魔法先生……? ネギ魔!
 
 
書いた人:U16
 
第2話
 
 神楽坂・明日菜の朝は早い。
 
 早朝、5時前には起床してアルバイト先である新聞配達に向かう。
 
 ……のだが、いつものように向かったアルバイト先に、何故か昨日担任となったばかりの少年の顔があった。
 
「あ、あんた!? 一体ここで何してんのよ!?」
 
 開口一番、そんな叫びを挙げる明日菜に対し、彼女の担任となったネギ・スプリングフィールドは盛大な溜息を吐き出し、
 
「バイトに決まってんだろうが、遊んでるように見えるか? 神楽坂」
 
 ネギが何の接点もない自分の名を覚えていた事に、軽い驚きを感じつつ、
 
「だから、何で教師のあんたがバイトなんか!?」
 
 言った所で、ネギから新聞の束を手渡された。
 
「それに関しちゃ、道すがら教えてやるよ」
 
 ネギが新聞の束が収められた鞄を肩に掛け宅配所を出た。
 
「あっ!? こら、ちょっと待ちなさいよ!!」
 
 慌てて追い掛け、すぐにネギと併走を開始する。
 
「……で、何であんたがこんな朝早くから新聞配達なんてやってんのよ?」
 
 どこか棘のある物言いで告げる明日菜。
 
 彼女としては、ネギ自身の事は決して嫌いではないのだが、彼が担任となったお陰で想いを寄せる高畑・T・タカミチとの逢瀬の時間が削られる事になった事実が、どうしても納得いかないのだ。
 
「金がねえんだから、働くしかねえだろう」
 
「……学校からお給料出るでしょうが!?」
 
「出るか、そんなもん!」
 
 呆気なく否定された問い掛けに、明日菜は小首を傾げる。
 
「特別研修生扱いだぞ? 給料なんて、びた一文出ねえつーの!
 
 それどころか、質の悪い家主からは家賃と食費は入れろとか言われるし……」
 
「いや、家賃と食費くらいは払いなさいよ。それよりも、仕送りとかはないの?」
 
「親なんかいねえ、つーの」
 
「え……?」
 
 その一言に、明日菜の足が停まる。
 
「ウェールズに姉ちゃんはいるけどな、これ以上負担掛けるのも悪ぃし……」
 
 既に自らの我が侭で、5年分の学費を余計に負担してもらっているのだ。流石にこれ以上、我が侭を言うわけにはいかない。
 
 そんなネギの内心はともかく、明日菜は自らとよく似た境遇の少年に対し奇妙な親近感を覚えていた。
 
 あのひねくれた言動も、保護者不在で生きていく為に身に着けた術なのだろう。
 
「んで、今度はこっちから質問な? お前の方こそ、何でまた新聞配達のバイトなんぞやってんだ?」
 
「え? ああ、私もさ両親居ないのよ。
 
 小さい頃から学園長先生のお世話になってたんだけどね、何時までも迷惑かけられないしさ。こうして働いて学費稼いでるってわけ」
 
 今度はネギがその歩みを停めて、明日菜に向き直り、その頭にそっと手を乗せる。
 
「そっか。――頑張れよ、神楽坂」
 
 視線に宿るのは同情や憐憫ではなく純粋な励まし。
 
 その心地よい感触に流されそうになるも、強引に自我を取り戻した明日菜はネギから視線を逸らしつつ、
 
「わ、私の受け持ち、こっちだから!」
 
 ネギを振り切るようにして、交差点を右に折れた。
 
 
 
 
  
 
 
 
 
 
 そして、数日後の昼休み。
 
 昼食も終わり、次の授業の予習をする者、鋭気を養う為に睡眠を摂る者、昨日のテレビ番組について語る者、仲の良い者達で遊びふける者と様々なグループに分ける事が出来るが、そんな不特定多数のグループの一つである和泉・亜子、明石・裕奈、大河内・アキラ、佐々木・まき絵の4人が中庭でバレーをしながら、新任の教師であるネギ・スプリングフィールドについて語り合っていると、まき絵のミスで弾かれたボールが、麻帆良学園女子中等部とは異なる制服姿の女生徒の元まで転がっていった。
 
 聖ウルスラ女子高等学校の制服を着た女子生徒は、足下に転がるバレーボールを拾い上げると、それを追って来たまき絵に手渡し、
 
「あ、ありがとうございます……」
 
 相手が年上という事もあり、若干緊張気味に礼を述べるまき絵に対し、女生徒は笑みを浮かべると、
 
「いいんですのよ、これくらい。それよりも少し聞きたい事があるのだけどよろしいでしょうか?」
 
 丁寧な口調で問い掛けるハーフの少女。……名を、高音・D・グッドマンという。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 高音がまき絵達の案内でやって来たのは、麻帆良学園女子中等部の職員室。
 
 そこでは食事を終え、次の授業の準備に勤しむネギの姿があった。
 
「あー……、完全に寝不足だ」
 
 それと血液不足というのもある。早朝からのアルバイトとエヴァンジェリンとの戦闘による敗北のペナルティーによって体調の優れないネギに、しずなが心配そうに話し掛ける。
 
「……随分と疲れているようですけど、保健室でお休みになった方が良いんじゃありませんか? ネギ先生」
 
「さっき、レバーたらふく食ったんで大丈夫だと思いますけども」
 
 ついでに茶々丸経由でネギの事情を知った五月がスタミナスープを差し入れてくれた。
 
 ……四葉にゃ、頭上がんねぇなあ。
 
 それらが消化される頃には、体力も復活しているだろう。
 
 と思っていたその時、ネギの席の前に一人の女生徒が立った。
 
「――お久しぶりですわね、ネギ・スプリングフィールド」
 
 名を呼ばれて顔を上げる。そして、そこに仁王立ちする少女の顔を確認して暫し思案。
 
「……ああ、脱げ女か」
 
「誰が脱げ女ですか!!」
 
 抗議の叫びを挙げ、ネギの机を勢い良く叩く。
 
「……冗談だよ、高音・D・グッドマン」
 
 ネギは疲れたような溜息を吐き出し、
 
「……で、何のようだ?」
 
「用も何も、忠告に来ただけですわ」
 
「……忠告?」
 
 何のことだ? と小首を傾げるネギに対し、ここでは人目が多すぎると念話で告げる高音。
 
 ネギは面倒臭そうに席から立ち上がり、高音を促して職員室を出た。
 
 向かう先は屋上。今の時間なら、生徒達でごった返している筈だが、給水塔の陰になるような所は、今の時期はまだ冷えるために生徒達も寄りつかない。
 
 そんなネギ達の後方、彼らの後を付ける人影があった。
 
 職員室まで高音を案内したのはいいが、彼女とネギの関係が気になり、後を付けてきた亜子達と、高音がネギと共に廊下を歩いているのを偶然見かけ、後を付けてきた1年の佐倉・愛衣。
 
 彼女達は物陰に潜み、ネギ達を監視する。
 
「……えーと、誰?」
 
「あ、はい。私、1年の佐倉・愛衣と申します」
 
 と挨拶している内に、ネギ達は何やら密談を開始していた。
 
「……で? 忠告って何の忠告だ?」
 
 問い掛けるネギに対し、高音は大仰に頷き、
 
「ここ麻帆良学園都市に来た以上、あなたにも、この土地のルールに従って頂きます」
 
「……ローカル・ルールでもあんのか?」
 
 ネギの言葉に高音のこめかみにぶっとい血管が浮かび上がる。
 
「……そんなものはありません。ごくごく普通の、どこにでもあるルールです」
 
「じゃあ、何も問題ないじゃねえか」
 
「あ、あなた――、今迄ご自分が、そのルール内で活動してきたと胸を張って言い切る事が出来ますの!?」
 
「当然!」
 
 その言葉に高音は更にヒートアップする。
 
 ネギ達との距離が離れているせいか、亜子達の居る場所からでは全ての台詞が聞き取れるわけではないが、深刻な話であることは違い無いようだ。
 
「よくもまあ、ヌケヌケとッ!?
 
 一年前、初めて学外研修に向かった私達を尽く邪魔した挙げ句、ターゲットとなっていた魔族だけでなく、私達ごと建物を崩壊させたのは何処の誰ですか!?」
 
 非営利目的の協会からの依頼で動くタカミチや高音達とは違い、ネギが実戦経験を積む為に受けていた依頼は、オコジョ協会を通してのものだ(報酬はオコジョ$)。
 
 なので、ターゲットが重複する事も希にあった。(ちなみに、ネギが龍宮と知り合ったのも、このような依頼を通してである。)
 
「あれは、あーいう呪文だしなあ。それにちゃんとお前らの周りには防御結界張ってあっただろ? それに気付かないでビビって気を失った挙げ句に全裸になったのは俺の所為じゃないぞ?」
 
「そ、そういう問題ではありません! 私達が目指すべきは世の為、人の為にその力を使うこと!! その実現の為に私達は無私の心で打ち込まねばならないというのに、あなたという人は……」
 
 憤りに震える高音。
 
 対するネギは疲れたように肩を竦めて、
 
「安易に力だけを求め、理想の実現の為にその力を振るおうともしない。……か?」
 
「分かっているのなら、何故!?」
 
 問い掛けてくる高音を眩しそうに見つめた後、己の手に視線を落とし、
 
「……俺の力の源泉は復讐心だ。そんな薄汚れた力で、誰かを救うなんてこと出来るとは思わねえ」
 
 思い出すのは、初めてその力を持って魔物に襲われていた少女を助けた時。
 
 だが助けた筈の少女は魔物ではなく、助けてくれた筈のネギに対して怯えていた。
 
 否、少女だけではない。同行したパートナーや使い魔でさえも、彼に向け怯えの表情を向けていた。
 
 ……その時初めて自分の顔が残酷な笑みを浮かべている事に気づき、深く打ちのめされたのだ。
 
 そんな葛藤を微塵も見せず、ネギは笑みを浮かべて、
 
「まあ、そういう事言っておけば格好良いかな? と思うんだけど、どうよ?」
 
「あ、あなたという人は……」
 
 からかわれたと思い、高音が叫び声を挙げる直前に、ネギは踵を返してその場から走り去った。
 
「ま、待ちなさい!! ネギ・スプリングフィールド!」
 
 言われて待つような性格はしていない。
 
「くーッ!!」
 
 悔しげに床に八つ当たりする高音は、決意した眼差しでネギの去っていった方向を睨み、
 
「こ、こうなったら、彼がこの学園に居る間に、サウザンドマスターの息子という立場にいても恥ずかしくないように、私自ら教育してさしあげますわ!!」
 
 その叫びを給水塔の陰に隠れて聞いていたネギは、ウンザリとした溜息を吐き出し、
 
「……やべぇ。なんか地雷踏んだか」
 
 そう呟きを零して、その場を後にした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 それから数日、放課後の度に高音に付きまとわれて魔法使いの何たるかを懇々と聞かされ続けてきたネギであるが、ある日学園長からとんでもない課題が届いた。
 
「……次の期末試験で、2−Aが最下位を脱出できたら、正式な先生にしてあげる」
 
 ネギは暫く、その紙を眺めた後、
 
「……くだらねえ」
 
 彼にしてみれば、この研修期間が終えた後で姿を眩まし、密かに、この学園都市に滞在しつつ図書館島の蔵書を読み漁るつもりでいたのだが……、
 
「なるほど、これは丁度良いですわね」
 
 それを許さぬ者が居た。
 
「……何でこの時間にここにいる? 脱げ女」
 
「誰が脱げ女ですか!?」
 
 ネギの背後にいたのは、高音・D・グッドマンだ。
 
「私はただ、愛衣に所用があってこの学校に来ていただけです。
 
 ……が、それよりも、この課題はあなたを更正させる為の時間を工面するのに丁度良いですわね」
 
「更正も何も、この品行方正な俺の何処を変えようってんだ?」
 
「戯れ言は無視するとして、付いてらっしゃいネギ・スプリングフィールド。事情を話して、あなたのクラスの生徒達にも協力していただきます」
 
 ネギの服の襟首を掴み、彼を引きずって2−Aの教室を目指す。
 
 そして、HRに乱入した高音は開口一番、
 
「唐突ですが、今度の期末試験のこのクラスの成績如何によって、ネギ先生の処遇が決定することになりました。
 
 そこで、皆さんにはネギ先生がこの学校に留まれるように尽力していただきたいと――」
 
「お待ち下さい!」
 
 高音の演説に待ったを掛けたのは、クラス委員長を務める雪広・あやかだ。
 
「その前に、まずあなたの自己紹介をしていただきたいのですが?」
 
「ついでに、ネギ君との関係も教えて欲しいな」
 
 携帯録音機を突き付けながら、興味津々といった眼差しで問い掛けるのは朝倉・和美。
 
 高音は咳払いを一つすると、教室全体を見渡し、
 
「失礼しました。私、聖ウルスラ女子高等学校1年の高音・D・グッドマンと申します。
 
 ネギ先生との関係は……」
 
 暫し考え、
 
「そうですね、主にプライベートな面で彼の性格を矯正する指導者といったところでしょうか」
 
「恋人とかいう関係ではないんで?」
 
 重なる朝倉の質問に、高音は一瞬ネギに視線を向けてわずかに躊躇い、頬を赤くしながらも、
 
「そ、そういった感情は全くの皆無です」
 
 言い切った。
 
 その発言に安堵の吐息を零す者が数名。
 
 そこで初めてネギが口を開き、
 
「まあ、ぶっちゃけた話、今度の期末でウチのクラスがまた最下位になると、俺がクビになるそうなんだが、別にどうでも良いから何時も通りでかまわないぞ」
 
 言った瞬間、高音から拳骨を落とされた。
 
「……あなたは少し黙ってなさい」
 
 一撃でネギを轟沈させた高音は、再度咳払いして、
 
「見ての通り、本人がこの調子なので、私が世話を焼いているのです」
 
 なるほどなぁ、と一斉に納得する面々。
 
 しかし、だ。だからといってネギの正規教師雇用の手伝いをしてやる義理もないといえばない。
 
 ネギの教える授業内容は試験を目的としたものではなく、どちらかというと実際に英会話を行う際に必要となる発音や文法、それと単語の暗記に重きを置いている。教え方という面においては、前担任である高畑の方が圧倒的に上だろう。
 
 だが、そんな生徒達の中にも少なからずネギの支持者がいる。
 
「う、ウチ頑張ります! 超やハカセみたく飛び抜けて頭ええわけちゃうけど、もっと勉強頑張りますから!」
 
「わ、私も――、頑張ります――」
 
 まず最初に声を挙げたのは、和泉・亜子と宮崎・のどか。
 
 普段はおとなしい彼女達が決起した事に感動したのか、あやかは瞳を潤ませながら、
 
「和泉さん、宮崎さん……。
 
 分かりました。この雪広・あやか、微力ながら尽力致しましょう!
 
 ほら、その辺の普段真面目にやってない方達も!!」
 
「げ……」
 
「まあ、あのレベルのイケメンみすみす逃すのも惜しいしね」 
 
 そして、面倒臭そうに溜息を吐き出し、
 
「しょうがない……。茶々丸、今度の試験は多少、本気で取り組め。今、坊やに消えられると、色々と計画が頓挫する」
 
「了解しました。マスター」
 
 残る問題は……、
 
「まあ、総合的に考えて一番足を引っ張りそうなのは、私達ということになりますが……」
 
「うっ」
 
 ネギの境遇と密かな頑張りを知ってしまった以上、明日菜としては手を抜くわけにはいかない。
 
 それは、亜子の親友のまき絵としても同じだ。
 
 見ていて分かりやす過ぎるくらいの恋愛感情をネギに向けている亜子の恋路を邪魔するような真似だけはしたくない。
 
「……面倒ですが、のどかが頑張ると言っている以上、私が手を抜くわけにはいきませんです」
 
「しょうがないアルね。こうなったら私達も頑張るアルよ」
 
「あいあい」
 
 ということで、2−Aが一致団結しての勉強会が始まったわけであるが……、無駄にノリの良いクラスメイトと予想以上に物覚えの悪いバカレンジャーのお陰で、勉強会は困難を極めた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  
 その日の夕刻。
 
 夕映の提案に藁をも掴むつもりで乗ったバカレンジャー+図書館探検部員達は、頭の良くなるといわれる本を求めて図書館島を訪れていた。
 
 シェルパに明日菜の親友にしてルームメイトの近衛・木乃香を加えたバカレンジャー+1が本の迷宮を進む。
 
 行く手を遮る数々のトラップや断崖絶壁が彼女達の行く手を遮るが、それらは異常なほどに身体能力の発達した彼女達にとっては、障害と呼べる程のものですらなく、ほどなくして一行は休憩地点に到達した。
 
 ……が、そこで彼女達を待ち受けていたのは、本棚に立て掛けた杖に引っ掛けたランタンの灯りを頼りに、分厚い革表紙の洋書を読む彼女達の担任教師、ネギ・スプリングフィールドの姿だった。
 
「あ、あんた、こんな所で何してんのよ!?」
 
 怒声に近い明日菜の叫びによって、ようやく彼女達の存在に気づいたネギは本から視線を上げ、
 
「……お前らこそ、こんな時間に何してんだ?」
 
 実はネギ、茶々丸とチャチャゼロを加えたエヴァンジェリンに全く勝つ事が出来ず、こうして図書館島に赴いて魔導書を探し逆転の糸口を掴もうとしていたのだ。
 
 勿論、そんな事を魔法とは無縁の生活を送る彼女達に言えるわけもなく、適当に誤魔化し、明日菜から彼女達の目的である頭の良くなるという本の存在を聞き出したネギは、暫し思案し。
 
 ……頭の良くなる本? もしかして、魔導書の類か?
 
 内心でほくそ笑みつつも、外面は心配そうな表情を取り繕い、
 
「しょうがねえな、お前達だけじゃ心配だから、俺も付いていってやるよ」
 
 そう言って出発の準備を始めるネギ。
 
 こうして、パーティーにネギを加えつつ、一行は更に地下を目指す。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 そして、様々な苦難を乗り越え、ついに辿り着いた魔法の本の安置室。
 
 そこに収められた本を見たネギは、驚愕に眼を見開く。
 
「あ、あれはまさか……!?」
 
「……知っているのですか? 先生」
 
 夕映の問い掛けにネギは深く頷き、
 
「伝説とまで言われたメルキセデクの書だ。
 
 ……何で、こんな所に? ――いや、むしろ流石、図書館島って言った方がいいのか?」
 
「何か良く分からないけど、あの本ならホントに頭良くなったりするわけなの?」
 
 という明日菜の質問に対して、ネギはやや興奮した口調で、 
 
「最高位の魔導書の一つだからな、ちょっと頭良くしたりするくらいなら簡単かもしれねー」
 
 ……こりゃあ、とんでもねえ当たり引いたか。
 
「なんや、ネギ君詳しいなあ」
 
「ああ、結構オカルト関係の本とかも読んでるんでな」
 
 そんなネギの話を聞かず、目的の物を目の前にしたバカレンジャーが我先にと本へ向かう。ネギが罠の存在を訴え明日菜達を静止するが、間に合わない。
 
 当然のように、その先には最後の罠が仕掛けられていた。
 
 魔導書に至る一本道が開き、そこに明日菜達が落下する。
 
 ……幸いだったのは、落下地点が1m程下だった事だろうか。
 
 彼女達は、さして大きな怪我もなく立ち上がるが、そこには次の障害が待ち構えていた。
 
『フォフォフォ……』
 
 本を護るように配置されていた二体の石像が動き出す。
 
『この本が欲しくば……、わしの質問に答えるのじゃー。
 
 フォフォフォフォフォ』
 
 常識の範囲外の出来事に後ずさりする明日菜達。
 
「ななな、石像が動いた――っ!?」
 
「いやーん」
 
「…………!?」
 
「おおおお!?」
 
 皆が驚愕の表情を浮かべる中、ゴーレムは質問を投げ掛ける。
 
『――では第一問。【DIFFICULT】の日本語訳は?』
 
「な、何よそれ――!?」
 
 皆を代表するように抗議の叫びを挙げる明日菜。
 
 そんな中、ネギは大仰に頷き、冷静な声色で、
 
「まあ落ち着け神楽坂。――いいか? あんな石像が動いたり、あまつさえ喋ったりするような現実がありえると思うか?」
 
 確かに、そんなファンタジーな出来事、通常ではありえない。
 
「だ、だけど現実に目の前にいるじゃない!?」
 
「だから落ち着けって。……俺が最近仕入れた知識によるとだな、何でも集団に同じような幻覚を夢として見せる薬物とかもあるそうだ」
 
「……つまり、この石像も人為的な夢というのですか?」
 
 夕映の言葉にネギは我が意を得たりと唇を吊り上げ、
 
「その通りだ綾瀬。今まで見てきたトラップの種類からしても、幻覚系のガスで惑わされてる可能性は十二分にある」
 
「じゃ、じゃあ、どうするの? ネギ先生」
 
 まき絵の問い掛けに対し、ネギは不敵な笑みを浮かべると、
 
「なーに、これが夢だと分かったら方法は幾らでもあるさ」
 
 言いながら懐から比較的新しい本を取り出し、
 
「さっき見つけたばかりの魔法試すには、丁度良い機会だ。……幸い、バカレンジャーも揃ってる事だしな」
 
 聞かれないように小声で呟くとページを捲り、詠唱を開始する。
 
「ちょ、ちょっとネギ!?」
 
「――ラス・テル・マ・スキル・マギステル!
 
 新しき5柱の精霊よ、依代に宿りてその力解放し、悪しき敵を打ち払え。
 
 “精霊の称号”(マージ・マジ・マジカ)!!」
 
 バカレンジャーに向かって杖を振り下ろした。
 
 5人の姿が光に包まれる。
 
 精霊の姿が少女達に重なり、彼女達はマジマジンと呼ばれる巨人へと変生した。
 
「な、なによそれ――!?」
 
 叫びに横を見てみれば、そこには何故か変身を免れた神楽坂・明日菜の姿がある。
 
「……何でお前は変身してないんだ?」
 
 心底不思議そうに問い掛けるネギの胸ぐらを掴み上げ、明日菜が吠える。
 
「知らないわよ、そんな事! それよりも、あれなんなのよ!? 古菲達はどうしちゃったのよ!?」
 
「心配すんなって、ただの夢なんだから目が覚めたら元に戻ってるって。……多分」
 
 言って、巨大ロボと化した少女達を見上げ、
 
「悪いな綾瀬、メンバーの都合上、黒はいなかったんで、お前には緑をやってもらう事になった」
 
 4体の中で最も巨大なミノタウロス型の巨人は呆然と虚空を眺めて虚ろな笑みを浮かべながら、
 
『いえいえ、流石にこれはないでしょう。いくらなんでも私が巨大ロボットに変身するなんてありえないです。やはりネギ先生のおっしゃるようにコレは夢? いえ、ですが如何に夢といえど荒唐無稽過ぎるでしょう。それにこれほどの巨体、常識で言えば上半身の重量に股関節が耐えきれる筈がありませんし――』
 
「……現実逃避中か」
 
『ネギ老師、ワタシこの手だと戦いにくいアルね』
 
 そう言って、翼と化した手を振ってみせるのは黄色を基調としたロボットになったバカイエローの古菲だ。
 
『拙者も、この脚では少々動きにくいでござるな』
 
 とは青い人魚型のロボットと化したバカブルーこと長瀬・楓の言。
 
「ああ、悪いな。基本的に色分けみたいだから。後、佐々木はハマリ過ぎて違和感無いから、黙っとくように」
 
『えー!? 酷いよネギせんせー!!』
 
 他の機体に比べると大分小さな桃色の妖精型ロボットと化した佐々木・まき絵の抗議を黙殺し、ネギは再び魔導書に視線を落とす。
 
「クソッ!? ホントは神楽坂入れてマジキングにするつもりだったのに!」
 
「意味の分からないこと言ってないで、何とかしなさいよ!?」
 
 流石のゴーレムも突如現れたロボットに困惑し、様子を伺っているようではあるのだが、このままでは千日手となってしまう。
 
「しょうがねえなあ……」
 
 悪態を吐きながらもページを捲り、
 
「……おお、あったあった。えーと何々? ラス・テル・マ・スキル・マギステル。
 
 集え4柱の精霊。交わりて来たれ、雄々しき翼持つ獣の王。
 
 “頂きの魔竜”(マージ・ジルマ・ジンガ)!!」
 
 詠唱に応えるように、本人達の意志を完全に無視して4体のロボット達は変形を開始する。
 
 夕映の変じたロボットを基部に、まき絵が頭部、古菲が翼、そして楓が尻尾となったその姿は竜。
 
 全長30m超過の機械の竜が現れた。
 
 ネギは勝ち誇った笑みを浮かべると、ゴーレムを指差して命令を下す。
 
「ブチかませッ!!」
 
 竜の咆吼と共に迸る火炎が巨大な火球となって石像を襲う。
 
『ひょえぇッ!?』
 
 しかし、石像は奇声を挙げながらも石像らしからぬ動きでこれを回避してみせた。
 
「ちぃ、石像のくせに意外とすばしっこい! ――なら、上から押さえつけろ。俺がトドメ刺してやる!!」
 
『や、殺る気満々じゃな!?』
 
 上空から襲い掛かるマジドラゴンの爪を間一髪のタイミングで避ける石像。
 
 目的を見失った竜の爪は、そのまま地面を抉り……、
 
「……あ」
 
 勢い余って安置室の床をぶち抜いた。
 
 一瞬の浮遊感の後に襲ってくる落下の風圧。
 
「い、いや――!?」
 
 叫びを挙げて落ちていく明日菜達。
 
「……手抜き工事だな、こりゃ」
 
 後には一人だけちゃっかり浮遊呪文で落下を免れたネギの嘆息だけが残された。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「痛たたた。まったく、酷い目におうたわい……」
 
 床が抜け崩壊した安置室に、大きく空いた穴から一人の老人が腰を押さえながら現れた。
 
「自業自得だっつーの。魔法は秘匿するもんなんじゃなかったのかよ? 学園長先生。
 
 いくらなんでも、ゴーレムはやりすぎだろう?」
 
「ふぉふぉふぉ、バレとったか」
 
「……せめて口調と声色くらいは変えろよな」
 
「なるほどの。今度からは気を付けるとするか。
 
 ……まあ、魔法の秘匿に関しても、あの程度で驚くような者はあの面子にはおらんよ」
 
 それよりも、と視線をネギの持つ本に向ける。
 
 ネギもその視線に気づいたのか、手中の本を掲げてみせ、
 
「こいつは写本だな? しかも質の悪いことに魔法で封印された」
 
 ページを捲る事は出来る。読むことも出来る。
 
 但し、それを認識する事が出来ない。
 
「正解じゃ。ちなみに、その封印を破る本はこの図書館島の何処かにある」
 
 言って意地の悪い笑みを浮かべ、
 
「さて、ネギ君。――君にその本の貸し出し許可を与えようかの。
 
 貸し出し期間は、ネギ君の研修期間終了までじゃ」
 
 それはすなわち、
 
「この本の解読をする時間が欲しかったら、正規の教師になれって事か?」
 
「フォフォフォフォフォ」
 
 ネギの質問には答えず、その場を去る学園長。
 
「はぁ……、上手く乗せられた気がするな」
 
 溜息を零し、自らの床の大穴に身を躍らせた。
 
 重力に逆らい、ゆったりとした速度で落下していくネギの視界に入ってくるのは砂浜に倒れ伏す6人の少女達。
 
 ネギは周囲を見渡すと、
 
「……何だ、ここ?」
 
 地底湖に乱立する本棚とそこに収められた数々の本。
 
 初春とは思えない、まるで初夏のような暖かさに包まれたそこに差し込む柔らかい光。
 
「……ここまで出鱈目だとは思わなかったな。あの光は魔法光か? 人工物の感じはしねえし。自然光がここまで入り込むこともねえだろうし、……まあ、詳しい事は分からねえけど、先にこいつ等だな。
 
 一応、浮遊落下と障壁の魔法を掛けたから怪我とかはしてないと思うけども」
 
 意識の無い生徒達の無事を確認し、
 
「まあ、もう暫く眠っててくれ。
 
 ――ラス・テル・マ・スキル・マギステル。
 
 大気よ水よ白霧となれ、この者に一時の安息を。
 
 “眠りの霧”」
 
 念のため、更に魔法により眠りを与え、生徒達が目覚めないようにしてから彼女達を運搬した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「起きろ、ホラ! 神楽坂、近衛、佐々木、綾瀬、古菲、長瀬」
 
 すぐ近くから聞こえてくる声に、少女達の意識がゆっくりと覚醒していく。
 
「……眼ぇ覚めたか?」
 
「……ネギ? って、そうだ! 皆は? ロボットになって!?」
 
 叫びながら、皆の無事を確認する明日菜に対し、ネギは訝しげな視線で彼女を見つめ、
 
「……何だよ? ロボットって」
 
「あんたが魔法で、皆をロボットに……」
 
 ネギは盛大な溜息を吐き出し、
 
「妙な漫画の見過ぎだ。俺が魔法なんぞ使えるわけねえだろ。
 
 それよりも、お前達こそ、こんな時間にこんな場所で何寝てんだ?」
 
 現状が理解出来ずに首を傾げる明日菜達。
 
 そんな彼女達から事情を聞き出したネギは、哀れみの籠もった眼差しで彼女達を見つめると、
 
「そうか……、魔法の本なんて怪しげな物に頼りたくなるくらいに勉強が辛く感じてたんだな」
 
 ポケットからハンカチを取り出し、そっと目元を拭う。
 
「しかも、魔法だロボットだと、わけの分からない事を言い出すほどにまで思い詰めて……」
 
 明日菜の肩に優しく手を乗せ、
 
「大丈夫だ。明日の放課後から付ききりで勉強みてやるから……。
 
 だから、今日はもう帰って休め。
 
 な? ――疲れてんだよ、お前ら」
 
「……その優しげな眼差しが、そこはかとなくムカつくんだけど」
 
「やっぱりアレ、夢だったアルか?」
 
「だとすると、どの辺からが夢だったのでしょう?」
 
「ともあれ、今日の所はネギ先生の言うとおり帰って休んだ方が良いと思うでござるよ」
 
「さんせー!」
 
「せやな。明日も授業あるし」
 
 ネギの話術に騙され、有耶無耶の内に話を誤魔化され地上に帰還する事になったバカレンジャー達。
 
 ……しかし、彼女達の真の地獄はここから始まった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 放課後になると2Aの教室から聞こえてくる生徒の悲鳴。
 
「では日本史の問題。大化の改新で重要な役割を果たし、藤原氏の始祖となった人物は?」
 
「な、中臣・カタマリ!」
 
「鎌足だ、馬鹿野郎!! ポイント−10の神楽坂は明日の昼休み屋上から「ネギ先生は世界一。全てはネギ先生の為に!」と10回繰り返して絶叫すること」
 
「何よそれー!?」
 
 明日菜の抗議の叫びをネギは黙殺。
 
「そこ、なに安心してやがる!? 佐々木−8、古菲−7、長瀬−5、綾瀬−4。
 
 ……お前らも、ポイントが−10になったら、それ相応の罰ゲームがあるから覚悟しとけよ? ちなみに、マイナスポイントが加算される毎に罰ゲームの内容はより過激になっていくのでそのつもりで」
 
「ひぃぃぃ!?」
 
 それは僅か3日間だけであったのにも関わらず、麻帆良学園都市の新たな都市伝説として語り継がれるようになった。
 
 その甲斐あってか? 期末試験では2年A組は辛うじて最下位を免れることが出来た。
 
 代償に、少女達の心に大きな傷跡を残しつつ……。 
 
「そ、それは、もはやジュースではないのです……」
 
「イヤー! ぬるぬるは……、もうぬるぬるだけは……!!」
 
「け……、けろピーはここ……、でござる」
 
「ネ、寝テナイあるヨ? ダカラ電流流スノよくナイね! ソノすいっち触ルノ駄目ある!!」
 
「そ、そんな頭の不自由な子を見るような眼で私を見ないでください高畑先生!!」
 
 ……今はただ、彼女達の社会復帰を心から祈ろう。
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