魔法先生……? ネギ魔!
 
 
書いた人:U16
 
第24話
 
 ラカンの別荘からグラニクスの街に戻ったネギは唖然として大きく口を開けたまま呆けていた。
 
「……いや、その気持ちも分からんでもないけどな」
 
 気遣いネギの肩を優しく叩く小太郎の声も、今のネギには届いていない。
 
 彼に反応が無い事を知り、早速悪戯しようと美空が油性マジックの蓋を外した所でネギが正気に戻り、彼女のマジックを持った右手と顔面を鷲掴みにして拘束した。
 
「……あー、取り敢えずもう一回聞くぞ?」
 
「いだ!? いだだだだだだ!! 割れる!? ネギ先生! 頭割れる!!?」
 
 美空が悲鳴を挙げるがネギはそれを無視しつつ、
 
「椎名がギャンブルで100万ドラクマ稼いで、和泉達を解放しちゃいました。てへ♪ と……」
 
「それでもまだ金が余ったんで、合流した連中で、現在豪遊中や」
 
 小太郎から追加補足してもらったネギは、「ハハハ……」と力のない笑みを浮かべたと思ったら美空を手放して机に突っ伏し、
 
「……やってらんねぇ」
 
「まあ、その気持ちも分かるけどな……」
 
「もう、オスティア行くの止めてこっちで好き勝手暴れ回るのはどうよ?」
 
 正直、教師なんかやっているよりも、そちらの方がずっと性に合っている。
 
「そらえぇな。トレジャーハンターでもやるか? 用心棒とかでもえぇな」
 
「用心棒はねぇな。俺、人に命令されるのとか嫌いだし」
 
「そら、俺も同じや」
 
 一頻り笑い合いガッシリと手を取り合うネギと小太郎。
 
「取り敢えずの軍資金として優勝賞金の100万ドラクマだな」
 
「おう、俺も丁度そう思っとた所や」
 
 ともあれ、帰るにしても拳闘大会で優勝するにしても、一行はオスティアに向かう事に変わりはないのだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 それから数日後。
 
 オスティア終戦記念祭を数日後に控えた空中浮遊都市オスティアの市街を歩く人影があった。
 
 擦り切れ、ボロボロの外套を身に纏ったその人物はフードを目深に被り、素人目にも分かる程に険悪な空気を振りまきながら街を歩いて行く。
 
 そんな彼……、否、フードの隙間から僅かに覗き見える長い髪とそれを束ねる鈴の髪飾りからして女性なのだろう。
 
 彼女の目に留まる街中の至る所に掲げられている拳闘大会のポスター。中でも今大会の注目株、大英雄ナギ・スプリングフィールドの息子であるネギ・スプリングフィールドの大写しになったポスターが、彼女の通り過ぎる度に引き裂かれていく。
 
「見つけ次第……、ぶっ殺してやるわ。――ネギ!!」
 
 決意新たに誓う神楽坂・明日菜は、取り敢えず今晩の宿を求め、雨風の凌げそうな場所を探す。
 
 ぶっちゃけた話、今の明日菜に宿に寝泊まりするだけの余裕は無いのだ。
 
「……それもこれも、全部ネギの所為よ」
 
 ここ数日は風呂にも入っていないような状況なので、そんな環境が尚更彼女の心を荒ませていく。
 
 取り敢えず見晴らしの良い展望台を見つけたので、そこに腰掛け荷物の入ったズタ袋から干し肉と乾パン、そして水の入った水筒を取り出して食事を始める。
 
 一瞬、懐かしいと思えるような光景が見えたような気もするが、今の明日菜にそんなものを気にしている余裕は無い。
 
 あやふやな幻覚よりも食事。
 
 食べられる時に食べておかないと、何時何に襲われるか分からないのだ。
 
 とはいえ、一切れの干し肉と数枚の乾パンに水だけという食事では、育ち盛りの明日菜の胃袋を満足させられる筈も無い。
 
 だが、今の彼女の懐具合からすれば、贅沢出来るだけの余裕も無いのもまた事実。
 
「……ダイエット、ダイエット。これは丁度良いダイエット」
 
 そう思い込む事により、少しでも空腹を紛らわせようと試みていると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
 
「うははははは! 堪んねぇなぁオイ!」
 
 そこに居たのは大きな紙袋を抱えたネギと傍らを歩く荷物持ちの茶々丸姉だ。
 
 桜子がギャンブルで儲けた金を軍資金に株に手を出したネギ。
 
 ウィル子と千雨のコンビを前にしては如何に魔法世界の電子精霊達とはいえ、その侵攻を阻むどころか気付く事さえも出来ずにいた。
 
 結果、株式市場を思うがままに操り、一財産築いた彼らは左手団扇な生活を満喫しながらも、次々と新たな事業に着手。
 
 ウエイトレス役を務める少女達に可愛らしいメイド服を着させて男性客を集め、そこで更に五月の料理によって完全に陥落させる。これにより、少女達の色香に惑わされた男達ばかりではなく美食家達の間からも支持を受けるようになり、現在は2号店の出店を計画中である。
 
 他には柿崎のアイドル化計画や、合流したザジ達による大道芸、葉加瀬による新兵器開発等、多種多様にわたり手広く展開している。そうして得られた資金は、あやかによる資金運営によって着実に増やしていった。
 
 潤沢な資金を得たネギは次々と新しいマジックアイテムや武器を購入。今も闇市で新たなアイテムを買ってきた帰りである。
 
 彼の姿を確認した瞬間、明日菜がネギに飛びかかった。
 
「ネッギィ――!!」
 
 咸卦法を使用し、身体能力を格段に向上させた明日菜の拳がネギに向けて放たれる。
 
 夏休み中の特訓により、明日菜も数段パワーアップし咸卦法のバリエーションも増えているが、ここは敢えて壱式“剛”だけでネギに立ち向かう。
 
 これは別段、彼に怪我をさせたくないとかいう理由ではなく、ネギを相手にする場合は下手に小細工を労するよりも自身の完全魔法無効化能力を前面に出して戦う方が有利に事を進められるからだ。
 
 ネギの常時展開している障壁を容易く突破して明日菜の拳が彼の顔に迫る。
 
 ……が、ネギは突然の事態にも関わらず、余裕の笑みを浮かべると避けようともせずにその拳をまともに受け……、その身体を霞みのように消し去った。
 
 後に残るのは見た事もないような文字の書き連ねられた一本の帯だけ。
 
『――我は鏡、銀の鏡、貴公の姿になりかわり貴公の虚影を作る者なり』
 
 帯が言葉と淡い輝きを放ちながら朽ちていく。
 
「あーあ……。折角の高速呪符帯、ぶっ壊しやがって……」
 
 聞こえてきた声に振り向いてみれば、そこには無傷なままのネギの姿がある。
 
 ネギは茶々丸(姉)に荷物を渡しながら、手出し無用と告げると、再度、明日菜と相対し、
 
「さてと……、んじゃぁ、早速どの位強くなったのか? 見せてもらおうか?」
 
「すぐに後悔させてやるわ、ネギッ!」
 
 襲いかかる明日菜に対し、ネギは背後に大きく跳躍しながら詠唱を開始する。
 
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル。
 
 風は虚ろな空を征く。声は絶えよ、詩は消えよ、涙は流れぬまま枯れ果てよ。
 
 ……“凶殺の魔爪”」
 
 ネギが超高速で移動を開始。
 
 その身を7つに分け、全方位から明日菜に襲いかかった。
 
 対する明日菜はネギを捉えられないと即座に判断すると、足を肩幅に開いて腰を落とし両腕を立てた防御の構えを取る。
 
 ――激突!
 
 七人のネギが手にした杖を明日菜に向けて叩き付ける。
 
 だが明日菜は微動だにせずそれを受けきると、術が解け一人に戻ったネギの腕を掴み動きを封じた。
 
 舌打ちし、明日菜の腕を振り解こうとするネギだが、それよりも早く獰猛な笑みを浮かべた明日菜がネギの腹に拳を叩き込む。
 
「グッ……ぁ」
 
「まず一発!」
 
 咄嗟に目眩ましの閃光魔法で明日菜の視界を奪い、その一瞬で離脱したネギは展望台に立っている柱を力業でへし折り、それを明日菜に叩き付けた。
 
「カハッ!?」
 
 目が眩んでいる今の明日菜にその一撃を回避する術は無く、まともに食らってしまい、壁まで吹っ飛ばされると、更に追い打ちを掛けるようにネギが呪文の詠唱を開始。
 
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル! ──命運尽きし星の欠片たちよ。今こそ我が新たなる命吹き込まん!
 
 なれば我が意に従いて空を舞い、敵を掃滅せよ……。“星屑の乱舞”!!」
 
 ネギの魔法により、周囲の瓦礫が宙を舞い、壁に埋もれて身動きの取れない明日菜に降り注ぐ。
 
 だが明日菜も黙ってそれを待つほどお人好しでもない。
 
 全身に纏う咸卦の氣を限界にまで高め、そのまま敵に向けて突撃する攻防一体の荒技。
 
「咸卦法・六式! ――“穿”!!」
 
 襲い来る瓦礫を破砕しながらネギに向け吶喊を敢行。
 
 対するネギも獰猛な笑みを浮かべ、待機させてあった呪文を発動させる。
 
 ――解放。
 
「……“炎魔集熱地獄”!!」
 
 地獄の炎を召喚。それを全身に纏い、高速で明日菜に向けて突撃するネギ。
 
 両者が激突した衝撃により、展望台を中心として周辺一帯が原型を留めていない程に破壊される。
 
 両者共にダメージは大きいが、それでも二人の瞳からは闘争心は消えていない。
 
 互いに次の攻撃の予備動作に入ろうとした瞬間、二人の間に割り込むように一人の幽霊が飛び込んできた。
 
「大変です! ネギ先生――ッ!!」
 
 飛び込んで来たのはネギの生徒の一人で、彼の使い魔でもある相坂・さよだ。
 
「本屋さんが大変なんです!」
 
「宮崎が……?」
 
 さよの言葉に矛を収めるネギと明日菜。二人は彼女に続きを話すように促す。
 
「仲間皆の動きをアーティファクトで追ってた朝倉さんからの緊急連絡で……。
 
 本屋さんが仲間とオスティアに向かってたんですが、西50qの地点で強力な賞金稼ぎ集団に襲われて……!!」
 
 言うが早いか、ネギが遠見の魔法を使用して西の方を睨み付ける。
 
「……居た」
 
「ど、どうなってるの!? 本屋ちゃん、まだ無事なんでしょうね!?」
 
 流石の明日菜の視力を持ってしても50qも先は見えないらしく、ネギに説明を求める。
 
「……あー、ちょっとヤバイかもな? オッ、宮崎の奴逃げる気か? おぉ! 避けた避けた! ――って、あー……駄目だ、やっぱ捕まった。
 
 ……ん? ありゃ?」
 
「ど、どうしたのよ!?」
 
「……剥かれた」
 
「本屋ちゃ――ん!!」
 
 叫んでみるが、当然彼女の声はのどかまで届かない。
 
「神楽坂……」
 
「何よ?」
 
 ネギがのどかの居る方向を指さし、
 
「俺がここから牽制の魔法を撃って時間稼ぎするから、お前は宮崎の所まで一直線に行け」
 
 相手は手練れが四人だ。だが、先程の戦闘で明日菜のおおよその強さを把握したネギは彼女ならば出来ると判断した。
 
「分かった」
 
 躊躇い無く頷く彼女に治癒魔法を掛けて傷を癒してやると、明日菜はその場にしゃがみ込んでクラウチングスタイルを取る。
 
「……咸卦法・十式・“駆”!!」
 
 明日菜の背中から噴出される咸卦の気がまるで光翼のように伸び、彼女の身体を大空へと押し出す。
 
 氣と魔力の消耗が激しく、飛んでいられる時間も距離も短い上、細かな制御には向かないので使い勝手の悪い術式ではあるが、地上に降りる分には十二分だ。
 
 明日菜を見送ったネギは腰のポーチから魔法具を取り出す。
 
 鳥の羽の先端に小さな鏃と輝石と呼ばれる宝石の埋め込まれたマジックアイテムで、魔法の威力を増幅させる効果がある。
 
 如何にネギとはいえ、50qも先に居る敵に攻撃を届かせるのは厳しい為、それを補助する為の物だ。
 
 それを自らの前方に五芒星を描くように配置。
 
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル。――その下さらなる密になりて、水晶たる光をもって輝けり!
 
 輝きたる力、大地の母たる力により、紅宝玉たる赤を手に入れたり!
 
 輝きたる力、大地の父たる力により、黄玉石たる黄を手に入れたり!
 
 輝きたる力、大地の始祖たる力により、青鋼玉たる青を手に入れたり!
 
 色により彩られし力、大地の神人に最後の祝福を授かり、金剛石の光輝を発動せり!!
 
 ……“神王の砲弾”!!」
 
 ただでさえ高威力を誇るネギの砲撃魔法が、破邪の秘法によって更に威力を倍加され放たれた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 のどかの仲間達であるトレジャーハンター達を倒し、砂蟲の触手によりのどかを捕らえた賞金稼ぎの集団“黒い猟犬”。
 
 4人組の賞金稼ぎ達は、のどかを餌としてこの地に罠を張ってネギ達の来るのを待ち構えていた。
 
 ……ネギ先生ッ!!
 
 賞金稼ぎの一人、高位魔術師のパイオ・ツゥの魔の手がのどかに迫るが、まるでそれを待っていたかのようなタイミングでのどかを捕らえていた砂蟲が高出力の砲撃魔法により撃ち倒された。
 
「……攻撃魔法!?」
 
「来たか!」
 
 砲撃の向きから敵の居場所を探ろうとするが、見える範囲には敵の姿は疎か人っ子一人居ない。
 
「……何処に潜んでいる?」
 
 油断する事なく身構える賞金稼ぎ達のリーダー、アレクサンドル・ザイツェフこと本名チコ☆タン。
 
 第二波が襲来し、残った砂蟲も屠られるが、それと引き替えに魔族のモルボルグランが敵の位置を補足した。
 
「……信じられん。オスティアから狙撃してきやがった。――いったい何q離れてると思ってやがる!?」
 
 言っている間に、一撃食らう。
 
 流石に距離減衰がある為、致命傷には至らないが、それでもダメージが無いわけではない。
 
 ……う、うわぁ。どんな高位の魔術師が狙ってるんだろう? ヤダなー。もう帰りたいよ。
 
 内心では半泣きになりながらも、骨の為、それが表に出ないモルボルグランが物陰に隠れるように叫ぶ。
 
 賞金稼ぎ達が物陰に飛び込む一瞬の隙を付き、何とか彼らから逃れたのどか。
 
 同じタイミングでのどかをここまで連れて来てくれたトレジャーハンターのクレイグとクリスがボロボロの身体に鞭打って飛び出す。
 
「気合い入れろよ、クリス!」
 
「ここで格好いい所見せなきゃ、男の子じゃないでしょうに!?」
 
 クリスがアイシャをクレイグがリンを連れてその場を離脱。再度、のどかと合流した。
 
 賞金稼ぎ達も、再びのどかを奪還しようとするが、ネギの放つ砲撃の前に動きが取れずに居る。
 
「……そう言えば聞いた事があるぞ」
 
 誰にとはなく独りごちるモルボルグラン。
 
「旧世界には超長距離からの砲撃を得意とする魔法使いが居るって……」
 
 『魔砲少女』『管理局の白き魔王』『不屈のエース・オブ・エース』などの字で呼ばれる砲撃魔術師。
 
「……確か名を、高町・なの――」
 
「いやいや、それ人違いだから」
 
 突然聞こえてきた声に慌てて振り返ると、そこに居たのは苦笑混じりに告げる赤毛の少年。
 
 何時の間に現れたのかも分からない謎の少年が動く。
 
 腰に吊り下げた紙を束ねた大福帳のような物から一枚を引き抜き右手の手指に挟み、
 
「ネギ・スプリングフィールドが汝に問う。其は何ぞ?」
 
 答えたのは、彼が手にした呪符だ。
 
 ただの紙切れである呪符から声が聞こえてくる。
 
『――我は炎。赤き炎。真紅に燃える赤い刃となり変わり―我が敵を裂く』
 
 その言葉を証明するかの如く呪符から生み出されたのは炎だ。
 
 炎が刃となってモルボルグランに襲いかかった。
 
「クッ!?」
 
 不意を突いたとはいえ、流石は魔族。
 
 ネギの一撃を抗火してみせた。
 
 だが、ネギの攻撃は終わらない。
 
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル! 咬竜よ、疾く来たりて話が拳に宿り、全てをうち砕く牙となれ!」
 
 ネギの拳が光って唸る。
 
「――“流星の拳”!!」
 
 型も構えも無い。力任せに振るわれた一撃がモルボルグランを吹き飛ばし、トドメの一撃を放とうとするが、そうはさせじと他の賞金稼ぎ達がネギに襲いかかった。
 
 だがネギは慌てる事無く懐から仮契約カードを取り出し、
 
「さて、出番だぞ従僕。主人の為にキリキリ働け」
 
 ――召喚、神楽坂・明日菜!
 
 問答無用で召喚された明日菜だが、三方向から放たれた攻撃を咄嗟に大剣で受け止める。
 
「って、いったい何事!?」
 
「いや、余りにも遅いから俺が召喚した」
 
「そんな事が出来るなら、最初からやりなさいよ!?」
 
 賞金稼ぎ達の攻撃をいなしながら、明日菜がネギに抗議するが、ネギは気にする事無く、
 
「いやー。三発くらい撃った所で魔力が切れてな。……どうしたもんか? と考えてたら、茶々丸(姉)に和泉召喚して、アイツのアーティファクトで魔力回復したらどうか? って言われてな。
 
 つーか俺、アイツのアーティファクトが魔力回復って初めて知ったんだけど、そこら辺どうよ?」
 
「信用されて無いんじゃないの!?」
 
 大剣を薙ぎ払いつつ右手に咸卦の氣を集約。
 
「おいおい、俺が和泉のアーティファクトを悪用するとでも思ってんのか?」
 
 嘯きながらネギも呪文の詠唱を開始。
 
 ――ラス・テル・マ・スキル・マギステル。来たれ地の精、花の精! 夢誘う花纏い、蒼空の下駆け抜けよ一陣の嵐!
 
「“春の嵐”……!!」
 
「咸卦法・七式・“砲”――!!」
 
 ネギの魔法が、爬虫類系獣人の賞金稼ぎを、明日菜の放出系光術がパイオ・ツゥを全く同じタイミングで飲み込む。
 
「ナッ!?」
 
 一気に仲間二人をやられたチコ☆タンが驚愕に目を見開くが、その一瞬の隙が命取りだ。
 
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル! 来たれ虚空の雷、薙ぎ払え! ――“雷の斧”!!」
 
「咸卦法・四式・“断”!」
 
 ネギと明日菜から放たれた二つの刃が交差しながらチコ☆タンを襲う。
 
 悲鳴を挙げる余裕すらなく地面に突っ伏すチコ☆タン。
 
 だがまだ意識を手放していない事を見抜いたネギは一瞬の目配せで明日菜に警戒するよう指示すると、自らは漸く立ち上がったモルボルグランに向け突撃。
 
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル! 世を蓋するは慨嘆の性! 聖魔を問わず圧殺せん! 統てを歪みの彼方へと、くべては拝み滅ぼさん……!!」
 
 反撃に出たモルボルグランの六本腕をかいくぐりながら密着し、その胸部中央に拳を突き立て、
 
「“歪なる空間”!!」
 
 局地的に空間が歪められ、飲み込まれたモルボルグランがそれに押し潰される。
 
 苦悶の声さえ飲み込んだ空間歪曲が収まると、そこには全身の骨に亀裂を入れ、力無く横たわる魔族の姿があった。
 
 もはや、戦闘が不可能と見るやネギは緊張を解いて、モルボルグランの頭を軽く蹴り生存を確認。
 
「は、ハハハ……。コレちょっとやり過ぎじゃないかな?」
 
「うお、コレ食らって、まだ意識あんのか? 凄ぇな魔族」
 
 一頻り感心した後、ネギは頭を掻きながら、
 
「まあ、魔族と犬系の獣人と白髪頭の野郎には遠慮しないようにしてるから、運が悪かったと思って諦めろ」
 
 苦笑混じりに告げながら、新たな呪文を唱えて虎視眈々と奇襲の機会を狙うチコ☆タンを頭だけ出した状態で生き埋めにする。
 
「そういや……、宮崎は何処行った?」
 
 周囲を見渡すと、丁度こちらに駆け寄るのどかの姿が見えた。
 
「ね、ネギ先生ッ!?」
 
「おう、久し振りだな宮崎。怪我とかしてないか?」
 
「は、はい! お陰様で……」
 
 久し振りに再開したネギとのどか。
 
 そして、そんな彼らに合わせるように、更なる一団が合流する。
 
「オーイ! ネギ先生!! のどかー!」
 
 上空から聞こえてくるのは仲間達を探しに世界中を回っていた朝倉のものだ。
 
 彼女が乗っているのは中型の金魚型飛行船。朝倉の傍らには、合流したハルナと超、古菲やカモの姿も見える。
 
「どうよ? 可愛いでしょ?」
 
 どうやらこの飛行船。ハルナが中古で買った物らしい。
 
「つーか、Nノーチラス号はどうした?」
 
「ふふふ、既に改造済みネ。但し、操縦にはどうしても茶々丸シスターズの力がいるから、待機状態のままヨ」
 
 それはとても心強い。
 
「うーし、大分揃ってきたな……」
 
 ……それにしても、
 
 視線をゆっくりと近寄って来る明日菜に向ける。
 
「思ったよりも強くなってるみてぇじゃねぇか」
 
「フン。お陰様でね!」
 
 皮肉たっぷりに言い返す明日菜。
 
 対するネギは口元を吊り上げて笑みを浮かべ、
 
「それじゃあ、今後も従者としての活躍を期待してんぞ、アスナ」
 
 歩み寄り、彼女の頭を一度撫でて通り過ぎた。
 
 一瞬、呆気に取られてしまった明日菜だが、ネギが初めて名前で呼んでくれた事に気付くと慌てて振り返り、彼の後ろ姿を見ると、そこでは何時もと変わらず皆に手を振るネギの姿がある。
 
 名前で呼んでくれた、という事は少なくともパートナーとして対等な存在と認めてくれたとみて良いのだろうか? そう思うと、何だが嬉しくなってきて自然と頬が緩んでくる明日菜。
 
 続々と集結しつつある仲間達。取り敢えず、皆で一度集まって作戦会議を開いておくべきだろう。そう考え、ネギは未だオスティアに居るであろう仲間達に連絡を入れる事にした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「さて、良いか? お前等」
 
 場所はかつてNノーチラス号であった船のミーティングルーム。
 
 茶々丸シスターズの足りない分は、葉加瀬と千雨に分担作業してもらう事により、一先ずの仮起動を果たしている。
 
 現在はステルスモードを使用して、オスティアから少し離れた場所に待機中である。
 
 ざっと見渡す面子の中には、アリアドネーから付いて来たコレット達やのどかの仲間であるクレイグ達、更にはラカンの姿まで見える。
 
 何やらネギ達が戦闘してる間にまき絵と裕奈も合流したらしく、場は一段と騒がしい。
 
「おさらいからいこうか。……まず、旧世界に帰る為には旧オスティアで休止中の転送ゲートポートを使う必要がある。
 
 ……が、機密情報だとかで正確な位置の情報出し渋ってやがる」
 
 舌打ちするが、その辺りは既に手を拍ってある。
 
「一応、長谷川に探り入れさせてるけどな。
 
 大まかな場所の特定が出来たら、起動するかの確認の為に、超と葉加瀬連れて降りてみる必要があるな」
 
 超と葉加瀬が頷くのを確認すると、今度はあやかが挙手し、
 
「ネギ先生。既に亜子さん達の借金を支払い終えたのでしたら、先生達が拳闘試合に出られる必要も無いのではありませんか?」
 
 その問い掛けに対する答えは簡単だ。
 
「忘れてるかも知れねぇけど、今の俺たちはお尋ね者だからな。
 
 それが堂々と街を歩けんのは、拳闘試合の選手だからなんだよ」
 
 ネギと小太郎のコンビは既に優勝候補の一角だ。
 
 彼らが試合に出ている限り、儲けがある為、グラニクスを治めるドルネゴスがオスティアで彼らに手を出すことを禁止している。
 
 逆に言えば、拳闘大会に出るのを止めた時点で、現在オスティアに居る賞金稼ぎ達が一斉にネギ達を狙ってくるだろう。
 
 なるほど。と納得するあやか達だが、それはあくまでも建前で、実際は賞金を入手して今後の魔法世界での活動資金とする為だ。
 
「問題は、まだ合流してない奴らだな。
 
 ……一応、釘宮、鳴滝(姉)、龍宮、茶々丸(妹)、茶々丸(幼)、チャチャゼロはタカミチと天ヶ崎に連れられてこっちに向かってるつー情報があったから大丈夫だろうけど、問題はアーニャだな」
 
 暫し考える振りをして、
 
「ま、最悪の場合。俺とコタローが残って、アーニャを探し出してから帰るって手もあるけどな。
 
 まあ、ああ見えてアーニャも結構修羅場潜って来てるから、多分大丈夫だろ」
 
 とはいえ、問題はまだ他にもある。
 
「あの白髪野郎共だな……。
 
 何でも“完全なる世界”とかいうテロリスト組織の生き残りらしいんだが……」
 
 舌打ちし、
 
「“紅き翼”とかいう集団がキッチリ潰しておかなかったお陰で、俺達がその後始末する事になっちまった。
 
 恨むなら、そいつらを恨むように」
 
「……えらい言われようだな、オイ」
 
「何気にウチのお父様も入っとる?」
 
 ウンザリ気にラカンが呟くが、ネギはそれを無視。
 
「取り敢えず、戦闘は避けられないと思うから、一応覚悟と準備だけはしとけよ?
 
 常に武器を持ち歩くとか、一人で行動しないようにするとか」
 
 幾つかの助言を与え、その場は取り敢えず解散。
 
 ――翌日から、終戦20年。“オスティア終戦記念祭”が開催される。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 メガロメセンブリアの主力艦隊旗艦“スヴァンフヴィート”が鬼神兵を引き連れ登場したのに対し、ヘラス帝国のインペリアルシップは古龍・龍樹を連れて参上した。
 
 一見した所、派手なパフォーマンスにしか見えないが、その裏では未だ北と南で火花を散らし合う両者。
 
 とはいえ、表面上は互いが互いに自らの持つ力の強大さを見せびらかして自慢しているようにしか見えないのもまた事実だ。
 
 この祭りのメインイベントであるナギ・スプリングフィールド杯に出場する彼の息子という事で、開催宣誓を任されたネギが壇上に上がる。
 
 既に壇上にあるヘラス帝国の第三皇女とメガロメセンブリアの元老院議員が、まるで懐かしい者を見つめるような眼差しでネギを見守る中、赤絨毯を登り切ったネギは大観衆に向けて宣言した。
 
「親父は死んだ! もう居ない!!
 
 だけど、俺の背中に、この胸に! 一つになって生き続ける!!」
 
 ネギの指が天を指す。
 
「魔砲撃つなら天を撃つ! 阻まれようとも打ち続け……、ブチ抜いたなら、俺の勝ち!!」
 
 メガロメセンブリアの元老院議員が呆気にとられたような表情でネギを見やり、ヘラスの第三皇女がしたり顔で頷く。
 
「――俺を誰だと思っている? 俺はネギだ。ナギ・スプリングフィールドじゃない!
 
 俺は俺だ! ネギ・スプリングフィールドだぁ!!」
 
「勝手にナギを殺すな、バカ者! まだ生きとるだろうが!?」
 
「つーかアンタ、折角の晴れ舞台なんだから空気読みなさいよ!?」
 
 突如現れ、ネギに飛び蹴りを仕掛けたのは、エヴァンジェリンと明日菜の二人だ。
 
 衆人環視の中、ネギに説教を開始する二人だが、ヘラス第三皇女が明日菜を慈愛の眼差しで見つめつつ微笑みを零している事に何人の者が気付いているだろう?
 
「……まったく、ラカンの奴め。適当な報告書をでっち上げてきおって。
 
 何処が問題無しじゃ。転移ゲートポート破壊やら、アリアドネーでの重要魔導書窃盗容疑に誘拐容疑と、父親以上の問題児ではないか」
 
 愚痴りはするものの、そこにあるのは懐かしい者を見つめるような笑みだ。
 
 ……のう、アリカ。お前の息子は父親に似て悪ガキに育っておるぞ。そして約束通り、妹の事も守ってくれておる。
 
 祭りの期間中は、彼らの犯罪行為には特に言及しないので、精々楽しむようにと言い捨て、皇女は笑みを悟られない内に席を外した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ナギ・スプリングフィールド杯の予選一回戦で、いきなり他の優勝候補と当たったネギと小太郎であるが、実力の違いを見せつけ圧倒的な実力差でこれを撃破。
 
 その後、休憩と昼食を兼ねて街に繰り出したネギ。
 
「……面倒臭ぇな」
 
 正直な所、父親の後を継いでフェイト達の野望を阻止する為に立ち上がるなど、ネギの柄ではない。
 
「なあ? お前もそう思うだろ?」
 
 先程から感じる寒気にも似た怖気。
 
 忘れようとしても忘れられないこの感覚を発せられる人物など、ネギは一人しか知らない。
 
 極力相手を刺激しないよう、ゆっくりと振り返る。
 
 そこに居たのは予想通りの人物。
 
「いきなり、そんな話を振られても意味が分からないね……」
 
 言いながら、ネギに歩み寄るのは白髪の少年。フェイト・アーウェルンクスだ。
 
「今日、君の前に姿を見せたのは戦う為じゃない。
 
 平和的に話し合いと取引をしようと思ってね」
 
「話し合いと取引?」
 
 訝しげに眉根を寄せるネギだが、この場で争っても益はないと判断し、フェイトの提案に乗る事にした。
 
「ふん……。そう言うからには面白い話なんだろうな」
 
「まあ、君達に損な話ではないと思うよ?」
 
 場所を近場のオープンテラスに移し双方共に着席する。
 
 お互いに注文したのはコーヒーと紅茶だ。
 
 早速、紅茶にミルクを注ぐネギに対し、フェイトは嘲笑を浮かべ、
 
「やれやれ、いきなりミルクかい?」
 
「……あん?」
 
「薫り高き銘茶と名高いオスティアンティーにいきなりミルクなんて……。
 
 ミルクティー、何でもかんでもミルクティー。子供みたいな。……これだから英国人は」
 
 言った瞬間、ネギが紅茶をフェイトに向けてぶっ掛けた。
 
「あぁ悪い。ちょっと手が滑った」
 
 全く悪びれた様子も無く告げるネギ。
 
 対するフェイトも全く濡れていないので、気にした様子も無く話を続ける。
 
「僕は圧倒的に珈琲党だからどうでも良いけど。
 
 珈琲は精神を覚醒させる。僕は日に7杯は飲むよ」
 
「ハッ、よくそんな泥水を1日7回も胃に流し込めるな。……舌腐ってんじゃねぇか?」
 
 言って、カップに新たな紅茶を注ぎ口を付けるネギだが、次の瞬間、味に異常を感じ取りそれを吹き出した。
 
「……テメェ」
 
 見れば、テーブルの上に置かれている塩の瓶の中身が空になっている。
 
「随分と舐めた真似してくれるじゃねぇか?」
 
「先に仕掛けてきたのはそちらだろう? 大人気ないね君は」
 
「テメェが言うな。スカした面してえげつねぇ真似しやがって」
 
 険悪な雰囲気が漂うが、双方辛うじて自制しているのか? いきなり爆発が起きるような事態は今の所起きていない。
 
「じゃあ、本題に入ろうか」
 
 一口、コーヒーを飲み、
 
「僕達は別に君達の邪魔をするつもりは無い。むしろ君には無事に旧世界に帰ってほしいと思っているくらいだ」
 
 その意外とも言える提案を全く信用してもいない表情で聞き流しながらネギは話の先を促す。
 
「これまでの僕達の争いは、いわば不幸な事故のようなものだよ。
 
 京都でもゲートポートでも僕達の作戦域に、偶々君達が居ただけに過ぎない」
 
「ほう……」
 
「そこで取引だ。
 
 君達の旧世界への帰還を約束しよう。なんならエスコートを付けても良い」
 
 その代わり、
 
「見返りとして、お姫様を渡してもらう。
 
 ――どうだい? 悪い話では無いだろう? 身寄りの居ない彼女が居なくなって困る者は現実世界には居ない。
 
 勿論、引き取った後の彼女の身の安全と生活の保障はするよ」
 
「ほほう……。なるほどね」
 
 神妙に頷きながら、椅子に深く腰掛けるネギ。
 
「じゃあ、こっちの意見を言わせてもらうと、だ」
 
 一息、
 
「巫山戯ろよ? 白髪野郎。
 
 敵対するつもりは無い? 不幸な事故のようなもの? 心配すんな。テメェとは京都で初めて会った時から俺の敵って決まってんだ」
 
 それに、
 
「覚えとけ、俺はなティータイムを邪魔されるのと、不味い紅茶を飲まさせられるのが一番嫌いなんだよ!!」
 
 言った瞬間、ネギの影が幾重もの槍の穂先のように伸び、テーブルを貫通してフェイトに襲いかかった。
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