、アルビオン王家の復興も夢じゃない」
 
「……そうだ。……そうだったな、ありがとうサイト殿」
 
 ウェールズの言葉に、どーいたしまして、と返して、才人はタバサに視線を向ける。
 
「タバサ、まだジョゼフに復讐したいか?」
 
 先程の母親の前での態度を見て、才人はそれを確信した。
 
 如何に母親が治っても、彼女の父親がジョゼフに殺されたことは変わりないのだ。
 
 頷き返すタバサに対し、
 
「……約束は覚えてるな?」
 
 告げる言葉に、更に頷く。
 
「……ねえ、何よ? 約束って」
 
 その言葉に不穏な物を感じ取ったルイズが問い掛けると、才人はタバサに確認をとってルイズ達に打ち明けた。
 
「タバサからの頼みは、復讐の手伝い。俺の見返りはジョゼフ亡き後のガリアをタバサが統治すること」
 
 ロマリアの息が掛かっていないのであれば、ガリアを統治するのはジョゼットであっても構わないのだが、この場でその事はまだ言わない。
 
 才人の言葉に皆が息を飲む。
 
「……本気なの? ガリアの王軍っていえば、ハルケギニア最大の軍隊よ?」
 
「正面からやり合うつもりは、流石にないな……。奇襲でも暗殺でも良いから、ジョゼフを殺すことが第一だ」
 
 彼を改心させる方法に見当が付かない以上、被害を最小限に抑える為にもそれはなさなければならない。
 
 才人の口から出た殺すという言葉。
 
 ……明確な殺意を見せる才人に、ルイズとキュルケが一歩後ずさる。
 
 だが、現状のままでは勝つことは出来ない。……圧倒的に戦力が足りないのだ。
 
 シェフィールドが相手ならば、今の才人ならば勝利することが出来るだろう。
 
 だが、厄介なのは担い手であるジョゼフだ。未だ初歩の初歩の初歩しか唱えられないルイズでは、勝負にすらならない。
 
 それにルイズの言った通り、数の面の不利も解決しないとならない問題である。
 
 才人は溜息を吐き出すと、それだけで気分を切り替え、
 
「まあ、まだ時期早々だからだからこの話はこれまでにして、話題を変えようか」
 
 才人はルイズを見て、
 
「先程、迂闊なご主人様が、堂々と自分の正体をバラしちまったわけだが……」
 
「悪かったわね!」
 
 才人はルイズの文句を無視して、この場に揃った面子を見渡すと、
 
「出来れば、今の事は内密にしておいてもらいたい」
 
 虚無の魔法の中には、記憶を消す魔法もあるが、彼女達に対して使わせるつもりは無い。
 
 彼女達は、ルイズにとって今後力強い仲間となってくれる筈だ。
 
「ぼくはかまわないよ。なにより、君達には返しきれない貸しがあるからね、君が許可しない限り絶対に喋らないと、始祖ブリミルに誓おう」
 
「わたしも別にいいわよ」
 
 そう告げるキュルケの隣では、タバサも無言で頷いた。
 
「ん、サンキューな」
 
 ルイズに成り代わり才人が礼を述べる。
 
 そして、視線を再びタバサに向けると、
 
「……で、どんな任務なんだ?」
 
 タバサは手紙を才人に差し出すと、才人はそれを受け取り、
 
「えーと、何々? ラグドリアン湖で年々水かさが増して住民が困っているので、元凶である水の精霊を退治してこい、と」
 
 才人がかなり大雑把に要約した文面に、ルイズが椅子を蹴倒して立ち上がる。
 
「……何よそれ? 死ねって言ってるようなもんじゃない!」
 
 余りに酷な任務内容に、ルイズが憤りを露わにする。
 
「たしかに……、相手が水の精霊ってのが厄介ね」
 
「……そうか?」
 
 気楽な調子で才人が問うと、ルイズは眉を吊り上げ、
 
「だから、何であんたは何時もそんなに、楽観的なのよ!?」
 
「なんで、お前らは戦うことしか考えてねーんだよ? 話し合いで解決しようとは、思わねーのか?」
 
「精霊が人間の話なんか、聞くわけないじゃない……」
 
 不服そうに告げるルイズに対し、才人は自信有りげな表情で、
 
「大丈夫だ。助っ人を呼べばいい」
 
「……助っ人?」
 
 才人は立ち上がると、
 
「タバサ、シルフィード借りるぞ! 二日で戻るから、それまでは手出ししないでくれ」
 
 言って、返事も聞かずに飛び出していった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 タバサにシルフィードを借りた才人は、その翼でトリスティン魔法学校に戻っていた。
 
 ジルフェではなく、シルフィードを借りたのは、ジルフェでは長時間の飛行が不可能だからだ。
 
 才人は授業中の教室に乗り込むと、モンモランシーを掴まえ、
 
「悪い、ちょっと手伝ってくれ!」
 
「え? え? え?」
 
 わけが分かっていないモンモランシーを連れて教室を出ていこうとする。
 
 ……が、そこでギーシュが立ち塞がった。
 
 才人はギーシュが何か言う前に、その腹に蹴りを入れて一撃で昏倒させると、ついでとばかりに彼の足を掴んで、モンモランシー共々、教室から拉致していった。
 
「だから、どういう事なのか、説明してちょうだい!?」
 
 シルフィードの上でモンモランシーが抗議の声を挙げる。
 
 才人は平然とした声で、
 
「ちょっと、生け贄になってくれ」
 
「……帰る」
 
 レビテーションの呪文を唱え、飛び降りようとするモンモランシーを掴まえると、
 
「冗談だ、冗談。……まあ、マジな話をするとだな、とある事情で水の精霊と会わないとならない事になったわけだが、……普通に行っても水の精霊と会うことなんて出来ないだろ?」
 
「まあ、そうでしょうね」
 
「そんで、ちょっと調べてみたらお前の家が水の精霊と繋がりがあったらしいんで、お前なら水の精霊を呼ぶことが出来るんじゃないかなー、と」
 
 調べたというのは嘘だが、まあ何とか誤魔化しは効くだろう。
 
「……帰る」
 
「何でだよ!?」
 
「面倒事嫌いなのよ」
 
 才人はなるほど、と頷き、溜息を吐いて最終手段を発動させた。
 
「……惚れ薬って、確か御禁制なんだよなー」
 
 モンモランシーの肩がビクリと振るえる。
 
「な、なんの事?」
 
 才人はポケットから、香水の小瓶を取り出し、
 
「お前の部屋にあったやつを、ロビンが持ってきてくれた」
 
 ちなみに、第3回トリステイン魔法学院使い魔議会での賄賂だ。
 
「もしお前が協力してくれるんなら、これはお前に返すし、ギーシュが他の女の子に声を掛けてたら、使い魔達を通じてお前に知らせるように頼んでやってもいい。
 
 ……さあ、どうする?」
 
 そう告げた時の才人の表情は、まるで悪魔メフィストのようだったと後にモンモランシーは語った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 モンモランシーとギーシュを連れて帰ってきた才人を見たルイズは、呆れた表情で、
 
「あのね、……ギーシュなんか連れてきた所で、助っ人になんかなると本気で思ってんの?」
 
「あのな、……ギーシュなんか連れてきた所で、役に立たないくらい、誰でも分かってるつーの」
 
「駄目よダーリン。そんなこと言わなくても、ギーシュなんか役に立たないことくらい、皆、知ってるんだから」
 
「ちょっと! そんな言い方って無いでしょ! こう見えても、ギーシュってば一応、……役に立たないわね」
 
「ボルボックス以下」
 
 ……ミジンコに食べられる藻以下の存在。
 
 燃え尽きていた。……ギーシュは見事なまでに、真っ白に燃え尽きていた。
 
 なんとか慰めようと、ウェールズがギーシュの肩に手を触れた途端、彼の身体は灰となって崩れ、白い小山となった。
 
「モンモンが水の精霊と知り合いらしいから、水の精霊を呼ぶのを手伝って貰おうと思ってな」
 
「あー……、そう言えばモンモランシーのご実家って水の精霊を使って干拓しようとして失敗してたんだっけ」
 
 ギーシュのことを完全に無視して話を進めていく才人達に、ウェールズは畏怖にも似た心境を覚えつつも、つっこんだら負けかな? とまた一つ人間的に成長した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 明けて翌日。
 
 才人達は朝からラグドリアン湖を訪れていた。
 
 モンモランシーが使い魔であるカエルのロビンに血を一滴垂らし、水の精霊を呼んでくるように命令する。
 
 暫くすると、水面が輝きうねり始めた。
 
「わたしは、モンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ。水の使い手で、古き盟約の一族の家系よ。
 
 カエルに付けた血に覚えはおありかしら? 覚えていたら、わたしたちに分かるやりかたと言葉で返事をしてちょうだい」
 
 モンモランシーが声を掛けると、水が形状を変えモンモランシーの形を取る。
 
「覚えている。単なる者よ。貴様の身体を流れる液体を、我は覚えている。
 
 貴様に最後に会ってから、月が52回交差した」
 
「よかった。水の精霊よ、お願いがあるの。何故、ラグドリアン湖の水かさを上げているのか、教えてちょうだい」
 
「聞いてどうしようというのだ? 単なる者よ」
 
「勿論、解決する。だから、これ以上水かさを増やすのは止めてくれ!」
 
 モンモランシーと水の精霊の会話に才人が割り込んだ。
 
 水の精霊はゆっくりと大きくなり、そして様々なポーズを取る。
 
「お前たちに任せてよいものか、我は悩む」
 
「まあ、いきなり信用してくれ、って言っても信用出来ないのは分かるけど……、そこを何とか頼む」
 
 深々と頭を下げる才人。
 
「私からも頼む。どうか、お願いできないだろうか? 水の精霊よ。
 
 私はアルビオンの皇太子、ウェールズ。我が国の名に賭けて、この約束は絶対に違わぬ事を誓おう!」
 
 水の精霊は、また何やらうねっていたようだが、再びモンモランシーの姿に戻ると、
 
「我の前には人の地位などは、取るに足らない些細なものではあるが、……いいだろう、単なる者よ。お前の言葉を信じよう」
 
 才人達は、安堵の吐息を吐き出し、水の精霊からアンドバリの指輪を取り戻すようにと依頼される。
 
「……しかし、その指輪の能力が本当だとしたら、それは間違いなくクロムウェルの仕業だな」
 
 ウェールズの言葉に、キュルケは眉根を寄せ、
 
「クロムウェルって、アルビオンの新皇帝を名乗っている奴の事?」
 
「ああ、奴はその力を虚無と称し、貴族達の人心を掌握してレコン・キスタを創設した」
 
 なるほど、と才人は大きく息を吐き出し、
 
「なら、なおさら今のアルビオンを放っておけなくなったわけだ」
 
 そして、姿を消そうとする水の精霊を、才人は呼び止めた。
 
「待ってくれ、水の精霊。もう一つ聞きたいことがある」
 
「なんだ? 単なる者よ」
 
「人の心を壊す働きを持つ水の秘薬について、何か知らないか?」
 
「知っている」
 
 呆気ない回答に、暫し呆然とするが、才人はすぐに気を取り直し、
 
「知ってんの? マジで?」
 
「マジとは何だ? 単なる者よ」
 
「いや、それはいいから……、とにかく続けてくれ」
 
「お前の言う話しが正しいのならば、それは我が以前、ネフテスに教えた薬に間違いあるまい」
 
「……ネフテス?」
 
「お前達、単なる者がいうところのエルフという種族だ」
 
 エルフという言葉にその場に居た者達が心を乱す。
 
 だが、才人はそれには構わずに水の精霊と対峙したまま、 
 
「調合方法か、その薬そのものか、……解除薬があれば一番良いんだけど、よかったら俺達にも教えて貰いたい」
 
 すると、水の精霊の一部が別れ、才人達の方へ飛んで来る。
 
「い、入れ物! 何かないか!?」
 
 慌てて周囲を見渡し、ポケットに入っている小瓶を思い出し、中身を捨てて、やって来た液体を小瓶で受けた。
 
「あー!! わたしの惚れ薬ぃ!」
 
 モンモランシーの抗議を才人は無視した。
 
「これは、解除薬?」
 
 タバサの問いに才人は首を振り、
 
「いや、毒の方だ。……でも、分かる。解除薬の作り方も、必要な材料もな」
 
 才人とタバサは、消えゆく水の精霊に対して、深々と頭を下げた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 それからの才人達は多忙を極めた。
 
 まず、タバサの実家に戻った彼らは、才人に必要な材料を聞き出すが、それが何なのか分からない。
 
 仕方なくトリステイン魔法学院に戻り、調べることになった。
 
 ついでに言えば、文系一辺倒のタバサの実家には調合に必要な器具なども揃っていない。
 
 器具に関しては、コルベールの研究室を借りるということで、どうしても魔法学院に戻る必要が出来た。
 
 翌日、才人達はウェールズと別れ、トリステインに戻っている最中、一つの問題が生じた。
 
「……ねえ、あの男の人ってアルビオンのウェールズ皇太子様じゃないの? それにタバサの実家の紋章って」
 
 モンモランシーが幾つかの疑問点を並べ始める。
 
 才人は溜息を吐きながら、自分と共にジルフェの背中に跨るルイズに声を掛ける。
 
「……ルイズ、始祖の祈祷書の中に忘却の魔法がある筈だから、それギーシュとモンモンに頼む」
 
 言われてルイズはページを捲るが、エクスプロージョンの次の頁は未だ白紙のままである。
 
「お前が必要だと思ったら、始祖の祈祷書は応えてくれる筈だ」
 
 言われ、念じる。
 
 ……ウェールズの事がバレたらアンリエッタに迷惑が掛かる。それだけは絶対に避けねばならない。
 
 思いページを捲るが、
 
「何も書いてないわよ!」
 
「もっとページを捲れよ」
 
 捲った。
 
「あった!」
 
 馬車の窓から杖を突き付け、ギーシュとモンモランシーに向けて呪文を唱える。
 
ナウシド・イサ・エイワーズ……
 
「ちょっ! 止め……!」
 
 爆発に備え、モンモランシーがギーシュを盾にしようとした瞬間、魔法が発動した。
 
 ギーシュとモンモランシーを包む空気が歪む。
 
「ふぇ……?」
 
 霧が晴れるように、空気の歪みが戻った時……、二人は何故ここにいるのか、理由を覚えていなかった。
 
「……凄いわね。それが虚無?」
 
 感心した風に、キュルケが呟く。人の記憶を奪う魔法など、見たことも聞いたことも無い。
 
「……みたい」
 
 使ったルイズ自身にも実感がない。
 
「でも、……さっきのやりとり聞いてたら、ダーリンの方が詳しそう」
 
「……わたしも、そう思うわ。……たまに、どっちが主人だか分からなくなるもの」
 
 というか、才人が来てからはペースを乱されっぱなしだ。正確にいうと常に主導権は才人にあるような気がしてならない。
 
 ……なんとかして、この使い魔に主人の威光を示さねばなるまい!
 
 帰りの行程の中、ルイズはそんなことを考え続けていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 翌日、トリスティン魔法学院に到着した才人は、真っ先にコルベールの元へ赴き、簡単に事情を説明して研究室の道具を貸してくれるように頼むと、彼は快く応じてくれた。
 
 その間、タバサ達は図書室で調べ物をしている。
 
 色々と調べてみると、必要な材料の殆どが貴重な物ばかりで、闇ルートでさえ手に入れることが困難を極める。中には闇ルートでさえ販売されてないような物も数点あった。
 
 ならば取れる方法は、一つだけだ。
 
 自ら赴き、採取する。……調べてみれば、どれもこれも危険な場所に自生するものばかりで、闇ルートでも滅多に出回らないというのも納得出来る。
 
 タバサ達は、必要な材料の原生地を全て調べ上げた。
 
 ここまでに要した時間は2週間。
 
 そして、全ての準備が整う頃には、夏期休暇が目前に迫っていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 当初は、タバサ、キュルケ、才人、ルイズの4人で向かう予定だった材料探しだが、料理当番としてシエスタが加わり、更には何故かギーシュまで付いてくることになった。
 
 まず一つ目の材料は、とある洞窟の奥にある祭壇から湧き出る水。
 
 そこに着くまでが非常に険しい道のりではあったが、空中の移動手段がある才人達にとっては、さして問題は無かった。
 
 問題があるとしたら、その水を入手した後の事だろう。
 
 祭壇の奥に巧妙に隠されたマジックアイテムをギーシュが、……正確に言うと彼の使い魔であるヴェルダンデが発見したのだ。
 
 青年男性の腰回りほどはあろうかという金属製の輪。
 
 才人がミョズニトニルンの力を使って、そのマジックアイテムを解析する。
 
「竜騎士が、自分の竜とコミニケーションを円滑にするための道具だな。
 
 実害が無いから、シルフィードに付けてやれば喜ぶんじゃないか? アクセサリーにもなるし」
 
 解除薬の材料以外は興味ないといったように、タバサは軽く流す。
 
 そして、洞窟から出た才人達を食事を作って待っていたシエスタが出迎えてくれた。
 
 皆より一足先に食事を終えた才人が、先程の首輪をシルフィードに取り付けてやり、
 
「おー、似合うぞシルフィード」
 
 褒めながら頭を撫でてやると、変化が起こった。
 
 首輪が突如発光し、シルフィードの身体を包み込む。
 
 やがて、光が収まった後には、シルフィードの姿は無く、代わりに20歳くらいの髪の長い若い女性の姿が現れる。
 
 女性は青い髪を揺らしながら、自分の姿態を見回し、
 
「あら? あらら? どうしてわたし、この姿に? きゅいきゅい」
 
「え? え? え?」
 
 突如人間形態に変わったシルフィードに、わけが分からず慌てふためく才人に対し、その女性は裸のままで跳んだり走ったりを繰り返し、自分の身体を確かめるように動く。
 
 やがて、それにも慣れたのか、女性はタバサの元にやってくると、
 
「ねえお姉さま、わたしもおなかすいた。おなかすいた。おなかすいた! るーるる」
 
 擦り寄ってくるシルフィードに対し、タバサはキュルケの方へ視線を向けると、
 
「服」
 
 と一言を告げて、キュルケから替えの服を借り、それをシルフィードに着るように命令する。
 
「いや! 布なんか身体に着けたくない! 動きにくいんだもん! きゅい!」
 
 嫌がるシルフィードに対し、才人とギーシュはうんうんと頷きながら、
 
「そうだよな、……やっぱ無理強いはよくないよな」
 
「まったくもって、サイトのいう通りだ。ご婦人の嫌がることは、身体を呈してでも止めるのが騎士の務め」
 
 二人が漢らしい笑みを浮かべ、がっしりと手を取り合い、いざ……、と立ち上がった瞬間に、ルイズのエクスプロージョンで吹っ飛ばされた。
 
「不思議ね、今日は物凄く調子が良いわ。……今なら、色呆けた男の一人や二人、骨も残らず消滅させられそう」
 
 タバサばりの無表情で告げるルイズ。
 
「いや、待て! 落ち着けルイズ! 確かに男としては、キュルケとかシエスタみたいな大きい方が好きではあるが……」
 
 その言葉を受け、うんうんと頷くシエスタとキュルケ。だが、それはルイズの怒りに油を注ぐような行為だ。
 
 ルイズは俯いて前髪で視線を隠すと、低い声色で、
 
「そう、……つまり、あんたは小さいのには興味が無いと」
 
「待ちたまえルイズ! いいかね? その意見は余りに極端過ぎるというものだ、別段男という生き物は大きな胸が好きというわけではなく、胸なら何でも良いというかだね」
 
 慌てて援護するギーシュ。対するルイズはギーシュの言葉に何か思うところがあったのか? うって変わって寛容な笑みを浮かべ、
 
「じゃあ、あんた達はどんな胸が好きなの?」
 
「そりゃ勿論、大きな方が……」
 
 二人が同時に告げた瞬間、地獄の底から響くような声が聞こえてきた。
 
「……そう、それが遺言なわけね」
 
 笑みだ。……満面の笑みでルイズが死刑執行を言い渡す。
 
 謳うように朗々と呪文を詠唱し、ルイズから逃げようとする彼らを風の檻が取り囲む。
 
 才人が視線を向ける先、その魔法を唱えたであろう少女は、こちらには一切の感心を示さないまま杖を片手に、黙々とシチューを食べている。
 
「いや、待って下さいタバサさん! 何故にあなたも怒ってらっしゃいますか!?」
 
 だが、タバサは答えない。代わりに彼女はある一点を指差す。
 
 恐る恐る才人達が振り向くと、その先には呪文を唱え終わり、高々と杖を掲げるルイズの姿。
 
 次の瞬間、才人達を中心とした周囲一帯が吹き飛んだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 やがて、騒動が一段落し、才人が意識を取り戻す。
 
 彼の前のいたのはシルフィードだ。
 
 既に服を身に着けていた彼女は才人の手を取り、
 
「お兄さま! 今度、お姉さまと三人でお買い物に出かけましょう。
 
 わたし、前々から思っていたの! お兄さまとお姉さまが恋人になったら、どんなに素敵なんでしょうって、きゅいきゅい!
 
 その手始めとして、まずは一緒にお買い物ね」
 
 不可抗力とはいえ、この姿になってしまった以上、喋らないと損というものだ。
 
 それにアイテムのお陰で人化出来たという大義名分があるので、学院に帰ってもこの姿ならば、堂々とタバサとお喋りする事が出来る。
 
 まあ、それは兎も角として、シルフィードの提案に素直に了承出来ない者達も居た。
 
「ちょっと待ったぁ!!」
 
 待ったを掛けたのは、ルイズとシエスタだ。
 
「勝手に人の使い魔の予定決めないでよね!」
 
「そ、そうです! サイトさんにも都合ってものがあるんですから、勝手に決めないで下さい!」
 
 二対一で睨みあい、膠着状況が作り出されようとしたその時、横から現れた第三者が仲介に入った。
 
「あら、良いじゃない。タバサも満更じゃなさそうだし、わたしは応援するわよ」
 
 訂正、仲介者ではなく煽動者だった。
 
 そんなキュルケを言葉を受けて、才人は横目でタバサを見るが、キュルケの言うように満更そうには見えない。
 
 食事を終え、何時もと同じように本を読んでいるだけだ。
 
 ただ、才人は気付かなかったが、タバサの読んでいる本のページは先程から1ページも進んでいなかった。
 
 そんな事とは知らず、才人は地図と材料の場所が書かれた紙を拡げて、傍らに立て掛けたデルフリンガーに声を掛ける。
 
「じゃあ、次の目的地に向かうとするか……」
 
「次はロマリアだな……」
 
 ロマリアと言って思い出すのは、ヴィンダールヴと新教皇のイケメンコンビ。
 
 ……まあ、会うことも無いだろうけどな。つーか、正直あいつ等とは余り会いたくねえし。
 
 と思いつつも、自分の右手に刻まれたルーンに視線を向ける。
 
 自分が三つのルーンを有しているという事は、他の使い魔達のルーンはどうなっているんだろう?
 
 そんなことを考えながら、才人は次の目的地に向けての出発の準備を始めた。
 
 ……ちなみにシルフィードだが、竜化した際もアイテムの副作用と称して会話が可能と言い切り、これまでの鬱憤を晴らすように大いに喋りまくって、搭乗者達をゲンナリとさせた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 その後、ワイバーンの巣がある森からキノコを採取したり、トロル鬼の巣くう廃墟の地下に生えるコケを取ってきたりと、着実に材料を得た才人達は、遂に最後の材料を手に入れるべく、とある屋敷を訪れていた。
 
 目的は、ホムンクルスの体液。
 
 この屋敷の前主人は、高名なメイジだったらしく、様々な研究を重ねてきたが、その研究の一つにホムンクルスがあったと聞きつけ、こうしてやって来た次第である。
 
「噂では、随分と変わり者らしくてね」
 
 ギーシュが口を開き、
 
「人工的な魂を研究していたとかなんとか……」
 
「……えらく、曖昧だな」
 
「なにせ、数百年も前の話らしいからね。この屋敷も近所では、幽霊屋敷と言われて誰も近づかないくらいさ」
 
 前髪を掻き上げながら告げるギーシュ。
 
 適当な相づちを打つ才人が、裾に違和感を感じて振り向くと、タバサが神妙な面もちで、才人の服の裾を摘んでいた。
 
「どうした?」
 
「……なんでもない」
 
 そう口では言っているものの、顔色は悪い。
 
「気持ち悪いんだったら、ここで休んでるか?」
 
 才人が心配して告げるが、タバサはえらい勢いで首を振り、
 
「一緒に行く」
 
「……分かった。無理すんなよ?」
 
 タバサは無言で頷いた。
 
 ……が、才人が先に進んでも、タバサは一向に裾から手を離そうとしない。
 
 才人がかまってくれずに、ここ数日機嫌の悪いルイズが抗議しようとすると、キュルケが無理矢理押し止める。
 
「あの子、幽霊とか全然駄目なのよ。あれくらい見逃してあげなさい」
 
 確かに、自分もカエルは苦手だ。
 
 不承不承といった風体で、ルイズは頷いた。
 
 そのままキュルケの使い魔であるフレイムの火を灯りとして、屋敷の中を進んで行き、地下室の階段を降りていく。
 
 やがて、地下室に辿り着いた一向が見たものは、無数に並ぶ人の手や足などが飾られた部屋だった。
 
 ルイズが悲鳴を挙げ、キュルケが顔色を変えて、タバサが才人にしがみつき、ギーシュが立ったまま気絶した。
 
 だが、そんな中、先行するフレイムからある程度の情報を聞いていた才人は、それほど驚きもせずに、並べられた腕の一つを手に取った。
 
「ちょ、ちょっと、何してんのよ才人!」
 
「いや、……これ、良く出来てるけども、人形の腕だ」
 
「……人形?」
 
「ああ、フレイムも何の臭いもしないって言ってたからな」
 
「そ、そう。じゃあ、先を急ぎましょう」
 
 と言いながらもルイズは先には進まず、タバサと同じように、才人の服の裾を掴んだ。
「……おい」
 
「な、何よ」
 
 ルイズが掴む腕を見て、
 
「……いや、動けねえんだけど」
 
「う――」
 
 唸りながらも渋々手を離すルイズ。
 
 才人は溜息を吐きながら、左手を差し出し、
 
「ほら」
 
「う、……うん」
 
 背後にルイズとタバサを引き連れて歩く才人を見て、キュルケは微笑まし気に頷き、
 
「うんうん、青春じゃない」
 
 ギーシュを置き去りにしたまま、歩みを再開した。……が、突如部屋の中に展示されていた人形のパーツが宙を飛び交い、一カ所で合一する。
 
「な、なに!?」
 
「トラップか!」
 
 現れたのは、歪な形状の巨大な人形。
 
 人形はその巨大な腕を振り上げ、才人達を押し潰そうとする。
 
「クッ!?」
 
 ルイズ達が咄嗟に杖を引き抜いて構え、呪文を詠唱しようとするが、才人がそれを押し留めた。
 
「何でよ!?」
 
「こんな所で、魔法なんか使うな! 特にキュルケとルイズ! 地下で炎が飛び火したら目も当てられねえし、爆発なんか使ったら俺達ごと生き埋めだ!」
 
「な、なら、どうするのよ!?」
 
 ルイズの叫びに、才人は余裕の笑みを浮かべると、剣すら抜かずに眼前の巨大人形を見据え、
 
「退け!」
 
 額のルーンを輝かせながら、一喝した。
 
 巨大な自動人形とはいえ、マジックアイテムに代わりはなく、ミョズニトニルンの力に逆らうことが出来ずに才人の命令通り道を開けた。
 
 人形が、完全に動きを停止させたのを確認した才人が、背後のルイズ達を促し、
 
「もう大丈夫だ。さあ、先に進もうぜ」
 
 先導して、更に地下へと歩を進めた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 やがて、才人達が辿り着いた部屋にあったのは、棺のような箱に収められた女性型の自動人形。
 
 500年もの長き間、この自動人形が無事であったのは、先程の巨大な人形が守護してきたからであろう。
 
 才人は、その自動人形が胸に抱きかかえるように持つ一冊の日記に気付き、それを手に取った。
 
「これは……、この自動人形を作った制作者の日記だな」
 
 書かれていたのは、制作に携わる苦悩。
 
 亡き娘に似せて作った自動人形に、魂を与える術を思案する日々。
 
 そして、制作者が辿り着いた、ただ一つの可能性。
 
 伝説にある神の頭脳と呼ばれた使い魔の力を借り受けること。
 
 その使い魔を探す旅に出ると記された所で、日記は終了していた。
 
「……日付は、500年以上も前で終わってる」
 
「じゃあ、ここでされてた研究って、人造人間じゃなくて自動人形だったてこと?」
 
 気の抜けたように呟くキュルケに、ルイズも同意とばかりに肩を竦める。
 
「じゃあ、とっとと帰りましょう。こんなカビ臭い所に、何時までもいたくないし」
 
 ルイズがキュルケの意見に賛成を示し、踵を返して外へ出ようとしているが、才人は一向に動こうとしない。
 
「……どうしたのよ?」
 
 才人は答えず、自動人形の頬を撫で、
 
「そっか、お前500年も待ってたのか……」
 
「……サイト?」
 
 ルイズの呼びかけに答えない才人に代わり、タバサが口を開いた。
 
「神の頭脳、ミョズニトニルン」
 
「……え?」
 
 タバサの呟きにルイズが反応し、才人の額のルーンが輝きを放つ。
 
「虚無の使い魔の一人」
 
 才人が自動人形の額に手を添えた瞬間、部屋が輝きで満たされる。
 
 光の収まった室内で、ルイズ達が最初に目にした光景は、才人に跪き頭を垂れる自動人形の姿だった。
 
「……何? それ」
 
「自動人形だろ?」
 
「……どうなってんの?」
 
 小首を傾げるルイズに対し、才人は肩を竦めながら、
 
「起動しただけだよ」
 
「その通りです。マイ・マスター」
 
 人形は面を上げると、才人に視線を向け、
 
「マイ・マスター、よろしければお名前を教えて下さいませ」
 
「あー……」
 
 言い淀む才人よりも早く、彼の主人たる少女が割って入り、己の名を告げる。
 
「ルイズよ。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール」
 
「あなたには聞いておりません」
 
 即答で拒否されたルイズは、その顔に憤りを露わにした。
 
「わたしは、そいつの主人なの! 主人の主人は主人以上の存在でしょうが!?」
 
 ルイズが捲し立てるが、自動人形は無視。
 
 話が進まないと判断したタバサは、ルイズにサイレントの魔法を掛け黙らせる。
 
 その隣では、キュルケがうんうんと頷きながら、良い性格してるわね、あの人形。としきりに感心していた。
 
 才人は苦笑いしながらタバサに小さく礼を述べ、改めて自動人形に向き直ると、
 
「才人、……平賀・才人だ。お前はの名前は?」
 
 問われた自動人形は、数瞬の間を置いて、
 
「13号(サティー)と呼ばれておりました」
 
「……サティー」
 
「はい」
 
 才人の呟きに、サティーは小さく頷きで返す。
 
「取り敢えず、そのマスターってのは、止めてくれ。
 
 別に自分の従僕にしたくて、お前を起動したわけじゃないんだから」
 
「では、サイト様と……。
 
 サイト様は、何の目的で私を起動されたのですか?」
 
 問われた才人は、さして考えることなく、
 
「いや、何でって……、それをお前の制作者が望んだからだろ?
 
 だから、お前は好きな所に行って、好きな事をすればいいんだ」
 
「……好きな所」
 
 暫く考えていたようだが、サティーはしっかりとした意思で頷くと、
 
「ならば、私はサイト様にお仕えしたいと判断します」
 
「……だから、好きにしていいんだってば」
 
「それが私の望みですので」
 
 サティーの目を見た才人は、意思の強さで判断しようとしたが、……さすがに人形の目で判断するのは無理と悟ったか、大きく溜息を吐くと、
 
「分かった。好きにしてくれ」
 
 幾分、疲れ気味にそう告げた。
 
 対するサティーは、機械の笑みを浮かべて、
 
「大変喜ばしいことだと、判断します」
 
 深々と一礼する。
 
 こうして、ミョズニトニルンの相棒、自動人形のサティーが誕生した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 取り敢えず外に出た一向だが、如何に人形とはいえサティーの格好は球体間接が丸見えの素体剥き出し状態なので、流石にそれは拙いと判断した才人は、情報の再収集を兼ねて魔法学院に戻ることを提案。
 
 途中でトリスタニアの城下町に赴き、以前ルイズが作ってくれた服を受け取るのと同時に、サティーの服も購入した。
 
 その際、サティーの選んだ衣装は何故かメイド服で、本人曰わく、……主人に仕える従僕としては、それなりの服でないと駄目。という拘りがあるらしく、メイド服が選ばれた。
 そのついでに、シルフィード用の服も購入。
 
 皆は時間も時間ということで、食堂に入って食事をとりながら今後の事に関して協議することにした。
 
「……後、一つなんだけどなあ」
 
 何とか気を取り直した才人が、ぼやくように口にし、それに同意するように、キュルケもテーブルに片肘を付きながら、
 
「そうねえ、……でもホムンクルスなんて、マイナーな研究してる人なんて、そうそう居なかったし……」
 
「……そんなに、マイナーなんですか?」
 
 よく分かってないシエスタが、才人に問いかけるが、才人も肩を竦めて、
 
「いや、俺に聞かれても、さっぱりだし……」
 
「……そうなんですか?」
 
 心底意外そうに、
 
「わたし、てっきりサイトさんって、この世に知らないことが無いって思ってました」
 
 ルイズやキュルケも同じ感想だったのか、うんうん頷いている。対する才人は苦笑いを浮かべて、
 
「買い被りすぎだって……、むしろ知らない事の方が多いくらいだよ」
 
 言いながら、料理を口に運ぶ。
 
「だが、今の時代。人造生命の研究は全面的に禁止されているからね。やはり、過去の遺物から持ち出すしか方法は無いと思うが……」
 
 たしかにギーシュの言うとおりだ。
 
 もしくは、闇商人に調達して貰うかのどちらかだろう。
 
 コスト的なものを考えるとギーシュの案が一番適切と言える。
 
「ともかく、学院に帰ってから、もう一度ホムンクルスに関して調べるしかないだろうな」
 
 そう結論付けようとした時、タバサが口を開いた。
 
「……自分で作る」
 
 それは、法で禁止されている行為だ。……だが、
 
「手段は選ばない」
 
 一辺の迷いの無い瞳。母を救う手段が目の前にある以上、躊躇う理由は何一つ無い。
 
 才人は諦めにも似た溜息を吐き出すと、
 
「機材と場所はコルベール先生に借りるんだ。ちゃんと事情を説明して、許可を貰ってからだぞ? 後、先生に迷惑は掛けない事」
 
 最低限の譲歩をすると、タバサはしっかりと頷いた。
 
 それを確認した才人は、ルイズに視線でギーシュの記憶を消すように合図し、ルイズも躊躇い無くそれを実行する。
 
 ……哀れなことに、ギーシュはまったくもって、微塵も信用されていなかった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 食事を終えた才人は、用事があると告げて、渋るルイズを説き伏せ、皆と別れサティーとジルフェを連れて裏通りの方へと歩を進める。
 
 サティーにもルイズ達と一緒に帰るように言ったのだが、頑として聞き入れてもらえなかった。
 
 才人の向かう目的地は、以前デルフリンガーを購入した武器屋だ。
 
「ちわー」
 
 軽い挨拶をして店に入る才人。
 
 店主は才人の顔を見ると、驚きに目を見開き、
 
「おお、我らが剣じゃねーか!」
 
「何で、ここでもその通り名が!?」
 
 心底驚く才人に対し、店主は快活に笑い、
 
「マルトーの親父に聞いてよう」
 
 この店では、武器の販売だけでなく刃物(包丁)の研ぎ直しもやっており、料理長のマルトーは、この店の常連なのだそうだ。
 
「何でもタルブ村の戦でも活躍したそうじゃねーか!
 
 いや、俺も我らが剣に武器を売った身としては鼻が高ぇってもんだ!
 
 んで、今日はどうしたい? 我らの剣」
 
 何とか気を取り直した才人は、腰のディフェンダーを鞘ごと引き抜くと、
 
「研ぎ直し頼もうと思ってさ」
 
 ディフェンダーをカウンターの上に置く。
 
 店主は鞘から刀身を引き抜き、ざっと具合を確かめ、
 
「細かい刃こぼれはあるが、刀身には歪みも亀裂も見当たらねえ……。
 
 こいつなら、1週間もありゃ仕上がるぜ」
 
 親父の言葉に才人は安堵の吐息を吐き出し、
 
「んじゃ、頼む」
 
 代金を先払いで支払う。
 
「おうよ。それよりデルフのヤツぁ元気かい?」
 
 何だかんだ言って口喧嘩をしていたが、やはり気になるらしい。
 
 才人は背中からデルフを引き抜き、カウンターに置く。
 
「よう、相変わらず悪どい商売やってっか?」
 
「おめえは、相変わらず口が悪いみてえだな」
 
 早速、口喧嘩を開始した二人(?)をおいといて、才人は店内を見て回る。
 
「んー、取り敢えず、遠距離戦で使える武器が欲しいな」
 
 ここはやはり、投げナイフの類にしておくべきか。
 
 まあ、投げナイフといっても、ガンダールヴの力で投じられたナイフならば、そこらの弓兵の放つ矢よりも遠くまで届くであろうし、威力も桁違いだろう。
 
 そういうことで、持った感じバランスの良い品を五本一組の物を二組購入し、
 
「……これは?」
 
 才人の目に入ったのは、革製のオープンフィンガーグローブ。
 
 甲と指の部分に鉄板が打ち付けられている代物だ。
 
「おう。流石我らが剣、見る目があるな。
 
 そいつは軽手甲の類なんだがな。ぶん殴るのにも使えるっていう便利な代物よ」
 
 店主の説明を聞きながら、そのグローブに触れてみると、武器として認識されたのか、左手のルーンが輝きだした。
 
 ……これは、使えるかな?
 
 そう思い、このグローブも購入する。
 
 そこで、初めてサティーが物珍しそうに店内を見回していることに気付いた。
 
「何か気に入った物でもあったのか? 多少は余裕があるから、欲しい物があったら言ってくれよ?」
 
 才人がそう言うと、サティーは首を振りながら、
 
「いえ、私は全身に108のギミックを内蔵されていますので、戦闘において武器は不要です。
 
 ただ、こういった場は初めてなもので……」
 
 そういえば、先程も服屋では物珍しそうに、商品を見ていたなあ、と思い、良く考えれば一見二十歳程に見える彼女であるが、中身は生まれたばかりなのだ。と思い直す。
 
 才人は何を思か付いたのか、店主に礼を言って品物を受け取り、サティーを伴って店を出た。
 
「まだ、門限までには余裕があるからな、暫く街を見て行こうぜ」
 
 言って、サティーに手を差し伸べる。
 
 彼女の社会勉強も兼ね、街を見て歩くつもりらしい。
 
 サティーは、僅かに躊躇いながらも、差し出された手を握り返し、
 
「了解しました。それがサイト様のお望みであるならば」
 
 告げて、機械の笑みではない、自然な微笑を浮かべた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 才人達が魔法学院の寮に戻った翌朝、ルイズの部屋に人型形態のシルフィードを連れたタバサが訪れた。
 
「……どうしたんだ? こんな朝っぱらから」
 
 藁束の寝床から起きあがりながら、寝ぼけ眼で問い掛ける才人に対し、タバサは小さく頷くと、しっかりした声でこう告げた。
 
「あなたの精液が欲しい」
 
 瞬間、大きな音を発ててルイズがベットから落ち、そのダメージを感じさせないアグレッシブな動きで立ち上がり、全力の叫びを持って答えた。
 
「大・却・下ッ!!」
 
 ルイズは顔を真っ赤にして、
 
「だ、だだ大体、ううううら若い乙女が、せせせせせせいえきなんて言葉を白昼堂々口に出すんじゃありません!」
 
 五分間程、ルイズが叫いているのを聞き流していた才人だが、ようやく再起動すると、
 
「ようし、まずは落ち着け、フレイム」
 
 サティーの肩を叩きながらそう告げた。
 
「……取り敢えずは、ダーリンが落ち着いた方が良いと思うけど?」
 
 何時の間にか、部屋にやって来ていたキュルケが肩を竦めて告げる。
 
「それで、一体どうしてそんな突拍子も無いとこになったわけ?」
 
 タバサは小さく頷くと、事情を語り始めた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 昨晩、コルベールの元を訪れ、自分の出生とホムンクルスの体液が必要な理由を述べて、制作の許可を申請したところ、条件を出されたらしい。
 
 その条件とは、制作したホムンクルスの体液を採取した後も廃棄せずに、一人の人として扱うこと。
 
 それは、かなりのリスクを負うことになるが、タバサの目的からすれば、些細な問題に過ぎない。
 
 よって、タバサは躊躇無く頷いた。
 
 そして、早速ホムンクルスの制作に取りかかろうとしたタバサだが、肝心な材料が足りないことに気付き、それを採取しに来たらしい。
 
 その材料というのが……、
 
「……精液だと?」
 
 才人が呟くように告げると、タバサは真面目な顔で頷いた。
 
 そういう事情があるならば、断るのも悪い。
 
 悩む才人に対し、タバサは彼の服の裾を引くと、
 
「手伝う」
 
 タバサが気負った感じもなく当然といった風に告げる。
 
「イヤイヤイヤイヤ、ちょっと待ってくれ。取り敢えず、手伝いとかいらないから」
 
 本音としては、全然OKだったりするのだが、如何せん相手がタバサでは、幼な過ぎて、さしもの才人も良心が痛む。
 
 ……まあ、アレだ。やっぱり贅沢言うとシエスタレベルの凹凸が好みと言いますか、テファレベルが相手だったら死んでしまうかもしれません。
 
 ん? ルイズ? ははは、比べたら失礼ってもんだろ? ……ある意味両者に対して。
 
 そんな事を考えていたら、背後から後頭部に蹴りを喰らった。
 
「ねえ、犬。あんた今、途轍もなく失礼な事妄想したでしょ?」
 
 床に倒れ伏した才人の頭を踏みながら告げる。
 
「い、いえ、滅相も無い」
 
「へー、なら、どうして一瞬わたしの方を見て、鼻で笑ったのかしら?」
 
「き、気のせいではないかと……」
 
「正直に言いなさい犬。おっきいのと、小さいの。どっちの方が良い?」
 
 ……正直に言って、いいもんなんでしょうか?
 
 言った途端に、虚無が来る。
 
 そんな事は分かり切っている。……だから、才人は必死に誤魔化した。
 
 余裕の態度で立ち上がり、服に付いた埃を払い、
 
「いいか? ルイズ。今はそんな事をしてる場合じゃない。
 
 大体、これは人命救助みたいなものだぞ? 大きいも小さいも関係あるか?」
 
 突然の才人の豹変ぶりに、ルイズは戸惑いながら、
 
「そ、それはそうだけど……」
 
「分かったら、この話は終了だ。まあ、その材料に関しては、ちゃんと用意しておくから、今日一日は待っててくれ」
 
 タバサに言い聞かせるように告げ、返事も聞かずに逃げるようにその場を後にする。
 
 数瞬後、才人が逃げたことを悟ったルイズを先頭に、その場にいた者達が追走を開始した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 何とか、あの場を逃れた才人は、裏庭へと逃走していた。
 
「あら? サイトさん」
 
「……シエスタ?」
 
 水汲み場で洗濯していたシエスタが、才人の存在に気付き顔を上げる。
 
 が、才人はシエスタの顔を一瞥すると、すぐに背後の存在を察して、後ろ腰に忍ばせたダガーの柄を握ってガンダールヴの力を発動させ、手近に立った木の枝に飛び乗った。
 
 僅かに遅れて、ルイズ達一行がその場に到着する。
 
「シエスタ! サイト見なかった!?」
 
 鬼気迫る表情でシエスタを問いつめるルイズに対し、シエスタは極小の思案の後、
 
「さっき、向こうの方へ走っていきましたけど?」
 
 と見当違いの方向を指して言った。
 
「あっちね!」
 
 そして、追走を再開する面々。
 
 ルイズ達が去ったのを確認すると、才人は木の上から飛び降り、
 
「ありがとう。助かったよシエスタ」
 
「いえ、いいんですけど……、一体何があったんですか?」
 
 問うシエスタに対し、才人は取り敢えず身を隠せる場所へ、と言うと、シエスタは才人を物置へ案内した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「まあ、そんな感じで、ホムンクルスを作る材料として、俺の精液が狙われてたりするんだ」
 
 疲れ気味に告げる才人に、シエスタは顔を真っ赤にして、
 
「あ、あの……、じゃ、じゃあ今の内に、こ、っここで、ソレを出したらど、どうでしょう?」
 
 恥ずかしいのか、才人から視線を逸らしながら告げるシエスタにの意見に頷き、
 
「……確かに、ソレさえ渡せば万事解決するわけなんだよな」
 
 と告げると同時、シエスタが何か思い詰めた表情で、
 
「あ、あのサイトさん。わ、わわわたし……、お手伝いします!」
 
「いや、ちょっと待ってシエスタ!」
 
 慌てふためく才人の意思を無視するように、シエスタはいきなり才人の唇に、自分の唇を押し当てた。
 
「んっぐ」
 
 更に、唇を割って舌が侵入してくる。
 
 才人は、なんとかシエスタから唇を引き離すと、彼女の肩を掴み、
 
「ちょ、ちょっと落ち着いてくれシエスタ」
 
「お、落ち着いてます! わ、わたし冗談でこんなこと出来るような娘じゃありません」
 
 シエスタは才人の手を取って、自分の胸に押しあて、
 
「……こんなにドキドキしてます。
 
 わたし、本気でサイトさんのことが好きなんです」
 
「いや、ちょっと待って……、んぐ」
 
 再びシエスタに唇で言葉を阻まれる。
 
 僅かな間を置いて、唇を離し、シエスタは潤んだ瞳で才人を見つめると、
 
「……わたしの事、嫌いですか?」
 
「そうじゃないんだ。……シエスタは大事な人だから、だから聞いて欲しいことがある」
 
 才人の真剣な眼差しに、シエスタは小さく頷き才人の言葉に耳を傾けた。
 
 そしてシエスタは聞く。才人がこの世界の人間ではないことを。
 
 何時かは自分の世界に帰ることを。
 
 別れる時に辛くなるから、こういうことは出来ないことを。
 
 全てを聞き終えたシエスタは、大きく頷き目に涙を浮かべながらも笑みを浮かべて告げる。
 
「なら、わたしも一緒にサイトさんの世界へ行きます」
 
「駄目だって……。この世界には、シエスタの両親も妹や弟達もいる。皆を残して行くわけにはいかないだろ?」
 
「……それでも、それでも大好きな人と別れるのは、もっと辛いんですよ?」
 
 泣きながら、才人の胸に顔を埋め、
 
「わたし、初めてあってから、ずっとサイトさんのこと見てました。
 
 とても強くて、色々知っているのに……、でも何も報われない。
 
 盗賊から宝物を取り返したのも、タルブ村を救ってくれたのも、全部サイトさんなのに……」
 
「いや、……それは」
 
 才人としては、別に褒美や称号が欲しかったわけじゃない。
 
「わたしには、何の取り柄もありませんけども……、何の役にも立てないかもしれませんけども……、それでもサイトさんの傍に居たい。
 
 この気持ちだけは、誰にも負けない自信がありますから」
 
 だから……、
 
「愛しています。サイトさん」
 
 三度、唇を重ねようとするシエスタを遮り、彼女の頭を才人は抱き締めて、その耳元で囁く。
 
「……ありがとうシエスタ。
 
 ……でも、駄目なんだ。この世界と俺の世界じゃ、まったく勝手が違う。
 
 それにまだ帰れるかどうかすらも定かじゃないんだ。
 
 それでも俺は、帰る為にどんな危険な場所にでも行かなきゃならない」
 
「……才人さんの世界で、誰か待っている女(ひと)がいるんですか?」
 
 才人の言葉の裏に、女の影を感じ取ったシエスタが問い掛ける。
 
 だが、才人は苦笑を浮かべて首を振り、
 
「いや、親や友達はいるけど、恋人はいないよ……。ただ、それでもさ、約束したんだ」
 
 拳を握り、過去を想う。
 
「最初に、俺をこの世界に召還した人と約束したんだ。絶対に、元いた世界に帰るって。
 
 そいつは、俺を帰す為に色々頑張ってくれた。自分も別れるのが辛いくせにさ。……まあ、その結果なんでかルイズに召還されることになったわけだけど、俺はそいつとの約束を果たさなきゃならない」
 
 話を聞き終えたシエスタが、俯きながら小さな声で問う。
 
「……その女(ひと)のこと、好きなんですか?」
 
 才人が一言も相手が女であると言っていないのに、相手が女性であると見抜いたシエスタが質問を投げ掛ける。
 
 その質問には、迷いなく答えられた。
 
「うん。好きだ」
 
「……そう、ですか」
 
 シエスタは立ち上がって才人を振り返ることなく扉を開け放つと、
 
「でも、わたしもサイトさんが好きです。
 
 ……わたし、絶対に諦めませんから!」
 
 そう言って、物置から出ていくシエスタの顔は、逆光でよく見えなかった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 シエスタの去った物置で、自家発電により絞り出した精液の入った小瓶をタバサに渡し、一応の解決を得た才人だが、また別の問題に直面していた。
 
 シエスタがやたらとかまってくるのだ。……それこそ新妻の如く。
 
 まるで、才人の心の中に住む誰かの居場所を自分に塗り替えるようとするように。
 
 おそらくは、同室のメイドとやらに何か吹き込まれたのだろう。
 
 かつてのお仕置きプレイといい、今回といい、一度そのメイドとは話し合う必要がありそうだ。
 
 まあ、それは兎も角として、最近頓に不機嫌なのだ。……ご主人様が。
 
 理由を考えるが、心当たりは毛頭無い。
 
 近頃、ルイズとの距離が近づいてきたような気がするので、再び距離を離す為、夜は部屋に戻らずにジルフェの馬小屋に世話になっていたり、食事時にジルフェの世話に託けてルイズとの食事時間をズラしたりとしているのだが、自分は何かルイズを怒らせるような真似をしただろうか?
 
 そんなある日、才人はポケットにしまっておいたブレスレットを取り出すと、手慰みにそれを弄っていた。
 
 元々は、シエスタへのプレゼント用に買ったものなのだが、今の状況でシエスタにプレゼントすると、余計状況が悪化するような気がして渡せずにいるのだ。
 
 そんな才人が腰掛けたベンチの後方、約15メイルほどの地面にぽっかりと空いた穴があった。
 
 その中では、一人の少女と、青い髪の女性。更に抜き身の長剣と一体の自動人形。そして脇の茂みの影には巨大なモグラまでもが伏せていた。
 
「……なにやってんのよ、あいつ」
 
 女物のブレスレットを弄りながら溜息を吐く才人の姿は、見ようによっては、片思いの女性にどうやってプレゼントを渡そうかと悩んでいる少年を連想させる。
 
 本人は絶対に認めないであろうが、想いを寄せる少年のそんな姿を見てルイズとしては平穏ではいられない。
 
 そんな彼女を呆れた眼差しで見つめる他の面々。
 
「なあ、貴族の娘っこ」
 
「何よ」
 
「おめ、一体こんな所で何やってんだい?」
 
 デルフリンガーの言葉に、ルイズはむくれた顔で、
 
「べ、別に何でもいいでしょ!?」
 
「いえ、良くないと判断します」
 
 ルイズの言葉に、反論したのは、サティーだ。
 
「私には他にも仕事が御座いますので、用件がなければ早々に失礼させていただきますが?」
 
「ちょ、ちょっと待って……」
 
 躊躇いながら、
 
「あ、あのね? ……最近、サイトがわたしにかまってくれないの。
 
 だから、あの使い魔がわたしに振り向くにはどうすればいいか? それを考えなさい」
 
「まあ、色々あると思うがね、それよりもおめ、それ聞いてどうする気だい?」
 
「あんたに関係無いじゃない!? いいから、質問に答えなさい!」
 
 そうですね、と前置きしサティーが答える。
 
「何かプレゼントを贈るというのは如何でしょうか?」
 
「却下、……もう服とか、ナイフとか贈ってるし、これ以上あげても効果はないわね」
 
 ……それに、余り物を買い与えると、自分が物で才人を引きつけておこうとしている安っぽい女だと思われるかもしれない。
 
「なら、自分で何か作って贈るっていうのはどうだい? 例えば、マフラーとかセーターとか。
 
 あの飛行機に乗ってる間は、結構冷えるようなこと相棒言ってたぜ?」
 
 それは良い案ではあるが、問題はルイズの編み物の腕前だ。
 
 ハッキリ言ってお世辞にも褒められたものではない。それにそのような事は、あのメイドが既にやっていそうな気がする。
 
 そうなった場合、自らの作品とルイズの作品を比べ、高笑いで見下すシエスタという図を想像して、ルイズはこの案も却下した。
 
「次」
 
「そうね、なら定番だけど、身体で誘惑するとかどうかしら? きゅいきゅい」
 
 提案するシルフィードに対し、サティーが彼女の肩に手を置き、悲しげに瞳を閉じて力無く首を振る。
 
 それは誰もが思っていても口に出さなかった事だ。
 
「それは禁句だと判断します」
 
 言ってルイズを指し、
 
「サイト様の好みは、キュルケ様やシエスタ様といった肉付きの良い豊満な女性です。
 
 対してルイズ様は……」
 
 それ以上は言うことすらはばかれるというようなサティーの態度で全てを悟ったのだろう。
 
「ごめ、……ごめんなさい。……わたし、そんな他意は無かったの!?」
 
 涙を流しながら謝罪するシルフィード。
 
「勘弁してやんな貴族の娘っこ。そっちの嬢ちゃんも悪気があって言ったわけじゃねえんだ。
 
 いくらもう成長が絶望的だからって言ってもな、そんなに気に病むことはねえぞ。世の中は広れぇからな、きっと薄い胸が好きな変わり者もいるだろうよ」
 
 デルフリンガーが柄にもなく慰めようとするが、逆効果だ。
 
 ルイズが怒りに震えて杖を取り出し、目の前のボロ剣を溶かしてやろうとしていると、彼女の顔に影が差した。
 
 不審に思って上を向いてみると、そこには、洗濯籠を持ったシエスタがいた。
 
「何をしてるんですか? ミス・ヴァリエール」
 
 下を覗き込むようにして身体を屈めると、シエスタの胸がより強調されるようにルイズの目に映る。
 
 ルイズは続いて自分の胸を確認し、再び視線を上げてシエスタのものと自分のものを見比べ、山と平原程の違いがあることを納得すると、目尻に涙を浮かべながらシエスタを指差し、
 
「こ、こここれで勝ったと思わないでよね!!」
 
 捨て台詞を残して、逃げるように去っていった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 その数日後、久しぶりにアニエスが才人の元を訪れたのだが、彼女は稽古をするのではなく、大事な話がある。と言って才人と向き合って地面に腰掛けていた。
 
 アニエスの表情は緊張の為か、極めて堅い。
 
「……どうしたんですか? えらく、神妙な顔つきですけど」
 
「ああ……、実はタルブ村での戦績が認められて、シュヴァリエの称号を頂くことになってな」
 
「へー、凄いじゃないですか! おめでとうございます」
 
「……あ、ああ」
 
 才人は、素直にアニエスの昇進を祝福したが、当のアニエス本人がいまいち気乗りのしない返事を返す。
 
「……実は、そのことで相談があってだな」
 
「はい?」
 
 アニエスは暫く考えた後、
 
「なかなか複雑な問題なので、遠回しに言うが……」
 
 僅かに躊躇い、
 
「サイト、わたしの部下になってくれないだろうか?」
 
 本気の目つきで、そう問うてきた。
 
「この度、わたしが陛下より任された部隊は銃士隊。……基本的には銃と剣を持って陛下を護衛する部隊だ。
 
 構成員は女性ばかりになる予定ではあるが、お前程の腕ならば陛下に頼んで特別に入隊を許可して貰う覚悟もある」
 
 何やら思い詰めた表情のアニエスに対し、才人は慌てて、
 
「いや、ちょっと待って下さいって」
 
 アニエスを押し留め、
 
「実は俺、やらなきゃならないことがあるんです。
 
 ……衛士隊の隊員になると、制約がきつくて身動きがとれなくなりますから、ちょっと……」
 
「……そうか」
 
 アニエスは残念そうに、
 
「……実はな」
 
 寂しげな表情で、自分が衛士隊に入った理由を語り出す。
 
 自分の住んでいた村を焼かれたこと。
 
 復讐を決意したこと。
 
 その復讐の対象の一人が、裏切り者として王宮に潜んでいる可能性があるかもしれないこと。
 
 最後まで聞き終えた才人は、悲哀を含んだ眼差しでアニエスを見つめ、
 
「……俺の師匠もよく似た境遇の人でした」
 
 呟くように語り始めた。
 
「師匠も復讐を誓い、剣の道を選んだそうです。
 
 そして色々あって復讐を果たせる機会にあった……。
 
 20年を後悔し続けてきた相手の男は杖を捨てて師匠に死を委ねました。
 
 でも、師匠には殺せなかった。彼は軍人として命令を忠実に実行しただけだったと言ってました。それは人としては間違っていても、軍人としては正しい行為だ、と。同じ過ちを犯した自分には彼の心境が理解出来ると。
 
 だからこそ、それが赦せないとも……。
 
 ……今でも師匠は、その男の人を呪い恨んでいます。でも、彼を殺してしまうと、今度は彼の教え子達が師匠を恨む事になる。
 
 師匠は復讐の連鎖を断ち切ったんです」
 
 そうは言ってもアニエスの復讐心は収まることはないだろう。
 
「けど……、その……」
 
 何と言っていいか分からず、言葉に詰まる才人に対し、アニエスは微笑を浮かべると、才人の頭を乱暴に撫で、
 
「……お前は、良い奴だな」
 
「いや、その……」
 
「気にするな、これは私の問題だ。どのような結果になったとしても、受け止め答を見つけ出してみせる」
 
 そう告げたアニエスに、才人は力強く頷き返した。
inserted by FC2 system