ゼロの使い魔・2回目
 
第14話
 
 虎街道の入り口で待ち構えるゼロ機関、才人、ブリミル、ティファニア、タバサ、コルベール、サティー、ギーシュ、モンモランシー、の総勢8名とタイガー戦車1台に対するガリアの両用艦隊、その数120隻余+巨大騎士人形ヨルムンガント10体。
 
 この圧倒的な戦力差を前に誰もがガリア両用艦隊の勝利を確信していた。
 
「ほ、本当にやるのかい? この戦力差で挑む事自体正気では無いと思うのだが」
 
「そ、そうよ!? 絶対に、死んじゃうわ!!」
 
 蒼白を通り越して白磁ともいえるような顔色で抗議するギーシュとモンモランシー。
 
 その二人に対し、ブリミルは戦車から飛び降りると、
 
「……あなた達二人はここで待機。わたし達がやられたら、全速力でアクイレリアに戻って、その事を教皇に伝えてちょうだい」
 
「その後は、ギーシュはアニエスさんの配下に入って命令を受けてくれ」
 
 引き継いだのは砲塔のハッチから顔を出した才人だ。
 
 それから彼はモンモランシーへと視線を向け、
 
「モンモン、悪いけどもしもの事があったらナイ達の事は頼む」
 
「え、縁起でもない事言わないでよ……」
 
 不安げに返すモンモランシー。
 
 一応、戦車の装甲には才人が反射の魔法を施してはあるが、何が起こるか分からないので万が一に備える必要があった。
 
「じゃあ、そろそろ始めましょうか」
 
 戦車の上に座るタバサがブリミルの言葉に立ち上がる。
 
 ブリミルの高速詠唱のより唱えられた魔法はイリュージョン。
 
 快晴の大空に巨大なタバサの姿が映し出される。
 
「わたしは伯父王ジョゼフに暗殺されし弟王オルレアン公シャルルが忘れ形見、シャルロット・エレーヌ・オルレアン!!」
 
 拡声の魔法を併用しているとはいえ、それでもなお腹の底に響くような大音量。
 
 タバサは今まで無口だった分の鬱憤を晴らすかのように声を張り上げる。
 
「同盟国であるロマリアへの侵攻。この恥も常識も誇りも無きガリア王の非道! これ以上見過ごすわけにはいかぬ!!
 
 わたしはこれより、ジョゼフを討つ為の侵攻を開始する! 栄誉あるガリア騎士団の諸君! わたしの味方に付けとは言わぬ! 父に大恩あるものはせめて道を開けよ!
 
 繰り返す! 敵意無き者は道を開けよ! わたしは忠義の徒であるあなた達まで巻き込みたくは無い!!」
 
 そのタバサの威容は国境付近だけでなく、ガリア全土に映し出されていた。
 
 彼女の言葉を聞き、これまでジョゼフの非道に堪え忍んできた者達は今こそ立ち上がる。
 
 敵陣であるはずの両用艦隊から一気に鬨の声が挙がり、艦隊のそこかしこから黒煙が昇り始めた。
 
 同盟を無視した大義の欠片さえ無いジョゼフの命令に憤りと感じていた衛兵達が一声に反撃の狼煙をあげたのだ。
 
 混乱が支配する両用艦隊の甲板上、一人ほくそ笑むのはミョズニトニルンの女、シェフィールドだ。彼女はタバサの姿を確認すると、そこには間違いなく虚無の担い手達の姿もあると確信し、
 
「艦長、我々を降下させよ」
 
「し、しかし、現在の状況では艦を降ろすのも難しい状況でして……」
 
「関係無いわ。わたしが今から、その元凶を潰してくるのだから。そうしたら、この混乱も多少は治まるでしょう」
 
 そう告げるシェフィールドの視線は艦長には向いておらず、遙か十数リーグ先に居るであろう少女とその傍らに居る者達へと向けられていた。
 
 有無を言わせぬシェフィールドの言葉に頷く事しか出来ない艦長。元より頭を下げた回数で現在の地位を手に入れたような男だ。彼に否の文字は無いし、シェフィールドにしてもこの男に大した期待はしていない。
 
 シェフィールドを乗せたヨルムンガントと他9体の騎士人形が空中艦隊から切り離されてゆっくりと降下していく。
 
 その様子は遠く離れた才人達からも肉眼で観測出来た。
 
「行くか」
 
 才人の言葉に全員が頷き、総勢6名が戦車の中に乗り込んでいく。元々は5人乗りのタイガー戦車だが、タバサは小柄な為、6人乗っても大丈夫だ。
 
 エンジンに火が入り、地面を抉りながら、馬などとは比べものにならない速度で突進していく戦車。
 
 降下するヨルムンガントへ向け、主導権を奪った両用艦隊の幾つかの船から砲撃や魔法が放たれるが、それらはヨルムンガントに施された反射の先住魔法によって傷一つ付ける事が出来ない。
 
 如何に効果は無いとはいえ、鬱陶しいと判断したのか? シェフィールドの操るヨルムンガントの内数体が自らに攻撃してきた艦に向け肩に担っていた大砲を構えて発砲。
 
 砲弾は見事、船の火薬庫に着弾し豪快に爆発炎上して、黒煙を上げながら墜落していく。
 
 その圧倒的な戦力差にタバサの側に付いた反乱軍は一気に静まり返り、一拍の後まるで恐怖から逃れようとする為、がむしゃらに砲撃をヨルムンガントへと放った。
 
 しかしそれらもビダーシャルの施した反射の魔法の前には意味を為さない。
 
 一隻、また一隻とヨルムンガントの手により撃沈させられていく。
 
 それを見た才人は舌打ちし、コルベールに戦車を一時停止させるように指示。
 
 未だ距離は離れているものの、それはハルケギニアの兵器での感覚だ。
 
 才人の覗く照準器には、明確に降下するヨルムンガントの姿が映し出されている。
 
 ルーンの命じるままに機械を操作し、
 
「ちんたら落ちてんな! 隙だらけなんだよ!!」
 
 引き金を引いた。
 
 ハルケギニアの大砲では決して届かない筈の距離からの精密な射撃。
 
 反射の魔法の許容値を遙かに超える貫通力を秘めた弾丸がヨルムンガントの胸に正確に着弾。騎士人形の内部で爆発し、その巨体を四散させた。
 
「先生!」
 
 才人の指示に、コルベールが戦車を前進させる。
 
 そのアンテナにくくりつけられた旗は不名誉印を取り払ったオルレアン家の紋章。
 
 タバサが母から授けられた旗をたなびかせながら戦車は遮蔽物の無い平原を駆ける。
 
 これにはヨルムンガントの注意を両翼艦隊から戦車に引きつけるという意味と、戦車の方が圧倒的に優位な開けた場所にヨルムンガントを誘き寄せるという意図があった。
 
 そして案の定、戦車の姿を確認したシェフィールドは全てのヨルムンガントを戦車へと向けて突進させてくる。
 
 戦車に向けて何の戦略もなく吶喊するなど、自殺行為以外の何物でもない。
 
 相手の戦力が分からないのならば、一旦引いて様子を見るのというのが常識だ。……だが、今まで幾度となくゼロ機関に煮え湯を飲まされてきたシェフィールドは才人達の存在を確認した途端、頭に血が上って突撃を命令してしまった。
 
 迫る9体のヨルムンガントに向け、才人は猛獣のような獰猛な笑みを浮かべると、
 
「アホが! 狙って下さいって言ってるようなもんだろうが!」
 
 照準、射撃、命中、撃墜。
 
「装甲が薄い! 無駄に高い! 図体がデカイ!」
 
 照準、射撃、命中、撃墜。
 
「武器の基本性能が違うんだよ!」
 
 照準、射撃、命中、撃墜。 
 
「地球ナメんな! ファンタジー!!」
 
 照準、射撃、命中、撃墜。
 
 彼我の距離が600を切った時、横合いからの攻撃を受けて、ヨルムンガントの巨体がぐらついた。
 
 援軍か? と慌てて振り返るヨルムンガントの視線に入ったのは、大砲を構える別のヨルムンガントの姿。
 
「……弾も温存したいし、あったらあったで色々と便利そうなんでな。──乗っ取らさせてもらうぞ!!」
 
 叫びと同時、才人に制御を乗っ取られた一体のヨルムンガントが背の大剣を抜きは放って味方に斬りかかる。
 
 余りに予想外の出来事に対応が遅れたヨルムンガント。
 
 腕を切り飛ばされ、返す刀で両足も切断された挙げ句、その頭に刃を突き立てられてついには沈黙した。
 
 残った三体のヨルムンガントが慌ててその一体を押さえに回るが、才人の操る騎士人形はバックステップでその場を離脱。
 
「ブリミル!!」
 
 才人の言葉にそれまで待機して呪文を詠唱していたブリミルがハッチから身を乗り出し、
 
「任せなさい!!」
 
 手にした長杖を振り下ろした。
 
 直後、三体のヨルムンガントを巻き込む爆発が生じる。
 
 その破壊力は、かつてのルイズとは比べ物にならないほど高い。
 
 ブリミルの放ったエクスプロージョンの爆圧は、表面の反射の魔法だけではなく、エルフの技術によって焼き入れを施された装甲や武器までもヨルムンガントから引き剥がしていく。
 
 爆発が収まった後、素体だけの丸裸となったヨルムンガント。否、素体だけとはいえ、ブリミルのエクスプロージョンに耐えた事自体を褒めるべきか。
 
 しかし、ヨルムンガントが顕在だったのはそこまでだ。
 
 踵を返して躍りかかった才人の操るヨルムンガントが、満身創痍の三体を一瞬で切り伏して沈黙させる。
 
 阿吽の呼吸で一気に9体のヨルムンガントを制圧し、更に1体を味方騎として確保した才人達は戦車を降りて未だ戦闘の続く両用艦隊を見上げ、
 
「……さて、ここからはわたし達の仕事ね。アンタ達はリュティスに急ぎなさい」
 
 ヨルムンガントが撃破された事を受け、幾分反乱軍が勢力を盛り返したといえど、未だその戦力は王軍の方が圧倒的に勝っている。
 
 大丈夫か? とは言わない。ただ無言で頷き、ブリミルと手を叩き合うとティファニアがヴェルサルテイル宮殿までの扉を開く。
 
「──行こう」
 
 と、告げようとする直前、後方から放たれた砲撃が両用艦隊に命中し炎上した。
 
 爆発ではなく炎上。ハルケギニア大陸広しといえど、そのような兵器が搭載されている艦はただ一隻のみ。
 
『待たせたわね、タバサ!!』
 
 聞こえてきたのはタバサの親友キュルケの声。そこに居るのは長大な翼が特徴的なコルベール制作の調査船“オストラント号”だ。
 
 船から何本ものロープが下りてきて、それを伝い何百人もの傭兵達が降下してきた。
 
 それだけではない。才人達の後方からはエレオノールとカトレアを先頭に、何千人にも及ぶラ・ヴァリエール公爵の諸侯軍がやって来るではないか。
 
 諸侯軍に混じり、ギーシュやモンモランシー、ジルフェに跨ったナイやエール、シルフィード達の姿まである。
 
 更に、反乱という名目でロマリアに侵入し攻撃を仕掛けようとしていた両用艦隊を包囲監視するという命を受け、こちらに向かっていたガリアの東薔薇騎士団を始め三連隊が戦列に参加。
 
「お行きくださいサイト様! この場はわたくし共が引き受けました!」
 
 仲間達の声を受け、才人達は今度こそヴェルサルテイル宮殿へと向かった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 才人達を見送った後、ブリミルは大きく伸びをすると未だ砲撃戦を繰り広げる両用艦隊を見据え、
 
「……さて、取り敢えず落としますか」
 
 最初の頃は敵味方入り交じっての乱戦だったのだが、時間が経ちヨルムンガントも殲滅されて余裕が出来、指揮系統も安定してきたのか? 今では敵味方に別れての砲撃戦となっていた。
 
「どっちが味方かしら?」
 
 杖に取り付けられた取っ手を引き、カートリッジをロードして魔力を補充したブリミルが目標を定めようとしてふと思い留まる。
 
 そんな彼女に進言したのは、東薔薇騎士団の隊長を務めるカステルモールだ。
 
 彼は向かって右陣側の艦隊を指さし、
 
「向こうに旗艦“シャルル・オルレアン号”が見えます。おそらく、あちらが敵軍かと」
 
 的確なアドバイスを受け、ブリミルは高速詠唱を開始。
 
 唱える魔法は本日2度目のエクスプロージョン。
 
 奇跡の光が両用艦隊の残敵七十数隻を一気に呑み込んだ。
 
 翼をもがれ、装甲を剥ぎ取られ、砲台を吹っ飛ばされ、更には風石が消滅しこれ以上は浮遊すら不可能な状態に追い詰められた艦隊が黒煙をあげながら次々と落下していく。
 
 極力死人は出さないように考慮したが、怪我人は多量に居るだろうし、彼らは以後戦線に復帰する事は無いだろう。
 
「それで? 周囲を包囲していたガリア軍はどれ位の規模で居るの?」
 
 ブリミルの質問に答えるのは、カステルモールだ。
 
「幾らかはシャルロット様に付いたとはいえ、それでも敵の数は3万は下回らないかと」
 
 対して、反逆軍側はおおよそ7千程度。 
 
 アルビオンで行った5対7万の戦闘を思えば、楽なものだがこの場には才人もティファニアも居ない上にブリミル自身エクスプロージョンを2発も使用してかなり疲労している。
 
 ……だからと言って、引くわけにもいかないしね!!
 
 気合いを入れて敵陣を睨む。
 
 全力で撃てる魔法は精々後、1発か2発。
 
 アルビオンの時のように敵の陣形が固まっていてくれたら何とかなったのだろうが、包囲陣形というのが厄介だ。
 
 一度に吹っ飛ばせる敵の数もしれてくるし……、光撃の魔法だと、威力の加減が出来ないから無駄な死人が出る事になる。むやみに兵力を削ぐのは、今後ありえるかもしれない対ロマリア戦を考えると得策ではない。
 
 ……やるしかないか。
 
「陣形を整えて! 才人達がジョゼフを倒すまで、時間を稼げれば良いわ!!」
 
 ブリミルの命を受け、急遽参謀として抜擢されたカステルモールが指示を飛ばした。
 
 ……死ぬつもりは毛頭無いけど、なるだけ早く決着つけなさいよね、サイト。
 
 舌舐めずりし、本日3度目のエクスプロージョンを放った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ミョズニトニルンの女、シェフィールドは急いでいた。
 
 9体のヨルムンガントが倒された後、才人に乗っ取られたヨルムンガントから辛うじて送られてくる映像を通して、彼らがヴェルサルテイル宮殿に転移したのを見たからだ。
 
 ……ジョゼフ様の元には、まだエルフが残っているとはいえ、あのエルフも一度、担い手と使い魔の前に敗退している。
 
 風石の指輪の力で飛翔しながら、歯噛みする。
 
 誰でも良い、自分が到着するまで敬愛する主人を護ってくれ、と。
 
 その願いが叶ったのか? 現在、ヴェルサルテイル宮殿では才人達とビダーシャルが対峙していた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ヴェルサルテイル宮殿の正門前。
 
 現在、宮殿に駐在する貴族が僅かに20名と衛兵を務める傭兵隊が数百人。
 
 才人達は開け放たれたままの正門をくぐり、臆する事無く堂々と乗り込んだ。
 
 そんな彼らの存在に気付いた衛兵達が迎撃に出るが、放たれた銃弾はティファニアの虚無魔法によって防がれ、お返しとばかりに才人がAK小銃を掃射する。
 
 如何にハルケギニア最先端のマスケット小銃とはいえ、才人の持つアサルトライフルとでは次元が違う。
 
 弾速、精度、連射性、威力、装弾数、次弾の装填速度。あらゆる面で上回る銃弾を浴び、眼前の小隊を薙払うと、才人は弾倉を入れ替え小走りに進軍を開始した。
 
 出会う敵を尽く撃ち倒しながら進む才人達の前に立ち塞がったのはエルフの青年。
 
「久しぶりだな少年」
 
 それが久しぶりに相対したビダーシャルの第一声だった。
 
 対する才人はまだ残弾の残るAK小銃を脇に投げ捨て、背中のデルフリンガーを抜き構えながら、
 
「そこを退け。俺達の目標はジョゼフだけだ。アンタと戦りあうつもりは無い」
 
「そうもいかん。我にも契約というものがある」
 
 ……相変わらず、融通効かねぇなぁ。
 
 こっそりと溜息を吐く才人。
 
 とはいえ、ここでビダーシャルと戦い、時間と力を消耗するのは得策ではない。
 
 かといって、圧勝出来るほど生やさしい相手でもない事も確かだ。
 
 どうしたものか? と考え倦ねる才人に割り込むように、ティファニアが前に出た。
 
「こ、ここはわたしが押さえるから、サイト達は先に行って」
 
 ビダーシャルの実力を知るティファニアは、彼の力に恐怖しながらも、毅然とした態度でそう言い切った。
 
 だが、ティファニアには攻撃の手段が無い上に、詠唱の時間を稼いでくれる使い魔も存在しない。
 
 如何に強力な虚無魔法を扱う彼女でも、1対1でエルフと戦うには無理がある。
 
 ティファニアを置いて先に進む事の出来ない才人達。
 
 身動きのとれない彼らを動かしたのは、ビダーシャルの背後から聞こえてきた聞き覚えのある声だった。
 
「立派になったもんだねティファニア」
 
 そう言って通路の影から姿を現したのは、ティファニアの姉的存在であった女性。
 
「マチルダ姉さん!?」
 
 本来ならばジョゼフの私兵として雇われていた筈だが、フーケは仕事と身内を秤に掛けて迷わず身内への情を優先させた。
 
 才人達からしてみれば、何故ここにフーケが居るのかは分からないが、彼女は妹の成長を喜ぶ姉の表情で、
 
「先に進みな、ぼーや! ティファニアの事は、この“土くれ”のフーケ様が責任をもって護ってやるよ!」
 
「フーケ……」
 
 才人は一瞬だけ、目を閉じ、
 
「頼むフーケ! ──行くぞ、タバサ!」
 
 告げ、タバサを伴ってビダーシャルの脇を抜け通路の向こうへと駆けていった。
 
 勿論ビダーシャルもそれを邪魔しようとするが、放たれた先住魔法は、フーケの作り出した土壁により弾かれてしまう。
 
 才人の言葉を受けたフーケは唇の端を吊り上げ、
 
「あぁ、シッカリと頼まれたよ」
 
 やる気を漲らせ、ビダーシャルを前に不敵な笑みを浮かべて見せた。
 
「……さて、ティファニア。何か作戦とかあるのかい?」
 
「えぇ。──マチルダ姉さんは防御に集中してください。わたしが解除の魔法で、ビダーシャルさんの契約してるこの場の精霊の力を霧散させます」
 
 その言葉を受け、フーケは表情を綻ばせ、
 
「頼もしい言葉だね!!」
 
 フーケがビダーシャルを取り囲むように土の壁を張り巡らせたと同時、ティファニアが解除の魔法を詠唱し始める。
 
ウル・スリサーズ・アンスール・ケン……
 
「無駄だ。そのような児戯では我に傷を負わせる事は出来ん」
 
 その言葉通り、ビダーシャルの作り出した巨大な拳が土壁を粉砕する。
 
「おやおや、それが先住魔法ってやつかい? 随分とおっかないねぇ」
 
ギョーフー・ニィド・ナウシズ……
 
 戯けるように告げるフーケの声は先程彼女が居た場所からではなく、ティファニアの傍らから聞こえてきた。
 
「なら、こういうのはどうだい!」
 
 通路が隆起し周囲の建材を巻き込んで巨大なゴーレムを作り出す。
 
 その大きさは膝を折り腰を折り曲げてなお通路を埋める程に大きい。
 
 フーケはゴーレムにビダーシャルを攻撃するように命令を下す。
 
 ヨルムンガントには劣るものの、ゴーレムの巨大な拳で攻撃されればタダでは済まない。
 
 だが、ビダーシャルは焦りの表情一つ見せず、平然としたまま、
 
「無駄だ」
 
 そう言い切り、一歩たりとも動こうとしない。
 
 己の反射の魔法に絶対の自信を持っているのだろう。その行いが隙となった。
 
 フーケのゴーレムが狙うのはビダーシャル自身ではなく、彼の足下。
 
 そこに岩塊の一撃が加えられ、轟音と共にビダーシャルの身体が階下へ沈む。
 
 如何に先住魔法の反射とはいえ、周囲の床にまでは張り巡らされていない。
 
 裏家業で生き抜いてきたフーケの強かさと狡猾さは、正面から正々堂々と戦う騎士達からしてみれば、厄介な事この上ない物だ。
 
 ……しかし、相手は並の騎士ではなく先住魔法を操るエルフのビダーシャル。
 
 階下に落下したかと思えば、そうではなく瞬時に再構成された階段を登って、悠々とフーケ達の前に再度姿を現した。
 
エイワズ・ヤラ……
 
「なるほど……。力の及ばない分は知略で補うか」
 
 一切の慢心を捨てた眼差しでフーケを睨み、
 
「──恐れ入った。ここからは全力で相手させてもらうとする」
 
「おお、怖い」
 
 肩を竦め、
 
「でもね……、こっちも準備は完了してるのさ!!」
 
ユル・エオー・イース!
 
 フーケの背後、彼女に護られるように詠唱を続けていたティファニアが呪文を完成させ、ペンシルのような短い杖を振り下ろした瞬間、宮殿全体を覆うような光が発せられ、ビダーシャルが交わした精霊との契約を無効化した。
 
 その事実にビダーシャルは驚愕に目を見開き、
 
「まさか、貴様もシャイターンか!?」
 
「わけの分からない事言ってんじゃないよ!」
 
 一気に攻勢に出ようとフーケがゴーレムに命令を下した瞬間、ヴェルサルテイル宮殿が崩壊し、三人は瓦礫の倒壊に巻き込まれた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 その少し前、玉座の前に辿り着いた才人とタバサの二人は遂にジョゼフとの対面を果たした。
 
「現ガリア王ジョゼフ1世。父、シャルル・オルレアンの仇、討たせてもらう」
 
 冷酷に、一片の情けも無く宣言するタバサに対し、ジョゼフは彼女と傍らの才人に視線を向けると高らかに笑い始め、
 
「ははは……、はーはっはっはっ!! 面白い! 今度はそう来たか! そうかそうか、貴様か? 貴様が余の敵たる指し手か!?」
 
 心底面白そうに笑い、玉座から立ち上がる。
 
 これだけ楽しいのは何時以来だろう? 弟であるシャルルを手に掛けて以来、久方ぶりに自分の裏をかける程の知略を持つ指し手の登場に歓喜に咽び狂うジョゼフ。
 
 その様相は、正に狂っていると表現しても過言でないほどだった。
 
「ははは、よもやお前自身が乗り込んで来るとはな。──その発想は無かったぞ、シャルロット」
 
「戯れ言は聞くつもりは無い」
 
 ……シャルルの娘である彼女を殺せば、今以上の苦しみを味わう事が出来るだろうか?
 
 その苦しみと痛みを思うと、自然に顔が悲しみと喜びで複雑に歪んでくるのを自覚する。
 
「──名を聞こうか剣士」
 
 一転して表情を収め、真剣な眼差しで才人の名を尋ねるジョゼフに対し、才人は油断無くデルフリンガーを構えたまま、
 
「平賀・才人だ」
 
 短く、己の名を告げる。
 
「……そうか。その名前、覚えておこう」
 
 神妙な表情で告げ、その姿が消えた。
 
「加速の魔法かッ!?」
 
 舌打ちして、周囲を探ってみるもジョゼフの姿は室内には無い。
 
 ブリミルとティファニアが何やら打ち合わせして、対ジョゼフ対策をしていたが、ここに彼女が居ない以上は自分達で何とかするしかないのが現状だ。
 
「何処を探している?」
 
 外から聞こえてきた声に反応し、才人とタバサの二人は慌てて明かり取り窓にかじりついて外を見渡した。
 
 そこにジョゼフは居た。彼は値踏みするような表情で才人とタバサを見上げると予め詠唱していたのだろう。杖を振り下ろしてエクスプロージョンを放ち、宮殿を破壊し才人達を生き埋めにした。
 
 轟音を発てて崩れ落ちたヴェルサルテイル宮殿。
 
 土埃の収まらぬ中、立ち尽くすジョゼフはそれでも期待に満ちた表情で、宿敵が立ち上がってくるのを待つ。
 
 そして、この程度の瓦礫で圧殺出来るほど、才人達は柔な生き方をしていなかった。
 
 まず爆発音と見間違うばかりの勢いで瓦礫を吹き飛ばしつつ立ち上がったのは全長30メイルはあろうかという巨大なゴーレムだ。
 
 その足下にはフーケとティファニアの姿が見え、次に瓦礫がまるで自らの意志のように動き始め、そこから無傷のビダーシャルが姿を現した。
 
「……アンタも大概頑丈ね」
 
「僅かに残っていた精霊が契約に従い力を貸してくれた」
 
 第二ラウンドを開始しようとするフーケとビダーシャル。そんな彼らに割って入るように突風が瓦礫を吹き飛ばし、そこから才人とタバサの二人が姿を見せた。
 
「ブリミル以上に無茶苦茶しやがる」
 
 地下水を片手に告げる才人に対し、ジョゼフは喜悦に満ちた表情で、
 
「それでこそ、余の宿敵!」
 
 杖を手に才人を褒め称え、堂々とした態度で戦いに望む。
 
「さあ来い! ここからは一切の小細工無しの決闘よ!!」
 
 ジョゼフの言葉に応えるように、才人がデルフリンガーを片手に吶喊。
 
 詠唱すらさせる事無くジョゼフを討つつもりで、地を駆け、その脇をタバサの放った氷柱が飛ぶ。
 
 ジョゼフは小規模な爆発でタバサのウンディーアイシクルを相殺。
 
 一瞬出来た爆煙を目隠しに才人は高速で回り込み、背後からジョゼフにデルフリンガーを突き立てる。
 
 しかし、回避不可能なタイミングにも関わらず、刃がジョゼフまで届く事は無かった。
 
 才人の一撃を妨害したのは、一体の泥人形。
 
 その人形を作りだしたであろう女性は、肩で息をしつつ愛しい主人に目立った怪我が無い事を確認すると安堵の吐息を吐き出し、
 
「お怪我はありませんか? ジョゼフ様」
 
「おぉ、ミューズ。丁度良い所に来た。
 
 これで、2対2だ。余も存分に力が振るえようというものよ」
 
 とはいえ、虎街道からリュティスまで飛んできた為、シェフィールドの体力は既に限界が近い。
 
 マトモにやっても、才人と自分の間では実力に開きがあるというのに、こんな状態では勝ち目は殆ど無いだろう。
 
 だが、それでも主人が望むのであれば、この命を捨てる事さえ吝かではない。
 
「さあ、アンタの相手はこの私よ! 掛かって来なさい」
 
 護衛用に待機していたガーゴイルが才人の眼前に降り立ち、彼の邪魔をする。
 
 対する才人はデルフリンガーを地面に突き立てると左腰の日本刀に手を掛け一閃。
 
 ただそれだけで、ガーゴイルを両断した。
 
 その速さと切れ味に言葉さえ放てないシェフィールドに対し、才人は一切の感情を消した表情で、
 
「無駄だ。人形を幾ら出した所で、お前に勝ち目はねぇ。――温和しく降伏しろ」
 
 特に凄んで言ったわけでも無い言葉であるのにも関わらず、才人が途轍もなく恐ろしい存在に見え、シェフィールドは一歩後ずさってしまう。
 
 だが、それでも一歩だけだ。
 
 背後から聞こえてくるジョゼフの詠唱が、彼女から恐怖を拭い去り力をくれる。
 
「負けらんないのよ! わたしはッ!!」
 
 風石の指輪から鎌鼬が発生し、才人に襲いかかる。
 
 ハルケギニア中を探しても、風石の指輪を攻撃転用出来るのは、ミョズニトニルンだけだろう。
 
 だが、それも才人が地面に突き立てたデルフリンガーを引き抜き吸収する。
 
「クッ!? この化け物め!」
 
「最近は良く言われるよッ!」
 
 ローブの中から次々とスキルニルを取り出して才人に襲いかからせようとするが、才人はスキルニルが人に化けるよりも速く切り伏せ、反撃の糸口さえ見させない。
 
 才人としても余裕のあるように見えるが、実の所早くシェフィールドの相手を終わらせてタバサの援護に回りたかった。それ程までにジョゼフは強いのだ。
 
 今の所は予め才人がタバサに掛けた“反射”の先住魔法のお陰でタバサに怪我は無いようではあるが、虚無の魔法には“解除”がある。その魔法をジョゼフが使えないとは限らない。
 
 もはや残されたマジックアイテムも乏しくなってきたシェフィールドは自棄になったのか? 腰に差した剣を抜いた。
 
 美麗な装飾の施された両刃のミドルソードだ。
 
 それがどんなに優れた名剣であろうと、どれだけ強力なマジックアイテムであろうと、近接戦である以上、ガンダールヴの力を有する才人と相対して勝ち目は微塵も無いはずである。
 
 その事を理解しているのか? シェフィールドは才人に向けて剣を投擲。
 
 見え見えの軌道の上にスピードもそれほど速くない。
 
 回避し、一気に間合いを詰めようとした所で、才人は背後から鋭い一撃を受けた。
 
「相棒ッ!?」
 
 ……何が。
 
 見れば、軽装鎧の隙間を付いて背中に刺さった剣の切っ先が腹まで貫通している。
 
「ふふふ、油断したね。そいつはマンイーター、自動で人に襲いかかる魔法の剣よ。
 
 ──さあ、そのまま斬り裂かれて死んじまいな!!」
 
 シェフィールドがマンイーターに命令を下すが、それは一向に実行されない。
 
「……学習能力の無い奴だな」
 
 口から血を吐きながらも、才人は壮絶な笑みを浮かべて告げる。
 
「マジックアイテムだって言うんなら、俺にも使えるだろうが!!」
 
 才人の額のルーンが輝き、背中から刺さった剣がゆっくりと抜けていく。
 
「……厄介な物持ち出しやがって」
 
 血染めのマンイーターが空中で一度止まり、切っ先をジョゼフの方に向けて襲いかかるも、直前で気付いた無能王は瞬時に移動してマンイーターの一撃を回避。
 
 舌打ちする才人と不敵に笑うジョゼフ。
 
 全ての魔道具を出し尽くし、丸腰となったシェフィールドを無視して才人がジョゼフに向け、ベルトに差して隠し持っていた自動拳銃を抜き放ち射撃。
 
 同時、タイミングを合わせてタバサからも氷の槍が飛ぶ。
 
 しかし、それもなんなく回避してしまうジョゼフ。
 
 向こうの攻撃も反射で凌ぐ事は出来るが、こちらの攻撃も当たらない状況とはいえ、互いに体力や魔力に限界がある。
 
 そして、その事態を動かすべく、後方から虚無の詠唱が聞こえてきた。
 
 ビダーシャルの相手をフーケが引き受けてくれている隙を付いてティファニアが唱える魔法は“記録”。
 
 対象物に込められた強い記憶を脳裏に映し出す呪文。
 
 当時は何故、ジョゼフが火石の使用を停め泣き崩れたのか分からなかったが、全ての虚無を極めた今のブリミルならば、あの時教皇が何をしたのか? おおよそ理解出来る。
 
 おそらくは“記録”の魔法で過去を見せる事で彼の未練を振り切らせたのだ。
 
 ジョゼフ最大の武器である“加速”の魔法。それを破るには他にも方法が無い事もないが、敢えてブリミルとティファニアは“記録”の魔法を選択した。
 
 彼は倒さねばならない敵ではあるが、せめてもの救いがあるべきだとして……。
 
 そしてジョゼフは見る。
 
 土のルビーに秘められた弟の本心を。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 父王の崩御前、次の王をジョゼフにすると言われた時に向けられた清々しい笑顔と言葉は全て偽りであり、この醜い嫉妬こそがシャルルの本心であると……。
 
 あの笑顔は、自分の本心を見せまいとするシャルルの必死の抵抗である事を知ったジョゼフの目から滂沱の涙が溢れ出す。
 
 気付けば、ジョゼフはシャルルの元に歩み寄り愛しい弟を抱き締めていた。
 
 兄に本心を見られた事を焦ったシャルルは驚愕に顔を歪め、慌てて言い訳をしようとするが、それを遮るようにジョゼフは優しい声色で言い放つ。
 
「いいんだ」
 
 全てを知られた事を悟ったシャルルは堤防が決壊したように本音を零す。それは嘘偽りない彼の本心であり、彼の努力の痕跡であり、兄であるジョゼフへの嫉妬心であった。
 
「ぼくは悔しい。何で、ぼくが王様じゃないんだ? どうして兄さんが王様なんだ?
 
 ぼくはその為に努力してきた。勉強も魔法も礼儀作法も……。ぼくがどれだけ努力してきたのかなんて、父さんも兄さんも知らないんだろうね」
 
「知っている。知っているさシャルル。……だから、もう泣くな。
 
 誰が見ても、どう考えても次の王に相応しいのはお前だ。……だから、俺がお前を王にしてやる。なに、父上の言葉は俺とお前しか知らないのだからどうとでもなる。
 
 お前が王様だ。俺は大臣となってお前を補佐しよう。……な? それが良い」
 
「……兄さん」
 
「だからもう泣くな。……な?」
 
 本心からそう言えた。不思議と心が満たされ安らぎに満ちていく。
 
「俺たちで、このガリアをもっと良い国にしていこうじゃないか。なあシャルル。俺たちでもっと世界を良くしていこうじゃないか。
 
 俺たちならきっと出来るとも。……なあ、シャルル」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「ジョゼフ様!!」
 
 現実に引き戻されたジョゼフの視界に最初に入ったのは、眼前に迫るデルフリンガーの切っ先とタバサの放った氷の矢だった。
 
 不思議とそれを躱す気になれず、抵抗らしい抵抗もなく受け入れようとしたジョゼフの前に割り込んできた人影が彼を庇うように両腕を広げる。
 
「ミューズ」
 
 彼女の名を呟いた途端、身体が咄嗟に動いていた。
 
 シェフィールドの肩を掴み、力の限り引き倒す。
 
 それによって彼女は後ろに倒れ、ジョゼフが立ち塞がるように才人達の攻撃受け止めた。
 
「ジョゼフ様!?」
 
 ……何故?
 
 意味が分からずシェフィールドは混乱する。
 
 ……ジョゼフ様はわたしの事を本当の意味で必要としていなかった筈ではなかったの?
 
 彼にしてみれば、自分の存在などただの手駒の一つに過ぎないと思い、ならばこそ最高の手駒足り得ようとしてきたのに……。
 
 肩口から切り裂かれ、背中には幾本もの氷柱を突き刺したままでジョゼフは笑う。
 
「どうした? ミューズ。何を分からぬという顔をしている? お前は神の頭脳ミョズニトニルンなのだろう?」
 
 喀血しながら告げるジョゼフはそれでも満足気な表情で、懐から始祖のオルゴールを取り出して才人に手渡し、更に頭に抱いた王冠も彼に託す。
 
「シャルロットに渡してやってくれ……」
 
 苦しいだろうにも関わらず、笑みを浮かべて告げるジョゼフの表情はまるで憑き物が落ちたように安らかだった。
 
「お前……」
 
「それと……、あの娘にも礼を……」
 
 おそらくティファニアの事を言っているのだろう。言って激しく咳き込み大量の血を吐き出す。
 
「最後に一つだけ……、忠告させてもらおうか。……ヴィットーリオに、ロマリアの教皇には気を許すな」
 
 その言葉を最後に意識を失い、背後に倒れそうになる彼の身体をシェフィールドが抱き留める。
 
「じょ、ジョゼフ様……!!」
 
 悲鳴にも近い叫びに応えるように、彼女の指に填められたアンドバリの指輪が反応した。
 
 アンドバリの指輪に秘められた力は宮殿の崩落に巻き込まれて死んだ者達を無理矢理に蘇生させる。
 
 死者の群に囲まれた才人達はそちらの対処に気を取られ、ジョゼフへと追撃の機会を逃してしまう。
 
 ……クソッ!? 力が入らねぇ。
 
 腹の傷から血と共に力が抜けていくような感覚。本能的に拙いと悟るが、迎撃の手を緩めるわけにもいかない。
 
 視界の端ではシェフィールドに抱き起こされたジョゼフの元に、ビダーシャルが駆け寄っていた。
 
「この場から退くぞ」
 
 ビダーシャルの風石の指輪が発動し、彼らの姿はタバサ達の前から消えた。しかし、タバサは不思議とジョゼフ達を追おうとは思わない。復讐よりも今は、怪我を負った才人の方が心配だった。
 
 呪文を唱え、彼に群がる死者達を薙払い、駆け寄ると限界を超えたのだろう才人の身体が崩れ落ちた。
 
 ……出血が酷い。早く手当しなければ助からないかもしれない。
 
 気ばかりが焦るが、死者達が邪魔をして才人の治療が出来ない。
 
 その瞬間、周囲を眩い光が覆い尽くし、死者達を一気に物言わぬ骸へと戻した。
 
 ティファニアの解除の魔法によるものだ。
 
 見れば、彼女も精神力を使い果たしたのか? 気を失ってしまっている。
 
 一番確実なのは、ティファニアに才人の治療を頼む事だったのだが、こうなってしまっては仕方が無い。
 
 余り得意では無いが、タバサが自ら才人に治癒魔法を施していく。
 
 徐々に出血の量が少なくなっていくが、傷ついた内臓までは完全に治療には至らない。このままではタバサも魔力を使い果たし倒れてしまうだろう。と思われた時、背後から差し伸べられた手がタバサに代わり、治癒魔法を唱え始めた。
 
 ……フーケ?
 
 横を見れば、以前相対した“土くれ”のフーケが水の治癒魔法を唱えている。
 
「言っとくけど、わたしだって水系統の魔法は得意ってわけじゃないからね。気休め程度にしかならないよ」
 
 バツが悪そうに告げ、治療に専念する。
 
 すると、治療されていた才人が意識を取り戻した。
 
「……俺はいいから、戦闘を停めてくれタバサ」
 
 僅かに迷うが、傍らのフーケが任せておけとでも言うように力強く頷いてくれたのでタバサは立ち上がり、通信兵を捜し始めた。
 
 ロマリアとの国境付近で行われている戦闘を停める。
 
 それは他の誰でもない、自分にしか出来ない事。
 
 新たな王としての威厳に満ちた足取りで人だかりの前に出るとタバサは才人から渡された王冠を被り宣言する。
 
「前ガリア王ジョゼフ1世は敗走し、わたしシャルロット・エレーヌ・オルレアンが新たなガリアの王に即位した事をここに宣言する!」
 
 その言葉に、騒然としていた衛兵達は一気に静まり返った。
 
「ガリアの新王として最初の命令を告げる! ロマリアとの国境付近での戦闘行為を直ちに中止せよ!」
 
 ガリア新王の命を受け、通信兵達が消火活動を放棄して魔法の行使を開始する。
 
 ついで、治癒術士達を引き連れてタバサが才人の元に戻った時には、フーケも魔力を使い果たし、才人に折り重なるように倒れていた。
 
 疲れ果てているはずなのに、満ち足りた表情で眠るフーケに小さく礼を述べ、才人達の治療を言い渡すと、タバサも緊張が解けたのか? その場に崩れ落ちるように気を失った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
   
 同時刻。ヴェルサルテイル宮殿の中にある小宮殿。
 
 ジョゼフの娘であるイザベラが主人を務めるこの小宮殿に衛兵として雇われていたベルゲン大公国出身の傭兵達が数名侵入を果たしていた。
 
 彼らの目的は王族であるイザベラを捕縛し、新王への覚えを良くしておこうというものだ。
 
 伝え聞く噂によると、イザベラは魔法の才が乏しいらしく、捕縛するには打って付けの人材である事から、彼らは容易な仕事と踏んでこの小宮殿に乗り込んできた。
 
 対するイザベラはタバサの行った謀反の宣言を聞いてから恐怖に震え続けていた。
 
 口ではすぐに王軍によって駆逐されるだのとメイド相手に強がってはいたが、彼女の強さは他ならぬイザベラが一番良く知っている。
 
 やがて、タバサが宮殿に直接乗り込み、轟音と共に本殿が崩れ去った時にはヒステリックにメイド達を部屋から叩き出し、自身はシーツを被って恐怖に震えていた。
 
 もし、彼女が父王を討ち王権を手に入れたならば、真っ先に処刑されるのは他ならぬイザベラ自身だという事も彼女は自覚しているほどに、彼女のタバサへの扱いは凄惨を極めた。
 
 吸血鬼や水の精霊といった危険種の相手を率先してやらせた。メイドに命じて服を汚させ下着姿に剥いた事もあれば、床に落ちた食事を食べさせた事もあった。ゲームと称して地下水を差し向けた事もあったし、彼女の極楽鳥の卵が食べたいという我が侭で死地に赴かせた事もある。
 
 そんな事をしてきた彼女をタバサが恨んでいない筈がないという強迫観念から恐怖に押し潰されそうになるイザベラ。
 
 そんな彼女の部屋の扉を乱暴に開けて傭兵達が侵入してくる。
 
 彼らはイザベラを強引に立たせると、
 
「ジョゼフ王は敗走し、シャルロット様が新王となりました。──あなたに恨みはありませんが、我らベルゲン大公国の安寧の為、捕縛させていただきます」
 
 慇懃に告げ、手にしたロープでイザベラを拘束しようとする。
 
「い、いや……。だ、誰か、……誰か助けなさい!!」
 
 助けなど来るわけがない。彼女自身、メイド達にも嫌われている事は自覚していた。
 
 そんな中、わざわざ危険を冒してまで自分を助けに来てくれるような騎士など……。
 
 イザベラが諦め掛けた瞬間、雷光が閃き傭兵達を絶命させた。
 
 壊れた扉から入ってきたのは、口髭の凛々しい長髪の美男子だ。
 
 ガリアの物ではない他国の騎士服に身を包んだ青年は見た所イザベラに怪我が無い事を知ると安堵の吐息を吐き出し、
 
「ご無事ですか? イザベラ様」
 
 片膝を着き、臣下の礼をとった。
 
「あ、あなたは?」
 
 それでも警戒を解かず、青年に問い掛けるイザベラ。
 
「わたしはジョゼフ王の私兵を務めておりました、ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルドと申します。
 
 見ての通り、ここは危険です。暫くは窮屈な生活を強いる事になると思いますが、いずれ必ずの復権をお約束致します。
 
 ですから今はわたしに信用して付いてきてくださりますようお願いします」
 
 ワルドの言葉に引かれるように、イザベラは彼の手を取り、安堵から意識を手放した。
 
 気を失ったイザベラを抱き上げワルドはほくそ笑む。
 
 王族に連なりながらも魔法の使えない者。
 
 虚無の条件としてイザベラは充分にその資質を満たしていた。
 
 ……後は、この小娘の信用を得て、上手いこと手綱を握れば、俺の夢も叶う!
 
 その為にも、今はガリアから脱出する事に全神経を傾けた。
 
 
 
  
 
 
 
 
 
 
 既に魔力を使い果たし、杖に寄りかかって辛うじて立っているブリミルを中心に、反乱軍は辛うじて戦列を整えていた。
 
「怪我人は戦列から下げなさい! 治癒術者は怪我の酷い人から看てあげて! モンモランシー、ギーシュは痛がってるふりしてるだけで、大した怪我じゃないから放っといて良いわ」
 
「わたしもそう思ってました」
 
「な、なんだねそれは!? 断固抗議するぞ、ぼくは!!」
 
 勿論、冗談で言っているだけであり、ギーシュの怪我もモンモランシーを庇って受けたものである為、既に大まかな治療は終えている。 
 
 こちら側に付いた両用艦隊からの援護射撃のお陰で制空権を得られたのが幸いし、なんとかここまで持ちこたえる事が出来たものの、限界が近い。
 
 ……次に一斉攻撃に出られたら拙いかもね。
 
 何とかして反撃の糸口を探るブリミル。
 
 そんな彼女の元に通信兵から伝言が飛び込んできた。
 
「シャルロット様が! シャルロット様が王位の奪還に成功した模様!! 王となった最初の勅命として、戦闘行為の中止を宣言しております!」
 
 鬨の声が挙がり、沈み掛けていた士気が一気に向上していく。
 
 敵軍にも同じ内容の通信が届いているのだろう。謀反が成功した以上、今は彼らが反逆軍となり果て、そこには辛うじてしがみついていた王家への忠誠すら残されていない。
 
 戦意を無くした包囲網のそこかしこから白旗が掲げられるのが見える。
 
「……どうやら、サイト達がやってくれたようね」
 
 安堵の吐息を吐き出し、そのまま腰を落とすブリミル。
 
「良かったのね、お姉様!!」
 
 飛び跳ねはしゃぐシルフィード。
 
「た、助かったのかい?」
 
「も、もう、二度と戦争なんかゴメンだわ」
 
 へたり込むギーシュとモンモランシー。
 
 ヴァリエール姉妹は魔力を使い果たし、戦車の中に避難してもらっている。
 
 ……今回は何とか、聖戦の発動は回避出来たみたいね。
 
 一度聖戦を発動させてしまえば、後は泥沼の潰し合いが待っているだけだ。それだけは絶対に阻止しなければならない。
 
 ……そんな事よりも、今はお風呂にでも入ってゆっくり休みたいわ。
 
 心底疲れたブリミルは、風呂に入る余裕もなく、取り敢えずの安堵と共に、そのまま意識を手放した。
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