魔法先生……? ネギ魔!
 
 
書いた人:U16
 
第27話
 
 試合開始の合図と同時、最初に動いたのは小太郎だった。
 
 彼は懐から仮契約カードを取り出すと、
 
「来い!」
 
 即座にアーティファクトを召喚する。
 
 ――現れたのは革製の首輪。鋭利な鋲の付いた獰猛な猟犬に似合いそうな首輪だ。
 
「アーティファクト、“絶対遵守”。主人の命令を必ず実現させる為の魔導具です」
 
 己のアーティファクト“世界絵図”を展開して観客席から解説するのはネギの生徒にして従者の一人、綾瀬・夕映だ。
 
「例えばネギ先生が、小太郎さんにパンを買ってこいと命令した場合、通常の場合ならば、そこから殴り合いの喧嘩に発展しますが、このアーティファクトを装着していた場合、どれだけ小太郎さんの意思が拒もうとも、ネギ先生の命令を遂行せざるを得ないわけです」
 
「えーと、……この場合、そのアーティファクトはどういう風に役に立つの?」
 
 質問を投げ掛けた佐々木・まき絵に対し、夕映は小さく頷くと、
 
「それは命令の内容にもよるですが――」
 
 言っている間にネギが小太郎に視線を向け、
 
「小太郎……、『勝て』!」
 
「おう!」
 
 ネギの命令に対し、小太郎は力強く頷いた。
 
「――先程の『勝て』という命令の場合、小太郎さんは意識が無くなっても勝つまで戦い続けるでしょうし、例え死んだとしても、身体は動き続けます。
 
 ハッキリと言ってしまうと、これは魔導具というよりは呪いのアイテムの類と言っても過言ではないでしょう」
 
 ちなみに、夕映は小太郎から仮契約を破棄する為の方法を調べてくれと頼まれている。
 
 ……男の人から土下座されたのは初めてなので、かなり驚いたです。
 
 それほど、このアーティファクトが嫌なのだろう。
 
 まぁ、普段のネギの行動を見ていれば、それも分からなくも無いが。
 
 小太郎としては、この試合だけの仮契約と思っているが、問題はネギがそれを許容しないであろうという事だ。
 
 こんな面白可笑しいアイテムを彼が手放すとは思えない。
 
 ……とはいえ、それだけで勝てるような生易しい相手ではないのも確かだ。
 
 そして、そんな事は彼らが一番良く知っている。
 
「ほな、次やな……」
 
 と小太郎は牙を剥いた獰猛な笑みを浮かべ、
 
「右手に気……、左手に魔力……」
 
「は? ……おいおいまさか」
 
 小太郎が何をしようとしているのかを悟ったラカンが呆れた声を挙げる。
 
 ――合成!
 
「咸卦法や!」
 
 これまでは気しか操れなかった小太郎だが、ネギと仮契約を交わした事により、魔力が供給されるようになった。
 
 こうして出来た地盤の上に、咸卦法の使い手である明日菜と知識の宝庫である夕映の協力の元、咸卦法を使えるに至った。
 
 だが、それでもまだラカンのレベルには届かない。
 
 そこで小太郎は、更なるパワーアップを遂げる。
 
 ――狗族獣化!
 
 小太郎の身体に流れる獣の血を覚醒させ、その身を半獣化させる事で身体能力を大幅に向上させた小太郎。
 
「ラカンさん。……アンタ、自分の戦闘力を12000くらいや言うとったらしな」
 
「おうよ」
 
「俺の基礎戦闘力が大体1000ってところやろ。それにアーティファクトの力を加えて二倍、更に咸卦法で三倍、獣化で三倍、合計18000! アンタより上や!!」
 
 ……ゆでたまご理論か!?
 
 そう結論した時には、小太郎の拳がラカンの顔面を捉えていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 一方その頃、ネギとカゲタロウは……。
 
「暑苦しい奴らだな……」
 
 横で行われている打撃戦を眺め、ウンザリした溜息を吐き出し、
 
「そんじゃあ、ボチボチこっちも始めようか。カゲタロス」
 
「カゲタロウだ!」
 
 ネギの挑発に乗り、無数の影槍を放つカゲタロウ。
 
 対するネギは余裕の態度で、
 
 ――解放。
 
「“シオネの円環”」
 
 ――絶対回避。
 
 直撃の瞬間、ネギの姿が消えた。
 
 ……高速移動!?
 
 周囲を探るカゲタロウだが、彼の警戒に反し、すぐ近くからネギが声を掛けてきた。
 
「何処見てる?」
 
 何時の間にか背後に回り込んでいたネギの姿に、カゲタロウは慌ててバックステップで距離を取ろうとするが、その時には既にネギの姿は彼の背後へと回り込んでいる。
 
「何やってんだ? カゲちゃん」
 
「バカな……」
 
 高速移動などというレベルではない。……これは、
 
「零時間移動。……馬鹿な。詠唱も座標指定も無しに連続で出来る筈が無い」
 
「出来るんだよ」
 
 またも背後から聞こえてきた声に慌てて振り返る。
 
「ねぇ……、アレってもしかして」
 
 ネギの零時間移動に心当たりがあるのか、明日菜が超に向けて声を掛ける。
 
「そう。カシオペアによる疑似時間停止と絶対回避ヨ」
 
「いや、しかし、カシオペアは学祭期間中でないと使用不可能ではなかったのですか?」
 
 夕映の問い掛けに対し、超は小さく頷くと、
 
「別に学祭期間中でなくても、魔力さえ満ちていれば使用は可能ヨ」
 
 そしてここは、空中浮遊島オスティア。
 
「この巨大な島がどんな理由で浮いていると思うカ?」
 
「それは……」
 
 やはり、魔力だろう。
 
 ラカンの自主制作映画でも広域魔力減衰現象で浮遊大陸が落下していたのだ、おそらく間違いはあるまい。
 
 周囲に満ちる魔力を“シオネの円環”によって取り込みカシオペアを使用する。
 
 勿論、取り込んだ魔力はカシオペアの使用だけに留まらない。
 
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル。光の精霊、無量大数。集い来たりて敵を討て!
 
 ――“魔法の射手・連弾・光の無量大数矢”」
 
 瞬間、光の濁流がカゲタロウの姿を飲み込んだ。
 
 影布による複数障壁を展開するが、役に立たない。
 
 全ての影布を一瞬でボロ布同然にし、カゲタロウの身体を闘技場の壁に叩き付けてもまだ光弾の奔流は治まらない。
 
 やがて、壁に亀裂が入るのを見たヘラス帝国第三王女テオドラが、控えている魔法衛士達に放送を使って指示を出す。
 
『西側! 障壁魔法を全力展開じゃ! 闘技場の障壁も長く保たんぞ! 観客達もすぐに避難させろ!! 闘技場ごとブチ抜かれるぞ!』
 
 テオドラの迅速な指示が幸いしたのか、カゲタロウのせめてもの意地か、西側の観客席に陣取っていた客達が全員退避したのを見計らい、闘技場を護る障壁が決壊し、同時に闘技場の西側が吹っ飛んだ。
 
 光に飲まれながら瓦礫と一緒に吹っ飛んでいくカゲタロウの姿を見送りながら、ネギは口元を歪め、
 
「アレを耐えきったのは流石だが、試合の続行は不可能だろ」
 
 というか、むしろ今後の生活にも不安が残るようなダメージだ。
 
 ……つーか、オスティアと“シオネの円環”って相性良すぎるな。
 
 なにしろ無尽蔵に魔力が流れ込んでくるのだ。
 
 フェイト戦で“破壊の星光”を使った際にバカみたいな量の魔力が流れ込んできて気付いた戦法だが、もしあの時最初からこの戦法を取っていれば余裕で勝ちを拾えたかもしれない。
 
 ……まぁ、今はそんな事よりも試合か。これで、あの化け物に集中出来る。
 
 視線を小太郎とラカンの方に向けると、そこでは先程までと同じように派手に殴り合いを続ける二人の姿がある。
 
 互いに攻撃は一撃必殺の域だ。防御無視で相手にダメージを与える事が出来る攻撃力を有している。――なので双方共に防御はせず、相手の攻撃は回避しながら攻撃を組み立て、攻防を繰り返す。
 
「……ナンセンスだな」
 
 観客は喜ぶかもしれないが、ネギにしてみれば付き合ってはいられない。
 
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル。――風の精霊達よ、天へ誘う風の塔を築け。
 
 天へ昇りし大気を宿す天人の斧と化し、その巨大な刃を振るえ!」
 
 大きく息を吸い、
 
「『耐えろよ!』小太郎!
 
 ――“魔覇・烈昇斬舞”!!」
 
 ネギの魔法が発動。
 
 巨大な竜巻が数本発生し、未だ戦闘を続ける小太郎諸共ラカンを飲み込んだ。
 
「なんっ!?」
 
 審判の魔族少女が何を言う暇もありはしない。
 
 荒れ狂う風が無数の刃となって、二人の身体を切り刻みつつ、一緒に巻き上げた瓦礫が物凄い勢いでぶつけられ、更なるダメージを与える。
 
『今度はそっちじゃ! 緊急障壁最大出力で展開! 予備まで含めて全部立ち上げい!! それと、一般客の観戦は中止じゃ! そのバカは観客ごと吹っ飛ばすのに躊躇いは無いぞ!
 
 死にたくない者はすぐに闘技場から避難せい! 怪我しても一切責任は取らんぞ!?』
 
『アリアドネーの魔法騎士団、観客の退避完了まで何とか障壁を持ち堪えさせなさい!
 
 彼が単発で済ますとは考えられないわ!』
 
 アナウンスから聞こえてくる指示に笑みを濃くしつつ、ネギは新たな詠唱を開始する。
 
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル! 大気に宿りし全ての精霊たちよ、我が絶対の力と化せ!
 
 天と地を従えし魔流と化し、触れる物全てを無へと帰せ!
 
 “魔覇・皇龍塵”――!!」
 
 未だ竜巻の余韻が残る中、ネギが放ったのは破壊の力を宿した豪風だ。
 
 岩塊が破壊の力に触れ、見る見る内に砂塵へと砕かれていく。
 
 当然、その力は人体にも及ぶ為、効果範囲の中心に居るであろう二人が無事で済むはずが無い。
 
「もう一丁ッ!!」
 
『審判! カウントだ! 観客が逃げるまでの時間を稼げ!』
 
「は、ハイ!!」
 
 リカードにアナウンスで促され、審判が慌ててカウントを取り始める。
 
「1! ……2! ……3!」
 
『坊主! カウント中に攻撃仕掛けたら反則負け取るからな! ――絶対に仕掛けんなよ!』
 
「そんなルールは無かった筈だぁ!」
 
『今、書き加えたんだよ!』
 
 見えているのか怪しいが、ネギに向けてマジックでルールの追加されたルールブックを突き付けるリカード。
 
『分かったら、手出しすんなよ! したら賞金出さねぇからな!!』
 
 リカードが釘を刺すと、ネギが舌打ちしながら詠唱中だった呪文を遅延魔法のストックに切り替える。
 
 ゆっくりと進んでいくカウントを聞きながら、ネギは更に幾つかの呪文を唱えて遅延魔法にストックしていく。
 
 ……この程度でくたばるようなタマじゃねぇよなぁ。
 
 口元に獰猛な笑みを浮かべつつ、ラカンが立ち上がるのを待つネギ。
 
 そして、カウントが15を過ぎた所で、瓦礫を吹っ飛ばし全身血塗れの小太郎が姿を現した。
 
「こ……、このアホが! 本気で死ぬかと思たわ!?」
 
 ネギに詰め寄る小太郎には左腕が無い。
 
 胸ぐらを掴み上げ抗議の叫びを挙げようとする小太郎に対し、零距離から“白銀の癒し手”をぶちかまして強制的に怪我を回復させるネギ。
 
 “白銀の癒し手”の衝撃により、吹っ飛ばされ二転三転してようやく回転を止めた小太郎だが、“シオネの円環”によりオスティアの後押しを受けたネギの“白銀の癒し手”の威力は凄まじく、失われていた小太郎の左腕も一瞬で再生させていた。
 
「文句言ってる場合じゃねぇぞ、コタ」
 
「おう、分かっとるわい!」
 
 カウントは18まで進んではいるが、瓦礫の中に居る筈のラカンの気がどんどん大きくなっていくのを感じ取り気合いを入れ直すネギと小太郎。
 
 そしてカウントが19を刻んだ時、闘技場全体を局地的な地震が襲った。
 
 観戦の為に残った客の一部……、ネギの生徒達の間で悲鳴が挙がるものの、この場に残っている大半の者達は、この地震の原因に気付いて固唾を飲んで状況を見守る。
 
 というか、原因が分かっている者達からしてみれば、悲鳴を挙げるような余裕すら無いのだ。
 
 ちなみに、VIP席で視ていた筈のテオドラ達は、こちらの方が安全と踏んで、エヴァンジェリン達の居る観客席の方へ避難してきた。
 
 闘技場全体を覆う威容なプレッシャー。
 
 息苦しささえ感じる重圧を前に、それでもネギと小太郎は口元に笑みさえ浮かべる。
 
「ようやっと本気かい」
 
「みたいだな。――ならこっちも本気でやるか」
 
 瓦礫が凄まじい勢いで巻き上げられ、その中心から血塗れの英雄が姿を現した。
 
 ――直後、縮地で間合いを一気に詰めた小太郎の一撃がラカンの左頬を捉えた。
 
 クリティカルヒット。……だが、ラカンは身動ぎ一つせずに耐えきる。
 
「チッ!? ――おおぁ!!」
 
 雄叫びを挙げてラカンに乱打を加えるものの微動だにさせる事が出来ない。
 
 攻撃の僅かな間、その隙を付いてラカンの右腕が小太郎の腹に添えられる。
 
 ……ヤバッ!?
 
 ――羅漢破裏剣掌!!
 
 完全密着状態から掌を強引に回転させ、内臓にダメージを与えつつ、その余波で小太郎の身体を横方向に大きく旋回させる。
 
「クッ――!?」
 
 喀血しながらも辛うじて着地に成功した小太郎だが、彼の顔に影が差す。
 
 見上げる小太郎に対し、獰猛な笑みを浮かべるラカン。
 
 そしてラカンはゆっくりと腕を上げ、無造作に振り下ろした。
 
 ただそれだけで、小太郎の身体を地面に叩き付け、直径10m級のクレーターを作り上げる。
 
「チッ!? 役に立たねぇ犬だ!」
 
 舌打ちし、ネギが遅延魔法を解放する。
 
 ――解放。
 
「……“千の雷”!!」
 
 幾千もの稲妻が、ラカンの元へ集約して放たれた。
 
 だがラカンは片腕を掲げそれを避雷針にすると、自らに襲いかかる稲妻を全て絡め取り……、
 
「返すぜ」
 
 ネギに向かって投げ返した。
 
「常識――」
 
 ネギの姿が消える。
 
「――ねぇのか、このオッサン!?」
 
 直後、タイムロス無しに離れた場所に姿を現したネギ。
 
 だが、その背後には既にラカンの姿がある。
 
「お前のその無時間移動は、学園祭の時に使ってたヤツだな」
 
 ……拙い。
 
 ネギの背筋に嫌な汗が流れる。
 
「確か、航時機とか言うのを利用してたんだったか」
 
 ……このオッサン、確か学祭に来てたんだった!?
 
 ――零時間移動。
 
 またもネギの姿が消える。
 
 だが、そこには既に二人目のラカンの姿が有り、
 
「ッ!? 二人目!?」
 
 ……分身の術か!?
 
 チョッピングで振り下ろされる拳を絶対回避で躱し、更に離れた位置へと距離を取る。
 
 そして、移動直後に背後から背中に一撃を受けてカシオペアが粉々に砕け、ネギの身体が派手に吹っ飛んだ。
 
 ……三人目!?
 
 まるで大型ダンプとの人身事故にでも遭ったかのように数十mを転げ回るネギは闘技場の壁にぶつかってようやく停止した。
 
 数十枚に及ぶ障壁と強化服によって多少は緩和されたとはいえ、ラカンの一撃を急所にまともに食らい身体的には常人と余り変わりのないネギでは立つ事は叶わないだろう。
 
 ラカンは障壁を強引に突破した事で真っ赤に腫れ上がった拳に息を吹き掛けながら、
 
「あー痛ぇ。どんな障壁してやがんだ、この野郎」
 
 言いながらも余裕の表情で、ピクリともしないネギを見据える。
 
 審判の魔族少女が慌てて駆け付けカウントを開始、
 
「1! ――2!」
 
「痛ってぇ――!?」
 
 カウント2で、ネギがのたうち回りながら立ち上がってきた。
 
 ネギは涙目でラカンを睨みながら、
 
「滅茶苦茶痛ぇだろうが!」
 
 怒鳴り散らし、袖で額から流れる血を拭うネギ。
 
 そこには既に傷は無く、完全に怪我から回復していた。
 
 それを見たラカンは、納得顔で頷き、
 
「なるほどなぁ……。魔力収束魔法で集めた魔力の余剰分を常時回復魔法に回してんのか」
 
 ……そいつぁ、厄介だ。
 
 何しろ、致命傷を与えたとしても五秒もあれば完全回復する。
 
 決勝戦のダウンカウントは二十だ。完治しても余裕でお釣りが来るだろう。
 
「……となると、ギブアップさせるしかねぇわけか」
 
「はン、……随分と余裕じゃねぇか。本気で俺からギブアップ取れると思ってんのか?」
 
 それに……、
 
「俺の事、忘れとるんとちゃうやろな?」
 
 ネギの傍らに並ぶのは、全身血塗れの小太郎だ。
 
「瀕死じゃねぇか。……戦えんのか?」
 
「お前と一緒にすんなや。これくらい余裕や」
 
 鼻を鳴らす事で返事に変えるネギ。
 
 小太郎が戦えるというのだ。例えそれがやせ我慢だとしても彼がそう言う以上おそらく大丈夫なのだろう。
 
 ところで、
 
「なんでスペック上お前の方が戦闘力上なのに負けてんだよ?」
 
「んなもん、最初の一撃だけに決まっとるやないけ」
 
「うわ、超使えねぇ……」
 
 ……だが、ラカンの防御力を上回る事の出来るネギの魔法は、先程の不意打ちで警戒され、余程の事が無いと当てる事が出来ない。
 
「……となると、アレか」
 
 そうネギが零した途端、小太郎が露骨に眉を顰めて嫌そうな顔をした。
 
「我慢してやる、感謝しろ」
 
「それはこっちの台詞や!」
 
 罵り合いながらも仮契約カードを取り出すネギと小太郎。
 
 対するラカンは余裕の表情で、
 
「ん? 作戦会議は終わったか?」
 
「……その余裕、絶対に後悔させてやる」
 
 ――解放。
 
「“新しい魔法・V”!」
 
 ネギが前面にカードを掲げ、魔法を発動させる。
 
 初めて聞く名前の魔法に、ラカンは警戒を示すものの、何もネギには変化が起きたようには見えず、……それどころか、ネギの身体が力無く頽れてしまった。
 
「……何だ?」
 
 怪訝な表情のラカン。残された小太郎は、ネギを無視してラカンを指さすと、
 
「「さあ、……お前の罪を数えろ!」」
 
 そして、今度こそ本当に驚愕に目を見開いた。
 
 ――解放・固定! “千の雷”! ……掌握!!
 
 術式兵装“雷天大壮”!
 
「何……だと?」
 
 小太郎が魔法を使う。
 
 それだけでも十二分に驚愕に値するというのに、今彼の使用した術式は、エヴァンジェリンのオリジナル魔法“闇の魔法”だ。
 
 ラカンが驚愕から立ち直っていない一瞬の隙を付き、小太郎が一気に、それこそ光の速さで距離を詰めて一撃を見舞う。
 
「ガッ!?」
 
 鼻っ柱に一撃を貰い、蹈鞴を踏むラカン。
 
 それをチャンスと見た小太郎は、一気にラッシュを仕掛ける。
 
 ……速ぇ。……が、軽いぜ小太郎。
 
 防御に集中し、一瞬の隙を狙い澄ますラカンだったが、その耳に信じられないものが聞こえてきた。
 
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル! 天よ、地よ、その狭間に在りし全てのものよ!
 
 今こそ等しく終焉を与えん。来たれ破滅の巨人、喰らえの暴虐の魔狼!
 
 永劫なりしものは無く、不変なりしものも無く、黄昏の来訪を留める術も無し。
 
 故に我等は召喚す。約束の時、神々の黄昏。高らかに響く角笛の音の下、神も魔も、ここに滅ぶべし。――“神々の終焉”!!」
 
 通常、近接戦闘を行いながらの呪文詠唱といえば、集中力が分散される為、どうしてもそこに隙が生まれるものだが、小太郎はまるで近接戦闘と呪文詠唱を別人が行っているかのような個別の集中力を発揮してみせた。
 
 ……やべぇ!?
 
 零距離からの対攻城戦用砲撃魔法が直撃した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「つまり、今小太郎さんの身体の中には、ネギ先生と小太郎さん。二人分の魂が入っているというわけですね」
 
 それがネギのオリジナル魔法第二弾“新しい魔法・V”の効果だ。
 
「巨大ロボットに例えるなら、操縦が小太郎さんで、火器管制がハイマスターといったところでしょうか」
 
 この魔法のメリットは、二人分の同時思考が可能である為、近接戦でも大火力魔法が使用可能となる事、更にネギ単独では肉体的に貧弱だった為使用不可能だった“闇の魔法”を使用出来るようになるという事だ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「逃がすな、追い打ちだ!」
 
「分かっとる!」
 
 まるで一人芝居のように自分と問答しつつもラカンに追撃を加えようとする小太郎。
 
 ――解放・固定! “角尖壁の流弾”!
 
 それは前方に円錐型の障壁を展開し、あらゆる攻撃を受け流しつつ、障壁を高速回転させる事により貫通力を高めた一撃を相手に見舞うという攻防一体の魔法。
 
 つーか、ぶっちゃけドリル。
 
 それを闇の魔法で取り込むとどうなるか?
 
 ――掌握!! 術式兵装“天元突破”!
 
 一瞬だけ、小太郎の身体の各所からドリルが具現化したような幻覚が見えたが、それもすぐに消えた。
 
 ……否、小太郎の右腕には物質化した一際大きなドリルが残っている。
 
「喰らえぇぇぇぇ!!」
 
「チィ!? させるかぁ!!」
 
 高速回転するドリルと、ラカンの拳が激突し、ドリルは砕かれるもののラカンの拳も弾かれる。
 
 すぐさま、左腕に魔力を纏い、一瞬でドリルを形成し、それをラカンに叩き込もうとするが、相手も歴戦の英雄。返しの左拳を合わせてくる。
 
 結果は先程と同じ。
 
 ドリルは砕かれ、拳は弾かれる。
 
 しかし、双方とも、それでは終わらない。
 
 即座にドリルを再生させて突き出す小太郎と同じく拳で迎え撃つラカン。
 
 十合、二十合と打ち合う二人は全くの互角。
 
 そして、その拮抗を崩したのは、やはりネギだった。
 
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル! 我は全ての母の母、美の極北、全ての恋の源たる赤にして赤に嘆願す!
 
 それは一人の女よりはじまる女の鎖。赤にして薄紅の我は、万古の契約の履行を要請する。
 
 我は母を助けるため命を与えられし一人の娘。クラン・ロールより現れて歌を教えられし、一つの情熱!
 
 我は生み出す贖罪の檻! 我は号する心を縛る美しき牢獄! ――“純愛の檻”!!」
 
 ラカンの周囲に出現した大量の茨が、彼の身体を拘束する。
 
 とはいえ、ラカン級の化け物相手では、それほどの時間稼ぎにはならないだろう。
 
「一旦距離取れ小太郎!」
 
 ネギの声に従いラカンとの距離を取る小太郎。
 
「どないすんねん!? “新しい魔法・U”征っとくか?」
 
「もうジャックに油断も遊びもねぇ。絶対に受けてくれねぇよ。……こうなったら一か八かだ。
 
 ぶっつけ本番になるが、やるしかねぇ! ――気張れよ、小太郎」
 
 茨の拘束が徐々に引き千切られていく。
 
 ……つーか怪我一つ無しか、あのオッサン!?
 
 否、今更、この程度の事で驚いていては、これからの戦いに付いていけないだろう。
 
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル! 破壊と闘争をつかさどる火星の精霊 バルショ……」
 
 詠唱の途中で、完全に拘束を振り切ったラカンが拳を構え、ネギの詠唱を中断させる為、気の一撃を放つ。
 
 ――ラカン・インパクトッ!
 
 一言に気の一撃と言ってもラカンの場合、それだけで一撃必殺の破壊力を持つ。
 
 まともに受ければただでは済むまい。
 
 ――解放! 新しい魔法!
 
 直撃! ……本来ならば大爆発を起こす筈の一撃は、音も無く消滅してしまう。
 
「……何だと?」
 
 それを成したのは、小太郎の手に握られている一振りの大剣。
 
 ……あの剣は。
 
 明日菜専用のアーティファクト、破魔の剣。
 
「従者のアーティファクトを召喚する魔法だと……?」
 
 そんな魔法、聞いた事も無い。
 
 いや、そもそも従者と魂を融合させるような魔法なんてものも初耳だ。
 
 ……しかし、あの剣は厄介だな。
 
 なにしろ、あらゆるアーティファクトと魔法、気弾を無効化出来るのだ。
 
「……となると、最後は拳で勝負って事になりそうだな!」
 
 嬉々とした表情を浮かべるラカンだが、小太郎がやろうとしている事に気付き、そんな悠長な事態では無い事を悟った。
 
 ――術式固定! “火星の破軍神”!
 
「惑星霊魔法を闇の魔法で取り込もうというのか!?」
 
 ネギの意図を察したエヴァンジェリンが思わず叫ぶ。
 
「神楽坂・明日菜!!」
 
「……へ? 私?」
 
「貴様、盾になれ!!」
 
 言うなり明日菜の身体を引っ掴んで最前列に押し出し、周囲を氷の壁で取り囲んだ。
 
 ……これでも、どれだけの時間保たせる事が出来るか?
 
 ……掌……握ッ!!
 
 即興で行った術式兵装の為、名前はまだ決めていないが、その付加効果の所為か? 小太郎の身体が炎に包まれる。
 
 束ねていた髪が解け、その毛先は炎と同化し、背には後光のような炎を背負うその姿、……まさに焔の軍神。
 
 ……否、そんな可愛げのあるものではない。
 
 今の彼は火星そのものであり、火星とは魔法世界の基盤となった世界だ。
 
 ……つまり、今の小太郎は魔法世界そのものと言っても過言ではない。
 
「クッ……」
 
 ……ヤバイってレベルじゃねぇな、コイツは。
 
 歴戦の古強者の背筋に怖気が走る。
 
 ……造物主の野郎が可愛らしく思えるじゃねぇか。
 
 ただ相対しているだけだというのに、気合いを入れて防御していないと全身が焼かれるような熱量を放っている。
 
 滴り落ちる汗が、地面に届くより早く蒸発しているのだ。真っ当な熱量ではない。
 
 その証拠に、闘技場の壁が溶岩のように溶け始めている。
 
 ちなみに審判の少女は、この場において唯一の安全地帯とも言うべき、ネギの身体を護る防御結界の中にちゃっかり避難していた。
 
「頼む、ラカンさん。……俺がネギを抑えつけとれる内に降参してくれ!」
 
 小太郎が口を開いた途端、先程までとは比べものにならないような熱量がラカンを襲うが、全力の気合い防御で何とか堪え忍んだ。
 
 今の状態の小太郎が腕を一振りすれば、それだけでオスティアの1/4が消滅する。
 
 全力戦闘などすれば、どれだけの被害が出る事か。
 
「頼む……!!」
 
 本来ならば頭を下げて頼みたいところだが、それをするだけで被害が広がるのだ。迂闊に動く事すら叶わない。
 
 ラカンとしても彼我の力量差は把握しているし、この正真正銘の化け物を相手に勝てる見込みなど微塵も無いのは分かりきっている。
 
 それでも強い奴と戦ってみたいと思う気持ちはあった。……が、
 
 チラリと観客席で観戦する少女達を見やる。
 
 ……しょうがねぇ。
 
 短い付き合いとはいえ、多少の情はある。自分の我が儘に付き合わせて殺させるには惜しい少女達だ。
 
 ラカンはその場に腰を下ろすと、大きく息を吐き、
 
「降参だ降参。俺の負けだ」
 
 突然のギブアップ宣言を受け戸惑っていた審判だが、すぐに我に返るとマイクに向け声を張り上げ、
 
『ら、ラカン選手敗北宣言! これにより、優勝は……ネギ・小太郎組に決定しました!!』
 
 審判の少女の宣言を受け、小太郎の術式兵装が解除される。
 
「ふう……」
 
 一息を吐いた小太郎は、その場に跪き両の拳を地面に添えて、
 
「スマンかった……!」
 
 ラカンに対して頭を下げた。
 
 ラカンほどの強者が、あの状態の小太郎と戦いたくない筈が無い。それをネギがオスティアを人質に取るような真似をして強引に曲げさせたのだ。
 
「気にすんな小太郎。どのみち、あのまま戦り合ってたところで俺が負けてただろうしな」
 
 それに、
 
「勝者がいつまでも地面に這いつくばってんじゃねぇ。お前は俺に勝ったんだ、もっと堂々と胸を張れ」
 
「……ラカンさん」
 
 ラカンの懐の大きさに感動する小太郎だが、殺気を感じ取り、その場を大きく飛び退いた。
 
 直後、それまで小太郎の居た場所に突き立つ数本の魔力槍。
 
「何のつもりや、ネギ!?」
 
 睨み付ける小太郎に対し、ネギは挑発するような笑みを浮かべて、
 
「一位決定戦やろうぜ小太郎。――勝った方が百万ドラクマ総取りで」
 
 それを聞いた小太郎は、口元に獰猛な笑みを浮かべ、
 
「えぇな、それ。実はお前のやり方にええ加減ムカついとったねん!」
 
 睨み合う両者。
 
 ……次の瞬間、大規模な爆発が闘技場に生まれた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「どっちが勝つと思う?」
 
 テオドラの問い掛けに対し、真っ先に答えたのはエヴァンジェリンだ。
 
「100%ぼーやだな」
 
 なにしろ、ネギからの魔力供給を絶たれている今、小太郎は咸卦法を使えないし、惑星霊魔法を取り込んだ闇の魔法の反動や、これまでの戦闘での負傷で満身創痍に等しい小太郎に対し、ネギは常時回復で怪我一つ無い上に、シオネの円環によるオスティアからの無尽蔵とも言うべき魔力供給があるのだ。
 
 ネギが小太郎のアーティファクトを使って『負けを認めろ』と言わないのは、絶対的に勝利出来るという自信の表れだろう。
 
 その根拠の一つとして、ただでさえハンデが大きいというのに、小太郎にはネギの障壁を突破出来る一撃が無い。
 
 明日菜のように障壁を無効化させるのでも、フェイトやエヴァンジェリンのように術式によって障壁を突破するのでも、またラカンやネカネのように障壁を力業で破壊する事も出来ないのだ。
 
 これは別に小太郎が劣っているのではなく、今現在、ネギの魔法障壁が異常すぎる硬度と数を兼ね揃えているからに過ぎず、新旧世界全体でも彼の障壁を突破出来る者は十人にも満たないだろう。
 
 現に今も、小太郎の攻撃はネギには届かず、カウンターで光鞭の一撃を受け吹っ飛ばされた所だ。
 
 五転六転してようやく小太郎の回転が止まった所は、地面に腰を下ろし状況を眺めていたラカンの足下だった。
 
「クソッ!?」
 
「気の練りが足らねぇな……」
 
「へ……?」
 
 予期していなかったラカンからのアドバイスに驚きを見せる小太郎。
 
 そんな彼に対し、ラカンは男臭い笑みを見せると、
 
「もっと全身に気を行き渡らせろ! 細胞の一つ一つ、髪の先まで気を張り巡らせ!
 
 気の本当の使い方は身体能力を上げる事でも、飛び道具にする事でもねぇ! ――気合いを入れる事だ!!」
 
「応ッ!!」
 
 ラカンのアドバイスに従い、小太郎は今までとは明らかに違う密度の気を全身に行き渡らせていく。
 
「無駄無駄無駄ァ!!」
 
 ネギから放たれる無数の魔力弾。
 
 それらは全て、微動だにしない小太郎に命中するが……、
 
「……無傷。……だと?」
 
 粉煙の中から姿を現した小太郎は無傷。
 
「征くで、ネギ!!」
 
 大地を蹴ってネギとの距離を一気に詰める。
 
 小細工は無し。真正面からぶん殴って、障壁ごとぶっ飛ばす。
 
「チッ!?」
 
 迫る小太郎に対し、ネギは鬱陶しげに舌打ちすると杖で大地を一付き、
 
 それをキーワードとして凍結してあった術式を解凍。
 
 ネギの足下が隆起し、鋭角な石の柱が小太郎に向かって伸びる。
 
「邪魔……、やぁ!!」
 
 腕の一振りで石柱を砕き、大地が陥没する程強く一歩を踏み込む。
 
「オラァ!!」
 
 拳の一撃で展開されている障壁の全てを砕くも、拳はネギまで若干届かない。
 
 直後、光刃が横薙ぎに払われ、小太郎の身体を両断せんと放たれるが、小太郎は更に一歩を踏み込み、身体を大きく屈めてこれを回避。ネギの身体に左掌を押し当てた。
 
「……捉まえたで」
 
 ネギが距離を取ろうとするが、それよりも速く小太郎の掌が回転される。
 
 ――見様見真似・羅漢破裏剣掌!!
 
 ネギの視界が自分の意思とは関係無しに大きく旋回する。
 
 そのまま地面に叩き付けられ、直後に喀血。
 
 その時には既に小太郎は右拳を引き力を溜めていた。
 
「ブチかませ! 小太郎!!」
 
 ラカンの後押しを受け、地面に横たわるネギに向け気を解放する。
 
 ――見様見真似・ラカンインパクトッ!!
 
 至近距離から放たれた気弾が闘技場の床に命中し、まるで直下型の地震のように大きく会場を揺らす。
 
 誰もが小太郎の勝利を確信するような一撃だった。
 
 だが噴煙の中、小太郎の表情は晴れない。
 
 ……手応えが無かった。
 
 僅かなりとも障壁で防がれたような感じがしなかったのだ。
 
 例え事前に障壁を砕いていたとしても、ネギほどの手練れならば、直前に幾つかの障壁を展開し、少しでもダメージを軽減しようとする筈。
 
「良い一撃だったぜ小太郎。……後二秒速かったら、お前の勝ちだったのにな」
 
 噴煙の晴れた向こう。……そこには両肩と腹に魔神の顔を出現させ、既に魔法の発射態勢の整ったネギが居た。
 
 本来ならば回避不可能な一撃を喰らった筈のネギ。
 
 彼が無事だった理由は、その背中にある。
 
「アレを……!」
 
 刹那が指さすのは、ネギの背中に装着された大型の懐中時計。
 
 ラカンの一撃で完全に破壊された筈のそれが、正確に時を刻んでいる。
 
「……へ? 無機物って魔法で直せるん?」
 
 木乃香の問い掛けに答えるのは夕映だ。
 
 彼女は自身のアーティファクト“世界図絵”を開きながら、
 
「可能な事は可能です。……ですが、精々割れたガラスを直したり、壊れた椅子を直したり出来る程度の筈であって、精密機械を完全修復しようとすると、機械の構造を完全に把握していない事には……」
 
 おそらく完全に把握しているのだろう。
 
「多分、ネギ老師は、カシオペアが破壊されるであろう事は予測していたと思うネ」
 
 その証拠に大会前の特訓中、超にカシオペアの設計図と仕組みについて色々と説明を受けている。
 
「じゃが、如何に構造を熟知していようと、散らばった部品を全部集めている余裕などは無かった筈じゃ」
 
 ……そう、幾ら構造を熟知していようと部品が足りなければ完全修復など不可能の筈だ。
 
「そんな事か」
 
 つまらなそうに答えたのはエヴァンジェリンだ。
 
「別にぼーやが自ら探さなくとも、探し物を見つける妖精を召喚して探させれば良いだけのことだ」
 
 ちなみに、探し物を見つける妖精は、ロケス、ピラトス、ゾトアス、トリタス、クリサタニトスの五人セットで召喚出来る。
 
 後は妖精達の探してきた割れた歯車や折れたネジなどを全て修復して、小物を操る精霊でも召喚して元通りに組み直させればいい。
 
 と、口で言うには簡単に聞こえるが、全ての部品を修復するとなると気の遠くなるような作業である。
 
 当然、一瞬で修復出来るものでも無いので、ラカンに破壊されてから今まで掛かってしまった。
 
 ……本当、ギリギリだったけどな。
 
「ま、一発喰らっとけ」
 
 ――“七つ鍵の守護神”×4!!
 
 放たれる極太の光条を両腕で受け止めようとする小太郎だが、それは無謀というものだ。
 
 ただでさえ超高熱を有する砲撃魔法の四重呪殺。その熱量は相乗効果で何千……いや、何万度に達していようものか。
 
 如何に小太郎が気を高めて防御しようと、防ぎきれるものではない。
 
「ま……、負けるかいィ!!」
 
 咆吼!
 
 そうそう何度もネギには負けられない。という意地がある。
 
 かつて味わった敗北の悔しさを己の不甲斐なさに対する怒りに変換。怒りという感情は気合いを入れる為に最も適した燃料となる。
 
「お……、おおおおおおおおォォォォッ!!!」
 
 ……結果、小太郎は気合いだけを武器にネギの砲撃魔法を防ぎきった。……その代償に両腕を失いはしたものの戦艦の主砲をも遙かに凌ぐようなネギの砲撃を見事防ぎきってみせたのだ。
 
「お、漢だぜ……、小太郎!」
 
 その気概を前に、リカードが思わず感嘆の声を挙げるが、次の瞬間には息を飲む事になった。
 
「良い根性だ小太郎。……この俺、ネギ・スプリングフィールドが認めてやる。
 
 テメェは強ぇ。――だが、俺はもっと強ぇ!」
 
 ネギの持つ杖が、彼の魔力を受け双頭の斧槍へと変化する。
 
「再戦望むなら、何時でも受けてやるよ」
 
 ……だから、
 
「今は、ちょっと寝とけ」
 
 放たれた斧槍は、一瞬で音速超過の速度に達する。
 
 既に満身創痍で回避するままならない小太郎の胸に直撃。
 
 闘技場床下の緊急障壁をブチ抜き、――それでもなお勢いは止まらず岩盤を貫いて、ついには遙か下方の旧オスティア廃キに到達。
 
 半径100m以上もあろうかという巨大なクレーターを作り出し、その中心に小太郎の身体を縫い付けた。
 
 小太郎の生死を確かめる為、慌てて穴の中に飛び込む審判の少女。
 
 それにネギと中継カメラが付随する。
 
 そして、辿り着いたオスティア廃キで、彼らは驚愕に目を見開く事になる。
 
 ……なにしろ、死んでいてもおかしくないような一撃を受けた小太郎が、クレーターの中心で立ち上がっていたのだから。
 
『た、……立ったぁ!? 立ち上がりました小太郎選手!
 
 しかし、これは試合続行が可能なのかァ!?』
 
 小太郎に試合続行の意思があるのか確認しようとする審判の少女だが、ネギは彼女を押しのけると、小太郎の前に立ち、
 
「寝とけっつてんだろうが、このバカ犬が!!」
 
 手加減無しで、ぶん殴った。
 
 魔力も何も込められていないただのパンチ。
 
 だが、既に意識の無い小太郎を倒すには充分過ぎる一撃。
 
 ネギはそのまま倒れた小太郎に駆け寄ると、意識の無いままでなお立ち上がろうとする小太郎の首を押さえるようにしてホールド。
 
「審判! カウント取れ!」
 
「は、はい!」
 
 ネギに急かされるように審判がカウントを宣言する中、ネギは呪文の詠唱を開始する。
 
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル!
 
 慈悲深き方、癒しの神よ。聖し御手を似ち示したまえ。
 
 人の血は血に、肉は肉、骨は骨に……」
 
 トドメを刺す気か!? と慌てふためく少女達の中、その詠唱に聞き覚えのある何人かの者達は安堵した表情で中継カメラを眺める。
 
 そして告げられるカウント20とネギの勝利宣言。
 
 直後、ネギが小太郎に向けて魔法を発動した。
 
「――“白銀の癒し手”!」
 
  小太郎の身体が巨大な手に押し潰されるも、次の瞬間には見る見る内に傷が回復し、三十秒も過ぎる頃には失われた両腕も再生されていた。
 
 それを満足げに眺めたネギは大きく頷き、
 
「……俺って優しすぎるな」
 
「本当に優しい人は、あそこまでしないと思いますが……」
 
 言って、審判の少女は自分達の降りて来た穴を見上げた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「あー……、残念だったね小太郎君」
 
 この戦いで男気を上げた小太郎の敗北を惜しむ声が生徒達の間から零れ聞こえる。
 
 そしてそれとは対照的に、ネギに対する批難の声も零れ始めた。
 
「うん。――でも、ネギ先生も酷くない? ボロボロの小太郎君に何もあそこまでしなくっても良いと思うんだけど」
 
 そう言ったのは誰だったのか?
 
「うん、確かに……。アレはちょっとやり過ぎだよね」
 
 ポツリポツリとネギに対する不満の声が挙がってくる中、反論の声は意外な所から挙がった。
 
「そう? 相手がまだ戦闘可能なのに、油断したり手を抜いたりする方が有り得なくない?」
 
 明日菜は強く擁護するでもなく、いたって淡々とした口調で、
 
「勝ったつもりで油断してると、後ろからズドンとか良くあるしね。確実に行動不能にしておかないと」
 
 以前の彼女からは信じられない言葉に皆が唖然とする中、愉快そうな笑い声を挙げる者が居た。
 
「クックックック、なるほどなるほど。それなりの地獄は見て来たわけか神楽坂・明日菜」
 
 エヴァンジェリンだ。
 
 彼女はまるで明日菜の変わりようを受け入れるように、
 
「魔法世界に来てから、何度裏切られ、何度寝首を掛かれかけた? 人として扱われなかった事は? その思考が普通に出てくる所をみるに、一度や二度ではあるまい?」
 
 ……だが、そんな地獄の中を彼女は生き抜き、オスティアにまで辿り着いた。
 
「歓迎するぞ神楽坂・明日菜。貴様は我々と同じ側に立つ資格を手に入れた」
 
 ここから先、彼女は悪として覚悟を決めるべきだ。――でなければ、彼女が背負う運命に打ち勝つ事が出来ず、重圧と罪悪感に押し潰されてしまうだろう。
 
 ……そういう意味では、ぼーやは良い教育をした。
 
 ほくそ笑むエヴァンジェリンに対し、明日菜は明確な答えを出す事が出来ずにいた。
 
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