魔法先生……? ネギ魔!
 
 
書いた人:U16
 
第7話
 
 夜の森の中を一人の女が走る。
 
「くっ、まさか西洋魔術師があんな出鱈目な奴やとは思わんかったわ」
 
 舌打ちし、更に足を早める。というか、巨大ロボットを召喚するような魔術師など世界中を探しても5人といないだろう。
 
「しゃあない、一度逃げて仕切直しや!」
 
 そんな千草を背後から追う影がある。
 
「随分、勝手な事をしてくれたわね! しかも私より早く逃げようとしている!」
 
 加速する人影、
 
「――どっちかというと、後者の方が気に入らない!!」
 
 一気に千草を追い抜くのは、赤い髪の少女、ネギの従者であるアンナ・ココロウァだ。
 
 彼女は行き過ぎた事に気付いて急ブレーキを掛け強引に停止すると千草と相対する。
 
「クッ!? 西洋魔術師か!?」
 
 千草が懐から呪符を取り出し臨戦態勢をとると同時、彼女の後ろに気配を消して現れたチャチャゼロが手にした大振りのナイフの峰で千草を殴打し昏倒させた。
 
「……デ? オ前ハ、ソンナ所ニ這イ蹲ッテ何ヤッテンダ?」
 
 そう告げるチャチャゼロの視線の先、彼女の言葉通り、力尽きて地面に倒れ伏したアーニャの姿があった。
 
「……こ、これじゃあ私、文化的二枚目半じゃない」
 
「……体調最悪なのに、無理して格好付けるからそうなるんだよ」
 
 溜息混じりに茂みから姿を現すのは、アーニャの主人であるネギだ。
 
 ネギはチャチャゼロに軽く労いの言葉を掛けるとアーニャを引き起こし、
 
「まあ、精進するこったな」
 
「……うるさいわね。ちょっと調子が悪かっただけよ」
 
 嘯くアーニャを背中に背負い、千草の足を掴んで引きづりながら皆の元へ戻った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ……その翌朝。
 
 ネギが目を覚ますと、荷物を纏めた刹那が皆の前から姿を消そうとしている所だった。
 
「……何処に行く気だ? お前」
 
「い、一応、一族の掟ですから、あの姿を見られた以上、仕方ないのです……」
 
「さよけ……」
 
 興味無さそうに告げ、ネギは面倒臭いとだらしない仕草で腹を掻きながら、
 
「これ独り言なんだけどな、実は詠春のオッサンから近衛を魔法使いとして鍛えてやってくれって頼まれてんだよなー」
 
「ほう、貴様が弟子をとるか?」
 
 ネギの独り言に合いの手を入れるのは、刹那の見送りに出ていたエヴァンジェリンだ。
 
「それで、どのような鍛え方をするつもりだ? ぼーや」
 
 問われたネギは邪悪な笑みを浮かべ、
 
「南極に1週間放置とサハラ砂漠に1週間放置。……どっちの方が良いと思う?」
 
「それはそれは、どちらも斬新な訓練方法だな」
 
 意気投合するネギとエヴァンジェリン。
 
 その場を去ろうとしていた刹那は慌てて踵を返してネギに詰め寄り、
 
「ま、待って下さい! 何の魔法も使えないお嬢様をいきなりそのような場所に送り込むなど……!」
 
 その反応を待っていたとばかりに、ネギは刹那に向き直ると、
 
「なら、お前が近衛の傍にいてアイツを護ってやれ」
 
「し、しかし、わたしには烏族の掟が……」
 
 それでもなお躊躇う刹那。
 
 そこに丁度、明日菜と共に木乃香が現れる。
 
「せっちゃん、せっちゃん、大変や――っ」
 
「大変よ、刹那さ――んっ」
 
 いきなりの跳び蹴りと突き倒しに驚きながらも、取り敢えず問い返してみると、詠春が身代わりとして送った筈の紙型が旅館で大暴れしているとの事らしい。
 
 急いで帰ろうとする木乃香達だが、そんな彼女をネギが押し留める。
 
「近衛、昨日の騒動で自分に魔法使いの才能があるって事は自覚したな?」
 
「う、うん……」
 
「どうする? お前が望むんなら、俺が稽古つけてやっても良い。けど、それが嫌だっていうんなら、お前から昨晩の記憶を全部奪わせてもらう。
 
 ついでに言うと、後者を選んで普通の生活を選んだ場合、お前の護衛をする必要がなくなるから、桜咲は転校するそうだ」
 
「そ、その物言いは卑怯ですネギ先生!」
 
 そんな言い方をされれば、木乃香がどちらを選択するかなど分かり切っている。
 
「そんなもん知るか!?」
 
 ネギは木乃香に向き直り、
 
「さあ、選べよ近衛――」
 
「ほな、ウチはネギ先生の弟子になります」
 
 迷い無く決断する木乃香。
 
「お嬢様、お考え直し下さい! こちらの世界に足を踏み入れたら最後、また何時昨晩のような連中に狙われるか分からないのです!?」
 
 対する木乃香は笑みを浮かべて、
 
「せやけど、その時は、またせっちゃんが護ってくれるんやろ?」
 
「そ、それは……」
 
 逡巡する刹那を無視して、ネギは勝手に話を進めていく。
 
「んじゃ、まあ……、アレだな。
 
 正しい魔法使いへのその1。従者との仮契約やっとくか」
 
 視線をカモに向けると、カモは嬉しそうに一瞬で魔法陣を書き上げる。
 
 ネギが強引に刹那を魔法陣に入れ、カモが木乃香の肩で仮契約の仕方をレクチャーした。
 
「キス? そんな事でええん?」
 
「あぁ、まうすとぅーまうすで濃厚なヤツをブチューっとな」
 
「い、いや、ネギ先生……! やはり女の子同士で接吻するのは――」
 
 抗議の悲鳴を挙げる刹那だが、木乃香に顔を挟まれて、その唇を塞がれる。
 
 ――仮契約!!
 
 現れる刹那の仮契約カード。
 
 本カードを木乃香に、複製カードを刹那に手渡す。
 
「さて……、俺、まだちょっとやる事残ってるから、お前ら先に旅館に戻っててくれ」
 
 軽く手を振り生徒達を別れたネギは詠春の元へ赴く。
 
「よう、オッサン」
 
 気軽に挨拶し、いきなり本題に入る。
 
「ところで、今回の一件の報酬なんだけど――」
 
 対する詠春は嫌な顔一つせずに、
 
「ええ、それでしたら後日ネギ君の口座に振りこまさせていただきますよ」
 
「いや、そうじゃなくてさ、今回の首謀者、……天ヶ崎・千草とかいったか? そいつの身柄をこっちに引き渡してほしいんだけど、……駄目か?」
 
 流石にその提案には詠春も眉を顰める。
 
 千草の身柄を関東魔法協会へ引き渡すということは、ある意味、関西呪術協会が彼らに負けを認める事に等しいともいえる。……のだが、それを見越したネギが更に言葉を繋げた。
 
「関東魔法協会に、じゃなくてな、俺に預けてくれねえかな?」
 
 そもそも今回の一件、よく考えてみれば加害者も被害者も関西呪術協会の関係者であり、ネギ達はあくまでも協力者という立場であるため、クレームを付けるだけの権利は存在しない。
 
 ネギは目配せして詠春に人払いを頼み、周囲に気配が無くなったのを確認すると、
 
「ぶっちゃけ今回の事件で、あの女の受ける事になる罰ってもんはどれくらいになる?」
 
 というネギの質問に、詠春は神妙な表情で、
 
「……良くて長期間の幽閉。悪ければ力を封印した後、関西呪術協会からの追放となるでしょうね」
 
 だが詠春としては、流石にそれは厳しすぎるのではないか? と思わないでもない。
 
 とはいえ、それ以上軽い罰にすれば、出所後ネギ達に逆恨みして復讐を計画しかねないだろう。
 
「だからさ、俺に天ヶ崎の身柄を預けてもらえねえか?」
 
 再度そう提案するネギに対し、詠春は彼の狙いを読みとって小さく頷くと、
 
「……恩を売って、彼女の復讐心を削るつもりですか?」
 
 問い掛ける詠春に対して、ネギは意地の悪い笑みを浮かべると、
 
「いいや、あの手の奴はどんなに恩を売っても復讐心を無くしたりはしねえよ」
 
 ……だから、
 
「恨むことも出来ないようにして、俺に忠誠を誓わせる」
 
「……記憶の書き換えですか?」
 
 眉を顰めて、余り賛同しかねるという風に告げる詠春。だがネギは笑みの質を邪悪なものに変化させ、
 
「くくく、そんな生温い方法なんぞ使うかよ。――とっておきの邪悪でえげつない呪い掛けてやる」
 
 主人公にあるまじき下卑た笑みでそう断言した。
 
 普通ならば、決して信用出来るものではないのだが、こうして態とらしく悪人ぶる時、結果的に相手が幸せになれるように行動していた人物を詠春は知っている。
 
 懐かしそうな笑みを浮かべた詠春はしっかりと頷き、
 
「分かりました。では、天ヶ崎・千草の身柄はネギ君に一任します」
 
「おっ、話が分かるな詠春のオッサン!」
 
「ははは、しかし月詠君にの身柄に関しては、神鳴流との兼ね合いがありますから流石にネギ君に委ねるわけにはいきませんが」
 
「いや、それは別にいいや。あのガキは仕事と趣味でやってただけだろ? 後、コタローは死刑ってことで一つ」
 
「なんで俺だけ死刑やねん!!」
 
 抗議の声と同時に放たれた跳び蹴りがネギを襲うが、それはネギが常時展開している障壁によって弾かれてしまう。
 
「……なんで、ここにいるんだよ? お前は」
 
 ウンザリ気に問い掛けるネギに答えたのは小太郎ではなく詠春だ。
 
「私が呼んだんですよネギ君」
 
 それで全てを悟ったとネギは手を拍ち、
 
「なるほどな、……つまり、俺にこの犬の死刑執行を行えと。
 
 ……流石は関西呪術協会の長、気が利くな!」
 
「上等ッ! やれるもんなら、やってみいや!!」
 
 右手に氷の刃を顕現させるネギと牙を剥き出しにして相対する小太郎。
 
「そこまでにしておいて下さい」
 
 気配もなく割って入った詠春がネギと小太郎の頭を掴んで強引に距離を引き離す。
 
 詠春は軽く溜息を吐きながら、
 
「彼には今後一年間、関東魔法協会の方で奉仕活動に従事してもらいます」
 
「タダ働きか?」
 
 嬉しそうに問うネギ。
 
「いいえ、ちゃんと報酬は出るそうですよ」
 
「チッ!?」
 
「なんや、今の舌打ちは?」
 
「なんでもねえよ!」
 
 再度いがみ合いを始めた二人に苦笑いを零し、詠春は小太郎と共に入室してきていた千草に視線を向ける。
 
「さて、貴女の処遇に関してはネギ君に一任する事になりました」
 
 宣告された千草は刺すような目つきでネギを睨み付けるが、対するネギはその程度の殺気どうということはないと平然とした態度を保ち続けたまま千草に歩み寄り、
 
「まあ、そんな事でな、アンタには一つ呪いを掛ける事にする」
 
「――呪いやて?」
 
 ネギは腰のポーチからコウモリの羽根を取り出すと、千草に向けて邪悪な笑みを見せ、
 
「くくく、小便は済んだか? 神様にお祈りは? 部屋の隅でガタガタ震えて命乞いをする心の準備はOK?」
 
「……完全に悪人やな」
 
「放っとけ!」
 
 小太郎の野次に突っ込みを入れて、再度千草に向き直ると呪文の詠唱を開始する。
 
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル……。
 
 蝙蝠の羽より来たれ、夜魔の王。我が爪に宿り、契約の効力となれ。
 
 ――“青き爪の呪い”」
 
 ネギの手にしたコウモリの羽根を触媒として呪いが発動し、彼の右手の人差し指の爪が不気味に蠢く。
 
「うわ、きしょ!?」
 
「いちいち、五月蠅ぇ奴だな。テメエにも呪い掛けんぞ」
 
 チャチャを入れる小太郎を牽制しつつ、ネギは己の手を千草の手へと差し出し爪を彼女の指へと移し変えた。
 
「な、何やねんコレ!?」
 
 余りのおぞましさに顔を背けネギに抗議の叫びを挙げる千草。
 
 対するネギは心底、面白そうに、
 
「まあ、覚悟しとけよ? そいつは俺に反逆心を抱くと発動する類の呪いでな」
 
 定着した千草の爪を指し、
 
「爪の色が青い内は問題ねえが、そいつが赤に変わったが最後、お前の身体は分解されて知性の欠片もないヒキガエルに再構成される」
 
 悪魔が裸足で逃げ出すような邪悪な顔で宣告するネギ。
 
 対する千草は当然抗議しようとするが、爪に激痛が走り言葉を中断してしまう。
 
「まあ、アレだ。俺に心から忠誠誓ってさえいれば何ともないから気にすんな」
 
「気にするに決まっとるやな――ッ」
 
 再度走る激痛。再び言葉を失う千草に対し、ネギが精神攻撃を仕掛ける。
 
「……ヒ・キ・ガ・エ・ル♪」
 
 人の神経を逆撫でするようなネギの声に、千草は我に返ってぎこちない笑みをネギに向ける。
 
「な、なんでもありまへんえ」
 
 流石に千草が哀れに思ったのか、小太郎が横から口を挟む。
 
「なあネギ、その呪い、解呪する方法ってないんか?」
 
 対するネギは顎に手を添えて、
 
「まあ、無い事もないけどな。……あんまりお薦めは出来ねえぞ?」
 
「よ、良かったら、その方法を教えて貰いたいんですけど」
 
 精一杯の愛想笑いを浮かべて問う千草。
 
 ネギは小さく頷き、
 
「お前が自分の心臓を抉り出して、その血を爪に掛けるんだよ。
 
 そしたら呪いが解ける」
 
「死んでしまうわ!! って、いいえ嘘ですぅ。何でもありまへんえ!」
 
 指先に痛みが走った為か、慌てて態度を覆す千草。
 
 その千草の態度を見て、詠春も二度と邪な事を企んだりは出来ないだろうとみて、密かにほくそ笑む。
 
「ではネギ君。私は、この後少し後処理がありますので、後程待ち合わせ場所で」
 
「ああ分かった。
 
 ……じゃあ天ヶ崎、お前、姉ちゃん達に京都観光のガイドしてやってくれ」
 
 千草はあからさまに嫌そうな顔で、
 
「何でウチがそんな――、いえ、喜んでやらせていただきます」
 
 またも慌てて態度を一転させてネギに媚びへつらう千草。
 
 何故か小太郎も一緒に観光する事となり、千草はネギに引きづられるように退室していった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 屋敷の外で待っていたアーニャ達と合流したネギは、千草のガイドで京都観光を楽しんだ。
 
 その後、約束の時間が来た為、そのまま詠春との待ち合わせ場所に向かい、途中で詠春に呼ばれていた木乃香達と合流する。
 
「近衛と桜咲は分かるけど、何でお前らまで来るんだ?」
 
 問い掛けるネギの質問に対して明日菜は毅然とした態度で、
 
「昨日は色々とゴタゴタしてて聞きそびれたけども、アンタには色々と聞きたい事があるのよ!?」
 
 ……そう言えば、ちゃんとした説明はしてなかったな。
 
「まあ、それは修学旅行が終わってから話してやるよ」
 
 そして残る面子に視線を向ける。
 
「……お前、班が違うだろ?」
 
 ネギの視線の先にいるのは朝倉だ。
 
 彼女は苦笑いを浮かべて、 
 
「班別の写真を撮るのにね。私は撮影班だし♪」
 
 諦めの溜息を吐き出したネギは、他の面々に顔を向け、
 
「……で、お前は?」
 
「ふん、あのバカの手掛かりを探しにいくのだろ? 私が行かなくて誰が行くというんだ?」
 
 とはエヴァンジェリンの弁だ。
 
 そして彼女が来るということは、その従者である茶々丸も当然一緒に来ているし、現在彼女に取り憑いている相坂・さよも共にいる。
 
「えー? 今日は班別行動の日だよ? このかが来るなら、同じ班の私達が付いてくるのは当然でしょ?
 
 ……それとも、何か来られたら困るような事でもあるのかな? ネギ先生」
 
 と、意地の悪い笑みを浮かべて問い掛けるのは早乙女・ハルナだ。
 
 流石に反論するわけにもいかず、結局5班と6班+朝倉、そしてネギ、アーニャ、小太郎、千草、高音、ネカネといった総勢17人+1匹という大人数で待ち合わせ場所に到着した時には既に詠春は到着して煙草を吹かしていた。
 
 詠春の案内で訪れた先は、茂みに隠れるようにして建造されたモダンな様式の建物。
 
 三階建ての家の吹き抜けを埋め尽くす本棚とそこに収められた本の山にネギを始め、図書探検部の面々が目を輝かせる。
 
 だがすぐに我に返ったネギは、この場所に訪れた本来の目的を思い出すと、父親の手掛かりになりそうなものを探し始めた。
 
「……日記とか残ってたら良いんだけどな」
 
 その手伝いをしながらアーニャがネギに話し掛ける。
 
「んー、でもこれだけ沢山あると、流石に全部は調べられないわよ?」
 
 その言葉にネギは深々と溜息を吐き出し、
 
「まあ、地味に通うしかねえだろ。……場所さえ特定できれば転移魔法で交通費は浮かせるし」
 
「そうね。……手伝ってあげるから感謝しなさいよ?」
 
「へいへい……」
 
 気のない返事を返すネギ。
 
 そんな彼らを詠春が呼び、一枚の写真を見せる。
 
「……なんだ、この真ん中にいる根性の捻くれてそうなガキは?」
 
「この上なく、アンタにそっくりよ?」
 
「おいおい、どう見ても俺の方が利発そうだろ?」
 
 アーニャの発言に反論し、周囲の者達に同意を求めるが、賛同の声は一つとして挙がらなかった。
 
「……まあ、そのネギ君そっくりの少年が、若き日のサウザンドマスター、ナギ・スプリングフィールドなわけですが」
 
 それを聞いたネギは暫く絶句した後、
 
「……いや、待て。確かに魔法学校中退だとか、5,6個しか魔法使えなかったとかは聞いてたけど、ここまで悪ガキそうな顔はねぇだろ! ……そうか、この歳の辺りから心を入れ替えて英雄らしい人柄を得ていったんだな?」
 
 一縷の望みを掛けて詠春に問い掛けてみるも、彼は答えずに気拙そうにネギから顔を背けるのみ。
 
「……何故、視線を逸らす?」
 
 そんな詠春に成り代わり、ネギの質問に答えたのはエヴァンジェリンだ。
 
「安心しろぼーや、見事にその顔に沿った性格のまま成長していったぞ」
 
 その言葉に打ちのめされたネギは深く項垂れ、その場に跪いた。
 
「……あらあら」
 
 困ったように呟くのはネギの姉ネカネだ。
 
 彼女は微笑みのままネギの髪を優しく撫で、
 
「大丈夫よネギ。私の言うとおりにしていれば、ああはならないから――」
 
 その為の一歩としてネカネがネギに求めたものは、
 
「さあ、昔のようにお姉ちゃんって呼んで甘えてちょうだい」
 
 目を輝かせる……、というか据わった目つきと荒い息でネギに躙り寄るネカネと後ずさるネギ。
 
「あ、あの……、アーニャさん。あのネカネ様は一体?」
 
「いや……、ただの発作だから、気にしないで」
 
 溜息を吐き出し、アーニャはネカネを引き剥がしにかかる。
 
「ほら、ネカネさん。皆が見てますよ」
 
 アーニャに肩を揺すられ我に返ったネカネは、あらあら……と笑いを零し、あくまで自然な感じで数歩下がると、
 
「さあ、どうぞ。お話を続けて下さいな」
 
 強引に話を促した。
 
「……えーと、どこまで話ましたっけ?」
 
「確か写真の中心にいるのがナギという所までだったと思いますが」
 
 高音が汗を拭いながら詠春に告げ、一度咳払いをして気を取り直すと、
 
「私はかつての大戦で、まだ少年だったナギと共に戦った戦友でした。
 
 ……そして20年前に平和が戻った時、彼は既に数々の活躍から英雄……、サウザンドマスターと呼ばれていたのです。
 
 天ヶ崎・千草の両親も、その戦で命を落としています。彼女の西洋魔術師への恨みと今回の行動もそれが原因かも知れません」
 
 なるほどな、と相づちを拍つ一同。
 
 ……もっとも、中にはよく分かってなくボーとしている者もいるが。
 
「以来、彼と私は無二の親友であったと思います。
 
 しかし……、彼は15年前、突然姿を消す……。
 
 彼の最後の足取り、彼がどうなったかを知る者はいません。
 
 ただし公式の記録では1993年死亡――。
 
 それ以上のことは私にも……。すいませんネギ君」
 
 そう謝罪しつつも、詠春はネギに一枚の図面を手渡す。
 
「……これは、ナギがここを最後に訪れてた際に研究していたものなんですが、何かの手掛かりになるかもしれない。
 
 ――よければ、持っていって下さい」
 
 ネギは詠春から図面と、この家の鍵を受け取ると礼を述べた。
 
 そして朝倉の提案で記念写真を撮るネギ達の背後、詠春は千草に一つの命令を下す。
 
「天ヶ崎君……、貴女には一つの任務を受け持ってもらいます」
 
「は、はい……」
 
 神妙な表情で返事を返す千草。
 
 対する詠春は小さく頷くと、
 
「麻帆良学園に務め、ネギ君達の護衛をお願いします」
 
 そう告げられた千草は暫く呆気にとられていたが、ジャスト1分の沈黙の後、我に返ると、
 
「なんでやねん!? つーか、アイツ等ウチより強いし、護衛の必要とかないやんけ!」
 
 詠春としては麻帆良学園でネギ達と交流を深め、千草の西洋魔術師に対する憎悪を薄れさせてもらいたかった。
 
 だから、気楽な調子で千草に告げる。
 
「まあ、ペナルティーとでも思って下さい。向こうでの勤務先も既に用意してありますし。
 
 ――ちなみに、拒否権はありませんよ」
 
 千草にしてみれば余りにも酷な命令に絶句していると、何時の間にやら彼女の背後に回っていたネカネが千草の襟首を掴んで引き起こし、あらゆる反論を封殺する微笑みで、
 
「じゃあ、そろそろ帰りましょうか?」
 
 まるで荷物でも扱うように肩に担ぎ、そう締めくくった。
 
「ねえ、アレ何とかしてあげなさいよ」
 
 強引に振り回され目を回された千草に同情の視線を向けるアーニャがネギに提案するが、ネギは力一杯否定し逆にアーニャを説得し始める。 
 
「逆に考えろ、アレが姉ちゃんの新しい玩具になってくれれば、俺達に関わってくる厄災の数も減る事になるんだぞ?
 
 それともお前、メルディアナ魔法学校時代と同じ苦労をもう一回したいのか?」
 
 速攻で諭されたアーニャは力強く首を振り回し、
 
「絶対に嫌!」
 
 そしてネギと手を取り合い、彼と共に悪魔に魂を売り払ったファウスト博士のような顔をして、
 
「非常に残念だけど、長の命令じゃあ仕方ないわねぇ……」
 
「あぁ、まったくだ。こればっかりは仕方ねえよなぁ……」
 
 そう頷きながら、皆を促しつつ帰路に着いた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 そして長かった修学旅行も終了し、ネギ達も麻帆良学園に到着。
 
 ネギはエヴァンジェリンから相坂・さよを受け取ると、そのまま教室に向かう。
 
「……で、どうだった? 修学旅行は楽しめたか?」
 
『は、はい! とても楽しかったです!』
 
 満面の笑みで答えるさよ。
 
 対するネギも満足気に頷くと、
 
「じゃあ、もうこの世に思い残すことは無いな?」
 
『……はい?』
 
 小首を傾げ心底不思議そうに問うさよに対し、ネギは思慮深げに頷くと、
 
「まあ、なんつーかな。あんまり長い間幽霊とかやってると悪霊化しちまうんだよ……。
 
 だから今の内に成仏させてやろうと思ってな」
 
 だから最後の思い出作りに、と少々強引にではあったが、彼女を修学旅行へ連れ出したのだ。
 
『え、えっと……、じゃあ私、ここで成仏しなきゃ駄目なんですか?』
 
 成仏したくないのか、目尻に涙を浮かべて告げるさよ。
 
 その表情に、流石に罪悪感を感じたネギは重い溜息を吐き出し、
 
「まあ、なんだ……。別に成仏しないで済む方法も無いこともないんだけどな」
 
『……え? あるんですか?』
 
 目を輝かせて問い掛けるさよ。ネギは暫く逡巡した後、
 
「あんまりお薦めは出来ねえぞ? これからの一生、俺が死ぬまでの間は俺に左右される事になるし……。
 
 ――俺、この学校で目的達成したら親父探すのに世界中回ることになるだろうしな」
 
『……世界中回るんですか?』
 
 顔を近づけ、何かを期待するような眼差しで問うさよ。
 
 その勢いに思わずたじろぎながらもネギは頷き、
 
「ああ、多分回る事になると思うぞ」
 
『じゃあ、それでお願いします』
 
 勢い込んでネギの話も聞かずに速攻で決断してしまうさよ。
 
 ネギは呆れたような溜息を吐き出しながら、
 
「……あのな? そう簡単に決めんなって。ハッキリ言って、命の危険に関わるような事も色々あ……」
 
 そこまで言って、彼女が既に死んでいる事を思い出し、
 
「……お前なら、別に危険は無いからいいか。――カモー」
 
「ウイッス♪」
 
 ネギはカモに命じて魔法陣を描かせる。
 
「ちょっと降りてこい相坂」
 
「は、はい。何ですか?」
 
「じゃあ、これから使い魔の契約を結ぶぞ」
 
「は、はい!」
 
 ネギは深呼吸を一つ。
 
「……ラス・テル・マ・スキル・マギステル。我が名はネギ・スプリングフィールド。5つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」
 
 そしてネギはさよと口付けを交わし、さよはネギの使い魔となった。
 
 
 
 
 
 
  
 
 
 
 その後、さよと共に下宿に戻ったネギだが、そこには何故かネカネの姿があった。
 
 彼女の弁によると、ネカネはそのままネギと一緒にエヴァンジェリンの家に下宿する事となり、既に図書館島の地下290〜300階担当の司書に就職も決定しているらしい。
 
 翌日、古菲や楓達に魔法の事を黙っているように頼んだ後、明日菜達……、当初は明日菜、木乃香、刹那の三人だけのつもりだったのだが、丁度、彼女達の部屋を訪れていた図書探検部の三人+朝倉を一緒に伴って下宿に戻り地下の別荘へと向かう。
 
「……何よコレ――ッ!?」
 
 常識を覆す空間転移と時間歪曲に悲鳴を挙げる5人(刹那除く)。
 
 ……まあ、そうなるよな普通。
 
 と溜息を吐き出すネギ。
 
 そして我に返った明日菜達は一斉にネギの元に群がり、
 
「何よコレ! 何よコレ! 何よコレ!?」
 
 真っ先に食らい付いてきたのはハルナだ。
 
「何って? 魔法の一種だよ」
 
「……魔法? 魔法って何?」
 
 目を輝かせながらネギに質問を投げつけるハルナ。
 
 ネギは不審な視線をのどか達に向けると、そこでは図書探検部員達は顔を青ざめさせつつ、ネギに向けて必死にジェスチャーで駄目だしを出していた。
 
「……もしかして、コイツに知らせてなかったのか?」
 
 同時に頷くのどか、木乃香の二人と目を細めてやはりと頷く傍らの夕映。
 
 ネギは暫く何か物思いに耽っていたが、やがて諦めがついたのか深々と溜息を吐き出し、
 
「……いいや、もう。早乙女ぇー、絶対人に言ったりすんなよー」
 
 面倒臭そうに告げる。
 
「任せといてよ、ネギ先生! 私、こう見えても口は堅い方だから♪」
 
 断言するハルナとそれを必死に否定する他のメンバー。
 
 再度ネギは面倒臭そうに溜息を吐き、
 
「ちなみに、誰かに話した場合――」
 
 呪文の詠唱を開始、
 
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル。
 
 血の聖餐杯よ、還らざる怨霊の罪で満ちよ。――“死霊の絶望”」
 
 ネギの手から放たれる悪霊達の犇めく集団。
 
 それがハルナの横を掠め空の彼方へ飛んでいく。
 
「……コレ、お前にブチ込むから」
 
 呆然とした表情でそれを見送ったハルナは半眼で睨み付けてくるネギに対し、恐怖の涙を流しながら反復的に頷いた。
 
 それを満足気に確認したネギは視線を明日菜に向け、
 
「じゃあ、まずは神楽坂からなぁ……」
 
「え? 私……?」
 
「あぁ、ぶっちゃけた話、お前の持ってる能力、完全魔法無効化能力ってものは超レアなスキルでな――」
 
 説明するよりも実践した方が早いと、ネギは明日菜に向けて無詠唱で“魔法の射手・連弾・光の3矢”を放つ。
 
「……へ?」
 
 いきなりの事に対処の遅れた明日菜だったが、ネギの放った魔法の射手は明日菜に届く寸前に掻き消えてしまった。
 
「お、驚かせないでよね!?」
 
 涙目で抗議する明日菜だが、そんな彼女をネギは手で制し、
 
「まあ、こんな感じでな、お前には魔法の類が一切効かない。この能力はかなりのレアでな、こんな力持ってる奴は魔法世界を含めても数人しかいやしねえ……」
 
「……何故、そんなレアな能力をアスナさんが持ってるですか?」
 
 質問を投げ掛けるのは夕映だ。
 
 ネギは一瞬、詠春に言われた事を思い出すも、それを表に出すことなく、
 
「突然変異なんじゃねえの?」
 
「なんかミュータントみたいでイヤやなぁ」
 
「いや、私の方が嫌なんだけど……」
 
「まあ、そんな事はどうでもいいんだよ。――とにかく神楽坂、お前今後その能力を狙われる事になりかねないから、今の内から鍛えとけ」
 
 その言葉に驚愕に目を見開くのは、言われた本人の明日菜だ。
 
「ね、狙われるって……、何よそれ――!?」
 
「抗議は認めねえぞ。――そうなる可能性がある事は、あの時にちゃんと言っといた筈だからな」
 
「う……」
 
 諦めに項垂れる明日菜。
 
 ネギは疲れたように肩を竦めて、
 
「んじゃあ桜咲、神楽坂鍛えてやってくれ」
 
「は、はい!」
 
 続いてネギは視線を木乃香に向ける。
 
「次、近衛ぇー」
 
「はいな!」
 
 気合いの入った返事を返す木乃香にネギは一冊の本を渡し、
 
「それ読んで頑張れ」
 
「手ぇ、抜くんじゃないわよ、このバカ!」
 
 何者かに背後から跳び蹴りを喰らうも、常時展開している障壁によって事なきを得たネギは、それを成した犯人に制裁を加えようと魔法の準備をして背後を振り返ると、そこには華麗に着地したアーニャと、先程別れたばかりの楓と古菲。そして何故か高音と愛衣までいた。
 
「……何でお前らまで、ここに居んだ?」
 
 不思議そうに問い掛けるネギ。
 
 対するアーニャは楓を指差し、
 
「この娘、コタローと同じ速度で動いてたのよ。だから、縮地……だっけ? そのやり方教えてもらおうと思ってね」
 
「イヤイヤ、アーニャ殿こそ、拙者感服したでござるよ。
 
 普通、縮地は“入り”と“抜き”の気配を完全に断つでござるが、アーニャ殿は強引にその領域に入り込んで来たでござる」
 
 ……しかも、その速度域であの密度の7つ身の影分身までこなすとは。
 
「つーか、コタローの野郎、お前が無茶してるの見抜いて、一生物の障害が残る前に引いてくれたんだろ? ……思いっきり、手加減されてんじゃねえか」
 
「う、うるさいわね! だから、次は実力で勝つために、こうして修練しようっていうんじゃない!」
 
「まあ、ガンバレや〜」
 
 まったく心のこもっていないネギの声援に、アーニャは頬を膨らませつつ楓の指導の元訓練を開始する。
 
「んで、お前らは?」
 
 ネギの視線の先にいるのは高音達だ。
 
 高音はネギから視線を逸らしつつ、
 
「あ、アーニャさんが戦闘訓練をすると聞きましたので、私達も一緒に合同訓練でもしようと思ったまでですわ」
 
「……さよけ」
 
 じゃあ、好きにしてくれ〜、と、やはり気の無い返事を返すネギ。
 
「ふん、……で、貴様はどうするつもりだ? ぼーや」
 
 やる気の欠如しているネギに声を掛けてきたのは、この場所の本当の主、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルだ。
 
 ネギは面白くなさそうな視線をエヴァンジェリンに向けると、
 
「……あの白髪野郎対策か?」
 
「というよりも、むしろ高位の術者を相手にする場合、と言うべきか?
 
 チーム戦ならともかく、あのレベルの敵を相手にぼーやの戦い方では、個人戦での戦闘はキツかろう?」
 
 エヴァンジェリンに図星を突かれたネギはふてくされた表情で、
 
「わぁーてるよ、そんな事……。まあ幾つか案はあるんだけどなぁ……」
 
 対するエヴァンジェリンはからかうような視線を向け、
 
「なら、実際に試してみるといいさ」
 
 エヴァンジェリンが指を鳴らすと、背後に控えていた茶々丸とチャチャゼロ、そして茶々丸の姉と妹がネギの前に歩み出た。
 
「少々、揉んでやれ」
 
 エヴァンジェリンの声に従い、4人の茶々丸が一斉にネギに襲い掛かる。
 
 4人による奇襲。それも連携のとれた連撃。
 
 対するネギは向かってくる茶々丸達の攻撃を躱そうとするでもなくその場に立ち尽くしたまま、
 
「……障壁、――全開ッ!!」
 
 展開された魔法障壁によって受け止めた。
 
 以前よりも遙かに密度と強度を上げた防御障壁。
 
 数、種類も以前の比ではない。
 
「ほう……」
 
 それを確認したエヴァンジェリンは感嘆の声を零し、唇の端を吊り上げると、
 
「では、試してみるか」
 
 一気にネギとの間合いを詰め、障壁突破の術式を行使する。
 
 ……5,8,9,10,……11,……12、……まだあるのか!?
 
 障壁に阻まれ、徐々にエヴァンジェリンの拳の進む速度が遅くなっていく。
 
 その隙にネギは無詠唱呪文を使用する。
 
 ――“加速の羽根”!
 
 ネギの足下に2対の光翼が現れ、彼の身体を一気に後方まで跳ね飛ばした。
 
 障壁突破に集中していたエヴァンジェリンは一瞬反応が遅れる。そして、その一瞬の間に作られた距離はネギの最も得意とする間合いだ。
 
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル――!
 
 風よ、行く手を阻めし者共を切り裂け! “牙裂の風”」
 
 鋼鉄をも切り裂く風の刃がエヴァンジェリンに向かって飛ぶ。
 
 対するエヴァンジェリンは前面に手を翳し、
 
「“氷楯”」
 
 エヴァンジェリンの作り出した氷の盾に阻まれ、風の刃は彼女の元に辿り着く事が出来なかった。
 
 ……否、僅かに通った刃がエヴァンジェリンの手に傷をつけている。
 
 流れ落ちる己の血を舐めとったエヴァンジェリンは面白そうな笑みを浮かべ、
 
「はは、あくまでもその戦闘スタイルを押し通すつもりか、ぼーや!」
 
 魔法障壁の強化・増強と高速移動魔法による離脱、そして中・長距離からの魔法攻撃。
 
 やっている事は今までのネギの戦闘スタイルとなんら変わりはない。ただ全ての行動が今までより一段階レベルアップしただけだ。
 
 本当なら、近接戦用に何らかの体術でも学ばそうと思っていた所だが気が変わった。
 
 溢れ出る笑いを呑み込み、ある種の期待を込めて口を開く。
 
「ならば、極めてみせるがいい! 固定砲台の神髄を!!」
 
 一つの可能性を示したネギに何を見たのか? テンションの高いままに告げるエヴァンジェリン。
 
 それに対して、当の本人はうんざり気味に、
 
「……極めると、最終的な目標は管理局の白い魔王様になるんだよなぁ」
 
 何処か遠い眼差しで、そう告げた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 そんなネギのレベルアップに刺激された人物がここにもいた。  
 
「さあ愛衣、私達も修行を開始しますわよ!」
 
「は、はい!」
 
 テンションを上げ従者である佐倉・愛衣を引き連れ、高音は木乃香達から離れた場所で修行を開始する。
 
 残された木乃香達は途方にくれ、仕方なしにネギに渡された本のページを捲ってみる。
 
「……これって?」
 
「……英語ではありませんね。ラテン語……、ですか?」
 
「そうみたいやなあ」
 
 どこから取り出したのか? のどかの持っていたラテン語辞典を使って少女達は一文づつ丁寧に和訳していく。
 
 小一時間掛けて序文の訳を終えて分かった事は、この本はどうやら魔法の初心者教本であること。
 
「……えーと、これによると、魔法を使うには魔法の発動体となる杖、もしくはそれに類する何かが必要なようですー」
 
 そう言われても、彼女達は魔法使いの杖など持っていない。
 
 そこで目に入ったのは、瞑想するように座禅を組み、周囲に数冊の本を浮かべてそれらを読書魔法を用いて同時に読み進めていくネギの前方に浮いた彼の杖。
 
「じゃあ取り敢えず、ネギ君の杖を借りるっていうのは?」
 
「10年早ぇよ」
 
 それまで読書魔法に集中していたネギが目を開き、懐から初心者用の練習杖を取り出して木乃香に投げ渡すと、
 
「暫くは、それ使って練習しとけ」
 
 言って、人差し指を一本立て、
 
「プラクテ・ビギ・ナル、火よ灯れ」
 
 ネギの指先に火が灯った。
 
 生徒達から歓声が挙がる中、ネギは出来て当然と肩を竦めて、
 
「まずは、これからやってみろ」
 
「はいな! プラクテ・ビギ・ナル、火よ灯れ!」
 
 ……しかし、何も起こらない。
 
「えーと、な。大気中に宿る力を息を吸うように体内に取り込んで、杖の一点に集中するようなイメージでやってみな?」
 
「はいな! プラクテ・ビギ・ナル、火よ灯れ!」
 
 ……それでも、何も起こらない。
 
 項垂れる木乃香の頭をネギは乱暴に撫で、
 
「最初から上手くいったら、むしろ異常だっつーの。
 
 ほれ、何回も繰り返してやってみろ」
 
 その言葉で持ち直したのか、再度杖を手に取り練習を再開する木乃香。
 
 それまで練習を見守っていた少女達であるが、何か思うところがあるのか、額を付き合わせて相談を始め、皆を代表して夕映がネギに話し掛けた。
 
「ネギ先生、折り入って先生に相談があるのですが、よろしいでしょうか?」
 
「うん?」
 
「私達も……、魔法使いになれないものでしょうか?」
 
 真剣な表情で質問を投げ掛ける夕映の後ろでは、ハルナがスケッチブックに描いた魔法使いチックなイメージ画(モデル:夕映,のどか)を見せている。
 
 ネギは暫く絶句した後、疲れたように溜息を吐き出し、
 
「まあ、一般人でも出来ねえ事はねえけどな……」
 
「では、是非!」
 
「だが断る!」
 
 即答で返すネギ、対する夕映もそれで諦めるような性格ではなく、
 
「何故ですか!? 先程のイメージ画が御不満でしたら……」
 
 目でハルナに合図すると、ハルナも心得たとページを捲り、
 
「このような方向も辞さない覚悟で……」
 
 そこに描かれていたのは、魔法少女・ビブリオンのコスプレをした夕映とのどか。
 
「いや、どうせなら『魔法戦隊・アルテマなのは』目指してみろって」
 
「……三期ですか?」
 
「ああ……」
 
「……魔王少女ですか?」
 
「ああ……」
 
 ネギの肯定に夕映は力無く首を振り、
 
「いえ……、流石にあそこまで非道なのはちょっと……」
 
 ……まあ、そうだよなぁ。
 
「いや……、まあ、どんな格好してようと駄目なもんは駄目なわけだけどな」
 
 ネギは再度疲れた溜息を吐き、
 
「あのな……、この前の一件で、こっちの世界がどれだけ危険かまだ理解してねえのか? お前は」
 
「ですから、危険と冒険に満ちた“ファンタジーな世界”に生きる決意をしたということです」
 
「……簡単に決意すんじゃねえよ、そんなもん」
 
 ネギは本日何度目かになる呆れた溜息を吐き、
 
「……口で言うよりは、見せた方が早いな。――カモ、魔法陣」
 
「ウイッス! ……つーか、最近魔法陣描くときくらいしか出番が無いッスよ兄貴」
 
「知るか、そんなもん」
 
 愚痴りながらも仕事を果たしたカモが、ネギの肩に飛び乗った。
 
「ほら、お前ら全員こっちこい」
 
 言って、全員が魔法陣の中に入ったのを確認するとネギは詠唱を開始する。
 
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル――。
 
 ムーサ達の母、ムネーモシュネーよ。おのが元へと我らを誘え」
 
 魔法陣の中にいた者達全員が、ネギの見る過去へと精神を飛ばされ、彼の送った現実を追体験する。
 
 
 
 
 
 
 
 
  
 
 のどか達の精神が送られた場所は雪の降る小さな村。
 
 そこに居たのは幼いネギと一人の少女。
 
「お父さん、どこか遠くへ引っ越しちゃったの?」
 
「……そうね、遠い遠い国へ行ってしまったの。『死んだ』というのは、そういうことよ」
 
『……あの女性は確か』
 
『ネギ先生のお姉さんですー』
 
『ネカネさん、……だったっけ?』
 
「じゃあさ、じゃあさ、僕がピンチになったら、お父さんは来てくれるの?」
 
「う、う〜ん。そうね……」
 
 無邪気な眼差しで問い掛けるネギに、ネカネは返答に困るが、そこに幼い少女が現れた。
 
「あなたバカねー。死んだ人には二度と会えないのよ。
 
 サウザンドマスターの子供なのに、そんなことも分からないのかしら」
 
 勝ち気な表情の少女。今でもその面影を残す彼女の名は……、
 
『あら? 随分とおしゃまさんでしたのね? アーニャさん』
 
『う、うるさいわね! 誰だって、子供の時はあんなもんでしょ!?』
 
『わひゃ!?』
 
『あ、アーニャさん。それに高音さんにアスナ達も……』
 
『ふん、何か面白そうな事をしていたから、見に来ただけだ。気にするな』
 
『エヴァンジェリンさんも……』
 
“……おい、何、人の記憶に土足で踏み込んでやがる?”
 
 突如掛けられたネギの声に、その場にいた者達が彼の姿を探すが何処にも見当たらない。
 
 そんな中、落ち着いている魔法使い組み代表でエヴァンジェリンが口を開く。
 
『ふん、私はぼーやの使い魔だからな。ぼーやの過去を知っておく義務がある』
 
“……都合の良い時だけ、使い魔になりやがって”
 
 無論、ネギが何と言おうと聞くつもりはない。
 
 それは他の面子にとっても同じだ。
 
 だからネギは諦めの溜息を吐き出し、
 
“……アーニャ、お前は外に出てろ”
 
『何で私だけよ?』
 
 一人だけ却下をくらったアーニャは納得いかないとネギに抗議するが、ネギは真面目な声色で、
 
“見ない方がいいもんもあるんだよ……”
 
 その言葉に込められた感情から、彼女達に何を見せるつもりか悟ったアーニャは、それでも強い意志を持って首を振り、
 
『私にこそ、見る義務はある筈よ……』
 
 そこに決して引かぬ決意を感じたネギはもはや何も言わなかった。
 
 ――そして時は進み、運命の日が訪れる。
 
 幼いネギがいつものように釣りに出かけていたある日の事、今日はネカネが帰ってくるということを思い出し、急ぎ家に帰ろうとしていた彼の目に映ったものは炎に包まれ焼かれた村の姿だった。
 
 姉と叔父さんの無事を確認するため、村の中を駆け巡って探し回ったネギの目に入った人達は、もはや物言わぬ石像と化したかつての村人達の姿。
 
 その中には勿論、ネギの叔父やアーニャの両親の姿もある。
 
 覚悟はしていた。……それでも、自分の両親の変わり果てた姿を見たアーニャは己の肩が震えるのを自覚した。
 
『……アーニャさん』
 
『大……丈夫』
 
 心配して高音の掛ける声に、消えそうな程に小さな声で返すアーニャ。
 
 だがそれでも周囲の状況はかまわずに流れる。
 
「う……、ぼ、僕が、僕がピンチになったらって思ったから……、ピンチになったらお父さんが来てくれるって……」
 
 幼いネギが泣きじゃくりながら、
 
「僕があんなコト思ったから……!」
 
『そ、そんな事ないです!』
 
『そうです、ネギ先生! ネギ先生の責任なんて、これっぽっちもないのです!』
 
 皆がネギの責任を拒絶しようとするが、その声は幼いネギには届かない。
 
 そんなネギを何時の間にか魔物の集団が囲っていた。
 
『ちょ、ちょっと、どうなってんのよ!? ちっちゃいネギがやられちゃうわよ!』
 
『逃げて、ネギ君!!』
 
 一際大きな体躯の魔族の一撃にネギが押し潰されそうになったその瞬間、それは差し出された一本の腕によって押し留められる。
 
『アレは……!?』
 
『……え? エヴァちゃんの知り合いなん?』
 
 見間違える事など有り得ない。
 
 皆の見守る中、眼前の魔族が“雷の斧”によって両断される。
 
『う、うわ』
 
『……これは』
 
 続いて襲い来る魔族の集団を肉弾戦で退け、一瞬の隙を付いて放たれる“雷の暴風”が敵の大半を呑み込み消滅させた。
 
『なんと……!?』   
 
『……すごいアル』
 
 皆がその戦闘力に目を見開く中、ただ一人唇を吊り上げるような笑みを浮かべた表情の少女が、その人物の名を告げる。
 
『ふん、よく見とけよ小娘共……、あれがぼーやの父親であり、伝説とまでいわれた英雄、――サウザンドマスター、ナギ・スプリングフィールドだ』
 
 壮絶な光景の中、まるで誇るような口調で告げるエヴァンジェリン。
 
 振り向いた明日菜が目にした彼女の目尻には涙が浮かんでいた。
 
『……何泣いてんの? エヴァちゃん』
 
 言われ、初めてその事に気付いたのか、エヴァンジェリンが自らの目を擦って涙を拭う。
 
 他の皆が興味深げに彼女の顔を覗こうとするが、エヴァンジェリンは不機嫌そうな顔で、
 
『いいから、前を見ろ! ほら、ぼーやがヤバイ状況に陥っているぞ』
 
 向ける視線の先、魔族の残兵に襲われているネギの姿があった。
 
 間一髪、ネギを魔族の石化から護ったのは、過去に酒場でナギの事を愚弄していた老人とネカネの二人だ。
 
 未だ見習いのネカネは抵抗しそこね気絶してしまうが、半ばまで石化されながらもスタン老人はネギに襲い掛かろうとしていたスライムと魔族を小瓶に封印することに成功してみせた。
 
「おじ……、おじいちゃん」
 
「フゥ、……無事かぼーず」
 
 もはや、石化は免れぬと悟ったスタンは最後の力を振り絞りネギに遺言を託す。
 
「逃げるんじゃ、ぼーず……。お姉ちゃんを連れてな。
 
 ワシャ、もう助からん、この石化は強力じゃ治す方法は……、ない。
 
 頼む……、逃げとくれぃ……。どんなことがあっても、お前だけは守る。それが……死んだあのバカへのワシの誓いなんじゃ。
 
 誰か、残った治癒術者を探せ……、石化を止めねばお姉ちゃんも危ういぞい……。
 
 さあ、ぼーず。この老いぼれは置いて……、はや……く……」
 
 そこでスタンは力尽き完全に石と化してしまう。
 
 なんとかスタンの言うとおり、ネカネを起こそうとするも、幼いネギの力では彼女を抱き起こす事が出来ず、途方にくれるネギの顔に影が射す。
 
 ネギが視線を上げた先、そこには先程、驚異的な戦闘力で魔族の集団を殲滅してみせた男の姿があった。
 
 今のネギにしてみれば、魔族も男も大して変わりはない。
 
 最大限の警戒を見せるネギに対して男は何をするでもなく、ネカネの石化の進行を止めると、彼女を抱き上げ、ネギに付いてくるように告げて、炎上する村から離れた場所にまで連れ出した。
 
 男は芝の上にネカネを横たえると、燃え盛る村を見ながらネギに謝罪の言葉を口にする。
 
「すまない……。来るのが遅すぎた……」
 
 だがネギはその言葉には反応せず、男からネカネを守るように初心者用の練習杖を手にしてネカネの前で立ちふさがり男を睨み付けたまま無言を貫く。
 
 男はそのネギの顔に、彼女の母親の面影と己によく似た造形を見て取り、彼こそが自分の息子であることを悟ると幼いネギの元に歩み寄り、ネギの頭を優しく撫で、
 
「……そうか、お前が……、ネギか……。
 
 大きくなったな……」
 
 その一言に最大の慈愛を込めて告げた。
 
 そして自らの形見と言って彼に杖を手渡し、
 
「悪ぃな、お前には何もしてやれなくて」
 
「……お父さん?」
 
「こんなこと言えた義理じゃねえが……」
 
 男の身体が空に浮かび上がる。
 
「お父さん」
 
「元気に育て、幸せにな!」
 
 そして、彼の身体は虚空に消えた。
 
「お父さ……、お父さあ――ん!!!」
 
 泣き崩れる幼いネギ。
 
 ……そこで少女達は現実世界に引き戻された。
 
 
 
 
 
 
  
 
 
 
「まあ、なんだ……、こっちの世界に踏み込むって事は、こんな経験をする可能性もある……、って何でお前ら泣いてんだよ?」
 
 己の経験を追体験させる事で魔法世界に関わる事を改めさせようとしていたネギだが、目の前の少女達の反応は彼の予想を外れていた。
 
 ……アレ? 普通はビビって竦み上がんじゃねえの?
 
 少女達は涙を浮かべてはいるが、それは恐怖によるものではなく感動や哀悼、悲哀、同情などによるものだ。
 
 彼女達は一斉にネギに駆け寄り、
 
「ね、ネギ先生……。おじ、おじいちゃんが……」
 
「わ、私、ネギ先生の事、少々誤解してたです……」
 
「ええ、私も恥ずかしながら貴方の事を誤解していました。……まさか、あのような凄惨な過去を持っていながら、それを微塵も感じさせないなんて……」
 
「ネギ君!! 及ばずながら、私もネギ君の父親探しに協力するよ!!」
 
「ウチもー!!」
 
「嫌って言われても、手伝うけどね」
 
 彼女達にもみくちゃにされていたネギだが、30秒と経たず彼は怒りを爆発させて強引に少女達を振り切り、
 
「うるせぇ――!!!」
 
 ネギはまず明日菜と木乃香を指差し、
 
「いいか!? これから先、お前ら自身があんな目に会う可能性もあるんだ、そんな時何も出来ない無力なガキでいたくなかったら学校のクラブ感覚でチンタラやってんじゃねえぞ!」
 
 続いてのどか達に向き直り、
 
「お前らもだ! 遊び半分や、つまらない日常を抜け出すなんて考えなら絶対に止めとけ!」
 
 言って、彼女達から背を向け、
 
「……どうせ、この別荘からは24時間は出れないんだ、それまでによく考えて決めとけ。それでもまだ、こっちの世界に関わろうってバカな考え持った奴には――」
 
 とびきり邪悪な笑みを浮かべ、
 
「俺が直々に魔砲少女として鍛えてやる」
 
「いえ、流石にそれは遠慮するです」
 
 皆を代表して夕映がキッパリと断った。
 
 
 
 
 
 
 
 
  
 
 その晩の事……。
 
「ホント、魔法って出鱈目よねー。こっちでの1日が外での1時間だなんて」
 
 そう言いつつも、入稿前の修羅場時にはここを使わせてもらおうと企むハルナ。
 
「……どうしたですか? のどか」
 
 茶々丸’sが調理した食事を食べながら夕映が元気の無いのどかを気遣って問い掛ける。
 
「う、うん……。やっぱり、私が魔法使いになるの、ネギ先生にとっては迷惑なのかな……?」
 
「……そ、それは」
 
 言葉に詰まる夕映に代わり答えたのはアーニャだ。
 
 彼女はワインで唇を湿らしながら、
 
「別に迷惑とは思ってないでしょ?」
 
「……え?」
 
「ほ、ホントですか? アーニャさん」
 
 アーニャは茶々丸(妹)にワインのお代わりを要求しつつ、
 
「ネギの事だから、生徒を危険な事に巻き込みたくないだけよ。
 
 ――だから、本気でネギの父親探しに協力するつもりなら、ちょっと厳しく言われた程度で諦めたりしないこと」
 
「は、はい!」
 
 アーニャのアドバイスを受け、決意新たに気合いのこもった返事を返すのどか。
 
 そんな親友の決意を見た夕映は僅かに沈んだ表情を見せるが、夕映自身、その感情がなんなのかを持て余していた。それを振り切るように手の中のグラスの液体を一気に呷り、手酌で並々と注ぐと、
 
「さあ、皆さん景気づけに皆さんも一気にいくです!」
 
「ど、どうしたの? 夕映」
 
「いえ、のどかの決意に感服しただけです。気にしないで下さい」
 
 一切の迷いを感じさせずに告げる夕映。
 
 それを傍らで見ていたハルナは、漂ってくるラブ臭に眼鏡を光らせながらも、それを告げる事無く対面に座る朝倉にアイコンタクトして夕映の提案に乗ることを示す。
 
 瞬時にそれを受けた朝倉は、何処からともなく取り出したマイクを構え、
 
「じゃあ、早速ゆえっちの提案を取り入れ……、第一回ネギ君のお父さん探そう決起集会を始めたいと思います!
 
 司会進行は私、麻帆良学園女子中等部3年A組、出席番号3番、朝倉・和美と」
 
「出席番号、14番、早乙女・ハルナでお送りしまーす!!」
 
 そして始まる大宴会。
 
 ……勿論、その騒音は書庫で魔導書を読んでいたネギの元まで聞こえており、
 
「……アイツ等、ホントに俺の言った事、理解してたのか?」
 
 呆れ気味に呟くが、その口元には笑みがあった。
 
 
 
 
 
 
 
 
  
 
 翌朝、二日酔いの為、皆酷い有様であったが、彼女達の決意は既にネギには伝わっている。
 
 だからネギは敢えて彼女達の決意表明を聞くような野暮な事はせず、いきなり魔法の適正を見始めた。
 
「んー……、近衛と綾瀬は文句無し。後、宮崎は努力次第で何とかなる程度か」
 
「つーか兄貴、無理に魔法教えなくても仮契約したらどうっすか? ――こう、ぶちゅーっと!」
 
 言った瞬間、横から伸びた手がカモの身体を鷲掴み、そのまま力任せに締め上げる。
 
「……これ以上、従者増やしてどうしようっていうのかしら? このエロオコジョは!?」
 
「あ、アーニャ姐さんギブッ! ギブッ!!」
 
 悲鳴を挙げるカモと、わけが分からないと小首を傾げる女生徒達。
 
「……それで、その仮契約というものをすると、どうなるのですか?」
 
 皆を代表して問う夕映。
 
 それに対して答えたのは、ネギの傍らに控えた茶々丸だ。
 
「ハイマスターと仮契約すれば仮契約カードを授与され、それによりその人にあった能力のアイテムを得る事が出来ます。
 
 例えばアスナさんのハリセンや、アーニャさんのショートブーツがそれに相当します」
 
 それを聞いた少女達の間から小さな歓声が挙がる。
 
「いいな〜♪ 私も欲しいなあ〜、ネ〜ギ先生」
 
 ネギは擦り寄ってくるハルナを強引に引き剥がしつつ、
 
「別に俺じゃなくても良いんだから、エヴァでも近衛でも脱げ女でも好きな奴と仮契約すれば良いだろうが」
 
「誰が脱げ女ですか!?」
 
 何時ものように抗議の声を挙げる高音。当然のようにネギはその声を無視するが、木乃香がその台詞に待ったを掛けた。
 
「……なあ、何でネギ先生、何時も高音さんの事、脱げ女って言うん?」
 
 汚れのない眼差しで問い掛ける木乃香に対し、ネギは大仰に頷くと、
 
「そりゃあ、もはや天命じゃないか? って思うぐらいによく全裸になるからだ」
 
「脱げません! というか、あのような痴態を晒したのは、あの時だけです!!」
 
 ……そうだっけか? とネギは自らの記憶を探る。
 
 通学中に何故か裸になる高音。
 
 授業中に思い切って脱ぎだす高音。
 
 戦闘時に勢い良く全裸になる高音。
 
「……実は、こいつ脱げば脱ぐほど強くなるという伝説の拳法の使い手なんじゃあ」
 
「思い切り捏造しないで下さい!! 大体、そんな拳法あるもんですか!?」
 
「……あるぞ」
 
「……へ?」
 
 ……確か、珊底羅神護流とかいう流派が何かの漫画にあった筈だ。
 
「お前も習ってみたら? 奥義極められるんじゃね?」
 
 そう告げるネギに、高音は割と本気の拳を叩き込むが、ネギは難なくそれを魔法障壁で受け止める。
 
 ムキになった高音は再度、拳を振るうが、それは一枚目の障壁を突破する事もかなわない。
 
 立て続けに放たれる高音の攻撃を受け続けるネギ。
 
 それを眺めながら古菲は半ば呆れたように、
 
「……ホントに堅そうアルね?」
 
 自身も試したいのか、ウズウズしているのが見て取れる。
 
「この! この! この! いい加減、砕けなさいッ!!」
 
 業を煮やして巨大影法師まで使い始めた高音の猛攻をネギは平然とした表情で受け止める。
 
「別に怒る程の事じゃないだろ?」
 
「いいえ! 十二分に怒るような事です!!」
 
「……そうか? アーニャの貧相な胸に比べたら、誇れるだけのスタイルだと思うぞ」
 
 ネギがそう告げた瞬間、高音の顔が蒸気を噴き出しそうな程に真っ赤になってその動きを完全に停止させた。
 
 ようやく攻撃が一段落着いたと安堵の吐息を吐き出すネギだが、視界の隅に動くものを見る。
 
 それは光の曲刃を宿した杖をネギに向けて全力で叩き込むが、高音の攻撃同様、彼の展開する魔法障壁によって阻まれてしまう。
 
「……誰が、貧相な胸ですって?」
 
「お前」
 
 完全無表情で告げるアーニャに対し、ネギは悪びれもせずに即答で答えた。
 
 即座に魔法の射手がネギに放たれるが、それらをネギは完全に防ぎきり、間髪入れずに薙ぎ払われたアーニャの横薙ぎの一撃も同様に受け止めてみせる。
 
「……もしかしてネギ先生、ああやって高音さん達を逆上させて防御魔法の訓練をしているのですか?」
 
「そのようでござるな」
 
 呆れたような声で告げる刹那に、同じような声で楓が同意した。
 
「……あのー、それで結局仮契約はどうするんスか?」
 
 そう問い掛けるカモ。
 
 戦力が増えるなら何も問題無いのではないか? という意見や、是非ともネギの力になりたいという意見も挙がる中、何かを思いついたようにエヴァンジェリンが意地の悪い笑みを浮かべながら手を拍った。
 
「おい、そこの下等生物」
 
「……も、もしかして、俺っちの事ッスか?」
 
 恐る恐るという風に尋ねるカモに対し、エヴァンジェリンは当然と頷き、別荘全体に仮契約用の魔法陣を描いてくるように命令する。
 
 当然、エヴァンジェリンの命令に逆らえる筈もなく、一旦別荘の外に出たカモは箱庭を囲むように魔法陣を描くと速攻で戻ってきた。
 
「完成ッス!」
 
 そんなカモに労いの言葉一つ掛けずエヴァンジェリンはルールを口にする。
 
「これで仮契約の準備は整った。後はぼーやとキスすれば仮契約は完成する」
 
「き、キス!?」
 
 動揺する少女達。
 
 だが、そんな中、早乙女・ハルナは、
 
「なーんだ、そんな事かぁー」
 
 と気軽に告げると、高音とアーニャ。二人を相手に取り込み中のネギの元に赴き、
 
「ねえねえネギ先生」
 
「……ん?」
 
 ネギの振り向いた一瞬の隙を付いてハルナは彼の唇を強引に奪う。
 
「んぅ!!」
 
 いかな堅固な魔法障壁とはいえ、何の敵意も害意も無く伸ばされた手まで拒む事はない。
 
 というか、そんなものまで防いでいたらネギは何も触れる事が出来なくなってしまう。
 
 ともあれ、あっさりとキスを成功させたハルナとネギを中心に光が満ちあふれ、
 
 ――仮契約!!
 
 一枚のカードが生み出された。
 
「……何だ、一体?」
 
 突然のキスに驚きながらも、状況の説明を求めるネギ。対するハルナはそんなネギの言葉など聞いておらず、カモから複製カードを受け取ると、彼から教えられた通りに呪文を唱える。
 
「“来たれ”!」
 
 言葉に従い、彼女に適合するアーティファクトが召喚された。
 
 帽子とエプロン、そして羽根ペンとスケッチブック。
 
 一瞬で変わった己の姿に驚喜するハルナ。
 
 それを見たネギは何が起こったのかを悟り、呆れた顔で肩を竦め、
 
「……あー、そういう事か」
 
 納得した、と頷くネギ。
 
 それまでネギに攻撃を仕掛けていた二人の少女は逆に納得いかないと嫉妬心を露わにし、……本人達は必死に隠しているつもりであるがバレバレな状態で、計画を提案したエヴァンジェリンに食ってかかる。
 
 対するエヴァンジェリンは、見下すような眼差しを二人の少女に向けると、
 
「なら、好きなだけ妨害したらどうだ?」
 
 挑発するように告げる。
 
 対する二人の少女はお互いに一瞬視線を交わし会うと同時に頷き、
 
「やるわよ、高音!」
 
「ええ! 何故ムキになっているのか、自分でも判りかねますが、とにかく全力で妨害させていただきます!!」
 
 バックに炎を背負って戦闘準備に入る高音とアーニャ。
 
 ちなみに高音の従者である愛衣は、強制的に妨害組に編入される。
 
「……俺の意見は完全に無視か?」
 
 と、やる気の無い溜息を吐いてネギはその場に座り込むと懐から本を取りだして読書を始めた。
 
 ……一方、攻め込む側となった少女達は一箇所に集まり円陣を組むと、
 
「……厄介な事になってきたです」
 
 溜息混じりに告げるのは夕映だ。
 
 そう告げる夕映に相づちを拍ち、他の少女達が額を寄せ合って作戦を練る。
 
「まず、作戦の成功条件はネギ先生にキ、キキ……、キスする事ですが」
 
 恥ずかしそうに、頬を朱に染めながら告げた刹那を傍らの木乃香が労い、
 
「それではまず役割分担でござるな。……攻撃(キスする)役とそれを守る防御役を決めるでござるか」
 
「まず、攻撃役ですが、のどかは本命として……」
 
 言って、夕映は周囲を見渡しメンバーを確認する。
 
 明日菜とハルナは既に仮契約しているので論外、刹那は木乃香と仮契約しており、残るメンバーは古菲、楓、朝倉、木乃香、そして夕映を入れた5人。
 
 従者組は防御役が決定として、
 
「もう、せっちゃんと仮契約しとるウチもネギ君と仮契約出来るんやろか?」
 
 疑問に首を傾げる木乃香だが、その質問にはカモでさえ首を捻るばかりだ。
 
「まあ、今回はこのかの姉さんには遠慮してもらうとして――」
 
「拙者も防御側に回らせてもらうでござる」
 
「私もそっちに回るネ」
 
 ……魔法使いとの戦闘というもの面白そうアル。
 
 楽しそうに唇を吊り上げる古菲。
 
「私は、遠慮しとくわ」
 
 そう告げるのは朝倉だ。
 
 彼女のスタンスとしては、ジャーナリストは主観を持たず一歩引いた所から見届ける。というのがあるらしい。
 
 ……もっとも、相手を悪と判断すれば、それを糾弾するのも吝かではないのが、彼女の信条だ(但し、ゴシップ記事の場合は己が楽しむ事が第一)。
 
「……で、夕映はどうするの?」
 
 ハルナの問い掛けに、初めて気付いたように夕映が顔を上げる。
 
 仮契約によって与えられるアーティファクトには興味を引かれるが、それでも親友の想い人の唇を奪ってまで、というのは気が引けた。
 
「い、いえ。私は……」
 
 遠慮しようとした夕映の手を取ったのはのどかだ。
 
「お、お願いゆえ、一緒に――」
 
 緊張でガチガチに固まった状態で、そう告げる。
 
「し、しかし、のどかはそれで本当にいいのですか?」
 
 好きになった人と自分以外の女性がキスしているのを見て何とも思わない筈などない。
 
 必死になってのどかに思い直すように説得する夕映の視界に、ニヤニヤと笑みを浮かべるハルナと、その肩に乗るオコジョの姿が入った。
 
「……臭いますな♪」
 
「ほうほう……、何が臭うんで? パル姉さん」
 
 一人と一匹が見る者全てを不安にするような笑みを浮かべて歓談している。  
 
 ……拙い!
 
 これ以上二人を喋らせると、何か自分にとって途轍もなく拙い事態になる。
 
 自分でも分からない感情に突き動かされ、そう思考した夕映は、一瞬ともいえる時間で結論を下す。
 
「わ、分かったです! のどか。私も仮契約するです」
 
 そう言った。……言ってしまった。
 
 せめて、順番はのどかが先に……。という条件は彼女の最後の矜持だったのか?
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 そんな少女達のやり取りを、半ば呆れながらに見守っていた明日菜の元にネギから念話が入る。
 
“おい神楽坂”
 
「……へ? な、何?」
 
“キョロキョロすんな、気付かれる”
 
 そう言って、アーニャ達から見えないように仮契約カードを額に当てるようにとネギは指示を出す。
 
“いいか? 作戦教えてやるから、その通りに動け”
 
“……何それ? あんた、そんなに女の子とキスしたいの?”
 
 軽蔑の混じった声色に、ネギはアホかと呆れた声を返し、
 
“本気でやる気になってる奴らに水差す主義は持たねえだけだ。
 
 ――まあ、教師から生徒達への贈り物とでも思っとけ”
 
 そう前置きして、明日菜に作戦を告げる。
 
“アーニャは長瀬に相手してもらえ。――今ならまだ、長瀬の方がアーニャより強い。
 
 で、佐倉は古菲に押さえ込ませろ。懐に潜り込めば、古菲の方が圧倒的に有利だし、アイツなら魔法をかいくぐって佐倉の懐に潜り込むくらいの芸当はやってのけるだろうよ。
 
 そんでお前は、脱げ女の相手だ。いいな?”
 
“ちょ、ちょっと! 私まだ、戦い方なんて習ってないわよ!?”
 
 昨日、刹那から教わったのは基礎の基礎。足運びや剣の振り方程度だ。
 
 ネギは明日菜の抗議を華麗に無視して、
 
“泣き言は聞く耳持たねえなあ。
 
 あぁ、ちなみに桜咲はオフェンス組の護衛な?”
 
 言って、嘆息し、
 
“――この戦いで、自分の能力の凄さってもんを実感してこい。絶対、お前が勝つから”
 
 そう太鼓判を押した。
 
“……あ、そうだ。パルはどうすんのよ? 何かやる気になってんだけど”
 
“ああ、放っとけ。――どんな能力のアーティファクトか知らないんで、下手に攻撃に参加されても邪魔にしかならん”
 
 言いたいことだけ言うと、ネギは一方的に念話を切ってしまった。
 
 明日菜は皆にネギの作戦を伝えると、当然の如くハルナから抗議の声が挙がった。
 
「ちょッ!? どうして私だけ、のけ者よ!?」
 
「ネギがそう言ってるんだから、仕方ないでしょ」
 
 それでもまだ納得しかねるのか、唸るハルナを背後から木乃香が羽交い締めにし、
 
「ほらほら、ハルナはウチと一緒に皆の応援や」
 
 ズルズルと引きずっていった。
 
「じゃあ、作戦はさっきの通りで!」
 
 明日菜の言葉に一同は頷き、それを作戦会議の終了とみたエヴァンジェリンは開始の合図を送る。
 
「先手必勝――ッ!!」
 
 真っ先に飛び出したのは、アーニャだ。
 
 それを半眼で見送ったネギは、半ば呆れた様子で、
 
「……あいつにゃ、防衛戦の概念が無いのか?」
 
 数が拮抗しているのならばともかく、数量としては圧倒的に不利な状況での単独行動は拙い。
 
 しかも、格下が相手ではなく、アーニャと相対するのは……、
 
「――拙者がお相手するでござるよ」
 
 彼女の速度に追随出来る楓なのだ。
 
 楓に阻まれ、何とか振り切ろうとするが、楓もそうやすやすとアーニャを抜かせてはくれない。
 
 そのアーニャの脇を抜けるように、明日菜を先頭とした一団が駆け抜ける。
 
 それを迎撃する為に、高音と愛衣がそれぞれ影の鞭と魔法の射手を放つ。
 
 ……私には、効かない筈!
 
 恐怖を勇気で打ち破り、明日菜が更に加速する。
 
「じ、自滅するつもりですの!?」
 
 明日菜の有り得ない行動に、高音が驚愕に目を見開くが、
 
「だぁぁ!!!」
 
 ハリセンを一閃。
 
 それだけで、明日菜に接近した全ての影鞭と火弾は消滅した。
 
「な……ッ!?」
 
「嘘ッ!?」 
 
 その気持ちは充分に分かるが、戦闘中にその行為は命取りだ。
 
 活歩により明日菜を追い抜き、一気に距離を詰めた古菲は、勢いそのままに愛衣の鳩尾に肘鉄を打ち込む。
 
 ――外門頂肘!!
 
 マトモに喰らった愛衣は3mほど吹っ飛び、そのまま意識を手放した。
 
「愛衣ッ!?」
 
 従者の心配をするのも束の間、咸卦法により脚力を強化した明日菜が高音との間合いを一気に詰める。
 
「クッ!!」
 
 振り下ろされる明日菜のハリセンに反応して、“黒衣の盾”が防御行動を起こす。
 
 ――が、その盾はハリセンの一撃で、紙切れのように千切れ飛んでしまった。
 
「そんな!? 私の“黒衣の盾”が!?」
 
 ……まさか、この娘、完全魔法無効化能力者!?
 
 そしてそれを裏付けするように、ネギの呟きが高音の耳に届いた。
 
「いい拾い物したなぁ……」
 
 思わず、そちらに視線を向けたのが命取りだ。
 
 手の空いた古菲が高音の開いた防御の隙に入り込み拳を叩き込む。
 
 ――炮拳ッ!!
 
「カッ!?」
 
 その威力に高音は身体をくの字に折り、肺の中の酸素を全て吐き出して意識を手放した。
 
「アッ!? バカ!!」
 
 非難の声を挙げるアーニャ。――勿論、その声は高音には届かない。
 
 ネギの元へと開いた道を、少女達が駆け抜ける。
 
 それをさせじと、アーニャは咄嗟に魔法の射手を放つが、それらは彼女達を護衛する刹那の手によって斬って落とされた。
 
 そして、遂にネギの元へと辿り着いた少女達。
 
 本から顔を上げて、二人を確認したネギはゆっくりと立ち上がり、のどかと夕映の元に歩み寄る。
 
 何とか荒い息を整えようとする二人の少女の頭を、ネギは優しく撫でると、
 
「よくやった」
 
 労いの言葉をかけ、のどか、夕映の順に触れるだけの軽いキスを交わす。
 
 ――仮契約ッ!!
 
 光が三人を包み込み、ここに仮契約は完成した。
 
 
 
 
 
 
   
 
  
 
 その後、三人の仮契約を祝う宴会が開かれる中、ネギは食事だけ済ませると階下の書庫に籠もっていた。 
 
 そして、テーブルの上に詠春から貰った図面を広げて思案に耽る。
 
「……どう見ても、麻帆良学園の地図だよなぁ」
 
 独特な暗号で書かれている為、一気に全てを解読する事は難しいが、それだけにネギの好奇心が刺激される。
 
「……怪しいのは、世界樹と図書館島辺りか」
 
 その辺を重点的に調べようと決めて、早速作業に取りかかる。
 
「では、私達は図書館島の方を受け持つです」
 
「あぁ、任せた」
 
 と、図書館島の分の拡大コピーを夕映に手渡し、自分は世界樹の分の拡大コピーと向き合い、解読を始めること5分……、
 
「って、何で綾瀬がここに居やがる! つーか、図書探検部全員かよ!?」
 
 ようやく図書探検部員達の存在に気付いたネギが叫ぶが、彼女達にしてみればこんな面白そうな事に何故、自分達を呼ばないか!? と抗議したいくらいだった。
 
「と言うわけで、全面的に協力させてもらうです」
 
「いや、それは正直ありがたいけどな、この暗号かなり複雑で難しいぞ?」
 
 ギリシャ語をメインにした暗号だ。彼女達、中学生にはかなり難易度が高い。
 
「だ、大丈夫ですー。ちゃんとギリシャ語辞典、ラテン語辞典、ロシア語辞典、暗号全集、よい子の暗号入門と一式揃えてきましたー」
 
 目を輝かせて告げる少女達にネギは浅く溜息を吐き出し、
 
「んじゃあ、そっちの方は任せた。けど、そればっかにかまけてねえで、ちゃんと学校の勉強もしろよ」
 
 ……後、魔法とアーティファクトの使い方もな。
 
 と告げて、自分は再び暗号の解読に没頭し始める。
 
 傍らのレポート用紙に地図に書かれた文字を書き写し、ギリシャ語で書かれた文字とにらめっこを始める。
 
 この暗号、単語そのものはギリシャ語そのままなのだが、単語の羅列をそのまま訳してもなんの繋がりももたない。
 
「……つーか主語は無いし、述語が5つもあるし」
 
 頭を悩ませるネギに、背後から夕映が声を掛けた。
 
「あの……、ネギ先生。よろしいでしょうか?」
 
「んー……? テスト問題なら、教えねえぞ」
 
「いえ、そうではなく、ネギ先生のお父さんの手掛かりを見つけたのですが……」
 
「さよけー」
 
 気のない返事を返し、たっぷり1分後、
 
「って、なにぃ!? まだ調べ始めてから10分くらいしか経ってねえぞ!?」
 
 掴みかからん程に興奮したネギが夕映に詰め寄る。
 
「はいはい、まずは落ち着こなネギ先生」
 
 言葉と共に、振り下ろされた金槌の一撃でネギは正気を取り戻した。
 
 頭に大きなたんこぶを作ったネギは涙目で木乃香を睨みつけ、
 
「……近衛」
 
「はいな♪」
 
「後で、地獄の特訓な?」
 
「横暴や!?」
 
 抗議の叫びを挙げる木乃香を無視して、ネギは夕映の見つけたという手掛かりを見る。
 
 そこに書かれていたのは、ナギと思わしき人物のデフォルメされた顔絵と、
 
「……オレノテガカリ」
 
 ネギは一瞬呆然とし、
 
「分かりやすッ!! つーか、俺が親父探してるの知ってんじゃねえのか!?」
 
 余りの出来事に暴れ始めたネギを、騒ぎを聞きつけたアーニャ達が押さえ込み、
 
「……で、一体何があったのよ?」
 
 疲れたように問う明日菜にハルナが事情を説明する。
 
「へー……、じゃあ、今から皆で行くの?」
 
 問い掛ける明日菜に、ネギは首を振って否定を示し、
 
「ここ見てみ」
 
 言って、地図の一点を指す。そこに書かれている文字はDANGER。
 
「……だんがー?」
 
「デンジャーだ!?」
 
 意味は危ない。と説明し、更に明日菜に英単語の書き取り200個を命令する。
 
「うわーん!! 命乞いするような死に方しろ――ッ!!」
 
 捨て台詞を残して走り去る明日菜を無視して、ネギは出かける準備をしながら、
 
「まあ、危険がありそうだからな、俺一人で行ってくる」
 
「危険だからこそ、何人か連れて行った方が良いんじゃないの?」
 
 アーニャがそう告げ、それも一理あるな、と思い直したネギはパーティの選別を開始。
 
 ……で、ネギの選んだメンバーは、
 
 使い魔のエヴァンジェリンと、その従者茶々丸。実力、経験申し分なしの刹那、楓の4人。
 
 自分が入っていない事に文句を言う輩もいたが、後を付いてこないように拘束魔法で身動きを封じた後、チャチャゼロ達に見張りを命じてネギ達は図書館島に向かった。
 
 ただ不思議なのは、拘束魔法を使用した際、意図したわけでもないのに何故か高音だけ亀甲縛りな感じになったのだが、……彼女はエロい神様にでも祝福を受けているのだろうか?
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 図書館島に辿り着いたネギ達は、地下直通の螺旋階段を使い、幻の地底図書室まで一気にやって来た。
 
「ふん、……で、ここにサウザンドマスターへの手掛かりがあるのか?」
 
 興味深そうに周囲を見渡すエヴァンジェリン。
 
 その間にネギは巨大な扉を開けようと、石造りの巨門を調べるが、背後に感じた巨大な魔力に後ろを振り返るよりも先に叫んでいた。
 
「散れッ!!」
 
 ネギが言うまでもなく、既に全員が散開している。
 
 突如現れた存在、巨大な翼竜に対し、ネギは舌打ちすると、
 
「確かにコイツは危険極まりないな……」
 
「ふん、で、どうするんだ? ぼーや。……流石にアレを相手にするには準備不足は否めなんぞ?」
 
 確かに、上位魔法生物には低級魔法は効果は無いし、慌てて出てきた為、茶々丸達も通常装備のままだ。
 
「一撃で仕留めねえと、キツイか……」
 
「ふん、自信が無いなら、私が始末してやろうか?」
 
 エヴァンジェリンとしても、ナギの手掛かりを前に足踏みしているつもりは更々無い。
 
「いや、竜族相手なら、氷系の魔法は多少レベルが低くても効果はあるだろうから、お前は牽制しといてくれ」
 
 そう告げるネギにエヴァンジェリンは挑戦的な笑みを浮かべ、
 
「良いだろう。お手並み拝見といこうか、ぼーや」
 
 対するネギも余裕の笑みを浮かべ、
 
「足、引っ張んなよ?」
 
 次の瞬間、エヴァンジェリンの氷魔法と翼竜のブレスが激突した。
 
 炎と氷が相殺され、周囲を濃い水蒸気が満たす。
 
 その水蒸気に身を隠し、接敵した三人の少女達が一気に攻撃を仕掛ける。
 
「はぁぁ!!」
 
 楓が気の塊をぶつけ、
 
「神鳴流奥義、――雷鳴剣ッ!!」 
 
 刹那が雷撃を纏った斬撃を放ち、
 
「ターゲット・ロック――」
 
 茶々丸が拳を叩き込む。
 
 僅かにたじろいだ翼竜の隙を付いて、エヴァンジェリンが呪文を唱えた。
 
「リク・ラク・ラ・ラック・ライラック! 来たれ氷精、大気に満ちよ、白夜の国の凍土と氷河を!! ――“こおる大地”!!!」
 
 地面が凍り付き、そこから鋭利な氷柱が伸びて翼竜に襲い掛かるも、氷の槍は竜の鱗を貫く事が出来ない。
 
 しかし、それでも翼竜の足をを大地に縫い止める事には成功してみせた。
 
「兄貴ッ! 今ッス!!」
 
 カモの声に促され、ネギは詠唱を開始する。
 
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル――!」
 
 両手で印を組み、己の背後に魔法陣を展開、
 
「大いなる力の三角、六芳五芳、光と闇、円盤に満つる月よ!」
 
 次々と印を組み替え、
 
「竜王の英霊に申し上げる。天の理! 地の理! 人の理! 力の円錐ディマジオの紋章もちて、我に聖なる炎、三頭黄金竜の力、与え給え!!」
 
 そして魔法陣から現れる三頭黄金竜。
 
 眼前の翼竜など比べ物にならない威圧感を誇る新たな竜の登場に、その場に居た全ての者達は言葉を無くす。
 
 だが、それを成したネギ自身、余裕があるわけではない。
 
 ……今の俺がコイツを召喚してられるのは、精々5秒程度。……一発で決着を着ける!!
 
 三頭黄金竜が鎌首をもたげた。
 
「喰らえトカゲ野郎ッ! ――“皇龍の息吹”!!!」
 
 竜の咆吼と共に放たれるブレスが翼竜を呑み込んだ。
 
 三頭黄金竜に比べると格下になるとはいえ、それでも竜族に名を連ねるのだ。あの攻撃で死んだとは思えない。
 
 無論、無傷というわけでもないだろうが、手負いの竜ほど怖いものはない。だから、本来は翼竜が再度現れる前に用事を済ませてこの場を去るのがベストなわけだが、それでも今のネギにはやらねばならない事がある。
 
「――強靱! ――無敵! ――最強!」
 
 胸を張って勝ち誇り、
 
「――粉砕! ――玉砕! ――大・喝・采ッ!」
 
 勝利の雄叫びを挙げていたら、後ろからエヴァンジェリンに殴られた。
 
「何しやがる!?」
 
「……貴様、それがやりたいが為に今の竜を召喚したんじゃあるまいな?」
 
 やましい所のあるネギはエヴァンジェリンから視線を逸らし、石扉を指差し、
 
「ほ、ほら、急ぐぞ手掛かりはすぐそこだし――」
 
 話題を変えようと、ネギが扉に手を添えた瞬間、内側から扉が開かれる。
 
 咄嗟に身構えるネギ達の視界に扉の奥から一人の女性が姿を現れ、ネギ達の姿を見て、あらあら……、と言葉を零した。
 
 ネギは現れた女性の姿を確認して構えを解くと、
 
「ね、ネカネ姉ちゃん? ……何でこんな所に?」
 
 流石にこの場での姉の登場は予想外だったらしく、呆然と問い掛けるネギにネカネは何時も通りの穏和な笑みを浮かべたまま、
 
「ちょっと、先任の司書の方に挨拶にね……」
 
 言って、半身をずらして道を開ける。
 
「――エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルさん」
 
 名前を呼ばれ、エヴァンジェリンは視線をネカネへと向ける。
 
「何だ?」
 
「ここの主が、貴女を呼んでましたよ」
 
「……主、だと?」
 
 不審な顔つきながらも、エヴァンジェリンは歩を進めて扉をくぐり、ネギ達もその後に続こうとするが、彼らはネカネによって停められてしまう。
 
「……ネカネ姉ちゃん?」
 
 姉の意図が分からず困惑気味のネギに対し、ネカネは笑みを崩さない表情のまま、
 
「貴方はまだ時期尚早……。もう少し強くなってからね」
 
 父親の手掛かりが目の前にあるというのに、それを停めようとする姉にネギは抗議しようとするが、それよりも早くネカネは懐から取り出した一冊の本をネギに差し出し、
 
「これを貴方に……、だ、そうよ」
 
 抗議を封じられたネギは渋々その本を受け取り、表紙を開いて中を確認する。
 
 そこに書かれていたのは、意味のない文字の羅列。
 
 だが、この書物が何を意味しているのかを理解したネギは本を閉じて姉に向き直ると、
 
「……この先に行くのに、そんなに力が必要なの? 姉ちゃん」
 
「……いいえ、この先には危険はないわ。――ただ、彼の話を聞いたらネギは絶対にそこへ向かおうとするわ。……でも、今の貴方じゃまだ力不足。
 
 だからと言って、先にお話を聞いちゃうと修行に集中出来ないでしょ?」
 
 今以上の力が必要な場所。
 
「……そんなに、ヤバイ事になってんの?」
 
「一筋縄では行かない……、でしょうね」
 
 そう告げる姉の瞳は、出来ればネギには行ってもらいたくない、と語っている。
 
 もし、行くのであれば、最低限この手の中にある書……、メルキセデクの解読本を用いて、以前に入手した写本に記されている魔法を収めろ、と言いたいのだろう。
 
 僅かな逡巡の後、ネギは力強く頷いて踵を返し、
 
「――帰るぞ」
 
 一言を告げ、来た道を引き返し始める。
 
 それを見送ったネカネは再び扉の中に姿を消して門を閉じた。
 
 ネギがそう告げる以上、刹那達としても異論はなく彼の後を追って帰ろうとするが、ネギ達の行く道を遮るように満身創痍の翼竜が降り立った。
 
 咄嗟に身構え、陣形を整える。
 
「……ネギ先生、先程の召喚魔法――」
 
「魔力切れだ。俺を戦力として期待すんな」
 
 手負いの竜だ。何をしてくるのか想像もつかない。
 
 エヴァンジェリンもネカネも居ない今、何とかしてこの場を脱出するべく打開策を考えるネギ達に対し、翼竜は深々と頭を垂れて従順を示した。
 
「……へ?」
 
「あ、兄貴……、もしかして――」
 
 おそらく、自分を打ち負かせたネギを己の主と定めたのだろう。
 
 ネギは暫く思案していたが、やがて決意するとカモに使い魔契約用の魔法陣を描かせる。
 
 そして、翼竜の元に歩み寄り、
 
「――ラス・テル・マ・スキル・マギステル。
 
 我が名はネギ・スプリングフィールド。5つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」
 
 流石に竜とキスするのは嫌なので、犬歯で親指の腹を切り、己の血を翼竜に呑ませた。
 
 光が満ち、契約が成立する。
 
「……とはいえ、こんなデカブツ連れて帰るわけにはいかないしなぁ」
 
 僅かな逡巡の後、ネギは茶々丸に向け、
 
「多分、コレで俺、魔力切れて倒れるから、悪いけど家まで運んでくれ」
 
「――了解しました、ハイマスター」
 
 茶々丸の了解を得たネギは、再度翼竜と向き直り、
 
「……つーわけで、今のままだと拙いんで、お前に誓約掛けさせてもらうぞ」
 
 そう告げると、翼竜はネギの言葉が分かるのか大きく頷いた。
 
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル――。
 
 真理なす神の行く行くを願いて、我が掌中にその命委ねん“誓約の封印”」
 
 ネギの足下に展開した魔法陣から幾重もの光の帯が伸びて翼竜に絡みつき、その全身を覆い隠す。
 
 そして、数瞬の後、帯が虚空に解けるように消えると、そこには翼竜の姿はなく代わりに全長40p程の小竜がいた。
 
「……こ、これは」
 
 おそらくネギの魔法により力を封印された翼竜なのだろうが、
 
「面影がまるでないでござるな……」
 
「くきゅー♪」
 
 可愛らしい鳴き声を挙げる小竜がネギの頭に停まると、ネギの身体はバランスを崩してそのまま頽れた。
 
 地面に倒れるよりも早く、横から伸びた手がネギの身体を支える。
 
「――御安心を。魔力を使い果たして眠っているだけです」
 
 ネギの身体を支えた茶々丸が告げ、そのまま彼の身体を抱き上げ、
 
「参りましょう――。今のハイマスターには休息が必要だと思います」
 
 優しい声で呟き、他の二人も茶々丸に促されるように、刹那達は幻の地底図書館を後にした。
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