魔法先生……? ネギ魔!
 
 
書いた人:U16
 
第14話
 
 朝倉からカシオペアを受け取り、押し寄せるマスコミ達から辛うじて逃げおおせる事の出来たネギだったが、正直身体の方は限界に近かった。
 
 ……魔力は空、全身怪我だらけでズキズキ痛むし、体力も残ってねぇ。
 
 人通りの少ない路地裏に背中を預けて、ズルズルとへたり込む。
 
 ……やべぇ、意識がもぅ。
 
「……ネギ先生?」
 
「おいおい……、大丈夫かよ?」
 
 完全に意識を失う寸前、教え子の声を聞いたような気がした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 次にネギが目を覚ました時、彼は畳敷きの部屋に寝かされていた。
 
 ……何処だ? ここ。
 
 霞む意識の中、部屋の中には自分以外に二人の人物が居る事を理解する。
 
「先生、大丈夫なのかよ?」
 
「はい。決勝戦で魔力を使い果たした反動だと思われます。
 
 魔力を使うという事は、精神力を削ることですから、限界を超えると気絶してしまうのです」
 
「……怪我の方は?」
 
「応急処置はされてましたから、大きな怪我はネギ先生の魔力が戻り次第、ご自分の魔法で治療されるかと」
 
 聞こえてくる声から女性と判断するが、それが誰か? までは判別出来ない。
 
 声の片方は小さく安堵の吐息を吐き出し、
 
「……便利なもんだな魔法ってのは」
 
「――決して、万能というわけではありませんが……」
 
 一息、
 
「――それで質問の続きなんだが、この事を知ってる奴ってのは、クラスに何人居るんだ?」
 
 千雨の質問に茶々丸はさして考える事なく、
 
「クラス内で、という事でしたら……、千雨さんを除いて、17〜18名程かと。内、先生と仮契約している方が4名、使い魔が2名、弟子が4名です」
 
「クラスの半分以上じゃねーか!?」
 
 余りの馬鹿馬鹿しさに、思わず絶叫する千雨。
 
 しかし、茶々丸の説明の中に気になる事があるのか? 千雨は再度質問を投げ掛ける。
 
「……弟子ってのは分かるとして、使い魔や仮契約ってのは何だ?」
 
 丁度、寝返りをうったネギの服のポケットからこぼれ落ちた仮契約カードを拾い上げ、
 
「それは、これです。
 
 魔法使いと契約することで、このカードと強力な魔法のアイテムを手に入れることができ、パートナーとして魔法使いをサポートする事が可能となります」
 
 茶々丸の拾い上げたカードは、アーニャ、明日菜、のどか、夕映、ハルナの5枚。
 
「そして使い魔とは、主人の手足となって働く者の事です。
 
 こちらは誓約が厳しく、主人が死ねと命令すれば、自らの意志は関係無く、命を断たねばなりません」
 
「なんだそりゃ!? そんなヤバイ契約した奴が二人も居るのかよ!」
 
「はい……。両者とも自由を得る代償にネギ先生と契約なさいました」
 
「自由って……」
 
 半ば呆れた声を挙げる千雨。
 
「んあー……」
 
 そして丁度説明が一区切り着いた所で、ネギが目を覚ます。
 
 ネギは寝惚け眼で周囲を見渡し、そこに茶々丸の存在を確認すると、
 
「……茶々丸ー、お茶くれー」
 
 未だ、覚醒には程遠い、間延びした声でそう告げる。
 
「了解しました。……少々お待ち下さいハイマスター」
 
 部屋の片隅から茶器を取り出し、お茶を立て始める。
 
「……どうぞ」
 
 出された湯飲みを礼儀や作法とは無縁の仕草で受け取り、一息で飲み干す。
 
「ぷはぁ……」
 
 そこでようやく完全に目が覚めたネギは、ここが茶道部の茶室である事と、傍らに千雨がいる事を理解し、
 
「あー……、寝惚けながら大体の話は聞いてたけど、どこら辺まで話した?」
 
「ネギ先生のプライベートに関わる事以外は概ね」
 
 言って、拾い上げた仮契約カードをネギに返す。
 
 カードを受け取ったネギは、それをポケットに仕舞いつつ、
 
「まぁ、そういうこったな」
 
「おいおい、えらく軽いな。……良いのかよ? そんなんで」
 
 問い掛けにはすぐに答えず、ネギは呪文を唱えると己の怪我の治療を施し、茶々丸に手伝ってもらいながら、身体に巻かれた包帯を解いていく。
 
「別に良いんじゃねえか? どうせ俺、もうじきこの学校クビになるだろうし」
 
「……どういう事だ? ――いや、事ですか?」
 
 別に敬語で話さなくてもいいけどな、と断りを入れ、
 
「俺、本国の方でブラックリストに載ってたんだけどな、お陰で学祭中に査察が入ることになったってーのに、随分と派手にやらかしちまったからなぁ、強制送還でオコジョ収容所入り確実じゃね?」
 
 気軽に告げるが、それは……、
 
「かなりヤバイんじゃねえのか? それ」
 
 対するネギは、本当に気楽な調子で、
 
「全然……、捕まらなきゃ良いだけの話しだしな」
 
「おいおい、そんな問題かよ?」
 
「その程度の問題なんだよ」
 
 言って立ち上がり、身体の筋を伸ばすと、
 
「俺、どれくらい寝てた?」
 
「おおよそ1時間半ほどです」
 
 ならばまだ時間に余裕がある。
 
「じゃあ、学祭見て回るか? ――ほら、お前も来い長谷川。昨日の詫びに何か奢ってやる」
 
「アッ!? こら放せ……、ってか詫び?」
 
「あれ? 気付いてなかったのか? 昨日の白昼夢。……あれ見せたの俺だぞ」
 
 それを聞いた千雨の中で、何かが切れる。
 
「お前の所為か――!?」
 
 ……悪いことしたと思って、自腹でチケット買ってまで応援しに行ってやったのに!?
 
 半ば涙目になりながら、本気で怒る千雨。
 
 だがそんな千雨をネギは軽くあしらい、
 
「だから、何か奢るって言ってんじゃねえか」
 
 それだけ言って茶々丸を伴いさっさと出ていってしまう。
 
 ……こうなったら、うんと高い物奢らさないと気が済まねえ!
 
 肩を怒らせ、付いていく千雨。
 
 ……まあ、ネギにそんな財力も有るはずがなく、結局は昼食にすき家の牛丼で手打ちにしたのだが、その時ハーブチーズ丼がメニューから無くなっていてネギが店で暴れそうになったのは置いておく。
 
「……そんなに好きなんですか? ハーブチーズ」
 
「アレとミスドのポンデリングは神の生み出した最高の作品だな」
 
 ……安い奴だな。
 
 店を出てからそんなどうでも良い会話をしつつ歩いていると、後ろから物凄い勢いで体当たりを喰らった。
 
「……痛ってぇな!? なにしやがる!!」
 
 普段なら、障壁を常時展開しているので問題無かったであろうが、今はまだそこまで魔力が回復していない為、巻き添えをくって倒れ込んだネギが怒鳴る。
 
「いや、スマンスマン。ちょっと急いでて……、なんやネギか」
 
 謝罪を途中で止め、何事も無かったかのように立ち上がるのは小太郎だ。
 
 ネギもむくれ面のまま立ち上がり、
 
「チッ!? 負け犬かよ。あんまり苛めると泣くからなー。しょうがねえから勘弁してやるよ」
 
「なんやと! お前も負けたやないけ!? しかも泣いとるし!!」
 
「泣いてねぇ!!」
 
「いーや、泣いとった!!」
 
「上等だコラ!? ここでぶっ殺してやる!」
 
「ハッ!? 返り討ちにしたるわ!」
 
 二人は距離をとって同時に構えるが、そこにマスコミの大軍が押し寄せて来た。
 
 同時に舌打ちし、背を向けて駆け出す。
 
 ……ちなみに千雨は茶々丸が確保済みだ。
 
 ともあれ、何とかマスコミから逃げ切ったネギ達は変装の為に貸衣装屋で着替え、約束のあったライブを見に行く事にした。
 
 
 
      
 
 
 
 
 
 
 途中ですれ違った裕奈達に亜子が控え室にいることを聞きだして訪れてみると、そこには上半身裸のままの和泉・亜子が居た。
 
 僅かな沈黙の後、最初に動いたのはネギだった。
 
「おっ……、悪い」
 
 軽く謝罪し、控え室の外に戻るネギ。
 
 ――直後、
 
「きゃぁぁぁあぁ――!!」
 
 亜子の悲鳴が楽屋に響き渡る。
 
 その悲鳴を聞きつけて来た釘宮が、状況から事態を判断してネギに平手打ちをお見舞いしようとするが、ネギは上体を逸らしてそれを回避。
 
 それで頭に血が登った釘宮は何とかネギに一発入れようと躍起になるが、それはネギに掠りもしない。
 
 それを横で眺めていた小太郎は欠伸を噛み締めつつ、
 
「……ええ加減、当たったれやネギ。やないと話しも進まんわ」
 
「あのな? ……俺、痛いとか苦いとか暑いとか寒いとか痒いとか嫌いなんだよ」
 
「――何、余裕ぶっこいてんのよ!!」
 
 遂には拳を握ってパンチを繰り出すも、当たることはない。
 
 いい加減飽きてきたネギが釘宮の腕を取ろうとした時、割って入った亜子が釘宮の腕にしがみついた。
 
「釘宮止めてっ! ちゃうねん! ネギ先生なんも悪ないねん!!」
 
 必死に釘宮を宥め、ネギに謝罪し、
 
「あのっ……、そのッ……、私……」
 
 言い詰まり、声を振り絞るようにして、
 
「スミマセンッ!」
 
 それだけを言い残すと、逃げるようにその場を去っていった。
 
 残されたネギは一息を吐くと、
 
「……で? 和泉のあの背中の傷は何なんだ?」
 
 原因を見抜いたネギが釘宮に問い掛けるが、それをデリカシーの無い問いと感じた彼女は再度ネギに殴りかかろうとするも、今度は即座に茶々丸が彼女を羽交い締めして動きを封じ込めた。
 
「ちょ!? ちょっと! 放して茶々丸さん!」
 
 そんな彼女に代わって、説明をかって出たのは一緒に来ていた千雨だ。
 
 彼女が言うには、原因は知らないらしいが、中学に入学してきた時には既にもうあったらしい。
 
「ちょっと、長谷川!」
 
 クラスメイトのプライベートを喋る千雨に、釘宮は抗議の叫びを挙げるが、千雨はそれを無視してネギに問い掛ける。
 
「……で? それを聞き出した以上、どうしてくれるんですか? ネギ先生」
 
 ネギは面倒臭そうに溜息を吐き出して懐から携帯電話を取り出すと、短縮ボタンをプッシュ。
 
『もしもし、……どうしたの? ネギ先生』
 
 微かに電話から漏れ聞こえてくる声は裕奈のものだ。
 
「和泉が逃げたんで、捕まえて別荘まで連れて来い」
 
『……別荘って、……良いの?』
 
 躊躇いがちに問い掛ける裕奈。対するネギは吹っ切れたように、
 
「良いから連れて来い。背中の古傷してやるからって」
 
『背中の古傷って……、治してくれるの!?』
 
「……偶には師匠の言うこと信用しろ」
 
『分かった! すぐに連れてくから! ――絶対だよ!! ……後、まき絵達も一緒に良い?』
 
 親友に隠し事をしているのは心苦しいらしい。
 
 ネギは溜息を吐き出し、
 
「二人も三人も変わんねーから、連れて来い」
 
『了解です師匠!!』
 
 元気の良い返事が返り、通話が切れた。
 
「よろしいのですか? ネギ先生」
 
 気遣うように問う茶々丸に対し、ネギはむしろ吹っ切れた表情で、
 
「まあ、これで最後だろうしな。置き土産の一つくらいは残していくわ」
 
 生徒を救う為ならば、魔法の隠匿に拘わるつもりはない。
 
 そのネギの主義を見抜いた茶々丸は確信する。
 
 ……ハイマスターならば、超・鈴音の計画に賛同してくれるでしょう。
 
 ネギは、釘宮に向き直り、
 
「つーわけで、お前らはここで待ってろライブまでには和泉連れて戻ってくるから」
 
「信用出来ない」
 
「即答かよ!」
 
「……つーか、お前ホンマに教師失格やな」
 
 小太郎のツッコミに答える気にもなれず、溜息を吐き出したネギは釘宮に向け、
 
「じゃあ、どうしたいんだよお前は」
 
「私達も探すの手伝う。――それに医者でもないネギ先生がどうやって亜子の傷跡を治すのかも気になるし」
 
 亜子に妙な事をしようものなら力づくでも停めるつもりだ。
 
 そんな彼女の背後には、騒ぎを聞きつけてやって来た柿崎と桜子も居る。
 
 ネギは深々と溜息を吐き出し、
 
「――好きにしろ。エヴァの家の場所は明石が知ってるからアイツに聞け」
 
 言って、背を向けて歩き出す。
 
「って、先生探すの手伝ってくれないの!?」
 
「ちょっと用事があるんでな」
 
 先に別荘に入り、魔力を回復しない事には治癒魔法も使えない。
 
「代わりにコタロー扱き使ってやってくれ」
 
 そう言い残し、彼はその場を去っていった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ライブ会場から走り去り、亜子がやって来たのは噴水のある見晴らしの良い展望台、
 
 時計台で時間を確認すると、ライブの時間までそう余裕があるわけではないのだが、どうしても足が動かない。
 
 そんな中、どうにか気持ちを落ち着かせようとして顔を洗おうと噴水に近づき、先程転んだ拍子に自分の額から血が出ているのを見てしう。
 
 怪我自体は大した事は無いが、彼女にとって血とはトラウマの引き金だ。
 
 そのまま目を回し、気絶してしまう。
 
 ……どれくらい気を失っていたのだろう?
 
「亜子……、大丈夫? 亜子」
 
 肩を揺すられて目を覚まし、眼前に親友の明石・裕奈が居る事を確認。
 
「……ゆーな?」
 
 次いで、ライブの時間が迫っていた事を思い出し、時計台に目を向ける。
 
 時間は既に7時を過ぎており、どうやってもライブには間に合わない。否、既にライブは終わっている時間だ。
 
 申し訳なさと悔しさで、亜子の瞳から涙が流れる。
 
「うっ……、ひっく……ぐす。
 
 ネギ先生にも嫌われて……、ライブも……。
 
 く、釘宮……と、桜子っと、柿崎に……、何て謝ったら……ふぇっぐ。
 
 ……何でこんなことに、……何でっ、ウチ」
 
 泣きじゃくる亜子を宥めるように抱き締めた裕奈は優しく言い聞かせるように、
 
「大丈夫、……大丈夫だって、何とかなる」
 
「ならへんよ!? もうライブの時間は過ぎとるもん……!」
 
 そんな亜子を強引に立たせて前を向かせる。
 
 ――その先に待つのは、荒い息を吐くチア部の面々と運動部の親友達、そして茶々丸、千雨、小太郎といった面々だ。
 
「ご、ゴメン! ――わ、私ッ」
 
 釘宮達に頭を上げて謝罪しようとする亜子を裕奈は強引に引き留めると、
 
「……まだ謝るのは早いよ亜子。ネギ先生が何とかしてくれるって言ったから、何とかなるって!」
 
「で、でも……」
 
 それでも渋る亜子の背中を強引に押し、
 
「ネギ先生がどうもしようが無かった場合は、責任を先生に取って貰うって事で良い?」
 
 釘宮達にそう告げる。
 
「いや、別に亜子が無事だったからもう良いんだけど……」
 
 そう言いながらも、裕奈に続いてエヴァンジェリンの家を目指して歩き出した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ようやく辿り着いたエヴァンジェリンの家の前で、彼女達を待ち構えていたのはネギ自身だった。
 
「あんまり遅いから、一旦出て来ちまったじゃねえか」
 
「せ、先生……、その……」
 
 亜子が何かを告げる前に、ネギは彼女の手を取り、
 
「ほれ、さっさと来い。ちゃっちゃっと終わらせるぞ」
 
「……へ? あの、何を……?」
 
 亜子の手を取ったまま強引に進んでいくネギ。
 
 他のメンバーも後に続き、向かう先は地下にある別荘だ。
 
 魔法陣に足を踏み入れた途端、別世界に転移した事に驚き、余りの出来事に声さえ出ない7人。
 
「……何、コレ」
 
 ようやく絞り出した声がそれだった。
 
 ……話には聞いてたが、ここまで非常識とは。
 
 常識外の出来事に頭痛を堪える千雨。
 
「うろちょろすんなよ、そっちの魔法陣とかに入ると砂漠に飛ばされるぞ」
 
 それを聞いて少女達は慌ててネギの近くによってくる。 
 
 そんな彼女達を先導するようにネギは先に進み、
 
「あっち行くとテラスがあるから、説明はそこでしてやる」
 
 向かう先で待ち構えていたのは、明日菜と木乃香だ。
 
「……何? その団体様」
 
 呆れた声を挙げる明日菜。
 
「取り敢えず、和泉の背中の傷跡治すから、近衛はちょっと手伝え。
 
 神楽坂は邪魔にしかならないから、向こうで小太郎と遊んでろ」
 
 それを聞いた二人はネギを見直した顔で、
 
「ええとこあるやん! ネギ先生」
 
「ホントね! どういう風の吹き回し?」
 
「ちょ!? ちょっと! 説明! 説明してよネギ先生!」
 
 わけが分からずネギに食ってかかる柿崎と釘宮。
 
 ネギは面倒臭そうに頭を掻きながら、
 
「俺は魔法使いで、和泉の傷跡を治せる力があるってこった」
 
「ま、魔法使い!?」
 
「ちなみに、そこに居る近衛もそうだぞ? まだ見習いもいい所だが……」
 
「私も! 私も!」
 
 自己主張するのは裕奈だが、ネギは半眼で彼女を睨み付け、
 
「そういう台詞は完全に制御が出来るようになってから言え!」
 
 次にアキラが挙手して、
 
「先生……、この事を知ってる他の生徒はいるのですか?」
 
 その問に対してネギは何処からともなく出席簿を取り出し、
 
「えーと、だな……。出席番号順に行くとお前らも含めて、」
 
 一息、
 
「相坂、明石、朝倉、綾瀬、和泉、大河内、柿崎、神楽坂、春日、茶々丸、釘宮、古菲、近衛、早乙女、桜咲、佐々木、椎名、龍宮、超、長瀬、葉加瀬、長谷川、エヴァ、宮崎、四葉と……、25人だな」
 
「クラスの8割じゃねえか!?」
 
 思わず、千雨のツッコミが入る。
 
「……いっそのこと、全員にバラすか?」
 
 半ば諦め気味に告げるネギ。
 
 そんな中、亜子が震える足取りで一歩前へ出る。
 
「ほ、ほな……、ウチの傷跡、治るんですか?」
 
 恐る恐る尋ねる亜子に対し、ネギはシッカリと頷き、
 
「古傷だからちと時間は掛かるがな、ちゃんと治してやるよ」
 
 それを聞いた少女達が歓喜に騒ぐ中、ネギの声が無情に響く。
 
「つーわけで、脱げ和泉」
 
「咸卦法・参式・“圧”!!」
 
 間髪入れずに放たれた明日菜の拳を、ネギは障壁で防ぎ、
 
「……何しやがる!?」
 
「何いきなりセクハラ発言してんのよ!?」
 
「あ? 傷跡見えねえと、治しようがねえだろうが。……つーわけで、シャツ捲って背中見せろ和泉」
 
 そう言って、視線を彼女に向けると、既に亜子はテンパった表情でスカートに手を掛けて降ろそうとしていた。
 
「……何やってんだ? お前」
 
 呆れ顔で呟きながらも、茶々丸と茶々丸(姉)に亜子を押さえるように命令し、
 
「よく見とけよ近衛、……これが治癒系最上位の魔法。
 
 ラス・テル・マ・スキル・マギステル……。
 
 慈悲深き方、癒しの神よ。聖し御手を似ち示したまえ。
 
 人の血は血に、肉は肉、骨は骨に……。
 
 “白銀の癒し手”」
 
 ネギの手元から巨大な掌が飛ぶ。
 
 それは進路上の亜子に命中し、彼女のあらゆる傷を癒し尽くす。
 
 しかし、それでも効果のあるのは生傷だけで、背中の古傷は半周り程小さくなっただけに過ぎない。
 
 ネギは小さく舌打ちし、
 
「クソ、ホントなら、失った部位でも再生出来る呪文なんだけどな……、流石に古傷までは効果が薄いか」
 
 ……それでも傷跡が薄く、小さくなってきているのは事実だ。
 
「こうなりゃ、傷跡が消えるまで何度もやってやる!」
 
 気合いを入れて再度呪文を唱える。
 
 二度、……三度、……四度、……五度。
 
 “白銀の癒し手”の消費魔力は、“雷の暴風”の約2倍。そうそう連続で行使出来るような魔法ではない。
 
「はぁはぁはぁ……、あと何回くらいだ?」
 
 跪き、荒い息を吐きながら問うネギの質問に、茶々丸は今までのデータから、
 
「後、二度ほどで完治すると思われます。……ですが、ネギ先生の魔力が既に限界です。
 
 ――翌日に持ち越す事を提案します」
 
「ほ、ほな、それでええですから、あんま無理せんといて下さい!」
 
 全身、汗だくになり視点すら定まっていない状態のネギを心配し、亜子はもはや懇願に近い叫びを挙げるが、ネギがそれを聞き入れる事はない。
 
 強引に立ち上がって額の汗を拭い、
 
「後二回くらいなら、何とかなるな……。
 
 ラス・テル・マ・スキル・マギステル――」
 
 ……これで、後一回。
 
 皆が固唾を飲んで見守る中、ネギが最後の魔法を発動させる。
 
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル……。
 
 慈悲深き方、癒しの神よ。……聖し御手を似ち示したまえ。
 
 ……人の血は血に、……肉は肉、骨は骨に……。
 
 ……“白銀の癒し手”」 
 
 発動と同時、そのまま前のめりに倒れるネギ。
 
 背中越しにそれを見た亜子は、茶々丸達を振り払い、ネギの元へ駆けつける。
 
「先生! ――ネギ先生!?」
 
 意識を失ったネギを揺すり、何とか起こそうとするも、ネギの目は覚めない。
 
「大丈夫や、魔力使い果たして寝とるだけやから……」
 
 言い聞かせるように告げるのは木乃香だ。
 
 そんな彼女の後ろには姿見の鏡を持った茶々丸が立っている。
 
 そこに映る自分の背中を見た亜子は驚きに言葉を失う。
 
「……傷が」
 
 無いのだ。生まれたての赤子のように綺麗な肌がそこにある。
 
 頬を伝う涙が停まらない。
 
「ぅ……、ありがとうございます……。ありがとうございます……」
 
 倒れるネギの傍らにしゃがみ込み、何度の礼を言い続ける亜子。
 
 そんな中、木乃香は新たな決意をする。
 
 ……ウチも、身体の怪我だけやなしに、心の傷も治せるような最高の治癒魔術師に。
 
 思わず皆が言葉を失う中、湿っぽいのが苦手な裕奈が亜子の怪我完治祝をしようと言い出し、満場一致で賛成となったが、主役となるべく亜子は宴には参加せず、ずっとネギの傍らで看病を続けた。
 
 
    
 
 
 
 
 
 
 
 翌日、魔力の回復したネギが目を覚まして、真っ先に目に入ったのは自分に寄り掛かるようにして眠る亜子の姿だった。
 
 ネギは亜子を起こさないように慎重に身体を起こしてベットから抜け出すと、彼女の肩にシーツを掛け、自分は空腹を満たす為に厨房へと足を向ける。
 
 そこで洗い物をしていた茶々丸(妹)に軽い食事を作ってもらい、それを胃に押し込んでからテラスに出る。
 
 テラスのそこかしこに転がる屍の山。
 
 丁度、別荘にやって来たエヴァンジェリンが半眼で、
 
「……で、これは一体何なのだ? ぼーや」
 
 ネギに説明を求めた。
 
 だが、気絶していたネギも詳しい事は分かるはずもなく、肩を竦めるのみ。
 
「まあ、どうせ宴会でも開いてたんだろうけどな」
 
 言って、軽く溜息を吐き出す。
 
「そうじゃない……、どうしてコイツ等までここにいるのか? と聞いている」
 
 エヴァンジェリンが指し示すのは、運動部組+チア部の連中だ。
 
「あぁ、それならバレた」
 
 何の後ろめたさもなく告げるネギにエヴァンジェリンは諦めの溜息を吐き出し、
 
「馬鹿だろ? 貴様」
 
 いつもの事なので、さして気にするでもなくネギは椅子を引きだして本を読み始める。
 
 そうしていると、一人、また一人と目を覚まし始め、亜子を含めた全員が揃った。
 
「あ、あの……、ネギ先生! ウチなんか先生にお礼したいんです! ウチでも何か先生のお役に立てるような事ってありませんか!?」  
 
 そう言う亜子の申し出に対し、ネギは即答で答える。
 
「無い。……つーか、俺もうじき学校クビになるだろうしな」
 
「……え?」
 
 余りにも予想外の言葉に、亜子の時間が停まる。
 
「ちょっと、どういう事よそれ!?」
 
 ネギに詰め寄る明日菜。
 
 対するネギは軽く肩を竦め、
 
「覚えてねぇか? 本国の方から監査が来てんだぞ。あれだけ派手な事やらかしたんだ。強制送還は確実だろ?」
 
 ……素直に捕まってやるつもりは無いけどな、と告げ、それにエヴァンジェリンも賛同する。
 
「……となると、私にも追っ手が掛かるな」
 
 エヴァンジェリンとネカネも衆目の前で詠唱魔法を使用している。
 
「姉ちゃんも“偉大なる魔法使い”の称号は没収されるだろうな……」
 
 多分、本人は毛ほども気にしないだろうが。
 
「まあ、良いさ。そのまま世界を旅するのも悪くない」
 
「え? エヴァちゃんも付いていくの?」
 
 という明日菜の問いに対し、エヴァンジェリンはさも当然のように、
 
「私はぼーやの使い魔だからな、一緒に居る義務がある」
 
 となると、当然茶々丸も付いてくるし、ネカネとアーニャも一緒に来るだろう。
 
「後、ヘルマンのオッサンとスライム’sと相坂も来るな……」
 
「くきゅー!」
 
 鳴き声を挙げて自己主張するのは幼竜のウィーペラだ。
 
「ああ、お前もな」
 
 言って、ウィーペラの喉を撫でてやる。
 
「おいおい、俺の事忘れとらんか?」
 
「……げ、付いて来る気かよ? お前」
 
「当然や!」
 
 睨み合うネギと小太郎。
 
「……待って、……待って下さい!」
 
「ん?」 
 
 悲鳴に近い声を挙げたのは亜子だ。
 
「そんなん……、あんまりです」
 
 心の底から好きになった人が出来たというのに……、
 
「ここで、お別れやなんて……」
 
 涙が零れ落ちる。
 
 昨日流した物とは違う種類の涙……。
 
「せ、せや! おじいちゃんに頼んでみたら!」
 
 と木乃香が提案するが、
 
「無理だな」
 
 エヴァンジェリンによって一蹴される。
 
「おそらく、監査はジジイを通さずに直接本国の方へ報告を入れる。――でなければ抜き打ちなどというまどっろこしい真似はせんさ」
 
「ほ、ほな……、ウチも付いて行きます!」
 
 それは余りに無謀な提案だった。
 
「いや、無茶だって亜子! ネギ先生と一緒に旅するって事は、武道会に出てたような人達と戦わなくちゃならないかも知れないんだよ!?」
 
「そうよ! ネギったらトコトン金運ないから、一緒に旅になんて出たら、その日の食事にも苦労する事になるわ!」
 
 裕奈と明日菜の警告はもっともだが、ネギとしては納得いかない。
 
「待てやコラ、俺は小太郎みたいな武闘派な人生送ってねぇぞ!」
 
 取り敢えず明日菜の言うことには心当たりが有りすぎるのでスルーする。
 
「逆にズル賢過ぎて、周りからぎょうさん恨み買うとるやないけ」
 
 小太郎に言われ、思い出してみる。
 
「……心当たりが色々あるなぁ」
 
 その筆頭が誰有ろう小太郎だ。
 
「なら、仮契約とかいうのをしてやったらどうなんだ? ネギ先生。……確か、魔法のアイテムが貰えるんだろう?
 
 ――それさえあれば、自分の身を守るくらいの事は出来るようになるんじゃないか?」
 
 という千雨の提案に、ネギは暫し考え、
 
 ……アーティファクトを与えて、取り敢えず納得させてから、黙って学園を出ていくってのも手か。
 
 余りにもリスクが大きい旅だ。女子中学生を連れて行くわけにはいかない。
 
 ――そうと決まれば話は早い。
 
「カモ……」
 
 見れば既に魔法陣が描かれている。
 
「……仕事早ぇな、おい」
 
 何しろ、一人につき仲介料5万オコジョ$が貰えるのだ。張り切りもする。
 
「そ、それで、どないしたらえぇんですか?」
 
「ん? 大した事じゃねえよ……。魔法陣の中でキスする。
 
 それで仮契約完了だ」
 
「き、キスッ――!?」
 
 その反応にネギは僅かに考え、
 
「嫌なら無理しなくても良いぞ」
 
「い、いえ! します! させて下さい! つーか、ちょっと待って! 歯磨き歯磨き! 後モンダミンも!!」
 
 ……テンパってんなぁ。
 
 皆の気持ちが一致した。
 
 その後、落ち着いた亜子が魔法陣の中に入り、一度深呼吸。
 
 そして決意新たにネギと向き直り、
 
「ね、ネギ先生!」
 
「ん?」
 
 鼓動が早まるのを強引に押さえつけ、
 
「う、ウチ……、その……、ね、ネギ先生が好きです!」
 
 そして、その勢いのままネギに唇を押し付ける。
 
 ――仮契約!
 
 亜子の仮契約カードが現れる中、二人は唇を放し、
 
「…………」
 
 恥ずかしさに沈黙する亜子に、ネギが話し掛ける。
 
「――悪いな和泉。まだ、返事は出来ねぇ……」
 
 皆が見守る中、ネギは真摯な眼差しで告げる。
 
「目指してる奴が居てな、そいつを越えるまでは立ち止まる暇も脇道に逸れる余裕も無いんだわ。
 
 ……お前の事は真剣に考えておく、それまで待っていてくれるか? いや、あの野郎を越えられるのが何時になるか、まだ見当もつかねえんだけどな……。
 
 その時は――」
 
「待ちます! 何年でも! 何十年でも!」
 
 躊躇い無く言い切る亜子。
 
 その迫力に、ネギだけではなく、見守っていたギャラリーさえも押される。
 
 ネギは照れ隠しに頭を掻きながら、
 
「いや、お前がそれで納得してくれるんなら良いんだけどな……。外に好きな奴が出来たら何時でもそいつに――」
 
「ネギ先生以上に好きな人なんて、出来ません!」
 
 ……コイツ、人格変わってね?
 
 そんな思いと共に周囲を見渡すと、少女達は悟りきった表情で揃って頷くのみ。
 
 ……女の子はね、恋をすると変わるのよ。
 
 取り敢えず、そういう事で落ち着いたネギ達は一旦外に出た。
 
 時刻は既に8時を回っている。
 
 時間を確認したネギは、何の気負いもない口調で、
 
「じゃあ、ライブ行くか」
 
 そう告げる。
 
「いや、気持ちはありがたいけど、もう時間過ぎてるし……」
 
 その原因を作った亜子は先程までのハイテンションが嘘のように項垂れ、落ち込む。
 
 対するネギは、自信満々に、
 
「じゃあ、面白い物見せてやるよ……」
 
 告げ、全員に自分に触れるように命令する。
 
「……絶対、離すなよ!」
 
 カシオペアを起動。
 
 次の瞬間、夜闇の支配していた景色は青空へと変わっていた。
 
 呆然と、周囲を眺める少女達。
 
「まあ、こんな感じで時間跳躍も可能なわけだ」
 
 得意気に語るネギ。
 
 時刻はまだ5時を少し過ぎた所だ。
 
「何、この出鱈目!?」
 
「ネギ先生、最近何でも有りになってきてない!?」
 
 そんな少女達の抗議を全て無視し、ネギは亜子の頭に手を置くと、
 
「……俺が手伝ってやれるのは、ここまでだ。
 
 ――後は、自力で何とかしろよ?」
 
 答えは一つだ。――最高のステージを、この人の為に、
 
「は、はいッ!!」  
  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
−学祭2日目・午後6時20分(2回目)−
 
「あのな、こう、右腕を振り上げるんだよ最初に。
 
 んで、“えー”の時に右腕をん゛って上げて、“りん”でこう下げるんだよ。
 
 うん。――ちょっとやってみ」
 
 ネギの教えた通りに小太郎が真似をしてみる。が、
 
「こ、こうか?」
 
「違ぇーよ、馬鹿! それだと、“りんえー! りんえー!”になるだろうが!
 
 そうじゃなくてだな、上に上げた時に“えー!”で、下に“りん!”
 
 ちょっとやってみるぞ? ――えーりん! えーりん!」
 
 それに併せるように小太郎も腕を振り上げる。
 
「よし、もっかいもっかい! えーりん! えーりん!」
 
 イントロに乗ったその振り付けは、伝染するように周囲に広がっていき、最終的には会場全体で、
 
「えーりん! えーりん! えーりん! えーりん! えーりん! えーりん! 助けてえーりーん!!」
 
 最高潮に高まった時、デコピンロケットの曲が始まる。
 
 ……つーか、なんつー選曲してやがるコイツ等。
 
 とは、千雨の感想だ。
 
 そんな調子で会場を盛り上げつつ、ライブを見終わったネギは皆と別れ再度時間跳躍を行う。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
−学祭2日目・午後1時47分(3回目)−
 
「……そういや俺、図書探検部の顧問だった」
 
 最近では、自分で探しに行かなくてもネカネが魔導書を持って帰ってきてくれるので、すっかりおざなりになってしまったが、ネギは歴とした図書館探検部の顧問だ。
 
 当然、図書館探検部としても部発表があるので、顧問としては最低限の顔出しくらいはしておかなければならない。
 
「……つーか、宮崎とかも全然そんな事は言わねーしなぁ」
 
 それはネギの邪魔をしたくないという思いからなのだが、顧問としては少し問題がある。
 
 何しろ、
 
「……どんなイベントなのかも知らねーもんなぁ」
 
「それは流石に拙いっすよ兄貴」
 
「だろ?」
 
 そんなわけで、図書館島までやって来たわけだが、
 
「ふつーだな」
 
 図書館内部に滝があったり、本棚でロッククライミングしたりするのは充分普通ではないのだが、もはやこの空間に慣れきっているネギにしてみれば、少々物足りない。
 
「やっぱ、こんな浅い階じゃなくて、もっと深層をガイド無しで回らせたりした方がスリルがあった面白いと思うんだけどなぁ……」
 
「それでは確実に行方不明者が出てしまうですよ」
 
 ネギの独り言にツッコミを入れるのは、彼の教え子の一人、綾瀬・夕映だ。
 
 他には木乃香、のどか、ハルナにネカネの姿まである。
 
 取り敢えず、ネギは彼女達に気軽に挨拶すると、
 
「ネギ先生……、怪我の方はもういいんですかー」
 
 のどかが気遣わしげに尋ねてくる。
 
「あぁ、別荘行ってちゃんと休んできたしな」
 
 腕を回し、元気な所をアピール。
 
 その後、彼女達と共に探検ツアーを見て回る事にした。
 
 そんな中、最後尾を歩きながら夕映は昔の事を回想する。
 
 ……2年前、大好きだった祖父が死んで、世界の全てがくだらなく感じていた私を変えてくれたのが、この三人でした。
 
 ――それから約2年、私に新しい世界を見せてくれたのがネギ先生。……貴方です。
 
 どれだけ感謝しても感謝しきれないのですが、……流石に魔砲少女だけは勘弁してもらいたいです。
 
 そう思っていたはずなのに、気付けば攻勢魔法を嬉々として修得している自分がいる。
 
 ……いえいえ、力に溺れるのは愚か者の証。――自重しなければ。
 
 深呼吸し、思考を切り替える。
 
 ……だが、自分が魔法を覚えようとしているのは、本当に新しい知識の吸収という名目だけなのだろうか?
 
 ネギに魔法の個人指導を受けている時、すぐ傍らに彼の真剣な表情があることに気付き、鼓動が跳ねる事がある。
 
 ……いえ、そんなはずはないのです。
 
 それはあってはならないはずの感情だと、必死に自分に言い聞かせるが、一度自覚してしまったものは簡単には振り払う事が出来ず、歩みはだんだん遅くなり、遂には足が停まってしまう。
 
 ……胸が痛い。
 
 身体が熱いのに、心の中心が冷えていくような感覚。背中に嫌な汗が流れるのを感じる。
 
 初めて尽くしの感覚に戸惑い、恐怖する夕映を救ってくれたのは、
 
「……大丈夫か? 綾瀬」
 
 心配気に覗き込んでくる瞳はネギのものだ。
 
 彼の顔を見た瞬間、夕映の内から全てのわだかまりが吹っ飛んでいった。
 
「気分悪いなら――」
 
「だ、大丈夫です!」
 
 だが次の瞬間、その感情に対し自己嫌悪する。
 
 ……わ、私は今、何を考えましたか!?
 
 親友であるのどかの想い人であるネギ先生に……、
 
「ッ!?」
 
 顔を真っ赤に染め、ネギを押しのけてその場から走り去る。
 
 息を切らしながら走る。――走る。……走る。
 
「おーい、……何処まで走るつもりだー」
 
 すぐ横から聞こえてきたのんびりした声に視線を向けてみると、そこには杖に跨ったネギが自分と併走していた。
 
 何とか彼を振りきろうと更に加速してみるが、一向に引き離せない。
 
 それどころか、妙に対抗心を燃やしたネギも加速し、
 
「言っとくが、俺のトップスピードはアーニャより速ぇ!!」
 
 ちなみに、アーニャの真骨頂は俊敏性であり、トップスピードという事なら美空の方が上だ。
 
 結局、逃げ切る事が出来ず、断崖絶壁へと追い詰められた夕映。
 
「さて、事情を話してもらおうか? まあ嫌なら嫌で、無理矢理聞き出すけどな」
 
 何やら不気味な呪文を唱え始めたネギに対し、夕映は覚悟を決めて背後の絶壁へと身を躍らせる。
 
「マジか、あの馬鹿!?」
 
 続けて杖を手にしたネギも飛び降りるが、夕映は浮遊落下の呪文を唱えゆっくりと降下している最中だった。
 
「……何時の間に、そんな呪文覚えたんだ? お前」
 
 自らも浮遊落下を唱え、夕映と共にゆっくりと降下していく。
 
「学祭前に、佐倉さんに教えて貰ったです……」
 
「さよけ」
 
 同時に着水するが、もう夕映からは逃げようとする気配は見当たらない。
 
「……で? なんでいきなり逃げ出したんだよ?」
 
「そ、それは……」
 
 躊躇い、……しかし何かを決意したようにゆっくりと口を開く。
 
「も、もしも……、もしもの話しですが……、親友が想いを寄せていると知っていながらも、その人を好きになるという行為は許されるものなのでしょうか?」
 
 ……そういう話しは俺じゃなくて、神父さんにでも聞けよ。
 
 とは思うが、何やら真剣なようなので、流石に空気を読んでそれを口に出すような真似はしない。
 
 ネギも真剣に考えてみるが、
 
「あー……、分かるかそんなモン!」
 
 頭を掻きむしり、
 
「結局は、お前が俺に惚れたって事だろ?」
 
 ネギの歯に衣着せぬ言いように、夕映は瞬時に顔を朱に染める。
 
「そんで、お前が気にしてんのは俺の返事よりも、宮崎との関係が壊れる事だ。――違うか?」
 
「あぅ――、そ、それは……」
 
 的確に痛い所を突いてくるネギの論点に、夕映としては反論することもままならず頷く事しか出来ない。
 
「――なら、本人に聞くのが一番手っ取り早いんじゃね?」
 
 告げたネギの視線の先、そこには一番知られたくなかった親友の姿があった。
 
「の、のどか……」
 
「ゆえ――」
 
 浅い湖面をゆっくりと近づいてくるのどか。
 
 その後ろには木乃香とハルナの姿も見える。
 
「ゆえ……、ネギ先生の事好きなの……?」
 
「……はいっ」
 
 もはや誤魔化しは効かないと判断した夕映は、覚悟を決めた表情で唇を噛み締めながらも正直に答えた。
 
「ごっ……、ごめんなさいです、のどか!!! あ、謝って許される事ではないのは分かっています!!
 
 あなたを応援していたはずなのにこんな……」
 
 先程までの鬱憤を晴らすかのように全ての感情を吐き出すように告げる。
 
「でっ、でも分かってください、ネギ先生のことも決して好きになろうと思ったわけではなく……」
 
「ゆえ、落ち着いて……」
 
「いえっ、やはり私はあなたの友人失格です!! スイマセンのどか、ごめんなさいっ、これ以上迷惑は……」
 
 混乱し、錯乱し、取り乱す夕映。
 
 初めて見る親友の姿に、なんとか彼女を落ち着かせようとのどかは詰め寄るが、その行為はむしろ夕映の混乱を助長させるだけだ。
 
「ゆえ!!」
 
「そ、そうです。こっ……」
 
「ゆえっ」
 
 涙を流しながら、
 
「こ、こんな感情は一時の気の迷い……、思春期によくある勘違いですっ!!
 
 時間が経てばこんな感情は薄れて消えるハズ……!!
 
 のどか、お願いです。今日のことは全部忘れて下さい。そうすれば全部元通りです……っ」
 
「ゆえっ!?」
 
 夕映は無理に笑顔を作りながら告げる。
 
「も、もしのどかが今回のことで私のことをイヤだと思ったなら……、わ、私は消えるです。
 
 も、もうのどかにこれ以上、不愉快な思いはさせないですから……」
 
「…………!!」
 
 それだけは絶対に許容出来なかった。
 
「バカァッ」
 
 肉を打つ音が響き渡る。
 
 跪き、のどかに完全に嫌われたと思って項垂れる夕映を、のどかが優しく抱き締める。
 
「バカ……。ゆえのバカ……、違うよー……」
 
「…………!」
 
「何でそんなこと言うのゆえ……、バカゆえ……、そんなことしても私……、私も誰も喜ばないって、ゆえなら分かってくれるでしょー……。
 
 ゆえ、ゆえなら……、ネギ先生のこと好きでも、全然私イヤじゃないよ」
 
「な、何を言ってるですか? のどか。そんなのは嘘です」
 
 そんな人間など居わしないと、告げる夕映にのどかは以外と素直に白状する。
 
「うん、嘘……。ちょっと辛くて苦しい……。
 
 でも……、私だって本たくさん読んでるから分かってるよー……。
 
 三角関係のお話に、上手な解決なんてないって……」
 
 ……三角どころか、七角、八角だけどなー。
 
 とは、思うが敢えて口にしないカモ。
 
「でもそれで、ゆえと喧嘩したりどっちかが悲しい思いをするなんて、そんな辛くてつまんないお話、私イヤだから……。ね、……ゆえ?」
 
「で、でも……、のどか」
 
「ネギ先生、目標があるから、それに届くまでは誰とも付き合う気はないんだって――」
 
 ……だから、
 
「一緒にがんばろー、ゆえ」
 
 真正面から夕映と向き合い、
 
「友達でいて、ゆえ」
 
 しかし、感動はそこまでだった。
 
「あらあら……、モテモテねぇネギ」
 
 聞こえてきた声に、夕映を除く全員が身を強張らせる。
 
 彼女達の脳裏に甦るのは、学祭初日にネギにキスしたのどかを潰しに掛かろうとしたネカネの姿。
 
 ……特に実質被害を被ったハルナのトラウマは酷いらしく、隅の方で頭を抱えて縮こまり、「……ごめんなさい、……ごめんなさい」と呟き繰り返す程だった。
 
 そんな中、ネカネによるネギへの尋問が始まる。
 
「それでネギ。……何人の娘に告白されたのかしら?」
 
「えーと……、四人」
 
 せめて名前だけは出すのは耐えようと心に決める。
 
「あら、そう……。なら、もう一人くらい増えても別に良いわよね?」
 
 告げ、指先でカモに合図する。
 
 その意図を正確に読み取ったカモは即座に魔法陣を描き、
 
「……愛してるわネギ。――ずっとずっと、貴方が小さな頃から……」
 
 誰よりも近くで彼を見守ってきた。……もう二度と泣き叫ぶ彼の姿を見たくないと、力を求め、血反吐を吐きながら修行した。
 
 誰にも彼を傷つけさせないように……!
 
「いや、でも姉ちゃん。俺達、姉弟」
 
「正確には従弟よ」
 
 不意を付いて唇が押し付けられる。
 
「んぐっ!?」
 
 ――仮契約!!
 
 しかしネカネの口撃はまだ終わらない。ここぞとばかりに歯を割って舌まで入り込んできた。
 
 口内を蹂躙される感触に目を回すネギだが、それも一瞬の事。――すぐに反撃を開始する。
 
 ネカネの舌に己の舌を絡め、彼女の喉に己の唾液を流し込み、また彼女の唾液を吸う。
 
「んぅ!?」
 
 もはや魔技とも言うべきネギの舌技に、逆に翻弄されたネカネはその後、1分と保たずに堕ちた。
 
「はわぁ、はわわわわわ」
 
 初めて間近で見るディープキスに狼狽える図書探検部の面々。
 
 一息吐いたネギは口元を拭い、カモから本カードを受け取ると呆れたような溜息を吐き出し、
 
「……まったく、“偉大なる魔法使い”が従者になってどうするんだよ?」
 
 視線を上げると、のどか達は怯えた表情でネギを見ている。
 
 その表情を見て、何を勘違いしたのか?
 
「ん? ……なんだ? 興味でもあんのか?」
 
 そう問い掛けてみると、少女達は必死の形相で首を振った。
 
 ……あ、あんなのされたら、死んじゃいますぅ。
 
 ともあれ、これで図書探検部の顧問としての役割を果たしたネギは、次は学祭の二日目を純粋に楽しむ為、再度時間跳躍を行った。
 
 
   
 
 
       
 
 
 
 
−学祭2日目・午後1時37分(4回目)−
 
 なにやらタカミチの方で予定に狂いが生じたらしく、明日の予定だったデートが早まったとかで、ネギと木乃香は明日菜達の元へ向かった。
 
 ちなみに、一緒に時間跳躍してきた他の図書館組の面子はそれぞれ好きな所に遊びに行っている。
 
 本来、ネギは明日菜のデートに興味は無いのだが、亜子の怪我を治療する為、別荘に魔力の回復に向かった際、彼女がタカミチに振られた事を聞いていたので、なるべくショックが少なくなるように色々とフォローしてやるつもりで木乃香に同行していた。
 
 ネギ達の向かった先、そこには明日菜だけではなくアーニャ、高音、愛衣、美空、ココネの6人が揃っていた。
 
 ネギは軽く挨拶すると、逃げようとしている美空の襟を掴んで逃亡を阻止しつつ、
 
「何でお前らまで、ここに居るんだ?」
 
 そう問い掛けると、何でも流れ的に同行してきたという答えが返ってきた。
 
 その答えに気のない返事を返したネギは明日菜に向き直って彼女の肩を優しく叩くと、
 
「――頑張れよ」
 
「……何よその、死にに行く兵士を見送る上官のような表情は!?」
 
 ネギは明日菜から顔を背け、
 
「いや、……大した意味はねぇ」
 
「顔を見て言え――!!」
 
 だが、ネギの態度で彼が未来の情報から明日菜が振られる事を知っていると悟った高音とアーニャはハンカチで目頭を押さえながら、
 
「……最後まで希望を棄てず、頑張って下さいね」
 
「くれぐれも、早まっちゃ駄目よ!」
 
「不吉な事言うなぁ――!!」
 
 絶叫している内に時間が押し迫り、明日菜は木乃香の見立てた服に着替えてタカミチとの待ち合わせ場所へ向かった。
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