ゼロの使い魔・2回目
 
第10話
 
 ガリア王国首都リュティス。ヴェルサルテイル宮殿において王たる偉丈夫、ジョゼフに対し跪く女がいた。
 
 女は沈痛な表情で王に対し謝罪を述べる。
 
 ……その顔に現れる表情は恐怖。
 
 但し、罰が怖いのではない。王の怒りが怖いのではない。――彼に失望されるのが怖いのだ。
 
 既に彼女は一度、任務に失敗している。……これで二度目。
 
 恐怖に震えるミョズニトニルンの女に対し、彼女の主であるジョゼフは、彼女が予想していた全てとは全く違う反応を示した。
 
「……くっくっくっくっく、はーははははははははは!! 面白い! 面白いではないか!! お前を退けただけでなく、我が先手を打ってシャルロットの母さえも、この国を脱出させていたとは!」
 
 此程までに彼の予測の上を行く指し手など、自らの手で殺めた弟王シャルル以来である。
 
 ジョゼフは心底面白そうに満面の笑みを浮かべると、
 
「ならば、次の試練をどう越えるか見せてくれ!? 我に楽しみを! 悲しみを! 痛みを! 後悔を与えてくれ!!」
 
 そう狂喜するジョゼフにシェフィールドは陶酔し、彼にそこまでの感情を露出させる敵に嫉妬した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 その頃、シェフィールドの操るガーゴイルの襲撃を無事退けた才人達は、更なる戦力強化の為、コルベールとキュルケにゼロ機関に入隊してもらうよう交渉を進めていた。
 
「――そういうわけでして、ミスタ・コルベールの力を貸して頂きたいのです」
 
 告げるブリミルに対し、コルベールは渋い表情で、
 
「……申し訳ない、ミス。わたしは、魔法を戦いの為に使いたくはないのだ」
 
「それは重々承知しています。……ですが、このまま彼らを捨て置けば、必ず多大な犠牲者が出ることになるでしょう。
 
 わたし達はそれを防ぎたいのです」
 
「……しかし」
 
 なおも躊躇うコルベールに対し、才人が一歩を踏み出して深々と頭を下げた。
 
「お願いしますコルベール先生。――どうか力を貸して下さい」
 
「……サイト君」
 
「このままじゃあ、ガリアが世界に対して戦争を仕掛けます。ロマリアだって物が揃いさえすれば、躊躇い無しに聖地への進撃を始める。
 
 そうなってからじゃあ遅いんです! ……俺は、そうなるのが分かっているのに、見て見ぬふりなんかしたくない。
 
 勿論、俺一人がどんなに足掻いたって無理なことは分かってる。でも――、皆が力を貸してくれるなら不可能じゃない! その為にも、お願いです先生。俺に力を貸して下さい!!」
 
 コルベールは深々と下げられた才人の頭を見つめ、
 
「……そうか。わたしは、自分が人を傷つけることを恐れる余り、もっと大きな罪を重ねる所だったな」
 
 呟くコルベールの肩にキュルケの手が添えられる。
 
 振り向いたコルベールにキュルケは力強く頷くと、コルベールも頷き返し、
 
「頭を上げてくれサイト君。この“炎蛇”のコルベール、微力ながら君達に力を貸させていただきますぞ」
 
「勿論、わたしも協力させてもらうわよサイト」
 
 ウインク付きで告げるキュルケも加わり、ゼロ機関は本格的な始動を開始する。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 翌日、今後の対策強化の為、ゼロ機関のメンバーは放課後火の塔の最上階を訪れていた。
 
 ちなみに、その下の階は男子寮に空き部屋が無かった為、急遽設えられた才人の居室となっており、才人、シエスタ、サティー、ナイ、エールの五人が住んでいる。
 
 一応、シエスタとサティー。ナイとエールが同室となっているが、才人が朝目を覚ますとナイやシエスタがベットに潜り込んでいる時が頻繁にある。
 
 ……まあ、それは兎も角。
 
「さて、本来ならこちらから攻め込んでやりたい所なんだけど……」
 
 教壇に立つブリミルは言葉を濁して、集まったゼロ機関の面々を見渡し、
 
「……ガリアには、エルフの戦力がいるという情報があるの」
 
 ――エルフ。
 
 その言葉にギーシュ達のみならず、エレオノールやカトレアといった大人達までも動揺を隠せないでいた。
 
「その情報は確かなのかね? ミス」
 
 皆を代表するように問い掛けるコルベールに対し、ブリミルは神妙に頷くと、
 
「信用出来る情報と思ってもらって結構です。――なにやら、エルフ側としても事情があるようなので」
 
 苦渋の表情をするコルベール。
 
 ブリミルは皆を見渡し、
 
「この中で、エルフと対峙した事がある人は?」
 
 挙手が上がったのは、才人とティファニアの二人だけだ。
 
 ブリミルは頷くと才人を促し、
 
「じゃあ、エルフと遭遇した時の対処方法教えてあげて」
 
 そう告げるが、言われた才人は苦笑いして、
 
「エルフと会ったときの対処方法って……」
 
 暫く考え、
 
「逃げる。――これしかないな。取り敢えず戦闘だけは絶対に避けるしかないだろう?
 
 相手のレベルにもよるけども、まず間違いなく勝てねえから絶対に戦おうとしないこと。エルフに攻撃を届せることが出来るのは虚無の魔法だけだし。他の系統魔法じゃあ返り討ちにされる」
 
「もし、逃げられなかったら?」
 
 キュルケの問いに対して才人は小さく頷くと、
 
「あいつらは基本的に争いは嫌いだから話し合いで解決するようにしてくれ」
 
「……頼りにならないわね」
 
 ぼやくルイズに、才人は苦笑を浮かべると、
 
「しょーがないだろ。エルフ相手には始祖ブリミルでさえ手こずったんだぜ? まだ対処方法があるだけマシってもんだ」
 
 ……よもや、そのエルフをブリミルが使い魔にしていたとは、ルイズ達は夢にも思うまい。
 
「あるの!?」
 
 驚きの声をあげるルイズ。ブリミルはしたり顔で頷くと椅子から立ち上がり、
 
「虚無の魔法の一つ解呪(ディスペル)。それが先住魔法の反射を破る唯一の魔法よ」
 
 言ってルイズを促して立ち上がらせると、
 
「だから、あんたにも手伝ってもらうわよ」
 
 彼女を伴って部屋を出ていった。
 
 後に残された才人達。ギーシュは徐に口を開き、
 
「なあサイト。……エルフというのは、そんなに強敵なのかい?」
 
 恐る恐る問い掛ける。
 
「んー……、お前も噂くらいは聞いたことがあるだろ?」
 
「ああ、エルフに勝つには数十倍の戦力が必要だとか……」
 
「ああ、それ嘘だから」
 
「……へ?」
 
 才人の言葉にギーシュが安堵から間の抜けた声を出す。
 
 だが――、
 
「高位のエルフ相手にする時は、百倍以上の戦力があっても勝てないから」
 
 一瞬で奈落に突き落とされた。
 
 実際、先住魔法の反射を前にすれば、何百人のメイジがいようと関係ない。相手が魔法を放てば自滅するだけであり、効力の消滅を待とうにも系統魔法とは違い先住魔法に魔力切れというものは存在しない。
 
「まあ、弱点といえば……、先住魔法は場の精霊と契約しないと使えないって事かな?」
 
「……それはつまり、拠点防御に関しては最強だが、侵攻には不向きということかね?」
 
 コルベールの言葉に才人は小さく頷き、
 
「俺も詳しい事は知りませんけど、大体そういう事だと思いますよ?」
 
「……それにしてもサイトってば、何処で先住魔法の事知ったの?」
 
 キュルケの不思議そうな問い掛けに、才人は肩を竦めると、
 
「知り合いの韻竜に教えてもらった」
 
「韻竜!?」
 
 椅子を蹴倒して立ち上がり、才人に詰め寄ったのはエレオノールだ。
 
「サイト様! まだ生き残りの韻竜が世界にいらっしゃいますの!?」
 
 アカデミーに務める彼女の学者としての血が騒ぐのだろう。血走った目で問い掛けるエレオノールに対し、才人は引きつった顔で無理矢理な笑みを浮かべると、
 
「ええ、居ますよ。ただ面倒事を嫌ってるのか、普通の竜の振りしてる奴もいますから、近くにいても、そう簡単に見分けはつかないんじゃないかと」
 
 言って、エレオノールからは見えない角度で、シルフィードにウインクを送る。
 
 するとシルフィードは顔を背けて下手くそな口笛を吹き始めた。
 
「……まあ、それは兎も角として」
 
 視線を視線をギーシュとモンモランシーに向け、
 
「お前らは戦力の向上な。正直、最低でもトライアングルクラスの魔法が使えないと、これから先の戦いはキツイ」
 
 それでも尚、この二人をゼロ機関に入れたのは、それだけの潜在能力を秘めているからだ。
 
「お前らなら、スクウェアクラスのメイジになれるってブリミルが言ってたから頑張ってくれ」
 
 キュルケとエレオノールに二人の指導を頼み、送り出してから才人はコルベールに向き直り、
 
「先生、実はちょっと相談に乗って貰いたいことがあるんですけど……」
 
 神妙な顔付きで告げる才人に、コルベールも表情を真剣なものにして向き直り、話すよう促す。
 
 そして才人は自分の身体に起きた異変……、暴走と聞こえてくる声の事を話し始めた。
 
 一通り聞き終わったコルベールは難しい顔で、
 
「……ふむ、何とも難しい問題だ。
 
 わたしの知る限り、そのような前例はないのでね、――少し学院の書物を調べてみることにするよ」
 
「手伝う」
 
「あ、わたしも手伝います」
 
 席を立つコルベールに付き合うようにタバサも読んでいた本を閉じて立ち上がり、短く告げると、カトレアも同じように立ち上がった。
 
 それを了承したコルベールはタバサとカトレアを随伴して部屋を出ていく。
 
 シエスタとサティーがテーブルの上のカップを片づけ退室すると、会議は終了と判断したのか、それまでつまらなそうにしていたエールがナイを伴って遊びに出かけ、シルフィードもそれに付いていった。
 
 部屋に残されたのは才人とティファニアの二人。
 
 才人は頭を掻くと、
 
「……エルフとは争いたくないんだけどな」
 
「……仕方ないと思うわ。ビダーシャルさん、真面目だから。
 
 それに……」
 
 語尾を濁すティファニア。言いにくそうにしているが、何を言いたいのかは分かる。
 
「――ブリミルが居るからなあ。絶対に話し合いにはならないだろうし」
 
 エルフの言う悪魔の力。大厄災。人間の呼び方では始祖の遺産。真なる虚無。名称は色々あるが、その力は現在ブリミルが宿している。
 
 エルフ達の……、特に統領であるテュリュークの忌み嫌う力を備え、尚かつブリミルの名を継いだ彼女がいる以上、話し合いがすんなりと通るとは思えない。
 
 唯一の希望といえば――、 
 
「ガンダールヴのルーンくらいか」
 
 才人が己の左手を見ながら告げる。
 
 聖者アヌビスやサーシャのように、歴代のガンダールヴの中にはエルフの英雄も居る。そこから話を進めていくのがベストだろう。
 
「……上手くいってくれると良いんだけどな」
 
「――そうね」
 
 今後の事を思い、二人は揃って溜息を吐きだした。  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 それから数日。
 
 才人は図書館で調べ物を続けるコルベール達の元を訪れていた。
 
「……どうも、何か分かりました?」
 
 暴走の原因と解決策を調べていたコルベール達に進展状況を聞きにやってきたのだが、彼は神妙な顔で頷くと、
 
「ああ、サイト君かね。――過去にも事例がない事なので、正直断定は出来ないんだが、一応の仮説は立てることが出来たよ」
 
 サイトはコルベールに勧められた椅子に腰掛けると、デルフリンガーを抜いてアドバイザーとし、コルベールに話しを促した。
 
「そうだね、まず何から話そうか……」
 
 僅かに迷い、――そして、
 
「普通、使い魔というものは一度契約を結ぶと、死ぬまで契約が破棄される事がないのだが、君の場合……」
 
「ええ、最初にブリミル。途中で一回死にかけて契約が切れたんで再契約して、それから地球に帰る時に契約を破棄。何の因果かルイズに召還されて三度目の契約をしたわけですけども――」
 
 それを聞いていたタバサが眉を顰め、カトレアが息を飲む。
 
「……途中で死にかけて契約が切れたというのは初耳だが、それでわたしの仮説が一層真実みを増したよ」
 
 コルベールはいいかね? と前置きして、
 
「通常、契約を破棄して再契約するという行為は、身体にかなりの負担を掛ける事になるのだが、それとは逆にある種の耐性も身に着けることになる。
 
 ……これまでに、三度の契約を施された君の身体は三つのルーンを刻めるだけの容量を手に入れているという事になるのだが――」
 
「今は、隠れているけども、俺の身体には四つ目のルーンが存在している」
 
「そうだ。だからわたしはこう考えた。
 
 普段は三つのルーンが力を七割程度にまで押さえ、無理矢理にルーン一つ分の容量を捻出しているのではないか? とね」
 
 そして――、
 
「謎の声によって、その制限が取り払われるとルーンの力が肉体の許容量を超えて暴走する……」
 
「……じゃあ、解決策は」
 
 コルベールは神妙な顔で頷き、
 
「もう一度契約を破棄して、再契約する事によって四つのルーンを内包出来るだけの許容量を手にする事が出来れば、恐らくは……」
 
 語尾を濁すコルベール。
 
 彼が言いにくそうにしているのを見て取ったデルフリンガーが口を挟む。
 
「まあ、余りお奨め出来ねえなあ」
 
「……何でだよ?」
 
「リスクが高すぎるのさ。
 
 その先生さんの言ってることはあくまで仮説であって、真実とは限らねえってのが一つ。
 
 二つ目は、再契約したとして、またルーンが四つ共刻まれるとは限らねえ。
 
 もし、刻まれたのが四番目のルーンだけだとしたら最悪だぜ相棒」
 
 確かにデルフリンガーの言うことにも一理ある。
 
「それに、だ。コントラクト・サーヴァントでルーンを刻むって行為は、相棒の思ってる以上に身体に負担が掛かってるんだ。三度も契約して無事でいられる事の方が驚きだよ。
 
 次も同じように五体満足でいられる保証はどこにもねえ。
 
 だから、悪い事は言わねえ。止めときな相棒」
 
 そう告げるデルフリンガーの言葉に才人は暫く考え込み、やがて溜息と共に頷いた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 その頃、中庭にある水汲み場では、ティファニアがシエスタと共に洗濯を行っていた。
 
 本来ならばメイドにでも押し付けておけば良いような事なのであるが、ティファニア自身がそれを良しとせず、自分で出来る事は極力自分でやるように務めている。
 
 部屋の掃除に行くと、既に掃除が終わっていてお茶を御馳走してくれたり、と何かと気づかってくれる彼女なのだが、殆どが貴族の子息子女達で占められるこの魔法学院において、数少ない爵位持ち。――しかも侯爵とあっては、メイド達も恐縮してしまい折角出されたお茶も緊張で味が分からない状態だった。
 
 ちなみに他の爵位持ちである才人は、専属のメイドがいる為に学院所属のメイド達が世話をする必要はなく、最後の一人であるタバサに関しては、先日シュヴァリエの称号を剥奪されている。
 
 そんなティファニアの元に、異国の服を着た一人の男が近づいていった。
 
「申し訳ないが――」
 
 声を掛けられて、初めて男性の存在に気付いたティファニアが顔を上げる。
 
「少し、付き合って貰えないだろうか?」
 
 つばの広い帽子から覗く男の顔。
 
 それを見たティファニアが驚愕の表情を浮かべ小さな杖を取り出そうとする前に、男は彼女の手から杖を弾き無力化した。
 
 その一連の動きの中で男の頭から外れた帽子が宙を舞い、シエスタは見た。男の耳が長く尖っている事を。
 
 そのような種族、ハルケギニア大陸中を探したとしても一種類しかいない。
 
「え、……エルフ」
 
 シエスタの声で、初めて彼女の存在に気付いたエルフの男は大仰に頷き、
 
「貴様の仲間に伝えるといい。……この女は預かっておく。返してほしければアーハンブラ城まで来いとな」
 
 だが、当のシエスタはエルフを前にして恐怖で腰を抜かしてしまい、それどころではない。
 
 エルフはそんなシエスタに構うことなく、地面に横たわるティファニアを抱きかかえ、……そこで何かに気付いたのか、大きく背後へ跳躍する。
 
 彼が飛び退いた箇所。そこに突き立つのは一本の矢。
 
 矢の突き刺さる角度から、狙撃位置を予測して視線を向けると、そこには一人の翼人の少女が居た。
 
「……珍しいな、こんな所に翼人とは」
 
「――うるせえな。あたしだって好きでいるわけじゃねえよ」
 
 言いながらも矢を弓につがえる。
 
「やめておけ。お前ではわたしには勝てぬ。――既にわたしは、この地の精霊達と契約を終えている」
 
 言われなくとも分かる。
 
 エルフと同じく先住魔法を使う翼人のエール。彼女には、目の前のエルフに手を貸す精霊達の力の流れを直に感じる事が出来た。
 
 現在、学院中の精霊全てがビダーシャルの元に制御下にあり、いくらエールが呼びかけようとも精霊達は力を貸してくれない。
 
 圧倒的な力の差に歯噛みしながらも、決して弓を収めようとしないエール。
 
「忠告する。――その矢を放てば、貴様は死ぬことになるぞ」
 
 このエルフが言う以上、それは恐らく事実だろう。
 
 だが、エールとしても引くわけにはいかない理由がある。
 
 それは、サティーの勉強から逃げ出したエールがティファニアに匿ってもらったという些細なものだ。
 
 普通の人間には何でもない事であるが、群に捨てられてからは誰の力も借りずに一人で生きてきた彼女にすれば、初めて触れた無償の優しさと言ってもいい出来事だった。
 
 だからこそ、たとえ勝てぬと分かっている相手であろうとも、ここで引くことはエール自身が許さない。
 
 覚悟を決めたエールの一矢が弦から解き放たれ、狙い違わずビダーシャルの肩口に向かって飛ぶ。
 
 ――が、肩口に命中すると思われた矢は、彼の1メイルほど手前で停滞し、今度はエールに向けて放たれたと同じ速度で彼女目掛けて飛来してきた。
 
「――ッ!?」
 
 もはや回避すら不可能な反撃に、身を硬直させるエール。
 
 眼前にまで迫った矢は、しかし彼女に命中することなく斬って落とされた。
 
 風に翻る黒の給仕服と白のエプロン。
 
 陽光に反射するのは、白銀の曲刃。
 
 才人付きの侍女式自動人形、サティーの登場だった。
 
「――冷血女!!」
 
「……勉強の時間にも関わらず姿が見えないと思って探しにきてみれば、……何を遊んでいるのですか?」
 
 サティーの問いに、エールは頭に血を上らせながら、
 
「どう見たら遊んでるように見えんだ!? 今、あたしが死にかけたのとか、あそこで倒れてるテファ姉ちゃんは無視かアンタ!?」
 
 言われ、サティーは視線をビダーシャルに向ける。
 
「……なるほど、敵はエルフと判断します。――エルフとの交戦は避けるようにとサイト様より言い使っておりますが」
 
 僅かに黙り、
 
「ティファニア様を放置することも出来ないと判断。よって交戦せずにティファニア様を救出し、シエスタ様を伴い即座に離脱する作戦を提案します」
 
 事も無げに告げるサティーに対して、エールは眉を顰めながら、
 
「……簡単に言うなよ」
 
「わたしの計算では、成功率0.0004%となっております」
 
 言われて、エールは考え、
 
「……それって凄いのか?」
 
 よく意味が分かっていないまま問い掛けると、サティーは躊躇い無く頷き、
 
「はい。ある意味凄いと判断します」
 
 密かにサティーの中でエールの算学の勉強時間を倍にする事を決定しつつ告げる。
 
「ふーん」
 
 エールは気のない返事を返しつつ、手の平にかいた汗をワンピースで拭い、
 
「……撹乱はわたしが。あなたはティファニア様の救出を」
 
「かっさらった後は、離脱したらいいんだな?」
 
「出来れば、サイト様かブリミル様の元に――」
 
 それを聞いたエールは不満そうに、
 
「……なんか、自分があいつらより弱いって認めるみたいで嫌だけど、――テファ姉ちゃんの為だ。しょうがないから従ってやる」
 
「まあ、あなたは既にサイト様に一度負けているわけですが……」
 
 エールはサティーの言葉を無視して、背の翼を展開し空に飛び上がった。
 
 それとタイミングを合わせるように、サティーはビダーシャルとの間合いを詰め、左手の曲刃で不可視の障壁に対し一撃を入れる。
 
 ――が、その一撃は反射の先住魔法を通す事が出来ない。
 
 それどころか、跳ね返ってきた己の一撃による衝撃に耐えられなかった彼女の左手が宙を舞う。
 
 しかし、それでも彼女の行動は終わらない。
 
 エプロンドレスのスカートから、拳大の球状の物体が数個落ちる。
 
 それには導火線が付いていて、既に着火されていた。
 
 サティーがその場から飛び退き、1秒と経たずに導火線が燃え尽きた瞬間、眩い閃光と爆音が周囲を染め上げた。
 
「ッ!? ――あの冷血女、なんて物仕込んでんだ!」
 
 黄燐を固めた物を爆発させたのだ。破壊力は皆無だがその光と爆音は、通常の敵を無力化するには十二分過ぎる。
 
 この爆光と爆音の中では、如何にエルフといえど下手をすれば集中力を欠き魔法の効果を霧散させる事も有り得る。
 
 そんな期待を込めて降下するエールだが、その身体を風の戒めによって拘束された。
 
「……まさか」
 
 呆然と呟く彼女に向け、人の形をした何が向かってくる。
 
 高速で飛来したそれは、身動き出来ないエールに直撃。軽い音を発てて何かが折れるのがエールの耳に届く。
 
 衝撃で意識を失う寸前、エールは飛来物の正体を見た。……それは、間接が有り得ぬ方向に曲がったサティーであったのを。
 
 ……冷血……女?
 
 地面に墜落する寸前、二人の身体が空中に静止し、優しく降ろされる。
 
 それを成したエルフ、――ビダーシャルは一瞬物憂げな表情で二人を見つめると、エールの身体に治療の魔法を施した。
 
 系統魔法の治癒よりも速い速度で怪我が回復していくエール。
 
 次にサティーの方にも視線を向けるが、いかな先住魔法でも有機生命体でないサティーを治癒するのは不可能だったようだ。
 
 ビダーシャルは踵を返すと倒れているティファニアを抱きかかえ、腰を抜かしているシエスタに、
 
「……伝言の件、頼んだぞ」
 
 告げて、その指に填められた風石の指輪の力を解放し、天高く舞い上がり姿を消した。
 
 一拍の間を持って我に返ったシエスタがエールとサティーに駆け寄り状態を確かめる。
 
 ……エールの方は、怪我は完全に治癒されていたが、サティーは、
 
「……サティーさん。――しっかりして下さい! サティーさん!」
 
 彼女が自動人形であることを忘れ、呼吸が無いことに動揺して軽い錯乱状態に陥るシエスタ。
 
「――何の音だ!?」
 
 黄燐爆弾の音で駆けつけた才人達は、その場の光景を見て一瞬言葉を失った。
 
 才人はその場で唯一意識のあるシエスタに声を掛けるが、シエスタはサティーに縋り付き才人の声に反応しない。
 
「シエスタ!」
 
 才人が彼女の肩に手を掛け、ようやくシエスタは才人の存在に気が付いた。
 
 だが今度は、シエスタは才人にしがみつくと、彼に縋るように、
 
「さ、サイトさん……、サティーさんが……、サティーさんが……」
 
 そこでようやく才人にも、それまでシエスタの陰に隠れて見えなかった倒れているサティーの姿が目に入った。
 
 サティーには片腕が無く、白と黒とエプロンドレスも解れ、破れ、ボロボロの状態だ。
 
 才人は奥歯を噛み締めると背後を振り向く。――そして言葉を放つよりも早く、長杖が振るわれた。
 
 高速詠唱によって紡がれた呪文は、即座にサティーの身体を修復。
 
 失われていた左腕さえも復元してみせた。
 
「……もう大丈夫よ」
 
 そう言ってブリミルがサティーの身の安心を保証をしてくれた。
 
 更に、倒れているエールに駆け寄ったタバサが、小さく頷き彼女に怪我が無いことを教えてくれる。
 
 そこでようやく安堵したのか、シエスタが意識を失ってもたれかかってくるのを才人はしっかりと抱き留め、
 
「取り敢えず、部屋へ戻ろう。
 
 ……ここでこうしていても埒があかないし」
 
 という才人の言葉で、場所を火の塔の最上階に移した。
 
 
 
 
   
 
 
 
 
 
 シエスタとエールをベットに寝かせ、カトレアに看病を頼むと、才人はサティーを再起動して事情を聞くことにした。
 
 椅子に座らせた状態で、サティーの額に才人が触れる。
 
 すると、彼の額のルーンが輝きを増し数秒で光が途切れたと思った瞬間に、光の代わりともいうようにサティーが目を覚ました。
 
 才人は心配そうな眼差しでサティーを見つめ、
 
「……大丈夫か?」
 
 問い掛ける主人に対し、サティーは深々と頭を垂れると、
 
「お手数を煩わせて申し訳ありませんサイト様。再度の起動を感謝致します」
 
「いや、それはいいから……。それよりも、あそこで何が起こったのか教えてくれ」
 
 そして才人達は聞く。――あの場で何が起きたのかを。
 
 サティーの口から全てを聞き終えた才人は奥歯を噛み締め、
 
「やられた……。まさか、テファを狙ってくるなんてな」
 
「そうね。わたしも狙ってくるんならタバサだと思って警戒してたんだけど――」
 
 形振り構ってないわね。
 
 とブリミルが呟く。
 
「……どういうことだい?」
 
 わけが分からないという風に告げるギーシュに対し、ブリミルに代わってキュルケが答えた。
 
「つまり、同じガリア人のタバサなら、たとえ強引に誘拐したとしても、それはガリア国内の問題だから、こちらからは手出し出来ないって事よね?」
 
「ええ。……でも、テファはアルビオンの侯爵よ。下手すればアルビオンとガリアの戦争になるわ」
 
 それさえも覚悟の上での行動なのだろう。
 
「エルフ謹製の薬には、相手を意のままに操る物もあるらしいわ。……それを使われたら」
 
 ハッキリ言って最悪だ。
 
 相手がティファニアでは、如何にブリミルといえど攻撃を届かせるのは難しいし、第一彼女相手に攻撃など出来よう筈がない。
 
 それに何が拙いといえば、彼女に使い魔を召還される事だ。――それだけは絶対に阻止しなければならない。
 
 才人は決意を秘めた眼差しで立ち上がり、
 
「……アーハンブラ城に来いって言ってたんだな?」
 
 傍らに立て掛けておいたデルフリンガーを手に取る。
 
「行けるか?」
 
 問い掛ける先にいるのは長杖を手にしたブリミルだ。
 
 彼女は不敵な笑みを浮かべて、
 
「当然でしょ」
 
 対する才人も力強く頷き返し、
 
「サティー、悪いけど鎧の用意を」
 
「かしこまりました」
 
 告げて、サティーは戦闘後の後遺症も見せずに、才人の鎧を取りにその場を後にする。
 
「わ、わたしも行くわよ!」
 
 そうルイズも申し出るが……、
 
「駄目だ」
 
 才人に一蹴された。
 
「お前だけじゃない、他の皆も同じだ。トリステイン人のお前が来ると政治的な問題が絡んでくる。これはあくまでもアルビオンとガリアの問題として片づけないと駄目なんだ」
 
 アルビオンの公爵である才人は当然として、ブリミルに関しては出身が曖昧な為、どうとでも誤魔化しが効く。
 
 というか、この時代には彼女の戸籍はないので、特定のしようがないのだ。
 
 まあ、それは兎も角、ルイズとしては納得がいかない。
 
 それでは何のために、解呪の魔法を使えるように練習したのか?
 
「……でも」
 
「今度ばかりはな……、ブリミルが一緒だと相手も手加減とかしないだろうし」
 
「……言っておくけど、わたしがエルフに何かしたってわけじゃないわよ」
 
 彼らエルフにとって始祖の遺産を手に入れているブリミルは、真の悪魔と呼ばれる存在だ。
 
 エールやサティーを相手にした時のように、手加減はしてくれない。
 
 ……結局、未だ足手まといにしかなれない自分を、ルイズは歯噛みする。そして、才人の傍らに立つ事が許される女性……、ブリミルに嫉妬する。
 
 もし、これでブリミルが才人をこの世界に留めてくれるのであれば、ルイズもここまで彼女を憎んだりはしない。――だが、彼女は才人を元の世界に帰そうとしているのだ。
 
 今のブリミルはルイズにとって、才人を手の届かない所へと運び去る悪魔以外の何者でもなかった。
 
 悔しさにルイズが部屋を飛び出し、入れ替わりに才人の鎧を抱えたサティーがやって来た。
 
「……ミス・ルイズは泣いていたようですが、何かあったのですか?」
 
 不思議そうに問い掛けるサティー。
 
 才人は罰の悪そうな顔で、ルイズを追い掛けようとするが、
 
「時間が惜しいわ。テファに使う薬の精製にどれくらいの時間が掛かるのか分からない以上、のんびりしてられないのよ。
 
 ――謝るなら、帰ってからにしなさい」
 
 ブリミルに窘められ、不承不承頷いた。
 
 その後、才人はサティーの手を借りて鎧を身に着けると、その上からマントを羽織り、平賀・才人一個人としてではなく、アルビオンの公爵として戦いに臨む。
 
「じゃあ、行ってくる」
 
 告げる才人に対し、皆がそれぞれの激励の言葉を才人とブリミルに送る。
 
 二人はそれに力強く頷いた後、
 
「絶対に、テファを連れて帰ってくる」
 
 そう断言して、その場から姿を消した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 才人とブリミルの姿が無くなると、サティーはコルベールに向き直り、
 
「ミスタ・コルベール。一つ頼みがあるのですが――」
 
「わたしにかね?」
 
 コルベールは物珍しそうにサティーを見つめると、彼女の眼差しに込められた決意を読みとり神妙な顔付きで頷き、
 
「言ってくれたまえ。……わたしに出来ることであれば力になろう」
 
 ならば、とサティーはコルベールを真剣な眼差しで見つめ返し、
 
「わたくしを改造していただけませんか?」
 
「……改造?」
 
「はい。――今回の戦闘で、わたくしは己の力不足を実感致しました。
 
 現状のままでは、サイト様の手助けすらままならないと判断します。
 
 わたしは自動人形として、主人の役に立つことを望みます。その為にも――」
 
 サティーの決意は固い。そう見て取ったコルベールは頷きを一つ送り、
 
「分かった。わたしに出来うる限りの処置を施させてもらおう」
 
 真摯なコルベールな言葉に、サティーは機械の笑みを浮かべて告げた。
 
「ならば――、よろしくお願い致します」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 その頃、ブリミルの転移魔法でアーハンブラ城に着いた才人達は、
 
「……で、なんか作戦でもあるのか?」
 
 問う才人に対して、ブリミルはアッケラカンとした表情で、
 
「……エクスプロージョンで一気に城ごと破壊するっていうのは?」
 
「――テファごと沈める気かよ? つーか、何かお前かなり大雑把になってないか? 元々戦略とか気にしないタイプの人間だったけど」
 
 ウンザリ気に告げる才人に対し、ブリミルは憮然とした表情で、
 
「う、うるさいわね!? ちょっとしたミスじゃない! ――それより、人のことどうこう言うくらいなんだから、あんたこそ立派な作戦があるんでしょうね!?」
 
「……そうだな。どうせ、俺達が城に入ったら、即座に精霊が侵入をビダーシャルに教えるんだから、ここは素直に正面突破ってのはどうだ?」
 
「……それこそ、何も考えてないじゃない」
 
 溜息混じりに告げるブリミルに対し、才人も苦笑いを浮かべながら、
 
「とか言いながら、正門吹っ飛ばす準備してんなよ」
 
 次の瞬間、アーハンブラ城の正門が吹っ飛んだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「何事だ!!」
 
 アーハンブラ城の守衛をジョゼフから言い渡されたミスコール男爵は焦った。
 
 あのエルフが連れてきた娘、顔といい胸といいミスコールの好みのタイプだったので、いつかあのエルフの居ない隙をついて悪戯してやろうと企んでいた所に、この襲撃だ。
 
 エルフが城に戻ってから、まだ1時間も経過していないというのに、何という迅速な行動。
 
 この城には300人の兵士が詰めているが、敵の規模によっては即座に逃げられる準備をしておかなければならない。
 
「敵の数は!?」
 
 伝令役の兵士に怒鳴りつけるように問い質すと、彼は困惑した表情で、
 
「て、敵は僅かに二名! ですが、一人は人外の速度で動き杖も使わずに魔法を使う剣士で、もう一人は見たことも無いような未知の魔法を複数同時使用するメイジです!」
 
「……杖も無しに魔法を使うだと? 馬鹿なことを言うな。それに単一メイジの魔法の同時使用など不可能だ」
 
 本来ならば決して有り得ない状況に、誤情報だと思い込んだミスコールは逆に安堵してしまった。
 
「――それで、我が軍の損害はどれくらいなのだ?」
 
 問い掛けるミスコールに対し、伝令兵は恐縮した態度で、
 
「げ、現在、既に半数の150人程が戦闘不能となっております!」
 
 言った直後、彼の背後のドアが吹き飛んだ。
 
 伝令兵はドアの下敷きになり無様な悲鳴を挙げて、そのまま意識を手放す。
 
「な、何者だ貴様ら!?」
 
 才人達は答えない。高速で間合いを詰めた才人が長剣の峰で一撃してミスコールの意識を刈り取る。
 
「……これで、敵の雑魚は粗方片づけたか?」
 
「多分ね。――後は本命の……」
 
 一息、まるでそこに居るのが分かっているかのように、
 
「あんただけってわけね、ビダーシャル卿」
 
 語りかけるブリミルの視線の先、一人のエルフがそこに居た。
 
 エルフは訝しげな表情で、
 
「……何故、わたしの名を知っている?」
 
「答えると思う? まあ、あんたが素直にテファを返してくれるなら、教えてあげても良いけど」
 
「フッ……、蛮人にしては面白い事を――」
 
 突如一変した場の雰囲気に、ビダーシャルの言葉が停まる。
 
 その原因は一人の少年だ。才人の豹変に気付いたブリミルも、彼との距離をとり杖を構えて戦闘態勢に入る。
 
「……ったく、何でこんな時に暴走のスイッチ入ってんのよ、あんた!?」
 
 油断無く警戒するブリミルに対し、ビダーシャルは眉を顰め、
 
「……君達は仲間ではないのかね?」
 
「うるさいわね……、今取り込み中よ。ちょっと待ってなさい」
 
 視線を才人に移す。――そこでは、己の頭に流れ続ける“声”に苦しみ続ける才人がいた。
 
 現在、才人の頭に流れ続ける“声”は今までの比では無いほどに激しい。
 
“殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 全てのエルフに滅びを与えよ!!
 
 ――汝はその為に生まれし存在ぞ!”
 
「勝手な事言ってんじゃねぇ!!!」
 
 歯を食いしばり、
 
「大体、何時も何時も都合良く出てきて好き勝手言いやがって、何者だてめぇは!?」
 
“我が名は――”
 
 才人に取り憑いていた声が、彼から離れ具現化する。
 
 もはや、怨念ともいうべき思念体。――ただエルフを倒し、聖地を取り戻す事に執着した存在。
 
 名を――、
 
『妾はブリミル、……ブリミル・ヴァルトリ。汝等が始祖と呼ぶ存在』
 
 いつの間にか肉声に変わっていた声は、ついにその存在を才人の眼前に現した。
 
 肉体を持たない思念体であるが故に、ハッキリとした輪郭は分からないが、それでもその姿は才人の知っている始祖ブリミルとは大きく異なる
 
「シャイターン!!」
 
 怒りか? 恐怖か? そこに込められた感情は読みとれないが、ビダーシャルの放つ先住魔法が始祖の影を穿つ。
 
 だが……、
 
『無駄だ、汚らわしきエルフよ。――今の妾はただの思念体。
 
 よって、剣も魔法も一切効果はない』
 
 何の感情も無く、ただ事実だけを淡々と告げる影。
 
「その代わり、あんた自身も何も出来ない。――違うかしら?」
 
 ブリミルの言葉に自ら始祖と名乗った影は初めて感情を見せ、面白く無さそうに、小さく鼻を鳴らすと、
 
『貴様は妾の末裔か。……ふん。確かに今の妾には一切の攻撃は通じない代わりに一切の攻撃も出来ない。
 
 精々が、こうして操り人形を制作することくらいよ――』
 
 操り人形と蔑まれた才人だが、その事に対して激昂するような真似はせず、ブリミルを名乗る思念体に対して疑問を投げ掛ける。
 
「……お前は何者だ? 俺の知ってる始祖ブリミルは、少なくとも女じゃない」
 
 才人の言葉を受け、ブリミルを名乗る思念体は面白そうに口元を歪め、
 
『……ほう。──ブリミルの存在を神格化する為、その姿を克明に残すことを禁じ、性別すら曖昧にして伝承するようフォルサテに仕向けたというのに、……未だその真実を知る者が居る。……か』
 
 才人の質問に答えず、思念体は興味深そうに彼を見つめ、
 
『面白い素体だと思い、色々と手を加えてみたが、どうやらそれだけでは無いようだな……』
 
「……手を加えてみた?」
 
 聞き捨てならない言葉に、思わず問い掛けた才人を嘲笑するようにブリミルを名乗る影は嗤い、
 
『――そう。面白き逸材とみて六千年前に諦めた究極の一たる使い魔を精製してみようとしたが、一向に言うことを聞かない。
 
 虚無の使い魔と争いその力を高めようとしても拒絶し、エルフと対峙しながらも妾の言葉に耳を傾けようともしない』
 
 実験動物扱いされた事に才人は怒りを感じつつも、思念体に向けて更なる疑問を放つ。
 
「……なら、シティー・オブ・サウスゴータでの暴走は!?」
 
『……うん? あれか? あれは――、所謂、試験運転のようなもの。――所詮は異族。幾ら死んでも問題あるまい?』
 
 思念体は何の感情も動かさず、淡々と告げた。
 
「てめぇ!」
 
 例えそれが異族であろうとも殺した者達に対して最大限の敬意と後悔を心に決めている才人は激昂し、思念体に飛びかかろうとするが、それは割って入った声によって停められる。
 
「止めときな相棒。攻撃は通用しねえ」
 
 新たに加わった声に視線を向け、不愉快そうに眉根を寄せる影、
 
『その声はデルフリンガーか? 忌々しい。未だこの世に残っていたとは……』
 
「おうとも! デルフリンガー様よ! そういうおめぇは、相変わらずブリミルの影を追っかけてるみたいだな! ──えぇ? ノルンよぉ!!」
 
 ……ノルン。
 
 その名前は何処かで聞いた事がある。
 
 かつて6千年前の昔の事を夢見た時、ブリミルの天幕の中に居た小さな女の子。
 
 そして、ブリミルの妻であり、3人の子供を産み、それぞれにこの大陸を任せた人物。
 
 ……そんな彼女が何故こんな事を?
 
「こいつはな、気付いちまったのよ。ブリミルと結婚したが、その肝心のブリミル自身が本当は誰の事が好きだったかをよ」
 
 彼女とブリミルとの間にもうけた子供達が、今のトリステイン、アルビオン、ガリアの王族達の祖先にあたる。
 
 ブリミルと彼女の間に愛が無かったとは言わない。──だが、彼の愛情を一身に注がれていたのは他ならないサーシャだった事は間違い無い。
 
「この女は、その事が心底、気に入らなかったみてぇだな。そんな怨霊みてぇになってまでも、サーシャの事が憎かったのかい!?」
 
 決まっている。
 
 ……ノルンが最も欲しかったものに見向きもせず、そのくせ当然のように彼の遺産を受け継いだ初代ガンダールヴ。どれだけ疎ましいと思った事か。
 
 ……あの女さえいなければ、彼の寵愛を全て受ける事が出来た。
 
 ……あの女さえいなければ、彼の全てを受け入れる事が出来た。
 
 ……あの女さえいなければ!!
 
 この憎しみは言葉に言い表せるような軽いものではない。
 
『ふん。たかが剣如きに何が分かるというか──』
 
 苦々しい声で絞り出すように告げ、ノルンの影は視線をビダーシャルへと向ける。
 
『帰ってエルフの統領に伝えるがよい。――近い内に、貴様等の種族を一人残らず根絶やしにして、ブリミルの遺産は妾が頂く。……と』
 
 侮蔑すら込められたノルンの影の言葉に、手出しの出来ぬビダーシャルはただ歯噛みするだけだ。
 
『さてそこな出来損ないよ』
 
 視線を才人に向け、
 
『――貴様には失望した。二度と妾の前に姿を見せるな』
 
「そりゃ、こっちの台詞だ!! 失せろクソ野郎!!」
 
 言うが早いが、ノルンの影が薄れ一分も経たない間に才人達の前から姿を消した。
 
「クソッ!? なんて胸くその悪い奴だ!」
 
 舌打ちし、地面を蹴る才人。
 
「まったくね、良いからさっさとテファを見つけて帰りましょう」
 
「――待て」
 
 才人を促して部屋を出ていこうとするブリミルを、ビダーシャルが押し停めた。 
 
「悪いが、これも契約だ。貴様等にあの娘を渡すわけにはいかん」
 
 才人とブリミルはウンザリ気な溜息を吐き出し、
 
「……なんて融通の効かない奴」
 
「黙れ。悪魔の門を狙う者の復活が知れた以上、我らとしてもこれ以上の蛮人達をあそこに近づけるわけにはいかぬ。
 
 ――その為にも、ジョゼフの力が我らには必要なのだ」
 
「……どうしても、退く気は無いわけか?」
 
「くどい」
 
「……そうか」
 
 才人は剣を構え、ブリミルが杖を構える。
 
「無駄だ。――我は既にこの城に宿る全ての精霊と契約を結んでいる。お前達の勝てる要素は何一つ無い」
 
「……あんな事言ってますよ? ブリミルさん」
 
「……舐められてるわね確実に」
 
 ブリミルが杖をスライドさせカートリッジをリロードする。
 
「じゃあ見せてあげましょうか。勝てる要素っていうものを!」
 
 高速詠唱開始。
 
「させん!」
 
 ブリミルの自信に何か引っかかりを感じたのか、彼女の詠唱を阻止しようとビダーシャルの唱えた魔法によって作り出された巨大な岩の拳が才人達に襲いかかる。
 
「ガンダールヴは盾がお仕事ってなぁ!!」
 
 巨大な拳の前に立ち塞がった才人が、己の全力を込めた一撃を拳に向けて振り下ろす。
 
 過去の経験から、この魔法は受けきる事は不可能と知っている才人は、攻撃による攻撃の相殺という手段を選択した。
 
 理論上は可能であろうが、もし己の攻撃が相手の攻撃よりも弱ければ自身の身体が粉々に砕ける。
 
 ――だが、才人はそれに成功してみせた。
 
 背後から聞こえてくる高速詠唱の声が才人に力を与えてくれる。
 
 例え主従の契約を交わしていなくとも、彼と彼女の絆は時間と常識を超越して確実にそこにあった。
 
 両手と額のルーンが輝きを放ち、巨大な拳を完全に押し留めてみせる。
 
 拮抗する巨大な拳と長剣。その向こうに覗く犬歯を剥いた獰猛な笑みを見せる才人。
 
「……馬鹿な。――貴様、何者だ!?」
 
 才人は答えない。ただ無言で光り輝く左手をビダーシャルに見せる。
 
「そ、その左手は!? 聖者アヌビス!!」
 
 エルフの伝承に伝わる聖者の一人。彼は聖なる左手を持って大厄災のサハラを救ったとされている。
 
 驚愕に目を見開くビダーシャルは、才人の向こうにいたブリミルが長杖を高々と掲げるのを見た。
 
「……だが、如何に聖者やメイジといえど、この障壁を突破する事は出来ん!」
 
「サイトッ!!」
 
 ブリミルの声に応え、才人が長剣を天に掲げると、ブリミルがデルフリンガーに重ねるように長杖を振り下ろした。
 
 虚無魔法がデルフリンガーに宿り、刀身が鈍い輝きを放つ。
 
「征け、相棒ッ!!」
 
「おおおおおおぉ!!」
 
 裂帛の気合いと共に振り下ろされた長剣の一撃が、先住の反射魔法を切り裂いていく。
 
「……まさか、貴様シャイターンか!?」
 
 ビダーシャルの言葉と同時、それまで彼を護っていた精霊の力が四散した。
 
 敵わぬとみたビダーシャルは背後へ跳躍し、窓から空へ身を投げる。
 
 無論、死ぬつもりなど無い。落下の途中で指に填めていた風石の指輪の力を使い空へ飛翔していく。
 
「……あれがシャイターンの、世界を汚した悪魔の力か」
 
 その呟きは、風に飲まれて消えていった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 何とかビダーシャルを撃退する事に成功した才人とブリミルは、その場に尻餅を着いた。
 
「……やっぱり、エルフ相手にすると余裕無えなあ」
 
 溜息を吐きながら告げる才人に対し、ブリミルも安堵の吐息を吐きながら、
 
「もっと厄介な虚無の担い手やヴァリヤーグが残ってるのよ? この程度でヘバってどうすんの?」
 
「確かに、な……」
 
 気合いを入れ直して才人が立ち上がり、
 
「急ごうぜ。早くしないと気絶させた兵達が起きちまう」
 
 ブリミルに手を差し伸べながら告げる。
 
「……そうね」
 
 ブリミルも彼の手を取って立ち上がると、才人の先導に従って部屋を後にした。
 
 それからは、片っ端から順番に部屋のドアを開けていく。
 
 そして、ロックの魔法が掛けられたドアを見つけると、その部屋の扉をデルフリンガーで切り裂いた。
 
「テファ!」
 
 ドアを蹴り飛ばし、部屋へ侵入した才人達を待ち構えていたのは、意識の無いままベットに横たわるティファニアと、その傍らに立ち妖艶な笑みを浮かべる女、
 
「シェフィールド!?」
 
「……あら? あなた達、あのエルフを破って来たの?」
 
 そこでミョズニトニルンの女は肩を竦め、
 
「エルフと言ったところで、口ほどでもないのね……」
 
「……テファに何しやがった!?」
 
 シェフィールドの言葉を無視して問い質す才人だが、シェフィールドは余裕の笑みを浮かべて、
 
「ふふふ、別に大した事じゃないわ。……そう、ちょっと自分の気持ちに素直にしてあげただけ。
 
 むしろ感謝してもらいくらいだわ。――この引っ込み思案な娘にチャンスをあげようっていうんだから」
 
「何、わけの分からねえ事言ってやがる!!」
 
 才人がデルフリンガーを引き抜きシェフィールドに斬りかかるが、彼女は避けようともしない。
 
 そのまま才人に片腕を斬らせ、
 
「無駄よ、この身体は人形のもの。殺されたところで、わたしは痛くも痒くもないわ」
 
 そう告げて嘲笑を才人に向け、
 
「さあ、精々苦しみなさい色男君」
 
 その台詞を最後にシェフィールドの姿が消え、片腕の無い一体の人形だけが残された。
 
「クソッ!?」
 
 才人は舌打ちすると未だ眠ったままティファニアに駆け寄り、
 
「テファ!? おい、大丈夫かテファ!」
 
「怪我とかはしてないみたいなんだけど……」
 
 才人がティファニアの肩を揺すぶると、僅かに反応を示してティファニアの目蓋が開く。
 
「……サイ……ト?」
 
「ああ、大丈夫か? テファ」
 
 才人が答えると、彼の首にティファニアの腕が回された。
 
「……テファ?」
 
 問い掛けると同時、
 
「――んッ」
 
 ティファニアの唇によって才人の唇が塞がれる。
 
「…………」
 
「…………」
 
「――――」
 
 三者三様に無言。
 
 まず始めに立ち直ったブリミルが、満面の笑みを浮かべたまま何故か準備運動を始める。
 
 それを見た才人が、何とかティファニアから唇を離し、怯えた声でブリミルに問い掛ける。
 
「いや、待て落ち着けブリミル! これは多分、テファが寝ぼけているだけで!?」
 
「……サイト、好き」
 
 告げて、再びティファニアの唇が押し付けられる。
 
 しかも、今度は離されないようにと、腕にも力が込められているので、自然と彼女の巨大な胸も押し付けられる事となる。
 
 そして、それを振り解ける程才人は枯れていなかった。
 
「……覚悟は良いみたいね」
 
 その言葉で正気に返ったのか、才人が振り向いた先には桃色の髪のシャイターンがいた。
 
 ……ビダーシャル。あんたの言った事は正しかったよ。
 
 次の瞬間、才人の顔面に叩き込まれた拳によって、彼の意識は刈り取られた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「……まさか、惚れ薬なんか使ってくるとはね!? 何考えてんのかしら? あの女!!」
 
 転移魔法によってトリステイン魔法学院に戻ってきたブリミル達だが、帰ってきても彼女の機嫌は悪かった。
 
 原因は言わずもがな、彼女の眼前でいちゃつく(ブリミル視点)……、正確には才人の傍らで恥ずかしそうに頬を染めつつも、彼と視線が合う度に嬉しそうに微笑むティファニアだ。
 
 現在はモンモランシーがブリミルの号令一喝の元、解除薬の精製を行っている。
 
 ハッキリ言って、ブリミル自身も何故自分がこんなに機嫌が悪いのか、感情を持て余している状況だった。
 
 ブリミルにとってティファニアとは仲間であり、親友でもある存在で、彼女が才人に対し好意を抱いていた事も知っている。
 
 そう、才人を元の世界に帰そうとする自分には、彼と付き合う資格が無いというのは重々承知しているつもりだったのに……、彼の傍らが余りにも居心地が良すぎて、最近はそのことをつい失念していた。
 
 ……わたしは、サイトに対してどうしたいのかしらね?
 
 溜息を吐き出し、横目でティファニアと才人を盗み見る。
 
 ……何デレデレしてんのよ!? あんた、わたしの犬でしょう!? いや、今はわたしの使い魔じゃないけども!
 
 懊悩するブリミル。
 
 勿論、面白くないのは彼女だけではない。ルイズの姉であるエレオノール。彼女ほど激しくはないが命の恩人である才人に対し好意以上のものを感じているカトレア。そして才人付きのメイドであるシエスタに、母をジョゼフの呪縛から救ってくれたことに恩義以上のものを感じているタバサ。
 
 この場には居ないが、魅惑の妖精亭のジェシカも才人に強盗から助けて貰った事で彼に恋愛感情を抱いてはいるし、アニエスにしてもただの剣の練習相手として見ているわけではない。というか彼女の場合、自分と付き合う為の条件の一つに自分よりも強い事が定められており、いまだその条件を満たすだけの剣士は才人しか出会っていない。……ちなみに彼女はメイジ嫌いである為、コルベールやワルドは除外される。
 
 そして、忘れてはならないのが彼の主人である少女。
 
 ルイズは才人帰還の報を聞いて、引きこもっていた自分の部屋から才人の無事を確認するために火の塔の最上階までやってきた。
 
 そして、扉を開けようとして躊躇う。
 
 あのように才人の前から飛び出してしまって、どのような顔で彼と会えば良いのか……。
 
 思い悩んだルイズは扉を小さく開いて中の様子を伺う事にした。
 
 そして、そこでルイズが見たものは……、
 
「あ、あの……、どうしたのサイト」
 
「い、いや……、その、うん。何でもない」
 
 才人と、その隣の椅子に腰掛けるティファニアの姿だった。
 
 ルイズは気付く。才人とティファニアの距離……、あれは自分と才人のものよりも20サント近い。しかもドアの隙間から覗き見していた為、ルイズの視界には他の面子の姿は映らなかった。
 
 ブチ切れたルイズは、勢いよく扉を開け放ち迷い無く一直線に才人の元へ突進すると、大きく跳躍。
 
「この……、バカ犬ぅ――!!!」
 
 全力のドロップキックを才人の顔面に叩き込んだ。
 
「きゃっ!?」
 
 倒れる際に傍らに居たティファニアを巻き込んでしまった才人は、その右手にかつて一度だけ触れた禁断の果実の感触を感じていた。
 
「……ん、さ、サイト」
 
「ご、ごめん!」
 
 理性は右手を放せと命令するが、本能がそれを頑なに拒否する。
 
 すると、彼の背後からゴゴゴゴゴゴ!! という擬音付きのそら恐ろしい気配が漂ってきた。
 
 ……振り向くな! 振り向いちゃいけない!!
 
「……立ちなさいサイト」
 
 地獄の底から聞こえて来るような声に、一瞬で才人は立ち上がると、紳士的な態度でティファニアに手を差し伸べて立たせ、
 
「さあ、ここから離れるんだテファ」
 
「で、でも……」
 
「いいんだ。さあ、行ってくれテファ!」
 
 彼女の肩を押して強引に突き放し、その勢いを持って振り向いた才人は、その事を一瞬で後悔した。
 
「――良い覚悟ね」
 
 そこには無表情のルイズが……、否、彼女だけではなかった。
 
 ブリミルが光撃の魔法を唱えていた。タバサがウィンディ・アイシクルを唱えていた。エレオノールとカトレアがヘクサゴン・スペルと唱えていた。シエスタがどこからか取り出したフライパンを振りかぶっていた。
 
「死んだ――!!」
 
 それらの全てが放たれようとした瞬間、才人の前に躍り出た人影が解呪の魔法が全ての魔法を打ち消した。
 
「や、止めて下さい! サイトにもしもの事があったらどうするんですか!?
 
 ……そんな事になったら、わたし……わたし」
 
 目尻に涙を溜めて訴えるティファニア。
 
 彼女の態度に、他の女性陣達はかつてない敗北感と嫉妬を感じとることになった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 その様子を遠く離れたガリアの地で見ている者達がいた。
 
 ネズミ型ガーゴイルから送られてくる映像を水晶玉に投影しているのは、ミョズニトニルンの女シェフィールドだ。
 
 一緒にその映像を見ていたワルドは一笑すると、
 
「くだらん。こんな茶番にどのような意味がある?」
 
 そう告げて面白くなさそうに、部屋を出ていった。
 
 だが、女であるフーケにはその恐ろしさが分かる。
 
 女の嫉妬は何よりも怖いものだ。
 
 特にあのゼロ機関という組織は、構成員の大半が女性であり、しかもその殆どが才人に対して好意以上のものを持っている。
 
 今までは微妙なバランスで釣り合いのとれていたそれに、シェフィールドはティファニアを使って一石を投じてみせたのだ。
 
 ……下手をすれば、ゼロ機関の内部崩壊も有り得るかもしれない。
 
「……惚れ薬まで使うなんて、随分とエグイ真似をするねえ」
 
 軽蔑するように告げるフーケの言葉に対して、シェフィールドはさも楽しそうに、
 
「ふふふ、惚れ薬なんて使っていないわよ。ただちょっと、彼女には自分の心に素直になってもらっただけ。
 
 むしろ、恋のキューピットとして感謝されても良いくらいだわ」
 
「……よく言うわ」
 
 そう言い残してフーケも部屋を退室する。
 
 ……今度ばかりは、あの使い魔君も拙いかもしれないねえ。何だかんだで、優柔不断そうだし。
 
 廊下を歩きながら思案し、何かを思いついたのか彼女はふと立ち止まると、
 
 ……まあ、あれね。もし全員に愛想を尽かされてフラれた時は、あたしが面倒みてやるのも悪くないかもね。
 
 薄い笑みを浮かべ、フーケは歩みを再開させた。
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