魔法先生……? ネギ魔!
 
 
書いた人:U16
 
第4話
 
 途中から戦闘に加わったアーニャとカモを伴い、エヴァンジェリンの家に戻ってきた一行。
 
「……で? なんでお前らが、日本にいるんだよ?」
 
 状況が切迫していたため、聞く暇のなかった質問をアーニャに投げ掛ける。
 
 アーニャは茶々丸の淹れてくれたお茶で唇を湿らせ、
 
「新しい課題なのよ」
 
 言って、懐から一枚の紙を取り出す。
 
「……日本に行って、ネギが妙な事をしでかさないか監視しつつ、何か問題があれば手伝うようにって。
 
 私も倫敦の方でちょっと厄介な問題抱えてたから、来るのが遅れたけども……」
 
 ちなみに、アーニャの抱えていた問題とは、倫敦に出没する怪異を面白可笑しく調伏する謎の魔法少女カレイド・ルビーとサファイアの二人組の正体を探る事だったのだが……、まあ正気に戻った本人達の落ち込みようを見てしまうと、この事は他言せず自分の心に秘めておこうと思う。
 
 それはともかく、
 
「――あのクソジジイ!?」
 
 メルディアナ魔法学校校長の自分に対する扱いに対し、憤りに震えるネギ。
 
「諦めなさいって、あんたが何かしでかしたら、それだけでメルディアナ魔法学校の信用問題になるんだから」
 
「なら初めから、こんな課題俺にやらせんじゃねえっての」
 
「……まったく、校長があんたの目的の為を思って、この街に来させてくれたんでしょうが」
 
 溜息を吐き出しながら告げるアーニャに対し、傍らの茶々丸が興味深そうに問い掛ける。
 
「ネギ先生の目的とは何なのですか?」
 
「ん? ああ、魔法を1000個修得する事だ。……で、サウザンドマスターの称号を得たら、今度は親父探しの旅に出る」
 
 その言葉に違和感を覚えたエヴァンジェリンがネギに待ったをかけた。
 
「待て、親父探しだと? ……どういう事だ? アイツは……、ナギは死んだ筈だろう」
 
 訝しげに問い掛けるエヴァンジェリンに対し、ネギは言ってなかったか? と小首を傾げ、
 
「生きてるぞ? ……多分。
 
 最後に会ったのが、俺が4歳くらいの時だったかな? そん時に、この杖貰った」
 
 言って、己の持つ杖を翳して見せる。
 
 拍子抜けする程に呆気なくサウザンドマスターの生存を聞いたエヴァンジェリンの目尻に涙が浮かぶ。
 
「そんな……、奴が……、サウザンドマスターが生きているだと?」
 
 喜びを噛み締めるように復唱したエヴァンジェリンは一転、突如高笑いを始め、
 
「フ……、フフ。ハハハハ! そーか! 奴が生きているか、そいつはユカイだ!
 
 ハ……、殺しても死なんような奴だとは思っていたが! ハハハ、そーかあのバカ、フフハハ、まあまだ生きていると決まったわけじゃないがな!
 
 ――というかだ! そういう重要な事は最初に言え!!」
 
 突如、ネギに襲い掛かり、その襟首を掴みにかかる。
 
 そんなエヴァンジェリンを適当にいなしつつ、ネギは予め用意しておいた分厚い革表紙の本をテーブルに置き、
 
「さてと……。んじゃあ、そろそろ本題に入ろうか?」
 
「……本題?」
 
「見つけたんだよ。お前に掛けられた“登校地獄”の呪いが載ってる魔導書を」
 
 勿体ぶった仕草で、テーブル上の本に手を乗せる。
 
「何だと!?」
 
 身を乗り出すエヴァンジェリンに対し、ネギはそれを牽制しつつ、
 
「まあ、落ち着け」
 
 告げ、付箋の挟まれたページを開く。
 
「結論から言うとだな……、解呪は不可能だ」
 
「ナッ!!!」
 
 憤りの声を挙げようとするエヴァンジェリンの口を押さえ、強引に押さえつけると、
 
「普通なら力業で、強引に解呪出来るみたいなんだけどな、それには最低でも呪いを掛けた奴以上の力量が必要になってくる。
 
 ……俺の親父以上の魔法使いなんて居るか?」
 
「グッ、あ……、やはり父親の責任は息子の貴様の血で贖ってもらうしか……」
 
 真剣に考え込み始めたエヴァンジェリンに対し、ネギは小さく溜息を落とし、
 
「まあ、他にも方法が無いわけじゃない……」
 
「何?」
 
 ネギはもう一つの付箋の挟んであるページを開き、
 
「お前が納得するかどうかは別だけどな……」
 
 これからの対応を思い、再度小さく溜息を吐き出し、
 
「お前、俺の使い魔になれ」
 
「…………」
 
 エヴァンジェリンは何を言われたか理解出来ないという表情で小首を傾げた後、小指で自分の耳を穿り、爪先についた耳垢を息で飛ばすと、
 
「ははは、すまんなぼーや。寄る年波のせいか少し耳が遠くなっているようだ」
 
 対するネギは小さく肩を竦めて苦笑を浮かべ、
 
「おいおい、大丈夫か? お婆ちゃん。ははは……」
 
 二人して一頻り笑い、
 
「だから、俺の使い魔になれって」
 
「ふむ、そうか、そうか、私がぼーやの使い魔にか……」
 
 満面の笑顔で告げ、一転、
 
「一度、死んでみるか? 貴様」
 
 今にもネギを括り殺しそうな表情で顔を近づける。
 
「そう来ると思ったよ……」
 
 ネギは三度目になる溜息を吐き出し、
 
「いいか? “登校地獄”の呪いを誤魔化すには、呪いの上書きくらいしか、他に手段はねえんだ。
 
 お前の主に相応しいかどうか決める基準として、俺の実力は示したぞ? 後はお前の決断次第だ」
 
 言われ考える。
 
 使い魔の契約といえば、仮契約とは次元が違う。
 
 主人に対する絶対服従。それを魂のレベルで束縛を掛けるのだ。(カモは使い魔であるが、ネギにくっついているだけで契約などはしていない。というか、むしろペット扱い)しかも、“登校地獄”の呪いが完全に消えているわけではないので学園の外に出るのにも一々ネギの承認がなければ出られないし、更に今までは呪いの対象外であった学園外や異空間である別荘でさえもネギの許可がなければ魔法を使う事が出来ないという新たな制約を受ける事になる。
 
 逆に学園結界内であっても、ネギの承認があれば魔法を使用する事が出来るというメリットはあるが、どう考えてもデメリットの方が大きい。
 
 最強種である自分が、潜在能力は高いとはいえ未だ年端もいかぬ少年の使い魔になるなど普通であれば一笑に伏すところだが……、
 
「……貴様は、1000の魔法を修得すればサウザンドマスターを捜しに旅に出ると言ったな?」
 
「ああ」
 
 ――ネギと共に、ナギの捜索の旅に出る。……それが一番確実に彼と再会出来る方法だろう。
 
 永劫を生きる自分の生涯からすれば、ネギの僕となっている期間など瞬きのような時間に過ぎない。
 
 エヴァンジェリンは覚悟を決めると不敵に微笑み、
 
「ふん、――いいだろう。使い魔の契約でも何でもすればいいさ。
 
 その代わり一つ約束しろぼーや、……絶対に、あのバカを見つけ出すと。
 
 それが出来るのなら、私は全力を持ってぼーやをサポートしてやる」
 
 対するネギも、エヴァンジェリン同様、不敵に微笑み、
 
「いいぜ、約束しよう。それがお前との契約条件だ。
 
 ……カモ」
 
「ウイッス!」
 
 ネギに名を呼ばれたオコジョ妖精のカモが、一瞬で床に使い魔契約用の魔法陣を描きあげる。
 
「――ラス・テル・マ・スキル・マギステル。
 
 我が名はネギ・スプリングフィールド。5つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」
 
 告げ、エヴァンジェリンと口づけを交わそうとする寸前、エヴァンジェリンから更なる契約条件が告げられる。
 
「……追加条件だ。
 
 ――ぼーや、もっと強くなれ。私より、貴様の父親サウザンドマスターよりも……」
 
 それくらいの男でなければ、自分が仕える価値は無い。対するネギはふてぶてしい笑みを浮かべたまま、
 
「当たり前だ。俺はいつかサウザンドマスターになって親父にならび、そして……、越える!」
 
「ふふふ、良い決意だ。それでこそ我が主人に相応しい」
 
 微笑を浮かべネギに口付けるが、 
 
「――痛ッ!?」
 
 痛みを訴え、慌てて顔を離すネギの口元。
 
 ――そこから血の筋が細く滴り落ちる。
 
 同様に唇の端から血を垂らすエヴァンジェリンは、その血を己の舌で舐め摂り、
 
「契約をより強固にする為に、血液の交換をしただけだ。――そう睨むな」
 
 告げて目を閉じ、
 
「ふむ、……ちゃんとラインも繋がったようだな」
 
 視線をネギに向け、
 
「いいな? ぼーや。さっきの約束、努々忘れるなよ」
 
 言って、ネギに向け二種類の鍵を投げる。
 
「この家の書斎と別荘の蔵書室の鍵だ。好きに使うといいさ。後、別荘の方も有益に活用するといい。それで、かなりの時間を稼げる筈だ」
 
 そう言い残して、その場を去ろうとするエヴァンジェリンをネギが引き留めた。
 
「何だ?」
 
 訝しげに問い掛けるエヴァンジェリン。対するネギは真面目な表情で、
 
「お前の主人として命令する」
 
 靴を脱いで足を前に出し一転して邪悪な笑みを浮かべ、
 
「まずは足を舐めろ。我が下僕として永遠の忠誠を誓え、話はそれからだ」
 
「アホかぁ――!!」
 
 速攻でアーニャの突っ込みが入った。
 
「こんな子供に、何アホな事言ってんのよ、このバカ!!」
 
「い、いや、ホントに言うこときくのか試したかっただけだって……」
 
 ネギはアーニャに殴られた頭を撫でながら、言い訳がましく告げ、
 
「まあ、ともかく、これからよろしく頼むわ」
 
 笑って誤魔化しながら、手を差し出すが、
 
「ふん……」
 
 ネギの差し出した手を取ることなく、エヴァンジェリンは拗ねた表情で、彼と契約した事を早速、後悔しつつ部屋を去っていった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 その後、停電の復旧した街並みを大きなトランクを転がしながら、アーニャを伴ってネギが歩く。
 
「んで? お前何処の学校に転入してくる事になってんだ?」
 
 ネギのように教師として来ているのでなければ、アーニャは高校の2年になる筈だ。
 
「聖ウルスラ女子高等学校よ」
 
「……あー、脱げ女と同じだな」
 
「……脱げ女?」
 
 訝しげな眼差しを向けるアーニャに対し、ネギは力強く頷き、
 
「ほれ、何年か前にお前に手伝って貰った仕事があったろ? ネカネ姉ちゃんがスコットランドの古城半壊させた」
 
「ああ、アンタが攻城戦用の魔法使ってトドメさして全壊させたあの事件ね」
 
「……普通あの規模の城の場合、半壊止まりの筈なんだけどな? まあ、ともかくだ。その事件の時に魔法協会の方から派遣されて来てた奴らがいたろ」
 
 言われ、思い出したのかアーニャが手を拍ち、
 
「ああ、あの時の全裸になってた娘ね。何? そんなに頻繁に脱いでんの?」
 
「脱いでません!!」
 
 突然掛けられた声に二人同時に振り向く。
 
 そこに居たのは、佐倉・愛衣を従えた脱げ女こと、高音・D・グッドマンだった。
 
「……なにやってんだ? お前」
 
 半眼で問い掛けるネギに対し、高音は憤りに興奮した荒い息を整えながら、
 
「ええ、実は今日、新たにルームメイトがやって来る事になっていたのですが、何時までたってもやって来ないうえに、先程のあの天を貫くような砲撃魔法。
 
 何かの事件に巻き込まれたのではないかと思って、こうして愛衣と共に探しに来たのですが……」
 
「ああ、お探しのルームメイトは、多分こいつだろうな」
 
 ネギの影に隠れるようにして立っていたアーニャが街灯の明かりの下に姿を現す。
 
 アーニャの姿を見た高音はあからさまに動揺し、
 
「な……、何故……、貴女がここに……」
 
「何でって、……まあ色々あってね。これからヨロシク♪」
 
 笑顔で告げるアーニャと、それとは対照的に強張った表情の高音。
 
「……お知り合いなんですか? お姉さま?」
 
 愛衣の質問に対して高音は深呼吸して動悸を収めると、可愛い後輩を引き連れてネギとアーニャの二人から距離を取りつつ、
 
「いいですこと愛衣。あの女性が、“メルディアナ魔法学校のスピード狂”の二つ名を持つネギ先生の仮契約相手、アンナ・ユーリエウナ・ココロウァです」
 
 いつの間にか彼女達の背後にまで忍び寄っていたネギ達は互いに額を合わせ、
 
「……ほう、スピード狂だったのか? お前」
 
「アンタなんか固定砲台って呼ばれてるのよ? 知ってる?」
 
「……ハッキリ言ってどっちもどっちです!
 
 まったく……、どうして貴方達のような問題児があの“偉大なる魔法使い”であるネカネ様と共にパーティーを組んでいるのでしょう」
 
 溜息と共に吐き出す高音の愚痴に対し、ネギとアーニャは額を合わせ、
 
「あいつ姉ちゃんのこと絶対に誤解してるぞ?」
 
「外面と人当たりは良いもんね、ネカネさん」
 
「……流石“微笑みの破壊神”」
 
「……何よ? その二つ名」
 
 訝しげに問い掛けるアーニャに対し、ネギは胸を張って、
 
「今、考えた。俺的にはこの上なくピッタリだと思うんだけど、どうよ?」
 
「どっちかって言うと“撲殺の女神”の方がよくない?」
 
「あ、それも捨てがたいな」
 
「なら間をとって、“撲殺の破壊神”なんかはどうッスか?」
 
「それだッ!!」
 
 カモの提案に即答で賛同するネギとアーニャ。
 
 二人と一匹は快活にハイタッチを決めた後、深々と溜息を吐き出し、
 
「まあ、なんだ……。下手な事言いふらして後で制裁喰らうのも嫌だし黙っとくか」
 
「そうしましょ」
 
 ともあれ、アーニャを高音達に引き渡し、“破壊の星光”の事は適当に誤魔化しつつ何とかその場を収めたネギは、ようやく家路に着くことが出来た。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  
 数日後……、エヴァンジェリンの助言により、父親の手掛かりになるようなものが京都にあるかもしれないと教えられたネギが、京都までの交通費を如何に捻出するかと考えていた所、修学旅行の話を小耳に挟んだ。
 
 これ幸いと、担任の独断と偏見によって修学旅行の行き先を京都と勝手に定めてしまうが、留学生の多い3年A組の生徒達から大きな反論は出なかった。
 
 ……生徒達からは出なかったのだが、別の所から反対の声が挙がった。
 
 先方の名は関西呪術協会。
 
 修学旅行の面子の中に、魔法先生であるネギが混じっている事が気に入らないらしい。
 
 学園長室に呼び出され、その事を聞かされたネギは憤りの声を挙げ、
 
「はあ? ちょっと待てコラ! 魔法先生なら、瀬流彦センセも居るだろうが!!」
 
「いやいや、ネギ君の場合かなり悪名が有名じゃからな」
 
 勿論それだけではなく、サウザンドマスターの息子としての名も広まっているが、
 
「悪名ならエヴァの方が有名だろうが! 後で知ったけど、600万$の賞金首だったんじゃねえか!?」
 
「まあ、今は解除されとるしな……」
 
「俺は賞金首でもなけりゃあ、指名手配もくらってねえ!!」
 
 ……もっとも、ブラックリストくらいには載っているかもしれないが。
 
 なお声を荒げるネギに対し、学園長は平然とした態度で机の引き出しから一通の封書を取り出し、
 
「さて、そこで次の課題となるわけじゃ」
 
 そう切り出した学園長にネギは訝しげな視線を向ける。
 
「特使として、この親書を関西呪術協会の長に届けてもらいたい。
 
 無論、道中なんらかの妨害があるかもしれん。……どうじゃな?」
 
 ネギは暫く考え、学園長から親書を受け取ると、
 
「つまり、俺は無駄に目立って囮をこなせばいいわけだな?」
 
 良くも悪くも有名なネギを囮にして、瀬流彦先生か他の魔法生徒に本物の親書を届けさせる。
 
 ありきたりではあるが、本命の面が割れていないのならば効果的な手段だ。
 
 だが、学園長はネギの予測を大きく外れる答えを出してきた。
 
「いやいや、囮どころかネギ君が本命じゃよ」
 
「……おい」
 
 ネギが呆れた眼差しを向けるが、学園長はそれを軽く受け流し何時ものように惚けた笑い声を挙げるのみ。
 
 元より課題である以上、ネギに拒否権はない。
 
 気の重い溜息を吐き出し、ネギは渋々その課題を了承した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 その週の休日。
 
 修学旅行の為の買い物をするという事で、ネギは荷物持ちとしてエヴァンジェリンに付き合わされ学園都市を離れて都心までやって来ていた。
 
「いやー、空気が美味いな茶々丸!!」
 
「こっちの方が学園都市よりも汚れてるに決まってるだろうが」
 
 返答に困る茶々丸に代わり、両手に荷物を持ったネギが呆れながら答える。
 
「やかましい。私にしてみれば、15年振りの外界だぞ? 感激に打ち震えて何が悪い!?」
 
 妙にテンションの高いエヴァンジェリンを窘め、ネギは肩を竦めつつ歩く。
 
「嬉しいのは分かったから、もうちょっと落ち着け。……ぶっちゃけ、今のお前はただの田舎者にしか見えん」
 
 自分的にも思うところがあったのか、恥ずかしそうに頬を染めてエヴァンジェリンが態とらしく咳払いして誤魔化した。
 
「まあ、それはいいとして……、だ。
 
 何でお前らまでいんだよ?」
 
 問い掛けるネギの視線の先、そこには私服姿のアーニャと同じく私服姿の高音の姿があった。
 
「わ、私はアーニャさんが買い物に行くというので、学園の外を案内するつもりでいたら、貴方達と鉢合わせになっただけです!」
 
「まあ、ネギに女の子用のお洒落な店なんか期待する方が間違ってるしね、エヴァちゃんは今まで学園都市から出られなかったって聞いてたから余り詳しくないだろうし、と思ってアドバイザーに呼んだよの」
 
「……さよけ」
 
 興味なさそうに告げ前を向く。
 
 そこには、先程までいた筈のエヴァンジェリンの姿がなかった。
 
「だ――!! いきなり迷子になりやがった、あのガキ!?
 
 ……クソッ!? 茶々丸、エヴァの場所分かるか!?」
 
「はい。把握していますハイ・マスター」
 
「だから、そのハイ・マスターは止めろって」
 
「ネギ先生はマスターのマスターですから、私にとってハイ・マスターに該当します」
 
 頭を掻きながら告げるネギに対し、茶々丸は頑なに主従の関係を主張する。  
 
「ああ、もう。じゃあ、クラスの奴らの前じゃあ、ちゃんとネギ先生って呼べよ」
 
「ご命令なら――」
 
「命令するから、ハイ・マスターも止めろ」
 
「いえ、それだけは了承出来ません」
 
 頑としてそれだけは引かない茶々丸。ネギは呆れの混じった溜息を吐き出し、
 
「……まあいいや。取り敢えず、迷子のお嬢様を捜しに行くとしますか」
 
 告げ、荷物をアーニャ達に手渡し、
 
「んじゃ、ちょっと行ってくるから待っててくれ」
 
 茶々丸と共にその場を後にした。
 
 
 
 
 
 
 
 
   
 
「マスターを発見。……現在、見知らぬ男性と接触中。状況からナンパと判断します」
 
 走り始めること3分。高速で駆けながら告げる茶々丸の報告に、ネギは短く舌打ちし、
 
「チッ!? 真性のロリコン野郎か!」
 
「マスターまで、距離75」
 
 ――加速、――跳躍、――滞空、……そして、
 
「スーパー……、イナズマ……、キィ――ック!!!」
 
 叫び声と共に放たれたネギと茶々丸の跳び蹴りが、見ず知らずの男の顔面に命中。
 
「マスターを確保しました」
 
「良し、転進!」
 
 茶々丸がエヴァンジェリンを小脇に抱え、即座にその場を後にした。
 
 ……この間、僅か5秒。
 
 何一つ証拠となるような物を残す事なく、疾風のように現れた彼らは疾風のように去っていった。
 
 現場から一気に離脱し、何とかアーニャ達の元へ戻ったネギ達。
 
「……ああいう輩に付いて行っちゃあいけません!」
 
 説教するネギに対してエヴァンジェリンは何故か勝ち誇った表情で、
 
「フッ、……嫉妬したか? ぼーや」
 
「するか!? 純粋に犯罪者だありゃ!」
 
 注:ロリコンは犯罪です。
 
「ったく。……これだから世間知らずは」
 
 愚痴を零しながらエヴァンジェリンに手を差し出し、
 
「ほれ、手ぇ出せ」
 
「うん?」
 
 小首を傾げるエヴァンジェリン対し、ネギは浅く吐息を吐き出し、
 
「またはぐれて、面倒事増やされても困るからな。――手ぇ繋いで歩くぞ」
 
 自分を子供扱いするネギに抗議の声を挙げようとするが、それを羨ましそうに見つめるアーニャと高音の視線に気付いたエヴァンジェリンは勝ち誇った笑みを浮かべて、
 
「ふふん、まあ良いだろう」
 
 告げ、ネギの手を取る。
 
「さあ、買い物の続きだ。案内しろ小娘」
 
 先導し、歩き始めるエヴァンジェリン。高音とアーニャは一瞬視線を合わせ頷き合うと、すぐにネギ達を追いかけた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 そんな彼らの行動を隠れ潜み観察する一団……。
 
「……見た?」
 
「バッチリ! ってか何アレ? ハーレム?」
 
「ネギ先生は自覚してなさそうだったけどねー。
 
 そう言えば、ネギ先生ってエバちゃんの家に下宿してるんだっけ?」
 
 バスを待っているサラリーマンの背後から姿を現したのは、ネギのクラスの生徒達。
 
 柿崎・美砂、釘宮・円、椎名・桜子の三人だ。
 
 修学旅行の為の買い物にきていた彼女達は、偶然ネギ達の一団を見かけ、思わず隠れてしまったわけであるが……、
 
「……これは」
 
「面白くなりそうね♪」
 
「だねぇー♪」
 
 額を合わせて相談する三人娘。
 
「では、本日は予定を変更し……、ネギ先生の女性関係調査ということで!」
 
「……ほう、それは随分と面白い予定だな柿崎」
 
 突如掛けられた声に、柿崎が肩を震わせる。
 
 ゆっくりと視線を上げると、そこには笑みのまま顔を青ざめさせた釘宮と桜子の表情が見えた。
 
 柿崎はジェスチャーで背後を指差すと、二人は諦めた表情で小さく頷く。
 
「……振り向け」
 
 恐る恐る振り返る柿崎の視界に入るのは、エヴァンジェリンと手を繋いだままで満面の笑みを浮かべるネギの姿。
 
「あ、あはは……」
 
 笑って誤魔化そうとする柿崎を逃がさず、彼女の肩を強引に掴み寄せると、
 
「まあ、そこら辺を詳しく聞かせて貰おうか……、ん?」
 
「ひ、ひぃ――」
 
「心配すんな、昼飯くらいは奢ってやる」
 
 柿崎を引きずっていくネギと、慌ててその後を追う釘宮と桜子。
 
「……昼食を奢りか。随分と気張るじゃないかぼーや」
 
「給料入ったばかりだからな」
 
「なら、家賃を少しは払え」
 
 その抗議を無視してネギは少女達を伴い一軒の店に入る。
 
 彼らが訪れたのは、昼食時のせいか人の混み合う牛丼屋のチェーン店。
 
 まずはアーニャが溜息を吐きながら、
 
「……まあ、余り期待していたわけじゃないけどね」
 
「んだと? 和食食べたいって言ったのてめえだろうが! 牛丼は早いし安いし美味いんだぞ!! ビバ日本食!」
 
「私、まつ屋の方が良かったなあ」
 
「釘宮、お前はハーブチーズ牛丼の美味さを分かってねえ!」
 
 次々と沸き上がる抗議の声に反論しつつネギが店員に注文を済ませる。
 
 ちなみに、ネギの懐事情によりセットメニューの注文は禁止された。
 
「ねえねえ、ネギセンセー。そのシルバーアクセ何処で買ったの?」
 
 食事も終わり、食後のお茶を飲むネギの左手に填められた指輪に興味を引かれた桜子が問い掛ける。
 
 ネギはカウンターにグラスを置き、
 
「こりゃアレだ。姉ちゃんが毎年誕生日にくれんだよ」
 
 言って、指輪を外し桜子に渡す。
 
「……ネギ先生、あれはもしかして?」
 
 珍しそうに眺める三人娘に聞こえないように、高音が小声でネギに問い掛ける。
 
「ああ、魔法発動体だ。他にも、このペンダントやブレスレットもそうだぞ?」
 
 それを横目で見つつエヴァンジェリンが呆れた溜息を吐き出し、
 
「随分と過保護な姉だな……」
 
「アレは過保護っていうよりは、ブラコンの方が近いような……」
 
 アーニャの呟きに眉を顰め、
 
「……何だ? 気付いていないのか?」
 
「何が?」
 
「それはただの魔法発動体じゃない。それぞれに異なった付加魔法が加えられているぞ」
 
 驚きに軽く目を見開くネギ達に対し、エヴァンジェリンは桜子の持つ指輪を指し、
 
「アレは対石化防御の力が込められているな。そのペンダントは対毒、ブレスレットは対麻痺か」
 
 教えられ感心するネギ。
 
「へー、それじゃあ普段から身に着けてた方がいいな」
 
「私としては、余計にやりにくくなるがな……」
 
 面白く無さそうに告げ、エヴァンジェリンは残りの御飯をかき込んだ。
 
 その後、エヴァンジェリン、茶々丸、アーニャ、高音、釘宮、柿崎、桜子と7人分もの荷物を持たされる事になったネギは、今後、他人に食事を奢る事を自粛したという……。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 そして、修学旅行を目前に控えた夜。
 
 3−Aの教室に一つの人影があった。
 
 人影は懐から小さな瓶を取り出すと、誰も座っていない筈の窓側最前列の机の上にそれを置き、
 
「……六芳の星と五芳の星よ、悪しき霊に封印を。――“封魔の瓶”」
 
『……へ? ッきゃぁぁぁぁぁぁぁぁ――!?』
 
 聞こえる筈のない悲鳴が教室に響き渡った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 翌朝……。
 
「ほら、起きろぼーや! 担任が遅刻したら、修学旅行が始まらないだろうが!?」
 
 ネギをベッドから蹴り落とし強制的に目覚めさせたのは、この家の家主である少女エヴァンジェリンだ。
 
 寝不足気味のネギが頭を振って覚醒し、大きな欠伸をしながら眼前の少女に視線を向ける。
 
「……準備万端って感じだなエヴァ」
 
 寝惚け眼で告げるネギの視線の先、制服に身を包み、その小さな身体に不釣り合いな程大きなバックを肩から下げたエヴァンジェリンの姿があった。
 
 ネギは枕元の時計で時間を確認すると、
 
「……お前、まだ時間に余裕有りまくるじゃねえか」
 
 抗議の声を挙げながらも身体を起こすネギ。対するエヴァンジェリンは彼の顔にタオルを投げつけると、
 
「フン、さっさと顔を洗ってくるがいい。京都までの長旅になるからな、朝食を摂らんと身体が保たんぞ」
 
 それだけを言い残して、部屋から出ていった。
 
 一人部屋に残されたネギは呆れた眼差しで、エヴァの消えた先のドアを見つめると、
 
「無茶苦茶、張り切ってるなあ……」
 
 再度、欠伸を零し、傍らのバスケットで眠るカモを起こしに掛かった。
 
 
 
 
 
  
 
 
 
 
 その後エヴァンジェリンは、のそのそと朝食を摂るネギを早く食べ終えるようにと促しつつ、彼を蹴り飛ばすように玄関から叩き出して、集合場所であるJR大宮駅へと向かう。
 
 そこでは既に引率の教師達に加え、彼のクラスの生徒達も数人到着していた。
 
 集合時間に誰一人遅れる事なく到着し、1班から順に新幹線へと乗り込んでいく。
 
1班:柿崎・美砂、釘宮・円、椎名・桜子、鳴滝・風香、鳴滝・史伽
 
 ……チア部三人娘+双子か。
 
2班:古菲、春日・美空、超・鈴音、長瀬・楓、葉加瀬・聡美、四葉・五月
 
 ……ここは、超一味+αと。
 
3班:雪広・あやか、朝倉・和美、那波・千鶴、長谷川・千雨、村上・夏美
 
 ……何だ? この統一性の無い班は? んー……、あぁ、そういやあ、雪広達は寮で同じ部屋だったか。
 
4班:明石・裕奈、和泉・亜子、大河内・アキラ、佐々木・まき絵、龍宮・真名
 
 ……ここは運動部四人娘+αと。
 
5班:神楽坂・明日菜、綾瀬・夕映、近衛・木乃香、早乙女・ハルナ、宮崎・のどか
 
 ……図書探検部+αと。
 
 順調に、とはいかないまでも、それでも滞ることなくそれぞれが席に着いていく中、最終班である6班が乗車してきた。
 
6班:桜咲・刹那、相坂・さよ、絡繰・茶々丸、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル、ザジー・レイニーデイ
 
 ……ま、まともな人間が殆どいねえ。何かのネタか? この班は。
 
「先生、私が6班の班長なのですが、相坂・さよさんが欠席のようです」
 
 告げるのはサイドポニーに袱紗を携えた少女。出席番号15番の桜咲・刹那だ。
 
 ネギは思い出したように懐から小さな瓶を取り出してエヴァンジェリンに手渡し、
 
「修学旅行中は面倒みてやれ」
 
 そう告げて、小瓶の蓋を開ける。
 
 すると、常人の目には映らない程に希薄な霊体が姿を現した。
 
『こ、ここ何処ですか? 何で私こんな所にいるんですか!?』
 
 動揺し、取り乱す霊体……、出席番号1番、相坂・さよ。
 
「……どういう事だ? ぼーや」
 
 訝しげな眼差しを向けるエヴァンジェリンに対し、ネギは素知らぬ顔で、
 
「折角の修学旅行だ。一人教室で留守番は余りにも寂しすぎるだろうがよ」
 
 ……一つの場所に縛られ、外に出られない辛さは誰よりも彼女が知っている。
 
 しかもさよは自分よりも長い時間を自分よりも活動範囲の狭い世界で過ごしてきたのだ。
 
 その想いに共感したエヴァンジェリンは小さく頷き、
 
「ふん、良いだろう。おい、早く私に取り憑くがいいさ」
 
 さよを促す。
 
「早くしないと、消えてなくなることになるぞ」
 
 自縛霊の彼女は、ネギが教室から強引な方法で引き離してきた事により、依代に憑依していないと消滅の危機にある。その事を見抜いたエヴァンジェリンによる忠告だ。
 
 さよも己の身に起きている異変に気づいたのか、エヴァンジェリンの申し出を素直に受けた。
 
『あ、あの……。私の事が見えているんですか?』
 
「ああ、私も真っ当な人間ではないんでな。……まあ、そんな事よりも、折角学外に出れたんだ。今は存分に修学旅行を楽しむがいいさ」
 
 さよに告げ、視線をネギに向ける。
 
「……それにしても、よく相坂・さよの存在が分かったな? かなり存在が希薄だから、そこの桜咲・刹那や龍宮・真名でさえ気付いていなかったというのに」
 
 不思議そうに問うエヴァンジェリンに対し、ネギは鼻に引っ掛けるようにしている小さな丸眼鏡を指で押し上げると、
 
「これ霊視眼鏡だからな。霊体や精霊……、他にも魔術的な罠も見抜ける優れ物だぞ?」
 
「ほう、それも姉からの贈り物か?」
 
 茶化すような物言いのエヴァンジェリン。だが、ネギは即座に首を振ると、
 
「いや、こいつは自腹で買った。作ったのが落ちこぼれの錬金術師だったから格安でな」
 
 さよ程隠密性の高い霊体を見る事が出来る霊視眼鏡だ。落ちこぼれの作った不良品とは思えない。
 
 エヴァンジェリンはネギから眼鏡を借りると、それを凝視し、
 
「……確かに作りの粗い所はあるが、込められた魔力に不都合はないな」
 
「それでも、メルディアナ魔法学校・錬金術科を補欠合格して三年連続で留年した強者の作品だぜ?」
 
 更に言えば、4年目にはとうとう寮まで追い出され、特別課題として街に工房を貸し与えられ、そこでお金を稼ぎながらアイテムノートの空欄を埋めるという難題までも出された。
 
 皆がメルディアナ魔法学校、第二の留年者として絶望視す中、彼女の親友が病に倒れ、その病気を治療する為、彼女は昼夜を問わずに働き、そして勉強し、遂には万能の霊薬エリクサーまでも完成させて親友を病から救ったのだ。
 
 同じ落ちこぼれと呼ばれる者同士、年齢は違えど彼女とは妙にウマがあったのだが、その彼女も魔法学校卒業後、流浪の旅に出た。
 
 噂話では、流行病に冒された辺境の村を救ったなどと耳にしていたが、今では何故か学園都市で魔法先生や生徒相手にマジックアイテムの精製を請け負い生計を立てている。
 
 ちなみに、先のさよを封印していた小瓶も、彼女の作品である。
 
 ともあれ、これで3−A組の生徒全員が乗車し、新幹線は駅を出て京都へ向かう事になった。
 
「さて、一応修学旅行の名目は学業の一環って事になってるが……、羽目外し過ぎない程度に楽しんでこい!」
 
「は――い」
 
 満面の笑みで返す3年A組の生徒達。
 
「班ごとの自由時間とかも結構多いからな、他校の生徒とのトラブルにも気を付けるように。
 
 ああ、それと怪我や迷子、他人の……、特に俺の迷惑にならないように注意する事。以上」
 
 かなり独特なネギの挨拶に、しずな先生が苦笑いを浮かべつつフォローを入れる。
 
 その後、皆が楽しみながら京都までの行程を過ごしている中、突然の事故が発生した。
 
「キャ――ヒ――ッ」
 
 生徒達の悲鳴に駆けつけたネギの視界に映ったものは、無数のカエルが乱舞する電車の車両。
 
「……何だ? このカエルの団体は?」
 
 呆れ眼で見つめるネギ。だが、当の生徒達の混乱はかなりのもので、中には気絶する者まで出る始末。
 
「あ、亜子――!?」
 
「しずな先生が失神してる――っ」
 
「……け、ケロぴーは、ここでござる」
 
「楓姉ぇのトラウマが再発してるです――!?」
 
「……初っぱなからコレかよ。――しょーもねえ」
 
 溜息を吐き出し、ネギはカエルの回収を始める。
 
「……コイツは日本の呪術か? 確か似たような魔法もあったと思ったけども」
 
 子供が悪戯に使う為の魔法だ。余りにも使いようがない為ネギは覚えていないが、その魔法を修得している出席番号9番の生徒がくしゃみをした。
 
 全てのカエルを回収し一息吐くネギ。そこにカモが声を掛ける。
 
「兄貴、こいつは……」
 
「まあ、関西呪術協会とやらの嫌がらせだろうな。……もしくは、混乱に乗じて親書を狙ってきたか」
 
「親書は無事なんスか?」
 
 言われ、ポケットから封書を取り出してみせ、
 
「ここにある」
 
 言った直後、突如飛来した燕に封書を奪われた。
 
「兄貴!! 追うぜ!」
 
 駆け出そうとするカモの尻尾を掴んで押し留め、
 
「放っとけ、どうせ贋作だし」
 
「……へ?」
 
 ネギは懐から更に数通の同じような封書を取り出し、
 
「狙われてるのが分かってるのに、罠も仕掛けず持ち歩く程、俺はお人好しじゃねえよ」
 
 ちなみに奪われた封書には、開封すると小一時間程くしゃみが停まらなくなる呪いが仕組まれている。
 
「本物は別の所に隠してあるから安心しろって」
 
「……流石ッスね兄貴!」
 
 尊敬の眼差しでネギを見つめるカモ。
 
「……そういう事でしたら、わざわざ取り返してくる必要も無かったですね」
 
 ドアが開き、そこから現れたのは親書の贋作を手にした刹那だ。
 
 彼女はネギに親書を手渡し、
 
「余計な手出しをしてしまいました。――申し訳ありません」
 
「いや、お陰で俺が持ってんのが本物だって信じたかもしれねえ」
 
「しかし、それで本物を奪われでもしたら……」
 
「大丈夫だって」
 
 気楽に告げ、刹那に席に戻るよう促し自分も座席に戻った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 そして、遂に到着した京都。
 
 本日の予定は清水寺を見学した後、旅館に向かう事になっている。
 
 まず清水寺で集合写真を撮った後(後にさよが映っているのが心霊写真として問題になった)、ガイドさん真っ青な夕映の説明に一頻り感心し、楓と肩を組んでネギが清水の舞台から飛び降りようとするのをあやかに停められ、場所を音羽の滝で有名な地主神社に移す。
 
 そこで生徒達が一斉に群がるのは縁結びの滝。
 
 しかし、そこにはまた新たな妨害工作が仕掛けられていた。
 
「……何で、皆して酔い潰れてんだよ?」
 
 少し遅れてやって来たネギが呆れた口調で呟きつつ、音羽の滝の屋根の上に飛び移る。
 
「……酒樽?」
 
 ネギは酔い潰れた生徒達の介抱を無事だった者達に指示しつつ、自らは通り掛かった引率の教師達を誤魔化しながら眠り続ける生徒達をバスに押し込める。
 
「ったく、質の悪い悪戯しやがって……」
 
 なんとかホテルに到着した一行。ネギは横たわる生徒達を見やり、
 
「……急性アルコール中毒とかになったらどうすんだよ、ったく」
 
 愚痴を零しながら、ホテルの中を巡回して怪しい者がいないか見て回る。
 
「……つーか、何で俺こんな事しなきゃならねえんだよ。……段々、腹立ってきた」
 
 ネギは据わった目つきで、
 
「犯人見つけたら、絶対泣かす! 昼間の校庭に全裸で五体倒置させてやる……!!」
 
「あ、兄貴……。主旨ズレてるッスよ?」
 
「ひゃあああ〜〜っ」
 
 暴走しつつあるネギをカモが窘めたその時、傍らの女湯の脱衣場から悲鳴が聞こえてきた。
 
 慌てて飛び込むネギの視界に映ったものは、何故か多数の小猿に下着を剥かれる明日菜と木乃香。
 
「……何してんだ? お前ら」
 
「見るなぁ――!!」
 
 呆れた表情で問い掛けるネギに向け、明日菜の投擲した備え付けの木桶が彼の顔面を襲うが、ネギは身体を捻ってそれを回避。
 
「危ねえだろうが、このバカ! つーか、何だよ、この小猿共は!?」
 
「いいから、出てけ――ッ!」
 
 次々に飛んでくる備品をネギが回避している隙を付いて、小猿達が木乃香の身体を担ぎ上げて連れ去ろうとする。
 
 それにネギが気付き阻止しようとするが、明日菜の邪魔が入って近づく事が出来ない。
 
「この……、邪魔すんな神楽坂!」
 
「出てけって……、言ってんでしょうが――っ!?」
 
 激昂し、ネギの話を聞こうともしない明日菜。焦れたネギは魔法がバレるのを覚悟した上で呪文の詠唱に入ろうとするが、それよりも早く白刃が閃き、木乃香を拘束する小猿達を切り裂いた。
 
「――神鳴流奥義・百烈桜花斬!!」
 
「……おッ!?」
 
 符に戻った小猿達が紙吹雪となって舞う中、木乃香を抱えた刹那の姿が現れる。
 
「ナイス、桜咲!」
 
「い・い・か・ら……、あんたは出てけ――ッ!!」
 
「げふらッ!?」
 
 喝采するネギの顔面に明日菜の拳がめり込み、彼は意識を手放した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 その後、ホテルのロビーに明日菜によってロープで雁字搦めにされ正座させられたネギの姿があった。
 
「あんたねえ! 乙女の柔肌覗くって、どういうつもりよ!?」
 
「だーかーらー、誤解だって言ってんだろうが! 大体、女の裸なんぞ見慣れてるつーの!」
 
 主に、寝ている最中にベッドに潜り込んでくる姉の裸だが……。
 
 どうも彼の姉は裸でないと眠れない癖があるらしい。
 
 当然、そんな事は知るはずもない明日菜は、ネギの発言を彼が女性経験多彩であると誤解して捉えた。
 
「み、見慣れて……!?」
 
「それに毛も生えてないようなガキの裸見ても嬉しくもなんともねえ!!」
 
「な、な、な……!?」
 
 明日菜は顔を耳まで真っ赤に染め、
 
「この……、バカネギ――!!」
 
「ぶべら!?」
 
 ――鉄拳制裁! 錐揉み回転を加えながら吹っ飛ぶネギ。
 
 壁に顔から突っ込み、怪しげな痙攣を繰り返すネギの足首を掴むと明日菜は怒りの表情のまま階段を登っていく。
 
「あ、あの――、神楽坂さん」
 
「なに?」
 
 据わった目つきで振り返る明日菜に、刹那はたじろぎながらも一応問い掛けてみる。
 
「……ネギ先生をどうするんですか?」
 
「決まってるわ。――こんな破廉恥極まりない男と一つ屋根の下で寝るなんて危険な事出来るわけないじゃない」
 
「え、えーと、……つまり」
 
 言い淀む刹那に対し、明日菜は力強く頷き、
 
「屋上から吊してくる」
 
 反論を許さぬ物言いに、刹那は黙って見送る事しか出来なかった。
 
 その後、前言通り、明日菜の手によって屋上から蓑虫の如く逆さ吊りにされたネギは考える。
 
 ……神楽坂の奴、俺の障壁を二度も突破しやがった。
 
 彼の戦闘スタイルは、高出力の放出魔法とそのバリエーションに注目されるが、あらゆる攻撃を受け止めるだけの防御力の高さにおいても定評があり、だからこその固定砲台の二つ名で呼ばれるのだが……。
 
 ……一介の女子中学生に障壁破られるほど、落ちぶれてねえぞ。
 
 そんな考え事をしているネギの元に、刹那から念話が入った。
 
 ……ネギ先生。私は部屋毎の警護に就きますので、先生はそこから侵入者への対応をお願いします。
 
 ……ちょっと待て、コラ! お前、俺に一晩中このままの体勢で過ごせっていうのか!?
 
 …………。
 
 ……桜咲ィ――!?
 
 一方的に念話を終了され、抗議の叫びを挙げるも届かず、遂にネギはふてくされ眠ってしまった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「兄貴ッ!? 兄貴ッ!?」
 
「んー……」
 
「大変ッスよ!? このかの姉さんがさらわれちまった!?」
 
「んー……」
 
 未だ、寝惚け眼のネギだったが、カモの言葉に対してきっちり3秒後に覚醒し、
 
「……何だと!? 桜咲は!?」
 
「犯人を追ってる最中ッス!」
 
 ネギは短く舌打ちすると、魔法でロープを切り裂き、宙に身を投げ出す。
 
「“杖よ”!」
 
 ロビーの窓ガラスを砕き、ネギの杖が飛んでくる。
 
 ネギは片手で杖を掴み取ると、そのまま飛び乗り、
 
「どっち行った!?」
 
「駅の方ッス!」
 
 カモの進言を受け、飛行速度が加速する。
 
 暫く飛ぶと、疾走する刹那とその前方を走る巨大な異形の物体が見えた。
 
「先、行くぞ! 桜咲」
 
「先生!」
 
 駆ける刹那を追い抜き、犯人の正体が分かる程に接近したネギは、街灯に照らされる相手の姿に一瞬唖然としてしまう。
 
「……サル? の着ぐるみか?」
 
 その一瞬の隙を付いて、猿の着ぐるみは無人の駅へと逃げ込んだ。
 
「――逃がすかよ!」
 
 続けてネギも構内へ飛び込み、犯人の姿を探して左右を見渡す。
 
「何処行きやがった!?」
 
「ネギ先生!?」
 
 僅かに遅れて追いついてきた刹那がネギの元に駆け寄る。
 
「兄貴、あそこだ!?」
 
 カモの指摘する方向、そこに今まさに発車せんとする電車に乗り込もうとする猿の着ぐるみが見えた。
 
「逃がすか!!」
 
 締まり掛けのドアに飛び込むネギと刹那。
 
 間一髪、間に合った彼らに対し、敵の呪符使いの女は何処からともなく符を取り出し、
 
「お札さん、お札さん。ウチを逃がしておくれやす」
 
 術が発動し出現した大量の水がネギ達の乗り込んだ車両を一瞬で埋め尽くさんとする。
 
「ナッ!?」
 
 驚愕の声を挙げるカモと刹那。
 
 ネギは刹那の腰を掴んで引き寄せると、
 
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル! 大気に宿りし精霊達よ、我に優しき空気の祝福を! “恵みの気泡”」
 
 ネギ達の周囲を巨大な気泡が包み込み、彼らを溺死から救った。
 
「……これは」
 
「安心しろ。この中に居る限りは溺死するような事はねえ」
 
 告げ、先の車両からこちらの状況を確認し、目を見開いている呪符使いの女に対し、獰猛な笑みを浮かべ、
 
「さて……、今日は色々と嫌がらせされて機嫌悪いからな、昼間の新京極で全裸のリーバース五体倒置程度の仕返しで済むと思うなよデカザル女!」
 
 杖を構え、
 
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル!
 
 目醒め現れよ浪立つ水妖。水床に敵を沈めん。――“流水の縛り手”!!」
 
 ネギ達の周囲を埋め尽くす大量の水が、今度は水流となってネギ達と呪符使いの女を隔てるドアをぶち抜き女へと襲い掛かる。
 
「な、なんやて!? ウチの術をそのまま利用して!?」
 
 そのまま水流に押し流される呪符使い。
 
 ちなみに、木乃香だけはネギがちゃっかり気泡でガードしているので溺死の心配は無い。
 
「クッ!? ハァハァ、なかなかやりますなあ。
 
 しかし、このかお嬢様は返しませんえ」
 
 駅に到着した事によって乗車口が開放され、辛うじて溺死を免れた女は木乃香を連れて再度走り出す。
 
「あっ、待て!」
 
 ネギ達も女を追い掛けて走り出す。
 
 若干、余裕の出来たネギは刹那に疑問を投げ掛けてみた。
 
「おい桜咲、――あの女、何が目的で近衛さらったのか分かるか!?」
 
「じ、実は……、以前より関西呪術協会の中に、このかお嬢様を東の麻帆良学園にやってしまったことを心良く思わぬ輩もいて……。
 
 おそらく、奴らはこのかお嬢様の力を利用して関西呪術協会を牛耳ろうとしているのでは……」
 
 刹那の台詞に、ネギは走りながら思考する。
 
 ……何で関西呪術協会の連中は、近衛が麻帆良行ったのが気に入らねえんだ? 学園長のジジイの孫だから潜在能力の高さは分かるが……。
 
 だが、その思考も駅の外に出たネギ達を待ち構えていた呪符使いによって切り替えざるをえなくなった。
 
「フフ……、よーここまで追ってこれましたな。
 
 そやけど、それもここまでですえ。三枚目のお札ちゃんいかせてもらいますえ」
 
「……二枚目なんじゃね?」
 
「いえ、このかお嬢様を連れ出す際に、一枚使用しています」
 
「さよけ」
 
 ネギと刹那がどうでもいい会話している間に、女は符を投じて力を発揮させる。
 
「喰らいなはれ! 三枚符術・京都大文字焼き」
 
 その名の通り、“大”の字型の炎がネギ達の行く手を遮った。
 
「ホホホ、並の術者では、その炎は越えられまへんえ。……ほな、さいなら」
 
 勝ち誇った表情で告げる女に対し、ネギは余裕の笑みを浮かべながら、
 
「並じゃない術者が、ここに居るだろうが……!」
 
 杖を構え、
 
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル。
 
 吹け、一陣の風。“風花・風塵乱舞”!!」
 
 ネギの作り出した風が荒れ狂う炎を吹き飛ばす。
 
「んな!?」
 
 驚愕に目を見開く呪符使いに対し、ネギが睨みを効かせる。
 
「逃げられると思ってんじゃねえぞ、デカザル女! 行くぞ桜咲!!」
 
「は、はい!」
 
 ネギの指示に従い、突撃する刹那の行く手を呪符使いの呼び出した二体の式神が遮った。
 
「クッ!?」
 
「ホホホ、ウチの猿鬼と熊鬼はなかなか強力ですえ、一生そいつらの相手でもしていなはれ」
 
 捨て台詞を残し、再度その場を去ろうとする女だが、その足が凍り付いたように動かない。
 
「な、なんや!?」
 
「だから、逃げられると思うなって言ってんだろうが!?」
 
 ネギは女を睨み付け、
 
「ハッキリ言って未だ納得出来ねえ部分はあるが、それでも俺は教師なんてやってて近衛は俺の生徒だ。
 
 俺の目の前で、誘拐なんぞ……」
 
 術式を展開、
 
 ラス・テル・マ・スキル・マギステル、逆巻け夏の嵐、彼の者等に竜巻く牢獄を……、
 
「させるわけねえだろうが! “風花旋風・風牢壁”!!」
 
 木乃香を中心に竜巻が巻き起こり、呪符使いの女との距離を強引に風の壁で隔離した。
 
「ネギ先生……」
 
 ネギの言葉に強く感銘を受け、彼ならば背中を預けられるとネギの事を心から信用した刹那は、相対する式神を無視して強引に呪符使いの女に向けて吶喊する。
 
 その隙を逃さず、彼女の背後から攻撃しようとする熊鬼に対し、ネギから無数の雷弾が放たれ、これを撃墜した。
 
 振り返らずに進む刹那。残った猿の式神に対しネギは更なる呪文を紡ぐ。
 
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル! ものみな焼き尽くす浄化の炎、破壊の主にして再生の徴よ、我が手に宿りて敵を喰らえ“紅き焔”」
 
 豪炎が猿鬼を呑み込み、一瞬で消滅させる。
 
「このかお嬢様は返してもらうぞ!」
 
 だが、突っ込む刹那に対して、突如現れた第三者が両腕の刃を振るい、刹那は慌てて防御の為にその脚を停めざるを得なくなる。
 
「どうも〜〜、神鳴流です〜〜。おはつに〜〜」
 
 刹那の前に立ちはだかるのは、彼女よりも年下の少女。
 
 ゴシックロリータな衣装に身を包んだ二刀流の彼女は、自らを月詠と名乗る。
 
「で、ではいきます。ひとつ、お手柔らかに――」
 
 小回りの利く二刀流を素早く振るう月詠を相手に思うように攻撃が通じず苦戦する刹那。
 
 それを見た呪符使いの女は若干の余裕を取り戻すが、
 
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル! 火の精霊24柱! 集い来たりて敵を討て! “魔法の射手・連弾・火の24矢”!!」
 
 ネギの放つ“魔法の射手”が月詠に飛ぶ。
 
「はい〜〜?」
 
 それが牽制となり、その一瞬の隙を逃さずに刹那の“夕凪”が閃き月詠を吹っ飛ばした。
 
 ようやく解呪に成功し、もはや木乃香をさらうことすら忘れて逃げようとする女に対し、ネギが最後の一撃を放つ。
 
「テメエも一緒にぶっ飛んでこい!! ラス・テル・マ・スキル・マギステル!
 
 来たれ雷精、風の精! 雷を纏いて吹きすさべ南洋の嵐!! “雷の暴風”!!」
 
 雷を纏った怒濤の豪風が呪符使いに押し迫り、
 
「い、いや――!?」
 
 彼女を呑み込んで彼方へと消えた。
 
 完全に女の気配の消えたのを確認した刹那は、護りの消えた木乃香の元に駆け寄る。
 
「このかお嬢様!」
 
 倒れ伏す木乃香を抱き起こし、
 
「お嬢様!! しっかりしてください!」
 
 その声が聞こえたのか、木乃香の瞼がゆっくりと開く。
 
「ん……、せっちゃん?」
 
 刹那は安堵の吐息を吐き出し、
 
「……よかった。もう大丈夫です。このかお嬢様」
 
 自分を助けてくれたのが刹那であると知った木乃香は嬉しそうな笑みを見せ、
 
「よかった――、せっちゃんウチのコト嫌ってる訳やなかったんやなー……」
 
 木乃香の笑みを見た刹那は頬を赤らめつつ、しかし嫌そうな素振りを微塵も見せずに、
 
「えっ……そ、そりゃ私かて、このちゃんと話し……」
 
 しかし、そこで刹那は表情を一変させて畏まると、
 
「し、失礼しました!」
 
「え……、せっちゃん?」
 
「わ、私はこのちゃ……、お嬢様をお守り出来ればそれだけで幸せ……、それもひっそりと陰からお支え出来ればそれで……、その……」
 
 踵を返し、走り去る。
 
「御免!!」
 
「あっ……、せっちゃーん」
 
 走り去る刹那に向け、名残惜しそうに名を呼ぶ木乃香。
 
「あ、こら桜咲! せめてタクシー代おいてけ!!」
 
 ネギの絶叫に刹那は転けかけるが、なんとか堪え呆れた表情で一度振り向き自分も財布を持ってきていないとジェスチャーで示すと、今度こそ走り去った。
 
 それを見送ったネギは長い吐息を吐き出すと木乃香に向き直り、
 
「まあ、アレだ。取り敢えずホテルまで歩くぞ……。大体の事情は道すがら話してやる」
 
「はいな」
 
 木乃香に適当に嘘を織り交ぜた情報を話しつつ、宿までの帰路に着いた。
 
 ……しかし、まだ初日だぞ? どうなるんだ、この修学旅行。
 
 ネギの苦労を嘲笑うように、舞台は修学旅行二日目へと移る。
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