ゼロの使い魔・2回目
 
第16話
 
 戴冠式も滞りなく終了し、晴れて正式に王となったタバサは、最も信用出来る部下であるカステルモール率いる東薔薇騎士団に、極秘の命令を下した。
 
 その命令とは、一人の少女を捜し出し保護しろというもの。
 
 少女の名はイザベラ。前王ジョゼフの娘である。
 
 拘束しろや逮捕しろというのならばともかく、保護しろという命令に流石のカステルモールも反論するが、ジョゼフ派を抑え更に汚れ仕事を専門で請け負う北花壇騎士を統率するのに彼女が絶対に必要というタバサの意見を聞きカステルモールは納得した様子で、
 
「なるほど、汚れ仕事と汚名はすべてあの女に押し付けようというのですな!」
 
 そういうつもりは毛頭無いのだが、納得してくれるのならばわざわざ反論する必要も無い。
 
「流石はシャルロット女王陛下! このカステルモール感服いたしました」
 
 深々と頭を垂れたカステルモールは、喜び勇んで部下達を引き連れ宮殿を後にした。
 
 東薔薇騎士団の一団が宮殿を出て行くのを窓から眺めていたブリミルは紅茶に口を付け、
 
「張り切ってるわねー、あの人」
 
「よっぽどタバサに仕えられる事が嬉しいんだろうな」
 
 苦笑付きで答えるのは才人だ。
 
 取り敢えず彼がイザベラを確保しさえすれば、後の仲直りはタバサとイザベラの問題だ。こちらが口を挟む問題では無い。
 
「問題があるとすれば、取り逃がしたジョゼフの方でしょうけども……。
 
 どう見る?」
 
「どう……、って言われてもな」
 
 彼と戦った最後を思い出し、
 
「憑き物が落ちたような顔してたからな。もう、悪い事を企んだりはしないと思う。
 
 後は、タバサ次第だろ」
 
 そのタバサにしても、あの時本気で復讐を果たすつもりだったならば、才人を見捨てて追撃していた筈だ。
 
 それをしなかった。と言う事は、ある程度吹っ切れているとみていいだろう。
 
 今回、ゼロ機関の後ろ盾があったとはいえ、基本的にガリアの内紛という事で決着が着いている。ロマリアからの援助は殆ど受け取っていない為、彼らがガリアに対し、どうこうと強く出られる立場には無い。
 
 とはいえ、向こうには教皇だけでなく、ノルンも付いているので油断出来ないのもまた事実。
 
「まぁ、そんな事よりも……」
 
 ブリミルは指でテーブルを叩き、
 
「仕事が溜まってるらしいわよ。ヒラガ公爵様」
 
 満面の笑みで書類の束を抱えて持つ、才人の秘書となったフーケ、改めマチルダと侍女のサティー。
 
 その傍らには、教育係とも言うべきエレオノールの姿もある。
 
「うげッ!?」
 
 思わず呻き声を挙げる才人。
 
 結局、その日から三日間、才人は書類地獄に陥る事になった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ガリア国内にある、サン・マロンと呼ばれる海沿いの街。
 
 ここでは水上艦隊並びに空中艦隊の大規模な基地が存在する。
 
 その中でもジョゼフが秘密兵器開発の為に作らせた実験農場と呼ばれる製造工房があり、そこにコルベールの姿があった。
 
「いや、しかし……、見事なものですな」
 
 流石、魔法技術がハルケギニア一発達していると言われるガリアだ。
 
 そこに、ハルケギニア一冶金術の発達したゲルマニアから職人を呼び寄せ、東方号とヨルムンガントの改良。そしてタイガー戦車やゼロ戦の整備を行っている。
 
 ヨルムンガントは、元々この工房で作られた物なので、改良自体に特に問題は無い。
 
 まぁ、改良と言っても新しい武器の開発や、鎧のデザイン変更(悪役面で気に入らないとエレオノールが苦情を言った為)程度なので、それほど難しいものではないのだが、東方号や戦車、ゼロ戦に関してはどうしてもコルベールの指示が必要だった。
 
 その為、コルベールはタバサから実験農場の総責任者という地位を承り、趣味と実益を兼ねた新兵器の開発を日夜行っている。
 
 ハルケギニア最先端の冶金術と魔法技術があるとはいえ、流石に銃器の大量生産とまではいかないが、それでも職人やメイジが多数居る為、一つ一つ手作業で銃弾や戦車砲弾といった消耗品の生産が一日数十個程度のペースで行われ、ゼロ機関は着実に戦力を増強し、――来たるべくロマリアとの……、その後に控えるヴァリヤーグとの対決に備えていった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 一先ずの平穏な時間を手に入れた才人達であったが、平穏過ぎて暇を持て余していた。
 
 ギーシュとモンモランシー、それにティファニアは魔法学院の授業があるので、一足早く帰還したものの、キュルケはコルベールと共にサン・マロンに残っており、偶に王キリュティスに戻って来てはタバサの話し相手になっているようだ。
 
 才人達としても、別段トリステインに戻っても良かったのだが、ゼロ機関の主要兵器の施設がガリアにあり、主要兵器の使用者が才人である為、色々と助言を求められる事もあるので、ある程度の目星が付くまでガリアに留まる事になった。
 
 とはいえ、実験農場の方で何かしらの問題があるまでは特にやる事がなく退屈だ。
 
 ……と言う事で、才人はタバサの元を訪れ、何かやる事が無いか? と聞いてみる事にした。
 
 正直な話、そんな事を言われてもタバサとしては困る。
 
 客人であり、何よりも恩人である才人達に雑用を頼むわけにもいかないし、危険のある仕事を押し付けるわけにもいかない。
 
 どうしたものか? と暫くは思案していたタバサだが、やがてなにか思いついたのか? 小さく頷くと、
 
「人捜しを手伝ってもらいたい」
 
「……人捜しですの?」
 
 不審げに問い返すのはエレオノールだ。
 
 そのような雑事、衛兵にでも命令しておけば良いだろうと思うのだが、タバサ曰く、いい加減退屈な執務にウンザリしてきたので、城を抜け出す口実が欲しいと言うのだ。
 
 元よりジョゼフの代わりに国を動かしてきた文官達は健在なので、国の運営に関しては何も心配する必要は無い。よって、暫くの間は執務をジョゼットと母親に任せ、自分は探し人の捜索を口実に城を出たいというタバサの願いを受け、早速才人達は王キを飛び立った。
 
「それで? 探し人ってどんな人なんだ?」
 
 空を駆けるジルフェの上から、シルフィードに乗るタバサに問い掛ける。
 
「命の恩人で、料理人」
 
 名前はリュリュという元貴族の少女で、彼女を宮廷料理人として招き入れたいと思っているらしい。
 
 それを聞いた才人達は、なるほどと納得する。
 
 革命によって即位したタバサの事を快く思っていない輩は当然居るだろう。
 
 今後は、そのような者達による暗殺にも警戒しなければならない立場にあるタバサ。
 
 暗殺の中でも、最もポピュラーと言えるのが毒殺だ。
 
 人が生活していく上で、絶対に欠かせない三つの要素、衣食住。中でも食は絶対に欠かせない。
 
 その食事に毒を盛られる事を防ぐ為の一番良い手段が、信頼出来る料理人を雇う事だ。
 
 料理人に心当たりがあるというのならば、その人を雇う事に否は無い。
 
 ちなみに、魔法学院での才人達の料理は、生徒達同様マルトーが作り、シエスタとサティーが運んでくれる為、服毒の心配無く口にする事が出来る。
 
「それで? その料理人って、何処に居るんだ?」
 
「分からない。……以前、火竜山脈であったきり。取り敢えず、彼女の実家があると言っていたルションに向かう」
 
 ルションはガリア西部の暖かく住みやすい気候の街だ。
 
 タバサの命の恩人であるリュリュは、そこの行政官の娘として生まれたと言っていた。
 
 家を出たと言っても、勘当されているわけでもない彼女は、実家から仕送りも受けていると言っていた筈なので、彼女の実家ならば今、リュリュの居る場所が分かるかも知れない。
 
 そう予測して、タバサは進路を西へと向かわせた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 その頃、カステルモールは逃亡したイザベラとワルドに追いついていた。
 
 ジョゼフが敗北を喫した時、ワルドの手引きによりリュティスを脱出したイザベラであったが、追っ手との戦闘の最中、軽傷を負ったワルドを治療する為、拙いながらも水の治療魔法を用いたら、突如ワルドが激怒したのだ。
 
 逆上したワルドが怒りに任せイザベラを殺そうとした時、それを止めに入ったのが、偶然通りがかったカステルモール率いる東薔薇騎士団だった。
 
 ワルド、カステルモール、双方共に風のスクウェアメイジ。
 
 実力は拮抗してはいたものの、数の不利だけはどうしようもなく、ワルドはイザベラを見捨てて逃亡を選択。
 
 残されたイザベラは助かった事に安堵の吐息を吐き出すが、間髪入れずカステルモールによって捕らえられてしまう。
 
 短時間の間に受けた二度の裏切り……、カステルモールとしてはタバサに生きたまま引き渡す為に助けただけに過ぎないのだが、イザベラからしてみれば、十二分に裏切り行為に値する……、を受け彼女は更に人間不信へと陥ってしまう事になった。
 
 ……とはいえ、このままリュティスに連行されてしまえば、タバサによって直々に処刑されるのを待つばかりである。
 
 意気揚々とリュティスに帰還したカステルモールであるが、彼を出迎えてくれたのはタバサではなく彼女の母親オルレアン公夫人だった。
 
「シャルロット様はどちらにおいでですか?」
 
 頭を垂れ問い掛けるカステルモールに対し、夫人は柔和な笑みを崩す事無く、
 
「急用が出来たと言って、人捜しに出掛けて行ってしまわれました」
 
「なんと!? 人捜しでしたら、我らに申しつけて下されば、すぐにでも取り掛かりましたものを!?」
 
 オルレアン公夫人は困ったような笑みを浮かべ、
 
「息抜きになってるようだから、丁度良いんじゃないかしら?」
 
「しかし、シャルロット様はガリアの行く末を担うお方、何かあってからでは……」
 
「ヒラガ卿達が付いていてくれるから、大丈夫でしょう」
 
 直に才人達の実力を目の当たりにしているカステルモールは、それならばと意見を退ける。
 
 対するオルレアン公夫人はカステルモールを促すと、彼は喜色満面の表情で手を叩く。
 
 すると、部屋の外で控えていたであろう騎士が、捕縛されたイザベラを連れて入室してきた。
 
「シャルロット様に命じられ、ガリア中の修道院を探していた所、ジョゼフの私兵であった男に殺されかけていた場所に遭遇し、捕らえて参りました。
 
 流石はシャルロット様、まるでこうなる事が分かっていたかのようなご指示。このカステルモール改めて陛下のご慧眼に感服仕りました!」
 
 ……大袈裟ねぇ。
 
 とは思うが、彼のオルレアン公並びにタバサに対する忠義は本物だ。それを無碍にする事もあるまい。
 
 それに、何だかんだと言った所で、オルレアン公夫人の姪に当たるイザベラの命を助けてくれたのも事実。
 
 労いの言葉を掛け、イザベラの処遇はタバサが帰ってきてから改めて決める。と告げて、彼を下がらせた。
 
 部屋が二人きりになったのを確認すると、オルレアン公夫人は杖を一振りし、イザベラの身体を拘束する縄を断ち切り、
 
「お久しぶりね、イザベラ。
 
 窮屈な思いをさせてしまったようで、ごめんなさい」
 
 オルレアン公夫人が、どのような経緯で心を狂わされたのかを、その場で見ていたイザベラとしては、彼女との対面自体に罪悪感を感じずにはいられないのだが、そんな彼女にいきなり詫びを入れられ戸惑う事しか出来ない。
 
 夫人は改めてイザベラの手を取ると、彼女の手首に残った縄の後を撫でさすり、
 
「彼を恨まないであげてちょうだい。……夫に強い恩義を感じていて、ちょっと行きすぎた所があるのだけど」
 
 イザベラとしては、むしろそんな事よりも、
 
「わ、わたしを咎めないのですか……?」
 
「咎める? また物騒な! どうして姪の貴女を咎めなければならないのでしょうか」
 
「わたしは、貴女の夫を殺し、貴女の心を狂わせた男の娘なのですよ!?」
 
「でも、私の心はヒラガ卿のご尽力で、こうして戻った」
 
「ですが、オルレアン公は生き返りません」
 
 深く溜息を吐き、オルレアン公夫人は告げる。
 
「えぇ、夢の中の事のように全てを覚えています。夢であったならと思いますが、全ては現実に起こった事。
 
 忘れようにも忘れられません」
 
「ならば……!」
 
「いい事イザベラ」
 
 オルレアン公夫人は、真摯な眼差しでイザベラを見つめ、言い聞かせるように言葉を発する。
 
「わたくし達は過去を教訓にして、過去の妄執に捉われず、未来に生きねばなりません。
 
 貴女の父親の狂気は、ヒラガ卿とその仲間達が止めてくださりました。シャルロット……陛下の慧眼では、憑き物が落ちたような安らかな表情をしていたとの事。
 
 おそらく、二度とこのような失態は繰り返しますまい」
 
 一息を入れ、悲しみを宿した眼差しで続ける。
 
「沢山の人が亡くなりました。ヒラガ卿達の機転がなければ、聖戦が発動され、もっと多くの人達が亡くなっていたかもしれません。
 
 ……わたくしは、もうこれ以上の血をみたくはありません。それが義兄王や姪である貴女であるならば尚のこと」
 
「叔母上……」
 
 オルレアン公夫人は、イザベラから視線を外し、どこか遠い所を見るような眼差しで、
 
「夫は、……オルレアン公は、生前わたしに言ったものです。『この国を良くしなければならない』と。
 
 ガリアは大国故に、一枚岩というわけには参りません。今では国中の貴族はかつての誇りを忘れ、誰もが目先の利益に走る始末。
 
 それを見越しての言葉でありました。そして貴女のお父様もかつてはそう考えていたに違い無いのですよ。
 
 一時はその真心を誤り狂心に捕らわれてしまいましたが、呪縛から解き放たれた今ならば、この国の為に尽力してくれると信じております」
 
「叔母上――」
 
 イザベラの手を取り、オルレアン公夫人は改めて彼女に向き直ると、真摯な眼差しで、
 
「イザベラ……。貴女にお願いがあります」
 
「なんなりと……」
 
「陛下を……。シャルロットを助けてあげてもらえないかしら」
 
 それはオルレアン公夫人としてではなく、シャルロットの母親としての言葉だ。
 
 オルレアン公夫人に諭され、タバサとの間に蟠りの無くなったイザベラとしては、すぐに頷きたかったが、寸での所で、これまで自分が彼女にしてきた行いを思い出し留まる。
 
「……叔母上。それは出来ません」
 
「何故かしら……?」
 
 問い掛ける夫人に対し、イザベラは後悔を宿した瞳で、
 
「わたしは今まで彼女に酷い事を沢山してまいりました。――それは、決して許されないような事ばかりです」
 
 幾度も死地へ赴かせた。服を汚して下着姿に剥き辱めを受けさせた。床に落ちた料理を食べさせるなどの侮辱を行った。
 
 そんな自分が許されるとは思ってもいない。
 
「彼女が望むのならば、わたしはこの命を贖罪の為に捧げたいと思っています」
 
 そこには死に対する恐怖など微塵も無い。己のやってきた事に対する責任を負うべく、貴族としての誇りに満ちた眼差しがあった。
 
 対するオルレアン公夫人は困ったような微苦笑を浮かべ、一歩前に進み、慈しみをもってイザベラの身体を優しく抱擁する。
 
「大丈夫。……大丈夫よイザベラ。あの娘は、貴女の事を恨んでなんかいないわ」
 
「しかしッ!?」
 
 なお抗議の声を挙げようとするイザベラを強く抱き締める事で黙らせ、
 
「信じてちょうだいイザベラ。そしてお願い、シャルロットを助けてあげて」
 
「叔母上……」
 
 感極まり、イザベラの瞳から涙が溢れ出る。
 
 愛情と憎悪は表裏一体。それまで劣等感からくる憎悪で占められていたタバサへの感情は、何時の間にか全て愛情へと成り代わっていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 イザベラに部屋を宛がい、再び一人となった執務室で、オルレアン公夫人は深々と溜息を吐き出す。
 
 彼女の悩みは、イザベラの事では無い。
 
「……ジョゼット」
 
 今、自分の膝の上で甘えるタバサの双子の妹の事だ。
 
「聞いて、お母様! お姉様ったら酷いのよ。私も一緒に連れてってってお願いしたのに、駄目だって言うの!」
 
 そう愚痴るジョゼットの頬には引っ掻き傷の後がある。
 
 実はこの姉妹、結構仲が悪かった。
 
 外の世界を満喫しようとするジョゼットに対し、彼女に王位を押し付けようと……もとい、譲ろうとするタバサ。
 
 当然、女王になど即位すれば自由が無くなる為、ジョゼットとしても断固として断る。
 
 まあ、仲が悪いとは言っても陰険なものは無く、年頃の女の子らしい口喧嘩や取っ組み合いの喧嘩ばかりで、魔法などは一切しようしない可愛らしいものだ。
 
 それに暗黙の了承なのか、負けた方はこうして母親に甘える事が出来るという特権も付いてくるので、タバサ、ジョゼット共に負けたとしてもまったく気にしていないようだ。
 
 ……本当、なんて贅沢な悩みなんでしょう。
 
 その事を改めて噛み締め、オルレアン夫人はジョゼットの頬に残っていた傷に治癒魔法を施して愛しい娘の頭を優しく撫でてやった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 一方その頃、ルションにやって来た才人達一行だが、リュリュの両親に話を聞いた所、なんでもグルノープルと言う王キリュティスから馬車で二日ほど離れた街に彼女は今、滞在しているとの事。
 
 それほど慌てる理由も無いので、その日はルションで一泊し、翌日にグルノープルに向かう事に。
 
 馬車を走らせれば何日も掛かるような道のりだが、シルフィードの翼ならば、その日の内に到着する事が出来た。
 
「着いたのは良いけど、結構広い街だな……」
 
 とはいえ、広い事は広いのだが、それほど栄えているわけでもない。
 
 時刻も夕方を過ぎているので、まずは宿を取る事にした。
 
 タバサや才人は雨風さえ凌げれば、どこでも良かったのだがエレオノールがそれを是としてくれず、街で一番良い宿を取ると言い出したのだが運悪く宿は改装中で、庶民が泊まるような宿しか空いていない。
 
 それでも一泊3エキューはするような宿だ。
 
 かつてアルビオンでシエスタと泊まった宿は一泊1エキュー取るわりにはぼったくりも良い所だったが、この宿は一泊3エキューにしては、それ以上の住み心地の良さを感じた。
 
 まぁ、それでもエレオノールは色々と気に入らない所があるらしく、ブチブチと文句を言っていたが……。
 
 取り敢えず、時間も時間という事で、人間に変化したシルフィードも加えて皆で食事を摂る為、一階の食堂へと向かう。
 
 食堂と言っても、見た感じレストランのような小綺麗な造りをした場所だ。それでもエレオノールは貴族の晩餐会会場と比較して文句を言っていたのだが、給士から渡されたメニューを開いた途端、口を噤んでしまった。
 
 不審に思い、自分もメニューを覗き見る。
 
 そこに書かれている料理名は、貴族の晩餐会のメニューにも引けを取らない程に高級な物ばかり、しかも値段はそれほど高くはなく、庶民でも何とか手が届く位のお値段だった。
 
 エレオノールと言えば、挑戦的な笑みを口元に浮かべ、
 
「面白いですわ。……では、試させていただきましょう」
 
 給士を呼びつけ、才人達の意見も聞かずに、勝手に注文してしまう。
 
 まあ、メニューを見る限り、どんな料理なのか見当も付かないのでありがたいが。
 
「……っていうか、ウミガメって食えたのか」
 
 驚きの声を挙げる才人。
 
 ちなみに、エレオノールの注文したメニューは、件のウミガメのスープに、ロブスターとヒラメのオレンジソース、鶏のシュプレームトリュフ添え、ライチョウのピューレなどなど、全18品に及ぶ。
 
 そんなに沢山注文されても……、と思っていたのだが、一品辺りの量がそれ程多くなく、また美味しい為、全て平らげてしまった。
 
「マルトーの親父さんの料理と同じ位美味いなぁ……」
 
「まぁ、このような場で出る料理にしては、中々美味しかったですが」
 
 言って、才人が気に入っているようなので、エレオノールは給士を呼び、料理長に顔を見せるようにと伝言を下す。
 
「お気に入りのようでしたら、雇ってみては如何ですか?」
 
 相手にも都合があるのだから、そこまでしなくても……、と止める暇もありはしない。
 
 それから5分程して、やって来たのは一人の少女だった。
 
 何か拙い所でもあったのだろうか? と恐る恐る現れた料理人の少女は、やって来た席に顔見知りの少女を見つけると顔を綻ばせ、
 
「タバサさん! タバサさんじゃないですか!?」
 
 それまで一心不乱に追加でオーダーしたデザートに取り組んでいたタバサが名前を呼ばれて顔を上げる。
 
 そこに居たのは長い髪を後ろで束ねた薄い鳶色の瞳の少女だ。
 
 以前と違い、清潔感のある白いエプロンに頭には髪を覆う為の帽子といった料理人の恰好をしているものの、料理人とは思えない高貴な雰囲気を醸し出している。
 
「見つけた」
 
 彼女こそが件の探し人、リュリュだった。
 
 一頻り再会を喜んだ後、彼女にも仕事があるだろうから、という事で仕事が終わった後にもう一度会う約束をして一先ずリュリュと別れた才人達は、それまでの時間をどう過ごすか相談した挙げ句、宿の近くにあるカジノで暇を潰す事に決めた。
 
 カジノに入った才人がまず始めにやった事といえば、お金をチップに換金するのではなく、賭け事に弱いブリミルに釘を刺す事だ。
 
「……やるなよ。――お前、賭け事弱いんだから」
 
「グッ!? ……あ、あの時は偶々よ、偶々!」
 
 それを傍らで聞いていたエレオノール達は意外そうな眼差しをブリミルに送り、
 
「それは本当に意外ですわ。ブリミルさんにも弱点があったなんて」
 
「いや、あの時は酷かったですよ。お陰で一文無しになって酒場の屋根裏部屋に住み込みで働く事になりましたし」
 
「まぁ!?」
 
 驚きの声を挙げるヴァリエール姉妹。対するブリミルは羞恥で顔を真っ赤に染めて、
 
「な、なら勝負よサイト! 100エキューを元手に、どちらがより多く増やせるかで!」
 
 負けた方が勝った方の言う事を何でもきく。という条件を出したら、他の者達の目の色が変わった。
 
「それは勿論……、わたくし達にも参加させていただけますんでしょうね?」
 
 まるで得物を狙う獰猛な獣のような眼差しでエレオノールに問い掛けられ、思わず肯定してしまう才人。
 
 勿論、彼女の目的は才人との結婚だ。
 
 だが、ルイズ同様エレオノールにもギャンブル運は無かった。
 
 才人やカトレアは勝ったり負けたりを繰り返しつつ、トータルで若干の勝ち。
 
 子供連中は意味も分からず適当に遊んでいるようだ。
 
 逆に、場慣れしているのかタバサとマチルダは次々に持ち金を増やし、既に数千エキュー分のチップが積まれている。
 
「……やるわね、ちっこいの」
 
「そっちこそ……」
 
 タバサはダイス、マチルダはサンクで稼いできたそのチップの数はまったくの互角。
 
 睨み合う二人。
 
 白黒決着を着けるべく、マチルダが一枚のコインを取り出すとタバサは無言のまま頷く。
 
 どうやらコイントスで決着を着けるつもりらしい。
 
「つーかさ、最下位二人居るんだから、1位も二人で良いじゃん」
 
 ちなみに、最下位はエレオノールとブリミルだ。
 
 二人にしてみれば、最下位が才人でない以上、罰ゲームに興味は無い。
 
 あるのは純粋な勝負の結果。
 
 公平を期す為、才人にコインが手渡される。
 
「……妙なこだわり持ってるな二人共」
 
 半ば呆れながら零し、コインを弾く。
 
 それが未だ空中にある内に、タバサが口を開き、
 
「……裏」
 
「じゃあ、表で良いわ」
 
 左手の甲で受け止め、右手で押さえつける。
 
 何事か? と周りの客達が固唾を飲む中、才人がゆっくりと右手を退け、
 
「――裏だ!!」
 
 歓声が挙がり、マチルダが肩を竦め、自分の稼いだチップをタバサに差し出す。
 
「大したもんだわ」
 
「別にチップを賭けたわけじゃない」
 
 言われて考え、
 
「そう言えばそうだったわね」
 
 ちゃっかり引き戻す。
 
 だが、このまま勝ち逃げされては堪らないのが、カジノの支配人だ。
 
「お嬢様方、これはこれは大変な大勝でございますな……ッ!?」
 
 やって来たのは欲の皮が張ったような面構えの男。
 
 しかし彼はタバサの顔を見ると短い悲鳴を挙げ、
 
「き、貴様!?」
 
「知り合い?」
 
 剣呑な雰囲気を漂わせる支配人……、ギルモアに対しタバサは暫く考えた後、
 
「……あぁ、あの時の」
 
「貴様のお陰で、わたしはリュティスに居られなくなったんだ。――あの時の恨み、晴らさせてもらうぞ小娘!」
 
 ギルモアが指を鳴らすと、いつの間にやらタバサ達はタキシード姿の男達に囲まれていた。
 
 ナイフなどで武装する男達に対し、タバサ達はカジノに入る際、魔法を使用したイカサマ防止を理由に杖を入り口に預けている為丸腰だ。
 
 才人は軽手甲を装備し、自分達を包囲する敵の数を確認する。
 
 才人一人なら、十数人程度、どうとでもなるが、全員を守りながら、という条件は少々厳しい。
 
 そんな才人の内心を知ってか知らずか、あくまでも余裕を崩す事無く、エレオノールは肩を竦め、
 
「どのような関係かは存じませんが、どう見ても友好的には見えませんわね」
 
 呆れ混じりに言うと、その傍らのマチルダは露骨に顔をしかめ、
 
「強欲な面をした男ね。どうせ、平気で悪どい事をして金を巻き上げてきたんでしょ? ……アンタ、そんな臭いがプンプンするわ」
 
 と吐き捨てるように告げる。
 
 圧倒的に不利な状況にも関わらず、そんな台詞を言えるエレオノール達に才人は感心しつつ、相対する男達を警戒し攻撃のタイミングを計る。
 
「い、言わせておけば、好き勝手言いおって……」
 
 額に井桁を浮かべながら憤怒するギルモア。
 
 彼は口角から泡を飛ばしながら、
 
「男は殺せ! 但し、女達は殺すなよ。――慰み者にして、たっぷりと辱めてから殺してやる!」
 
 部下達に対し、怒鳴るように命令する。
 
「……まだ客がいっぱい残ってるのに、そんな事言っちゃあ駄目だろ」
 
 呆れたように零しながら、才人は襲いかかる手下に対しカウンターで蹴りを叩き込む。
 
 ゴロツキが相手ならば、例え剣が無くとも不覚を取る事も無い。
 
 とはいえ、相手の数が多いので全員を守りきれるかが不安だったが、騒ぎを聞きつけたサティー達が乱入してくれたお陰で、どうにかなりそうだと、安堵の吐息を吐く。
 
 ――その油断が拙かった。
 
 才人の視界の隅に、タバサの背後から迫る男の姿が映る。
 
「タバサ!」
 
 彼女とて、幾多もの実戦をくぐり抜けてきた猛者だ、当然その存在には気付き、男の一撃を躱してその腹に肘討ちを入れる。
 
 ……が、威力が弱い。
 
 男は僅かに動きを停めるが、それだけだ。
 
 僅かな停滞の後、タバサに向けてナイフを振り下ろす。
 
 とはいえ、いつものタバサなら充分に回避出来る速度だ。……しかし、彼女は避けようとする素振りすら見せず、視線もあさっての方を向いている。
 
「……かないませんね」
 
 溜息混じりの諦めにも似た聞き覚えの無い声が妙に良く聞こえたと思った瞬間、タバサの眼前に立つ男の手の甲に短剣が突き刺さり、男はナイフを取り落としていた。
 
 直後に放たれた蹴りが、男の身体を吹っ飛ばす。
 
「お怪我はございませんか? シャルロットお嬢様」
 
「平気……」
 
 タバサの前で跪き、彼女を気遣うのは長い銀髪の優男だ。
 
「き、貴様……、裏切るつもりか、トマ!?」
 
「いえ、そういうつもりは無いのですが、シャルロットお嬢様に危害を加えるとおっしゃるのでしたら、流石に見て見ぬふりもできません」
 
 しかも、彼女は一度敵対した自分を信用して命を預けてくれていた。
 
 そこまで信用してくれる相手を二度も裏切る事など、トマ……、トーマスには出来ない。
 
「おのれ……、目に掛けてやった恩も忘れおって! かまわん、トマも一緒に殺ってしまえ!!」
 
 怒鳴り散らすが、部下達からの返事は無い。
 
 ……不審に思って、ゆっくりと振り向いてみると、そこでは既に戦闘は終わり、部下達は全員、倒れ伏していた。
 
「……食った後に急に暴れたんで、気持ち悪くなってきた」
 
 口を押さえ、蹲る才人の背中を甲斐甲斐しくサティーが撫でるのを尻目に、ブリミルが呆れ声で、
 
「……締まらないわねぇ」
 
「食べ過ぎだと判断します」
 
 そんな間抜けなやり取りをする少年が、ほとんど一人で十人を超える者達を倒したとは信じられない。
 
「馬鹿な……、そんな……」
 
 ギルモアが、一歩、二歩と後退った所で、騒ぎを聞きつけた衛兵達が乗り込んできたのを見て、彼は再度勝ち誇った笑みを浮かべる。
 
 ……こんな時の為に、衛兵達には賄賂を掴ませてある。
 
 自分の手で、痛い目にあわせてやれないのは残念だが、カジノに居る客達に金を握らせて嘘の証言をさせれば、如何に貴族とはいえ暫くは出てこられまい。
 
 そう考え、ひそかにほくそ笑むギルモア。
 
 対するタバサは面倒臭そうに溜息を吐くと、才人の服の袖を引き、
 
「マンイーター」
 
「ジルフェの鞍に差したまんまだから、呼べば来ると思うけど……、呼ぶか?」
 
 問い掛けると、小さく頷いた。
 
 才人は右手を天に掲げ一言、
 
「来い」
 
 額と左手のルーンが輝きを放つ。
 
 一拍の後、天井を突き破って現れたのは、一振りのミドルソードだ。
 
 何事か!? と警戒を露わにする衛兵達に対し、床に突き立った剣をタバサが引き抜き、柄元に刻まれた紋章を指さし、
 
「注目……」
 
 攻撃してくる意思は無いか? と恐る恐る衛兵の一人が近づき、その紋章を確認する。
 
 そこに刻まれているのは、組み合わされた2本の杖の紋章。すなわち、ガリア王家の紋章だ。
 
 ガリアに住む者で、それを知らない者はいない。
 
 驚きの声を挙げ後退る衛兵の態度から、おおよその事情を察した才人は一度咳払いし、
 
「控え! 控え控え、控えおろう!! ここにおわすお方をどなたと心得る! 畏れ多くも現ガリア女王、シャルロット・エレーヌ・オルレアン女王陛下なるぞ!
 
 女王陛下の御前である。一同の者、頭が高い! ――控えおろう!」
 
 王家の紋章に、王族にのみ生まれるという青髪。確たる証拠を突き付けられ、思わず平伏してしまう衛兵達。
 
「……なに? 今の口上」
 
 半眼で問い掛けてくるブリミルに対し、一度は言ってみたかった台詞を言えた事に感動し、その余韻に浸る才人は上機嫌で、
 
「俺の国じゃ知らない奴が居ないくらい有名なテレビ……、えーと演劇みたいな物の台詞だよ。
 
 王族の偉いさんが、身分を隠して国を回って悪い奴らを退治する時に言うんだ」
 
 なるほど、確かに今の状況にぴったりである。と納得してしまうブリミル達。
 
 だが、勿論それで納得しない輩も居る。
 
「そ、そんな物、偽物に決まっているだろうが! 何をしている、そいつらを捕まえたら500エキュー出すぞ!」
 
「……ギルモア様。このお方は間違い無く今は亡きオルレアン公の嫡子であり、現ガリア国王のシャルロット陛下です。
 
 流石にそれ以上の暴言は……」
 
「だ、黙れ……! そんな戯言に騙されるものか!? 大体、本物の陛下ならば、今頃リュティスで引き継ぎや何やらで大忙しの筈だ。こんな辺鄙な街なんぞに来る筈がなかろう!」
 
 確かに、ギルモアの言う事にも一理ある。
 
 トーマスがチラリと横目でタバサに視線を送ると、彼女は小さく頷き、
 
「飽きたから抜け出してきた」
 
「……シャルロットお嬢様」
 
 呆れたように呻くトーマス。
 
 対するギルモアは勝ち誇り、
 
「見ろ、化けの皮が剥がれたようだな! ――知っているか小娘、王族の名を語るというのは、それだけで重罪だぞ。縛り首にでもなるがいい!」
 
 その時だ。衛兵から女王陛下がお忍びでやって来ているとの報せを受け、グルノープルの街を治めるアルトーワ伯が老体に鞭打ってやって来た。
 
 戴冠式にも出席し、タバサにも面識のある彼は彼女の顔を見て驚いた表情を見せるも、念のために、と彼女に向けてディレクトマジックを使用する。
 
 結果は白。
 
 アルトーワ伯は、老いて痩せた身体をゆっくりと折り曲げると丁寧な口調で、
 
「ようこそ、おいでくださいましたシャルロット女王陛下。突然の来訪により、何の歓迎も出来ない事をお詫びします」
 
「いい……。お忍びだから」
 
「そうですか……。では、何の御用で来訪されたのか、くらいは問わせて頂いてよろしいですかな?」
 
 彼女に不都合が無いなら、アルトーワ伯の方で都合するつもりだ。
 
 タバサは小さく頷くと、
 
「二人ほど、人を雇いに来た」
 
「何と、我が領地からお抱えの者をお雇いになられると」
 
 それはとても栄誉な事だ。と頻りに頷くアルトーワ伯にギルモア達の処分を任せ、タバサはトーマスに向き直ると、
 
「トーマス。――貴方にも力を貸してほしい」
 
 真摯な眼差しで告げられたトーマスは、深々と傅くと、
 
「申し訳ございません、シャルロットお嬢様。一度、お嬢様に刃を向けたわたくしが、お嬢様に仕えるなど……」
 
「気にしてない」
 
「しかし……」
 
「気にしてない。……それに、貴方にならお母様とジョゼットの護衛を任せられる」
 
 かつて、父親がタバサの実家でコック長として働いていたトーマスにしてみれば、再びオルレアン家に仕えられるというのは本望である。
 
「ありがとうございます」
 
 だが、今すぐというわけにもいかない。
 
 トーマスは、少し照れながら、
 
「実は、この街に気になる女性が居りまして……」
 
 なんでもギルモアと共に、この街に流れついた時、既に無一文で行き倒れ寸前だった彼らに暖かい食事を御馳走してくれた女性が居るらしい。
 
 最初は恩義を感じていたトーマスだったが、やがて彼女の人柄に惹かれ、彼女を愛するようになっていた。
 
「彼女にプロポーズし、了承を得られてからでもかまわないでしょうか?」
 
 小さく頷き返すタバサ。
 
 成り行きを見守っていたカトレアは小さく手を叩くと、
 
「情熱的なお話ね。もし、よろしければお相手の女性がどのような人なのか、聞かせてもらえないかしら?」
 
 女王陛下直々のご下命を後回しにするほどの人物だ。興味はある。
 
「彼女は、貴族の方なのですが、今は家を出られ料理人をしておられるのです」
 
 貴族出身の料理人。そんな物好きは、ハルケギニア中を探しても10人と居ないだろう。
 
 彼女がどれ程真剣に食に対して打ち込んでいるのかを語るトーマスの話を遮り、タバサは一言、
 
「リュリュ」
 
 その言葉だけで、トーマスの動きが止まった。
 
「お知り合いなのですか?」
 
「彼女を料理人として雇うつもりで、ここまで来た」
 
 ならば、話は早い。
 
 その後は約束の時間に、タバサとリュリュ、そしてトーマスを交えて話し合い、二人の王宮での正式雇用が決定した。
 
 ……そして、
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「話し進むの早すぎないか?」
 
 半ば、呆れたように告げる才人。
 
 場所はグルノープルの教会。
 
 実は、互いに両思いだったリュリュとトーマス。
 
 話はトントン拍子で進み、トーマスのプロポーズをリュリュが受け入れ、即、結婚となった。
 
 貴族と平民の結婚など通常は認められるものではないが、貴族でありながら料理人になる為に家を出奔しているリュリュだ。彼女の両親は、その辺りに甘いのかもしれない。
 
 更にトーマスの後見人として、タバサが名を挙げた事も大きかったのだろう。――特に大きな反対も無く、翌日には結婚式が決定していた。
 
 ちなみに、ここまでの速度で結婚が決定した裏では、その報せをリュリュの両親に伝えるのに、わざわざ転移の魔法を使用したブリミルの働きが大きいだろう。
 
 その事を問うてみると、彼女は照れた表情で、
 
「いや、ほら。わたしの時は、サイトが貴族になってくれたけど、普通そんな事って有り得ないじゃない。
 
 ……だから、身分に捕らわれずに愛し合う二人を見ると、どうも応援したくなるのよ」
 
 なるほど、と才人は一応の納得を示しながらも、もし自分が貴族になれなかった場合、彼女は貴族の地位を捨て自分を選んでくれただろうか? と疑問に思い、
 
 ……ありえねぇ。
 
 彼女は貴族である事に誇りを持っている。その地位を捨てる事など、絶対に有り得なかったのではないか? と考え、少しへこんでしまった。
 
「……なにめでたい席で落ち込んでんのよ?」
 
「いや、ちょっとな……」
 
 まぁ、もしもの事を考えていても始まらない。
 
 溜息一つで気持ちを切り替えると、才人は幸せそうな二人が口づけを交わすのを見て、拍手を送った。
 
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