魔法先生……? ネギ魔!
書いた人:U16
第13話
武道会場にて対峙する二人の男女……。
試合開始の合図を待つ選手達は、互いに探りを入れるつもりで言葉を交わす。
「今年は本当に豊作ですね。あなたもかなり出来るようです」
「クウネル殿、貴殿の目的が何かは知らぬが、拙者、長瀬・楓本気で当たらせてもらうでござる」
……それが一回戦で敗北し、悔し涙を流したアーニャに対する最大限の礼節だ。
「……いいでしょう。お相手致しますよ」
『それでは、準決勝第一試合……、Fight!!』
開始の合図と共に、楓を舞台ごと重力魔法で潰しにかかるクウネルだが、クレーターの中に少女の姿は無い。
「……おや?」
「その類の魔法でござったら、ネギ先生との稽古で散々喰らっているでござるよ」
――それはすなわち、重力魔法に対する対処法はある程度整っているという事だ。
すかさず楓が攻撃を仕掛けるが、それはクウネルの障壁に阻まれてしまう。
……だが、
「――それに対しても対処法は確立済みでござる。
……忍!!」
――結界破壊!!
ガラスの砕けるような音と共に、クウネルの展開した結界が破砕される。
「おぉ、これは凄い」
驚き、感心の声を挙げるクウネルに、楓は容赦なく攻撃を仕掛けるが、全くと言っていい程に手応えを感じない。
その事を不審に思い、楓は一度クウネルから距離をとり、
「ふむ……、なるほど。その身体、本体ではござらぬな?」
「気づきましたか♪」
「その反則的な無敵具合は、それ以外考えられぬでござる」
その後のやりとりで、クウネルの本体が3〜4qも離れた場所に居ると聞かされるが、楓はさして慌てる事もなく、
……さて、その分身体だか、幻影だかを一瞬で消し去るだけの“気”力が必要でござるか。
方法は無いわけではないが、溜めに時間が掛かりすぎる。
……それをわざわざ待っていてくれるような相手でもないでござるな。
「よろしいですか?」
問い掛け、クウネルが取り出すのは仮契約カードだ。
「――来たれ」
小太郎との試合の時と同じように、クウネルの身体を取り囲むように無数の本が現れる。
その中からクウネルがチョイスした物は……、
『おーっと!? クウネル選手の身体が……、へ? エヴァちゃん?』
朝倉の言葉通り、クウネルの姿が変じたのは誰あろうエヴァンジェリンだった。
観客達は一斉に選手席のエヴァンジェリンに視線を向けるが、そこには間違いなく彼女本人が居る。
「ふん……、趣味の悪い真似をする」
アルビレオ・イマのままであろうと、相当な強さを誇るというのに、彼が自分以外の者の力を借りて戦おうとする理由は、
……自分の力を見せたくない相手でも居るというのか?
勿論、このトーナメントで、という意味ではあるまい。
面白くなさそうに告げるエヴァンジェリンだが、相対する事になった楓としては堪ったものではない。
何しろ、既に彼女の身体はエヴァンジェリンの仕掛けた糸によって拘束されているのだから。
その上で尚、エヴァンジェリンは五指に宿した氷の爪を振り抜こうとする。
「クッ!?」
気を全開にして全身を拘束する糸を断ち切り、ギリギリで氷の爆圧から逃れたものの、完全には躱しきれず、幾らかのダメージは受けてしまう。
「はぁはぁ……」
観客席上の屋根で呼吸を整えようとする楓だが、彼女の背後に人影が現れる。
「ッ!? 今度はネカネ殿でござるか!」
楓が選んだのは、防御ではなく攻撃。
生半可な防御など、ネカネに通用しない事は稽古で嫌と言うほど思い知らされている。
だが、だからと言って、彼女の攻撃を相殺出来る程の攻撃を溜め無しで放てるか? と聞かれると、否と言わざるを得ない。
――激突!
それでも最小限の被害に留めた楓は弾き飛ばされた舞台で再度構えを取るが、それは眼前に姿を現した一人の男によって叩き伏せられる事になる。
舞台に這い蹲りながら、彼女は思考する。
……い、今のは確か伝説とまで言われた、ネギ先生の父親。
痛む身体に鞭打ち、何とか立ち上がろうとする楓。
元の姿に戻ったクウネルは、カウントの進む中、黙ってそれを見ている。
「いやはや、世界は広い……。今はまだ、全く勝てる気がしないでござるよ」
「いえいえ、貴女もまだまだ強くなる。――今のは、その為の授業料と思って下さい」
クウネルの言葉に、楓は笑みを浮かべ、
「あい、分かった。……この授業料、無駄にせぬために精進させて貰うでござるよ」
告げ、己の負けを朝倉に宣言する。
「え? いいの? 楓さん」
「かまわんでござるよ」
その言葉を受け、朝倉はマイクを手に、
『長瀬選手のギブアップにより、クウネル選手の決勝進出が決定しました!!』
姿を消すクウネルと、歓声に包まれる舞台を後にする楓。
ネギはネカネに視線を向けると、
「姉ちゃん。長瀬の治療頼む」
そう告げ、自分は次の試合の準備に取りかかる。
●
その少し前……、真名の隙を付いて武道会場まで辿り着いていた謎のシスターこと、春日・美空とそのマスター、ココネは運良くというか? 運悪くというか? ともかく明日菜達と合流していた。
彼女達によると、タカミチが偵察の途中、超に捕まってしまったらしい。
そこで明日菜はタカミチ救出作戦を提案するが、
「ネギ……、は絶対来ないわね」
一千万と聞いて目の色が変わっている彼の事だ、絶対に来ないのは火を見るより明らか。
「刹那さんも、もう試合だし……」
「い、いえ、私は別に試合は――」
試合を棄権し、タカミチ救出作戦に参加しようとする刹那だが、それは明日菜の一喝によって却下される。
「駄目よ刹那さん! このままネギを優勝させると、アイツどれだけ調子に乗るか分かったものじゃないもの!」
……現状のままでも手がつけられないくらいにテンション高いんですけど。
そう思うが、敢えて口には出さない。
ともあれ、刹那には試合に出て貰うという事で決定した。
「……エヴァちゃんやネカネさんは」
考え、溜息を吐き出す。
エヴァンジェリンは面倒だとか言って断るだろうし、ネカネがネギの応援を欠かす筈がない。
「アーニャさんは、まだダメージが抜けきっていないようですし……」
「フフフ……、どうやら、この私の出番のようですね!」
聞こえてきた声に振り向いてみると、そこには黒衣を身に纏った高音の姿があった。
愛衣は喜び勇んで飛び上がるが、他の面子からしてみれば、
……あの人、また何か脱げそう。
既にネギの言う通り、脱げキャラとして定着しつつあった。
まあ、そんな感じに不安を隠しきれないパーティーではあるが、取り敢えず、
「高畑先生救援チーム、行くわよ!!」
明日菜、高音、愛衣、美空、ココネが地下下水道を進む。
●
試合に敗れ、選手席に戻ってきた楓を出迎えるネギ達。
「よお、……ボロクソだな」
「いやぁ、圧倒的でござった。せめて一太刀と思ったでござるが、まったく手も足もでなかったでござるよ」
相手が相手だ。そればかりは仕方ない。
「痛い所があったら、姉ちゃんに治してもらえよ」
「なに、大丈夫でござるよ」
告げ、医務室へ向かう楓。
それを見送ったネギは、彼女と入れ違いになるようにやって来た刹那を迎え、遂に準決勝第二試合が始まる。
●
舞台上で対峙するネギと刹那。
『片や、一回戦では“死の眼鏡・高畑”を下し、二回戦においては高音選手を秒殺し、圧倒的な強さを見せつけて勝ち上がってきたネギ・スプリングフィールド選手!
片や、二回戦は不戦勝ながらも、一回戦では馬鹿力を誇る女子中学生、神楽坂選手を倒して勝ち上がってきた桜咲・刹那選手!
泣いても笑っても、この試合の勝者が決勝へと進出します!!』
そんな朝倉の前口上を聞きながら、ネギが刹那に合図する。
「桜咲、……ちょっと、あっち見てみ」
刹那は言われた通り、ネギの指し示す方向を見る。
そこにいるのは、図書探検部の面々。
勿論、彼女の主人でもある近衛・木乃香の姿もある。
……しかし、問題は彼女の背後に立つ者だ。
「ッ!? 天ヶ崎・千草! ――それに、チャチャゼロさんも!」
ご丁寧な事に、チャチャゼロに至っては千草の頭の上で刃物を使ってジャグリングまでしてくれている。
……人質!?
慌ててネギの方を振り向いてみると、そこにはとびきりの邪笑を浮かべた彼女の担任の姿があった。
「ね、ネギ先生……」
「ん? どうしたよ桜咲。言いたい事があるなら、言った方が良いぞ?」
芸術的なまでにムカツク顔で、いけしゃあしゃあと言ってのける。
拳を握って耐える刹那。
卑怯者と罵るわけにはいかない。これは、たかが試合と思って油断していた自分が招いたミスだ。
……勝負というものは、対戦が決まった瞬間から始まっていると、剣豪、宮本・武蔵も言っている。
『それでは、準決勝第二試合――Fight!!』
「……参りました」
『って、えぇ――!?』
試合開始直後、力無くデッキブラシを落とし、悔しそうに……、心底悔しそうに負けを認める刹那。
「えっと、……本当に良いの? 桜咲」
「はい……。この勝負、私の負けです……」
血を吐くように告げる刹那の言葉に、
……まーた、ネギ先生が裏で何かやったわけね?
そう悟るが、今の彼女は審判。刹那が負けを認めている以上、試合の結末を宣言せざるを得ない。
『この勝負、ネギ選手の勝利です!!』
途端に巻き起こるブーイングの嵐。
それは、まぁ当然とも言える。
何しろ試合もせずに勝敗が着いてしまったのだ。誰も納得出来ないだろう。
そんな中、ネギが朝倉にマイクを要求し、
『えー、今の試合結果について、軽く説明させてもらう、とだ……』
一気に観客達の怒号が静まり返る中、淡々と武道会場にネギの声だけが流れる。
『真の達人というものは、相対した瞬間に相手の力量が分かるという……。
俺の前に立った瞬間にレベルの差に気づいた桜咲は、自ら負けを認めたつーこった』
……嘘臭ぇ。
それが長谷川・千雨が抱いた印象だった。
しかし、他の観客達はそうでもないらしく、
「凄ぇ! じゃあ、決勝は超ハイレベルな試合が見れるんだな!!」
そんな声が彼方此方から聞こえてくる。
……いや、おかしいだろ、お前ら!?
頭を掻き毟りたくなるのを辛うじて耐え、荒くなった呼吸を何とか整える。
そんな中、ネギはその場に残っていると、退場した刹那の代わりにクウネルが何処からともなく現れた。
「えっと……、続けてやっちゃっていいの? ネギ先生」
「おう。とっととやって、一千万寄こせ」
「フフ……、随分と自信がお有りのようですね」
ネギは不敵な笑みで、余裕と手を振り、
「それよりもアンタ、――決勝まで勝ち進んできたら、親父に会わせるとか、随分と面白い事言ってくれてたらしいじゃねえか」
エヴァンジェリンがちゃんと伝言を伝えてくれていた事に笑みを浮かべ、
「ええ、その通りです。これから、貴方の父親、……ナギ・スプリングフィールドに会わせましょう」
『それでは続けて、決勝戦! ……圧倒的な強さで勝ち抜いてきた両者、ネギ・スプリングフィールド選手とクウネル・サンダース選手の対戦を始めます!!』
●
その頃、地下に潜った明日菜達の行く手を遮るように、高音の一回戦の対戦相手だった田中が現れた。
しかも、一人ではなく十数人単位で、だ。
トラウマモードに入って使えなくなる高音、そんな彼女を必死に現世復帰させようとする愛衣。速攻で逃げようとする美空&ココネ。
そんなグダグダなパーティーの様子を見た明日菜は、何かを諦めた表情で、
……もう、駄目かも。
いきなり心が折れそうになるが、捕らわれているのが愛しのタカミチである事を思い出し、気合いを入れ直す。
……まだ、一回も成功した事無いけど、やってみる!
咸卦の気を全開に高め、そのまま敵に突撃する攻防一体の荒技、
「咸卦法・六式・“穿”」
……まあ、今まで一度も成功していない技が、突然成功したりするはずもなく、田中の眼前で咸卦の気を使い果たした明日菜は、勢いのついたままの速度で巨躯にブチ当たり、そのまま意識を手放してぶっ倒れた。
「か、神楽坂さ――んッ!?」
もはや涙声で高音に縋り付く愛衣。
そんな愛衣の元に、聞き覚えのある念話が届く、
……死にたくなければ、そのまま動かない事だ。
地面に座り込んだまま、わけも分からず身を固くする愛衣の頭上を極太の光条が通り過ぎる。
光条は進路上に居た田中達を粉砕しつくし闇の中へ消えてきく。
「怪我は無かったかね? お嬢さん」
掛けられた声に振り向く。
そこに居たのは黒の衣装に身を固めた中年の男、
「……ヘルマンさん」
「くきゅ〜♪」
ヘルマンの肩から身を乗り出すのは小さな幼竜。そして彼の足下には三体のスライム娘達も居る。
「あ、ありがとうございます。……でも、どうしてヘルマンさんがここに?」
そんな愛衣の問い掛けに対し、ヘルマンは少しウンザリしたような声色で、
「いや……、最初はネカネ女史の元へ助っ人の依頼が行ったらしいのだがね。自分はネギ君の応援で忙しいと、私の方へ仕事を回してきてね」
……わぁ、やっぱり、ネギ先生のお姉さんなんだぁ。
既にネカネの本性に気付き出した愛衣は、同情を過分に含んだ労いをヘルマンに掛け、気を失っている明日菜を起こし、未だあっちの世界から帰ってこない高音を背負って先に進むことにするも、すぐに敵の増援が現れて進路を塞いでしまう。
「う、後ろからも来ましたよ!」
高音を庇うように立つ愛衣。そんな彼女を押しのけヘルマンは自ら殿を受け持つと、
「君達は前を――。とにかく前進することを心掛けたまえ」
「は、はい!」
ウィーペラが牽制の火弾を放ち、明日菜とスライム娘達が田中’sを足止めする中、愛衣が呪文を詠唱する。
「メイプル・ネイプル・アラモード!!
ものみな焼き尽くす浄化の炎、破壊の主にして、再生の徴よ!
我が手に宿りて敵を喰らえ!! ――“紅き焔”!」
爆炎が三体の田中を呑み込む。
更に、
「咸卦法・参式・“圧”!!」
明日菜の手によって、三体の田中を粉砕。
「よーし! 愛衣ちゃん、ドンドンやっちゃって!」
「は、はい!!」
しかし、その快進撃も長くは続かない。
続々と投入される援軍に加え、更には新手の多脚兵器まで現れ、形勢は一気に逆転されてしまった。
●
その頃、田中の包囲網から逃げ出した美空&ココネペアは……、敵の多脚兵器に追われた挙げ句、縦穴を落下中だった。
「ヒッ!?」
美空は仮契約カードを発動。
アーティファクトを召喚し、その脚力を生かして落下中のココネを回収。
そのまま、途中の橋にしがみついて、辛うじて事なきを得た。
「し、死ぬかと思った……」
そのまま暗闇の中を自らが灯した魔法の明かりを頼りに進んでいく。
「ったくもー。何で私達がこんな目に……」
「逃げた天罰」
そんなココネのツッコミは無視、
「おーい、ちょっとねぇ、ここ、どこのラストダンジョンっスか?
橋終わんないし、底は見えないし、ホントに学園の地下?」
「昔の魔法使いさん達の遺跡」
「興味ねっス」
愚痴りながらも、橋の向こう岸に到着した美空達を待ち受けていたのは大きな扉だった。
幸いにも鍵は掛かっておらず、力ずくで押し開けて入った先で彼女達は、量産された田中を見る。
ゆうに100体を越える田中だが、それはまだ序の口に過ぎなかった。
その更に奥、そこに鎮座する巨大な物体。
それが何かを確認する前に、美空とココネは田中の襲撃を受け、気を失ってしまう。
●
『さあ遂に……!! 遂に伝説の格闘大会『まほら武道会』決勝戦です!!!
お聞き下さい、この大歓声!! 大変な盛り上がりです!! それもそのハズ!!! この決勝までの数々の試合、そのどれもが珠玉の名勝負!!
TVでは決して見ることが出来ない真の達人達の闘いでした!!!
その中でも、ヘルマン選手、犬上・小太郎選手、長瀬・楓選手を圧倒的な強さで打ち倒してきたクウネル選手!
そしてかのデスメガネ高畑を無傷で退け、高音・D・グッドマン選手、桜咲・刹那選手を文字通り秒殺で仕留めてきたネギ・スプリングフィールド選手!!
いかがだったでしょう!? 世界にはこれほどの達人達が存在することを世に知らしめたい!! それが今大会主催者、超・鈴音の願いでもあったのです!!』
朝倉のアナウンスで会場が更に盛り上がる。
『さあ、学園最強の名を手に入れるのは……、クウネル選手か、ネギ選手か!?
それでは決勝戦――』
最高潮にヒートアップする会場の中、舞台の中だけは奇妙な静寂を得ていた。
『Fight!!』
開始の合図と同時、クウネルがアーティファクトを展開する。
「さて……、自己紹介の必要はありますか?」
「いや、大方の所はエヴァから聞いてる」
クウネルは小さく頷き、
「では、私のアーティファクトの説明を少し……。
私のアーティファクト“イノチノシヘン”の能力は、特定人物の身体能力と外見的特徴の再生です。
しかし、この能力は自分より優れた人物の再生は、わずか数分しかできず、あまり使える能力ではありません。
それに大抵の人間は私より弱いので再生する意味もないですしね」
一息、
「――私の趣味は他者の人生の収集……。この魔法書一冊一冊に、それぞれ一人分の半生が記されています。
そして……、我がアーティファクトのもう一つの能力は……、この“半生の書”を作成した時点での特定人物の性格、記憶、感情、全てを含めての“全人格の完全再生”。
もっとも再生時間はわずか10分間……。
魔法書も魔力を失ってただの人生録になってしまうため、これまた余り使えない能力です。
まあ、使えるとすれば、動く遺言として……、といったところでしょうか」
クウネルの説明を聞いたネギは息を呑む。
これで、エヴァンジェリンの言った意味が理解出来た。
「――では本題です。
15年前、我が友の一人からある頼みを承りました。
自分にもし、何かあった時、まだ見ぬ息子に何か言葉を残したいと……」
ネギの鼓動が跳ねる。
偽りとはいえ、ここで追い続けた父親と再会出来るのだ。
「……心の準備はよろしいですか? 時間は10分、再生は一度限りです。
――では」
「ちょ、ちょっと待て! 11年前……、11年前の雪の日のアレは、アンタの仕業なのか!?」
その問い掛けに対し、クウネルは微笑を浮かべ、
「11年前……、私は何もしていません」
光がクウネルの身体を包み込む。
一拍の後、その場に居たのはネギに酷似した赤毛の青年。
彼は振り返ってネギの姿を確認すると、
「……よぉ、お前がネギか?」
ネギの心の内側から溢れ出る感情。
ネギは、その感情の赴くままに青年に駆け寄り、
「――“口よりも先に手が出るパンチ”!!」
青年……、ナギの密かに用意していたデコピンとカウンターになる形で魔力の籠もったパンチを繰り出した。
デコピンとパンチを交換する形となった二人は涙目で互いを睨み合い、
「て、てめえ……、いきなり何しやがる!?」
「やかましい! てめえが俺の親父だと……?」
思い出すのは、メルディアナ魔法学校時代、彼の練習相手を努めてくれた男の事。
眼前の青年こそが、その男だ。
「ナメた真似しやがって……、そう言う大事な事は最初に言え!!」
10年以上も名前を聞かずにいた自分の事を棚に上げ、怒鳴り散らすネギ。
対するナギとしては、サッパリ意味が分からず小首を傾げる事しか出来ない。
「……あの人」
「知ってるの? アーニャ」
ネカネの問い掛けにアーニャは小さく頷き、
「ウェールズで、ネギの稽古相手をしてくれた人よ。
……まさか、あの人がサウザンドマスターだったなんて」
「はぁ?」
アーニャの言葉に、流石のエヴァンジェリンも間の抜けた声を挙げる。
「ちょっと待て、何故今までぼーやはその事に気付かなかった?」
11年前の雪の日の思い出のナギは、ネギにとって大切な物であり、それはそれは大変美化されて記憶されていた。
それと現実のナギとのギャップに、絶対にコイツだけは違うと結論付けてしまっていたので、今の今まで気付く事はなかったのである。
……そういえば、ぼーやの記憶を覗いた時のナギも、かなり美化されていたなような。
今にして思えば、久しぶりに見るナギの姿に感動し、滲んでよく見えてなかったような気がする。
「……何か試合とか、賞金とか、もうどうでも良くなってきた」
ネギは溜息を吐き出し、懐からカシオペアを取り出して朝倉に投げ渡すと、
「朝倉、この試合、俺の負けでいいから、絶対に試合停めるな。……いいな?」
有無を言わさぬ眼光で告げ、
「危ないから、選手席の方行っとけ」
そう言って、彼女を舞台上から追い出す。……そして、
「超!」
『何かな? ネギ老師』
ネギの呼びかけに応え、超を映した空中投影式のディスプレイがネギの眼前に現れる。
「――観客席の安全装置は絶対なんだな?」
その問い掛けに、超は不敵な笑みを浮かべ、
『バリアを最大に設定したから、惑星霊魔法とかの無茶をしない限りは大丈夫ネ』
「よーし……」
杖を構え、眼前のナギを見据えるネギ。
「取り敢えず今は、てめえをぶっ飛ばさなきゃ気がすまねえ!!」
「――分かりやすくていいじゃねえか。来いよ稽古つけてやるぜ、ネギ」
「……言われなくても」
ラス・テル・マ・スキル・マギステル――!
「――てめえにゃ、イヤっていうほど、稽古つけられてきたんだよ!!
天よ! 地よ! その狭間に在りし全てのものよ! 今こそ等しく終焉を与えん。
来たれ破滅の巨人! 喰らえの暴虐の魔狼! 永劫なりしものは無く、不変なりしものも無く、黄昏の来訪を留める術も無し。
故に我等は召喚す! 約束の時、神々の黄昏、高らかに響く角笛の音の下、神も魔も、ここに滅ぶべし!! ……“神々の終焉”!!!」
ネギの前面に展開された三角形を基本とした魔法陣の頂点から砲撃が放たれ、それらは絡まりあい螺旋を描いてナギを襲う。
「おおぅ、詠唱魔法って……、マジで形振り構ってねえなぁ……」
告げ、真正面から拳をぶつけて相殺する。
「……嘘!? あれ“破壊の星光”と同じで、最高位の砲撃魔法の一つよ!?」
……なんで無詠唱の魔力パンチで相殺出来るのよ?
「いい加減慣れたらどうだ? 小娘。……そういう出鱈目な血筋がスプリングフィールドの一族なんだ」
ウンザリ気味に告げるエヴァンジェリンの視線の先、瞬動で間合いを詰めたナギがネギに向け、6つの魔弾を纏った拳を叩き込む所だった。
「クッ!? ――障壁全開!!」
十数枚の障壁が破られるが、それでもネギに直接的なダメージは無い。
「おぉ! 無茶苦茶堅ぇ障壁だな……」
感心の声を挙げるナギに対し、ネギは新たな呪文の詠唱に入る。
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル!
火の精霊達よ! 天界の陽の輝きを纏え!! 永久の闇を切り裂き、邪なる力を飲み込み焼き尽くす劫火と化し敵を滅ぼせ!! “烈火・爆炎盡”!」
現れたのは巨大な火球だ。
直径数十mの火の玉が舞台の2/3を一瞬で呑み込む。
『あ、あぁ――っと!? これは……、舞台が消滅してしまいました!! しかし両選手は空中に浮かんでおります! ――試合続行!!』
「ハァハァハァ……」
荒い息を吐くネギに対し、ナギは未だ余裕の表情で、
「……どうした? その程度なのか? ……俺の息子にしちゃまだまだだな」
「うるせぇ馬鹿野郎……」
……我が力よ、魔のもとに凝縮し敵と共に弾けよ!
「――“爆魔の閃光”!!」
更に数度砲撃を放つも、それらは全てナギに回避される。
それでもまだ攻撃を止めようとしないネギに対し、ナギは半ば呆れた様子で、
「一つ覚えの砲撃が通ると思ってんのか?」
対するネギは杖を反転し、石突きを前に構え、
「徹す!! レイジングハートが力をくれてる! 命と心を掛けて応えてくれてる!!
――ムカツク親父をぶっ飛ばせって!」
杖の柄に一対の大翼と二対の小翼が展開される。
「……つーか、レイジングハートって何だよ?」
流石に11年前の人格では、それは知らないらしい。
それにも関わらずネギは話を進めて行く。
「アクセルチャージャー起動! ――ストライクフレーム!!」
石突きの先端に現れる光刃。
アーニャのような曲刃ではなく槍の刃先のような両刃の光刃だ。
ちなみに、ネギの言うような機能は杖には付いていない。
「エクセリオンバスターACS……、ドライブ!!」
……“加速の羽根”!
――吶喊!
その突撃速度に回避は無理と悟ったナギは障壁を張って、その攻撃を耐えようとする。
「……届けッ!!」
――貫通!
障壁を貫いた刃先の先端に魔力光が溜まる。
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル――!」
「……マジか!?」
この距離で砲撃などすれば、ネギ自身もただでは済まない。
「――其は忌むべき芳名にして偽印の使徒!
神苑の淵に還れ! 招かれざる者よ!! “熾天使の矢”!」
光が弾ける。
自傷覚悟の一撃だ。当然ネギも馬鹿にならないダメージを負っている。
にも関わらず、ナギ自身はほぼ無傷。
「……化け物かよ」
「はん。――あんな事する馬鹿には言われたくねえな」
それでいて、まだ心の折れていないネギに賞賛の笑みを向ける。
対するネギは舌打ちし、新たな呪文の構成に入った。
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル――!」
「素直に撃たせると思ってんのか!?」
虚空瞬動で一気に距離を詰めてくるナギに対し、ネギはその攻撃を障壁で受け止めつつ、
「光の散る空に星が散り、空の上にて優は決せり!
己が高さを比べるなかれ、全ては人の前に失われ!
高きは空行く竜とならん! 低きは大地の礎とならん! ――“英雄の結界”!!」
ネギの障壁が全て破られるのと同時、ナギの周囲を結界で取り囲み、彼の動きを封じ込める。
「クッ!? ……堅ぇ」
結界を破壊しようと足掻くナギの正面。
ネギが次なる呪文の詠唱を開始する。
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル!」
結界を破られるのは時間の問題だ。――だからネギはいつもよりやや早口で呪文を唱える。
「覇の力、護の力、化の力! これら異なる三つの力のそれぞれであり、しかしこれらを束ねた力であるものは、第四の約定として常に皇帝の背後にある!!
――“皇帝竜の絶唱”」
ネギの身体が変化する。
全長10mを優に越える全身を純白の鱗で覆い、三対六枚翼を持つ高貴なる竜。
蒼い瞳に攻撃性を宿した皇帝竜は大きく顎を開け、そこに恐ろしいまでの破壊力を秘めた竜砲の光を溜めていく。
「……竜変化ってマジかよ」
……流石は我が息子。
結界を破壊したナギは、内心で感心しながらも正面から竜と向き合い対峙する。
……滅びのバーストストリーム!!
どこからか、そんな声が聞こえた気がした。
「おおおおおぉぉぉッ!!!」
皇帝竜から放たれる竜砲に真正面から突っ込むナギ。
しかも信じられない事に、ナギは竜砲を裂き、皇帝竜に一撃入れてみせた。
その衝撃で術が解け、元の姿に戻ったネギはかなりのダメージを喰らいながらも、辛うじて宙に静止する。
「ハァハァハァ……」
「そろそろ降参したらどうだ? もう魔力も殆ど残ってねえだろ?」
確かにナギの言うとおり、後、使える魔法は一回くらいだろう。
……学祭中の麻帆良学園では使いたく無かったけどな。
躊躇える相手でもない。
ネギは覚悟を決めると急上昇し、ナギよりも上のポジションをキープすると、詠唱を開始する。
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル……。
――咎人達に滅びの光を! 星よ集え、全てを撃ち抜く光となれ!!」
これまでの試合で周囲に霧散していた魔力と大気中に満ちる世界樹の魔力が、ネギの眼前に集約してくる。
「本気か!? あの馬鹿!」
選手席のエヴァンジェリン達が焦った声を挙げる。
これほど濃密な魔力を集約すれば、自分との戦いで使った時とは比べ物にならない威力の“破壊の星光”となるだろう。
それを知った上でネギは宣言する。
「お前が避けたら、地球は粉々だぁ――!!」
「考えたなチクショウ!」
……このネタは知っていたらしい。というか、何処かの四コマ漫画で見たようなネタだが、敢えて気にしない。
「お前ら親子は、どうしてそこまで馬鹿なんだ!?」
選手席からエヴァンジェリンの罵倒が飛ぶが無視。
「……貫け閃光! “破壊の星光”!!」
――“魔法の射手・集束・光の13矢”!
……信じられない事が起こった。
本来ならば比べ物にならないレベルの魔法の激突。
基本魔法の魔法の射手と砲撃系最高位の破壊の星光……、しかも世界樹の魔力を大量に吸収した破壊の星光が、拮抗する事もなく敗れ去ったのだ。
ネギ自身は辛うじて回避に成功してはいたが、虚空瞬動でネギの頭上に現れたナギの手により、強引に舞台上に叩きつけられた。
その上、更に追い打ちとばかりにネギに向けて魔弾が雨のように降り注ぐ。
「ちょ!? ネギ!」
「……流石に、アレは死んだと違うカ?」
身を守る障壁すら残っていない状態で、あの馬鹿げた破壊力の魔法の射手を喰らえば、如何にネギといえどタダでは済むまい。
選手席の皆が心配する中、粉塵が晴れ、ネギの姿が見えてきた。
正に満身創痍。魔力は尽き、ダメージは限界を超えていながらも、それでもなおネギは立とうとする。
「……根性だけは一人前か」
「……うる、……せぇ」
杖を着き、辛うじて立ち上がったネギは、ナギに向け拳を突き付け、
「……聞け、……クソ親父」
「言ってみろ、バカ息子」
息を吸い、出来る限りの大声で叫ぶ。
「――俺は、千の魔法を極めて、本物のサウザンドマスターになった上で、……何時かアンタを越えてみせる!!」
それを聞いたナギは嬉しそうに笑みを浮かべ、
「やってみろよ。……但し、お前の親父様の背中は格別に広くてデッカイぜ?」
告げ、ネギの拳に己の拳を合わせる。
それでネギは力尽き、大の字に倒れ伏した。
『あ、……あーっと! ネギ選手気絶! いえ、それ以前に大会規定違反でネギ選手の反則負け! ……クウネル選手、優勝です!!』
●
その少し前、地下下水道では……。
魔力の尽きた愛衣と明日菜は反撃する事もままならず、迫る田中達から必死に逃げ回っていた。
背後ではヘルマンが辛うじて追っ手を防いでいてくれるものの、前から来る増援はもはやウィーペラとスライム娘達だけでは対処のしようが無いほどに増えまくっていた。
そんな中、天の助けとばかりに高音が復活するも、敵の援軍に瞬殺される。
「やっぱり、脱げた――!?」
しかし、天はまだ明日菜を見放さなかった。
自力で脱出してきたタカミチが明日菜達の救援に駆けつけ、全てのロボット達を僅か一撃の元に葬り去ってしまう。
その後、四葉の運んできた美空達と合流して本拠地に乗り込むも、既にもぬけの空。
窓から屋根に移り、武道会場を見てみると、丁度決勝戦が終了した所だった。
●
「……ちょっとネギ!? 生きてる?」
試合終了と共に、彼の元に真っ先に駆け寄ったのはアーニャだ。
その後にネカネ、エヴァンジェリンと続く。
彼女達の存在に気付いたナギは小さな驚きを見せ、
「でっかくなったなー、ネカネ。お前は相変わらずっぽいけどもなエヴァ」
「やかましい――」
エヴァンジェリンは面白くなさそうに鼻を鳴らし、
「言いたい事は色々あったがな……、もうどうでも良くなった。
――その内、貴様の本体に言うことにするから、首を洗って待ってろ」
意味が分からず小首を傾げるナギだが、もう時間が無い。
取り敢えず頷き、
「良く分かんねえけど、そうさせてもらうわ」
そして僅かに考え、
「ネギが目ぇ覚ましたら伝えてくれ――」
一息、
「――この負け犬野郎!」
気絶しているはずのネギの身体が一瞬震える。
それを見たエヴァンジェリンとナギは彼の狸寝入りを確認し、意地の悪い笑みを浮かべると、
「分かった。必ず伝えよう」
それを聞いたナギは笑みを浮かべ、
「――じゃあな」
それがナギの最後の言葉だった。
●
ナギの人格が完全に消えるのを確認し、ネギが身体を起こす。
ネギは全身を襲う痛みに顔を顰め、
「痛てててて、……ッたく、無茶苦茶しやがる」
言って、目尻に浮かんだ涙を拭う。
「ぼーや、ナギからの伝言だ」
「心底要らねぇ!! ……もうちょっと感動的な言葉を残せねえのか? あのバカ親父は」
愚痴るネギの目尻から伝う涙。
「……何泣いてんのよ?」
「こんだけ痛けりゃ、誰でも泣くわ!」
強がるネギを優しい眼差しで見つめる少女達。
……その後、表彰式が行われている間、観客席で千雨は眉根を寄せた難しい顔で、
「魔法ねぇ……」
信じたくはないが、おそらく事実なのだろう。
「正解です、千雨さん」
その呟きに対し、隣の茶々丸から声が掛けられる。
一瞬、驚きに肩を震わせるが、千雨はすぐに気を取り直すと、
「おいおい、良いのかよ? そんなに簡単に白状して……」
「既に貴女は見抜いていると判断した上での行動ですので、さして問題は無いかと……」
……マジで魔法かよ。
現実主義の千雨としては、余り関わり合いになりたくはないのだが……、
「じゃあ、コイツはアンタ等と何か関係があるのか?」
興味本位から手にしたPDAを差し向け、問い掛ける。
対する茶々丸は無表情のまま、
「現状のプログラムの何世代も先を行く世論・情報操作プログラムと魔法使い達の最新型2003年式電子精霊群……。
いわば、超科学と最新魔法技術の戦いです」
「超科学に……、最新魔法だと……?」
「ハイ……、私達のクラスメイト超・鈴音の科学技術と学園側に数十人規模で存在する魔法使い達の戦いです……。
……いえ、超さんは魔法使い達の社会、魔法界全体を相手にするつもりのようですが……」
いきなり始まった突拍子もない話しに、千雨は頭を抱えながら、
「あー……、あんたの話はいろんな所がアレ過ぎて、最早突っ込む気も起きねー。
だが……、そんな話しを私にしても良いのかよ? 秘密なんじゃねーのか? 茶々丸さん」
「あなたは武道会の試合から、魔法使いの存在を確認・確信したように見受けましたが?」
対する千雨はうんざりとした態度で、
「確かに確信はした。……だが、私は誰にも言いふらすつもりもねーし、関わり合いになるつもりもねーぞ?」
「……いえ、統計的に見て、ネギ先生に巻き込まれる可能性がとても高く思いましたので、せめて今の内に心の準備を、と思いまして」
……余計なお世話だ!? つーか、
「――巻き込まれるのが、前提かよ!」
そんな彼女達の眼前では授賞式は順当に終了し、ネギやクウネルがインタビューを面倒臭がって姿を消す中、舞台裏に引っ込んだ超を囲むように魔法先生達が追い詰めていた。
「これはこれは、皆さんもお揃いで……。お仕事ご苦労様ネ」
惚ける超に対し、タカミチが話し掛ける。
「職員室まで来てもらおう超君。君にいくつか話しを聞きたい」
「何の罪でカナ?」
対するタカミチは軽く肩を竦め、
「罪じゃないよ。ただ話を聞きたいだけさ」
甘い事を言うタカミチをガンドルフィーニが叱責し、強引に超を取り押さえようとするが、魔法先生達が一斉に飛び掛かった瞬間、超の姿が皆の眼前から消え失せた。
「三日目にまた会おう。魔法使いの諸君」
という言葉だけを残して……。