魔法先生……? ネギ魔!
 
 
書いた人:U16
 
第19話
 
 ──夏休み。
 
 長期休暇に浮かれる生徒達の中に混じって、憂鬱気な溜息を吐き出す少年がいた。
 
「……あのな? コタロー。……何で夏休み早々に、お前と模擬戦なんぞやらなきゃならねぇんだ?」
 
 心底ウンザリ気な様子で告げるネギに対し、やる気満々の小太郎は準備運動をしながら、
 
「お前、あのクウネルとかいう奴の所で修行しとるらしやないか!? ほな、どんなけ強ぉなったか確かめるんは当然やろ!」
 
 そう告げる小太郎に対し、ネギは再度溜息を吐き出し、
 
「何でそれが当然なんだよ? 良いじゃねぇか、俺がお前よりも圧倒的に強いのは変わりないんだから」
 
「……それは模擬戦承諾の返事と受け取ってもえぇんやな?」
 
 その言葉を合図に小太郎の姿が消える。
 
 縮地を使って一瞬でネギの懐に入り込んだ小太郎。
 
 対するネギは慌てる事無く、距離を詰めた小太郎に対しカウンターとなるように迎撃の蹴りを放つ。
 
 ネギが肉弾戦を仕掛けてきた事に、少なからず動揺した小太郎だが、それでも冷静にネギの蹴りを防御してみせる。
 
 正規の戦闘訓練を受けていないネギの蹴りだ。腰は入っておらず、カウンター所か逆に反動で背後に弾き飛ばされる。
 
 ──否、むしろそれこそがネギの狙いだ。
 
 弾き飛ばされたのを利用して小太郎との距離を再度開いたネギは空中で身を捻り“魔法の射手”を無詠唱で放つ。
 
 属性は闇。数は7。
 
 但し、その速度、一発の重さが以前とは段違いだ。
 
 それで体勢を崩した小太郎へ、ネギの追撃が放たれる。
 
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル! 風の精霊達よ疾風となれ、真空の鎌を擡げ地に立つ影を刈り取れ! ──“真魔の鎌”!」
 
 巨大な風の刃が小太郎に襲いかかる。
 
 対する小太郎は左足で大地をシッカリと踏ん張り、その場で回し蹴りを放った。
 
 ──犬上流・爪刀!
 
 蹴りによって生じた真空波が飛ぶ。
 
 そしてネギの魔法と激突し、そのまま消滅する筈だった。
 
 ……否、以前のネギが相手ならば、相殺する事が可能だっただろう。
 
 しかし、結果は一方的に小太郎の放った真空波が敗れ、技後硬直の隙にネギの魔法をマトモに喰らってしまう。
 
 それでも爪刀で幾分威力を減衰させられたのが幸いしたのか? 致命傷には至らずに済んだ。
 
 だが、それでも負傷は負傷だ。
 
 彼が今相手をしているのは、それで手を緩めるような甘い男ではない。
 
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル──!
 
 大樹の梢にて羽ばたくは骸食う大鷲!
 
 その翼打ち振りて、烈風を顕せ!! ──“天骸の大鷲”!!」
 
 渦巻く圧縮空気を小太郎に向けて射出。
 
 着弾と同時に空気塊は急激に膨張して、大気爆発を起こす。
 
 咄嗟に気で防御しようとするが、小太郎は防御系の技は弱い。彼はどちらかというと防御するよりは、その速度を生かして回避する方が得意なのだ。
 
 呆気なく防御を抜かれ、吹き飛ばされる小太郎。
 
 ……そして、勝負はそこで終わった。
 
 気を失った小太郎を看護するのどか達。
 
 ネギは己の成長を確かめるように拳を握り締め、それを実感する。
 
「……なるほどな。確実に基礎能力が上昇しているようじゃないか、ぼーや」
 
 声を掛けてきたエヴァンジェリンに振り向く事無く拳を固く握り、
 
「……キツイだけあって、ちゃんと修行の効果はあるみたいだな」
 
 そう告げて、ネギは城から別の修行場へ跳ぼうとする。
 
 それを停めたのは釘宮だ。
 
「ちょっとちょっと先生! 小太郎君このまま放っておいて良いの?」
 
 対するネギは小太郎の方に振り向こうともせず。
 
「良いんだよ。目ぇ覚ました時に俺が側に居ると、絶対泣くぞコイツ。
 
 ……つーわけで、コタローの事頼んだぞ、近衛」
 
「はいな!」
 
 去っていくネギを見送り、小太郎の怪我を治療するこのか。
 
「……しかし、これほどまでに力の差が開こうとは……。小太郎殿にしてみればショックが大きいでござろうな」
 
「修学旅行の時は、まだコタロの方がネギ老師より強かったくらいアルよ」
 
 潜り抜けてきた修羅場の数は似たようなものだが、ナギという明確な目標が出来たネギの成長は特に著しい。
 
 それに今、ネギが行っている特訓は、アルビレオが組んだネギ専用の訓練メニューだ。成長しない方がおかしい。
 
「……まったく。生き急ぎ過ぎよ、あのバカ」
 
「とはいえ、このまま置いていかれるわけにもいきません!」
 
「拙者達も精進せねば……!」
 
「そうアルね!」 
 
 そう告げ、楓と古菲。その意見に賛同したアーニャと高音がその場から離れて稽古を開始した。
 
   
 
 
 
 
  
 
 
 
 それから数時間後。
 
 目を覚ました小太郎は、自分の身に起きた事を理解すると勢い良く立ち上がり、少女達が停めようとするのも聞かず、一言も発する事無く城を後にした。
 
 赴く先は己の住んでいるアパート。
 
 手早く荷物を纏めると、早足で学園都市を出ようとする。
 
 学園都市出口。──そこで待ち構えるのは一人の少女と一体の人形だ。
 
 彼女は挑戦的な笑みを浮かべると、
 
「8月12日。……その日に、ぼーやは英国に向かうそうだ」
 
 それで用は済んだと、小太郎の返事を聞くこともなく彼の前から姿を消すエヴァンジェリン。
 
 残された小太郎は、強く奥歯を噛みしめて一気に駆け出す。
 
 目指すは木曽山脈と飛騨山脈に挟まれた秘境。
 
 そこにある人狼族に伝わる修行場、七里乾房。
 
 ──残された時間は、約三週間。
 
 ……それまでに絶対、ネギより強ぉなったるッ!
 
 強い決意を秘め、その日、犬上・小太郎は麻帆良学園都市から姿を消した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 翌日、パトロールに借り出されたネギの元へ、いきなりトラブルが舞い込んで来た。
 
 高音とアーニャに連行されて、強い日差しの降り注ぐ中、ダラダラと歩くネギ。
 
「……信じられねぇ。何でこんなに蒸し暑いんだよ、この国は?」
 
「アンタはまだ良いわよ。私なんて日焼け対策に長袖まで着てるんだから……」
 
 ロシア系の彼女は特に日焼けには弱い。
 
「まったく、もうちょっとシッカリしなさい。……ほら、次の区画のカフェまで行ったら休憩をいれますから」
 
 その言葉で辛うじて持ち直した二人だが、悲しいかなその休憩が訪れる事は無かった。
 
 通り過ぎようとした女子寮の前で見知った顔を見つけ、足を停めるネギ。
 
 そこに居たのは、ネギのクラスの委員長である雪広・あやかと那波・千鶴、村上・夏美の三人だ。
 
「よう。何してんだ? こんな所で」
 
 珍しい組み合わせだな? と思いつつも、彼女達が寮での同室である事を思い出してすぐに納得する。
 
「えぇ、少々急用が出来まして、実家に帰らなくてはならなくなりまして……。
 
 しかし、遅いですわね。……いつもなら、私が玄関に出る頃には既に到着しているはずですのに」
 
「まぁまぁ、偶にはそんな時もあるわよ、あやか」
 
 後の二人は見送りに出てきたのだと言う。
 
「……実家かぁ。──気ぃ付けて帰れよ」
 
 社交辞令的に挨拶を交わし、その場を後にする。
 
 ネギ達を見送って、更に5分ほど待った頃だろうか? ようやく車が到着した。
 
 しかし、やって来た車は雪広家のリムジンではなく、国産の黒いワンボックスカー。
 
 運転手や執事も、明らかに雪広家の人間とは異なる者達。……というか、執事の制服ともいえるタキシードさえ身に着けていない。
 
「誰ですか、貴方がたは?」
 
 自分達を取り囲む4人の男達に対し、訝しげに眉を顰めて問い掛けるあやか。
 
 その問いかけは、彼らが答える前に明らかになる。
 
「い、いいんちょ……」
 
 恐怖の込められた夏美の声に振り向く。
 
 そこには頬にナイフを突き付けられた夏美の姿がある。
 
「……なるほど。質の悪い誘拐犯といった所ですか」
 
 おそらくはあやかの身代金目当ての営利誘拐だろう。
 
 自分一人なら、相手が拳銃でも持っていない限りどうにかなる。しかし、ルームメイトを人質にとられてしまっては、どうしようもなかった。
 
「分かりました。貴方がたに従いましょう。……ですから、その二人は解放しなさい」
 
 それでも毅然とした態度で告げるあやか。
 
 しかし、誘拐犯としても、その取引に応じることは出来ない。
 
 千鶴と夏美を解放して、助けを呼ばれてしまっては彼らとしても困るのだ。
 
「…………」
 
 恐らくリーダー格であろう男が無言で顎をしゃくると、手下(?)の男達は、あやか共々千鶴と夏美を強引に車へ押し込んだ。
 
 車を着けてから、僅か1分の出来事。
 
 その一部始終を見ていたのは、たった1羽の小鳥だけだった。
  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 暑さに項垂れながら、ダラダラと歩くネギ達の傍らを乱暴な運転の車が通過していく。
 
 基本的に学園都市の住人の殆どは学生の為、車両よりも歩行者を優先させるように道路は設計されている。
 
 ただでさえ気の立っているネギをは、通り過ぎて行った車に向け、
 
「事故って死ね!」
 
 と悪態を吐き付けるが、車は既に交差点を左折し彼らの視界から消えていた。
 
「……危ねぇな。外地の人間か?」
 
 不快感を露わにしつつも、次の瞬間には目当ての喫茶店が視界に入り、そんな事も忘れてしまう。
 
「何飲もっかなぁ? 日本の茶店は紅茶はロクなのが無いけどコーヒーの拘りは凄い店が多いからなぁ」
 
 今にもスキップでも踏み出しそうな雰囲気のネギ。
 
「はしゃいでいる所悪いですが、奢りませんよ?」
 
 という高音の言葉を聞いて、ネギの足が停まる。
 
 そして、ぎこちない仕草で振り返り、
 
「……お前の奢りじゃねぇの?」
 
「当然です。……というか、何時そんな事を言いました?」
 
「ちなみに、私も奢らないわよ?」
 
 それを聞いたネギは、二人が何を言っているのか分からない。といった表情で小首を傾げ、
 
「えっと……、それは何? 笑う所?」
 
「そうね。……主に私達が、だけど」
 
 そうやって、店の前で他人の迷惑を顧みずに言い争いを繰り広げていると、ネギの服の裾を引っ張る者がいた。
 
 何事か? と振り向いたネギの視線に入ったのは、ネギの生徒の一人、ザジ・レイニーデイだ。
 
「……ありゃ? ザジじゃねぇか。
 
 ──どうかしたのか?」
 
「…………」
 
 問い掛けてみると、ザジは小さく頷き、あやか達が誘拐された事を教えてくれた。
 
 何でも、彼女の友達の小鳥が一部始終を見ていたのだと言う。
 
 それを聞いたネギは、ザジの言葉を疑う事無く頷き返すと、
 
「良く報せてくれたな。後で、高音がコーヒー奢ってくれるそうだ。……俺の分も一緒に!」
 
「……そんなにコーヒーが飲みたいのですか?」
 
 半ば呆れ気味に問い掛ける高音。
 
 対するネギは平然とした表情で、
 
「ここで重要なのは、奢りという所でな。個人的にはコーヒーよりも紅茶の方が好きだ」
 
「では後で、とっておきの茶葉を持って行ってあげます。
 
 ……もっとも、私のではなくアーニャさんの私物ですが」
 
「……アンタも大分、ネギに毒されてきたわよねぇ」
 
 そんな会話を交わしつつ、ネギはザジに寮へ戻るように告げるが、ザジは首を横に振って拒否を示す。
 
「一緒に来るってか?」
 
 小さく頷くザジ。
 
 流石に一般人のザジが居ると思うように動きがとれなくなると判断した高音が、彼女を説得しようとするが、それよりも早くネギがOK.を出してしまう。
 
「ネギ先生!」
 
 抗議の声を挙げる高音。
 
 対するネギは、真剣な表情で高音に視線を送り、
 
「クラスメイトを助けようとしてる生徒を停める権利は、お前には無いぞ」
 
 それがあるのは、担任であるネギだけだ。
 
 その瞳に込められた意志の強さを感じ取った高音は諦めの溜息を吐き出し、
 
「……どうせ、既にクラスの8割にバレているのでしょう? 今更、一人や二人増えた所で何も変わりませんね」
 
「──こうなったら、いっその事、クラスの全員を巻き込んだら?」
 
 というアーニャの意見だが、よもやそれが近日中に実現してしまう事になろうとは、流石に予想出来なかった。
 
 ネギの影から杖が飛び出し、高音が自らの影を使って飛行用の影法師を作り出す。
 
 杖の後ろにザジを乗せ、杖も箒も持ってきていないアーニャは高音の影法師に同乗させてもらっている。
 
「私達が人払いと結界を張ります」
 
「ネギ、分かってると思うけど、人質の安全が最優先だからね!」
 
「任せとけ! ──取り敢えず、ぶっ飛ばす! 話はそれから聞いてやれば良いんだな!」
 
「全然分かってないッ!? 何処の魔王様よアンタ!」 
 
 静止の声も聞かず飛翔していくネギ。
 
 それを見送るしか無かったアーニャが不安げに呟く。
 
「……心配だわ」
 
「まぁ、口では何だかんだと言いつつも、人質の安全は確保してくれるとは思いますが……」
 
「ううん、そうじゃなくてね……」
 
 アーニャは視線をネギの消えた方へと向け、
 
「アイツ、最近は結構先生してるみたいだからさ。人質に怪我でもさせていようものなら、犯人達死ぬよりも酷い目に合わされるわよ。
 
 ……例えば、生きたまま地獄に堕とされて未来永劫ありとあらゆる苦痛を受け続けるとか」
 
 アーニャの言葉を聞いた高値は絶句。
 
 しかし、すぐにネギの過去の言動を思い出し、
 
「……ですが、ネギ先生自身、生徒達を陰湿に弄っていると思うのですが」
 
 それは自身を含めての事だ。
 
「ほらアイツ、自分がするのは良くても他人にされるのは心底ムカつくタイプの人間だから」
 
 ──心当たりが有りすぎる。
 
「……なるべく急ぎましょう」
 
「……そうね」
 
 こうして彼女達は妙な使命感に促され、過去最速のスピードで結界と人払いの術式を展開させた。 
 
   
 
 
 
 
 
 
 
 
 広域索敵魔法を使用して誘拐犯の車の進路を予測したネギが、その前方に着陸する。
 
「……あの車だな」
 
 遠目に見えてきた黒のワンボックスカーを確認し、ネギはその車に乗せられている生徒達に念話を送る。
 
“あー……、テステス。聞こえてるかー? 雪広、那波、村上”
 
 ガムテープで両手足と口を塞がれた少女達は不意に聞こえてきたネギの声に周囲を見渡し彼の姿を探すも、肝心の彼は何処にも確認出来ない。
 
“時間が無いから質問は無しだ。
 
 今から、ちょっと強引な方法で車を停める。怪我しないように身体固定しとけ──”
 
 それだけを告げると、ネギの声は聞こえなくなった。
 
 少女達は互いに顔を見合わせ、不思議に思いつつもネギの指示に従い、上半身を鎮めて足を踏ん張り身体をシートに固定する。
 
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル……。
 
 斬の名の下鮮血欲し、弾の名の下円月放洲刃を統べし刀神ルーレイロ!
 
 我に汝の指を与えよ!! ──“刀身の公矜”!!」
 
 実体化した無数の刀剣がネギの意のままに飛び交う。
 
 それらは狙い違わず車のボンネットに突き立ち、エンジンを貫通してアスファルトを削って自動車の進行を強引に停める。
 
 幸い(?)というか、エアバック装備車だったお陰で怪我らしい怪我の無かった男達だが、当然それ以上車での逃走は不可能となり、車を捨てて道路に降り立つ。
 
 その際、人質を連れてくるのを忘れなかったのは、彼らの幸運か? 不幸か?
 
「一体、何が起きたってんだ!?」
 
 突如自分達を襲った災難に、わけが分からず声を荒げるが、それに答えられる者は誰一人として居ない。
 
 それに彼らには無駄な時間が無いのだ。
 
「クソッ!? いいから逃げるぞ! 文句言うのは、それからにしろ!!」
 
 リーダー格の男が叱責するが、彼らの逃げ道を阻むようにネギが立ち塞がる。
 
「な、何だてめッ!?」
 
 男が喋り切る前に、ネギの放った魔法の射手によって吹っ飛ばされた。
 
「選べ。捕まってからボコられるか? ボコられてから捕まるか?」
 
 どちらにしろボコるのを前提として話を進めようとするネギ。
 
 そんな中、誘拐犯の一人があやかを人質にネギと交渉しようと、彼女にナイフを突き付けるが、それよりも早くネギの影が男の影を掴み動きを封じ込め、そのまま投げ飛ばす。
 
「ザジ!」
 
 そんな男の飛んでいく先には一瞥もくれず、ネギは街路樹の枝上に姿を隠していたザジに指示を飛ばす。
 
 すると、音も発てずに千鶴達の背後に着地したザジは、千鶴と夏美を抱えてその場から離脱。
 
 これで残された人質はあやか一人。誘拐犯は二人。
 
 ここまでされて、ようやくネギの異常さに気付いた男達は顔を見合わせ、次の瞬間には人質を捨てて逃走しようとするも、元より逃がすつもりは毛頭無い。
 
 “加速の羽根”を用いて男達の前に回り込んだネギは、拳による一撃で行動不能に追い込む。
 
 結局、最後まで残ったのはリーダー格の男だけだ。
 
「な、何がッ!? 何なんだよ! 一体!?」
 
 男はネギに恐怖し、1歩、2歩と後ずさり、やがてネギに背を向け逃亡しようとするも、その先にあやかが立ち塞がる。
 
 否、立ち塞がるというのは正確な表現ではない。何せ彼女は拘束されていて動けず、最初からその場に居たのだから。
 
 しかし、混乱した男にはそのような事を判断出来るだけの余裕は無く、ポケットから取り出したナイフであやかに襲いかかろうとする。
 
 だが、男のナイフがあやかを捉えるよりも速くネギが動いた。
 
 ──指を鳴らす。
 
 それだけで、彼女の両手足を拘束するガムテープを断ち切ってみせる。
 
「やっちまえ、雪広」
 
 原理が理解出来なくとも、これで自由を得たあやかは口を封じていたガムテープを一気に剥ぎ取ると、迫る誘拐犯に対し構えを取り、
 
 ──雪広・あやか流、天地分断掌!
 
 カウンターで掌底を顎に叩き込んだ。
 
 綺麗に空中で1回転して、倒れ込む誘拐犯。
 
「おぉー……」
 
 その見事さに、思わず感心してしまうネギ。
 
 呼吸を吐き、服装を正したあやかは、今度はネギに向けて厳しい視線を送り、
 
「さてネギ先生。──助けていただいた事には礼を述べさせてもらいますが、先程の出鱈目じみた技の数々、納得行く説明をお願いします」
 
 言い訳や誤魔化しは許さないという意志を感じさせる眼差しで告げるあやか。
 
 対するネギは面倒臭そうに溜息を吐き出し、どうやって説明しようと考えるが、そんな彼の視界の隅に、懐から拳銃を取り出してあやかを狙う誘拐犯の姿が映った。
 
「チッ!?」
 
 短く舌打ちし、あやかの腰を抱き寄せるネギ。
 
「な、何をッ!?」
 
 抗議の声を挙げるよりも速く、銃声が響く。
 
 勿論、ただの鉛弾程度でネギの障壁を破れるわけもなく、次の瞬間にはやって来たアーニャと高音の下敷きになって、誘拐犯は完全に意識を手放した。
 
 敵が完全に沈黙したことを確認し、安堵の吐息を吐き出したネギは、あやかに安否の確認を取る。
 
「……大丈夫か? 雪広。──怪我とかはしてないな?」
 
 問い掛けてみるも、あやかからの返答は無い。
 
 基本的には引き籠もって魔法の蒐集を趣味としているネギだが、戦闘訓練も欠かしたことは無いので、身体はそれなりに鍛えられてはいる。
 
 初めて密着した異性を意識させる身体と、自分を心配するように覗き込むネギの表情。
 
 更に状況は、自分の身を挺してまで凶弾から護ってくれたようなものだ。
 
 それは本来ショタコンのあやかであってさえも、ときめかせるだけのモノがあった。
 
「…………? おい、雪広」
 
「は、はい!」
 
 慌てて立ち上がり、姿勢を正すあやか。
 
 その反応からおおよその状況を理解し、アーニャと高音は顔を顰め、吐き出すように内心をぶちまける。
 
「……またか、この野郎」
 
「待て待て待て待て! またか、とか言うな!?」
 
 しかし、その抗議は受け入れてはもらえない。
 
 ──結局その後、ネギはあやか達を連れて別荘へと赴き、そこで待つ明日菜達に事情を説明し、同時にあやか達にも事情を説明する事になった。
 
「まぁそんな感じで、俺は魔法使いで、クラスの大半の人間(後2名でコンプリート)が関係者となってるわけだ……」
 
 半ば投げ遣りに告げるネギ。
 
 それを聞いたあやか達は流石に驚きの声を挙げるが、それでもレーベンスシュルト城を見せられては信じざるを得ない。
 
 ネギ自身は面倒臭いのと気恥ずかしいので濁して説明したが、詳しい事情を夕映に聞き出したあやかはネギに向き直り、
 
「そういう事でしたら、是非とも私も協力させてもらいますわ!」
 
「あらあら、勿論私達も手伝うわよ。ね? 夏美ちゃん」
 
「う、うん……。私は皆みたいに、凄い特技とかは無いけど、手伝える事は手伝いたい」
 
「…………」
 
 ザジも無言で首肯してくれた。
 
「と言うわけで、これからもよろしくお願いしますわネギ先生!」
 
 心強い(?)味方の協力を得て、ネギの夏休みの暴走は更に進行していく。
 
   
 
 
 
 
 
 
 
 
 それは何時ものように、ネギが朝の掃除と説教を聞かされに礼拝堂へ赴いた時の事だ。
 
 掃除を終えたネギが美空達と一緒に朝食を摂っていると、シャークティがネギに頼み事があるのだと、話始めた。
 
「実は明日、ここで結婚式の予定が入っているのですが……」
 
 学園都市といっても、教職員や商店街なども有り、更には大学生の内に学生結婚を行う者達も居るので、別段結婚式自体は珍しいものではない。
 
「ほう……。そりゃ、めでたい」
 
 余り興味無さ気に返すネギ。
 
 しかし、それは続くシャークティの言葉で絶句せざるを得なくなる。
 
「えぇ、非常に喜ばしい事なのですが、昨日帰って来るはずだった神父様が、出先で事故にあわれて、暫く帰ってこれないそうで……」
 
「……もしやと思うが、シスター。……俺に結婚式で神父の真似事をしろとか言わないでしょうね?」
 
「いえ……、実はその通りでして……」
 
 流石に申し訳なさそうに告げるシャークティ。
 
 何週間も前から予定しておいて、こちらの都合で急遽延期しますとは、流石に言えないだろう。
 
 そのやりとりを眺めていた美空は、愉しそうな笑みを浮かべて、
 
「やってあげたらどうッスか? 先生」
 
「簡単に言うな春日。相手にしてみりゃ一生物の想い出だぞ? 「素人が出て失敗しました、テヘ♪」で済むような問題じゃねえだろ」
 
 いかにもな理由を並べ立てるが、本心は面倒臭いだけだ。
 
 しかし今回、美空には切り札がある。
 
 懐から取り出したのは一枚のチケット。
 
「へへへ、先生コレなんだ?」
 
 それを見たネギが息を呑む。
 
 ……エヴァ謹製の呪いのチケット。
 
 一度だけという限定付きながらも、絶対の効力を発揮する呪いのアイテム。
 
 それをエヴァンジェリンは気前良くクラスメイ全員+αに配布した。
 
 これも全てキティーと呼ばれるように仕組んでくれたネギに対する復讐だ。
 
「クソッ!? エヴァの野郎、心底余計な真似しやがって!」
 
 その罵倒が答えだ。
 
 美空は満面の笑みを浮かべて、
 
「シスター・シャークティ。ネギ先生、快く引き受けてくれたッスよ♪」
 
 勿論、このままで終わらせるつもりは毛頭無い。
 
 ……こんな面白い事、皆にも教えてやらないとね♪
 
 そんな感じで、翌日の結婚式には新郎新婦の身内と友人達の他に、3−A組のクラスメイト達に加え、アーニャ達までもが見学にやって来た。
 
 厳粛な雰囲気の中、手伝いに呼ばれたネカネの演奏するパイプオルガンの調べが流れる。
 
 そこに登場するのは、借り受けた法衣を身に纏ったネギだ。
 
 彼はその若さに似合わぬ威厳を放ちながら壇上へ上がり、新郎と共に新婦の登場を待ちかまえる。
 
 そして礼拝堂の扉が開き、やって来るのは幼子にヴェールの裾を預けたウエディングドレス姿の新婦。
 
 その姿に少女達の間から憧れの溜息が零れる。
 
 一歩一歩、ゆっくりとした歩みで壇上に近づく新婦。
 
 規定の位置に到着するのを待ち、ネギは手にした聖書を開き、驚愕に目を見開く。
 
 ……しくった!? これ、シスター・シャークティの目を欺く為に聖書の表紙と取り替えた魔導書じゃねぇか!
 
 ネギの背中を嫌な汗が流れるが、今ここで「ゴメン、本間違って持ってきちゃったから、やり直し♪」などと言えよう筈もない。
 
 ネギは必死に脳内を検索して、此処で言うべき祝詞を思い出そうとし、ある曲の歌詞が脳裏を過ぎる。
 
「──病める時も、貧しい時も……」
 
 ……そうそう、確かこんな感じで。
 
「道が無い時も……、胸が無い時も──」
 
 この辺りから徐々に怪しくなってくる。
 
「弾幕を愛し、敬い、見切り、掠り、残機のある限り、これを避け続ける事を誓いますか?」
 
「そんな宣誓があるかッ!?」
 
 総勢50人を越える総ツッコミが入った。
 
 流石にヤバイと見たネギは乾いた笑いを浮かべて誤魔化しつつ、突如、踵を返して逃走を開始。
 
 高音と明日菜が先陣を切って追いかけ、その後に続く生徒達。更に新郎新婦、そして友人達が一丸となってネギを追いかける。
 
 結局、その後2時間に及ぶ追いかけっこの末、追い詰められたネギは、フルボッコにされてしまうのだが、夫婦の初めての共同作業がケーキ入刀ではなくダブルライダーキックだったこの夫婦。ある意味、一生忘れられない結婚式になっただろう。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 明けて翌日。
 
 もはや日課と化したパトロールに連れ出されたネギを更なるトラブルが襲う。
 
 休憩を兼ねて湖畔のベンチで休みつつ、湖に浮かぶ遊覧船を眺めながらアイスを舐めていると、遊覧船の煙突から一際大きな煙が吹き出して炎上を始めた。
 
「……何のイベントだ? ありゃ」
 
「イベントなわけが無いでしょう!? どう見ても事故です!」
 
 携帯電話から報告を受けていた高音が叫びを挙げる。
 
「避難の方は進んでいますが、まだ中に残された乗客もいる様子。
 
 ──私達も出ます!」
 
 言っている間に遊覧船は大きく傾き始める。
 
 長くは保たないと判断したネギは、既に棒だけになっていたアイスをゴミ箱に投げ捨てると傍らにいたアーニャと高音の腰を抱き寄せ、
 
「転移するぞ!」
 
 一言を告げ、返事を待たずに呪文の詠唱を開始。
 
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル!
 
 この血に宿りし大いなる力よ、今ここにその全てを解き放たん。
 
 我が意志となりて異界の果てまで届け! ……“旅の門”」
 
 次の瞬間、ネギ達の姿がその場から消えた。
 
 幸い、その場にいた他の野次馬達は皆、遊覧船の方に視線を向けていた為、誰一人としてネギ達の姿が消えた事に気付かなかった。
 
 一瞬の時を経て、遊覧船内部に転移したネギは二人の身体から手を離すと、
 
「二人は右舷側の通路を頼む! 俺は左舷側に回る!」
 
 指示を飛ばして、自らは宣言通りに左舷側の探索に回る。
 
 そんな中、遊覧船内部に取り残された乗客が二人……。
 
 傾き始めた船に恐怖しながらも、振り落とされないように必死で手摺りに掴まりながら救助が来るのを待つ。
 
「お、お姉ちゃん……」
 
「だ、大丈夫! すぐに救助が来てくれるって!」
 
 恐怖に震える双子の妹を励ましながら、必死に耐える。
 
 だが、そのなけなしの勇気も、前方から迫る大量の水を前には無意味なものだ。
 
「だ、誰か……」
 
 息を呑む。
 
「誰か、助けて──!」
 
 その声に応える影があった。
 
 背後から高速で飛来した人影は、彼女達の前に回り込むと障壁を展開。
 
 力業で大量の水を押し留めた。
 
「よーし、良く頑張ったな、偉いぞ」
 
 ゆっくりと振り返る人影。
 
 それは見間違う事もない。彼女達の担任を務める少年。
 
 少年は二人の少女が、自分の教え子の双子、鳴滝姉妹であるのを確認すると引きつった笑みを浮かべ、
 
「ぺかぺかぺーん♪ 3−Aフルコンプリート達成♪」
 
 わけの分からない事を叫び、深々と溜息を吐き出した。
 
 ネギはそのまま、一気にやる気の失せた力無い表情で、
 
「……もう大丈夫。安全な所まで一直線だから」
 
「何!? そのやる気が微塵も感じられない喋り方!」
 
「って言うか、何気に勇者王スバルですねー!」
 
「……うるせぇな。……ここまで来ると、流石に人為的な悪意さえ感じるぞ」
 
 とか言いつつ、鳴滝姉妹を抱き寄せ、
 
 ……まぁ本当なら、砲撃魔法で一直線の道を作って脱出する所だけども、仕方無ぇなぁ。
 
 外にはまだ野次馬やマスコミが沢山居るのだ。
 
 溜息を吐き、再度、転移魔法を起動する。
 
 向かう先はエヴァンジェリンのログハウス。
 
 そこで、地下室に案内し、中に入れば誰か居るだろうから説明を受けるように告げると、彼は再び事故現場へと戻って行った。
 
 残された鳴滝姉妹は、ネギの指示に従い城への魔法陣へ足を踏み込む。
 
 そこで待ち受けていた者は、ネギからの念話を受けた茶々丸だった。
 
 彼女は鳴滝姉妹を迎え入れると、皆の待つレーベンスシュルト城へと招き入れる。
 
 各々修行に励むクラスメイト達を目の当たりにした鳴滝姉妹は目を見開いて驚くが、二人の到着に気付いた皆は手を停め、駆け寄ってくる。
 
「わッ、遂に双子にもバレたんだ!?」
 
「って事は何? フルコンプリート! ……ある意味間抜け過ぎない? ネギ先生」
 
「……まぁ、ここまでバレると、むしろ清々しいっていうか」
 
「良いんじゃない? これでクラスで隠し事とかしなくて済んだわけだし」
 
「……なら、ここは」
 
「──フルコンプ記念で」
 
「──宴会としゃれ込みますか!?」
 
「クラスの連中、全員に召集掛けるよー♪」
 
「お──ッ!!」
 
 ……まぁ、こんな感じで、ロクな説明を受けないまま、鳴滝姉妹は宴会へと流されて行った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「……お前らなぁ。人が救助活動とかしてる間に3日連続で宴会とかどういう了見だ!?
 
 つーか俺の分残ってないし! 」
 
 愚痴ってみるが、二日酔いの彼女達は聞く耳を持っていない。
 
「まぁまぁ、ほら、サツキが残り物で何か作ってくれるっていうし」
 
 ネギが食べ物に抱く執念を知るアーニャは必死に取りなそうとする。
 
 まあそれも、五月の作る料理の匂いが漂ってくるまでの話だ。
 
 例え賄い料理といっても、彼女の作るそれは群を抜いて上手い。
 
 愚痴を言う為に口を動かす暇があるなら、物を食う為に口を動かす。
 
 それを体言してみせたネギは、食べ終わると人心地吐き、
 
「さてと、それじゃあ、そろそろ真面目な話題に入るか……」
 
 一息、
 
「取り敢えず、俺は奉仕期間が終わったら、すぐにでもイギリスに飛ぶ。
 
 んで姉ちゃんは付いてくるらしいけど、お前等はどうする?」
 
 真っ先に答えたのはアーニャだ。
 
「当然行くわよ」
 
「……私も、ご一緒させていただきます。本物のサウザンドマスターには一度お会いしたいと思っていましたし」
 
 と高音も言い出し、更には、
 
「あの馬鹿に会いに行くのだろう? まさか、私を置いていくとは言わせんぞ、ぼーや」
 
 当然、エヴァンジェリンが行くのなら、茶々丸シリーズも付いてくる。
 
「ちなみに、渡英の為の艦は現在、鋭意制作中ネ♪」
 
「コレは凄いですよー! 基本重量38,000t、全長333.33m。メイン動力炉にオルフェウス型大型縮退炉。サブ動力に対消滅機関を2基搭載しています。
 
 兵装も、50口径50cm電子熱線砲が連装2基。60口径12.5cm冷線砲が連装4基。フェザー砲が3連装14基、連装20基。短8cmホーミングレーザー砲が60門。三式航空爆雷U型が6基。誘導弾6連装が3基に超電磁バリアーまで装備しています!」
 
「ちょっと待った! それ何処のNノーチラス号よ!」
 
 取り敢えず、葉加瀬の危険な発言に突っ込んでおくハルナ。
 
「それ以前に、戦争でも起こす気なの!?」
 
 明日菜の叫びを受けて、ネギが邪笑を浮かべる。
 
「……それも良いな。手始めに魔法世界を手中に収めて、その後、魔法世界の軍隊を引き連れてこっちの世界を掌握する」
 
「その時は是非、私を悪の女科学者として雇ってもらいたいネ」
 
「当然、私は大幹部なのだろうな? ぼーや」
 
 ガッチリと握手を交わす、3−Aの三大巨悪。
 
「……取り敢えず、あっちは見ない方面で話を進めてくけど、皆はどうするの? 行くなら旅費と宿泊費はタダだけど」
 
 タダでイギリス旅行。……勿論行くに決まっている。
 
 皆が一斉に挙手し、3−A組の渡英が決定した。……が、参加するには条件が一つ。
 
「行くまでに夏休みの課題を全部終わらせる事。
 
 一つでも課題を残してる奴は、容赦無く切り捨てるからそのつもりでいろよ。
 
 ……特にバカレンジャー共」
 
「やるわよ! やればいいんでしょ!?」
 
「うぅぅ……、頑張ろうね皆」
 
 明日菜とまき絵が声を合わせて気合いを入れるが、他のバカレンジャー達は彼女達から視線を逸らし、
 
「……大変申し上げにくいのですが、私はもう課題を終了させていまして」
 
「私も超と葉加瀬に教えてもらいながら、終わらせたアル」
 
「同じく、風香殿と史伽殿に教えを受けて終わらせたでござる」
 
 裏切りとも言える発言に打ちのめされるバカ二人。
 
「そ、そんな……」
 
「分からない所を聞く分は良いが、丸写ししたら後で罰ゲームな」
 
 ネギの言葉を最後に、皆は三々五々己の持ち場へと散っていく。
 
「……こうなったら、やるしかないわ! まきちゃん!」
 
「うん! ……それで誰に聞くの?」
 
「やっぱり、このかか本屋ちゃんあたりに……」
 
 ……初っぱなから他人を当てにする二人だった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  
 超の研究室に珍しい面々が訪れていた。
 
「私専用の武器が出来たって聞いたんだけど、どれ?」
 
 物珍しそうに辺りを見渡しながら告げるのはチア部の柿崎・美砂だ。他には釘宮や桜子の姿もある。
 
「これね……」
 
 超が取り出したのは胴体部を覆うような構造のバックパックとギターのセット。胸元にはマイクが仕込まれており、スピーカーも内蔵されているらしい。
 
「歌を力に変える、サウンドエナジーシステムネ。早速歌ってみるヨロシ!」
 
 超に急かされて柿崎はバックパックを装備、ギターを構えて暫く悩んだ後、軽快な演奏を開始する。
 
「──科学の限界を超え、私はやって来たんだよ♪ ネギは付いてないけど、出来れば欲しいな♪
 
 あのね速く、パソコンに入れてよ〜♪ どうしたの? パッケージずっと見つめてる♪
 
 君のこと、みっくみっくにしてあげる♪ 歌はまだね頑張るから♪
 
 みっくみっくにしてあげる♪ だからちょっと覚悟をしててよね〜♪ ──してあげるから♪
 
 みっくみっくにしてやんよ〜♪ 最後までね頑張るから♪
 
 みっくみっくにしてやんよ♪ だからちょっと油断をしてあげて♪
 
 みっくみっくにしてあげる♪ 世界中の誰、だれより。
 
 みっくみっくにしてあげる♪ だから、もっと私に歌わせてね〜♪」
 
 だが、その歌では何の変化も見られない。
 
「……無理だよ美砂。その歌はどれだけ上手く歌っても、人間には歌いこなせないんだから」
 
 同情を多分に含んだ声色で告げる釘宮。
 
「その通りネ。それを歌いこなせるのは世界に2体だけ。
 
 初音・ミクとシャロン・アップルだけヨ」
 
 残酷な現実を突き付ける超。
 
 それは柿崎自身も分かっている。否、実際に歌ってみて実感した。
 
 ──だが、それでも、
 
「……それでも! それでも私はッ!!」 
 
 柿崎の覚悟を見た超は厳かに告げる。
 
「……分かたヨ。そこまでの覚悟があるなら、協力させてもらうネ」
 
「超りん……」
 
 感動に眼差しを潤ませる柿崎。
 
 超は何処からともなく怪しげな手術道具を取り出し、
 
「それで? サイボーグになるのと、脳味噌取り出して電脳世界に永住するの。どっちが良いカ?」
 
「やっぱり人間、感情のこもった歌が一番よね〜」
 
 即座に意見を翻した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ……深夜。皆が寝静まった時刻の事だ。
 
 学園都市から離れた人気の無い筈の廃寺に、複数の気配があった。
 
「ネギ先生。約束通り、お嬢様の護衛をお願いします」
 
「あいよー」
 
 今回刹那から受けたお願いは、刹那の仕事を手伝いたいと申し出てきた木乃香を護衛する事。
 
「……しっかし、お前も大概過保護だよなぁ」
 
 軽く溜息を吐き出し、
 
「護衛よりも、助っ人として使った方が早く仕事も終わるだろうに……」
 
「いえ、それでは折角のお嬢様の申し出を台無しにしてしまいます」
 
 刹那の過保護ぶりに、思わず苦笑いが零れてしまうネギ。
 
「……さて、と。お喋りもここまでだ。
 
 ──来たぞ」
 
 月明かりに照らし出されたのは巨大な人影。
 
 それは全長3m以上はあろうかという牛面の大鬼。
 
「ミノタウロスか!?」
 
「いえ、牛頭鬼です!」
 
 どちらにしろ、厄介な相手である事には変わりない。
 
 更にネギ達の周囲にも、無数の気配が現れる。
 
 それは痩せ細り小柄ながらも、常に飢えと乾きに苦しみ続けるという亡者達の成れの果て。
 
「……餓鬼共か」
 
 刹那の呟きを受け、ネギが木乃香を中心に全方位に障壁を展開する。
 
「せっちゃん……」
 
 餓鬼に取り囲まれ、牛頭鬼と対峙する刹那に向け、木乃香が声援を投げる。
 
「……頑張って!」
 
「はいッ──!」
 
 身体中に気が充実する。
 
 ……今なら、竜族が相手でも負ける気はしない!
 
「神鳴流、桜咲・刹那……」
 
 両手に“夕凪”を構え、背の翼を雄々しく広げる。
 
「──推して参る!!」
 
 初太刀から全力。
 
 大上段から振り下ろした一撃は、それを受け止めた牛頭鬼の金棒を両断した。
 
 それを心配そうに見守る木乃香にネギが声を掛ける。
 
「さて、あっちは心配するだけ無駄だ。
 
 それよりも今は自分の出来る事をやれ近衛」
 
「……ウチに出来る事?」
 
 ネギは余裕の笑みを浮かべ、
 
「前に教えただろうが。……対悪魔族や対妖魔族用の強制送還呪文」
 
「あっ!?」
 
「あれなら、餓鬼にも効果はある筈だ。
 
 ……やってみろよ。桜咲の手伝いするんだろ?」
 
 ネギの声に後押しされて、木乃香が詠唱を開始する。
 
「……地の底に還れ! 忌まわしき異形の影よ! ──“退魔”」
 
 光が弾け、一瞬で周囲を埋め尽くしていた餓鬼達が送還された。
 
「おぉ、流石俺の弟子。なかなかやるじゃねぇか」
 
 一通り木乃香を褒めてから、ネギは刹那に声を掛ける。
 
「桜咲! 近衛はもう終わらせたぞ! 手前ぇはそんな雑魚に何時まで手間取ってんだ!?」
 
「はい! すぐにでも終わらせます!」
 
 刹那もネギ達との修行で着実に成長しているのだ。
 
 この程度の敵、もはや彼女の相手にすらならない。
 
「──神鳴流奥義! 斬岩剣!!」
 
 力業で強引に牛頭鬼を両断。
 
 言葉通り、すぐに終わらせてみせた。
 
 安堵の吐息を吐き出す刹那。
 
「お疲れさん、と言いたい所だが……、原因究明するのが先か」
 
「はい。……原因を突き止めて対応しなければ、また同じように妖魔が現れるでしょうから」
 
 面倒臭そうに溜息を吐き出し、ネギは視線を廃寺に向ける。
 
「……やっぱり、一番疑わしいのは、あの寺だろうな」
 
「はい……」
 
 何の警戒も見せずに廃寺に足を踏み込むネギ。
 
「ね、ネギ先生!」
 
「心配すんな。……つーか、お前に任せとくと慎重過ぎて今日中に帰れねぇような気がする」
 
 告げ、魔法の光で周囲を照らし出す。
 
「……やっぱり、原因はこれだろうな」
 
 そんなネギの視界に入ったのは、本堂のど真ん中に空いた巨大な“穴”。
 
「……どう思う?」
 
 ネギに問われた刹那は暫し考え、
 
「やはり、これが原因ではないでしょうか?
 
 元々、この寺はこの“穴”を塞ぐ為に建てられた物で、老朽化に伴い封印が解けてしまったと考えるのが自然かと……」
 
「なぁなぁ、せっちゃん。そんで、この穴何なん?」
 
 という木乃香の質問に対し、
 
「正式名称は無いので、私達は“穴”とだけ呼んでいます。
 
 この穴は、地獄や魔界などに繋がっているとされていまして、先程のように“穴”から妖魔の類が出没してくるのです」
 
「とはいえ、本当は何のかはまだ分かってないんだ。穴に入って生きて戻ってきた奴は居ないし、研究するには余りにもリスクが高すぎるしな。
 
 ただ、こんな穴は世界中の各所にあるって言われてるからな、見かけたら近寄らないのが賢い選択だろうよ」
 
 ネギの補足を受け、木乃香は頷くと、
 
「……ほな、このまま放っとくん?」
 
「そんなわけにもいかねぇだろ。
 
 放っとくと、何時次の妖魔が出てくるか分かったもんじゃねぇし」
 
 告げ、刹那と木乃香には下がるように命じる。
 
「ちょっと強引だけどな、“穴”だけ塞いどくから、後で本職に来てもらって再封印しといてもらえ」
 
 呪文の詠唱を開始、
 
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル……。
 
 おぉ、地の底に眠る死者の宮殿……」
 
「……なぁ、せっちゃん」
 
「何でしょう? お嬢様」
 
「ウチ、物凄い嫌な予感がするんやけど……」
 
「……私もです」
 
 二人は顔を見合わせ、脱兎の如くその場から逃げ出す。
 
「──“冥府の石柱”!」
 
 直後、ネギの魔法が完成し、上空から飛来した複数の巨大な石柱が廃寺に降り注ぐ。
 
 間一髪、脱出に間に合った刹那と木乃香は、呆れた眼差しで粉塵に包まれた廃寺であった物を見つめていると、その中に蠢く人影を発見した。
 
「ゴホッゴホッ!? あー……、やっぱコレ、封印とかには向かねぇなぁ」
 
 元より攻城戦用の魔法だ。封印に使おうとする方が間違っている。
 
「大丈夫ですか? ネギ先生」
 
「おー……、取り敢えず封印も完了したぞ」
 
 言われ、視線を向けると、先程まで“穴”の空いていた場所には巨大な石柱が突き立っていた。
 
「狙った場所に落とすのが結構難しくてな、結局数撃ちゃ当たるにした」
 
「……大雑把過ぎです、ネギ先生」
 
 呆れたように答える刹那。
 
 とは言ったものの下手な封印よりも完全に“穴”は塞がれており、これなら本職の者達に再封印をしてもらわなくても良いだろう。
 
「んじゃあ、帰りにラーメンでも食ってくか」
 
 告げ、鞄からグルメ雑誌を取り出し、
 
「この辺に上手い深夜営業のラーメン屋があるらしいんだよな……」
 
 そして何かを期待する眼差しで刹那を見つめる。
 
 対する刹那は小さく肩を竦め、
 
「そうですね、……では仕事を手伝っていただいたお礼に私が奢らせていただきます」
 
「ひゃっほぉ〜〜♪ だから、せっちゃん大好き♪」
 
「ちょっ!? ネギ先生!!」
 
「えー? ネギせんせの本命って、せっちゃんやったん?」
 
「おう! 後、飯作ってくれる茶々丸と四葉も大好きだ♪」
 
 結局は、食事を奢ってくれる人は好きという単純な思考なのだ。
 
「んー……、これはゆえ達にも教えたらんなあかんな♪」
 
 何だかんだ言っても、他人の恋愛事は見ていて楽しいのだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ある日の出来事だ。
 
 ネギは街中をパトロール中に映画館の前で言い争いをする真名と楓を見つけて観察する事にした。
 
 話を聞いていると、どうも二人共中学生料金で入れて貰えなかったらしい。
 
 事情を察したネギは腹を抱えて笑う。
 
 当然、そんな彼に気付かないはずはなく、ネギは即座に二人掛かりで拘束された。
 
「……何がそんなに可笑しい? ネギ先生」
 
「そうでござるな。……そこら辺を詳しく話してもらいたい」
 
 両脇から拳銃とクナイを突き付けられてもネギの笑いは収まらない。
 
「こ、コスプレって……」
 
 直球ど真ん中で宣言された楓は、流石に言葉に詰まるが、それでも辛うじて怒りを呑み込むと、
 
「で、ではネギ先生はどうでござるか?」
 
 これでネギが高校生に見られなければ引き分けで済む。
 
 何だかんだと言いつつ、色々と苦労してきているネギは実年齢よりも大人びて見えるのだ。
 
 しかしネギは余裕ともとれる笑みを浮かべるとポケットから財布を取り出し逆さに振ってみせる。
 
 そこから落ちるのは、僅かなレシートと埃のみ。
 
 小銭入れの部分からも一円玉特有の軽い音がするだけだ。
 
「映画観る余裕なんてあるわけないに決まってんだろうが……」
 
 余りの侘びしさに楓と真名の瞳に涙が込み上げてくる。
 
「……今、減棒喰らってる最中だしな。このパトロールも金にならないし」
 
 楓と真名は努めて無理矢理な笑顔で、
 
「ネギ先生、牛丼好きだったろ? 奢るから好きなだけ食べるといい」
 
「拙者も半分出すでござるよ、真名」
 
「……物凄く哀れまれてるような気がするけど、奢ってくれるっていうなら良しとしとくか」
 
 そんな彼らを電柱の影から見守る小柄な人影が二つ。
 
「……余りにも可哀想過ぎて、ツッコム気にもなれなかったよ」
 
「……ネギ先生」
 
 双子にまで同情されるネギの財布の明日はどっちだ? 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 その頃、麻帆良学園を出た小太郎は、ようやく修行の地、七里乾房に到着していた。
 
「……ここが、七里乾房かいな」
 
 入り口に立て掛けられた“おいでませ七里乾房”の文字に少々やる気を削がれたが、ここが人狼族に代々伝わる修行場である事には変わりはない。
 
「……さてと、あん中入ったらえぇんか?」
 
「今度は、えらく生き急いだ奴が来たもんじゃな……」
 
 聞こえてきた声に構えをとるよりも速くその場を飛び退く。
 
 直後、それまで小太郎が立っていた場所に長大な鉄杖が突き立てられた。
 
「何者や!?」
 
「ほう……、今のを躱わすか」
 
 木の陰から姿を現すのは白髪白髭の老人だ。
 
「さて……、ここに来たという事は修行を所望か? 若いの」
 
 老人が地面に突き立つ鉄杖に手を添える。
 
「……アンタ、何者や?」
 
 しかし、老人は答えない。
 
 鉄杖を引き抜き、小太郎に向け薙払う。
 
 ……速い! ……けど、アーニャや楓の方が速いわ!
 
 しゃがんで回避し、一気に老人との間合いを詰める。
 
 下からすくい上げるような掌底。
 
 しかし老人は、鉄杖を手放し拳を打ち下ろす事で対応してみせた。
 
 ……クッ!? 何や、この爺さん。半端やないパワーやで!
 
 拮抗する拳と掌底。
 
 ともすれば押し返されそうになる腕を足を踏ん張り何とか耐える。
 
 この状態から反撃に出る手段は幾つかある。
 
 相手の攻撃を流し、隙を付いて蹴りで攻撃するという手段もありだ。
 
 ……しかし、小太郎は敢えて力比べを選択した。
 
 ……強ぉなるって、決めて此処に来たんや! そんな逃げるような真似しとれるかい!?
 
 対する老人は、小太郎の気迫に笑みを持って応える。
 
「なるほどの……。良い気迫じゃ」
 
 告げ、拳を引く。
 
 そして転がっていた鉄杖を手に取り、手近な岩の上に腰を下ろす。
 
「さて……、自己紹介がまだじゃったな。
 
 ワシの名は紙透。この七里乾房を管理する爺じゃ」
 
 対する小太郎は紙透と名乗った老人の目から視線を逸らさず、
 
「ほな、話は早いな。
 
 俺に此処の試練、受けさせてんか」
 
 それは言われなくとも分かっていた。何しろここに人が来る理由などそれ以外ではありえないのだから。
 
 故に七里乾房で修行する資格があるかを試す為に、小太郎に戦闘を仕掛けたのだ。
 
「……考え直すつもりは?」
 
「ない!」
 
 即答で答える小太郎。
 
 一度七里乾房に入ってしまえば、死ぬか強くなって出てくるか? の二つしかない。
 
 小太郎ほどの逸材。この歳で死なせるには余りにも惜し過ぎる。
 
「そんなに急がずとも、お主なら普通に研鑽を積んでいけば充分強くなれるじゃろうに……」
 
「そういうわけにもいかんのや! 俺のライバルは恐ろしいくらいの早さで強ぉなってとる。
 
 このまま引き離されるのだけは死んでもごめんや!!」
 
 小太郎の言葉に込められた覚悟を知った紙透は、決して停められないと悟って溜息を吐き出し、
 
「……そのライバルとやらにも、一度会ってみたい気がするのぉ」
 
 老人が道を開ける。その先に続くのは洞窟の入り口だ。
 
「ん……、まぁ大丈夫とは言えんが、大丈夫じゃろ」
 
 こうして、ただ一人の老人に見送られて小太郎は修行の地、七里乾房へと向かった。
 
 
 
 
    
 
 
 
 
 
 洞窟の中は、意外な事に人工的な石造りの建物だった。
 
 薄暗い通路を進み、下りの階段を降りていくと突き当たるのは自分の身の丈三倍以上はあろうかという巨大な扉。
 
 その扉を抜けると適度な広さの部屋に出た。
 
 そこで小太郎の到着を待ちかまえていたのは、小柄な金髪の少女。
 
「何でアンタがここに居んねん?」
 
 不審げに問い掛けた瞬間、エヴァンジェリンの爪によって小太郎は切り裂かれて殺された。
 
 ここ七里乾房は、中に入った瞬間に精神と肉体が入れ替わる。
 
 死んだように見えるのは精神体であるが、痛みや恐怖は間違いなく本物だ。
 
 そこに修験者の最も恐怖する敵が幻影として現れ、何度も何度も殺されるのだ。
 
 しかも質の悪い事に中の敵は、遊び心や油断も無いため、何の感情も疲労も無く襲いかかり続けるのみ。
 
 ただし、精神体は急速な加速状態に入るので格段に力を上げるか? あるいは心身共に喰らい尽くされ命を落とす。
 
「う……、うわぁぁぁあああああああ──ッ!!」
 
 七里乾房に入ってから1時間で、既に数えられない程の死を経験した小太郎は既に発狂寸前だった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 図書館島深部。
 
 アルビレオのアジトの訓練空間内でオリジナル魔法の構築を勉強していたネギは、切りの良い所で一息を吐く。
 
「しかし、これは面白い魔法ですね」
 
 ネギの手元のレポートを覗き見ながら告げるのは、現時点での彼の師匠アルビレオ・イマだ。
 
 対するネギは彼の用意してくれた紅茶を飲みながら、
 
「魔法そのものには何の力も無いけどな。問題は使い手と従者だろ?」
 
「えぇ、それにしても面白い。この魔法、ある意味無限の可能性を秘めていると言っても良いですね」
 
「まぁ、そうだけどもな。……その分、俺は人として最低な部類の人間に近づいていくような気がしてならねぇ」
 
 溜息混じりに告げるネギに、アルビレオは胡散臭い微笑みを浮かべながら、
 
「では男色に走るという如何でしょう?」
 
 取り敢えず全力で魔法をぶっ放した。
 
 しかし、それでもアルビレオには怪我らしい怪我は一つも無い。
 
 その事にはもはや慣れたネギは、小さく溜息を吐き出し、
 
「まぁ、どっちにしろ魔法が完成してからだな。
 
 タカミチ辺りに模擬戦で試してみて、使えるようなら……」
 
 ネギの瞳が怪しく光る。
 
「俺の釣りテクみせてやるよ」
 
「おやおや、それは見物ですねぇ」
 
 アルビレオは、心底楽しそうに、そう答えた。
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