魔法先生……? ネギ魔!
 
 
書いた人:U16
 
第17話
 
 巨大生体兵器の登場で、ようやく本腰を入れて動き出した学園側の魔法使い達だが、全ては遅すぎた。
 
 6カ所の魔力溜まりに向かう分隊を各個撃破すべくネギが動く。
 
「まさか、こんな大規模な術式を組んでくるなんて……」
 
「どうやら彼女は本気で魔法世界を敵に回すつもりらしいな」
 
 話ながら、屋根を駆けて現地に向かう。
 
 そんな彼らの前に立ちふさがるのは、白い外套を身にまとったネギだ。
 
「ネギ先生……?」
 
 ガンドルフィーニが不審気に名を呼ぶ。
 
 対するネギは薄い笑みを浮かべ、
 
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル──。悉く砕けよ狂瀾の時空! “歪曲の爆裂”!」
 
 空間を歪める事によって生じさせる爆縮魔法。
 
 その効果の程を一瞬で理解した教師達は、即座にその場を飛び退く。
 
 しかし、それこそがネギの狙いだ。
 
 バラけた魔法先生達を個別に撃破していく。
 
 カシオペアを使い、瀬流彦の懐に入り込むとゼロ距離で魔法の射手を撃ち込み昏倒させ、建物の死角から誘導性の高い魔弾“導きの光”を使ってヒゲグラこと神多羅木を攻撃する。
 
「グッ!?」
 
 それでも致命傷を免れた神多羅木が迎撃の準備に入るより速く、ネギの次弾が放たれる。
 
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル! 銀嶺より来たりて、バビロンへ帰れ! “必中の魔弓”!」
 
 それはスピード、破壊力、共に魔法の射手の50倍の威力はあると言われる射出型魔法だ。
 
 神多羅木は迎撃を諦め、障壁を展開して何とか持ちこたえようとするも、ネギの魔法の前には焼け石に水程度の効果しかなく、直撃を受けて敢え無く吹っ飛ぶ。
 
「神多羅木先生!!」
 
 叫び、残されたガンドルフィーニは、拳銃を構えてネギと相対する。
 
「ネギ先生!? 君は自分が何をしているか、分かっているのか!?」
 
 という、ガンドルフィーニの叫びもネギは聞き入れない。
 
 否、聞こえてはいるのだろう。だが、聞く耳はもたないとでも言うべく、薄い笑みさえ向けてみせる。
 
 その表情から話し合いは通じないと悟ったガンドルフィーニは即座に発砲。
 
 しかし、着弾地点にネギの姿は無い。
 
「……ど、どこに!?」
 
 消えたネギの姿を探すガンドルフィーニ。
 
「……ラス・テル・マ・スキル・マギステル。
 
 灰燼と化せ冥界の賢者、七つの鍵をもて開け地獄の門……」
 
 遠くから聞こえてきた声に視線を向ける。
 
 そこにネギは居た。その位置はガンドルフィーニの射程外。しかし、ネギにしてみれば、充分射程距離範囲内だ。
 
「──“七つ鍵の守護神”!」
 
 放たれる極太の光条がガンドルフィーニを飲み込んだ。
 
 主戦力である魔法先生達を一掃したネギは一息を吐いて、残った封印処理班の魔法生徒達を見渡す。
 
「ヒッ!?」
 
 怯えた声を挙げる生徒達に対し、ネギは獲物を見つめる肉食獣のような獰猛な笑みを浮かべ、
 
「お前等にも、少しの間、行動不能になっててもらうぞ」
 
 その言葉を聞いた生徒の一人が叫ぶ。
 
「ぜ、全員! 魔法障壁全力展開!!」
 
 その選択は正しかったのか? あるいはその場で撤退。もしくは、ネギに対し一斉に攻撃に転じていた方が良かったのか?
 
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル──。百重千重と重なりて走れよ稲妻。……“千の雷”」
 
 最小限に威力を抑えられた無数の雷撃が、魔法生徒達を的確に撃ち落とす。
 
 その効果範囲は、ネギの眼前だけに留まらず、他の作戦行動を開始していた者達にまで及ぶ程だ。
 
 勿論、その攻撃を耐えきった魔法使い達も居る。
 
 彼らは、即座にその発生源を見抜き、進路をネギに向けて変更。
 
 ネギを最大の障害として認識した。
 
 その光景をモニターで見ていた超・鈴音は、不審気に眉根を寄せる。
 
「……どうにも、納得出来ないネ」
 
「何がですか?」
 
 超の傍らで、儀式魔法の準備をしていた葉加瀬が問い返す。
 
 すると超は暫く考え、
 
「……ネギ老師の実力ならば、誰一人怪我をさせることなく、無力化させる事が出来た筈ネ」 
 
「……確かに」
 
 ネギの映るモニターに視線を向けつつ、
 
「……何だか、わざわざ自分から恨みを買おうとしてるみたいですね」
 
 葉加瀬の言葉で、超の脳裏に一つの仮説が閃く。
 
「一体、何を企んでいるネ? ネギ老師」
 
 しかし、それはあくまでも仮説に過ぎない。今後のネギの行動如何によっては、
 
 ……ネギ老師を停めねばならないネ。
 
 ポケットに忍ばせたスイッチを確認する。
 
 このボタンを押せば、彼に貸し与えた外套や武器は機能を停止して彼を拘束するだろうが、ネギが使えなくなると戦力的にキツイ。
 
 ……なるべく使わずに済ませてもらいたいものヨ。
 
 誰にとはなく一人ごち、葉加瀬に気付かれないよう小さく溜息を吐き出した。
 
 
 
 
 
 
 
 
  
 
 ──同時刻。
 
 真名と楓の戦闘も開始されていた。
 
 真名の使う強制時間跳躍弾を前に、なかなか近づく事が出来ず苦戦していた楓だったが、ネギの放った“千の雷”が真名の近くに落ちてくれたお陰で、一気に距離を詰める事が出来た。
 
 否、近くに落ちたのではない。彼女を目掛けて落ちてきた落雷を、真名が躱わしたのだ。
 
 ……ネギ先生が、目標を見誤った?
 
 確かに、さっきの魔法は効果範囲が広い為、偶然間違ったという事も有り得るだろう。
 
 しかし、今の楓に、悠長に思考しているような余裕は無い。
 
 交差する銃撃と苦無。
 
 接近戦に持ち込んだからと言って、すんなりと勝たせてくれる程、龍宮・真名という少女は甘くない。
 
 しかし、だ。そこに本日二度目の妨害が入る。
 
 楓の知覚外から放たれる、50を越える光弾の弾幕。
 
 それが彼女の背後から不意を打った。
 
「グッぁ!?」
 
 その一瞬の隙を付き、楓に真名が強制時間跳躍弾を撃ち込む。
 
「クッ!? しまった!」
 
 歯噛みするが、後の祭り。
 
 最早、彼女にこの銃弾から逃れる術は無い。
 
 尋常の勝負にも関わらず背後からの強襲。
 
 武人である楓や刹那達からは考えられない卑劣極まりない罠。しかし真名は武人ではない。いうなれば仕事人だ。任務達成の為に手段は選ばない。
 
 そして、この策を考えたネギは武人とは程遠い知略家、奇策師、兵法家といった類の者。
 
 勝利の為ならば、どのようなド汚い手段も平然と使う。
 
 強敵である楓を仕留めた事にひとまず安堵の吐息を吐き出す真名。
 
 そんな彼女の一瞬の隙を付き、闇を纏った吹雪が彼女を襲う。
 
「何ッ!?」
 
 咄嗟に、防御用の護符を用いて“闇の吹雪”をガードする真名だが、それでも完全には防ぎきれずに幾分かはダメージを受けてしまう。
 
「──どういうつもりだ!? ネギ先生!!」
 
「さてな……」
 
 背後から聞こえてきた声に慌てて振り向く。
 
 直後、真名の身体はネギの魔法によって拘束された。
 
「お前もリタイアしとけ」
 
 何処か優しさを含んだ声。……しかし、そこから放たれるのは凶悪極まりない魔法だ。
 
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル。我が力の根源である夜の闇よ、月の女王を降臨させ地上を夜の光で満たせ! “魔夜に降る月光”」
 
 闇の光明とも言うべき月の力を満たした光が周囲を埋め尽くす。
 
 古来より月は死と密接な関係があると言われており、その光にも他聞に漏れず死の力を宿している。
 
 真名は懐の護符を総動員して直死から辛うじて逃れるも、少なくとも一日以上は戦闘不能な程のダメージを受け、屋根の上から転落していく。
 
 地面に落下する寸前、ネギが彼女の身に浮遊落下の魔法を掛け、転落死は免れたが、既に真名の意識は失われている。
 
 真名の無事を確認したネギは、最早その場に用は無いと次なる獲物を狩りに向かった。
 
 ……ネギの気配が消えるのを見計らい、物陰から一人の少女が現れる。
 
 満身創痍と言っていいような風体の少女。
 
 先程、真名の強制時間跳躍弾で3時間先の未来に跳ばされた筈の楓だ。
 
 彼女は痛む身体を引きづりながら真名の元まで歩み寄り、彼女の無事を確認して安堵の吐息を吐き出す。
 
「……息はあるか」
 
 あの瞬間、影分身を使って辛うじて真名の弾丸を回避する事に成功はしたが、ダメージが大き過ぎる為、皆の援護には回れそうにない。
 
「……しかし、ネギ先生の目的は一体?」
 
 何故、真名を攻撃する必要がある?
 
 ひとまず意識の無い真名を安全な場所に移し、彼女と自身の回復を待ちながら思案する。
 
 ……どうも、ネギ先生には超殿とも違う思惑があるようでござるな。
 
 とはいえ、流石にその思惑が何なのか? までは見当がつかない。
 
 仕方が無いので、楓は溜息を吐き、怪我の治療と体力の回復に務める事にした。
        
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 真名を仕留めたネギの次の目標となったのは、一人の魔法生徒だ。
 
 ネギの“千の雷”を辛うじて防御に成功した。否、彼女自身の力だけでは到底あの魔法は防げなかった。
 
 彼女が現在も行動可能なのは、偏に彼女がお姉さまと慕う人物から事前に防御力上昇の加護が施されたアミュレットを預かっていたからだ。
 
 そのアミュレットが彼女の身代わりとなってくれた。
 
 彼女と行動を共にしていた魔法生徒及び魔法先生達は、あの魔法で行動不能にさせられてしまったので、現在彼女が単独で巨大生体兵器殲滅の援護に向かっている所だ。
 
 本来ならば、一旦援軍の要請にでも戻った方が良いのだろうが、現在の学園都市には援軍を組める程の戦力は残っていない。
 
 ……でも、まるでお姉さまはこうなるのが分かっていたみたい。
 
 砕けたアミュレットを握りしめ思う。
 
 それに、
 
 ……今回の出動にお姉さまの姿が無かったのも気になるし。……一体、ここで何が起こっているんだろう?
 
 そんな彼女の思考も、眼前に現れた見知った存在によって停止させられる。
 
「……驚いた。よくあの一撃を耐えれたな? 佐倉」
 
「ね、ネギ先生……? それよりも大変なんです! 何者かの攻撃で、他の魔法使いの人達が行動不能になっていて!?」
 
「ああ、そりゃ知ってる。……何せ、俺がやった事だからな」
 
「……え?」
 
 ネギの言葉に、愛衣は一瞬己の耳を疑った。
 
 しかし、彼から自分に向けられる攻勢の強い魔力がそれが冗談の類ではない事を証明している。
 
「……悪いが、お前にも行動不能になっていてもらうぞ」
 
 告げ、愛衣に向けて無詠唱で魔法の射手を放つ。
 
 その数は全部で8本。
 
「“風楯”!!」
 
 ネギの放つ炎弾を風の障壁で防御。
 
 続いて、
 
「メイプル・ネイプル・アラモード! 目醒め現れよ燃え……」
 
「遅い……」
 
 聞こえてきた声は彼女の後方。
 
 慌てて振り向いた先、そこには巨大な氷塊を掲げたネギの姿があった。
 
「……“氷神の戦鎚”」
 
 詠唱に入っていた為、身動きのとれない愛衣に避ける術は無い。
 
 氷塊が愛衣に直撃する寸前、割って入った白い人影が氷塊を両断する。
 
 白の正体。……それは、視界一杯に広がる純白の大翼だ。
 
 翼持つ剣士の名は、桜咲・刹那。
 
 刹那は間に合わなかった事に心底悔やんだ表情でネギと対峙し、
 
「……ネギ先生。この計画から手を引いてもらうわけにはいきませんか?」
 
 無理と知りつつ、頼んでみる。
 
 対するネギは表情一つ変えないまま、
 
「聞くと思うか?」
 
 刹那の答えは一つだ。
 
 もはや力ずくで抑えるのみ。と、愛用の野太刀“夕凪”を構える。
 
「──神鳴流奥義・斬魔剣二乃太刀!」
 
 ネギの障壁に邪魔される事無く彼に直接ダメージを与える事の出来る技。
 
 ……これなら!
 
 しかし、結論から見れば、その考えは甘かったと言える。
 
 ──絶対回避!
 
 斬撃波の到達の寸前、ネギの身体が刹那の視界から消える。
 
 直後、彼の身体が現れたのは刹那の背後だ。
 
 まるで、それを見越していたように刹那が夕凪を横薙に振り抜くが、その攻撃すらネギは回避してみせる。
 
 そして、今度は刹那の懐の中に姿を現す。
 
 刹那は咄嗟の判断で手にした野太刀を捨て、無手で迎撃に入る。
 
 ネギの外套を掴み、逃げ場を封じてからの寸打。
 
 しかし、それはネギの障壁と超科学で作り出された外套の前では不発に終わった。
 
 代わりに、刹那の腹にめり込むのはネギが手にした杖の先端だ。
 
 杖の先端に魔力の光りが宿り、それが見る見る内に膨れ上がっていく。
 
「……お前もちょっと休んどけ」
 
 ──“光爆”!
 
 刹那の身体が弾け飛び、地面に叩き付けられる。
 
 それでも懸命に立ち上がろうとする刹那に対し、ネギの情け容赦無い追撃が放たれる。
 
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル……。神霊の血と盟約と祭壇を背に、我、聖霊に命ず。……雷よ、落ちよ。
 
 ──“轟雷”!!」
 
 極大の雷撃が天から刹那に降り注ぐ。
 
 もはや悲鳴すら挙げる事を許さず、戦闘不能に追い込まれた刹那。
 
 神鳴流の剣士を相手に、仏心は自らの敗北を意味する。その事を熟知しているネギは、最後まで優しさを微塵も見せず、機械的に刹那を葬る。
 
 そして、動かなくなった彼女を一瞥し、これ以上、追撃を与えずに済むことに小さく安堵の吐息を吐き出すが、それも一瞬だ。
 
 ──まだこの場には、戦闘可能な者が残っている。
 
 ネギの視線の先に居るのは、一人の少女。
 
 彼の視線を受けるだけで、愛衣は恐怖し一歩後ずさる。
 
「……抵抗しなきゃ、痛みを感じる間もなく終わらせてやるよ」
 
 そう告げるネギに対し、愛衣は気丈にも箒を向ける。
 
「ひ、引けません! 私も、この学園に所属する魔法使いです!」
 
「お前じゃ、絶対に勝てねぇぞ?」
 
「そ、それでも絶対に諦めません。わ、私はネギ先生達と一緒に修行するようになって、その事を教わりました。
 
 ……だから!」
 
 それ以上の言葉は必要無い。ネギは口元に薄い笑みを浮かべると、
 
「良い覚悟だ──」
 
 最大の敬意を表して、術式を紡ぐ。
 
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル! 闇の色、闇の音、闇の呼気を纏え! 滅の波動となり我が指し示す方位を駆逐せよ! “魔滅の咆吼”!」
 
 指向性を持たせた高震動波。
 
 破壊の力を秘めた波が愛衣の身体を飲み込む。
 
 しかし、愛衣は薄い笑みを浮かべると、その身体を紙の人形に変え、そのまま消滅する。
 
「身代わり人形!? ……桜咲か!?」
 
 今日、初めて見せるネギの動揺。
 
 その一瞬の隙を付いて、上空から愛衣が襲いかかる。
 
「──ものみな焼き尽くす浄化の炎! 破壊の王にして再生の徴よ! 我が手に宿りて敵を喰らえ!!」
 
 ネギの背後に降り立った愛衣が、彼の背中に手を添え、ゼロ距離からの魔法を放つ。
 
「──“紅き焔”!」
 
 しかし悲しいかな、刹那の助けを得たその一撃でさえ、ネギには届かない。
 
 ──絶対回避!
 
 カシオペアを用いた絶対回避。
 
 一瞬の隙に眼前から姿を消したネギに愛衣は驚愕に目を見開く。
 
「……今のは良い攻撃だった」
 
 背後から聞こえてくる声に、背筋に冷たい汗が流れた。
 
 背中越しに向ける視線の先、既にネギの詠唱は終了し、その手には雷が宿っている。
 
「……“白き雷”!」
 
 結論から言えば、その攻撃は愛衣に届かなかった。
 
 飛来した多数の十字架と斬撃波がネギを襲ったからだ。
 
 咄嗟の判断で、“白き雷”を迎撃に使い、衝突の爆煙を煙幕代わりにして距離を取る。
 
 煙の晴れた向こう側。
 
 そこに居たのは4つの人影。
 
 シスター・シャークティ、葛葉・刀子、弐集院・光、そして高畑・T・タカミチ。
 
「超君の側についたようだね、ネギ君」
 
 以前、超に捕らえられた時に、五月から超が計画を推し進める理由を聞かされていたタカミチは、ネギが超側に付くことを予測していたような口振りで彼に話しかける。
 
「説明の手間、省けて助かるなぁ……」
 
 元よりするつもりもないが、
 
「じゃあ、後がつかえてるんで、ちゃっちゃか終わらせるか」
 
 口ではそう言うが、内心ではウンザリ気な溜息を吐きながら、
 
 ……つーか、せめてタカミチ一人で来いよな。と思いつつも、気持ちを戦闘に切り替える。
 
「ブラスターシステム・リミット1・リリース」
 
 ネギの言葉と共に、彼の魔力が異常な膨れ上がりをみせる。
 
 それは超が開発したシステム。
 
 周囲の魔力を吸収してオーバーロードさせることなく強力な自己ブーストを掛け続け、限界突破の魔力を使用可能とするもの。
 
 本来は別の名称であったらしいが、ネギがこっちの方がドスが利いていると言って、強引に名前を変更させた代物だ。
 
 爆発的に魔力が高まる反面、その反動で術者の身体に掛かる負担はかなりのものになるらしいが、それでも術者の生命を削ったりしない辺り、本家の物に比べると随分術者には優しい設計のようだ。
 
 ……“加速の羽”。
 
 魔法による加速で、一気に距離を取る。
 
 しかし、敵も瞬動使いが二人いる。
 
 ネギの後退に追いついてくるタカミチと刀子。だが、それこそがネギの狙いだ。
 
 ──これで、4対1が2対1になった。
 
 追ってくる敵は、どちらも強敵ではあるが十二分に打つ手はある。
 
 更に戦力を分断する為、ネギは一言を零す。
 
「……嫁き遅れ」
 
「ぬぅわんですってぇ──!!」
 
 逆鱗に触れられた刀子が更に加速。
 
 タカミチとの距離が開いていく。
 
「いかん!? 落ち着くんだ! 刀子先生!」
 
 そこでネギの狙いを悟ったタカミチが刀子に自制するよう、声を掛けるが、
 
「これが落ち着いていられますか!?」
 
 抜刀し、ネギに襲い掛かる。
 
 1対1で、今のネギが負ける道理が無い。
 
 刀子の一撃を障壁で受け止めると、更に後退しながら術を紡ぐ。
 
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル……。闇の深淵にて重苦に藻掻き蠢く雷よ、彼の者に驟雨の如く打ち付けよ! ──“重神の圧槌”!」
 
 ゼロ距離からの重力魔法。成す術も無く刀子の身体が押し潰され、そのまま地面に叩き付けられる。
 
 魔法を使用した事により、一瞬速度の落ちたネギにタカミチが追い付いてきた。
 
「ネギ君!」
 
 既に、タカミチの技の射程距離内。
 
 ──豪殺・居合い拳ッ!!
 
 放たれる極大の拳圧を前に、ネギは詠唱を開始。
 
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル! 闇の長子に告ぐ、魔王の持つ光りの斧と化し
全てを薙ぎ倒せ! “光魔の戦斧”!」
 
 迫り来る拳圧を斬り裂こうとするも、相殺に終わった。
 
 ……クソッ!? 何て攻撃力してんだよ。
 
 しかも、呪文の詠唱や溜めを殆ど必要としないのだ。
 
 ……改めて対峙すると、反則みたいな技だな。
 
 そう思いながらも、次の詠唱に入る。
 
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル! さまよう風よ、その力もて魔界の扉を開け、吹けよ、悪魔の吐息!! “氷結の吐息”!」
 
 凍てついた霧が発生し、タカミチを凍りつかさんとする。
 
 しかし、それは無駄に終わる。
 
 咸卦法には耐寒作用もあるのだ。気温操作系の魔法は効果が無い。
 
 本来ならば、明日菜を相手にその事を熟知している筈のネギにしては有り得ない凡ミス。
 
 ──否、ミスではない。彼には別の目的がある。
 
「どうした!? ネギ君。僕にこの類の魔法は通用しないぞ!」
 
「まあ、そう慌てんなよタカミチ」
 
 声に含まれた余裕に危険を感じ、タカミチは咸卦の気を使って周囲に充満する冷気の霧を吹き飛ばす。
 
 ……が、そこにネギの姿が見当たらない。
 
「──命運尽きし星の欠片たちよ。今こそ我が新たなる命吹き込まん。
 
 なれば我が意に従いて空を舞い、敵を掃滅せよ……」 
 
 ただ朗々と聞こえてくる呪文詠唱の声。
 
 顔に射す影に視線を上げ、そこで初めてネギの居場所を知る事になるも、その光景の前に唖然としてしまい、戦闘中にも関わらず攻撃を忘れて棒立ちになってしまう程だ。
 
 そこに展開される光景──。
 
 ダンプカーやパワーショベルを始めとした数種の建設用機械。
 
 それら大型の重機が少なくとも10機以上が空に浮いていた。
 
「……本当なら、瓦礫や岩塊なんかでやる魔法なんだけどな。見当たらなかったんで、コイツらで代用してみた」
 
 代用などという代物ではない。
 
 大きさ、重量、どれをとっても凶器と呼ぶには充分過ぎる存在ばかりだ。
 
「じゃあ、行くぞ……」
 
 杖を振り下ろし、
 
「──“星屑の乱舞”!!」
 
 真っ先に、タカミチに向かって突っ込んでくるのは最重量を誇る重機。
 
「ロードローラーだ!?」
 
 ロードローラーを持ち上げる何処ぞの吸血鬼の幻影が見えたような気がしたが、気のせいだろう。
 
 対するタカミチは素早くポケットに両手を突っ込み、
 
「おおおぉぉぉぉぉぉぉッ!!」
 
 ──豪殺・居合い拳!!
 
 真正面から迎え撃った。
 
 鋼鉄が拉げ、砕ける。
 
 次々と自分を襲う超重量の塊達を前に一歩も引かないタカミチ。
 
 勿論、ネギもこれでタカミチが倒されてくれるとは思っていない。 
 
 ネギはこの隙に新たな呪文の詠唱を開始する。
 
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル。この血に宿りし大いなる力よ、今ここにその全てを解き放たん。我が意志となりて異界の果てまで届け! ……“旅の門”」
 
 転移魔法を発動。
 
 ネギの姿が一瞬でタカミチの前から消え失せた。
   
 
  
 
 
 
 
 
 
 
 転移したネギが姿を現した先に居たのは二人の男女。
 
 シスター・シャークティと弐集院・光の二人だ。
 
 驚愕に目を見開く二人を前に、ネギは前振りもなく詠唱を開始する。
 
 何しろこれは時間との勝負だ。
 
 タカミチが帰ってくるまでに、この二人を倒しておかなければならい。
 
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル! ──契約に従い、我に従え、炎の覇王! 来れ、浄化の炎、燃え盛る大剣。
 
 ほとばしれよ、ソドムを焼きし火と硫黄。罪ありし者を死の塵に!! ──“燃える天空”!!」
 
 人二人を呑み込んで、尚有り余る程の爆炎と熱。
 
 いかな魔法先生といえど、それを喰らって無傷でいられる筈がない。
 
 ……そう、確かに無傷でいられる筈はない。……だが、それでも二人の教師は耐えきってみせた。
 
 身体の各所に火傷を負いながらも、未だ戦闘不能には至っていない。
 
「やるなぁ……」
 
 口元に挑戦的な笑みを浮かべる。
 
「ハァハァ、……大丈夫か!? シスター・シャークティ」
 
「は、はい……、なんとか。──しかし、あの若さでこのクラスの魔法を扱うなんて、末恐ろしい人材ですね」
 
 おそらく、正面からぶつかって勝てる相手ではないだろう。
 
「……時間稼ぎを頼む。……その隙に僕が彼を封印する」
 
 とはいえ、チャンスは一度、あるか? といった所だろう。
 
 ……こうなってしまうと、佐倉君に増援を呼びに行ってもらったのは正解だったか。
 
 もっとも、増援と言っても学園側には、もうロクな戦力が残っていないのだが。
 
 視線を傍らにシャークティに向けると、彼女は真剣な表情で、
 
「正直、余り自信はありませんが──」
 
 言いつつ、シスターの両手には十を越える数の十字架が握られている。
 
「出来る限りは粘らせてもらいます──」
 
「すまない」
 
 無理を承知で依頼する事に弐集院は彼女に謝罪を入れた。
 
 対するネギとしては、そんなに粘られるわけにはいかない。
 
「ブラスター2!!」
 
 更に飛躍的に高まる魔力。そして、
 
「──“戦いの歌”!」
 
 声を挙げる余裕もありはしない。
 
 “加速の羽根”で一気に弐集院との間合いを詰め、
 
「フタエノキワミッ、ア──ッ!!」
 
 奇声を挙げながら、弐集院の胸に拳を叩き込む。
 
 勿論、二重の極みなどではなく、型もクソもない喧嘩パンチだ。
 
 但し、そこに込められた魔力の桁が違う。半端な防御など役に立たない程の魔力任せのパンチ。
 
 悲鳴を挙げる間もなく、吹っ飛ばされる弐集院。
 
 完全に予想外の行動をされ、次の一手を完全に逃したシャークティ。そんな彼女の隙を逃さず、ネギは間髪入れずに蹴りを放つ。
 
 不意を付かれた形になったシャークティは弐集院同様に吹き飛び、ネギは追い打ちとばかりに、壁に衝突し意識の朦朧としているであろう弐集院とシャークティに向けて魔法の射手を叩き込んだ。
 
 粉塵と瓦礫が二人の姿を完全に覆い隠す。
 
 そこに、僅かに遅れて到着したのはタカミチだ。
 
 彼は周囲の状況からおおよその事を予測すると、ネギに対して一切の油断を見せぬ仕草で、ポケットに手を突っ込むという独特な構えを取る。
 
「…………」
 
「…………」
 
 両者共に無言。
 
 何かの切欠があれば、双方同時に動くと思われたその膠着は、意外な形で崩れる事になった。
 
「その勝負、少し待ってもらえるカナ? 高畑先生、ネギ老師」
 
 そこに現れたのは、本来ラスボスとなる筈の少女、超・鈴音だ。
 
 彼女はネギに視線を向けると、
 
「さて、ネギ老師。……聞きたい事は二つネ」
 
 一息、
 
「何故、命令に背き魔法先生達を攻撃スルカ? 本来の計画では、ここまでダメージを与える必要は無かた筈ネ。
 
 それともう一つ。……どして、龍宮さんを襲ったカ?」
 
 ネギは無言。
 
 対する超は、それで全てを理解したと頷き、
 
「答えられないような理由カ?
 
 ……例えば、自らが皆の恨みを一身に受ける事で、計画が失敗した時の仲間に対する風当たりを緩和するタメ。
 
 そして、龍宮さんを攻撃したは、全てをネギ老師が裏から操って私達を利用し、必要無くなたから切り捨てたように見せかけるタメ。
 
 ……それにより、計画が成功しても失敗しても、恨みを買うのはネギ老師一人となるネ。
 
 どかな? 当たらずとも、遠からずと言った所違うカ?」
 
 超としては、侮るな、と言いたい気分だ。
 
 皆に恨まれる覚悟くらいは、とうの昔に完了している。
 
 だがネギは、口元に嘲笑を浮かべると、
 
「俺がそんな善人に見えるか?」
 
 言って、超に魔法の射手を放つ。
 
 しかし、それはネギと同じく航時機使いである超には無駄な行為だ。
 
 彼女は何の危なげもなく、魔法の射手を回避すると、ネギから僅かに離れた位置に現れ、
 
「それが答えカ? ネギ老師」
 
 告げ、小型のスイッチを取り出す。
 
「非常に残念な結果ネ」
 
 ボタンを押した。
 
 ──瞬間、超の背中に仕込まれたカシオペア参号機が爆発し、それに連動するように彼女の周囲に漂っていた思念誘導型の小型兵器も爆砕。
 
 更には、彼女の身に纏う強化装甲服さえも機能を停止してしまった。
 
「ば、馬鹿な!? ……一体、何が!?」
 
 仰天する超。答えは彼女の眼前にいる少年が知っている。
 
「おいおい、お前が俺に首輪付けてる事くらい気付かないとでも思ったか?」
 
 ネギは勝ち誇った顔で、
 
「ちょっとばかり、プログラムを改変させてもらった」
 
 何しろ彼には、ウィル子という電子精霊がついているのだ。
 
 茶々丸はウィル子の暗躍に気付いていたようであるが、ハイマスター権限で黙らせた。
 
「俺の目的はただ一つ。──お前がお膳立てしたこの計画を乗っ取り、世界中に魔法を認識させる。
 
 そして、世界が混乱している隙に乗じて、世界征服を成し遂げ、俺が世界の王になる!」
 
 余りにも突拍子の無い目的。
 
 勿論、言ったネギでさえ、実現出来るとは微塵も思っていない。
 
 ただ超に図星をつかれて悔しいのと恥ずかしいので、取り敢えず言ってみただけだ。
 
 しかし、ネギとの付き合いの長いタカミチ、そして彼の生徒である超にはそれが照れ隠しである事は即座にバレた。
 
「まったく……、バカだねネギ君」
 
 その言葉は世界征服宣言に対して言ったものか? それとも超の言ったネギの本心に対して言ったものか? どちらであったとしても、その言葉に含まれる優しさはネギに向けられたものだ。
 
「君の想いは分かった……」
 
 彼は教師として、生徒である超の罪と恨みを肩代わりするつもりなのだ。
 
 だからこそ、
 
「ここで止めさせてもらう」
 
 これまで、ネギの凶行に対して若干の迷いのあった彼だが、超からネギの凶行の理由を聞いて全てが吹っ切れた。
 
 この優しくてバカな少年は、誰かが止めないと、いずれ自滅してしまうだろう。
 
 本来ならば、その役目は彼の側に居る少女達の役割の筈であろうが……、
 
「流石に、今のネギ君を止めるのは難しいだろうからねえ」
 
 だから、この場は彼女達の代わりにタカミチが止める。
 
「悪いが、俺も止まるつもりはねえ!!」
 
 宣言し、叫ぶ。
 
「出ろ! ブラスタービット!!」
 
 ネギの影から金色の機影が飛び出す。
 
 それは中央に真紅の宝玉を据え、周囲を攻撃的で鋭角な外殻で構成された金色に輝く小型の思念誘導兵器。
 
 それが4つ。
 
 元々、デザインは超の使用していた物と同じだったのだが、ネギが我が侭を言って改造させた代物だ。
 
「……行け!」
 
 ネギの命令に従い、ブラスタービットがタカミチの周囲を飛び交い隙を見て彼に砲撃を浴びせかける。
 
 対するタカミチも“偉大なる魔法使い”ではないとはいえ、それに匹敵する力を有する猛者。
 
 ブラスタービットから放たれる砲撃を全て回避しつつ、ネギへ攻撃を仕掛けようと試みる。
 
 だが、それがネギの罠だ。
 
 ブラスタービットが単調な砲撃しか出来ないと思わせておいて、密かにタカミチの周囲に時限式の拘束魔法を仕込んでおく。
 
 ……貰ったぞ、ネギ君!
 
 タカミチがネギに特大の一撃を放とうとした瞬間、ブラスタービットによって仕組まれていた拘束魔法が発動。タカミチの身体を絡め取る。
 
「……クッ!?」
 
 何とか拘束から逃れようと足掻くタカミチの耳に、ネギの詠唱が聞こえてくる。
 
「──ラス・テル・マ・スキル・マギステル。
 
 灼熱の王子よ! 極寒の皇女よ! 等価なる汝ら、競いて優れたるを我に示せ。
 
 燃やせよ凍嵐、氷柱となせ獄焔──! “対滅たる地獄”!!」
 
 炎と冷気が螺旋を描きながらタカミチに襲いかかる。
 
 極端な温度差をもって目的物を粉砕する魔法だ。
 
 拘束され、身動きを封じられている今のタカミチに回避する手だてはない。
 
「グッ……、おぉッ!?」
 
 成す術もなくネギの放つ術に飲まれるタカミチ。
 
 いかな彼とはいえ、あの魔法の直撃を喰らって立ってはいられなかった。
 
 倒れ伏し動かなくなったタカミチを確認すると、ネギは視線を超へと向ける。
 
「……さて、お前には今後も色々と俺の為に働いて貰わねぇといかないんでな。
 
 学祭が終わるまではおとなしくしていてもらおうか」
 
 告げ、拘束魔法を発動しようとするも、超の顔に浮かぶ余裕ともとれる笑みを見て僅かに躊躇う。
 
 ……まだ何か隠し球があるのか?
 
「コード、■■■■■■■■
 
 呪文回路解放、封印解除。
 
 ラスト・テイル・マイ・マジック・スキル・マギステル──」
 
 超の身体に呪紋が浮かび上がる。
 
「始動キー!? ……魔法だと!?」
 
「──契約に従い、我に従え、炎の覇王! 来れ、浄化の炎、燃え盛る大剣。
 
 ほとばしれよ、ソドムを焼きし火と硫黄。罪ありし者を死の塵に!! ──“燃える天空”!!」
 
 途轍もない規模の爆発がネギを呑み込まんとする。
 
 しかし、カシオペアを有するネギにとってどれ程強大な威力を持った魔法であろうと意味はない。
 
 絶対回避によって、その一撃を危なげもなく避けたネギは超の背後に姿を現し、
 
「大した隠し球だ。
 
 ……だが、航時機使いの俺には何の役にも立たない事は、お前が一番良く知ってるだろう?」
 
 超が振り向き様に拳を突き出すも、ネギの手により簡単に受け止められてしまう。
 
「掛かって来るなら、この如何ともしがたい実力の差を、ちったぁ埋めてから掛かって来い!」
 
 告げ、超の額に拳を叩き付けて吹き飛ばした。
 
「グッ……、うぅ……」
 
 全身傷だらけになりながらも、懸命に立ち上がろうとする超。
 
 そんな彼女に向け、ネギは情け容赦無く追い打ちの魔法の射手を放つ。
 
「あぁ──ッ!?」
 
 20を越える魔弾が、超の身体を再度吹き飛ばす。
 
 それでも辛うじて意識を繋ぎ止めた超は、再度立ち上がろうとするが、ネギはそれを許しはしない。
 
 彼女の元まで歩み寄り、その背中を踏みつける。
 
「クァッ!?」
 
 悲鳴を挙げる超を冷徹な眼差しで見下ろし、
 
「──“爆裂”」
 
 彼女に向けてトドメとなる一撃を喰らわした。
 
 至近距離で爆発を受け、ようやく気を失った超。
 
 それを確認し、ネギはこれ以上、彼女を攻撃しないですむ事に安堵の吐息を吐き出すが、次の瞬間にはその顔に憤怒の表情を浮かべる。
 
 ……どこの何奴だ? コイツの身体にこんなえげつねえ呪紋仕込みやがったクソ野郎は!?
 
 あれは魔法使いではない者の命を削り魔法を使用可能とさせる呪紋だ。
 
 そして、そうまでして計画を成功させようとした超にも怒りを覚える。
 
 ……自分一人で全部背負い込もうとしてんじゃねえぞ、馬鹿野郎が。
 
 それは自身にも言える事なのだが、彼は気付いているのだろうか?
 
 ともあれ、重体の超に治癒魔法を施し、ネギは視線を次なる目的地へと向ける。
 
「……余計な時間食っちまったな」
 
 ……間に合うか?
 
 彼が気にしているのは、6カ所の魔力溜まりにおける侵攻の具合だ。
 
 おそらく、あの機械制御された鬼神達では、彼の生徒達には勝てないだろう。
 
 最悪、封印処理されてない事を祈るまでだ。
 
 ネギは杖に乗るとその場を飛び去った。
 
    
 
 
  
   
 
 
 
 
−世界樹広場前−
 
 現れた巨大生体兵器に対し、裕奈が手にした魔法銃に魔法の込められた弾丸を挿入する。
 
「……征くよ、“唱える者”」
 
「いいから、早くしてゆーな! もう限界だよぉ!!」
 
 裕奈を守護するように展開した運動部のメンバー達だが、流石に数の違いが如実に出てきて、田中の侵攻を抑えるので一杯になってきていた。
 
 まき絵の悲鳴を受け、裕奈は魔法銃を構え照準を合わせる。
 
「喰らえ!! “竜の咆吼”!」
 
 魔法銃から伸びる極太の光条が鬼神の上半身を捉えた。
 
 ……かに見えたが、粉煙が晴れてみるとそこには無傷なままの巨人の姿がある。
 
「嘘……、なんで!?」
 
 完全に煙が晴れると、その原因が判明した。
 
「……ネギ先生」
 
 間一髪、間に合ったネギが、防御に成功したのだ。
 
「──こちらスターズ1、ギリギリセーフでヘリの防御成功!」
 
「いや、スターズ1って誰よ!? そもそもヘリなんて無いし!」
 
 裕奈の抗議も虚しく、ネギは彼女達の殲滅に入る。
 
 否、別に全員を倒す必要は無い。この中で鬼神を倒せる力を有している裕奈一人を無力化させれば済むだけの話だ。
 
 それに全員を相手にしているだけの時間の余裕は彼には無い。
 
 だが、裕奈を守るように亜子達がネギの前に立ちふさがる。
 
「お願いです、ネギ先生! もう、こんな事止めて下さい!」
 
 亜子が悲鳴に近い叫びを挙げるが、それはネギには届かない。
 
 ネギの見たところ、彼女達は武器さえ奪ってしまえば戦闘力が激減するだろう。
 
 だからネギは封印を解く。
 
 余りにも強力過ぎる為、自ら封印したあの魔法を──。
 
「……“風花・武装解除”!」
 
 突風が彼女達から全ての武器・防具・衣服・下着を問わず剥ぎ取り、一糸纏わぬ姿へと変える。
 
「きゃぁ──!!」
 
 羞恥に身体を抱えてその場に蹲る運動部4人組。
 
 それを後目にネギは地上に降り立つと一歩を強く踏み込んだ。
 
 彼の爪先が向く方向、それは麻帆良国際大学附属高等学校がある。
 
 彼は予め放っておいた広範囲偵察用の光球からの情報で目標の位置を確定し、最後のリミッターを解除した。
 
「ブラスター3!!」
 
 4機のブラスタービットが彼の周囲で砲口を同一方向へと向ける。
 
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル! 灰燼と化せ冥界の賢者、七つの鍵をもて開け地獄の門! “七つ鍵の守護神”!!」
 
 本日二度目の“七つ鍵の守護神”。
 
 放たれる光条が、建物を次々とブチ抜き目標へと一直線に迫る。
 
 
 
 
 
 
 
   
 
 
−麻帆良国際大学附属高等学校−
 
 この場に現れた鬼神を殲滅すべく呪紋の詠唱を開始しようとしたエヴァンジェリンの視界に、奇妙な光球が現れた。
 
「……コイツは」
 
 どう見ても、魔法による物だ。
 
 ……確か、コレは。
 
「御主人、ソリャ広範囲索敵用ノ魔法ジャネェノカ?」
 
 チャチャゼロの言葉で思い出す。
 
「……そう言えば、ぼーやが偶に使っていたな」
 
 視界の外にいる敵に対して、この魔法で位置を特定し、障害物ごと砲撃魔法で殲滅する。
 
「とはいえ、近くにぼーやの魔力は感じな……」
 
 そこで、気付く。
 
 世界樹広場の方。無視出来ない程に大きく膨れ上がっていく魔力がある事に。
 
「……正気か!? あそこからここまで、どれだけの距離が! 幾つの障害物が存在すると思っている!?」
 
 普段のネギではまず届かない。
 
 否、仮に届いたとしても、その魔法は減衰していて殺傷力は皆無といった所だろう。
 
 そこにエヴァンジェリンの油断があった。
 
 今のネギは超のオーバーテクノロジーと世界樹の魔力によって、彼の限界以上の力を引き出せる状態なのだ。
 
 校舎をブチ抜き現れた特大の光熱波がエヴァンジェリンに迫る。
 
「なッ!?」
 
 逃げる事は疎か、悲鳴を挙げる暇も有りはしない。
 
 エヴァンジェリンはそのまま光に呑み込まれた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
−世界樹広場前−
 
 麻帆良国際大学附属高等学校の方は、取り敢えずこれで良し、と安堵の吐息を吐き出す。
 
 ……まぁ、エヴァは倒せなかっただろうけども、取り敢えずは良しとするか。
 
 今は不意打ちをマトモに喰らって気を失っているようであるが、気が付けばそれはもう悪鬼の如き形相でネギを追ってくるだろう。
 
 その時の事を思うと、非常にウンザリさせられるが、今は成さねばならない事がある。
 
 ネギは近くの瓦礫と化した店からカーテンを引っぱり出してくると、それを四人組に投げ渡す。
 
 それに対する返答は、罵倒だ。
 
「せ、セクハラ教師ぃ! 訴えてやるんだからぁ!!」
 
 身体の各所を隠しながら吠えるまき絵。
 
 対してネギは軽く溜息を吐き出し、
 
「あのな……、そんな台詞は、せめて大河内くらい乳がデカくなってから言え。
 
 お前みたいな貧乳見ても、全然嬉しくねぇ」
 
 その言葉で、真っ赤になるまき絵とアキラ。
 
 但し、その内実は、怒りと羞恥で真逆であるが……。
 
 その場を飛び立とうとするネギ。
 
 その彼を呼び止めるように、亜子が声を掛ける。
 
「あ、あの……、先生!」
 
 僅かに躊躇い、しかしこれは重要な事だと自分に言い聞かせて羞恥を耐え問い掛ける。
 
「先生は、やっぱり大きな胸の方が好きなんですか!?」
 
「いや、今聞くとこそれ!?」
 
 裕奈達の声もテンパッた亜子には届いていない。
 
 真剣な表情で問う亜子に対し、ネギは暫く思案した後、
 
「んー……、どうだろうな? ……実は余り、こだわりとかは無いかもしれん。
 
 つーか、むしろ胸よりは尻だな」
 
 その言葉に、安堵の吐息を吐き出す亜子。
 
 サッカー部であるだけあって(マネージャーだが)、自分のお尻は結構引き締まっている筈だ。
 
 取り敢えず、これでこの場に用は無くなったと判断したネギは、今度こそ、その場を飛び立った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
−女子普通科付属礼拝堂−
 
 この地を守護するヘルマン達の眼前にも鬼神の巨大な姿があった。
 
「京都のスクナに比べたら、大したことあらへんな」
 
 余裕の態度で告げる小太郎。
 
 そのリョウメンスクナノカミを木乃香の力を利用したとはいえ、御した事のある千草も若干の余裕が見える。
 
「ま、あの程度やったら、何とかなるやろ」
 
 ちなみに彼女は封印処理を施そうなどとは微塵も思っていない。
 
 隙を見て、この鬼神を自分の手札に加えようと画策している最中だった。
 
 無論、鬼神を配下に加えたとして、何をするか? と問われれば、速攻でネギへの復讐と答えるだろうが、そんな考えは、ネギが彼女に施した呪いが許しはしない。
 
「いだだだだだだ!!」
 
 いきなり、右手を押さえて痛がりだした千草を小太郎は呆れた眼差しで見つめ、
 
「……千草姉ちゃん、ええ加減に諦めたらどうや? ネギやったら、俺がコテンパンにノしたるさかい」
 
 ……こ、こればっかりは、人任せで満足できへん!
 
 と思うが、思うだけで激痛が彼女を苦しめる。
 
 ともあれ、ヘルマンが鬼神を迎撃しようと悪魔モードに切り替わった所で、遠くから灼熱した何かが彼らの方へ接近してきた。
 
「……何や? アレ」
 
 目を凝らした小太郎の視界に映るのは、全身に炎を纏い高速で飛翔するネギの姿だ。
 
 ネギは杖の石突きをまるで槍のように突き出しながら、彼らに吶喊していく。
 
「貫けぇ! 俺の武装錬金!!」
 
 意味不明な事を叫びながら更に加速し、停まる気配など微塵も見せない彼は、勢いそのままに彼らを轢き飛ばす。
 
 その質量と加速エネルギーの前では防御など役に立たず、また逃げようとした千草も余波で吹き飛ばされる始末。
 
 結局、ネギは最後まで立ち止まる事なく、そのまま飛び去って行った。
 
 
 
  
 
 
 
 
 
 
−龍宮神社・神門−
 
 そこに現れた鬼神に対し、ハルナは“落書帝国”の簡易ゴーレムを召喚する。
 
 開かれたページに描かれているのは一人の男だ。
 
 金色の髪を逆立てた最強の格闘家。
 
 名を……、
 
「オッス! オラ、悟空」
 
 眼前に現れた憧れのスーパーサイヤ人に目を輝かせる古菲。
 
「ハルナ、ハルナ! 早く戦ってもらうアルよ!」
 
 急かしてみるが、ハルナからの返事は無い。
 
 不審に思って振り向いてみる。
 
 そこに居たのは、胸から腕を生やしたハルナの姿。
 
 ハルナの身体から伸びる腕に握られているのは、彼女の魔力の源とも言うべき結晶体。
 
 慌てて、彼女の背後に回り込む古菲。
 
 しかし、そこには人影は見当たらない。
 
 ……そういえば、腕の突き出たハルナの身体からは一滴の血も出てなかったアル。
 
 だとすれば、コレも魔法の一種なのだろう。
 
 そうなると犯人も決まってくる。
 
「……ネギ老師アルか!?」
 
「御名答。……悪いが、早乙女の能力は厄介なんでな。こういう方法で、決着をつけさせてもらう」
 
 一息、
 
「──臓物をブチ撒けろ!」
 
 叫び、彼女の魔力の源たる結晶を握り潰した。
 
 悲鳴を挙げる事さえ出来ず、その場に崩れ落ちるハルナ。
 
 傍らに居た古菲が慌てて彼女の身体を支える。
 
「ハルナ!? ハルナ!? ──大丈夫アルか!?」
 
 揺すってみるが、返答は無い。
 
 駆け寄って来たココネがハルナの脈を確認し、
 
「大丈夫……。意識は無いケド、命に別状はナイ……」
 
 それを聞いて安堵の吐息を吐き出す古菲。
 
 しかし、安心するにはまだ早い。
 
「来た来た来た来たよ──ッ!!」
 
 悲鳴に近い声を挙げながら、美空がやって来る。
 
 彼女が指さす方向。そこには田中の大群と巨大な鬼神がすぐそこまで押し迫っていた。
 
 それを見た古菲は、短い逡巡の後、ハルナの身体をココネに預ける。
 
「さて……、三人共、下がるといいネ。
 
 ──この場は私が引き受けたアル」
 
 どのような状況であろうと、彼女は諦めるわけにはいかない。
 
 何せ、この戦いには、彼女の親友である超・鈴音の進退も掛かっているのだ。
 
 例え、この身が砕けようとも、引くわけにはいかない。
 
 悲壮とも言える決意の元、古菲は駆け出した。   
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
−フィアテル・アム・ゼー広場−
 
 無数の田中達と巨大な鬼神を引き連れ、姿を現したネギと対峙するアーニャ達。
 
 彼らを前に、少女達は焦りを感じていた。
 
「……ど、どうすんの!?」
 
 問い掛ける明日菜に対し、アーニャはむしろ予測通りといった表情で、
 
「……まぁ、こうなるんじゃないかなぁ、とは薄々思っていたんだけどね」
 
 諦めの混じった溜息を吐き出し、眼前で倒れ伏す女性に視線を投げかける。
 
 そこに倒れているのは、金髪の女性。
 
 彼女達の切り札とも言うべき存在。ネカネ・スプリングフィールドだ。
 
 ネカネはネギと対峙して早々、
 
「あーれー(はぁ〜と)」
 
 とか言って、態とらしく倒れてしまった。
 
 彼女にしてみれば、ネギと敵対するつもりなど、更々無い。
 
 ネカネにとって、ネギが全ての中心であり、彼こそが彼女の全てと言っても過言でもないのだ。
 
 ネギが学園を追放されたら、勿論付いていくし、その為に何人もの女の子が泣く事になろうとも知った事ではない。
 
 そんなに一緒に居たいのならば、付いてくれば良い。否、……その程度の覚悟も無いような者はむしろ彼女の方からお断りだった。
 
 ……ともあれ、そんな状況で鬼神も迫る中、彼女達はネギと対峙する事になったのだが、
 
「……私と明日菜はネギの相手で一杯一杯。高音、雑魚を掃討しながら、あのデカブツ落とせる?」
 
 ハッキリ言って、自信は無い。……そもそも、彼女の使う操影術は人間大の相手を想定された物であり、鬼神のような巨大な物を相手にするような術式は無いのだ。
 
 だが、それでも、ここでNoと言える状況でもないのは確かだ。
 
「任せておいて下さいな」
 
 強がる高音。しかし、ネギも黙って見ているわけではない。
 
 彼が一歩を踏み出し、街灯によって長く伸びたアーニャの影を踏む。
 
 それで、彼女の動きは完全に封じられた。
 
「な、何これ? ……身体が動かない!?」
 
 動揺するアーニャを捨て置き、ネギの手が虚空を掴む。
 
 否、ネギの手ではなく、彼の影がアーニャの影を掴んでいる。
 
「ほらよッ!」
 
 気合い共に、ネギの影がアーニャの影を投げ飛ばし、それに引っ張られるようにして、アーニャの本体も投げ飛ばされ、壁にぶつけられた。
 
「ウッ!? ……あぁ」
 
 突然、アーニャが吹っ飛んだ事に理解出来ず、目を白黒させる明日菜。
 
「ちょ、ちょっと!? アーニャさん! 一体何が、どうしたっていうのよ!?」
 
 だが、アーニャに答えられる余裕などありはしない。
 
 壁に叩き付けられた衝撃で、軽い脳震盪を起こしている。
 
 そんなアーニャに変わって、先程のネギの術を見抜いたのは高音だ。
 
「……今のは、操影術なのですか?」
 
 対するネギは薄い笑みを浮かべ、
 
「ちょっとした応用だよ。
 
 ……操影術を上手く使えば今のような事も、また影の中に武器を忍ばせておくことも可能だ」
 
 それを使ってネギは、修学旅行時に親書を千草の目から隠し通した。ブラスタービットの収納場所に関しても同様だ。
 
 大体、高音のように一々素っ裸になってから黒衣を纏わなくても、着ている服に影を浸食させて防御力を向上させる事も可能なのだ。
 
「つーわけで、後が混んでるんでな。
 
 ──お前らもここで休んどけ」
 
 告げ、術式を構成する。
 
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル──」
 
 それを見た明日菜が高音の前に回り、自らの身体を盾とした。
 
 対するネギは詠唱を変更。
 
「……“光よ”」
 
 小さく呟き、明日菜達の目を眩ませる。
 
「クッ!?」
 
 いかな魔法完全無効化能力者とはいえ、これは無効化出来ない。
 
 明日菜の視界を奪った一瞬の隙を付いて、ネギは彼女の懐に入り込み、その腹に拳を叩き込む。
 
 その一撃で明日菜は意識を刈り取られ、その場に崩れ落ちた。
 
 ……そして、
 
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル──。 
 
 伝承にありしは聖なる鐘を携えし御使い。
 
 古の誓約に基づき、今こそ滅びの音を打ち鳴らせ!
 
 “光の章・第二の神畏”」
 
 ネギが呪文を唱えると、純白の大翼を持ち、全身を白いローブで覆い隠した人物……、“偉大なりし者の代理人”が現れ、その手に持った鐘を掻き鳴らす。
 
 その耳障りで甲高い、まるで断末魔のような音が物理的に収束され、高音の身体を撃ち抜いた。
 
「くっ……、ぁ!」
 
 その場に頽れ、前のめりに倒れ伏す高音。
 
 それを確認したネギは、視線を倒れたまま動かないネカネに視線を向け、
 
「じゃあ姉ちゃん。後の事頼む」
 
 告げるが返事は無い。
 
 代わりに『お姉ちゃん、気絶中』と書かれたテロップが掲げられた。
 
 ……つまり、気絶してるから話掛けるな、と。
 
 ネギは溜息を吐き出し、その場を後にした。
 
    
 
 
 
 
 
 
 
 
−麻帆良大学工学部・キャンパス中央公園−
 
 現れた鬼神を前に、夕映が懐から取り出した複製ではない、本物の仮契約カードを掲げて詠唱を開始する。
 
「リリカル・マジカル! ……蒼穹を走る白き閃光 我が翼となり天を駆けよ、……こよ我が竜ウィーペラ!! ──“竜魂召喚”」
 
 仮委任状により、夕映の手によって封印を解かれたウィーペラが真の姿を現す。
 
 それは全長10m超過の巨大な飛竜。
 
「うわ……、あのチビ、こんなにでっかくなれたの?」
 
「つーか、コレがホントの姿らしで?」
 
 ウィーペラの眼下で釘宮と木乃香の会話が交わされる中、その背に乗った夕映は、攻撃目標を鬼神に定めた。
 
「……征くです!」
 
 ──咆吼をもって夕映に応える。
 
「──“光条の咆吼”!」
 
 ウィーペラの顎から破壊の力を宿した光りが放たれようとした瞬間、鬼神の前に立ちふさがる影が現れる。
 
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル──」
 
 その影は素早く術式を展開すると、
 
「誰もがそのままで、……ずっとずっと、そのままでいられるために──」
 
 ネギの持つ杖の先端から黒の刃が伸びる。
 
「──“運命の刃”!」
 
 その刃に直接的な殺傷能力は無い。……但し、その刃はあらゆる運命を切り開く。
 
「《我が運命は未だ死を告げず》」
 
 言葉と共に振るわれる黒刃。
 
 それはウィーペラの砲撃による死という運命を切り裂いた。
 
 直後、ウィーペラから放たれた光条がネギ達を直撃する。
 
 しかし、光はネギ達に当たる事無く、鬼神の背後へとすり抜けた。
 
「……え?」
 
 信じがたい出来事に目を見開く女生徒達。
 
 ネギはそのまま新たな呪文の詠唱を開始、
 
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル──。
 
 其は忌むべき芳名にして偽印の使徒、神苑の淵に還れ、招かれざる者よ……。
 
 “熾天使の矢”!」
 
 ネギの杖から光条が放たれると同時、
 
「ウィーペラ!」
 
 いち早く立ち直った夕映が命を下し、翼竜からも光条が放たる。
 
 二つの光条は空中でぶつかり拮抗。
 
「……やるじゃねえか、綾瀬」
 
 若干、押されつつも余裕を見せるネギ。
 
 そんな彼に対し、夕映は懐から掌大の八角形をした魔導具を取り出す。
 
 それはミニ八卦炉と呼ばれる代物だ。僅かな魔力を流すだけでバカみたいな威力の砲撃を放つ事が出来る。
 
 その事を知っているネギは顔を青ざめさせ、
 
「エヴァの野郎、俺がくれって言っても絶対くれなかったのに!?」
 
 訂正、悔しかっただけらしい。
 
 そんなネギに構うことなく、夕映はミニ八卦炉を起動させる。
 
「“マスター・スパーク”!!」
 
 放たれた光条は黄色に近い白の閃光。
 
 それがウィーペラの竜砲と重なり、一気にネギを呑みこまんとする。
 
 だがネギはそれでも余裕の笑みを浮かべて、
 
「にわか仕込みの砲撃で、俺と張り合おうなんざ、56億7千万年早ぇ!」
 
 ネギの周囲に浮遊するブラスタービットの砲口に光が宿る。
 
「ぶっ放せぇ!!」
 
 ブラスタービットからの援護射撃を得たネギの“熾天使の矢”は、相乗効果でその威力を数倍へと高め、一気に形勢を逆転した。
 
「一度、直に味わってみろ。──人生観変わるぞ?」
 
 直後、夕映とウィーペラは光の奔流に呑まれた。
 
 ……刹那と夕映を失い、戦力的に残った者達では鬼神を倒す事は不可能だろう。
 
 そう判断したネギは、踵を返し視線を上空に向ける。
 
 向かうは天空に浮かぶ飛行船。そこでは葉加瀬が儀式魔法の準備を整えている筈だ。
 
 ……もう、俺の裏切りは気付いてる筈だからな。ハカセには、力ずくでも協力してもらわねえといけねえし。
 
 そんな事を考えながら、空へと飛び立つネギ。
 
 それを成す術なく見送る事しか出来なかったチア部の面々。そんな彼女達に田中達の軍団が迫る。
 
「ど、どうすんのよ?」
 
「ど……、どうするって言っても、わ、私達じゃどうしようもないじゃない!?」
 
 タダでさえ、圧倒的に不利な状況下であるにも関わらず、更に向こう側には援軍まで到着する始末。
 
 どうやら援軍は茶々丸(妹)らしいのだが、一体一体改造されているらしく微妙に装備が異なる。
 
「茶々丸(妹)Mk−2と申します。以後、お見知り置きを……」
 
「Z茶々丸(妹)と申します。以後、お見知り置きを……」
 
「茶々丸(妹)ZZと申します。以後、お見知り置きを……」
 
 続々と登場する茶々丸(妹)シリーズ。
 
 その他には茶々丸(妹)GP03−デントロビウムやストライクフリーダム茶々丸(妹)など、多種多様な茶々丸(妹)が登場した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
−麻帆良学園上空・飛行船−
 
「待たせたな、葉加瀬。じゃあ、ちゃっちゃっと、詠唱始めてくれ」
 
 眼前に姿を見せ、そんな事を言い始めたネギに対して、葉加瀬はさして慌てる事なく、
 
「事情の説明とかも、一切無しですか?」
 
「面倒臭ぇからな。全部終わってから説明してやるよ」
 
 そう告げるネギ。対する葉加瀬だが、大方の事情は通信を通して知ってはいる。
 
 自らが悪を行い、例え何人もの人に恨まれる事になろうとも、より多くの人達を救える道を絶えず選択し続ける孤高とも言うべき気高い意思。
 
 その事から、彼女の導き出した結論は、
 
 ……流石、超さんのご先祖様といった所ですか。
 
 超からネギとの関係を聞かされている葉加瀬はネギと超の共通点に苦笑を浮かべざるをえない。
 
「分かりました。……計画通り、儀式魔法の詠唱を開始します」
 
 ネギの予想よりもすんなりと同意した葉加瀬に対し、彼は訝しげな視線を投げかけ、
 
「……随分と素直だな?」
 
 警戒心を露わにして、思わず問い掛けてしまった。
 
 対する葉加瀬は肩を竦め、
 
「ご不満ですか?」
 
「つーか、拍子抜けした……」
 
 告げ、いざという時の為に用意しておいた遅延魔法を解放する。
 
「“剣の王”……、解放」
 
 刹那の後、葉加瀬の周囲を取り囲むように、20を越える真紅の短剣が出現した。
 
 そしてネギは溜息を吐き出し、
 
「折角用意したんだから、そのままで作業しとけ」
 
「……余計、集中出来ないような気もするんですが」
 
 とは言いつつも、ネギの本心を見抜き、余計な事は言わないでおく。
 
 ……こうしておけば、傍目から見れば、私は脅されて協力させられているようにしか見えないんですよね。
 
 これならば、万一計画が失敗したとしても、葉加瀬に被害が及ぶ事も無いだろう。
 
 ネギの心遣いを汲み、敢えて何も言わず、葉加瀬は詠唱を開始した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
−麻帆良大学工学部・キャンパス中央公園−
 
 迫り来るロボット軍団。
 
「ちょ、ちょっと、どうすんのよ!?」
 
 援軍も無く、体力も既に限界近い。
 
 絶望的な状況に泣き出しそうになる少女達。
 
 しかし、そんな状況下にありながらも、まだ諦めていない者も居る。
 
「皆は下がっといて、……ここはウチが抑えるさかい」
 
 告げ、前に出るのは木乃香だ。
 
 彼女は決意を秘めた眼差しで、懐から大量の符を取り出すと、それを全てバラ撒き、
 
「ほな、行くでー! “百万鬼夜行”!!」
 
 現れ出ずる、文字通り百万の軍勢。
 
 数の暴力で一気に流れを押し戻す。
 
「うわ、凄ッ!? っていうか、こんなの出来るなら最初からやってよ、このか」
 
 半ば恨みがましく告げる柿崎に木乃香からの返答はない。
 
 不審に思い、視線を向けてみると、そこでは苦しそうな表情の木乃香が、脂汗を垂らしながらも懸命に術を制御している所だった。
 
 ……ッ!? 魔力が根刮ぎ持ってかれる。
 
 エヴァンジェリンの宝物庫から借りてきたのはいいが、制御が半端ではなく難しい。
 
 ハッキリ言って、これはエヴァンジェリンや刹那達のような人外用に制作された物で、常人では制御出来るような物ではないのだ。
 
 一瞬、気を失いそうになるが、己の唇を強く噛んで正気を取り戻す。
 
 流れ出る血を服の裾で拭いながら、
 
 ……アカン! ウチが気ィ失のうたら、式神達が消えてまう!
 
 その鬼気迫る表情に、チア部のメンバー達は声を掛ける事すら躊躇ってしまう。
 
 その時だ、背後から聞こえてくる瓦礫の崩れる音に、チア部の少女達は慌てて身体を寄せ合い警戒を露わにする。
 
 だが、そこに居たのは敵ではなく、傷だらけになった翼竜とその背に乗る夕映の姿。
 
「ゆえっち! 無事だったの!?」
 
 否、無事とは言い難い。
 
 むしろ満身創痍と言っても過言でもない状態だ。
 
 それでも夕映は立ち上がる。
 
「もう良いよ! 別にネギ先生が居なくなったっていいじゃない!
 
 こんな酷い目に合わされてまで引き留める価値なんて無いでしょ!?」
 
 必死に夕映を抑えようとする柿崎だが、それは夕映の一言で止められてしまう。
 
「……いいえ、それは大きな間違いです柿崎さん」
 
 夕映につられるように、ウィーペラも瓦礫の中から身体を起こす。
 
「……ネギ先生の言う通り、実際に受けてみて分かりました」
 
 満身創痍であるにも関わらず、夕映の顔は笑っている。
 
 ネギの事だ。最後の置き土産のつもりだったのだろうが、夕映にしてみれば、これで終わりにするつもりは更々無い。
 
「……砲撃魔法のコツというものが」
 
 視線は鬼神へ、
 
「リリカル・マジカル……」
 
 意思はある。気力も充実している。
 
 ……だが、体力がついていかず、膝を折ってしまう。
 
 そしてそれは、それまでロボット軍団を抑えていた木乃香も同様だ。
 
 集中力の途切れと共に動きの鈍くなった式神達の隙を付き、ロボット軍団が怒濤の勢いで一気に押し寄せる。
 
 ……だが、田中や茶々丸(妹)達が木乃香の元まで辿り着く事は無かった。
 
 ──理由?
 
 簡単な事だ。
 
 木乃香には、彼女を守護する侍が付いている。
 
 彼女が、主人の危機に現れない筈が無い。
 
 閃く白刃が、次々とロボット軍団を駆逐していく。
 
 背の翼を振るい、加速し、勢いそのままに敵を両断。
 
 または、背の翼を利用して、加速し過ぎた速度を急激に減速し、敵の予測を大きく外す。
 
 幾多の実戦を潜り抜けてきた翼持つ侍。
 
 桜咲・刹那、──復活。
 
「……せっちゃん」
 
 刹那の姿を見て、気が弛んだのか? 木乃香の身体が頽れる。
 
「お嬢様!」
 
 即座に駆け寄り、木乃香の身体を抱き留める刹那。
 
 荒い呼吸を繰り返しながらも、木乃香は懸命に笑顔を浮かべて、
 
「大丈夫や……。それより、せっちゃん……」
 
 一息、
 
「頑張って……」
 
「はい……!」
 
 木乃香の応援に、刹那は力強く頷き愛刀“夕凪”を手に敵の集団へと駆けていく。
 
 その背後で、柿崎の肩を借りて立ち上がるのは夕映だ。
 
「リリカル・マジカル! 暗き闇より我出でし、喰らい網干し彼消えゆ。やがて芽を吹く葦あしのよう、やがて目を剥むく鷲のよう。つまるところの凍いてん道、くるまる心の気転なり……“魔力鋭化”」
 
 それは、自らの身体に施す補助呪文。
 
 詠唱や魔力解放の効率を高める為に使用される魔法だ。
 
 そして、夕映が鬼神に向けてかざしたのはミニ八卦炉。
 
 ……失敗を恐れず、自らの全てをこの一撃に注ぎ込むです!
 
 それこそが、ネギが痛みと共に彼女に教えてくれた砲撃魔法の極意。
 
「刹那さん!」
 
 夕映からの叫びを受け、刹那が射線を開ける。
 
 魔力良し! 射線の安全確認! ……後、彼女に必要なものは、
 
 ……覚悟です!
 
 そう、心の何処かで躊躇ってきたものを、今ここに解放した。
 
 夕映の意思を汲み、ミニ八卦炉が最後の封印を解き、その形状を展開させる。
 
 これを使ってしまえば、もう後へは引けない。
 
 ……上等です! なってやろうではないですか! ──魔砲少女とやらに!!
 
 その為に必要な覚悟を、漢字4文字で表すと、
 
「全・力・全・壊! ──“ファイナル・マスター・スパークッ!!”」
 
 それは正に魔砲と呼ばれるに相応しい破壊力を秘めた一撃。
 
 進路上のロボット軍団を呑み込み、極太の光条は一直線に鬼神へと向かう。
 
 対する鬼神も見ているだけではない。
 
 迎撃の為のレーザーを放つ。
 
 しかしそれは、夕映の魔砲と衝突し、拮抗する事すらなく押し切られ、一気に上半身を消滅させられた。
 
 麻帆良大学工学部・キャンパス中央公園。──綾瀬・夕映、鬼神撃破。
 
 
      
 
 
 
 
 
 
 
 一方その頃、図書館では、
 
「……見つけた!」
 
 偵察機を飛ばし、行方を眩ましたネギを追っていた朝倉が、遂にネギの所在を突き止めた。
 
 場所は上空の飛行船。
 
 見れば、既に儀式魔法が始まっている様子だ。
 
 朝倉は慌てて手元の受話器(紙コップ)を手に取り、
 
「ネギ先生発見! 上空4000m。飛行船の上!!」
 
 全回線へオープンチャンネルで叫ぶ。
 
 だが、そこへ行ける人材が存在しない。
 
 6カ所の拠点、全てで現在も戦闘は続行中だ。
 
 唯一、鬼神を殲滅している麻帆良大学工学部・キャンパス中央公園においても、未だ残存兵力との戦闘が行われていて、手が放せない。
 
 ……しかし、そんな中、朝倉の元へ返信してくる声があった。
 
『──了解しました。では、当初の予定通りアーニャさんと神楽坂さんに向かっていただきます』
 
 声の主は、フィアテル・アム・ゼー広場の守護に回っていた高音のものだった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
−フィアテル・アム・ゼー広場−
 
 立っているのが精一杯とも言える程、満身創痍の高音がそう宣言し通話を終了する。
 
 一撃で意識を失った為、比較的軽傷ですんだ明日菜が、そんな高音に抗議しようと一歩踏み出すが、それは背後から伸びたアーニャの手によって押しとどめられる。
 
「……やれるの? 高音」
 
 僅かに心配を含んだ声色に対し、高音は絶対の自信を持って答える。
 
「えぇ、今なら確信出来ますわ。
 
 ……操影術を行使する私にとって、この程度の相手、ただの雑魚に過ぎないと」
 
 ──それはネギが教えてくれた事だ。
 
「操影術の可能性。お見せ出来ないのが残念でなりませんわ──」
 
 それを聞くと、アーニャは力強く頷き、未だ渋る明日菜の襟首を掴んで高音から引き離すと、
 
「じゃあ、後はよろしくね」
 
 告げ、左手を明日菜の腰に回してホールドすると、足下の様子を確かめる。
 
「ど、どうするの!?」
 
 嫌な予感がしたので、一応アーニャに問い掛けてみる。
 
「空中戦力も有るって言ってたからね。迎撃が入るよりも速く飛行船に到着する!」
 
 ちなみにアーニャとしては、迎撃どころかネギ達が察知するよりも速く辿り着き奇襲を仕掛けるつもりだ。
 
 アーニャは足下をシッカリと踏みしめると、
 
「……“G−3rd”!!」
 
 言葉と共に、その場から姿を消した。
 
 そして残されたのは高音と未だに気絶した振りを続けるネカネのみ。……否、
 
「……お姉さま!!」
 
 援軍の申し入れに行った愛衣が帰ってきたのだ。
 
 高音の横に並び立つ愛衣。
 
「……お姉さま」
 
 彼女の傷を見て、気遣わしげに声を掛けるが、高音は心配無用と愛衣を制する。
 
 迫り来るは中型の多脚兵器と田中の混成軍。
 
 対する高音は余裕の笑みを浮かべて腕を一振りする。
 
 すると、彼女の足下の影が伸び幅広の帯となってロボ軍団を打ち据えた。
 
「……なるほど」
 
 効果の程を確かめ、深く頷く。
 
 続いて影が伸び、田中の集団を数体一気に呑み込む。
 
 高音の影が田中の影を掴み、投げ飛ばす。
 
「なるほど……!」
 
 一つ一つ、術を確かめるように行使しつつ、敵を駆逐していく高音。
 
 その顔にあるのは笑みだ。
 
 ネギの実演によって開花された彼女の新たな才能。
 
 その実力の前に、田中達は成す術を持たない。
 
 そして、あらかたの田中達を屠った高音は、鬼神と対峙する。
 
 先程まで感じていた筈の威圧感は一切感じられない。
 
 鬼神の口に光りが溜まり、それを高音に放とうとするが、それよりも速く高音の影が伸び鬼神の身体を雁字搦めに拘束する。
 
 それはあたかも巨大な黒い手が、鬼神の身体を握り潰そうとしているようにも見えた。
 
「……お姉さま」
 
 ある種の畏怖が籠もった視線を高音に投げかける愛衣。
 
 その視線に気付かず、高音は未だ気絶した振りを続けるネカネに視線を向け、小さく一礼する。
 
 ……ネカネ様は気付いておられたのですね。
 
 ネカネ自身が出張らなくとも、この程度の敵、高音の敵ではないと。
 
 自分の可能性を引き出してくれたネギ、高音の可能性を信じてくれたネカネ。
 
 ……まあ実際の所、それは高音の買い被りであり、ネカネとしてはそんなつもりは毛頭無い。
 
 スプリングフィールド姉弟に対し、感謝の念を抱きつつ、高音は鬼神を握り潰した。
 
 フィアテル・アム・ゼー広場。──高音・D・グッドマン、鬼神掃討。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
−麻帆良国際大学附属高等学校−
 
 瓦礫から這い出す小柄な人影がある。
 
 全身血塗れのその姿は、しかし目に見える速度で傷が回復していく。
 
 金髪の少女は凄惨な笑みを浮かべると、
 
「クックックッ……、なかなか面白い真似をしてくれるじゃないか、ぼーや!!」
 
 心底面白がっていた。
 
 これまで、このようなバカげた攻撃で彼女に手傷を負わせた者など一人も居はしない。
 
「ケケケ、怒リ狂ッテルナ御主人」
 
 そう言ってからかうチャチャゼロに対し、エヴァンジェリンは刺すような視線を向けると、
 
「私が怒り狂っている? バカを言うなチャチャゼロ。私は充分冷静だ。取り敢えず、ぼーやの血を一滴残らず飲み干してやりたいと思う程度には!」
 
 ともあれ、その為には邪魔な者が存在する。
 
 魔力溜まりに向かおうとする鬼神がエヴァンジェリンの前を通過しようとしていた。
 
 目障りだ、とばかりに左手に宿した氷の爪を一閃。
 
 それだけで、鬼神の上半身が消し飛んだ。
 
 麻帆良国際大学附属高等学校。──エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル、鬼神駆逐。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
−世界樹前広場−
 
 カーテンを引き千切り、身体の要所だけを隠した悩ましげな姿の亜子が瓦礫の中から必死に裕奈の魔法銃を探している。
 
 彼女の手は既に瓦礫で切れ血塗れになっているというのにも関わらず、彼女は瓦礫を退ける手を止めようとしない。
 
 否、それ以前に己の血を見てもトラウマが発動していないのだ。
 
 ──正確には、完全にトラウマを克服したわけではない。ただネギを停める事に必死で血のことを忘れているだけだ。
 
 背後から押し迫る田中達の軍勢。
 
 今は、必死にアキラ裕奈が撹乱しているが、抜かれるのも時間の問題だろう。
 
「いそがな……!」
 
 そんな時、裕奈の隙をついて抜け出た田中の一体が亜子に向かって襲いかかる。
 
「ッ!? 亜子、逃げてッ!!」
 
 共に瓦礫を退けていたまき絵が田中の接近に気づき、叫び声を挙げる。
 
 その声に反応し、振り向いた時には既に田中は亜子の眼前にまで迫っていた。
 
 おもわず膠着する亜子の背中に、背後から声が投げ掛けられた。
 
「伏せなさい、和泉君」
 
 声に後押しされるように伏せた亜子の頭上を光条が通り過ぎ、その進路上にいた田中を粉砕した。
 
「……え?」
 
 それを成した声の主は、亜子や、その友達。……中でも愛娘の無事を確認して安堵の吐息を吐き出す。
 
「……良かった。無事なようだな」
 
「……お父さん?」
 
 突如登場した父親に、思わず裕奈が飛びつくが、それもすぐに背後から掛けられた声によって自制させられる。
 
「……父娘仲が良いのは、良く分かりましたから、今は少し自粛してくださいな」
 
 そう告げるのは、学園都市で魔法使い相手にアイテムを売って生計を立てる錬金術師のマルローネだ。
 
 愛衣の要請により、学園長が寄越した援軍がこの二人だった。
 
 というか、もうこれ以上は戦力が割けない程に切羽詰まっているのが現状だ。
 
 彼女は愛用の杖を左手に、右手に爆弾を持って、少女達の格好からおおよその見当をつけ、彼女達の武器が飛ばされたであろう箇所に爆弾を投げ込む。
 
 直後、まき起こる爆発が瓦礫を吹き飛ばす。
 
「ちょッ!? なに!」
 
 驚きの声を挙げるまき絵だが、彼女の視線が追った先、瓦礫が吹き飛ばされた場所に散乱するのは、彼女達が使用していた武器や服があった。
 
「……あんな爆発に巻き込まれて武器とか、ちゃんと使えるの?」
 
 不安げに問い掛ける裕奈に対し、マリーは視線を鬼神に向け、裕奈と視線を会わさないまま、
 
「大丈夫よ。……私の作った武器を信じなさいって」
 
 ……実は、そこまで考えてなかったので、密かに冷や汗を流していた。
 
「いや、マリーさんが作った武器って、私の魔法銃だけで他のはエヴァちゃんに貰った物ばかりなんだけど……」
 
 ついでに言うと、服はただのコスプレ衣装だ。
 
 そんな物が爆発に耐えられる筈もなく、服の各所に大きな穴が空き、とても衣装としては機能しない物となっていた。    
 
「それよりもほら、今はアレを何とかしないと!!」
 
 マリーの指さす先、そこに居るのは今にも魔力溜まりに侵攻しようとしている鬼神の姿があった。
 
「裕奈!」
 
 亜子が拾い上げた魔法銃と弾丸を裕奈に投げ渡す。
 
 それを受け取った裕奈は、素早く弾丸を確認。
 
 それに封入された魔法を見て勝利を確信する。
 
 ……何で、こんな詠唱の長い魔法を引き金引くだけで、使えるんだよ。──納得いかねぇ!
 
 と、ネギが文句を言いながらも封入していたのを思い出す。
 
 裕奈は弾丸を装填すると、鬼神に照準を合わせ、
 
「……“双面の護り”!!」
 
 魔法名と共に、引き金を引き絞る。
 
 銃口から放たれるのは緑色をした二枚の円盤だ。
 
 それらが無限ともいえる数の幻影を生み出しつつ、あらゆる死角から標的を自動攻撃する。
 
 鬱陶しげに腕を振るうも、それは幻影。円盤を掴み取る事も出来ず、逆に伸ばした腕を膾切りにされる。
 
 結局、鬼神は反撃らしい反撃も出来ないまま、切り刻まれて活動を停止させられた。 
 
 世界樹前広場。──明石・裕奈、鬼神殲滅。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
−女子普通科付属礼拝堂−
 
「……うっ」
 
 重い瞼を何とか押し上げ、千草が目にしたのは、まるで一直線の焦土となった学園の姿。
 
「なんや、コレは!?」
 
 幸い、自分は余波を喰らっただけなので、致命傷というべき傷はないようであるが、それでも持っていた耐火の呪符は全て焼失し、身体中のそこかしこから悲鳴が上がっていた。
 
 そんな中、千草の足下の地面が突然隆起し、地面から小太郎が姿を現した。
 
 全身泥まみれ、身体中には火傷や擦過傷が無数にある小太郎は、それでも戦意を喪失させる事なく、眼前にせまる鬼神を見上げ、
 
「ようもやってくれたわ、あの陰険眼鏡!!」
 
 まるで、鬼神がネギの代理とでもいうかのように、殺意を込めて睨み付ける。
 
「死にさらせや、デカブツ!!」
 
 鬨の声を挙げ、一人鬼神に向けて吶喊していく小太郎。
 
 そんな彼の前に立ちふさがるのは、田中を始めとしたロボ軍団。
 
「邪魔やボケッ!!」
 
 一歩を強く踏み込み、右手で虚空を薙払う。
 
 ──刃拳!
 
 真空の刃が飛び、数体の田中を纏めて両断する。
 
 そのまま疾走を弛める事なく上空に跳び上がり、着地地点にいた多脚兵器に向け、跳び蹴りを敢行。
 
 蹴りの威力を受け止めきれなかった多脚兵器は、そのまま6本の足を砕かれ大破。
 
 小太郎はそのまま疾走を再開。
 
 迷うことなく、一直線に鬼神を目指す。
 
 そんな彼の元に、背後から声が届く。
 
「後2歩、左に寄りたまえ」
 
 声に導かれるように左に身体を寄せた小太郎の背後から、砲撃のような拳圧が通過し、鬼神までの道を開いてくれた。
 
 このような真似が出来る人物は小太郎の知る限り3人しか居ない。
 
 小太郎は振り返る事なく、ヘルマンの切り開いてくれた道を行く。
 
 ……ちなみに、そのヘルマンはスライム’sがネギの魔法の直撃を受ける寸前に転移させてくれたお陰で、全くの無傷だったりする。
 
「いやいや、若いとは良いねぇ……」
 
「つーか、無傷やったら、手伝どうたりや」
 
 そう指摘する千草だが、彼女自身も手伝うつもりは更々無い。
 
 そんな彼女達が見守る中、遂に鬼神の元まで辿り着いた小太郎は、その巨体を一気に駆け上がり、鬼神の頭部に向けて拳を叩き込む。
 
 僅かにぐらつくが、その程度では鬼神は倒せはしない。
 
 腕を振るい、鬱陶しげに小太郎を振り払おうとする鬼神。
 
 対する小太郎は、鬼神の腕をジャンプして回避し、そのまま腕を蹴って一気に懐まで入り込む。
 
「……くたばれや」
 
 右手の五指に力を込める。
 
 ──犬上流・絶命技・空牙・改!!
 
 相手に密着した状態から、5本の指より真空波を放ち、相手を絶命させる。
 
 その威力は、余波で空に5つの飛行機雲のような爪痕を残すほどだ。
 
 如何に驚異の生命力を有する鬼神といえど、致命傷は避けられない。
 
 背中から倒れ伏す鬼神。
 
 女子普通科付属礼拝堂。──犬上・小太郎、鬼神討伐。 
 
   
 
 
 
 
 
 
 
 
−龍宮神社・神門−
 
 押し寄せる大群に対し、一人奮戦をみせる古菲。
 
 しかし、流石に相手の数が多すぎる。
 
 徐々に体力を消耗し、技の切れも落ちてきているのが目に見えて分かる程だ。
 
 しかも、この田中の軍団を切り抜けたとしても、古菲にはあの鬼神を倒す為の決定力が無い。
 
「あー……、もう!! 何で皆、そんなにマジになってんのかなぁ!?」
 
 そんな状況の中、古菲からハルナを渡された美空は見るに見かねてハルナをココネに託し、参戦を決意する。
 
「とはいえ、私が加わった程度で、どうこう出来るとは思わないんだけどねー」
 
 半ばヤケクソ気味に呟きつつ、手にした十字架を古菲の背後から攻撃を仕掛けようとしていた田中に向かって投擲。
 
 しかし、威力が足りず、僅かに攻撃を停めるに留まる。
 
 だが、それで背後の敵に対処する余裕を得た古菲が、拳の一撃でこれを撃破。
 
「謝謝、ミソラ」
 
 短く美空に礼を述べて、再度乱戦の中へ飛び込んでいく。
 
 それを追おうとする美空だが、今度は彼女が田中に取り囲まれる。
 
「ぎゃぁ──!! こんな事なら、真面目に修行しておけば良かったぁ!?」
 
 美空の悲鳴に答えるように、田中の群が一斉に彼女に襲いかかる。
 
「……後悔するくらいなら、常日頃から真面目に修行してなさい」
 
 声と同時に飛来する無数の十字架が田中達に突き立つ。
 
 一拍の後、爆発。……そして田中の代わりに美空の眼前に立つのはシスター・シャークティだ。
 
 声を掛けようとした美空が息を呑む。
 
 シャークティの身に着けている修道服、そして彼女自身。共にボロボロの状態だった。
 
「……シスター・シャークティ、その怪我は」
 
 心配して問い掛ける美空。対するシスター・シャークティは小さな溜息を落とし、
 
「心配いりません。……少し、転んだだけです」
 
「いや、転んだって……」
 
 どう見ても、それは魔法によって付けられた傷の筈だ。
 
「良いですか? ミソラ。この怪我は私がドジって転んだだけです。
 
 それ以上でも、それ以下でもありません」
 
 聞かれてもいないのに力説するシャークティ。
 
 タカミチからネギの事情を聞いた魔法先生達は一様に頷き、今回の件は有耶無耶にする事で同意してくれた。
 
 ……自ら悪役になる事で、全ての罪を肩代わりしようなど、正気の沙汰ではないですが、生徒の為、という事でしたら今回だけは見逃しましょう。……後で説教は聞いてもらいますが。
 
 彼女の視線の先では、戦線復帰した魔法先生や生徒達が田中や多脚兵器を掃討していた。
 
 否、この場だけではない。麻帆良大学工学部・キャンパス中央公園で、世界樹前広場で、フィアテル・アム・ゼー広場で、女子普通科付属礼拝堂で、麻帆良国際大学附属高等学校で、魔法使い達の反撃が始まっていた。
 
「……でも、どうやって? 念話や携帯電話なんかもジャミングされてるはずじゃあ」
 
「それなら、あなた達の使っていた糸電話を使用させてもらいました」
 
 オマケに近くにはエヴァンジェリンが居たのだ。糸を追加させる事程度造作も無い。
 
 ……もっとも、怒り狂う彼女に、そのような雑事を頼むのは正に命懸けだったが。
 
 良く高畑先生は平然とやってのけるものだ。と、その場にいた魔法先生達は一同に感心した。
 
 納得し、美空は視線を鬼神へと向ける。
 
 そこでは超・鈴音が鬼神と対峙しており、美空は驚きに目を見開く。
 
「……へ? 何で、超りんが私達に味方してくれてるんッスか?」
 
「……既に、彼女の計画は破綻しています。自らの手でケジメをつけるのが、彼女の矜持なのでしょう。
 
 ──それに、自らが恨まれ罪を背負う覚悟はあっても、他人に自分の罪を背負わせて、なお平然としていられる程、彼女は堕ちていないという事です」
 
 シャークティの話に聞き入っていた美空が、再度、超に視線を向けた時、彼女は呪文の詠唱を終えようとしていた。
 
「──ほとばしれよ、ソドムを焼きし火と硫黄。罪ありし者を死の塵に!!」
 
 ……これで、我が2年に渡る悲願も終了ネ。
 
 失敗の原因は、ネギを味方に引き込んだ事か? それとも、彼を思い通りに操れると思ってしまった事か?
 
 ……まあ、流石は私のご先祖様と言った所カ。
 
 自分の計画は失敗に終わった。……だが、彼になら未来を託す事が出来る。
 
 勿論、このような強引な方法での未来改変では無い。
 
 現在に生きる者として、より良い未来を作ってもらう為に……。
 
 ……この計画は、私の手で潰しておくべきネ。
 
 そう決意すると、全身をいさなむ激痛でさえ、今だけは心地よいものに思える。
 
 ……私の身勝手で復活させておいて何だが、現在を生きる者達の為に、申し訳無いが再度封印させてもらうヨ!
 
「──“燃える天空”!!」
 
 凄まじい爆発力を秘めた魔法が、鬼神を一気に呑み込み一瞬で消滅させた。
 
 龍宮神社・神門。──超・鈴音、鬼神焼滅。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
−電子世界−
 
 その頃、電子世界では茶々丸と千雨の間で、凄まじい情報戦の応酬が繰り広げられていた。
 
 攻撃を仕掛けつつ、乗っ取った学園のシステムを維持し続け、なおかつ千雨の介入を防ぐ茶々丸。
 
 対する千雨は、茶々丸からの攻撃を防御しつつ、学園のシステムに介入し、なおかつそれを奪い取る為のプログラムを作成していく。
 
 如何に電子精霊を有しているといっても、電子世界の申し子との言える茶々丸を相手にここまで渡り合えるとは……。
 
 ……何でしょう? この感覚は。
 
 茶々丸が、自らの感情に違和感を覚える。
 
 自分と電子戦で互角に戦える相手を前にして、知らず知らずの内に彼女の顔に笑みが浮かぶ。
 
 とはいえ、何時までもこの状態を続けるわけにはいかないのだ。
 
 現在、茶々丸が受けている命令は二つ。
 
 一つは、超から受けた命令。学園結界を落とし計画の完了まで維持し続ける事。
 
 もう一つは、ネギから受けた命令。ウィル子が千雨に取り憑く隙を作る事。
 
 茶々丸との攻防に集中している今が絶好の好機だというのに、未だウィル子が動き出す様子はみられない。
 
 ……何をしているのでしょう?
 
 茶々丸がそう思った時だ。
 
 千雨の背後の空間が解れ、そこからウィル子が姿を現した。
 
「何ッ!?」
 
 本来の出入り口とはまるで違う場所から突如現れたウィル子に驚き、目を見開く千雨。
 
 その隙を逃さず、茶々丸の拘束プログラムが千雨の身体の自由を奪う。
 
「しまった!?」
 
 歯噛みするが遅い。
 
 千雨の眼前では、ウィル子が両手を合わせ、神妙な表情で、
 
「いただきます」
 
「待てぇ──!」
 
 食われる。
 
 そう思った千雨は目を閉じる。
 
 ……が、そんな千雨の予想とは違い、ウィル子は千雨の身体に手を伸ばすと、彼女の情報を読み取り始めた。
 
「な、何を……」
 
「にははははは、登録完了ですよー!」
 
 途端に、千雨の身体に悪寒が走る。
 
 それはまるで、風邪にでも見舞われたかのような症状。
 
 最悪のコンディション。
 
 こんな状態では、とてもではないが、茶々丸を抜いて学園システムの復旧など出来はしない。
 
「死んだりするような事はないので、安心してもらって良いですよー♪」
 
 ……安心出来るか!
 
 毒づき、千雨は一旦、意識を失った。
 
   
 
 
 
 
 
 
 
 
−麻帆良学園上空・飛行船−
 
 ネギが探知するよりも速く、明日菜を連れた状態で飛行船にまで辿り着いたアーニャは、そのまま明日菜を飛行船の上に放り投げると、躊躇無くネギへ攻撃を仕掛ける。
 
 奇襲は完全に成功したと思われた瞬間、ネギの姿が消えタイムラグ無しにアーニャの背後に現れた。
 
「そう来ると思ってたよ──」
 
 冷静に告げ、アーニャに向けて魔法の射手を放つも、今度はアーニャの姿がネギの眼前から掻き消える。
 
 そしてネギと同じようにアーニャもタイムラグ無しで、ネギの背後に姿を現し、そのまま光刃の宿った杖を振り抜く。
 
 明日菜が知覚出来たのは、そこまでだった。
 
 そこから先は、1秒にも満たない時間の中で雌雄が決する事となる。
 
 擬似的に停止された時間の中、一組の男女が接敵し、攻撃を交わし、離れ、魔弾を放ち、また接近して杖を交える。
 
 ……クソ! 疑似時間停止中は、詠唱唱えてる余裕がねぇ! 
 
 使えるのは、精々が無詠唱の魔法の射手くらい。
 
 しかも、数は3つが限界。
 
 それ以上は、集中力が追い付かず、疑似時間停止が解けてしまう。
 
 更には疑似時間停止中には絶対回避も使えないという弱点もある。
 
 対するアーニャにしても、余裕があるわけではない。
 
 短時間、……それも1秒未満の短い時間であっても、G−Hi・Topは彼女の身体に大きな負担を掛けるというのに、このような長時間の使用は、間違いなく彼女の身体に障害を残すだろう。
 
 それでもアーニャは、戦う事を止めない。
 
 ……本来、アーニャにはネギと戦うべき理由というものが存在しない。
 
 別に、この学園に在学する事に特別な拘りとかは無いし、ネギが学園を出ていくと言うのであれば、それに付いて行けば良いだけの話だ。
 
 同じ男に惚れた女として、高音の想いに感化されて味方したというのが有るが、それとて本心ではなく、どちらかと言うと口実のようなものだ。
 
 では何故、戦うのか?
 
 ──それは証明の為だ。
 
 自分こそが、彼の傍らに立つに相応しい女性である事の……。
 
 ……私は、自分から告白したりなんかしない! 絶対にネギの方から私に好きだって言わせてみせるんだから!!
 
 ──以前、告白しようとして、小太郎に邪魔された事は、今となってはそれで良かったと思っている。
 
 まぁ、未だに小太郎を見ると襲いかかるのは、純粋に自分とネギとの時間を邪魔する小太郎がキライなだけだ。
 
 ともあれ、ネギとアーニャの攻防は、一進一退のまま意外な形で決着する事となる。
 
 もはや、目も殆ど見えず、耳は何も聞こえず、手には杖を握っている感覚もなければ身体がイメージ通りに動いているのかもすらあやふやなアーニャが放った一撃が、見当違いの場所に飛ぶ。
 
 そしてそれはネギにとっても予想外であったらしく、彼女の行動パターンから予測回避していたネギの持つ航時機を的確に射抜いてみせた。
 
 砕け散るカシオペア。同時、アーニャも限界を超えていたらしく、そのまま喀血して崩れ落ちた。
 
 慌ててアーニャの身体を抱き留めるネギ。
 
「っの、バカ野郎が! 死ぬつもりか、手前ぇは!!」
 
 だが、その声もアーニャには届かない。
 
 その代わりに彼女は極上の笑みをネギに見せ、小さく唇を動かす。
 
「…………」
 
 その言葉は何と言ったのかは分からない。
 
 だからネギは、アーニャの身体をそっと横たえ、
 
「後で説教くれてやる。そこで大人しくしてろ」
 
 そう告げ、明日菜と対峙する。
 
 しかし、最後の一人である明日菜は、ネギと視線が合っただけで、後ずさってしまう。
 
「ちょ、ちょっと! アンタまだ戦う気なの!? そんな事より、早くアーニャさん病院に連れてかないと!」
 
 対するネギは、冷めた視線を明日菜に向けて、
 
「本気でそんな事言ってんのか? お前は」
 
「……え?」
 
 ネギの言っている事の意味が分からず、思わず問い返してしまう明日菜。
 
「アーニャが命懸けで作ったチャンスを、お前はみすみす不意にしようっていうのか?」
 
 言葉と共に放たれたのは、蹴りだ。
 
 “加速の羽根”を使用し、一瞬で距離を詰めたネギの蹴りが、明日菜の腹に命中する。
 
 本来ならば、女性に向けて決して放ってはならない場所への蹴りであるが、ネギからは一切の躊躇いは感じられない。
 
 耐えきれず、胃の中の物を吐き出す明日菜。
 
 しかし、それでもネギは攻撃の手を緩めようとはしない。
 
「……そんなに、アーニャの事が心配なら、とっとと倒れちまえ。
 
 その後で、俺がアーニャの怪我の治療をしてやる」
 
 告げると同時、世界樹を中心とした6カ所の魔力溜まりから光りの柱が立ち上る。
 
「……始まったか」
 
「そ、そんな……、駄目だったの?」
 
 諦めかけた明日菜に向けて、ネギから真実が告げられる。
 
「いーや、6カ所の拠点防衛は全て成功してる。……ただ、お前等には報せて無かったけどな。
 
 ──鬼神を倒すだけじゃ、儀式魔法は停められねぇ」
 
 増幅器として必要なのは、鬼神本体ではなく鬼神の霊核。
 
 例え肉体が滅ぼされようとも、霊核を封印処理されてさえいなければ、儀式魔法の続行は可能だ。
 
 現に京都のリョウメンスクナノカミも、肉体を完全に破壊されてなお封印処理を必要としていた。
 
「儀式魔法を停めて、アーニャを病院に連れて行きたきゃ、俺を倒す事だ。
 
 そうすれば、俺に脅迫されて無理矢理協力させられている葉加瀬はすぐにでも詠唱を止めるだろうし、アーニャも医者に診て貰える。
 
 ……もっとも、出来ればの話だがな」
 
 傲慢とも言える態度で告げ、構えをとる。
 
 右腕を天に、左腕を地に、そして僅かに腰を落として重心を固定。
 
「特殊術式“夜に咲く花”リミット30。
 
 無詠唱用発動鍵設定キーワード“鳳凰の皇”。
 
 ……ラス・テル・マ・スキル・マギステル。
 
 火の精霊達よ、数多の魂を宿りし不滅の存在、永遠を生きる神の化身と化せ。
 
 ……“焔の霊鳥”
 
 術式封印」
 
 しかし、魔法は発動せず、何も起こらない。
 
 その事に、明日菜は眉を顰めて怪訝な表情を見せるが、それも一瞬。
 
 時間が無い事を思い、生来の思い切りの良さもあって、ネギに向かって吶喊した。
 
「だぁああああ!!」
 
 振り下ろされる大剣に対し、ネギは左腕を跳ね上げ刀身を弾くと、間髪入れずに右手の手刀を切り下ろし大剣を両断。
 
 ──そして、
 
「“鳳凰の皇”──解放!!」
 
 炎の鳳が飛ぶ。
 
 本来ならば、そのまま明日菜を呑み込んで爆発する所だが、彼女の持つ特異体質、魔法完全無効化を考慮して、直撃させず、敢えて直前で爆発させる。
 
 その余波で吹き飛ばされる明日菜。
 
 意識は有るようだが、もはや立つ事も出来ないだろう。
 
「諦めろ。お前じゃ俺には勝てねえよ。……何しろ、戦う為の覚悟が違う」
 
 ……覚悟?
 
 確かに、ネギの言うとおり、明日菜にはネギや超のように命を懸けてまで戦う理由が存在しない。
 
 修学旅行からこっち。色々な戦闘に巻き込まれてきたが、それらは全て自分から望んだものではなかった。
 
 ……何で私、戦ってるんだろう?
 
 最初は木乃香を助ける為だった筈だ。
 
 ……でも今は、私が居なくても刹那さんが木乃香を護ってくれるし。
 
 それ以外の理由を考えてみるが、どうにも思い出せない。
 
 思い出せないのも当然だ。──何しろ、彼女には戦う為の理由が無いのだから。
 
「……カッコ悪いわね、私」
 
 自虐的に呟き、しかし、それでも立ち上がる。
 
「でもね……、私に無くても他の皆がアンタと別れたくないって思って、必死に戦ってる!
 
 そんな皆の想いを無駄に出来るわけないでしょうが!」
 
 叫び、拳を構える明日菜。
 
 対するネギも腰を落とし、拳を引く。
 
「お前の背負ってる想いと、俺の覚悟。
 
 どっちが強いのか? 試してみようじゃねえか」
 
 一息、
 
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル──」
 
 詠唱を始めるネギに向け、明日菜が突っ込んで行く。
 
「だぁあああ!!」
 
「偉大なる青にして青の王! 純粋の炎ゆえに青く輝く最強の伝説! 全ての力を従えし万物の調停者の御名において、青にして空色の我は万古の契約の履行を要請する!」
 
 繰り出される跳び蹴りを、サイドステップで回避。
 
 本来ならば、障壁で受け止めるのだが、明日菜が相手では障壁は役に立たないのは既に実証済みだ。
 
 そして、そのまま詠唱を続行。
 
「我は王の悲しみを和らげるために鍛えられし一降りの剣! ただの人より現れて、歌を教えられし一人の魔法使い!」
 
 連続で放たれる拳を躱わす。……躱わす。躱わす……。──躱わす。躱わす──!
 
 拳の連撃は全て囮。──明日菜の本命は別にある。 
 
「我は招聘する精霊の力! 我は号する天空を砕く人の拳! ──我が拳は天の涙! 我が拳は天の悲しみ! 勅命によりて我は力の代行者として魔術を使役する!!」
 
 バックステップで距離をとったネギに対し、明日菜も彼と同じ様に腰を落として拳を引く。
 
「咸卦法・参式・“圧”!!」
 
「──“精霊の御手”!!」 
 
 咸卦の気が集約された明日菜の拳と、精霊の力が宿った青い輝きを放つネギの拳が激突。
 
「だぁあああああああ!!」
 
「おおおおぉぉぉぉぉ!!」
 
 拮抗する二人の拳を中心に、空間がたわむ。
 
 ……もう、ちょっとぉ!
 
 徐々にではあるが、明日菜の拳が押し始める。
 
 しかし、明日菜の攻勢は、そこまでだった。
 
「──“戦いの歌”ッ!!」
 
 ネギが力任せに反撃を開始する。
 
 力の行使に耐えきれず、皮膚が裂け、ネギの拳から血が噴き出すも、彼はそんな事には頓着せずに、更に拳を前に押し進め、
 
「これが俺の覚悟だ……!」
 
 ネギの拳から放たれる青い光に、明日菜の身体が呑み込まれた。
 
 
 
 
 
   
 
 
 
 
 ……私、負けちゃった?
 
 もう身体の何処が痛いのかさえ分からない。
 
 ……皆の想い。ネギに届けられなかった。
 
 悔しさに明日菜の頬を涙が伝う。
 
 ……ゴメンね、皆。
 
『それで良いの?』
 
 聞き覚えのある声。
 
『アナタは、本当にそれで良いの?』
 
 ……誰?
 
 聞き覚えはあるのだが、それが誰なのか思い出せない。
 
『アナタは、本当にそれで良いの?』
 
 三度の問い掛け。
 
 それに対し、明日菜は頭を振るい、
 
 ……良くないわよ。……でも、私じゃネギには勝てなかった。
 
『勝てるよ。……誰よりも近くで、ナギ達の戦い方を見てきたんだもの』
 
 ……え? ……それって、どういう──。
 
 明日菜の問い掛けより早く、声が新たな言葉を紡ぐ。
 
『今だけ……。私が力を貸してあげる』
 
 ……ちょ、ちょっと、……アナタ一体──。
 
『……私? 私の名前は──』
 
  
 
 
 
 
 
 
 
 
 ネギの目の前で、満身創痍の少女が立ち上がる。
 
 ……マジかよ?
 
 内心での動揺を微塵も漏らす事無く、ネギは立ち上がった明日菜に対して、再度構えをとった。
 
 しかし、対峙する明日菜に構えは無い。
 
 ただ、彼女は懐から仮契約カードを取り出して眼前に翳す。
 
 すると、彼女の持つ仮契約カードの絵柄が、足下から徐々に変化していく。
 
 片刃の大剣を携え、麻帆良学園中等部の制服を着た明日菜の描かれていたカードが、簡素ながらも品格の良いドレスを身に纏う明日菜の姿へ。
 
 その手に掴むのは、透明な刀身を持つ両刃の大剣。
 
 更に、彼女の背には真紅の大翼が伸びている。
 
「……何だ? 仮契約カードが変わった?」
 
 ……そんな事が有り得るのか?
 
 不審に思いながらも、最大限の警戒を見せるネギ。
 
「アスナ・ウェスペリーナ・テオタナシア・エンテオフュシアが命ずる。
 
 ──“来たれ”」
 
 明日菜の姿が、仮契約カードに描かれたものに変わる。
 
 ……あの翼は、桜咲と同じような翼人系のものか?
 
 そう思い、否と判断する。
 
 ……アイツは魔法世界の出身だけど、人間だって詠春のオッサンが言ってたな。
 
 その翼は、彼女にとって決して消す事の出来ない絆の証。
 
 彼女を外の世界に連れ出してくれた男達の呼び名。
 
 ──“紅き翼”。
 
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル──」
 
 呪文の詠唱を開始するネギに対し、明日菜は手にした大剣を反転させ逆手に構え、己が立つ足下へと突き立てる。
 
 そこに有るのは、葉加瀬を中心として展開された直径30mもある儀式魔法用の巨大な魔法陣だ。
 
「無極而・太極斬」
 
 アスナ・ウェスペリーナ・テオタナシア・エンテオフュシアの言葉と共に、不可視の何かが弾ける。
 
「クッ!? ……何だ?」
 
 見たところ、ネギの身体にダメージは無い。
 
「せ、先生!」
 
 自分を呼ぶ葉加瀬の声に振り向き、ネギは己の敗北を悟った。
 
「……魔法陣が」
 
 完全に消滅していた。……これでは、儀式魔法が起動出来ない。
 
 慌てて振り向くが、そこに居る明日菜、否、アスナは勝ち誇るでもなく無表情でそこに佇むのみ。
 
「……ナギの子供にしては、詰めが甘い」
 
 そう告げ、僅かに薄い笑みを零すと崩れ落ちるように跪いた。
 
「おい!」
 
 駆け寄り、抱き起こしてみると、既にアスナは消えており、彼女の手に握られた仮契約カードも、元の姿に戻っている。
 
 ひとまず安堵の吐息を吐き出し、明日菜を横たえてからアーニャの治療を始める。
 
 それが一段落したのを見計らい、葉加瀬がネギに話しかけた。
 
「──負けちゃいましたね」
 
「……まぁ、最後は随分と呆気なかったけどな」
 
「心配は無用だよ、ぼーや」
 
 聞こえてきた声に振り返ると、そこには満面の笑みを浮かべたエヴァンジェリンの姿があった。
 
 そして彼女は笑顔のままで告げる。
 
「何しろ、クライマックスはこれからなのだからな」
 
 その手に凶暴な魔力が満ちているのは、気のせいだろうか?
 
「な、何か用か?」
 
 流石に、声が震えるのを自覚する。
 
「何、私をおちょくってくれたお礼をしに来ただけだ」
 
 だが、突如膨れ上がった魔力を感じ、ネギと二人で慌ててそちらに視線を向ける。
 
「な、何だ? このバカ魔力!」
 
「知るか! ……だが、これは京のスクナなんぞ比べ物にならんぞ!?」
 
 二人の言葉を受けて、葉加瀬がサーチを開始。
 
 そこに映っていたものは……、
 
「な、なんだこりゃ?」
 
 6体の鬼神の霊核が融合し、世界樹の魔力を得て受肉した新たな大鬼神の姿だった。
 
 大きさ、魔力。共に、エヴァンジェリンの言うとおりリョウメンスクナノカミを凌駕する存在がそこある。
 
「おそらく、機械制御が破壊された事が原因で、暴走した鬼神達が再生しようとする際に近くにいた同質の存在である他の鬼神達を取り込もうとして起こった現象だと思いますが……」
 
 葉加瀬の分析結果を聞き、ネギとエヴァンジェリンは揃って頷く。
 
「……それで? どうやって対処する気だ、ぼーや」
 
 大鬼神の出現位置が世界樹に近い為、大規模な殲滅魔法を使用する事は出来ない。
 
 ネギは暫く思案した後、
 
「んー……、まあ多分、今なら出来ると思うんだよな」
 
 何しろ使用魔力が半端ではない魔法だ。
 
 本来なら数百、数千単位の魔術師達が協力して行われる大規模魔術。それを世界樹の魔力で代用して使用するつもりのネギ。
 
「まあ問題は、詠唱が恐ろしく長いんだよな。
 
 その間は、誰かに護ってもらわねえといけねぇし」
 
“それなら、私が協力するわよ”
 
 既にジャミングを放棄した為、通じるようになった念話で話しかけてきたのは、ネギの姉、ネカネ・スプリングフィールドだ。
 
 彼女は鬼神との戦闘に参加していなかった為、未だ魔力に余裕がある。
 
 他の魔法使い達には、一般人の避難誘導をしてもらおうとネギが言い出す前に、待ったが掛かった。
 
“その案は、反対させていただくです”
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 聞こえてきた声に対し、ネギが訝しげに尋ね返す。
 
“……どういう意味だ? 綾瀬”
 
 対する夕映は、毅然とした態度で、
 
「どうも、こうも有りません。──そのままの意味です」
 
 一息、
 
「何を企んでいるか分からない人を信用出来ないと言ったのです」
 
 実際の所、夕映としては、そのような事は微塵も思っていない。
 
 だが、既にタカミチから事情の説明を受けているとはいえ、ネギの事を余り詳しく知らない者達からしてみれば、彼に対し何らかの確執が残っているのも確か。
 
 ネギ自身、それは覚悟の上での行為だったのだが、夕映としてはやはり、ネギには必要外の恨みまで背負うのは止めてほしい。
 
 だからこそ、彼が根っからの悪人ではない事を証明する為にも、
 
「この敵は私が抑えます。──ネギ先生は、引っ込んでいて下さい」
 
 ハッキリ言って無理だ。
 
 もはや、夕映の魔力は殆ど残っていないし、彼女が使役する翼竜にしてみても、満身創痍でマトモに戦える状態ではない。
 
「無理だってゆえっち! 変な意地張ってないで、ネギ先生に全部任せちゃおうよ!」
 
 必死に夕映を停めようとする釘宮。
 
「ほら、このかも何とか言ってやってよ!」
 
 言われ、前に押し出された木乃香が夕映とウィーペラに対し、軽度の治癒魔法を掛ける。
 
「……堪忍な。今のウチには、これで精一杯や」
 
 既に魔力の限界を迎えている木乃香に出来る全てで、夕映を送り出す。
 
「……頑張って! ゆえ」
 
「ありがとうございますッ!!」
 
 木乃香に礼を述べ、ウィーペラに跨り飛び立つ夕映。
 
 彼女を見送るしか出来なかったチア部の面々。
 
 そんな中、全身のそこかしこに傷を作った刹那が前に出る。
 
「──お嬢様。私も綾瀬さんと共に戦う為の許可を頂けないでしょうか?」
 
 跪き、伺いをたてる刹那に対し、木乃香は優しく抱き留めると、
 
「……せっちゃんもキツイやろけど、ゆえの事よろしく頼める?」
 
「慎んでお受けいたします!」
 
 背の大翼を広げ、夕映の後を追った。
 
 そんな彼女達を尻目に、ネギは腰を落として座り込むと、
 
“……勝手にしろ!”
 
 そう告げ、不貞寝を始めた。
 
 
 
 
 
    
 
 
 
 
 100m超過の全長を誇る大鬼神に対し、夕映がなけなしの魔力を振り絞った“魔法の射手”を放つが、まるで効果があるとは思えない。
 
 しかし、それでも夕映とウィーペラの存在を鬱陶しく思うのか?
 
 大鬼神が腕を振るい、彼女達を叩き落とそうとする。
 
 その巨体からは予想も出来ない機敏な動きに、回避のタイミングを逃した夕映。
 
「綾瀬さん!」
 
 刹那の悲鳴が響く中、巨大な掌がウィーペラを捉えようとしたその瞬間、目に見えて大鬼神の動きが鈍った。
 
 何が起きたのかは分からないが、その隙を逃さず大鬼神から距離をとるように命令する。
 
“──学園結界を復活させました。
 
 ……ですが、この敵が相手では、長くは持ちません。お早い対処を”
 
“もって、150秒程度だ! それ以上はもたねえぞ! 何かやるんなら、速くしろ綾瀬!”
 
“ひーん! 力業でプロテクトが破られていきますー!”
 
“泣き言、言ってんじゃねえ! 何とかしろ、電子精霊なんだろ、アンタ!”
 
“……新しいマスターも、人使い荒いです”
 
 復活した千雨とウィル子、そして茶々丸が学園結界を復活させ、夕映のサポートに回るが、どうも長くは持ちそうにないらしい。
 
 だが、援軍はそれだけではない。
 
 巨大な手裏剣が飛来し、更には大型の弾頭が大鬼神に命中する。
 
「……どうやら、クライマックスには間に合ったようでござるな」
 
「……まったく、ネギ先生が絡んでくると、絶対に赤字になる」
 
 戻って来た大手裏剣を受け止めた楓と、用を為さなくなった砲身を捨てて、新たなロケットランチャーを手に取る真名だ。
 
 更には、
 
「正義の使徒! 影使い、高音・D・グッドマン参上!」
 
「お、お姉さま! もう、魔力が殆ど残って無いんですから、無茶はしないで下さいー!」
 
 彼女達だけではない、魔力が切れ、戦闘に参加出来ない者達は一般人の避難誘導を。
 
 戦えるだけの余裕の有る者達は、参戦を。
 
「……皆さん」
 
 予想以上の戦力に、夕映の胸が熱くなる。
 
 そこには、小太郎がいる。ヘルマンがいる。タカミチがいる。刹那が、超が、古菲が、裕奈が、亜子が、アキラが、まき絵が、シャークティが、刀子が、瀬流彦が、ガンドルフィーニが、明石教授が……。
 
 しかし、それでも火力が足りない。
 
 タカミチの豪殺・居合い拳をもってしても、世界樹から魔力供給を受ける大鬼神は即座に傷を再生してしまい決定的な効果がみられないし、強制時間跳躍弾を使用しても、大鬼神が大き過ぎて効果範囲が及ばず時間を跳ばす事が出来ないでいる。
 
 決定打に欠けたまま、時間だけが過ぎ去っていく。
 
 ──咆吼!
 
 遂に学園結界が破られ、怒りに満ちた大鬼神の放つ全方位の光条に、大半の魔法使い達は戦闘不能へと追いやられた。
 
「ま、マジっすか……?」
 
 あのバカみたいな強さを誇るタカミチでさえ、手も足も出ない現状に、思わず美空が呻き声を挙げる。
 
 たった一撃で形勢逆転してしまった大鬼神を前に、美空は本当の恐怖というものを始めて知った。
 
 だが、それでもまだ大鬼神に立ち向かおうとする者がいる。
 
 それは飛竜に跨った小柄な少女。
 
「無理だって! ゆえ吉つぁん!!」
 
 そんな事、夕映自身が一番分かっている。頼みの綱であるウィーペラも、もはや火を吐く事も出来無い。
 
 それでも、諦めるわけにはいかないのだ。
 
 
 
 
    
 
 
 
 
 
 それまで、ヤキモキしながら不貞寝をしていたネギだが、いい加減限界が来たのか、勢い良く立ち上がり、
 
“いい加減にしろ、綾瀬! それ以上意地張っても死ぬだけだぞ!!”
 
 念話で聞こえてくるネギの声は、必死なものだ。
 
 しかし、それでもまだ引くわけにはいかない。
 
「む、無茶は……、承知の上です。
 
 ……そ、それに、意地っ張りという事に関しては……、ネギ先生に言われたくありません」
 
“あー……、もう! そういう事言ってんじゃねえだろうが!
 
 一体、何がしたいんだよ、お前は!?”
 
 その問い掛けに対し、夕映は気丈にも大鬼神を睨み付けると、
 
「ネギ先生に、痛みを知ってもらいたいのです……」
 
 痛みといっても、肉体的なものではない。
 
「……分かりますか?
 
 好きになった相手が、自分の心を痛めつけながら、人に恨まれるのを見るしかなかった私達の辛さが……」
 
“分かった! 分かったから、もうそこから離れろ! 二度とお前等を置いて、一人で全部、背負おうなんてしねえから!!”
 
 本来ならば、仮契約カードで強制転移させたい所だが、それをするべき為の本カードは、ウィーペラの仮委任状となって夕映自身の手の中だ。
 
 大鬼神の腕が振るわれ、ウィーペラを叩き落とそうとする。
 
 辛うじて直撃の寸前に、夕映が残りカスの魔力を振り絞って“風花・風障壁”を展開。
 
 一撃死だけは何とか免れたが、それだけだ。大鬼神が一歩を踏み出せば、地に落ちたウィーペラと夕映の命は尽きるだろう。
 
“綾瀬……!”
 
 懸命に叫ぶネギ。
 
 否、ネギだけではない。多数の者達が夕映の名を叫ぶ。
 
 そんな中、夕映の声だけが静かに響き渡る。
 
「……ごめんなさいは?」
 
“……はぁ?”
 
 言っている意味が分からず、思わず問い返してしまうネギ。
 
「……ごめんなさいは?」
 
 幼稚園児でも知っている事だ。
 
 悪いことをしたら、謝罪する。
 
 ……ネギはまだ、今回の事件に関して、謝罪していない。
 
“あ゛ー……、もうッ!”
 
 僅かに悩み、しかし、それでもネギは夕映だけではなく、この念話を聞いているであろう者達全てに対し、心の底から誠意を込めた謝罪を行う。
 
“ぐぅおめんなさぁ──いッ!!”
 
 その声は、即座に夕映に、……今回の事件で迷惑を掛けた全ての者達の元まで届いた。
 
「ウィーペラッ!!」
 
 ──飛翔ッ!
 
 最後の力を振り絞り、飛竜が飛ぶ。
 
 今正に踏み潰さんと降ろされる大鬼神の足から間一髪で夕映を脚に掴んで脱出。
 
 ……ここから、ネギ一味の反撃が始まる。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 飛行船から飛び降りるネギは、大鬼神の眼前で停止。
 
「姉ちゃん……」
 
「なぁに?」
 
 既にネギの右側に陣取っているのはネカネだ。
 
 そして、左側には、
 
「エヴァ……」
 
「ふん……」
 
「ちょっと、手ぇ貸してくれ」
 
 彼女達に否は無い。
 
 答えの代わりに、エヴァンジェリンが叫びを挙げる。
 
「柿崎・美砂!」
 
“……へ? 私?”
 
 突如、エヴァンジェリンに名を呼ばれて、慌てて確認をとる柿崎。
 
 対するエヴァンジェリンは、その問い掛けを無視して用件だけを告げる。
 
「歌え。フルボッコのテーマだ」
 
 即座に了承した柿崎のギターに命が宿る。
 
“手と手の温もりが、ボクを強くす●ぅー♪
 
 積み重ねた●い、●を駆け抜けてぇー♪
 
 風になる、この願いが、涙さえ●かしてぇー、解き放つ力が、●になり突き抜けるぅー♪”
 
「良い選曲だ、エヴァ!」
 
 この曲が流れている間は、敵は全ての攻撃を封じられ、ずっと味方のターンが続く。
 
 そして、ネギの詠唱が開始される。
 
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル──!
 
 万物の調停者にして古きもの! 全ての力を従えし列王の王! 風の中心に座す、偉大なる御名において、万物の調停者のまたものたる竜胆の我は、勅命によりて魔術を使役する!
 
 ……“シオネの円環”!」
 
 ネギを中心に円環型の魔法陣が展開され、それが回転を始める。
 
 それは、あらゆる魔力を吸収する魔法。
 
 周辺宙域の魔力だけでなく、大鬼神に流れ込む世界樹の魔力さえ根刮ぎ奪いとっていく。
 
 その明確な証拠に、世界樹の放つ光が徐々に弱まり、ついには世界は闇に覆われてしまった。
 
 そして、その膨大な魔力を使用して使われる魔法は……、
 
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル!」
 
 呪文の詠唱を開始したネギに、学園長から念話が届く。
 
“出来れば、世界樹には被害を出さんといてもらいたいんじゃがな”
 
「心配すんな、一切の被害は出ねえと思う! ……多分」
 
“多分かい!?”という抗議の声が聞こえたがネギは無視して詠唱を再開。
 
「荒ぶる螺旋に刻まれた女神の原罪の涯の地で! 血塗れ磨り減り朽ち果てた聖者の路の涯の地で! ……我等は再び聖約を果たす!」
 
 ネギによって、世界樹からの魔力供給が途絶えた事を見抜いた大鬼神が、彼から魔力を奪い返そうと手を伸ばすが、そこには二人の女性が立ちふさがる。
 
「あらあら、お痛は駄目よ」
 
「ふん……、ポッと出の新参が調子に乗るなよ」
 
 言い捨て、二人は同時に詠唱を開始、
 
 大鬼神から放たれる極太の光条をネカネが迎え撃つ。
 
「リリカル・トカレフ・キルゼムオール!
 
 苛烈なる力の源たる火の素! その奪う強さをもって四面の対を器とせり!
 
 形の始原をもって六面の対を開放せん。その値を四枝並べ八面の対を宮石とする。
 
 さらに二玉とこれを合わせ十二面の対を世方とする。
 
 二示によって三系に分かち二十面の対を創ずる。
 
 分かつ流れのままにより球の結末にその終を見ん。
 
 終のもと平方たる野は閉じ虚の地平を見ん。
 
 理の統べし力、虚と虚の二辺にて負たる黒を手に入れたり!
 
 理の統べし力、負と負の二辺にて正たる白を手に入れたり!
 
 理の統べし力、正と負の二面にて零たる灰を手に入れたり!
 
 明暗による無彩の力! 虚界の神人に最後の祝福を授かり無限数の光輝を発動せり!」
 
 それはネカネの眼前に展開された円錐型の魔力障壁。
 
 受け止めるのではなく受け流す事で、たった一枚の障壁で、どのような強力な魔法をも捌ききる事が出来る。
 
 更に、敵へと向いた尖角を中心に円錐が高速で回転を開始。
 
 その様、一言で言い表すならば、正にドリル!
 
「──“角尖壁の流弾”!!」
 
 ネカネの放つ円錐型の障壁が大鬼神に突撃し、その腹に大穴を空け放つ。
 
「──其れはまるで御伽噺のやふに眠りを蝕む淡き夢! 夜明けと共に消ゆる夢!
 
 ……されど、その玩具のやふな輝きを我らは信仰し聖約を護る!!」
 
 ネギの唱える詠唱が朗々と流れる中、世界樹からの魔力供給を絶たれ、再生もおぼつかない大鬼神に対し、更なる追撃が放たれる。
 
「リク・ラク・ラ・ラック・ライラック!
 
 我は全ての母の母! 美の極北! 全ての恋の源たる赤にして赤に嘆願す!!
 
 それは一人の女よりはじまる女の鎖!
 
 赤にして薄紅の我は、万古の契約の履行を要請する!
 
 我は母を助けるため命を与えられし一人の娘。
 
 クラン・ロールより現れて歌を教えられし、一つの情熱!
 
 我は生み出す贖罪の檻! 我は号する心を縛る美しき牢獄!!
 
 ──“純愛の檻”!!」
 
 大鬼神の周囲に大量の茨が顕在し、その動きを絡め取る。
 
 使い慣れない植物系の魔法の為、術者であるエヴァンジェリンの身体に掛かる負担は大きいが、
 
「真打ちの登場までの時間稼ぎには持ってこいだろう?」
 
 エヴァンジェリンの言葉に応えるように、ネギの詠唱は続く。
 
「──其れはまるで御伽噺のやふに眠りを蝕む淡き夢、夜明けと共に消ゆる夢。
 
 されど、その玩具のやふな輝きを我らは信仰し聖約を護る」
 
 全身に茨の棘を食い込ませ、血を飛沫ながらも、大鬼神はその術から逃れようと足掻く。
 
 そして、その異常な膂力は、絶対拘束の茨さえ引き千切りに掛かった。
 
 それを見て舌打ちするエヴァンジェリンの傍らを駆け抜けていく少女が二人。
 
「いくわよ、アスナ!」
 
「おっけぇ!!」
 
 アンナ・ユーリエウナ・ココロウァと神楽坂・明日菜だ。
 
 アーニャは明日菜の身体を大鬼神に投げつけると、自らは巨体の周囲を飛び回りながら大鬼神の注意を引き寄せつつ詠唱を開始する。
 
「フォルティス・ラ・ティウス・リリス・リリオス!
 
 万物に宿りし精霊達よ、炎を造りし理より世界を分けよ!
 
 天に神の輝く星! 地に凍てつく死の墓標! 地より集いし輝き達!
 
 神の星と一つになり、再び大地を光りで照らせ!!
 
 ──“陽焔の降来”!!」
 
 生み出されたのは、火球。
 
 魔界の業火でも、天界の浄火でもないただの炎だ。
 
 しかし、それはアーニャの魔力によって作り出された小型の人工太陽。
 
 その温度は6000℃を越える。
 
 異常な程の高温に藻掻き苦しみ、それから逃れようと術者であるアーニャに手を伸ばす大鬼神の腕を斬りつけるのは明日菜だ。
 
 彼女自身も、その炎に焼かれているが、魔法完全無効化能力者である彼女には効果が無い。
 
 明日菜は手にした片刃の大剣を構え、そのまま大鬼神の腕を伝って顔に向けて吶喊。
 
「え、えーと……」
 
 僅かに考え、
 
「そうだ! 必殺、アスナ突き!!」
 
 叫びと共に、大鬼神の左目に大剣を突き立てる。
 
“アスナ突きぃー!?”
 
 その余りに駄目駄目なセンスに、ギャラリーから念話でブーイングが混じる。
 
 剣を引き抜き、そこから飛び降りながら、
 
「──技の名前なんて、当たって痛けりゃそれでいいのよ!」
 
 飛び降りながら抗議の叫びを挙げる明日菜と入れ違いに、上昇していくのは背に白い大翼を有する少女、刹那だ。
 
 彼女はすれ違い様に明日菜に微笑を浮かべる。
 
「……我は光! 夜道を這う旅人に灯す、命の煌き!
 
 ──我は闇! 重き枷となりて路を奪う死の漆黒!」
 
 ネギの詠唱を聴きながら、上空で手にした愛刀“夕凪”を構え、
 
「……神鳴流・決戦奥義。──真・雷光剣!!」
 
 雷光を纏った一撃が広範囲における物質を破壊する。
 
 身体を襲う激痛に苦悶の声を挙げる大鬼神。
 
「……我は光! 眸を、己を、世界を灼く熾烈と憎悪!
 
 ……我は闇! 染まらぬ、揺るがぬ、迷わぬ不変と愛!」
 
 大鬼神の背、そこに浮くのは二人の男性。
 
「教師としては、生徒達ばかりに働かせておくわけにはいかないからね」
 
「ふむ、……なるほど。それは確かに道理というものだ」
 
 先に動いたのは黒装束の男性ヘルマン。
 
 限界まで引き絞った右腕から繰り出されるのは、
 
 ──悪魔コークスクリューブロー!
 
 回転力を付加された砲撃の如き光条が大鬼神に向け放たれる。
 
 同時、もう一人の男も動く。
 
 ポケットに入れられたタカミチの腕から繰り出される破壊力の塊のような拳圧。
 
 ──豪殺・居合い拳!
 
 死角から放たれた二つの破壊鎚が、大鬼神の身体をぐらつかせた。
 
「──愛は苦く、烈しく、我を苛なむ! ──憎しみは甘く、重く、我を蝕む!」
 
 大鬼神の足下、そこに居るのは近接戦のエキスパート達。
 
「ここで働けへんかったら、今後一生活躍の場はあらへんで!」
 
「……それは困るアルね!」
 
「忍者は、目立っては駄目なような気がするでござるが……」
 
 小太郎の両腕の筋肉が極限まで緊張させる。
 
「おおおおぉぉぉ!!」
 
 両の腕に宿る気を震動波に変換。
 
 柏手を拍つと同時、全てを粉砕する高震動波が鬼神に向かって飛ぶ。
 
「技名、今、決めたで! ──犬上流・死殺技! 神殺!!」
 
 まさに神をも殺す一撃が大鬼神を襲い、その外殻を砕き剥がす。
 
 次に控えるは、肉弾戦の超エキスパート。
 
「……さて、征くアル!」
 
 喉元にある二つの点穴を押し、一時的に己の気を爆発的に高める。
 
「形意拳の極意は、“進むことを知って、退くことを知らず”! 相手がどれだけデカくとも、後退は有り得ないヨ!」
 
 ──馬蹄・崩拳!
 
 最も基本の型にして、最も練習を重ねてきた技。
 
 故に、その技には絶対の自信がある。
 
 打撃点を中心に陥没!
 
 大鬼神の左足を砕いた。
 
 続いて動いたのは、長身の忍者。長瀬・楓だ。
 
「とっておきの裏技……、いくでござるよ!」
 
 彼女は手にした巨大手裏剣を投擲。
 
 小細工無しに、真正面から向かってくる飛び道具に対し、大鬼神は鬱陶しげにそれを叩き落とそうと腕を振るう。
 
 しかし、大鬼神の腕が巨大手裏剣に触れる瞬間、手裏剣が八つに分離して大鬼神の腕をすり抜けた。
 
 分離した手裏剣がそれぞれ別方向から同時に大鬼神を襲う。
 
 ──楓忍法・八葉!
 
 死角の無い全方位攻撃。しかも狙いは、防御力の薄い関節部。
 
 八カ所の腱を断たれ、遂に大鬼神が跪く。
 
「其れは善! 其れは悪! それは享受! それは拒絶!
 
 それは純潔な、醜悪な交配の儀式……!」
 
 もはや、立つ事も叶わない大鬼神は、それでも手を伸ばしネギを握り潰そうと足掻く。
 
 それを阻止せんとするは、長距離からの狙撃。
 
 使用されるは魔法銃“唱える者”。弾丸に込められし魔法は“神々の終焉”。
 
 そして、引き金を引くのは、
 
「……試し撃ちも無しで、ぶっつけ本番とは無茶をさせる」
 
 裏世界最高峰の狙撃手、龍宮・真名。
 
「いやあ、私だと、ピンポイントでネギ先生に当たっちゃいそうで」
 
 無邪気に告げる裕奈の言葉に溜息で応え、深呼吸を一つ。
 
 愛撫するように銃身に左手を添えて慎重に照準を合わせる。
 
 ──砲撃ッ!!
 
 放たれた魔砲は、的確に大鬼神の腕を撃ち抜いた。
 
「結ばれるまま、融け合うままに堕胎(おと)される盲目たる蛭子(せかい)の――ッ!!」
 
 皆の攻撃を受け、目に見えて弱っていく大鬼神。
 
 その姿を視界に収めつつ、超・鈴音は謝罪の言葉を口にする。
 
「──すまないネ。お前に罪は無いというのに……」
 
 全ては自分の計画から始まった罪だ。
 
「……恨むなら、私を恨らむネ」
 
 告げ、呪文の詠唱を開始。
 
「ラスト・テイル・マイ・マジックスキル・マギステル!
 
 ──我、法を破り、理を超え、破軍の力ここに得んとする者なり!
 
 ……爆炎よ! 猛炎よ! 荒ぶる火炎よ! ──焼却し! 滅殺し! 駆逐せよ!
 
 我の戦意を以って敵に等しく滅びを与えよ!! ……我求めるは完璧なる殲滅!
 
 ……“第三の業火”!!」
 
 熱と衝撃が触れるもの全てを殲滅する。
 
 その威力は、大鬼神が後ずさる程だ。
 
 もはや、満身創痍の大鬼神。
 
「──その深き昏き怨讐を胸に! その切実なる叫びを胸に!
 
 埋葬の華に誓って……! 祝福の華に誓って……!」
 
 絶対の自信を宿し、一歩前に出るのは影使い、高音・D・グッドマンと彼女の従者、佐倉・愛衣だ。
 
「さあ、次はいよいよ私達の番です! 気合いを入れなさい愛衣!」
 
「は、はい! お姉さま!!」
 
 それよりも早く、ネギの詠唱が完成した。
 
「……我は神話を紡ぐ者なり!!」
 
「ちょ!? お待ちなさい! まだ、私の見せ場が!?」
 
「そんなもん知るかァ!?」
 
 そして遂に禁呪中の禁呪が発動する。
 
「──“輝くトラペゾヘドロン”!!」
 
 ネギの眼前に出現するのは、不均整な形の金属箱の中に七本の支柱で吊り下げられた結晶物。
 
 大きさ、約4インチ。赤い線の入った黒い多面体だ。
 
 時間と空間の全てに通じる窓と呼ばれる存在。
 
 それを眼下の大鬼神に投じる。
 
 結晶体が大鬼神に触れた瞬間、光も音も無く、突如その巨体が跡形もなく消え去った。
 
 ……別に消滅したわけではない。
 
 ネギの意志が因果律を改竄し、大鬼神の時間だけを戻したのだ。
 
 よって今は、ただ静かに六体の鬼神として、学園都市の地下深くで石化されたまま眠りについている。
 
 驚く程呆気ない幕切れを迎えたが、ネギの行った大魔術を理解した者達は一様に息を呑む。
 
 今回は、対象の時間を巻き戻すだけで済んだが、その効果は無限に広がる平行世界から無限の異なる自分を召喚する事も、対象の存在を始めから無かったことにする事も、または、居るはずの無い存在を存在させる事も可能となるのだ。
 
 それは決して人の手で触れて良いようなものではない。
 
 ──それに、今の大魔術を見ていた魔法世界の監査がどのような判断を下すか? 想像に難しく無い。
 
 ……だが、それ以前に問題が一つ。
 
「……世界樹の魔力が完全に枯渇しているネ」
 
 そう。“シオネの円環”により、強制的にネギに吸引され世界樹の魔力が完全に失われていた。
 
「……超さん」
 
 茶々丸に抱きかかえられた葉加瀬が、超の背後から声を掛ける。
 
「……ふむ。──これは流石に予想外ネ」
 
 世界樹の魔力が無ければ航時機を使用する事が出来ず、
 
「いやー……、ネギ老師には最後までしてやられたヨ!」
 
 未来に帰る事が出来なくなったわりには、超の表情は清々しいものだ。
 
 大規模な儀式魔法によって世界を改革しようとする彼女の計画は潰えてしまったが、彼らにならば、……否、彼らと共にならば、より良い未来を作っていける気がした。
 
 後の事はどうなるかは分からない。──だが今は、……今だけは、この世界を楽しもう。
 
 そう決め、皆にもみくちゃにされているネギに一撃くれるべく、彼女も輪の中に加わっていった。
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