ゼロの使い魔・2回目
 
第1話
 
 今、少年の前には光の扉が開いている。
 
 少年の主人、否、主人であった少女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールによる“世界扉”の魔法だ。
 
「じゃあな……」
 
 才人が声を掛けるが、彼女は反応してくれない。……それどころか、後ろを向いてこちらを見ようともしてくれない。
 
 彼の表情が悲痛に染まるのを見かねた皆が、彼に最後の別れを告げる。
 
 まず最初に声を掛けたのは、メイド服姿の少女、才人付きの侍女シエスタ。
 
「……サイトさん」
 
 何か言おうとするが、言葉は全て涙によって塞き止められる。
 
「シエスタ、料理上手かったよ。ありがとう」
 
 才人の言葉に、それ以上は何も言えず、ただ涙が流れるに任せる。
 
 続いて才人に声を掛けたのはルイズの天敵キュルケと、その親友タバサ。
 
 そして、タバサの傍らには人間の姿をしたシルフィードと彼女の従姉であるイザベラの姿もある。
 
「サイト……」
 
「…………」
 
「お兄様……、きゅいきゅい」
 
「その……、アナタにも色々と迷惑を掛けたわね」
 
 だが彼女達にしても感極まって、それ以上は言葉にならない。
 
 それを察した才人は、ぎこちないながらも笑みを作り、
 
「コルベール先生に余り迷惑掛けんなよ、キュルケ。……タバサはもっと笑うようにしたらどうだ?
 
 シルフィードはあんまタバサに迷惑掛けんなよ。――イザベラさんもタバサと仲良くな」
 
 キュルケは目尻に薄く溜まった涙を拭いつつ、タバサは無言のままで頷き、シルフィードは滂沱の涙を流しながら、イザベラも名残惜しそうに頷いてくれた。
 
「サイト様、本当にありがとうございました。貴方がいてくれなければ、この国は滅んでいたことでしょう」
 
 深々と頭を垂れるのは、アンリエッタ女王だ。彼女の目尻にも悲しみの涙が溜まっているのを見た才人は、困ったような笑みを浮かべると、
 
「いや、そんな……。俺は大した事はしてませんよ」
 
 謙遜するが、彼の残した功績の大きさは既にトリスティンに留まらず、世界レベルでの歴史に残る偉業となっている。
 
 大英雄、サイト・シュヴァリエ・ド・ヒラガ・ド・オルニエール。
 
 今後ハルケギニアの歴史の教科書には彼の名が登場するであろう。
 
 曰く、伝説の使い魔。
 
 曰く、7万の軍勢を、ただ一人で止めた剣士。
 
 曰く、アルビオンの英雄。
 
 曰く、虎街道の英雄。
 
 曰く、勇者の再来。
 
 曰く、人とエルフを繋ぎし者。
 
 そして、そんな彼の前には、ハーフエルフの少女が立っていた。
 
「サイト、……本当に行ってしまうの?」
 
 物哀しそうに告げる彼女に、才人は心底申し訳なさそうに、
 
「……テファ、君には本当にどれだけ礼を言っても言い足りない。
 
 君が居なかったら、俺とっくの昔に死んでたし」
 
 ティファニアは悲しみを堪えた無理矢理な笑みを才人に向け、
 
「ううん、気にしないで。
 
 わたしの方こそ、あなたに会えて楽しかった」
 
 才人は、再度ティファニアに礼を述べ視線を移す。
 
 そこに居るのはエルフの統領たる男性とその背後に控えるエルフの青年。
 
「色々お世話になりました、テュリュークさん」
 
「礼など言わないでくれサイト殿。むしろ礼を述べるのはこちら側なのだから。
 
 ──君が居なければ、今頃人間とネフテスの関係は泥沼となっていただろう」
 
 真摯な眼差しで告げるテュリュークに才人は照れ笑いを返し、ビダーシャルへと視線を向ける。
 
「認めよう。君は蛮人にしては、中々に手強かった」
 
「だから、蛮人止めてくれ」
 
 苦笑を浮かべながら握手を交わす。
 
 そして、隣に視線を移せば、そこには一組の少年と少女、そして水精霊騎士隊の仲間達が居た。
 
「やあ、サイト。君が行ってしまうとはね。親友としてホントに悲しいよ」
 
「ホントね。折角友達になれたのに、残念だわ」
 
「……なんか、ギーシュが言うと嘘臭いんだよな。
 
 それと、モンモン。余りギーシュと喧嘩すんなよ。
 
 ……後、皆。――楽しかったぜ!!」
 
 ギーシュの態度次第ね。と告げるモンモランシーに苦笑いを浮かべつつ、声援を送ってくれる仲間達に手を振って答え、次の相手に視線を移す。
 
「アニエスさん。すみませんけど、デルフのこと頼みます」
 
 そう告げる才人の前には、銃士隊の隊長であるアニエスと半ば鞘から引き抜かれた剣がある。
 
 アニエスは、微苦笑を浮かべながら、
 
「色々と使い勝手は悪そうだが、曰わく付きの上に切れ味と頑丈さは保証済みだからな。
 
 次のガンダールヴが現れる時までは、我が家の家宝とさせてもらおう」
 
「いや、そんな大層な剣じゃないんですけどね」
 
「はん、言ってろよ相棒。まあ、この隊長さんなら俺の使い手として合格レベルだ。
 
 勘弁しといてやるよ」
 
 偉そうに告げるデルフリンガーに対し、才人は半眼でアニエスの腰の剣を見ながら、呆れ口調で、
 
「……ムカついたら、捨てて良いですよ?」
 
「ああ、そうさせてもらう」
 
 続いて才人が姿勢を正し、恩師に向け頭を下げる。
 
「コルベール先生……、色々お世話になりました。
 
 ……それとすみません。一緒に地球に連れていくって約束、守れなくて」
 
「いや、気にしないでくれサイト君。元より君の責任でも無いのだし」
 
 数々の武勲を打ち立ててきた才人の影の功労者として、コルベールの存在は周知の事実となっていた。
 
 元々が異世界人である才人が己の世界に戻る事を止める事は誰にも出来ないが、その彼を支え続けてきたコルベールまで失うのは、国として大きな損失である。
 
 学院長であるオスマンを始め、多くの者達に頭を下げられた結果、もう暫くコルベールはトリステインに残る事になった。
 
 とはいえ、彼は魔法研究所に所属したりはしない。
 
 彼の研究は、皆が便利に生活出来る為のものなのだ。
 
 コルベールは笑みを崩さないまま、
 
「それに私はまだ諦めたわけではないぞ? もし私が君の世界を訪れた時は、色々と案内を頼めるかね?」
 
「勿論ですよ!」
 
 頷き、互いに握手を交わす。
 
「あの……、その節は、色々とご迷惑をお掛けしました!」
 
 深々と頭を下げるのは修道服に身を包んだタバサと瓜二つの少女。ジョゼットだ。
 
 その勢いに押された才人は、ややたじろぎながら、
 
「いや、まぁ……、騙されてたって事で」
 
 タバサの双子の妹だけあって、基本的に良い子なのだ。……ちょっと、思い込みが激しいだけで。
 
「騙したとは人聞きが悪いね兄弟」
 
「やかましい」
 
 シニカルな笑みで告げるオッドアイの少年、元ヴィンダールヴのジュリオだ。
 
 才人は肩を竦め、
 
「もう二度とその娘、泣かすなよ色男」
 
「それは絶対だと約束しよう兄弟」
 
 右手と左手。
 
 かつて伝説のルーンが刻まれていた拳同士を軽く合わせる。
 
 そして、才人は最後に再びルイズに視線を戻すが、彼女は未だに後ろを向いたまま……。
 
「……ルイズ」
 
「は、早く行っちゃいなさいよ! 別にアンタなんかいなくなっても、全然寂しくなんかないんだからね!?」
 
 そう告げるルイズに対し、才人は心底申し訳なさそうな声色で、
 
「……ゴメンな」
 
 そう言い残し、才人はルイズから逃げるように踵を返してゲートに飛び込む。
 
 その動きを感じ取ったルイズが慌てて振り向くが既に少年の姿は半ばまで光に呑み込まれた後だ。
 
「――アッ!?」
 
 しかし、それでもルイズは手を伸ばしゲートに指が触れる直前、……彼女の眼前で光は消えた。
 
 ルイズの瞳から大粒の涙が零れ落ちる。
 
「……うっうう。
 
 サイト……。……サイト。──サイト! サイトぉ――ッ!!」
 
 泣き崩れるルイズ。
 
 まるで悲しみを分かち合おうとするように、ルイズを中心に才人に想いを寄せていた少女達が抱き締めあった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 光の扉を抜けた才人は、ガムシャラに走り続けた。
 
 暫くして彼の前に先程と同じような扉が現れ、そこに躊躇無く飛び込む。
 
 一瞬のホワイトアウト。
 
 そして彼の視界が戻った時、その前に現れたのは……、
 
「あんた誰?」
 
 先程、別れたばかりのご主人様。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールその人だった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 えーと、……これはどういうことなんだろう?
 
 呆然としている才人を尻目に、周囲の状況はドンドン流れていく。
 
 周囲のクラスメイト達が、ルイズの失敗を騒ぎ立て、ルイズが憤懣やるせない表情でコルベールにサモン・サーヴァントのやり直しを要求し、それをすげなく却下される。
 
 現状を確認した上で、この状況は、かなり見覚えがあることに気付いた。
 
 ……そう言えば、初めてこの世界に召還された時も、こんな感じだったっけ。
 
 そう物思いに耽っていると、突然ルイズにキスされた。
 
 考え事をしている内に、何やら話が進んでいたらしい。
 
 問答無用で才人の全身に激痛が迸る。
 
「ッ!? ぐぁ!!」
 
「心配いらないわよ。“使い魔のルーン”が刻まれているだけなんだから」
 
 それは知っている。……だが、この痛みは以前味わった痛みとは比較にならない。
 
 悲鳴すら挙げることが出来ずに苦しんでいたが、唐突にその痛みが消え失せた。
 
「ハァハァ、……なんだってんだ!?」
 
 荒い息を吐きながら告げる才人に対し、ルイズは不満に満ちあふれた声で、
 
「だから、ルーンを刻んでるだけって言ってるでしょ」
 
 要領を得ないルイズの言葉を無視して、才人は己の左手を見る。
 
 そこには地球に帰るにあたり、ルイズとの契約を解除し無くなった筈のガンダールヴのルーンが刻まれていた。
 
 ……何だったんだ一体? そんな疑問を覚えつつ、右手で額の汗を拭う。
 
 だが、その一瞬の隙に才人の目に入ったのは、右手に刻まれたルーン。
 
 驚き、その右手をマジマジと見つめていると、コルベールが近づいてきて、才人の前髪を掻き上げ、その額を凝視する。
 
「随分と珍しいルーンだね」
 
「いや、ちょっと待った!? もしかして、額にもルーンが刻まれてるんですか!?」
 
「ああ、その通りだが、それがどうしたのかね?」
 
 問われ、慌てて自分の襟を引っ張り、以前よりも若干筋肉の付いたその胸板を確認する。
 
 幸いなことに、そこにルーンは刻まれておらず、安堵の吐息を吐き出す才人。
 
 そんなことをしている内に、他の生徒達は空を飛んで教室へと戻って行く。
 
「ほら、さっさと行くわよ!」
 
「ん、ああ」
 
 ルイズに促され、その後を付いて歩く。
 
「ねえ、そう言えばアンタ名前は何ていうの?」
 
 自分の事を知らないルイズ。その質問で才人の疑問は、ほぼ確信へと変わった。
 
「あ、ああ。才人、……平賀・才人だ」
 
「ふーん、変な名前」
 
 それだけを言い残して、ルイズはスタスタと歩みを再開する。
 
 やはり自分は、過去に時間遡行したと考えるべきだろう。
 
 サモン・サーヴァントは異世界さえ繋ぐ呪文だ。時間さえ無視することもあるかもしれない。……多分。
 
 そんな事よりも、これからどうするかが問題だ。
 
 ガンダールヴだけではなく、今の自分にはヴィンダールヴとミョズニトニルンの力まである。……これだけの力があれば、ウェールズ王子を守り、あの戦争を回避することが出来るのではないか?
 
 そして、今度は……。
 
 才人の脳裏によみがえるのは、別れ際に聞いたルイズの泣き声だ。
 
 もう二度とルイズを悲しませたくない。
 
 ……だから、今度は彼女とは距離をとろう。自分が日本に戻る時に、彼女を泣かさなくてすむように。
 
 そんな、決意を胸に抱いた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 取り敢えず、ルイズの部屋に場を移した才人は、自分が異世界人であることをルイズに告げるが、予想通り全く信用してくれない。
 
 そして掃除、洗濯、その他雑用を言いつけられ、更には久しぶりに床での就寝を言い渡される。
 
 ……床で寝るなんて、随分と久しぶりだな。
 
 等と考えつつ、馬小屋から藁束を拝借して床に敷き、その日は眠りに着いた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 そして、翌朝。
 
 ルイズに文句を言われる前に、彼女の着替えを準備してから、優しく起こす。
 
「ん……。なによ?」
 
 寝ぼけ眼で問い掛けるルイズに対し、才人は軽く溜息を吐きながら、
 
「朝だよ。とっとと起きろ。朝飯に遅れるぞ」
 
「……ん。着替え」
 
「ほら」
 
「……着替えさせて」
 
「それぐらい自分でやれ。俺はこれから洗濯なの」
 
 それだけ言い残し、ルイズをそのままにして洗濯籠を持って外に出る。
 
 部屋を出た才人が廊下を歩いているとドアの一つが開き、そこから火トカゲを従えた赤い髪の少女が現れた。
 
 少女は才人を物珍しそうな表情で見つめ、
 
「あなた確か、ルイズの使い魔になった平民だったわよね?」
 
 ……そういえば、これが初対面だったか。
 
 と思いつつ、頷いておく。
 
「ねえ、あなたお名前は?」
 
「ん、才人。平賀・才人」
 
「ヒラガサイト? 変な名前」
 
「やかまし」
 
「私はキュルケ。二つ名は“微熱”よ。そして、こっちが私の使い魔のフレイム。仲良くしてあげてね」
 
 才人が視線を落とすと、サラマンダーのフレイムと目があった。
 
 フレイムは僅かに頭を垂れると、
 
“あぁ、新入りだな。ぼくの名はフレイム。以後よろしく”
 
「おお、喋った!?」
 
 驚く才人に、キュルケは訝しげな視線を送るが、才人としてはそれどころではない。
 
 淡い輝きを放つ右手のルーンに気付いた才人は、それがヴィンダールヴの力である事を理解した。
 
 謎さえ解ければ、順応力の高い才人は平然とそれを利用する。
 
 才人は膝を折って、その場にしゃがむとフレイムの頭を撫でながら、
 
「ああ、こっちこそよろしくな」
 
“きみは、ぼくが言葉が分かるのかい?”
 
 小首を傾げながら問い掛けるフレイムに対し、才人も小さく頷くと返事を返す。
 
「そうみたいだ」
 
“そうか。なら力の欲しい時は言ってくれ。一応、この学院の使い魔達の中じゃ顔は利く方なんでね。
 
 可能な限り、きみの力となろう”
 
「そうか、そりゃあ助かる」
 
「ねえ、サイト」
 
 呼ばれ、才人が顔を上げると、胡散臭そうな表情でキュルケが彼を見ていた。
 
「何?」
 
「……あなた、なに独り言言ってるの?」
 
 やはり、キュルケには使い魔の声が聞こえていないらしい。
 
「いやいや、同じ使い魔同士、気が合ってな」
 
 本当の事を告げても信じてもらえないのは分かり切っているので、誤魔化すことにした。
 
 そして、才人はキュルケと別れ水汲み場へ向かい洗濯を始める。
 
「くあぁ、やっぱ、冷てぇ!」
 
 文句を言いながらも、洗濯を続ける才人。
 
 何だかんだ言って、長い使い魔生活で、大分所帯じみてきたのかも知れない。
 
 ……こりゃ、早急にあの大釜貰ってきて、風呂の残り湯で洗濯するようにしないとな。
 
 などと思いつつも、手を休めずに洗濯を続ける。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 洗濯が終わった後で食堂の方へ顔を出すと、既に朝食は終了していた。
 
「あー、やっぱり遅かったか」
 
 やれやれと嘆息し、シエスタに挨拶がてらパンと賄いのシチューでも恵んで貰おうと思っていると、彼を呼び止める声が食堂に響いた。
 
「ったく、このグズ使い魔! 何時までご主人様を待たせれば気が済むのよ!?」
 
 見れば既に片づけを始めているテーブルにただ一人残ったルイズが、才人の分の食事を持って待っていてくれた。
 
「ほら、さっさと食べなさいよ」
 
 差し出された皿には、申し訳程度の肉が一切れと堅そうなパンが2つ。そして既に冷めてしまったスープが添えられていた。
 
 わざわざ遅刻覚悟で自分を待っていてくれたご主人様に、才人は軽く肩を竦めると、予定を変更し笑顔で侘びしい食事にありついた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 授業中、ルイズの横の床に座って授業を聞いていると、周りの生徒達の使い魔が寄って来て才人に挨拶していく。
 
 才人のいる世界にもいた猫や梟、ファンタジー世界特有の幻獣。
 
 見た目は千差万別だが、皆、話してみると結構気の良い奴らだった。
 
 そして、その会話の中で気付いたのだが、彼らとの会話は別に声に出さなくてもテレパシーのようなもので通じ合えるらしい。
 
 才人がそんな新しい発見と会話を楽しんでいる横では、ルイズが誰かと口論している。
 
 風邪っぴきがなんとか言っている所をみると、どうやら相手はマルコリヌの事らしい。
 
 まあ、何時ものように魔法を使えないのをからかわれているだけだし、可哀想だが実害もないだろう。
 
 それに今回は、別れ際に彼女を悲しませないように、余り親密にならないと決めたのだ。
 
 ……今朝の朝食の件で、いきなり決心揺らいだけどもな。
 
 才人は彼女の本当の才能を知っている。……だが、それをこの場で言うわけにはいかないし、何よりも言ったとしても始祖の祈祷書も水のルビーも無い今は証明することも出来ない。
 
 そんなことを考えていると、何時の間にやらルイズが壇上に立っていた。
 
 ヤバイッ!? と思った才人は、素早く机の下に退避する。
 
 直後、教室を爆音が貫いた。
 
 皆が恐る恐る机の下から顔を出すと、そこにいたのは顔を煤で汚し、爆風で衣服をボロボロにしたルイズと、倒れたまま動かない中年の女教師だった。
 
 その後、才人はルイズに手伝わされて教室の片づけを行い。更に彼を手伝ってくれた使い魔達の協力のお陰で、予定よりも随分と早く片づけを終わらせる事ができた。
 
 以前では気付かなかったが、授業に復帰したルイズが、先程の失敗を気に病み元気が無いのを見抜いた才人は、小さく溜息を吐き授業中の教師に向かって挙手。
 
 質問をぶつけた。
 
「すんません、ちょっと聞きたい事があるんですけど」
 
 使い魔からの質問など、今まで一度たりとも受けたことはない。戸惑いながらも人が良いのだろう女教師は、才人の質問を許可してくれた。
 
「ちょっと、何考えてんのよアンタ」
 
 ルイズが横から文句を言ってくるが無視。
 
 才人は立ち上がり、
 
「さっきウチのご主人様が魔法を失敗しましたが……」
 
 その時点で、教室に爆笑が起こる。
 
 なにせ、使い魔にまで魔法の失敗を揶揄されたのだ。ルイズが鋭い目つきで、それ以上余計な事を喋ったら殺すという意思を飛ばしてくるのを、必死の思いで気付かない振りをしながら、
 
「さっき使ったのって、土系統の魔法でしたよね? 土の魔法が失敗したら、爆発するもんなんですか?
 
 自慢じゃないですが、ウチのご主人様は魔法を使えば水だろうと風だろうと尽く爆発します。今後の俺の安全の為にも、そこん所ご教授お願いします」
 
 巫山戯た物言いで締めくくるが、今度は笑い出す者は誰も居ない。
 
 それどころか教師を含め、生徒達も皆黙りこくってしまった。
 
 普通、わざと練金の魔法を失敗したとしても、爆発したりはしない。
 
 精々、何も変化が起きない程度だ。
 
 返答に困った女教師を擁護するように、授業終了のチャイムが鳴り響いた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 やがて昼食の時間となり、食堂に赴く二人。
 
 才人はルイズの椅子を引いてやり、
 
「ほら、何時までも落ち込んでねぇで、飯食っちまえ」
 
「落ち込んでなんかいないわよ!」
 
 やや乱暴に椅子に腰掛け、食前の祈りを始めるルイズ。
 
 才人は才人で、床に腰を降ろして、わびしい食事に内心溜息を吐きながらも食事を開始する。
 
 すると才人が一つ目のパンを食べ終わったところで、ルイズが半分ほど残った鶏肉を才人の皿に入れてきた。
 
「……なんだコレ?」
 
 問う才人に対し、ルイズはそっぽ向きながら、
 
「……さっきのお礼よ。アンタ私を庇ってくれたんでしょ?」
 
 その心使いに、思わず才人の目頭が熱くなる。
 
 いかんと思い、それを誤魔化すために一心不乱にルイズから分け与えられた肉に囓りついた。
 
「……ちょっと、ガッつかないでよね。わたしが餌、与えてないと思われるじゃない」
 
「うるへー」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 やがて食事が終わり、才人がルイズの部屋の掃除に向かおうとしていた所で、少年とメイド服の少女が言い争う場に出くわした。
 
 否、正確には言い争うのではなく、貴族の少年がメイドの少女に一方的にクレームを付けている状況だ。
 
 才人は見知った顔を見つけ、そう言えば、そんなイベントもあったよなー。と思いつつ、気付けば少年に声を掛けていた。
 
「いいからその辺にしとけよ。元々は二股掛けてたお前が悪いんだろ?」
 
「……何だね君は?」
 
 そこでギーシュは、相手が誰なのかを気付き馬鹿にしたような口調で、
 
「確かゼロのルイズの呼び出した平民の使い魔だったね。
 
 平民の君に、貴族の何が分かるというのかい?」
 
「……つーか、お前ナンパの成功率限りなく低いじゃねぇか。
 
 悪い事言わないから、浮気なんか止めてモンモン一人に絞っとけ」
 
 ……まあ、絞った所で尻にひかれるんだろうけどな。
 
 とは思ったが、流石にそこまでは口にしない。
 
 才人としては、友人に対する軽い冗談のつもりだったのだが、初対面のギーシュにしてみれば、初めてあった相手にそこまで言われる筋合いは無い。しかも相手は平民である。
 
「どうやら君は、貴族に対する礼儀というものを知らないようだな」
 
「……俺の知ってる貴族ってやつは、ロクな奴らがいなかったからなぁ。
 
 それこそ、尊敬とか礼儀とかとは無縁の……」
 
 今までに知り合った、様々な貴族達の顔が才人の脳裏を過ぎる。
 
 中にはマトモな人もいるにはいたが、それでも大半はロクでもない奴の方が多かったような気がする。
 
 というか、眼前の少年がその筆頭だった。
 
「よかろう、ならば君に貴族の礼儀というものを教えてやろう」
 
 ……結局、こうなるのか。
 
 才人はうんざりとした溜息を吐き出し、
 
「しょーがねぇなあ。……で、何処でやるんだ?」
 
 あくまでも気負った雰囲気の無い才人に、ギーシュは内心で戸惑いながら、
 
「ヴェストリの広場だ。着いてきたまえ」
 
 そう言い残し、先導して歩く。
 
 残された才人は、肩を竦めて面倒臭ぇーなぁと呟き、ギーシュの後を追おうとするが、その手をシエスタに掴まれる。
 
「だ、駄目よ。行ったら、あなた殺されちゃう……」
 
「いや、大丈夫だって」
 
「貴族を本気で怒らせたら……、わ、私が謝れば済む問題ですから」
 
「いや、だから、大丈夫だって」
 
 これがフーケやワルドレベルのメイジが相手なら気合いを入れる必要もあるが、相手はギーシュである。
 
 才人にしてみれば、遊び相手位にしか思っていない。
 
 そんなことを思いつつ、シエスタを宥めてギーシュの後を追おうとすると、
 
「あんた! なにしてんのよ!? 見てたわよ!」
 
 ルイズが声を掛けてきた。
 
「よう、ルイズ」
 
「よう。じゃないわよ!? なに勝手に決闘なんて約束してんのよ!」
 
「まあ、成り行きでな……」
 
「成り行き、じゃない!? ほら、わたしも一緒に謝ってあげてもいいから」
 
 そう告げるルイズに対して才人は本日何度目かになる溜息を吐き出し、
 
「喧嘩売ってきたのは、あっちだしなぁ。謝る理由も無いし」
 
「あのね、あなた絶対に怪我するわ! いいえ、怪我で済んだら運が良い方よ!」
 
「怪我なんかしねぇーよ」
 
「何であんたはそんなに楽観的なのよ! 相手はメイジなのよ、メイジに平民は絶対に勝てないの!!」
 
 必死に才人を説得しようとするルイズに、才人は軽く微笑み、
 
「大丈夫だって、ちっとは自分の使い魔の事を信用しろよ」
 
「全然信用出来ないわよ!?」
 
 そんなルイズの叫びを後に、才人はヴェストリの広場へと向かった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「諸君! 決闘だ!」
 
 ギーシュの宣言に、歓声が巻き起こる。彼は才人に視線を向け、
 
「とりあえず、逃げずに来たことは、褒めてやろうじゃないか」
 
「つーか、逃げる理由も無いしな」
 
「……ふふふ、良い度胸だ」
 
 ギーシュはマントを翻し、
 
「では、始めるとしようか!」
 
「あ、ちょっと待った」
 
 やる気を削ぐ才人の声に、ギーシュは半眼の視線を送り、
 
「何だい? 今更、怖じ気づいて命乞いする気にでもなったのかい?」
 
「……何で俺がお前に怖じ気づく必要があるんだよ? それよりもさ、お前魔法使うんだろ?」
 
「当然だ。僕はメイジだぞ。平民のように殴り合うなどといった野蛮な真似が出来るわけないだろう」
 
「なら、ハンデくれハンデ」
 
 その言葉にギーシュは怪訝な眼差しを向けると、
 
「ハンデだと?」
 
「そっ」
 
「僕に目隠しでもしてほしいのかい?」
 
「んなわけねーって。何か武器貸してくれよ。剣でも槍でも弓でも、俺が怖いんだったら、ナイフとかでもいいぞ?」
 
「誰が平民などを恐れるか!」
 
 激昂し、手にした薔薇の造花を一振りする。
 
 造花から零れた一枚の花びらは、その形状を剣へと変化させ、それは才人の足下に突き立った。
 
「取りたまえ、……だが、それを手にする以上、もう後へは引くことは許されないと知れ」
 
「はいはい」
 
 軽く答えて才人は剣を手に取った。
 
 才人の左手のルーンが輝きを放つ。
 
「来いよ、これでお前の勝ちは完全に無くなった」
 
「ふっ、面白い」
 
 ギーシュが再び造花を振り、散った花びらが1体の鉄人形に姿を変える。
 
「僕の二つ名は“青銅”。青銅のギーシュだ。従って、青銅のゴーレム“ワルキューレ”がお相手しよう」
 
「ふーん、……じゃあ、お返しに俺も名乗るとするか」
 
 一息、舌舐めずりし、宣言する。
 
「俺の名前は平賀・才人。ゼロのルイズの使い魔だぜ」
 
 告げると同時、才人が常人離れした速度で駆け、鉄人形が一瞬で八つの鉄塊に解体された。
 
「バカな……」
 
 唖然とするギーシュに対し、才人は剣の切っ先を突きつけると、
 
「ほら、全力で来い。こんな程度で負けても納得しないだろ?」
 
「くっ!? 随分と余裕じゃないか。だが、その余裕が命取りだ」
 
 再度、造花を振るい、今度は7体のゴーレムを作り出す。
 
 軽く前傾姿勢をとり、戦闘態勢を整える才人に耳に、……否、頭に直接声が響いた。
 
“人間の使い魔くん”
 
“……ん? その声はフレイムか?”
 
“その通り。見たところ多勢に無勢。ここは助太刀しようか?”
 
“いや、これくらいなら、余裕なんだけど……”
 
“まあ、そう言わずに。ぼく達だって召還されて以来、余りにも平和で暇を持て余しているんだ”
 
“そうか、……って、ぼく達!?”
 
“そう。この場に居るメイジ達が使い魔一同。これより君の手足となりて働こう”
 
「あーもう、しょうがないなぁ」
 
 才人は微笑を浮かべ、剣を大地に突き立てる。
 
「許す。存分にやれ!」
 
 突如巻き起こった豪炎が、一体のワルキューレを呑み込み一瞬で融解させた。
 
「な、何事だ!?」
 
 慌てるギーシュの視線の先、一匹のサラマンダーが居た。
 
 即座にその主を見抜いたギーシュは、
 
「ど、どういうことだいキュルケ!? 神聖な決闘に横ヤリを入れるなど、無粋の極みというものだぞ!」
 
 だが、問われたキュルケでさえ、困惑の表情を浮かべている。
 
「ちょっと、フレイム。どうしちゃったの!?」
 
 必死に使い魔を止めようとするが、フレイムは彼女の言うことを聞かない。
 
 更に震動を伴った轟音が響き、視線を向けた先では、一匹の風竜が、その巨体をもってゴーレムを一体潰していた。
 
 そのまま尻尾を振るい、更に一体のゴーレムを粉砕して嬉しそうにきゅるきゅると鳴く。
 
「ど、どういうことだい!? ……一体何が起こっているというんだ!?」
 
 混乱するギーシュの前では、他のメイジの使い魔達がギーシュのゴーレムに攻撃を仕掛けている。
 
 やがて全てのゴーレムが沈黙すると、使い魔達は、才人を将とみたてて隊列を組むようにギーシュと対峙した。
 
「まあ、簡単に言うとここにいる全ての使い魔は俺の味方ということなんだが、……どうする? まだやるか?」
 
「ふ、巫山戯るな!」
 
 激昂したギーシュが叫ぶ。
 
「こ、こんなのは決闘とは僕は認めない! 正々堂々と個人の力量で勝負したまえ!!」
 
「お前だって、ゴーレム使ったじゃないかよ」
 
「アレは僕の魔法で作り出した物だ!」
 
「……我が侭な奴だなあ」
 
 才人はやれやれと溜息を吐き出し、
 
「はいはい。じゃあ、仕切直しな。今度は使い魔達の手は借りない。それでいいんだな?」
 
「と、当然だ」
 
「じゃあ、早くゴーレム作れよ」
 
 言って、使い魔達に下がるように告げる。
 
「さあ、後悔したまえ!」
 
 7体のゴーレムが一斉に襲いくるのに対し、才人は僅かワンステップで、その波の中に自らの身を投じた。
 
 左足を引き、腰を屈め、腕を伸ばし、身体を旋回させる。
 
 それだけで7体のワルキューレが放つ波状攻撃の全てを回避してみせた。
 
 ガンダールヴの能力による身体能力向上と、幾多の戦闘経験から学んだ回避能力の併せ技。
 
 舞の如き優雅な動きに、周囲の観客達から感嘆の声が漏れる。
 
 だが才人の動きは止まらない。
 
 先程の動きが静だとすれば、今度の動きは一転して動。
 
 残像さえ残らない速さで剣を振るい、一瞬で全てのゴーレムを鉄塊に変えた。
 
 余りの出来事に、今度は観客からは声すら挙がらない。
 
 武人の放つ極技を目の当たりにして、呆然と立つギーシュ。
 
 才人はゆっくりとギーシュの前に歩み寄ると、高々と剣を掲げる。
 
 そこで漸く我が身に訪れるであろう破滅を知ったギーシュは、腰を抜かして慌てふためく。
 
「ひ、ひぃ!?」
 
 そして、そのまま剣が振り下ろされ、
 
「だ、駄目よ! 止めなさいサイト!!」
 
 聞こえてきたご主人様の声に従い、ギーシュの頭上、皮一枚の所で刃が停止した。
 
 才人は指運一つで剣を回し、地面に突き立てると、
 
「ご主人様の命令だから、この辺で止めとくか」
 
 言ってギーシュに右手を差し出す。
 
「ほれ、命のやりとりってのが、どれだけ怖いか分かっただろ?
 
 これからは、簡単に決闘とか口走んなよ」
 
「あ、……ああ。僕の負けだ。それは認める。
 
 だが、ひとつだけ教えて欲しい。君は何者なんだ? 他のメイジの使い魔を従え、あれほどの剣技を誇る武人なんて、聞いたこともない」
 
 才人はギーシュを立たせると、屈託のない笑みを浮かべ、
 
「だから、言ったろう? 俺はゼロのルイズの使い魔だぜ」
 
 そう言い残してその場を去っていく。
 
「あっ、そうそう、言い忘れてた。ギーシュ、後でちゃんとシエスタに謝っとけよ」
 
「……シエスタ?」
 
「お前が因縁吹っ掛けてたメイドだよ」
 
「ああ、分かった。約束しよう」
 
「おう」
 
 そして再度、才人は歩み始める。
 
「ちょ、ちょっとどこ行くのよ!?」
 
 問うてくるご主人様の声に対して、何時ものように気負わない声で、
 
「部屋の掃除だよ。悲しいかな使い魔の身なんでな。働かないと餌貰えねぇ」
 
 圧倒的な強さを誇る使い魔を、餌だけで従える落ちこぼれメイジ。
 
 そんな図を想像し、誰からともなく笑いが零れ出た。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 しかし、この話はこれで終わらない。
 
 ヴェストリの広場から少し離れた場所。
 
 トリスティン魔法学園長のオールド・オスマンの部屋。
 
 そこでは先程の争いの一部始終を二人の男が見ていた。
 
「先程の動き、まさしくガンダールヴ!」
 
 伝説の再来に、目を輝かせる中年の男。“炎蛇”の二つ名を持つコルベール教師。そしてもう一人は、この部屋の主にして魔法学院学院長、オールド・オスマン
 
「ううむ。それに先に見せた使い魔を操る術……、あれはもしや神の笛、ヴィンダールヴの力か」
 
「ええ、それだけでなく、彼にはまだ額にもルーンが刻まれていました」
 
「……それが事実なら、伝説のオンパレードじゃな」
 
 暫し考え、ようやくオスマンが口を開く。
 
「のう、ミスタ・コルベール。メイジの実力を知るには使い魔を見ろと言われておるが、彼の主人たるヴァリエール嬢は……」
 
「魔法実習の成績は、ほぼ壊滅的でして……」
 
「じゃが、学校で教えているのは、四系統の魔法だけじゃ。もし彼女が失われた系統に特化したメイジだった場合……」
 
 言葉を濁すオスマン。コルベールも無言のまま頷き、
 
「それならば、全ての謎が繋がります」
 
 偉大なる始祖ブリミルの再来。
 
「ならば、この事実は全て他言無用じゃ、ミスタ・コルベール」
 
「は? 王室に知らせないのですか?」
 
「ふん、王室のボンクラ共に知らせたところで、ロクなことに使うまいて。暇を持て余して戦争を仕掛けようとか言いかねん」
 
「ははあ。学院長の深謀には恐れいります」
 
 そう言ってコルベールは頭を下げた。
 
 
 
 
「使い魔さん!」
 
 ギーシェとの決闘を終え、才人がルイズの部屋の掃除に向かっていると、後ろから声が掛けられた。
 
 振り向く才人の視界に、メイド服の少女が駆け足で近づいてくるのが見える。
 
「……シエスタ?」
 
 シエスタは荒い息を吐きながら、才人の前までやってくると、深々と頭を下げ、
 
「あ、あの、ありがとうございます!」
 
「へ? 何が?」
 
 わけが分からず聞き返す才人に対し、シエスタは瞳を潤ませて、
 
「助けて下さったことがです! 私、感動しました! 私達魔法を使えない平民でも、貴族に勝つことが出来るんですね」
 
「いや、そりゃまあ、魔法使いって言っても同じ人間だし、魔法も万能ってわけじゃないだろ? そんなに怖がる必要なんてないし、貴族に勝ったからって感激するもんでも……」
 
 照れながら告げる才人に対し、シエスタは頬を僅かに朱に染めて、恥ずかしそうに俯きながらも上目使いで、
 
「あ、あの私、シエスタって言います。もし、良かったらお名前を教えて下さい」
 
「あ、ああ……、才人。平賀・才人っていうんだ」
 
「変わったお名前ですね」
 
「うん。よく言われる」
 
 言って屈託無く笑う才人につられるように、シエスタの笑みを浮かべる。
 
「じゃあ俺、部屋の掃除があるから」
 
「あ、はい。呼び止めちゃって済みませんでした」
 
「いいよ、そんなに急ぎじゃないしさ。……あ、そうだ、今度厨房の方に遊びに行ってもいいかな?」
 
 才人の提案に、シエスタは満面の笑みを浮かべ、
 
「は、はい! 是非いらして下さい!」
 
 手を振ってシエスタと別れ、部屋の掃除に向かう才人を柱の陰から一人の少女が見つめていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 それから数日後、才人が毎晩の日課となった、……正確に言うとアニエスに毎日必ずやれと言われた剣技の反復練習を裏庭で行っていると、彼の元を一人の少女が訪れた。
 
 小柄な少女の名はタバサ。
 
 彼女は才人の元へ赴くと、片膝を着いて頭を垂れ、
 
「あなたにお願いがあってきた。……どうか、頼みを聞いて欲しい」
 
 そう告げる彼女に、才人は慌てふためき、
 
「いや、ちょっと待ってくれ、その、取り敢えず頭を上げてくれ」
 
 と言って、タバサに頭を上げさせて人心地吐く。
 
 ……こんな展開は、前の時には無かったぞ。
 
 と思いつつ、タバサに話を進めるように促す。
 
「失礼だが、あなたについて調べさせてもらった」
 
「…………?」
 
 言われた才人は首を傾げる。調べてもらっても、自分の記録なんぞこの世界には無い筈だ。
 
「あなたの両手と額のルーン。それは、伝説の使い魔のもの」
 
「ああ、そういう事か」
 
 取り敢えずの納得をして、話を進める。
 
「どうか、その力を私に貸して欲しい」
 
 そして聞かされたのは彼女の生い立ち。
 
 父親を殺され、自らの身代わりに、毒を飲み心を壊した母のこと。
 
 それらの事実は、キュルケを通して才人は知っていたが、まさかタバサ自身から復讐の助力を請われるとは思ってもみなかった。
 
「……俺に復讐を手伝えって言いたいのか?」
 
「充分な報酬は用意する」
 
 ……復讐。その言葉で思い出すのは、二人の女性。
 
 一人は跪き、自分の復讐の為に幾万もの者達を殺したと懺悔した女王。
 
 一人は空虚な表情で、復讐の為に費やした自らの半世を語った騎士。
 
 復讐を果たして、二人に残ったものは、決して埋めることの出来ない心の空隙。
 
 だが、それを言ったところでタバサは復讐を止めないだろうし、どのみちジョゼフを放置しておくことは出来ない。
 
 才人はしっかりと頷くと、
 
「ただし、幾つか条件がある。……そいつを飲めるならって話だが、良いか?」
 
 タバサは無言で頷き、話を促す。
 
「一つ目、行動を起こすタイミングは俺が決める」
 
 未だ、ルイズが虚無に覚醒していない所で攻め入った所で、勝てる算段が無いからだ。勿論、それをタバサに言うわけにもいかなかったのだが、彼女は素直に了承してくれた。
 
「二つ目、行動を起こすのは、お前の母さんが治ってから」
 
 才人の言葉が理解出来なかったのか、タバサが小首を傾げる。
 
「ミョズニトニルンに関しても調べたんだよな?」
 
 無言のまま首肯を返すタバサに対し、才人は笑みを見せ、
 
「ミョズニトニルンの力なら、壊れた心を取り戻す薬を作ることも出来るんじゃないのか?」
 
 未だ発動していないので詳しい事は分からないが、もしミョズニトニルンの力がガンダールヴと同じようなものならば、才人が手にした魔道具は、その使用法だけでなく構造(成分)や弱点(解毒薬)等も知ることが出来る筈である。
 
 現に、シェフィールドと名乗ったミョズニトニルンは解除薬をタバサに言うことを聞かせる為のエサとして利用してきた。
 
「その力を使えば、お前の母さんを治せるんじゃないのか?」
 
「お母様が、……治る?」
 
 ……母が再び自分を見て、本当の名を呼んでくれる。
 
 それは、タバサが復讐などよりも真に願った想い。
 
 もし、それが実現出来るのならば……。
 
 タバサの瞳から、一粒の滴がこぼれ落ちる。
 
 才人は素早くタバサに歩み寄り、少女の頭を抱き寄せて、その小さな頭を胸に押し付けさせ、
 
「まだ泣くな。泣くのはお前の母さんが、お前の名前を呼んでくれてからだ」
 
 それに彼女の妹の事もある。
 
 ジョゼフの凶行は絶対に止めなければならないが、彼を殺してしまうとタバサの妹であるジョゼットが次の虚無の担い手として覚醒してしまう。
 
 恐らく現時点で彼女の存在はロマリアにバレているだろうが。
 
 ……多分、ジョゼフが死ぬまでは手出しはしてこない筈だ。
 
 出来ればそれまでにタバサの母親の病気を治し、ジョゼットを確保しておきたい。
 
 タバサは才人の胸に顔を埋めて無言のまま頷き、目尻に溜まった涙を拭うと再び彼に対して深々と頭を垂れる。
 
「だから頭上げろって」
 
 言われ、素直に頭を上げた。
 
「そして、最後の条件だ」
 
 いいか? と前置きし、
 
「ジョゼフ達を倒した後は、お前がガリアを統治しろ」
 
 それは、彼女が望まぬ事かもしれない。
 
 だが、ロマリアに抵抗する為には、どうしてもガリアの協力は必要となってくる。
 
 その為にも、彼女には女王となってもらわねばならない。
 
 ……親友であるタバサを利用しているようで、才人としてもこの条件は余り付けたくは無かったが、彼の頭ではどれだけ必死に考えても、これ以上の作戦は思いつかなかった。
 
 そんな才人の苦悩をどう思ったのかは分からないが、タバサは僅かに躊躇いつつも、やがて覚悟を決めたのか、しっかりと頷きかえしてくれた。
 
 やがて、その小さな口を開き、
 
「……何かお礼をさせてほしい」
 
「いや、お礼って言われても、まだ何もしてないしな……」
 
「……前払い分」
 
 才人は困惑の表情で、
 
「……そんな事言われても……、って、そうだ!」
 
 何かを閃いたのか、手を打ち合わせ、
 
「今度、シルフィード貸してくれ。剣を買いに街まで行きたいんだ」
 
「分かった。……それで何時?」
 
「何時になるかは、ちょっと未定かな? 取り敢えずは、ルイズを説得して剣買って貰うえるようにしないといけないし……」
 
 タバサは納得したと頷き、
 
「なら、その剣は、私から贈らせてほしい」
 
「へ? ……お前が買ってくれんの?」
 
 タバサは小さく頷き肯定を示す。
 
「そっか、じゃあ、悪いけど頼むわ」
 
 首肯で了承を伝え、
 
「明日の朝、ルイズの部屋に迎えに行く」
 
 こうして、才人の翌日の予定は決定した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ちなみに、その頃のルイズ。
 
「ツェルプストー!! 誰の使い魔に手を出してんのよ!」
 
 渾身の力を込めて、キュルケの部屋の扉を蹴り開ける。
 
 と、ルイズの視界に入ったのは、才人とは違う男と抱き合うキュルケの姿。
 
「……アレ? サイトは来てないの?」
 
 部屋を見渡し、自分の使い魔の姿がないのを確認すると、興味を無くしたのか、ドアを締めて部屋を出ていこうとする。
 
「お待ちなさい、ヴァリエール! ……あなた、淑女が睦み合っている時に侵入してきて、謝罪もなしに出ていくつもり?」
 
 相手の男から唇を離し、挑発するキュルケに対し、ルイズはそっぽ向き、
 
「あー、はいはい。悪かったわね。好きなだけ盛ってなさいよ」
 
 軽く手を振って、部屋を後にしようとした。
 
 だが、対するキュルケはルイズをそのまま逃がす筈もなく、
 
「フン、それよりもさっき面白いこと言ってたわよね? もしかして使い魔に逃げられたの? あなた」
 
「そんな事、あるわけ無いでしょうが!」
 
 恐るべき速さと剣幕で反応するルイズ。対するキュルケもその反応には呆気にとられたが、すぐに持ち直すと挑発的な笑みを見せ、
 
「あら、そう。じゃあ彼、私が頂いちゃってもかまわないわよね?」
 
 その言葉に、ルイズは面白い程に動揺しながらも、自分では取り繕っているつもりで、
 
「は、はん。平民相手にいいい色目を使おうっていうの? げげゲルマニアの淑女っていうのも、ててて程度が知れたものね」
 
「あら、でも彼、ただの平民でなくってよ。あの剣技、メイジの使い魔を使役する力。
 
 凡百な貴族の相手をするよりは、よっぽど面白いわ」
 
 それを聞いては、流石に黙っていられなくなったのか、キュルケと抱き合っていた男が、口を挟むが、
 
「お、おい、キュルケ、それはどういう……」
 
「あら、居たの? 少し黙っていてくださる?」
 
 キュルケが胸の間から取り出した派手な装飾の杖を一振りすると、大蛇の如き炎が生まれ、男を窓から突き落とした。
 
「平民に興味は無いんでしょう? なら口を挟まないで下さる? ミス・ヴァリエール」
 
「あんなのでも、一応私の使い魔ですの。勝手に手出しないで下さるかしら? ミス・ツェルプストー」
 
 魔法も使っていないのに、二人の間で見えない火花が飛び散った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 翌朝、才人が部屋の掃除を終わらせ、部屋でくつろいでいるとドアをノックする音が聞こえ、こちらが反応する前にキュルケが乗り込んできた。
 
「ダーリン♪ 私と愛を育みましょう」
 
 ……完膚無きまでに飛躍した挨拶をかますキュルケに、才人達が呆れ返っていると、まず最初に我に返ったルイズが反応した。
 
 彼女は読んでいた本を閉じると、ドアまで歩み寄り、
 
「あらキュルケ、今日も随分と幸せそうな頭をしているのね。
 
 でもね、残念。この使い魔には、これから用事があるの。悪いけど、出直してくれる!?」
 
 致死量の棘を含ませた言葉で威嚇するルイズに対し、キュルケは余裕の笑みを浮かべると、
 
「へー、用事ねぇ。ねえダーリン、そんなものより私と好い事し・な・い?」
 
 ウインクと投げキスのオマケ付きで誘ってくる。更に傍らに立つルイズからは行ったら殺すと視線で告げられている。
 
 才人は背中に嫌な感じの冷や汗をかきながら、
 
「い、いや、悪いなキュルケ。今日は先約があって……」
 
 その答えに、キュルケは不満そうに、ルイズは満足そうな表情を作る。
 
 そこへ開き放しのドアを杖でノックしてタバサがやってきた。
 
「あら? タバサ。どうしたの? こんな部屋まで」
 
「……こんな部屋で悪かったわね!?」
 
 というか、ルイズの部屋どころか、タバサが自分の部屋と食堂そして図書室以外を訪れることの方が珍しい。
 
 そのタバサは、控え目に頷くと、
 
「迎えに来た」
 
「……? 私、貴女と何か約束してたかしら?」
 
 タバサは首を振って否定を示すと、尻に付いた寝床の藁を払っている才人を指し、
 
「街まで出かける約束をしている」
 
 その台詞に、ルイズとキュルケの二人は、錆びついたような擬音を発しながらゆっくりと振り向く。
 
「んじゃ行くか」
 
「ちょ、ちょっと! 何処行くのよ!?」
 
 慌ててルイズが才人を問い質す。
 
「何処って? ……街まで」
 
「……何しに?」
 
 今度はキュルケだ。
 
「タバサが剣買ってくれるって言うもんで」
 
 ……僅かな間。
 
 直後、少女達は動き出した。
 
 キュルケは慌てて自分の部屋に駆け込み、ルイズはクローゼットを開けて、そこから金貨の入った布袋を取り出す。
 
「わ、わたしも行くわ! こ、この馬鹿使い魔が、何ねだったか知らないけど、主人である私が買い与えるべきだと思うの!」
 
「な、なら、私も同席させて貰うわ! 良いでしょう? タバサ」
 
「あんたは来んな!」
 
「あなたに聞いてないわルイズ。どうせ、街までシルフィードで行くんでしょ? なら決定権があるのはタバサよ」
 
 二人がいがみ合っている内に、タバサが才人の手を引いて部屋を出ていく。
 
「あっ!? こら、ちょっと待ちなさい!!」
 
 二人は声を揃えて、タバサの後を追った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 シルフィードの背中の上でルイズとキュルケが互いにいがみ合いながらも、なんとか無事に武器屋へ辿り着いた四人が店内に入る。
 
 彼女達に気付いた店主は、揉み手をしながら、
 
「旦那。貴族の旦那。家は真っ当な商売をしてまさあ。
 
 お上に目をつけられるような真似はこれっぽっちもしてませんぜ」
 
 そう言い寄ってくる親父に対し、ルイズは一言、
 
「客よ」
 
「こりゃおったまげた! 貴族が剣を!? こりゃおったまげた!」
 
「使うのは私じゃないわ。使い魔よ」
 
 言って、才人を指差す。
 
 親父は才人の顔を一瞥すると、顔をニヤケさせて店の奥に引っ込んでいく。
 
「私は、剣のこととかサッパリ分からないから、アンタが選んでちょうだい」
 
 ルイズは親父が消えた店の奥に通じる扉に視線を向けながら、才人に告げる。
 
 才人はルイズに気のない返事を返しながらも、店内のあちこちに落ち着き無さげに視線を走らせ何かを探していた。
 
 暫くして、店奥の倉庫から親父が一振りのレイピアを持って到着し、
 
「そういや、昨今は土くれのフーケとかいう盗賊が城下を荒らし回っておりやしてね。
 
 その盗賊対策に、貴族の方々は下僕に剣を持たせているんでさあ」
 
 手にした剣を掲げ、
 
「その中で一番人気なのが、このレイピアです」
 
 見せられた剣に、ルイズは不満気に眉を顰める。
 
 確か、才人がギーシュを倒した時には、もっと大きな剣を軽々と振っていた。
 
「もっと太くて大きい剣がいいわ」
 
「へえ、しかし剣と人には相性というのがありやして、失礼ながらお連れさんにはこの辺が相場かと……」
 
「なら、アナタに人を見る目が無いだけね」
 
 横から口を挟んだのはキュルケだ。
 
 彼女は余裕の笑みを浮かべると、
 
「ダーリンの腕は、そんな針金みたいな剣じゃ満足しないわ」
 
 そうまで言われて、主人はルイズ達に聞こえないように、愚痴を零しながらも奥から違う剣を取ってくる。
 
 次に持ってきた剣は1.5メイルはあろうかという宝石を散りばめた大剣だった。
 
 それを満足気に見るルイズとキュルケ。
 
「ねえ才人、この剣なんか良いんじゃない?」
 
 言われ、それまでルイズ達と親父のやりとりを上の空で聞きながら、店内を忙しなく眺めていた才人が、視線をカウンターの上の剣に移す。
 
 だが才人は、その剣を一瞥しただけで、
 
「駄目だ。そりゃ、ただの装飾剣で実戦じゃ役に立たねえよ」
 
「そうなの?」
 
 と、訝しげに大剣に視線を移すルイズとキュルケ。
 
 それを聞いた親父は、才人に対する認識を改め、目の色を変える。
 
 すると、横から低い男の声が聞こえてきた。
 
「おう坊主。若いわりには、なかなか見る目があるじゃねえか!
 
 そこの貴族の娘っ子共は全然駄目だがよう!」
 
 ルイズ達が慌てて声のした方に視線を向けるが、そこには誰も居ない。
 
 店主が頭を抱えているだけだ。
 
 才人は声のした方へ歩み寄ると、積み上げてある剣の中から、一本の長剣を取り出す。
 
 刀身に錆が浮き、所々刃こぼれのある片刃の長剣。
 
「……剣が喋ってるの?」
 
「もしかして、インテリジェンス・ソード?」
 
 物珍しそうな声を挙げるルイズ達を無視して、才人は手にした長剣、デルフリンガーと銘の刻まれた剣に声を掛ける。
 
「よう。お前、俺の相棒になる気はあるか?」
 
「あん? なに言ってやがる!? お前ぇみてえなひよっこが……」
 
 文句を言おうとしていたデルフリンガーの声が止まる。そして数拍の時をおいて、
 
「……おでれーた! おめ、使い手か!」
 
「ああ、六千年振りのお前の相棒だよ」
 
「ははは、なら考えるまでもねえ! これからよろしくな相棒!」
 
 心底嬉しそうなデルフリンガーを持って才人は振り返り、
 
「つーわけでルイズ。この剣買ってくれ」
 
 そう言ってデルフリンガーを差し出す才人。
 
 だが、ルイズは錆の浮いた長剣を見つめると、眉を顰めた胡散臭そうな表情で、
 
「そんなボロい剣じゃなくて、もっと良い剣にしなさいよ」
 
 どうやら、先程馬鹿にされた事を根に持っているらしい。
 
 だが、才人は一歩も引かず、
 
「これが良いんだよ」
 
 ルイズとしても、自分の使い魔として恥ずかしくない剣を、……そしてこれが本音だが、才人にはもっと良い剣を振ってほしいのだ。
 
 だが、素直でないルイズは意固地になり、一向に頷こうとしない。
 
 前回は金銭的な都合もあって、デルフで落ち着いたが、今回は才人も怪我をしていない為、治療費に使わなかった分財布には余裕がある。
 
 どうしたもんかと才人が悩んでいると、それまで黙っていたタバサが横から才人の袖を引いた。
 
「コレでいいの?」
 
「え? ああ」
 
 タバサは才人からデルフリンガーを奪い、カウンターの上に置く。
 
「コレを」
 
「へ、へい。こいつなら、金貨100で結構でさあ」
 
 タバサがカウンターに金貨入りの袋を置く。
 
 店主は中身を確認すると、商売用の笑顔で、
 
「へい、毎度ありがとうございやす」
 
 とタバサに頭を垂れた。
 
 才人が長剣を背負い、タバサに礼を言っている横では、ルイズが不満気な表情で、才人を睨みつけている。
 
 そんな才人に横から一本のミドルソードを持ったキュルケがしなだれかかり、
 
「ねえダーリン。この剣も一緒にどう? 私からもプレゼントしちゃう」
 
 と言って、才人に剣を手渡した。
 
 キュルケの持ってきた剣を見て、店主が渋い顔をする。
 
 才人が剣を手に取ると、ガンダールヴのルーンが剣の情報を使い手に伝える。
 
 ……剣の名はディフェンダー。盾としても振るえるようにと開発された剣。その用途上、独特で難易度の高い剣技を必要とするが、極めれば近接戦においては敵無しの剣。
 
 そのことをキュルケに説明してやる。
 
「そこまで分かってんなら、話しは早え。止めときな坊主。あのデル公の野郎が認めるってんなら、結構な腕なんだろうが、その剣は無理だ。
 
 いや、お前だけじゃねぇ。今のハルケギニア中を探したって、その剣の使い手なんざ片手で足りる位しかいやしねぇ」
 
 店の親父が忠告するが、キュルケは無視。
 
 否、むしろ希少性が高いとなると、余計に燃える。
 
「ダーリンなら、使いこなせるわ」
 
 そう言って、店主と交渉を開始、結局、金貨500枚で買い取り、才人にプレゼントした。
 
 ……さて、そうなると納得しないのがルイズである。
 
 もう一振り自分が剣を買い与えた所で、才人の腕は二本しかない。
 
 いっそ、口にでもくわえさせて三刀流でも開眼させるか。と、やや危ない思考に走りかけていると、才人が声を掛けてきた。
 
「なあルイズ」
 
「……何よ」
 
 ……うわぁ、機嫌悪ぃ。
 
 一言のやりとりで主人の機嫌を見抜いた使い魔は、愛想笑いを浮かべ、
 
「よ、良かったら、ナイフ買ってくれないか?」
 
「……な・い・ふ〜ぅ」
 
 下から抉り込むような目つきで才人を睨む。
 
 ルイズの心境としては、赤の他人からは剣を貰っておいて、主人である自分からはナイフみたいなショボイ武器しか受け取らないのか? と。
 
 武器的なランキングとしては、どうみても長剣>中剣>ナイフではないか。
 
 値段的には、ディフェンダー>デルフリンガー>ナイフではないか。
 
 どちらにしても、自分は一番最後か? この使い魔にとって、自分はその程度の価値しかないのか?
 
 そんな感情が我知らず沸いてくる。
 
 だが才人は、
 
「ほら、寮の中とか洗濯中とかに剣持ち歩くわけにはいかないじゃないか」
 
 つまり、ナイフなら何時も持ち歩ける、と。
 
 才人としては、それがナイフであろうとも武器を手にしてさえいれば、相手が学生やチンピラ程度なら身体能力の向上だけで敵を撃退する自信がある。……もっとも、相手がワルドレベルなら流石にデルフリンガーの力が必要だが。
 
 それは兎も角、その言葉はルイズ的に、「お前が贈ってくれるものなら肌身離さず持ち歩くさ」と受け取った。
 
「し、仕方ないわね! 特別に買い与えてやるわ!」
 
 そう言ってルイズは才人と一緒にナイフの展示してある棚を覗き込む。
 
「あ、これ綺麗」
 
 ルイズが取り出したのは、刀身に独特の紋様が浮かぶ刃渡り20cmほどの両刃ナイフ。
 
 才人はナイフを受け取ると、素早く情報を読みとり、
 
「ダマスカスダガーだな」
 
「だますかす?」
 
「へい。多層鋼のことでさあ。独特の紋様が綺麗なだけでなく、硬度的にも普通のナイフよりかは頑丈です」
 
「へー、じゃあコレにしましょう」
 
 御機嫌で才人にダガーを買い与えるルイズ。
 
 そして買い物を終え、店を出ようとした一向と入れ替わりに、ゴツイ体格の男を連れた肥え太った貴族が入店してきた。
 
 貴族は才人達を一瞥すると、
 
「ははは、お嬢ちゃん達も盗賊対策に武器の買い付けかね? だが、そんなひ弱そうな小僧にどんな武器を与えても無駄というものだ」
 
 貴族の台詞に、ルイズとキュルケの顔に険が走る。
 
 その事に気付かず、貴族は店主に向け、
 
「おい、店主。この店で一番良い剣を出せ」
 
「へ、へい。これでさあ」
 
 そう言って店主はカウンターに置きっぱなっしだった大剣を見せる。
 
「ほう、これなら私の従者が振るうに相応しいな。よかろう幾らだ?」
 
「へい、エキュー金貨で3000、新金貨でなら4500でさあ」
 
「ははは買ったぞ主人」
 
 貴族は懐から小切手を取り出すと、サラサラと筆を走らせカウンターに叩きつけた。
 
「ねえ、あの剣ってサイトが装飾剣とか言ってなかった?」
 
「どうみても成金貴族だもの。見る目が無いんでしょ」
 
「外見だけで中身無し。あの剣と同じ」
 
「……上手いこと言うわね、タバサ」
 
 意気投合し、貴族を貶し始める三人娘。
 
 ルイズ達に馬鹿にされた貴族の男は、額に血管を浮かべながら、
 
「ふ、ふん、どうせこの剣を買おうと思っても手が出なかった貧乏貴族の娘どもであろうが。悔し紛れにしては、口が過ぎるのではないかね?」
 
「ふふふ、あら、試し切りで折れたりしたら、いい笑い者ですわよ、オ・ジ・さ・ま」
 
 とキュルケが挑発すれば、
 
「駄目よミス・ツェルプストー。そんなことを言ったら彼、怖くて試し切りさえ出来なくなっちゃうわ」
 
 とルイズも煽る。
 
 ……なんでお前ら、何時もは仲悪いのに、こんな時だけは異常なまでに息が合うんだ?
 
 と才人が呆れ果てる前で、貴族の男が手にした杖で才人を指し、
 
「よかろう、ならその小僧で、試してやる! おい!」
 
 背後に立つガタイのいい男に声を掛ける。
 
「だ、旦那! 店の中での刃傷沙汰は勘弁してくだせえ!」
 
「ふん、かまわんかね? お嬢さん方。ギャラリーが多いと、その分君達が多くの恥をかくことになるが?」
 
「いいわよ別に」
 
 とルイズ。
 
「そうね、どちらにしても恥をかくのはそちらなんだし」
 
 とはキュルケだ。
 
「自業自爆」
 
 抉り込むようにトドメを刺すのはタバサ。
 
「……たまに口開くと、さらっとエグイ事言うよな、お前」
 
 半眼で傍らの小柄な少女を見る才人。
 
 こうして、本人の意見無視のまま才人の戦いがここに決定した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 対峙する二人の男。
 
 その二人を取り巻く空気に、周囲のギャラリー達は僅かに息を飲む。
 
 ……が、実際昂揚しているのは巨漢の男とその雇い主だけであり、相対する少年とその連れの少女達は気楽な感じで応じている。
 
「……まあ、新しい剣の試しには良いけどさ」
 
 うんざり気な溜息を吐きながら、才人が左腰に差したディフェンダーを引き抜く。
 
 刀身の長さは50cmほどの反りの無い片刃の直剣。
 
 才人はディフェンダーを左手一本で持つと、切っ先を相手に向けるように腕を伸ばし、身体を半身に開いて膝に余裕をもたせる構えをとる。
 
「ふっ、なんだそのへっぴり腰は!? かまわん、やってしまえ!」
 
 雇い主の一喝に従い、大男が手にした大剣を才人に向けて切り下ろす。
 
 対する才人は迫り来る大剣に併せるように剣を振るい、流れるような動きで身体の位置を変え、最小限の力で大剣の軌道を逸らす。
 
 後に残るのは、鋼製の弦楽器を鳴らしたような甲高い音と、虚しく空を切った二振りの刃。
 
 だが、巨漢は諦めず、今度は切り上げるように才人に剣を振るう。
 
 ……が、結果は同じだ。
 
 三合、四合と切り結ぶが、大男の一撃が才人の身体に届くことは無い。
 
「……凄ぇ。あの坊主、ディフェンダーを使いこなしてやがる」
 
 店主の呟き声に反応したのは、傍らにいたキュルケだ。
 
 彼女は得意満面の笑みで、
 
「言ったでしょ? ダーリンなら使いこなせるって。それに私がプレゼントした剣なのよ?」
 
 その言葉にルイズは僅かに反応を示す。
 
 見た目は平静を取り繕いながらも、内心では、
 
 ……そうよ。あの使い魔、いつまでキュルケの贈った剣を使ってんの!? ご主人様自ら買い与えてやったナイフはどうしたの? 折角主人である私が応援しているのに。普通はそれに応えて、わたしの贈ったナイフで戦うのが、使い魔としての使命ではないの?
 
 そんな事を考えていると、才人が相手との距離をとり、ディフェンダーを鞘に納めた。
 
「うし、準備運動終わり」
 
 才人の言葉に周囲の観客達がどよめく。
 
 あれほど見事な剣舞を披露しておいて、準備運動というのだ。
 
「聞きました? ミス・ツェルプストー。貴女の贈られた剣は所詮、準備運動にしかならないようですのよ?」
 
 微妙に勝ち誇った表情で告げるルイズに対し、キュルケは余裕の笑みを浮かべて、
 
「それはそうでしょう、ミス・ヴェリエール。真に彼に相応しい剣など、伝説で登場するような魔法の剣くらいですわ」
 
 言って、才人を指差し、
 
「あら? どうやら彼、背中の剣をお使いになられるようですわね? ……貴女の贈られた見窄らしいナイフはどうしたのかしら?」
 
 キュルケの指摘通り、才人がデルフリンガーの柄に手を掛けていた。
 
「こ、この馬鹿使い魔! あああんた、その剣で終わらせるつもりじゃないでしょうね!? ごごご主人様から贈られたナイフも使わずに!!」
 
 横から飛んできたルイズの抗議に対し、才人はゲンナリとした顔で、
 
「……無茶苦茶言うなよな」
 
 その言葉に、周囲の観客を含め、相手の男までもウンウンと頷く。
 
 掌サイズのナイフで、タバサの背丈よりも大きな大剣を相手にしろなど、
 
「大剣使って、ダガー相手に負けちまったら、あのオッチャン二度と立ち直れねーだろうが」
 
「…………」
 
 才人の言葉に場が静まり返る。
 
 唯一キュルケだけが笑っている中、ルイズも立ち直り、
 
「そ、そういう理由ならしょうがないわね。特別にその剣の使用を許してあげるわ」
 
「へいへい、そいつはどうも」
 
 気を取り直し、
 
「さて、……出番だぜ相棒」
 
 観客達が息を飲む。
 
 あれほどの達人が使う剣。一体どれほどの代物なのか。
 
 ゆっくりと鞘から引き抜かれた刀身は観客達の期待から外れた錆て刃こぼれた見窄らしい剣。
 
 どこからか失望の溜息と失笑が零れる。
 
「ははは、やはり所詮は貧乏貴族。長剣までは予算が回らなかったと見える」
 
 相手の主である貴族が、ここぞとばかりにデルフリンガーを小馬鹿にする。
 
「だ、だからもっと良い剣を買えっていったのに、あの馬鹿使い魔は!」
 
 ルイズが歯噛みする横、タバサは才人に視線を向けたまま、
 
「……デルフリンガー」
 
「ええ、確かあの剣の名前だったわよね?」
 
「始祖ブリミルが使役した使い魔の一人が用いた伝説の剣の名前」
 
「……偶然、でしょ?」
 
 僅かに息を飲み、問いかけるルイズに対し、タバサは才人を指差す。
 
「おい、笑われてるぜデルフ。いい加減に目を覚ましたらどうだ?」
 
「ボケてんのか? 相棒。おめえ俺が寝言喋ってるように見えるのか?」
 
 才人はヤレヤレと溜息を吐き出し、
 
「このままでも勝てるけど、勝ってもご主人様が納得してくれそうにないからな、ちょっと強制的に目、覚ましてもらうぞ」
 
「……だから、おめえ何言って」
 
 才人の額のルーンが輝く。
 
 ミョズニトニルンの能力は、あらゆるマジックアイテムを扱うこと。
 
 そしてインテリジェンス・ソードは間違いなくマジックアイテムに分類される。
 
 ミョズニトニルンの力が、デルフリンガーの錆び付いた記憶を洗い流していく。
 
「……おお!? 思い出した!!」
 
「ああ、そうかい」
 
「いや、懐かしいねえガンダールヴ。しかも何でか今度の相棒は、ヴィンダールヴにミョズニトニルンでもあるときてやがる! ……一体何者だおめえ?」
 
「それに関しちゃ、こっちが聞きてぇよ。
 
 そんなことよりも、ガンダールヴの左手らしくそれに相応しい姿に戻れって」
 
「おうよ!」
 
 デルフリンガーから発せられた眩い閃光が路地を照らす。
 
 光に目を焼いた皆の視界が戻ったそこには、白銀の刀身に触れれば切れんばかりの研ぎ澄まされた刃の剣を持つ才人の姿があった。
 
「……え? 何?」
 
 観客を代表してルイズが疑問を発する。
 
 だが、その問いには誰も答えられない。
 
 才人が高速の一歩を踏み込み、男の間合いに侵入する。
 
「う、うおおおぉぉぉ!」
 
 巨漢が雄叫びを上げて大上段から大剣を振り下ろす。
 
「遅ぇ……」
 
 直後、視認すら不可能な速さでデルフリンガーが振り抜かれ、男が剣を振り下ろすよりも速く大剣を断ち切った。
 
 才人は巨漢の喉元に切っ先を突きつけ、
 
「まだやるか?」
 
「い、いや、俺の完敗だ」
 
 小さく両手を上げて男が降服すると、周囲から大歓声が巻き起こった。
 
 見ればいつの間にか路地が観客で埋め尽くされ、屋根の上や塀の上からも人が覗いている。
 
 才人は照れ笑いを浮かべると、デルフリンガーを鞘に納めてルイズ達の元へ行こうと踵を返す。
 
「待て! 平民の分際で、よくも貴族に恥をかかせてくれたな。……貴様、ただで済むと思うなよ!」
 
 手にした杖を才人に突きつけ、貴族の男が告げた直後、小さな靴裏が男の顔面にめり込む。
 
「人の使い魔にちょっかいだして、あんたの方こそ、ただで済むと思ってるんじゃないでしょうね?」
 
 ルイズが貴族を見下ろし告げる。
 
「き、貴族の顔を足蹴にするとは、貴様!!」
 
 男が杖を振るい、魔法を唱えるより速く、白刃が閃き杖を両断した。
 
 ルイズを庇うように、立ちふさがった才人は、
 
「おいオッサン、俺のご主人様にちょっかいだして、ただで済むと思ってんじゃないだろうな?」
 
 才人から発せられる空気。幾多の戦いを経験し、生き抜いた者だけが放つことの出来る本物の威圧感に腰を抜かす貴族。
 
 ルイズはその男を見下ろすと、
 
「文句があるなら、ラ・ヴァリエール公爵家まで言ってきなさい!」
 
 その名を聞いて、男は目を見開くと平伏し、
 
「こ、公爵家の子女様とは知らず、とんだご無礼を……」
 
「いいわ、消えなさい」
 
 ルイズの言葉に従い、男があたふたと逃げ帰っていく。
 
 才人は視線を逃げ帰っていく男に向けたまま、
 
「……なあ、ルイズ。……怪我無いか?」
 
「え、ええ」
 
「そっか」
 
 笑みを浮かべて剣を鞘に戻し、
 
「帰ろうぜ、用事も済んだこったし」
 
 そう言って振り返ったところで、歓声を挙げる人の波に呑み込まれた。
 
 彼らはそのまま近場の酒場である、魅惑の妖精亭に拉致され、
 
「いや、凄えぜ兄ちゃん! あの大男に勝っちまった挙げ句、貴族相手に一歩も引いてねえ!」
 
「かっこよかったぜ坊主! まあ飲んでくれ、こいつぁ俺の奢りだ!」
 
「え? 奢り? じゃあ貰う」
 
 なみなみとワインの注がれたグラスを手渡され、才人は笑みを浮かべてそれを一気に飲み干す。
 
「あの貴族の娘さんの啖呵も格好良かったね! 惚れちまったよ俺!」
 
「バーカ、おめえなんかじゃ見向きもしてもらえねえよ!」
 
「ちげえねえ」
 
 互いに笑い合う男達の声に、ルイズは居心地が悪そうに照れながら、
 
「いや、わたしは……、って何こっち見てんのよ! 馬鹿使い魔!」
 
 そんならんちき騒ぎの一角では、身の程知らずにもキュルケに声を掛けるメイジの姿があったが、
 
「お嬢さん、もしよろしければ今宵私と共に過ごしていただけませんか?」
 
「そうね、……ダーリンに勝てたら、考えてあげてもいいわ」
 
 言って、才人を指差す。
 
 先程の戦いを見ていて、自分の詠唱より早く斬りかかられると判断したメイジの青年は頭を抱えつつ、
 
「絶対勝てねぇー!!」
 
 と絶叫した。
 
 その隣のテーブル。テーブルの上に転がっているのは、小さなサイコロとそれを攪拌する為の入れ物。
 
 席に座った男が両手で頭を抱え、身体を仰け反らせながら絶叫する。
 
「のおぅ!!」
 
 対するタバサは無表情のままでピースサインし、 
 
「……また勝った」
 
 テーブル上の硬貨を根刮ぎ手元に引き寄せる。
 
「……つ、つえぇ」
 
「何だ!? このちっこい嬢ちゃんの異常な博打強さは!?」
 
 ……結局、その日ぐでんぐでんに酔った才人達が魔法学院に戻ったのは、翌日の明け方だった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 街から帰った翌日、二日酔いの三人娘達はそのまま学校を休んだ。
 
 そして、その日の晩。才人は何時もの日課である素振りをこなす為に中庭を訪れていた。
 
 手頃な木に剣を立て掛けて、準備体操の後で自作の木剣を手に素振りを開始する。
 
「なあ相棒、聞きたいことがあるんだけどいいかい?」
 
 木剣を振る手を止めて、才人はデルフリンガーの方へ振り向く。
 
「何だよ?」
 
「何で剣の練習なんかやってんだ? おめえにはガンダールヴの力があるじゃねえか? 修行なんぞしなくても、充分につえーだろ?」
 
「だってな、ガンダールヴの力って言っても、基本的に武器の振り方と身体能力が上がるってだけで、色んな剣技とか、太刀筋に強弱付けたり、フェイント織り交ぜたりするのは、使い手の経験だろ。
 
 ガンダールヴにおんぶに抱っこじゃ、何時か勝てない相手に出会った時に困るだろ?」
 
「かー、勤勉な奴だね今度のガンダールヴは!?」
 
 囃し立てるデルフに対して、才人は頭を掻きながら、
 
「師匠の受け売りだよ」
 
「へー、ねえダーリンの師匠ってどんな人?」
 
「って、うわっ!? キュルケ、……何時の間に?」
 
 と才人にしなだれかかりながら、キュルケが問いかける。月明かりの下、キュルケの後ろにはタバサの姿もあった。
 
「ねえ、それよりダーリンの師匠ってどんな人? 渋いオジ様?」
 
「いや、女の剣士」
 
 その言葉にキュルケは意外そうな表情で、
 
「珍しいわね、女の剣士なんて。ねえ、美人だった?」
 
「美人なことは美人だけど……」
 
 言葉を濁し、
 
「ありゃ、絶対サドだな」
 
「……そうなの?」
 
「うん。初めて剣を教えて貰った時には、犬扱いで一撃入れるまで名前呼んで貰えなかった」
 
「けけけ、スパルタだねえ」
 
「ああ、そんでその人に毎日の訓練は絶対に欠かすなって言われてる」
 
 言って、再び木剣を手にとって素振りを開始する。
 
 ただ単純に剣を振るだけでなく、緩急を付け相手の虚を突くように剣を薙ぎ、足を動かす。
 
 やがて才人の訓練が終わる頃、二つの人影が彼らの元へやって来た。
 
 一人は才人の主人であるルイズ。もう一人はお盆を持ったメイド、シエスタ。
 
 ルイズは才人の傍にキュルケの存在を確認すると、早足で駆け寄り、
 
「ひ、人の使い魔になに懲りずにちょっかい出してるのよ! キュルケ!!」
 
「人聞きが悪いわねルイズ。今回は純粋にダーリンの練習を見学してただけよ」
 
「……練習?」
 
 見れば、本当に剣の練習をしていたらしく、木剣片手の才人が息を整えながら、シエスタに渡された手拭いで汗を拭いている。
 
「アンタってば毎晩姿消すと思ってたら、こんな所で剣の練習してたの?」
 
「……言ってなかったか?」
 
 聞いてない。実のところルイズは、才人が毎晩キュルケあたりと逢い引きしてるのではないかと邪推し、犯行現場を押さえる為に探し回っていたのだ。
 
 そこで、才人に夜食を届ける途中のシエスタと出会い、ここに案内してもらった次第である。
 
「……まあ、いいわ。
 
 それよりも、やっぱりアンタみたいに強い人でも毎日練習しないといけないの?」
 
 ルイズの問いに、才人は苦笑を浮かべ、
 
「師匠の命令でな、もう日課になってる」
 
「……そう」
 
 そう頷くと、ルイズは杖を取り出し、手頃な石に向け呪文を唱え始める。
 
「……何してるの? ルイズ」
 
「魔法の練習よ」
 
 達人の才人が毎日繰り返して練習しているのを知って、落ちこぼれの自分は、人の何倍も練習する必要を感じたルイズは、その場で魔法の練習を始めた。
 
 ファイヤーボールの呪文を唱え、杖を振る。
 
 が、本来、杖の先から出るはずの火球は出ず、代わりに離れた場所にある宝物庫の壁が爆発した。
 
 魔法の失敗にルイズは歯噛みし、すぐさま飛んでくるであろうキュルケのヤジに備える。
 
 だが、何時までたってもヤジは飛んでこない。否、それどころかキュルケは心ここにあらずな表情で、爆発により亀裂の入った壁を凝視している。
 
 キュルケの頭を駆け巡るのは、数日前の授業中に才人が告げた言葉だ。
 
『さっき使ったのって、土の魔法でしたよね? 土の魔法が失敗したら、爆発するもんなんですか?
 
 自慢じゃないですが、ウチのご主人様は魔法を使えば水だろうと風だろうと尽く爆発します。今後の俺の安全の為にも、そこん所ご教授お願いします』
 
 そしてルイズが先程使ったのは火の魔法だ。
 
 だが、火の魔法の中にも今のように離れた場所を爆発させる魔法なんて存在しない。
 
 思考にふけるキュルケの隣、タバサが小さく呟くように口にする。
 
「……虚無」
 
 ……まさか? だがルイズが学校で教える4大系統の魔法を使えない理由が、虚無の魔法に特化しているからだとしたら?
 
 だがキュルケの考え事を払拭するように、突如現れた巨大なゴーレムが亀裂の入った壁を殴り壊し、穴の空いた宝物庫へフードを被った人影が侵入していく。
 
「何!?」
 
「盗賊だ!」
 
 才人は素早く剣を身に着け、タバサの使い魔であるシルフィードを呼ぶ。
 
「キャッ!? な、なんですか!?」
 
 突如現れた風竜にルイズ共々さらわれ、悲鳴を挙げるシエスタ。
 
「大丈夫、その竜は味方だから、ルイズと一緒に避難しててくれ!」
 
 才人はシルフィードに視線を送り、
 
「行け!」
 
 一鳴きしてシルフィードは上空に舞い上がっていく。
 
 才人は視線をタバサとキュルケに向けると、
 
「悪い、ちょっと手伝ってくれ」
 
 デルフリンガーを抜き放ちながら告げる。
 
「ダーリンの頼みじゃ仕方ないわね」
 
 ウインクして答えるキュルケと無言のまま杖を構えるタバサ。
 
「俺が直接術者を狙う! 二人はゴーレムの方を牽制してくれ!」
 
 言いながら駆ける才人を援護するように、火炎と鎌鼬がゴーレムを襲う。
 
 だが巨大なゴーレムは、二人の攻撃を意に介さず、学院の外へと向かおうとしている。
 
「逃がすかよ!」
 
 才人は素早くゴーレムに駆け寄ると、その巨大な足から腰、胸、肩とゴーレムの身体を蹴って一気に術者に近づき、横薙ぎに剣を振るった。
 
 倒す為ではない、彼女から盗んだ代物を取り戻す為だ。
 
 だが才人の剣が盗賊に触れる直前、術者はゴーレム共々土塊に変わって、その場で小山を作り上げた。
 
「クソッ!? 逃げられた!」
 
 二度目の出来事である才人は犯人が土くれのフーケであることも、彼女の正体があの美人の秘書であることも、更には彼女が何の目的で盗賊をしているのかさえも知っている。
 
 だから、この場で盗んだ代物さえ取り返す事が出来ていればそれ以上の問題が起こることはないと予想していたのだが。……流石はフーケ、まんまと逃げられてしまった。
 
「しゃーねーなあ。やっぱ、捜索隊に加わるしかないか……」
 
 ルイズを危険な目に遭わせたくないので、この場で取り返す事がベストであったが、それが出来なかった以上は仕方ない。
 
 才人は駆け寄ってくるルイズ達に手を振りながら、溜息を吐いた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 翌朝……、才人達は証人として教師達の事情聴取に同席していた。
 
 その場で、ルイズが皆を代表して昨夜の出来事を説明している。
 
 才人はその説明を聞きながらも、どうやってあのゴーレムを倒すかを考えていた。
 
 あのゴーレムはギーシュのワルキューレと違い、どれだけ腕や足を切り落としても即座に再生するのだ。
 
 一撃で、身体の大半を吹き飛ばすような強力な武装でも無い限り勝ち目は無い。
 
 ……やっぱり、ロケットランチャーしかないよなあ。
 
 一発しか撃てないが致し方ない。アルビオン軍との戦争時まで温存出来れば随分と楽が出来たろうがこればかりは背に腹は代えられない。
 
 しかし、問題はルイズだ。
 
 彼女のことだから、今回もフーケの捜索隊に参加するだろう。
 
 それはこちらとしても都合がいいのだが、問題はその後だ。
 
 未だ魔法は使えないくせに、堂々と戦場の真ん中にまでやってくるのだ。正直、危なっかしくて見ている方の肝が冷える。
 
 貴族ということに誇りを持つもは大いに結構だが、心配するこちらとしては気が気ではない。
 
 才人が溜息を吐いて視線を前に向けると、何故か三人娘が杖を掲げていた。
 
 教師達の心配する声が飛び交う中、オスマンは才人を一瞥すると、
 
「まあ、大丈夫じゃろう」
 
「し、しかし学院長!」
 
 オスマンは才人に歩み寄ると、才人の肩を叩き、
 
「頼んだぞ、使い魔の少年。グラモンの息子との決闘や、君が街で起こした騒ぎなんぞも聞きおよんでおる」
 
「……って俺!? いや、普通はさ、タバサとかキュルケとかじゃないんですか!?」
 
 言った瞬間、足に鈍い痛みが走った。
 
 視線を下げれば、小さなおみ足が才人の足を力一杯踏んづけている。
 
「って!? 何しやがる!」
 
「なんでそこでわたしの名前が出てこないのよ!!」
 
「お前の分は、俺が代わりに戦うからいいんだよ!」
 
「わたしだって、貴族よ! メイジなのよ! ちゃんと戦えるわ!」
 
「お前には危険な目にあってほしくないっていうのが、なんで分からねえ!」
 
 ルイズの顔色が一気に朱に染まる。
 
 ……やべえ、何か俺、地雷踏んだか!?
 
 と才人が警戒していると、ルイズはそっぽ向いて彼から視線を逸らす。
 
 ……それって、わたしの事心配してくれてるの? それにわたしの代わりに戦ってくれるって……。
 
 ルイズの脳裏に甦るのは、小さい頃に読んだお伽話。
 
 力無い姫が、それでも戦う事を決意した時、彼女への愛を忠誠とし、剣となり敵を討ち、盾となって姫を守り抜いた騎士の物語。
 
 たしか、あの物語の最後は二人が結ばれて……。
 
 ち、ちがうの、わたしはこの使い魔のことなんか、何とも思ってないんだからね!
 
 それでも熱くなる頬は誤魔化せない。
 
「じゃ、じゃあ仕方ないわね、あんたがどうしてもって言うんだから、戦いはあんたに任せてあげる。
 
 ……その代わり、……その、ちゃんと私の事、護りなさいよね」
 
「当たり前だ」
 
 さも当然という風に告げる才人に、ルイズは無理矢理笑顔を押し隠したぎこちない表情で頷いた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 オスマンの秘書であるミス・ロングビルの案内で才人達が訪れた場所は、森の中の空き地に建つ一件の廃屋だった。
 
 才人は腰の剣を抜き、
 
「じゃあ、偵察に行ってくる」
 
「……なんで、キュルケの剣使うのよ?」
 
 頬を膨らませたルイズが才人を尋問する。
 
 だが才人に他意はなく、デルフリンガーではなく、ディフェンダーを選択したのは、屋内での戦闘の場合、長剣を振るうと梁や柱が邪魔になって剣を振れないので、刀身の短いディフェンダーをチョイスしただけである。
 
 才人の説明に、一応の納得はしたものの不機嫌そうな顔のままルイズは才人を見送った。
 
 まあ、実際問題ルイズが問題視しているのは、才人が未だに自分の贈ったナイフを一度も使っていないことだ。
 
 路上での喧嘩も、ゴーレムとの戦闘も、自分の贈ったナイフは一度も使われていない。
 
 そんなことを考えて、やや落ち込んでいると、才人が廃屋から現れ皆を呼んだ。
 
 その後、辺りを偵察してきますと言って森に消えたミス・ロングビルとルイズを外の見張りに残し、才人達は小屋の中を調べる。
 
 ……確か、ここだったよな。
 
 と、才人が忘れかけた記憶を頼りにチェストの中を調べると、そこから破壊の杖を見つけ出した。
 
「あっけないわね!」
 
「まあ、問題はお宝を置いたまま、フーケはどこに行ったかってことなんだがな」
 
「そう言われてみればそうね」
 
 キュルケが眉を顰めた直後、ルイズの悲鳴と共に小屋の屋根が吹っ飛んだ。
 
 見晴らしの良くなった青空をバックに、フーケのゴーレムが姿を現す。
 
「あいつに生半可な魔法は効かねえ! ルイズを連れて退却しろ!」
 
 才人の声に従い、タバサとキュルケはルイズを伴い逃げようとするが、当のルイズ本人が杖を抜いて戦闘態勢をとっており、一向に逃げようとしない。
 
「私は貴族よ! 貴族は敵に後ろを見せて逃げたりしない!」
 
「相手を考えろ馬鹿野郎!」
 
 左手に破壊の杖を持ったまま才人がルイズを抱え上げてゴーレムから逃げる。
 
 才人はそのまま降下してきたシルフィードの下まで退却すると、タバサにルイズを託し、
 
「いいかルイズ、戦う相手を考えろ。あんなゴーレム程度、お前が相手をするまでもねえ!
 
 この場で、お前がやることは一つだけだ」
 
 才人はルイズの目を見つめ、
 
「命令しろ我が主。お前の使い魔は、その命令を必ず実行する」
 
「あ……」
 
 ルイズは僅かに躊躇い、
 
「勝てるの?」
 
「お前が信じてくれるなら」
 
 その言葉を信じた。
 
「分かった、命令するわ。……我が使い魔、ヒラガ・サイトよ敵のゴーレムを討ち滅ぼしなさい!」
 
 才人は満足気に頷き踵を返すと、シルフィードに行けと促す。
 
「承知した、マイマスター」
 
 飛び立つ風竜を背に、才人は手にした破壊の杖を操作する。
 
 安全ピンを外して、リアカバーを引き出しインナーチューブをスライドさせる。
 
 使い方など知らずとも、ガンダールヴのルーンが身体を動かす。
 
 照準を立てゴーレムに狙いを定め、安全装置を解除すると躊躇い無くトリガーを押し込んだ。
 
 気の抜けるような音と共に射出された弾頭がゴーレムに命中。
 
 才人は破壊の杖を捨てると、背後に飛び退き地面に伏せる。
 
 直後、ロケット弾がゴーレムの上半身を完膚無きまでに破壊した。
 
 ゴーレムが完全に沈黙したのを見計らい、風竜からルイズ達が降りてくる。
 
 浮かれはしゃぎ才人に抱き付こうとするキュルケを制し、才人は周囲を警戒しながら、
 
「まだ、フーケ本人が残ってる」
 
 とルイズ達に警戒を促す。
 
 すると偵察に出ていたミス・ロングビルが茂みの中から現れ、落ちていた破壊の杖を拾い上げて笑みを浮かべる。
 
「ご苦労様」
 
 言葉と同時、ミス・ロングビルが才人達に向け破壊の杖を突き付けた。
 
「ミス・ロングビル! これは一体、どういうことですか!?」
 
 キュルケが問い質そうとすが、ミス・ロングビルは笑みを浮かべたままだ。そして彼女が口を開くよりの早く、才人の声が聞こえた。
 
「まあ、見てのとおり、この美人の秘書さんが土くれのフーケの正体だったってことだろうな」
 
「……サイト?」
 
「ふふふ、随分と物分かりがいいわね。なら分かるでしょ? 杖と武器を捨てなさい。この破壊の杖の威力はさっき見た通りよ」
 
 フーケに促され、ルイズ達は杖を、才人は背中と腰の剣を地面に捨てる。
 
 捨てられた際にデルフリンガーが文句を言っていたが、才人はそれを無視した。
 
「どうして!?」
 
「大方、破壊の杖を盗んだのはいいけども使い方が分からないから、魔法学院の誰かに使わせて、その使い方を知ろうとしたんだろ?」
 
「正解。……私、頭の良い子は好きよ。
 
 ねえ、使い魔君。私の仲間にならない? そしたらあなたは見逃してやるわ」
 
 対する才人の答は簡潔だ。
 
「やなこった」
 
「そう、じゃあ死になさい」
 
 皆が観念して目をつぶる中、才人だけが余裕の表情でフーケを見ていた。
 
「勇気があるのね?」
 
「いや、ちょっと違う」
 
 才人はパーカーの下に隠れるように装備していたダガーを引き抜く。
 
 フーケは咄嗟にトリガーを押し込むが、何も起こらない。
 
「悪いな、それ単発式の武器なんだ」
 
「た、単発!? ど、どういうことよ!?」
 
「言っても解らんだろうから言わねえよ。ただ、そいつはマジックアイテムの類じゃないってこった」
 
 告げて駆ける。フーケが破壊の杖を捨て自分の杖を握ると才人はダガーでフーケの杖を断ち斬り彼女の喉元に刃を突き付ける。が……。
 
 すぐに刃を降ろしてダガーを鞘にしまうと、追い払うように手を振って、行けとフーケを促した。
 
 だが、フーケはその場を去らず、あからさまに不審な態度で才人を睨み付け、
 
「……どういうつもりかしら?」
 
「見逃してやるから、とっとと逃げろって言ってんのが分からねえのか?」
 
 当然、ルイズ達から抗議の声があがるが才人はそれを無視した。
 
「ふん、信用出来ると思う? 振り返った瞬間に後ろから刺されたんじゃたまったものじゃないわ」
 
 才人は溜息を吐き出すと、
 
「ウエストウッド」
 
 その一言にフーケは僅かな反応を示す。
 
「俺はそこで彼女に命を救われた。……そこで彼女に聞いたよ、あんたが彼女達に毎月金を送ってることをな。
 
 あんたを捕まえると彼女達が路頭に迷うことになる。そんな恩を仇で返すような真似出来るかよ」
 
 つまらなそうに告げる才人に対し、その言葉で全てを納得したフーケは頷き、口元に小さい笑みを浮かべると、
 
「ねえ、あの娘は元気だった?」
 
 聞かれ、才人は彼女の姿を思い出す。光を織り編んだような美しい金髪。世界中の美を凝縮したような整った顔立ち。……そして、あの巨大な胸! 何はともあれ、あのバカデカイ胸! もはや、人類の至宝とも言うべき大きな胸!
 
 あれはでかかった……。腰や腕なんかはルイズと大して変わらないのに、胸だけはキュルケの1.5倍以上はある。
 
 才人は感慨深げに二度大きく頷くと、
 
「……あれはでかかった。いや、そうじゃなくてだな!? うん、元気にしてた」
 
「そう、なら良いわ」
 
 フーケは才人に対して踵を返し、一度才人の方へ振り向くと、
 
「じゃあね、優しい使い魔君」
 
 才人に向け投げキスを送り、そのまま森の中へ姿を消した。
 
「追わないと!!」
 
 慌てて駆け出そうとするルイズ達に対し、才人は両手を拡げて彼女達を押し留めると、
 
「だから、見逃してやれって」
 
 言いながら、地面に落ちている武器を拾い上げる。
 
 だが、ルイズは納得していないらしく才人に詰め寄ると、
 
「見逃せるわけないでしょ!! 相手は犯罪者なのよ!? 捕まえないと、被害が増すばかりだわ!」
 
 頑として譲らないルイズに対し、才人は溜息を吐き出すと数歩前へ出た。
 
 そして手にした長剣を一閃して地面に線を刻む。
 
「悪いが、俺はここで足止めさせてもらうぞ?」
 
 言って、足下の線を指し、
 
「その線を越えてフーケを追うつもりなら、それなりの覚悟を決めろ」
 
 そう告げる才人の眼差しは真剣なものだ。
 
 彼の迫力に気圧されたルイズが一歩後ずさる。――だが、それでも決して納得のいかない彼女は才人に問い掛けた。
 
「……何でよ? どうして、あんたは悪党の肩を持つのよ」
 
 才人は溜息を吐き出すと、ルイズ達に事情を説明し始める。
 
 以前、死にかけていた所をある少女に助けられたこと。
 
 その少女の住んでいた村が、孤児達ばかりで、その生活費をフーケが仕送りしていたこと。
 
 だから、フーケを捕らえてしまうと、その孤児達が生活出来なくなること。
 
 だが、その説明を聞いてもルイズは納得しない。
 
「そんな、汚れた金で生活しても嬉しいわけないじゃない! それにお金が欲しいなら真面目に働いて生活するべきよ!!」
 
 それは確かに正論だ。だが、何の不自由も無く今まで生きてきたルイズが言っても何の説得力もない。
 
「お前な、平民が一年間真面目に働いて、どの程度のお金を稼げると思ってるんだ?」
 
 ルイズが返答に詰まり、口を開く前に才人が次の言葉を発する。
 
「はっきり言って、お前らの小遣いよりも少ない額しか稼げないんだぞ? そんな金額で、10人以上もいる孤児達を養っていけるとでも思ってんのか?」
 
 ……養える筈がない。
 
 唇を噛むルイズに対し、才人は更に残酷な現実を告げる。
 
「あの村にいるのは、皆10歳にもならない子供達ばかりだ。……世話をしてる娘は俺達と同い年だけど、彼女はとある事情で村を離れる事が出来ない。
 
 働けるのは、フーケだけなんだよ……」
 
 言葉を無くすルイズ達。だが、才人の言葉は止まらない。
 
「そのフーケにしても元貴族だ。……あいつが何で、貴族の称号を剥奪されたか知ってるか?」
 
 もはや力無く首を振るルイズ。
 
「あいつの父親が、王様にある物を差し出せって言われて、断ったからだそうだ」
 
「……な、なによそれ? 王様の言うことなのよ? それを聞くのが貴族の義務じゃない!?」
 
 反論するルイズの言葉を黙らせたのは、やはり才人の一言だった。
 
「それがある母娘の命でもか?」
 
「ッ!?」
 
「彼女達は別に何か犯罪を犯したわけじゃない。ただ、平穏に暮らしていただけだ。
 
 そんな彼女達の存在が罪だって言うのか?」
 
「…………」
 
「王様の言うことがそんなに正しいんだっていうんなら、俺は悪党で充分だ」
 
 現実の厳しさを突き付けられ、項垂れるルイズ。
 
 ……だが、彼女と違い心の折れていない者がいた。
 
 タバサは無言のまま前へ出ると、才人の刻んだ線を踏み越える。
 
 そのまま才人の傍らに並び踵を返し、ルイズと対峙した。
 
 彼女にとって、王家とは敵であり、王家が正義ならば自分は悪だ。
 
 その選択に躊躇いは無い。
 
「まったく、しょうのない娘ね」
 
 肩を竦めながら、キュルケが線を越えてタバサの隣に並び立つ。
 
 新興国家であり、金で貴族の地位が買えるゲルマニアの出身である彼女は、元々王家に対する忠誠というものが薄い。というか殆ど無い。
 
 自分の地位の為に身内を幽閉するような王に忠誠を誓うくらいなら、事情は良く分からないが、王家と敵対する親友と共に、王様に牙を剥く方が彼女の性格にあっている。
 
 ……だが、ルイズはそうはいかない。
 
 彼女が忠誠を誓う王家とは、彼女の旧友であるアンリエッタ王女の事であり、幼い頃共に遊んだ彼女を裏切るような真似をすることは出来ない。
 
 長い葛藤の末、それでも答えが出せずにいるルイズは、そのまま踵を返し、
 
「……今から追っても、どうせ追いつけないでしょ?
 
 いいわ、今日の所は見逃してあげる。……でも、勘違いしないでよね!?
 
 わたし、まだあんたの言うことに納得したわけじゃないんだから!!」
 
 ルイズがそう宣言した事で一応の決着が着き、才人は安堵の吐息を吐き出した。
 
 
 
 
  
 
 
 
 
 
 フーケは取り逃がしたが、破壊の杖を無事取り戻した事を学院長へ報告し、……今回は特に質問することが無いので、そのまま退室しようとすると、才人だけがオスマンに呼び止められた。
 
「何ですか?」
 
 相手が目上の人ということで、一応敬語で問いかける才人に対し、オスマンは一度咳払いすると、
 
「……君は、自分の力がなんなのか、自覚しているのかね?」
 
「両手と額のルーンの事ですか?」
 
「ああ、そうじゃ」
 
 才人は小さく頷くと、
 
「伝説の使い魔のものですよね」
 
 そして背の剣を引き抜き、
 
「こいつは伝説の使い魔の一人、ガンダールヴが使ったという魔剣・デルフリンガーです」
 
 その言葉に、オスマンの横にいたコルベールが目を見開く。
 
「なんと!? 真ですか!」
 
「おう、ホントのことよ」
 
「なるほど、インテリジェンス・ソードか」
 
 オスマンは息を飲み、一息吐くと本題を切り出す。
 
「伝説が再来したということは、やはりヴァリエール嬢は……」
 
 言い淀むオスマンに対し、才人は僅かに考えるが、恐らく推測はついているだろうと判断し、力強く頷くと、
 
「虚無の担い手です」
 
「……やはり、そうか」
 
「自覚も無いし、今はまだ、ただの落ちこぼれメイジですけどね」
 
 オスマンは乾いた笑いを浮かべ、
 
「伝説の大安売りじゃな」
 
「その内、いっぱい虚無の担い手と使い魔が出てきますよ」
 
「ははは、……冗談、じゃよな?」
 
 才人は答えない。ただ曖昧な笑みを浮かべ、
 
「ルイズの才能については、時が来るまで秘密にしていてもらいたいんですけども」
 
「それは、元よりこちらもそのつもりじゃ。だが、問題は君じゃ」
 
「俺?」
 
 首を傾げる才人に対し、オスマンは頷きを送ると、
 
「三つのルーンを宿した使い魔なんぞ聞いたことがない。……君は一体何者かね?」
 
「おう、そりゃ、俺も聞きたかった。普通、ルーンてもんは、使い魔一体につき一つなのが常識だ。
 
 なんで相棒は、三つのルーンを持ってやがる?」
 
 オスマンとデルフの問いに、才人は力強く頷き、
 
「そりゃ、俺が聞きたいくらいだ」
 
「……なんじゃ、わからんのか?」
 
「平民にそんな難しい問題、期待しないで下さいよ」
 
 はにかんだ笑いで話しを打ち切り、才人は部屋を後にした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 着飾った生徒や教師達が豪華な食事が盛られたテーブルの周りで歓談する中、キュルケが多くの男達に囲まれて笑い、タバサがテーブルの上の料理と格闘している。
 
 だがそこにルイズと彼女の使い魔の姿はない。
 
 タバサは暫く周囲を見渡すと、ドレスのポケットにしまっておいたナイフを取り出してテーブルの上に置き、小さく溜息を吐く。
 
「どうした嬢ちゃん? 珍しく溜息なんぞ吐いて?」
 
 ナイフから声が聞こえてくる。
 
 タバサはいつもと同じ無表情のまま、
 
「予定が狂った」
 
「……予定?」
 
 だが、タバサは多くを語らない。そのまま黙々とテーブル上の料理を征服にかかる。
 
 ……本来ならば、パーティーに出席するルイズにナイフを渡し、才人に届けてもらうつもりだったのだが、しかたない。
 
 明日にでも、自分で届けに行こう。
 
 そう決めて、ハシバミ草のサラダを口に運んだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 その頃、当の使い魔が何をしていたかというと……。
 
「いや、悪いな我らが剣。皿洗いなんか手伝ってもらっちまって」
 
「いいって、何時も飯分けて貰ってる上に、夜食まで食わせてもらってるんだから」
 
「かー、聞いたか皆! 謙虚な上に仕事まで手伝ってくれる! こんな出来た人間、俺ぁ見たこたねえ!」
 
 料理長が才人の肩をバシバシ叩く。
 
 才人がここで皿洗いをしているのは、舞踏会でルイズと会うことを避ける為だ。
 
 実際のところ、ルイズは舞踏会には出席せず、部屋のベットに蹲って才人に言われたことに関して考え事をしているのだが、そんなことは才人が知る筈はない。
 
 最近、色々あって忘れがちになっていたが、何時か日本に帰る自分はルイズと親しくなりすぎてはいけない。そう思うと、才人としては今日の出来事は丁度良かったのかも知れない。と無理矢理自分を納得させる。
 
 もう二度と彼女のあんな声は聞きたくない。
 
 そんな事を考えながら、以前、魅惑の妖精亭で鍛えた技を駆使して皿洗いを続ける。
 
「しかも聞いた話しじゃ、今回土くれのフーケから破壊の杖を取り戻したのは、我らの剣だそうじゃねーか! それを傲りもせずに、皿洗いに勤しむその姿勢! 普通はできるもんじゃねー!」
 
 うんうんと頷き、
 
「よし! 今度、俺の娘を紹介してやる、貰ってやってくれ、我らが剣!」
 
「いや、ちょっと、さすがにそれは……」
 
「駄目です!」
 
 たじろぐ才人の声を遮り、キッパリと拒否したのは、舞踏会場から料理の空き皿を持ってきたメイドのシエスタだった。
 
「いくら料理長の言うことでも、それだけはきけません!」
 
「……シエスタ?」
 
 突然のシエスタの乱入に一瞬呆気に取られた料理長のマルトーだが、その真意に気づくといきなり大笑いを始め、
 
「く、くくくはははははははは、そうかそうか! 惚れちまったかシエスタ!」
 
 厨房の皆が一気に囃し立てる。
 
「良いじゃないか、お似合いだよお二人さん」
 
「めでたい! めでたいですぜ料理長!」
 
「まったくだ、相手がシエスタなら、俺も文句はねえ!」
 
 言って、マルトーはグラスを掲げ、
 
「全員、グラスを持て! 俺の奢りだアルビオンの古いやつ持ってこい、祝酒だ!」
 
 慌てふためく当人達を無視して、才人とシエスタにもグラスが渡され、なみなみとワインが注がれる。
 
「よし、全員に行き渡ったな!」
 
 咳払いを一つ、
 
「では、我らが剣とその恋人の未来に……、乾杯!」
 
「乾杯!!」
 
 勢いに流されつつ、グラスを傾ける。
 
 ……あれ? 何か別のフラグ立ってる?
 
 横を見れば、シエスタが恥ずかしそうに頬を染めながらも、才人に寄り添っている。
 
 終始賑やかな雰囲気の厨房で、仕事をしつつ、その日は過ぎていった。
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