ゼロの使い魔・2回目
 
第1話(前編)
 
 今、少年の前には光の扉が開いている。
 
 少年の主人、否、主人であった少女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールによる使い魔の送還呪文だ。
 
「じゃあな……」
 
 才人が声を掛けるが、彼女は反応してくれない。……それどころか、後ろを向いてこちらを見ようともしてくれない。
 
 才人の表情が悲痛に染まるのを見かねた皆が、彼に最後の別れを告げる。
 
 まず最初に声を掛けたのは、メイド服姿の少女、才人付きの侍女シエスタ。
 
「……サイトさん」
 
 何か言おうとするが、言葉は全て涙によって塞き止められる。
 
「シエスタ、料理上手かったぜ。ありがとな」
 
 才人の言葉に、それ以上は何も言えず、ただ涙が流れるに任せる。
 
 続いて才人に声を掛けたのはルイズの天敵キュルケと、その親友タバサ。
 
「サイト……」
 
「…………」
 
 だが彼女達にしても感極まって、それ以上は言葉にならない。
 
 それを察した才人は、ぎこちないながらも笑みを作り、
 
「コルベール先生に余り迷惑掛けんなよ? タバサもキュルケと仲良くな」
 
 キュルケは目尻に薄く溜まった涙を拭いつつ、タバサは無言のままで頷いてくれた。
 
「サイト様、本当にありがとうございました。貴方がいてくれなければ、この国は滅んでいたことでしょう」
 
 深々と頭を垂れるのは、アンリエッタ女王だ。彼女の目尻にも悲しみの涙が溜まっているのを見た才人は、困ったような笑みを浮かべると、
 
「いや、そんな……。俺は大した事はしてませんよ」
 
 謙遜するが、彼の残した功績の大きさは既にトリスティンに留まらず、世界レベルでの歴史に残る偉業となっている。
 
 大英雄、平賀・才人。
 
 今後ハルケギニアの歴史の教科書には彼の名が登場するであろう。
 
 曰く、伝説の使い魔。
 
 曰く、7万の軍勢を、ただ一人で止めた剣士。
 
 曰く、勇者の再来。
 
 曰く、人とエルフを繋ぎし者。
 
 そして、そんな彼の前には、ハーフエルフの少女が立っていた。
 
「サイト、……本当に行ってしまうの?」
 
 物哀しそうに告げる彼女に、才人は心底申し訳なさそうに、
 
「……テファ、君には本当にどれだけ礼を言っても言い足りないよ。
 
 君が居なかったら、俺とっくの昔に死んでたし」
 
 テファは悲しみを堪えた無理矢理な笑みを才人に向け、
 
「ううん、気にしないで。
 
 わたしの方こそ、あなたに会えて楽しかった」
 
 才人は、再度テファに礼を述べ視線を移す。
 
 彼の視線の先には一組の少年と少女が居た。
 
「やあ、サイト。君が行ってしまうとはね。親友としてホントに悲しいよ」
 
「ホントね。折角友達になれたのに、残念だわ」
 
「……なんか、ギーシュが言うと嘘臭いんだよな。
 
 それと、モンモン。余りギーシュと喧嘩すんなよ」
 
 ギーシュの態度次第ね。と告げるモンモランシーに苦笑いを浮かべつつ、次の相手に視線を移す。
 
「アニエスさん。すみませんけど、デルフのこと頼みます」
 
 そう告げる才人の前には、銃士隊の隊長であるアニエスと半ば鞘から引き抜かれた剣がある。
 
 アニエスは、微苦笑を浮かべながら、
 
「色々と使い勝手は悪そうだが、曰わく付きの上に切れ味と頑丈さは保証済みだからな。
 
 次のガンダールヴが現れる時までは、我が家の家宝とさせてもらおう」
 
「いや、そんな大層な剣じゃないんですけどね」
 
「はん、言ってろよ相棒。まあ、この隊長さんなら俺の使い手として合格レベルだ。
 
 勘弁しといてやるよ」
 
 偉そうに告げるデルフリンガーに対し、才人は半眼でアニエスの腰の剣を見ながら、呆れ口調で、
 
「……ムカついたら、捨てて良いですよ?」
 
「ああ、そうさせてもらう」
 
 続いて才人が姿勢を正し、恩師に向け頭を下げる。
 
「コルベール先生……、色々お世話になりました。
 
 ……それとすみません。一緒に地球に連れていくって約束、守れなくて」
 
「いや、気にしないでくれサイト君」
 
 才人の眼前に開く扉は、あくまでも使い魔用の門であり彼の左手に刻印されたルーンを破棄する代わりに元居た場所への道を開く術式である。
 
 よって、ルイズの使い魔ではないコルベールに、このゲートを潜る事は出来ない。
 
 コルベールは笑みを崩さないまま、
 
「それに私はまだ諦めたわけではないぞ? もし私が君の世界を訪れた時は、色々と案内を頼めるかね?」
 
「勿論ですよ!」
 
 頷き、互いに握手を交わす。
 
 そして、才人は最後に再びルイズに視線を戻すが、彼女は未だに後ろを向いたままだ。
 
「……ルイズ」
 
「は、早く行っちゃいなさいよ! 別にアンタなんかいなくなっても、全然寂しくなんかないんだからね!?」
 
 そう告げるルイズに対し、才人は心底申し訳なさそうな声色で、
 
「……ゴメンな」
 
 そう言い残し、才人はルイズから逃げるように踵を返してゲートに飛び込む。
 
 その動きを感じ取ったルイズが慌てて振り向くが既に少年の姿は半ばまで光に呑み込まれた後だ。
 
「――アッ!?」
 
 しかし、それでもルイズは手を伸ばしゲートに指が触れる直前、……彼女の眼前で光は消えた。
 
 ルイズの瞳から大粒の涙が零れ落ちる。
 
「……うっうう。
 
 サイト――!!」
 
 泣き崩れるルイズ。
 
 まるで悲しみを分かち合おうとするように、ルイズを中心に才人に想いを寄せていた少女達が抱き締めあった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 光の扉を抜けた才人は、ガムシャラに走り続けた。
 
 暫くして彼の前に先程と同じような扉が現れ、そこに躊躇無く飛び込む。
 
 一瞬のホワイトアウト。
 
 そして彼の視界が戻った時、その前に現れたのは……、
 
「あんた誰?」
 
 先程、別れたばかりのご主人様。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールその人だった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 えーと、……これはどういうことなんだろう?
 
 呆然としている才人を尻目に、周囲の状況はドンドン流れていく。
 
 周囲のクラスメイト達が、ルイズの失敗を騒ぎ立て、ルイズが憤懣やるせない表情でコルベールにサモン・サーヴァントのやり直しを要求し、それをすげなく却下される。
 
 現状を確認した上で、この状況は、かなり見覚えがあることに気付いた。
 
 ……そう言えば、初めてこの世界に召還された時も、こんな感じだったっけ。
 
 そう物思いに耽っていると、突然ルイズにキスされた。
 
 考え事をしている内に、何やら話が進んでいたらしい。
 
 問答無用で才人の全身に激痛が迸る。
 
「ッ!? ぐぁ!!」
 
「心配いらないわよ。“使い魔のルーン”が刻まれているだけなんだから」
 
 それは知っている。……だが、この痛みは以前味わった痛みとは比較にならない。
 
 悲鳴すら挙げることが出来ずに苦しんでいたが、唐突にその痛みが消え失せた。
 
「ハァハァ、……なんだってんだ!?」
 
 荒い息を吐きながら告げる才人に対し、ルイズは不満に満ちあふれた声で、
 
「だから、ルーンを刻んでるだけって言ってるでしょ」
 
 要領を得ないルイズの言葉を無視して、才人は己の左手を見る。
 
 そこに刻まれていたのは、もはや見慣れたガンダールヴのルーン。送還呪文を用いることで契約が破棄されて消えた筈のルーンが再び刻まれた事に軽い驚きを示しつつも、命に別状がなくて良かったと人心地吐き、右手で額の汗を拭う。
 
 だが、その一瞬の隙に才人の目に入ったのは、右手に刻まれたルーン。
 
 驚き、その右手をマジマジと見つめていると、コルベールが近づいてきて、才人の前髪を掻き上げ、その額を凝視する。
 
「随分と珍しいルーンだね」
 
「いや、ちょっと待った!? もしかして、額にもルーンが刻まれてるんですか!?」
 
「ああ、その通りだが、それがどうしたのかね?」
 
 問われ、慌てて自分の襟を引っ張り、以前よりも若干筋肉の付いたその胸板を確認する。
 
 幸いなことに、そこにルーンは刻まれておらず、安堵の吐息を吐き出す才人。
 
 そんなことをしている内に、他の生徒達は空を飛んで教室へと戻って行く。
 
「ほら、さっさと行くわよ!」
 
「ん、ああ」
 
 ルイズに促され、その後を付いて歩く才人。
 
「ねえ、そう言えばアンタ名前は何ていうの?」
 
 自分の事を知らないルイズ。その質問で才人の疑問は、ほぼ確信へと変わった。
 
「あ、ああ。才人、……平賀・才人だ」
 
「ふーん、変な名前」
 
 それだけを言い残して、ルイズはスタスタと歩みを再開する。
 
 やはり自分は、過去に時間遡行したと考えるべきだろう。
 
 サモン・サーヴァントは異世界さえ繋ぐ呪文だ。時間さえ無視することもあるかもしれない。……多分。
 
 そんな事よりも、これからどうするかが問題だ。
 
 ガンダールヴだけではなく、今の自分にはヴィンダールヴとミョズニトニルンの力まである。……これだけの力があれば、ウェールズ王子を守り、あの戦争を回避することが出来るのではないか?
 
 そして、今度は……。
 
 才人の脳裏によみがえるのは、別れ際に聞いたルイズの泣き声だ。
 
 もう二度とルイズを悲しませたくない。
 
 ……だから、今度は彼女とは距離をとろう。自分が日本に戻る時に、彼女を泣かさなくてすむように。
 
 そんな、決意を胸に抱いた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 取り敢えず、ルイズの部屋に場を移した才人は、自分が異世界人であることをルイズに告げるが、予想通り全く信用してくれない。
 
 そして掃除、洗濯、その他雑用を言いつけられ、更には久しぶりに床での就寝を言い渡される。
 
 ……床で寝るなんて、随分と久しぶりだな。
 
 等と考えつつ、馬小屋から藁束を拝借して床に敷き、その日は眠りに着いた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 そして、翌朝。
 
 ルイズに文句を言われる前に、彼女の着替えを準備してから、優しく起こす。
 
「ん……。なによ?」
 
 寝ぼけ眼で問い掛けるルイズに対し、才人は軽く溜息を吐きながら、
 
「朝だよ。とっとと起きろ。朝飯に遅れるぞ」
 
「……ん。着替え」
 
「ほら」
 
「……着替えさせて」
 
「それぐらい自分でやれ。俺はこれから洗濯なの」
 
 それだけ言い残し、ルイズをそのままにして洗濯籠を持って外に出る。
 
 部屋を出た才人が廊下を歩いているとドアの一つが開き、そこから火トカゲを従えた赤い髪の少女が現れた。
 
 少女は才人を物珍しそうな表情で見つめ、
 
「あなた確か、ルイズの使い魔になった平民だったわよね?」
 
 ……そういえば、これが初対面だったか。
 
 と思いつつ、頷いておく。
 
「ねえ、あなたお名前は?」
 
「ん、才人。平賀・才人」
 
「ヒラガサイト? 変な名前」
 
「やかまし」
 
「私はキュルケ。二つ名は“微熱”よ。そして、こっちが私の使い魔のフレイム。仲良くしてあげてね」
 
 才人が視線を落とすと、サラマンダーのフレイムと目があった。
 
 フレイムは僅かに頭を垂れると、
 
“我が名はフレイムと申す。以後よろしく頼む”
 
「おお、喋った!?」
 
 驚く才人に、キュルケは訝しげな視線を送るが、才人としてはそれどころではない。
 
 淡い輝きを放つ右手のルーンに気付いた才人は、それがヴィンダールヴの力である事を理解した。
 
 謎さえ解ければ、順応力の高い才人は平然とそれを利用する。
 
 才人は膝を折って、その場にしゃがむとフレイムの頭を撫でながら、
 
「ああ、こっちこそよろしくな」
 
“汝、我が言葉が分かるのか?”
 
 小首を傾げながら問い掛けるフレイムに対し、才人も小さく頷くと返事を返す。
 
「そうみたいだ」
 
“そうか、では力の欲しい時は我を呼ぶとよい。一応、この学院の使い魔達を仕切っているのが我なのでな。
 
 可能な限り、汝の力となろう”
 
「そうか、そりゃあ助かる」
 
「ねえ、サイト」
 
 呼ばれ、才人が顔を上げると、胡散臭そうな表情でキュルケが彼を見ていた。
 
「何?」
 
「……あなた、なに独り言言ってるの?」
 
 やはり、キュルケには使い魔の声が聞こえていないらしい。
 
「いやいや、同じ使い魔同士、気が合ってな」
 
 本当の事を告げても信じてもらえないのは分かり切っているので、誤魔化すことにした。
 
 そして、才人はキュルケと別れ水汲み場へ向かい洗濯を始める。
 
「くあぁ、やっぱ、冷てぇ!」
 
 文句を言いながらも、洗濯を続ける才人。
 
 何だかんだ言って、長い使い魔生活で、大分所帯じみてきたのかも知れない。
 
 ……こりゃ、早急にあの大釜貰ってきて、風呂の残り湯で洗濯するようにしないとな。
 
 などと思いつつも、手を休めずに洗濯を続ける。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 洗濯が終わった後で食堂の方へ顔を出すと、既に朝食は終了していた。
 
「あー、やっぱり遅かったか」
 
 やれやれと嘆息し、シエスタに挨拶がてらパンと賄いのシチューでも恵んで貰おうと思っていると、彼を呼び止める声が食堂に響いた。
 
「ったく、このグズ使い魔! 何時までご主人様を待たせれば気が済むのよ!?」
 
 見れば既に片づけを始めているテーブルにただ一人残ったルイズが、才人の分の食事を持って待っていてくれた。
 
「ほら、さっさと食べなさいよ」
 
 差し出された皿には、申し訳程度の肉が一切れと堅そうなパンが2つ。そして既に冷めてしまったスープが添えられていた。
 
 わざわざ遅刻覚悟で自分を待っていてくれたご主人様に、才人は軽く肩を竦めると、予定を変更し笑顔で侘びしい食事にありついた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 授業中、ルイズの横の床に座って授業を聞いていると、周りの生徒達の使い魔が寄って来て才人に挨拶していく。
 
 才人のいる世界にもいた猫や梟、ファンタジー世界特有の幻獣。
 
 見た目は千差万別だが、皆、話してみると結構気の良い奴らだった。
 
 そして、その会話の中で気付いたのだが、彼らとの会話は別に声に出さなくてもテレパシーのようなもので通じ合えるらしい。
 
 才人がそんな新しい発見と会話を楽しんでいる横では、ルイズが誰かと口論している。
 
 風邪っぴきがなんとか言っている所をみると、どうやら相手はマルコリヌの事らしい。
 
 まあ、何時ものように魔法を使えないのをからかわれているだけだし、可哀想だが実害もないだろう。
 
 それに今回は、別れ際に彼女を悲しませないように、余り親密にならないと決めたのだ。
 
 ……今朝の朝食の件で、いきなり決心揺らいだけどもな。
 
 才人は彼女の本当の才能を知っている。……だが、それをこの場で言うわけにはいかないし、何よりも言ったとしても始祖の祈祷書も水のルビーも無い今は証明することも出来ない。
 
 そんなことを考えていると、何時の間にやらルイズが壇上に立っていた。
 
 ヤバイッ!? と思った才人は、素早く机の下に退避する。
 
 直後、教室を爆音が貫いた。
 
 皆が恐る恐る机の下から顔を出すと、そこにいたのは顔を煤で汚し、爆風で衣服をボロボロにしたルイズと、倒れたまま動かない中年の女教師だった。
 
 その後、才人はルイズに手伝わされて教室の片づけを行い。更に彼を手伝ってくれた使い魔達の協力のお陰で、予定よりも随分と早く片づけを終わらせる事ができた。
 
 以前では気付かなかったが、授業に復帰したルイズが、先程の失敗を気に病み元気が無いのを見抜いた才人は、小さく溜息を吐き授業中の教師に向かって挙手。
 
 質問をぶつけた。
 
「すんません、ちょっと聞きたい事があるんですけど」
 
 使い魔からの質問など、今まで一度たりとも受けたことはない。戸惑いながらも人が良いのだろう女教師は、才人の質問を許可してくれた。
 
「ちょっと、何考えてんのよアンタ」
 
 ルイズが横から文句を言ってくるが無視。
 
 才人は立ち上がり、
 
「さっきウチのご主人様が魔法を失敗しましたが……」
 
 その時点で、教室に爆笑が起こる。
 
 なにせ、使い魔にまで魔法の失敗を揶揄されたのだ。ルイズが鋭い目つきで、それ以上余計な事を喋ったら殺すという意思を飛ばしてくるのを、必死の思いで気付かない振りをしながら、
 
「さっき使ったのって、土系統の魔法でしたよね? 土の魔法が失敗したら、爆発するもんなんですか?
 
 自慢じゃないですが、ウチのご主人様は魔法を使えば水だろうと風だろうと尽く爆発します。今後の俺の安全の為にも、そこん所ご教授お願いします」
 
 巫山戯た物言いで締めくくるが、今度は笑い出す者は誰も居ない。
 
 それどころか教師を含め、生徒達も皆黙りこくってしまった。
 
 普通、わざと練金の魔法を失敗したとしても、爆発したりはしない。
 
 精々、何も変化が起きない程度だ。
 
 返答に困った女教師を擁護するように、授業終了のチャイムが鳴り響いた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 やがて昼食の時間となり、食堂に赴く二人。
 
 才人はルイズの椅子を引いてやり、
 
「ほら、何時までも落ち込んでねぇで、飯食っちまえ」
 
「落ち込んでなんかいないわよ!」
 
 やや乱暴に椅子に腰掛け、食前の祈りを始めるルイズ。
 
 才人は才人で、床に腰を降ろして、わびしい食事に内心溜息を吐きながらも食事を開始する。
 
 すると才人が一つ目のパンを食べ終わったところで、ルイズが半分ほど残った鶏肉を才人の皿に入れてきた。
 
「……なんだコレ?」
 
 問う才人に対し、ルイズはそっぽ向きながら、
 
「……さっきのお礼よ。アンタ私を庇ってくれたんでしょ?」
 
 その心使いに、思わず才人の目頭が熱くなる。
 
 いかんと思い、それを誤魔化すために一心不乱にルイズから分け与えられた肉に囓りついた。
 
「……ちょっと、ガッつかないでよね。わたしが餌、与えてないと思われるじゃない」
 
「うるへー」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 やがて食事が終わり、才人がルイズの部屋の掃除に向かおうとしていた所で、少年とメイド服の少女が言い争う場に出くわした。
 
 否、正確には言い争うのではなく、貴族の少年がメイドの少女に一方的にクレームを付けている状況だ。
 
 才人は見知った顔を見つけ、そう言えば、そんなイベントもあったよなー。と思いつつ、気付けば少年に声を掛けていた。
 
「いいからその辺にしとけよ。元々は二股掛けてたお前が悪いんだろ?」
 
「……何だね君は?」
 
 そこでギーシュは、相手が誰なのかを気付き馬鹿にしたような口調で、
 
「確かゼロのルイズの呼び出した平民の使い魔だったね。
 
 平民の君に、貴族の何が分かるというのかい?」
 
「……つーか、お前ナンパの成功率限りなく低いじゃねぇか。
 
 悪い事言わないから、浮気なんか止めてモンモン一人に絞っとけ」
 
 ……まあ、絞った所で尻にひかれるんだろうけどな。
 
 とは思ったが、流石にそこまでは口にしない。
 
 才人としては、友人に対する軽い冗談のつもりだったのだが、初対面のギーシュにしてみれば、初めてあった相手にそこまで言われる義理は無い。しかも相手は平民である。
 
「どうやら君は、貴族に対する礼儀というものを知らないようだな」
 
「……俺の知ってる貴族ってやつは、ロクな奴らがいなかったからなぁ。
 
 それこそ、尊敬とか礼儀とかとは無縁の……」
 
 今までに知り合った、様々な貴族達の顔が才人の脳裏を過ぎる。
 
 中にはマトモな人もいるにはいたが、それでも大半はロクでもない奴の方が多かったような気がする。
 
 というか、眼前の少年がその筆頭だった。
 
「よかろう、ならば君に貴族の礼儀というものを教えてやろう」
 
 ……結局、こうなるのか。
 
 才人はうんざりとした溜息を吐き出し、
 
「しょーがねぇなあ。……で、何処でやるんだ?」
 
 あくまでも気負った雰囲気の無い才人に、ギーシュは内心で戸惑いながら、
 
「ヴェストリの広場だ。着いてきたまえ」
 
 そう言い残し、先導して歩く。
 
 残された才人は、肩を竦めて面倒臭ぇーなぁと呟き、ギーシュの後を追おうとするが、その手をシエスタに掴まれる。
 
「だ、駄目よ。行ったら、あなた殺されちゃう……」
 
「いや、大丈夫だって」
 
「貴族を本気で怒らせたら……、わ、私が謝れば済む問題ですから」
 
「いや、だから、大丈夫だって」
 
 これがフーケやワルドレベルのメイジが相手なら気合いを入れる必要もあるが、相手はギーシュである。
 
 才人にしてみれば、遊び相手位にしか思っていない。
 
 そんなことを思いつつ、シエスタを宥めてギーシュの後を追おうとすると、
 
「あんた! なにしてんのよ!? 見てたわよ!」
 
 ルイズが声を掛けてきた。
 
「よう、ルイズ」
 
「よう。じゃないわよ!? なに勝手に決闘なんて約束してんのよ!」
 
「まあ、成り行きでな……」
 
「成り行き、じゃない!? ほら、わたしも一緒に謝ってあげてもいいから」
 
 そう告げるルイズに対して才人は本日何度目かになる溜息を吐き出し、
 
「喧嘩売ってきたのは、あっちだしなぁ。謝る理由も無いし」
 
「あのね、あなた絶対に怪我するわ! いいえ、怪我で済んだら運が良い方よ!」
 
「怪我なんかしねぇーよ」
 
「何であんたはそんなに楽観的なのよ! 相手はメイジなのよ、メイジに平民は絶対に勝てないの!!」
 
 必死に才人を説得しようとするルイズに、才人は軽く微笑み、
 
「大丈夫だって、ちっとは自分の使い魔の事を信用しろよ」
 
「全然信用出来ないわよ!?」
 
 そんなルイズの叫びを後に、才人はヴェストリの広場へと向かった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「諸君! 決闘だ!」
 
 ギーシュの宣言に、歓声が巻き起こる。彼は才人に視線を向け、
 
「とりあえず、逃げずに来たことは、褒めてやろうじゃないか」
 
「つーか、逃げる理由も無いしな」
 
「……ふふふ、良い度胸だ」
 
 ギーシュはマントを翻し、
 
「では、始めるとしようか!」
 
「あ、ちょっと待った」
 
 やる気を削ぐ才人の声に、ギーシュは半眼の視線を送り、
 
「何だい? 今更、怖じ気づいて命乞いする気にでもなったのかい?」
 
「……何で俺がお前に怖じ気づく必要があるんだよ? それよりもさ、お前魔法使うんだろ?」
 
「当然だ。僕はメイジだぞ。平民のように殴り合うなどといった野蛮な真似が出来るわけないだろう」
 
「なら、ハンデくれハンデ」
 
 その言葉にギーシュは怪訝な眼差しを向けると、
 
「ハンデだと?」
 
「そっ」
 
「僕に目隠しでもしてほしいのかい?」
 
「んなわけねーって。何か武器貸してくれよ。剣でも槍でも弓でも、俺が怖いんだったら、ナイフとかでもいいぞ?」
 
「誰が平民などを恐れるか!」
 
 激昂し、手にした薔薇の造花を一振りする。
 
 造花から零れた一枚の花びらは、その形状を剣へと変化させ、それは才人の足下に突き立った。
 
「取りたまえ、……だが、それを手にする以上、もう後へは引くことは許されないと知れ」
 
「はいはい」
 
 軽く答えて才人は剣を手に取った。
 
 才人の左手のルーンが輝きを放つ。
 
「来いよ、これでお前の勝ちは完全に無くなった」
 
「ふっ、面白い」
 
 ギーシュが再び造花を振り、散った花びらが1体の鉄人形に姿を変える。
 
「僕の二つ名は“青銅”。青銅のギーシュだ。従って、青銅のゴーレム“ワルキューレ”がお相手しよう」
 
「ふーん、……じゃあ、お返しに俺も名乗るとするか」
 
 一息、
 
「俺の名前は平賀・才人。ゼロのルイズの使い魔だぜ」
 
 告げると同時、才人が常人離れした速度で駆け、鉄人形が一瞬で八つの鉄塊に解体された。
 
「バカな……」
 
 唖然とするギーシュに対し、才人は剣の切っ先を突きつけると、
 
「ほら、全力で来い。こんな程度で負けても納得しないだろ?」
 
「くっ!? 随分と余裕じゃないか。だが、その余裕が命取りだ」
 
 再度、造花を振るい、今度は7体のゴーレムを作り出す。
 
 軽く前傾姿勢をとり、戦闘態勢を整える才人に耳に、……否、頭に直接声が響いた。
 
“少年よ”
 
“……ん? その声はフレイムか?”
 
“そうだ。見たところ多勢に無勢。我が助太刀しよう”
 
“いや、これくらいなら、余裕なんだけど……”
 
“そう言うな。我らとて召還されて以来、暇を持て余しているのだ”
 
“そうか、……って、我ら!?”
 
“左様。この場に居るメイジ達が使い魔一同。これより汝が手足となりて働こうぞ”
 
「あーもう、しょうがないなぁ」
 
 才人は微笑を浮かべ、剣を大地に突き立てる。
 
「許す。存分にやれ!」
 
 突如巻き起こった豪炎が、一体のワルキューレを呑み込み一瞬で融解させた。
 
「な、何事だ!?」
 
 慌てるギーシュの視線の先、一匹のサラマンダーが居た。
 
 即座にその主を見抜いたギーシュは、
 
「ど、どういうことだいキュルケ!? 神聖な決闘に横ヤリを入れるなど、無粋の極みというものだぞ!」
 
 だが、問われたキュルケでさえ、困惑の表情を浮かべている。
 
「ちょっと、フレイム。どうしちゃったの!?」
 
 必死に使い魔を止めようとするが、フレイムは彼女の言うことを聞かない。
 
 更に震動を伴った轟音が響き、視線を向けた先では、一匹の風竜が、その巨体をもってゴーレムを一体潰していた。
 
 そのまま尻尾を振るい、更に一体のゴーレムを粉砕して嬉しそうにきゅるきゅると鳴く。
 
「ど、どういうことだい!? ……一体何が起こっているというんだ!?」
 
 混乱するギーシュの前では、他のメイジの使い魔達がギーシュのゴーレムに攻撃を仕掛けている。
 
 やがて全てのゴーレムが沈黙すると、使い魔達は、才人を将とみたてて隊列を組むようにギーシュと対峙した。
 
「まあ、簡単に言うとここにいる全ての使い魔は俺の味方ということなんだが、……どうする? まだやるか?」
 
「ふ、巫山戯るな!」
 
 激昂したギーシュが叫ぶ。
 
「こ、こんなのは決闘とは僕は認めない! 正々堂々と個人の力量で勝負したまえ!!」
 
「お前だって、ゴーレム使ったじゃないかよ」
 
「アレは僕の魔法で作り出した物だ!」
 
「……我が侭な奴だなあ」
 
 才人はやれやれと溜息を吐き出し、
 
「はいはい。じゃあ、仕切直しな。今度は使い魔達の手は借りない。それでいいんだな?」
 
「と、当然だ」
 
「じゃあ、早くゴーレム作れよ」
 
 言って、使い魔達に下がるように告げる。
 
「さあ、後悔したまえ!」
 
 7体のゴーレムが一斉に襲いくるのに対し、才人は僅かワンステップで、その波の中に自らの身を投じる。
 
 左足を引き、腰を屈め、腕を伸ばし、身体を旋回させる。
 
 それだけで7体のワルキューレが放つ波状攻撃の全てを回避してみせた。
 
 ガンダールヴの能力による身体能力向上と、幾多の戦闘経験から学んだ回避能力の併せ技。
 
 舞の如き優雅な動きに、周囲の観客達から感嘆の声が漏れる。
 
 だが才人の動きは止まらない。
 
 先程の動きが静だとすれば、今度の動きは一転して動。
 
 残像さえ残らない速さで剣を振るい、一瞬で全てのゴーレムを鉄塊に変えた。
 
 余りの出来事に、今度は観客からは声すら挙がらない。
 
 武人の放つ極技を目の当たりにして、呆然と立つギーシュ。
 
 才人はゆっくりとギーシュの前に歩み寄ると、高々と剣を掲げる。
 
 そこで漸く我が身に訪れるであろう破滅を知ったギーシュは、腰を抜かして慌てふためく。
 
「ひ、ひぃ!?」
 
 そして、そのまま剣が振り下ろされ、
 
「だ、駄目よ! 止めなさいサイト!!」
 
 聞こえてきたご主人様の声に従い、ギーシュの頭上、皮一枚の所で刃が停止した。
 
 才人は指運一つで剣を回し、地面に突き立てると、
 
「ご主人様の命令だから、この辺で止めとくか」
 
 言ってギーシュに右手を差し出す。
 
「ほれ、命やりとりってのが、どれだけ怖いか分かっただろ?
 
 これからは、簡単に決闘とか口走んなよ」
 
「あ、……ああ。僕の負けだ。それは認める。
 
 だが、ひとつだけ教えて欲しい。君は何者なんだ? 他のメイジの使い魔を従え、あれほどの剣技を誇る武人なんて、聞いたこともない」
 
 才人はギーシュを立たせると、屈託のない笑みを浮かべ、
 
「だから、言ったろう? 俺はゼロのルイズの使い魔だぜ」
 
 そう言い残してその場を去っていく。
 
「あっ、そうそう、言い忘れてた。ギーシュ、後でちゃんとシエスタに謝っとけよ」
 
「……シエスタ?」
 
「お前が因縁吹っ掛けてたメイドだよ」
 
「ああ、分かった。約束しよう」
 
「おう」
 
 そして再度、才人は歩み始める。
 
「ちょ、ちょっとどこ行くのよ!?」
 
 問うてくるご主人様の声に対して、何時ものように気負わない声で、
 
「部屋の掃除だよ。悲しいかな使い魔の身なんでな。働かないと餌貰えねぇ」
 
 圧倒的な強さを誇る使い魔を、餌だけで従える落ちこぼれメイジ。
 
 そんな図を想像し、誰からともなく笑いが零れ出た。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 しかし、この話はこれで終わらない。
 
 ヴェストリの広場から少し離れた場所。
 
 トリスティン魔法学園長のオールド・オスマンの部屋。
 
 そこでは先程の争いの一部始終を二人の男が見ていた。
 
「先程の動き、まさしくガンダールヴ!」
 
 伝説の再来に、目を輝かせる中年の男。“炎蛇”の二つ名を持つコルベール教師。そしてもう一人は、この部屋の主にして魔法学院学院長、オールド・オスマン
 
「ううむ。それに先に見せた使い魔を操る術……、あれはもしや神の笛、ヴィンダールヴの力か」
 
「ええ、それだけでなく、彼にはまだ額にもルーンが刻まれていました」
 
「……それが事実なら、伝説のオンパレードじゃな」
 
 暫し考え、ようやくオスマンが口を開く。
 
「のう、ミスタ・コルベール。メイジの実力を知るには使い魔を見ろと言われておるが、彼の主人たるヴァリエール嬢は……」
 
「魔法実習の成績は、ほぼ壊滅的でして……」
 
「じゃが、学校で教えているのは、四系統の魔法だけじゃ。もし彼女が失われた系統に特化したメイジだった場合……」
 
 言葉を濁すオスマン。コルベールも無言のまま頷き、
 
「それならば、全ての謎が繋がります」
 
 偉大なる始祖ブリミルの再来。
 
「ならば、この事実は全て他言無用じゃ、ミスタ・コルベール」
 
「は? 王室に知らせないのですか?」
 
「ふん、王室のボンクラ共に知らせたところで、ロクなことに使うまいて。暇を持て余して戦争を仕掛けようとか言いかねん」
 
「ははあ。学院長の深謀には恐れいります」
 
 そう言ってコルベールは頭を下げた。
 
 
 
 
「使い魔さん!」
 
 ギーシェとの決闘を終え、才人がルイズの部屋の掃除に向かっていると、後ろから声が掛けられた。
 
 振り向く才人の視界に、メイド服の少女が駆け足で近づいてくるのが見える。
 
「……シエスタ?」
 
 シエスタは荒い息を吐きながら、才人の前までやってくると、深々と頭を下げ、
 
「あ、あの、ありがとうございます!」
 
「へ? 何が?」
 
 わけが分からず聞き返す才人に対し、シエスタは瞳を潤ませて、
 
「助けて下さったことがです! 私、感動しました! 私達魔法を使えない平民でも、貴族に勝つことが出来るんですね」
 
「いや、そりゃまあ、魔法使いって言っても同じ人間だし、魔法も万能ってわけじゃないだろ? そんなに怖がる必要なんてないし、貴族に勝ったからって感激するもんでも……」
 
 照れながら告げる才人に対し、シエスタは頬を僅かに朱に染めて、恥ずかしそうに俯きながらも上目使いで、
 
「あ、あの私、シエスタって言います。もし、良かったらお名前を教えて下さい」
 
「あ、ああ……、才人。平賀・才人っていうんだ」
 
「変わったお名前ですね」
 
「うん。よく言われる」
 
 言って屈託無く笑う才人につられるように、シエスタの笑みを浮かべる。
 
「じゃあ俺、部屋の掃除があるから」
 
「あ、はい。呼び止めちゃって済みませんでした」
 
「いいよ、そんなに急ぎじゃないしさ。……あ、そうだ、今度厨房の方に遊びに行ってもいいかな?」
 
 才人の提案に、シエスタは満面の笑みを浮かべ、
 
「は、はい! 是非いらして下さい!」
 
 手を振ってシエスタと別れ、部屋の掃除に向かう才人を柱の陰から一人の少女が見つめていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 それから数日後、才人が毎晩の日課となった、……正確に言うとアニエスに毎日必ずやれと言われた剣技の反復練習を裏庭で行っていると、彼の元を一人の少女が訪れた。
 
 小柄な少女の名はタバサ。
 
 彼女は才人の元へ赴くと、片膝を着いて頭を垂れ、
 
「あなたにお願いがあってきた。……どうか、頼みを聞いて欲しい」
 
 そう告げる彼女に、才人は慌てふためき、
 
「いや、ちょっと待ってくれ、その、取り敢えず頭を上げてくれ」
 
 と言って、タバサに頭を上げさせて人心地吐く。
 
 ……こんな展開は、前の時には無かったぞ。
 
 と思いつつ、タバサに話を進めるように促す。
 
「失礼だが、あなたについて調べさせてもらった」
 
「…………?」
 
 言われた才人は首を傾げる。調べてもらっても、自分の記録なんぞこの世界には無い筈だ。
 
「あなたの両手と額のルーン。それは、伝説の使い魔のもの」
 
「ああ、そういう事か」
 
 取り敢えずの納得をして、話を進める。
 
「どうか、その力を私に貸して欲しい」
 
 そして聞かされたのは彼女の生い立ち。
 
 父親を殺され、自らの身代わりに、毒を飲み心を壊した母のこと。
 
 それらの事実は、キュルケを通して才人は知っていたが、まさかタバサ自身から復讐の助力を請われるとは思ってもみなかった。
 
「……俺に復讐を手伝えって言いたいのか?」
 
「充分な報酬は用意する」
 
 ……復讐。その言葉で思い出すのは、二人の女性。
 
 一人は跪き、自分の復讐の為に幾万もの者達を殺したと懺悔した女王。
 
 一人は空虚な表情で、復讐の為に費やした自らの半世を語った騎士。
 
 復讐を果たして、二人に残ったものは、決して埋めることの出来ない心の空隙。
 
 だが、それを言ったところでタバサは復讐を止めないだろうし、どのみちジョゼフやイザベラを放置しておくことは出来ない。
 
 才人はしっかりと頷くと、
 
「ただし、幾つか条件がある。……そいつを飲めるならって話だが、良いか?」
 
 タバサは無言で頷き、話を促す。
 
「一つ目、行動を起こすタイミングは俺が決める」
 
 了承したのか、タバサが小さく首を縦に動かした。
 
「二つ目、行動を起こすのは、お前の母ちゃんが治ってから」
 
 才人の言葉が理解出来なかったのか、タバサが小首を傾げる。
 
「ミョズニトニルンに関しても調べたんだよな?」
 
 またも無言のまま首肯を返すタバサに対し、才人は笑みを見せ、
 
「ミョズニトニルンの力なら、壊れた心を取り戻す薬を作ることも出来るんじゃないのか?」
 
 未だ発動していないので詳しい事は分からないが、もしミョズニトニルンの力がガンダールヴと同じようなものならば、才人が手にした魔道具は、その使用法だけでなく構造(成分)や弱点(解毒薬)等も知ることが出来る筈である。
 
 現に、シェフィールドと名乗ったミョズニトニルンは解除薬をタバサに言うことを聞かせる為のエサとして利用してきた。
 
「その力を使えば、お前の母ちゃんを治せるんじゃないのか?」
 
「お母様が、……治る?」
 
 ……母が再び自分を見て、本当の名を呼んでくれる。
 
 それは、タバサが復讐などよりも真に願った想い。
 
 もし、それが実現出来るのならば……。
 
 タバサの瞳から、一粒の滴がこぼれ落ちる。
 
 才人は素早くタバサに歩み寄り、少女の頭を抱き寄せて、その小さな頭を胸に押し付けさせ、
 
「まだ泣くな。泣くのはお前の母ちゃんが、お前の名前を呼んでくれてからだ」
 
 才人の胸に顔を埋めて無言のまま頷き、目尻に溜まった涙を拭うと再び彼に対して深々と頭を垂れる。
 
「だから頭上げろって」
 
 言われ、素直に頭を上げた。
 
「そして、最後の条件だ」
 
 いいか? と前置きし、
 
「ジョゼフ達を倒した後は、お前がガリアを統治しろ」
 
 ジョゼフは無能王で済んだが、その娘であるイザベラは狂王となる可能性が高い。そんな者達に国を支配させていたら、いずれガリアが滅びることになる。
 
 別段ガリア王家が滅びることに関しては、なんの後ろめたさもないが、その負債が全て国民に背負わせられることになると思うと、流石に申し訳がない。
 
 タバサは僅かに躊躇っていたようだが、やがて覚悟を決めたのか、しっかりと頷いた。
 
 そして、その小さな口を開く。
 
「……何かお礼をさせてほしい」
 
「いや、お礼って言われても、まだ何もしてないしな……」
 
「……前払い分」
 
 才人は困惑の表情で、
 
「……そんな事言われても……、って、そうだ!」
 
 何かを閃いたのか、手を打ち付け、
 
「今度、シルフィード貸してくれ。剣を買いに街まで行きたいんだ」
 
「分かった。……それで何時?」
 
「何時になるかは、ちょっと未定かな? 取り敢えずは、ルイズを説得して剣買って貰うえるようにしないといけないし……」
 
 タバサは納得したと頷き、
 
「なら、その剣は、私から贈らせてほしい」
 
「へ? ……お前が買ってくれんの?」
 
 タバサは小さく頷き肯定を示す。
 
「そっか、じゃあ、悪いけど頼むわ」
 
 首肯で了承を伝え、
 
「明日の朝、ルイズの部屋に迎えに行く」
 
 こうして、才人の翌日の予定は決定した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ちなみに、その頃のルイズ。
 
「ツェルプストー!! 誰の使い魔に手を出してんのよ!」
 
 渾身の力を込めて、キュルケの部屋の扉を蹴り開ける。
 
 と、ルイズの視界に入ったのは、才人とは違う男と抱き合うキュルケの姿。
 
「……アレ? サイトは来てないの?」
 
 部屋を見渡し、自分の使い魔の姿がないのを確認すると、興味を無くしたのか、ドアを締めて部屋を出ていこうとする。
 
「お待ちなさい、ヴァリエール! ……あなた、淑女が睦み合っている時に侵入してきて、謝罪もなしに出ていくつもり?」
 
 相手の男から唇を離し、挑発するキュルケに対し、ルイズはそっぽ向き、
 
「あー、はいはい。悪かったわね。好きなだけ盛ってなさいよ」
 
 軽く手を振って、部屋を後にしようとした。
 
 だが、対するキュルケはルイズをそのまま逃がす筈もなく、
 
「フン、それよりもさっき面白いこと言ってたわよね? もしかして使い魔に逃げられたの? あなた」
 
「そんな事、あるわけ無いでしょうが!」
 
 恐るべき速さと剣幕で反応するルイズ。対するキュルケもその反応には呆気にとられたが、すぐに持ち直すと挑発的な笑みを見せ、
 
「あら、そう。じゃあ彼、私が頂いちゃってもかまわないわよね?」
 
 その言葉に、ルイズは面白い程に動揺しながらも、自分では取り繕っているつもりで、
 
「は、はん。平民相手にいいい色目を使おうっていうの? げげゲルマニアの淑女っていうのも、ててて程度が知れたものね」
 
「あら、でも彼、ただの平民でなくってよ。あの剣技、メイジの使い魔を使役する力。
 
 凡百な貴族の相手をするよりは、よっぽど面白いわ」
 
 それを聞いては、流石に黙っていられなくなったのか、キュルケと抱き合っていた男が、口を挟むが、
 
「お、おい、キュルケ、それはどういう……」
 
「あら、居たの? 少し黙っていてくださる?」
 
 キュルケが胸の間から取り出した派手な装飾の杖を一振りすると、大蛇の如き炎が生まれ、男を窓から突き落とした。
 
「平民に興味は無いんでしょう? なら口を挟まないで下さる? ミス・ヴァリエール」
 
「あんなのでも、一応私の使い魔ですの。勝手に手出しないで下さるかしら? ミス・ツェルプストー」
 
 魔法も使っていないのに、二人の間で見えない火花が飛び散った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 翌朝、才人が部屋の掃除を終わらせ、部屋でくつろいでいるとドアをノックする音が聞こえ、こちらが反応する前にキュルケが乗り込んできた。
 
「ダーリン♪ 私と愛を育みましょう」
 
 ……完膚無きまでに飛躍した挨拶をかますキュルケに、才人達が呆れ返っていると、まず最初に我に返ったルイズが反応した。
 
 彼女は読んでいた本を閉じると、ドアまで歩み寄り、
 
「あらキュルケ、今日も随分と幸せそうな頭をしているのね。
 
 でもね、残念。この使い魔には、これから用事があるの。悪いけど、出直してくれる!?」
 
 致死量の棘を含ませた言葉で威嚇するルイズに対し、キュルケは余裕の笑みを浮かべると、
 
「へー、用事ねぇ。ねえダーリン、そんなものより私と好い事し・な・い?」
 
 ウインクと投げキスのオマケ付きで誘ってくる。更に傍らに立つルイズからは行ったら殺すと視線で告げられている。
 
 才人は背中に嫌な感じの冷や汗をかきながら、
 
「い、いや、悪いなキュルケ。今日は先約があって……」
 
 その答えに、キュルケは不満そうに、ルイズは満足そうな表情を作る。
 
 そこへ開き放しのドアを杖でノックしてタバサがやってきた。
 
「あら? タバサ。どうしたの? こんな部屋まで」
 
「……こんな部屋で悪かったわね!?」
 
 というか、ルイズの部屋どころか、タバサが自分の部屋と食堂そして図書室以外を訪れることの方が珍しい。
 
 そのタバサは、控え目に頷くと、
 
「迎えに来た」
 
「……? 私、貴女と何か約束してたかしら?」
 
 タバサは首を振って否定を示すと、尻に付いた寝床の藁を払っている才人を指し、
 
「街まで出かける約束をしている」
 
 その台詞に、ルイズとキュルケの二人は、錆びついたような擬音を発しながらゆっくりと振り向く。
 
「んじゃ行くか」
 
「ちょ、ちょっと! 何処行くのよ!?」
 
 慌ててルイズが才人を問い質す。
 
「何処って? ……街まで」
 
「……何しに?」
 
 今度はキュルケだ。
 
「タバサが剣買ってくれるって言うもんで」
 
 ……僅かな間。
 
 直後、少女達は動き出した。
 
 キュルケは慌てて自分の部屋に駆け込み、ルイズはクローゼットを開けて、そこから金貨の入った布袋を取り出す。
 
「わ、わたしも行くわ! こ、この馬鹿使い魔が、何ねだったか知らないけど、主人である私が買い与えるべきだと思うの!」
 
「な、なら、私も同席させて貰うわ! 良いでしょう? タバサ」
 
「あんたは来んな!」
 
「あなたに聞いてないわルイズ。どうせ、街までシルフィードで行くんでしょ? なら決定権があるのはタバサよ」
 
 二人がいがみ合っている内に、タバサが才人の手を引いて部屋を出ていく。
 
「あっ!? こら、ちょっと待ちなさい!!」
 
 二人は声を揃えて、タバサの後を追った。
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