魔法先生……? ネギ魔!
 
 
書いた人:U16
 
第20話
 
「……なあ、何か微妙に数増えてね?」
 
 胡散臭そうにネギが見つめる先にいるのは、メイド服を着た茶々丸シリーズ。
 
 その中でも最新型10歳Verだ。
 
「彼女が何か粗相でもなさいましたでしょうか? ハイ・マスター」
 
 即座に茶々丸(姉)が飛んできてネギのクレームに対処しようとする。
 
「いや、粗相も何もしてないけど、新顔が入ってたから気になってな」
 
 それを聞いた茶々丸(姉)は僅かに動きを停めてネギの顔を凝視する。
 
「……どうした?」
 
「失礼しました。ネギ先生は私共の顔など、逐一お覚えになっておられないと思っておりましたので」
 
 そう告げた茶々丸(姉)に対し、ネギは怒るでもなく軽く肩を竦め、
 
「こう見えても、お前等には感謝してんだぞ。色々飯とか作ってくれてるし。
 
 本当なら、全員にプレゼントでも買ってやりたい所なんだけど、生憎と予算がなくてな……」
 
 それを聞いた茶々丸(姉)は慌てて手を振って、
 
「いいえ、流石にそこまでしていただくわけには……」
 
 とはいえ、彼女達に感謝しているというのは事実。
 
「んー……、金が掛からなくてお前等に喜んで貰えそうな物っつーと……」
 
「あ、あの……、ハイ・マスター?」
 
 真剣に考え始めたネギに茶々丸(姉)は恐る恐る声を掛けるが、考えに集中しているネギの耳には届かない。
 
 そして、何かを思いついたのか? ネギが茶々丸(姉)に向き直り、
 
「そういえば、お前の名前何ていうんだ?」
 
 その問い掛けに対し、茶々丸(姉)はネギが反応してくれた事に僅かな安堵を零し、自らの名前を答える。
 
「プロトタイプ・絡繰・茶々丸ですが」
 
 ……エヴァの野郎、茶々丸の名前に何か思い入れでもあんのかね?
 
 内心でそう考えつつ、茶々丸(姉)に新たな問い掛けを投げ掛けてみる。
 
「……お前さ、新しい名前が欲しいとか思わないか?」
 
 答えはすぐに返ってきた。
 
「いいえ、思いません。この名前はマスターから戴いたもの。
 
 何の不満がありましょうか」
 
 どうやら本人もかなり気に入っている様子。
 
 これを無理強いさせて名前を変えるのは、彼女達に対するプレゼントにはならないだろう。
 
 そういう考えに至ったネギは、名前をプレゼントするという考えを放棄。
 
「んじゃ、どうしたもんかな……」
 
 再度、考えを巡らせ始める。
 
「い、いえ……、ですから、そのようなお気遣いしていただかなくても……」
 
 恐縮し、何とかネギに諦めてもらおうとする茶々丸(姉)であるが、ネギは一向に気付く様子は見られない。
 
 そんな彼女を不憫に思ったのか? 隣から助けが入った。
 
「おい、ぼーや」
 
 こうなった場合のネギがなかなか反応しない事を熟知しているエヴァンジェリンは、微塵の躊躇いも無く魔法を使用。
 
 障壁があるので、ダメージ自体は皆無であったが、流石にこれには驚いた。
 
「何しやがる!」
 
「明日一日、コイツ等全員に休暇を与えてやる。
 
 ……何処かに連れて行ってやれ」
 
「……何処かって?」
 
「それくらいは自分で考えるんだな」
 
 しかし、それに待ったを掛けたのは他ならぬ茶々丸(姉)自身だ。
 
「マスター、お気持ちは嬉しいのですが、私共が留守の間は皆様のお世話が……」
 
「心配するな。今まで散々、貴様等に世話して貰ってきたんだ。1日くらいアイツ等にメイドの真似事をさせても罰は当たらんだろうさ。
 
 ──そうだろう? 小娘共」
 
 エヴァンジェリンの声に答えるべく、いつの間にか集まって来ていた少女達が口々に賛同の声を放つ。
 
「良いんじゃない? 何時も食事からエステまで全部世話になってるわけだし」
 
「そうね、偶には骨休めもするべきでしょ」
 
「どなたか反対意見はございませんか? 無いようでしたら、このまま可決させていただきますが?」
 
「異議なぁーし!」
 
 ……こうして、ネギと茶々丸シスターズとのデートが決定した。
 
「……で? やっぱり、覗きに行くわけ?」
 
「当然じゃん!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ……さて、どこに連れて行ったものか。
 
 と出発の直前まで考えるネギ。
 
 何しろ軍資金が無いという時点で、出先の選択肢はかなり狭められてしまうのだ。
 
 ……金の掛からない所で、コイツ等の喜びそうな場所となると、
 
 考えてみるが、まったく思いつかない。
 
 そうこうしている内に茶々丸達の用意が出来たのか、普段とは違い私服姿の彼女達がネギの前に姿を現した。
 
 いつもとは違う雰囲気を放つ少女達にネギは笑みを浮かべて、
 
「おー、似合う似合う♪ ……ところで誰がコーディネイトしたんだ? 絶対キティちゃんじゃねぇだろうけど」
 
「……正解だが、貴様に言われると妙に腹が立つな。後、その名で呼ぶな」
 
 なんでも服を選んだのは木乃香らしい。
 
「ゴスロリ系も可愛らしくてえぇんやけども、やっぱりお姉さんにはシックな感じの服も似合うと思うんよ。
 
 茶々丸さんは意表をついてカジュアルな感じに纏めてみたんやけど、えぇ感じに仕上がっとると思うし、妹さんはボーイッシュにしてみたけど、これは当たりやね。
 
 んで、幼ちゃんは子供っぽい可愛さを全面に引き出す感じにしてみたんよ。
 
 チャチャゼロちゃんは、やっぱりゴスロリやね」
 
「そこら辺の詳しい話は全然分かんねぇけど、近衛のセンスが良いことは理解した。
 
 ――逆に何でもゴスロリ着せれば良いと思ってるキティは正直どうよ?」
 
 そう告げるネギの後ろでは、彼女に弟子入りして以来ゴスロリ服を強要させられている明日菜がしたり顔で頷いていた。
 
 対するエヴァンジェリンは頬を引きつらせながら、
 
「ほう、そうかそうか……。なら、こいつはいらないな」
 
 言って、懐からこれみよがしに封筒を取り出す。
 
「……何だ? それ」
 
「何、ちょっとした餞別だ。――中には福沢・諭吉が3人ほど入っている」
 
 告げた瞬間、魔法も使わずネギが超高速の機動を見せ、瞬時にエヴァンジェリンの手から封筒を奪取した。
 
「う、うおぉぉ! 本物だ! 本物の諭吉さんだ!」
 
 感動に打ち震えるネギ。
 
 しかし、すぐにエヴァンジェリンの性格を思い出し、最大限の警戒をみせながら封筒を庇うように、
 
「な、何が目的だキティ!? 言っとくが、この諭吉っあんは絶対返さねぇぞ!」
 
「返すも何も、最初から貴様にくれてやった覚えは微塵も無いがな……」
 
 言って軽く溜息を吐き出し、
 
「貴様の懐具合で行ける場所など、精々近所の公園くらいしかないだろうが。
 
 折角の休日をそんなつまらん事で消費させるな」
 
 不器用ながらもエヴァンジェリンの見せる茶々丸達への感謝の念に感動する面々。
 
「そういうことなら任せとけって」
 
 胸を張り、茶々丸達へ向き直り、
 
「んで? お前等どっか行ってみたい所とかはないのか?」
 
 問うてみるも、彼女達は元より主を優先させるようプログラムされている。
 
 自発的な意見を求められても困るだけなのだが、誰も発言しようとしないのを見て茶々丸(幼)が怖ず怖ずと挙手した。
 
「あの……」
 
「おう、言ってみな」
 
「……動物園という所へ行ってみたいです」
 
 茶々丸姉妹の中では生まれて最も日の浅い彼女は、人間とカモ、ウィーペラ以外の生き物を見たことが無い。
 
 まあ、それに関してはチャチャゼロと茶々丸以外も似たようなものなのだから、他の姉妹達にしてみても動物園には興味があるのだろう。
 
 特にコレといった反対意見も無いようなので、行き先は動物園に決定した。
 
 
 
     
 
 
 
 
 
 
 電車を乗り継ぎ、目的地である動物園に到着したネギ達は、正門から入園する。
 
 すると、オオカミとペンギンと象の着ぐるみが彼らの元に近寄ってきて、愛らしい仕草で茶々丸(幼)に風船を手渡して離れていった。
 
 不思議そうに風船を眺める茶々丸(幼)。
 
 ネギはそんな彼女の頭を優しく撫で回し、
 
「うーし、無くすんじゃねぇぞ茶々丸(幼)」
 
 告げ、入場門で受け取ったパンフレットを広げる。
 
「……順路通りに回ると、まずは鳥類か」
 
「主に日本の鳥類を集めた施設との事です」
 
「まずは軽いジャブって所だな」
 
 少女達を伴い、ネギがパンフレット片手に先導して歩く。
 
 それを見送るのは、先程茶々丸(幼)に風船を渡した3体の着ぐるみ達だ。
 
「こちら上海1。予定通り魔理沙に盗聴器を仕掛けたでござる」
 
『こちらアリス1、──了解だ。
 
 ……次、京都。準備は良いな?』
 
『こ、こちら京都2。今更ですが、本当に良ろしいんですか? このような出歯亀の真似をして』
 
 怖ず怖ずと問い掛ける刹那……、もとい京都2に対し、アリス1ことエヴァンジェリンは自信に満ちた声色で答える。
 
『良いに決まっている。いいか? 刹那。私はアイツ等のマスターとして、このデートを見守る義務がある』
 
 これは一応、己の家族ともいうべき茶々丸シスターズの初デートが上手く行くように影ながらサポートしようという想いを込めたエヴァンジェリンなりの愛情表現なのだが、一歩間違うと、刹那の言ったように出歯亀にしか見えない。
 
 しかも、ネギ一行を監視する為に、クラスメイト全員を動員したのだ。
 
『なあなあキティちゃん』
 
『今はアリス1と呼べ、このか。後、その名前で呼ぶな』
 
『ほな、アリス1』
 
『何だ? 京都1』
 
『この呼び方に何か意味でもあるん?』
 
 ターゲットであるネギ一行が魔理沙。ベース基地に居るエヴァンジェリン達がアリス。
 
 そして、エヴァンジェリンの指示で動く他の者達がチーム毎に上海、蓬莱、仏蘭西、和蘭、西蔵、京都、倫敦、露西亜、オルレアンとある。
 
『気にするな、きっと分かる奴は分かっている』
 
 そんな会話を交わしつつ、エヴァンジェリン達の監視は密やかに続けられる。
 
 
 
   
 
 
 
 
 
 
 さて、その頃ネギ達は、男装した刹那と木乃香のカップルに見守られつつ、アジア象の見られる場所に到着していた。
 
「んー……、前にアフリカで見た野生の象の方がデカかったような気がするな」
 
「種族的には、アジア象よりもアフリカ象の方が身体が大きく凶暴であると言われています」
 
 データバンクからの情報を教えてくれる茶々丸(姉)に対し、ネギはしたり顔で頷き、
 
「……確かにありゃぁ凶暴だ。……しかもしぶとかったし」
 
「……戦闘になった事があるのですか?」
 
 茶々丸が興味深げに問い掛けると、ネギは疲れたように頷き、
 
「イギリスに居た頃に、カモ経由の依頼でアフリカの遺跡に行ったんだよ。
 
 そしたらサバンナの真ん中で迷子になってな……」
 
 遠い眼差しで、
 
「丁度乾期だったから、水も無いし。食料も尽きるしでな、仕方なく狩りでもしようって事になったんだけどな……、仕掛けた罠よりデカかったんだよ、獲物の方が……」
 
「……それで、象を怒らせたのですか?」
 
「あぁ……。しかも、全員空腹と疲労で魔力切れ寸前だったからなぁ」
 
 一息、
 
「料理する手間も惜しんで、そのまま食いに掛かった」
 
 それを盗聴器越しに聞いていた面々は、当事者であるネカネとアーニャの方に向き直り、
 
『ちょっ!? 本当に象を食べたんですか、アーニャさん!』
 
『……皮膚が異常に厚くてゴムでも噛んでるみたいだったのよね』
 
『……余り、美味しくはなかったわねぇ。──後で象牙は高く売れたけど』
 
『今、聞き捨てならない事言った、この“偉大なる魔法使い”!?』
 
『あらあら、内緒の事よ♪』
 
 笑って誤魔化し通すネカネ。
 
 勿論、ツッコンだ裕奈としても、通信機越しに放たれるネカネの雰囲気に逆らえるはずもない。
 
『……私も結構、長い間生きてきたが、象を食った奴らは初めて見たぞ』
 
 ともあれ、ネギ達に動きがあったらしく監視していた明日菜から連絡が入った。
 
『こちらH。魔理沙はモノレールに乗ったわ。
 
 っていうかさ、何で私だけHなの?』
 
『僕もてゐって言われてる』
 
『私はえーりんだけど、文句はないネ』
 
 自己申告してきたのは鳴滝・風香と超・鈴音の二人だ。
 
 その三人に対しエヴァンジェリンは、
 
『──異論は認めん』
 
 と一蹴した。どうも、超は分かった上で納得しているらしいが、明日菜あたりは真実を知ったらきっと抗議するだろう。
 
 ちなみに、他には射命丸:朝倉、中国:古菲、パチェ:夕映というネタも仕込んである辺り、エヴァンジェリンが如何にネギに毒されてきたのかが伺い知れる。
 
 そんな会話を交わしている内にネギ達はモノレールを降りて次の区画に進んでいた。
 
「……こっちは小動物コーナーか。……何でも一緒に遊べるらしいぞ?」
 
 囲い中では犬や猫、兎にミニブタ、ヤギに羊といった動物達が放たれている。
 
「触ってきたらどうだ? 見てるだけじゃつまらねぇだろ」
 
 遠慮しているような素振りの茶々丸達の背中を押して強引に囲いの中に押し込む。
 
 即座に動物達に囲まれ困惑する妹達を、猫の世話で慣れている茶々丸が上手くリードして抱き上げさせているのを眺めながら、チャチャゼロを頭に乗せたネギが囲いの中にいる見覚えのあるオコジョに視線を向けながら、
 
「……さっきからチラホラと見覚えのある奴らが居るなぁ」
 
「ヤッパ気付イテヤガッタカ」
 
「当然だ。……つーか、年齢詐称薬まで使ってる奴もいるじゃねぇか」
 
 別に監視されてやましい所など何一つないが、余り良い気分はしない。
 
 ……さて、どうしてくれよう。
 
 と悩んでいると、何やら別の区画で檻が壊れて肉食獣が外に出てしまうアクシデントがあったらしく客達が一斉に逃げ出し始めた。
 
 そして、それとは逆に逃げ出した動物を捕獲せんと飛び出す一団がある。
 
 見覚えの有りすぎる面々に溜息を零しつつも、茶々丸姉妹共々動物の回収に手を貸した。
 
 30分と掛からず、全ての動物を回収し終えたネギ達は取り敢えず安堵の溜息を吐き出し、
 
「……で? お前等はここで一体何をしてるんだろうな?」
 
 笑顔のままで告げるネギが怖い。
 
 ……やっぱり、ネカネさんの姉弟だ!?
 
 妙に納得する少女達。
 
 しかしネギは、大仰に溜息を吐き出し、
 
「……良いや、もう。折角の休みだし……。怒るのも面倒臭いし……」
 
 告げ、歩き始め、
 
「ほら、行くぞ。……こうなったら、遠足気分で引率してやる。
 
 ……丁度さっき、動物捕まえたお礼にって、食堂のタダ券大量に貰った事だしな」
 
「おぉ──!! 先生、太っ腹♪」
 
 その言葉に従うように少女達がネギに付いて行く。
 
 そんな中、率先してネギの手を引くのは彼の姉であるネカネだ。
 
 何が楽しいのか? 彼女はネギと腕を組むと、檻の中で大きな口を開けるカバを指し、
 
「ほらカバよネギ」
 
「ちなみに、野生のカバってかなり獰猛らしいんだよな。ライオンやワニですら近づかないくらいに。
 
 ……ほれ、あの下顎から生える牙見てみろ」
 
 言われ、少女達はネギの説明にあったカバの口を凝視する。
 
 そこに見えているのは、全長40cmの鋭く尖った牙。
 
「カバの噛む力は、1t以上あるそうだ。そんなもんに噛まれてみろ身体に穴あく程度の話で済まねぇぞ」
 
 実際、アフリカで野生動物に殺された人間の被害者の中では、カバによる被害がもっとも多いのだ。
 
「ちなみに、カバの全長は4m体重は3tの身体で、最高速は時速50q。マトモに体当たりを喰らうとライオンでさえ即死するそうだ。
 
 しかも、皮膚の厚さは5cmもある。……正に、陸の重戦車と呼ぶのに相応しい動物だよ」  
 
 ネギの雑学ガイドを聞いた少女達は、顔を青ざめさせながら、カバに関する認識を改める。
 
「懐かしい話よねぇ……」
 
「……あの時、その知識があればあんな事にはならなくて済んだのに」
 
「……まったくだ。私にとってはいい迷惑だったよ」
 
 当時、トレジャーハンターの護衛として雇われていた真名の元にカバの大群と共に登場し、遺跡を完膚無きまでに破壊してくれたのがネギ達であり、それが彼らと彼女のファーストコンタクトだった。
 
「お陰で依頼主は全治9ヶ月の重体で、トレジャーハンターとしても引退。
 
 私は前金以外の報酬も無し、信用も落ちたわけだ」
 
「……壮絶な人生を送っとるなぁ」
 
「……さりげなく龍宮さんまで、巻き込まれてるし」
 
 呆れたように告げる明日菜。
 
 とはいえ、彼女自身憶えていないが、明日菜にも幼少の頃に世界中を巡り生活していた頃があったのだ。
 
 まあ、そんな感じで少女達は茶々丸の的確な説明とネギの雑学&昔話をガイドにしつつ動物園を見て回った。
 
 その後、食堂で食事したり、爬虫類館で悲鳴を挙げたりして帰路に着くも、少女達はそのまま女子寮の方に帰宅するのではなく、エヴァンジェリンの城の方へ直行する。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「……お前等も最近はこっちに居着いてんなぁ」
 
「良いじゃん別に、先生としても弟子は強い方が誇らしいでしょ?」
 
 告げる裕奈に対し、ネギは軽く溜息を吐きながら、
 
「……まぁ、最近はお前もようやく魔法使えるようになってきたしなぁ」
 
 問題があるとすれば、裕奈ではなく夕映の方だ。
 
 ネギの視線の先、愛衣と空中戦を行う夕映の姿がある。
 
 ……化けやがったな。
 
 元々彼女はネギや木乃香のように膨大な魔力があるわけでも、裕奈や美空のように魔法使いの家系に生まれたわけでもない。言ってみればなんの取り柄も無い普通の魔法使いだ。
 
 取り柄が無いが故に、彼女は己のアーティファクトを最大限に活用し、効率的な魔法の運用方法を調べ、身に着け、実践し、着実に成長してみせた。
 
 しかし、なにより彼女の成長に拍車を掛けたのは、学園祭の一件だろう。
 
 あれ以来、彼女の成長は著しく、今では秀才、佐倉・愛衣と互角に空中戦を行えるほどだ。
 
 ……何が凄ぇって、基礎の応用だな。
 
 今使える魔法を応用して、格上の魔法と互角以上に渡り合っている。
 
 夕映の箒の飛んだ軌跡に星屑の尾が引く。
 
 一つ一つは、“魔法の射手”一発にも満たないような魔力の残滓にしか思えない。
 
 よって愛衣は飛行の際に使う魔力の過剰生成と思い込み、さして気にしなかった。
 
 しかし実際の所、その一発一発が“魔法の射手”を構成する為の魔力塊であり、夕映が警戒するように愛衣を中心に弧を描き終わる頃には、下準備は完了していた。
 
「征くです……!」
 
 使用した魔力は、わずか“魔法の射手”6発分。
 
 夕映の意志の元、魔力の残滓達が集約され光弾となるが、夕映本人に気を取られている愛衣は、その光弾の存在に気付かない。
 
「シュートッ!」
 
 愛衣の死角から、6つの“魔法の射手”が襲いかかる。
 
 激突の寸前に愛衣は魔弾の存在に気付いたが時既に遅し。
 
 しかし、彼女が予め展開していた全自動防御の術式が作動。
 
 己の周囲に爆炎の障壁を展開し、辛うじて直撃は免れた。
 
「……ねぇねぇ、先生。今のゆえ吉の使った魔法なに?」
 
 興味深かそうに問い掛ける裕奈に向け、ネギは丁寧に説明してやる。
 
「ただの“魔法の射手”だよ。ただし、発動方法と置換方法が通常のやり方とかなり異なるけどな……」
 
 言ってみれば魔力弾の生成速度を極度に遅くし、更に配置場所を自分の周囲ではなく、通過地点に置いてくるように仕向けたに過ぎない。
 
 それでも今の方法ならば、時間差と死角からの攻撃が同時に出来るので、かなり有益な手段といえるだろう。
 
 ……普通なら、如何に速く魔弾を生成するか? を考える所なんだけどな、逆転の発想って所か。
 
 それに今のやり方。──俺なら、無詠唱でいけるし、数も増やせる。
 
 拳を握り、唇を吊り上げ、
 
「──使える!」
 
 早速、夕映の技をパクろうとするネギ。
 
「アンタ、師匠のプライドないのか!?」
 
 即座に裕奈がつっこむがネギは華麗にスルー。
 
 上空の夕映に向けて降りて来るように命じると、
 
「綾瀬、さっきの魔法の射手な」
 
「はいです──。佐倉さんには通じませんでしたが」
 
 悔しそうに僅かに眉を顰めて申告する夕映に向けてネギは苦笑を浮かべ、
 
「今のはお前が悪いんじゃなくて、佐倉が一歩上手だっただけだ。
 
 現に今の魔法、学祭までは使えなかったよな?」
 
 愛衣に確認をとると、彼女はシッカリと頷き、
 
「はい。──私は武道会で何も出来ずに終わってしまったので、それを教訓にして咄嗟の攻撃にも対処出来るようにって思って、新しく防御魔法を覚えたんですけど……」
 
 愛衣の話を聞いたネギは、再度夕映に向き直り、
 
「そういうこった。
 
 学祭前の佐倉になら通用したろうよ……」
 
 ともあれ、こんな話をするために呼んだのではなく、いよいよ本命に入る。
 
「……で、な。今の“魔法の射手”、“星屑の夢想”って名前付けてみたんだけど、どうよ?」
 
「……“星屑の夢想”」
 
 小さく口の中で呟き、その名前が気に入ったのか? 口元に薄い笑みを浮かべる夕映。
 
 それを確認したネギは満足気に頷き、
 
「気に入ってくれたようで、なによりだ。
 
 ……で、命名料金として、俺もこの術式使わせてもらうからな」
 
 恥ずかしげもなく、堂々と宣言した。
 
 
 
  
 
 
 
 
   
 
 そんなネギの姿を遠目に眺めつつ、ひっそりと溜息を吐く者が居た。
 
「……ハァ」
 
「どうしたの? いんちょ。溜息吐くなんてアンタらしくもない」
 
 その溜息を聞き咎めた明日菜が心配を表面に出すことなく問い掛ける。
 
「……アスナさん。──いえ、その少々思うところがありまして」
 
 調子が悪いのか? 何時ものように食い付いてこないあやかに対し、明日菜は正面から向き直り、
 
「本当にどうしたのよ? 何か悩み事でもあるの?」
 
 もはや取り繕うことなく心配しだした明日菜に対し、あやかは僅かに躊躇うも思い切って相談してみる事を決意する。
 
「その……、大変言いにくい事なのですが」
 
「うんうん」
 
「……どうも最近、ネギ先生の事が気になって仕方がないといいますか。
 
 ──本来でしたら、今日のような出来事も諫めるべき立場にあるはずでしたのに、ネギ先生が茶々丸さんにどのような態度を取るのか気になってしまい、ついつい付いて行ってしまう始末……。
 
 ……私、一体どうしてしまったんでしょう?」
 
「そ、それは……」
 
 心当たりはある。
 
 しかし、それを言ってしまって良いのか? 明日菜が悩んでいると、その話を聞き及んでいたハルナが何処からともなく現れ、
 
「それはラヴね……」
 
 目を輝かせて断言するハルナ。
 
「ら、ラヴ……」
 
 ハルナの言葉により、己の感情を理解したのか? 自分の世界に入り込み始めたあやか。
 
「ちょっ!? パル!」
 
 咄嗟にハルナを窘めようとする明日菜だが、彼女自身、何故そうしなければならないのか? 己の感情を持て余していた。
 
「なぁ〜に? アスナ」
 
 明日菜本人さえ持て余している感情の正体に気付いているハルナは、からかうような態度で彼女に振り返る。
 
「い、いや……、その……」
 
 躊躇い、しかし、何かを思いついたのか、今度は毅然とした態度で、
 
「い、今ネギの事好きな娘達って沢山いるのに、これ以上ややこしくしてどうすんのよ!?」
 
「良いじゃん別に。誰が誰を好きになったって。
 
 それとも、誰かさんはこれ以上ライバルが増えるのは避けたいのかにゃ〜♪」
 
 意地の悪い笑みを浮かべて告げるハルナ。
 
 一方、彼女が言いたい事を理解した明日菜は本人の意思とは無関係に顔を真っ赤に染めて、
 
「な、なななな、なによそれ! 別に私はネギの事なんか何とも思ってないわよ!?」
 
「……そうなの?」
 
「そ、そうよ! 私が好きなのは高畑先生! ……まぁ、振られたけども」
 
「ふーん……、なんだって先生」
 
 その言葉に慌てて振り返ってみると、そこにはハルナの言葉通り、ネギが立っていた。
 
「いや、別にいいけどな。……好かれるような事をした覚えもないし」
 
 ネギは黙っているが、既にエヴァンジェリンの口から明日菜を護るために彼が暗躍している事は聞き及んでいるのだ。
 
 明日菜は必死に取り繕うように、
 
「だ、だからって、別に嫌いってわけじゃないわよ! そこん所、勘違いしないでよね!?」
 
 捨て台詞を残し、そのまま走り去っていく。
 
 それを見送るネギとハルナ。
 
「おー……、なんというツンデレ」
 
「いやいや、基本に忠実じゃないの。……それで? 先生としてはどうするの?」
 
 というハルナの問い掛けに、
 
「別に……。何度も言ってるけど、今は恋愛どころじゃねぇしな」
 
 言い、背後に居るあやかに向き直り、
 
「つーわけだ。悪いけど、恋愛するなら他の奴あたってくれ」
 
「お待ち下さいネギ先生!」
 
 告げ、去ろうとするネギをあやかが呼び止める。
 
「──この雪広・あやか、見くびってもらっては困ります!
 
 一度お慕い申した男性をコロコロ変えるような真似など出来るものですか!
 
 今、恋愛どころでないと仰るのならば、その気が変わるように私が女を磨くまで! 必ずネギ先生を振り向かせてご覧にいれます」
 
 その気迫に、さしものネギも一歩を退く。
 
「おおぅ。その根拠の出所が何処なのか? 聞いてみたい気がしないでもないけど、取り敢えずお前の気持ちは良く分かった」
 
 表情を真剣なものに改め、
 
「やってみせろよ雪広。──そん時は、正々堂々真っ正面から告白してやる」
 
「是非とも」
 
 宣言するネギに対し、あやかも堂々とした態度で応えた。   
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 だが、話はそれだけでは終わらない。
 
 同じような悩みを抱える姉妹がここにも居るのだ。
 
「……ハァ」
 
「……ハァ」
 
 双子の鳴滝姉妹が溜息を吐いていると、背後に忍び寄ったネギが彼女達の頭を押さえつけた。
 
「何だ? えらく元気無いじゃねぇか?」
 
 突然掛けられた声に、慌てて警戒をみせる双子。
 
 彼女達はネギと一定の距離をとって対峙する。
 
「……えらく警戒されてるな」
 
 苦笑を浮かべて呟き、彼女達の警戒を解くように膝を曲げて視線の高さを合わせて手を差し伸べ、
 
「──ちちち。ほら、怖くないぞー」
 
「しょ、小動物扱いするなぁー!?」
 
「ひ、酷っ!?」
 
 ようやく何時もの調子を取り戻し始めた双子に対して笑みを見せる。
 
「元気出たっぽいな」
 
 言って乱暴な手つきで二人の頭を撫でる。
 
 それを甘んじて受けていた二人だったが、互いに視線を交わすと思い詰めた表情でネギに視線を投げかけた。
 
「あ、あのね、ネギ先生!」
 
「……ん?」
 
「今まで僕達が先生に悪戯してきた事、怒ってない?」
 
 問われたネギはわけが分からないという表情で小首を傾げ、
 
「悪戯? ……あぁ、あんなもんで怒る奴なんているかよ」
 
 悪戯といっても、彼女達の仕掛けた物はネギにしてみればどれも可愛らしい物ばかりだ。
 
 ……俺なら、二度と俺に逆らおうと思わないように、相手のトラウマになるような事を仕向けるしな。
 
 それは悪戯ではなく、嫌がらせという。
 
「じゃ、じゃあ、僕達の事嫌ってない?」
 
 彼女達が知りたかったのはそれだ。
 
 ネギに助けられた、あの事件以来、彼女達の中でネギに対する想いは変わっていった。
 
 最初は遊び友達程度の関係が、命の恩人へ。
 
 それは何時しか尊敬へと移り変わり、それが恋心に昇華されるのにさして時間は必要とされなかった。
 
「嫌いになる理由なんぞ無いだろうが? それとも何だ? そんなに俺に嫌われたかったのか?」
 
 そんな筈は無い。必死に首を振って否定する風香と史伽。
 
「ねぇねぇ、先生。……じゃあ、僕達の事好き?」
 
 問われ、ネギはさして深く考える事無く、
 
「好きだぞ」
 
 好きか? 嫌いか? で問われ、嫌いでない以上、好き以外の選択肢は無いという思考で半ば反射的に答えたネギ。
 
 その答えを聞いた双子は満面の笑みを浮かべて、
 
「えへへ……、やったねふみか♪」
 
「うん♪ 良かったね、お姉ちゃん」
 
 双子は顔を見合わせると小さく頷き、ネギの頬に触れるだけの口づけを交わす。
 
「えへへ……、これは助けて貰ったお礼です」
 
「感謝してよ先生♪ 僕達始めてのキスだったんだから」
 
 嬉しそうに告げる双子をネギは遠い眼差しで見つめ、
 
 ……俺にも、あんな純真な頃があったんだろうなぁ。
 
 遠い過去を思い出そうとする。……が、一向にそんな記憶が思い浮かばなかった。
 
 ……えっと、俺のファーストキスって何時だ?
 
 ──アーニャとの仮契約? 否! それ以前、幼少時には既にネカネの手……、もとい唇によって奪われている。
 
 ……確か、お休みのキスをして頂戴。とか言われて、ほっぺたにしようとしたら強引に唇を奪われて、……そのまま舌まで入れられて。
 
 ──ネギ・スプリングフィールド5歳。春の夜の出来事だった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ある日の出来事。
 
 図書館島深部にあるアルビレオのアジトにおいて、ネギとタカミチの模擬戦が行われていた。
 
 場所は、普段ネギが修行に利用している異空間。
 
 身体に掛かる負担が大きいにも関わらず、タカミチは普段と同じように動きネギを追い詰めていく。
 
「……クソッ!? 咸卦法が凄いのか? タカミチが強いのか? 知らねぇが、鬼強い事には変わりねぇな」
 
 舌打ちしながら、放たれる攻撃を間一髪で避ける。
 
 ネギも確実に強くなっているのにも関わらず、タカミチの強さは圧倒的だ。
 
「どうしたネギ君!? 学祭の時はこんなものじゃなかっただろう!」
 
 ……あん時ゃ、反則モードだったんだよ!
 
 この魔力減衰の激しい空間内では、ブラスターシステムは期待出来ない。
 
 ……ありゃぁ、空間中の魔力を吸収するもんだからな。この空間内じゃ効果は薄いだろうし。
 
 それに今回の模擬戦の目的は勝つ事ではない。
 
「そんじゃ、ま。試してみますか!?」
 
 告げ、一気にタカミチとの距離を引き離す。
 
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル!
 
 我は謡う! 誰にも許しを乞わない。
 
 リューンよ、聞け! 赤にして桜の我は、あたらしい契約の締結を要請する!
 
 我の名前はネギ・スプリングフィールド! ただの人より現れて、ハッピーエンドを返して貰いに来た一人のスーパーエース!」
 
 詠唱を続けながら懐より、7枚のカードを取り出す。
 
 それは、彼が契約を交わした仮契約カードだ。
 
「我は号する。伝説の大魔導師はここに!!
 
 報酬なし! 労働時間無制限!! 契約を結べリューン!
 
 右も左も暗闇だけど、知ったことかと嘯いて、我は魔術を行使する!!
 
 ──“新しい魔法”!!」
 
 警戒しているのか? それともネギのオリジナル魔法を見極めるつもりもなのか?
 
 どちらにしろタカミチからの追撃が来ない今がチャンスだ。
 
 発動した魔法が、従者無しに仮契約カードからアーティファクトを引き出す。
 
「……なるほど、そういう能力か!?」
 
 “新しい魔法”の能力を把握したタカミチは、警戒を最大限にまで引き上げる。
 
 既にネギの両足には脚甲が装備されており、右手に大剣、左手に鉄槌。その周囲には事典と日記、そしてスケッチブックと注射器が浮いていた。
 
「──征くぞタカミチ」
 
 その台詞を合図に、両者が激突した。
  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 地面の上で大の字に倒れ伏す満身創痍のネギと、それを見下ろす無傷のタカミチ。
 
 それがこの戦いの結果だ。
 
「……ぜ、全然使いこなせねぇ」
 
 剣術など習った事のないネギは見よう見まねで攻撃してみるも、そのようなもの歴戦の猛者であるタカミチに通用するはずもなく、鉄槌に関しては逆に振り回されるだけ。
 
 脚甲はオーバースピードで扱いきれず、スケッチブックはネギに絵心が足りなかった。
 
 事典と日記は使いこなす事が出来るのだが、問題は戦闘中によそ見をしている余裕が無いし、そんな状況で注射器を使う事など出来ようはずもない。
 
「思ったよりもシビアな設定だよなぁ、アーティファクトって……」
 
「元々は個人専用のアイテムだからね、本人でもないネギ君が使いこなそうと思ったら、それなりに訓練が必要だよ」
 
 とは、タカミチからの有り難いアドバイスだ。
 
「確かにそれが一番堅実なんだろうけど……。
 
 あー……、どうすっかなぁ。いっその事、この魔法封印するか?
 
 それとも、俺と相性の良いアーティファクトが出るまで片っ端から仮契約試してみるか?」
 
「そりゃ勿論、後者の方を試してみるべきッスよ兄貴!
 
 ここで諦めたら、折角考えた魔法が無駄になっちまう!! 絶対に完成させるべきッス!」
 
 即座に後者を推薦するカモ。
 
 勿論カモの本音は、魔法の完成などではなくオコジョ教会から仮契約の成立で貰える報酬の方だ。
 
 ネギとしてもカモの本音は十二分に理解してはいるが、折角作り出したオリジナルの魔法をこのまま腐らせるのも惜しい。
 
「正直、余り従者増やしすぎると、ネカネ姉ちゃんが怖いんだよなぁ」
 
 ネギの本音に、思わずカモも頷いてしまう。
 
「そんなに焦って結論する事もないしな。
 
 ……一旦帰って、キティとかにも相談してみるか」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 取り敢えず家に帰ってきたネギは地下室から城の中に入り、そこに居たエヴァンジェリン達に対し、実際に魔法を使って実演して事情を説明した。
 
「まぁ、そんな感じでオリジナルの魔法を作ってみたのは良いんだけど、使いこなせるようなアーティファクトが無くてな」
 
 手にした大剣を地面に突き立て、
 
「……何かアドバイスとかないか?」
 
 それを聞いたエヴァンジェリンは半ば呆れた声色で、
 
「一朝一夕で身に付くような強さなどあるものか。例えあったとしても、それは歪な強さだ。必ず何処かでボロが出てくるに決まっている」
 
 エヴァンジェリンの言葉にネギは頷き、
 
「そう言えば響鬼さんも、『ロクに鍛えていないで、急に強くなろうとしても、所詮無理があるって事だなっ』って言ってたな」
 
「……誰も覚えてないと思うぞ? そんな台詞」
 
 ともあれ、やはりこの魔法は一朝一夕で使いこなせるようなものではない事が判明。
 
「それでも、戦闘以外で使う分には問題無いだろうさ」
 
 そうフォローするエヴァンジェリン。
 
 確かに、夕映の“世界図絵”やのどかの“イドの絵日記”などはかなり使える。
 
「それだけの為に、使うとなるとかなり燃費の悪い魔法だけどな……」
 
 誰にとはなく愚痴るネギだが、そんな彼に向けて人影が飛び込んで来た。
 
「きゃぁ──ッ!?」
 
 悲鳴を挙げて吹っ飛んでくる人影をネギは左手一本で受け止めると、そのまま身体を回して慣性を受け流し、一回転の後地面に降ろす。
 
「……何してんだ? 雪広」
 
 ふらつくあやかに治癒魔法を施しつつ、原因を問うてみると、向こうから明日菜が駆け寄って来た。
 
「いんちょ! 大丈夫!?」
 
 それでおおよその事情を悟ったネギは溜息を吐き出しつつ、
 
「……おい、もしかして神楽坂に模擬戦でも挑んだのか?」
 
「は、はい……。そうですわ」
 
 頷き、そして悔しそうに、
 
「……でも、まさかここまで実力に差が出てしまっているなんて」
 
 ついこの前までは、互角だったはずなのに……。
 
「キィ──ッ!! 悔しいですわッ!!」
 
「無茶言うなよ……。コイツ、キティに鍛えられてるから、かなり強くなってるんだぞ? ……しかも咸卦法使いだし。
 
 気の使い方も知らないお前じゃ、相手にならねぇって」
 
「キティ言うな!」
 
 ともあれ、このまま引き下がるのも悔し過ぎる。
 
「何か方法はありませんの?」
 
 問い掛けるあやかに対し、エヴァンジェリンは怪しい笑みを浮かべ、
 
「仮契約をしてやったらどうだ? ぼーや」
 
「……仮契約?」
 
 意味が分からず小首を傾げるあやかに対し、ネギが仮契約について説明してやる。
 
「俺の従者になる事で、アーティファクトって呼ばれる便利アイテムと魔力供給を受ける事で身体能力の強化が出来るわけだ」
 
「まぁ! でしたら是非!」
 
「あのなぁ……、考え直すなら今の内だぞ? 従者になっちまったら、そこから元居た生活に後戻りは出来ねぇ」
 
 脅すように告げるネギに対し、あやかは自信に満ちた表情で、
 
「ネギ先生こそ、見くびらないでいただきたいですわ。
 
 ──この雪広・あやか。元より後退するつもりは毛頭ございません」
 
 絶対に退くつもりの無い覚悟を秘めた眼差し。
 
 ネギは諦めの溜息を吐き出すと、カモに魔法陣を描かせ、
 
「その魔法陣の中に入れ雪広」
 
 ネギの指示通り、魔法陣に足を踏み入れるあやか。
 
「それでどうなさいますの?」
 
「──こうする」
 
 問い掛けに対し、ネギは有無を言わさず彼女の唇を奪った。    
 
「んッ──!」
 
 ──仮契約ッ!!
 
 契約が成立し、仮契約カードが現れる。
 
 即座にカモが複製し、ネギがコピーをあやかに差し出し、
 
「これで契約完了。魔力供給が欲しい時は、カードを持って『我は汝が一部なり(シム・トゥア・パルス)』って唱えりゃOK.だ」
 
 しかし、折角のネギの説明もあやかは聞いていない。
 
 暫くの間、彼女は何やら小さく呟いていたが、やがて目を大きく見開くと、
 
「これはもう、結婚してもらうしか!?」
 
「何でそうなるのよ!」
 
 背後から明日菜の跳び蹴りがあやかの後頭部に命中した。
 
「い、いきなり何をなさるんですの!? アスナさん!」
 
「そりゃ、こっちの台詞よ! 何でキスされたくらいで、結婚まで持ち込まれるのかって言ってんの!」
 
「そんなの、両想いの男女が揃えば、もはや結婚しか有り得ませんわ!」
 
「だから、何で両想いになるのよ!?」
 
 明日菜の疑問に対し、あやかは一片の迷いもなく堂々と答えた。
 
「ネギ先生は私にキスして下さいましたわ!」
 
 それが全てだ。とでも言うように断言するあやか。
 
 対する明日菜は深々と溜息を吐き出し、
 
「……だから、それは仮契約する為の儀式なんだって」
 
 告げ、懐から己の仮契約カードを取り出す。
 
「ほら、アンタだけじゃなくて、私を含めて色んな人達と仮契約してんのよネギは」
 
 突き出された仮契約カードを凝視したあやかは、小首を傾げ、
 
「……何ですの? このカードは?」
 
「……だから、仮契約カードだって。アンタ、トリップしてて全然ネギの話聞いてなかったでしょ?」
 
「……で、コレがお前の仮契約カードな」
 
 再度差し出されたあやかの仮契約カードは、豪奢なドレスを身に纏ったあやかの絵が描かれている。
 
「……まぁ。これが私とネギ先生の愛の形」
 
 暴走を続けるあやかに対し、ネギは諦めにも似た溜息を吐き出し、しかし次の瞬間には表情を真剣なものに改め、
 
「……それでな、雪広。お前、本気で強くなりたいか?」
 
 真剣なネギの問い掛けに応える為に、あやかも表情を引き締める。
 
「当然ですわ。──そうでなければ、ネギ先生のお役になど立てませんもの」
 
 彼女の覚悟を聞いたネギは真剣な表情で背後に立つエヴァンジェリンに向け、
 
「キティ。雪広の面倒見てやってくれ」
 
 確か、エヴァンジェリンもあやかと同じ合気柔術を収めていた筈だ。
 
 勿論、その錬度は齢を重ねている分、あやかのそれとは比べ物にならない。
 
「……貴様、あくまでもその呼び方を続けるつもりか?」
 
 どうやらエヴァンジェリンにしてみれば、あやかを弟子にする云々よりも自らの呼び名の方が大事らしい。
 
 何事か、暫く考えていたエヴァンジェリンだが、やがて妙案が浮かんだのか? 嬉しそうな笑みを浮かべて、
 
「そうだな。──貴様が私の事をキティと呼ぶのを止めたら、委員長を弟子にしてやっても良いぞ」
 
 その交換条件を前にネギは意外にもアッサリと頷くと、
 
「じゃあ、契約成立だな。雪広の事頼んだぞキティ」
 
「全然、契約守れてないわッ!?」
 
 途端にネギに襲いかかるエヴァンジェリン。
 
 対するネギは、“加速の羽根”を使い一気にエヴァンジェリンとの距離を離しつつ、彼女の攻撃を障壁を使って防ぎながら、
 
「良いじゃねぇか、似合ってるぞキティ」
 
「嬉しくないわッ!?」
 
 冷気の渦がネギを呑み込むも、彼は真空の断層を作り出してそれを遮断。
 
 ……やっぱ、制約ないと身体が軽いなぁ。
 
 防戦一方ながらも、今までと違い何処か余裕の見られるネギ。
 
「ははは、照れるな照れるな」
 
「照れてないわッ!?」
 
 エヴァンジェリンをからかいながら、転移魔法陣の元まで移動。
 
 即座に転移して逃げた。
 
 彼の逃げた先は密林の修行場。
 
 そこに足を踏み入れるのは、流石のエヴァンジェリンも二の足を踏む。
 
 何せ、今やあの場所はネギの仕掛けたブービートラップだらけなのだ。
 
 下手に足を踏み入れようものなら、彼女とて苦戦は免れない。
 
 敢えて敵の得意な戦場で戦いを挑むような真似は避けるエヴァンジェリンは悔しそうに歯噛みし、
 
「えーい! 覚えておけよ、ぼーや!!」
 
 絶叫し、踵を返してあやか達の元へ戻ってきた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「くぁ──ッ!?」
 
 強大な敵を前に成す術を持たず苦戦を強いられる茶々丸。
 
 それを見かねたネギが、彼女に逆転の武器を授けるべく絶叫を挙げる。 
 
「ファイナルフュージョン承認!!」
 
「了解! ファイナルフュージョンプログラムッ! ──ドラァーイブッ!!」
 
 その指示を聞いた葉加瀬は素早く眼前のコンソールを乱打し、プログラムを起動。
 
 仕上げとばかりに誤作動防止用の防護カバーに守られた最終ボタンに拳を打ち下ろす。
 
 次々と解除されていくプロテクト。
 
「よっしゃぁ──ッ!?」
 
 おおよそ、彼女らしくない叫びを挙げる茶々丸。
 
 ファイナルフュージョンの発動承認を受けた彼女は、敵の攻撃から辛うじて逃れると腰部から敵の目より逃れる為のチャフを大量に含んだ煙幕を張る。
 
 その煙幕の中、茶々丸を中心に5機の支援メカが現れていた。
 
 先端にドリルの付いたモグラ型メカが2体。イルカ型とサメ型、そして大きな鳥型が各1体づつ。
 
 茶々丸の下半身が反転し、その両足に変形したモグラ型メカが合体。
 
 続いて茶々丸は肩部の関節を外して背中に両腕を回し、開いた空間にそれぞれ変形したサメ型メカとイルカ型メカが合体し、両腕となる。
 
 最後に鳥型メカが背中に合体し、頭部が兜で覆われ完成。
 
「──それは、最強の破壊神。それは、勇気の究極なる姿」
 
 どこからかナレーションが流れてくる。
 
「我々が辿り着いた大いなる遺産。その名は、勇者王ジェネシックガオガイガー」
 
「っていうのを考えたんだけどどうかな?」
 
 眼鏡を輝かせながら告げる葉加瀬に対し、茶々丸は鉄壁の無表情で、
 
「全力でお断りします。というか、既に名前からして茶々丸ではありませんし」
 
「そうだぞ葉加瀬。大体、ジェネシックの時はジェネッシクドライブだ。
 
 ファイナルフュージョンの承認はいらねぇ」
 
「ハッ!? そうでした!」
 
 驚愕に目を見開く葉加瀬。
 
「それなら、いっその事ガオファイガーにしようぜ、俺そっちの方が好きだし」
 
「ですが、ガオファイガーはかませ犬っぽいですし……」
 
「その微妙な強さが良いんじゃないか!?」
 
 熱烈な議論が交わされる隣、
 
 ……助けて下さいマスター。このままでは私、本当に勇者王に改造されてしまいます。
 
 茶々丸はかなり本気で自分の身を案じていた。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 季節は夏。──夏と言えば海! 海と言えば水着!
 
「海だぁ──ッ!!」
 
 ネカネに引率され、クラス合宿という名目で3−Aの面々とアーニャ達は2泊3日で海に来ていた。
 
「せやけど、ネギ先生は残念やったなぁ」
 
 未だ奉仕期間の終わらないネギは学園都市から離れるわけにはいかないので、一人寂しく留守番している。
 
「……折角、水着新調したんに」
 
 残念そうに呟くのは亜子だ。
 
 ネギのお陰で、傷一つ無くなった背中を彼に見てもらおうと、大胆にも背中の大きく開いた水着をチョイスしたにも関わらず、肝心のネギは来れない始末。
 
「……残念やなぁ」
 
 亜子は心底残念そうに溜息を吐き出した。
 
 ちなみに、その頃のネギ……。
 
「……最悪だ」
 
 海水浴に出かけたアーニャと高音の代わりに彼がサボらないように監視する事になったのはガンドルフィーニとシャークティの二人だ。
 
「何か言いましたか? ネギ先生」
 
「……気のせいじゃないですか? シスター」
 
 魔法先生中、もっとも頭の堅い二人に挟まれ、さぼることも許されず、炎天下の中をひたすら歩き回る三人。
 
「……ところでシスター」
 
「何でしょう?」
 
 ダラダラ歩き回るだけなのもいい加減飽きてきたネギが、隣を歩くシャークティに話題を振ってみる。
 
「その服、暑くないんですか?」
 
 この真夏日の中、黒の修道服など、ネギからしてみれば正気の沙汰ではない。
 
「この程度の暑さで弱音を吐くようでは、修道女としてはまだまだ半人前。
 
 神への信仰の前では暑さ寒さなど、些細な事です」
 
 ……じゃあ、春日の奴は一生半人前だな。
 
 そんな事を思いつつ、ふと思い出したように、
 
「……そういえば、ロアナプラのシスターも亜熱帯気候なのに修道服着て全然暑そうにしてなかったな」
 
 それを聞いたシャークティは目を輝かせ、
 
「それは立派なお方ですね。──私も一度お会いしたいものです」 
 
「まぁ、立派といえば立派かな……。相手がどんな宗教の人間だろうと差別とかは絶対にしないし」
 
 彼女にしてみれば、相手がどんな宗教の人間であろうと関係無い。
 
 ようは金になる相手か? 金にならない相手か? だけの違いだ。
 
 金になる相手なら、例え殺人狂や爆弾魔であろうとも笑顔で迎え入れ、銃器を売りつけるだろう。
 
 ……だが、そんな事情を知らないシャークティはまだ見ぬそのシスターに憧れの眼差しを向け、
 
「……素晴らしいです。ネギ先生、是非とも私にもそのお方を紹介して下さい」
 
 ……絶対、止めた方が良いと思うけどな。
 
 もしシャークティが彼女に会ったなら、ドアを開けて2秒でブチ切れるだろう。
 
「まぁ、彼女も色々と忙しい人なんで、それはまたの機会にでも」
 
 言っている内に知り合いと遭遇した。
 
 その相手とは……、
 
「やあ、ネギ君。それにガンドルフィーニ先生とシスター・シャークティも。
 
 ……見回りですか?」
 
「おや? 明石教授。……それに、そちらの女性は──」
 
 裕奈の父、明石教授の傍らに居るのは二人の女性。
 
 一人は神鳴流の剣士、葛葉・刀子。そしてもう一人、彼女の正体に気付いたネギは身体を緊張で硬直させる。
 
「……な、何でマクギネスの姉ちゃんがここに──」
 
 背中に嫌な汗が流れる。
 
 そんなネギの葛藤を見抜いたのか? マクギネスは一歩前に出ると、ネギに向け笑みを浮かべ、
 
「色々と派手にやっているようねネギ君」
 
 その笑みの中に怒りを感じ取ったネギは恥も外聞もなく反転して逃走を開始。
 
 ──する前に、彼女の手によって掴まってしまった。
 
 即座に関節を極められ地面に押しつけられる。
 
「まったく……、今回の一件、校長先生とこちらの学園長がどれだけもみ消しに尽力してくれたと思ってるの!?」
 
「いだだだだだだだだだ!? 折れる! 折れるって!?」
 
 メルディアナ魔法学校において双璧をなす超人あり。
 
 一人、“微笑みの破壊神”打撃技のネカネ・スプリングフィールド。
 
 一人、“冷笑の闘争神”関節技のドネット・マクギネス。
 
 ネギが逆らう事の出来ない数少ない人物の一人だ。
 
 特にマクギネスには、幼少の頃から教育係として色々と怒られてきたのだ。
 
 ネギが抱えるトラウマも半端ではない。 
 
 一頻りネギを弄って満足したのか? マクギネスは彼に掛けていた技を解き、向き直ると、乱れた服装を正し、
 
「……何時まで寝転んでいるつもりですか? 早く立ちなさい。
 
 ──後、3秒以内に立たない場合、指を折りますよ?」
 
 告げた瞬間、1秒と掛からずに立ち上がるネギ。
 
 その動きを見たマクギネスは満足そうに頷き、
 
「随分と反応が速くなったわね。……では本題に入りましょうか?」
 
 表情を真剣なものに改め、
 
「私がこちらに来た理由は──」
 
 バックから封書を取り出し、
 
「白髪の少年。……本人はフェイト・アーウェルンクスと名乗っていますが。
 
 ──彼に対する情報の報告よ」
 
 取り敢えず近場のカフェに腰を据え、周囲に話が漏れないように結界を張り、更には英語で会話する。
 
「こちらで掴んだ情報によると、どうやら彼は何かしらの組織に属しているらしいという事。
 
 ……組織の構成人員も目的も把握するまでには至ってないけれど、魔法世界そのものと敵対しようとしている事は確かよ」
 
「それと神鳴流からも報告が……。
 
 木乃香お嬢様誘拐の際にフェイト・アーウェルンクスと共謀し、謹慎処分を言い渡されていた神鳴流剣士、月詠が何者かの手引きによって脱走しました。
 
 ハッキリとした証拠はありませんが、あの少年が関与している可能性は否定出来ません」
 
 二人の女性からの報告を聞きながら、報告書を眺めていたネギは肩を竦め、
 
「ちなみに、ヘルマンは封印を解かれた後で俺に喧嘩売ってくるように命令されただけだから、何も聞かされていなかったし、天ヶ崎・千草に至っては体よく利用されてただけだ。
 
 でも、まぁ……」
 
 唇を吊り上げ、好戦的な笑みを浮かべる。
 
「その内、俺に喧嘩売ってくるだろうよ。神楽坂も狙われてる事だしな」
 
 ……今度こそ、フルボッコにしてやる。
 
 その表情からネギの自信を読み取ったマクギネスは小さく肩を竦めると、
 
「……大した自信だけど、勝算はあるのでしょうね?」
 
 告げ、立ち上がり、
 
「久しぶりに模擬戦といきましょうか? 何処かいい場所はあるかしら?」
 
 そして場所をレーベンスシュルト城へと移す。
   
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 二回目となる明石教授は別として、初めて訪れた魔法先生達は、目の当たりにする大魔術に驚嘆の声を挙げる。
 
「……これが、“闇の福音”の居城」
 
「こんな空間を複数存在させられるなんて……」
 
 そんな中、ネギと対峙するマクギネスはネギから放たれる以前とは桁違いの魔力に薄い笑みを浮かべつつ、
 
「なるほど、……多少は成長したようね。──でも、今まで通りの戦闘スタイルでは決して私には勝てないわよ!」
 
 告げ、瞬動で一気に距離を詰めようとする。
 
 しかし、ネギもその場に留まったままではない。
 
 “加速の羽根”を用いて距離を取りつつ、攻撃用の詠唱を開始。
 
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル! 爆ぜよ緑の小人達! “炸裂する光弾”!」
 
 ネギの元から数十に及ぶ緑色の光弾が、散弾銃のようにマクギネスに放たれる。
 
 しかしマクギネスは、それらを全て魔力を集約させた掌でいなしていく。
 
「おぉ!」
 
 徐々に距離を詰めていくマクギネスに感嘆の声を挙げる魔法先生達。
 
 対するネギは進行方向を背後から上空に変更。
 
 飛翔しながら弾幕を放ち続けるネギ。
 
「言ったはずよ、ネギ君。──今までと同じ戦闘スタイルなら、私に勝てないと!」
 
 己の眼前に障壁を展開したマクギネスは、被弾覚悟で虚空瞬動を用い一気にネギとの距離を詰めて彼の懐に入り込みその手を掴んだ。
 
「……掌握」
 
 恐ろしく冷たい声がネギの耳に届いた瞬間、彼の右腕が有り得ない方向へと曲げられた。
 
 しかし、次の瞬間。ネギのとった行動の前に、今度はマクギネスが目を見開く事になる。
 
 ネギが自身の意志で使い物にならなくなった右腕を切り飛ばす。
 
 おおよそ、正気とは思えない行為に一瞬ではあるが、動きを停めてしまうマクギネス。
 
 否、動きを停めたのは彼女だけではない。
 
 その戦闘を見ていた魔法先生達も、常軌を逸した行動に呼吸すら忘れてしまう。
 
 次の瞬間、思い出したかのようにネギの傷口から噴出する血飛沫。
 
 ネギは己の血をマクギネスに浴びせ、目潰しとして利用すると新たな魔法の詠唱を開始する。
 
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル!
 
 貫きて滅ぼせ、我が槍よ! 七つの戦陣にて我が前に立ち塞がる愚か者どもを!!
 
 ──“神の槍”!」
 
 絞り込まれた強力な震動波がマクギネスの身体を貫く。
 
「カハッ……!?」
 
 その一撃で身体の自由を奪われた彼女は体勢を崩し、空中浮遊を保つことすら出来ずに落下を始める。
 
 しかし、ネギの追撃はそこで終わらない。
 
 ……この程度で終わるような可愛らしいタマかよ!?
 
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル!
 
 風の精霊17人! 集い来たりて我が敵を討て!!
 
 ──“魔法の射手・連弾・雷の17矢”!!」
 
 雷弾が追い打ちのようにマクギネスの身体に降り注ぐ。 
 
 魔法の射手による着弾の衝撃が、マクギネスの身体を加速させ、彼女の身体を勢い良く地面に叩き付けた。
 
 噴煙の立ちこめる中、それでもそこに立つ女性の人影がある。
 
 身に纏うスーツはボロボロ。身体のそこかしこに大小の傷が見えるが、戦闘不能といえる程では無い。
 
 彼女は冷酷な笑みを浮かべると、空中のネギに向けて手を翳して指を鳴らす。
 
 直後、それまで待機させていた20を越える氷の魔弾が現れ、ネギに向けて射出される。
 
 対するネギは同じ数の魔弾でこれを迎撃。
 
 しかし、激突の衝撃で生まれた煙を目隠しにネギの背後に忍び寄ったマクギネスは、そのまま彼の頭を極めると、躊躇い無く首の骨を折った。
 
「ドネット君……ッ!」
 
 流石にコレはやり過ぎだと判断した明石が諫めるような声を出す。
 
 その声で正気に戻ったのか? マクギネスは自らの腕の中で力尽きるネギに気付くと、溜息を吐き出し、
 
「……まさか、私に本気を出させる程に成長してるなんて」
 
 後遺症の残らないよう折られていたのがせめてもの救いか?
 
 地上に降りたマクギネスがそっとネギを横たえると、満身創痍のネギの口からか細いながらも呪文詠唱の声が聞こえてきた。
 
 そして詠唱が終わり、魔法が発動する。
 
 ネギの唱えた魔法は、“白銀の癒し手”。
 
 彼自身が切断した右腕、そしてマクギネスの手によって折られたはずの首の骨すらも跡形も無く一瞬で治癒された。
 
 人心地吐いたネギは傍らに立つマクギネスに凄い剣幕で掴みかかり、
 
「殺す気かッ!? つーか走馬燈がスタッフロールまで行ったわ!」
 
「あら、残念」
 
「残念じゃねぇ! 俺にだけは言われたくないと思うが敢えて言わせてもらうぞ!
 
 これは立派な犯罪だ! 暴行傷害殺人未遂! 理解してるか? やって良いこと悪いこと!?」
 
「悪いわね。まだ日本の法律には疎くて──」
 
「英国でも犯罪だ!?」
 
 更にネギが抗議しようとしたが、それよりも早くマクギネスがネギの背後に回り、その手が彼の口を押さえた。
 
 ……否、正確にはネギの顎の関節を極めた。
 
 これでは呻き声一つ挙げる事が出来ない。
 
 マクギネスにあってネカネに無いもの。
 
 それがこの気殺と呼ばれる気配を完全に断ち、敵の背後を取る技だ。
 
 ハッキリ言って、生半可な暗殺者よりも質が悪い。
 
 この技で彼女は、メルディアナ魔法学校に敵対する幾人もの魔法使い達を再起不能に貶めてきた。
 
 このまま顎の骨を砕かれれば、さしものネギも呪文の詠唱が出来なくなる。
 
 ネギの背中に嫌な汗が流れる。……が、そんな彼の心配とは裏腹にマクギネスはすんなりと手を離すと、
 
「今回は全面的に私が悪いですからね。お詫びに夕食でも御馳走しましょう」
 
 これには、ネギが彼女に本気を出させるまでに成長していた事に対する祝いも含まれている。
 
 ネギは先程まであった、怒りと恐怖を一瞬で放り投げるとマクギネスの手を握り、
 
「だから、マクギネスお姉ちゃん大好き♪」
 
 態度を豹変させたネギに対し、マクギネスは溜息を吐き出し、
 
「そんな調子の良い事ばかり言ってると、終いに刺されるわよ?」
 
 警告するが、ネギは聞いていない。
 
 今、彼の頭には、何処でどんな料理を食べるか? に集約されている。
 
 最近は学祭前に超を助けた時に貰ったタダ券で超包子に入り浸っていたが、偶には趣向を変えて違う物を食べてみたい。
 
 ……どうせだから、うんと高価な物が食べたいなぁ。
 
 そう思い考えてみるも、貧乏な彼にとって豪華な食べ物など想像もつかない。
 
「それで、何にするの? 早く決めないと、私が勝手に選ぶわよ?」
 
「えー、えーと……。じゃあ、牛丼!」
 
 その答えを聞いたガンドルフィーニ達が憐憫の眼差しをネギに向ける。
 
「一体、どんな生活を……」
 
「私達もお金を出しますから、もっと良い物を食べに行ってもいいんですよ?」
 
「い、良いんだよ! 牛丼好きだし!! それに追加で赤出汁と温泉卵付けちゃうもんね!」
 
 余りにも、……余りにも些細過ぎる贅沢。否、彼にしてみれば、最上級の贅沢なのだろう。
 
 強がる毎に墓穴を掘るネギ。
 
 それを聞いていた魔法先生達の涙腺は限界だった。
 
「学園長に、ネギ君の減棒処分だけでも撤回してもらうように直訴してきます」
 
「それでしたら、私もご一緒します」
 
 眼鏡を押し上げながら告げる明石教授に、他の魔法先生達も次々に賛同の言葉を挙げ、
レーベンスシュルト城を出ていってしまった。
 
 それを見送ったネギは力無く呟く。
 
「……嬉しいはずなのに、全然嬉しくないのは何でだろうな?」
 
「あら? まだ、プライドは残ってたのね?」
 
「……何気に一番キツイや、マクギネスの姉ちゃん」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 それから、ネギの奉仕期間が終わるまでの数日間、色々な事があった。
 
 人手が足りないと、五月のお願いで超包子の手伝いに借り出されたり、ハルナの要請で夏コミ用の同人誌制作の手伝いをやらされたのだが、本の内容が小太郎×ネギのBL本だったため、満面の笑みで原稿を八つ裂きにしてやったら、ガチバトルになり城の一角が跡形も無く消し飛んだりもした。
 
 他には朝倉のネタ探しを手伝わされたり、千雨の命令でコミケにコスプレで強制参加させられたり、千鶴の頼みで保育園の手伝いに借り出されたり、双子に悪戯用の魔法を教えたり、さよの姿が皆に見えるようにクラスメイト全員に呪いを掛けたり、……でも、やっぱり明日菜には通じなくて呪詛返し扱いになり、ネギが三日ほど寝込んだり、桜子が留守にするというので彼女の飼い猫を預かったり、真名の仕事を手伝わされたり、明日菜とまき絵の終わらない夏休みの課題をみてやったり、裕奈に頼まれてカートリッジに魔法を封入させられたり、と概ねそんな感じで過ごしつつ、遂にネギの奉仕期間も終わりを迎えた。
 
「と、いうわけで無事ネギ先生の無料奉仕期間も終了し、明日から英国に渡ることになりました。
 
 そこで本日は明日からに備え英気を養おうという意味も込めまして、ここに──」
 
「かんぱぁ──いッ!!」
 
 あやかの話が長くなると予想した何人かの生徒達が彼女の口上に割り込み、強引に宴会を開始しした。
 
「話を聞きなさいアナタ達!」
 
 高々と掲げられるグラスが打ち合わされ、ガラス特有の涼やかな音が響き渡る。
 
 今、レーベンスシュルト城では、ネギの奉仕期間終了を記念してクラスメイト全員でそれを祝っていた。
 
「酒持ってこーい! 肉持ってこーい!」
 
「あッ!? 私チーズ! 割けるチーズじゃなきゃイヤだから、よろしくぅ」 
 
「無いですよそんなの」
 
「無いなら買ってきてぇ」
 
「私、何でもいいわよ。食べ物でもそれ以外でも──」
 
「みょ〜ん」
 
 ……何処の地獄の三丁目だ? ここ。
 
 少女達のハイテンションにウンザリしつつも手にしたねぎま串を頬張る。
 
 ……しかし、明日出発だってぇのに、コタローの奴間に合わなかったか。
 
 つまらなそうにコップの中身を煽るネギ。
 
「ネギ、そこの塩タン取ってくれや」
 
「お前はドックフードでも食ってろ」
 
 言い捨て、小太郎の言った塩タンをこれ見よがしに食べてしまう。
 
「鬼かお前は!?」
 
「やかましい! 日本人ならネギでも食ってろ!」
 
 言って、小太郎の皿にネギを放り投げる。
 
「上等や! 食ったるわい!」
 
 そう宣言すると、小太郎はネギの頭に囓りついた。
 
「ぎゃぁ──ッ!?」
 
 悲鳴を挙げ、強引に小太郎を振り解き、
 
「いきなり何しやがる!? ってコタロー! 何でお前がここに居んだよ!?」
 
「今さっき着いたばっかや」
 
 小太郎は立ち上がると、ネギを手招きし、
 
「ほな、早速修行の成果試すんに、模擬戦の相手でもしてもらおか?」
 
 不敵な態度で告げる小太郎に対し、ネギは嘲笑を浮かべ、
 
「やなこった。──俺はこのまま一生勝ち逃げさせてもらう。
 
 手前ぇは、一生負け犬の烙印押されて生きていけ」
 
「ほ、ホンマにお前は性格最悪やな!?」
 
 先程までの憂鬱さを微塵も感じさせない足取りでネギは壇上に向かい、デコピンロケットに指示してカラオケを開始する。
 
 曲は学祭でも演奏したアレ。
 
 但し、今回悪ノリしたネギのアレンジが多分に入っている。
 
「超りん超りん! 超りん超りん! 超りん超りん! 超りん超りん! 超りん超りん! 超りん超りん! 超りん超りん超りん超りん超りん超りん! 助けて超りぃん!!
 
 あーぁ、どうしよう? 高く振り上げたこの腕。私のお月様、逆さまのお月様。
 
 もう、早くして強く振り下ろした腕は、貴女を呼ぶサイン。超りん、貴女へのサイン♪
 
 超りん超りん助けて、今日も聞こえてくる。
 
 誠心誠意真心込めて助けに行こう。3−A組のバカたれ達は何時も無邪気♪
 
 ほらまた誰かに呼ばれてるよ、Hey Come On!」
 
「超りん超りん! 助けて超りん!」
 
「超りん超りん! 助けて超りん!」
 
「超りん超りん! 助けて超りん!」
 
「さあ行こう! 超りん超りん助けて、今日も叫んでみる。
 
 未来科学神秘の力! 葉加瀬、茶々丸の二人はまだ帰って来ない。
 
 新田が来たもう駄目だ。怒られちゃうよ! あぅ」
 
「超りん超りん! 助けて超りん!」
 
「超りん超りん! 助けて超りん!」
 
「超りん超りん! 助けて超りん!」
 
「早く来て! さあ助けましょ♪ 高く振り上がるあの腕、貴女はお姫様、我が侭なお姫様。
 
 ほら急がなきゃ、強く振り下ろした腕は私を呼ぶサイン、超りん私へのサイン♪」
 
 そんな風に、渾然一体となったカオスな感じで、その日は過ぎていった。 
 
   
 
 
 
 
 
 
 
 
 学園地下に張り巡らせた下水道を通り、昔の魔法使い達の遺跡の中で密かに建造された第四世代型超光速恒星間航行用超弩級万能宇宙戦艦ヱクセリヲン。
 
「デカッ!?」
 
 その全長は東京タワーとほぼ同じくらいある。
 
 流石に中は個室とまではいかないが、それでもクラスメイト全員+αを収容して余裕がある位の部屋が用意されている。
 
「うーし、早く乗れよ! 遅れた奴は置いてくぞー」
 
 今回、イギリスに向かう面子は、3−A組の生徒達に加え、アーニャ、高音、愛衣、ココネ、ネカネ、ヘルマン、小太郎、ウィル子、スライム娘達、ウィーペラにネギ自身を加えた総勢44名(?)。
 
 点呼を取り、全員の確認をしてから乗船。
 
 ネギは発令所の船長席に腰を下ろしクルー達を見下ろす。
 
 そこに居るのは4人の茶々丸シスターズと超と葉加瀬の合計6名。
 
 彼女達はネギの目を見返すと揃って頷き、
 
「ネギ艦長、準備は整っています」
 
 皆を代表して茶々丸(姉)がネギに報告する。
 
 しかし、ネギはキツイ視線で彼女を見返し、
 
「この船は軍艦ではない。──私の事は船長と呼びたまえ」
 
 毅然とした態度で、そう言い切る。
 
 対する少女達は右手を掲げてサムズアップ。ネギも同じく親指を立てた拳を突き出して応えた。
 
 そして、咳払い一つで態度を改めたネギは発進の命令を下す。
 
 乗員の搭乗が終わった船は乗艦デッキから発進ハッチへ移動。
 
 全ての隔壁をロックし、注水も完了している。
 
「全艦発進準備ッ!」
 
「──全艦発進準備!」
 
 ネギの号令を、副船長である超が復唱する。
 
「機関、始動……」
 
 葉加瀬が厳かに告げ、対消滅機関を起動させフライホイールを回す。
 
「補助機関問題無し」
 
「出力安定」
 
 茶々丸(妹)の報告に葉加瀬は出力ゲージをチェック。
 
「縮退炉へ接続!」
 
「……接続」
 
 ネギの命令を受け、ようやく真の心臓ともいうべき縮退炉に火が入る。
 
「縮退炉内圧力上昇。臨界点を突破」
 
「ジャイロ正常」
 
「反重力推進及び有子推進器へ動力伝達」
 
「半径60km以内に障害物無し(大嘘)」
 
「各部問題無し。全て離水位置」
 
 次々と報告される状況にネギは頷き一つで答え、発進命令を下す。
 
「行くぞ、N−ノーチラス号発進ッ!!」
 
 直後、麻帆良学園内の湖に巨大な水柱が上がった。
 
 そこから飛び出した巨大戦艦は、時速1200kmでイギリスを目指す。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ジャンボジェットよりも遙かに速い時間で英国はウェールズに到着したネギは、船を降りると魔法学校の校長に一時帰還の報告するよりも先に、ナギと修行していた場へと向かう。
 
 しかし、そこには彼の姿はなく、残されていたのは木に張り付けられた一枚の紙切れのみ。
 
 『to Negi』と書かれた紙を手にとると、再生のマークに手を触れる。
 
 紙上に現れたホログラムは間違いなくネギの稽古相手を務めてきた男であり、そして彼の実父ナギ・スプリングフィールドだった。
 
『よう、これをお前が見てるって事は、夏休みで里帰りでもしてるって事か?
 
 ま、折角俺にボコられに来たところ悪いがな、ちぃーとばかり野暮用で魔法世界まで行く事になったんだわ。
 
 多分、8月中には帰れそうにないんで、待ってても無駄だぞ? つーか、良かったじゃねぇか。これで連敗記録が伸びるのが先延ばしにされたわけだから、むしろ感謝してもらいたいくらいだな。
 
 そもそもだな──』
 
 それ以上、喋らせることなくネギは手紙を握り潰した。
 
「……で? どうするつもりだ? ぼーや」
 
 何時の間に付いて来ていたのか? エヴァンジェリンを始めとして全員がネギの後ろに立っていた。
 
 対するネギは躊躇い無く答える。
 
「決まってんだろ。──魔法世界にまで追って行く」
 
「それでこそ、我が主人だ。
 
 ──茶々丸、次にゲートが開くのは何時だ?」
 
 エヴァンジェリンの問い掛けに対し、茶々丸は即座にデータを検索。
 
「予定では明日となっております」
 
「うーし! そんじゃ、俺は爺の所行って許可もらってくる。
 
 お前等は適当にイギリス見学でもして帰れ」
 
 生徒達にそう告げると、ブーイングとなって答えが返ってきた。
 
「ちょっと、そりゃないよ先生!」
 
「私達も連れてってよ! 魔法世界!!」
 
「バカか? お前等。夏休み中に帰ってこれる保障は無いんだぞ? 授業の方はどうするつもりだよ!?」
 
「そんなの向こうで先生が教えてくれれば良いじゃない」
 
 一向に退く様子の見られない少女達に対し、ネギは比較的真面目な生徒達に意見を求める。
 
「ほら、お前等も何とか言ってやってくれ」
 
「……では、私もご一緒させていただきます」
 
「おい……」
 
 あやかまでがそう宣言した。
 
「では逆に尋ねますが、ネギ先生は魔法世界でお父様と再会されて、再び麻帆良学園に戻ってくる保障はあるのですか?」
 
 その問いにネギは答えに詰まった。
 
 正直に言ってしまうと、そのままナギに同行してしまう可能性もある。否、ナギに誘われれば絶対に付いて行くだろう。
 
 何だかんだと文句を言いつつも、彼にとってナギとは憧れであり、目指すべき目標でもあるのだ。
 
「ですから私達も同行し、目的が達成された後は多少強引な手段を使っても麻帆良学園に戻っていただきます。
 
 クラス担任として、卒業までは責任をもって面倒を見てもらいますわ、ネギ先生」
 
 他の面子を見渡しても、皆同じ意見のようだ。
 
「あー……、そ、そうだ! 長谷川! お前は残りたいよな?」
 
 最後の希望とばかりに千雨に意見を求めるが、彼女は満面の笑みを浮かべ、
 
「いーや全然。むしろ行ってみたいねぇ魔法世界」
 
「て、手前ぇ。根っからのリアリストじゃなかったのかよ!?」
 
「ハッ!? 先生の困る顔が見れるなら、多少の困難は受けてたつ覚悟はあるね」
 
 よほどネギに恨みがあるようだ。
 
 ともあれ、これで全ての意見は統一された。
 
 ネギは頭を掻きながら、
 
「……仕方ねぇ、学園長の爺には後で連絡入れておくか」
 
 溜息を吐き出し、
 
「但し、首都近郊は問題無いと思うけど、辺境の方にいったら、まんまファンタジーな世界だからな、覚悟はしとけよ!」
 
「おうッ!!!」
 
 元気の良い返事を受け、その日はネギ達の生活していた宿に泊まることになった。
 
  
 
 
 
 
 
 
 
 
 ネカネの誠意ある説得により、無事全員の魔法世界渡航許可を貰えたネギ達。
 
 その夜、ネギは宿を抜け出し、村の者達が安置されている地下室へ向かった。
 
「……スタンおじいちゃん」
 
 真正面にある命の恩人ともいえるスタンの石像。
 
 視線を移せば、ネカネの父親であり、ネギのオジにあたる人物の石像もある。
 
「ごめんなさい……。まだ皆を直せる魔法は身に着けてないんだ。
 
 ヘルマンが言うには、僕には無理だって話なんだけど……。
 
 絶対に、いつか修得してみせるから、それまで待ってて」
 
 生徒達の前では決して見せる事のない表情と言葉遣い。
 
 木乃香ならば、修得出来るかも? とヘルマンは言っていたが、本来関係の無い彼女に負担を強いるのは正直、ネギの望むものではない。
 
「いい加減、その一人で何でも背負い込もうとする癖、直したら?」
 
 聞き慣れた声に振り向く事なく溜息一つで何時も不敵な表情を作るネギ。
 
「盗み聞きとは、余り愉快な趣味とは言えねえな? アーニャ」
 
「……別に、ここアンタの部屋でも無いでしょう。……私もママに会いに来ただけよ」
 
 告げ、ネギの傍らを通り過ぎると、己の母親の石像を取り出したタオルで拭う。
 
「……ねぇ、さっきのアンタの姿、皆が見たら何て思うかしらね?」
 
「──カッコ悪過ぎるだろ」
 
 ウンザリ気に告げるネギに対し、アーニャは口元に笑みを浮かべて、
 
「……そうかしら?」
 
 指を鳴らす。
 
 すると、隠行の符で姿を隠していた生徒達の姿が露わになった。
 
「って、お前等こんな所で何してやがる!」
 
 抗議の視線をアーニャに向けるが、彼女は知った事かと石像の掃除を続ける。
 
「……ネギ先生。お話はアーニャさんにお聞きしました。
 
 まさかネギ先生にあんな過去があったなんて知らずに、私は……」
 
 ……だから、知らないままで良かったんだよ!
 
「ゴメンさない先生! 私、先生の事誤解してた!」
 
 ……誤解じゃないから! 今はあれが本性だから!
 
 どれだけ言い繕ったとしても彼女達はネギの抗議を受け入れようとしない。
 
 そんな中、カモと二、三言話をしていた木乃香が前に出る。
 
「……ネギ先生。ウチやったら、ここに居る皆の石化解けるかもしれへんのやね?」
 
「……ま、ヘルマンはそんな事言ってたけどな気にするな。
 
 お前は、お前のペースでやってれば──」
 
 それ以上喋る前に、木乃香によって唇を塞がれた。
 
 いつの間に描いたのか? ネギの足下に描かれた魔法陣が輝きを放ち、
 
 ──仮契約!!
 
「これでウチはネギ先生の従者や。もう無関係とか言わせへん。
 
 この人達は何時か絶対にウチが治してみせる! せやから、先生も一人で全部背負おうとするんは無しやで!」
 
「……近衛」
 
「……お嬢様」
 
 木乃香の志に感服し頭を垂れる刹那。
 
「……ありがとよ」
 
 小さく呟き、しかし次の瞬間には何時ものネギに戻って木乃香の頭を乱暴に上から押さえつけ、
 
「んじゃ、今度からはもっと厳しくいくか!」
 
「はいなッ!!」
 
 結束をより強固にしつつ、出発の朝を迎える。
  
 
  
 
  
 
 
 
 
 
 早朝、マクギネスの先導の元、ゲートのある場所へ向かうネギ一行。
 
 予定の時刻よりも1時間も早くストーンサークルに到着した彼らは、その場で朝食を摂るが、そんな中ネギは微かな違和感を感じ周囲を探索してみる。
 
「……どうかしましたか? ネギ先生」
 
「……いや、妙な感じがしたんだけど、気のせいだったのかな?」
 
 小首を傾げ、五月特性の肉まんの残り一つが小太郎に取られそうになり、そちらに意識を移した。
 
「手前ぇはもう3つも食っただろうが!」
 
「お前は4つ食っとるやないけ!」
 
 言い争いながら、結局その場は気のせいという事で流してしまった。
 
 そしてゲートの開く時刻。
 
 上空に大規模な魔法陣が展開され、一瞬でネギ達の身体は魔法世界へと飛ばされる。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 到着した魔法世界において、はしゃぐ生徒達を窘めつつ、ゲートポート受付においていきなりトラブルが発生した。
 
「……あの、お客様? こちらの名簿にあるエヴァンジェリン・A・K・マクダウェル様ですが、これは本名なのでしょうか?」
 
 何しろ魔法世界でエヴァンジェリンの名前は、知らぬ者が居ないほどに有名だ。
 
 問われたネギは余計なトラブルを避ける為、
 
「“闇の福音”“不死の魔法使い”“悪しき音信”“人形使い”“禍音の使徒”と呼ばれた賞金額600万ドルの元賞金首、本物のエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルです」
 
 満面の笑みで、本当の事をぶっちゃけた。
 
 混乱し、恐怖に戦く受付嬢。
 
 そんな彼女を哀れに思ったのか? アーニャが助け船を出す。
 
「早速、面倒事起こしてんじゃないわよ。
 
 ほら、大丈夫ですよー。本当は色々と言われてるほど極悪人じゃなくて、こんなに愛らしい女の子なんですから」
 
 告げ、当の本人であるエヴァンジェリンの身体を持ち上げ、受付嬢と視線を合わせさせる。
 
 すると、エヴァンジェリンは殺気の籠もった眼差しで受付嬢を睨み付け、
 
「何をジロジロ見ている? 殺すぞ貴様」
 
 途端、恐怖に竦み上がる受付嬢。
 
 自ら嗾けておきながら、面白そうにその様子を眺めていたネギだが、転移前に感じた違和感を再度感じ、周囲の気配を探り始める。
 
「……全員、警戒しろ! 隊列は竜渦の陣!」
 
 ネギの号令に従い、少女達が即座に指定されている位置に着く。
 
 この夏休みの間、個々の訓練だけでなく、集団戦もこなせるようにエヴァンジェリンの使役する人形や、田中達を相手に訓練してきたのだ。
 
 大将であるネギを中心に据え、渦を描くように組んだ隊列。
 
 全方位からの攻撃にも備えられ、更には攻撃にも使える陣形だ。
 
「……僕に気付いたのか? ありえない事だけど、それも血のなせる技……、か?
 
 まあいい、挨拶だよ」
 
 その声と共に放たれた“石の槍”がネギの右肩を貫いた。
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