魔法先生……? ネギ魔!
 
 
書いた人:U16
 
第5話
  
「くわぁぁ……」
 
 大きな欠伸と共に食堂に現れたネギ。
 
 それを迎え撃つのは、先日、彼を屋上から吊し上げた明日菜だ。
 
「あ、あんたどうやってあそこから抜け出したのよ!」
 
 流石に春先とはいえ一晩を屋上で過ごさせるのは可哀想かな? と思いなおし、ネギを縛るロープを解きに向かった彼女が見たのは、焼き切られたようなロープの切れ端だけだった。
 
 ロープが切れて墜落死したのではないかと慌てて下を覗く明日菜の視界に入ったものは、木乃香を連れ添って歩くネギの姿。
 
 深夜に年頃の男女二人が何処かから帰って来たという事実に、明日菜はネギの女性慣れしているとも取れる言動を思い出し、怒りと羞恥に顔を赤面させる。
 
 そのまま、悶々と眠れぬ夜を過ごした明日菜が翌朝、木乃香にその事を問い掛けてみると、彼女は妙に嬉しそうな仕草ではぐらかすのみ。
 
 ……木乃香としては、刹那が自分を嫌っていたわけではないことを知って嬉しいだけなのであるが、既にテンパッている明日菜はその事に気づけるだけの余裕がない。 
 
 流石に木乃香にも迷惑が掛かる為、ストレートに事情を聞くわけにもいかず、遠回しな質問の投げ掛けで詰め寄ってくる明日菜をネギは適当にいなしつつ、席に着くように促す。
 
 そして欠伸をかみ殺しながら朝の挨拶をして食事を開始。食後にはエヴァンジェリン達に事情を説明して5班と行動を共にしつつ木乃香の護衛を頼んでおく。
 
 幸い6班のメンバーは、殆どがネギの関係者であったり、または特殊な事情を持つ者達であるために、すんなりとOKが出た。
 
 続いてネギが向かう先は教師達による打ち合わせ会場。
 
 そこで一通り教師としての仕事をこなした後、彼と同じく魔法先生である瀬流彦先生に声を掛ける。
 
「瀬流彦センセ、ちょっと……」
 
「ん? 何だい? ネギ君」
 
 手招きして呼び寄せた瀬流彦に、関西呪術協会の刺客から生徒が狙われている事を告げ、
 
「多分、狙われてるのはウチのクラスの近衛だけだと思うんだけど、一応用心の為に他のクラスの方は頼めますか?」
 
 話を聞いた瀬流彦は表情を真剣なものに変え、
 
「分かった。……でも、一人で大丈夫かい?」
 
「まあ、なんとか……、桜咲とかも居るし、いざとなれば龍宮とかにも頼むし」
 
 それに、エヴァンジェリンと茶々丸もいるのだ。
 
 これだけの面子がいれば、恐らく心配はいるまい。
 
 そう告げて瀬流彦と別れ、自分の今日の予定を考える。
 
「……取り敢えず、今日は奈良で班別行動だから、親書を渡しにいけねえと」
 
「俺っち達も、このか姉さんの護衛に着いた方が良いんじゃねえんッスか?」
 
「だな……」
 
 丁度通り掛かった5班のメンバーにその事を告げる。
 
 すると、ハルナが怪しげに瞳を輝かせ、
 
「ねえ、ネギ先生? 何で私達の班と一緒に行動しようと思ったの?」
 
 興味深そうに問い掛けるハルナに対し、ネギはさも当然といった表情で、夕映の頭に手を置き、
 
「綾瀬が居るからに決まってんだろうが」
 
「な、な、な……!」
 
 顔を真っ赤に染める夕映を無視して、
 
「この班なら、タダで高性能なガイドが付いてくるんだぞ?」
 
 それを聞いた数人から安堵の溜息を吐き出される。
 
「……何だ?」
 
「いえ、何でもないです」
 
 こうして、修学旅行二日目はネギと6班は5班と行動を共にすることになった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 そしてネギ達が訪れたのは奈良公園。
 
 多数の鹿が群生する公園で、餌付けされている為にとても人懐っこい。
 
 その為、鹿達に囲まれ身動きがとれなくなって狼狽える茶々丸や、鹿煎餅を持っているのにも関わらず、鹿が一匹たりとも寄ってこないで微妙に気落ちするエヴァンジェリンなどといった稀少な風景が見れた。
 
 そんな中、不審者を見るような眼差しでネギの事を監視し続ける少女がいた。
 
 彼女の名は神楽坂・明日菜。
 
 明日菜は木陰や人影に隠れるようにしてネギの後をつけ回す。
 
「……今朝のこのかの態度といい、絶対にアイツが、また何かやらかしたのは間違いないのよ」
 
 訝しい表情のままネギを観察するが所詮は素人の尾行、既にネギ達にはバレていた。
 
「……何やってんだ? 神楽坂の奴」
 
「多分、兄貴を監視してんスよ。兄貴、色々と疑われてるみたいッスから」
 
「失礼な」
 
「ふん、本気でそう言っているんだとしたら、大したものだぞ、ぼーや」
 
「ですが、事情を説明するわけにもいきませんし、……ネギ先生には申し訳ありませんが、もう少し疑われていてもらうしかないかと」
 
「面倒なこった……」
 
 溜息混じりで告げるネギに、刹那は苦笑いで誤魔化しつつ周囲を警戒しながら散策していく。
 
 そんなネギ達の元に、二人の少女が現れる。
 
 図書探検部員、綾瀬・夕映と早乙女・ハルナの二人だ。
 
 彼女達は怒濤の勢いで現れた後、茶々丸とエヴァンジェリンを連れて、まるで拉致するような強引さで東大寺の大仏に誘う。
 
 呆然とするネギを尻目に、残っていた刹那を木乃香が強引に誘おうとするが、緊張しているのか、刹那は慌てふためきながら逃走してしまい、木乃香もそれを追って姿を消した。
 
「……テンションの高い奴らだなあ」
 
 呆れ顔で呟くネギ。そこにまるでタイミングを計ったように出席番号27番の宮崎・のどかが現れる。
 
 彼女は緊張した面持ちでネギの元に歩み寄り、
 
「ああ、あのー、ネギ先生」
 
「お、どうした? 宮崎。……暇してんなら、一緒に回るか?」
 
「えっ……、あ、は、はい! 喜んで――」
 
 ……な、今度は本屋ちゃんを毒牙にかけるつもり!?
 
 木陰から覗く明日菜の表情に険が走る。
 
 そんな事を知る由もない二人は、そのまま東大寺の大仏を見物し、和気藹々とした雰囲気で御神籤を引いたりと楽しげな時間を過ごしていたのだが、時折のどかが奇行を見せ、ついにはネギの前から走り去ってしまった。
 
 それを見守っていた明日菜は、猛然と木の陰から飛び出してネギの元に向かい、
 
「この……、女の敵ィ――!!」
 
 渾身の力を込めた一撃をネギに放った。
 
 突然の明日菜の乱入。そして常時展開している魔法障壁を打ち破られた事に焦ったネギは咄嗟にその一撃を回避し、
 
「いきなり、何しやがる!」
 
 ……つーか、コイツまた俺の障壁突破しやがった!?
 
「何しやがるじゃないわよ!? あんた本屋ちゃんに何したの!?」
 
「何もしてねえーよ! むしろ、こっちが聞きたいくらいだ!」
 
 言い争うネギと明日菜。そこに夕映にガイドさせて東大寺を見学し終えたエヴァンジェリンが茶々丸を従え満足そうな表情で通り掛かった。
 
「ん? 何をしている?」
 
「……幸せそうだな、エヴァ」
 
「うむ、なかなかガイドも良かったしな。――で、そっちは何をもめている?」
 
「ちょっと聞いてよエヴァちゃん!」
 
 そして明日菜が語る出来事をつまらなそうに聞いていたエヴァンジェリンだが、何かを思いついたのか意地の悪い笑みを浮かべ、
 
「そんな事なら気にするな神楽坂・明日菜。いつものことだ」
 
「いつもの!?」
 
 驚愕に目を見開く明日菜に対し、エヴァンジェリンは更なる爆弾を投下する。
 
「何と言っても、私のご主人様だからな。色事の一つや二つあったとしても不思議ではあるまい。かくいう私も唇を始め、口に出すのも恥ずかしい、あんなモノ(夕食のオカズ)やこんなモノ(魔法薬の材料)まで奪われているしな」
 
「ご、ご主人様!? しかも、あんなモノやこんなモノまで!?」
 
「ちょ、ちょっと待てエヴァ!?」
 
「ん? なんだ? ご主人様」
 
 その意地の悪い目つきでエヴァンジェリンの企みを知ったネギは憤りに震えながら、
 
「て、てめえ、俺の品位をどん底まで貶めるつもりか!?」
 
「心配するな、既にこれ以上落ちようがない程にどん底だよぼーや」
 
「あ、あんたって奴は……」
 
 明日菜は震える拳を握りしめ、
 
「この……、変態野郎――ッ!!」
 
 全体重を乗せた最強の一撃をネギの顔面に叩き込んだ。
 
「ぶぺら!?」
 
 錐揉み回転し吹っ飛ぶネギ。
 
 彼はそのまま顔から地面に着地し、芝生を舐めるように滑空していく。
 
「これ以上、このかと本屋ちゃんに変なことしたら、ただじゃ済まないんだからね!」
 
 そう言い残し、明日菜は去って行った。
 
 それを見届けたエヴァンジェリンはゆっくりとネギの元に近づき、
 
「おい、生きてるか? ぼーや」
 
「…………」
 
 ネギは無言のまま起きあがり、半眼でエヴァンジェリンを睨み付け無言の抗議を送る。
 
 流石に悪いと思ったのか、エヴァンジェリンはネギから視線を逸らしつつ、
 
「し、しかし、今のはどういう事だ? ぼーやの障壁を容易く撃ち抜いたじゃないか?」
 
 ネギの展開している障壁の堅さは、彼と幾度も相対した事のある彼女が良く知っている。
 
 ネギは溜息一つでエヴァンジェリンの悪戯を水に流すと、
 
「これで通算4度目だ。まぐれや偶然で済むような問題じゃねえぞ」
 
「――となると、神楽坂・明日菜は……」
 
 言い淀むエヴァンジェリンの言葉をネギが引き継ぐ。
 
「ああ、完全魔法無効化能力者だ」
 
「なるほど、ジジイが孫娘の傍に置いているから、ただ者ではないとは思っていたが……」
 
「けどまあ、それだけだ。所詮は何の武術の心得もない女子中学生、もし仮に敵に回ったとしても、どうとでもなるだろうよ」
 
「確かに、な」
 
 明日菜に対する会話はそれで終了と、ネギとエヴァンジェリンは茶々丸を伴い踵を返し土産物屋へと向かい、ハルナと夕映に励まされてのどかが戻ってきた時には、既にネギ達の姿はどこにもなく、結局その日、彼女はネギに告白することは出来なかった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 その日の晩。
 
 未だ憤りの収まらない明日菜は、如何にしてネギの女性関係を清算させ、木乃香一人に絞らせようかと考え悩んでいた。
 
 何だかんだ言っても、明日菜は木乃香の親友であり、木乃香が望むのであれば、ネギが彼女と付き合う事もやぶさかではないのだ。
 
 但し、その場合、ネギが絶対に木乃香を泣かせないという大前提があっての事である。
 
 その為に必要な事。
 
 ……それは、
 
「ネギの奴の女性関係を把握しておく必要があるわね」
 
 場合によっては、ネギに土下座させてでも今の女性関係を清算させなければならない。
 
 そうと決まれば、まず向かう先はとある生徒のいる部屋だ。
 
 ……その生徒とは、
 
「は? ネギ先生の女性関係の情報?」
 
 麻帆良パパラッチの異名を持つ女、出席番号3番の朝倉・和美だ。
 
 朝倉は懐から手帳を取り出すと、
 
「教えてもいいけど、そんなもの何に使うの?」
 
 興味深そうな眼差しで問い掛ける。
 
 対する明日菜は戸惑いながら、
 
「い、いや……、それはその――」
 
 暫く考え、
 
「えーと、さ。……もしも、もしもの話なんだけど、友達が好きになった男が、女性関係でだらしなかった場合、それを改めさせる為に、取り敢えず男の女性関係知っておくべきじゃないかな? って思ってね」
 
 それを聞いた朝倉は深読みし勘違いしたのか、みなまで言うなと二度ほど頷き、
 
「なるほどねー、つまりアスナはネギ君に惚れちゃったから、他にライバルが居ないか知りたいと」
 
「誰もそんな事、言ってないわよ!!」
 
「いいって、いいって、誰にも言わないからさ♪」
 
「だーかーらー!」
 
「まあまあ、いいからいいから。……それでネギ君の女性関係なんだけど」
 
 手帳のページを捲りながら、
 
「えーと、ウチのクラスじゃ宮崎と和泉がベタ惚れ。茶々丸さんとさっちゃんも怪しいなあ。
 
 後、龍宮もネギ君と昔からの知り合いらしいし、前に教室に来てたウルスラの高音さんも、ネギ君に惚れるね絶対。
 
 更に最近じゃ、イギリスからネギ君の幼馴染みが追い掛けて来たって話だし、他にもネギ君目当てで図書探検部に入部した生徒達が結構いるって話ね」
 
 ……やっぱり女ったらしか、あの野郎。
 
 明日菜はネギに対して殺意に似た感情を感じるが、それを何とか自制しつつ、
 
「ねえ朝倉、ネギの弱みとかは知らない?」
 
 いざという時の為に、切り札は欲しい。
 
「なに? やっぱり、主導権握りたい?」
 
 意地の悪い笑みで告げる朝倉は明日菜から一歩距離を取ると、
 
「じゃあ、この学園報道部にして3−A公式カメラマン朝倉・和美にお任せあれ」
 
 芝居掛かった仕草で言い渡し、その場を去っていった。
 
「……ホントに大丈夫なんでしょうね」
 
 そんな朝倉を不安気な眼差しで明日菜は見送り、溜息を吐いて彼女もその場を後にした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
   
「さて、と……。肝心のネギ君は何処かなー?」
 
 ネギの姿を求めてホテルの中を歩き回っていた朝倉は、ロビーの入り口で彼の姿を発見する。
 
「おっと、ネギ君発見♪」
 
 早速、ネギに声を掛けようとするものの、ネギは朝倉の存在には気付かずに外へ出ていってしまう。
 
 ……おっと、追い掛けないとね。
 
 慌てて後を追う朝倉。そこで彼女は今にも仔猫が車に轢かれるシーンに遭遇する。
 
 車の方も急ブレーキを掛けるが、間に合いそうにはない。
 
 その時、朝倉と同じく仔猫の危機を察したネギが車道に飛び出し、突っ込んでくる車に手を翳した。
 
 ……“力の防護”!
 
 対物理攻撃用の単純魔法障壁。手を翳した方にしか効果がないという難点もあるが、無詠唱で発動でき防御力もそこそこ高いので使い勝手は良い。
 
 ネギの前面に薄い膜のようなものが現れ、車の前進を押し留めた。
 
 車の完全停止を確認し、魔法を解除したネギは背後を振り返り仔猫の安全を確認。
 
 安堵の吐息を吐き出すと運転手の元に駆け寄り、
 
「おっさん、無事か?」
 
「へっ? あ、ああ……。君の方こそ怪我は――」
 
 心配そうに問い掛ける運転手に対し、ネギは己の無傷をアピールすると、仔猫を抱きかかえ足早にその場を退散した。
 
「な、何? 今の……。いや、とにかくネギ君の後を追わないと!」
 
 ……アレはスクープの匂いがする!!
 
 ジャーナリストの本能とも言うべきモノが、朝倉の身体を突き動かす。
 
 そこで、彼女はとんでもないものを目撃した。
 
「流石ッスね、兄貴!」
 
「んー……、まあ、それよりも取り敢えず場所移すぞ。……猫も安全な場所に連れて行きたいし」
 
 そう言って、ネギは仔猫を連れて杖に跨り空を飛んで何処かへ姿を消してしまう。
 
 ……お、オコジョが喋って、空、飛んだぁ――!!
 
 驚愕したものの、いち早く我に返った朝倉は涙を流しながら拳を握りしめ、
 
 ……こ、これは、超特大スクープッ!!
 
 朝倉は踵を返してホテルに戻ると、そのままトイレの個室に籠もり思考に耽る。
 
 ……超能力者!? 宇宙から来た正義の味方!? ……いや、正義って言葉はネギ君とは程遠いけど。……じゃあ、人間界に修行に来た魔女っ子・男の子版!? ……荒唐無稽だけど、これが一番状況証拠と一致するかも……。
 
 そして朝倉はポケットから一枚の写真を取り出し、
 
「どっちにしろ、デカいネタには違いない。問題は、これをどう記事にするか――」
 
 惜しむらくは、その写真がピンボケで写りが悪い事だろうか。
 
 ……やっぱり、もう少し決定的な証拠が欲しい所ね!?
 
 朝倉は拳を握りしめて立ち上がり、
 
「ふふふ、見てなさいよ特大スクープ! 絶対にモノにしてやるから!!」
 
 とは言ったものの、流石に同年代のネギの入浴中に突入するわけにはいかない。
 
 そこで、朝倉が考え出した作戦は……。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 翌朝。
 
 本来ならば今日は完全自由行動の日であるのだが、残念な事に体調を崩し寝込んだ生徒がいた。
 
 ネギは部屋のドアをノックして入ると、寝込む生徒の傍らに赴き、
 
「朝倉ー……、生きてるかぁ?」
 
 声を掛けられた朝倉は、布団から顔を出して上半身を起こすと、どこか芝居掛かった仕草で咳き込み、
 
「ゴホゴホ、すまないねえ……ネギ君、お前にばかり苦労を掛けて――」
 
「おとつぁん。それは言わない約束でしょ……、って何言わせやがる!?」
 
「ははは、ネギ君もノリが良いね。つーかホントにイギリス人?」
 
「やかましい――」
 
 強引に朝倉の頭を枕に押し付け、 
 
「俺、今日はちーと用事があるんで看てやれねえから、班の連中が帰ってくるまでおとなしく寝てろよ。
 
 良い子にしてたら、土産に生八つ橋でも買ってきてやるから」
 
「いや、病人にそのお見舞いは正直どうかと思うよ?」
 
 そう告げる朝倉を適当にいなしつつ、ネギは手を振って部屋を後にする。
 
 そしてネギの去った部屋では、朝倉が起き上がって素早く私服に着替え、
 
「さて、悪いけど後着けさせてもらうよネギ君」
 
 好奇心満開な笑みを浮かべて部屋を後にした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 その頃……、ホテルのロビーにて。
 
「いい? のどか。アスナとこのかは私達がなんとか誤魔化しておくから、今日はネギ先生としっかりデートしてくんのよ!」
 
「まあネギ先生の場合、普段の言動はかなりアレですが、性根の部分ではシッカリと生徒の事を考えていてくれているです。
 
 のどかの選択はけっして間違っていないと思うですよ」
 
「ゆ、ゆえ……、ハルナ……」
 
 二人の親友の励ましを受け、宮崎・のどかはホテルを出るネギの後を追った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 京都の街を地図を片手に走りながらネギは肩に乗るカモに話し掛ける。
 
「あー……、やっぱ京都って所はどうも感覚が狂うな」
 
「そうなんスか?」
 
「ああ、この街が強力な結界で外敵から守られているのは知ってるか?」
 
「…………?」
 
 小首を傾げるカモに対し、ネギは地図を拡げながら、
 
「風水でいう四方に四神……、東洋の高位幻獣が司るモノを配置する事によって、その力を借り受けるってヤツだな。
 
 例えば、西の白虎は道、東の青龍は川、北の玄武は山、南の朱雀は湖(海)で囲まれた限定地区に張られる強力な結界の事だ。
 
 これは別に外敵からの守護だけじゃなくて、その地を繁栄させる効力もあるらしいんだが、逆に強力過ぎる結界は内で生まれた怨念を外に出さないで閉じ込め続けるんだよ」
 
 千年以上に渡って蓄え続けられてきた怨念達の影響により、この地では様々な怪異が現れる。
 
 それを封印し、調伏する組織が関西呪術協会であり、神鳴流なのだが……、
 
「流石に全部は無理だろうな……」
 
 今現在も生み出され続ける怨念達は、常人ならば気にしないような違和感を達人に与え続け、――結果、のどかや朝倉のような素人の尾行をネギに気付かせる事無く目的地まで到達してしまった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 同時刻。京都市内のゲームセンターにて……。
 
「いよっしゃー!! 関西限定のレアカード、全部ゲットするわよ!」
 
「待て、何でわざわざ京都にまで来てゲームセンターなんぞで遊ぶ必要がある!?」
 
 気合いの入りまくったハルナに抗議の叫びを挙げるのは、小柄な金髪の少女エヴァンジェリンだ。
 
「スターターパックをお貸しするので、エヴァさんもやってみては如何ですか?」
 
 夕映に進められ、渋々エヴァンジェリンは筐体の前に腰を据える。
 
 相対するは出席番号14番、早乙女・ハルナ。
 
 エヴァンジェリンはつまらさそうな仕草でカードをデッキに配置していく。
 
「じゃあ私のターンからね! ドロー、モンスターカード! “音速の同人女”を守備表示で召喚! ターンエンド!」
 
 対するエヴァンジェリンは適当にカードを一枚引き、
 
「……ほう、これはレアカードだな? “真祖の氷魔法使い”を攻撃表示で召喚。“音速の同人女”を攻撃」
 
 モニター上のハルナのキャラのHPが0になって粉砕され、更に余剰分のダメージがハルナのHPを削る。
 
「何で、スターターパックにそんなモン入ってんのよ!?」
 
 だが、そんなハルナの抗議は関係無くゲームは進む。
 
 その後は、ロクなカードが出ずに“真祖の氷魔法使い”だけを使って力押しで攻めるエヴァンジェリンに対し、巧みな罠で何とか“真祖の氷魔法使い”を撃破し、勝利を目前にまでこぎ着けたハルナ。
 
 現在ハルナのHPは2300、対するエヴァンジェリンのHPは300。
 
 エヴァンジェリンはようやく引き当てたモンスターカード“従順なる自動人形”の特殊能力を持って辛うじてハルナの場にあるカード全てを撃破するも、ハルナ本人に致命打を与える所まではいかない。
 
「うんうん、残念だったねエヴァちゃん。でも初心者にしてはなかなか筋が良いと思うわよ」
 
 言って、最後の攻撃を仕掛けようとするハルナ。対するエヴァンジェリンは薄い笑みを浮かべたまま、
 
「何を勝ったつもりでいる? 私のバトルフェイズはまだ終了していないぞ」
 
「……へ? だってエヴァちゃんのモンスターは全部攻撃を終了してるじゃない」
 
 エヴァンジェリンは場に伏せていた一枚のカードを取り出し、
 
「速攻魔法発動! “バーサーカーソウル”」
 
「……“バーサーカーソウル”? ――まさか!?」
 
 驚愕に目を見開くハルナに対し、エヴァンジェリンは大仰に頷くと、手札を全て墓地に捨てて効果を発動させる。
 
「このカードはモンスター以外のカードが出るまで、何枚でもカードをドローし墓地に捨てるカードだ。
 
 そして、その数だけ攻撃力1500以下のモンスターは追加攻撃出来る!」
 
 言われ視線をエヴァンジェリンの場にいる“従順なる自動人形”に向ける。
 
 本来攻撃力が2300の“従順なる自動人形”は、ハルナの罠と自らの特殊能力によって、その攻撃力を1500にまで落としていた。
 
「さあ征くぞ、……まず一枚目ドロー! モンスターカード“翼持つ侍”を墓地に捨て、“従順なる自動人形”追加攻撃!」
 
 2300だったハルナのHPが800にまでダウン。だが、エヴァンジェリンの攻撃はまだ終わらない。
 
「二枚目ドロー! モンスターカード“悪戯好きの修道女”!」
 
 これでハルナのHPは0になり、エヴァンジェリンの勝利が確定する。……が、
 
「ハハハハ! ほらほらどうした? まだまだいくぞ! 三枚目、モンスターカード! ドロー! モンスターカード! ドロー! モンスターカード! ドロー! モンスターカード!」
 
 死者に鞭打つように攻撃を続けるエヴァンジェリン。
 
「もう止めるですー! ハルナのライフはもうゼロですー!」
 
 エヴァンジェリンを羽交い締めして攻撃を止めさせようとする夕映と放心状態のハルナ。
 
「エヴァちゃんホンマに初心者なん?」
 
「いえ、実はマスターはこのゲームをやり込んでいます」
 
 学園都市のゲームセンターで有名な“麻帆良の遊戯姫”とは彼女の事だ。
 
 そんな彼女達を呆れた眼差しで明日菜は見つめ、 
 
「つーか、あんたら何処の遊戯王よ?」
 
 そう呟いた。
 
 そんな彼女達を陰から監視する小柄な人影があった事は、この時点では誰も気付いていない。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ネギの見上げる視線の先、そこにあるのは無数に連なる鳥居とR毘古社と銘の掲げられた石碑。
 
「ほー……、ここが関西呪術協会の本山かあ」
 
 警戒しながらも、千本鳥居の中に足を踏み入れる。
 
「……一気に行くか」
 
 呟き、“戦いの歌”を発動すると、石畳を一気に駆け抜ける。
 
 だが、30分ほどを走り続けてみても一向に出口に出られる様子はなかった。
 
 ネギは一旦立ち止まり、周囲を見渡して小さく舌打ちすると、
 
「クソッ!? やられた」
 
「……どうしたんッスか? 兄貴」
 
「こりゃ、無限回廊の類の呪術か」
 
 無限回廊……、すなわち永久ループの呪法。どれだけ進もうとも永遠に同じ場所を回り続けるという質の悪い呪法だ。今回の場合、無間方処の咒法と呼ばれる種類のもので、大筋に違わず、一度取り込まれると脱出は困難を極めるとされる。
 
「まあ、脱出方法が無いってわけでもないけどな……」
 
 言って、眼鏡の位置を修正するネギの眼前に、巨大な蜘蛛と一人の少年が地響きと共に降り立った。
 
 ネギと同い年くらいの長い黒髪の少年は、眼前のネギを指差し、
 
「久しぶりやな! 会いたかったでネギ!!」
 
「――闇を従え吹雪け常世の雪氷! ……“闇の吹雪”!!」
 
 ネギの放った魔法が鬼蜘蛛と少年を呑み込む。
 
 否、少年だけは、間一髪で飛び退いたが、反応の遅れた式神は姿を消した。
 
「い、いきなり何さらすんや!!」
 
「……ん? 誰かと思ったら、コタローじゃねえか?」
 
 手を挙げて気軽に挨拶するネギに対し、小太郎と呼ばれた少年は憤りの表情を浮かべて、
 
「相手確認もせんと、いきなり魔法ぶっ放すな! 援軍や迎えとかやったら、どないすんねん!?」
 
「あん? そんなモン、敵の所為にするに決まってんだろうが。それより一体、何の用だ? 俺はお前と違って色々と忙しいから手短にな?」
 
 軽くいなそうとするネギ。だが小太郎はそれに反発するように犬歯を剥き出しにした獰猛な表情で、
 
「仕事や仕事。まあ、お前には積もる恨みもあるし、二つ返事で受けた依頼なんやけどな」
 
 対するネギは小首を傾げて、
 
「……俺、何かお前に恨まれるような事したっけ?」
 
 純粋にそう問い掛けるネギに小太郎はキレた。
 
「思いっきりしとるわ! 8ヶ月前、俺に何したか言うてみい!!」
 
 言われ、ネギは思案に耽る。
 
 ……8ヶ月前っていうと、
 
 そして何かを思い出したのか手を打ち合わせ、
 
「ああ、思い出した。確か、東南アジアの方で依頼が重なったんだっけか。
 
 鬱陶しかったから、縛妖陣仕掛けて現地に封印してきた筈だったけど、何でお前ここに居るんだ?」
 
 さも不思議そうに問い返すネギ。
 
 小太郎は怒りに震えながら、
 
「完全に呑まれる寸前に、狗神に救援呼びに行かしたんや。それでも解呪に、術者4人掛かりで1週間も掛かったけどな」
 
「ほう、……お前も苦労してんだな」
 
「100%お前の所為や!!!」
 
 小太郎の憤りに対し、ネギは疲れた表情で肩を竦めると、
 
「しゃーねえなー。……で、お前は何したいんだよ?」
 
「決まっとる――」
 
 嬉しそうな笑みを浮かべた小太郎はネギを指差し、
 
「1対1、ここで決着着けたる!!」
 
 襲い掛かる小太郎に対し、ネギは素早く詠唱を開始、
 
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル! “風精召喚・戦の乙女17柱”!!」
 
 現れ出た17体の風の精霊達が一斉に小太郎に襲い掛かる。
 
「クッ!? こんなモン!!」
 
 戦乙女達をあしらう小太郎に対し、ネギから新たな魔法が放たれる。
 
「――光の精霊11柱、集い来たりて敵を討て! “魔法の射手・集束・光の11矢”!!!」
 
 一丸となった11本の光弾が小太郎に迫る。
 
 だが、小太郎は余裕とも見れる笑みを浮かべて身体を捻り、その一撃を回避すると、一気にネギの元へ間合いを詰めた。
 
 ネギは唱えようとしていた呪文を中断すると手を前に翳し、
 
「“力の防護”!!」
 
 眼前に作り出した障壁で小太郎の一撃を受け止める。
 
「この……、ナメんなや!」
 
 ――乱撃。
 
 連続で放たれる小太郎の攻撃に障壁が耐えきれずに亀裂が走る。
 
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル!
 
 我、使命を受けし者なり。契約の元、その力を解き放て!」
 
「させるかい!!」
 
 なお激しさを増す攻撃に、遂に結界がガラスの砕けるような音を発てて粉々に砕け散った。
 
「風は空に! 星は天に! 輝く光はこの腕に! 不屈の心はこの胸に……!」
 
「おおおおおぉぉぉ!」
 
「――“戦乙女の甲冑”!!」
 
 ネギが呪文を唱えると同時、障壁を突破した小太郎の拳がネギの頬を捉える。
 
 だが、攻撃をモロに喰らった筈のネギは勝ち誇った笑みを浮かべ、
 
「……残念だったなコタロー」
 
 ネギの唱えていた呪文は攻撃の為ではなく、己の防御力を向上させる為の呪文。
 
 うっすらとネギの全身を淡い光が包み込む。
 
 現時点でネギが使える最高位の防御呪文を前に流石の小太郎の一撃も通す事を叶わない。
 
「クッ!?」
 
 怒濤の猛攻を仕掛ける小太郎に対し、ネギはそのままの体勢で一歩も引かずに攻撃を受けながらも呪文の詠唱を開始する。
 
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル……。
 
 時を遡りし果てより来たれ不浄なるものよ! あらゆる角度を通して顕現せよ!
 
 “召喚・ティンダロスの猟犬”」
 
 鳥居の角から……、木の枝の角から……、ありとあらゆるものの角度から滲み出るようにして現れたのは、痩せ細った四足歩行の動物。
 
 その形状は、しいて言えば犬と言えないこともないが、地球上に存在するどのような犬種も、この動物の持つ禍々しさは有していない。
 
 小太郎を取り囲むティンダロスの猟犬。
 
 ネギは酷薄な笑みを浮かべると、
 
「犬は犬と一緒に戯れてろ」
 
「待てやネギ――ッ!!」
 
 そう言い残して、その場を去って行った。 
 
 
 
 
 
   
 
 
 
  
 その頃、ネギが入って行ったR毘古社の前に佇む一人の少女がいた。
 
 門前に掲げられた立入禁止の看板に二の足を踏む少女……、宮崎・のどかの背後から人影が忍び寄る。
 
 人影は背後からのどかの肩を叩くと、
 
「ひゃぁ!?」
 
 驚きの声を挙げるのどかに対し、肩を叩いた人物は気軽な雰囲気で、
 
「こんな所で何やってんの? 宮崎」
 
 振り返るのどか。――そこにいたのはクラスメイトの朝倉・和美だった。
 
「あ、朝倉さん?」
 
「うん」
 
 朝倉はのどかの顔と立入禁止の看板を交互に見やり、
 
「じゃあ、行こうか」
 
 そう言って、のどかの手を取り、強引に看板の向こうへ向かいだした。
 
「え? で、でもいいんですか? 立入禁止って……」
 
「いいっていいって、どうせ行かないとネギ君に会えないんだしさ」
 
「え……?」
 
 朝倉の言葉にのどかは小首を傾げ、
 
「あ、あの……、朝倉さんもネギ先生を追い掛けて来たんですか?」
 
 というのどかの問いに、朝倉は曖昧な笑みを浮かべて、
 
「まあ、ほら、……色々あってね」
 
 適当に誤魔化しつつ、先に進む。
 
 そんな彼女達が知らず知らずの内に結界内に足を踏み入れた時、それは訪れた。
 
 鳥居や気の枝など、目に見える様々な角度から現れる異形の動物。
 
 それに気づいた朝倉が、背後にのどかを庇いつつ、
 
「ね、ねえ……、宮崎。アレ今とんでもない所から出てこなかった? っていうかアレ何?」
 
「あ、あれはー……、多分、ティンダロスの猟犬と呼ばれる怪異だと思いますー」
 
「え? じゃ、じゃあ犬なわけ?」
 
「い、いえー。名前がそうなだけで、実際はこの世界の生物ですらありませんー」
 
 その言葉を聞いた朝倉の脳裏に魔法使いという言葉が過ぎる。
 
「ねえ、こいつらこんな形だけど、実は大人しくて人懐っこいってオチは……」
 
「ありませんー。宇宙の邪悪の全てが、その身体に凝縮していると言われてますー」
 
 のどかの言葉を証明するように、彼女達を取り囲むティンダロスの猟犬達が一斉に彼女達に襲い掛かってきた。
 
「死んだ――!?」
 
「ね、ネギ先生――ッ!!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「死んだ――!?」
 
「ね、ネギ先生――ッ!!」
 
 カモとも小太郎とも違う、第三者の声が聞こえてきた時、幸いな事にその近くにネギがいた。
 
「兄貴ッ!?」
 
 ネギは答える時間も惜しいと、石畳を蹴る足を加速させる。
 
 やがて、さしたる時間も掛けずにネギの視界に入ってきたのは、多数の犬に襲われそうな二人の少女の姿。
 
「行けッ!!」
 
 無詠唱で放たれる“魔法の射手”が3本、今にも朝倉に喰らいつかんとしていた猟犬2匹を撃墜する。
 
 現在ネギが無詠唱呪文で使える“魔法の射手”の最大本数は13本。その内、溜め時間の都合で即座に撃てる限界が3本だ。
 
 ともあれティンダロスの猟犬達が怯んだ一瞬の隙にネギが飛び込み、
 
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル! 逆巻け春の嵐! 我らに風の加護を! “風花旋風・風障壁”!!」
 
 ネギを中心として竜巻の障壁が展開される。
 
 ひとまずの安堵を得たネギは、振り返えり先程助けた二人の姿を確認して言葉を失った。
 
「…………」
 
 そこにはカメラを片手に満面の笑みを浮かべた朝倉と、瞳を輝かせたのどかの二人がいた。
 
 ネギは大きく深呼吸して心を落ち着かせ、何とか言い訳を考えていると、
 
「やっぱりネギ君、魔法使いだったんだね!?」
 
「す、凄いですネギ先生!!」
 
 ……誤魔化しきかねえし!
 
 ネギは暫く考えていたが、やがて諦めの溜息を吐き出すと、
 
「……もう、いいや。
 
 ……それでお前ら、怪我はしてないのか?」
 
「うん平気」
 
「わ、私も怪我とかはありませんー」
 
 無事を確認したネギは再度、安堵の吐息を吐き出し、
 
「まあ、アレだ。詳しい話は後な。今はここから脱出しねえと」
 
「そ、そう! 何なの!? あの犬もどき!?」
 
「あ、アレは本当にティンダロスの猟犬なんですかー?」
 
 ネギは感心した目つきでのどかを見やり、
 
「何だ宮崎、そっち系にも手ぇ出してたのか?」
 
「いえ、神話って書いてありましたのでー、読んでみたらホラーでしたー」
 
 その後、暫く一人でトイレに行けなくなったのは内緒だ。
 
「ちなみに、あの犬は本物な。俺が呼び出した」
 
「って、アンタの所為かい!!」
 
 即座に突っ込みをいれる朝倉にカモが目を光らせるが、ネギはそれを極力見ないようにしつつ、
 
「まあ、アレだな。もうじき障壁が解けるから俺にくっついとけ」
 
「へ? 何で?」
 
「あいつ等の攻撃対象は、この結界内における俺以外の人間になってるからな。
 
 ちょっと事情があって、まだ術を解除するわけにはいかねえんだよ」
 
 ティンダロスの猟犬の一匹あたりの攻撃力はそれ程強くはないが、この術の本質は数が多く、しつこく攻めるというのが特徴だ。
 
 小太郎を弱らせる為には、もう少し時間を稼ぎたい。
 
 それに、のどかと朝倉、二人を連れていては小太郎と戦って勝てる勝率はかなり低くなる。
 
 ネギは朝倉をおぶさり、のどかを抱きかかえると、
 
「行くぞ、しっかり掴まってろよ」
 
 告げ、竜巻が解けると同時にネギは疾走を開始する。
 
「ちょ、ネギ君速過ぎ!?」
 
「んッ!?」
 
 抗議の声を挙げる朝倉と、頬を染めながらも無言でネギにしがみつく腕に力を込めるのどか。
 
 だがネギはそれに構うことなく、結界の出口を探しながら疾走を続ける。
 
 ……何処だ? ……何処にある?
 
 小太郎が内に居る以上、何処かに出口が必ずある筈なのだ。
 
 100m程進んだ所でネギの霊視眼鏡越しの視界に、鳥居に刻まれた梵字が見えた。
 
「そこか!!」
 
 無詠唱で放たれる“魔法の射手・連弾・光の3矢”。
 
 今度はしっかりと見えた魔法に、朝倉とのどかは瞳を輝かせる。
 
 結界に綻びが出来たのか、輝きを放つ場所の前で足を停めたネギは朝倉とのどかを降ろすと杖を構え、
 
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル……。
 
 光と影の交わる時空よ……。、映せし夢を語る思い出、塵の山へと戻るがいい。
 
 ――閉じよまほろば! “砕ける世界”」
 
 ガラスの砕けるような音を発てて閉鎖されていた世界が崩壊する。
 
 同時に、周囲に蔓延していた邪悪な気配が消え、ティンダロスの猟犬が送還されたことを知る。
 
 安堵の吐息を吐き出す3人。そこへ後方から怒りに満ちた叫び声が響き渡った。
 
「ネぇギぃ――!!」
 
 その叫び声に3人が同時に振り向く。
 
 背後から猛烈な勢いで走ってくる少年、犬上・小太郎。
 
 だが、猟犬を相手にかなり消耗しているのだろう? 何時もの彼の速度に比べると格段に遅い。……それでも、常人からすれば人外の速度である事には違いないのだが。
 
 ネギはウンザリ気な溜息を吐き出すと、
 
「ティンダロスの猟犬相手にして、バテてんだから休んどけよな。
 
 ラス・テル・マ・スキル・マギステル――。我が求めるは縛めるもの、捕らえるもの……。言の葉に応えよ、鋼鉄の縛鎖! “錬金の鎖”」
 
 小太郎の足下から伸びた鎖が、彼の身体に絡みつき捕縛する。
 
「クッ!? 何やこんなモン!!」
 
 強引に鎖を引き千切ろうとする小太郎。対するネギは慌てることなく次なる呪文を唱える。
 
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル! 石に潜む精霊の力よ。我が拳に成り代わり、彼の敵を討て!!」
 
 石畳が捲り上がり全長2m超過の巨大な拳骨となる。
 
 それはネギの動きに連動するように大きく振りかぶられ、
 
「ちぃーとばかし、吹っ飛んでこい! “石の拳”」
 
 動けない小太郎に向けて邪笑を浮かべ、全力でぶん殴った。
 
「これで勝ったと思うなよぉ――!!」
 
 捨て台詞を残して飛んでいく小太郎。
 
 清々しい笑顔でそれを見送っていたネギに、のどかは心配そうな表情で、
 
「あ、あのー……、ネギ先生。さっきの人……」
 
「ん? ああ、アレくらいで死ぬような玉じゃねえから心配すんな」
 
 言って、踵を返して歩こうとしたネギが片膝を着いた。
 
 ……クソッ!? あのバカ犬、“戦乙女の甲冑”抜いてダメージ入れてきやがって。
 
 これまでやせ我慢してきたが、ネギの負っているダメージもかなりのものだ。
 
 魔力もかなり消耗しており、この先何が起こるか分からない以上、少しでも魔力を回復しておいた方が良い。
 
「ね、ネギ先生……、大丈夫ですか?」
 
「……小丈夫ってとこかな?」
 
 ネギは何とか上体を起こして立ち上がり、
 
「悪いけど、ちょっと休憩させてもらうぞ」
 
 二人の返事を待たず、脇道に逸れて川沿いの大きな岩の上に腰を降ろし、
 
「ここら辺で良いかな?
 
 ……ラス・テル・マ・スキル・マギステル。
 
 来夢の響き光となれ、癒しの円のその内に、鋼の守りを与えたまえ……。
 
 “聖地の護り”」
 
 ネギを中心に魔法陣が展開され、ドーム型の結界が形成される。
 
 優しい光に満たされた結界内でネギは横になり、
 
「この中なら回復も早いし、多少の攻撃にもビクともしないから安心して休める、と。
 
 ……そんなわけで、俺は少し寝る」
 
「ちょ、ちょっとネギ君、私まだ聞きたい事が色々あるんだけど!?」
 
 抗議の声を挙げる朝倉に対し、ネギは面倒臭そうにカモを差し出すと、
 
「コイツに聞け」
 
 そう言い残したきり、寝息を発て始めた。
 
「寝付き良すぎ!」
 
「まあ、魔法を使うって事は、それだけ精神力を消費するって事だからな。兄貴も疲れてんだよ」
 
「わ、オコジョさんが……」
 
 カモが喋った事に驚くのどかに対し、既にそのことを知っていた朝倉はさして驚くこともなく、
 
「確かカモ君だっけ? じゃあ、色々と聞かせて貰おうかな?」
 
「おう、何でも聞いてくんな、朝倉の姐さん」
 
 一人と一匹は同種の笑みを浮かべて質疑応答を開始した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 同時刻、行動を共にする5,6班は何者かの襲撃を受けていた。
 
 もっとも襲撃と言っても一般人に気づかれないように攻撃してくるので、それほど大掛かりなものではないのだが……。
 
「鬱陶しい輩だな。周辺一帯を灰燼にして燻りだしてやろうか?」
 
「い、いえ……、流石にそれは……」
 
 チクチクした攻撃に苛ついているエヴァンジェリンを宥める方に刹那は神経を消耗していた。
 
「ん? ……アレは」
 
 前方に見えてきたのは太奏シネマ村。
 
 観光客でごった返すあそこならば、敵も襲ってはこれまい。
 
「エヴァンジェリンさん」
 
 視線で告げる刹那に対してエヴァンジェリンは頷くと、傍らに控える従者に声を掛ける。
 
「茶々丸。今の時間……」
 
「はい、マスターが毎週欠かさず見ている水戸黄門の収録中の筈です」
 
 それを聞いたエヴァンジェリンは大仰に頷き、
 
「良し! 行くぞ」
 
 一気に加速した。
 
 それを見送った刹那は、やや呆れた眼差しで、
 
「……好きなんですか? 時代劇」
 
「はい。マスターは風車の矢七氏の大ファンです」
 
 刹那の抱いていたエヴァンジェリンへのイメージが少し崩れた。
 
 
 
 
 
 
 
 
   
 
 そのままシネマ村に突入した5,6班連合軍は、シネマ村お約束と化している貸衣装屋で仮装し、丁度シネマ村を訪れていた3班と合流していた。
 
 そこで刹那はこのかを賭けて月詠と決闘することになるのだが、その場所故に皆アトラクションの一部と思い込んでしまい、誰一人として怪しむ事はない。
 
 ちなみにエヴァンジェリンは任務そっちのけで茶々丸を伴って、水戸黄門の収録現場を見に行ってしまった。
 
 日本橋で決闘する事になった刹那と月詠。
 
 一緒に付いてきたあやか達に邪魔をされぬ為に月詠が己の式神である百鬼夜行を解放する。
 
 突然の式神の登場も、アトラクションの一つとして認識されているので、生徒達を始めギャラリーからも一切の混乱はなく、それどころか3−A組の生徒達は月詠の式神相手に善戦する始末。
 
「何だこの騒ぎは……?」
 
 収録を見終わり、そこに通り掛かったエヴァンジェリンは、矢七にサインを貰いホクホクの笑顔でその光景を眺めていたのだが、投げ飛ばされた百鬼夜行の一匹がエヴァンジェリンに当たり、彼女の持つ色紙が川に落ちてしまった。
 
「あ……」
 
 流れていく色紙を見送ったエヴァンジェリン。
 
 ゆっくりと振り返った彼女は、悪鬼のような形相で、
 
「ふ、ふふふ……、なるほどな。どうやらコイツ等は、余程早死にしたいらしい」
 
 手始めに近くにいた百鬼夜行の数体を“魔法の射手”で射抜き、そこにいる者達をゆっくりと睥睨する。
 
 敵味方の区別なく殲滅対象と定めた彼女は、殺す笑みを浮かべて、
 
「リク・ラク・ラ・ラック・ライラック――。契約に従い、我に従え、氷の女王。
 
 来たれ、永久の闇、永遠の氷河――」
 
 エヴァンジェリンの凶行に気づいた刹那が停めようとするが、
 
「お、落ち着いて下さいエヴァンジェリンさん!」
 
「やかましい、これが落ち着いていられるか!? 皆、纏めて破壊しつくしてくれる!
 
 ――全ての命ある者に等しき死を! 其は安らぎ也!!“終わる世界”」
 
 その魔法は悲鳴を挙げる間さえ与えず、一瞬で周辺一帯を凍結させて砕いてみせた。
 
 無論、怒り心頭とはいえ、ちゃんと手加減しているらしく、死人は出ていないようではあるが、周辺の建物は崩壊し、百鬼夜行は一鬼残らず屠られている。
 
 巻き添えを喰らった生徒達と月詠、そして観客達は一様に目を回し、その一部始終を見ていた呪符使いの女、天ヶ崎・千草は驚愕の眼差しでエヴァンジェリンを見つめて、
 
「な、何やねん、あのちっこいのは……。あんな化け物が居るなんて聞いてへんで!?」
 
 それに答えたのは、傍らにいた白髪の少年だ。
 
 歳の頃はネギや小太郎と同じく、16,7歳。見慣れない学生服姿の少年は無表情のまま、
 
「彼女は吸血鬼の真祖、“闇の福音”エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルですね。
 
 確か、15年前までは600万$の賞金首だった筈……」
 
「真祖やて!? 何でそんな化け物が女子中学生なんぞやってんねん!?」
 
「さあ? それよりも、どうしますか? 流石に何の準備も無しに勝てるような相手ではないですけども……」
 
 千草は歯噛みし、眼下のエヴァンジェリンと木乃香、そして刹那を睨み付けてから、短く舌打ちし、
 
「チッ!? しゃーない、一旦引くで新入り」
 
 そう告げて、その場から姿を消した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 瓦礫の中から何とか這い出した刹那。
 
 そんな彼女に向けて傷心のエヴァンジェリンは心底つまらなそうに、
 
「刹那、私はもう帰る。ぼーやによろしく言っておいてくれ」
 
 そう言い残し、返事も聞かずに茶々丸を伴ってシネマ村を後にした。
 
 ――残された刹那は、どうしたものかと途方に暮れつつ、ようやく意識を取り戻した木乃香を抱きかかえると、
 
「お嬢様。今からお嬢様の御実家へ参りましょう。
 
 ネギ先生と合流します」
 
 今、木乃香の実家の方に近づくのはかえって危険だと思い自粛してきたが、こうも裏目に出てしまっては致し方ない。
 
 それに、一度木乃香の実家に入ってしまえば、そちらの方がむしろ安全ともいえる。
 
 そう考え、刹那は班のメンバーと別れ、木乃香と共に彼女の実家を目指して駆けていった。
 
 ……余談ではあるが、この時のエヴァンジェリンの破壊活動は、後日、関西呪術協会がアトラクションの事故として揉み消してくれたそうだ。
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