魔法先生……? ネギ魔!
 
 
書いた人:U16
 
第3話
 
「3年! A組!! ネギ先生――っ」
 
 春休みが終わり、新年度が始まったわけであるが、始業式終了と共に3年A組の教室では乱痴気騒ぎが行われていた。
 
「……て、てめえら」
 
 震える声で俯くのは、このクラスの正規の担任となった少年、ネギ・スプリングフィールドだ。
 
 彼が震えているのは、別段祝ってくれている彼女達に感動しているのではなく、この宴会の為の費用を彼が負担させられた事になった憤りによるものだ。
 
 彼が覗く財布。……そこからは紙幣が一切消え失せていた。
 
「……言っておくがなぼーや。既に家賃は三ヶ月分滞納していることを忘れるなよ?」
 
「ううう……、滞納四ヶ月目に突入しそうだ」
 
「災難だな、ネギ先生」
 
「率先して、財布強奪した奴が言っていい台詞じゃねーぞ、龍宮!」
 
 抗議の叫びを挙げるネギを真名は一笑に伏すと、
 
「なに、今まで貸した昼食代の一部を返還してもらっただけだよネギ先生」
 
「ううう……、これはある意味校内暴力だ」
 
「まあ、そうは言ってもあなたが正規教員になれたのは、皆のお陰なのは事実だろう?
 
 少しくらいは感謝してやっても、良いんじゃないか?」
 
 言われ、何か思い出したのかネギはエヴァンジェリンに向け、
 
「そう言えば、エヴァと茶々丸も試験結果は超や葉加瀬と同じで満点だったな?
 
 つーか、そんな点数取れるなら、最初からやれ」
 
 対するエヴァンジェリンは心底面白くなさそうに、
 
「ふん、いいか? 坊や。私はもう15年も中学生をやっているんだぞ? つまらなすぎて勉強なんぞする気にならんさ」
 
 それを聞いたネギは何かを思い出したように、
 
「そうそう、それなんだけどさ。……なんで真祖のお前が中学生なんかやってんだ?」
 
 ネギの言葉を聞いたエヴァンジェリンのこめかみに血管が浮かび上がる。
 
「なんで? だと――」
 
 ネギの胸ぐらを掴み上げ、
 
「貴様の父親が、みょうちくりんな呪いを掛けてくれたからだろうが!!」
 
「あん?」
 
 激昂するエヴァンジェリンの話を要約すると、彼女に“登校地獄”の呪いを掛けたのはネギの父親、ナギ・スプリングフィールドで、その呪いのお陰で彼女は風邪等の例外を除いて毎日学校に出席しなければならないらしい。
 
「……そりゃまたけったいな呪いだな」
 
 半ば呆れるように告げるネギに対し、エヴァンジェリンは据わった目つきで、
 
「他人事のように言うなよ坊や。
 
 この呪いは、貴様の血さえあれば解けるんだ。……そのことを忘れない方がいいぞ」
 
「……もう充分飲んでるじゃねえか。あれでもまだ足りないっていうのか? てめえは」
 
「ああ、全然足りないね。だから、努々油断しないことだ」
 
 そう言い残して、ネギの元を離れて行った。
 
 
 
 
  
 
 
 
 
 
 新年度より、麻帆良学園での正規雇用が決まったネギは、図書館探検部女子中等部顧問にも就任する事となった。
 
 これは、ネギの目的に追加されたメルキセデクの書の封印を解除する為の本を捜索する為に学園長が気を利かしてくれたものだ。
 
 それは素直に有り難い。……が、その事を朝礼で報告した所、何故か図書探検部に新入部員が殺到した。
 
「……つーかな? 何でお前がここにいるんだよ?」
 
 ネギが半眼で見つめる先、高音・D・グッドマンの従者であり、2年に進級した佐倉・愛衣の姿があった。
 
「あ、あはは。えーとですね、実はお姉さまからの命令で……」
 
「……妙な事しないように、監視しとけとか言われたか?」
 
「せ、正解です」
 
 申し訳なさそうに答える愛衣に対し、ネギは露骨に顔をしかめると、
 
「あの女、まるで人のこと信用してねえな」
 
「信用されないような事ばかりしている貴方に問題があるのです」
 
 背後から聞こえてきた声に、ネギは振り返ることもなく、
 
「出たな、脱げ女」
 
「いい加減、その名前で呼ぶのはお止めなさい!」
 
 ネギの言動を窘め、高音は咳払いを一つ。 
 
「最近、夜な夜な貴方が図書館島の地下に入り浸っているという話を耳にしたのですが?」
 
「生徒達はちゃんと定時には返してるぞ?」
 
「ええ、その点は確認済みです。というか貴方の場合、自分の研究の為に生徒は邪魔なので追い返しているだけのような気がするのですが……」
 
 ……正解だよ。
 
 心の中で肯定しつつも、表情には出さずに高音の話を促す。
 
「研究熱心なのは非常に結構ですが、貴方ちゃんと家に帰っているのですか?
 
 ここ三日程、同じ服のようですし、それに最近は少しお痩せになったのではなくて?」
 
 というか、ここ三日程下宿に帰っていない。
 
 新聞配達のバイトは正規の教師となった時点で辞めたので、仕事の時間以外はもっぱら図書館島で過ごすようになっている。
 
 その為、食事は総菜パン等で済ませたりしているので、見た目にも少し痩せてきているかもしれない。
 
「……そんな事だろうと思いました」
 
 呆れたような溜息を吐き出しながら、高音は鞄から小さな包みを取り出し、
 
「私のお弁当の余り物でよければどうぞ」
 
 そう言って強引に弁当箱を押し付けた。
 
「へ? マジ? くれんのか?」
 
 了承をとると同時に包みを解いて蓋を開け、フォークを手に中身をかき込む。
 
「ちょ!? 何をいきなり――、というか少しは味わってお食べなさい!」
 
 高音の抗議を黙殺しつつ、驚異的な速さで食事を終えたネギに半ば呆れながらも愛衣がポットからお茶を注いで差し出す。
 
「お、サンキュ♪」
 
「……欠食児童ですか? 貴方は」
 
「ごっそさん。結構美味かったぞ。――いやー、久しぶりにマトモな晩飯だった」
 
 満足気に頷きながら、カップに口をつける。
 
 ネギからの称賛に戸惑いつつも、その感情を理性で押さえ込んで素っ気ない返事を返し、高音はテーブルの上に拡げられたレポートに視線を落とす。
 
「どのような研究をなさってますの?」
 
 メルディアナ魔法学校の固定砲台とまで呼ばれるネギのレポートだ。放出系魔法の出力向上の秘訣でも書かれているかも知れないと思い覗いてみるが、そこに書かれていたものは彼女の予想とは大きく異なるものだった。
 
「あー、それ明日の授業の分だぞ?」
 
 ネギの言葉に高音は心底驚いた表情で彼の顔を見つめ、
 
「貴方、真面目に授業してらしたの!?」
 
「……何だよ? その生涯で一番の衝撃を受けたような顔は」
 
 文句を言いながら、ネギは教科書のページを捲り、
 
「まあ、前の試験で生徒に頑張って貰ったからな。
 
 ……今度は俺が頑張る番だろ。それに、俺の授業を受けたいっていう物好きもいるみたいだし」
 
 照れ隠しの為か、物言いがぶっきらぼうになっているが、その事を理解した高音は優しそうな眼差しをネギに向けつつ、
 
「いつもそのような殊勝な態度でしたら、貴方に対する認識を改めてもよろしいのですけども……」
 
「なんか言ったか?」
 
「いえ、別に……。それよりも、最近桜通りで起きている吸血鬼事件というものはご存知ですか?」
 
 吸血鬼事件という言葉に、ネギは露骨に面倒臭そうな顔をして、
 
「そういえば、ウチのクラスの佐々木が吸血鬼に血を吸われたとかで、今日は休んでたな。
 
 ……もしかして、事件が解決するまで、パトロールしろとか言うんじゃないだろうな?」
 
「その通りです。ちなみに貴方は私達と組む事になりましたので、サボらないように」
 
「――げ」
 
「……まあ、逃げないように、こうして愛衣に監視を頼んでいるわけですから」
 
 用意周到な高音に対し、ネギは小さく舌打ちして聞こえないように悪態を吐きながらも、
 
「あー、クソッ!? 弁当食っちまったからなあ」
 
 溜息を吐き出し、
 
「……しょーがねえ、付き合うか」
 
「……別に、あのお弁当は報酬というわけでもないのですけども」
 
「ん? なんか言ったか?」
 
「な、何でもありません! 愛衣、待ち合わせの時間には必ずネギ先生を連れて来るように」
 
 それだけを言い残すと、高音は踵を返して図書館から出ていった。
 
 それを見送ったネギは、盛大な溜息を吐き出すと、
 
「あー、面倒臭ぇ。蚊でもあるまいし、暖かくなったからって出てくんなよな」
 
「そんな……、蚊と同様に扱わないで下さいよ先生」
 
「いいんだよ。どうせ死ぬ程、血吸われてるわけでもねえんだろ? 若いんだから一晩寝れば回復するってーの」
 
 ……問題は、その相手をさせられんのが俺だって事だ。
 
 ネギはここ数日帰っていない下宿の家主の顔を思い出しながら、
 
 ……何企んでやがんだ? あいつ。
 
「どーせ、ロクでもない事なんだろうけどな……」
 
「何か言いましたか?」
 
「いーや、それよりも暇ならあっちで資料整理手伝ってやれ。お前も図書探検部なんだから」
 
 言って、こちらの方を興味深げに観察しながら図書館内の本の目録整理をしている3−Aの図書探検部員達を指差す。
 
「は、はい!」
 
 向かった先のテーブルで、早乙女・ハルナによってネギとの関係を根掘り葉掘り聞かれ困っている愛衣が助けを求めるような視線を向けてくるのを黙殺しつつ、ネギは思考を再び今晩の警備に向ける。
 
 ……どうにかして、高音達を誤魔化さないとな。
 
 如何に最強種とはいえ、その力の大半を呪いによって封じられている今のエヴァンジェリンでは、この学園内にいる魔法先生や生徒達を相手にしては勝ち目が無い。
 
 ……何とかして、止めさせるしかないか。
 
 疲れた溜息を吐き出し、ネギはテーブルの上の教材に視線を向けた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 そして部活の時間も終了し、約束の通り愛衣に連れられて高音と合流したネギは、パトロールを開始してすぐに聞こえてきた悲鳴の方へ足を向ける。
 
 駆けつけた先では、とんがり帽子に黒マント姿の小柄な影が、先程別れたばかりの宮崎・のどかに襲い掛かろうとしているところだった。
 
「お待ちなさい!」
 
 高音が律儀に人影に対して静止の声を掛けている間に、ネギは詠唱を完了させる。
 
「“魔法の射手・連弾・雷の17矢”!!」
 
 相手の正体と強さが分かっている以上、手加減する理由は無い。
 
「ふン。“氷楯”」
 
 人影は魔法薬を触媒として魔法を使用し、ネギの魔法の射手を防ぐ。
 
 魔法の詠唱に触媒が必要な所を見る限り、
 
「……やっぱり、呪いは顕在なわけか」
 
 風が吹き、人影の帽子を飛ばす。
 
 そこから現れたのは金髪の少女。
 
「ネギ先生! 突然の攻撃とはどういうことですか!? 相手が何者であれ、せめて勧告してから――」
 
「下がってろ!」
 
 ネギの言葉と共に、突如現れた新たな人影によって、愛衣の身体が頽れた。
 
「め、愛衣!?」
 
 その人影を確認したネギはウンザリ気な溜息を吐き出し、
 
「まあ当然、お前も来てるよなあ……」
 
 倒れた愛衣を助け起こしながら、高音がネギに視線を向け、
 
「……知り合いですの?」
 
「ウチのクラスの生徒だ。……後、俺の下宿先の家主でもある。
 
 なあ? エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル、それと絡繰・茶々丸」
 
 言われ、高音はもう一度相対する二人へと視線を向ける。
 
 すると、そこへネギからの念話が入った。
 
 ……一瞬だけ隙を作るから、佐倉連れて撤退しろ。
 
 ……敵に後ろを見せて逃げろとおっしゃるのですか!?
 
 ……逃げるんじゃねえよ! 戦略的撤退だ!!
 
 ……同じ事です! 愛衣の仇もとらずに、このままおめおめと引き下がれますか!?
 
 一方的に念話を切って、茶々丸に攻撃を仕掛けた。
 
 高音の影が伸び複数の人影が現れ茶々丸に迫る。
 
「――操影術か」
 
 感心したように呟くエヴァンジェリンの視線の先、茶々丸は獅子奮迅の活躍をみせ、一体、また一体と影法師を駆逐していく。
 
「クッ!? ならば、これでどうですか!」
 
 叫びと共に、高音の背後に一際巨大な影法師が顕現する。
 
「操影術近接戦闘最終奥義! “黒衣の夜想曲”!!」
 
「……スタンド使いか、あいつは」
 
 ネギの呆れ声とは裏腹に、高音の攻撃はジワジワと茶々丸を追い詰めていく。
 
「ほう、リーチの長く数の多い影鞭に、術者の動きをトレースする巨大影法師。それに自動防御のマントか――、今の茶々丸の装備では幾分厳しいな」
 
 そして、絶妙のタイミングで茶々丸と高音の間にエヴァンジェリンが割り込み、
 
「邪魔だ、退いていろ小娘」
 
 零距離から“魔法の射手”を高音に撃ち込んだ。
 
「かはっ!?」
 
 そのまま意識を手放し、頽れる高音。
 
 それを確認したエヴァンジェリンは視線をただ一人残ったネギに向け、
 
「さて、これでゆっくりと話が出来るな、ぼーや」
 
 対するネギはウンザリ気に溜息を吐き出し、
 
「あのな? エヴァ。……俺を面倒事に巻き込むな。
 
 どうやって、フォローしろって言うんだよ? これ」
 
「ふン、なあに簡単な事さ。――おとなしく坊やが私に血を吸われて、下僕になればいい」
 
「絶対にイヤだね」
 
 言って右手を掲げる。
 
「じゃあ、取り敢えず俺は逃げる」
 
 指を鳴らすと、周囲を眩い閃光が包み込んだ。
 
 エヴァンジェリンの視界だけでなく、茶々丸のセンサーでさえも使用不能にする程の光量。
 
 彼女達の視界が回復した時には、既にネギ、そして意識を失った筈の高音、愛衣、のどかの姿は何処にもなかった。
 
「チッ!? 逃げられたか……」
 
 一瞬、視線をネギが逃げたであろう方向へ向け、
 
「まあ、良い。次の満月に決着を着けるとしよう」
 
「しかしマスター。これで学園側に吸血事件の犯人がマスターであるということがバレてしまいました。
 
 呪いの為、マスターは学校を休むわけにはまいりません。魔力を使えない昼間のマスターを狙われたら拙いのでは?」
 
 茶々丸の問い掛けに、エヴァンジェリンはさして興味なさそうに鼻を鳴らすと、
 
「その為に、お前がいる。第一……、ジジイとタカミチ以外の魔法使いなら、最弱状態とはいえ、私が遅れをとることはありえないさ」
 
 絶対の自信を持って、そう答えた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  
 エヴァンジェリン達の元を逃れたネギは、三人の少女達を連れて近くの図書館に来ていた。
 
 未だ意識の無い三人に視線を落とし、
 
「……さて、どうやって誤魔化したもんか」
 
 片手間に高音達の怪我を治療しつつも、暫し考えた後で懐から携帯電話を取り出し、
 
「やっぱり、あいつの力借りるしかねえよなあ……」
 
 呟き、ボタンを押した。
 
 5分ほど通話先の相手と打ち合わせをして携帯電話を懐にしまい、一息吐いた所で高音が目を覚ました。
 
「……ここは?」
 
「近場の図書館だよ」
 
「……貴方に助けられた、という事ですか。
 
 ――では、ネギ先生。先程の彼女達が今回の吸血鬼事件の首謀者とみてよろしいのですね?」
 
 ネギは吐息を小さく吐き出すと、
 
「いや、それはちょっと違ってだな。
 
 まあ、あれだ……。とても言いにくいんだが――」
 
 言い淀むネギを、高音が促す。するとネギは渋々といった風体で、
 
「あいつ等は借金取りだ」
 
「……はい?」
 
「だから、借金取りなんだって。俺が家賃滞納してるから、取り立てにきた」
 
「……取り立て?」
 
 ネギの言い訳に高音は満面の笑みを浮かべて、僅かな溜めの後――、
 
「そんなわけありますかぁ――!! 大体、何故ただの借金取りが魔法を使って攻撃してくるんですか!」
 
「してくるんだよ、あいつは!!」
 
 ネギと高音の猛烈な口論は、その後十数分に渡って続き、彼らの弁舌を押し留めたのはその場に乱入してきた第三者の存在だった。
 
「……一体、何をしているんだ? ネギ先生」
 
 掛けられた声に討論を止め視線を向けると、そこには二人の少女がいた。
 
 一人は浅黒い肌に巫女装束の少女。もう一人は、サイドポニーに麻帆良学園女子中等部の制服を着て、長い袱紗を携えた少女だ。
 
「ん? 龍宮と……、桜咲もか? どうした?」
 
「どうしたもこうしたも、私達は吸血鬼騒動の巡回中に休憩がてら立ち寄っただけだよ、ネギ先生。
 
 この図書館は魔法先生や生徒達の立ち寄り所にもなっているのでね」
 
「さよか。……で、首尾の方は?」
 
 ネギの問い掛けに対し、真名は深く頷くと、
 
「犯人と思われる相手と接触したんだが、逃げられた。
 
 予想以上に素早い相手だよアレは」
 
「犯人の顔を見ましたの!?」
 
 ネギと真名の会話に割り込んだのは高音だ。
 
 彼女は真名に詰め寄り、
 
「それで、どのような容姿でした?」
 
 高音の質問に対し、真名は微妙な表情で、
 
「容姿……、か。細長い四肢に大きな瞳。長い舌と、……そうそう確か背ビレがあったな」
 
「ああ、あれはチュパカブラだな。……流石はお嬢様、絵心も素晴らしい」
 
 二人が思い出しているのは、今日の身体測定の時に近衛・このかが黒板に落書きしていた宇宙人のような不思議生物。
 
「……はい? ちゅぱ……、何ですって?」
 
「チュパカブラだ。……もしかして、知らないのか?」
 
「……何ですか? それは」
 
 訝しげな表情で問い掛ける高音に、刹那が聞きかじりの知識を懇切丁寧に説明する。
 
「……つまり今回の騒動の犯人は、そのUMAだというのですね?」
 
「そうだ」
 
 躊躇い無く断言する真名。
 
 ならば、と高音はネギに対し、
 
「でしたら、先程襲い掛かって来た少女は一体何ですの!?」
 
「だから、借金取りだって言ってんじゃねえか!」
 
「借金の取り立てに、魔法を使うような者がどこの世界にいるというのですか!?」
 
 『我は放つ光の白刃』という幻聴が聞こえてきたが、取り敢えず無視。
 
 またも堂々巡りを始めそうな二人の論争に真名が割って入った。
 
「待て。その襲ってきた少女というのは、エヴァンジェリンの事か?」
 
「ご存知ですの?」
 
 疑問で返す高音に対し、真名は大仰に頷き、
 
「ああ、クラスメイトだ」
 
 そして、真名はネギに半眼を向け、
 
「ネギ先生の名誉の為に言っておくが、彼の言っていることはおおよそ事実だ。
 
 彼の懐事情が厳しいのも、家主に下宿代及び食費を納めていないのも、怒ったエヴァンジェリンがネギ先生に椅子や机を投げて攻撃を仕掛けるもの、私達のクラスでは全てが日常茶飯事となっている」
 
 まあ、流石に一般生徒の前で魔法を使ったりはしないが、と付け加え、
 
「だから、ネギ先生の尊厳の為に言おう。彼の日頃の態度からはとても信用出来ないかも知れないが、残念ながら、それは事実だ」
 
「つーか、それ全然俺の名誉や尊厳守ってねえ!!」
 
 ネギの抗議を真名は完膚無きまでに無視。
 
 同じく完全にスルーした高音は、大きく溜息を吐き出して渋々ではあるが納得したと頷き、
 
「――分かりました。貴女の言うことを信じましょう」
 
 高音は疲れたような溜息を吐き、
 
「……では、私達はこれで失礼させていただきます」
 
 眠っている愛衣を起こし、彼女を伴って部屋を出ていく。
 
 扉を出た高音は小首を傾げながら、
 
「そう言えば……、エヴァンジェリンという名は何処かで聞いた事があるような気が……」
 
 呟きながらも、その場を後にした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「……さて、これで良かったのか? ネギ先生」
 
 高音達の気配が完全に消えるのを確認した真名が口を開いた。
 
「ああ、サンキュな。
 
 ……と言いたい所だけども、……幾らなんでもチュパカブラはねえだろ、チュパカブラは。
 
 一説には絶滅を免れたサーベルタイガーの亜種じゃないかって話もあるけどな」
 
「……詳しいな」
 
 ネギのうんちくに真名が半ば呆れたように呟き、
 
「それよりも、どうするつもりだ? 今回は誤魔化せたようだが、次に同じ手が通じるとは思えないぞ?」
 
 それに、
 
「エヴァンジェリンさんが何の目的で吸血行為を行っているのか? という問題もあります」
 
 真名と刹那の疑問に対し、ネギは肩を竦めると、
 
「まあ、素直に聞いた所で教えてくれるような奴じゃねえよなあ……」
 
 床に溜まるほど溜息を吐き出すと、
 
「……方法があるとすりゃあ、力づくしかねえか」
 
「か、勝てるのですか!? あのエヴァンジェリンさんに!?」
 
 驚きを示す刹那。対するネギは勝機のある表情で、
 
「色々条件が重なればな。つーか、こんな面倒事になるんだったら今日の内に決着つけとくんだった……」
 
 昼間のエヴァンジェリンは確かに最弱状態であるが、その分何かしらの対策は練っているだろうし人目もある。夜は夜で家の方に色々と罠を張り巡らせているので外には出てこないだろう(ネギは以前、蔵書を漁ろうとして罠に掛かった経験がある)。
 
 それに別荘での戦闘などは論外だ。
 
 ならば、今回のように彼女達から外に出てくるのを待って襲撃するしかない。
 
 今日の戦闘を見る限り、エヴァンジェリンが呪いの影響下で魔法を使用するには、魔法薬の触媒が必要なようであるし、なによりも別荘での戦闘に比べると格段に威力が弱い。
 
 その事を伝えると、感心した表情をする刹那だが、傍らの真名は訝しげな表情で、
 
「一つ解せないのだが――」
 
「ん?」
 
「何故、君がエヴァンジェリンを庇う? 君が彼女を庇う理由が見当たらないんだが」
 
 真名の問い掛けに、ネギは憮然とした表情で、
 
「理由って……、あいつ俺の下宿の家主だしなあ」
 
 それに、と照れ臭そうにそっぽを向いて、
 
「まあなんだ……、一応、俺の生徒でもあるしな」
 
 その答えを聞いた真名は、小さく微笑み、
 
「ふふふ、ようやく教師としての自覚が出来てきたようだな、ネギ先生」
 
「……その言い方だと、まるで今までの俺が教師失格みたいじゃねえか」
 
 ネギの抗議を背中に聞きながらも、それには答えず、真名は図書館のドアに手を掛け、
 
「――今回はツケにしておくよ」
 
「エヴァに請求しとけ」
 
 そう言うネギに手を振り、部屋を出ていった。
 
 そして、
 
「私は少しあなたを見直しましたネギ先生」
 
 微笑を浮かべ、刹那も部屋を出ていく。
 
「……つーか、今まで俺の評価はどれだけ低かったんだ?」
 
 溜息を吐き出し、部屋の片づけを開始する。
 
 さほど散らかっていたわけではなく、すぐに片づけは終わり、ネギはのどかを背負って図書館の鍵を閉じた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「ん……」
 
 適度な揺れにのどかが目を覚ます。
 
「ん? 起きたか? 宮崎」
 
 呆けた頭でのどかは現状を確認する。
 
 ……あれ? 私、どうしてネギ先生に背負われて?
 
 ――背負われて!?
 
「きゃ!? す、すみません――!!」
 
「あ、こら、暴れんな! お前、桜通りで倒れてたんだから、おとなしくしてろ」
 
「え?」
 
 言われて思い出す。確か、自分は……、
 
「あれ?」
 
「どうした?」
 
「い、いえ。……なにか怖いことがあったような気がするんですけど――」
 
「……怖いこと?」
 
 問い返されて戸惑い、
 
「い、いえ……。何だか思い出せなくて――」
 
「そっか……。なら、忘れたまんまでいいだろ? 怖いってことは、ロクでもないってことなんだろうからな。むしろ忘れてた方が幸せなのかもしれねえ」
 
 言い諭し、女子寮に到着したネギは、背中からのどかを降ろし、
 
「まあ、あれだ。取り敢えず今日は早めに休め。それと明日は朝一で保健室行って看てもらってこい。HRに遅刻してもいいから」
 
 そう言い残して、礼を述べるのどかに手を振りつつ、その場を後にした。
 
 そして次にネギが向かった場所は、彼の下宿であり、今回の騒動の張本人であるエヴァンジェリンのログハウス。
 
 ……さてと、鬼が出るか蛇がでるか。
 
 戦闘になる可能性も考慮して、用心しながらドアを開ける。
 
 だが、ネギの予想とは違い、そこに人の気配は無かった。
 
「……何処行ったんだ?」
 
 ネギの知る限り、エヴァンジェリンの行きそうな所など学園長の所くらいしか見当がつかないが、問題を起こしたばかりでそれは有り得ないだろう。
 
 もしやと思い、ネギは地下室に安置されている箱庭の様子を見に行ってみると、そこには硝子瓶の表面にエヴァンジェリンの書き置きが張り付けてあった。
 
「……明日の朝まで別荘で過ごす。用があるなら、ぼーやの方から尋ねて来るがいい。だと?」
 
 入った途端に、襲撃されるのが目に見えている。
 
「まあ、あいつの場合、呪いがあるから絶対に学校には出てくるしな。……そんなに急ぐ必要もねえだろ」
 
 そう呟きを残して、数日振りにネギは己の寝室へ向かった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ――そして翌朝。3−Aの教室において、
 
「葉加瀬」
 
「はい」
 
「長谷川」
 
「――はい」
 
「エヴァ」
 
 出欠をとるがエヴァンジェリンからの返事は無い。
 
 仕方がないので、彼女の従者である絡繰・茶々丸に問い掛ける。
 
「……茶々丸、エヴァは?」
 
「マスターは学校に来ていますが、教室には来ておりません。
 
 すなわち、サボタージュです。――お呼びいたしますか?」
 
 ネギは暫く考え、
 
「いや、いいわ。後で場所だけ教えてくれ。直接呼びに行ってくる」
 
「了解しました」
 
 そしてHR終了後、茶々丸に場所を聞き、ネギはエヴァンジェリンの居るという屋上に向かった。
 
「――よう。暇そうにしてんな」
 
「……なんだ、ぼーやか」
 
 眠そうな眼差しで告げるエヴァンジェリンに対し、ネギは軽く溜息を吐き出すと、
 
「色々と複雑な問題なんで、敢えて遠回しに聞くけどな――」
 
 言って、考え2秒で結論。
 
「目的は何だ?」
 
「……坊や、遠回しっていう言葉の意味を考えたことはあるか?」
 
 半眼で告げるエヴァンジェリンに対し、ネギは軽く肩を竦めていなすと、
 
「いいから質問に答えろよ」
 
「ふん。素直に答えると思うかい? ぼーや。どうしても知りたいのなら、力ずくで聞き出すことだ」
 
「……そう言うと思ったよ」
 
 諦めの溜息と共に詠唱を開始、
 
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル――。
 
 氷の精霊13頭! 集い来たりて敵を切り裂け! “魔法の射手・連弾・氷の13矢”!!」
 
 ネギの放った魔法の射手が、エヴァンジェリンに襲い掛かる。
 
 ――が、その氷の矢は、彼女に届く寸前、不可視の壁に遮られるように消滅した。
 
「ふふふ、私が何の準備もせずに、ここで昼寝をしているだけだと思ったか?」
 
「いーや、どんな罠張ってんのかな? と思って試しただけだ」
 
 つまらなそうに告げて踵を返す。
 
「まあ、暇してるんだったら、授業には出てこいよ? 後、これ以上妙な問題を起こして俺を巻き込むな」
 
 そう言い残して、ネギは屋上を去った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 そして、その日の放課後……。
 
 受け持ちの授業を終了し、いつものように図書館島に向かうネギは、その途中で家主であるエヴァンジェリンの従者、絡繰・茶々丸に出会った。
 
「……何でお前そんなにドロドロなんだよ? つーか、その頭の猫は?」
 
 呆れたように呟くネギの視線の先、言葉通りの有様な茶々丸がいた。
 
「……ネギ先生」
 
 警戒して身構える茶々丸に対し、ネギは苦笑を浮かべ、
 
「そう、身構えんなって」
 
 言いながら茶々丸に近づき、彼女の頭の上で気持ちよさそうに寝そべる子猫の背を撫でる。
 
「……んで? この猫どうしたんだ?」
 
「あ……、はい。先程、箱に入って川を流されていたので救出しました」
 
「それで、こんなに汚れてんのかよ……」
 
 ネギは周囲に気を払い、人気がないのを確認すると、
 
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル――。
 
 清廉なる者よ、不浄を取り払え。“精霊の入浴”」
 
 魔法の詠唱と共に茶々丸の周囲を光が漂い、彼女の身体に付いた汚れを取り去ってしまった。
 
「うし、こんなもんか。――女の子は常に身だしなみに気を付けねえとな」
 
 とは、彼の姉である、ネカネ・スプリングフィールドの言葉だ。
 
 ちなみに先の呪文は、風呂嫌いの彼がメルディアナ魔法学校の図書館で探し出した身体を清潔に保つ魔法である。
 
 この魔法を発見した時、彼は嬉しさの余り小躍りしながらこの魔法を修得していたというのを図書館の司書が目撃している。
 
「……ありがとうございます。ネギ先生」
 
 僅かに戸惑いながらも、ネギに礼を述べる茶々丸。
 
 対するネギはさして気にする風でもなく、
 
「いいって、気にすんな」
 
 言って、茶々丸の頭をやや乱暴に撫でる。
 
「……あ」
 
「ん? ああ、悪い。嫌だったか?」
 
「い、いえ。そういうわけでは……」
 
 そしてたわいもない話をしながら連れ合って歩いていると、何処からともなく野良猫達が集まってきた。
 
「……何だ? この猫達」
 
 小首を傾げるネギの隣、茶々丸がビニール袋から餌皿と猫缶を取り出している所だった。
 
「……ん? お前が飼ってんのか?」
 
「いいえ。飼っているわけではありません」
 
「そっか――」
 
 じゃあ、とネギは踵を返し、
 
「今日は早く帰れそうだから、俺の分の晩飯残しといてくれ」
 
「了解しました。ネギ先生」
 
 そう言って、二人は別れた。
 
 そして、その日の晩の事……。
 
「……で? 何故貴様はここでのうのうと飯を食っているんだ? ぼーや」
 
「ん? ……食わねえなら、その肉くれ」
 
「誰がやるか!? それよりも貴様、状況が分かっているのか?」
 
 ネギは口の中の物を飲み込み、
 
「あん? 良いじゃねえか別に。ここ俺の家でもあるんだし」
 
「貴様の家じゃない! 私の家だ! 私の――!!」
 
 猛然と抗議するエヴァンジェリンに対し、ネギは平然とした態度で、
 
「茶々丸、お代わり」
 
「人の話を聞かんか――ッ!!」
 
 ヤレヤレと溜息を吐いてネギはお茶を啜り、
 
「……お前なあ、自分は人に話さないくせして自分には話せっていうのは我が侭過ぎるだろ?」
 
「話の価値観が違うわッ!」
 
 面白くなさそうにエヴァンジェリンは鼻を鳴らして、
 
「まあいい。どうしても聞きたいというんなら教えてやらんこともない」
 
「茶々丸、お茶お代わり」
 
 エヴァンジェリンの言葉を完膚無きまでに無視して告げるネギに対し、彼女は彼の要望を満たすべく、己の湯飲みを彼に投げつけた。
 
 それを平然とキャッチしたネギは、何も無かったような態度で、湯飲みの中のお茶を啜り、
 
「ほら、聞いて欲しいんだろ? なら、早く言えよ」
 
「――貴様という奴は」
 
 憤りに震えつつも、何とか平静を取り繕う為に咳払いを一つ、
 
「ま、まあいい。……いいか? ぼーや。そもそもの原因は貴様の一言だ」
 
「……あん?」
 
「貴様、期末試験前に自分が言った事を覚えているか?」
 
 言われ、ネギは考える。
 
「……何か変な事言ったっけ? 俺」
 
 身に覚えのないネギは小首を傾げる。
 
「貴様、この学園で教師をする事自体に、何の拘りもないのだろう?」
 
 言われ頷く。
 
 彼の目的は魔法の蒐集であり、教師である事に拘りはない。
 
「それでは、私が困るんだよ。貴様には私の呪いを解くためにも、暫くはこの学園に留まってもらわないとな」
 
 呪いがある以上、エヴァンジェリンが力を振るうには“別荘”のように隔絶された場所だけだ。
 
 用心深いネギはそのような場所を訪れないであろう。
 
 ならば、多少の危険を冒してでも力を得て、彼と外で戦うしかあるまい。
 
 その覚悟を聞いたネギはアホか、と零し、
 
「それで気が済むんなら、付き合ってやるよ」
 
「ふン、良い度胸だ。……ならば、次の満月までに覚悟を決めておけ」
 
 猶予を与えられた筈のネギは、むしろ余裕のある笑みを浮かべ、
 
「つーかさ、次の満月まで手出し出来ない理由でもあるんだろ?
 
 それによ、それまでに俺がこの街から出ていくとか思わねえのか?」
 
 今度はエヴァンジェリンが余裕のある笑みを浮かべ、
 
「ふン、貴様の場合、教職には未練はなくても図書館島の蔵書には未練があるだろう? なら、絶対にこの街から離れたりはしないさ」
 
 厄介なのは、彼の居所が掴めなくなる事だ。
 
 最悪、何か珍しい魔導書を餌に隠れている彼を誘き寄せるという方法もあるが……。
 
 苦笑を零すネギは湯飲みのお茶を飲み干すと、
 
「じゃあ、次の満月までは普通に授業に出てこいよ」
 
 そう言い残して、己の部屋へ戻っていった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 それから数日。未だ満月までは数日あるが……。
 
 日も暮れ、闇に閉ざされた街にて欠けた月を見上げるネギ。
 
「……そういえば、今日はメンテで一斉停電とか言ってたな」
 
 目を閉じ、周囲の気配を伺う。
 
「……来たな」
 
 見える人影は4人。
 
「……そう言えば、佐々木はエヴァに血を吸われてたな」
 
 そこには侍女服姿の佐々木・まき絵、明石・裕奈、大河内・アキラ、和泉・亜子がいた。
 
「約束前に仕掛けてくるたー、小賢しい真似しやがって」
 
 呟き懐から4枚のカードを取り出す。
 
「……ラス・テル・マ・スキル・マギステル。
 
 文字よ縛鎖となりて、彼の者を拘束せよ。“戒めの文字”」
 
 カードが光の鎖となって散り、4人を拘束する。
 
 ――更に、
 
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル――。
 
 大気よ水よ、白霧となれ。彼の者らに一時の安息を。“眠りの霧”」
 
 霧が4人を包み込み、眠りへと誘う。
 
「ほう、随分と手際がいいな。何かしらの用意はしてきたか」
 
 先程、ネギが使用したカードを指して告げる声。
 
 見上げるネギの視線の先には、街灯の上に立つ大人びた容姿のエヴァンジェリンと侍女服姿の茶々丸の姿があった。
 
「二年の佐倉に魔道具の勉強って言って作らせた。一枚作るのに、延々3時間も掛かんだぞ? 自作なんぞ、やってらっれか」
 
「……買え。まほネットで通販してるだろ?」
 
「そんな金、あるわけねえだろが!」
 
 呆れ顔で告げるエヴァンジェリンに抗いの声を挙げるネギ。
 
「さて……、じゃあ始めようぜ」
 
 告げ、身構えるエヴァンジェリンと茶々丸に対し、余裕の笑みを浮かべたネギは踵を返し全力で逃走に入った。
 
 一瞬、何が起きたのか理解出来ずに呆然としていた彼女達であるが、ネギが逃げたことを理解すると、エヴァンジェリンは怒りの表情を浮かべ、
 
「ま、待てコラッ!? あれだけ煽っておいて逃げるとは何事だ! 貴様、それでもサウザンドマスターの息子か!!」
 
 既にネギは声の届かない所まで逃げているらしく、慌てて追走を開始するエヴァンジェリンと茶々丸。
 
 街中を縫うように低空で飛ぶネギ。その後を追うエヴァンジェリン達だが、彼女達の行く手を遮るようにネギの仕掛けていた罠が発動し行動を尽く阻んでいく。
 
「こ、この――!? 何故、魔法使いがブービートラップなんぞ!?」
 
「ははは、食料調達の為のサバイバル技術がこんな所で役にたつとわなー! ちなみにそれは猪用の罠だ!」
 
「クッ!? こ、この……! 貴様も魔法使いなら、魔法使いらしく魔法で戦わんかあ!!」
 
 業を煮やしたエヴァンジェリンが一気に高空に舞い上がり、そこからネギに向けて魔法を放つ。
 
「リク・ラク・ラ・ラック・ライラック――!!
 
 氷の精霊23頭! 集い来たりて敵を切り裂け!! “魔法の射手・連弾・氷の23矢”!!」
 
「うおっ!?」
 
 放たれた氷の矢をギリギリで回避するネギ。
 
「この野郎……。ラス・テル・マ・スキル・マギステル!
 
 闇を切り裂く一条の光! 我が手に宿りて敵を喰らえ! “白き雷”!!!」
 
「ふん……“氷楯”。
 
 そらそら、どうした? ぼーや!?
 
 リク・ラク・ラ・ラック・ライラック! 来たれ氷精! 大気に満ちよ! 白夜の国の凍土と氷河を――、“こおる大地”!!」
 
 雷光の一撃を氷の楯で防ぎ、更には迎撃の一撃まで放ってくるエヴァンジェリンに対し、防戦一方のネギは、それでも逃走を続ける。
 
「ははは、逃げるだけで終わりか? それではスプリングフィールドの姓が泣くぞ?」
 
「勝手に泣かしとけ! ……それに、逃げるのはここまでだしな」
 
 告げ、橋の上に降り立ち迎撃の構えを見せるネギ。
 
 対するエヴァンジェリンも橋の上に着地し、
 
「なるほどな、この橋は学園都市の端だ。私は呪いによって外には出られん。
 
 ピンチになれば、学園外に逃げればいい、か……」
 
 少し拍子抜けしたような表情で、
 
「意外にせこい作戦じゃないか? え? 先生」
 
 ジリジリとネギとの距離を詰めてくるエヴァンジェリン。
 
 そしてエヴァンジェリンと茶々丸がある場所に侵入した瞬間、仕掛けられていた捕縛結界のトラップが発動した。
 
「けけけ、どうよ?」
 
 邪悪な笑みを浮かべるネギに対し、エヴァンジェリンは感心したような顔で、
 
「……やるなあぼーや、感心したよ。……だが」
 
 茶々丸に合図する。
 
「ハイ、マスター。……結界解除プログラム始動。
 
 すみません、ネギ先生」
 
「15年の苦渋をなめた私が、この類の罠に何の対処もしていなかったと思うか?」
 
 硝子の砕けるような音を発てて、彼女達を束縛していた光の帯が砕け散った。
 
「このとおりだ」
 
 勝ち誇った顔のエヴァンジェリンが驚愕に目を見開くネギを期待して視線を向ける。
 
 ……だが、そこにいたネギは彼女の期待していた表情ではなく、彼女同様勝ち誇った表情のネギ。
 
「……何だ? その顔は」
 
「いやいや、甘めえよエヴァ」
 
 邪笑を浮かべ、杖で地面を叩く。
 
 瞬間、エヴァンジェリン達の立つ足下の地面が砕けて落下した。
 
「ぶはッ!? な、何だ、これは?」
 
 落とし穴の底には水が張られ、そこには大量のネギとニンニクが浮かんでいる。
 
「ほれほれ、テメエの苦手な物は調査済みだぜ!!」
 
 更に大量のネギとニンニクを投下。
 
「い、いやあぁ――っ! やめろぉ――っ!!」
 
 動揺し、エヴァンジェリンが己に施した幻術が解けてしまう。
 
「き、貴様――、何処までも父親そっくりな真似を!!」
 
「けけけ、何わけ分かんねえこと叫いてやがる? ほらほら、さっさと負け認めねえとネギとニンニクで埋め尽くすぞ、コラ」
 
「ぎゃぁ――っ!!!」
 
「……マスター」
 
 暴れるエヴァンジェリンを抱きかかえ茶々丸が落とし穴から飛び上がった。
 
 そして、何事もなかったかのように着地。
 
「あ――ッ!? 折角、超包子から格安で譲って貰ったのに!」
 
「喧しい! そんな事に金を使うくらいなら、とっとと家賃を払え!」
 
 荒い息を整えると、今度はネギに対して真っ直ぐな敵意を向け、
 
「さて、貴様は私のトラウマを刺激してくれたからな。タダで済むと思うなよ? ぼーや」
 
「チッ! しゃーねえ、……マジでやるか」
 
 というか、もはや策は出し尽くしたので、魔法戦以外に方法がないのも事実だ。
 
 気を取り直し、杖を構えるネギ。
 
「さて……、ラス・テル・マ・スキル・マギステル――」
 
「リク・ラク・ラ・ラック・ライラック――」
 
「ものみな焼き尽くす浄化の炎……、おぉう」
 
 詠唱途中のネギを遮るように、茶々丸が攻撃を仕掛ける。
 
 その隙に、エヴァンジェリンは詠唱を完成させネギに攻撃を仕掛けてきた。
 
「ほら、いくぞ坊や“闇の吹雪”!!」
 
「げ……、汚ねえ!! “風楯”」
 
 僅かに耐えるが、耐えきることが出来ずに吹っ飛ばされてしまう。
 
「クソッ! ラス――」
 
「申し訳ありません、ネギ先生」
 
 再度、茶々丸の妨害により詠唱を中断されてしまう。
 
「そら、そろそろ覚悟を決めておいたらどうだ?」
 
「クッ!?」
 
 杖を構え、詠唱を始めるネギを三度、妨害せんとした茶々丸。
 
 だが、その攻撃は突如現れた乱入者によって防がれた。
 
「……何やってんの? ネギ」
 
 茶々丸の攻撃を防いだのは、ネギと同年代の少女。
 
「兄貴ぃ――! 無事っすかぁ」
 
 そして彼女の長い赤毛の隙間から顔を見せたのは白いオコジョだ。
 
「相変わらず面倒事に巻き込まれてるわね、あんた」
 
「……アーニャ? それにカモも……。何やってんだ? こんな所で」
 
「まあ、事情は後で話してあげるわ……、それよりもどう? 助太刀はいる?」
 
 一瞬、きょとんとした表情をしたネギだが、信頼できるパートナーの到来に笑みを浮かべて、
 
「そうだな……、折角だし手伝ってもらうか」
 
 並び立つネギとアーニャ。
 
「……仲間が居たか」
 
 エヴァンジェリンの掛けた声に、アーニャは薄く微笑み戦闘開始の合図とも言うべき一言を告げる。
 
「“戦いの歌”」
 
 アーニャが突撃し、彼女の杖と茶々丸の腕が激突する。
 
 一瞬の拮抗の後、茶々丸が押し、アーニャが大きく距離をとる。
 
 ……そして、無詠唱で放たれる“魔法の射手・連弾・雷の4矢”。
 
 直撃を回避した茶々丸は、無機質な眼差しでアーニャを見つめる、
 
 ……速いです。が、攻撃自体は軽い。この程度の速度ならば――。
 
 対するアーニャは懐から一枚のカードを取り出し、
 
「――仮契約カード!?」
 
「来たれ!」
 
 顕現するのは脚甲。二対四枚の小さな光翼が付随したショートブーツだ。
 
「アーティファクト“コウソクノツバサ”。……さあ、どこまでついて来れるかしら?」
 
 不敵な笑みを浮かべ、
 
「G(ギア)・Low」
 
 身体を沈め突撃する。
 
 加速するアーニャ。激突する瞬間に軌道を変え、茶々丸の背後に回り杖を振るう。
 
「フォルティス・ラ・ティウス・リリス・リリオス! 宿れ月の光よ! “弧月の刃”」
 
 杖に光が宿り、曲刃となる。 
 
 ……大鎌!? それに、速い。
 
 アーニャのアーティファクトは美空のそれと違い、直線距離での最高速ではなく俊敏性を向上させる。
 
 大鎌の一撃をピンポイントバリアを展開して防いだ茶々丸は間髪入れずにカウンターの拳撃を放つ。
 
 アーニャは身を捩って辛うじて回避。魔法の射手を牽制に放って再度茶々丸との距離をとり、
 
「G・2nd!」
 
 更に加速。
 
 彼女の赤毛が残像を残し、赤い尾を引く。
 
「――行動パターン予測・右後方より斬撃」
 
 手を伸ばし、アーニャの攻撃を停め、
 
「無詠唱・近接魔法による攻撃」
 
 アーニャの攻撃よりも速く、回避運動に入る。……そして、
 
「ロケットパンチ」
 
「クッ!?」
 
 速度任せに、茶々丸のロケットパンチの射程外にまで跳び退いた。
 
 ……強いわ、この娘。今はスピードで誤魔化してるけど、一発でも貰ったらそこで終わっちゃう。――どこまで保つかしら。
 
 相対する茶々丸にしても、アーニャの速度に舌を巻く。
 
 ……更に速度が上昇。0.004秒センサーからロスト。これ以上、戦闘を長引かせるのは危険と判断します。
 
 互いの視線が絡み、次の攻防に備えて身構えた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「ほう、速度重視型の魔法剣士か。……良い従者を持っているじゃないか」
 
 エヴァンジェリンは薄い笑みを浮かべて、
 
「さて、これでお互いに従者無しだ。存分にやろうか? ぼーや」
 
 上空に舞い上がるエヴァンジェリン。
 
「上……等ッ!! ラス・テル・マ・スキル・マギステル!!
 
 来たれ雷精! 風の精!! 雷を纏いてふきすさべ南洋の嵐! “雷の暴風”!!」
 
「ふふふ……、リク・ラク・ラ・ラック・ライラック!!
 
 来たれ氷精! 闇の精!! 闇を従え吹雪け常世の氷雪! “闇の吹雪”!!」
 
 同種の魔法の撃ち合い。
 
 拮抗――、停滞――、そして、それは相殺された。
 
「ははは……、そらそら次にいくぞ」
 
 エヴァンジェリンが上空に手を翳すと、氷の粒子が集まり、それは巨大な氷塊となる。
 
「“氷神の戦鎚”!」
 
「クッ!? この……、ラス・テル・マ・スキル・マギステル! 来たれ虚空の雷、薙ぎ払え! “雷の斧”!!」
 
 上空から重力任せに迫り来る氷塊を両断した。
 
「どうした? 息が上がっているぞぼーや」
 
「ハッ、喘息持ちなんだよ(嘘)」
 
「ふふふ、そうかい」
 
 エヴァンジェリンの指が僅かに動く。
 
「くぁ!? い、絃か!」
 
「ははは――」
 
 拘束され、身動きを封じられるネギ。
 
「クッ!? ら……、ラス・テル・マ・スキル・マギステル!
 
 ――福音たる輝き、この手に来たれ! 導きの元、鳴り響け! “導きの光”」
 
 ネギの周囲に現れた合計7つの光球。
 
 それらが、ネギの周囲を高速で旋回し始める。
 
「ほう、“魔法の射手”よりも誘導性に優れた魔法か……」
 
 光球で全ての絃を断ち切り、自由を得たネギは杖を構え、
 
「舞い踊れ!!」
 
 彼の周囲を漂っていた光球が、不規則な動きを持ってエヴァンジェリンに襲い掛かる。
 
「ふん、“氷楯”」
 
 放たれた光球は尽く氷の壁に阻まれた。
 
「おやおや、どうした? 魔法の威力が随分と落ちているようだが?」
 
「はぁはぁ……、うるせえ――」
 
 強がるネギの眼差しには、まだ光がある。
 
 ……そう、その眼だ。
 
 魔力も残り少なく、勝率など無い絶望的な状況であろうと決して諦めない力強い眼差し。
 
 その眼は素直に好感が持てる。……が、
 
「気にいらんな……」
 
 下僕にしようとしている者から向けられるとならば話は別だ。
 
 ……まだ、何か策があるというのか。
 
「良いだろう。やってみるがいいさ、ぼーや」
 
「あん?」
 
 全ての希望を打ち砕き、心の底から自分に平伏するネギの姿が見てみたい。
 
 エヴァンジェリンは邪笑を浮かべ、
 
「やってみろと言ったんだ。……どうせ、まだ何か勝てる算段が残っていると思っているんだろう?
 
 なら、やってみるがいいさ。
 
 ――それを正面から打ち破って貴様の全てを踏みにじってから、我が従僕にしてやる」
 
 告げるエヴァンジェリンに、ネギは呆れ声で、
 
「おいおい、余裕出し過ぎじゃねえか?」
 
 対するエヴァンジェリンは勝ち誇った表情で、
 
「これは余裕とは言わんさ。いいか小僧、これはな冷静に侮っているだけだ」
 
「ああ、そうかい……ッ!!」
 
 何にせよありがたい。どうやって、この魔法のチャージ時間を稼ごうか悩んでいた所だ。
 
「おい、エヴァ。……教師として教え子のお前に忠告しておく」
 
「ふん、言ってみろ」
 
「……残りの全魔力、防御に集中させとけ」
 
「ははは、貴様の残りの魔力で私の障壁を撃ち抜き、この身体にダメージを与えることが出来ると本気で思っているのか!?」
 
 嘲りさえ含んだエヴァンジェリンの問い掛けには答えず、ネギは詠唱を開始する。
 
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル!
 
 ――咎人達に滅びの光を!
 
 星よ集え、全てを撃ち抜く光となれ!!」
 
 ネギの前面に巨大な魔法陣が展開される。
 
「……これまでの戦闘で周辺宙域に霧散した魔力の残滓が坊やの方に集まっていく?」
 
 それは、最高位の砲撃魔法。“エース・オブ・エース”“管理局の白い悪魔”“魔砲少女”などの二つ名を持つ当時9歳の少女が考案したとんでもない破壊力を秘めた術式。
 
 やがて光は純粋な破壊力の塊となり、その大きさは直径20mを越えた。
 
「な、何だそのバカ魔力は!?」
 
「まあ、不老不死のお前なら死にゃあしねえよ。……つーわけで、一発派手に喰らっとけ。
 
 ――貫け閃光!! “破壊の星光”!!!」
 
「ナッ!?」
 
 天に巨大な光の柱がそそり立つ。
 
「く……!? こ、この――!!」
 
 前面に魔力障壁を展開し耐えようとするが、ネギの放った魔法は圧倒的な破壊力を持って障壁ごとエヴァンジェリンを呑み込んだ。
 
「ま、マスタ――!?」
 
 光の収まった後に残されたのは、魔法の威力に呑まれ全裸になったエヴァンジェリンのみ。
 
 その他には、空には雲一つ残っていなかった。
 
 最後に残ったエヴァンジェリンも、力尽きゆっくりと湖に落下していく。
 
「チッ!? しょーがねえ!」
 
 ネギが杖に跨り、空を駆ける。
 
 間一髪、間に合った彼はエヴァンジェリンの腕を掴み上げて抱きかかえ――、その感覚に彼女は懐かしい記憶を呼び覚ましていた。
 
 それは十数年前、……サウザンドマスターと交わした約束の記憶。
 
 ……まったく、親子揃ってお人好しな事だ。
 
 僅かな時間の後に訪れる浮遊感。そして、間近に見えるネギの顔が満面の笑みを浮かべて、
 
「よう、これで俺の勝ちだな?」
 
 停電も終了したのか、周囲の明かりが灯っていく。
 
 エヴァンジェリンは、そっぽを向いて、
 
「……ふん、まあいいさ。今日の所は私の負けという事にしといてやるよ、ぼーや」
 
 負けず嫌いな彼女の言葉に苦笑を浮かべるネギ。
 
 だが、彼はすぐに表情を真面目なものに改めると、
 
「おう、それで問題が一つあんだけどな……」
 
「ん?」
 
 訝しげに小首を傾げるエヴァンジェリンに対し、ネギは罰の悪そうな顔で、
 
「悪い、魔力切れた」
 
 そう告げて、二人仲良く湖に落下した。
 
 落水した二人の内、エヴァンジェリンは必死の形相でネギにしがみつきながら、
 
「こ、このバカ!! ぼバッ!? わ、私は泳げないんだぞ! なんとかして岸まで辿り着け!!」
 
「いや、もう……、俺も限界」
 
「こ、こら! 諦めるなバカ!! 私まで沈むじゃガぼバッ!?」
 
 その後、茶々丸とアーニャが助けに訪れるまでのジャスト一分。全裸のままでネギにしがみつき全力で足掻き悶えるエヴァンジェリンという大変珍しい光景が繰り返された。
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