魔法先生……? ネギ魔!
 
 
書いた人:U16
 
第25話
 
「誰がテメェの言う事なんぞ聞くか、この白髪野郎」
 
 眼鏡を掛けたローブ姿の赤毛の少年。……ネギ・スプリングフィールドが吐き捨てるように告げる。
 
 テーブル越しに放たれた影の槍だが、それらは一つとしてフェイトの身体に届く事なく障壁によって全て防ぎきられてしまっていた。
 
「そう言ってくれると思っていたよ」
 
 眉一つ動かさず。余裕の表情で告げるのは、白髪の少年。フェイト・アーウェルンクスだ。
 
 対するネギは、眉を顰めた気難しそうな表情で、
 
「テメェ……、この障壁のパターン」
 
 ネギの目に映るフェイトの障壁パターンは複数の障壁が全方位に、まるで曼荼羅のように展開された複雑怪奇なものだ。
 
 随分と見覚えのある障壁パターンに歯噛みするネギ。
 
「あぁ、中々に使い勝手が良さそうだったからね。――真似させてもらったよ。君の障壁パターン」
 
「――の野郎!?」
 
 だが、それは裏を返せばフェイトがネギの事を認めている証拠でもある。
 
「落ち着きなよ、ネギ君。……僕の話はまだ終わっていない」
 
「いーや、終わってるね」
 
 勢いよくテーブルを叩き、立ち上がるネギ。
 
「交渉の余地は微塵もねぇ。手っ取り早く白黒つけようじゃねぇか。――なぁ、フェイト・アーウェルンクス」
 
 いきり立つ赤毛の少年に対し、白髪の少年は気にした様子も無くコーヒーを一口飲み、
 
「僕達の存在を無視するだけでいい。――それだけで、君達全員を旧世界に無事帰す事を約束しよう」
 
 その破格の条件を前にして、流石のネギも僅かに反応を示す。
 
 そこに畳み掛けるようにフェイトが口を開く。
 
「僕達と、君の父親達の因縁をどういう風に聞き及んでいるかは知らないが、ある側面から見れば、僕達の目的はこの世界を滅ぼす事にある。
 
 だが、それも故あっての事。何の関係も無い君達は黙っていてくれないか。
 
 ――それだけで充分だ」
 
 ネギからの返答が無い事にフェイトは更に口を開き、
 
「何も、英雄の息子だからと言って、君達が父親達の残した因縁を引き継ぐ事も無いだろう」
 
 本当にネギ達に手を引かせたいのか、それとも挑発しているのか、いまいち分からないが、フェイトが約束を守ってくれるとしたら彼の提案に乗らない術は無い。
 
 ……確かにお得な条件なんだけどな。
 
 暫し思案していたネギだが、やがて結論したのか口を開き、
 
「OK.――その条件」
 
 了承を得られると思ったフェイトは、密かにポケットに忍ばせていた魔法具を発動させ、同時に僅かな失望を得る。
 
「――その条件。……乗るわけねぇだろうが!」
 
 獰猛な笑みを浮かべて拒絶した。
 
「へぇ……。生徒達は見捨てると言うのかい?」
 
「アイツ等は日本に返す。この世界も守る。――ようはテメェ等をぶっ飛ばせば、どちらも叶えられるってわけだ。
 
 分かりやすくて良いじゃねぇか」
 
 そもそも彼らの言葉は信用に値しない。
 
 大体、生徒達を日本に帰した後は、こちらの世界に居着くつもりなのだ。その世界が無くなってもらっては困る。
 
「愚かな選択だねネギ・スプリングフィールド。そして君なら、そう言ってくれると思っていた。
 
 ――期待通りの解答をありがとう」
 
 言葉と共に放たれる“石の槍”。
 
 対するネギもただ見ているだけではない。
 
 ――解放“流星の拳”!
 
 魔力を宿したネギの拳が“石の槍”を迎え撃ち、粉々に砕いた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 同時刻。
 
 他の生徒達もフェイトの仲間の襲撃を受けていた。
 
 買い物中だったハルナとのどかの前に現れたのは、おそらく木霊系の亜人らしい頭部から伸びる歪曲した角(?)のような物を有した髪の長い少女だ。
 
 調と名乗った彼女は目を閉じたままに、ネギとフェイトの激突によって起こった爆発の方を気にする二人に向け、
 
「故あって、暫し足止めさせていただきます」
 
 ――来たれ!
 
 眼前に掲げた仮契約カードがヴァイオリンの形をしたアーティファクトになる。
 
 対するハルナとのどかもアーティファクトを召喚。
 
 相手がこちらの出方を伺っている隙に、先制攻撃を仕掛けた。
 
 まず動いたのはハルナだ。
 
 彼女は神速のペン捌きによってアーティファクト“落書帝国”に召喚するべき簡易ゴーレムを画き描く。
 
 ……アーティファクトが楽器。って事は、攻撃手段は音!?
 
 それが超音波なのか振動波なのかは分からないが、対抗する為に描く存在は、
 
 ――召喚・“マイク・サウンダーズ13世”!!
 
 現れ出たのはギターとキーボードを融合させたような形状の楽器を持つ、全高20mにも及ぶ巨大ロボットだ。
 
 流石にそれは予想だにしなかったのか、唖然とする調に対しマイク・サウンダーズ13世は手にした楽器“ギラギラーンVV”に命を吹き込む。
 
 演奏を始めたマイク・サウンダーズ13世に対し、驚異を感じた調は咄嗟にアーティファクト“狂気の提琴”を掻き鳴らし、マイクサウンダーズの振動波攻撃を相殺した。
 
「正気ですか!? 街中で、こんな巨大な物を召喚するだなんて」
 
 敵の攻撃を防ぎきり、僅かな安堵があった調の隙を付いて、のどかが彼女の真名を問い掛ける。
 
「お尋ね者ナメンな!?」
 
 これ以上無い程に、大ネギま団の悪名は魔法世界中に轟いているのだ。
 
 今更、街の一角を破壊したくらいでは、賞金額が多少上がる程度の事。既に開き直っている。
 
 二人は一瞬目配せすると、ハルナの作り出した簡易ゴーレムによって幾人にも分裂し、偽物の自分達に紛れて逃走に入った。
 
「クッ!?」
 
 散り散りに逃げ出した二人を追おうとする調だが、その肩を気軽に叩く人影が一つ。
 
「さて、選手交代だ。――今度は私が相手をしてやろう」
 
 そこに居たのは、圧倒的な魔力を保有する人あらざる者。
 
 長身に長い金髪をなびかせた見る者全てを平伏させる威圧感を持つ古の吸血鬼。
 
「闇の福音!?」
 
 幻術により、大人に姿を変えたエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルだった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 刺客が現れたのは、のどか達の前だけではない。
 
 ラカンと木乃香、そしてネカネとカモの前には暦と環と名乗る猫系の獣人少女と大きな角と巨大な尻尾を持った爬虫類系(?)の亜人の少女が、明日菜とあやかの前には焔と名乗るツインテールの少女と栞と名乗った頭にリボン帯を結んだ少女。
 
 そして、刹那の前にはかつて京都で相対した神鳴流の同僚、月詠が再び姿を見せていた。
 
「も、物凄く、死亡フラグが立っているような気がして堪らないんですが……」
 
 ラカンとネカネを前にした暦は傍らの環に向けて、そう呟く。
 
 片や大戦の英雄にして生きる伝説。片や称号を剥奪されたとはいえ“偉大なる魔法使い”だ。
 
 当初はラカンだけを交渉とお金によって足止めしておく予定だったのだが、そこにネカネが絡んでくるとなると話は大きく変わってくる。
 
 彼女の事は、実際に相対したフェイトから聞き及んで知っている。――曰わく“愛弟の為なら世界さえ敵に回す女”“ネギ狂い”“千の呪文の男の後継”などなど、その戦闘力とネギに向ける愛情の大きさは、噂に聞くだけでどれほどの物か想像するに容易い。
 
 当然、彼女も街中のそこかしこから伝わってくる不穏当な魔力にただならぬ物を感じてはいるだろう。
 
 そして、その中に、弟の魔力が混じっているとなると機嫌が良い筈が無い。
 
 カラカラに渇いた喉を、必至に唾液で潤し、小さく手を挙げた暦は、やっとの事で言葉を絞り出した。
 
「す、すみません。……ちょっと迷子になってしまったようなので、道を尋ねたいのですが」
 
 1万ドラクマ。と法外な値段を吹っ掛けようとしたラカンが口を開くよりも早く、ネカネが一歩を前に踏み出し、右手を横に伸ばす。
 
「交番はあちらよ。……ね?」
 
 ――笑顔が怖い!?
 
 二人共、敬愛すべきフェイトの為ならば死ぬ覚悟はある。……だが、ネカネから放たれる威圧感は、彼女達に死を恐怖させた。
 
 トラウマを植え付けられ、ガクガク頷きながら、そそくさとその場を去って行く暦と環。
 
 二人の少女を見送ったネカネは視線をネギが居るであろう方向に向け、
 
「では、私はちょっとネギの所に行ってきます」
 
「俺は手伝わねぇぞ」
 
「不要ですわ」
 
 ……だろうな。
 
 闇の魔法を極めた彼女と、一度相対してみたが、
 
 ……ありゃ強ぇ。
 
 負けるとは思えないが、勝てるとも思えない。正直、若い頃のナギと戦っているような感覚だった。
 
 とはいえネカネのそれは、ナギと戦っていた時に感じたワクワクするような感情はなく、あるのは迫り来る力に対する戦慄だけだ。
 
 ネカネには、戦いを楽しもうという気持ちは微塵も無い。
 
 あるのは、純粋にネギの敵となる者を屠るという思いだけ。
 
 ……端から見てる分には面白ぇが、関わり合いにならねぇのが一番だな。
 
 そう結論し、懐から仮契約カードを取り出すネカネの後ろ姿を見ていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 焔と栞の二人を前に、大剣と鉄扇を構える明日菜とあやか。
 
「アスナさん、あちらのツインテールの方をお願い出来まして?」
 
「別に構わないけど、いいんちょこそ、一人で大丈夫なの?」
 
 明日菜の問い掛けに、あやかは不敵な笑みを浮かべて、
 
「私を誰の弟子だとお思いですか?」
 
「エヴァちゃんでしょ? 私もだけど」
 
 言い合うと、二人は一瞬だけ拳を合わせ、
 
「負けんじゃないわよ、いいんちょ」
 
「それはこちらの台詞ですわ」
 
 次の瞬間、二人の姿が忽然と消えた。
 
 常人の目には追い付けぬ速度で迫る明日菜とあやかだが、彼女達と相対する少女達もただ者ではない。
 
 高速で移動する彼女達の動きにシッカリと付いてくる。
 
 ……様子見は無し。――初手で決めるつもりで……!!
 
 急制動を掛け、動きを停めた明日菜が反転し、大上段に破魔の剣を振りかぶる。
 
 ――咸卦法・四式・断!!
 
 斬撃波が焔に向かって飛ぶ。
 
 だが焔は慌てる事無く、迫る斬撃波を一瞥すると己の能力を使用。
 
 直後、爆炎が生じ斬撃波が相殺された。
 
 ……魔法? ……じゃないわね。
 
 詠唱も何も無かった。――遅延魔法の可能性もあるが、彼女の種族が半人半霊の火の精の類で、その種族特有の固有スキルと考えた方が良いだろうか。
 
 ……どちらにしろ、私には通じない!
 
 相性は良い。ならば一気に決着を付ける。
 
 捕獲して、のどかの元に連れて行けば多少なりとも彼らの目的が分かる筈だ。
 
 真剣な眼差しで左手をポケットに突っ込み、中からアイテムを取り出す。
 
 明日菜の行為に、警戒を露わにする焔。
 
 彼女の危険性、並びに重要性は色々とフェイトから聞き及んでいる。
 
 だからこそ、二人がかりで捕獲に来たのだが。
 
 ……まだか? 栞。
 
 彼女達の得ているデータには記載されていない相手、雪広・あやか。
 
 精々が、ネギの受け持つクラスに在籍している生徒で、雪広財閥の次女という程度の情報しかない事から一般人と侮り、計画になんの支障もない相手だと判断した。
 
 だというのに、栞が一向に戻って来ない。
 
 その栞はというと……、
 
「何と申しますか貴女……。少し人を侮りすぎですわ」
 
「クッ!?」
 
 無数の糸によって身体を絡め取られ、一切の自由を奪われていた。
 
 エヴァンジェリン直伝の技だ。
 
 糸自体は何の変哲も無い物であるが、魔力を通す事により鋼以上の強度を持たせる事が出来る。
 
 それにより、あやかの事を侮り仕掛けてきた栞は、逆に捕らわれてしまった。
 
「さて、アスナさんの事ですから大丈夫とは思いますが、念のために様子を見て来ましょうか」
 
 では暫くお休みになっていてください。と身動きの取れない栞の首筋に鉄扇を落とし意識を刈り取った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 場面は、明日菜と焔の戦闘に戻る。
 
 明日菜の取り出したアイテムは手帳。
 
 魔力も何も感じない、旧世界の百均ショップで売られているような安ぽいファンシーな表紙の手帳だ。
 
 明日菜は手帳の付箋の貼られているページを開き、
 
「えーと、何々……。
 
 至哉坤元(至れるかな坤元)萬物資生(万物とりて生ず)乃順承天(すなわち従いて天をうく)含弘光大(含み広く輝き大きく)品物咸享(品物ことごとく通る)坤厚戴物(坤は厚くして物を戴せ)徳合天疆(徳はかぎりなく合う)」
 
 書かれている文章を、拙いながらも読み上げていく。
 
 もし、夕映が気を利かせてふりがなを振っていてくれなかったら、絶対に読めなかっただろう文章。それは……、
 
「完成せよ、真・破魔の剣!」
 
 閃光が明日菜の持つ破魔の剣から放たれる。
 
 ――訪れたのは変貌。
 
 片刃の大剣だったソレは、透明な刀身を持つ両刃の大剣に。
 
 ……拙い。……拙い! ――拙い!!
 
 その剣が、どのような物なのかも分からないが、彼女の本能が警鐘を鳴らす。
 
 ……あの剣はヤバイ。
 
 明日菜が何かしろのアクションを起こす前に、攻撃を仕掛けようとする焔だが、手にした剣を大地に突き立て一言、
 
「無極而太極斬」
 
 それだけで、彼女を中心とした半径100mのあらゆる魔力が消失した。
 
 当然、焔の能力も発動させる事が出来ない。
 
 ……ッ!? やはり、彼女は危険過ぎる。
 
 だからこそ、“完全なる世界”の計画には明日菜の存在が必要なのだ。
 
 一秒にも満たない思考の隙を付かれ、一瞬で懐まで間合いを詰められた焔は腹部に鈍い衝撃を受け意識を手放した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ――同時刻。刹那も相対した月詠と戦闘を行っていた。
 
 既に200合を越える打ち合い。
 
 端から見れば互角に見えるそれも、若干、刹那の方が押されている事が当人同士では分かる。
 
 互いにまだ全力を出してはいないが、刹那が8割の力を出しているとすれば、月詠は7割といった所か。
 
 僅かに1割の差。だが、その1割に加え正道で鍛え上げてきた刹那に対し、邪道で生き抜いてきた月詠は勝つ為に手段を選ばない。
 
 それが決定的な差となった。
 
 特殊な式神を使い、刹那の纏う服を剥く。
 
 半裸にされた事により、一瞬動揺した刹那に生じた隙を見逃す程、月詠は甘くはない。
 
 動きを封じられ、喉元に刃を突き付けられる刹那。
 
 自身の未熟に歯噛みする刹那だが、次の瞬間月詠の身体が横合いから放たれた蹴りにより弾き飛ばされた。
 
「遅なってスマンなぁ!」
 
「こ、……小太郎さん!」
 
 小太郎に蹴り飛ばされた月詠だが、ダメージは皆無なのか平然とした様子で着地。
 
 そのまま小太郎を一瞥し、
 
「なんやー……、小太郎はんやんかー。――久し振りどすなぁー」
 
「あぁ、久し振りやな。……ちゅーか、お前まだフェイトと組んどんのかい」
 
 半ば呆れるように告げる小太郎に対し、月詠はニコニコとした笑みのまま、その瞳にだけ狂気を宿し、
 
「フェイトはんと一緒に居ったら、強い人らと戦えますさかいなー」
 
「……まぁ、その気持ちは分かるわ」
 
 直後、両者の腕が高速で振るわれ、周囲が衝撃波により破壊される。
 
「ほな、どうですか? 小太郎はんも、こっちに来たらー」
 
「なッ!?」
 
 まさか、いきなり小太郎を勧誘しだすとは思っていなかった刹那が驚愕の声を挙げる。
 
 基本的に小太郎は良い人だが、戦闘を楽しむタイプの人間だ。
 
 彼が宿敵と認めるネギと戦う機会のある向こう側に寝返る可能性も……、
 
「い・や・や!」
 
 ――微塵も無かった。
 
「陰湿で嫌いやねん、アイツ(フェイト)。いや、ネギも大概陰湿やけどな。……陰険って言うた方がえぇかもしれんけど」
 
 どちらも似たようなものだ。
 
「ともかく俺は、お前等の方には付かん!」
 
 言葉と共に振るわれる拳が答えだ。
 
 対する月詠は大きく跳躍して回避。
 
 深々と溜息を吐き出すと、
 
「ほうですかー。……まあ、今日の所は充分堪能出来ましたしー、これで引き上げさせてもらいますー」
 
 桜吹雪が月詠の姿を覆い隠す。
 
「あぁそうそうセンパイ。次に会うた時もこの調子でしたら……、ウチ、センパイの全てを頂いてしまいますえ」
 
 そう言い残し、月詠の姿が小太郎達の前から消え失せた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 爆音が轟き、街の一角が音を発てて崩壊する。
 
 現在、お祭り騒ぎ中のオスティア。普通ならばエキサイトし過ぎた野試合か? と思われ、通行人達もそれほど騒いだりせずに警備隊に通報し、後は暢気に見物している程度なのだが、騒ぎの中心に居る人物がネギとなれば話は別だ。
 
 英雄の息子というだけで、既に彼は超が付く程に有名であるし、拳闘大会における試合で彼の魔法の破壊力も広く知れ渡っている。
 
 特殊な防御結界の敷かれている闘技場ですら被害が出ているというのに、こんな街中で行われる戦闘に巻き込まれればどうなるか? 想像に難しくない。
 
 巻き添えを恐れ、一転して逃げ惑う通行人達。
 
「おーおー……。俺も随分と有名になったもんだな」
 
「悪名がね」
 
 そう付け加えてくるフェイトに対し、ネギは鼻白んだ態度で、
 
「テメェが言うか? 俺をお尋ね者に仕立て上げたの何処の何奴よ?」
 
 対するフェイトは悪びれた様子も見せず平然とした態度で、
 
「他の娘達に関しては僕が仕立て上げたが、君に関しては全て君自身の責任だろう?」
 
 ……そうだっけ?
 
 ゲートポートを完全に破壊したのは?
 
 ……俺だな。
 
 アリアドネーで貴重な魔導書を何冊も盗んだのは?
 
 ……俺だな。
 
 アリアドネーに在籍する生徒達を誘拐したのは?
 
 ……俺だな。
 
 結論。ネギ・スプリングフィールドは紛れもない犯罪者である。
 
 ……まぁ、良いか。全部、コイツ等の所為にすれば。
 
 そう思考するネギの脳裏に、ネカネからの念話が届いた。
 
“ネギ。大丈夫? 怪我とかしてない?”
 
 ……ネカネ姉ちゃん?
 
“えぇ、そうよ。お姉ちゃんよ。
 
 ネギ、良い子だから、お姉ちゃんを召喚しなさい。ネギを苛める悪い人は、皆、お姉ちゃんが退治してあげるから”
 
 ……じゃあ、お言葉に甘えて。
 
「召喚! ネカネ・スプリングフィールド!!」
 
 呼び出されたネカネは、ネギの身体を見て、大きな怪我が無い事に安堵の吐息を吐き、彼と相対していたフェイトへと視線を移す。
 
「あらあら、また貴方なの。……懲りないわね」
 
 笑みを崩さない表情だが、その瞳に宿るのは純然たる殺意だ。
 
「姉ちゃん、足止めよろしく! こっちはデカイのの準備に入るから!」
 
 ネギから指示を受けたネカネは手を挙げて応え、
 
「えぇ、任せておいて」
 
 そしてネギに向けるものとは一転した冷酷非情な声で、
 
「貴方、もうここら辺で死んでおきなさい」
 
 ――“戦いの旋律”!
 
 直後、一気に間合いを詰めたネカネの拳が、フェイトの腹にめり込んだ。
 
 ……グッ、以前より更に速い!?
 
 障壁越しに殴られてこの威力だ。
 
 更には攻撃を逸らす余裕すら無いほどに速い。
 
 生半可な魔法では、正面から砕かれる。かと言って大威力の魔法を唱える隙は与えてくれない。
 
 スピード、パワー、魔法の破壊力、経験、戦いの為の意思力、殺意。全てにおいて遙かに高い次元で完成された存在。それがネカネ・スプリングフィールド。
 
 ちなみに、ネカネはまだ“闇の魔法”を使ってもいない。
 
 ジリジリと追い詰められるフェイトの視界の隅、そこではネギが呪文の詠唱を開始していた。
 
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル!
 
 汝ら、我が肉に組まれし唱える者共! 絶えたし血と肉と骨の痛み、今し出で唱えよ!!
 
 ――“激力鬼神三面瘡”!!」
 
 ネギの両肩と腹に現れたのは、両の眼を封印された、かつて彼により倒された鬼神、魔神の首だ。
 
 通常は、餓鬼などといった下位の存在を封印し取り込む事により複数の呪文詠唱を行う際の補助に宛がうのだが、ネギが取り込んだのは上位の魔神、鬼神。
 
 当然、詠唱出来る呪文も最上位の物となる。
 
「白髪野郎!」
 
 呼ばれ、振り向く。
 
「取って置きを見せてやる! 見たら、死ねぇ!!」
 
 ネカネの一撃がフェイトの身体を大地にめり込ませ身動きを封じた。
 
 その隙に姉が離脱するのを確認したネギは魔神達に呪文の詠唱を開始させる。
 
 まずは右肩の魔神が口を開いた。
 
『契約により、我に従え高殿の王。来たれ巨神を滅ぼす燃え立つ稲妻。
 
 百重千重と重なりて走れよ稲妻。――“千の雷”』
 
 放たれるのは雷撃系最大級の魔法。
 
 轟音と共に、無数の雷がフェイトに降り注ぎ周囲を純白に染め上げた。
 
「グッ、う……ぉ!」
 
 展開している防御障壁が軋みを挙げ、幾つかが粉砕されるが、それでも術者を守りきったのは流石と言うべきか。
 
 だが、ネギの攻撃はまだ終わらない。
 
『契約に従い、我に従え氷の女王。来たれ永久の闇永遠の氷河。
 
 全ての命ある者に等しき死を、其は安らぎ也。――“終わる世界”』
 
 続いて詠唱を開始したのは左肩の鬼神。
 
 氷結系最大級の魔法により、周辺一帯の物体を有象無象の区別無く全て凍らせて砕く。
 
 フェイト自身は辛うじて無事だったものの、彼の身代わりとして障壁が完全に砕け散った。
 
 鎧を無くした彼に向け、腹の魔神が詠唱を開始。
 
『契約に従い、我に従え炎の覇王。来たれ浄化の炎燃え盛る大剣。
 
 ほとばしれよソドムを焼きし火と硫黄。罪ありし者を死の塵に。――“燃える天空”』
 
「ッ!?」
 
 超高温の炎がフェイトの身体を焼く。
 
 咄嗟に新たな魔法障壁を展開したが、その程度の障壁で防ぎきれるような生優しい魔法でも無い。
 
「グッ……あ」
 
 既に満身創痍。辛うじて息がある程度のフェイトに対し、ネギは情け容赦無くトドメとなる呪文の詠唱に入った。
 
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル!
 
 ――咎人達に滅びの光を!
 
 星よ集え、全てを撃ち抜く光となれ!!」
 
 これまでの戦闘で、周辺宙域に霧散した魔力がネギの元に集っていく。
 
 “千の雷”だけで、“雷の暴風”の約10倍の魔力消費量。それと同級の魔法が合計3発。
 
 それだけでも充分に致死させるだけの破壊力を有しているというのに、現在オスティアでは各所で“大ねぎま団”対“完全なる世界”の戦闘行為、更には野試合や拳闘大会が行われており、その魔力を集約した破壊力は戦艦の主砲と比べても何ら遜色は無い。
 
「――死ね」
 
 冷淡に告げ、杖を振り下ろす。
 
「貫け閃光! ――“破壊の星光”!!」
 
 尋常あらざる量の魔力がフェイトごと地面を穿ち、オスティアの街の一角に巨大なクレーターを作り上げた。
 
 常人ならば、即死の一撃だ。だが相手はあのフェイトである。
 
 粉塵が晴れ、フェイトの死を確認するまでネギは警戒を解かない。
 
 ネカネが気を利かせて風で粉塵を吹き飛ばす。……が、そこにフェイトの姿は無かった。
 
 周囲を探るが、彼の気配も魔力も感じない。
 
「……逃げられたか」
 
 肉片一つ残さずに死んだとは、到底考えられない。
 
 短く舌打ちし、念話で他のメンバーの無事を確認して漸く安堵の吐息を吐いた。
 
 正直、魔力が殆ど残っていないので、これ以上の戦闘は避けたい所だ。
 
「姉ちゃん……」
 
「なぁに?」
 
 ネギに名を呼ばれて、慈愛の籠もった眼差しで答えるネカネ。
 
 対するネギは、疲れの見える息を吐きながら、
 
「取り敢えず、警備兵の来る前にズラかろうか。……ぶっちゃけ、俺、魔力が空で今戦闘になったりしたら、かなりヤバイし」
 
「ふふふ、その時は、お姉ちゃんがちゃんと守ってあげるわ」
 
 歩くのさえ億劫そうなネギに肩を貸し、姉弟は雑踏の中に姿を消した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「大丈夫ですか!? フェイト様」
 
 満身創痍の彼を気遣うのは、“破壊の星光”が直撃寸前の彼をアーティファクト“時の回廊”を使用して助け出した暦と環だ。
 
「……僕は、生きているのか?」
 
 まさか、あそこまで追い詰められるとは思ってもみなかった。
 
「はい。ですが、焔、栞、調の三人が敵に捕らえられたようです……」
 
「そうか……」
 
 予想以上に高いネギ達の戦力に、計画の練り直しを要される事になったようだ。
 
「焔達を捕らえられたのは痛いけど、人質ならこちらにも居る。――条件はまだまだ五分だよ。
 
 そんなに気落ちする必要は無い」
 
 仲間をみすみす捕らえられた事に悔しそうな表情の少女達に慰めの声を掛け、フェイトは一人思案する。
 
 ……流石は彼の息子と言った所かな。この僕に――、
 
 ジッと己の手を見る。
 
 その手は未だに小刻みに震えていた。
 
 戦闘の後遺症や怪我によるものではない。
 
 ……この僕に、恐怖を与えるなんて、ね。
 
 その感情に対し、歯噛みするフェイト。
 
 そして彼は、自分に恐怖を植え付けてくれた少年……、ネギ・スプリングフィールドという者の存在を認めた。
 
 英雄の息子としてではなく、ネギとして、だ。
 
 ……この借りは必ず返すよ、ネギ・スプリングフィールド。
 
 彼を殺した時に、この気持ちは晴れるのだろうか?
 
 そんな事を考えながら、フェイトは疲労の為、深い眠りに落ちていった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 大ネギま団本部(旧Nノーチラス号・ミーティングルーム)。
 
 一先ずの休憩を取ったネギ達は、今回の襲撃事件を纏める為、この部屋に集まっていた。
 
「なるほどなぁ……。襲われてたのは、俺に、ジャックのオッサンに近衛、姉ちゃん組、アスナと雪広コンビ、桜咲に、宮崎、早乙女コンビか」
 
 唸り、思考する。
 
 ……姉ちゃん達は、判別が付きにくいけど、他の面子は狙われたのはアスナに、宮崎って所か。
 
 明日菜は彼女の立場と能力からして当然と言えば当然だろう。のどかに関しては、その厄介なアーティファクトの為だ。
 
「宮崎ー」
 
「は、はい!」
 
 突然名前を呼ばれ、緊張した面持ちで返事を返すのどか。
 
 そんな彼女に対し、ネギは気負った様子も無く、
 
「この艦の外で行動する場合、誰か強そうな奴と一緒に居るようにしとけ。
 
 多分、お前も狙われてるだろうから」
 
「わ、私がですか?」
 
 のどかは驚きの声を挙げるが、ネギは何時もと変わらぬ態度で、
 
「そ。それだけ、お前のアーティファクトって相手側にしてみれば厄介なんだろうよ。
 
 ……極力、俺も一緒に居るようにするけど、俺も試合とかもあるしな」
 
 とはいえ、フェイト級の相手が直接出向いてきた場合、ネカネやエヴァンジェリンでもないと止めようが無い。
 
 外出時はネギと一緒という思わぬ特典に紅潮するのどか。
 
「他にも、アスナと近衛も一人で行動すんなよ。外出する時は常に誰かと一緒にな」
 
 一応の対策はその位のものだ。一番良いのは、隠れ家から出ない事だが、そういうわけにもいくまい。
 
 そう結論したネギは次の議題に入る。
 
「それよりも、尋問の結果は?」
 
 捕虜の三人は、一度全裸に剥いて武器や仮契約カードを没収した上で、目隠しに拘束具付きで監禁してある。
 
 しかも、監禁してある部屋は、麻帆良学園の地下尋問室と同じ仕組みで、あらゆる魔力を打ち消してしまう為、彼女達に脱出の術は無い。
 
「あ、はい!」
 
 最強の尋問官、宮崎・のどかは慌てて仮契約カードを取り出してアーティファクトを顕現させると、
 
「重要な事が一つ分かりました」
 
 一息、緊張した面持ちで、口を開いた。
 
「どうも、アーニャさんが、敵に捕らえられているみたいです」
 
「……は?」
 
 ……何だそりゃ?
 
 流石にそれは予想外だったのか、唖然とした表情のネギ。他の少女達の驚きの表情を見せているものの、すぐにアーニャ救出の為の作戦会議を始める。
 
「一番手っ取り早いのが、人質の交換でござるな」
 
「本屋ちゃん。敵の隠れ家の場所とか分かる?」
 
「あ、はい。……墜落した廃キの方にあるようです」
 
 言って、テーブルの上に自身のアーティファクト“いどの絵日記”を広げる。
 
 とはいえ、折角の人質。このまま素直に帰してやるのも惜しい。
 
 ……良く考えろ。こいつはピンチだけど、チャンスでもある。
 
 千草と同じ、“青き爪の呪い”でも掛けて解放してやろうか。とも思ったが、のどかの絵日記を見る限り、彼女達のフェイトへと忠義は大したものだ。自身がヒキガエルとなる事すら厭わないだろう。
 
 ネギ的には別にそれでも構わないのだが、生徒達のブーイングにあい、この案は断念。
 
 ……幻術で、偽物とすり替える。
 
 ディレクトマジックくらい使って確認するだろうから、すぐバレるな。
 
 妙案の浮かばないネギは乱暴に頭を掻き毟り、深々と溜息を吐いて、
 
「取り敢えず、長瀬、朝倉、相坂の三人で、件の場所の確認。可能なら、アーニャの無事も確認してきてくれ。
 
 ――但し、無理に救出しようとしなくていい」
 
 敵の具体的な戦力が不明な以上、危険な橋を渡るのは極力避けるべきだ。
 
 それに場所も拙い。
 
 もし、近くにゲートポートがあるのだとしたら、迂闊な戦闘行動を起こすわけにもいかないからだ。
 
 特に、ネギ、ネカネ、エヴァンジェリンと言った主力の投入が出来なくなる。
 
 ……ゲートポート破壊しちまったら、こいつら送り届けられなくなるからなぁ。
 
「まあいいや。この話は一旦保留。……お前等も迂闊に動こうとするなよ。妙な正義感出して自分達だけで助けに行こうなんて絶対に考えるな。
 
 ……特に高音あたり」
 
 先手を打つと、そのつもりがあったのか僅かにたじろいでみせる高音。
 
 対するネギは真剣な眼差しで、
 
「下手したら、被害がが拡大しかねねぇ。そん時は、アーニャ共々切り捨てるから、そのつもりでいとけ」
 
「……分かりました」
 
 渋々ではあるが、ネギの言葉を了承する高音。
 
 対するネギは、気負いの無い態度で、
 
「心配すんな。ちゃんとアーニャは助け出すから」
 
 それだけは絶対に約束すると断言した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 アーニャに関しては一応保留という形で決着が着いたので、議題の内容が変わる。
 
「今回の襲撃、見事に敗北を晒してくれた間抜けが一名います」
 
 ツカツカと歩み寄り、その間抜けの元まで歩み寄ると、彼女の肩を優しく叩き、
 
「良かったねせっちゃん。近衛のお嬢様が一緒に居なくて」
 
 満面の笑みを浮かべて、これ見よがしに告げる。
 
「もし負け犬と一緒に居たら、おぜう様まで一緒に殺られてたかも知れないもんね?」
 
 ……悔しい。だが、ネギの言う通りだ。負け犬には言い訳すら許されない。
 
 拳を強く握りしめ、屈辱に耐える刹那。
 
 その傍らで、ネギに抗議の声を挙げようとする木乃香を止めたのは、意外な事に明日菜だった。
 
 彼女は無言のままで首を振り、強い眼差しでネギを信じろと視線で訴える。
 
 偶に間違った事をする彼ではあるが、それでも最終的には己の血となり肉となっている事が今日の襲撃で証明された。
 
 だから、この嫌味も何かしらの意味があるのだろう。
 
 そのネギといえば、俯く刹那の顔を下から抉り込むようにして覗き、
 
「中途半端こいてんじゃねぇぞ桜咲」
 
 胸ぐらを掴み上げ、
 
「いい加減認めたらどうよ? テメェは人間じゃねぇ。この上なく立派な化け物だ!」
 
 刹那の肩が目に見えて大きく震えるが無視、
 
「人の振りして、自分に制約掛けて、その上でまだあの戦闘狂に勝てると本気で思ってんのか?
 
 それとも、お前は自分の体裁が一番で、大事だと言ってるおぜう様の命はそれ以下ってか?」
 
「そんな事はありません!」
 
「そんな事になってんだろうが!」
 
 空いている手で指を鳴らす。
 
 刹那の染めている髪の色が抜け、黒から白に、瞳のカラーコンタクトも外れ紅に。更に服も大きくはだけ、背の大翼が露出する。
 
「何で本性晒らさねぇ!? 化け物だと皆に嫌われるとでも本気で思ってんのか!?
 
 ――見くびってんじゃねぇぞ。
 
 テメェが人間だろうが、烏族のハーフだろうが、桜咲・刹那である事に変わりはねぇだろうが!」
 
 強く突き飛ばすと、彼女を支える人影がある。
 
「言い方や方法は乱暴やけど、ネギ先生の言う通りやでせっちゃん」
 
 背後から強く、刹那の身体を抱き締める木乃香。
 
「どんな姿しとっても、せっちゃんはせっちゃんや。
 
 他の誰が何と言おうと、それはウチが一番良お分かっとる。……それとも、せっちゃんは、ウチの事信用出来へん?」
 
「そ、それだけは絶対にあらへん!」
 
 そう、それだけは絶対に無いと断言出来る。
 
「ほな決まりや。……それにウチ」
 
 刹那の純白の髪を愛おしげに撫で、
 
「この白い髪も、結構好きやで」
 
「……このちゃん」
 
 良い雰囲気を醸し出す二人。そんな中、空気を読まずにネギが割り込み、
 
「あ、悪い。その白い髪見てると、あの白髪野郎思い出してムカついてきた。
 
 やっぱ、黒に染めてくれ」
 
「アンタ、色々と台無しだ!?」
 
 その場に居た全員から、まったく同じツッコミが入った。
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