魔法先生……? ネギ魔!
 
 
書いた人:U16
 
第15話
 
 明日菜の後ろ姿が見えなくなるのを確認すると、ネギは溜息を吐き出し、
 
「……まぁ、結果の見えてる告白覗くのも面白味がねぇしなぁ」
 
「やっぱり、駄目だったの?」
 
 アーニャの問い掛けにネギはつまらなそうに、
 
「4日間くらい、別荘でぐだぐだしてたぞ?」
 
 告げ、明日菜の話題はそれで興味が失せたのか? 今度は首をヘッドロックで極めている謎のシスターに向け、
 
「……で? てめぇは何時からこんな事やってんだ?」
 
「い、いや、ちゃんとした仕事はこれが始めてでして」
 
 ネギの機嫌を伺うように告げる美空。
 
「ふーん、つー事はまだ見習いか? 俺と同じじゃねえか」
 
 ……同じじゃないから!? 全然、同じじゃないから!?
 
 必死に首を振って否定する美空。
 
 ここで、「ちょっと模擬戦でもすっか」とか言い出されたら、自分の人生は終わりを迎える事になる。
 
 だが、そんな美空の心配とは別に、ネギは少し考えると、
 
「綾瀬の訓練相手くらいには、丁度良いかな?」
 
「……へ? ゆえ吉の?」
 
「あぁ……。佐倉相手じゃ、まだ無理だしな。明石は加減とか出来ねえから、下手すりゃ大怪我しかねないし」
 
 考え込むネギに対し、美空は恐る恐る伺うように、
 
「ち、ちなみにゆえ吉つぁんの実力はどんなもんなんでしょ?」
 
「フツーだぞ。魔法の射手を始め、幾つかの攻撃魔法が使えるようになった程度で。
 
 ただ戦術に関しては、俺の言うこと聞こうとしないのはいただけないけどな」
 
「それは、アンタが“戦闘は火力”とか言うからでしょ?」
 
 アーニャが窘めると、ネギは納得いかないとふてくされ、
 
「だからって、“弾幕はパワー”はねぇだろ!?」
 
 対するアーニャは呆れた溜息を吐き出し、
 
「どっちもどっちよ。……“戦闘は先手必勝”、“ヒット&アウェイ”。これに限るでしょ?」
 
「まあ、エヴァの“見敵必殺”や姉ちゃんの“全力全壊”に比べればそれでもマシかな」
 
「あなた達はどうしてそう……」
 
 そういう高音のモットーは、“オフェンスはディフェンスから”。
 
 防御を完璧にこなし、相手の隙を付いて攻撃を仕掛けるというものであるが、それをネギに言った途端、地味と言われへこんだ記憶がある。
 
 そんな事を思い出して幻痛に頭を悩ませる高音だが、ネギはそれを華麗に無視しつつ、
 
「まあ、そんな事はどうでも良いや……」
 
 そう言って、遊びに行こうとするも、高音に捕まりパトロールの手伝いをさせられる事になった。
  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 昼間、魔法先生達に囲まれながらも武道会場から姿を消した超・鈴音は時間跳躍により夜の龍宮神社に現れていた。
 
 その場を後にした超は偶然出会った古菲に別れの挨拶をして退学届を手渡すと、そのまま自分の関わっていたサークルの元へ身辺整理に向かう。
 
 滞り無く挨拶回りを終えた後、茶々丸、葉加瀬と合流した彼女の元へ予め連絡を入れておいたネギがやって来た。
 
「よう……」
 
 ネギは気軽に挨拶すると、
 
「こんなメールで俺を呼び出すなんて、一体どんな用件なんだ? 高音の監視かい潜って逃げてくんの結構骨だったんだぞ?」
 
 彼の手にある携帯電話のモニターには、時間と場所、そして、『一人で来られたし。超・鈴音』とだけが記されたメールが表示されていた。
 
「なに、少々ネギ老師に頼み事があてネ」
 
「ふーん……」
 
 気のない返事を返し、話を促す。
 
 それによると、
 
「――魔法使いの存在を世界にバラす?」
 
「その通りネ。魔法の存在が世界に認識されれば、大手を振るって魔法を使い世界に満ちる幾万幾億の悲劇を救う事が出来るようになる。
 
 その為に、先生の力を貸して欲しいネ」
 
 暫しの黙考の後、ネギは口を開き、
 
「お前はその行為を正義だと言い切れるか?」
 
 確かに、それによって助かる人達は大勢出るであろうが、そんな事をすれば世界は混乱に満ち、また魔法を悪用する者も少なからず出てくる。
 
 無論、それだけではなく、計画を停められなかった場合は学園内の魔法先生や生徒達にも相当なペナルティーが及ぶことになるだろう。
 
「否、結果的に多数の者を救える事になるとはいえ、私のやろうとしている事は間違い無く悪ヨ。
 
 その為に、誰にどう思われようと私は私の目的を果たすまでネ」
 
「良い覚悟だ、超・鈴音」
 
 そう告げるネギの口元には笑みがある。
 
「その話乗った。――詳しい計画を聞かせろ」
 
 超の話しでは、学祭最終日の午後7時頃までに約2500体のロボットと6体の機械で制御された鬼神を使い、世界樹周辺の6箇所の魔力溜まりを占拠して、直径3qの巨大魔法陣を作り全世界に対する強制認識魔法を発動させるという。
 
「鬼神とかの類は、学園結界が邪魔で活動出来ねぇだろ?」
 
 というネギの質問には、茶々丸が挙手し、
 
「そちらは私が引き受けます」
 
 なるほど、と納得する。彼女は以前にも学園結界を落としている実績がある。
 
 ――だが、
 
「茶々丸が抜けると、戦力的にきつくねえか?」
 
「その為の助っ人は、頼んであるネ」
 
 ……出来れば、ネギの使い魔達にも協力してもらいたい所ではあるが、
 
「――それは却下な」
 
 元々、ブラックリストの上位に居座っているような奴らばかりだ。計画が失敗した場合、永久封印などの重罪は確定と言ってもいい。
 
 流石に自分の我が侭で、そこまで手伝わさせるのも悪いと思っているのか? 超はあっさりと引き下がった。……が、ネギの考えは違う。
 
 超の計画を聞いた時から、彼なりに色々と考えがあるらしく、使い魔や従者達には、その為に働いてもらわなければならない。   
 
 ……まあ、ワンサイドゲームってのは面白く無いしな。
 
 そこまで思って、何かを思い出したのか、ネギは手を叩き、
 
「あぁ、そういや忘れてた……」
 
「うん? 何かな?」
 
「お前の送別会やることになってんだよ。今から」
 
 場所と時間を教えて彼女達を見送った後、ネギは携帯電話に新たに着信したメールに従い、指定された場所に向かう。
 
 そこで彼を待ち受けていたのは、高音とアーニャだ。
 
 彼女達はネギの存在を確認すると、鬼のような形相で詰め寄り、
 
「仕事の呼び出しを無視して、何処をふらついているのですか!?」
 
「アンタね! ただでさえ監査とかに目ぇつけられてるってのに、こんな時くらいは自重しなさいよ!?」
 
 捲し立てる少女達に対し、ネギは頭を掻きながら、
 
「いやー、ちょっと外せない大事な用事があってな……」
 
「……大事な用事?」
 
「まあ、それは良いから――。それよりも、どうした?」
 
 誤魔化し、話しを進めるネギに対し、彼女達は互いに視線を交わして頷くと、
 
「アンタの受け持ってるクラスに超・鈴音っているでしょ?」
 
「おう。――アイツが何かやらかしたのか?」
 
「何か所の騒ぎではありません。麻帆良武道会中、地下下水道に偵察に入った高畑先生を監禁したのです。
 
 しかも、よりにもよって彼女の目的は魔法使いの存在を世界に公表する事だそうです」
 
「ふーん……」
 
 そのネギの気の無い返事が気に障ったのか? 高音は険しい表情で、
 
「何ですか? その興味のなさそうな顔は?」
 
「いやな? ……別にバラしても良いんじゃね? とか思ってな」
 
「何を言っているんですか!? そんな事をすれば、世界中で大混乱になりますよ!」
 
 猛然と抗議する高音だが、アーニャにしてみればネギの言わんとしている事は分かる。
 
「……ネギ。……魔法が公然としたものになったら、堂々と力を行使出来るから、その分大勢の人を助けられるようになるとか思ってる?」
 
 確かに、その考えには一理ある。
 
 だが、だからと言って……、
 
「その結果、もたらされる混乱と後の魔法による犯罪などを鑑みると――」
 
「お前が何時も言ってる、崇高な使命ってやつ言ってみ?」
 
 話の腰を折るネギの言葉に不満を覚えつつも、言われた通りに己の魔法使いとしての目標を口にする。
 
「私達人間社会に生きる魔法使いの使命は、世の為人の為にその力を使うこと。
 
 その実現の為に私達は無私の心で打ち込まねばなりません。
 
 力ある者は力なき者の為に、その力を使わねばならない──」
 
「その為に魔法を公然と使えるようになった世界なら、より多くの人間を救えるようになる」
 
「ッ!?」
 
 ネギの言葉に高音は口を挟む事が出来ない。
 
「本国の馬鹿共が勝手に決めた保守的な主義のお陰で、救われずに死んでいく人間も居る。
 
 その救われなかった人達に対して、お前はどうやって詫びる? そういう決まりだから仕方なかった。で、済ますつまりか?」
 
「そ、それはッ!?」
 
 高音の反論を許さず、ネギが締めの言葉を吐き出す。
 
「絶望した! そんな怠惰な魔法社会に絶望した!!」
 
「……なんでアンタ、最後までシリアスに締められないのよ?」
 
 呆れた口調で告げるアーニャだが、内心ではネギの言うことにも一理あると思っている。
 
 ネギは頭を掻きながら気軽に、
 
「つー事で、俺、超の方に付くから」
 
 何の気負いも無く告げられたネギの言葉に、高音は一瞬彼が何を言っているか理解出来なかったが、それを脳が認識するとようやく構えをとり、
 
「さ、させません!!」
 
 踵を返し、その場を去ろうとするネギに高音が待ったを掛ける。
 
 影法師を召喚し、ネギを取り囲ませ、
 
「こ、……このまま、本国に敵対するという意味が分かっているのですか!?」
 
 本国を敵に回すというのは、一国と敵対するという意味ではなく、一つの世界と敵対するという意味だ。
 
 ネギ達を捕らえようと、昼夜を問わず刺客が差し向けられるであろうし、捕縛されようものなら、オコジョ収容所などといった措置では済まされない。
 
 まず間違いなく、永久封印措置は免れないだろう。
 
 だが、それを知りつつもネギの主義は揺るぐことは無い。
 
「ギャグで言ってるように見えるか?」
 
 ……見えるから困るのよね。
 
 というアーニャの内心など知らずに、
 
「――なら、力ずくで来い。結構マジ入ってんぞ俺」
 
 一斉に影法師達がネギに飛び掛かるも、カシオペアを使用したネギは捕縛寸前に姿を消し、タイムロス無しで高音の背後に現れる。
 
 ――“魔法の射手・連弾・雷の3矢”!
 
 ほぼ零距離から放たれた雷撃が、高音の身体を貫く。
 
 頽れそうになりながらも、高音は必死にネギのローブを掴んで踏み止まり、
 
「い、行かせません……!」
 
 ここで彼を行かせれば、もう停められなくなる。
 
 それを悟った高音は是が非でもネギを停めようと試みるも、ネギは無情にもその手を引き剥がし、
 
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル……。
 
 魔界の公爵、大いなるトムニアよ。古の契約を行使せよ……。
 
 ――“怒濤の雷”」
 
 ネギの掌から照射された凄まじい雷撃が、回避不能の距離から高音を襲う。
 
 しかし、それでもその雷撃が高音に届く事は無かった。
 
 ネギの視線の先、雷より速く高音の身体をかっさらうようにして奪い去った人物は深い溜息を吐き出し、
 
「……悪いわね、ネギ。
 
 ――私、今回ばかりは高音の味方をさせてもらうわ」
 
「あ、アーニャさん……?」
 
「休んでなさい高音。……この場は私が引き受けるから」
 
 ……学園側ではなく、同じ男に惚れた女として高音の味方に付こうと決めたアーニャの視線と、断固たる決意を持って行動を決めたネギの視線とが音を発てて交差する。
 
 ネギは、口元に薄い笑みさえ浮かべて、
 
「……お前とガチでやんのも、仮契約した時以来か?」
 
「……どっちが従者になるか? で、揉めたんだっけ?」
 
 懐かしさに微笑みながらも、アーニャは戦闘準備を怠らない。
 
 爪先で地面を叩き、ショートブーツの具合を確かめつつネギの隙を伺う。
 
「……確か、あの時って――」
 
「華麗な頭脳プレイで、俺が勝利を収めた」
 
 ……思い出すのは、ネギの仕掛けた落とし穴に落ちた記憶。更に、勝負の結果に納得いかないと抗議するアーニャの隙を付いてネギが彼女の唇を奪い、仮契約を果たしたのだ。
 
「……思い出したら、段々ムカついてきたわ」
 
 先手必勝とばかりにアーニャが仕掛けようとするが、彼女が一歩を踏み出そうとした瞬間、眼前に黒衣の人影が現れ、彼女の縮地を邪魔した。
 
 アーニャは咄嗟に黒衣の人影を杖で殴打し、再度縮地を行おうとするも、また別の人影に阻まれる。
 
 尽くアーニャの邪魔をする黒衣の人影……、その正体は、
 
「操影術ですって……!?」
 
 驚きの声を挙げる高音。対するネギは絶対の自信を秘めた笑みを見せ、
 
「魔法の一種だぜ? 俺が使えねえ道理も無いだろ」
 
 とはいえ、彼が操影術を収めたのは、この麻帆良学園に来て高音と再会してからだ。
 
 ……結構、使い勝手良さそうにしてたから、取り敢えずパクってみたんだけど、意外と使えるなコレ。
 
「クッ!?」
 
 何とか振り切ろうとするも、アーニャの行動パターンを熟知しているネギの操る影法師達は、彼女に本領を発揮させてはくれない。
 
「邪魔を……ッ」
 
 杖に光の曲刃を宿し、2体の影法師を一気に両断し、
 
「するなぁ――!!」
 
 僅かに開いたネギまでの最短距離を強引に突き抜け、彼に跳び蹴りをお見舞いする。
 
 何の回避も防御も見せずにアーニャの蹴りをマトモに喰らったネギは、一瞬勝ち誇った笑みを浮かべ、そのまま霧散した。
 
「……幻術!?」
 
「――逃げられましたか!」
 
 歯噛みするのも一瞬、二人はすぐに次の手段を模索する。
 
 二人がまず考えたのは、ネギの逃亡先だ。
 
 彼が向かいそうな場所は……、
 
「……下宿先か? 図書館島辺りですか?」
 
「他にはコタローのアパートとか、ヘルマンの用務員室とかも有りかな?」
 
「ちょっと待ちな、姉さん方」
 
 結局、二手に別れて捜索する事に決めた二人がその場を去ろうとすると、彼女達を呼び止める声が掛けられた。
 
 慌てた様子で振り向く二人の視界に人影は見当たらない。
 
「ここだって――、姉さん」
 
 下の方から聞こえてきた声に、視線を下げると、そこにいたのは1匹のオコジョ妖精。
 
 ネギの使い魔であるカモがそこに居た。
 
 カモは何処からか取り出した煙草を吹かすと、
 
「むやみに兄貴の場所を探すより、あっちの先手を打って罠を仕掛ける方が良いんじゃないっスか?」
 
「……アンタ、まさか!?」
 
 カモの言わんとしている事を悟り、驚きに目を見開くアーニャ。
  
「そう、超の野郎の計画。全て聞いてきたってもんよ!」
 
 己が胸を叩き、自信満々に告げるカモの心中はかなり複雑なものだった。
 
 現在、カモがネギから命令されているのは、アーニャ達を通じて計画の全貌を学園側に密告する事。
 
 そして、全力を持って超の計画を停めろというものだった。
 
 初めから、超を裏切るつもりか? と問うてみるが、彼から返ってきた答えは「俺は超の計画を全力で遂行する」というものだけ。
 
 ネギの真意が何か? までは分からないが、彼が真剣な表情で告げる以上、何か考えがあるに違いあるまい。
 
 男として彼に惚れている以上、ネギの命令に対して否は無い。
 
 カモから、計画のあらましを聞いたアーニャと高音は眉根を寄せて、
 
「そんな大それた計画を……!?」
 
「でも……、それじゃあ計画が開始されたら、私達二人で秘密裏に計画を潰すなんて、出来そうにはないわね」
 
 最低限、本国から来ているという監査には、絶対にこの事件にネギが関わっているとバレてはいけない。
 
 ……協力者がいる。それも、学園に黙って協力してくれるような者達の協力が。
 
「……ネギのクラスの生徒達なら、力を貸してくれるかも」
 
 あのクラスには刹那や楓といった猛者達もいるので、戦力的には申し分無い。
 
 このような面倒事に巻き込んでしまうのは気が引けるが、彼女達も完全に無関係というわけでもないので諦めてもらおう。
                                      
 ……というか、悪いのはネギ先生ですので、私が気に病む必要も無いような気もしないでもないような。
 
「……何、悩んでんの?」
 
 というアーニャの言葉で、現実世界に返ってきた高音は小さく首を振り、
 
「取り敢えず連絡を──
 
 懐から携帯電話を取りだして短縮ボタンをプッシュ。
 
 連絡先は明日菜だが、彼女は今、エヴァンジェリンの別荘に居るため連絡がつかない。
 
 同様の理由で木乃香にも連絡がつかず、高音とアーニャが不審気に顔を見合わせ、次に連絡を取ったのは、ネギの弟子である夕映だ。
 
 今度は無事に繋がった事に安堵の吐息を吐き出して掻い摘んだ事情を話すと、何やら呆れた声色で返事が返ってきた。
 
『……大変申し上げにくいのですが、ネギ先生でしたら現在、私達の眼前で超さんの送別会に参加している所です』
 
「……はい?」
 
 困惑気味な返事が返ってくるが、夕映はそれを聞き入れず、
 
『場所は第3廃校舎です。──それまでは、ネギ先生に気取られないようにしますので、出来るだけ早く来て下さい』
 
 告げ、余り長く話しをしていると怪しまれると、通話を一方的に切ってしまった。
 
 一方、拍子抜けする程あっさりとネギの居所が判明してしまい、少し混乱していた二人だが、すぐに何をするべきかを思い出すと一瞬だけ視線を交差させてその場を後にする。
 
 ……それで、これからどうするの? 真正面から行った所で、また逃げられるわよ?
 
 屋根を跳び伝いつつ、念話でのアーニャの問い掛けに、高音は小さく頷き、
 
 ……何やら覚悟を決めていらしたようですので、話し合いでは解決はしないかと……。となると、残された手段は──。
 
 ……力ずく?
 
 しかし高音は力無く首を振り、
 
 ……いえ。──悔しいですが、勝てる要素が何一つ見あたりません。
 
 それは恐らく、3−A組の生徒達の協力を得たとしても余り変わらないだろう。
 
 自分たちに味方してくれる生徒達が居るように、ネギにも超や茶々丸。それにエヴァンジェリンという反則的な使い魔までいるのだ。
 
 ……多分、ネカネさんもネギの味方に回ると思うけど。
 
 そうなった場合、学園長に事情を話して魔法先生達の力を借りたとしても勝機はかなり薄いだろう。
 
 特に、これといった打開策も思い浮かばないまま彼女達が到着した第三廃校舎では、デコピンロケットの演奏をバックにネギがマイク片手に、もう片方の手に野菜のネギを握り締めて熱唱している所だった。
 
「やっらっつぁつぁーやりう゛ぃりう゛ぃりんらばりんらばれんでんどー♪ わばりっぱっぱーぱりっぱっぱーりりっりすてばてんだんどー♪」
 
 何処ぞの国の民謡を歌いながらネギを振るネギに合わせて観客達も同じようにネギを振る。
 
 間奏の途中で居眠りに入ったネギが、観客達の「Yo!!」の掛け声で目覚めて慌ててネギを振りまくったり、壊れたレコードのように同じ箇所をリピートし続けたりと、色々トラブルはあったが、おおむね好評の内に曲は終わった。
 
 その余りにも平和な光景に、思わず唖然としてしまい、一瞬ここまでやって来た目的を忘れてしまう二人。
 
 どちらにしろ、魔法の事を知らない一般人も混じっているこの状況で、力を行使するわけにもいかず、二人の少女は物陰に身を潜めながら宴会が終わるのを待つ。
 
 やがて日付も変わり、生徒の殆どが寝静まった頃を見計らいネギは超等と共にその場を去ろうとした時、物陰に隠れていたアーニャ達が姿を現した。
 
「おや? どしたのカナ、アーニャさん高音さん。今頃来ても、もう料理は残て無いヨ」
 
「心配無用よ。……ちゃっかりタッパーに詰めさせてもらったから」
 
「……ホント、何時の間にやったんでしょうね? この人は」
 
 何故か自信満々に返すアーニャと呆れた声の高音。
 
 そんな中、ネギ達を逃すまいと屋上一帯に結界が展開される。
 
 不審気に眉を顰めるネギ達の視界の隅、次々と立ち上がってくる生徒達。
 
 その全てがネギの関係者だ。
 
「……この結界はお前の仕業か? 綾瀬」
 
「はいです。──申し訳ありませんが、詳しい話を聞かせてもらうです」
 
 ……この野郎。俺の知らない所でドンドン成長していってんな。
 
 半ば感心した様子で一人ごちるネギだが、彼が指を鳴らした瞬間、夕映の展開した結界は粉々に砕け散った。
 
「けどまだ構成の甘い所があるな。……もっと精進しろよ?」
 
 一瞬で解呪された事に苦い表情をする夕映。
 
「……で?」
 
 自分達を囲むように立つ生徒達を見渡し、
 
「何の話しを聞きたいって?」
 
「ネギ先生の考えを……、です。何故、超さんに協力して魔法を世界にバラそうとしているのか? を」
 
 対するネギは面倒臭そうに、
 
「アーニャから聞いてないか?」
 
「おおよその所は聞いてます。……ネギ先生の過去からしてみれば、その選択は当然と言っていいかも知れません。──ですが、その行為によって被害を被るであろう人達に対して正義はあるのですか!?」
 
 その言葉を聞いたネギは小さく嘲笑を浮かべ、
 
「そんなモンはねぇな。──大体、全ての人間を幸せにする方法なんぞ、この世に存在するとでも思ってんのか? 綾瀬」
 
 答えは否だ。
 
 誰かの為に良かれと思って成した行為であっても、その為に不幸な目に合う者達も必ず出るてくるだろう。
 
 ならば、たとえ人から恨まれる事になろうとも己の信じる道を突き進むのみ。
 
 ネギの眼差しから、その覚悟を読みとった夕映は小さく溜息を吐き出し、
 
「その計画が成功しても、失敗しても、私達との繋がりが断たれる事になる事に関しては……」
 
「まぁ、後任の担任はまたタカミチになるだろうけどな。……ぶっちゃけ、俺よりタカミチの方が教え方巧いだろ?」
 
 ネギとしても、自分が教師に向いていないという自覚はある。
 
 だが、夕映の言いたい事は、そんな事ではない。
 
「違うです! 私が言いたいのは、そのような事ではなく──」
 
「──“光よ”」
 
 夕映の抗議を遮るネギの呟きと共に、眩い光が辺りを照らし出し彼女達の視界を奪う。
 
 そしてその一瞬の隙に、ネギ達の姿が完全に消えていた。
 
 その事を理解した夕映は慌てて振り返り、そこに居たのどかに指示を飛ばす。
 
「のどか! 先生の位置を──!?」
 
「う、うん!」
 
 アーティファクトを召還し、ネギの心から彼の現在位置を確認しようとするも、何らかの処置を施されているのか? のどかのアーティファクトには何の反応の無い。
 
「やられました!? このままでは……!」
 
 歯噛みする夕映の肩に優しく手が置かれる。
 
 その温もりに、我に返り夕映が振り向いた先、そこには何時もと変わらぬ穏やかな表情を浮かべた五月が居た。
 
ネギ先生が、ちゃおさんに味方する理由を聞いています。
 
 一息の後、真剣な眼差しで周囲の者達に視線を向け、
 
この話を聞いてしまえば、ネギ先生と本気で争えなくなるかも知れません。……それでも聞きますか?
 
 五月の問い掛けに対し、夕映は僅かな逡巡の後、聞く事を選び、他の少女達もそれに同意した。
 
 それを確認した五月は小さく頷き、
 
ネギ先生がちゃおさんに味方する理由……。それは、ネギ先生が教師でちゃおさんが先生の生徒だからだそうです。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  
「あん? 俺が超に付いた理由?」
 
 五月の問い掛けにネギは面倒臭そうな顔をしつつも、散々食事を提供して貰ってきた手前、邪険にも出来ず溜息を吐いて語り始めた。
 
「まあ、アレだ……」
 
 照れているのか? 五月と目を合わせないようにそっぽを向きながら、
 
「アイツの考えにも一理あるっていうのもあんだけども、アイツは俺の生徒だからな。……教師としては生徒のやろうとしてる事は手伝ってやるもんなんじゃねえのか?」
 
 しかし、それでも──、
 
「超のやろうとしてる事が間違ってるのは確かだからな。高音辺りは絶対に停めようとするだろうな」
 
 アイツ融通とか利かないし……、と苦笑を浮かべながら呟き、
 
「まあ、綾瀬や桜咲辺りの真面目な奴らも停めようとするだろうけどな。……そん時は、向こうにも協力してやらねえとな」
 
ちゃおさんを裏切るんですか?
 
 神妙な表情で問う五月に対し、ネギは安心させるように笑みを浮かべ、
 
「いや、俺はこっちで全力を尽くす。……だから、あっちにはエヴァ達に付いてもらうつもりだ」
 
 ……エヴァの奴は面倒臭がって嫌がるだろうけどな、と笑みの質を苦笑いに変えて告げ、
 
「アイツ等も俺の生徒だからな……。力を貸してやるのが教師としての役割ってもんなんだろうよ」
 
……その事で、ネギ先生の立場が危うくなってもですか?
 
 五月の質問に対し、ネギは口元に気楽な笑みを浮かべて、
 
「ま、俺一人ならどうとでもなるからな」
 
 そう言い残して、その場を去っていった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
多分、ネギ先生はどんな結果になろうとも、自分一人で責任を背負ってこの学園から姿を消すつもりでいると思います。
 
「そ、そんな……」
 
 絶句するのはのどかや亜子達だ。
 
 だが、そんな中、それでも心の折れていない者達も居る。
 
「まだ方法はあるです!」
 
「……夕映?」
 
「学園側に超さんの計画が露呈する前に、私達だけで決着を着けてしまえば、あるいは──」
 
 僅かな光明に縋ろうとするが、
 
「……無理よ。それとは別件で、ネギは監査に目を付けられてるから」
 
 そうだった……。まほら武道会において、ネギは派手に魔法を使用してしまっていたのだった。
 
 しかも、監査が見に来ているかもしれない、この学祭中に。
 
「……何か、……何か方法は無いんですか?」
 
 縋るように声を出したのは誰か? それすら定かではない状況において、その場に一人の少女が降臨する。
 
「何だ? どいつもこいつも随分とシケた面をしているな」
 
 彼女達のクラスメイトにしてネギの使い魔、エヴァンジェリンだ。
 
 エヴァンジェリンは睥睨するように少女達を見渡し、
 
「それでどうするつもりだ? 小娘共。やる気が無いなら私は早々に帰らせてもらうぞ」
 
 エヴァンジェリンとしては、本国よりも超の主張の方が好ましいのだ。ネギのマスター命令がなければ、あちら側に味方していてもおかしくはない。
 
 ──もっとも彼女とすれば、高見の見物が一番好きなのだが。
 
 ……後、1分以内に結論が出ないようなら帰るか。
 
 そんな事をエヴァンジェリンが考えているのを見抜いたのか? アーニャが声を挙げる。
 
「停めるわ、絶対に! その後で、ネギに土下座でも何でもさせて監査にこの一件を見逃してもらえるように頼んでみる」
 
 ……最悪、記憶消去の魔法を使う事も辞さない覚悟はある。
 
「ふん、……それで、他の小娘達はどうする?」
 
 まるで試すような眼差しで睥睨するエヴァンジェリン。
 
 真っ先に立ち上がったのは夕映だ。
 
 彼女は決意を秘めた眼差しで、
 
「無論、停めるです。──確かに超さんの行いには正義があるのかも知れません。
 
 ……ですが、それは間違っていると思うのです」
 
 その言葉を聞いたエヴァンジェリンは面白くなさそうに鼻を鳴らし、
 
「──では、貴様は自分は間違いの無い絶対の正義とでも言うつもりか?」
 
 対する夕映は首を振り、
 
「いいえ、そこまで傲慢ではありません。どちらかが正義か? と問われれば、むしろ超さんに義があるでしょう。
 
 ならば私は、悪として超さんの計画を妨害し、ネギ先生の居る生活を守りたいと思います」
 
 それを聞いて立ち上がったのは裕奈だ。
 
 彼女は頭を掻きながら、
 
「難し過ぎるってゆえ吉。もっと簡単にさ、──ネギ先生と離れたくないから超りんの邪魔をする。で良いんじゃない?
 
 それならさ……、私達にも理解出来るし、亜子の為にも私達は協力するよ?」
 
 裕奈の言葉を受け、夕映は口元を綻ばせると、視線を傍らののどかに向ける。
 
「よろしいですか? のどか」
 
「うん」
 
 次々と立ち上がるクラスメイト達。
 
 関係者全員が立ち上がるのを確認したエヴァンジェリンはつまらなさそうに溜息を吐き出し、
 
「まあ、少々青いが及第点ギリギリだ」
 
 告げ、夕映に一枚のカードを投げ渡す。
 
 それは彼女の仮契約カードだ。
 
 そのカードに書かれたネギのサインとラテン語で書かれた“nisi-power of attorney”の文字。
 
「……これは?」
 
「使い魔の仮委任状だそうだ」
 
 言葉と共に夕映の肩に舞い降りる一匹の幼竜。
 
「貴様なら、封印の解除の仕方も知っているだろう?」
 
 夕映が小さく頷くと同時、ヘルマンやネカネ達も到着する。
 
 それを確認したエヴァンジェリンは面倒臭気に小さく溜息を吐き出し、
 
「さて、ではぼーやからの作戦を伝えてやる。感謝しろ小娘共」
 
 エヴァンジェリンがネギから授かった作戦はこうだ。
 
 戦力差からして2500体のロボット軍団は無視する。極力、戦闘を避けて彼女達が相手をするべきは、超の作戦の要である6体の巨大生体兵器。
 
 それを、エヴァンジェリン、ネカネ、ヘルマン、夕映、ハルナ、裕奈の6人で潰す。
 
 その間に、2,3人の少数精鋭が直接ネギ達の元に乗り込んで儀式魔術を阻止。
 
「ちなみに、学園結界を墜としにくる茶々丸だが、それはそこで狸寝入りをしている長谷川・千雨に押さえてもらう」
 
「なんで私が!?」
 
 思わず飛び起きた千雨が抗議の声を挙げるが、当然エヴァンジェリンが受け入れる事は無い。
 
「ぼーやの指示だ。別に嫌なら従わなくていいさ。
 
 ……もっとも、その時はこの世界は貴様の嫌いな夢物語なものに変わるだけだ」
 
「グッ!?」
 
 以前、茶々丸の言っていた通り、強制的に巻き込まれる事になりつつある。
 
 ハッキリ言って、ネギの手の上で踊らされているようで納得はいかない。
 
 いかないが──。
 
 ……あの野郎に吠え面かかしてやらねえと気が済まねぇしな!!
 
「分かったよ。……それで、誰と仮契約すればいいんだ?」
 
 千雨の提案に対し、真っ先に申し出たのは意外なことにエヴァンジェリンだった。
 
 その事に驚きを隠せない裕奈達。
 
「え? 何? どういう事?」
 
「何か裏が……」
 
「どないしたん? 皆」
 
 事情の分からない亜子が他の連中を代表して問い掛けてみるも、動揺した裕奈は脂汗を顔に滲ませながら、
 
「いや……、だってあのエヴァちゃんが茶々丸さん以外に従者を持つなんて、ぶっちゃけありえないっしょ!?」
 
「ふん、……貴様等や神楽坂・明日菜のような脳天気なバカ共ならこちらからごめんこうむるがな、この女はまだ見所がある。
 
 特に、現実を理解した上で自分の限界を明確に把握し、その範囲内でやれることだけをしようとする考えが良い。
 
 出来もせんことを、若さや勢いに任せて突っ走ろうとするような奴らに比べれば万倍マシだ」
 
 言って、カモに魔法陣を描かせその中で強引に千雨の唇を奪う。
 
 ──仮契約!!
 
「さて、これで準備は整ったな? 作戦の開始は夕方の7時頃からだそうだ。
 
 それまでは好きにしろ」
 
 そう言い残し、その場を去ろうとするエヴァンジェリンを亜子が引き留める。 
 
「う、ウチらは何したらええん!?」
 
 そう問い掛ける亜子を、エヴァンジェリンは2秒程凝視した後、
 
「離れた所から応援でもしていたらどうだ? ハッキリ言って、貴様等には戦力的には微塵も期待していない」
 
「ちょっとちょっとエバちゃん! そんな言い方はないんじゃない!?」
 
 まき絵の抗議をエヴァンジェリンは嘲笑い、
 
「相手は2500体のロボットだぞ? 貴様等が来た所で何が出来る?」
 
 言って、挑戦的な笑みを浮かべ、
 
「それでも何かをしたいと言うなら私の別荘に来るといい。貴様等の覚悟、試させてもらう」
 
 そう言い残し、今度こそ本当にエヴァンジェリンは姿を消した。
 
「もう……、本当に失礼しちゃうなぁ!」
 
 憤懣やるせないというまき絵を裕奈が必死に宥めようとする。
 
「まあまあエヴァちゃんってば、ちびっ子に見えて、実は600歳越えてる吸血鬼だから、下手に喧嘩売ると、マジで殺されちゃうって。
 
 まほら武道会見たっしょ?」
 
「……え? アレ、やっぱり本当だったん?」
 
 ネットに流れている動画でしか見ていないが、あの試合で行われていた戦闘が本物だとすると、自分達普通人が入れるような隙は微塵もない。
 
「エヴァちゃんのテストって言ったら、ネギ先生でも死にそうになるようなものだよ?
 
 大怪我どころじゃ済まないって!?」
 
 それは誇張し過ぎではないのか? と、まき絵は夕映達に確かめてみるが、彼女達は力無く首を振り、
 
「残念ながら事実です。普通の人間が挑んで生きて帰れるような生温い試験ではないでしょう」
 
「そんなに!?」
 
 ハッキリ言って、何時自分にあの試験を受けろと言われるか気が気ではない。
 
「確かアスナさんがやらされたのは、ヒマラヤの山奥に何の装備も無しに1週間放置で生き延びろというものでした」
 
 それを聞いたまき絵は驚きの声を挙げる。
 
「マジで!?」
 
「で、でも……、アスナ生きとったで?」 
 
 という亜子の問い掛けに夕映は溜息を吐き出し、
 
「アスナさんも向こう側の人間という事です」
 
「つーか、アスナある意味最強ユニットだしね……」
 
 ウンザリ気に告げるのはハルナだが、そんな彼女の意見を覆すように答えるのは古菲だ。
 
「その反則的なスキルを持つアスナに勝つネギ老師が、今回の敵アル」
 
 まあ、明日菜に勝てるのはネギだけではないが。
 
「それよりも、どうするのですか? 本気でネギ先生と敵対する覚悟があるのでしたら、出来る限りで力になりますが?」
 
 暫くの逡巡……、しかし次に顔を上げた亜子の瞳はしっかりと覚悟を決めていた。
 
「──ウチ、やるよ。
 
 最悪、ここで力つけとかんと、ネギ先生に着いてく事も許されへんと思うし」
 
 言って、手にした仮契約カードを握りしめる。
 
 それを聞いた夕映は満足そうに頷き、
 
「分かりました。でしたら私達も出来る限りでサポートするです」
 
 周囲を見渡すと、他の少女達もまた力強く頷き返してくれた。
 
「それで、エバちゃんの試験ってどんな事するのー?」
 
 まき絵の質問に、あっさりとした態度で、
 
「さあ? その時の気分で変わったりしますから、一概には言えないと思いますが──」
 
 覚悟を見せてもらうと言っていた以上、何らかの危険が伴うのは確かな事だ。
 
 ともあれ、エヴァンジェリンの元へ赴かない事には話は進まない。
 
 ということで、一行はエヴァンジェリンの家へと向かうことにした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 一行が到着したエヴァンジェリンの居城では、まるで彼女達がやって来るのが分かっていたかのように、既に試験の準備が完了していた。
 
「試験内容は簡単だ」
 
 エヴァンジェリンが指を鳴らすと同時、城の中から姿を現す全長10m超過はあろうかという巨大な獣。
 
 それは三首を有する巨大な犬だ。
 
「こ、これは……」
 
 流石にこのような化け物が出てくる事は予想していなかったのか? 言葉に詰まる夕映。
 
「ふん、ゲームや本で知識くらいはあるだろう? 地獄の番犬、ケルベロスだ。
 
 ──どんな方法でも良い。こいつに一撃いれてみせろ。それが出来れば合格としてやる」
 
「ちょ、ちょっとエヴァちゃん! こんなの相手にしたら、流石に怪我なんかじゃ済まないわよ!?」
 
 抗議の声を挙げたのは、亜子達よりも先に別荘で休養を満喫していた明日菜だ。
 
 だが当然の如く、彼女の抗議は受け入れてもらえない。
 
「何をバカな事を言っている? 神楽坂・明日菜。
 
 これから本物の戦場に出ようという奴らが怪我なんぞを気にして戦えるか」
 
「そ、そうは言っても、あこちゃんって喧嘩もした事ないのよ? 無理だって絶対に!」
 
「別に一人でやれとは言っていないさ。……どうだ? 協力してやろうという物好きは居るか? 言っておくが、貴様は手を出すなよ? 神楽坂・明日菜」
 
 他には、ネカネ、ヘルマン、スライム’s、アーニャ、高音、楓、古菲、刹那、ハルナ。それに怪我をした時の為に木乃香が助っ人の禁止を言い渡された。
 
「私ならば、かまわないのですね?」
 
 夕映の問い掛けに、エヴァンジェリンは口元を歪めながら頷き、
 
「あぁ、但し、その翼竜を使うのは禁止だ。良いな?」
 
「分かったです」
 
 それでも決意の揺らぐ様子のない夕映に対し、エヴァンジェリンはからかうように質問を投げかける。
 
「何故、和泉・亜子に対してそうまでして加勢する? 言ってみれば、そいつは貴様の恋敵だぞ?」
 
 エヴァンジェリンの質問に、事情を知らない亜子達が慌てて振り向くのに対して、夕映は毅然とした態度で彼女の瞳を見つめ返し、
 
「ネギ先生を麻帆良学園に留めておくための一時的な同盟という事でどうですか?」
 
 それを聞いたエヴァンジェリンは暫くの沈黙の後で小さく口元を歪めると、
 
「……随分と対応の仕方が、師匠に似てきたじゃないか」
 
 褒め言葉とも、皮肉ともとれるような発言をする。対する夕映は微妙な表情で、
 
「……それは喜んで良いのでしょうか?」
 
「さてな……。それで、助っ人は綾瀬・夕映だけで良いのか?」
 
 問い掛けに対し、元気良く挙手するのは明石・裕奈だ。
 
 彼女の参戦にエヴァンジェリンは条件付きでOK.を出した。
 
 その条件とは……、
 
「えー!? カートリッジの使用禁止ィー!」
 
 彼女の持つ魔法銃は、通常モードでは使用者の魔力を使用した光弾を撃つだけだが、魔法を封入した弾丸を使用する事により、本人の使えない魔法を使用する事が可能となる。
 
 そのアイテムがあるからこそ、未だ見習いの裕奈が巨大生体兵器の一体を受け持てる程の戦力として選ばれた。
 
 ちなみに、通常モードでの光弾1発の威力は魔法の射手と同等であり、使用者の力量によっては、ある程度の誘導等も可能であるらしい。
 
 ともあれ、魔弾の数は13発あるが、ネギの怠惰により魔法の封入されている使用可能な物は僅かに4発。
 
 ここでそれを使用してしまうと本番に使用出来る分が無くなってしまう。
 
 だから、エヴァンジェリンはそれの使用を禁止した。
 
 だというのにも関わらず、それでも裕奈は試験を降りようとはしない。
 
 それどころか、彼女に続き、のどか、まき絵、アキラまで参戦を表明してきた。
 
「……み、みんな」
 
「ふん……、物好きな奴らだ」
 
 口ではそう言いながらも、エヴァンジェリンの表情には確かに笑みがある。
 
「覚悟は良いか? 小娘共──」
 
 そして、エヴァンジェリンの試験が始まった。
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