ゼロの使い魔・2回目
 
第1話(後編)
 
 シルフィードの背中の上でルイズとキュルケが互いにいがみ合いながらも、なんとか無事に武器屋へ辿り着いた四人が店内に入る。
 
 彼女達に気付いた店主は、揉み手をしながら、
 
「旦那。貴族の旦那。家は真っ当な商売をしてまさあ。
 
 お上に目をつけられるよな真似はこれっぽっちもしてませんぜ」
 
 そう言い寄ってくる親父に対し、ルイズは一言、
 
「客よ」
 
「こりゃおったまげた! 貴族が剣を!? こりゃおったまげた!」
 
「使うのは私じゃないわ。使い魔よ」
 
 言って、才人を指差す。
 
 親父は才人の顔を一瞥すると、顔をニヤケさせて店の奥に引っ込んでいく。
 
「私は、剣のこととかサッパリ分からないから、アンタが選んでちょうだい」
 
 ルイズは親父が消えた店の奥に通じる扉に視線を向けながら、才人に告げる。
 
 才人はルイズに気のない返事を返しながらも、店内のあちこちに落ち着き無さげに視線を走らせ何かを探していた。
 
 暫くして、店奥の倉庫から親父が一振りのレイピアを持って到着し、
 
「そういや、昨今は土くれのフーケとかいう盗賊が城下を荒らし回っておりやしてね。
 
 その盗賊対策に、貴族の方々に下僕に剣を持たせているんでさあ」
 
 手にした剣を掲げ、
 
「その中で一番人気なのが、このレイピアです」
 
 見せられた剣に、ルイズは不満気に眉を顰める。
 
 確か、才人がギーシュを倒した時には、もっと大きな剣を軽々と振っていた。
 
「もっと太くて大きい剣がいいわ」
 
「へえ、しかし剣と人には相性というのがありやして、失礼ながらお連れさんにはこの辺が相場かと……」
 
「なら、アナタに人を見る目が無いだけね」
 
 横から口を挟んだのはキュルケだ。
 
 彼女は余裕の笑みを浮かべると、
 
「ダーリンの腕は、そんな針金みたいな剣じゃ満足しないわ」
 
 そうまで言われて、主人はルイズ達に聞こえないように、愚痴を零しながらも奥から違う剣を取ってくる。
 
 次に持ってきた剣は1.5メイルはあろうかという宝石を散りばめた大剣だった。
 
 それを満足気に見るルイズとキュルケ。
 
「ねえ才人、この剣なんか良いんじゃない?」
 
 言われ、それまでルイズ達と親父のやりとりを上の空で聞きながら、店内を忙しなく眺めていた才人が、視線をカウンターの上の剣に移す。
 
 だが才人は、その剣を一瞥しただけで、
 
「駄目だ。そりゃ、ただの装飾剣で実戦じゃ役に立たねえよ」
 
「そうなの?」
 
 と、訝しげに大剣に視線を移すルイズとキュルケ。
 
 それを聞いた親父は、才人に対する認識を改め、目の色を変える。
 
 すると、横から低い男の声が聞こえてきた。
 
「おう坊主。若いわりには、なかなか見る目があるじゃねえか!
 
 そこの貴族の娘っ子共は全然駄目だがよう!」
 
 ルイズ達が慌てて声のした方に視線を向けるが、そこには誰も居ない。
 
 店主が頭を抱えているだけだ。
 
 才人は声のした方へ歩み寄ると、積み上げてある剣の中から、一本の長剣を取り出す。
 
 刀身に錆が浮き、所々刃こぼれのある片刃の長剣。
 
「……剣が喋ってるの?」
 
「もしかして、インテリジェンス・ソード?」
 
 物珍しそうな声を挙げるルイズ達を無視して、才人は手にした長剣、デルフリンガーと銘の刻まれた剣に声を掛ける。
 
「よう。お前、俺の相棒になる気はあるか?」
 
「あん? なに言ってやがる!? お前ぇみてえなひよっこが……」
 
 文句を言おうとしていたデルフリンガーの声が止まる。そして数拍の時をおいて、
 
「……おでれーた! おめ、使い手か!」
 
「ああ、六千年振りのお前の相棒だよ」
 
「ははは、なら考えるまでもねえ! これからよろしくな相棒!」
 
 心底嬉しそうなデルフリンガーを持って才人は振り返り、
 
「つーわけでルイズ。この剣買ってくれ」
 
 そう言ってデルフリンガーを差し出す才人。
 
 だが、ルイズは錆の浮いた長剣を見つめると、眉を顰めた胡散臭そうな表情で、
 
「そんなボロい剣じゃなくて、もっと良い剣にしなさいよ」
 
 どうやら、先程馬鹿にされた事を根に持っているらしい。
 
 だが、才人は一歩も引かず、
 
「これが良いんだよ」
 
 ルイズとしても、自分の使い魔として恥ずかしくない剣を、……そしてこれが本音だが、才人にはもっと良い剣を振ってほしいのだ。
 
 だが、素直でないルイズは意固地になり、一向に頷こうとしない。
 
 前回は金銭的な都合もあって、デルフで落ち着いたが、今回は才人も怪我をしていない為、治療費に使わなかった分財布には余裕がある。
 
 どうしたもんかと才人が悩んでいると、それまで黙っていたタバサが横から才人の袖を引いた。
 
「コレでいいの?」
 
「え? ああ」
 
 タバサは才人からデルフリンガーを奪い、カウンターの上に置く。
 
「コレを」
 
「へ、へい。こいつなら、金貨100で結構でさあ」
 
 タバサがカウンターに金貨入りの袋を置く。
 
 店主は中身を確認すると、商売用の笑顔で、
 
「へい、毎度ありがとうございやす」
 
 とタバサに頭を垂れた。
 
 才人が長剣を背負い、タバサに礼を言っている横では、ルイズが不満気な表情で、才人を睨みつけている。
 
 そんな才人に横から一本のミドルソードを持ったキュルケがしなだれかかり、
 
「ねえダーリン。この剣も一緒にどう? 私からもプレゼントしちゃう」
 
 と言って、才人に剣を手渡した。
 
 キュルケの持ってきた剣を見て、店主が渋い顔をする。
 
 才人が剣を手に取ると、ガンダールヴのルーンが剣の情報を使い手に伝える。
 
 ……剣の名はディフェンダー。盾としても振るえるようにと開発された剣。その用途上、独特で難易度の高い剣技を必要とするが、極めれば近接戦においては敵無しの剣。
 
 そのことをキュルケに説明してやる。
 
「そこまで分かってんなら、話しは早え。止めときな坊主。あのデル公の野郎が認めるってんなら、結構な腕なんだろうが、その剣は無理だ。
 
 いや、お前だけじゃねぇ。今のハルケギニア中を探したって、その剣の使い手なんざ片手で足りる位しかいやしねぇ」
 
 店の親父が忠告するが、キュルケは無視。
 
 否、むしろ希少性が高いとなると、余計に燃える。
 
「ダーリンなら、使いこなせるわ」
 
 そう言って、店主と交渉を開始、結局、金貨500枚で買い取り、才人にプレゼントした。
 
 ……さて、そうなると納得しないのがルイズである。
 
 もう一振り自分が剣を買い与えた所で、才人の腕は二本しかない。
 
 いっそ、口にでもくわえさせて三刀流でも開眼させるか。と、やや危ない思考に走りかけていると、才人が声を掛けてきた。
 
「なあルイズ」
 
「……何よ」
 
 ……うわぁ、機嫌悪ぃ。
 
 一言のやりとりで主人の機嫌を見抜いた使い魔は、愛想笑いを浮かべ、
 
「よ、良かったら、ナイフ買ってくれないか?」
 
「……な・い・ふ〜ぅ」
 
 下から抉り込むような目つきで才人を睨む。
 
 ルイズの心境としては、赤の他人からは剣を貰っておいて、主人である自分からはナイフみたいなショボイ武器しか受け取らないのか? と。
 
 武器的なランキングとしては、どうみても長剣>中剣>ナイフではないか。
 
 値段的には、ディフェンダー>デルフリンガー>ナイフではないか。
 
 どちらにしても、自分は一番最後か? この使い魔にとって、自分はその程度の価値しかないのか?
 
 そんな感情が我知らず沸いてくる。
 
 だが才人は、
 
「ほら、寮の中とか洗濯中とかに剣持ち歩くわけにはいかないじゃないか」
 
 つまり、ナイフなら何時も持ち歩ける、と。
 
 才人としては、それがナイフであろうとも武器を手にしてさえいれば、相手が学生やチンピラ程度なら身体能力の向上だけで敵を撃退する自信がある。……もっとも、相手がワルドレベルなら流石にデルフリンガーの力が必要だが。
 
 それは兎も角、その言葉はルイズ的に、「お前が贈ってくれるものなら肌身離さず持ち歩くさ」と受け取った。
 
「し、仕方ないわね! 特別に買い与えてやるわ!」
 
 そう言ってルイズは才人と一緒にナイフの展示してある棚を覗き込む。
 
「あ、これ綺麗」
 
 ルイズが取り出したのは、刀身に独特の紋様が浮かぶ刃渡り20cmほどの両刃ナイフ。
 
 才人はナイフを受け取ると、素早く情報を読みとり、
 
「ダマスカスダガーだな」
 
「だますかす?」
 
「へい。多層鋼のことでさあ。独特の紋様が綺麗なだけでなく、硬度的にも普通のナイフよりかは頑丈です」
 
「へー、じゃあコレにしましょう」
 
 御機嫌で才人にダガーを買い与えるルイズ。
 
 そして買い物を終え、店を出ようとした一向と入れ替わりに、ゴツイ体格の男を連れた肥え太った貴族が入店してきた。
 
 貴族は才人達を一瞥すると、
 
「ははは、お嬢ちゃん達も盗賊対策に武器の買い付けかね? だが、そんなひ弱そうな小僧にどんな武器を与えても無駄というものだ」
 
 貴族の台詞に、ルイズとキュルケの顔に険が走る。
 
 その事に気付かず、貴族は店主に向け、
 
「おい、店主。この店で一番良い剣を出せ」
 
「へ、へい。これでさあ」
 
 そう言って店主はカウンターに置きっぱなっしだった大剣を見せる。
 
「ほう、これなら私の従者が振るうに相応しいな。よかろう幾らだ?」
 
「へい、エキュー金貨で3000、新金貨でなら4500でさあ」
 
「ははは買ったぞ主人」
 
 貴族は懐から小切手を取り出すと、サラサラと筆を走らせカウンターに叩きつけた。
 
「ねえ、あの剣ってサイトが装飾剣とか言ってなかった?」
 
「どうみても成金貴族だもの。見る目が無いんでしょ」
 
「外見だけで中身無し。あの剣と同じ」
 
「……上手いこと言うわね、タバサ」
 
 意気投合し、貴族を貶し始める三人娘。
 
 ルイズ達に馬鹿にされた貴族の男は、額に血管を浮かべながら、
 
「ふ、ふん、どうせこの剣を買おうと思っても手が出なかった貧乏貴族の娘どもであろうが。悔し紛れにしては、口が過ぎるのではないかね?」
 
「ふふふ、あら、試し切りで折れたりしたら、いい笑い者ですわよ、オ・ジ・さ・ま」
 
 とキュルケが挑発すれば、
 
「駄目よミス・ツェルプストー。そんなことを言ったら彼、怖くて試し切りさえ出来なくなっちゃうわ」
 
 とルイズも煽る。
 
 ……なんでお前ら、何時もは仲悪いのに、こんな時だけは異常なまでに息が合うんだ?
 
 と才人が呆れ果てる前で、貴族の男が手にした杖で才人を指し、
 
「よかろう、ならその小僧で、試してやる! おい!」
 
 背後に立つガタイのいい男に声を掛ける。
 
「だ、旦那! 店の中での刃傷沙汰は勘弁してくだせえ!」
 
「ふん、かまわんかね? お嬢さん方。ギャラリーが多いと、その分君達が多くの恥をかくことになるが?」
 
「いいわよ別に」
 
 とルイズ。
 
「そうね、どちらにしても恥をかくのはそちらなんだし」
 
 とはキュルケだ。
 
「自業自爆」
 
 抉り込むようにトドメを刺すのはタバサ。
 
「……たまに口開くと、さらっとエグイ事言うよな、お前」
 
 半眼で傍らの小柄な少女を見る才人。
 
 こうして、本人の意見無視のまま才人の戦いがここに決定した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 対峙する二人の男。
 
 その二人を取り巻く空気に、周囲のギャラリー達は僅かに息を飲む。
 
 ……が、実際昂揚しているのは巨漢の男とその雇い主だけであり、相対する少年とその連れの少女達は気楽な感じで応じている。
 
「……まあ、新しい剣の試しには良いけどさ」
 
 うんざり気な溜息を吐きながら、才人が左腰に差したディフェンダーを引き抜く。
 
 刀身の長さは50cmほどの反りの無い片刃の直剣。
 
 才人はディフェンダーを左手一本で持つと、切っ先を相手に向けるように腕を伸ばし、身体を半身に開いて膝に余裕をもたせる構えをとる。
 
「ふっ、なんだそのへっぴり腰は!? かまわん、やってしまえ!」
 
 雇い主の一喝に従い、大男が手にした大剣を才人に向けて切り下ろす。
 
 対する才人は迫り来る大剣に併せるように剣を振るい、流れるような動きで身体の位置を変え、最小限の力で大剣の軌道を逸らす。
 
 後に残るのは、鋼製の弦楽器を鳴らしたような甲高い音と、虚しく空を切った二振りの刃。
 
 だが、巨漢は諦めず、今度は切り上げるように才人に剣を振るう。
 
 ……が、結果は同じだ。
 
 三合、四合と切り結ぶが、大男の一撃が才人の身体に届くことは無い。
 
「……凄ぇ。あの坊主、ディフェンダーを使いこなしてやがる」
 
 店主の呟き声に反応したのは、傍らにいたキュルケだ。
 
 彼女は得意満面の笑みで、
 
「言ったでしょ? ダーリンなら使いこなせるって。それに私がプレゼントした剣なのよ?」
 
 その言葉にルイズは僅かに反応を示す。
 
 見た目は平静を取り繕いながらも、内心では、
 
 ……そうよ。あの使い魔、いつまでキュルケの贈った剣を使ってんの!? ご主人様自ら買い与えてやったナイフはどうしたの? 折角主人である私が応援しているのに。普通はそれに応えて、わたしの贈ったナイフで戦うのが、使い魔としての使命ではないの?
 
 そんな事を考えていると、才人が相手との距離をとり、ディフェンダーを鞘に納めた。
 
「うし、準備運動終わり」
 
 才人の言葉に周囲の観客達がどよめく。
 
 あれほど見事な剣舞を披露しておいて、準備運動というのだ。
 
「聞きました? ミス・ツェルプストー。貴女の贈られた剣は所詮、準備運動にしかならないようですのよ?」
 
 微妙に勝ち誇った表情で告げるルイズに対し、キュルケは余裕の笑みを浮かべて、
 
「それはそうでしょう、ミス・ヴェリエール。真に彼に相応しい剣など、伝説で登場するような魔法の剣くらいですわ」
 
 言って、才人を指差し、
 
「あら? どうやら彼、背中の剣をお使いになられるようですわね? ……貴女の贈られた見窄らしいナイフはどうしたのかしら?」
 
 キュルケの指摘通り、才人がデルフリンガーの柄に手を掛けていた。
 
「こ、この馬鹿使い魔! あああんた、その剣で終わらせるつもりじゃないでしょうね!? ごごご主人様から贈られたナイフも使わずに!!」
 
 横から飛んできたルイズの抗議に対し、才人はゲンナリとした顔で、
 
「……無茶苦茶言うなよな」
 
 その言葉に、周囲の観客を含め、相手の男までもウンウンと頷く。
 
 掌サイズのナイフで、タバサの背丈よりも大きな大剣を相手にしろなど、
 
「大剣使って、ダガー相手に負けちまったら、あのオッチャン二度と立ち直れねーだろうが」
 
「…………」
 
 才人の言葉に場が静まり返る。
 
 唯一キュルケだけが笑っている中、ルイズも立ち直り、
 
「そ、そういう理由ならしょうがないわね。特別にその剣の使用を許してあげるわ」
 
「へいへい、そいつはどうも」
 
 気を取り直し、
 
「さて、……出番だぜ相棒」
 
 観客達が息を飲む。
 
 あれほどの達人が使う剣。一体どれほどの代物なのか。
 
 ゆっくりと鞘から引き抜かれた刀身は観客達の期待から外れた錆て刃こぼれた見窄らしい剣。
 
 どこからか失望の溜息と失笑が零れる。
 
「ははは、やはり所詮は貧乏貴族。長剣までは予算が回らなかったと見える」
 
 相手の主である貴族が、ここぞとばかりにデルフリンガーを小馬鹿にする。
 
「だ、だからもっと良い剣を買えっていったのに、あの馬鹿使い魔は!」
 
 ルイズが歯噛みする横、タバサは才人に視線を向けたまま、
 
「……デルフリンガー」
 
「ええ、確かあの剣の名前だったわよね?」
 
「始祖ブリミルが使役した使い魔の一人が用いた伝説の剣の名前」
 
「……偶然、でしょ?」
 
 僅かに息を飲み、問いかけるルイズに対し、タバサは才人を指差す。
 
「おい、笑われてるぜデルフ。いい加減に目を覚ましたらどうだ?」
 
「ボケてんのか? 相棒。おめえ俺が寝言喋ってるように見えるのか?」
 
 才人はヤレヤレと溜息を吐き出し、
 
「このままでも勝てるけど、勝ってもご主人様が納得してくれそうにないからな、ちょっと強制的に目、覚ましてもらうぞ」
 
「……だから、おめえ何言って」
 
 才人の額のルーンが輝く。
 
 ミョズニトニルンの能力は、あらゆるマジックアイテムを扱うこと。
 
 そしてインテリジェンス・ソードは間違いなくマジックアイテムに分類される。
 
 ミョズニトニルンの力が、デルフリンガーの錆び付いた記憶を洗い流していく。
 
「……おお!? 思い出した!!」
 
「ああ、そうかい」
 
「いや、懐かしいねえガンダールヴ。しかも何でか今度の相棒は、ヴィンダールヴにミョズニトニルンでもあるときてやがる! ……一体何者だおめえ?」
 
「それに関しちゃ、こっちが聞きてぇよ。
 
 そんなことよりも、ガンダールヴの左手らしくそれに相応しい姿に戻れって」
 
「おうよ!」
 
 デルフリンガーから発せられた眩い閃光が路地を照らす。
 
 光に目を焼いた皆の視界が戻ったそこには、白銀の刀身に触れれば切れんばかりの研ぎ澄まされた刃の剣を持つ才人の姿があった。
 
「……え? 何?」
 
 観客を代表してルイズが疑問を発する。
 
 だが、その問いには誰も答えられない。
 
 才人が高速の一歩を踏み込み、男の間合いに侵入する。
 
「う、うおおおぉぉぉ!」
 
 巨漢が雄叫びを上げて大上段から大剣を振り下ろす。
 
「遅ぇ……」
 
 直後、視認すら不可能な速さでデルフリンガーが振り抜かれ、男が剣を振り下ろすよりも速く大剣を断ち切った。
 
 才人は巨漢の喉元に切っ先を突きつけ、
 
「まだやるか?」
 
「い、いや、俺の完敗だ」
 
 小さく両手を上げて男が降服すると、周囲から大歓声が巻き起こった。
 
 見ればいつの間にか路地が観客で埋め尽くされ、屋根の上や塀の上からも人が覗いている。
 
 才人は照れ笑いを浮かべると、デルフリンガーを鞘に納めてルイズ達の元へ行こうと踵を返す。
 
「待て! 平民の分際で、よくも貴族に恥をかかせてくれたな。……貴様、ただで済むと思うなよ!」
 
 手にした杖を才人に突きつけ、貴族の男が告げた直後、小さな靴裏が男の顔面にめり込む。
 
「人の使い魔にちょっかいだして、あんたの方こそ、ただで済むと思ってるんじゃないでしょうね?」
 
 ルイズが貴族を見下ろし告げる。
 
「き、貴族の顔を足蹴にするとは、貴様!!」
 
 男が杖を振るい、魔法を唱えるより速く、白刃が閃き杖を両断した。
 
 ルイズを庇うように、立ちふさがった才人は、
 
「おいオッサン、俺のご主人様にちょっかいだして、ただで済むと思ってんじゃないだろうな?」
 
 才人から発せられる空気。幾多の戦いを経験し、生き抜いた者だけが放つことの出来る本物の威圧感に腰を抜かす貴族。
 
 ルイズはその男を見下ろすと、
 
「文句があるなら、ラ・ヴァリエール公爵家まで言ってきなさい!」
 
 その名を聞いて、男は目を見開くと平伏し、
 
「こ、公爵家の子女様とは知らず、とんだご無礼を……」
 
「いいわ、消えなさい」
 
 ルイズの言葉に従い、男があたふたと逃げ帰っていく。
 
 才人は視線を逃げ帰っていく男に向けたまま、
 
「……なあ、ルイズ。……怪我無いか?」
 
「え、ええ」
 
「そっか」
 
 笑みを浮かべて剣を鞘に戻し、
 
「帰ろうぜ、用事も済んだこったし」
 
 そう言って振り返ったたところで、歓声を挙げる人の波に呑み込まれた。
 
 彼らはそのまま近場の酒場である、魅惑の妖精亭に拉致され、
 
「いや、凄えぜ兄ちゃん! あの大男に勝っちまった挙げ句、貴族相手に一歩も引いてねえ!」
 
「かっこよかったぜ坊主! まあ飲んでくれ、こいつぁ俺の奢りだ!」
 
「え? 奢り? じゃあ貰う」
 
 なみなみとワインの注がれたグラスを手渡され、才人は笑みを浮かべてそれを一気に飲み干す。
 
「あの貴族の娘さんの啖呵も格好良かったね! 惚れちまったよ俺!」
 
「バーカ、おめえなんかじゃ見向きもしてもらえねえよ!」
 
「ちげえねえ」
 
 互いに笑い合う男達の声に、ルイズは居心地が悪そうに照れながら、
 
「いや、わたしは……、って何こっち見てんのよ! 馬鹿使い魔!」
 
 そんならんちき騒ぎの一角では、身の程知らずにもキュルケに声を掛けるメイジの姿があったが、
 
「お嬢さん、もしよろしければ今宵私と共に過ごしていただけませんか?」
 
「そうね、……ダーリンに勝てたら、考えてあげてもいいわ」
 
 言って、才人を指差す。
 
 先程の戦いを見ていて、自分の詠唱より早く斬りかかられると判断したメイジの青年は頭を抱えつつ、
 
「絶対勝てねぇー!!」
 
 と絶叫した。
 
 その隣のテーブル。テーブルの上に転がっているのは、小さなサイコロとそれを攪拌する為の入れ物。
 
 席に座った男が両手で頭を抱え、身体を仰け反らせながら絶叫する。
 
「のおぅ!!」
 
 対するタバサは無表情のままでピースサインし、 
 
「……また勝った」
 
 テーブル上の硬貨を根刮ぎ手元に引き寄せる。
 
「……つ、つえぇ」
 
「何だ!? このちっこい嬢ちゃんの異常な博打強さは!?」
 
 ……結局、その日ぐでんぐでんに酔った才人達が魔法学院に戻ったのは、翌日の明け方だった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 街から帰った翌日、二日酔いの三人娘達はそのまま学校を休んだ。
 
 そして、その日の晩。才人は何時もの日課である素振りをこなす為に中庭を訪れていた。
 
 手頃な木に剣を立て掛けて、準備体操の後で自作の木剣を手に素振りを開始する。
 
「なあ相棒、聞きたいことがあるんだけどいいかい?」
 
 木剣を振る手を止めて、才人はデルフリンガーの方へ振り向く。
 
「何だよ?」
 
「何で剣の練習なんかやってんだ? おめえにはガンダールヴの力があるじゃねえか? 修行なんぞしなくても、充分につえーだろ?」
 
「だってな、ガンダールヴの力って言っても、基本的に武器の振り方と身体能力が上がるってだけで、色んな剣技とか、太刀筋に強弱付けたり、フェイント織り交ぜたりするのは、使い手の経験だろ。
 
 ガンダールヴにおんぶに抱っこじゃ、何時か勝てない相手に出会った時に困るだろ?」
 
「かー、勤勉な奴だね今度のガンダールヴは!?」
 
 囃し立てるデルフに対して、才人は頭を掻きながら、
 
「師匠の受け売りだよ」
 
「へー、ねえダーリンの師匠ってどんな人?」
 
「って、うわっ!? キュルケ、……何時の間に?」
 
 と才人にしなだれかかりながら、キュルケが問いかける。月明かりの下、キュルケの後ろにはタバサの姿もあった。
 
「ねえ、それよりダーリンの師匠ってどんな人? 渋いオジ様?」
 
「いや、女の剣士」
 
 その言葉にキュルケは意外そうな表情で、
 
「珍しいわね、女の剣士なんて。ねえ、美人だった?」
 
「美人なことは美人だけど……」
 
 言葉を濁し、
 
「ありゃ、絶対サドだな」
 
「……そうなの?」
 
「うん。初めて剣を教えて貰った時には、犬扱いで一撃入れるまで名前呼んで貰えなかった」
 
「けけけ、スパルタだねえ」
 
「ああ、そんでその人に毎日の訓練は絶対に欠かすなって言われてる」
 
 言って、再び木剣を手にとって素振りを開始する。
 
 ただ単純に剣を振るだけでなく、緩急を付け相手の虚を突くように剣を薙ぎ、足を動かす。
 
 やがて才人の訓練が終わる頃、二つの人影が彼らの元へやって来た。
 
 一人は才人の主人であるルイズ。もう一人はお盆を持ったメイド、シエスタ。
 
 ルイズは才人の傍にキュルケの存在を確認すると、早足で駆け寄り、
 
「ひ、人の使い魔になに懲りずにちょっかい出してるのよ! キュルケ!!」
 
「人聞きが悪いわねルイズ。今回は純粋にダーリンの練習を見学してただけよ」
 
「……練習?」
 
 見れば、本当に剣の練習をしていたらしく、木剣片手の才人が息を整えながら、シエスタに渡された手拭いで汗を拭いている。
 
「アンタってば毎晩姿消すと思ってたら、こんな所で剣の練習してたの?」
 
「……言ってなかったか?」
 
 聞いてない。実のところルイズは、才人が毎晩キュルケあたりと逢い引きしてるのではないかと邪推し、犯行現場を押さえる為に探し回っていたのだ。
 
 そこで、才人に夜食を届ける途中のシエスタと出会い、ここに案内してもらった次第である。
 
「……まあ、いいわ。
 
 それよりも、やっぱりアンタみたいに強い人でも毎日練習しないといけないの?」
 
 ルイズの問いに、才人は苦笑を浮かべ、
 
「師匠の命令でな、もう日課になってる」
 
「……そう」
 
 そう頷くと、ルイズは杖を取り出し、手頃な石に向け呪文を唱え始める。
 
「……何してるの? ルイズ」
 
「魔法の練習よ」
 
 達人の才人が毎日繰り返して練習しているのを知って、落ちこぼれの自分は、人の何倍も練習する必要を感じたルイズは、その場で魔法の練習を始めた。
 
 ファイヤーボールの呪文を唱え、杖を振る。
 
 が、本来、杖の先から出るはずの火球は出ず、代わりに離れた場所にある宝物庫の壁が爆発した。
 
 魔法の失敗にルイズは歯噛みし、すぐさま飛んでくるであろうキュルケのヤジに備える。
 
 だが、何時までたってもヤジは飛んでこない。否、それどころかキュルケは心ここにあらずな表情で、爆発により亀裂の入った壁を凝視している。
 
 キュルケの頭を駆け巡るのは、数日前の授業中に才人が告げた言葉だ。
 
『さっき使ったのって、土の魔法でしたよね? 土の魔法が失敗したら、爆発するもんなんですか?
 
 自慢じゃないですが、ウチのご主人様は魔法を使えば水だろうと風だろうと尽く爆発します。今後の俺の安全の為にも、そこん所ご教授お願いします』
 
 そしてルイズが先程使ったのは火の魔法だ。
 
 だが、火の魔法の中にも今のように離れた場所を爆発させる魔法なんて存在しない。
 
 思考にふけるキュルケの隣、タバサが小さく呟くように口にする。
 
「……虚無」
 
 ……まさか? だがルイズが学校で教える4大系統の魔法を使えない理由が、虚無の魔法に特化しているからだとしたら?
 
 だがキュルケの考え事を払拭するように、突如現れた巨大なゴーレムが亀裂の入った壁を殴り壊し、穴の空いた宝物庫へフードを被った人影が侵入していく。
 
「何!?」
 
「盗賊だ!」
 
 才人は素早く剣を身に着け、タバサの使い魔であるシルフィードを呼ぶ。
 
「キャッ!? な、なんですか!?」
 
 突如現れた風竜にルイズ共々さらわれ、悲鳴を挙げるシエスタ。
 
「大丈夫、その竜は味方だから、ルイズと一緒に避難しててくれ!」
 
 才人はシルフィードに視線を送り、
 
「行け!」
 
 一鳴きしてシルフィードは上空に舞い上がっていく。
 
 才人は視線をタバサとキュルケに向けると、
 
「悪い、ちょっと手伝ってくれ」
 
 デルフリンガーを抜き放ちながら告げる。
 
「ダーリンの頼みじゃ仕方ないわね」
 
 ウインクして答えるキュルケと無言のまま杖を構えるタバサ。
 
「俺が直接術者を狙う! 二人はゴーレムの方を牽制してくれ!」
 
 言いながら駆ける才人を援護するように、火炎と鎌鼬がゴーレムを襲う。
 
 だが巨大なゴーレムは、二人の攻撃を意に介さず、学院の外へと向かおうとしている。
 
「逃がすかよ!」
 
 才人は素早くゴーレムに駆け寄ると、その巨大な足から腰、胸、肩とゴーレムの身体を蹴って一気に術者に近づき、横薙ぎに剣を振るった。
 
 倒す為ではない、彼女から盗んだ代物を取り戻す為だ。
 
 だが才人の剣が盗賊に触れる直前、術者はゴーレム共々土塊に変わって、その場で小山を作り上げた。
 
「クソッ!? 逃げられた!」
 
 二度目の出来事である才人は犯人が土くれのフーケであることも、彼女の正体があの美人の秘書であることも、更には彼女が何の目的で盗賊をしているのかさえも知っている。
 
 だから、この場で盗んだ代物さえ取り返す事が出来ていればそれ以上の問題が起こることはないと予想していたのだが。……流石はフーケ、まんまと逃げられてしまった。
 
「しゃーねーなあ。やっぱ、捜索隊に加わるしかないか……」
 
 ルイズを危険な目に遭わせたくないので、この場で取り返す事がベストであったが、それが出来なかった以上は仕方ない。
 
 才人は駆け寄ってくるルイズ達に手を振りながら、溜息を吐いた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 翌朝……、才人達は証人として教師達の事情聴取に同席していた。
 
 その場で、ルイズが皆を代表して昨夜の出来事を説明している。
 
 才人はその説明を聞きながらも、どうやってあのゴーレムを倒すかを考えていた。
 
 あのゴーレムはギーシュのワルキューレと違い、どれだけ腕や足を切り落としても即座に再生するのだ。
 
 一撃で、身体の大半を吹き飛ばすような強力な武装でも無い限り勝ち目は無い。
 
 ……やっぱり、ロケットランチャーしかないよなあ。
 
 一発しか撃てないが致し方ない。アルビオン軍との戦争時まで温存出来れば随分と楽が出来たろうがこればかりは背に腹は代えられない。
 
 しかし、問題はルイズだ。
 
 彼女のことだから、今回もフーケの捜索隊に参加するだろう。
 
 それはこちらとしても都合がいいのだが、問題はその後だ。
 
 未だ魔法は使えないくせに、堂々と戦場の真ん中にまでやってくるのだ。正直、危なっかしくて見ている方の肝が冷える。
 
 貴族ということに誇りを持つもは大いに結構だが、心配するこちらとしては気が気ではない。
 
 才人が溜息を吐いて視線を前に向けると、何故か三人娘が杖を掲げていた。
 
 教師達の心配する声が飛び交う中、オスマンは才人を一瞥すると、
 
「まあ、大丈夫じゃろう」
 
「し、しかし学院長!」
 
 オスマンは才人に歩み寄ると、才人の肩を叩き、
 
「頼んだぞ、使い魔の少年。グラモンの息子との決闘や、君が街で起こした騒ぎなんぞも聞きおよんでおる」
 
「……って俺!? いや、普通はさ、タバサとかキュルケとかじゃないんですか!?」
 
 言った瞬間、足に鈍い痛みが走った。
 
 視線を下げれば、小さなおみ足が才人の足を力一杯踏んづけている。
 
「って!? 何しやがる!」
 
「なんでそこでわたしの名前が出てこないのよ!!」
 
「お前の分は、俺が代わりに戦うからいいんだよ!」
 
「わたしだって、貴族よ! メイジなのよ! ちゃんと戦えるわ!」
 
「お前には危険な目にあってほしくないっていうのが、なんで分からねえ!」
 
 ルイズの顔色が一気に朱に染まる。
 
 ……やべえ、何か俺、地雷踏んだか!?
 
 と才人が警戒していると、ルイズはそっぽ向いて彼から視線を逸らす。
 
 ……それって、わたしの事心配してくれてるの? それにわたしの代わりに戦ってくれるって……。
 
 ルイズの脳裏に甦るのは、小さい頃に読んだお伽話。
 
 力無い姫が、それでも戦う事を決意した時、彼女への愛を忠誠とし、剣となり敵を討ち、盾となって姫を守り抜いた騎士の物語。
 
 たしか、あの物語の最後は二人が結ばれて……。
 
 ち、ちがうの、わたしはこの使い魔のことなんか、何とも思ってないんだからね!
 
 それでも熱くなる頬は誤魔化せない。
 
「じゃ、じゃあ仕方ないわね、あんたがどうしてもって言うんだから、戦いはあんたに任せてあげる。
 
 ……その代わり、……その、ちゃんと私の事、護りなさいよね」
 
「当たり前だ」
 
 さも当然という風に告げる才人に、ルイズは無理矢理笑顔を押し隠したぎこちない表情で頷いた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 オスマンの秘書であるミス・ロングビルの案内で才人達が訪れた場所は、森の中の空き地に建つ一件の廃屋だった。
 
 才人は腰の剣を抜き、
 
「じゃあ、偵察に行ってくる」
 
「……なんで、キュルケの剣使うのよ?」
 
 頬を膨らませたルイズが才人を尋問する。
 
 だが才人に他意はなく、デルフリンガーではなく、ディフェンダーを選択したのは、屋内での戦闘の場合、長剣を振るうと梁や柱が邪魔になって剣を振れないので、刀身の短いディフェンダーをチョイスしただけである。
 
 才人の説明に、一応の納得はしたものの不機嫌そうな顔のままルイズは才人を見送った。
 
 まあ、実際問題ルイズが問題視しているのは、才人が未だに自分の贈ったナイフを一度も使っていないことだ。
 
 路上での喧嘩も、ゴーレムとの戦闘も、自分の贈ったナイフは一度も使われていない。
 
 そんなことを考えて、やや落ち込んでいると、才人が廃屋から現れ皆を呼んだ。
 
 その後、辺りを偵察してきますと言って森に消えたミス・ロングビルとルイズを外の見張りに残し、才人達は小屋の中を調べる。
 
 ……確か、ここだったよな。
 
 と、才人が忘れかけた記憶を頼りにチェストの中を調べると、そこから破壊の杖を見つけ出した。
 
「あっけないわね!」
 
「まあ、問題はお宝を置いたまま、フーケはどこに行ったかってことなんだがな」
 
「そう言われてみればそうね」
 
 キュルケが眉を顰めた直後、ルイズの悲鳴と共に小屋の屋根が吹っ飛んだ。
 
 見晴らしの良くなった青空をバックに、フーケのゴーレムが姿を現す。
 
「あいつに生半可な魔法は効かねえ! ルイズを連れて退却しろ!」
 
 才人の声に従い、タバサとキュルケはルイズを伴い逃げようとするが、当のルイズ本人が杖を抜いて戦闘態勢をとっており、一向に逃げようとしない。
 
「私は貴族よ! 貴族は敵に後ろを見せて逃げたりしない!」
 
「相手を考えろ馬鹿野郎!」
 
 左手に破壊の杖を持ったまま才人がルイズを抱え上げてゴーレムから逃げる。
 
 才人はそのまま降下してきたシルフィードの下まで退却すると、タバサにルイズを託し、
 
「いいかルイズ、戦う相手を考えろ。あんなゴーレム程度、お前が相手をするまでもねえ!
 
 この場で、お前がやることは一つだけだ」
 
 才人はルイズの目を見つめ、
 
「命令しろ我が主。お前の使い魔は、その命令を必ず実行する」
 
「あ……」
 
 ルイズは僅かに躊躇い、
 
「勝てるの?」
 
「お前が信じてくれるなら」
 
 その言葉を信じた。
 
「分かった、命令するわ。……我が使い魔、ヒラガ・サイトよ敵のゴーレムを討ち滅ぼしなさい!」
 
 才人は満足気に頷き踵を返すと、シルフィードに行けと促す。
 
「承知した、マイマスター」
 
 飛び立つ風竜を背に、才人は手にした破壊の杖を操作する。
 
 安全ピンを外して、リアカバーを引き出しインナーチューブをスライドさせる。
 
 使い方など知らずとも、ガンダールヴのルーンが身体を動かす。
 
 照準を立てゴーレムに狙いを定め、安全装置を解除すると躊躇い無くトリガーを押し込んだ。
 
 気の抜けるような音と共に射出された弾頭がゴーレムに命中。
 
 才人は破壊の杖を捨てると、背後に飛び退き地面に伏せる。
 
 直後、ロケット弾がゴーレムの上半身を完膚無きまでに破壊した。
 
 ゴーレムが完全に沈黙したのを見計らい、風竜からルイズ達が降りてくる。
 
 浮かれはしゃぎ才人に抱き付こうとするキュルケを制し、才人は周囲を警戒しながら、
 
「まだ、フーケ本人が残ってる」
 
 とルイズ達に警戒を促す。
 
 すると偵察に出ていたミス・ロングビルが茂みの中から現れ、落ちていた破壊の杖を拾い上げて笑みを浮かべる。
 
「ご苦労様」
 
 言葉と同時、ミス・ロングビルが才人達に向け破壊の杖を突き付けた。
 
「ミス・ロングビル! これは一体、どういうことですか!?」
 
 キュルケが問い質そうとすが、ミス・ロングビルは笑みを浮かべたままだ。そして彼女が口を開くよりの早く、才人の声が聞こえた。
 
「まあ、見てのとおり、この美人の秘書さんが土くれのフーケの正体だったってことだろうな」
 
「……サイト?」
 
「ふふふ、随分と物分かりがいいわね。なら分かるでしょ? 杖と武器を捨てなさい。この破壊の杖の威力はさっき見た通りよ」
 
 フーケに促され、ルイズ達は杖を、才人は背中と腰の剣を地面に捨てる。
 
 捨てられた際にデルフリンガーが文句を言っていたが、才人はそれを無視した。
 
「どうして!?」
 
「大方、破壊の杖を盗んだのはいいけども使い方が分からないから、魔法学院の誰かに使わせて、その使い方を知ろうとしたんだろ?」
 
「正解。……私、頭の良い子は好きよ。
 
 ねえ、使い魔君。私の仲間にならない? そしたらあなたは見逃してやるわ」
 
 対する才人の答は簡潔だ。
 
「やなこった」
 
「そう、じゃあ死になさい」
 
 皆が観念して目をつぶる中、才人だけが余裕の表情でフーケを見ていた。
 
「勇気があるのね?」
 
「いや、ちょっと違う」
 
 才人はパーカーの下に隠れるように装備していたダガーを引き抜く。
 
 フーケは咄嗟にトリガーを押し込むが、何も起こらない。
 
「悪いな、それ単発式の武器なんだ」
 
「た、単発!? ど、どういうことよ!?」
 
「言っても解らんだろうから言わねえよ。ただ、そいつはマジックアイテムの類じゃないってこった」
 
 告げて駆ける。フーケが破壊の杖を捨て自分の杖を握ると才人はダガーでフーケの杖を断ち斬り彼女の喉元に刃を突き付ける。が……。
 
 すぐに刃を降ろしてダガーを鞘にしまうと、追い払うように手を振って、行けとフーケを促した。
 
 だが、フーケはその場を去らず、あからさまに不審な態度で才人の睨み付け、
 
「……どういうつもりかしら?」
 
「見逃してやるから、とっとと逃げろって言ってんのが分からねえのか?」
 
 当然、ルイズ達から抗議の声があがるが才人はそれを無視した。
 
「ふん、信用出来ると思う? 振り返った瞬間に後ろから刺されたんじゃたまったものじゃないわ」
 
 才人は溜息を吐き出すと、
 
「ウエストウッド」
 
 その一言にフーケは僅かな反応を示す。
 
「俺はそこで彼女に命を救われた。……そこで彼女に聞いたよ、あんたが彼女達に毎月金を送ってることをな。
 
 あんたを捕まえると彼女達が路頭に迷うことになる。そんな恩を仇で返すような真似出来るかよ」
 
 つまらなそうに告げる才人に対し、その言葉で全てを納得したフーケは頷き、口元に小さい笑みを浮かべると、
 
「ねえ、あの娘は元気だった?」
 
 聞かれ、才人は彼女の姿を思い出す。光を織り編んだような美しい金髪。世界中の美を凝縮したような整った顔立ち。……そして、あの巨大な胸! 何はともあれ、あのバカデカイ胸! もはや、人類の至宝とも言うべき大きな胸!
 
 あれはでかかった……。腰や腕なんかはルイズと大して変わらないのに、胸だけはキュルケの1.5倍以上はある。
 
 才人は感慨深げに二度大きく頷くと、
 
「……あれはでかかった。いや、そうじゃなくてだな!? うん、元気にしてた」
 
「そう、なら良いわ」
 
 フーケは才人に対して踵を返し、一度才人の方へ振り向くと、
 
「じゃあね、優しい使い魔君」
 
 才人に向け投げキスを送り、そのまま森の中へ姿を消した。
 
「追わないと!!」
 
 慌てて駆け出そうとするルイズ達に対し、才人は両手を拡げて彼女達を押し留めると、
 
「だから、見逃してやれって」
 
 言いながら、地面に落ちている武器を拾い上げる。
 
 だが、ルイズは納得していないらしく才人に詰め寄ると、
 
「見逃せるわけないでしょ!! 相手は犯罪者なのよ!? 捕まえないと、被害が増すばかりだわ!」
 
 頑として譲らないルイズに対し、才人は溜息を吐き出すと数歩前へ出た。
 
 そして手にした長剣を一閃して地面に線を刻む。
 
「悪いが、俺はここで足止めさせてもらうぞ?」
 
 言って、足下の線を指し、
 
「その線を越えてフーケを追うつもりなら、それなりの覚悟を決めろ」
 
 そう告げる才人の眼差しは真剣なものだ。
 
 彼の迫力に気圧されたルイズが一歩後ずさる。――だが、それでも決して納得のいかない彼女は才人に問い掛けた。
 
「……何でよ? どうして、あんたは悪党の肩を持つのよ」
 
 才人は溜息を吐き出すと、ルイズ達に事情を説明し始める。
 
 以前、死にかけていた所をある少女に助けられたこと。
 
 その少女の住んでいた村が、孤児達ばかりで、その生活費をフーケが仕送りしていたこと。
 
 だから、フーケを捕らえてしまうと、その孤児達が生活出来なくなること。
 
 だが、その説明を聞いてもルイズは納得しない。
 
「そんな、汚れた金で生活しても嬉しいわけないじゃない! それにお金が欲しいなら真面目に働いて生活するべきよ!!」
 
 それは確かに正論だ。だが、何の不自由も無く今まで生きてきたルイズが言っても何の説得力もない。
 
「お前な、平民が一年間真面目に働いて、どの程度のお金を稼げると思ってるんだ?」
 
 ルイズが返答に詰まり、口を開く前に才人が次の言葉を発する。
 
「はっきり言って、お前らの小遣いよりも少ない額しか稼げないんだぞ? そんな金額で、10人以上もいる孤児達を養っていけるとでも思ってんのか?」
 
 ……養える筈がない。
 
 唇を噛むルイズに対し、才人は更に残酷な現実を告げる。
 
「あの村にいるのは、皆10歳にもならない子供達ばかりだ。……世話をしてる娘は俺達と同い年だけど、彼女はとある事情で村を離れる事が出来ない。
 
 働けるのは、フーケだけなんだよ……」
 
 言葉を無くすルイズ達。だが、才人の言葉は止まらない。
 
「そのフーケにしても元貴族だ。……あいつが何で、貴族の称号を剥奪されたか知ってるか?」
 
 もはや力無く首を振るルイズ。
 
「あいつの父親が、王様にある物を差し出せって言われて、断ったからだそうだ」
 
「……な、なによそれ? 王様の言うことなのよ? それを聞くのが貴族の義務じゃない!?」
 
 反論するルイズの言葉を黙らせたのは、やはり才人の一言だった。
 
「それがある母娘の命でもか?」
 
「ッ!?」
 
「彼女達は別に何か犯罪を犯したわけじゃない。ただ、平穏に暮らしていただけだ。
 
 そんな彼女達の存在が罪だって言うのか?」
 
「…………」
 
「王様の言うことがそんなに正しいんだっていうんなら、俺は悪党で充分だ」
 
 現実の厳しさを突き付けられ、項垂れるルイズ。
 
 ……だが、彼女と違い心の折れていない者がいた。
 
 タバサは無言のまま前へ出ると、才人の刻んだ線を踏み越える。
 
 そのまま才人の傍らに並び踵を返し、ルイズと対峙した。
 
 彼女にとって、王家とは敵であり、王家が正義ならば自分は悪だ。
 
 その選択に躊躇いは無い。
 
「まったく、しょうのない娘ね」
 
 肩を竦めながら、キュルケが線を越えてタバサの隣に並び立つ。
 
 新興国家であり、金で貴族の地位が買えるゲルマニアの出身である彼女は、元々王家に対する忠誠というものが薄い。というか殆ど無い。
 
 自分の地位の為に身内を幽閉するような王に忠誠を誓うくらいなら、事情は良く分からないが、王家と敵対する親友と共に、王様に牙を剥く方が彼女の性格にあっている。
 
 ……だが、ルイズはそうはいかない。
 
 彼女が忠誠を誓う王家とは、彼女の旧友であるアンリエッタ王女の事であり、幼い頃共に遊んだ彼女を裏切るような真似をすることは出来ない。
 
 長い葛藤の末、それでも答えが出せずにいるルイズは、そのまま踵を返し、
 
「……今から追っても、どうせ追いつけないでしょ?
 
 いいわ、今日の所は見逃してあげる。……でも、勘違いしないでよね!?
 
 わたし、まだあんたの言うことに納得したわけじゃないんだから!!」
 
 ルイズがそう宣言した事で一応の決着が着き、才人は安堵の吐息を吐き出した。
 
 
 
 
  
 
 
 
 
 
 フーケは取り逃がしたが、破壊の杖を無事取り戻した事を学院長へ報告し、……今回は特に質問することが無いので、そのまま退室しようとすると、才人だけがオスマンに呼び止められた。
 
「何ですか?」
 
 相手が目上の人ということで、一応敬語で問いかける才人に対し、オスマンは一度咳払いすると、
 
「……君は、自分の力がなんなのか、自覚しているのかね?」
 
「両手と額のルーンの事ですか?」
 
「ああ、そうじゃ」
 
 才人は小さく頷くと、
 
「伝説の使い魔のものですよね」
 
 そして背の剣を引き抜き、
 
「こいつは伝説の使い魔の一人、ガンダールヴが使ったという魔剣・デルフリンガーです」
 
 その言葉に、オスマンの横にいたコルベールが目を見開く。
 
「なんと!? 真ですか!」
 
「おう、ホントのことよ」
 
「なるほど、インテリジェンス・ソードか」
 
 オスマンは息を飲み、一息吐くと本題を切り出す。
 
「伝説が再来したということは、やはりヴァリエール嬢は……」
 
 言い淀むオスマンに対し、才人は僅かに考えるが、恐らく推測はついているだろうと判断し、力強く頷くと、
 
「虚無の担い手です」
 
「……やはり、そうか」
 
「自覚も無いし、今はまだ、ただの落ちこぼれメイジですけどね」
 
 オスマンは乾いた笑いを浮かべ、
 
「伝説の大安売りじゃな」
 
「その内、一杯虚無の担い手と使い魔が出てきますよ」
 
「ははは、……冗談、じゃよな?」
 
 才人は答えない。ただ曖昧な笑みを浮かべ、
 
「ルイズの才能については、時が来るまで秘密にしていてもらいたいんですけども」
 
「それは、元よりこちらもそのつもりじゃ。だが、問題は君じゃ」
 
「俺?」
 
 首を傾げる才人に対し、オスマンは頷きを送ると、
 
「三つのルーンを宿した使い魔なんぞ聞いたことがない。……君は一体何者かね?」
 
「おう、そりゃ、俺も聞きたかった。普通、ルーンてもんは、使い魔一体につき一つなのが常識だ。
 
 なんで相棒は、三つのルーンを持ってやがる?」
 
 オスマンとデルフの問いに、才人は力強く頷き、
 
「そりゃ、俺が聞きたいくらいだ」
 
「……なんじゃ、わからんのか?」
 
「平民にそんな難しい問題、期待しないで下さいよ」
 
 はにかんだ笑いで話しを打ち切り、才人は部屋を後にした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 着飾った生徒や教師達が豪華な食事が盛られたテーブルの周りで歓談する中、キュルケが多くの男達に囲まれて笑い、タバサがテーブルの上の料理と格闘している。
 
 だがそこにルイズと彼女の使い魔の姿はない。
 
 タバサは暫く周囲を見渡すと、ドレスのポケットにしまっておいたナイフを取り出してテーブルの上に置き、小さく溜息を吐く。
 
「どうした嬢ちゃん? 珍しく溜息なんぞ吐いて?」
 
 ナイフから声が聞こえてくる。
 
 タバサはいつもと同じ無表情のまま、
 
「予定が狂った」
 
「……予定?」
 
 だが、タバサは多くを語らない。そのまま黙々とテーブル上の料理を征服にかかる。
 
 ……本来ならば、パーティーに出席するルイズにナイフを渡し、才人に届けてもらうつもりだったのだが、しかたない。
 
 明日にでも、自分で届けに行こう。
 
 そう決めて、ハシバミ草のサラダを口に運んだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 その頃、当の使い魔が何をしていたかというと……。
 
「いや、悪いな我らが剣。皿洗いなんか手伝ってもらっちまって」
 
「いいって、何時も飯分けて貰ってる上に、夜食まで食わせてもらってるんだから」
 
「かー、聞いたか皆! 謙虚な上に仕事まで手伝ってくれる! こんな出来た人間、俺ぁ見たこたねえ!」
 
 料理長が才人の肩をバシバシ叩く。
 
 才人がここで皿洗いをしているのは、舞踏会でルイズと会うことを避ける為だ。
 
 実際のところ、ルイズは舞踏会には出席せず、部屋のベットに蹲って才人に言われたことに関して考え事をしているのだが、そんなことは才人は知る筈はない。
 
 最近、色々あって忘れがちになっていたが、何時か日本に帰る自分はルイズと親しくなりすぎてはいけない。そう思うと、才人としては今日の出来事は丁度良かったのかも知れない。と無理矢理自分を納得させる。
 
 もう二度と彼女のあんな声は聞きたくない。
 
 そんな事を考えながら、以前、魅惑の妖精亭で鍛えた技を駆使して皿洗いを続ける。
 
「しかも聞いた話しじゃ、今回土くれのフーケから破壊の杖を取り戻したのは、我らの剣だそうじゃねーか! それを傲りもせずに、皿洗いに勤しむその姿勢! 普通はできるもんじゃねー!」
 
 うんうんと頷き、
 
「よし! 今度、俺の娘を紹介してやる、貰ってやってくれ、我らが剣!」
 
「いや、ちょっと、さすがにそれは……」
 
「駄目です!」
 
 たじろぐ才人の声を遮り、キッパリと拒否したのは、舞踏会場から料理の空き皿を持ってきたメイドのシエスタだった。
 
「いくら料理長の言うことでも、それだけはきけません!」
 
「……シエスタ?」
 
 突然のシエスタの乱入に一瞬呆気に取られた料理長のマルトーだが、その真意に気づくといきなり大笑いを始め、
 
「く、くくくはははははははは、そうかそうか! 惚れちまったかシエスタ!」
 
 厨房の皆が一気に囃し立てる。
 
「良いじゃないか、お似合いだよお二人さん」
 
「めでたい! めでたいですぜ料理長!」
 
「まったくだ、相手がシエスタなら、俺も文句はねえ!」
 
 言って、マルトーはグラスを掲げ、
 
「全員、グラスを持て! 俺の奢りだアルビオンの古いやつ持ってこい、祝酒だ!」
 
 慌てふためく当人達を無視して、才人とシエスタにもグラスが渡され、なみなみとワインが注がれる。
 
「よし、全員に行き渡ったな!」
 
 咳払いを一つ、
 
「では、我らが剣とその恋人の未来に……、乾杯!」
 
「乾杯!!」
 
 勢いに流されつつ、グラスを傾ける。
 
 ……あれ? 何か別のフラグ立ってる?
 
 横を見れば、シエスタが恥ずかしそうに頬を染めながらも、才人に寄り添っている。
 
 終始賑やかな雰囲気の厨房で、仕事をしつつ、その日は過ぎていった。
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