魔法先生……? ネギ魔!
 
 
書いた人:U16
 
第8話
 
 幻の地底図書から帰ったネギ達。
 
 連れてもらえなかった仕返しに、寝ているネギの顔に油性のマジックで落書きをして一息吐いたアーニャ達が茶々丸の連れてきた小竜について話し合っていた。
 
「ふーん、このチビ竜がねぇ……」
 
 信じられないと小竜をつつくアーニャだが、ふと思いついたように、
 
「……それで、このチビ竜の名前、何ていうの?」
 
「さあ? 特に決まっていないと思われますが」
 
 そう答える茶々丸。
 
 ならば、と皆で小竜の名前をつけてあげようということになり、様々な候補があがる。
 
「フリー」
 
「却下」
 
「まだ最後まで言ってないって!?」
 
 抗議の声を挙げるハルナに対し、アーニャは分かってると頷き、
 
「言わなくても分かるわよ」
 
 ……どうせ、ネギの事だから、絶対“竜魂召喚”とかやろうとするだろうし。
 
 うんざり気な溜息を吐き出し、ハルナの抗議を黙殺する。
 
「ちなみに言っとくけど、竜戦士でもないわよ?」
 
 先に釘を刺されたハルナは何とかアーニャの裏をかこうと考えを巡らせ始める。
 
 そんなハルナを視界の隅に追いやって、アーニャは他の少女達の意見を聞く。
 
「んー……、ほなリュウタロスとかどないやろ?」
 
「……何処のイマジンよそれ。っていうか、絶対制御不能っぽいし」
 
「じゃあ、チュパカブラとか、ネッシーとか、オボコボは?」
 
「UMAと幻獣を一緒にするなぁー!!」
 
 こんな調子で喧々囂々と意見を衝突させている中、のどかが控え目に挙手して、
 
「あ、あのー、ウィーペラというのはどうでしょう?」
 
「……ウィーペラ?」
 
 皆を代表するように問う明日菜に対し、のどかは手にした辞書を開けると、
 
「えっとですね、元々ワイバーンっていう名前は一説によるとマムシの意味もあったらしくて、マムシのラテン語読みが……」
 
「ウィーペラ?」
 
「はい……。
 
 魔法使いの人達はラテン語とかをよく使いますし……」
 
 それを聞いた皆は短く思案し、
 
「良いんじゃない? 何となく可愛い感じがするし」
 
「ほな、略称はウィーちゃんやな」
 
 そう木乃香が告げ、小竜の下顎を指で撫でるとウィーペラは気持ち良さそうに喉を鳴らした。
 
 暫く少女達がウィーペラと戯れているとネギが目を覚まして空腹を訴え、食事を開始したので、少女達もそれに便乗する。
 
「ほー……、ウィーペラねぇ。……良いんじゃねえの? 本人(?)が気に入ってるんなら」
 
 言って、皿に乗せられた肉をウィーペラに差し出す。
 
 するとウィーペラは何の警戒もみせずに肉を呑み込んだ。
 
 それを横目で眺めつつ、ネギは新たに仮契約を交わした少女達に向け、
 
「……で、お前ら自分のアーティファクトの能力は把握したのか?」
 
「は、はいッ!」
 
 返事と共にのどかと夕映の呼び出したものは、互いに本型のアーティファクトだ。
 
「私のアーティファクト“いどの絵日記”は対称となる人物の名前が分かれば読心術が出来ます」
 
「私の本は“世界図絵”は、どうやら魔法に関するあらゆる問いに対して答えを開示してくれる魔法百科事典とでもいうもののようです」
 
「んで、私のスケッチブックは“落書帝国”。どうやら、書いた物を簡易ゴーレムとして召喚出来るみたいよ?」
 
「また、個性的な物ばっか出たもんだな」
 
 半ば呆れながらフォークに刺したフライを口の中に放り込む。
 
 それを咀嚼して呑み込み、
 
「んー……、宮崎はフルバックで早乙女は召喚術師としてオフェンスでもディフェンスでもこなせるな」
 
 そして、夕映に視線を向け、
 
「つーわけで、決まりだな綾瀬」
 
「な、何がですか?」
 
 嫌な予感に後ずさる夕映。
 
 だが、ネギは決して逃がさぬといつの間にか椅子から立ち上がって彼女の背後に回り込んで肩を捕まえ、
 
「頑張れ、魔砲少女」
 
「そ、それだけは……!? せめて、魔女っ娘で――」
 
「まあ、そんなに遠慮すんなって」
 
 言って、夕映を引きづって行く。
 
「近衛、お前も一緒に付いてこい」
 
「はいな♪」
 
 ネギに従い、木乃香も彼らに付いていく。
 
 それを見送ったアーニャ達も立ち上がり、
 
「じゃあ高音、模擬戦付き合って」
 
「ええ、それは構いませんが、私手加減はしませんよ?」
 
「大丈夫よ。……私、手加減してもアンタよりは強いから」
 
 アーニャの減らず口に高音は唇を吊り上げ、
 
「それはそれは、とても面白そうな事を聞きました……」
 
 やる気を漲らせて席を立つ。
 
 それをアワアワと見送る愛衣は暫く悩んだ後で、仕方がないので食器の片づけを始めた。
 
 そして残ったメンバーも三々五々に散っていく。
 
 後に残された茶々丸シスターズと愛衣、そしてのどかは食器の片づけをしながら、
 
「あ、あのー佐倉さん」
 
「あ、はい。何ですか? 宮崎さん」
 
 元気良く返事を返す愛衣に対し、のどかは僅かに躊躇いながら、
 
「やっぱり、魔法使いの修行って大変なんですか?」
 
 そう問い掛けると、愛衣は少し困った表情で、
 
「えーとですね、確かに戦闘用の魔法とかもあるんですけど、普通に魔法を習う分にはそんな危険な事も殆どなくて、生活の中でこんなのあったら便利だなーとか、こんな事が出来たらみんな喜ぶだろうなー、っていうのが本来の魔法のあり方なんです」
 
 ……何故かネギ先生の周りには、戦闘魔法を主にしてる人達が多いですけど。
 
 と苦笑いを浮かべながら繋げる。
 
「……それはやっぱり、ネギ先生が言ってるように、危険な事があるからなんでしょうか?」
 
 言われ、躊躇いながらも愛衣は自分の思う事を正直に答えた。
 
「多分、ネギ先生のお父さんを捜すのは、危険が付きまとうと思います」
 
 ネギの父親、サウザンドマスター、ナギ・スプリングフィールドは魔法世界でも最強と言っていいほどの使い手であり、そんな彼が行方不明になっているのだ。
 
 生半可な事態ではありえないだろう。
 
 それを聞いたのどかは項垂れ、
 
「……やっぱり私、足手まといにしかならないんじゃ」
 
 そう告げるのどかに待ったを掛けたのは茶々丸だ。
 
 彼女はのどかに向き直ると、真摯な表情で、
 
「いえ、それは間違いです宮崎さん」
 
「……え?」
 
 自分の不安をハッキリと否定され、のどかは茶々丸に向け顔を向ける。
 
「戦闘時において、直接戦力としてネギ先生の力となる事の出来る方は多数おられます。
 
 ですが宮崎さんのようにレアスキルを持ち、後方支援の出来る方となると、貴女の他には綾瀬さんだけです。
 
 ……そして、ネギ先生の望んでおられる力とは、そういったものであると、私は考えています」
 
 茶々丸の言葉がゆっくりと、のどかの心に浸透していく。
 
 言葉の意味をシッカリと理解したのどかは迷いのない眼差しで茶々丸を見つめて深々と頭を下げると、
 
「ありがとうございます茶々丸さん」
 
 誠意のこもった礼を述べて、食器の後片づけを再開した。
 
 ……ちなみに、ネギが顔の落書きに気付いたのは、それから半日後の事だった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  
 そのまま別荘で3,4日程ネギ達が修行を続けていると、エヴァンジェリンがネカネを伴って帰ってきた。
 
 彼女は思い詰めた表情で、別荘の中に居た者達を呼び寄せると、
 
「貴様ら、全員暫く外に出ておけ」
 
「あん? 何かすんのか?」
 
 皆を代表するようにネギが問い掛けると、エヴァンジェリンは大仰に頷き、
 
「この別荘を少々改装する事にした。――本格的な修行をするには少々手狭なのでな」
 
 ……それはつまり、
 
「親父を探すのは、それだけ力が必要になるほどキツイ状況になるって事か?」
 
「あの白髪の少年級……、否、タカミチ級の相手がうようよ出てくるだろうな」
 
 高畑の実力を知る者達はその言葉に生唾を呑み込む。
 
「……ねえ、高畑先生ってそんなに強いの?」
 
「ん? 知らねーのか? 多分、姉ちゃんと同じ位強いぞ」
 
 言われ、明日菜はネカネに視線を向けるが、穏和な表情をした彼女がそれほど強いとは思えない。
 
「お前なら、まず秒殺確実な」
 
「というか、挑もうとする事自体が間違いです」
 
 というネギと高音の意見を聞き、もしやと思って夕映が口を挟んできた。
 
「もしかして、高畑先生も魔法使いなのですか?」
 
 問い掛ける夕映に、ネギは小首を傾げて、
 
「……言ってなかったか?」
 
「聞いてないわよ――ッ!?」
 
「じゃあ、ついでに言っとくけど、ウチのクラスの明石いるだろ。出席番号2番の」
 
「ゆーなのこと?」
 
 尋ね返す明日菜にネギは肯定の意味を持って首を上下させ、
 
「アイツの父親も魔法使いだ」
 
「嘘ぉ――!!」
 
 今度は明日菜だけではなく、エヴァンジェリン、茶々丸、刹那を除く3−Aの生徒全員から声が挙がった。
 
「……まあ、明石本人は知らないみたいだから黙っとけよ?」
 
 言われ、頷く面々。
 
 そんな中、木乃香が挙手して質問を投げ掛ける。
 
「なあなあネギ先生。もしかして、裕奈も魔法使いの素質あるん?」
 
「あるんじゃね? 詳しくは視てねえから知らねえけど」
 
 ……まあ、そこら辺は魔眼持ちのエヴァの方が詳しいだろうけどな。
 
 と付け加え、これで問答は終了と皆を引き連れて外へ出た。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「んじゃ、また明日。放課後になったら来いよ」
 
 玄関まで見送り、そこで何かを思い出したのか、のどかを呼び止めてネギは自分の部屋へ向かい、そこで一冊の本を持って引き返してきた。
 
「これ読んどけ。初心者向きの魔法理論学の本だけど、英語で書かれてるから源書よりはまだ内容理解しやすいと思うからな」
 
 それを理解出来れば、アーティファクトの応用も利く。
 
「あ、……ありがとうございます」
 
 手渡された本を、のどかは大事そうに胸元に抱き締めて礼を述べる。
 
 対するネギは気にするなと、軽く返して、他の面子に向き直り、
 
「魔法の勉強や戦闘訓練ばかりじゃなくて、ちゃんと学校の勉強もしろよ」
 
 そう告げると、アーニャが心底意外そうに、
 
「……何? 結構、真面目に先生してるじゃない」
 
「えぇ、最初の頃に比べると大分、教師らしくなってきましたね」
 
 頷きながら同意するのは高音だ。
 
 対するネギは心外だと首を振り、
 
「ほら、お前らも何とか言ってやれ――」
 
 自らの生徒達を促す。
 
 だが、彼女達の大半はネギから視線を逸らせるか、又は何かフォローを入れようとするも、何も思い浮かばずにオロオロするのみ。
 
 それを見たネギは闇を背負った満面の笑みで、
 
「……良い度胸だテメェら。明日の小テストでマトモな点数とれると思ってんじゃねえぞ?」
 
 ちなみに、50点以下の連中は強制補習。と宣告すると、以前の補習で地獄を見たバカレンジャー達は我先にとネギを褒め称え始めた。
 
「生徒達の事を考えたとても良い先生アル!!」
 
「そうです! これほど出来た先生には滅多にお目に掛かれないと思うです!!」
 
「まったくでござるな! ネギ先生のお陰で、クラス成績最下位も免れたでござるし!!」
 
「そ、そそそそうよね! 成績と引き替えに、人として大切な何かを棄てたような気がしないでもないけど!!」
 
 それを聞いたネギは大仰に頷いてアーニャ達に向き直ると、
 
「見ろ、こんなに慕われてるぞ」
 
 対するアーニャは半眼でネギを睨みながら、
 
「あんなに泣きながら言われても、全然説得力無いわよ……」
 
 全く取り合おうとしないアーニャにネギは抗議しようとするが、一向に聞き入れてもらえなかった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 生徒達を見送ったネギは身支度を整えると、何やら大きな瓶を抱えた茶々丸(姉)に対し、
 
「ちょっと、龍宮神社まで出てくる。――夕飯までには帰るから、飯残しといてくれ」
 
 そう言付け、ネギは家を出る。
 
 宣言通り、寄り道することなく龍宮神社に到着したネギは、そこでバイト中の龍宮・真名を見つけると彼女の元に歩み寄り、
 
「よう」
 
「……これは、珍しい客だな? まさか、ネギ先生に参拝という文化があるとは知らなかった」
 
 眉を顰め、怪訝そうな表情で尋ねる真名。
 
 対するネギは軽く肩を竦め、
 
「参拝くらいは知ってるけどな、悲しいかな賽銭の持ち合わせがねえ」
 
「帰れ」
 
 即答で返す真名。ネギはそんな教え子を半眼で見つめると、
 
「日本の神社っていうのは、随分と即物的な所なんだな」
 
「相手にもよるさ。……貴方が、私の元を訪れる以上、何か厄介事の類なのだろう?
 
 言っておくが、私はただ働きはしない主義だ」
 
「そりゃ知ってる」
 
 今度はネギが即答で答えた。
 
 そして上着のポケットから札束を取り出すて真名に見せ、
 
「……報酬なら、用意してある」
 
 それを見た真名は驚愕に目を見開き、
 
「まさか……、そんな……」
 
 数歩ほど蹌踉めきつつも、なんとか体勢を立て直して踏み止まり、一拍の間をおいて今度はネギの両肩をがっちりと掴むと、
 
「すぐに自首したまえ、ネギ先生。
 
 なに、3−Aの生徒達には私が誤魔化しておこう」
 
「いきなり、人を犯罪者扱いしてんじゃねえ!」
 
 言って、手にした札束で真名の頬に往復ビンタを張る。……ちなみに、この金は汚いものではなく、純然とした関西呪術協会からの報酬だ。
 
 何故か恍惚とした表情で、その攻撃を受けた真名だったが、すぐに気を取り直すと表情を一変させて仕事モードに入り、
 
「で、どんな依頼かな? ネギ先生」
 
 ……プロだなコイツ。
 
 尊敬半分、呆れ半分といった眼差しで真名を見つめるネギ。
 
 咳払い一つで彼も気を取り直すと、
 
「用意してもらいたいもんがある」
 
 ――そう話を切り出した。
 
 
 
 
 
     
 
 
 
 
 それから数日後。
 
 ――未だ別荘の改装が終わらずに、魔法の座学だけを図書館島で行っていた雨の降る日の出来事。
 
「まあ、そんな感じで、幾つかの属性に分ける事が出来るわけだな。
 
 大きく分けて、地、水、火、風、光、闇、癒し、重力等々と……。
 
 ――ここまでで、何か質問は?」
 
「ネギ先生は、色んな魔法使ことるみたいやけど、それで言うたらどれになるん?」
 
 という木乃香の質問に対して、ネギは何でもないように、
 
「どれでもないな。……元々は風が得意だったんだけどもな、流石に1000個も魔法覚えようとすると、風系統だけじゃ全然足りなくてな、次々に色んな属性魔法に手ぇ出していったら、今みたいになった」
 
「……今、平然と仰いましたが、それはとても凄い事なのではないのですか?」
 
 夕映の問い掛ける先にいるのはネギではなく高音だ。
 
 彼女は幾分呆れた表情で、
 
「ハッキリ言ってしまいますと異常です。……決して、真似しようと思わないように」
 
 そう言われたネギは小首を傾げ、
 
「そうか? アーニャも何だかんだで、無理矢理属性変更してるぞ?」
 
 それは初耳だ、と高音はアーニャに振り返る。
 
 するとアーニャは照れ臭そうに、
 
「まぁ、アタシの場合、元々火系統の魔法が得意だったんだけどね、スピードで勝負するって決めたから」
 
 だから、血の滲むような努力の末に風系統の魔法も幾つか覚えるに至った。
 
「それでも、攻撃力自体は火属性の方が強いから、ちょくちょく使ってるけどね」
 
 そしてネギが捕捉するように、
 
「ちなみに、ネカネ姉ちゃんも風だな。佐倉は火、脱げ女は影」
 
「ですから、その名称は止めろと――」
 
 何時ものように高音が抗議の声を挙げようとした所でチャイムが鳴った。
 
「おっ、……もう、こんな時間か。
 
 じゃあ、今日はここまでにしとくか」
 
 ネギが終了を告げ、全員が片づけを始める。
 
 未だ雨の降り続ける外の天気にウンザリ気に溜息を吐き出し、生徒達を見送ったネギだが、学園の外周に張り巡らした探知用の結界に僅かな違和感を感じて眉を顰めた。
 
「……どうしました? ネギ先生」
 
 それを鋭く見抜いた高音がネギに問い掛けるが、その時には既にネギは何時もの表情で、
 
「んー……、何でもねぇ。
 
 それより、早く帰れよー」
 
「はーい!」
 
 異口同音に返事を返し、少女達は帰路に着いた。
 
 生徒達の姿が見えなくなるのを確認したネギは表情を改め、
 
「……さて、何処のバカが侵入してきたんだ?」
 
 口調は面倒臭そうに、しかし、一辺の油断も見せない面構えで告げて、杖に跨りその場から飛び立った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 図書館島から女子寮に戻った少女達は、それぞれ自室に戻るなり、入浴するなりで散り散りに別れていった。
 
 そんな中、浴場に向かった朝倉、夕映、古菲、のどか、超、葉加瀬の6人が何の前触れもなく湯船に姿を消す。
 
 ……同時刻、部屋に戻った明日菜と木乃香を粘性体の生物が襲撃していた。
 
 ……更にその頃、廊下を歩いていた刹那は木乃香の姿をとったに偽物に虚を突かれて捕らわれた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 結界の僅かな綻びを感じた場所にネギが辿り着いた時、その場には二つの人影があった。
 
 一人はロングコート姿の中年の男。
 
 もう一人は地面に倒れ伏した黒髪の少年。
 
 ネギは男と対峙するように降り立つと、
 
「……さて、面倒臭い事は嫌いだから、とっととこの学園から失せろと言いたい所なんだだが」
 
 一瞬、視線を男の足下の少年、……犬上・小太郎に向け、
 
「――コタローの弔い合戦だ!」
 
「……まだ、死んでへんわ!!」
 
 まだ意識のあった小太郎がネギに抗議の声を挙げるが、何が気に入らないのかネギは眉を顰めた不機嫌な表情で、小太郎に向けて“魔法の射手”を放つ。
 
 狙い違わず、小太郎に命中した光弾は彼を吹き飛ばし、そのまま昏倒させた。
 
 それを見たネギは満足げに頷くと、
 
「――コタローの弔い合戦だ!」
 
「……いや、今トドメを刺したのは間違いなく君だろう?」
 
 呆れ顔で呟く中年の男にそう言われたネギは心外だと首を振り、
 
「何、ここでアンタを倒して、全責任を擦り付ける! ……そうしたら、目撃者もいねえし完全犯罪成立だろ?」
 
 男、……ヘルマンは、無言でネギの肩に乗るオコジョを指差す。
 
 そこにまだ目撃者は居るぞ? とでも言いたげに。
 
 だがネギは動揺する事なく、自らの肩に乗るカモを見つめ、
 
「絶対、言わねえよな? カモ」
 
 その目が明確に告げている。――言ったら、死すら甘美と思えるような苦痛を与え続けると。
 
 だからカモは口を開く事なく、ただ首の上下運動を繰り返した。
 
 それに納得したネギが戦闘態勢に入るが、ヘルマンは残念そうに首を振り、
 
「私としてもそうしたいのは山々なのだがね、依頼主の命令は絶対なのだよ、……ネギ・スプリングフィールド君」
 
 名乗ってもいないというのに、自分の名を知っている男に対し、ネギは最大限の警戒を見せるが、男はそれにかまうことなく、
 
「……ふむ、今、部下から入った連絡によると、君の仲間と思われる9人を預からせてもらった。
 
 無事返して欲しくば、私と一勝負したまえ」
 
 男の足下から粘性の高い液体が絡み付くように伸びる。
 
「学園中央の巨木の下にあるステージで待っている。
 
 仲間の身を案じるなら、助けを請うのも控えるのが懸命だね……」
 
 そう言い残し、使い魔(?)の力を使って足下の水たまりへと姿を消す男。
 
 それを見送ったネギは舌打ちすると、倒れ伏したままの少年の元に歩み寄り、そのまま少年の背中に蹴りを入れて強制的に目を覚まさせた。
 
「……ぐぅ」
 
 小太郎が目を覚ましたのを確認したネギは見下すような視線を小太郎に送り、
 
「おい、負け犬」
 
「誰が負け犬や!?」
 
 吠える小太郎に対し、ネギはヤレヤレと溜息を吐き出し、
 
「お前しかいねえだろうが……」
 
 言い切るネギに対し、小太郎は猛然と抗議を開始する。
 
「負けとらへんわ!! ちょっと油断して後ろから襲われた隙に気ぃ失わされただけや!!」
 
 対するネギは分かった分かったと、駄々っ子をあやすように頷き、
 
「はいはい、良かったじゃねえか優しい敵で。
 
 俺なら、二度とへらず口叩けないようにトドメ刺してるか、封印してるぞ」
 
 ネギの告げる正論に小太郎は歯噛みし、
 
「……上等や! そこまで言うんやったら、俺が負とらへんとこ見せたるわ!!」
 
「あー……? 足手まといにはなるなよ?」
 
「ハッ!? そら。こっちの台詞や!」
 
 言い合いながらも、小太郎を杖の後ろに乗せてネギはその場を飛び立つ。
 
 目指すはヘルマンの指定した学祭用ステージ。
 
 だが、そこに向かう途中、ハルナからの念話がネギに入る。
 
“ネギ先生!?”
 
 ネギはハルナの仮契約カードを額に当てながら、
 
“……早乙女か、どうした?”
 
 彼の問い掛けに対し、ハルナは慌てた様子で、
 
“お風呂でいきなりのどか達が消えちゃった!?”
 
 やっぱりか、とネギは舌打ちすると、
 
“今、助けに向かってるから、お前はおとなしく待ってろ”
 
“……何か、私に出来る事は無いの?”
 
 心配そうに尋ねるハルナ。だが、ネギはその心配を一刀の元に斬って落とす。
 
“無い。――つーか、付いてこられて人質が増えても邪魔になるだけだから、絶対来るな!”
 
 それだけ告げると、念話を遮断してしまった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「……ちょっと!? ネギ先生? ――ネギ先生ってば!?
 
 あー……!! もう! こっちだって心配してんだから、そんな言い方しなくてもいいじゃない!?」
 
 一方的に念話を切られたハルナは、ネギの言動に腹を立てながらも、この状況を打開する方法を考える。
 
 自分の能力は把握しているし、“落書帝国”に書き溜めたストックも何枚かある。
 
 問題は敵がのどか達をさらった場所が分からない事。それと、ネギの言った通り、自分一人で援護に向かって人質が増えたら目も当てられないという事だ。
 
 ……ならば、どうするか?
 
「――助っ人呼べば良いんじゃない!?」
 
 叫び、部屋を飛び出す。
 
 向かう先は驚異的な戦闘力を誇る同級生達の部屋。
 
 だが、間の悪い事に刹那は既に捕らわれの身、楓は留守にしており、真名は現在龍宮神社でバイト中との事。
 
「あー……!! もう、どうして皆、こんな時に限っていないのよ!?」
 
 焦り、頭を掻き乱すハルナ。そんな彼女を心配するように、一人の少女が恐る恐る声を掛けた。
 
「あのー……、大丈夫ですか? 早乙女さん」
 
 聞き覚えのある声に顔を上げると、そこには心配そうな眼差しでこちらを見る一年下の少女、佐倉・愛衣が居た。
 
 ……助っ人キタ――ッ!!
 
 ハルナは飛びつくような勢いで愛衣の肩をがっちりと掴み、
 
「お願い愛衣ちゃん、力を貸して!」
 
 有無を言わせぬ力強い口調で告げ、簡潔に事情を説明する。
 
 それを聞いた愛衣はならば、とハルナの手を取って駆け出すと屋上へ向かう。
 
「ど、何処行くの!?」
 
「お姉さま達の所です! 私じゃ、ネギ先生達が何処に行ったのかは分かりませんけど、アーニャさんなら――」
 
 女子寮の屋上への扉を蹴破るような勢いで開け放ち、ハルナと愛衣は同時にアーティファクトを召喚する。
 
 箒型アーティファクト“オソウジダイスキ”に翼を追加し飛行形態をとる愛衣と、“落書帝国”に描き溜めた中から高速飛行用のゴーレムを召喚するハルナ。
 
 二人の向かう先は、聖ウルスラ女子高等学校の女子寮。
 
 最高速で空を駆け、1分も掛からない内に到着した二人、ハルナは傍らを飛ぶ愛衣に向け、どの部屋かを問い掛ける。
 
「2階の左から4番目の部屋です!」
 
 それを聞くなりハルナは更に加速。
 
 勢いそのままでアーニャ達の部屋へ吶喊する。
 
 ガラスの砕け散る音と、派手な爆砕音に粉塵で満たされた部屋の中、ふらふらと立ち上がるハルナと粉塵に咳き込むアーニャ、そして下着姿のまま目を回す高音の姿があった。
 
「だ、大丈夫ですか!?」
 
 続いて窓から部屋に侵入してくる愛衣。
 
 当然、これだけ派手な音がすれば、周囲の生徒達も何事かとやってくる。
 
「……一体、何事やねん? あんま面倒事起こさんといてや」
 
 そう言ってドアから入ってきたのは、聖ウルスラ女子高等学校の日本史の教師であり、この女子寮の寮監を務める事になった天ヶ崎・千草だ。
 
 彼女は部屋に入ってすぐにおおよその事情を察すると、未だドアの外で何事か? と集まっている他の生徒達に対して、
 
「あー……、ココロウァが料理に失敗して鍋、爆発させただけやから、皆部屋に戻りやー」
 
 そう告げて、野次馬達を追い返した。
 
 そして彼女はドアを閉めて少女達と向き直ると、
 
「……で、一体何事や?」
 
 面倒臭そうに問い質す。
 
 そこで漸く正気に返ったハルナはアーニャに掴みかからん程の勢いで、
 
「お願いアーニャさん! のどか達がさらわれて、ネギ先生が助けに行ったの。私も助けに行きたいんだけど、場所が分からないのよ!?」
 
「……ったく、あのバカ。そう言う事なら、私にも声掛けなさいよね」
 
 簡潔に事情を聞き出したアーニャはネギに対して愚痴りながらも、机から麻帆良学園の地図を取り出して広げると、その上でカットクリスタルのペンダントを翳す。
 
「……何やってるの?」
 
 怪訝そうに眉を顰めるハルナに答えたのは愛衣だ。
 
 彼女は気を失っている高音を介抱しながら、
 
「ダウジングです。――アーニャさん、倫敦の方で有名な占い師だったらしいんですよ」
 
「へー」
 
 それを興味深そうに眺めるハルナだが、そんな彼女に千草が声を掛けた。
 
「ところで、あのクソガ……、いやいや、サウザンドマスターの息子の仲間がさらわれた言うてたけど、何であんただけ無事やったんや?」
 
 何でだろ? と小首を傾げるハルナ。
 
 対する千草は心当たりがあるのか、眉を顰めながら、
 
 ……ウチの考えが正しかったら、敵は京都での一件を知っとる。この娘だけ、無事やったんは、一般人やと思われたからや。
 
 だから、あの時の戦闘でネギに味方した者達が誘拐された。
 
 ……あの事件の詳細を知っとるのは、関西呪術協会の上層部と神鳴流の上層部、それと……。
 
 千草の脳裏に浮かぶのは、フェイト・アーウェルンクスと名乗った白髪の少年。
 
 ……何、考えとるんや? あの新入り。
 
「……どうかしたんですか?」
 
 突然、思考に没頭し始めた千草に対して、愛衣が気遣うように話し掛けると、千草は慌てた様子で何でもないように取り繕い、
 
「い、いや、別になんもあらへんで」
 
 ……まぁ、あのクソガキが困った所で、ウチには全然関係あらへんし♪
 
 そう思った瞬間、彼女の右手の人差し指に施された呪いの爪が激痛を発した。
 
「い、痛たたたた!? これでもあかんのかいな!?」
 
 何の前触れもなく、いきなり痛がりだした千草を怪訝な眼差しで見つめる愛衣とハルナ。
 
 事情を知るアーニャは半眼で彼女の失態を眺めつつ、
 
「……どうせまた、ロクでもない事企んでたんでしょ?」
 
「し、失礼なやっちゃな!? ただ、犯人に心当たりがあるだけや!」
 
 激しい口論の末、千草の考えを聞きだしたアーニャは渋い表情で、
 
「……つまり、この事件には、あの白髪の少年が関わっている可能性が高い、と?」
 
「せや。――まぁ、あくまでもその可能性があるっていう程度の話やけどな」
 
「……一筋縄でいきそうにないわね」
 
 前回、あのネギが一方的にやられた相手だ。それなりに準備を整えておかないと、生徒達の救出どころか、生還も危うい。
 
 既に敵の居場所は特定出来ている。
 
 携帯電話を取り出してネカネに連絡を入れる。
 
 ……だが、彼女は未だ図書館島の深部にいるらしく、連絡がとれない。
 
 アーニャは舌打ちすると、未だ意識の戻らない高音に視線を向け、
 
「メイ、早いとこ高音起こして!」
 
 そして自らはクローゼットから愛杖を取り出し、
 
「人質を取られてる以上、下手な動きは見せられない。
 
 ――強襲戦でいくわよ!」
 
「おーけぇっ!!」
 
「は、はいっ!!」
 
 気合いの入った返事を返す後輩二人、そして、
 
「まぁ、頑張りやー」
 
 やる気のない応援をしてくる日本史の担当教師。アーニャは千草に杖を突き付け、
 
「勿論、アンタも来るのよ!」
 
 当然千草は渋ったが、人差し指の激痛には耐えられず、仕方なしに人質救出作戦に参加する事となった。
 
 
 
 
 
  
 
  
 
 
 同時刻、ヘルマンの指定した場所に到着したネギと小太郎。
 
「まずは挨拶だ。喰らって吹っ飛べ、クソ野郎!」
 
 呪文の詠唱を開始する。
 
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル――!
 
 水の精霊達よ、雫を糸で継ぐ銀の雨と化し降り注げ! “聖破・銀雨”」
 
 ヘルマンの周囲に絶え間なく落ちる雨が空中に停止し、それが針の鋭さを持って彼に全方位から隙間無く襲い掛かる。
 
 回避不能の術式を前にしてなお、ヘルマンは余裕の態度を崩すことなく、
 
「うむ、いいね」
 
 小さく呟き、甘んじてその攻撃を受けた。
 
 否、ネギの放った魔法は男まで届く前に掻き消えてしまっている。
 
「……弾かれた?」
 
「なんや? 障壁か?」
 
「いや、何かに掻き消されたように見えたぜ」
 
 カモの言葉にネギは眉間にしわを寄せ、視線をヘルマンから外す。
 
 そこで彼の視界に入ったものは、水牢に捕らわれた生徒達と水の触手によって拘束された明日菜の姿。
 
 ネギは額に井桁を張り付け、
 
「……この、大・馬・鹿・野・郎!!
 
 あっさり、とっ捕まって、“能力”逆利用されてんじゃねぇ!!
 
 オマケに桜咲も、何さらわれてやがる! お前、プロだろうが! 京都に帰って修行しなおしてこい!
 
 それと、そこの馬鹿共! テメェ等、何時から脱げ女に弟子入りしやがった!?」
 
 気を失っている刹那は反論出来ないが、他の少女達は身体を寄せ合ってネギから身を隠しながら、
 
「こ、これはお風呂で襲われたからで、別に高音さんに弟子入りしたわけではないのです!」
 
「というか、見ないで下さいー」
 
 他にもネギに向け、スケベや変態などと言った様々な罵倒が飛ぶが既にネギの意識はそこにはない。
 
 ネギは視線を再びヘルマンに固定しつつ、
 
「おい、そこの変態オヤジ。こんな事して何が目的だ?」
 
 刺すような目つきでヘルマンに問い質すネギ。
 
 だが、ヘルマンはさして堪えた風もなく、平然と堪える。
 
「いや、手荒な真似をして悪かったネギ君。ただ人質でも取らなければ、君は面倒臭いとか言って私と本気で勝負してくれないと思ってね」
 
 本来なら、侵入した際に勝負しても良かったのだが、それでは依頼主のもう一つの命令を遂行する事が出来ない。
 
「そういうわけで、勝負してもらえるかね? 私に勝つことが出来れば、彼女達は帰そう」
 
 ヘルマンの言葉にネギは舌打ちし、傍らの小太郎と小声で作戦会議を行う。
 
「おい、コタロー。お前盾になれ」
 
 対する小太郎は、眉ねを寄せたあからさまに不機嫌な表情で、
 
「命令すんなや。何や話聞いとったら、相手には魔法通じへんみたいやないけ。
 
 ――役立たずはすっこんどれ」
 
「あん? 人が親切にバカでアホで間抜けな戦闘狂にも分かるように、懇切丁寧な作戦立ててやったってのに、そのありがたみが理解出来ねえのか? このチンピラが」
 
「だれがチンピラや!? インテリヤクザ!!」
 
「……いい度胸だ。――どうやら、テメェから先に死にたいらしいな!」
 
「はん、やれるもんなら、やってみいや!」
 
 もはや、小声ではなく周囲に聞こえる程の大声で口論していた二人が互いに距離をとり、一触即発の空気を醸し出す。
 
「ははは、元気があってよろしい。……が、二人で来るのが賢明だと思うがね」
 
 ヘルマンが指を鳴らすと同時、それまで控えていた三人の少女の形をとったスライム達がネギと小太郎に奇襲を仕掛ける。
 
「チッ!?」
 
 スライムの攻撃を障壁で防ぎきったネギは舌打ちして小太郎と背中合わせに警戒姿勢をとり、
 
「……何だ? アイツ等。とんでもない動きしたぞ」
 
 ……未来の海賊王の親戚か? と問い掛けるネギに対し、小太郎は忌々しげに舌打ちして答える。
 
「ありゃ、スライムって奴や。……俺もアイツ等に背後から奇襲喰らって負けた」
 
「なるほどなぁ……。つまりお前はレベル1のスライム以下か」
 
「なんやとッ!!」
 
 からかうようなネギの物言いに、小太郎が掴みかかろうとするが、それよりも早く敵の攻撃が来た。
 
「ッ!? 後で覚えとけやネギ!!」
 
 そう言い残し、小太郎は二体のスライムの相手に入る。
 
 残されたネギはスライムの攻撃を障壁で受け止めつつ、後腰に据え付けたホルスターから拳銃を引き抜く。
 
 真名に頼んで用立ててもらった“スプリングフィールド・V10・ウルトラコンパクトモデル”と呼ばれる拳銃。
 
 鈍い輝きを放つ鉄の塊を見た生徒達が驚きに口を開けたまま固まる。
 
 ……神楽坂対策に用意した物が、こんな所で役に立つとはなぁ。
 
 ちなみに、この銃を選んだ理由は、名前が自分と同じだからだ。
 
 素人が小細工した所で、意味はない。撃つ時は、一番大きな的である胴体部分を狙って出来るだけ近くから全弾撃ち込め。とは、真名の教えだ。
 
 だから、言われた通りに躊躇いなく全6発を撃ち込んだ。
 
 マズルフラッシュが散り、軽い銃声と硝煙の煙を残してヘルマンが背後に倒れ伏す。
 
「ちょ!? 何やってんのよ、アンタ!」
 
 眼前で行われたネギの凶行に、明日菜は抗議の声を挙げるが、ネギ本人はさして気にした風もなく、
 
「心配すんな、ただのゴム弾だ」
 
 言いながら、空になった弾倉を棄て、新たなマガジンを装填する。
 
「いやはや、最近の若者は無茶をするね」
 
 ネギの言葉を証明するように、ヘルマンが何事も無かったように立ち上がる。
 
 訓練用のゴム弾とはいえ、当たり所が悪ければ死に至る事もあるし、マトモに喰らった以上、骨は確実に折れているはずだが、ヘルマンにはそのような所は見られない。
 
「チッ!? やっぱり、真っ当な人間じゃねえか」
 
 チラリと、視線を右手の拳銃に向ける。今度装填された弾丸は全て実弾だが、それでも効果があるかは怪しい所だ。
 
「ふむ、相手に魔法が通じないと見るや、即座に別の方法を試す状況判断能力。若いのに大したものだ。
 
 だが……」
 
 初めてヘルマンが戦闘態勢を取る。
 
「そんな小細工では私に勝つことは出来ないぞ? ネギ・スプリングフィールド君」
 
 ――悪魔パンチッ!!
 
 放たれた拳が光条となってネギに襲い掛かる。
 
「クッ! 障壁全開!!」
 
 魔法障壁の強度を上げ、魔力の込められた拳圧を凌ぐが、一撃で8枚の障壁を破砕されてしまう。
 
 ……クソ! 詠唱無しで、この威力かよ?
 
 心中で悪態を吐きながらも反撃の糸口を探すネギ。
 
「ネギッ!!」
 
 背後から掛けられた声にネギは振り向く事なく呪文の詠唱を開始する。
 
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル! ――捉えよ、凍てつく足枷」
 
「無駄というのが、分からんかね?」
 
 かまわずに踏み込んでくるヘルマン。
 
 対するネギは彼を無視してその場で身体を反転させる。
 
 そこに居るのは三人のスライム娘を相手にしている小太郎だ。
 
 彼は背後に飛び退くとネギと戦う相手を入れ替え、
 
「アンタの相手は俺や、オッサン!!」 
 
「――“氷結の牢獄”!!」
 
 スライム娘達を囲むように氷の渦が巻き、一瞬にして彼女達を氷の檻に閉じ込める。
 
 いかな粘性生物とはいえ、その身体を構成する液体ごと凍らせてしまえば、もう転移は疎か身動きすら叶わない。
 
 同時に小太郎もカウンターでヘルマンに一撃を入れて吹き飛ばしていた。
 
 何だかんだと言った所で、ネカネとアーニャに続いてネギとの長い付き合い小太郎だ。ネギとのコンビネーションも初めてというわけではないので、タイミングの取り方なども心得ている。
 
 吹き飛ばされた筈のヘルマンだが、彼は瓦礫の中から平然とした仕草で立ち上がり、
 
「ふむ、今の攻撃はなかなか良かった。……互いに相性の良い相手にスイッチするタイミング、適正な魔法の選択、被弾を恐れずに突っ込む勇気。――見事なコンビネーションだ」
 
 ネギと小太郎の二人は、互いに目配せすると露骨に嫌そうな顔をして舌打ちし、
 
「おい、オッサン。今のはあくまで俺の指示が良かったからや。
 
 このインテリヤクザは特に何もしてへん」
 
「おいおい、ただ人の名前呼んだだけで作戦気取りですか?」
 
 ネギは大仰に溜息を吐き出し、
 
「これだから、最近のチンピラは……」
 
 再度、互いに視線を交わし、後で殺すと心に決めると小太郎がヘルマンに向けて突撃する。
 
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル! 光の精霊23柱、集い来たりて敵を射て。“魔法の射手・連弾・光の23矢”」
 
 前方を走る小太郎に構う事なく放たれる光弾。
 
 それらが小太郎に接触しようとする瞬間、ネギから彼に向けて指示が飛ぶ。
 
「伏せ!」
 
 まるで犬に躾するような言い方ではあるが、小太郎の身体は律儀に反応してしまった。
 
 地面に這い蹲る小太郎の頭上を23の光弾が抜けていく。
 
 それらは、明日菜の力を逆利用した障壁によって掻き消されてしまうが、目眩ましとしては十二分に作用する。
 
 素早くヘルマンの背後に回り込んだ小太郎が、気の込められた一撃を放つ。
 
「……やったか?」
 
 眩しさに目を細めながらネギが誰に尋ねるでもなくそう呟く。
 
 ――そして光が収まった後、そこに立つのは一つの人影だ。
 
 但し、その人影はネギの期待していた者ではなく、最も忌避するべき者だった。
 
「――いや、今のは危なかったよ。お陰で少々本気を出してしまった」
 
 卵のような凹凸のない顔に不気味に輝く瞳。……そしてねじ曲がった角と不自然に長い手足と皮膜の翼を持つ悪魔。
 
 本性を現したヘルマンは気を失った小太郎を投げ捨て、一言も発しないネギを不審に思いつつ、
 
「……ふむ、まさか私の事を忘れてしまったわけではあるまい? ネギ君」
 
 天に稲妻が走り、ネギの表情を照らし出す。
 
「……はは」
 
 その顔は嗤っていた。
 
「はは、はははははははははははははははっ!!!!!!」
 
 漸く会えた宿願の仇の一人。
 
 狂気と復讐心に満ち足りた表情のままで、ネギは嗤い続ける。
 
「ね、ネギ先生……」
 
 自分達の知らないネギの一面に、囚われの少女達は不安を隠せない。
 
「良い表情だネギ君」
 
 その言葉が引き金だった。
 
 ネギは笑みのままで呪文の詠唱を開始する。
 
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル――。
 
 ……復讐の時は来たれり、繋がれし獣、今こそ解き放たれよ。
 
 其は破壊の杖なり――。“魔天の餓狼”」
 
 ヘルマンの周囲を囲むように光の格子が展開される。
 
 範囲指定された領域内の全てを分子崩壊連鎖させるという完全殲滅専用攻勢呪文。
 
 本来ならば回避も防御も不可能な筈の呪文だが、
 
「いやぁぁぁぁああああッ!?」
 
 明日菜の力を逆利用したヘルマンには効果が無かった。
 
「……実験は完全に成功のようだ。このような凶悪な呪文にさえ耐えるとは、依頼主も満足するだろう」
 
 だがネギはそんな言葉は聞いていない。
 
 現状の不利を解消すべく右手の拳銃を構える。
 
「止めたまえネギ君。――そんな玩具で私を倒す事は出来ないぞ?」
 
 そう告げるヘルマンだが、その言葉はネギが次にとった行動により呑み込まざるを得なくなった。
 
 ネギの銃口の向く先、そこにはヘルマンではなく、捕らわれの明日菜が居たからだ。
 
 ヘルマンの対魔法障壁が明日菜の力を逆利用しているのであれば、その根元である明日菜が死ねばそれは解除される事になる。
 
 咸卦法を使用していない今の明日菜ならば、拳銃の弾丸でも十二分に致死に値するだろう。
 
「駄目ですネギ先生!!」
 
「それは洒落になってないアルよ! ネギ老師!!」
 
「止めるですネギ先生!!」
 
 生徒達の送る静止の声も、今のネギには届かない。
 
「……あかん。――あかんでネギ先生!!」
 
 親友を守ろうとする木乃香の内から爆発的な魔力が迸り、彼女達を捕らえる水牢を内部から破砕した。
 
 ――だがもう遅い。
 
 木乃香達からは目と鼻の先にいる明日菜だが、既にネギの指は拳銃の引き金を引いた後だった。
 
「アスナ――ッ!?」
 
 木乃香の悲痛な叫びが響き、銃弾が明日菜の身体を穿つ寸前、ネギと明日菜の間に割り込む人影があった。
 
 ――聖ウルスラ女子高等学校の女子寮から、このステージまでの距離を一直線に音速を超える速度で走り抜けてきた少女。
 
 アンナ・ユーリエウナ・ココロウァが展開した障壁で全ての銃弾を受け止める。
 
 否、正確には、彼女が展開した障壁よりも外に、風と氷の障壁が二重に展開されており、弾丸はそこで阻まれていて、彼女の障壁まで届いてはいなかった。
 
 アーニャは杖を振って弾丸を地面に落とすと、忌々しげな目つきで狂気に支配されたネギを油断無く睨みつける。
 
「……また、狂気に捕らわれてるわね、このバカネギ!」
 
 ――アーティファクト“コウソクノツバサ”第三段階起動。
 
「いい加減、正気に戻りなさい!!」
 
 杖を振りかざし、ネギの元へ突っ込もうとするが、それは差し出された一本の腕によって遮られた。
 
 アーニャが不審気に視線を向ける先、そこに居たのは長い金髪を雨に濡らせた一人の女性だった。
 
「……ネカネさん?」
 
 アーニャが女性の名を呼ぶと、ネカネは少し寂しそうな笑みを浮かべて、
 
「貴女一人じゃ、ネギの相手はキツイわよアーニャ」
 
「ふん、ぼーやがどれ程の力を持っているか? 見極めるつもりでいたが、事情が変わった――。
 
 ――付き合ってやる。感謝しろ小娘」
 
 聞こえてきた声に振り返ると、そこには茶々丸を伴ったエヴァンジェリンの姿もあった。
 
「……ふむ、だがそれでは私が困るのだがね」
 
 そう言って、歩み寄ってくるのは人間形態に戻ったヘルマンだ。
 
 彼は感情を表に出さぬまま告げる。
 
「――依頼人の意向で、ネギ君の全力がどれ程なのかを知らなくてはならないのでね。申し訳ないが、邪魔させてもらうよ」
 
 ファイティングポーズを取り、ネギに攻撃を仕掛けようとするヘルマン。
 
 だがそれは、下方から抉り込むように放たれた貫き手によって後退せざるをえなかった。
 
「はん、何やよう分からんけど、今のネギはすかんからな、時間稼ぎに協力くらいはしたる!」
 
 ヘルマンと対峙するのは、何時の間にか復活した小太郎だ。
 
「――では、拙者も協力させてもらうでござるよ」
 
 声と共に小太郎の傍らに現れたのは長身の少女。
 
「……アンタか」
 
 エヴァンジェリン達と共に、事の推移を見守っていた長瀬・楓が小太郎と共に共同戦線を張る。
 
 彼女の実力は、相対した事のある自分が良く知っている。背中を預けるに申し分無い。
 
「――足、引っ張んなや楓」
 
「コタロー殿こそ、随分とダメージが残っているようでござるが?」
 
「丁度ええハンデや」
 
 互いに視線を交わし、口元を吊り上げる。
 
「甲賀中忍、長瀬・楓。――推して参る!」
 
「我流、犬上・小太郎。――征くで!」
 
 戦闘を開始した三人を見送り、アーニャ達も戦闘に意識を切り替える。
 
 相対する一同を敵と認識したネギが呪文の詠唱を開始、
 
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル――」
 
 しかし、ネギを囲うように飛来した十六の匕首が不規則な軌道をとって彼の周囲に突き刺さった。
 
 ――匕首・十六串呂、稲交尾籠!!
 
 木乃香の肩を借りた刹那の放った捕縛陣がネギの身体を拘束する。
 
「今です、アーニャさん! アスナさんの呪縛を!!」
 
 刹那の意図を悟ったアーニャが愛杖に光刃を宿らせて、明日菜の両腕を拘束する触手を断ち切った。
 
 戒めから解き放たれた明日菜は、即座に首からぶら下がるペンダントを引き千切り、眼前で刹那の放った捕縛陣からの脱出を試みているネギを睨み付ける。
 
 今、明日菜の心を支配している感情は怒り。
 
 銃口を向けられて殺されかけた事に対する恐怖はある。――否、あった。
 
 だが、その感情も今の明日菜の怒りの前に押し流されてしまっていた。
 
 ネギの過去を知っている以上、彼の怒りや憎悪の理由は理解出来る。――だが、それでも、だ。
 
 今のネギに対して明日菜はムカついていた。
 
 ……正気を失うぐらい、憎悪を溜め込んで! そういう感情を普段から押し隠して!
 
「仲間なんだから、愚痴くらい言いなさいよ!!」
 
 ――右手に気、左手に魔力。……合体!!
 
 咸卦法を発動し、迷い無くネギの元へ駆ける明日菜。
 
 対するネギは刹那の捕縛陣に拘束されながらも、呪文の詠唱を行っていた。
 
「――木星の精霊ヒスマエルよ!! 炎のワシを導き出せ!! サファイヤの光とともに全てを焼き尽くせ!!」
 
 聞こえてきた詠唱にエヴァンジェリンが顔を青ざめさせる。
 
「まさか! 惑星霊魔法だと!?」
 
 メルキセデクの書により、ネギが新たに手に入れた力。
 
 星の代理人とも言うべき惑星霊の力を行使する魔法だ。通常の精霊魔法とは破壊力、消費魔力、制御の難度、全てにおいて桁が違う。
 
 勿論、メリットだけではなくデメリットも存在する。
 
 惑星霊ほどの強大な存在を使役するのだ。見返りとして年単位で術者の寿命が縮む。
 
 その余りの危険さから禁呪中の禁呪とされてきた筈のものだったのだが、
 
「あのジジイ……! よりにもよって、こんな魔法の載っている魔導書を渡すとは! ――下手をすれば、学園都市一帯が焦土になるぞ!?」
 
 そしてエヴァンジェリンは魔法使い組に全力で魔法障壁を展開するように指示し、その他も者達には障壁の背後に隠れるよう命じる。
 
「これは何事ですの!?」
 
 最悪のタイミングで到着した高音達にもエヴァンジェリンは有無を言わさず障壁の展開を命令し、
 
「クソッ!? こうなったら頼りは神楽坂・明日菜の魔法完全無効化能力だけか」
 
 その明日菜は、刹那の展開した捕縛陣を腕の一振りで霧散させるとネギに向けて固く握りしめた拳を叩きつけた。
 
「いい加減、正気に戻りなさい!このバカネギ――ッ!!」
 
「“木星の火焔鷲”――!!」
 
 ネギの手から放たれる火の鳥が肥大化しながら明日菜に襲い掛かってくるのを、彼女は拳の一撃で消滅させ、勢いそのままにネギの展開する魔法障壁まで打ち破り彼の顔面に一撃を入れる。
 
 ――だが、それでもネギは耐えてみせた。
 
 頬を捉える明日菜の腕を掴み取ると、力任せに投げ捨て再度惑星霊魔法の詠唱を開始する。
 
 もはや、ネギの魔力は限界に近く、これ以上の惑星霊魔法の行使はあらゆる意味で危険過ぎた。
 
「……ネギ、少し頭を冷やしなさい」
 
 悲しげに告げ、ネギに向けて指を突き付けるネカネの腕の周囲に六つの光球が現れる。
 
「――精霊ザゼルよ!! 土星の精霊よ!! 悪しき力をその輝きで映し出せ!!」
 
 強大な力を誇る惑星霊魔法を行使するネギに対し、ネカネの使用するのは無詠唱とはいえ、基本魔法である“魔法の射手”だ。
 
 ――“魔法の射手・集束・光の6矢”。
 
 強大であるが故に長い詠唱の必要となる惑星霊魔法と無詠唱の“魔法の射手”では当然、詠唱の速度が違う。
 
 集束され、砲撃の如き光条と化した一撃が、ネギに向けて放たれた。
 
 明日菜の攻撃により障壁を破壊されていたネギは回避行動をとろうとするも、いつの間にか、その手足にリング状の拘束魔法を使用されていて逃げる事すら叶わなかった。
 
「ふん、――余り、手間を掛けさせるなよ? ぼーや」
 
 つまらなそうに告げるエヴァンジェリン。
 
 直後、ネギの身体にネカネの放った魔法が直撃した。    
 
 
 
   
 
 
 
 
 
 
 身体の各所から挙がる軋みを気合いで強引にねじ伏せて何とか立ち上がる。
 
「……痛ってぇ」
 
 ネギはそのままネカネ達を睨み付け、
 
「ちょっとは手加減しやがれ!! 死ぬかと思ったじゃねぇか!」
 
「……ネギ先生?」
 
 何時もと同じ調子のネギに、少女達の間から安堵の吐息が吐き出され、少女達が一斉にネギの元に駆け寄り抱き付こうとするも、それよりも早く横から放たれた明日菜の跳び蹴りがネギの側頭部を捉えた。
 
「もぴょろ!?」
 
 愉快な悲鳴を挙げながら地面を滑空するように転げるネギ。
 
 それを成した少女はネギに向けてビシリと指を突き付け、
 
「私の方が、死ぬかと思ったわよ!!」
 
 全面的にネギに非がある以上、文句を言うわけにはいかない。
 
 明日菜はネギに突き付けていた指を、未だヘルマンと戦う小太郎達に向け、
 
「ほら! まだ終わってないのよ! アンタの因縁なんでしょ! さっさと行って……、片づけてきなさい!!」
 
 自分を殺そうとしたネギを恐れるでもなく、何時もと同じ調子を見せる明日菜にネギは内心で深く感謝しながら、
 
「サンキュな、神楽坂」
 
 彼女に聞こえるかどうか程度の小声で礼を述べた。
 
 そして杖で身体を支えながら、何とか立ち上がると、
 
「待たせたな! 長瀬! こっちはもう完全に復活したから下がってていいぞ」
 
「って、俺の事は完全に無視かい!!」
 
 ヘルマンと対峙しながらも抗議の叫びを挙げる小太郎に対し、ネギは疲れたように肩を竦めると、
 
「なんだ? まだ居たのか? お前……、はいはい、お疲れお疲れ」
 
「うわぁ、ごっつうムカつくわ、コイツ」
 
 だが小太郎はネギの身体が満身創痍に近いものである事を見抜くと、
 
「……そんな形で、あのオッサンに勝てるんかい」
 
 その小太郎の問い掛けに答えたのはネギではなく、彼の隣に並び立つアーニャだった。
 
「私達が付いてるから平気よ」
 
 そう言い切ったアーニャとはネギを挟んで反対側、そこにはネカネの姿もある。
 
 ヘルマンに対して因縁があるのはネギ一人ではない。
 
 アーニャは両親を石化されているし、ネカネに至っては文字通り足を砕かれている。
 
 流石に、この二人の協力だけは拒む事は出来ない。
 
「つーわけだ。下がっとけ小太郎。――後で、飯奢ってやる」
 
「お前が、その手の約束守った事一回も無いけどな」
 
 言いながらも小太郎は楓を促し、ヘルマンと距離をとった。
 
「ほな、久々に“メルディアナ魔法学校の破壊槌”の戦い見させてもらおか」
 
「……何だそのセンスの欠片もない名前は?」
 
「何言うとんねん? お前らのパーティー名やろ?」
 
 不思議そうに問い返す小太郎に答えたのはエヴァンジェリンの傍らに控えた茶々丸だ。
 
「はい、ハイマスター、アーニャさん、ネカネさんの三名によるパーティーの通称がそれです。
 
 名前の由来は、どのような難事件であろうと力づくで解決されるお三人のスタンスから、この名で呼ばれているようですが……」
 
 ……主に、ネカネ姉ちゃんの所為だな。
 
 そう思うが、敢えて口に出すような真似はしない。
 
 実際は、ネカネ5:ネギ3:アーニャ2くらいの割合なのだが。
 
 ともあれ、第3ラウンドの準備は整った。
 
「さて、リベンジといこうか」
 
「ふむ、――これは奇遇とも言える。全員、あの村の生き残りかね?」
 
 ヘルマンは楽しそうに拳を構え、
 
「来たまえ、相手になろう」
 
 その言葉が引き金となり、真っ先にアーニャが突っ込んだ。
 
 だが、これから始まる復讐戦を興味深い眼差しで見つめる少女に誰も気付かない。
 
 彼女の名は、超・鈴音。
 
 この10年越しの復讐戦にネギがどのような結論を出すか? それにより彼女のネギに対するスタンスは変わってくる。
 
 ……さあ、どうするネ? ネギ老師。
 
 アーニャは杖に曲刃を宿し、ヘルマンに襲い掛かる。
 
「なかなかの速さだ。だが――」
 
 振り下ろされる光刃を、ヘルマンは拳で迎撃する。
 
 負荷に耐えきれず、砕け散る光刃。
 
 バランスを崩したアーニャを迎えるのは返しの左拳だ。
 
 だがアーニャは“コウソクノツバサ”のもう一つの能力である空気を蹴る力を使い、姿勢を制御して素早くヘルマンの背後に回り込むと、その背に向けて無詠唱“魔法の射手・戒めの風矢”を放ち、ヘルマンの動きを封じる。
 
 そこに突撃してくるのはネカネだ。
 
 辛うじて解呪の間に合ったヘルマンがネカネの拳を何とかブロックするも、衝撃までは殺す事が出来ずに吹っ飛ばされる。
 
 しかし、すぐに体勢を立て直すと、懐かしむような表情で彼女に語り掛けた。
 
「……君は、あの時の少女かね? ――大きくなったものだ」
 
「お陰様で……」
 
 あの時、ネギを護りきれなかった事を悔やみ、二度と弟を危険な目に会わさない為、彼女は力を求め、彼女の内に流れるスプリングフィールドの血脈は、その想いに応えてくれた。
 
 拳を握り、限界まで魔力を通わせる。
 
 ――悪魔パンチッ!!
 
 放たれるヘルマンのパンチに対し、ネカネも拳を合わせる。
 
 ――激突ッ!?
 
 肉の拉げる嫌な音が鳴り、ヘルマンが蹈鞴を踏む。
 
「むぅ!?」
 
 しかし、そこで怯む程ヘルマンも愚かではない。
 
 ネカネの追撃に対し、蹴りで応戦しようとするが、ネカネはそれを見越したようにガードし、逆にヘルマンの軸足を蹴り折ってみせた。
 
「グッ!」
 
 左膝の間接を砕かれ、片膝を着くヘルマン。
 
「……信じられん。この戦闘力。――君は本当に人間かね?」
 
 眉を顰めながら告げるヘルマンに対し、ネカネはいつもの笑みを崩さないままで、彼の疑問に答える。
 
「これは貴方が私に与えてくれた力ですよ」
 
 一瞬の隙を付き、ヘルマンは石化の光条を放つが、信じられない事にネカネは光線に拳を打ち付けて軌道を逸らしてしまった。
 
「何という出鱈目な……」
 
 この時点でヘルマンは完全に油断を棄て、悪魔形態へと移行する。
 
 即座に再生される拳と膝。
 
 だがそんなもの関係無いとネカネはヘルマンに対しラッシュを仕掛けるが、ヘルマンもラッシュで対抗してみせる。
 
 打ち合わされる拳と拳、蹴りと蹴り。
 
 その一撃一撃が、中位の古代語魔法に匹敵する破壊力を秘めた攻防を繰り返し、隙を付いてはアーニャが仕掛け、その間にネカネが詠唱の速いタイプの上位古代語魔法を放つ。
 
「ほう……、なかなかどうして、やるじゃないか、あの小娘」
 
 ネカネの戦闘スタイルにナギの戦い方を重ねたエヴァンジェリンが唇を吊り上げる。
 
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル――!!
 
 目覚めよ、大気に眠りし精霊達よ! 魔の力、黒き翼の力を持ちて従え! 風魔と化し彼の敵を滅ぼせ!!」
 
 聞こえてきたネギの詠唱にヘルマンは身を強張らせた。
 
「――まさか、味方ごと撃つつもりかね!?」
 
 正気を失っていたネギならばともかく、今のネギがそのような暴挙に出るとは考えられないが――、
 
「……気圧が下がっているな」
 
 エヴァンジェリンの呟き通り、既に魔法の効果は現れ始めている。
 
「ちょっとネギ!? まだ、ネカネさんとアーニャさんが居るのよ!?」
 
 明日菜の叫びが聞こえてくるが、ネギはそれを無視して唇を邪悪に吊り上げ、
 
「――“風花・魔裂風塵”!!」
 
 ヘルマンを中心に風が渦を巻き、鎌鼬により彼の身体を切り刻まんとし、更に上空からも無数の風の刃が彼の元に降り注ぐ。
 
「クッ!?」
 
 咄嗟に全魔力を防御に回すヘルマン。
 
 彼が視線を向ける先、ネカネを伴ったアーニャがアーティファクトの力を解放するところだった。
 
「G・Hi−Top!」
 
 瞬間、彼女達の姿がヘルマンの眼前から完全に消失した。
 
 アーティファクト“コウソクノツバサ”の第5段階Hi・Topは速さの極限、停滞した時間の流れの中を動けるという、加速装置や超加速と同じようなものだ。
 
 普通ならば脱出不可能な僅かな時間しかない術の隙を抜けて圏外に脱出する事さえ可能にする。
 
 ネカネを伴って明日菜達の前に姿を現したアーニャ。
 
 何の前触れもなく突如現れたアーニャとネカネに、明日菜達は目を見開いて驚くが、今まで幾度か、この戦い方を見てきた小太郎は驚くに値しない。
 
「なるほど、ぼーやの姉が近接戦で足止めし、ぼーやが大規模魔術を行使すると同時に小娘が姉を抱えて脱出するか――」
 
 随分と粗い作戦ではあるが、それぞれの特性を活かしたコンビネーションでもある。
 
 見れば、ネギの起こした局地的暴風圏も収まろうとしていた。
 
 勝利を確信していた皆だが、その期待を裏切るようにヘルマンはまだその場に立っている。
 
「……頑丈なやっちゃなぁ」
 
 呆れた声を挙げる小太郎だが、ヘルマンもそこが限界だったのだろう。大きく体をぐらつかせると、そのまま仰向けに倒れ伏した。
 
 身動きすら出来ないヘルマンの元にネギが杖を着きながら歩み寄る。
 
「……君達の勝ちだ。……トドメを刺さなくていいのかね?」
 
 満身創痍な状態で問い掛けるヘルマン。
 
「このままにすれば、私はただ召喚を解かれ自分の国へと帰るだけだ……。
 
 しばしの休眠を経て、復活してしまうかもしれんぞ?」
 
 既にヘルマンの身体の各所からは煙のようなものが出ている。
 
「先程、私に使った“魔天の餓狼”とかいう魔法を使えば、私を消滅させる事も可能な筈だ」
 
 皆がその様子を見守る中、ネギはつまらなそうな表情で、
 
「そうしてやりたいのは、やまやまだが、悲しいかな魔力不足でな使えやしねえ」
 
 ――それに、
 
「アンタにゃ、色々と聞きたい事もある。このまま素直に帰すと思ってんのか?」
 
 黒幕の正体、石化された者達の解呪方法など――。ヘルマンには聞かなくてはならない事が山ほどある。
 
「だから、アンタを俺の使い魔にする」
 
「ちょ、ちょっと!? ネギ、本気なの!?」
 
 村の皆の仇を使い魔にしようとするネギの暴挙に、アーニャは待ったを掛けるが、ネギは平然とした表情で、
 
「あぁ、……それにコイツには俺にとっての戒めになってもらう」
 
 どちらかと言うと、こちらの方が本命だ。
 
 二度と今回のような暴走を起こさないように、常に仇を傍らに置くことにより、その感情を制御するように務める。
 
「それに、戦力としては申し分無いしな」
 
 何しろネカネと五分で打ち合える程の実力者だ。
 
「は……、ハハハハ!! 仇を使い魔に迎えようというのか君は!?」
 
 心底面白そうに笑い、ヘルマンはボロボロの身体を起こしてネギに臣下の礼をとり、
 
「ヴェルヘルム・ヨーゼフ・フォン・ヘルマン伯爵、これよりネギ・スプリングフィールドの使い魔となる事を誓おう」
 
 告げ、カモの敷いた魔法陣の中でネギの血を受ける。
 
 それを見ていた超は人知れずほくそ笑む。
 
 ……やはり君は、私の予想通りの人ネ、ネギ老師。
 
 自らの意志で憎しみの連鎖を断ち切る事の出来る強い心を持った人物。
 
 それこそが、彼女の計画において必要な協力者の資質だ。
 
 ……何としても、仲間に引き込みたくなたヨ。
 
 その後、スライム娘達も強制的に使い魔に加え、この事件は一応の決着は着いたかに見えた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 翌朝、何時ものようにネギを起こしに来た茶々丸が見たのは、血を吐いて倒れるネギの姿だった。
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