魔法先生……? ネギ魔!
 
 
書いた人:U16
 
第17話(後編)
 
−麻帆良大学工学部・キャンパス中央公園−
 
 迫り来るロボット軍団。
 
「ちょ、ちょっと、どうすんのよ!?」
 
 援軍も無く、体力も既に限界近い。
 
 絶望的な状況に泣き出しそうになる少女達。
 
 しかし、そんな状況下にありながらも、まだ諦めていない者も居る。
 
「皆は下がっといて、……ここはウチが抑えるさかい」
 
 告げ、前に出るのは木乃香だ。
 
 彼女は決意を秘めた眼差しで、懐から大量の符を取り出すと、それを全てバラ撒き、
 
「ほな、行くでー! “百万鬼夜行”!!」
 
 現れ出ずる、文字通り百万の軍勢。
 
 数の暴力で一気に流れを押し戻す。
 
「うわ、凄ッ!? っていうか、こんなの出来るなら最初からやってよ、このか」
 
 半ば恨みがましく告げる柿崎に木乃香からの返答はない。
 
 不審に思い、視線を向けてみると、そこでは苦しそうな表情の木乃香が、脂汗を垂らしながらも懸命に術を制御している所だった。
 
 ……ッ!? 魔力が根刮ぎ持ってかれる。
 
 エヴァンジェリンの宝物庫から借りてきたのはいいが、制御が半端ではなく難しい。
 
 ハッキリ言って、これはエヴァンジェリンや刹那達のような人外用に制作された物で、常人では制御出来るような物ではないのだ。
 
 一瞬、気を失いそうになるが、己の唇を強く噛んで正気を取り戻す。
 
 流れ出る血を服の裾で拭いながら、
 
 ……アカン! ウチが気ィ失のうたら、式神達が消えてまう!
 
 その鬼気迫る表情に、チア部のメンバー達は声を掛ける事すら躊躇ってしまう。
 
 その時だ、背後から聞こえてくる瓦礫の崩れる音に、チア部の少女達は慌てて身体を寄せ合い警戒を露わにする。
 
 だが、そこに居たのは敵ではなく、傷だらけになった翼竜とその背に乗る夕映の姿。
 
「ゆえっち! 無事だったの!?」
 
 否、無事とは言い難い。
 
 むしろ満身創痍と言っても過言でもない状態だ。
 
 それでも夕映は立ち上がる。
 
「もう良いよ! 別にネギ先生が居なくなったっていいじゃない!
 
 こんな酷い目に合わされてまで引き留める価値なんて無いでしょ!?」
 
 必死に夕映を抑えようとする柿崎だが、それは夕映の一言で止められてしまう。
 
「……いいえ、それは大きな間違いです柿崎さん」
 
 夕映につられるように、ウィーペラも瓦礫の中から身体を起こす。
 
「……ネギ先生の言う通り、実際に受けてみて分かりました」
 
 満身創痍であるにも関わらず、夕映の顔は笑っている。
 
 ネギの事だ。最後の置き土産のつもりだったのだろうが、夕映にしてみれば、これで終わりにするつもりは更々無い。
 
「……砲撃魔法のコツというものが」
 
 視線は鬼神へ、
 
「リリカル・マジカル……」
 
 意思はある。気力も充実している。
 
 ……だが、体力がついていかず、膝を折ってしまう。
 
 そしてそれは、それまでロボット軍団を抑えていた木乃香も同様だ。
 
 集中力の途切れと共に動きの鈍くなった式神達の隙を付き、ロボット軍団が怒濤の勢いで一気に押し寄せる。
 
 ……だが、田中や茶々丸(妹)達が木乃香の元まで辿り着く事は無かった。
 
 ──理由?
 
 簡単な事だ。
 
 木乃香には、彼女を守護する侍が付いている。
 
 彼女が、主人の危機に現れない筈が無い。
 
 閃く白刃が、次々とロボット軍団を駆逐していく。
 
 背の翼を振るい、加速し、勢いそのままに敵を両断。
 
 または、背の翼を利用して、加速し過ぎた速度を急激に減速し、敵の予測を大きく外す。
 
 幾多の実戦を潜り抜けてきた翼持つ侍。
 
 桜咲・刹那、──復活。
 
「……せっちゃん」
 
 刹那の姿を見て、気が弛んだのか? 木乃香の身体が頽れる。
 
「お嬢様!」
 
 即座に駆け寄り、木乃香の身体を抱き留める刹那。
 
 荒い呼吸を繰り返しながらも、木乃香は懸命に笑顔を浮かべて、
 
「大丈夫や……。それより、せっちゃん……」
 
 一息、
 
「頑張って……」
 
「はい……!」
 
 木乃香の応援に、刹那は力強く頷き愛刀“夕凪”を手に敵の集団へと駆けていく。
 
 その背後で、柿崎の肩を借りて立ち上がるのは夕映だ。
 
「リリカル・マジカル! 暗き闇より我出でし、喰らい網干し彼消えゆ。やがて芽を吹く葦あしのよう、やがて目を剥むく鷲のよう。つまるところの凍いてん道、くるまる心の気転なり……“魔力鋭化”」
 
 それは、自らの身体に施す補助呪文。
 
 詠唱や魔力解放の効率を高める為に使用される魔法だ。
 
 そして、夕映が鬼神に向けてかざしたのはミニ八卦炉。
 
 ……失敗を恐れず、自らの全てをこの一撃に注ぎ込むです!
 
 それこそが、ネギが痛みと共に彼女に教えてくれた砲撃魔法の極意。
 
「刹那さん!」
 
 夕映からの叫びを受け、刹那が射線を開ける。
 
 魔力良し! 射線の安全確認! ……後、彼女に必要なものは、
 
 ……覚悟です!
 
 そう、心の何処かで躊躇ってきたものを、今ここに解放した。
 
 夕映の意思を汲み、ミニ八卦炉が最後の封印を解き、その形状を展開させる。
 
 これを使ってしまえば、もう後へは引けない。
 
 ……上等です! なってやろうではないですか! ──魔砲少女とやらに!!
 
 その為に必要な覚悟を、漢字4文字で表すと、
 
「全・力・全・壊! ──“ファイナル・マスター・スパークッ!!”」
 
 それは正に魔砲と呼ばれるに相応しい破壊力を秘めた一撃。
 
 進路上のロボット軍団を呑み込み、極太の光条は一直線に鬼神へと向かう。
 
 対する鬼神も見ているだけではない。
 
 迎撃の為のレーザーを放つ。
 
 しかしそれは、夕映の魔砲と衝突し、拮抗する事すらなく押し切られ、一気に上半身を消滅させられた。
 
 麻帆良大学工学部・キャンパス中央公園。──綾瀬・夕映、鬼神撃破。
 
 
      
 
 
 
 
 
 
 
 一方その頃、図書館では、
 
「……見つけた!」
 
 偵察機を飛ばし、行方を眩ましたネギを追っていた朝倉が、遂にネギの所在を突き止めた。
 
 場所は上空の飛行船。
 
 見れば、既に儀式魔法が始まっている様子だ。
 
 朝倉は慌てて手元の受話器(紙コップ)を手に取り、
 
「ネギ先生発見! 上空4000m。飛行船の上!!」
 
 全回線へオープンチャンネルで叫ぶ。
 
 だが、そこへ行ける人材が存在しない。
 
 6カ所の拠点、全てで現在も戦闘は続行中だ。
 
 唯一、鬼神を殲滅している麻帆良大学工学部・キャンパス中央公園においても、未だ残存兵力との戦闘が行われていて、手が放せない。
 
 ……しかし、そんな中、朝倉の元へ返信してくる声があった。
 
『──了解しました。では、当初の予定通りアーニャさんと神楽坂さんに向かっていただきます』
 
 声の主は、フィアテル・アム・ゼー広場の守護に回っていた高音のものだった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
−フィアテル・アム・ゼー広場−
 
 立っているのが精一杯とも言える程、満身創痍の高音がそう宣言し通話を終了する。
 
 一撃で意識を失った為、比較的軽傷ですんだ明日菜が、そんな高音に抗議しようと一歩踏み出すが、それは背後から伸びたアーニャの手によって押しとどめられる。
 
「……やれるの? 高音」
 
 僅かに心配を含んだ声色に対し、高音は絶対の自信を持って答える。
 
「えぇ、今なら確信出来ますわ。
 
 ……操影術を行使する私にとって、この程度の相手、ただの雑魚に過ぎないと」
 
 ──それはネギが教えてくれた事だ。
 
「操影術の可能性。お見せ出来ないのが残念でなりませんわ──」
 
 それを聞くと、アーニャは力強く頷き、未だ渋る明日菜の襟首を掴んで高音から引き離すと、
 
「じゃあ、後はよろしくね」
 
 告げ、左手を明日菜の腰に回してホールドすると、足下の様子を確かめる。
 
「ど、どうするの!?」
 
 嫌な予感がしたので、一応アーニャに問い掛けてみる。
 
「空中戦力も有るって言ってたからね。迎撃が入るよりも速く飛行船に到着する!」
 
 ちなみにアーニャとしては、迎撃どころかネギ達が察知するよりも速く辿り着き奇襲を仕掛けるつもりだ。
 
 アーニャは足下をシッカリと踏みしめると、
 
「……“G−3rd”!!」
 
 言葉と共に、その場から姿を消した。
 
 そして残されたのは高音と未だに気絶した振りを続けるネカネのみ。……否、
 
「……お姉さま!!」
 
 援軍の申し入れに行った愛衣が帰ってきたのだ。
 
 高音の横に並び立つ愛衣。
 
「……お姉さま」
 
 彼女の傷を見て、気遣わしげに声を掛けるが、高音は心配無用と愛衣を制する。
 
 迫り来るは中型の多脚兵器と田中の混成軍。
 
 対する高音は余裕の笑みを浮かべて腕を一振りする。
 
 すると、彼女の足下の影が伸び幅広の帯となってロボ軍団を打ち据えた。
 
「……なるほど」
 
 効果の程を確かめ、深く頷く。
 
 続いて影が伸び、田中の集団を数体一気に呑み込む。
 
 高音の影が田中の影を掴み、投げ飛ばす。
 
「なるほど……!」
 
 一つ一つ、術を確かめるように行使しつつ、敵を駆逐していく高音。
 
 その顔にあるのは笑みだ。
 
 ネギの実演によって開花された彼女の新たな才能。
 
 その実力の前に、田中達は成す術を持たない。
 
 そして、あらかたの田中達を屠った高音は、鬼神と対峙する。
 
 先程まで感じていた筈の威圧感は一切感じられない。
 
 鬼神の口に光りが溜まり、それを高音に放とうとするが、それよりも速く高音の影が伸び鬼神の身体を雁字搦めに拘束する。
 
 それはあたかも巨大な黒い手が、鬼神の身体を握り潰そうとしているようにも見えた。
 
「……お姉さま」
 
 ある種の畏怖が籠もった視線を高音に投げかける愛衣。
 
 その視線に気付かず、高音は未だ気絶した振りを続けるネカネに視線を向け、小さく一礼する。
 
 ……ネカネ様は気付いておられたのですね。
 
 ネカネ自身が出張らなくとも、この程度の敵、高音の敵ではないと。
 
 自分の可能性を引き出してくれたネギ、高音の可能性を信じてくれたネカネ。
 
 ……まあ実際の所、それは高音の買い被りであり、ネカネとしてはそんなつもりは毛頭無い。
 
 スプリングフィールド姉弟に対し、感謝の念を抱きつつ、高音は鬼神を握り潰した。
 
 フィアテル・アム・ゼー広場。──高音・D・グッドマン、鬼神掃討。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
−麻帆良国際大学附属高等学校−
 
 瓦礫から這い出す小柄な人影がある。
 
 全身血塗れのその姿は、しかし目に見える速度で傷が回復していく。
 
 金髪の少女は凄惨な笑みを浮かべると、
 
「クックックッ……、なかなか面白い真似をしてくれるじゃないか、ぼーや!!」
 
 心底面白がっていた。
 
 これまで、このようなバカげた攻撃で彼女に手傷を負わせた者など一人も居はしない。
 
「ケケケ、怒リ狂ッテルナ御主人」
 
 そう言ってからかうチャチャゼロに対し、エヴァンジェリンは刺すような視線を向けると、
 
「私が怒り狂っている? バカを言うなチャチャゼロ。私は充分冷静だ。取り敢えず、ぼーやの血を一滴残らず飲み干してやりたいと思う程度には!」
 
 ともあれ、その為には邪魔な者が存在する。
 
 魔力溜まりに向かおうとする鬼神がエヴァンジェリンの前を通過しようとしていた。
 
 目障りだ、とばかりに左手に宿した氷の爪を一閃。
 
 それだけで、鬼神の上半身が消し飛んだ。
 
 麻帆良国際大学附属高等学校。──エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル、鬼神駆逐。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
−世界樹前広場−
 
 カーテンを引き千切り、身体の要所だけを隠した悩ましげな姿の亜子が瓦礫の中から必死に裕奈の魔法銃を探している。
 
 彼女の手は既に瓦礫で切れ血塗れになっているというのにも関わらず、彼女は瓦礫を退ける手を止めようとしない。
 
 否、それ以前に己の血を見てもトラウマが発動していないのだ。
 
 ──正確には、完全にトラウマを克服したわけではない。ただネギを停める事に必死で血のことを忘れているだけだ。
 
 背後から押し迫る田中達の軍勢。
 
 今は、必死にアキラ裕奈が撹乱しているが、抜かれるのも時間の問題だろう。
 
「いそがな……!」
 
 そんな時、裕奈の隙をついて抜け出た田中の一体が亜子に向かって襲いかかる。
 
「ッ!? 亜子、逃げてッ!!」
 
 共に瓦礫を退けていたまき絵が田中の接近に気づき、叫び声を挙げる。
 
 その声に反応し、振り向いた時には既に田中は亜子の眼前にまで迫っていた。
 
 おもわず膠着する亜子の背中に、背後から声が投げ掛けられた。
 
「伏せなさい、和泉君」
 
 声に後押しされるように伏せた亜子の頭上を光条が通り過ぎ、その進路上にいた田中を粉砕した。
 
「……え?」
 
 それを成した声の主は、亜子や、その友達。……中でも愛娘の無事を確認して安堵の吐息を吐き出す。
 
「……良かった。無事なようだな」
 
「……お父さん?」
 
 突如登場した父親に、思わず裕奈が飛びつくが、それもすぐに背後から掛けられた声によって自制させられる。
 
「……父娘仲が良いのは、良く分かりましたから、今は少し自粛してくださいな」
 
 そう告げるのは、学園都市で魔法使い相手にアイテムを売って生計を立てる錬金術師のマルローネだ。
 
 愛衣の要請により、学園長が寄越した援軍がこの二人だった。
 
 というか、もうこれ以上は戦力が割けない程に切羽詰まっているのが現状だ。
 
 彼女は愛用の杖を左手に、右手に爆弾を持って、少女達の格好からおおよその見当をつけ、彼女達の武器が飛ばされたであろう箇所に爆弾を投げ込む。
 
 直後、まき起こる爆発が瓦礫を吹き飛ばす。
 
「ちょッ!? なに!」
 
 驚きの声を挙げるまき絵だが、彼女の視線が追った先、瓦礫が吹き飛ばされた場所に散乱するのは、彼女達が使用していた武器や服があった。
 
「……あんな爆発に巻き込まれて武器とか、ちゃんと使えるの?」
 
 不安げに問い掛ける裕奈に対し、マリーは視線を鬼神に向け、裕奈と視線を会わさないまま、
 
「大丈夫よ。……私の作った武器を信じなさいって」
 
 ……実は、そこまで考えてなかったので、密かに冷や汗を流していた。
 
「いや、マリーさんが作った武器って、私の魔法銃だけで他のはエヴァちゃんに貰った物ばかりなんだけど……」
 
 ついでに言うと、服はただのコスプレ衣装だ。
 
 そんな物が爆発に耐えられる筈もなく、服の各所に大きな穴が空き、とても衣装としては機能しない物となっていた。    
 
「それよりもほら、今はアレを何とかしないと!!」
 
 マリーの指さす先、そこに居るのは今にも魔力溜まりに侵攻しようとしている鬼神の姿があった。
 
「裕奈!」
 
 亜子が拾い上げた魔法銃と弾丸を裕奈に投げ渡す。
 
 それを受け取った裕奈は、素早く弾丸を確認。
 
 それに封入された魔法を見て勝利を確信する。
 
 ……何で、こんな詠唱の長い魔法を引き金引くだけで、使えるんだよ。──納得いかねぇ!
 
 と、ネギが文句を言いながらも封入していたのを思い出す。
 
 裕奈は弾丸を装填すると、鬼神に照準を合わせ、
 
「……“双面の護り”!!」
 
 魔法名と共に、引き金を引き絞る。
 
 銃口から放たれるのは緑色をした二枚の円盤だ。
 
 それらが無限ともいえる数の幻影を生み出しつつ、あらゆる死角から標的を自動攻撃する。
 
 鬱陶しげに腕を振るうも、それは幻影。円盤を掴み取る事も出来ず、逆に伸ばした腕を膾切りにされる。
 
 結局、鬼神は反撃らしい反撃も出来ないまま、切り刻まれて活動を停止させられた。 
 
 世界樹前広場。──明石・裕奈、鬼神殲滅。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
−女子普通科付属礼拝堂−
 
「……うっ」
 
 重い瞼を何とか押し上げ、千草が目にしたのは、まるで一直線の焦土となった学園の姿。
 
「なんや、コレは!?」
 
 幸い、自分は余波を喰らっただけなので、致命傷というべき傷はないようであるが、それでも持っていた耐火の呪符は全て焼失し、身体中のそこかしこから悲鳴が上がっていた。
 
 そんな中、千草の足下の地面が突然隆起し、地面から小太郎が姿を現した。
 
 全身泥まみれ、身体中には火傷や擦過傷が無数にある小太郎は、それでも戦意を喪失させる事なく、眼前にせまる鬼神を見上げ、
 
「ようもやってくれたわ、あの陰険眼鏡!!」
 
 まるで、鬼神がネギの代理とでもいうかのように、殺意を込めて睨み付ける。
 
「死にさらせや、デカブツ!!」
 
 鬨の声を挙げ、一人鬼神に向けて吶喊していく小太郎。
 
 そんな彼の前に立ちふさがるのは、田中を始めとしたロボ軍団。
 
「邪魔やボケッ!!」
 
 一歩を強く踏み込み、右手で虚空を薙払う。
 
 ──刃拳!
 
 真空の刃が飛び、数体の田中を纏めて両断する。
 
 そのまま疾走を弛める事なく上空に跳び上がり、着地地点にいた多脚兵器に向け、跳び蹴りを敢行。
 
 蹴りの威力を受け止めきれなかった多脚兵器は、そのまま6本の足を砕かれ大破。
 
 小太郎はそのまま疾走を再開。
 
 迷うことなく、一直線に鬼神を目指す。
 
 そんな彼の元に、背後から声が届く。
 
「後2歩、左に寄りたまえ」
 
 声に導かれるように左に身体を寄せた小太郎の背後から、砲撃のような拳圧が通過し、鬼神までの道を開いてくれた。
 
 このような真似が出来る人物は小太郎の知る限り3人しか居ない。
 
 小太郎は振り返る事なく、ヘルマンの切り開いてくれた道を行く。
 
 ……ちなみに、そのヘルマンはスライム’sがネギの魔法の直撃を受ける寸前に転移させてくれたお陰で、全くの無傷だったりする。
 
「いやいや、若いとは良いねぇ……」
 
「つーか、無傷やったら、手伝どうたりや」
 
 そう指摘する千草だが、彼女自身も手伝うつもりは更々無い。
 
 そんな彼女達が見守る中、遂に鬼神の元まで辿り着いた小太郎は、その巨体を一気に駆け上がり、鬼神の頭部に向けて拳を叩き込む。
 
 僅かにぐらつくが、その程度では鬼神は倒せはしない。
 
 腕を振るい、鬱陶しげに小太郎を振り払おうとする鬼神。
 
 対する小太郎は、鬼神の腕をジャンプして回避し、そのまま腕を蹴って一気に懐まで入り込む。
 
「……くたばれや」
 
 右手の五指に力を込める。
 
 ──犬上流・絶命技・空牙・改!!
 
 相手に密着した状態から、5本の指より真空波を放ち、相手を絶命させる。
 
 その威力は、余波で空に5つの飛行機雲のような爪痕を残すほどだ。
 
 如何に驚異の生命力を有する鬼神といえど、致命傷は避けられない。
 
 背中から倒れ伏す鬼神。
 
 女子普通科付属礼拝堂。──犬上・小太郎、鬼神討伐。 
 
   
 
 
 
 
 
 
 
 
−龍宮神社・神門−
 
 押し寄せる大群に対し、一人奮戦をみせる古菲。
 
 しかし、流石に相手の数が多すぎる。
 
 徐々に体力を消耗し、技の切れも落ちてきているのが目に見えて分かる程だ。
 
 しかも、この田中の軍団を切り抜けたとしても、古菲にはあの鬼神を倒す為の決定力が無い。
 
「あー……、もう!! 何で皆、そんなにマジになってんのかなぁ!?」
 
 そんな状況の中、古菲からハルナを渡された美空は見るに見かねてハルナをココネに託し、参戦を決意する。
 
「とはいえ、私が加わった程度で、どうこう出来るとは思わないんだけどねー」
 
 半ばヤケクソ気味に呟きつつ、手にした十字架を古菲の背後から攻撃を仕掛けようとしていた田中に向かって投擲。
 
 しかし、威力が足りず、僅かに攻撃を停めるに留まる。
 
 だが、それで背後の敵に対処する余裕を得た古菲が、拳の一撃でこれを撃破。
 
「謝謝、ミソラ」
 
 短く美空に礼を述べて、再度乱戦の中へ飛び込んでいく。
 
 それを追おうとする美空だが、今度は彼女が田中に取り囲まれる。
 
「ぎゃぁ──!! こんな事なら、真面目に修行しておけば良かったぁ!?」
 
 美空の悲鳴に答えるように、田中の群が一斉に彼女に襲いかかる。
 
「……後悔するくらいなら、常日頃から真面目に修行してなさい」
 
 声と同時に飛来する無数の十字架が田中達に突き立つ。
 
 一拍の後、爆発。……そして田中の代わりに美空の眼前に立つのはシスター・シャークティだ。
 
 声を掛けようとした美空が息を呑む。
 
 シャークティの身に着けている修道服、そして彼女自身。共にボロボロの状態だった。
 
「……シスター・シャークティ、その怪我は」
 
 心配して問い掛ける美空。対するシスター・シャークティは小さな溜息を落とし、
 
「心配いりません。……少し、転んだだけです」
 
「いや、転んだって……」
 
 どう見ても、それは魔法によって付けられた傷の筈だ。
 
「良いですか? ミソラ。この怪我は私がドジって転んだだけです。
 
 それ以上でも、それ以下でもありません」
 
 聞かれてもいないのに力説するシャークティ。
 
 タカミチからネギの事情を聞いた魔法先生達は一様に頷き、今回の件は有耶無耶にする事で同意してくれた。
 
 ……自ら悪役になる事で、全ての罪を肩代わりしようなど、正気の沙汰ではないですが、生徒の為、という事でしたら今回だけは見逃しましょう。……後で説教は聞いてもらいますが。
 
 彼女の視線の先では、戦線復帰した魔法先生や生徒達が田中や多脚兵器を掃討していた。
 
 否、この場だけではない。麻帆良大学工学部・キャンパス中央公園で、世界樹前広場で、フィアテル・アム・ゼー広場で、女子普通科付属礼拝堂で、麻帆良国際大学附属高等学校で、魔法使い達の反撃が始まっていた。
 
「……でも、どうやって? 念話や携帯電話なんかもジャミングされてるはずじゃあ」
 
「それなら、あなた達の使っていた糸電話を使用させてもらいました」
 
 オマケに近くにはエヴァンジェリンが居たのだ。糸を追加させる事程度造作も無い。
 
 ……もっとも、怒り狂う彼女に、そのような雑事を頼むのは正に命懸けだったが。
 
 良く高畑先生は平然とやってのけるものだ。と、その場にいた魔法先生達は一同に感心した。
 
 納得し、美空は視線を鬼神へと向ける。
 
 そこでは超・鈴音が鬼神と対峙しており、美空は驚きに目を見開く。
 
「……へ? 何で、超りんが私達に味方してくれてるんッスか?」
 
「……既に、彼女の計画は破綻しています。自らの手でケジメをつけるのが、彼女の矜持なのでしょう。
 
 ──それに、自らが恨まれ罪を背負う覚悟はあっても、他人に自分の罪を背負わせて、なお平然としていられる程、彼女は堕ちていないという事です」
 
 シャークティの話に聞き入っていた美空が、再度、超に視線を向けた時、彼女は呪文の詠唱を終えようとしていた。
 
「──ほとばしれよ、ソドムを焼きし火と硫黄。罪ありし者を死の塵に!!」
 
 ……これで、我が2年に渡る悲願も終了ネ。
 
 失敗の原因は、ネギを味方に引き込んだ事か? それとも、彼を思い通りに操れると思ってしまった事か?
 
 ……まあ、流石は私のご先祖様と言った所カ。
 
 自分の計画は失敗に終わった。……だが、彼になら未来を託す事が出来る。
 
 勿論、このような強引な方法での未来改変では無い。
 
 現在に生きる者として、より良い未来を作ってもらう為に……。
 
 ……この計画は、私の手で潰しておくべきネ。
 
 そう決意すると、全身をいさなむ激痛でさえ、今だけは心地よいものに思える。
 
 ……私の身勝手で復活させておいて何だが、現在を生きる者達の為に、申し訳無いが再度封印させてもらうヨ!
 
「──“燃える天空”!!」
 
 凄まじい爆発力を秘めた魔法が、鬼神を一気に呑み込み一瞬で消滅させた。
 
 龍宮神社・神門。──超・鈴音、鬼神焼滅。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
−電子世界−
 
 その頃、電子世界では茶々丸と千雨の間で、凄まじい情報戦の応酬が繰り広げられていた。
 
 攻撃を仕掛けつつ、乗っ取った学園のシステムを維持し続け、なおかつ千雨の介入を防ぐ茶々丸。
 
 対する千雨は、茶々丸からの攻撃を防御しつつ、学園のシステムに介入し、なおかつそれを奪い取る為のプログラムを作成していく。
 
 如何に電子精霊を有しているといっても、電子世界の申し子との言える茶々丸を相手にここまで渡り合えるとは……。
 
 ……何でしょう? この感覚は。
 
 茶々丸が、自らの感情に違和感を覚える。
 
 自分と電子戦で互角に戦える相手を前にして、知らず知らずの内に彼女の顔に笑みが浮かぶ。
 
 とはいえ、何時までもこの状態を続けるわけにはいかないのだ。
 
 現在、茶々丸が受けている命令は二つ。
 
 一つは、超から受けた命令。学園結界を落とし計画の完了まで維持し続ける事。
 
 もう一つは、ネギから受けた命令。ウィル子が千雨に取り憑く隙を作る事。
 
 茶々丸との攻防に集中している今が絶好の好機だというのに、未だウィル子が動き出す様子はみられない。
 
 ……何をしているのでしょう?
 
 茶々丸がそう思った時だ。
 
 千雨の背後の空間が解れ、そこからウィル子が姿を現した。
 
「何ッ!?」
 
 本来の出入り口とはまるで違う場所から突如現れたウィル子に驚き、目を見開く千雨。
 
 その隙を逃さず、茶々丸の拘束プログラムが千雨の身体の自由を奪う。
 
「しまった!?」
 
 歯噛みするが遅い。
 
 千雨の眼前では、ウィル子が両手を合わせ、神妙な表情で、
 
「いただきます」
 
「待てぇ──!」
 
 食われる。
 
 そう思った千雨は目を閉じる。
 
 ……が、そんな千雨の予想とは違い、ウィル子は千雨の身体に手を伸ばすと、彼女の情報を読み取り始めた。
 
「な、何を……」
 
「にははははは、登録完了ですよー!」
 
 途端に、千雨の身体に悪寒が走る。
 
 それはまるで、風邪にでも見舞われたかのような症状。
 
 最悪のコンディション。
 
 こんな状態では、とてもではないが、茶々丸を抜いて学園システムの復旧など出来はしない。
 
「死んだりするような事はないので、安心してもらって良いですよー♪」
 
 ……安心出来るか!
 
 毒づき、千雨は一旦、意識を失った。
 
   
 
 
 
 
 
 
 
 
−麻帆良学園上空・飛行船−
 
 ネギが探知するよりも速く、明日菜を連れた状態で飛行船にまで辿り着いたアーニャは、そのまま明日菜を飛行船の上に放り投げると、躊躇無くネギへ攻撃を仕掛ける。
 
 奇襲は完全に成功したと思われた瞬間、ネギの姿が消えタイムラグ無しにアーニャの背後に現れた。
 
「そう来ると思ってたよ──」
 
 冷静に告げ、アーニャに向けて魔法の射手を放つも、今度はアーニャの姿がネギの眼前から掻き消える。
 
 そしてネギと同じようにアーニャもタイムラグ無しで、ネギの背後に姿を現し、そのまま光刃の宿った杖を振り抜く。
 
 明日菜が知覚出来たのは、そこまでだった。
 
 そこから先は、1秒にも満たない時間の中で雌雄が決する事となる。
 
 擬似的に停止された時間の中、一組の男女が接敵し、攻撃を交わし、離れ、魔弾を放ち、また接近して杖を交える。
 
 ……クソ! 疑似時間停止中は、詠唱唱えてる余裕がねぇ! 
 
 使えるのは、精々が無詠唱の魔法の射手くらい。
 
 しかも、数は3つが限界。
 
 それ以上は、集中力が追い付かず、疑似時間停止が解けてしまう。
 
 更には疑似時間停止中には絶対回避も使えないという弱点もある。
 
 対するアーニャにしても、余裕があるわけではない。
 
 短時間、……それも1秒未満の短い時間であっても、G−Hi・Topは彼女の身体に大きな負担を掛けるというのに、このような長時間の使用は、間違いなく彼女の身体に障害を残すだろう。
 
 それでもアーニャは、戦う事を止めない。
 
 ……本来、アーニャにはネギと戦うべき理由というものが存在しない。
 
 別に、この学園に在学する事に特別な拘りとかは無いし、ネギが学園を出ていくと言うのであれば、それに付いて行けば良いだけの話だ。
 
 同じ男に惚れた女として、高音の想いに感化されて味方したというのが有るが、それとて本心ではなく、どちらかと言うと口実のようなものだ。
 
 では何故、戦うのか?
 
 ──それは証明の為だ。
 
 自分こそが、彼の傍らに立つに相応しい女性である事の……。
 
 ……私は、自分から告白したりなんかしない! 絶対にネギの方から私に好きだって言わせてみせるんだから!!
 
 ──以前、告白しようとして、小太郎に邪魔された事は、今となってはそれで良かったと思っている。
 
 まぁ、未だに小太郎を見ると襲いかかるのは、純粋に自分とネギとの時間を邪魔する小太郎がキライなだけだ。
 
 ともあれ、ネギとアーニャの攻防は、一進一退のまま意外な形で決着する事となる。
 
 もはや、目も殆ど見えず、耳は何も聞こえず、手には杖を握っている感覚もなければ身体がイメージ通りに動いているのかもすらあやふやなアーニャが放った一撃が、見当違いの場所に飛ぶ。
 
 そしてそれはネギにとっても予想外であったらしく、彼女の行動パターンから予測回避していたネギの持つ航時機を的確に射抜いてみせた。
 
 砕け散るカシオペア。同時、アーニャも限界を超えていたらしく、そのまま喀血して崩れ落ちた。
 
 慌ててアーニャの身体を抱き留めるネギ。
 
「っの、バカ野郎が! 死ぬつもりか、手前ぇは!!」
 
 だが、その声もアーニャには届かない。
 
 その代わりに彼女は極上の笑みをネギに見せ、小さく唇を動かす。
 
「…………」
 
 その言葉は何と言ったのかは分からない。
 
 だからネギは、アーニャの身体をそっと横たえ、
 
「後で説教くれてやる。そこで大人しくしてろ」
 
 そう告げ、明日菜と対峙する。
 
 しかし、最後の一人である明日菜は、ネギと視線が合っただけで、後ずさってしまう。
 
「ちょ、ちょっと! アンタまだ戦う気なの!? そんな事より、早くアーニャさん病院に連れてかないと!」
 
 対するネギは、冷めた視線を明日菜に向けて、
 
「本気でそんな事言ってんのか? お前は」
 
「……え?」
 
 ネギの言っている事の意味が分からず、思わず問い返してしまう明日菜。
 
「アーニャが命懸けで作ったチャンスを、お前はみすみす不意にしようっていうのか?」
 
 言葉と共に放たれたのは、蹴りだ。
 
 “加速の羽根”を使用し、一瞬で距離を詰めたネギの蹴りが、明日菜の腹に命中する。
 
 本来ならば、女性に向けて決して放ってはならない場所への蹴りであるが、ネギからは一切の躊躇いは感じられない。
 
 耐えきれず、胃の中の物を吐き出す明日菜。
 
 しかし、それでもネギは攻撃の手を緩めようとはしない。
 
「……そんなに、アーニャの事が心配なら、とっとと倒れちまえ。
 
 その後で、俺がアーニャの怪我の治療をしてやる」
 
 告げると同時、世界樹を中心とした6カ所の魔力溜まりから光りの柱が立ち上る。
 
「……始まったか」
 
「そ、そんな……、駄目だったの?」
 
 諦めかけた明日菜に向けて、ネギから真実が告げられる。
 
「いーや、6カ所の拠点防衛は全て成功してる。……ただ、お前等には報せて無かったけどな。
 
 ──鬼神を倒すだけじゃ、儀式魔法は停められねぇ」
 
 増幅器として必要なのは、鬼神本体ではなく鬼神の霊核。
 
 例え肉体が滅ぼされようとも、霊核を封印処理されてさえいなければ、儀式魔法の続行は可能だ。
 
 現に京都のリョウメンスクナノカミも、肉体を完全に破壊されてなお封印処理を必要としていた。
 
「儀式魔法を停めて、アーニャを病院に連れて行きたきゃ、俺を倒す事だ。
 
 そうすれば、俺に脅迫されて無理矢理協力させられている葉加瀬はすぐにでも詠唱を止めるだろうし、アーニャも医者に診て貰える。
 
 ……もっとも、出来ればの話だがな」
 
 傲慢とも言える態度で告げ、構えをとる。
 
 右腕を天に、左腕を地に、そして僅かに腰を落として重心を固定。
 
「特殊術式“夜に咲く花”リミット30。
 
 無詠唱用発動鍵設定キーワード“鳳凰の皇”。
 
 ……ラス・テル・マ・スキル・マギステル。
 
 火の精霊達よ、数多の魂を宿りし不滅の存在、永遠を生きる神の化身と化せ。
 
 ……“焔の霊鳥”
 
 術式封印」
 
 しかし、魔法は発動せず、何も起こらない。
 
 その事に、明日菜は眉を顰めて怪訝な表情を見せるが、それも一瞬。
 
 時間が無い事を思い、生来の思い切りの良さもあって、ネギに向かって吶喊した。
 
「だぁああああ!!」
 
 振り下ろされる大剣に対し、ネギは左腕を跳ね上げ刀身を弾くと、間髪入れずに右手の手刀を切り下ろし大剣を両断。
 
 ──そして、
 
「“鳳凰の皇”──解放!!」
 
 炎の鳳が飛ぶ。
 
 本来ならば、そのまま明日菜を呑み込んで爆発する所だが、彼女の持つ特異体質、魔法完全無効化を考慮して、直撃させず、敢えて直前で爆発させる。
 
 その余波で吹き飛ばされる明日菜。
 
 意識は有るようだが、もはや立つ事も出来ないだろう。
 
「諦めろ。お前じゃ俺には勝てねえよ。……何しろ、戦う為の覚悟が違う」
 
 ……覚悟?
 
 確かに、ネギの言うとおり、明日菜にはネギや超のように命を懸けてまで戦う理由が存在しない。
 
 修学旅行からこっち。色々な戦闘に巻き込まれてきたが、それらは全て自分から望んだものではなかった。
 
 ……何で私、戦ってるんだろう?
 
 最初は木乃香を助ける為だった筈だ。
 
 ……でも今は、私が居なくても刹那さんが木乃香を護ってくれるし。
 
 それ以外の理由を考えてみるが、どうにも思い出せない。
 
 思い出せないのも当然だ。──何しろ、彼女には戦う為の理由が無いのだから。
 
「……カッコ悪いわね、私」
 
 自虐的に呟き、しかし、それでも立ち上がる。
 
「でもね……、私に無くても他の皆がアンタと別れたくないって思って、必死に戦ってる!
 
 そんな皆の想いを無駄に出来るわけないでしょうが!」
 
 叫び、拳を構える明日菜。
 
 対するネギも腰を落とし、拳を引く。
 
「お前の背負ってる想いと、俺の覚悟。
 
 どっちが強いのか? 試してみようじゃねえか」
 
 一息、
 
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル──」
 
 詠唱を始めるネギに向け、明日菜が突っ込んで行く。
 
「だぁあああ!!」
 
「偉大なる青にして青の王! 純粋の炎ゆえに青く輝く最強の伝説! 全ての力を従えし万物の調停者の御名において、青にして空色の我は万古の契約の履行を要請する!」
 
 繰り出される跳び蹴りを、サイドステップで回避。
 
 本来ならば、障壁で受け止めるのだが、明日菜が相手では障壁は役に立たないのは既に実証済みだ。
 
 そして、そのまま詠唱を続行。
 
「我は王の悲しみを和らげるために鍛えられし一降りの剣! ただの人より現れて、歌を教えられし一人の魔法使い!」
 
 連続で放たれる拳を躱わす。……躱わす。躱わす……。──躱わす。躱わす──!
 
 拳の連撃は全て囮。──明日菜の本命は別にある。 
 
「我は招聘する精霊の力! 我は号する天空を砕く人の拳! ──我が拳は天の涙! 我が拳は天の悲しみ! 勅命によりて我は力の代行者として魔術を使役する!!」
 
 バックステップで距離をとったネギに対し、明日菜も彼と同じ様に腰を落として拳を引く。
 
「咸卦法・参式・“圧”!!」
 
「──“精霊の御手”!!」 
 
 咸卦の気が集約された明日菜の拳と、精霊の力が宿った青い輝きを放つネギの拳が激突。
 
「だぁあああああああ!!」
 
「おおおおぉぉぉぉぉ!!」
 
 拮抗する二人の拳を中心に、空間がたわむ。
 
 ……もう、ちょっとぉ!
 
 徐々にではあるが、明日菜の拳が押し始める。
 
 しかし、明日菜の攻勢は、そこまでだった。
 
「──“戦いの歌”ッ!!」
 
 ネギが力任せに反撃を開始する。
 
 力の行使に耐えきれず、皮膚が裂け、ネギの拳から血が噴き出すも、彼はそんな事には頓着せずに、更に拳を前に押し進め、
 
「これが俺の覚悟だ……!」
 
 ネギの拳から放たれる青い光に、明日菜の身体が呑み込まれた。
 
 
 
 
 
   
 
 
 
 
 ……私、負けちゃった?
 
 もう身体の何処が痛いのかさえ分からない。
 
 ……皆の想い。ネギに届けられなかった。
 
 悔しさに明日菜の頬を涙が伝う。
 
 ……ゴメンね、皆。
 
『それで良いの?』
 
 聞き覚えのある声。
 
『アナタは、本当にそれで良いの?』
 
 ……誰?
 
 聞き覚えはあるのだが、それが誰なのか思い出せない。
 
『アナタは、本当にそれで良いの?』
 
 三度の問い掛け。
 
 それに対し、明日菜は頭を振るい、
 
 ……良くないわよ。……でも、私じゃネギには勝てなかった。
 
『勝てるよ。……誰よりも近くで、ナギ達の戦い方を見てきたんだもの』
 
 ……え? ……それって、どういう──。
 
 明日菜の問い掛けより早く、声が新たな言葉を紡ぐ。
 
『今だけ……。私が力を貸してあげる』
 
 ……ちょ、ちょっと、……アナタ一体──。
 
『……私? 私の名前は──』
 
  
 
 
 
 
 
 
 
 
 ネギの目の前で、満身創痍の少女が立ち上がる。
 
 ……マジかよ?
 
 内心での動揺を微塵も漏らす事無く、ネギは立ち上がった明日菜に対して、再度構えをとった。
 
 しかし、対峙する明日菜に構えは無い。
 
 ただ、彼女は懐から仮契約カードを取り出して眼前に翳す。
 
 すると、彼女の持つ仮契約カードの絵柄が、足下から徐々に変化していく。
 
 片刃の大剣を携え、麻帆良学園中等部の制服を着た明日菜の描かれていたカードが、簡素ながらも品格の良いドレスを身に纏う明日菜の姿へ。
 
 その手に掴むのは、透明な刀身を持つ両刃の大剣。
 
 更に、彼女の背には真紅の大翼が伸びている。
 
「……何だ? 仮契約カードが変わった?」
 
 ……そんな事が有り得るのか?
 
 不審に思いながらも、最大限の警戒を見せるネギ。
 
「アスナ・ウェスペリーナ・テオタナシア・エンテオフュシアが命ずる。
 
 ──“来たれ”」
 
 明日菜の姿が、仮契約カードに描かれたものに変わる。
 
 ……あの翼は、桜咲と同じような翼人系のものか?
 
 そう思い、否と判断する。
 
 ……アイツは魔法世界の出身だけど、人間だって詠春のオッサンが言ってたな。
 
 その翼は、彼女にとって決して消す事の出来ない絆の証。
 
 彼女を外の世界に連れ出してくれた男達の呼び名。
 
 ──“紅き翼”。
 
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル──」
 
 呪文の詠唱を開始するネギに対し、明日菜は手にした大剣を反転させ逆手に構え、己が立つ足下へと突き立てる。
 
 そこに有るのは、葉加瀬を中心として展開された直径30mもある儀式魔法用の巨大な魔法陣だ。
 
「無極而・太極斬」
 
 アスナ・ウェスペリーナ・テオタナシア・エンテオフュシアの言葉と共に、不可視の何かが弾ける。
 
「クッ!? ……何だ?」
 
 見たところ、ネギの身体にダメージは無い。
 
「せ、先生!」
 
 自分を呼ぶ葉加瀬の声に振り向き、ネギは己の敗北を悟った。
 
「……魔法陣が」
 
 完全に消滅していた。……これでは、儀式魔法が起動出来ない。
 
 慌てて振り向くが、そこに居る明日菜、否、アスナは勝ち誇るでもなく無表情でそこに佇むのみ。
 
「……ナギの子供にしては、詰めが甘い」
 
 そう告げ、僅かに薄い笑みを零すと崩れ落ちるように跪いた。
 
「おい!」
 
 駆け寄り、抱き起こしてみると、既にアスナは消えており、彼女の手に握られた仮契約カードも、元の姿に戻っている。
 
 ひとまず安堵の吐息を吐き出し、明日菜を横たえてからアーニャの治療を始める。
 
 それが一段落したのを見計らい、葉加瀬がネギに話しかけた。
 
「──負けちゃいましたね」
 
「……まぁ、最後は随分と呆気なかったけどな」
 
「心配は無用だよ、ぼーや」
 
 聞こえてきた声に振り返ると、そこには満面の笑みを浮かべたエヴァンジェリンの姿があった。
 
 そして彼女は笑顔のままで告げる。
 
「何しろ、クライマックスはこれからなのだからな」
 
 その手に凶暴な魔力が満ちているのは、気のせいだろうか?
 
「な、何か用か?」
 
 流石に、声が震えるのを自覚する。
 
「何、私をおちょくってくれたお礼をしに来ただけだ」
 
 だが、突如膨れ上がった魔力を感じ、ネギと二人で慌ててそちらに視線を向ける。
 
「な、何だ? このバカ魔力!」
 
「知るか! ……だが、これは京のスクナなんぞ比べ物にならんぞ!?」
 
 二人の言葉を受けて、葉加瀬がサーチを開始。
 
 そこに映っていたものは……、
 
「な、なんだこりゃ?」
 
 6体の鬼神の霊核が融合し、世界樹の魔力を得て受肉した新たな大鬼神の姿だった。
 
 大きさ、魔力。共に、エヴァンジェリンの言うとおりリョウメンスクナノカミを凌駕する存在がそこある。
 
「おそらく、機械制御が破壊された事が原因で、暴走した鬼神達が再生しようとする際に近くにいた同質の存在である他の鬼神達を取り込もうとして起こった現象だと思いますが……」
 
 葉加瀬の分析結果を聞き、ネギとエヴァンジェリンは揃って頷く。
 
「……それで? どうやって対処する気だ、ぼーや」
 
 大鬼神の出現位置が世界樹に近い為、大規模な殲滅魔法を使用する事は出来ない。
 
 ネギは暫く思案した後、
 
「んー……、まあ多分、今なら出来ると思うんだよな」
 
 何しろ使用魔力が半端ではない魔法だ。
 
 本来なら数百、数千単位の魔術師達が協力して行われる大規模魔術。それを世界樹の魔力で代用して使用するつもりのネギ。
 
「まあ問題は、詠唱が恐ろしく長いんだよな。
 
 その間は、誰かに護ってもらわねえといけねぇし」
 
“それなら、私が協力するわよ”
 
 既にジャミングを放棄した為、通じるようになった念話で話しかけてきたのは、ネギの姉、ネカネ・スプリングフィールドだ。
 
 彼女は鬼神との戦闘に参加していなかった為、未だ魔力に余裕がある。
 
 他の魔法使い達には、一般人の避難誘導をしてもらおうとネギが言い出す前に、待ったが掛かった。
 
“その案は、反対させていただくです”
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 聞こえてきた声に対し、ネギが訝しげに尋ね返す。
 
“……どういう意味だ? 綾瀬”
 
 対する夕映は、毅然とした態度で、
 
「どうも、こうも有りません。──そのままの意味です」
 
 一息、
 
「何を企んでいるか分からない人を信用出来ないと言ったのです」
 
 実際の所、夕映としては、そのような事は微塵も思っていない。
 
 だが、既にタカミチから事情の説明を受けているとはいえ、ネギの事を余り詳しく知らない者達からしてみれば、彼に対し何らかの確執が残っているのも確か。
 
 ネギ自身、それは覚悟の上での行為だったのだが、夕映としてはやはり、ネギには必要外の恨みまで背負うのは止めてほしい。
 
 だからこそ、彼が根っからの悪人ではない事を証明する為にも、
 
「この敵は私が抑えます。──ネギ先生は、引っ込んでいて下さい」
 
 ハッキリ言って無理だ。
 
 もはや、夕映の魔力は殆ど残っていないし、彼女が使役する翼竜にしてみても、満身創痍でマトモに戦える状態ではない。
 
「無理だってゆえっち! 変な意地張ってないで、ネギ先生に全部任せちゃおうよ!」
 
 必死に夕映を停めようとする釘宮。
 
「ほら、このかも何とか言ってやってよ!」
 
 言われ、前に押し出された木乃香が夕映とウィーペラに対し、軽度の治癒魔法を掛ける。
 
「……堪忍な。今のウチには、これで精一杯や」
 
 既に魔力の限界を迎えている木乃香に出来る全てで、夕映を送り出す。
 
「……頑張って! ゆえ」
 
「ありがとうございますッ!!」
 
 木乃香に礼を述べ、ウィーペラに跨り飛び立つ夕映。
 
 彼女を見送るしか出来なかったチア部の面々。
 
 そんな中、全身のそこかしこに傷を作った刹那が前に出る。
 
「──お嬢様。私も綾瀬さんと共に戦う為の許可を頂けないでしょうか?」
 
 跪き、伺いをたてる刹那に対し、木乃香は優しく抱き留めると、
 
「……せっちゃんもキツイやろけど、ゆえの事よろしく頼める?」
 
「慎んでお受けいたします!」
 
 背の大翼を広げ、夕映の後を追った。
 
 そんな彼女達を尻目に、ネギは腰を落として座り込むと、
 
“……勝手にしろ!”
 
 そう告げ、不貞寝を始めた。
 
 
 
 
 
    
 
 
 
 
 100m超過の全長を誇る大鬼神に対し、夕映がなけなしの魔力を振り絞った“魔法の射手”を放つが、まるで効果があるとは思えない。
 
 しかし、それでも夕映とウィーペラの存在を鬱陶しく思うのか?
 
 大鬼神が腕を振るい、彼女達を叩き落とそうとする。
 
 その巨体からは予想も出来ない機敏な動きに、回避のタイミングを逃した夕映。
 
「綾瀬さん!」
 
 刹那の悲鳴が響く中、巨大な掌がウィーペラを捉えようとしたその瞬間、目に見えて大鬼神の動きが鈍った。
 
 何が起きたのかは分からないが、その隙を逃さず大鬼神から距離をとるように命令する。
 
“──学園結界を復活させました。
 
 ……ですが、この敵が相手では、長くは持ちません。お早い対処を”
 
“もって、150秒程度だ! それ以上はもたねえぞ! 何かやるんなら、速くしろ綾瀬!”
 
“ひーん! 力業でプロテクトが破られていきますー!”
 
“泣き言、言ってんじゃねえ! 何とかしろ、電子精霊なんだろ、アンタ!”
 
“……新しいマスターも、人使い荒いです”
 
 復活した千雨とウィル子、そして茶々丸が学園結界を復活させ、夕映のサポートに回るが、どうも長くは持ちそうにないらしい。
 
 だが、援軍はそれだけではない。
 
 巨大な手裏剣が飛来し、更には大型の弾頭が大鬼神に命中する。
 
「……どうやら、クライマックスには間に合ったようでござるな」
 
「……まったく、ネギ先生が絡んでくると、絶対に赤字になる」
 
 戻って来た大手裏剣を受け止めた楓と、用を為さなくなった砲身を捨てて、新たなロケットランチャーを手に取る真名だ。
 
 更には、
 
「正義の使徒! 影使い、高音・D・グッドマン参上!」
 
「お、お姉さま! もう、魔力が殆ど残って無いんですから、無茶はしないで下さいー!」
 
 彼女達だけではない、魔力が切れ、戦闘に参加出来ない者達は一般人の避難誘導を。
 
 戦えるだけの余裕の有る者達は、参戦を。
 
「……皆さん」
 
 予想以上の戦力に、夕映の胸が熱くなる。
 
 そこには、小太郎がいる。ヘルマンがいる。タカミチがいる。刹那が、超が、古菲が、裕奈が、亜子が、アキラが、まき絵が、シャークティが、刀子が、瀬流彦が、ガンドルフィーニが、明石教授が……。
 
 しかし、それでも火力が足りない。
 
 タカミチの豪殺・居合い拳をもってしても、世界樹から魔力供給を受ける大鬼神は即座に傷を再生してしまい決定的な効果がみられないし、強制時間跳躍弾を使用しても、大鬼神が大き過ぎて効果範囲が及ばず時間を跳ばす事が出来ないでいる。
 
 決定打に欠けたまま、時間だけが過ぎ去っていく。
 
 ──咆吼!
 
 遂に学園結界が破られ、怒りに満ちた大鬼神の放つ全方位の光条に、大半の魔法使い達は戦闘不能へと追いやられた。
 
「ま、マジっすか……?」
 
 あのバカみたいな強さを誇るタカミチでさえ、手も足も出ない現状に、思わず美空が呻き声を挙げる。
 
 たった一撃で形勢逆転してしまった大鬼神を前に、美空は本当の恐怖というものを始めて知った。
 
 だが、それでもまだ大鬼神に立ち向かおうとする者がいる。
 
 それは飛竜に跨った小柄な少女。
 
「無理だって! ゆえ吉つぁん!!」
 
 そんな事、夕映自身が一番分かっている。頼みの綱であるウィーペラも、もはや火を吐く事も出来無い。
 
 それでも、諦めるわけにはいかないのだ。
 
 
 
 
    
 
 
 
 
 
 それまで、ヤキモキしながら不貞寝をしていたネギだが、いい加減限界が来たのか、勢い良く立ち上がり、
 
“いい加減にしろ、綾瀬! それ以上意地張っても死ぬだけだぞ!!”
 
 念話で聞こえてくるネギの声は、必死なものだ。
 
 しかし、それでもまだ引くわけにはいかない。
 
「む、無茶は……、承知の上です。
 
 ……そ、それに、意地っ張りという事に関しては……、ネギ先生に言われたくありません」
 
“あー……、もう! そういう事言ってんじゃねえだろうが!
 
 一体、何がしたいんだよ、お前は!?”
 
 その問い掛けに対し、夕映は気丈にも大鬼神を睨み付けると、
 
「ネギ先生に、痛みを知ってもらいたいのです……」
 
 痛みといっても、肉体的なものではない。
 
「……分かりますか?
 
 好きになった相手が、自分の心を痛めつけながら、人に恨まれるのを見るしかなかった私達の辛さが……」
 
“分かった! 分かったから、もうそこから離れろ! 二度とお前等を置いて、一人で全部、背負おうなんてしねえから!!”
 
 本来ならば、仮契約カードで強制転移させたい所だが、それをするべき為の本カードは、ウィーペラの仮委任状となって夕映自身の手の中だ。
 
 大鬼神の腕が振るわれ、ウィーペラを叩き落とそうとする。
 
 辛うじて直撃の寸前に、夕映が残りカスの魔力を振り絞って“風花・風障壁”を展開。
 
 一撃死だけは何とか免れたが、それだけだ。大鬼神が一歩を踏み出せば、地に落ちたウィーペラと夕映の命は尽きるだろう。
 
“綾瀬……!”
 
 懸命に叫ぶネギ。
 
 否、ネギだけではない。多数の者達が夕映の名を叫ぶ。
 
 そんな中、夕映の声だけが静かに響き渡る。
 
「……ごめんなさいは?」
 
“……はぁ?”
 
 言っている意味が分からず、思わず問い返してしまうネギ。
 
「……ごめんなさいは?」
 
 幼稚園児でも知っている事だ。
 
 悪いことをしたら、謝罪する。
 
 ……ネギはまだ、今回の事件に関して、謝罪していない。
 
“あ゛ー……、もうッ!”
 
 僅かに悩み、しかし、それでもネギは夕映だけではなく、この念話を聞いているであろう者達全てに対し、心の底から誠意を込めた謝罪を行う。
 
“ぐぅおめんなさぁ──いッ!!”
 
 その声は、即座に夕映に、……今回の事件で迷惑を掛けた全ての者達の元まで届いた。
 
「ウィーペラッ!!」
 
 ──飛翔ッ!
 
 最後の力を振り絞り、飛竜が飛ぶ。
 
 今正に踏み潰さんと降ろされる大鬼神の足から間一髪で夕映を脚に掴んで脱出。
 
 ……ここから、ネギ一味の反撃が始まる。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 飛行船から飛び降りるネギは、大鬼神の眼前で停止。
 
「姉ちゃん……」
 
「なぁに?」
 
 既にネギの右側に陣取っているのはネカネだ。
 
 そして、左側には、
 
「エヴァ……」
 
「ふん……」
 
「ちょっと、手ぇ貸してくれ」
 
 彼女達に否は無い。
 
 答えの代わりに、エヴァンジェリンが叫びを挙げる。
 
「柿崎・美砂!」
 
“……へ? 私?”
 
 突如、エヴァンジェリンに名を呼ばれて、慌てて確認をとる柿崎。
 
 対するエヴァンジェリンは、その問い掛けを無視して用件だけを告げる。
 
「歌え。フルボッコのテーマだ」
 
 即座に了承した柿崎のギターに命が宿る。
 
“手と手の温もりが、ボクを強くす●ぅー♪
 
 積み重ねた●い、●を駆け抜けてぇー♪
 
 風になる、この願いが、涙さえ●かしてぇー、解き放つ力が、●になり突き抜けるぅー♪”
 
「良い選曲だ、エヴァ!」
 
 この曲が流れている間は、敵は全ての攻撃を封じられ、ずっと味方のターンが続く。
 
 そして、ネギの詠唱が開始される。
 
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル──!
 
 万物の調停者にして古きもの! 全ての力を従えし列王の王! 風の中心に座す、偉大なる御名において、万物の調停者のまたものたる竜胆の我は、勅命によりて魔術を使役する!
 
 ……“シオネの円環”!」
 
 ネギを中心に円環型の魔法陣が展開され、それが回転を始める。
 
 それは、あらゆる魔力を吸収する魔法。
 
 周辺宙域の魔力だけでなく、大鬼神に流れ込む世界樹の魔力さえ根刮ぎ奪いとっていく。
 
 その明確な証拠に、世界樹の放つ光が徐々に弱まり、ついには世界は闇に覆われてしまった。
 
 そして、その膨大な魔力を使用して使われる魔法は……、
 
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル!」
 
 呪文の詠唱を開始したネギに、学園長から念話が届く。
 
“出来れば、世界樹には被害を出さんといてもらいたいんじゃがな”
 
「心配すんな、一切の被害は出ねえと思う! ……多分」
 
“多分かい!?”という抗議の声が聞こえたがネギは無視して詠唱を再開。
 
「荒ぶる螺旋に刻まれた女神の原罪の涯の地で! 血塗れ磨り減り朽ち果てた聖者の路の涯の地で! ……我等は再び聖約を果たす!」
 
 ネギによって、世界樹からの魔力供給が途絶えた事を見抜いた大鬼神が、彼から魔力を奪い返そうと手を伸ばすが、そこには二人の女性が立ちふさがる。
 
「あらあら、お痛は駄目よ」
 
「ふん……、ポッと出の新参が調子に乗るなよ」
 
 言い捨て、二人は同時に詠唱を開始、
 
 大鬼神から放たれる極太の光条をネカネが迎え撃つ。
 
「リリカル・トカレフ・キルゼムオール!
 
 苛烈なる力の源たる火の素! その奪う強さをもって四面の対を器とせり!
 
 形の始原をもって六面の対を開放せん。その値を四枝並べ八面の対を宮石とする。
 
 さらに二玉とこれを合わせ十二面の対を世方とする。
 
 二示によって三系に分かち二十面の対を創ずる。
 
 分かつ流れのままにより球の結末にその終を見ん。
 
 終のもと平方たる野は閉じ虚の地平を見ん。
 
 理の統べし力、虚と虚の二辺にて負たる黒を手に入れたり!
 
 理の統べし力、負と負の二辺にて正たる白を手に入れたり!
 
 理の統べし力、正と負の二面にて零たる灰を手に入れたり!
 
 明暗による無彩の力! 虚界の神人に最後の祝福を授かり無限数の光輝を発動せり!」
 
 それはネカネの眼前に展開された円錐型の魔力障壁。
 
 受け止めるのではなく受け流す事で、たった一枚の障壁で、どのような強力な魔法をも捌ききる事が出来る。
 
 更に、敵へと向いた尖角を中心に円錐が高速で回転を開始。
 
 その様、一言で言い表すならば、正にドリル!
 
「──“角尖壁の流弾”!!」
 
 ネカネの放つ円錐型の障壁が大鬼神に突撃し、その腹に大穴を空け放つ。
 
「──其れはまるで御伽噺のやふに眠りを蝕む淡き夢! 夜明けと共に消ゆる夢!
 
 ……されど、その玩具のやふな輝きを我らは信仰し聖約を護る!!」
 
 ネギの唱える詠唱が朗々と流れる中、世界樹からの魔力供給を絶たれ、再生もおぼつかない大鬼神に対し、更なる追撃が放たれる。
 
「リク・ラク・ラ・ラック・ライラック!
 
 我は全ての母の母! 美の極北! 全ての恋の源たる赤にして赤に嘆願す!!
 
 それは一人の女よりはじまる女の鎖!
 
 赤にして薄紅の我は、万古の契約の履行を要請する!
 
 我は母を助けるため命を与えられし一人の娘。
 
 クラン・ロールより現れて歌を教えられし、一つの情熱!
 
 我は生み出す贖罪の檻! 我は号する心を縛る美しき牢獄!!
 
 ──“純愛の檻”!!」
 
 大鬼神の周囲に大量の茨が顕在し、その動きを絡め取る。
 
 使い慣れない植物系の魔法の為、術者であるエヴァンジェリンの身体に掛かる負担は大きいが、
 
「真打ちの登場までの時間稼ぎには持ってこいだろう?」
 
 エヴァンジェリンの言葉に応えるように、ネギの詠唱は続く。
 
「──其れはまるで御伽噺のやふに眠りを蝕む淡き夢、夜明けと共に消ゆる夢。
 
 されど、その玩具のやふな輝きを我らは信仰し聖約を護る」
 
 全身に茨の棘を食い込ませ、血を飛沫ながらも、大鬼神はその術から逃れようと足掻く。
 
 そして、その異常な膂力は、絶対拘束の茨さえ引き千切りに掛かった。
 
 それを見て舌打ちするエヴァンジェリンの傍らを駆け抜けていく少女が二人。
 
「いくわよ、アスナ!」
 
「おっけぇ!!」
 
 アンナ・ユーリエウナ・ココロウァと神楽坂・明日菜だ。
 
 アーニャは明日菜の身体を大鬼神に投げつけると、自らは巨体の周囲を飛び回りながら大鬼神の注意を引き寄せつつ詠唱を開始する。
 
「フォルティス・ラ・ティウス・リリス・リリオス!
 
 万物に宿りし精霊達よ、炎を造りし理より世界を分けよ!
 
 天に神の輝く星! 地に凍てつく死の墓標! 地より集いし輝き達!
 
 神の星と一つになり、再び大地を光りで照らせ!!
 
 ──“陽焔の降来”!!」
 
 生み出されたのは、火球。
 
 魔界の業火でも、天界の浄火でもないただの炎だ。
 
 しかし、それはアーニャの魔力によって作り出された小型の人工太陽。
 
 その温度は6000℃を越える。
 
 異常な程の高温に藻掻き苦しみ、それから逃れようと術者であるアーニャに手を伸ばす大鬼神の腕を斬りつけるのは明日菜だ。
 
 彼女自身も、その炎に焼かれているが、魔法完全無効化能力者である彼女には効果が無い。
 
 明日菜は手にした片刃の大剣を構え、そのまま大鬼神の腕を伝って顔に向けて吶喊。
 
「え、えーと……」
 
 僅かに考え、
 
「そうだ! 必殺、アスナ突き!!」
 
 叫びと共に、大鬼神の左目に大剣を突き立てる。
 
“アスナ突きぃー!?”
 
 その余りに駄目駄目なセンスに、ギャラリーから念話でブーイングが混じる。
 
 剣を引き抜き、そこから飛び降りながら、
 
「──技の名前なんて、当たって痛けりゃそれでいいのよ!」
 
 飛び降りながら抗議の叫びを挙げる明日菜と入れ違いに、上昇していくのは背に白い大翼を有する少女、刹那だ。
 
 彼女はすれ違い様に明日菜に微笑を浮かべる。
 
「……我は光! 夜道を這う旅人に灯す、命の煌き!
 
 ──我は闇! 重き枷となりて路を奪う死の漆黒!」
 
 ネギの詠唱を聴きながら、上空で手にした愛刀“夕凪”を構え、
 
「……神鳴流・決戦奥義。──真・雷光剣!!」
 
 雷光を纏った一撃が広範囲における物質を破壊する。
 
 身体を襲う激痛に苦悶の声を挙げる大鬼神。
 
「……我は光! 眸を、己を、世界を灼く熾烈と憎悪!
 
 ……我は闇! 染まらぬ、揺るがぬ、迷わぬ不変と愛!」
 
 大鬼神の背、そこに浮くのは二人の男性。
 
「教師としては、生徒達ばかりに働かせておくわけにはいかないからね」
 
「ふむ、……なるほど。それは確かに道理というものだ」
 
 先に動いたのは黒装束の男性ヘルマン。
 
 限界まで引き絞った右腕から繰り出されるのは、
 
 ──悪魔コークスクリューブロー!
 
 回転力を付加された砲撃の如き光条が大鬼神に向け放たれる。
 
 同時、もう一人の男も動く。
 
 ポケットに入れられたタカミチの腕から繰り出される破壊力の塊のような拳圧。
 
 ──豪殺・居合い拳!
 
 死角から放たれた二つの破壊鎚が、大鬼神の身体をぐらつかせた。
 
「──愛は苦く、烈しく、我を苛なむ! ──憎しみは甘く、重く、我を蝕む!」
 
 大鬼神の足下、そこに居るのは近接戦のエキスパート達。
 
「ここで働けへんかったら、今後一生活躍の場はあらへんで!」
 
「……それは困るアルね!」
 
「忍者は、目立っては駄目なような気がするでござるが……」
 
 小太郎の両腕の筋肉が極限まで緊張させる。
 
「おおおおぉぉぉ!!」
 
 両の腕に宿る気を震動波に変換。
 
 柏手を拍つと同時、全てを粉砕する高震動波が鬼神に向かって飛ぶ。
 
「技名、今、決めたで! ──犬上流・死殺技! 神殺!!」
 
 まさに神をも殺す一撃が大鬼神を襲い、その外殻を砕き剥がす。
 
 次に控えるは、肉弾戦の超エキスパート。
 
「……さて、征くアル!」
 
 喉元にある二つの点穴を押し、一時的に己の気を爆発的に高める。
 
「形意拳の極意は、“進むことを知って、退くことを知らず”! 相手がどれだけデカくとも、後退は有り得ないヨ!」
 
 ──馬蹄・崩拳!
 
 最も基本の型にして、最も練習を重ねてきた技。
 
 故に、その技には絶対の自信がある。
 
 打撃点を中心に陥没!
 
 大鬼神の左足を砕いた。
 
 続いて動いたのは、長身の忍者。長瀬・楓だ。
 
「とっておきの裏技……、いくでござるよ!」
 
 彼女は手にした巨大手裏剣を投擲。
 
 小細工無しに、真正面から向かってくる飛び道具に対し、大鬼神は鬱陶しげにそれを叩き落とそうと腕を振るう。
 
 しかし、大鬼神の腕が巨大手裏剣に触れる瞬間、手裏剣が八つに分離して大鬼神の腕をすり抜けた。
 
 分離した手裏剣がそれぞれ別方向から同時に大鬼神を襲う。
 
 ──楓忍法・八葉!
 
 死角の無い全方位攻撃。しかも狙いは、防御力の薄い関節部。
 
 八カ所の腱を断たれ、遂に大鬼神が跪く。
 
「其れは善! 其れは悪! それは享受! それは拒絶!
 
 それは純潔な、醜悪な交配の儀式……!」
 
 もはや、立つ事も叶わない大鬼神は、それでも手を伸ばしネギを握り潰そうと足掻く。
 
 それを阻止せんとするは、長距離からの狙撃。
 
 使用されるは魔法銃“唱える者”。弾丸に込められし魔法は“神々の終焉”。
 
 そして、引き金を引くのは、
 
「……試し撃ちも無しで、ぶっつけ本番とは無茶をさせる」
 
 裏世界最高峰の狙撃手、龍宮・真名。
 
「いやあ、私だと、ピンポイントでネギ先生に当たっちゃいそうで」
 
 無邪気に告げる裕奈の言葉に溜息で応え、深呼吸を一つ。
 
 愛撫するように銃身に左手を添えて慎重に照準を合わせる。
 
 ──砲撃ッ!!
 
 放たれた魔砲は、的確に大鬼神の腕を撃ち抜いた。
 
「結ばれるまま、融け合うままに堕胎(おと)される盲目たる蛭子(せかい)の――ッ!!」
 
 皆の攻撃を受け、目に見えて弱っていく大鬼神。
 
 その姿を視界に収めつつ、超・鈴音は謝罪の言葉を口にする。
 
「──すまないネ。お前に罪は無いというのに……」
 
 全ては自分の計画から始まった罪だ。
 
「……恨むなら、私を恨らむネ」
 
 告げ、呪文の詠唱を開始。
 
「ラスト・テイル・マイ・マジックスキル・マギステル!
 
 ──我、法を破り、理を超え、破軍の力ここに得んとする者なり!
 
 ……爆炎よ! 猛炎よ! 荒ぶる火炎よ! ──焼却し! 滅殺し! 駆逐せよ!
 
 我の戦意を以って敵に等しく滅びを与えよ!! ……我求めるは完璧なる殲滅!
 
 ……“第三の業火”!!」
 
 熱と衝撃が触れるもの全てを殲滅する。
 
 その威力は、大鬼神が後ずさる程だ。
 
 もはや、満身創痍の大鬼神。
 
「──その深き昏き怨讐を胸に! その切実なる叫びを胸に!
 
 埋葬の華に誓って……! 祝福の華に誓って……!」
 
 絶対の自信を宿し、一歩前に出るのは影使い、高音・D・グッドマンと彼女の従者、佐倉・愛衣だ。
 
「さあ、次はいよいよ私達の番です! 気合いを入れなさい愛衣!」
 
「は、はい! お姉さま!!」
 
 それよりも早く、ネギの詠唱が完成した。
 
「……我は神話を紡ぐ者なり!!」
 
「ちょ!? お待ちなさい! まだ、私の見せ場が!?」
 
「そんなもん知るかァ!?」
 
 そして遂に禁呪中の禁呪が発動する。
 
「──“輝くトラペゾヘドロン”!!」
 
 ネギの眼前に出現するのは、不均整な形の金属箱の中に七本の支柱で吊り下げられた結晶物。
 
 大きさ、約4インチ。赤い線の入った黒い多面体だ。
 
 時間と空間の全てに通じる窓と呼ばれる存在。
 
 それを眼下の大鬼神に投じる。
 
 結晶体が大鬼神に触れた瞬間、光も音も無く、突如その巨体が跡形もなく消え去った。
 
 ……別に消滅したわけではない。
 
 ネギの意志が因果律を改竄し、大鬼神の時間だけを戻したのだ。
 
 よって今は、ただ静かに六体の鬼神として、学園都市の地下深くで石化されたまま眠りについている。
 
 驚く程呆気ない幕切れを迎えたが、ネギの行った大魔術を理解した者達は一様に息を呑む。
 
 今回は、対象の時間を巻き戻すだけで済んだが、その効果は無限に広がる平行世界から無限の異なる自分を召喚する事も、対象の存在を始めから無かったことにする事も、または、居るはずの無い存在を存在させる事も可能となるのだ。
 
 それは決して人の手で触れて良いようなものではない。
 
 ──それに、今の大魔術を見ていた魔法世界の監査がどのような判断を下すか? 想像に難しく無い。
 
 ……だが、それ以前に問題が一つ。
 
「……世界樹の魔力が完全に枯渇しているネ」
 
 そう。“シオネの円環”により、強制的にネギに吸引され世界樹の魔力が完全に失われていた。
 
「……超さん」
 
 茶々丸に抱きかかえられた葉加瀬が、超の背後から声を掛ける。
 
「……ふむ。──これは流石に予想外ネ」
 
 世界樹の魔力が無ければ航時機を使用する事が出来ず、
 
「いやー……、ネギ老師には最後までしてやられたヨ!」
 
 未来に帰る事が出来なくなったわりには、超の表情は清々しいものだ。
 
 大規模な儀式魔法によって世界を改革しようとする彼女の計画は潰えてしまったが、彼らにならば、……否、彼らと共にならば、より良い未来を作っていける気がした。
 
 後の事はどうなるかは分からない。──だが今は、……今だけは、この世界を楽しもう。
 
 そう決め、皆にもみくちゃにされているネギに一撃くれるべく、彼女も輪の中に加わっていった。
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