魔法先生……? ネギ魔!
 
 
書いた人:U16
 
第6話
 
 ――刹那達が木乃香の実家を目指して走っている頃、京都駅に到着した新幹線から一人の女性が降りた。
 
 彼女は旅行用の大きなトランクを転がしながら、何故か所々赤黒い染みの付着した地図を広げ、
 
「ホテル嵐山は……、あっちの方ね」
 
 女性は構内に掛けられている時計で時刻を確認。
 
 満面の笑みを浮かべ、
 
「あら、いけない。チェックインに間に合わなくなっちゃうわ」
 
 告げ、見るからに重そうなトランクを軽々と担ぎ上げ、
 
「急がなくちゃね」
 
 一歩目から全力。
 
 声を掛けようとしていたナンパ男を完全に置き去り、車よりも速い速度でその場を後にした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「んー……」
 
 1時間程の睡眠の後、ようやく目を覚ましたネギは、大きな欠伸をしながら身体を伸ばして身体中の間接を鳴らすと、
 
「……俺、どれくらい寝てた?」
 
「えーと、大体1時間くらいでしょーかー」
 
 のどかの返答を受けたネギは勢いをつけて立ち上げり、
 
「うし、じゃあ行くか……」
 
 脇道から本道に戻り、そこで改めてのどか達と相対すると、
 
「じゃあお前らは、ここからは宿へ帰れ」
 
 そう言い切った。
 
 てっきり一緒に連れていってもらえると思っていた朝倉とのどかは驚きに目を見開き、
 
「ちょ、ちょっとネギ君! ここまで来て、そりゃないよ!」
 
「お願いしますー。私達も一緒に連れてって下さいー」
 
「駄目だ。……ここから先、どんな危険があるがも分からねえのに、生徒を連れて行けるわけねえだろ」
 
 口論を繰り返すネギと朝倉達。
 
 そんな彼女達を収めたのは、
 
「あ!? おーい、のどかー!」
 
 聞き覚えのある声に顔を向けると、そこには5班のメンバーを引き連れた刹那の姿があった。
 
 ネギは暫くの間、大きく口を開けて呆然としていたが、何とか現世復帰すると、
 
「ま、待て! 何でコイツ等まで連れて来てんだ!? 桜咲」
 
「い、いえ……、それがですね、シネマ村を出た所でまいた筈なのですが、いつの間にか先回りされていて……」
 
 わけが分からないと小首を傾げる刹那。
 
 すると、背後ののどかが非常に申し訳なさそうに、
 
「あ、あのー……、すみません。ゆえから電話があって、場所を聞かれたので答えちゃいましたー」
 
「……マジかよ」
 
 つまり、木乃香の実家に向かっていた刹那とのどかの元へ行こうとしていた明日菜達がこの場で合流したのはただの偶然という事になる。
 
 ゲンナリとした溜息を吐き出し、項垂れるネギ。
 
 だが、そんなネギの心労を知らない生徒達は何時もの調子で先に進んで行く。
 
「あ、おい! 待てコラ!!」
 
 慌てて追い掛けるネギ。
 
「いえ、ここまで来ればむしろ安心と言うか――」
 
 そんな彼の心労を和らげようと刹那が説明しかけるが、それよりも早くネギ達は屋敷へと侵入を果たす。
 
 門の向こうから伝わってくる多数の気配に最大限の警戒を持って足を踏み入れたネギを待ち構えていたのは、歓迎ムード一色の巫女の集団。
 
 それでも尚警戒を解かないネギであったが、巫女達の第一声によってその警戒も無用と知らされる。
 
「お帰りなさいませ、このかお嬢様――ッ」
 
「……お帰りなさいませ?」
 
 ネギが事態の説明を刹那に求めると、刹那は真剣な表情で、
 
「えーと、つまりその……、ここは関西呪術協会の総本山であると同時に、このかお嬢様の御実家でもあるのです」
 
 その説明で全てが繋がった。
 
 ネギは納得したと頷き、
 
「つまり、関西呪術協会の長っていうのは、近衛の父親で、学園長のジジイの息子って事か?」
 
「はい。――正確には長は娘婿らしいのですが」
 
 案内の巫女に通された謁見の間にて、殆ど待たされる事無く件の長が姿を現す。
 
 顔色の悪くやつれた感じのする男であるが、立ち振る舞いに一切の隙が見当たらない。
 
 彼は好意的な様子で微笑みを浮かべると、
 
「ようこそ明日菜君、このかのクラスメイトの皆さん。そして担任のネギ先生」
 
 数年ぶりの再会に木乃香が抱き付くが、長……、近衛・詠春は、その痩せた体躯に似合わずしっかりと娘を抱き留め、オヤジフェチの明日菜が感激にうち震える。
 
 ネギは詠春に歩み寄ると、背後の生徒達からは見えない角度で己の影に手を差し込み、そこから一通の封書を取り出すと、普段の彼らしからぬ特使としての畏まった姿勢で詠春に手渡す。
 
「東の長、麻帆良学園学園長、近衛・近右衛門から、西の長への親書です。お受け取り下さい」
 
 対する詠春はネギから封書を受け取るとネギに労いの言葉を贈り、その場で封書を開封。
 
 親書の内容に苦笑いを浮かべつつも、しっかりと頷き、
 
「……いいでしょう。東の長の意を汲み、私達も東西の仲違いの解消に尽力するとお伝え下さい。
 
 任務御苦労!! ネギ・スプリングフィールド君!!」
 
 そこでやっとネギは緊張を解き、安堵の吐息を吐き出した。
 
 ノリの良い3−Aの生徒達は、事情を知らないながらもネギの元に駆け寄りはしゃぎだす。
 
 それを微笑ましげに見ていた詠春は、今から歓迎の宴を開くので泊まっていくように、と彼らに勧め、更には旅館の方には身代わりをたててくれるという。
 
 断る理由のないネギ達は二つ返事で了承し、そこから乱痴気騒ぎの宴会が始まる。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 隙を見て宴会を抜け出したネギと詠春は浴場に来ていた。
 
 ネギは詠春の身体に刻まれた無数の傷跡を観察しながら、
 
「……一体、どんな修羅場くぐってきたんだよ?」
 
 呆れたように問い掛ける。対する詠春もネギの身体についた傷を見て、
 
「ははは、そういうネギ君も、その歳にしては結構な数の戦闘を経験してるようですね」
 
「いや、この傷の殆どが稽古つけてくれてたオッサンが加減無しで無茶してくれたお陰で出来たもんなんだけどな」
 
 苦笑を浮かべて身体にお湯を掛けるネギ。
 
「しかし……」
 
 詠春は目を細めて過去を回想しながら、
 
「ネギ君は、本当に父親似ですね――。容姿も口調、性格も……、まるで、ナギと話しているようだ」
 
 ナギという言葉に、ネギは過敏に反応を示す。
 
「……親父の事を知ってんのか!?」
 
「ええ……、勿論。よく存じてますよ」
 
 心底嬉しそうな笑みを浮かべ、
 
「何しろ私はあのバカ……、サウザンドマスター、ナギ・スプリングフィールドとは腐れ縁の友人でしたからね」
 
「……親父の?」
 
 ネギの中でナギ・スプリングフィールドは、目指すべき道標であり、越えるべき目標であり、最も尊敬する人物でもある。
 
 降って沸いた父親の事を知る人物との出会いにネギは昂揚しながら、
 
「なあ、親父の行方の手掛かりになるようなものって何か知らないか?」
 
 ネギの言葉に、詠春は暫く考え、
 
「そうですね……、彼が京都に居た時に使っていた家があります。そこに、彼が最後に来ていた時に研究していた物があります。
 
 よければ、明日案内しましょう」
 
「ああ、頼む」
 
 頭を下げて礼を述べた。
 
 
 
 
 
 
  
 
 
 
 風呂から出た生徒達が思い思いに時間を過ごす中、それは突然にやって来た。
 
「私のターン! ドロー!! ……いよっしゃぁー! “バカ力の破魔剣士”を攻撃表示で召喚! そして特殊能力発動! このカードの特殊能力は攻撃力を300減少する代わりに、場にある全ての魔法カードを強制的に墓地に捨てる事が出来る!!」
 
 そう告げるハルナに対し、対戦相手の夕映は伏せていたカードを裏返すと、
 
「ところがどっこい、罠カード発動です。
 
 このカードは特殊能力を発動した時点で発動したカードを強制的に墓地に飛ばすです」
 
「何ですとぉー! 折角引き当てた、私の最強カードがぁ!!」
 
「まだまだ精進が足らないですよハルナ。――そして、私は更にカードをドロー」
 
 山札から一枚カードを引き抜き、絵札を確認して僅かに唇を吊り上げる。
 
「……ご愁傷様ですハルナ。モンスターカード、“眼鏡の死神教師”を攻撃表示で召喚。
 
 そして、これで私の勝ちです」
 
「うわーん、また負けたー!?」
 
「っていうか、ゲーセン以来、パル負け込んでるわね」
 
「ううう……、言わないでアスナ」
 
 そして、障子を軽くノックされた音に気付いたハルナが立ち上がり対応に出る。
 
「はーい、どなたー?」
 
 そこに居たのは、自分達と同じ年齢ほどの白髪の少年。
 
 少年が小さく何かを呟くと同時、正体不明の煙が巻き起こり、ハルナとのどかが一瞬で石像と化した。
 
 ……こりゃあ!?
 
 それがネギとの敵対する存在であると即座に悟った朝倉は、背後にいた夕映を庇うようにして、彼女に語りかける。
 
「ゆえっち、あんた逃げろ」
 
「し、しかし!」
 
「あんたちっこいし、頭回るし、体力あるだろ」
 
「で、でも……」
 
 それでもなお躊躇う夕映に対し、朝倉は強引に背後の障子から外に放り出す。
 
「ちょ、ちょっとアンタ! 一体何よコレ!?」
 
 詰め寄る明日菜に一瞥もくれず、白髪の少年は周囲を見渡して木乃香の存在を確認すると、
 
「ルビカンテ……」
 
 少年が名を呼ぶと、翼をもった全長2m超過の人型の魔物が現れ、木乃香を連れて空へ飛び立ってしまった。
 
「このか!? ちょっとアンタ、このか返しなさいよ!! つーか、何よ今の着ぐるみ!?」
 
 だが白髪の少年は明日菜の抗議を完全に無視して呪文を詠唱して部屋を煙で満たす。
 
 己の魔法に対する絶対の自信故か、または次なるターゲットに向かう為かは分からないが、少年は全員が石化したのを確認することなく部屋を後にした。
 
 ……だが、本来ならば動く者がいなくなった部屋で、動ける者が存在する。
 
「ケホケホ……、何なのよ一体」
 
 彼女……、神楽坂・明日菜が身じろぎすると、石化した浴衣が粉々に砕けたが、周囲の
状況が彼女にそれにかまう余裕を与えてくれない。
 
「……嘘でしょ?」
 
 彼女の周りにあったもの……、それは先程まで一緒に遊んでいた筈のクラスメイト達の変わり果てた姿。
 
「い……、いやぁ――!?」
 
 耐えられず悲鳴をあげる明日菜。
 
 そこに駆けつけたのはネギと刹那だ。
 
 部屋を訪れたネギ達の目に入ったのは石化した生徒達と真ん中で頭を抱えて震える明日菜の姿。
 
 一瞬、驚愕に目を見開いた刹那だが、すぐに我に返ると明日菜の元に駆け寄り、彼女を落ち着かせて話を聞き出そうとする。
 
 問題なのはネギの方だ。
 
 部屋の中で石化した生徒達を見た瞬間に、ネギの脳裏を過ぎったのは、あの雪の日の惨劇。
 
 既にトラウマと化しているそれを思い出したネギの呼吸が乱れ鼓動が早まり背中に嫌な汗が滲むのを自覚する。
 
 ――だが、それも一瞬の事だ。
 
 次の瞬間には、ネギの内から新たな感情が高まりトラウマを押し流す。
 
 ……その感情の名は怒り。隠しきれない怒りがネギの身体から放たれ、その怒気はそれまで震えていた明日菜をも正気に戻し黙らせるに充分なものだった。
 
「……あ、兄貴?」
 
 ネギはカモの呼びかけにも答えることなく、ネギは己の着ていたパーカーを脱いで明日菜に投げると、視線を外に向け、
 
「神楽坂、こいつらを石にしたのどんな奴だ?」
 
「……え? どんな? って、見たことのない学生服着た男の子だったけど」
 
 学生服と聞いた時点で、ネギは小太郎を想像するが、彼にはこのような真似は絶対に出来ない。
 
「他に何か特徴は?」
 
 ネギの質問に明日菜は僅かに考え、
 
「……白い髪してたわ。少なくても日本人じゃなかった」
 
「そうか……。桜咲、心当たりはあるか?」
 
「いいえ、ですが、あの呪符使い、……天ヶ崎・千草の仲間かと」
 
 やっぱりか、と舌打ちするネギ。
 
 そんな彼らの耳に、部屋の外から微かな物音がするのが届いた。
 
 互いに野太刀と杖を構え外に飛び出す。だが、そこに居たのは敵ではなく、既に半身を石化された関西呪術協会の長、近衛・詠春の姿だった。
 
「長……!」
 
「詠春のオッサン!」
 
 詠春は苦しげに眉を顰めながら、
 
「も……、申し訳ない二人とも……。
 
 本山の守護結界をいささか過信していたようですね。平和な時代が長く続いたせいでしょうか……。不意を喰らって、この様です。
 
 か……、かつてのサウザンドマスターの盟友が……、情けない」
 
「長!!」
 
「白い髪の少年に気を付けなさい……。格の違う相手だ。
 
 並の術者にならば本山の結界も、この私も易々と破られたりは……、しない。
 
 あなた達二人では辛いかも知れません。
 
 学園長に……、連絡を……。
 
 すまない。……このかを、……頼み……ま……す……」
 
 そして詠春は完全に石化した。
 
「……長」
 
 長の最後の言葉に、決意を新たにする刹那に対し、ネギは吐き出すように、
 
「……ったく、勝手な事言ってんなつーの」
 
「……ネギ先生?」
 
 刹那の呼びかけに答えず、ネギは杖を構えると、
 
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル……。
 
 八つ足の蜥蜴の息吹によりし呪いよ、泉の女神より受けたまわりし黄金色の針の加護の元、退け。――“金の針”」
 
 時間を逆戻しにするように、詠春に掛けられた石化の呪いが解ける。
 
「……これは?」
 
 石と化した故郷の人達の呪いを解くため、ネギが一番力を入れて修得したのが石化解除の魔法だ。
 
 村人達に掛けられた呪いは常軌を逸した強力さ故、未だ解呪には至っていないものの、通常の石化の解除ならば出来る。
 
「たまには、娘にカッコイイ所見せてみたらどうよ?」
 
 素っ気なく告げるネギに対し、詠春は苦笑を浮かべ、
 
「……まったく、本当にそっくりな父子ですねあなた達は」
 
 背中から太刀を取り出す。
 
「ね、ねえネギ。あんた皆を元に戻せるの?」
 
 それまで黙って見守っていた明日菜がネギに声を掛ける。
 
 ネギは一度頷いた後、
 
「戻せるぞ。――けどまあ、今は忙しいから後でな」
 
 そう告げてその場を去ろうとするネギ。
 
 そんな彼のシャツを明日菜は握りしめ、歩みを停めさせると、
 
「本気で言ってんの!? あんた先生でしょ? 自分の教え子が石にされて後回しって、どういう神経してんのよ!?」
 
「うるせえなぁ……、先生なんてやりたくてやってるわけじゃねえつーの。
 
 じゃあ、急いでるから後でな」
 
「この……ッ!!」
 
 明日菜の平手がネギの頬を捉える。
 
 肉を拍つ音が響き、
 
「アンタがそんな薄情者だとは思わなかったわよ!? この……」
 
 更に何かを言い募ろうとした明日菜を刹那が押し留める。
 
「……桜咲さん?」
 
「あ、こら――、止めろ」
 
 刹那はネギが停めるのも聞かず、明日菜の眼前で片膝を着いて深々と頭を垂れると、
 
「納得しろとは言えません。……ですが、事態が切迫しているのも事実。手遅れになる前に事件を終息させるには、どうしてもネギ先生の力が必要なのです。
 
 皆さんは後で必ず治療します。――ですからどうか、この場はお引き下さい」
 
 そう告げる刹那に対し、ネギは溜息を吐きながら、
 
「バカ野郎が、……そんなこと言ったら、余計に面倒臭くなんだろうが」
 
「しかし、ネギ先生。いくらこのかお嬢様の為とはいえ、先生一人が汚れ役を負うのは……」
 
 申し訳無さそうに告げる刹那に対し、ネギは頭を掻きながら、
 
「嫌われ役は慣れてるから良いんだよ。そんな事より時間が惜しい。――行くぞ」
 
 それで話は終わりとばかりに外へ向かおうとするネギ。
 
 会話の中、木乃香の為という言葉で全てとは言わないまでも、おおよその事情を知った明日菜は、ネギの対する罪悪感で打ちひしがれる。
 
 そんな明日菜を置き去りにし、再度歩みを開始しようとするネギを明日菜が引き留めた。
 
 まだ何かあるのか、とウンザリ気にネギが振り返ると、明日菜は最初は非常に気まずそうにしていたが、思い切って頭を下げると、
 
「……その、えっと――、ゴメン! 私、あんたに酷いこと言っちゃった」
 
「気にすんな。宮崎達を後回しにすんのは事実なわけだしな。
 
 ――じゃあ、すぐ帰ってくるから、お前はここでおとなしく待ってろ」
 
「……私も行く!」
 
 ……ほら見ろ。と抗議の視線を刹那に送るネギ。
 
 真実を知れば明日菜がこのような行動に出る事は容易く予想がついた。それを避けるために嫌われ役を演じようしていたのだが……、
 
「明日菜君……」
 
 明日菜に声を掛けたのは、それまで黙ってネギ達を見守っていた詠春だ。
 
 彼は真剣な表情で明日菜を見つめると、
 
「君がここから先に足を踏み入れれば、二度と平穏な日常に戻れなくなります。
 
 待っているのは、危険な非日常。……それでも君はここから先に進む事を望むのかい?」
 
 対する明日菜は僅かな逡巡の後、
 
「……よく分かりません。――けど、このかは私の親友です! 黙って待っているだけなんて出来ません!!」
 
 詠春は諦めとも諦観ともとれる溜息を吐くと、
 
「……ネギ君。明日菜君と仮契約を」
 
「おい!? 何、あっさりと了承してんだ!? オッサン」
 
 苦笑を浮かべた詠春は、
 
「……運命でしょうね。どちらにしろ、遅かれ早かれ彼女はこちら側の世界に足を踏み込んでいた筈です」
 
 ……せめて、成人か18になるまでは黙っていたかったのですが。
 
「ともあれ、彼女のフォローは私がします」
 
「……そうは言ってもな」
 
 それでもまだ渋るネギ。
 
 詠春は小さく頷くと、明日菜に向き直り、
 
「明日菜君。心を無にして左腕に魔力、右腕に気を宿すつもりで……。そして二つの力を合成してください」
 
「おい、それって咸卦法じゃ――」
 
 ネギの言葉が終わる前に、明日菜はわけも分からない状態で、詠春に言われるままにやってみる。
 
 すると、明日菜の内と外から凄まじい勢いで力が迸った。
 
「……マジかよ?」
 
「そんな!? どうして一般人の神楽坂さんが、そのような高難度技法を!?」
 
「詳しい話は後でします。今はネギ君、彼女との仮契約を」
 
 完全魔法無効化能力に咸卦法。更に仮契約によりアーティファクトまで加われば、如何に素人の明日菜でも並の術者に遅れをとることもないだろう。
 
「しゃーねえなあ……」
 
 余り気乗りしないままネギは視線でカモに合図すると、カモは喜び勇んで一瞬で魔法陣を描き、
 
「……まあ、野良犬に噛まれたとでも思って諦めろ」
 
 そう言って、明日菜の返事も待たずにネギは彼女の唇を奪った。
 
 ――仮契約!! 
 
 魔法陣が輝きを放ち、仮契約が完了した証として明日菜の仮契約カードが顕現する。
 
 現れたそれを手に取ったネギはカモに命令して、その複製を制作させ、
 
「ちょ!? いきなり何すんのよ!?」
 
 抗議の叫びを挙げる明日菜の眼前にカードを突き出して言葉を封じ、
 
「肌身離さず持ち歩るいとけ」
 
「……何よコレ?」
 
「仮契約カードって言ってな、“来れ”で素敵アイテムが出てくる。
 
 しまう時は“去れ”な」
 
 それを聞いた明日菜は訝しげな表情で、
 
「……“来れ”」
 
 カードが閃光を放ち、全長1.5m程の長大なハリセンが現れた。
 
「わ! 凄い!!」
 
 それを確認したネギは一度頷くと、
 
「よし、これで準備は整ったな? 泣き言いったら置いてくから、気合い入れて付いてこいよ? 神楽坂」
 
 明日菜はシッカリと頷き返すと、
 
「分かった」
 
 そして、白髪の少年を追って外に出ようとした所で、それまで麻帆良学園にいる近衛・近右衛門へと連絡していた詠春が深刻な表情で携帯電話の電源を切り、
 
「……非常に拙い事になりました」
 
「……これ以上、拙い事ってあんのかよ?」
 
 ウンザリした表情で問うネギに対し、詠春は真剣な表情のまま、
 
「……学園長と連絡が着きません。余り考えたくはありませんが、天ヶ崎・千草の一味が既に麻帆良学園に対し、何らかのアクションを起こした可能性があります」
 
 詠春の言葉にネギは眉を顰め、
 
「おいおい……、タカミチは出張中で今は居ねえけど、他にも魔法先生や魔法生徒が居るんだぞ? それに何かあったら、アーニャから連絡が入る筈……」
 
 言って何かを思いついたのか、ネギは携帯電話を取り出して短縮ボタンをプッシュ。
 
 3コールの後に相手が出た。
 
「……よう、ちょっと確認してもらいたい事があんだけど」
 
『……何よ? 明日、現国の小テストがあるから、高音に教えて貰ってる最中なんだけど?』
 
「じゃあ、その小テストは諦めてくれ」
 
『……相変わらず、人の迷惑顧みない言い方ね』
 
 電話先の人物は何時もの事と、軽く諦めの溜息を吐き出し、
 
『……で? どんな用なの?』
 
「こっちで俺の生徒が一人さらわれた。犯人は関西呪術協会の強硬派、天ヶ崎・千草一味。今追跡してる最中なんだが、学園長のジジイと連絡が着かねえ。
 
 直接、行って確かめてくれ」
 
『了解。……で、助っ人はいる?』
 
「んー……、エヴァの奴に手伝ってもらうから、多分いらないとは思うけどな。一応、準備はしといてくれ」
 
『分かった。無茶はするんじゃないわよ? ……言うだけ無駄なんでしょうけども』
 
「へいへい」
 
 気のない返事を返して通話を終了し、
 
「取り敢えず、学園長のジジイの様子を見てくるように頼んどいた。
 
 後は……」
 
 使い魔とのラインを通じて念話を開始する。
 
“……エヴァ、聞こえてるか?”
 
“……なんの用だ? ぼーや。……今の私は機嫌が悪い。つまらない用なら後で括るぞ”
 
“……お前、俺の使い魔の自覚無いだろ?”
 
“フン”
 
“……まあ、いいや。それよりも近衛が敵にさらわれた。ちょっと手伝え”
 
“……なんだと? ――ふん、とんだドジを踏んだものだな”
 
“やかましい! ドジ踏んだのは俺じゃねえよ!”
 
“まあいいさ。今、茶々丸はハカセが整備中だからな、もう少し待ってるがいい”
 
“おう、入り用になったら連絡入れるから待機しとけ”
 
 それで念話を切り、前を向き直る。
 
「うし、じゃあ行くか」
 
「はい!」
 
 異口同音に気合いの入った返事が返り、ネギ達は戦場へ向かった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ――同時刻。
 
 朝倉の機転により総本山から脱出した夕映は、深夜の山道を駆け下りていた。
 
 助けを呼ぶようにと頼まれてはいたが……、
 
「しかしそうは言っても朝倉さん! 警察はおろか、こんな非現実的な事態に対処してくれる所など、日本のどこにも……」
 
 そこまで言って夕映の脳裏に過ぎったのは、中学生……、否、人間離れした身体能力を持つバカレンジャーの二人。
 
 ……そうです。あの人達なら……!
 
 ……これが夢でも、まずやるべきは問題への対処です!
 
 懐から取り出した携帯電話をプッシュ。
 
 連絡先は……。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ホテル嵐山のロビー。
 
 そこでくつろいでいた長瀬・楓は、夕映からの連絡を受け傍らの古菲と共に立ち上がる。
 
 更に丁度その場を通り掛かった龍宮・真名が加わり、委員長である雪広・あやかの目を盗んで三人でホテルの外へ出た所に、大きな荷物を持った一人の女性がやって来た。
 
 女性は真名の姿を確認すると、
 
「あら? 龍宮さん。……ということは、このホテルで良いのね」
 
 突然声を掛けられた真名は女性の顔を見て驚きに目を見開き、
 
「な、……何故、貴女がここに!?」
 
 真名の質問に、女性はにこやかな微笑みを浮かべて、
 
「勿論、可愛い弟に会いに――」
 
「そ、そうですか……。弟さんでしたら、今は面倒事に巻き込まれている所らしいのですが……」
 
 それを聞いた女性は頬に手を添えて、
 
「あらあら」
 
「私達はこれから手助けに向かう所なのですが、御一緒なさいますか?」
 
 女性は悩む事なく、
 
「ええ、案内してもらえるかしら?」
 
 真名に少し待つように告げ、ホテルでチェックインを済ませにカウンターへと向かった。
 
 その女性をロビーのガラス越しに見つめながら、
 
「……あの女性、何者でござるか? 微かに血の匂いがしたでござるが――」
 
 警戒した様子で楓が尋ねると、真名は緊張した面持ちで、
 
「……ネカネ・スプリングフィールド、――ネギ先生の姉(従姉)だ。
 
 ハッキリ言って、強さはあの高畑先生に匹敵する。否、ある状況下では、高畑先生を上回るか……」
 
 ちなみに彼女に着いていた血の匂いは、南米からの出張から帰ったらネギが居なかったので、その事を魔法学校の校長に問い質した所、頑としてネカネに教えようとしなかった為、少々強引に聞き出した時のものと、日本に到着してから即座に麻帆良学園に赴いたにも関わらず、そこでもまたネギに会えず学園長に聞いてみたのだが、何故かはぐらかそうとしてくれたので、これまた少々強引に聞き出してきた。
 
 実は学園長が詠春からの電話に出れなかったのは、西からの襲撃があったわけではなく、それが原因だったりする……。
 
 ともあれ――、
 
「最凶の助っ人が到着したわけだ。……関西呪術協会とやらに、どれだけ被害が拡大しようと、かまわないしな」
 
 そう溜息と共に吐き出した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 一方その頃、ネギからの念話を受けたエヴァンジェリンは、徐に囲碁を拍つ手を停めて立ち上がり、
 
「ハカセ、茶々丸の整備は後どれくらいかかる?」
 
「ざっと15分程で終わりますが、どうしました?」
 
 ここは3−A組2班の部屋だ。
 
「なに、少し面白い事になったようなのでな、楽しませてもらう事にした」
 
 それを聞いた超・鈴音はそれまでエヴァンジェリンと相対していた碁盤を片づけながら、
 
「ふむ、それでは私も混ぜてもらおうとするかネ」
 
 そう告げて立ち上がる超に対し、エヴァンジェリンは眉を顰めながら、
 
「ほう……、何を企んでいる? 超・鈴音」
 
「なに、ちょっとネギ老師に貸しを作っておこうと思っただけネ」
 
 いつもと変わらぬ笑みで答える超。
 
 対するエヴァンジェリンは腹に一物有りそうに唇を吊り上げ、
 
「なるほどな……、好きにしろ。だが、あの男は貸しや借金を踏み倒すのを得意としているぞ」
 
「なに、その程度の事は予測済みネ」
 
 こうして、ネギの知らぬ間に大人数の教え子達がこの事件に関わる事となった。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 携帯電話を仕舞ったアーニャは、椅子から立ち上がるとクローゼットを開けてパジャマから戦闘用の装束へと着替え始める。
 
「……どうかなさいましたの?」
 
 それを見て、訝しげな表情で同室の高音が問い掛けると、アーニャは面倒臭そうに、
 
「ネギが修学旅行先で、面倒事に巻き込まれたらしいわ。
 
 それで、こっちの方にも飛び火してる可能性があって、学園長に連絡しても連絡が取れないから見てきてくれって。
 
 ついでに、何時呼び出しが掛かるか分からないしね……」
 
 言いながら、愛用の長杖を取り出して感触を確かめる。
 
「じゃあ、ちょっと行ってくるわ」
 
 そう告げて窓から部屋を出ていこうとするアーニャに高音が待ったをかける。
 
「お待ちなさい!?」
 
「なに?」
 
「私もお手伝いします」
 
 言って仮契約カードを取り出し、念話でその事を従者である佐倉・愛衣と夏目・萌に告げる。
 
「学園長の元には、彼女達二人に行ってもらう事にします。
 
 私達は、ネギ先生の元へ――」
 
「いや、それはありがたいんだけど……、どうやって京都まで行くの?
 
 私はネギが召喚してくれたら、すぐに跳んでいけるんだけど、高音はそうもいかないでしょ?」
 
 と告げるアーニャに対し、高音は勝ち誇った表情で、
 
「私の能力をお忘れですか? アーニャさん」
 
「……んーと、影使い?」
 
「ええ、その通りです。そして影使いの術の中には、影を用いた転移術というものもございます」
 
 だが、それは高等技能の筈だ。未だ修行中の高音が使えるものであっただろうか?
 
「確かに、熟練者のように一呼吸で発動というわけにもいきませんが、準備に少々時間は掛かっても発動することは出来ます」
 
 自信満々に告げる高音に対し、アーニャは暫く考えた後で深く頷くと、
 
「そうね、……人手は多いほどいいだろうし。――うん、じゃあよろしく」
 
 そして高音の転移術式の準備を手伝い始めた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 さらわれた木乃香の気配を追いかけてきたネギ達一行は、昼間に彼らが休憩していた場所で遂に天ヶ崎一味に追いついた。
 
「そこまでだ、お嬢様を放せ!!」
 
 やってきたネギ達に、千草は侮蔑の視線を向けると、
 
「……またあんたらか。――おや? 長はんまで」
 
「天ヶ崎・千草君、明日の朝には応援が来ます。おとなしく投降してくれれば、悪いようにはしません」
 
 詠春の勧告を千草は一笑に伏すと、
 
「ふふふ、いくら長はんの命令といえど、そればっかりは聞けまへんなぁ」
 
 木乃香に一枚の符を張り付ける。
 
「ほんま、失望しますわ。……こんな絶大な力持っとるお嬢様を、なんで使かおうとせえへんので? この力さえあれば、東の魔法使い共を蹴散らすなんぞ朝飯前やのに」
 
 告げ、まるで木乃香の力を見せびらかすように真言を唱える。
 
「オン・キリ・キリ・ヴァジュラ・ウーンハッタ」
 
 そして召喚される魑魅魍魎。――その数、150。
 
「ちょっとちょっと、こんなのアリなの――!?」
 
 初めて目の当たりにする異形の群を前に、明日菜が顔を青ざめながら絶叫する。
 
「だから、大人しく待ってろって言っただろうが……」
 
「ふふふ、あんたらには、その鬼共と遊んでてもらおか」
 
 そう言い残し、千草は白髪の少年と木乃香を連れて、その場を去って行った。
 
「……ラス・テル・マ・スキル・マギステル。逆巻け春の嵐、我らに風の加護を。“風花旋風・風障壁”!!」
 
 ネギ達を中心に竜巻が巻き起こり、残されたネギ達は、その中で打開策を練る。
 
 そんな中、ネギは思う。――敵の数は150程度。ネギの目標とする男は1000体以上の魔族をたった一人で葬り去ったのだ。
 
 それに比べればこの程度の数の鬼に打ち勝てなくて、サウザンドマスターを目指すことなど出来ようか?
 
 ネギは挑戦的に唇を吊り上げると、
 
「OK.ここは俺が引き受けた。詠春のオッサンは桜咲と神楽坂連れて近衛の後を追ってくれ」
 
 そう告げるが、それは即座に詠春によって却下される。
 
「いいえ、ここは私が引き受けます。ですからネギ君は二人を連れて先を急いで下さい」
 
 だが、ネギは眉を顰め、その申し出に待ったをかけ、
 
「おいおい……、こういう団体を相手にするのは、絶対に俺の方が向いてるだろ」
 
「いえ、相手には石化の魔法を使う者もいます。それに対抗出来るのはネギ君と明日菜君だけです。ですから、ここは私が受け持ちます」
 
「ならば、私も残って……!」
 
「じゃ、じゃあ私も一緒に残る――っ!」
 
 刹那と明日菜まで残ると言い始めた事に対して、ネギはウンザリ気に溜息を吐き出し、
 
「あー……、もう、全員で残ってどうするよ? じゃあ、お前ら二人でジャンケンしろ」
 
 勝った方を連れていく事にした。
 
 結果、刹那が勝利し、“風花旋風・風障壁”の効果が終わると同時、ネギが“雷の暴風”で道を切り開こうとする寸前、上空から無数の氷の矢が降り注ぎ十数体の敵を葬りさった。
 
 慌てて上空を仰ぎ見るネギ達の視界に入ったのは黒衣と黒マントに身を包んだネギの使い魔である少女と、その従者たる自動人形。
 
 そして……、
 
「コレは凄いコトになってるネ」
 
「ええ、……ですが、良いデータがとれそうです」
 
 超包子とロゴの入った強化服を纏った超・鈴音とその上から更に白衣を着た葉加瀬・聡美。
 
『ふえぇ〜〜、何だか怖いヒト達が一杯いますぅ〜』
 
 強制的に連行される事になって涙目で抗議するも、一向に受け入れて貰えない相坂・さよ。
 
「……何で、超と葉加瀬まで来てんだよ?」
 
 呆れながら告げるネギに対し、超は意地の悪い笑みを浮かべると、
 
「なに、少々ネギ老師に貸しを作ろうと思ったまでヨ」
 
「帰れ」
 
 即答で答えるネギに苦笑いを浮かべつつ、手近な敵に雷撃を纏った突きを入れて吹っ飛ばし、
 
「ともあれ、ここは私達が引き受けるネ」
 
「精々、私の八つ当たりに付き合ってもらうとするさ」
 
 告げ、茶々丸に守護を命じて自らは詠唱に入るエヴァンジェリン。
 
「行って下さいネギ君……!」
 
 詠春に促され、刹那を伴ってネギは空を飛んだ。
 
「……まあエヴァがいるから神楽坂達も大丈夫だろうとは思うけどな、早めに近衛取り戻して戻るぞ」
 
「は、はい!」
 
 だが空を飛んで追い掛ける彼らを迎撃するように影が迫る。
 
 漆黒の狗神……!
 
「ちっ!? “風楯”!!」
 
 直撃の寸前に障壁で防いだものの、衝撃までは殺しきれずに墜落するネギと刹那。
 
 ……狗神って事は、コタローか!?
 
「風よ、我らを!!」
 
 突風が舞い上がり、ネギと刹那の身体を落下の衝撃から護る。
 
「へへ、悪いなネギ。――ここから先は通行止めや!!」
 
「……また出やがったか、犬野郎」
 
 忌々しそうにネギは舌打ちをし、
 
「お前とは後で遊んでやるから、今は邪魔すんな!」
 
「やかましわ! 俺はお前をギタギタにせんと気が済まんのや!」
 
 傍らの刹那が愛刀の夕凪を構え、
 
「……ネギ先生、ここは私が」
 
「いや、まだあの月詠とかいうゴスロリ娘が出てきてないからな、お前にはアイツの相手
をしてもらいたい」
 
 現在確認されている敵の戦力は、天ヶ崎・千草、白髪の少年ことフェイト・アーウェルンクス、そして犬神・小太郎と神鳴流剣士の月詠の4人。
 
 単体で出てくる分には負けるつもりはないが、前衛の剣士と後衛の術者が組まれると流石に厄介だ。
 
「まあ、コタローに個人的な恨みある奴がいるから、そいつぶつける事にする」
 
 言って取り出すのは一枚のカード。
 
「……準備はいいか?」
 
“何時でもいいわよ”
 
 念話で相手の都合を確認し、
 
「“召喚・ネギの従者・アンナ・ユーリエウナ・ココロウァ”!!」
 
 ネギの眼前に魔法陣が展開されてそこから一人の少女が現れる。
 
「お待たせ!!」
 
 告げ、油断無く杖を構え、眼前にいる少年を確認すると怒りの表情をみせ、
 
「……コタロー!!」
 
 ネギが静止する間もなくアーティファクトを呼び出して飛び掛かった。
 
 アーニャの一撃を、気を纏った拳で受け止めた小太郎は訝しげな表情で、
 
「……なんや、またお前か」
 
 アーニャと一度距離をとり、つまらなそうに、
 
「……あんな、俺は女殴る趣味は無いゆーねん」
 
「アンタに無くても、私的にはアンタを殴る理由は充分過ぎるくらいにあるのよ! フォルティス・ラ・ティウス・リリス・リリオス! 宿れ月の光よ! “弧月の刃”」
 
「何やねん、それ?」
 
 突撃し、大鎌に変じた長杖を振るうアーニャを、後退しながらもいなす小太郎。
 
「うっさい!? 乙女の一世一代の覚悟、台無しにしてくれた借りは2倍にして2乗にして返してやるわよ!!」
 
 そして無詠唱で放たれる“魔法の射手・連弾・雷の4矢”。
 
 対する小太郎は、全てを見切って回避すると、カウンターの一撃を入れようとして思いとどまる。
 
「……あかん、やっぱり女は攻撃出来へん」
 
 そんな小太郎に向け、アーニャは執拗に攻撃を仕掛けるが、その全ては当たることなく避けられる。
 
「……まあ、コタローが女に手ぇ挙げる事は無いから大丈夫だろ。
 
 つーわけで、この場は頼んだぞ! アーニャ」
 
 言って、今度は敵に気付かれないように木々の隙間を縫うように低空で空を駆ける。
 
 完全に頭に血の登ったアーニャの元までネギの言葉は届いておらず、小太郎に対して斬撃破を放つが、それも難なく回避されてしまう。
 
「この……、いい加減当たりなさいよッ!」
 
「ネギが行ってしもうたやないか!? お前もええ加減当たらん攻撃なんぞ諦めろや!」
 
 明らかに見下された言動に、アーニャの怒りが加速する。
 
 だが、それでも小太郎に攻撃が当たる事がない。
 
 ――現在アーニャのアーティファクト“コウソクノツバサ”は第三段階。これは、瞬動とほぼ同じ速度で行動出来るのだが、小太郎は既に縮地法を極めている。常人から見ればどちらも見分けがつかないようなハイスピードであるが、この速度差は、高レベルの戦闘においては致命的といえる。
 
 そんなアーニャと小太郎の対決に、第三者が介入する。
 
 小太郎と同じ速度域で現れ、無防備だった脇に一撃を入れる人影。
 
「グッ!?」
 
 自ら跳んで出来る限り衝撃を殺し、己に一撃を入れた相手に視線を向ける。
 
「誰や!?」
 
 そこに居たのは長身の人影。
 
 夕映を抱き上げたチャイナドレス姿の少女。麻帆良学園女子中等部3年A組、出席番号20番、長瀬・楓。
 
「故あって助太刀させて貰うでござるよアーニャ殿」
 
「……誰?」
 
 突然の助っ人に眉を顰めるアーニャ。荒い息を吐く彼女の元に夕映が赴き、
 
「ネギ先生の教え子です。アーニャさん」
 
 既に図書探検部として顔見知りとなっている夕映の言葉に取り敢えずの安堵を得るが、それも一瞬、続いて放たれた小太郎の言葉に再度アーニャの怒りはヒートアップした。
 
「はは、なんやアーニャよりは楽しめそうやな」
 
「なんですって!」
 
「事実やないけ。スピード狂とか呼ばれとる割にはてんで遅いわ」
 
 その言葉で完全にキレた。
 
「……私が遅い? この私がスロゥリー?」
 
 魔法の最大破壊力ではネギに勝てず、純粋な戦闘力ではネカネに及ばなかったアーニャが求めたものはスピードだった。
 
 血を吐くような修行の末に辿り着いた速度の極地。未だ3rd以上は身体がついていかずに、数秒で視界がブラックアウトするので封印してきたが、遅いとまで言われて躊躇う程、彼女のプライドは低くない。
 
「……G・Top」
 
 次の瞬間、アーニャの姿がその場にいる全員の視界から消えた。
 
「な、なんや!? 縮地か!?」
 
「……いや、これは!?」
 
 言うが早いか、アーニャの杖の一撃で小太郎の顎が跳ね上がる。
 
「フォルティス・ラ・ティウス・リリス・リリオス! 風は虚ろな空を征く! 声は絶えよ! 詩は消えよ! 涙は流れぬまま枯れ果てよ!! ――“凶殺の魔爪”!!!」
 
 アーニャの身体が7つに別れ、それぞれが縮地の速度で小太郎に襲い掛かる。
 
「何と!?」
 
 驚愕に目を見開く楓を置き去りに、7人のアーニャは同時に小太郎に斬り掛かり、
 
「足りない! 足りないわよ、コタロォー!」
 
「な、何が足りへんゆうねん!?」 
 
 アーニャの気迫に僅かにたじろぐ小太郎。対するアーニャはそんな事にかまわず攻撃を叩き込みながら、
 
「……あんたに足りないもの! それは――!? 情熱、思想、理念、頭脳、気品、優雅さ、勤勉さ、そして何よりも……!!」
 
 トドメの一撃を振り抜きながら告げる。 
 
「――速さが足りない」
 
 小太郎が宙を舞い、分身が消滅しアーニャが疲労の為片膝を着く。
 
「大丈夫でござるか?」
 
 否、地面に膝を着く寸前、楓に抱き留められた。
 
「……大、……丈夫。ちょっと、無茶しただけだから……」
 
 超高速移動と影分身。楓の四つ身分身朧十字とよく似た技であるが、破壊力、速度、共に比べものにならない程に高い。
 
「……それよりも、あのバカ犬まだ生きてる?」
 
「安心せえ、鍛え方が違うわ」
 
 聞こえてきた声に、アーニャと楓が構えをとる。……が、
 
「俺の負けや。……心配さんでも、もう戦るつもりはあらへん」
 
 訝しげに眉を顰めるのは夕映だ。
 
 だが、小太郎はそんな夕映にかまうことなくアーニャを指差し、
 
「それよりお前、今の技、自分の負担の方が大きいやろ! 無茶すんなや!!」
 
 小太郎の言うとおり、現在アーニャの視力は完全に失われている。
 
「うっさいわね、こんなもん10分ぐらいで元に戻るわよ」
 
「その10分の間に攻撃受けたらどないすんねん!?」
 
 小太郎は溜息を吐き出し、
 
「……何でネギの奴、こんな無茶苦茶な女、相棒にしとんねん」
 
「あんたには関係無いでしょうが」
 
 それから暫くアーニャと小太郎の罵り合いが続いたが、ひとまずこの場の決着は着いた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 同時刻、無数の鬼達と戦う詠春達の元にも、新たな援軍が到着していた。
 
 ……していたのだが、
 
「えーい、邪魔をするな貴様等、そいつらは私の獲物だ!」
 
「そうは言っても掛かってくる以上、降りかかる火の粉は払うのが常識ネ」
 
「と、言うかエヴァにゃん、それはただの駄々っ子アル」
 
 超と古菲が絶妙のコンビネーションで鬼族を屠ると、上空から攻撃を仕掛けてくる烏族を、真名が狙撃する。
 
 エヴァンジェリンが呪文の詠唱に入り、そうはさせじと攻撃する鬼達の侵攻を阻むのは茶々丸と明日菜の役割だ。……ちなみに葉加瀬はエヴァンジェリンの隣でデータ収集に余念がない。
 
 そして呪文が完成すれば、一気に20体以上の鬼達が殲滅される。
 
 そんな中、詠春は神鳴流の後輩とも言える月詠と刃を交えていた。
 
「……どうあっても、退いては貰えませんか?」
 
「はいー。すみませんー。ウチとしても大先輩で関西呪術協会の長はんと剣を交えるんは心苦しいんですけどー、これも雇い主の意向ですのでー」
 
「……仕方ありませんね」
 
 小さく溜息を吐き、月詠との距離をとる。
 
 ……なるべく怪我はさせたくはありませんが。
 
 一瞬だけ視線を戦う少女達に向け、
 
「時間が惜しいので、一撃で決めます」
 
「そう簡単にはいきまへんでー」
 
 同時に踏み込み、
 
「しんめいりゅうおうぎぃー・にとうれんげきざんがんけぇーん」
 
 左右から迫る月詠の二刀に対し、詠春は動じることなく刃を振り下ろす。
 
 そして、それだけで決着は着いた。
 
 峰での一撃を肩口に喰らった月詠は、強制的に意識を刈り取られて、その場に崩れ落ちる。
 
 神鳴流の奥義は疎か、通常技すら使用せずに打ち勝った詠春を見てエヴァンジェリンは唇を吊り上げ、
 
「どうした? 近衛・詠春、随分と技が鈍っているようじゃないか? 長い平和で腕が落ちたか?」
 
「ははは……、相変わらず手厳しい」
 
 そんなやり取りを聞いた明日菜は呆れた眼差しで二人を見やり、
 
「……アレで鈍ったって」
 
「……私、剣閃しか見えなかったアル」
 
「今ので鈍ったという事は、全盛期での長さんの攻撃速度は……、い、いえ、このような速度は理論上不可能な筈です」
 
 驚愕に戦く面々。そんな中、儀式の開始を知らせるように遙か遠くで天まで届くような極太の光柱がそそり立った。
 
「……始まったようですね」
 
「このか……」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 儀式の最終段階に入った祭壇。
 
 そこを突然の砲撃が襲う。
 
「な、なんや――ッ!?」
 
 千草に直撃すると思われた砲撃は、寸前の所でフェイトの手によって防がれる。……が、
 
「……これが、“メルディアナ魔法学校の固定砲台”の砲撃魔法か」
 
 己の障壁を貫き、その手に傷を付けたネギの魔法に対し、少年は無表情ながらも何かを刺激されたのか、自らの式神に命令を下す。
 
「ルビカンテ、行って」
 
 飛び立つ式神、だがそれも続いて放たれたネギの砲撃魔法によって一瞬で消滅させられた。
 
「ど、どないすんねん!? あのガキ、お嬢様ごと撃ち抜くつもりやで!?」
 
 実際は、防がれることを前提として撃っているわけであるが、半ばパニックに陥った千草にはその事が判断出来ない。
 
「直接出向いて、術者を押さえます。それまでは、式神で押さえて下さい」
 
 そう言い残して、フェイトは水に包まれて姿を消した。
 
「ほ、ホンマに大丈夫なんやろな?」
 
 言うが早いか、今度は無数の雷が千草の元に襲い掛かる。
 
「ひぃ!? は、早う何とかせんかい新入り!!」
 
 式神2体を犠牲にして辛うじて耐えきった千草が涙目で叫んだ。
 
 
 
 
 
  
 
  
 
 
 祭壇のある湖の対岸、杖を携え呪文を唱える少年の姿があった。
 
「うまいこと、敵の式神を潰したみたいだぜ兄貴!」
 
「おっし、次ぃ!」
 
 木乃香を巻き込まないギリギリの位置を狙って放たなければならない為、神経を使うが仕方ない。
 
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル! 来たれ氷精! 闇の精!! 闇を従え吹雪け――」
 
 だが、その詠唱は最後まで唱える事が出来なかった。
 
「……この長距離からあの威力、なるほど君は充分に驚異に値するよネギ・スプリングフィールド」
 
 掛けられた声に振り向くと同時、ネギの常時展開している障壁を突破して、彼の顔に拳が叩き込まれた。
 
 吹っ飛ばされながらも辛うじて体勢を立て直し、素早く敵の位置を捕捉すると、
 
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル! 来たれ虚空の雷、薙ぎ払え! “雷の斧”!!」
 
 雷の斬撃が白髪の少年を襲うが、少年の姿は既にそこにはなく、ネギの懐深くに潜り込んでいた。
 
「やはり固定砲台と呼ばれるだけあって、接近戦は苦手のようだね」
 
 告げ、肘を打ち込む。
 
「ァ!? ――んのぉ!! “光爆”!!」
 
 無詠唱の近接魔法を打ち込むが、難なく回避され拳の一撃を喰らう。
 
「……こうなると固定砲台も哀れだね」
 
「うっせぇバーカ。――本命は別にあるんだよ!! ……行け、桜咲!!」
 
「やったれ、兄貴!!」
 
 肩に乗るカモの励ましを受け、術式を解放する。
 
 “光の導き”――解放!
 
 ネギ達の居る場所から離れた湖岸、そこから祭壇まで一直線に光の道が延びる。
 
 光の道の上を刹那が駆け抜ける。
 
「……遅延呪文か」
 
「そう言うこった。悪いが、暫く付き合ってもらうぞ白髪野郎!」
 
 
 
 
 
 
  
 
 
 
 ネギの作り出した光の道を駆けながら刹那は彼の言葉を回想する。
 
「いいか桜咲、あそこに居いんのはデカザル眼鏡女と白髪野郎だけだ」
 
 魔法で視覚を強化したネギが祭壇の様子を報告する。
 
「そこで俺が白髪野郎を引き付ける。その隙にお前は最短距離を突っ走れ」
 
「……ネギ先生、最短距離と言っても湖があるので祭壇まではどうしても迂回しなければ行けませんが」
 
 対するネギは微妙に勝ち誇った表情で、
 
「……修学旅行前に覚えた魔法に、丁度良いのがあるんだよ」
 
 言って杖を構え詠唱を開始する。
 
「――特殊術式“夜に咲く花”、リミット120。発動鍵設定“光の導き”
 
 ラス・テル・マ・スキル・マギステル、地を駆けし挑戦者、栄光へと誘え。“勝利への道”」
 
 ネギの足下に展開されていた魔法陣が僅かに発光し、しかしすぐに消滅した。
 
「よし、お前はここに隠れて待ってろ。白髪野郎は俺が何とかするから、お前は近衛を助けたら一目散に逃げろ」
 
「はい――!」
 
 そしてネギの言葉通り、先程彼女の足下から光の道が延び、祭壇までの最短距離を作ってくれた。
 
 ……ありがとうございます、ネギ先生。
 
 攻防が続く湖岸を横目に見ながら、刹那は更に加速する。
 
 そして遂に祭壇に拘束された木乃香の姿を肉眼で確認し、刀を抜いて跳躍した。
 
「天ヶ崎・千草、お嬢様を返して貰うぞ!!」
 
 だが千草は、刹那の突然の乱入にさえ慌てることなく、否、むしろ余裕の笑みさえ浮かべて、
 
「ふふふ、ちょーと遅かったようですなあ」
 
 告げると同時、上空から巨大な手が刹那を押し潰しに掛かった。
 
「ナッ!?」
 
 身体を捻って辛うじて回避するも、足場を失い刹那の身体は湖に落下してしまう。
 
「ぷはッ!」
 
 湖面から顔を覗かせた刹那の視界に入ったものは、巨大な二面四臂の鬼神の姿。
 
 その全長は、ゆうに60mはあろうかという巨躯の肩辺りに、木乃香と千草の姿が見える。
 
「お嬢様!!」
 
 刹那の叫びが虚しく響き渡った。
 
 
 
 
 
 
 
  
 
 
 その頃、リョウメンスクナノカミの復活を知ったネギは舌打ちを残しつつ、
 
 ……完全に出てくる前ならなんとかなるか?
 
 だが、その為には眼前の少年を何とかしなければならない。
 
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル! 断罪人の刃よ、咎人を断て! “処刑人の剣”!!」
 
 ネギの手に作り出された氷の刃が振るわれるが、それはフェイトに当たることなく、湖の一部を爆砕氷結させるに留まった。
 
「無駄だよ。幾ら近接用の戦闘魔法が使えても、君自身が近接戦闘に慣れていない」
 
 瞬動によりネギの背後に姿を現した少年がネギの脇腹に一撃を入れ、その胸ぐらを掴み上げる。
 
「グッ!?」
 
「終わりだよ、ネギ・スプリングフィールド。この距離なら、君の得意な砲撃魔法も使えない」
 
 だが、ネギ自身は唇を吊り上げた挑戦的な笑みを浮かべて、
 
「勝手に終わらせてんな、この白髪野郎!」
 
 胸ぐらを掴まれている腕を取って捻り、関節を極めようとするが、それに気づいたフェイトは寸前の所で腕を引いてネギとの距離をとる。
 
「……驚いた、まさか固定砲台が関節技なんて」
 
 対するネギは威風堂々とした態度で、
 
「――打撃系など花拳しゅう腿(かけんしゅうたい:華やかだが見かけだけの技のこと)! 関節技こそ王者の技よ!!!」
 
 ネギの背後に、某魔法王国の王女の姿が陽炎のように現れた気がした。
 
 ……とは言っても、関節技なんぞテレビのプロレス中継で見たもんを見様見真似でやってみただけなんだけどな。
 
 という内心を微塵も見せず、如何に眼前の少年を出し抜いてリョウメンスクナノカミの封印をするかを画策する。
 
 ……全力でいかねえと、こいつには勝てそうにねえし。……かと言って、ここで魔力を使い果たしちまうと、あのデカブツを封印できねえ。
 
 だが、ネギの一瞬の思考の隙をついてフェイトは彼の懐に潜り込み、
 
「障壁突破“石の槍”」
 
 大地が隆起し、石の尖柱がネギを襲う。
 
「兄貴ッ!」
 
「やべッ!?」
 
 回避不能。致命傷は避けられない攻撃。
 
 しかし、その攻撃は第三者の介入によって砕かれた。
 
「大丈夫? ネギ」
 
 “魔法の射手”で“石の槍”を砕き、ネギを救ってくれたのは彼にとって最も身近な女性。
 
「……ね、ネカネ姉ちゃん?」
 
 己の名を呼ぶネギに、ネカネはにっこりと微笑みかけ、しかしネギの全身の傷を見た途端に表情はそのままで、彼女の纏う雰囲気が一変する。
 
「あなたね? 私のネギを、こんなに傷を付けたのは……」
 
 ネカネの視線の先にいるのは白髪の少年だ。
 
 彼女の放つ、ただならぬ雰囲気に呑まれ、フェイトは知らず知らずの内に構えをとっていた。
 
 だが、最大限の警戒を見せていたのにも関わらず、次の瞬間には既にネカネの姿は彼の視界から消え去り、
 
 ……瞬動?
 
 そう思考すると共に右頬に衝撃を受け吹っ飛んだ。
 
 湖面を割り、数十mを滑空してようやく停まった彼に、ネカネが笑みのまま冷たく宣言する。
 
「今のは、ネギの顔を殴った分よ。……そして、」
 
 フェイトとの間合いを一瞬で埋め、その腹に膝蹴りを叩き込み、
 
「これはネギのお腹の怪我の分……」
 
 頽れかけるフェイトの髪を掴んで強引に立たせ、
 
「これが脇腹の怪我の分……」
 
 ネギの怪我と同一箇所に拳をメリ込ませる。
 
 姉の執り行う一方的な私刑を呆然と見やりつつ、
 
「……死んだな、あいつ」
 
 という呟きを残し、ネギは己の成すべき事を思い出す。
 
 フェイトの足止めをネカネが受け持ってくれている以上、自分は刹那と協力して木乃香を取り戻し、リョウメンスクナノカミを封印しなければならない。
 
「ネカネ姉ちゃん! 悪いけど、そいつの事は任せた!!」
 
 ネギの声を聞いたネカネは、満面の笑みで振り返ると、
 
「ええ、ここは私に任せて、ネギはゆっくりと休んでなさい」
 
「いや、あのデカブツ処理してくるから……」
 
「あら、そう? なら頑張ってね。ハンカチは持った? ティッシュは? 先方に失礼のないようにね?」
 
「う、うん……」
 
 どことなく方向性のズレたネカネの励ましを受けて、ネギは杖に乗って祭壇に向かう。
 
 
 
 
 
 
     
 
 
 
 ――同時刻。
 
 丁度全ての鬼達を屠った詠春達にも、リョウメンスクナノカミの復活は知れ渡っていた。
 
 悔しさに奥歯を噛む者、
 
「……ネギ君は間に合わなかったか」
 
 驚愕に目を見開く者、
 
「な、何よ、あの化け物……」
 
「おっきいアルね」
 
「流石に、アレの退治は厳しいな」
 
 データの収集に余念がない者、
 
「うわ、凄い! 各種数値がドンドン上昇していってますよ!」
 
「……ふむ、霊格的には学園の地下に眠っていた鬼神とは比べ者にならん程強いネ」
 
 そんな中、心底愉しそうな笑いを浮かべる者がいた。
 
「ははははは! 何だ、まだまだ楽しめそうな奴が居るじゃないか!」
 
 空に浮き上がり、
 
「行くぞ茶々丸!」
 
「了解しました、マスター」
 
「……ず、随分と余裕ねエヴァちゃん」
 
 飛び去っていくエヴァンジェリンと茶々丸を見送った一行、
 
「私達も後を追いましょう!」
 
 すぐさま我に返った詠春の提案に従い、彼女達も後を追った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「桜咲!」
 
 湖から這い上がり、何とか祭壇に辿り着いた刹那に、背後からネギが声を掛けた。
 
「ネギ先生……。スミマセン、間に合いませんでした」
 
「気にすんな、――それに、まだ終わっちゃいねえ!」
 
 ネギはそう言ってくれるが、彼の全身は傷だらけで、体力もかなり消耗している。
 
 刹那としては、彼にこれ以上負担を掛けるわけにはいかない。
 
「クソッ!? せめて近衛が近くにいなかったら、何とでもやりようがあるんだけどな……」
 
 “勝利への道”では軌道がバレバレなので奇襲を仕掛けて木乃香を奪取する事は難しい。
 
「……しゃーねえ、いっちょ空飛んで、かっさらってくるか!」
 
 本当はこの後、リョウメンスクナノカミを倒す為に出来るだけ魔力の消費を温存したいところなのだが、致し方あるまい。
 
 杖に跨り、空を飛ぼうとするネギに刹那が待ったをかける。
 
「お待ち下さいネギ先生。お嬢様は私がお救いします。
 
 ……ネギ先生は、その後でスクナの退治の方をお願い出来ますか?」
 
「お救いしますって……、お前、どうやってあそこまで行くつもりだよ?」
 
 問いかけるネギに向け、刹那は寂しげな笑みを見せると、その背から一対の純白な大翼を現した。
 
「……お前、それ」
 
「この姿を見られたら、もう……、お別れしなくて――」
 
 刹那が全ての台詞を言いきる前にネギが羽根を無遠慮な仕草で撫で回した。
 
「うひゃ」
 
「おお! 本物かよ! かっこいいな桜咲!」
 
「……はい?」
 
「ウイングガンダム・ゼロ・カスタムみたいじゃねえか!? なあ、ウェールズの知り合いに自慢していいか?」
 
「い、いえ、それは流石に……。というか、その例えは褒められているんですか?」
 
 余りにハイテンションなネギに戸惑う刹那。
 
 そんな彼女を後押しするように、ネギは羽根を出す為に剥き出しになった刹那の背中を勢いよく叩き、
 
「後の事は俺に任せとけ! だから、お前は近衛を取り返してこい!」
 
「は、はい!」
 
 ――クラウチングスタイル。
 
「ネギ先生。……このちゃんの為に頑張ってくれて、ありがとうございます」
 
 そう言い残して天高く飛び立っていった。
 
 そして、刹那を見送ったネギの元に、彼女と入れ替わるように茶々丸を伴ったエヴァンジェリンが舞い降りる。
 
「どうした? ぼーや。バテたのなら、そこで私の活躍を見ているといい」
 
 だが、ネギはエヴァンジェリンの話など聞いておらず、意地の悪い笑みを浮かべ、
 
「良いところに来たじゃねえかエヴァ! くくく、これでとっておきのヤツが使えるぜ!」
 
「何……?」
 
 訝しげに眉を顰め、エヴァンジェリンはネギに視線を向けるが、ネギの視線は既に上空の刹那に固定されている。
 
「茶々丸、狙撃準備――」
 
「……いつでもどうぞ、ハイ・マスター」
 
 ネギの言葉に忠実に従い、スカートの中から狙撃用のライフルを取り出し、1秒と掛からずに組み立てる茶々丸と、彼女の返事に黙って頷くネギ。
 
 その彼の視線の先では、上空で対峙する刹那と千草の姿。
 
「天ヶ崎・千草! 今度こそ、お嬢様を返してもらうぞ!」
 
「くっ、近すぎてスクナの力が使えん! “猿鬼”! “熊鬼”!」
 
 式神を召喚し、刹那の攻撃に備える千草。
 
 しかし、その式神は、
 
「撃て、茶々丸!」
 
「了解しました、ハイ・マスター」
 
 茶々丸の狙撃により、二体の式神は一瞬で消滅されられた。
 
「な、なんや!?」
 
 慌てて狙撃方向へ視線を向ける千草。聞こえてはいないだろうが、律儀に茶々丸はその質問に答える。
 
「超・鈴音開発の7.62mm退魔弾頭です。並の魔物ならば、ご覧の通り一発で送還が可能となっております」
 
 その隙に刹那は千草に一撃を入れ、すれ違いざまに木乃香を奪取し、一気にその場から離脱した。
 
「ネギ先生!」
 
「おっしゃ――!! いくぞエヴァ!」
 
「うん? どうするつもりだ? ぼーや」
 
 問い掛けるエヴァンジェリンに対し、ネギは何故か偉そうに胸を張って答える。
 
「とある偉人がこんな言葉を残してる。
 
 ……曰く、『デカイもんにはデカイもんだ! ブチ込めぇ!!』と」
 
「それは、イジンじゃなくてイマジンだ!!」
 
 エヴァンジェリンの抗議を無視して、ネギは呪文の詠唱を開始する。
 
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル!
 
 憎悪の空より来たりて! 正しき怒りを胸に! 我らは魔を断つ剣を執る!!」
 
 ネギの上空に巨大な転移用の魔法陣が展開される。
 
「――汝、無垢なる刃! デモンベイン(“召喚・鬼械神”)!!」
 
 現れるのは巨大な鋼鉄の人形だ。
 
 全長50m超過、頭部の長大な鶏冠から伸びた白銀の鬣と両足の脛部から突き出した巨大な脚部シールドが特徴的なロボット。
 
「行くぞ、エヴァ!」
 
「いや待て、ぼーや! 幾らなんでも出鱈目過ぎるだろ、コレは!?」
 
「ははは、何言ってやがる? 無限に広がる平行世界の中には、超とハカセが作ったデモンベインの一つや二つぐらいあってもいいだろうよ」
 
「まあ、擬人化や不定形、デモンベインですらないデモンベインもあるらしいからな……」
 
 そんな討論を繰り返すネギ達のいる場所は、既にデモンベインのコックピットの中だ。
 
 エヴァンジェリンはバイクのような操縦席に跨り、ネコミミのようなヘルメットを被って計器類を弄りつつ、ウンザリ気な口調で、
 
「……何故、私がこんな事を」
 
「何故って、そりゃお前……、ゴスロリ好き。見た目ロリコン、中身ババア。妙に偉そうな口調。
 
 ……他に適役はいねえだろ?」
 
「……貴様とは、後でじっくりと話し合う必要があるようだな」
 
 ともあれ戦闘準備は整った。
 
 ネギの操るデモンベインは拳を構えつつ、
 
「ところで……」
 
「うん?」
 
「あのデカブツから近衛を取り上げたら、デカザル眼鏡女に制御なんて出来んのか?」
 
「安心しろ、絶対に無理だ」
 
「……ほう、制御が効かなくなったら、どうなると思う?」
 
 ネギの質問に考えるまでもなくエヴァンジェリンが答える。
 
「そんなもの、暴走するに決まっている」
 
 その言葉を証明するように、リョウメンスクナノカミが突然暴れ出した。
 
「まあ、放っておける状態じゃなくなったな……」
 
「どうでもいい、さっさと終わらせるぞぼーや!」
 
 跳躍――。その巨体に似合わぬ身軽さで一回転すると、浴びせ蹴りをリョウメンスクナノカミの頭に叩き込み盛大に水飛沫を上げて着地する。
 
 しかし相手も“飛騨の大鬼神”とまで称された存在。
 
 先程の一撃をものともせず、デモンベインに掴みかかる。
 
「チィ!」
 
 対するデモンベインも手を差し出して、がっちりと組み合い、大鬼神と鬼械神との力比べとなった。
 
「クッ……!! なんつーパワーだ」
 
 更にリョウメンスクナノカミのもう一対の腕が、デモンベインの両肩に振り下ろされる。
 
「ぐぁ!?」
 
「クッ!? おい、何とかしろぼーや!」
 
 次々と吐き出されるエラーを処理しながら、エヴァンジェリンが後部席のネギに叫ぶ。
 
「――“戦いの歌”!!」
 
 ネギの身体に魔力が満ちるのと同時、デモンベインの出力も急激に上昇する。
 
「おおおおぉぉぉ!!」
 
 気合い一閃、デモンベインはリョウメンスクナノカミの両手を握り潰し、更にはその腕を力任せに引き千切りって、トドメとばかりに腹に直蹴りを入れ吹き飛ばした。
 
「おお! なかなかやるじゃないかぼーや!」
 
 荒い息を吐きながらも、ネギは眼前を見据え、
 
「いくぞエヴァ!」
 
「ふん――」
 
 ネギの言葉に反応し、エヴァンジェリンが手元のコンソールを操作し、プロテクトを解除する。
 
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル! 光射す世界に、汝ら暗黒住まう場所無し! 渇かず飢えず無に帰れ!!」
 
 デモンベインの前面に巨大な魔法陣が展開され、
 
「おおおおおお!!」
 
 デモンベインがリョウメンスクナノカミとの距離を一気に詰め、その右掌を叩きつける。
 
「“天界の浄火と地獄の業火”(レムリア・インパクト)!!」
  
 リョウメンスクナノカミを中心に半球体型の結界が展開され、内部を超々高熱で満たし、物理的、霊的に内部の物全てを焼き尽くす。
 
「昇華ぁ!!」
 
 最後に結界が収縮し、後には巨大なクレーターだけが残された。
 
 そのクレーターも周囲を満たす湖の水が流れ込み、すぐに見えなくなってしまう。
 
「……凄い」
 
 呆然とその光景を空から見守っていた刹那だが、腕の中の木乃香が身じろぎしたので、慌ててそちらに意識を向ける。
 
「お嬢様、ご無事ですか!?」
 
 名前を呼ばれた木乃香はうっすらと瞼を上げ、
 
「ああ……、せっちゃん」
 
 微笑みを浮かべ、
 
「へへ……、やっぱり、また助けに来てくれたー」
 
「お、お嬢様、どこか痛い所は?」
 
 必死の形相で問い掛ける刹那に対し、木乃香は恥ずかしそうに顔を覆いつつ、
 
「なんや、あの人の言うとおり、気持ちええだけやったわー」
 
 そんな木乃香に、刹那は安堵の吐息を吐き出すが、彼女の背に広がる大翼に気付いた木乃香は再度笑みを浮かべ、
 
「キレーなハネ……。なんや、ウイングガンダム・ゼロ・カスタムみたいやなー」
 
「ガン……」
 
 本日二度目の例えに、心底落ち込む刹那。逆に木乃香は子供のような無邪気な笑みを浮かべ、
 
「ふふふ、冗談や、……ホンマ、天使みたいやよせっちゃん」
 
 そこで、初めて刹那の顔に笑顔が戻った。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ――満身創痍。
 
 そう表現するのがぴったりな白髪の少年と相対する微笑みを浮かべた女性。
 
 少年はボロボロの身体にも関わらず、痛みを一切感じさせない表情で、
 
「……そうか、貴女が“偉大なる魔法使い”ネカネ・スプリングフィールド。
 
 “サウザンドマスターの後継”か」
 
 対するネカネは初めてその表情から一瞬だけ笑みを消し、
 
「その二つ名は止めてもらえないかしら? その名を継ぐのに相応しい子は、別にいますから」
 
 ……今はまだ、サウザンドマスターに遠く及ばないまでも、彼は必ずその称号に辿り着く。
 
 少年は答えず、相変わらずの無表情のまま、
 
「なるほど、相手が“偉大なる魔法使い”では流石に分が悪い。
 
 今日の所は、僕も退く事にするよ……」
 
 そう言い残し、その姿を消した。
 
「……今の彼、どうも普通の人間じゃあないみたいだったわね」
 
 いつものにこやかな笑みを浮かべて呟くネカネの元に小太郎に担がれたアーニャ、夕映と楓。そして途中で合流した詠春達がやって来た。
 
「な、何でネギの姉ちゃんがこんな所におんねん!?」
 
「え? 嘘? ホント?」
 
「あらあら、大丈夫? アーニャ」
 
 ネカネの存在に慌てふためくアーニャ達の足下、彼女達の影から人影が現れる。
 
 咄嗟に戦闘態勢をとる面々の眼前、その人物はビシリとポーズを決めると、
 
「正義の使徒、高音・D・グッドマン参上!! さあ、私の相手は誰ですの!?」
 
 途轍もなく寒い空気が周囲を満たす。
 
 そんな中、幾分視力の回復したアーニャがとても言いにくそうに、
 
「え、えーとね高音……」
 
「あら? アーニャさん、随分とお疲れのようですけど、もう安心して下さい。
 
 この私が来たからには、敵の10や20人」
 
「いや、……その、ね? ……もう全部終わったから」
 
「……はい? 終わりですの? ……私、何の見せ場もなく?」
 
 予想外の展開に、呆然と小首を傾げながら問い掛ける高音に対し、アーニャは必死にフォローを考え、
 
「えーと……、ほら、むしろ脱げなくて良かったと考えるべきじゃないかな?」
 
「貴女まで私の事を脱げ女扱いしますかぁ――!?」
 
 高音の絶叫が、戦場だった湖岸に空しく響き渡った。
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