ゼロの使い魔・2回目
 
第13話
 
 宗教都市ロマリア。
 
 そこにトリステイン女王アンリエッタと次期トリステイン国王、現在はアルビオン国王であるウェールズの姿があった。
 
 二人がここに居る理由。……それは、現在ハルケギニア最大の権力者である教皇から直接召集されたからだ。
 
 彼の名前によって召集された以上、如何に一国の王といえども無碍に断るわけにもいかない。
 
 ……しかも、現在トリステインで宰相を務めるマザリーニ枢機卿は次期教皇とも目されていた程の敬虔なブリミル教の信徒。
 
 彼の顔を立てる意味でも、ここで断るわけにもいかなかった。
 
「アンリエッタ……、分かっているとは思うけど」
 
「えぇ、承知していますわウェールズ様」
 
 王族用の馬車の中、アンリエッタとウェールズは言葉少なに目配せして頷く。
 
 教皇の甘言には注意するようにと、ブリミルやサイトに散々言い含められてられて送られてきたのだ。
 
 国を救ってくれた英雄達の言葉をシッカリと心に刻み、彼らは最大限の警戒を強いてロマリアの最大権力者、教皇・聖エイジス32世に挑む。
 
 護衛として同行し、同じくその事を聞き及んでいるアニエスは、いつもの鎖帷子の代わりに着込んだドレスの内に仕込んだ暗器を確認し、神経を尖らせる。
 
 トリステイン、アルビオン両国の為にも、今この二人を失うわけにはいかないのだ。
 
 才人やブリミルからは、最悪の場合は決して交戦しようとせずに、全力で逃げるようにと言われているものの、それは彼女の騎士としてのプライドが許さない。
 
 未だ、火のルビーが才人の元にある以上、教皇が虚無に覚醒する事がないとはいえ、ロマリアには聖堂騎士達に加え、ヴィンダールヴであるジュリオ・チェザーレも居るのだ。
 
 ……だが、才人達は知らない。
 
 現在、ロマリアには始祖ブリミル名乗るノルンに憑依されたルイズも居る事を……。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ロマリアの大聖堂に到着した彼らを待ち構えていたのは、彼らの予想とは違い歓迎一色の雰囲気だった。
 
 玄関前に勢揃いした聖歌隊達が荘厳な賛美歌を奏で出す。
 
 一応、お忍びという形を取っている彼らに対する心ばかりの出迎えのつもりなのだろう。
 
 歌が終わると指揮者の少年が振り向き、恭しく一礼したうえでゆっくりと面を上げる。
 
 月目の少年、ヴィンダールヴのジュリオ・チェザーレだった。
 
 彼は貴族のような仕草で彼らを歓迎すると、そのまま主人たる教皇の待つ大聖堂へと迎え入れる。
 
 現在、彼は執務室で会談中との事で、彼らは30分ほど待たされる事になったが、アルビオン戦での彼の活躍と受勲した事をウェールズが憶えており、話に花を咲かせて退屈する事はなかった。
 
 そして、執務室の扉が開き、中から数人の子供達が現れ、去り際に教皇に礼をしてその場を去っていく。
 
 それを呆然と見送り、三人はジュリオに導かれるままに執務室へと通される。
 
 執務室の中、乱雑に散らばる本を片づける男。
 
 それこそが教皇、聖エイジス32世ことヴィットーリオ・セレヴァレだった。
 
 始め、彼の事を召使いと勘違いしたアンリエッタ。
 
 ジュリオが彼を窘めてヴィットーリオはようやくアンリエッタ達の来訪に気付く。
 
 その余りに権力者らしくない態度に、三人は暫し呆然としていたが、それでも何とか平静を取り戻し、一国の代表として挨拶を交わす。
 
 その後、幾つかの質疑応答を繰り返し、本当に彼が才人やブリミルの危惧するような人物なのか? と思い始める。
 
 何しろ彼は本当に、全ての人は、国や立場、信じる教義に関係無く皆平等に神の御子であり、それらを救う為に身を粉にして働いているのだ。
 
 更に先程見せたように、身分に関係無く子供達を教え導こうとしている。
 
 そんな彼の目下の悩みは、人の信仰が地に落ち、神官達が現世の利益を貪るための口実と化してしまった事だという。
 
 彼の告げる事は逐一もっともで、反論の隙もありはしない。
 
 ヴィットーリオは告げる。
 
「なぜ、かのように信仰が地に落ちたのか? お分かりになりますか?」
 
 まるで己の無力さを噛みしめるようにヴィットーリオは言う。
 
「……力が無いからです」
 
「力……」
 
 その為にもエルフから聖地を取り戻し、その力を驕った指導者達やつまらぬ政争や戦にあけくれる貴族や神官達に見せつけてやらねばならないと言う。
 
「待ってください聖下。何もエルフ達から聖地を強奪するような真似をせずとも、他に方法があるのではありませんか。
 
 エルフの力は強大です。生半可な力では人間側にも痛手を被る事になります。
 
 それは今までの歴史が証明しているではありませんか」
 
 抗議の声を挙げるウェールズに対し、ヴィットーリオは力無く首を振り、
 
「今まで一度たりとも成功していない事だからこそ、それが為された事に意味があるのです。
 
 そして陛下。悲しい事に博愛では誰も救えないのです……」
 
「し、しかし!?」
 
 なお抗議の声を挙げようとするウェールズに対し、彼らの背後から静止の声が掛けられる。
 
「だから言ったのだ。まどろっこしい真似はするな、と……」
 
 突如聞こえてきた声に慌てて振り返り、そこに居る人物を確認して、彼らは驚愕に、目を見開く。
 
 そこに居たのは、行方不明となったルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールだった。
 
 彼女の登場に、ヴィットーリオとジュリオはその場に跪く。
 
 事前にブリミルや才人に事のあらましを聞き及んでいたアンリエッタ達ではあったが、それでも動揺は隠しきれない。
 
「……ルイズ」
 
 小さく彼女の名を呼ぶが、対するルイズは小さく鼻を鳴らすだけに留めて彼らを一瞥し、
 
「貴様……、メッセージを伝えてもらおうか」
 
 一方的に告げ、アニエスを指さす。
 
「この二人を返してほしければ、虚無の担い手と使い魔だけで妾の元まで来い。……とな」
 
「クッ!?」
 
 咄嗟にドレスの下の暗器を取り出し、ルイズに挑み掛かるアニエスであったが、それよりも早く割って入った巨大な影によって弾き飛ばされる。
 
「隊長殿!?」
 
 悲鳴のような叫びを挙げるアンリエッタ。
 
 彼女の瞳に、先程アニエスを弾き飛ばした者の正体が映る。
 
 それは風竜だ。何時からそこに控えていたのか? 一匹の風竜がそこでルイズを守っていた。
 
「ふん。……大人しくしていれば、怪我をせずとも済んだものを」
 
 告げ、詠唱の完了した虚無を解放する。
 
 瞬間、アニエスの姿がアンリエッタ達の前から消えた。
 
 
 
 
  
 
 
 
 
 
 その頃、トリステイン魔法学院の一室では……。
 
「……やっぱり無理があるんじゃないか? ゼロ機関だけで、ロマリアとガリアの両軍を抑え付けるってのは?」
 
 この時期、ロマリア対ガリアの対決が避けられないものになっている以上、それを食い止める方法として、ブリミルが提案した方法がそれだったのだが、
 
「両軍合わせたら、軽く20万越えるぞ?」
 
 それでも敵が一軍であったのならば何とかしてしまう。
 
 それが虚無の魔法だ。
 
 しかし、今回は相手は一軍ではなく二軍あるのだ。片方が壊滅的なダメージを受けたとみるや、残った方が勢いづいて攻勢に出てくるだろう。
 
 仮に残った方ににも同じように壊滅なダメージを与えられたとしても、今度は残った双方から攻撃を受ける事になる。
 
 すなわち、戦況としては三つ巴の1対1対1ではなく2対1になってくる。
 
 しかも戦力差は圧倒的に不利。包囲戦は必至だろう。
 
 更に質の悪い事に、双方には虚無の担い手が控えているのだ。
 
「別に勝つつもりは無いわよ。私達の役割は足止め。
 
 その間に、アンタとテファ。それとタバサがガリアに出向いてジョゼフを倒す。
 
 それでタバサが即位して全軍を引かせればロマリアもガリアにまでは追っては来ないでしょ?」
 
「だから、その足止めが出来るのか? って言ってんだよ! 戦力比がどれだけあると思ってんだ!? 俺達が遅れれば、その分だけお前達の危険度が増すんだぞ!」
 
 彼としても、この戦いで眼前の女性を失いかけた記憶があるのだ。無理だけはさせたくない。それに今回は右手の槍……、才人の世界の武器も無いのだ。
 
 だというのに、ブリミルは信用に満ちた眼差しを才人に送り、
 
「絶対、間に合わせてくれるんでしょ?」
 
 彼女にそう言われてしまうと、反論できようはずもない。
 
 才人は暫く考えていたが、やがて覚悟を決めたのか顔を上げ……、た所で彼の頭上の空間が歪み、そこから一人の女性が落ちてきた。
 
「……へ?」
 
 慌てて受け止めるも、勢い余ってそのまま彼が座っていた椅子を粉砕してしまったが、幸いにも女性を受け止めきる事には成功した。
 
「いてててて……、何なんだ? 一体」
 
 才人が腕の中の女性に視線を向ける。
 
 そこに横たわるのは見知った女性の顔だ。
 
 女性、……アニエスは苦痛に眉を顰めながらも、薄く目を開きそこにいるのが才人である事を知ると、彼の襟を強く掴み寄せ、
 
「スマン……、陛下とウェールズ国王を人質に取られた」
 
 その言葉に才人は己の見通しの悪さに歯噛みする。
 
 少なくともヴィットーリオは本当に人間の行く末を憂いでいたはずだ。……もっとも彼が憂いでいたのは人間だけであり、その他の種族に関しては何とも思っていなかったが。
 
 だが、その彼がこんな暴挙に打って出るとは考えにくい。
 
 モンモランシーによって傷を癒されたアニエスは立ち上がり詳しい事情を説明する。
 
 彼女の話によると、現在ロマリアにノルンに取り憑かれたルイズが居るとのこと。
 
 彼女が言うには二人を返して欲しければ、虚無の担い手と使い魔を連れて来いとのことらしい。
 
 才人は短く舌打ちすると、
 
「勝手な事言いやがって……」
 
 ノルンの目的は、恐らくゼロ機関のロマリア側としての戦争参加だろう。
 
「どちらにしろ、人質を取られた以上、行くしかないわね」
 
「……スマン」
 
 護衛として付いて行ったにも関わらず、力及ばずに二人を守りきれなかったアニエスは才人達に謝罪する。
 
 対する才人達はシッカリと頷き、
 
「二人共取り戻してきます」
 
「……頼む」
 
 今度は謝罪とは違う意味で頭を下げると、才人の鎧を持ったサティーとシエスタが入室してきた。
 
「……サイト様、甲冑を」
 
 告げ、彼に鎧を纏わせていく。脚甲、手甲、胸当て、肩当て、と全てのパーツを装着し終えた彼の肩にシエスタが恭しい手つきでマントを掛ける。
 
「サイトさん……、気を付けて下さい」
 
「うん」
 
「御武運を──」
 
 シエスタやヴァリエール姉妹の声援を受け、才人達はテファの転移魔法で一気にロマリアへ跳んだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 眼前に突如現れた才人達に対し、ルイズ達は特にこれといった反応を示さなかった。
 
「サイト殿!」
 
 ウェールズの声を背に受け、才人は背中のデルフリンガーを抜刀する。
 
「言われた通り来てやったぜ!」
 
「二人は返して貰うわよ」
 
 才人を前衛に、後衛にブリミルとティファニアが各々の杖を構える。
 
 だが、対するルイズは椅子から立ち上がる事も杖を構える事もせず、じっと才人へ視線を向けるに留まる。
 
 才人としても、ルイズの身体を傷つけるわけにはいかないので、下手な手出しを出来ずに二の足を踏む。
 
 その静寂を打ち破ったのは、ルイズの傍らに控えた教皇ヴィットーリオだ。
 
「少々お待ちいただきたい、ヒラガ卿。わたし達はあなた方と戦う為にここにお呼びしたわけではありません」
 
 ……よくもヌケヌケと。
 
 警戒心を露わにした才人は、それでも剣を降ろそうとはせず、視線を真っ直ぐルイズへと向ける。
 
 そのルイズといえば、まるで値踏みするような眼差しで才人を見つめるだけだ。
 
 彼女の才人に対する思いは複雑なものとなっていた。
 
 ここ数日、遠見の魔法で彼らの様子を観察していたのだが、彼の纏う雰囲気や女性達に対するある種の情けなさなど、どこか懐かしいものを感じさせるからだ。
 
 その懐かしい感覚が誰に似ているのか? それは考えるまでもなく思い出せる。
 
 ……ブリミル様。
 
 彼女が愛し、憧れた青年。
 
 容姿は似ても似つかないくせに、ちょっとした仕草等から才人を通してノルンはブリミルを思い出す。
 
 しかし、その感情を決して表に出す事はなく、じっと才人を見つめ続けた。
 
 ……どれほど、その睨み合いの時間が過ぎたのだろう?
 
 先に動いたのはルイズの方だった。
 
 彼女は満足そうに頷き、
 
「なるほど。……貴様、全てのルーンを所持するに至ったか」
 
 薄い笑みを浮かべ、
 
「どうだ? 再度、妾の使い魔になるつもりはないか? 今ならば、以前の無礼は許してやろう」
 
 告げるルイズに対し、才人は一笑に伏し、
 
「アンタがルイズの身体から出てくんなら、ルイズの使い魔に戻ってやってもいいけどな!」
 
「ふん、使い魔ふぜいが言いよるわ」
 
 薄い笑みを浮かべ、
 
「……まあ良い、妾の元に戻りたくなったのなら、何時でもやって来るがよい」
 
「安心しろよ、絶対に有り得ないから」
 
 互いに鼻で笑い、ルイズが本題を切り出す。
 
「貴様らを呼んだ理由は他でもない。
 
 ──ガリアを攻める為の戦力になってもらおうと思っての事だ」
 
 ノルンにしてみれば、中立主義のゼロ機関よりもエルフと手を組んでいるジョゼフの方が殲滅対象としては優先順位は上であり、その為にゼロ機関と手を組むのも吝かでは無い。
 
 否、むしろ全てのルーンを制した才人は自らの使い魔として相応しいと思っているほどだ。
 
「ふん。どうせ、拒否権は無いんでしょ」
 
 ウェールズとアンリエッタを人質に取られている以上、拒否は認められないのが分かり切っているため、ブリミルが皮肉を込めて告げる。
 
 対するルイズは当然のように頷き、更に才人に言い募る。
 
「……捜索の魔法で調べたが、貴様火のルビーも有しているようだな」
 
 捜し物の在処を特定する魔法。
 
「……そんなもんまで有んのかよ、虚無ってヤツには」
 
「使う分には便利なんだけど……」
 
「自分に使われると、厄介な事この上ないわね」
 
 とは、既にこの魔法を体得しているティファニアとブリミルの弁だ。
 
「それをこちらに渡して貰おうか」
 
 舌打ちした才人は首に巻いた細い鎖から火のルビーを抜き取り教皇へと放り投げる。
 
 それを受け取ったヴィットーリオが、それを自らの指に填めると指輪は彼の指のサイズに合わせて縮んでいく。
 
 それを確認したルイズが小さく頷くと、今度は才人の方から彼女へと話掛けた。
 
「……で、お前らと協力してジョゼフを倒すのは構わないけども、こっちも幾つか条件を付けさせてもらうぞ」
 
「そのような立場にあると思うてか?」
 
「別にアンタ達の損にはならないから、聞くだけでも聞きなさいよ」
 
 相手が始祖ブリミルを名乗る六千年前の亡霊であっても物怖じ無いブリミルと才人に、ウェールズとアンリエッタは唖然とし見守り続ける。
 
 結局、このままでは話が進まないとみたルイズが折れる形で才人達に話を促す。
 
 才人はブリミルと視線を合わせて互いに頷き、
 
「この戦争、ロマリア対ガリアじゃなく、ガリア内部の内戦って事にしたい」
 
 それを聞いたルイズは訝しげに眉を顰め、
 
「……どういうつもりだ? ロマリア対ガリアの形にすれば、数の上でも楽に戦況を進める事が出来ようぞ」
 
 確かにルイズの言うとおりだろう。……しかし、それでは駄目なのだ。
 
 それでは無駄に被害が拡大してしまう。そうならない為にガリアの内戦という形を取り、タバサを主導者という形に据えて、最終的にはなるべく穏便に事を軟着陸させたいと思っている。
 
「こっちにはこっちの考えがあるんだよ」
 
 頑として譲ろうとしない才人の態度にルイズは大仰に溜息を吐き出し、
 
「まあ、良いだろう。認めてやる」
 
 彼女からすれば、エルフと手を組むジョゼフさえ抑えられれば良いのであって、その手段は正直どうでも良い。
 
 既にジョゼットの身柄を抑えている以上、ジョゼフを倒す事に遠慮はいらないのだが、そうするとジョゼットを虚無のゴタゴタに巻き込む事になってしまう。
 
 それは極力避けたいとは思うのだが、手加減して勝てるような生易しい相手でも無い。
 
 ……ジョゼフを殺すように動いてた所をみるに、この時点で向こうもジョゼットの存在を知ってるんでしょうね。
 
 おそらく既にゼロ機関の手によって保護されているであろう事も含めてだ。
 
 それでもなおガリアとの戦争を起こし、ジョゼフを亡き者にしようというのはそれなりの勝算があっての事だろう。
 
 ……油断は出来ないわね。
 
 とはいえ、それ以前の問題としてゼロ機関とガリア王国とでは戦力的不利なのは変わらない。
 
 下手をすればゼロ機関が敗れ、ジョゼフの元に始祖の秘法と指輪が追加される事になってしまう。
 
 僅かに思案したルイズは傍らに控えるジュリオに向け、
 
「この者に槍を与えよ──」
 
 どうせ、保管しておいてもガンダールヴ以外に使える者はいないのだ。
 
 とはいえ、本当にそれで良いのだろうか? この先彼らがロマリアに敵対する可能性があるというのに、そんな事まるで気にしていないかのような対応。
 
 その事にその場にいる者達が違和感を覚えざるをえない。
 
 それは命を下したノルン自身が最も強く感じていた事だ。
 
 何故自分がそのような命令を下したのか? 彼女自身分かっていない。
 
 まだ残っているルイズの心の一片が才人の身を案じて、そう言わせたのか?
 
 彼女自身がルイズの心に引き連られているのか? それとも才人に始祖ブリミルを重ねて見ているのか? それは定かではないが、ともあれ命令を受けた以上、ジュリオはそれを遂行する。
 
 
 
 
 
  
 
 
 
 
「こっちだよ」
 
 ジュリオに案内されてやって来たのは大聖堂の地下階だ。
 
 ちなみに、ブリミルとティファニアは未だ執務室でルイズと対峙している。
 
 辿り着いた部屋の前で、ジュリオの持ってきた鍵を使って錠前を外し、錆の浮いた鉄扉を二人掛かりで押し開けて入室する。
 
 長年使用していないであろう部屋は埃が舞い上がり、二人はむせながらも目的の物を求めて先に進む。
 
「これだよ」
 
 短く告げるジュリオの示すものはハルケギニアではない、才人の世界の武器の数々。
 
 銃器がある、剣や槍、日本刀まである。更にその奥にはミサイルランチャーや大砲、そして巨大な砲を装備した鋼の塊……、独逸製のタイガー戦車までもが鎮座していた。
 
 それらは全て東の地、聖地から拾ってきた物だという。
 
 何でも聖地には虚無魔法で開けた扉があって、そこからこのような武器を送ってくるらしい。
 
 ……それが始祖ブリミルの遺産なんだよ。
 
 今居るブリミルことルイズ(大)はその遺産の所有権を受け継ぎ、自らの意志でその扉を閉じた。
 
 ……それは、ハルケギニアには有ってはならない物だとして。
 
「しかし、君たちの世界は凄いね。ハルケギニアでは想像もつかないような武器が沢山ある」
 
 一言も自分が異世界人である事を告げていないのにも関わらず、ジュリオはその事を当てて見せた。
 
 もっとも、それは既に才人の知っている情報なのでさして驚く程の事でも無い。
 
 才人は手近な銃器を手に取り、使える物を選別。
 
 そして壊れて使用できないような物からも弾丸を抜いていく。
 
 淡々と作業していく才人にジュリオは訝しげな視線を向け、
 
「……驚かないんだね?」
 
「まあ、ガンダムでもあったらビビッただろうけどな」
 
「……ガン?」
 
「んー……、この世界のゴーレムみたいなもんだよ」
 
 苦笑を浮かべながら二丁の拳銃と一丁の小銃。そしてありったけの弾丸に数個の手榴弾や爆弾。
 
 更に日本刀と槍を手に取り、
 
「随分と変わった形状の剣だね?」
 
「う、浮気する気か!? 相棒!!」
 
 アドバイスを貰うために床に突き刺していたデルフリンガーが何故か泣きそうな声で抗議の叫びを挙げるのにウンザリげに溜息を吐き出し、
 
「前に、ディフェンダーやメーネ使ってた時には何も言わなかっただろうが」
 
「それとこれとは話が別だっつーの!」
 
 ディフェンダーは防御用、メーネは騎馬戦用の武器だったが、日本刀の使用用途は長剣とほぼ同様。そこら辺にどうやら妙な拘りがあるらしい。
 
 だが才人はそんなデルフリンガーの声を無視して足下の武器を物色しながら、
 
「あー……、ブーメランってのも有りかな?」
 
「聞けよ話!」
 
「槍や弓なんかが必要なら、この世界で最上級の物をこちらで用意させてもらうけど?」
 
 確かに銃器等は才人の世界の物とは性能的に比べ物にならないが、弓や剣などの原始的な武器ならば、余り性能的に変わりはない。
 
 それを聞いた才人は物色の手を停め、
 
「じゃあ、幾つか用立ててもらうか」
 
 手にした槍を手放すも、日本刀だけは腰のベルトに差す。
 
「何でそれは置いてかねぇんだよ!」
 
「……コレ、俺の国の武器なんだよ。
 
 だからちょっと感傷入ってるのかもな」
 
 そう言われてしまうと、デルフリンガーも黙らざるをえない。
 
「まあ、本命はお前だから、気にすんな」
 
「あ、当たり前じゃねえか!?」
 
 ともあれ、武器や戦車はそのままトリステイン魔法学院の方へ持って帰ることになった。
 
 戦車は固定化の魔法で一応生きているものの、整備しないと不安だし、コルベールに頼んで燃料も作ってもらわないとならない。
 
 そんなわけで纏めてブリミルに転移して貰おうと思い執務室に戻ってみると、そこでは凄まじいまでの険悪な雰囲気が漂っていた。
 
「……どうしても、引くつもりは無いのね?」
 
「当然だ」
 
「──なら、せめて何の魂胆があってそんな事をするのか? 答えなさい」
 
「ふん、何故妾が貴様の質問如きに答えてやらねばならん?」
 
 睨み合うこと数分。物音を発てないようにウェールズに近づいた才人が、小声で彼に問い掛ける。
 
「……どうしたんですか?」
 
「いや、それが……、彼女が気張らしに街を見たいと言い出してね。
 
 護衛に君を付けるように言い出したんだ」
 
「……ハァ?」
 
 本当にわけが分からないと小首を傾げる才人。
 
 何しろ、この前ノルンには殺されかけたばかりなのだ。
 
 当然、何か企みがあるのではないだろうか? と思うのは当然だろう。
 
「で、では皆で一緒に出かけるというのは如何でしょう?」
 
 何とか取りなそうとヴィットーリオが口を挟み、双方とも面白くなさそうな表情ではあったが、何とかそれで妥協した。
 
 とはいえ、そのままの格好で出かけるというのは流石に目立つ……、なにしろ才人は鎧を着込んでいるし、ヴィットーリオはアンリエッタ達を迎え入れる為に儀礼用の法衣まで纏っているような状況だ。
 
 なので着替えてから出かける事になった。
 
 才人の鎧を外すのをティファニアと手伝いながら、ブリミルが愚痴とも独り言とも取れないような呟きを零す。
 
「……一体、何企んでるのかしら?」
 
「さあな? 一応デルフ持ってた方が良いかな?」
 
「当たり前でしょ。油断しちゃ駄目よ」
 
 ブリミルの指摘を受けいつものようにパーカーの上からデルフを背負う。
 
 ブリミルとティファニアもお忍びという事で羽織っていたマントを脱いだ所で、ドアがノックされ迎えがやって来た。
 
 ティファニアがドアを開けると、そこに立っていたのは街娘のような格好をしたアンリエッタと貴族の三男坊といった風体のウェールズだ。
 
 今の二人の格好を城の重鎮達が見たらどのように思うだろう? と考え、才人は苦笑し、
 
「随分と楽しそうですね?」
 
「ははは……、いや、実はこうして変装して街に二人で繰り出すのは初めてでね。
 
 結構ウキウキしてたりするんだ」
 
 アンリエッタといえばウェールズと腕を組んで実に幸せそうにしている。
 
 ……この人達本当に人質の自覚あるんだろうか?
 
 と不安になってしまう。
 
 そんな益体も無い事を考えていると、ドアの後ろからルイズに声を掛けられた。
 
「何をしている? 準備が出来たのなら、さっさと出かけるぞ」
 
 そう告げる彼女の姿は、何時ぞやのデートの時と同じものだ。
 
 その彼女の両端を固めるのは法衣を脱ぎ、長い髪を纏めたヴィットーリオと神官衣から私服に着替えたジュリオの姿がある。
 
 ルイズに促される形で部屋を出ようとする才人に向け、彼女が不機嫌そうな声色で静止した。
 
「……貴様、着飾ったレディーに対して何の言葉も無しか?」
 
 言われ、才人は驚きに目を見開き、ノルンに対する考えを改める。
 
 ……コイツも何だかんだ言って、ブリミルの事を本当に愛していて、その反動でエルフが憎く思ってるだけなんだろうな。
 
 とはいえ、それは決して許容出来る事ではないのだ。それにルイズの身体の事もあるが、まあ、おべっかの一つくらい言ってやっても罰は当たらないだろう。
 
「似合ってんじゃねえか。それでもっとお淑やかだったら最高だな」
 
「ふん、何だ? そんな女の方が好みなのか?」
 
 からかうように告げるルイズに対し、才人は微かに口元を歪め、
 
「どっちかってーと、年に2回くらいしか笑わなくて、人の事犬だ使い魔だとか言ってすぐに鞭で叩いたり足で踏んづけたりするような奴の方が好みかな?」
 
「……君、そんな性癖があったのかい?」
 
 ジュリオが才人から若干距離を置きつつ告げるのを、半眼で睨み付け、
 
「……真に受けんな。偶々惚れた相手がそんなのだったってだけだよ」
 
「な、何言ってんのよバカ!」
 
 顔を朱に染めて羞恥心からか、そっぽを向いてしまうブリミル。
 
 ともあれ、皆で出かけようとしてヴィットーリオが才人とブリミルに注意を促す。
 
「この街での武器の携帯は禁止されています。
 
 どうか、それらをお置き下さい」
 
 言われ、互いに視線を合わせ、ルイズ達も杖を携帯してない事を確認すると、剣と杖をテーブルの上に置いた。
 
 ……とはいえ、勿論完全に彼らを信じているわけではないので、才人は見えないように地下水とポケットの中に軽手甲を忍ばせているし、ブリミルも予備の小杖を隠し持っている。
 
 おそらく、それに気付いているであろうルイズだが、そんな事は気にするでもなく踵を返し、
 
「ふん、では出かけるぞ」
 
 率先して歩を進め街へと繰り出した。
 
 
 
  
 
 
 
 
 
 
 街に出た彼らだが、特になにをするでもなくダラダラと歩き回り露店を冷やかしてウインドショッピングを楽しんで回った。
 
「……なあ、さっきからブラブラしてるだけなんだけど、一体何が目的なんだよ?」
 
 いい加減焦れた才人がルイズに問い掛けてみると、彼女は平然とした様子で、才人に買わせた屋台のお菓子を口に放り込みながら、
 
「……目的? 妾はただ、気晴らしに出かけるつもりだっただけだが?」
 
 曰く、あんな陰気くさい所に長く引きこもってなど居られないという。
 
 その言葉にもっともだと頷くヴィットーリオ。
 
 どうも虚偽ではなく、本気で言っているようだ。
 
 それを聞いた才人達は呆然とし、やがて何か裏があるのではないか? と勘ぐっていた自分達が馬鹿らしくなり……、今度は自棄のようにブリミルが衝動買いを始める。
 
「お、おい! そんな物買ってどうするんだよ!?」
 
 ブリミルが手にしているのは、見るからに怪しげな壁掛けだ。
 
 布で出来た三角形で、ようこそロマリアへと刺繍されている。
 
「飾るのよ! アンタの部屋に!!」
 
「いらねぇ! 心底いらねえ!! つーか、何だよそれ、新手のイジメかよ! くれるなら、もっと実用的な物くれよ!!」
 
 と才人がブリミルと言い争っていると、傍らからルイズが黒地に格子模様のスカーフを差し出し、
 
「では、こんなのはどうだ?」
 
 それはかつて、ブリミルが才人に送ったのと同じスカーフ。
 
 才人は震える指をスカーフに触れ、しかしそれを手に取ることはなく、
 
「……いや、スカーフは持ってるからいいや」
 
 何かに耐えるように、ルイズの申し出を断った。
 
「そうか……、この色は貴様の黒髪に似合うと思ったのだがな」
 
 寂しそうに告げ、スカーフを元の場所に戻す。
 
 その姿に罪悪感を感じる才人だったが、次の瞬間に左腕に感じた弾力に意識を持っていかれた。
 
「ねえ、サイト。あの服なんか、アナタに似合うと思うの」
 
 そう言って、彼を連れていくのはティファニアだ。
 
 もっとも才人は、左腕に感じる彼女の胸の感触を堪能するのに必至で、彼女の言葉までは聞いている余裕はない。
 
 差し出される衣服に対する感想も生返事で返す。
 
 それを見ていて面白くないのがブリミルとルイズだ。
 
 彼女達は互いに視線を合わせて力強く頷くと、それぞれ店の中に入って着替え才人の前に再度現れると、
 
「さ、サイト! これなんかどうかしら!?」
 
「小僧! 特別に感想を言うことを許すぞ!」
 
「んー……、良いんじゃねえ?」
 
 一瞥する事すらなく答える才人。
 
 ちなみに二人の格好は、ブリミルがまるで踊り子のような露出の激しい物で、ルイズはフリルとリボンを大量に使用したゴスロリ系のワンピースだ。
 
 プライドを傷つけられた二人は歯噛みし、
 
「おのれ……、元の身体であったなら、男の一人や二人すぐに虜に出来ようものを!?」
 
「何よ? まるでその身体に不満があるような物言いね? 誰が見ても立派な美少女でしょうが!?」
 
 対すルイズは小馬鹿にするように鼻を鳴らし、
 
「ふん、まあ、顔は及第点をやっても良いだろう。しかし、この体型は何だ? 妾の子孫にしては嘆かわしい。
 
 妾の生前は、それはもう素晴らしい程にボッキュボンとナイスバディーであったものを」
 
 勝ち誇ったように告げるルイズに対し、ブリミルは怒りを耐える為に奥歯を噛みしめ、
 
「ふん! 証人も居やしない六千年も前の事で威張ってんじゃないわよ!?」
 
「証人なら居るわ! デルフリンガー! デルフリンガーは何処じゃ!?」
 
 大聖堂の一室で拗ねているであろうガンダールヴの左手を呼ぶが、当然飛んでこれる筈もない。
 
「まあまあ、お二人共落ち着いて……」
 
 ヴィットーリオが取りなそうと割って入るも、
 
「五月蠅い!!」
 
「貴様は黙っておれ!!」
 
 ルイズとブリミル。双方が振り向きざまに放った裏拳によって昏倒させられた。
 
 その威力をアルビオンで身をもって体験しているジュリオは苦笑いを浮かべながら、
 
「……大丈夫ですか? 聖下」
 
 気を失った教皇を抱き起こし介抱を行う。
 
 ちなみに、そんな険悪な雰囲気の中にも関わらず、ウェールズとアンリエッタの二人は仲睦まじく買い物を楽しんでいたそうな……。
 
 
  
 
 
 
 
 
 
 
 その後、二人で才人を殴る事で落ち着いた二人だったが、まだ買い物は続く。
 
「まったく、信じられないわ! このバカ犬! 人がお洒落してるっていうのに見向きもしないで……! そんなに大きな胸が良いの? アンタは!? ほら、言ってごらん!?」
 
「そうね、その点に関しては同意するわ。──ほら、まだ謝罪の言葉を聞いてないわよ」
 
 地面に蹲る才人を爪先で小突くブリミル。
 
 対する才人は僅かに身じろぎし、
 
「……お前等、ちょっとは加減てもんを覚えろ……」
 
 息も絶え絶えに告げ、意識を手放してた。
 
 だが、彼は気付いているのだろうか? 先の一瞬だけノルンよりもルイズの人格の方が強かった事に。
 
 もっとも、ルイズの人格が表立っていたのは、その瞬間だけで、次からは今まで通りノルンの人格が完全にルイズの身体を支配していた。
 
「運動したら、小腹が空いたな……。何処か食事出来るような店はあるか?」
 
 問われたジュリオは一件の酒場兼食堂に皆を案内し、そこで昼食と相成った。
 
 ──そんな感じで、特に才人以外にはトラブルらしいトラブルも無く時間は過ぎていく。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ──トリステイン魔法学園。
 
 零戦の格納庫の前に、戦車を始めとした数々の武器やロマリア土産を携えた才人達がブリミルの魔法によって転移してきた。
 
 才人がコルベールに戦車や銃器の整備と燃料の製造を頼んでいる間、ゼロ機関の本拠地である火の塔最上階において、ブリミル主導の元、事情の説明と作戦会議が行われていた。
 
「──というわけで、アンリエッタ女王陛下とウェールズ国王陛下の身の安全は保障されてますので、安心して下さい。
 
 それと、コレはアンリエッタ王女からのお土産です」
 
 言って、アニエスにロマリア名物のお菓子を手渡す。
 
 納得していない気分のままでそれを受け取り、アニエスは軍人の顔でブリミルに問い掛ける。
 
「それでは、我々がガリアに勝てば陛下達は解放されるのだな?」
 
「えぇ……。作戦の決行は、20日後の教皇即位三周年記念式典。
 
 教皇、聖エイジス32世とアンリエッタ王女、ウェールズ国王を囮にして、そこに攻め入ってくるであろうガリア軍を迎撃します」
 
「危険過ぎる! もし、我々が敗れれば、女王陛下達にまで危害が及ぶのだぞ!?」
 
 即座にアニエスが反対意見を飛ばす。
 
 それに対してブリミルは頷き、
 
「ですから、万が一に備え、アニエスさん達銃士隊の皆さんと戦艦ガンダールヴ、ヴィンダールヴ、ミョズニトニルンの三隻は、ロマリアの方で控えていてもらいます」
 
「お、お待ち下さい! それでは、私達だけでガリアの大軍を相手にするというのですか?」
 
 というエレオノールの言葉にブリミルは小さく頷き、
 
「正直な所、ガリア軍だけならば私達だけで何とかなると思います。
 
 ですが、問題は……」
 
「虚無の担い手と使い魔。そしてエルフ……」
 
 呟くように答えるのはタバサだ。
 
「そう。私達はその相手だけで手一杯になると思いますので、皆にはガリア軍の相手をしてもらう事になると……」
 
 そうなってくると、10万以上の戦力を相手に、こちらの戦力は僅かに数名。
 
「そこで、エレオノール様とカトレア様にお願いがございます」
 
「……何でしょう?」
 
 小首を傾げて問い掛けるエレオノールに対し、ブリミルは真剣な表情で、
 
「一度、領地へと戻り諸侯軍を編成してきていただきたい」
 
 なるほど、と納得する。トリステイン、アルビオン双方の力が借りれない以上、個人戦力を当てにするしかない。
 
「分かりました。では、早急に──」
 
「お願いします」
 
 頭を下げるブリミルにシッカリと頷き返し、エレオノールはカトレアを伴って部屋を出ていった。
 
「ミス・ツェルプストー」
 
「大体言いたい事は分かってるわ」
 
 ブリミルの視線を正面から見据え、
 
「ツェルプストー家の財力を使って、傭兵団を雇って貰いたいって所でしょ?」
 
「……えぇ、お願い出来るかしら?」
 
「勿論」
 
 親友の復讐の手伝いが掛かっているとなれば、即答も出来ようというものだ。
 
 キュルケは頷きタバサにウインクを一つ送ると、そのまま部屋を出ていく。
 
「……タバサ。覚悟は良い?」
 
 ブリミルの言葉にタバサは小さく頷き了承する。
 
 そこには微塵の躊躇いも無い。
 
「まず戦闘が始まったら、わたしが魔法であなたの姿を空に大きく映し出す。
 
 そしたら、この戦がジョゼフ政権に対する謀反であることを宣言してほしいの」
 
 そうなれば、ジョゼフに暗殺された弟王シャルルを慕っていた者達が反乱を起こす筈だ。
 
「あの巨大騎士人形をサイトが撃破したら、あなたはサイトとテファを連れて、転移魔法でヴェルサルテイル宮殿に直接乗り込んでジョゼフを討って」
 
 ブリミルの言葉に、タバサは即座に頷き返した。
 
 
    
 
 
 
 
 
 
 
「ほう……、これは凄い機械だな!」
 
 才人から見せられた戦車や銃器を前に狂喜するのはコルベールだ。
 
「これは、……この連なった鉄の板が回って進むのかね?」
 
「ええ、固定化の魔法が掛けられているから、大丈夫と思うんですけど一応整備しておいてもらえますか?」
 
「勿論だとも! 任せてくれたまえ」
 
「燃料もゼロ戦ものとは違うんで、また面倒掛けると思いますけど、お願いします」
 
「何、気にしないでくれたまえ。わたしも好きでやっているのだ」
 
 コルベールは戦車の装甲を撫で、
 
「しかし、わたしも益々君の世界に行ってみたくなってきたぞ」
 
「……本当なら、こんな兵器ばかりじゃなくて、先生にはもっと平和な発明品とかをプレゼントしたいんですけど」
 
 そう愚痴る才人だが、コルベールは気にするなと首を振り、
 
「元来、戦争の為の武器というのは何時の時代も最先端の技術が用いられているものだからね」
 
 銃しかり、戦艦しかり、
 
「むしろ、最先端の技術に触れられると思えば、喜びもひとしおだよ君!」
 
 そう言ってくれるコルベールに対し、才人は深々と頭を下げた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 それから数日後。
 
 ガリア王国の首都、リュティス。
 
 小国が一つ経営出来るほどの巨費を投じて作られた薔薇園に一人の男が佇んでいた。
 
 彼の名はジョゼフ。教皇に狂王とまで呼ばせた男であり、タバサの復讐の対象でもある男だ。
 
 そんな彼の足下には、胸をナイフで刺されて絶命する女性の姿があった。
 
 それをまったく無感動な表情で見つめ、手近にあった油壺を庭園にぶち撒け、火打ち石で火を付ける。
 
 瞬く間に燃え上がっていく薔薇園をぼんやりとした表情で見やるジョゼフの元に、ローブを目深に被った女が近寄って来た。
 
 ミョズニトニルンの女、シェフィールドはジョゼフと一つ二つ他愛の無い問答をした後で二つの報告をする。
 
 一つ、ロマリアに虚無の担い手達が集結している事。
 
 一つ、巨大騎士人形ヨルムンガントが10体完成した事。
 
 前者は教皇の流したデマであるが、どうやら効果はあったようだ。
 
 それを聞いたジョゼフは両用艦隊司令に命令を下す。
 
 命令の内容は至極簡単。
 
 全てを破壊し、潰し、皆殺しにしろというものだ。
 
 本来ならば、同盟国であるロマリアに対する侵略行為。宣戦布告すらせずに侵攻を開始しろという理不尽極まりないジョゼフの命令だったが、その提督はジョゼフにロマリアをくれてやると言われ了承した。
 
 燃え盛る薔薇園を前にジョゼフは狂ったように笑う。
 
 この世には居ない弟に語りかけるように、彼の命を奪った時から停まっている感情を動かしたいが為に、この世のありとあらゆる物を破壊し、滅ぼし、殺し尽くし、自らの行いに後悔する為に、人として悲しみを得たいが為に、彼は狂った雄叫びを挙げる。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ロマリアとガリアの堺にある街、アクイレイア。
 
 そこに鎮座する巨大な鉄の塊。
 
 独逸のタイガー戦車に乗るのは才人とサティー、そしてコルベールだ。
 
 彼が砲手席に、コルベールが操縦席に座り、装甲版の上にはブリミルやティファニア達の姿がある。
 
 本来ならば5名の乗員が必要であるが、無線手は必要無く、才人が砲手兼車長、そしてサティーが装填手を務める形で収まった。
 
「……間に合わなかったわね」
 
 緊急な用件だった為、結局エレオノール達とキュルケは間に合わなかったようだ。
 
「しょうがないわね……、強襲戦で行きますか」
 
 ガリア軍とミョズニトニルン、それにエルフ……。今回彼女に強いられる負担はかなりのものとなるだろう。
 
 だが、それでも彼女は微塵も臆した所など見せず、
 
「さあ、征きましょうか」
 
 その言葉を受け、才人は舌なめずりし、
 
「あぁ、征こうか」
 
 ──そして、戦が始まる。
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