魔法先生……? ネギ魔!
 
 
書いた人:U16
 
第23話
 
 ラカンの隠れ家において、新たな魔法の習得に勤しむネギ。
 
 彼が今、読んでいるのは、対竜属用の魔法が記された魔導書
 
「ジャックのオッサン!」
 
 呼んでみるが返事が無いので、周囲を見渡してラカンの姿を探してみると、木の間にハンモックを通して昼寝している大柄な男の姿を発見したので、取り敢えずその無防備な腹に割と本気な魔力パンチを叩き込んでみた。
 
「起きろや、うらぁ――!!」
 
 だが、対するラカンも“紅き翼”のメンバー。
 
 その程度では寝起きのフライングボディープレス程度にも感じないらしく、億劫そうに腹を掻きながら起き上がり、
 
「何だ? 一体……」
 
 心底面倒そうに問いかける。
 
 対するネギは、それまで読んでいた魔導書片手に、
 
「ここに、黒竜の角って無いか? 召喚魔法の契約の触媒にいるんだよ」
 
「ねぇよ、そんなモン」
 
 ラカンは呆れながら欠伸を一つ。
 
「確か、ニャンドマの方に黒竜が生息してたと思うから、行って採ってきたらどうだ?」
 
「……ニャンドマ?」
 
 地図を広げて場所を確認する。
 
「……また、中途半端な位置だな」
 
 舌打ちし、杖を手に取る。どう見ても片道二日は必要な距離だ。オスティアでの武道会の日程が迫っている以上、ゆっくりもしていられない。
 
 ……黒竜なんてもんは、旧世界には居ねぇしな。採取するなら、今の内にやっとくのが得策か。
 
「んじゃ、ちょっと行ってくるわ」
 
 それだけを告げ、ニャンドマに向けて飛び立った。
 
  
 
 
 
 
 
 
 
 
 ネギの姿が見えなくなる程遠ざかった直後、ラカンの居城をある集団が襲撃する。
 
「ネギぃ――!! ネギは何処!? お姉ちゃんが会いに来たわよ!!」
 
「ネギ先生!! この雪広・あやか、艱難辛苦を乗り越え参上仕りましたわ!!」
 
「わ、私は、この二人に付き合って付いて来ただけで、別にネギ先生の事を心配などしていませんので……」
 
 グラニクスでネギの居所を聞きつけたネカネ、あやか、高音の三人が思い思いにシャウトするも、肝心のネギが居ない事に気付いた彼女達は、そこでようやくラカンの存在に気付き、
 
「……どちらさまですの?」
 
「あら? ラカンおじさん」
 
 まさか、こんな所に彼が居るとは思わなかったネカネは、やや驚いた表情で彼の名を呼ぶ。対するラカンは破顔すると、
 
「おう、ネカネじゃねぇか。お前もこっちに来てたのか」
 
 親しげに会話するネカネとラカンを一歩引いた所から見守るあやかと高音。
 
「……それで、ラカンおじさん。ネギは今どちらに?」
 
 微笑みを絶やすことなく問い掛けるネカネ。だが、その眼差しが早く語れと言っている。
 
 ネカネから無言の圧力を受けながらも、ラカンは笑みを絶やすことなく、
 
「今、ちょっと出かけてるからな、2,3日もすりゃ帰ってくるだろうよ」
 
 そうですか。と、納得したような返事を返すネカネだが、間髪入れずに、
 
「何処に出かけたんですか?」
 
 と、新たな質問を投げかける。
 
「さてなぁ……」
 
 惚けた瞬間、ネカネの拳が飛んだ。
 
 衝撃波を伴った破裂音に、あやかと高音が身を竦める中、平然とした調子でネカネの拳を受け止めたラカンは唇の端を吊り上げ、
 
「弟の事となると、見境が無ぇなぁ……」
 
 ラカンの笑みが挑発的なものに変わる。
 
「どら、暇潰しにちょっと鍛えてやるか」
 
 言うなり、ネカネの身体を湖に向けて大きく放り投げた。
 
 空中で身体を捻って体勢を整え、何事も無かったように湖面に着地するネカネは、そのまま瞬動でラカンの背後を狙い動く。
 
「こっちかな? っと」
 
 無造作に放たれるラカンの裏拳。
 
 ギリギリでダッキングして回避したものの、ネカネの体勢が崩れる。
 
 まるで、それを見越していたかのように、絶妙なタイミングでラカンの膝がネカネを捉えた。
 
「かはッ!?」
 
 肺の中の空気を吐き出しながらも、ネカネはラカンの足を掴み取って動きを封じると、ほぼゼロ距離から“雷の斧”を放つ。
 
「グッ、おぉ!?」
 
 これには堪らず、後ずさりするラカンだが、その表情にはまだ余裕の笑みがある。
 
「なるほどなぁ、詠唱の速さ、一撃の威力、確かに“偉大なる魔法使い”の称号をもらえるだけの事ぁあるな」
 
 ……しかも、コイツぁ表面上はニコニコと笑っちゃいるが、その中にあるのはとんでもなく黒いじゃねぇか。
 
 先程の一撃は、間違いなくラカンを殺すつもりで放たれたものだ。
 
 正直な話、ネカネにとって大事なのはネギ一人だけであり、それ以外の人物が……、喩えアーニャが死のうとも構わない。ただ、彼女やネギの生徒達が死ぬと彼が悲しむため守ってやっているだけに過ぎない。
 
「面白ぇ……」
 
 ラカンは構えを解くと、笑みの質を変えると試すような眼差しをネカネに向け、
 
「ネカネ、……お前、力が欲しくねぇか? あのぼーずを守れるだけの、とびきり凶悪な力が」
 
「それはもう、是非」
 
 即答。そこには一切の躊躇いは無い。
 
「よーし、なら話は早ぇ。ちょっと待ってろ」
 
 そう言って、塔の中に引っ込んで行ったラカンは10分程で手に巻物を持って戻ってきた。
 
 それをネカネに投げ渡すと、ネカネは紐解かれてもいない巻物を一瞥し、
 
「……これは、“闇の魔法”の巻物ですね」
 
「知ってんのか?」
 
 即座に言い当てたネカネに、軽く驚きを見せるラカン。
 
 対するネカネは僅かに笑みを曇らせ、
 
「えぇ、以前ネギが誤って、この巻物に取り込また事がありましたから」
 
 修学旅行から帰ってきて暫く経った頃の事だ。
 
 エヴァンジェリンの別荘にある書庫で、これと同じ巻物を見つけたネギが無警戒に封印を解いてしまい、取り込まれた事があった。
 
 それを聞いたラカンは感心した様子で、
 
「ほう、ってー事は、あのガキ、もう“闇の魔法”を会得してるって事か」
 
「会得はしてますけど、今はまだ、使いこなすには至っていないようですね……」
 
 何しろ、元々余り身体を鍛えていないので、術の反動に身体が耐えきれず暴発し、以前はそれが原因で、死にかけた事もあった。
 
「ナギの息子にしちゃ、随分と貧弱な野郎だな!!」
 
 大笑いするラカン。その隙にネカネは巻物を封印する紐を何の躊躇いも無く解いた。
 
「ね、ネカネ様!?」
 
 高音が驚きの声を挙げるが遅い、現れ出たエヴァンジェリンの幻影にネカネの精神は取り込まれた。
 
「おーおー、本当に躊躇しねぇで行きやがったな。――スプリングフィールドの血脈ってーのは、なんでこんなバカばっかなんだ?」
 
 呆れ半分、感心半分で意識を失い倒れ伏したネカネを見下ろすラカン。
 
 こうして、ネカネの試練は始まった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 さて、その頃グラニクスの街では居残り組が、生活費とオスティアまでの旅費を稼ぐ為、アルバイトに精を出していた。
 
 ウエイトレスとして働く亜子達に混じり、一緒に働いているのは元の姿に戻った千鶴と千雨、愛衣それに大人の姿のままの史伽とココネ。
 
 厨房の方では五月も働いているし、街のジャンク屋では葉加瀬が、その俊足を生かして美空が郵便配達を行っている。
 
 そんな中、柿崎は……。商店街の方でアルバイトに励んでいた。
 
 道端に山と盛られた巨大ニンジン。そんな中から全身タイツにニンジンのかぶり物をした柿崎が飛び出し、道行く人達を驚かせ、いきなり歌い始める。
 
「たとえ世界が辛くても、夢があるでしょ色々と……。
 
 君にビタミン七色、○ンジンLovers you yeah!!
 
 いつか未来に辿り着く。負けちゃ駄目でしょその身体。
 
 吹かせエンジン七色、ニンジーンLovers you yeah!!
 
 恋も仕事も命がけ、だけど好きでしょ○えるでしょ?
 
 そーれが肝心七色、ニンジンLovers you yeah!!
 
 征くぞ宇宙が待っている。君の事でしょ怖くない。
 
 敵は何人○色ニンジーンLovers you yeah!!」
 
 道行く人々は僅かに柿崎に視線を留めるが、それだけだ。次の瞬間には何事も無かったように歩みを再開する。
 
 中には心ない子供達から、「ニンジン嫌いー」や「不気味ー」などという声も聞こえるが、それでも柿崎は歌い続けた。
 
 いつか、超時空シンデレラになれる日を夢見て……!
 
 まあ、そんな感じで稼いだ皆のお金を、桜子がギャンブルで一気に数倍にまで跳ね上げる。
 
 その額は現時点で54万ドラクマ。……正直な話、ネギ達が武道会で優勝するよりも、彼女がギャンブルで100万ドラクマ稼ぐ方が早いかも知れない。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ニャンドマに到着したネギは、町の人達から情報を聞き出し、早速黒竜退治へと繰り出した。
 
 咆吼を挙げる黒竜に対し、ネギは恐れる事無く正面から竜を睨み付けると、
 
「うちのチビ竜よか弱ぇな」
 
 杖を構え、詠唱を開始。
 
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル!
 
 黒き闇、黒き力、混沌の破滅をこの地へと導け!
 
 全ての存在を暗黒の力により飲み干せ! ――“黒き死を誘う降魔”!!」
 
 黒竜のブレスとネギの放った闇の力が激突。
 
 僅かな拮抗の後、ネギは相手の力量を掌握し、口元を歪めて邪笑を浮かべる。
 
「……この程度か? なら、使い魔にする程でもねぇな!!」
 
 直後、ネギの魔法が一気に膨れ上がり、黒竜を呑み込んで爆発した。
 
 魔法の余波で、周囲の大気が不安定に乱れる中、微動だにせずに黒竜の次の動きを油断なく探るネギ。
 
 粉塵が晴れ、魔力の残滓が収まったそこには、周囲の木々を薙ぎ倒し、一瞬で更地となった大地の中心に気を失って倒れる黒竜の姿が見える。
 
 ネギは無造作に黒竜まで近づいていくと、愛杖に光刃を出現させて、黒竜の角を二本とも切り落とした。
 
 それを己の影に収納すると、満足げに一度頷き、
 
「さて……。黒竜は、もう一匹居るとか言ってたな。余った分の角は高値で売れるし、村の方から報酬も貰えると。……くっくっくっ、笑いが止まらねぇ。
 
 あー、もう! 帰るの止めて、こっちに永住しようかなぁ!!」
 
 笑いながらも杖に跨り、もう一匹の黒竜退治に向かった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ニャンドマの町に辿り着いた楓と木乃香。
 
 そんな二人を出迎えてくれたのは、まるでお祭り騒ぎのような人混みだった。
 
「……どうしたでござるかな?」
 
「んー……、祭りでもあったんちゃう?」
 
 取り敢えずは、今晩の宿を取ろうとして人混みの脇を抜けようとして、町人達の声を聞いた。
 
「流石、あのサウザンドマスターの息子だね。あの黒竜をこうも簡単に退治しちまうなんて!」
 
「賞金首っていうのも、何かの間違いなんだろ?」
 
「後で、ウチに来てくんな。辺境一の料理をごちそうしてあげるから」
 
「弟子にしてください!」
 
 ……サウザンドマスターの息子? 賞金首? まさか!?
 
 楓と顔を見合わせた木乃香は思わず人混みの方へ向けて声を張り上げていた。
 
「ネギ先生!?」
 
「ネギッ!!」
 
 木乃香の声と重なるように、懐かしい声が聞こえる。
 
 向こうもその事に気付いたのだろう。跳びはね、大きく手を振っている姿が人混みの向こうに微かに見える。
 
「このか!?」
 
「お嬢様!!」
 
「せっちゃん!? ――アスナも!!」
 
 近づき、互いの無事を確認したい所だが、人混みが邪魔でなかなか前に進む事が出来ずにいると、
 
「邪魔だ、テメェら!!」
 
 人混みの中心から怒鳴り声と共に突風が駆け抜け、人混みを一気に吹き飛ばした。
 
 転がる村人達を睥睨するように立つのは赤い髪の少年。
 
 少年の突然の暴挙に集まっていた村人達は抗議の声を上げようとするが、少年と目が合った途端、その眼光の鋭さに黙らざるを得なくなる。
 
 先程放った魔法の影響を受けず、平然と立っているのは、少年を除けば僅かに4人。
 
 魔法を無効化した明日菜と、耐えた刹那と楓。そして楓に守られて事なきを得た木乃香。
 
 少年は彼女等の姿を確認すると、内心の安堵を隠して不適な笑みを見せ、
 
「どうやら、しぶとくも生き残ってたみたいだな」
 
 その言葉を皮切りに、刹那に飛びつく木乃香。明日菜は安堵から涙を流しかけるが、ネギには見られたくないのか? 気丈にもそれを耐え、
 
「あ、アンタも元気そうじゃない……」
 
 そこまでが限界だった。堪えようとしていた涙が溢れ出てくる。
 
「あ、あれ……。やだ、なんで……」
 
 拭っても拭っても、涙が止められない。
 
 見かねたネギは明日菜の元に歩み寄り、彼女の頭を抱いて自らの胸に押しつけ、
 
「良くやった。今だけは好きなだけ泣いとけ」
 
 その言葉に甘えるように、明日菜はネギのローブを掴み人目を憚らずに全力で泣いた。
 
 明日菜の頭を撫でてやりながら、ネギは視線を楓に移し、
 
「長瀬も近衛の護衛、ご苦労だったな」
 
「いやいや、むしろ拙者が助けられたくらいでござるよ」
 
 続いて視線を刹那に移し、
 
「……ありゃあ、今は何言っても聞こえねぇな」
 
 木乃香に抱きつかれ、頬ずりされていたお陰で、すっかり惚けている刹那を見て思わず苦笑を零すネギ。
 
 ネギはこちらを何事か? と見つめる群衆の中から宿屋兼食堂を営む獣人のオバさんに向け、
 
「取り敢えず再会記念だ。オバちゃん、店で一番美味い料理5人前な」
 
 それを聞いた獣人の女性は立ち上がり、
 
「ウチの料理は全部美味いよ!」
 
「OK.OK.なら、店の料理片っ端から作ってもらおうか」
 
 ネギの注文を受け、オバちゃんは破顔し、
 
「残したら、承知しないよ」
 
 笑いながら、店へと戻って行った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 その頃、闇の魔法に挑戦するネカネは11年前の燃え盛る炎に包まれた故郷の村に居た。
 
 ……ここは、多分、幻想空間ね。そして、目の前に居るこのエヴァンジェリンさんは私の作り出した幻。
 
 振り下ろされる“断罪の剣”を魔力の込められた拳で迎え撃つ。
 
 大気爆発にって生じた水蒸気が二人の姿を押し隠す中、エヴァンジェリンの声だけだ朗々と響いた。
 
「自ラ闇ヲ選ブ愚カ者ガイルトハナ。
 
 闇トハ何ダ? 小娘。光ニ対スル影。昼ニ対スル夜。
 
 正ト邪。善ト悪。秩序ト混沌。条理ト不条理。
 
 ダガ、ココデ貴様ニ必要ナノハ、モットしんぷるナ力サ」
 
 隆起する氷柱を跳躍して躱す。
 
「其ハ全テヲ飲ミ込ム暗キ穴ニシテ始マリノ闇……。
 
 始原の混沌ダ」
 
 続けざまに放たれた“氷爆”は障壁を張って耐え凌ぐ。
 
「コノ意味ガワカラナケレバ……、貴様ハココデ私ニ敗レ死ヌ」
 
 対するネカネは薄い笑みを浮かべ、
 
「上等……、です。元より、その程度のリスクは覚悟の上」
 
 拳を堅め全身に魔力を漲らせる。
 
「さあ、“闇の魔法”とやらを会得するまで、付き合ってもらいましょうか?」
 
「くく……、良い度胸だ小娘」
 
 先程までも小手調べとは違い、全力で二人はぶつかった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 宿屋で食事を食べ終わったネギ達は、これまでの状況を語り合っていた。
 
「ちょっ!? 何で、そんなにそっちはヤバイ事になってんのよ! って言うか、その三人、本当に大丈夫なんでしょうね?」
 
「心配すんな。要は勝ちゃー良いんだよ」
 
 出された果実酒に口を付け、
 
「そんな事より、神楽坂。……お前、強くなったか?」
 
 一目見れば分かる。魔法世界に来るまでの彼女が幼虫だとすれば、今はサナギ程にまで成長している。
 
 ハッキリ言って、その成長速度は異常と言ってもいいだろう。
 
「そ、そう? でも、まだまだ刹那さんには勝てないんだけどね」
 
「当たり前だバカ野郎。調子に乗ってんな」
 
 褒められたと思って、調子に乗った所をすかさず叩く。
 
 そもそも明日菜の素質が如何に凄かろうとも、これまで積み重ねて来た研鑽が違う。
 
 そうそう簡単に抜かれては、刹那達としても面白くないだろうし。
 
 だが、戦力として明日菜が成長する事に関して否があるわけではない。
 
「……そうだな。丁度良いから、お前このまま歩いてオスティアまで来い」
 
 と、とんでも無い事をネギが言い出した。
 
「へ?」
 
 てっきり、ネギの魔法で一緒に連れて行ってもらえると思っていた明日菜は素っ頓狂な声を上げるが、ネギは一切取り合う事無く懐から料理の代金を取り出してテーブルに置き、
 
「じゃあ、祭りまでには絶対にオスティアまで来いよ神楽坂。遅れたら、置いてくからな」
 
「……え?」
 
 言って呪文の詠唱を開始。
 
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル。我が意思に従い旅せよ。
 
 みえざる<天使>よ。我が望みに応じて、あるべき物をあるべき場所に。
 
 ……“天使の扉”」
 
 同じ転移魔法でも、何の準備もいらない“旅の門”と比べ、“天使の扉”はあらかじめ転移するべき場所に魔方陣を設置する必要があるものの、転移距離が遙かに遠くまで転移出来る。
 
 ネギだけではなく、刹那、木乃香、楓の姿もその場から消え、明日菜だけが取り残された。 
 
「えええええぇぇぇ!!? 私一人で、オスティアまで行けって言うの!!」
 
 叫んでみるが、誰も答えてはくれない。
 
「……ちょっと、ホント、どうしろっていうのよ」
 
 気落ちした声色で呟いてみるが、居なくなってしまったものはどうしようもない。
 
 今の自分に出来る事を考え、取り敢えずテーブルの上の料理を残さずたらい上げると少しは元気が出た。
 
「……待ってなさいよ、ネギ! オスティアで会ったら、絶対にぶん殴ってやるんだから!!」
 
 先程、彼の胸で泣いてしまった事を一生の恥として、ネギへの復讐を誓いながら明日菜はエネルギーを補給していく。
 
 感情の中でも怒りというのはかなり大きなエネルギー源となる。
 
 そのエネルギーの放出先を定めてやれば、一気に成長するというものだ。
 
 その為ネギは敢えて明日菜を一人置き去りにして、自分に怒りを向けるよう仕向けた。
 
 オスティアで再び会う時には、更に成長した彼女である事を信じて……。
  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ラカンの居城に着いたネギは、木乃香達に明日菜を置いてきた事に関して散々文句を言われた。
 
 明日菜の出生の秘密を知るネギからすれば、これから先、肉体的にも精神的にも彼女には更に強くなってもらわねばならない。
 
 ……でねぇと、アイツ耐えられないだろうしな。
 
 とはいえ、その事を木乃香達に伝えるつもりは毛頭無い。
 
 彼女達には、明日菜とは今まで通りの関係を続けてもらいたいと思っていたので、敢えて自分が汚れ役を演じるつもりでいた。……のだが、
 
「おー、随分と思い切った事するじゃねぇかぼーず。
 
 まぁ、あの嬢ちゃんの事を想ったら、それくらい心を鬼にする必要があるんだろうけどな」
 
 木乃香達の抗議から、おおよその事情を察したのだろう。ラカンが突然乱入してきた。
 
「……貴方は!?」
 
 突然のラカンの乱入に、驚きを見せる刹那。
 
 対するラカンは彼女の持つ“夕凪”を見て唇の端を吊り上げ、
 
「おう、ジャック・ラカン様よ。
 
 そういう嬢ちゃんは、神鳴流の剣士か。その刀は詠春の野郎が使ってたもんだな」
 
「お父様の事、知っとんのん?」
 
 声を掛けてきた木乃香にラカンは笑みを見せ、
 
「お父様って事は、嬢ちゃんが詠春の娘か……、父親に似なくて良かったじゃねぇか」
 
 乱暴に木乃香の背中を叩き大笑する。
 
 加減しているとはいえ、ラカンの力で叩かれ少し苦しそうにする木乃香を守ろうと割って入った刹那が、
 
「それで、アスナさんの事を想ってというのはどういう意味でしょうか?」
 
 余計な事は言うなと目配せするネギに対し、ラカンは小さく頷くと、
 
「そりゃ、お前。アスナの嬢ちゃんが、オスティアのあったウェスペルタティア王国の姫様だったからに決まってんじゃねぇか」
 
「うぉい!? 何いきなり全力でバラしてんだオッサン!!」
 
「秘密だったのか、これ? だったら、ウェスペルタティア王国で起こった魔法災害を引き起こしたのが嬢ちゃんだっていうのもか?」
 
「今すぐその口塞げ、バカ野郎!?」
 
 ラカンの口を塞ぐ為、乱闘を開始するネギ。……だが、格闘戦で彼がラカンに勝てる道理も無くボコボコにされてしまう。
 
「ま、ともかくそういうこった。
 
 今はタカミチの野郎が掛けた魔法のお陰で記憶はねぇが、これから先オスティアに向かう事で思い出すかも知れねぇからな。
 
 その時、嬢ちゃんの心が壊れちまわないように、このぼーずは精神的にも鍛えようとしてるんだろうよ」
 
 だから、そんなに責めてやるな。と言って締めくくり、
 
「そんな事よりも、ぼーず。お前のお仲間が他にもやって来てるぞ」
 
「……お仲間?」
 
 視線を向けると、丁度あやかと高音が駆け足でやって来る所だった。
 
 再会を一頻り喜び合った後、ネギは彼女達からネカネが闇の魔法を習得する為、幻想空間に捕らわれたまま、まる二日間意識が無い事を聞かされ、慌ててネカネの眠る部屋に向かった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 幻想空間において、意外な程呆気なくネカネは闇の魔法を習得する事が出来た。
 
 その為の理由として、彼女はネギの為ならば、あらゆる力を受け入れるだけの覚悟があった事が挙げられるだろう。
 
 だが、何故か闇の魔法を会得したにも関わらず、ネカネの目が覚めない。
 
 木乃香達を連れて帰ってきたネギが、高音からネカネが“闇の魔法”を習得するため、幻想空間に捉えられていると聞いて、早速彼女の元に赴いてみると、いつの間に用意したのか? 彼女の枕元にはご丁寧に『眠り姫』の絵本が置かれていた。
 
 ……つまり、キスしたら目を覚ますと。
 
 遠回しな催促にネギは溜息を吐きながら、
 
「……確か、ここにどんな深い魔法の眠りでも一発で目を覚ますという伝説のマジックモーニングスター『おはようマイ・マザー、一番星君グレート』がしまってあったと」
 
 言いながら、影から見るからに怪しい……、いやおぞましい形状のモーニングスターを取り出す。
 
「ね、ネギ先生……。もしも、相手が狸寝入りだった場合はどうなるんですか?」
 
 その異形と禍々しさに引きながらも、高音が問いかけるとネギは邪笑を浮かべながら、
 
「その時は、死あるのみ!!」
 
 告げると同時、躊躇い無く振り下ろそうとするのを高音を始めとした教え子達に止められる。
 
「お、お待ちなさい!? 本当に殺すつもりですか、貴方は!?」
 
「えーい、止めるな! “闇の魔法"を会得した姉ちゃんなんぞ、最悪過ぎて誰にも止められねぇんだぞ!! 今殺っとかないと、俺の貞操がマジでヤバイ!」
 
 何しろ、放出系の魔法は全て吸収されるのだ。相性としては最悪である。
 
 ジタバタと暴れるネギだったが、背後から優しく、しかし力強く抱きしめられた途端、その動きを止めざるを得なくなる。微かに香る嗅ぎ覚えある香水の香りが、その相手が誰なのかを雄弁に物語っており、下手に身動きが取れない。
 
「ふふふ……、相変わらず恥ずかしがり屋さんね、ネギ」
 
 後ろから抱きしめられているネギからは見えないが、それまで彼を拘束していた高音達が顔を青ざめさせて彼から自然と距離を取っている以上、背後の人物が今どんな顔をしているのか? 想像に難しくない。
 
「さあ、二週間補給出来なかったネギ分を分けて頂戴」
 
 そのまま、個室がある塔の中にネギを引き込んで行く。
 
 ネギから少女達に救援の視線を送るが、少女達は力無く首を振るだけ。
 
 闇の魔法を極めた彼女に勝てるような人物など、紅き翼のメンバーか、エヴァンジェリンくらいのものだ。
 
 と思っていたら、恐らく昼寝をしていたのであろうラカンが窓から放り投げられて湖に落下してきた。
 
 ……もう、誰もネカネ様を止められませんのね。
 
 短い間ではあったが、ネカネと行動を共にしてようやく彼女の本性が分かりかけてきた高音。
 
 結局、ネギが塔から出てきたのは、それから2時間後の事であり、その時の彼は全身着崩れ、顔の各所にはネカネのものと思しきキスマークが付いていた。
 
「……何時までも、オモチャになると思うなよってんだ」
 
 かなり、疲労した様子で現れたネギだが、ちゃんとネカネに打ち勝ってきたらしく、彼女は未だにベッドの上で睡眠中だ。
 
「い、一体何を……」
 
 高音とて、何も知らない子供でも無い以上、彼の様子から何があったのかの検討は付く。
 
「ただの姉弟間のコミュニケーションだから気にすんな」
 
 それ以上、触れてくれるな、と言外に言って、ネギは広場に腰を下ろして採取してきた黒竜の角を取り出し読みかけのままだった魔導書を広げて召喚魔法の為の契約の準備に入った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 それから更に数日。高音達はグラニクスの小太郎達と合流する為、ここを離れラカンの別荘には、再びラカンとネギの二人だけとなっていた。
 
 ちなみに、ネカネは残ると言い張ったのだが、小太郎が負けてるとオスティアの武道大会に出られないので、万が一の時に備えて代理選手として控えていてくれというもっともらしい理由を付けて行ってもらった。
 
 ……まあ、キティも居るし万が一もあり得ないだろうけどな。
 
 その間にネギの会得した魔法の数も既に900を越えている。
 
「それにしても、一日に十も二十も、良く魔法を体得出来るもんだな」
 
 ……ナギの野郎は詠唱覚えてなくて、アンチョコ使ってたくらいなのに。
 
 と感心するラカン。対するネギは大した事が無いように、
 
「まあ、今回習得したのは、マジックアイテムを触媒にするような物も結構あったからな。
 
 実際、戦闘に使えそうなものなんぞ、二十もなかったし」
 
 今回は数を稼ぐ為、悪戯用の魔法にまで手を出した。
 
 ラカンと会話しながらも、ネギは羊皮紙で出来た白紙の本に向けて筆を走らせる。
 
「ムカつく話だが、あの白髪野郎と1対1でまともに戦った場合、俺の勝算はほぼ0%だからな」
 
 1対1で戦うつもりは毛頭無いが、相手側にも仲間が居るだろうから、全員でフェイトにかかるわけにはいかない。
 
 相手の戦力が分からない以上、1対1の場合も想定しておくべきだろう。
 
 そうなった場合、ネギに不利なのは力量差というより、相性の問題だ。
 
 後方支援型であるネギの魔法は確かに強力ではあるが、詠唱に時間が掛かる。
 
 今までは、そこを付け込まれて、辛酸を舐めてきた。
 
 そこで考えたのが、詠唱無しで強力な魔法を発動させる方法。……すなわち、触媒を使用した魔法だ。
 
 これならば、例え近接戦に持ち込まれても、反撃を加える事が出来る。
 
 ……勿論、決め手というには少し弱いが、迂闊に近接戦を仕掛けられないと思わせる事さえ出来れば、そこに迷いが生まれ時間が稼げる。そうなれば、ネギも詠唱の時間を作れる。
 
 自分の間合いでならば、決して遅れを取るつもりはない。
 
「ほう……。お前がそこまで警戒するような奴が敵か」
 
 興味深そうにラカンが問いかけると、ネギは忌々しそうに歯がみしながら、
 
「フェイト・アーウェルンクスとかいう白髪野郎だ。
 
 フェイトはテスタロッサだけで充分だっつーの」
 
 愚痴りながらも筆を動かすネギ。
 
 対するラカンはその名前に心当たりがあるのか神妙な顔つきで、
 
「アーウェルンクスか……。そいつはまた懐かしい名前だな」
 
 その呟きにネギは手を止めて反応した。
 
「あん? 知り合いか?」
 
「まあ、ちょっとしたな」
 
 その雰囲気から、恐らくは尋ねたとしても教えてくれないだろう。
 
 そう思っていたのだが、何の気紛れか? ラカンは何処からともなく黒板を取り出して縦に据えると、
 
「まあ、取り敢えずの見本として野郎の強さを表にしてやろう」
 
 気も魔法も使えない普通の人間を1とした場合、猫が0.5。
 
 魔法使い(平均的魔法世界住人)が2。
 
 旧世界達人(気未使用)が、3〜50。
 
 魔法学校卒業生が100。
 
 戦車が200。
 
 麻帆良学園魔法先生(平均)、本国魔法騎士団団員(平均)、高位と呼ばれる魔法使いが300。
 
 竜種(非魔法)が650。
 
 カゲタロウが700。
 
 イージス艦が1500。
 
 タカミチ(本気か怪しい)が2000。
 
 鬼神兵(大戦期)が2800。
 
 そして、フェイトが3200。
 
 リョウメンスクナノカミが8000だ。
 
「んで、肝心のぼーずは……、この辺だな」
 
 そう言ってラカンが印を付けたのは、およそ400辺りの場所だ。
 
「おい……。俺はあのカゲタロスにも勝ってんぞ」
 
 不服そうに告げるネギに対し、ラカンは彼を挑発するような笑みを浮かべて、
 
「ありゃあ、俺の見たところ、運の良さも多分にあったからな。単体戦闘力としちゃこんなもんだ」
 
 ――但し、
 
「一撃の威力は……」
 
 ラカンの示す位置はリョウメンスクナノカミの遙か上。
 
「この辺いってるだろうな」
 
 学祭で使用した“輝くトラベゾヘドロン”は次は22年後の大発光までは使えないだろうが、彼にはまだ惑星霊魔法という奥の手がある。
 
「お前、本気出したら、大陸の一つくらい消滅させられるんじゃねぇのか?」
 
「んな魔法使ったら、反動で俺が死ぬ」
 
 つまり、やろうと思えば出来るという事だ。
 
「精々が街一つって所だろうな。――それでも、何年か寿命が縮むだろうけど」
 
 まあ、それも呪文の詠唱を封じられては意味が無いのだが……。
 
 その問題を解決すべく、ネギは筆を置いて立ち上がり、
 
「さて……、俺ちょっとマジックアイテム作る為の材料仕入れてくるわ」
 
 必要な材料は鷹竜の羽。
 
 調べてみた所、アリアドネーの近隣にある魔獣の森に、鷹竜が生息しているらしい。
 
 幸いにも、アリアドネーは、一度行った事のある街で、転移用の魔方陣を敷いておいてある。
 
 表情は何時もと変わらないように思えたが、明確な相手の強さを知り、内心でやる気を漲らせるネギ。
 
 呪文の詠唱を終えると、次の瞬間ネギの身体はアリアドネーに跳んでいた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ネギが再びアリアドネーに姿を見せたその日、オスティア記念式典警備隊選抜試験が行われていた。
 
 これは全長100qに及ぶ魔法での妨害ありの箒ラリーだ。
 
 まあ、妨害ありと言っても、直接攻撃は厳禁なので、壮絶な脱がし合いになるのだが……。
 
 その箒ラリーに記憶喪失の綾瀬・夕映ことユエ・ファランドールもルームメイトのコレット・ファランドールと共に参加していた。
 
 開始早々奇襲攻撃でトップに躍り出た彼女達だが、2位を飛んでいたエミリィ・セブンシープとベアトリクス・モンロー組がショートカットしようと飛び込んだ魔獣の森でグリフィンドラゴンに遭遇してしまい、その争いに巻き込まれてしまう。
 
 今まさに、エミリィが鷹竜のカマイタチブレスによって襲われようとしたその時、
 
「鷹竜発見!?」
 
 という歓喜を含んだ声と共に放たれた砲撃魔法が彼女達を救った。
 
「うははははは! 鷹竜の羽根ゲットだぜ!!」
 
 不意打ちの砲撃魔法で目を回している鷹竜に近づいていく人影。
 
 見覚えがある。……どころではない。彼こそが、彼女達がこの試験を受講した理由そのもの。
 
 親の代からナギ・スプリングフィールドのファンだというエミリィが、彼の息子を名乗る少年の存在を知らない筈がない。
 
「ね、ネギ様!?」
 
「……本物ですか!?」
 
「嘘!? 生ネギ!!」
 
「…………」
 
 声を掛けられ、初めて少女達の存在に気付いたのか? ネギがゆっくりと振り返り、そこに居た4人の少女達を視界に納めて目を見開く。
 
「綾瀬ッ!?」
 
 名を呼ぶものの、当の本人はそれが自分のものとは思わず、周囲を見渡している始末。
 
 夕映としても、その呼び方に懐かしいものは感じるものの、記憶を取り戻す程ではない。
 
 ネギは訝しげな表情で夕映に近づき、
 
「これは何だ? あれか? 実はパチュリー・ノーレッジさんでした。とかいうオチか?」
 
 偽物か? そっくりさんか? 確かめる為に、頬を引っ張ったりしてみるが、肝心の夕映は必死に記憶を呼び起こそうとして反応が無い。
 
 夕映の様子がおかしいと思ったネギは、他の少女達に事情を説明するように促した。
 
 その中で唯一事情を知るコレットが、
 
「とある事情で、今のユエってば記憶喪失なんです」
 
「あん? 記憶喪失だぁ? ……原因は?」
 
「さ、さぁ?」
 
 やましい所があるのか? 視線を逸らして小首を傾げるコレット。
 
「……ほう。――お前、ちょっと来い」
 
 そんな彼女を怪しいと思ったネギは彼女を連行して森の中に消え、キッチリ10分後……、何故か着乱れ、頬を染めたコレットを連れて現れた。
 
 ……い、一体何が。
 
 気にはなるが、怖くて聞くに聞けない。
 
 まあ、ぶっちゃけた話、ただの尋問魔法を使っただけで、何もやましいことはしていないのだが、何も知らない少女達から見れば、そうは見れなかった。
 
 そんな少女達の内心の葛藤を無視して、夕映の記憶喪失の原因が初級忘却呪文の暴発である事を聞き出したネギは夕映を見ながら小さく頷き、
 
「ま、原因が分かれば幾らでも対処のしようがあるわな」
 
 ネギは夕映を呼び寄せると、
 
「えーと、解呪の呪文は……。
 
 ラス・テル・マ・スキル・マギステル。天翔る風、力の根源へと我を導き、そを与えたまえ。
 
 ――“解呪”」
 
 夕映を中心に、まるでガラスが砕けるような音が聞こえてくる。
 
 初級の解呪魔法。魔法によるあらゆる状態異常を解呪するものの、掛けられた呪いが詠唱者よりも高位のものであった場合、解呪は出来ないという弱点もある。……のだが、今回の呪いはあくまでも初級であり、またコレットとネギでは力量に大きく差があった為、容易に解呪する事が出来た。
 
「……ネギ先生?」
 
「おう。その様子だと、ちゃんと解呪出来たみたいだな」
 
「えぇ、おかげさまで全部思い出せたです」
 
 夕映の記憶が戻ったからか? コレットのマントに入れてあった彼女の仮契約カードに絵柄が浮かび上がった。
 
「ユエ、これ」
 
 コレットから仮契約カードを受け取った瞬間、それまで目を回していたグリフィンドラゴンが目を覚まして襲いかかってきた。
 
「――“風楯”」
 
 慌てる事無く冷静に防壁を張って鷹竜の攻撃を防ぐネギ。おそらく鷹竜の力では、この障壁は破れないだろう。
 
 ネギはその状態を維持したまま、
 
「ところで綾瀬。……お前、魔法学校に通ってたって事は、多少は成長したか?」
 
「どうでしょう? 学んだ事といえば、基本的にはこちらの世界の歴史や言語ですし」
 
 それはそれで面白かったが、
 
「一応、独自にコレットと二人で、魔法の実技に関しては色々と研究していましたし、特訓もしてたですが」
 
「ほう、特訓ね……」
 
 夕映の言葉を聞いたネギは、自分の手にした杖を彼女に放り投げる。
 
「じゃあ、その特訓の成果とやらを見せてみろ。
 
 温い事してやがったら、また弾幕ごっこの刑な」
 
 ネギの杖を受けとった 夕映は不適な笑みを浮かべ、
 
「それだけは是非とも遠慮させてもらいたいので、全力でいかせてもらうです」
 
 言うと同時、アーティファクトを召喚して、ネギの障壁の保護下から夕映が飛び出す。
 
 如何に下位種とはいえ、相手は竜種。未だ魔法学校を卒業もしていない見習い以下の自分たちが束になっても勝てないだろうという所に、一人で戦って勝てという。
 
 正直な話、エミリィの目から見た夕映の実力というのは、お粗末なものだ。
 
 ここ一ヶ月の成長は確かに目を見張るものがあるが、自分に比べれば魔力も鍛錬もまだまだと言わざるを得ない。
 
 自分でも無理な事を格下の夕映が出来るわけが無いと判断し、ネギに止めさせるよう進言するも、それは一言で一蹴される。
 
「幾ら記憶が戻ったからといえユエさんには荷が重すぎます。止めさせてください!?」
 
 対するネギは先程の夕映同様、不適な笑みを浮かべ、
 
「えーと……、名前何だっけ?」
 
「エミリィ・セブンシープと申します」
 
 ……何だか、高音と同じタイプの臭いがするな。
 
 というのが、ネギの彼女に対する第一印象だ。
 
「んじゃ、エミリィ。――綾瀬を信じるな」
 
「はい?」
 
 意味が分からないと小首を傾げるエミリィ。否、彼女だけではない、その後ろに控えるベアトリクスとコレットも同じような顔をしている。
 
 そのままネギは自らを指さし、
 
「俺を信じろ。――アイツを信じる、この俺を信じろ」
 
 出鱈目な筈なのに、妙な説得力と迫力に思わず納得してしまいそうになる。
 
 その肝心の夕映と言えば、狙いを定められないよう、常に飛び回りながら、
 
「フォア・ゾ・クラティカ・ソクラティカ!」
 
「あの野郎!? 俺の考えてやった始動キー変えやがった!?」
 
 ネギが抗議の叫びを挙げるも夕映は無視して詠唱を続ける。
 
「霧を生み出す紫の錐、蟻を迷わす漆黒の針……。“霧際の酔嘆”」
 
 発動したのは、手のひらから小規模な霧を発生させる初級の目くらまし魔法。
 
 だが、
 
「無理です!? 霧では、風を操るグリフィンドラゴン相手には目くらましにはなりません!?」
 
「ユエッ!?」
 
 エミリィの言うとおり、鷹竜のカマイタチブレスの前に夕映の作り出した霧は一瞬で消滅してしまう。……が、夕映の目的は霧による目くらましではない。
 
 霧はあくまでも、カマイタチブレスの軌道を目で分かるようにする為のもの。
 
 ミニ八卦炉が無い今、夕映の使える魔法では、鷹竜の持つ風の障壁を抜いて致命傷を与える事は不可能。
 
 ……ならば、障壁の関係無いゼロ距離から魔法を叩き込むです!
 
 巧みな箒捌きによって、鷹竜との間合いを詰めていく夕映。
 
 箒を跳ね上げ、小刻みに移動しながらも絶えず前進を続ける。
 
 衣服や箒をカマイタチが掠めるも、夕映自身に大きな怪我は無い。
 
 その箒捌きを前に、ネギを除く一同が息を飲む。
 
「アイツは、元々、魔法や気とは縁も所縁も無い旧世界の一般人の家の出だ。
 
 生まれ持った才能も、希少な技術もあるわけじゃ無い。アーティファクトにしても直接戦闘向きでもないし、魔力だって精々人並み、経験にしたって、半年にも満たねぇ。
 
 そんなアイツがどんな相手が敵であろうと生き残れるように、編み出したのがあの戦い方だ」
 
 障壁の関係無い超至近距離から一撃をお見舞いし、相手が怯んだ隙に離脱する。
 
 とはいえ、あの箒捌きを身につける為に、どれだけの勇気と修練が必要だったのか? それは恐らく想像を絶する程の血の滲むような訓練だったのだろう。
 
 その特訓というのが弾幕ごっこであり、特にノリノリだったのがエヴァンジェリンで、最後の方はレミリア・スカーレットのコスプレで夕映の特訓に付き合っていた程だ。……ちなみに、その時の夕映はパチュリーのコスプレを強要されていたというのは内緒である。
 
 その結果、未だエヴァンジェリンに一撃を入れる事は叶ってはいないものの、回避術に関しては既にネギ以上の実力を有している。
 
 まあ、ネギは“固定砲台”の二つ名から分かるように、敵の攻撃は障壁によって受け止めるという戦い方が主であり、回避術に関してはザル同然ともいえるのであるが……。
 
 ……ともあれ、エヴァンジェリンの弾幕に比べれば、鷹竜ごときのカマイタチブレス。
 
「恐るるに足りません!!」
 
 カマイタチブレスを突き抜け、急加速して一気に接近するが、そこにはまだグリフィンドラゴンの爪が待ち構えている。
 
 甲高い咆吼と共に鷹竜の爪が振り下ろされ、夕映の乗った箒が粉々に砕かれる。……が、砕かれたのは箒だけで、そこに夕映の姿は無い。
 
「ユエさんは何処に……?」
 
「居ました! ――上に!?」
 
 グリフィンドラゴンの爪が振り下ろされる直前箒を飛び降りた夕映はネギの杖の上に乗って沈み込むように突っ込み、箒を盾にして鷹竜の一撃を回避。その後、大きく宙返りして上空から鷹竜に襲いかかる。
 
「カットバックドロップターンだとッ!?」
 
 この大技を前に、流石のネギも驚愕の声を挙げざるを得ない。
 
 落下速度をプラスして最高速をマークした夕映が、前面に風障壁を展開して鷹竜の死角からその背中に吶喊。
 
 完全に虚を突かれた鷹竜は悲鳴を挙げるが、夕映の攻撃はまだ終わっていない。
 
「フォア・ゾ・クラティカ・ソクラティカ!
 
 其は風! 五元の二にして悠久の風! 青き天剣となりて世界を駆けろ!!
 
 ……“烈しき雷帝”!!」
 
 雷撃が鷹竜の全身を撃ち貫き、一際大きな悲鳴を挙げる。
 
 “白き雷”の強化版とも言うべき魔法を前に、鷹竜は再度気を失った。
 
 安堵の吐息を吐く夕映に駆け寄る少女達。
 
 ネギはゆっくりと夕映の元に歩み寄ると、彼女の頭をやや乱暴に撫で、
 
「上出来だな。次は“雷の暴風”辺りでも覚えてみるか?」
 
 弟子の成長が嬉しいのか? 楽しそうな表情で告げる。
 
「この魔法も、成功率は7割程度なので、先にこちらを完成させたいと思うです」
 
「平行してやれ、平行して」
 
 言いながら、ネギは夕映から杖を返してもらい、そのまま気を失っている鷹竜の元に近づいていくと、無造作に羽根を毟って己の影から取り出した麻袋の中に入れていく。
 
「もしかして、それが目的でここまで来たですか?」
 
「まぁな。……こっちはこっちで、色々と物入りなんだよ」
 
 言って、充分採取したのか? 立ち上がり、
 
「じゃあ、帰るか」
 
「そうです! のどか達は無事なのですか!?」
 
 ようやく肝心の事柄を問いかけるだけの余裕が出来た夕映は必死の形相で問う。
 
 夕映の問いかけに対し、ネギは気負う事無く、
 
「図書館探検部の連中なら、近衛は合流してるし、宮崎は無事だっていう連絡があった。
 
 早乙女はまだ連絡が入ってきてないけど、アイツなら放っておいても大丈夫だろ。
 
 むしろ、日本の恥を魔法世界に持ち込みそうな予感がしてならねぇ……」
 
 確かに、彼女の事だ。BL本の第一人者として一山当てていそうで困る。
 
 同じ事を考えたのか? 同時に溜息を吐き出すも、気を取り直してネギが転移魔法の準備をする中、夕映がコレット達に別れの挨拶を交わす。
 
「それではコレット。色々とお世話になったです」
 
 ペコリと頭を下げる夕映に対し、コレットは僅かに思案し、
 
「……よし、決めた! 私も一緒に連れてって、ユエ!」
 
「はい?」
 
 突拍子も無い事を言い出したコレットに、思わず小首を傾げてしまう。
 
 何しろ今のネギ達は犯罪者集団なのだ。正直、付いて来た所でメリットがあるとは思えない。
 
「落ちこぼれの私がここまで、頑張ってこれたのは、間違いなくユエのお陰だからね。何か恩返ししたくってさ」
 
 ユエはその言葉に感動……したりせず、
 
「……もしかして、ネギ先生目当てで付いてくるつもりですか?」
 
 半眼でコレットを睨み付けると、図星だったのか罰が悪そうに視線を逸らした。
 
 コレットがナギの大ファンで、更にはファンクラブにも所属し、様々なグッズを所持している事は良く知っている。
 
「お待ちなさい、ユエ・ファランドール。……いえ、ユエ・アヤセさんでしたか。
 
 このまま勝ち逃げされるのは、私のプライドが許しません。よって、私も付いて行かせてもらいます!」
 
 割り込んできたエミリィに関してもコレット同様、……否、コレット以上のナギフリークだ。下心は容易に知ることが出来る。
 
「それも建前で、委員長の本音もネギ先生ですか……」
 
 呆れの混じった溜息を吐き出し、どうしたものか? とネギの方を見ると、そこではベアトリクスにねだられ、ネギが色紙にサインしている所だった。
 
「……というか、貴女もですか? ベアトリクス」
 
「ホント、困ったものねぇ……」
 
 と横から聞こえてきた初めて聞く声に慌てて振り向くと、そこには妙齢の亜人の女性が居た。
 
「今年、期待のルーキーを全員持っていかれると、流石に困るんだけど……」
 
「総長!?」
 
 エミリィ達の反応からして、彼女がアリアドネーの魔法学校を統べる女性なのだろう。
 
 総長はネギを懐かしい者でも見るような眼差しで見つめて笑いを噛み殺し、
 
「じゃあ真面目なお話をしましょうか?
 
 この都市にある全ての学校を統べるという立場にあり、親御さんから、彼女達を預かっている以上、みすみすならず者の手に彼女達を渡すわけにはいかないの。
 
 ……建前としては、ね」
 
 一息を入れて小さく肩を竦め、
 
「個人的には、貴方のお父さんに借りもある事だし、力を貸してあげたいのだけど、中立都市という立場からも、一個人に力を貸す事が出来ないの。
 
 とはいえ。彼女達は貴方に付いて行く気満々。
 
 さて、それを踏まえた上で問題。これら全てを解決する一番良い方法は何かしら?」
 
 ウインクのオマケ付きで問いかけてくる総長に対し、ネギは微塵の躊躇いも見せずに面倒臭そうな溜息を吐き出し、
 
「綾瀬だけを連れて、とっととアジトに戻る」
 
「30点ね」
 
「別に100点取ろうなんて思ってねぇよ」
 
 心底、興味なさそうに告げるネギ。対する総長は苦笑を浮かべ、
 
「貴方のお父様なら、躊躇い無く全員が満足出来る答えを選べたのに」
 
 その一言が妙にネギの癇に障った。
 
「まあ、それも仕方ないかも知れないわね」
 
 どこか失望したかのように告げる総長に対し、ネギはエミリィ、コレット、ベアトリクスの三人を抱き寄せ、
 
「なら、ならず者らしく、――頂いていく」
 
 三人がネギに誘拐されたという事にすれば、何処にも角が立たない。
 
 精々、ネギの悪名が更に悪くなり、懸賞金が上がる程度だ。
 
「100点」
 
 満面の笑みを浮かべる総長に見送られ、5人はその場から姿を消した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 古菲と超の二人を無事探し当てる事が出来た朝倉、さよ、茶々丸の三人。
 
「……こりゃあ」
 
 呆然と呟く朝倉の視界には、改造されてもはや原型を留めていないNノーチラス号の姿があった。
 
「ふふふ、これならネギ老師が仕込んでいるであろう全てのネタに対処出来るネ」
 
「まあ、仕込んでくるだろうねぇ。……となると、後の問題は柿崎かぁ」
 
「そっちの方はネギ先生が説得するだろうから、問題無いヨ」
 
「……というか、改造のコンセプトがネタ中心というのも正直、どうか? と思うのですが」
 
 という茶々丸の控え目な突っ込みは闇に葬られた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 オスティアで行われる武道大会まで、後数日と迫った日の事。
 
 件の都市が見渡せる位置に、一人の少女が辿り着いていた。
 
 ボロボロの外套を身に纏った少女は、鋭い眼光でオスティアを睨みつけ、そこに居るであろう一人の少年の事を思い、その顔に獰猛な笑みを浮かべる。
 
「ふふ……、ふふふ……。待ってなさいよ、ネギ。絶対にぶん殴ってやるんだから!!」
 
 ここに至るまで、色々な事があった。
 
 ――野党に襲われ、賞金稼ぎに襲われ、魔獣に襲われ、荷物を盗まれ、飢えと乾きに耐え、誰にも頼る事が出来ないまま全てを一人で解決し、ようやくここまで辿り着く事が出来た。
 
 それというのも、全てはネギが自分を一人だけ置いていった所為だ。
 
 決意新たに、少女……、神楽坂・明日菜はオスティアを再度睨み付ける。
 
 ……一瞬、懐かしいような感じがしたものの、そんな感情はネギに対する怒りの前に呆気なく霧散してしまった。
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