魔法先生……? ネギ魔!
 
 
書いた人:U16
 
第11話
 
 ネギは渡されたトーナメント表を眺めつつ、
 
「……これはもう、殺す気でやるしか――」
 
「物騒なこと言ってんじゃないわよ!?」
 
 ボソリと呟いたネギの言葉に反応してみせたのは明日菜だ。
 
 そこに高音が加わり、明日のトーナメントでは査察官が見に来ているかもしれないので、余り派手な魔法は使用するな、と釘を刺しておく。
 
 そして、その面子のまま、1日目の打ち上げに雪崩れ込む面々。
 
 某有名コーヒーショップを貸し切っての打ち上げだったのだが、殆どがメイドのコスプレのまま来ているので、コーヒーショップなのか? メイド喫茶なのか? 混沌としたままで夜は更けていく。
 
 そんな乱痴気騒ぎを抜け出したネギは4回目の時間跳躍を行う。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
−学祭初日・午前11時30分(4回目)−
 
「さて、と……」
 
 呟き、スケジュール表に視線を落とすネギ。
 
 仕事とアトラクション巡りはこなした。後は教え子達の部活展示を巡ってたかるだけだ。
 
 そして、まずは自分の受け持つクラス展示から、と思いつつ、ふとその足を停める。
 
 ……ガキの姿で行ったら、雪広に色々と奢って貰えそうだな。
 
 邪笑を浮かべて人気の無い路地裏に潜り込み、そこで幻術を使用する。
 
 幼くなった自分の容姿を確認し、近場の貸衣装屋で服を調達。
 
 そのまま3−Aの教室を目指す。
 
 長蛇の列を無視して教室の入り口から顔を覗かせ、あやかの姿を確認しようとするが、それよりも早く出席番号17番の椎名・桜子に掴まってしまう。
 
「ダメだよー、ボク。ちゃんと順番を守らないとー♪」
 
 言って抱き上げ、その子供の容姿がネギに酷似している事に気付き、
 
「カワイ〜♪ ちっちゃいネギ君だー」
 
 嬌声を挙げてそのまま抱き付く。
 
 そんな桜子の声に、他の生徒達も何事か? と集まり、
 
「え? なに? 誰この子? ネギ君の関係者?」
 
 少女達にもみくちゃにされる子供ネギ。いつもなら魔法で全員まとめて吹っ飛ばす所だが、この状況でそれをするわけにもいかず、どうしたものか? と思案していると横から視線を感じた。
 
 そちらを見てみると、そこに居るのは彼の正体を知っている明石・裕奈だ。
 
 ネギは念話で裕奈に話し掛ける。
 
 ……よう。
 
 ……何やってんの? ネギ先生。
 
 ……いやぁ、雪広にたかろうと思ってな。この格好なら、どれだけでも奢ってくれそうだし。
 
 ……とっても下衆野郎だね、先生。
 
 ……何とでも言え、つーか、こんな学祭、全部自腹で回ってたら破産するわ!?
 
 ……でも、それならネカネさんに頼んだら? その格好で甘えたら、すぐにでもOKしてくれると思うけど?
 
 ……その場合、俺の貞操が危険になるからな。――俺は、リスクの高い賭けはしない主義だ。
 
 ……いいんちょでも同じだと思うけどね。
 
 そんな会話を人知れず繰り返していると、人集りに気付いたあやかが中心にいるネギの存在を見つけ、
 
「まあ! まあ! まあ! まあ!! ナギ君!!!」
 
 ネギの周囲を取り囲む少女達を跳ね飛ばし、一直線に彼の元に辿り着いた。
 
「あ、あやかお姉ちゃん……」
 
 ネギの手を取るあやかは瞳を輝かせ、
 
「遠路遙々、よくいらしてくださいましたわ! ――さあ! こちらの席にどうぞ!!」
 
 ネギの手を引いて、いつの間にか用意された彼専用のシートに案内する。
 
 本牛革張りの高級ソファーに、並べられる料理も三ツ星レストランから取り寄せた物だ。
 
 更に給仕してくれるのは、周りのなんちゃってメイドさんではなく、雪広家お抱えの本物の侍女。
 
 別世界と化した一角を眺めながら、チア部の柿崎が、
 
「……で? あの子一体誰なわけ?」
 
 至極当然な疑問を発する。
 
 それに答えたのは裕奈だ。
 
「ネギ先生の弟? 従弟? どっちだっけ? ……まあ、そんな感じらしいよ」
 
「へー……、どうりて似てるわけだ」
 
 納得するクラスメイト達を尻目に、裕奈は生暖かい眼差しをネギとあやかに送り、
 
 ……もう好きにして下さい。いや、ホントに。
 
 そう割り切る事にして、自分の仕事に戻った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 食事を終えたネギは、あやかと共に学祭を回る事になった。
 
 アトラクションを回ろうとあやかが誘うが、ネギはこの前のお詫びも兼ね、知り合いのお姉ちゃん達の所を回りたいとせがむ。
 
 それに対してあやかは再度瞳を輝かせ、
 
「まあ、何て礼儀正しい!」
 
 即座に賛同し、ネギの手を引いて次々と生徒達の展示場所を巡り、その度にネギは表情は笑みを浮かべつつも念話でからかうという新しい遊びに挑戦していた所、ブチ切れた明日菜がネカネに通報し、5分後に拉致されていった。
 
「もう、甘えたいならそう言ってくれればいいのに……」
 
「いや、甘えたいんじゃなくて、たかるつもり――」
 
「もう、照れ屋さんなんだから!!」
 
 言って抱き締められた。
 
 ネギは諦めの溜息を吐き出し、そのままアーニャと合流して両手をアーニャとネカネに掴まれたままパトロールに付き合わされる事となる。
 
 ……何で、1日に2回もパトロールさせられんだよ!?
 
 心の中で抗議の叫びを挙げてみるが、半ば自業自得なので諦めるしかなかった。
 
 
 
 
 
 
 
 
  
 
 その後、何とかネカネから逃げ切り、ネギが紛れ込んだ場所はコスプレコンテストの会場だ。
 
 幻術を解き適当に調達してきた衣装を着込む。
 
「……何だ? この服」
 
 不審げに眉を寄せ、身に着けた服を眺める。
 
 服自体は、ロングコートにツバの広い帽子と丸いサングラスというものだ。……オプションに白と黒のバカデカイ二挺拳銃が付いてきてなければ。
 
 ……どうやら某吸血鬼のコスプレ用衣装を持ってきてしまったらしい。
 
「……吸血鬼っつたら、エヴァよりもこっちの方がらしいけどな」
 
 そう呟き視線を上げた先、震える指先でこちらを指す少女がいた。
 
 ネギは見覚えのある教え子の存在を確認すると、彼女が言葉を発する前に速攻でその場から拉致して人気の無い場所まで連れてきた。
 
 ここなら人は来ないだろうと一息吐くネギに対し、眼前の少女――、長谷川・千雨は勝ち誇った笑みを浮かべ、
 
「いやいや、まさかネギ先生にコスプレ趣味があったとは知りませんでしたよ」
 
 だが、その程度の皮肉で怯むようなネギではない、小さく舌打ちするもすぐに余裕の表情を取り繕い、
 
「いやいや、流石に某ネットアイドル様みたいな人としてどうよ? 的な格好は無理だけどな」
 
 互いの視線が噛み合い、一瞬の交差の後で二人は深い溜息を吐き出し、
 
「止めとこうか、虚しいだけだ……」
 
「……そうですね」
 
 ネギはどうしたもんか? と頭を掻き、
 
「んで? お前は、このイベントに出るんだっけか?」
 
「別に……、ちょっと覗きに来ただけで、出るつもりは……」
 
 そっぽを向いて告げる千雨に対し、ネギは何かを思いついたように、
 
「うーし、じゃあちょっと付き合え」
 
 言って、強引に彼女の手を掴んで近くの貸衣装屋まで引っ張っていく、
 
「えーと、コレとコレと……、眼鏡はあるから葉巻っと――」
 
 選んだ服を千雨に押し付け、
 
「ほら、とっとと着替えてこい」
 
 試着室に押し込む。
 
「ちょ、ちょっと!? ネギ先生!!」
 
 戸惑いながらも、試着室に入ってしまえばコスプレイヤーとしての本能が刺激されるのか? 即座に着替えを始める。
 
 ネギから渡されたのは何の変哲もないスリーピースのスーツにロングコート、そして葉巻の玩具と金髪のカツラだ。
 
 その衣装とネギの格好から何のコスプレをさせようとしているのか? を予測した千雨は軽い溜息を吐きながら、
 
「しょーがねえなぁ、付き合ってやっか……」
 
 一人で出るのには少々躊躇いがあったが、道連れがいるのであれば心強い。
 
 ……あのコスプレ初心者に、プロの技ってモンを見せてやらねぇとな。
 
 ほくそ笑みながら軽く化粧を施し、試着室から出てきた時には顔付きまで変わっていた。
 
「行くぞ、我が従僕」
 
 毅然とした態度で告げる千雨に対し、ネギも口元を吊り上げて、
 
「了解した、マイマスター」
 
 千雨に付き従うように歩いて会場へと向かった。
 
 
 
 
 
 
 
   
 
 
 ちう&固定砲台でエントリーし、出番を待つ二人。
 
 役になりきっているネギと千雨から放たれる威圧感に、他の出場者達はすっかり萎縮してしまっている。
 
 待つこと暫し、遂にネギ達の出番が回ってきた。
 
「続きまして18番、ちう&固定砲台さん。キャラクターはヘルシングのインテグラとアーカードです!」
 
 スポットライトの照らし出す無人のステージ。
 
 舞台上部から飛び降りたネギが光の中央に着地し、開口一番宣言する。
 
「あるじよ!! 我が主よ!! マイマスター、インテグラ・ヘルシングよ!! 命令を!!」
 
 その言葉に応えるように、舞台袖から姿を現した千雨が、威風堂々と告げた。
 
「我が下僕、吸血鬼アーカードよ!! 命令する!!
 
 ――総滅せよ。彼らを、この島から生かして帰すな。
 
 白衣の軍には白銀の銃を持って朱に染めよ。黒衣の軍には黒鉄の銃を持って朱に染めよ。
 
 一木一草尽く、我らの敵を赤色に染め上げよ。――見敵必殺! 見敵必殺!!」
 
 その命令に対し、ネギは唇を吊り上げて答える。
 
「了解。――認識した、我が主」
 
「拘束制御術式・零号・開放!! ――帰還を果たせ!! 幾千幾万となって帰還を果たせ! 謳え!!」
 
「……私はヘルメスの鳥。私は自らの羽根を喰らい、飼い慣らされる」
 
 直後、その場に居た者達は見た。
 
 幾千、幾万の血にまみれた軍勢がステージ上から溢れ出すのを。
 
 男が居た、女が居た、老人が居た、子供が居た。
 
 様々な人種の人間達……、否、あれはもはや人間ではなく亡者だ。それらが観覧していた観客達を津波のような勢いで呑み込む。
 
 悲鳴を挙げ、逃げようとする余裕もありはせず、ただただ新たな屍の山が増えるだけ……。
 
 そんな光景を目の当たりにした千雨は、何が起きているのかさえ理解出来ずに、ただ呆然と見送る事しか出来ずにいた。
 
 ――だが、そんな中、彼女の耳に良く通る声が聞こえた。
 
 聞き知った声の主は、気取った声色でこう告げる。
 
「……ジャスト一分だ。――悪夢は見れたかよ」
 
 直後、眼前の光景が嘘のように壊れた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「なに? ボーとしてんだ? お前」  
 
 眼前で問い掛けるのは、アーカードのコスプレをしたネギ。
 
 慌てて周囲を見渡すと、そこはコスプレコンテストのステージ上ではなく、今日ネギと初めて鉢合わせになった場所だ。
 
 ポケットから携帯電話を取り出して時間を確認してみても、間違いは無い。
 
 ……白昼夢でも見たのか?
 
 頬を伝う嫌な汗を拭っていると、不意にネギが何かを思いついたように、
 
「そうだ! お前、ちょっと付き合え」
 
 千雨の手を引き、近場の貸衣装屋に引き込もうとする。
 
 フラッシュバックする、先程の悪夢。
 
 咄嗟に千雨はネギの手を振り払っていた。
 
「あ……」
 
 振り払われた手を呆然と眺めていたネギだが、僅かに寂しそうな表情を覗かせると、すぐに何でもないような表情を取り繕い、頭を掻きながら、
 
「いや、悪いな。……そんなに嫌がるとは思ってなかった」
 
 踵を返し、その場を去っていくネギ。
 
 その背中に千雨は罪悪感を感じずにはいられなかった。……が、哀愁漂う背中を演出するネギの表情。――それは笑っていた。
 
 ……計画通り。
 
 千雨は今後、ネギの恥ずかしいコスプレを思い出そうとする度に、あの悪夢まで思い出してしまうだろう。
 
 ……俺の弱みを握ろうなんて、10年早いんだよ、長谷川。
 
 心の中で高笑いしながら、ネギは雑踏の中に姿を消した。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 千雨と別れた足で別荘にやって来たネギは、まずは休息ということで寝に入った。
 
 体力と魔力が回復するまで十二分に休養を得たネギが目を覚ますと、そこには何故か生徒達に加え小太郎や高音達まで居り、ネギは寝惚け眼を擦りながら、
 
「……何やってんだ? お前ら」
 
 問い掛けるネギに対し、彼女らは当然とばかりに、
 
「いやー、打ち上げの後、みんなに中夜祭に強制連行されて朝の4時までドンチャン騒ぎだったから、ここで休ませてもらってるのよ」
 
「……若いなぁ、お前ら」
 
 言って伸びをして身体を解すと、別世界へと向かう魔法陣を目指す。
 
「……どちらに行かれるのですか?」
 
 高音の問い掛けにネギは片手を振りながら、
 
「……秘密特訓♪ ――覗くなよ?」
 
 そう言い残し、姿を消した。
 
 それを見送った少女達は額を寄せ合い、
 
「……どんなネタ仕込んでくると思う?」
 
「――最近の傾向では、電王が多いようですが」
 
「そろそろ管理局の白い魔王が降臨してもいい頃だと思うけど?」
 
「天地魔闘とかやりそうやしなぁ……」
 
「つーか、ネギの秘密特訓言うたら、ウケ狙い前提なんかい!?」
 
「……でも、ネギよ?」
 
 最後を締めたアーニャの言葉には、皆を納得させる説得力があった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 その頃、砂漠のど真ん中に現れたネギは、寒くもないのにクシャミを二つすると、鼻を啜りながら、
 
「……ロクな噂されてねぇな」
 
 そう独りごち、懐から航時機を取り出して、
 
「俺の理論が正しければ、コイツさえありゃ、相手がタカミチだろうが、エヴァだろうが敵じゃねぇ筈だ」
 
 邪笑を浮かべ、行使するのは基本中の基本である小物を動かす魔法と占いの魔法だ。
 
 幾度かの実験の末に、絶対回避と疑似時間停止、そしてもう一つの裏技を発見したネギは勝ち誇った表情で、
 
「くっくっくっくっくっくっ、一千万ゲットだぜ――!!」
 
 ネギの高笑いだけが、無人の砂漠に響き渡たる。
 
 さて、残る問題は――、
 
「……決め台詞をどうするか? だよな。
 
 ――やっぱ、電王で決めるか? いや、でも最近電王ネタ多いしな」
 
 生徒達の予想通り、妙な事で悩んでいるネギだった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
−学祭二日目・午前6時30分(1回目)−
 
 充分な休息を得たネギ達は、一同揃って龍宮神社に会場入りしていた。
 
 余裕の表情で、選手控え室へと赴くネギは、既に優勝したかのように、
 
「一千万かぁ……。何買おうかなぁ」
 
「おいおい、もう優勝した気でおるでコイツ」
 
 呆れた口調で突っ込むのは小太郎だ。
 
 対するネギは余裕の表情を崩さず、
 
「もう俺の優勝は決まったようなもんだからな。――何だったら何か賭けるか?」
 
 挑発的に告げるネギに対し、小太郎も余裕の表情で、
 
「別にかまへんで。……で? 何、賭けるねん? 金か?」
 
「ネギの財布に、そんな余裕あるわけないでしょ? せめて食べ物にしときなさいよ」
 
 なにしろネギの初戦の相手は、あのタカミチなのだ。一回戦突破も危ういというのに優勝出来なかった場合のペナルティーがお金ではリスクが高すぎると心配したアーニャが取りなした。
 
 だがネギはそんなアーニャの気遣いに気付く事なく、
 
「飯。――いいよ飯! おぉ、じゃあラーメン大で。細切れチャーシュー増し増し」
 
 何が楽しいのか? 腕を振り上げ、
 
「増し増しだ――!! 増し増しだ――!!」
 
 そして一人ほくそ笑み、
 
「ふ、ふふ……、俺自重。――俺、自重しろ」
 
 そんなネギを不安げな眼差しで皆は遠巻きに眺めつつ、
 
「……おい、アイツ試合前から壊れとるで」
 
「まぁ、初戦は高畑先生ですから……、アレくらいのテンションでいかないと、キツイのでは?」
 
「そう? ……何時もあんな感じじゃない?」
 
 そんな感じで、選手控え室に一行は到着した。
 
 
  
 
  
 
 
 
 
 
 ――同時刻。
 
「ふーん、結構、人きてんじゃねーか。
 
 ま、昨日今日、ネットで散々話題になってたからな」
 
 龍宮神社を訪れたのは、長谷川・千雨だ。
 
 昨日の一件で罪悪感を引きずったまま帰宅した千雨は、ネットでネギがまほら武道会に出場する事を知り、せめてもの罪滅ぼしに応援でもしてやろうと思い、自腹でチケットを購入。
 
 ……こうして、龍宮神社までやって来た次第である。
 
 観客席に着き、PDAを開いて前情報をチェックしてみると、気やら魔法やらといった単語がちらほらと目に付く。
 
「……胡散臭ぇ。ま――、マジな格闘技の試合見るよりは面白そうだけどな」
 
 そう呟き、試合の開始を待つ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ……その頃、会場内の別の場所では。
 
「出場者の内の殆どが関係者だし……」
 
 呆れた声で呟くのはハルナだ。
 
 実際の所、殆どどころか、全員がなんらかの形でネギとの関係があるのだが、まあ今は余り関係が無い。
 
「……それより、ネギ先生は大丈夫なの? 格闘技って素人に毛の生えた程度なんでしょ?」
 
「えぇ、それにルールでは無詠唱魔法に限定されていますから、かなり先生にとっては不利だと思うです」
 
「……ネギ先生」
 
 不安げな眼差しで無人の会場を見つめるのどか。
 
 
 
 
 
  
 
 
 
 
 更に別の場所では――、
 
「無理言って、代わってもらえて良かったねぇ」
 
 古菲から貰った4人分のチケットを振りながら、気楽な調子で告げるのは裕奈だ。
 
「で、でも……、ネギ先生ホンマに大丈夫なん?」
 
 彼の事を心から心配して尋ねるのは、裕奈の親友、和泉・亜子なのだが、そんな彼女の心配を払拭するように、裕奈は無駄に元気いっぱいに、
 
「大丈夫だって、ネギ先生より強い人なんて、学園中探しても数人くらいしか居ないらしいし」
 
 その数人の内、学園長を除く全員がこの大会に出場している事は流石に裕奈も知らない。
 
「……怪我せんといてくれたらええんやけど」
 
 裕奈の言葉でも不安が拭いきれない亜子は、せめて怪我だけはしないでほしいと祈りにも近い感情で呟くが、その声が聞こえた裕奈は苦笑を浮かべながら、
 
 ……怪我しても、すぐ治るんだけどね、あの人。
 
 そんな事を思いながら、試合の始まりを待つ。  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 その頃、選手控え室では、司会兼審判役の朝倉と主催者の超によって、ルール説明が行われていた。
 
「15m×15mの能舞台で行われる15分1本勝負!! “ダウン10秒”“リングアウト10秒”“気絶”“ギブアップ”で負けとなります。
 
 時間内に決着がつかなかった場合、観客によるメール投票に判断を委ねます」
 
「はーい、質問」
 
 挙手したのは、ネギだ。
 
「何かナ? ネギ老師」
 
「必殺技の名前は叫んでも良いのか?」
 
 というネギの質問に、超はOK.を出すものの、訝しげに眉を寄せ、
 
「しかし、ネギ先生には格闘技の経験が殆ど無かタと思うが、どんな技名ネ?」
 
「ちょっと、長いんだけどな……」
 
 居心地が悪そうに、そっぽを向いて、
 
「ラス・テル・マ・スキル・マギ――」
 
「――呪文詠唱じゃない!?」
 
「ち、違うぞ! ちょっと長いけど、そんな名前の技なんだ!」
 
「ネギ老師――」
 
「うん?」
 
 掛けられた声にネギが振り向くと、そこには超が笑みを浮かべて、
 
「反則負け取るヨ?」
 
 折角のアイデアを却下されたネギは項垂れ、
 
「良いアイデアだと思ったんだけどなぁ……」
 
「……真性のアホや、コイツ」
 
 ともあれ、いよいよまほら武道会は始まりを迎える。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
『ご来場の皆様、お待たせ致しました!! 只今より、まほら武道会、第一試合に入らせていただきます!』
 
 朝倉の宣言と共に、入場してくる一組の男女。
 
『片や、転校初日に学校の不良生徒を全員締めたという伝説を持つチンピラ! 犬上・小太郎選手!
 
 片や、中二でありながらも大の男達を薙ぎ倒して予選を突破してきた佐倉・愛衣選手!
 
 二人とも、実力は予選で証明済み! どのような好勝負を見せてくれるのでしょうか!?』
 
「誰がチンピラや!!」
 
 朝倉の紹介文に抗議の声を挙げる小太郎だが、朝倉は悪びれもせずにあんちょこを振り、
 
「書いてある文読んだだけだって」
 
 その紙片を引ったくるように奪った小太郎は、紹介文の最後に“紹介文作成:ネギ・スプリングフィールド”と書かれているのを発見し、
 
「おどれか、ネギ!」
 
「朝倉――。とっとと始めちまえ」
 
 ネギの声に後押しされるように、朝倉が試合開始の声を挙げた。
 
『第一試合、Fight!!』
 
 ……しゃーないなぁ。速攻で終わらせるか。
 
 小太郎が拳を構え、その場で突き出した。
 
 直後、圧縮された空気が愛衣の身体を場外にまで吹き飛ばす。
 
 何が起こったのか? 理解出来ないまま池に着水する愛衣。
 
 そのまま場外を取られ、カウントが進む中、ヘルマンが訝しげな声で告げる。
 
「……妙だ。――今の技、我々魔族のそれに似ている」
 
 それを聞いたネギは良い笑顔でサムズアップ。
 
「ヘルマン、GJ」
 
 対するヘルマンもサムズアップで返す。
 
「……え? 何? ――どういう意味?」
 
 わけが分からず小首を傾げる明日菜に古菲が説明する。
 
「今のは世界的に有名な漫画、ドラゴンボールの1シーンの再現アルね」
 
「天下一武道会の孫・悟空VSチチ戦ですね」
 
「そしてヘルマン氏の台詞は、二代目ピッコロ大魔王ことマジュニアの台詞でござるな」
 
 刹那と楓の捕捉を受け、明日菜は更に困惑を深めた表情で、
 
「な、何で皆、そんなに詳しいの!?」
 
 問われた少女達は、ごく普通の表情で、
 
「武術家として、当然の嗜みです」
 
「うむ、いつかは拙者もスーパーサイヤ人になってみたいものでござるな」
 
 その後、試合から戻ってきた小太郎を交えてドラゴンボール談義に花を咲かせる面々に置いてけぼりを喰らった明日菜は力無い声で、
 
「……今度、ネギにでも貸してもらおうかな?」
 
 そんなこんなで、試合は第二試合に進む。
 
 
 
 
 
  
 
 
 
 
『さあ、圧倒的な強さを見せ準々決勝進出を決めた犬上・小太郎選手でしたが、次のカードからも目が離せません』
 
 舞台上に上がってくるのは二人の男性。
 
 黒装束に身を固めたヘルマンと、フードを目深に被ったクウネル・サンダース。
 
『赴任以来、花壇に悪戯する悪ガキ共を一人残らず駆逐してきた彼に付いた字名は“悪魔用務員”! 対するは図書館島司書という肩書き以外、何も分からない謎の男、クウネル・サンダース選手!』
 
 舞台上で対峙する二人を観客席から眺めつつ、ネギは自分の隣に座るネカネに声を掛ける。
 
「姉ちゃん、……アイツ図書館島の司書って肩書きらしいけど知ってる?」
 
 問われたネカネはいつもの笑みを崩すことなく、
 
「ええ、知ってるわよ……」
 
 ただ意味深な眼差しを舞台上のクウネルに向ける。
 
『それでは、第二試合Fight!!』
 
 朝倉の掛け声と共に、ヘルマンが踏み込み、魔力を乗せた拳を振るう。
 
 クウネルは慌てる事無くギリギリで見切って回避するが、それでも拳の余波でローブの一部が千切れ飛ぶ。
 
「おや……?」
 
 予想以上に破壊力の高い一撃に僅かに驚いた声を挙げるクウネル。
 
 その一瞬の隙を好機と見たヘルマンがラッシュを仕掛けた。
 
 拳と蹴りを織り交ぜた多彩な攻撃に、流石のクウネルも蹈鞴を踏み、接近戦を嫌うように空に逃れる。
 
 空中に静止したクウネルに観客からはどよめきの声が挙がるが、戦闘を行っている当人達からしてみれば、浮遊術など当然の技法であり、驚くには値しない。
 
「いやいや、これは驚きました……。
 
 ――どうも、この大会。一筋縄では勝ち進めそうにありませんね」
 
「……その割には、随分と余裕があるようだが?」
 
 ヘルマンの構えが変わる。
 
 オーソドックススタイルから、左のガードを降ろし攻撃性を重視したヒットマンスタイルへ。
 
 そこから放たれる速射砲の如きパンチの連射。
 
 拳は届かぬとも、魔力の乗った拳圧が飛ぶ。
 
 流石にクウネルも全てを回避しきれず、何発かは貰うが、それでも彼にダメージは見受けられない。
 
 左ジャブを放ちながら、徐々にクウネルとの距離を詰めるヘルマンが、右の一撃を加えようとするが、危険を察知してその場を大きく跳び退く。
 
 直後、それまでヘルマンのいた舞台が大きく陥没した。
 
 だが、それを見たヘルマンはそれでも攻撃の手を休めない。
 
 ――悪魔ウイング!
 
 背に皮膜の羽根を出現させて宙のクウネルに空中戦を仕掛ける。
 
「デビルウイングは空を飛ぶやな!」
 
「古ッ!? 歳幾つだよお前!」
 
 などという小太郎とネギのやりとりが聞こえてきたが、試合を行っている二人は構うことなく攻防を繰り返す。
 
 クウネルの懐に潜り込んだヘルマンが脇腹に左拳を突き立てる。
 
 ――悪魔肝臓打ちッ!!
 
 続けざま腰を落とし、伸び上がりと共に拳を突き上げクウネルの顎を捉え、
 
 ――悪魔ガゼルパンチ!
 
 そして――、
 
『ヘルマン選手! 左右にウィービングしながらクウネル選手に襲い掛かる!! そこから放たれる勢いのついた左右の無限拳戟!!』
 
 ……人、それをデンプシーロールと呼ぶ。
 
「幕之内スペシャルか!?」
 
「あら停められんわ……」
 
 ……ふむ、接近戦は少々分が悪いですね。
 
 攻撃を喰らいながらも、冷静にそう思考するクウネルは、己のアーティファクトを起動させる。
 
 ――直後、大砲の如き一撃がヘルマンを吹き飛ばした。
 
「何や!?」
 
 噴煙が晴れた先、そこに居る人物を見た数人が呻き声を挙げる。
 
「あれは……、師匠!?」
 
 まず声を挙げたのはタカミチだ。
 
 続いてネギとアーニャが眉根を寄せ、
 
「あのオジサン!」
 
「……何でここに!?」
 
 宙に浮かぶのはフードの男ではなく、煙草をくわえた中年の男性。
 
 以前、メルディアナ魔法学校にフラリと現れ、一週間程であったが、ネギを鍛えていった人物。
 
 ネギに気を操る才能が無かったのか? 咸卦法の修得まではいかなかったが、それでも咸卦法に対する対処法などを色々と伝授してもらった記憶がある。
 
 中年の男、ガトウ・カグラ・ヴァンデンバーグは虚空瞬動でヘルマンの吹き飛ぶ先に先回りすると、打ち下ろしの一撃を放った。
 
 ――豪殺・居合い拳!!
 
 深刻なダメージを受けつつも、辛うじて防御に成功したヘルマンはそのまま舞台上に叩きつけらる寸前、何とか着地に成功してみせた。
 
「……これはこれは、まさか伝説とまで言われた“紅き翼”のメンバーだったとは」
 
 元の姿に戻ったクウネルも舞台上に降り立ち、
 
「少々、旧友との約束がありましてね。ネギ君に用があるのですよ――」
 
 そう告げる姿に、先程ヘルマンに受けたダメージは見受けられない。
 
 対するヘルマンは僅かに思案した後、
 
「……ふむ、一度全力でお相手してもらいたい所ではあるが、そうなるとネギ君にも迷惑を掛ける事になるし――」
 
 彼が全力を尽くそうとすれば、悪魔形態をとる事になるが、この衆人環視の中それをすれば流石にただでは済まないし、ヘルマンの主人であるネギにまで迷惑が掛かる事になる。
 
 査察官が紛れているかも知れないという状況で、それを行うには少々リスクが高すぎる。
 
「非常に残念だが、今回は運が無かったと諦めるとしよう……」
 
 告げ、朝倉に自分の負けを認めると、そのまま舞台を降りていった。
 
 突然の決着に、朝倉は困惑しながらも試合結果を宣言する。
 
『え? えーと、……ヘルマン氏のいきなりのギブアップにより、この勝負、勝者クウネル・サンダース選手!!』
 
 直後、巻き起こる歓声で会場が埋め尽くされた。
 
 
 
 
 
  
 
  
 
  
 第二試合で破壊された舞台を修理しいる間、タカミチはクウネルの元を訪れていた。
 
「……やはり、貴方でしたか。――アル」
 
「久しぶりです、タカミチ君」
 
 何やら話し合いをしている二人を横目に、ネギは視線を小太郎に向け、
 
「ほう……、コタローの次の相手はアレかぁ……」
 
 邪笑を浮かべ、指を突き付け宣言する。
 
「残念だったなぁコタロー。お前、次の試合で負け決定!!」
 
「やかましわ! 勝ったるわい!!」
 
 ネギの指を振り払いながらも豪語する小太郎だが、あのヘルマンに勝つ程の手練れが相手だ。
 
 生半可な覚悟では勝てまい。
 
 ……最悪、獣人化も使わなあかんな。
 
 それでも勝てるかは微妙な所だが、決勝でネギとの戦いに白黒着けるという目標が彼にはある。
 
 だが、それよりも今の問題は、
 
「次の試合、アーニャと楓やろ? ……どっちの方が勝つと思う?」
 
「長瀬」
 
 小太郎の問い掛けに、ネギは即答で答える。
 
「ほうか? 最近はアーニャも縮地を完全に使いこなせるようになっとるさかい、スピード面に関しては互角……、いや、アーニャはまだ上があるさかいに分からんのとちゃうか?」
 
「スピードだけで勝てるような相手じゃねえだろうよ。
 
 ……俺の見たところ、長瀬の奴、あの龍宮と五分だな」
 
 詠唱魔法の使用も可能ならば、勝負は分からないが、無詠唱ではアーニャの方が断然不利だ。
 
 そんな事を小太郎と話し合っていると、後ろからアーニャに殴られた。
 
「……何、勝手に人の敗北を決定してんのよ!?」
 
 こめかみの辺りに井桁を浮かべて怒るアーニャだが、自分の不利は重々承知している。
 
 ……勝負は一瞬! それをミスれば、私の負け。
 
 アーニャが精神集中し、イメージトレーニングしている内に舞台の修復が終了し、選手達は舞台上へ上がる。
 
『お待たせしました! それでは第三試合! “さんぽ部のアルティメットウエポン”こと長瀬・楓選手対“ウルスラのスピードエンジェル(自称)”ことアンナ・ユーリエウナ・ココロウァ選手の対戦を行います!!』
 
「つーか、何だよ? “ウルスラのスピードエンジェル”って!? 俺の書いてやった紹介文はどうした!?」
 
「棄てたに決まってんでしょうが!? 誰が“ウルスラの貧乳姫”よ!」
 
「だってお前、ウルスラの二年の中じゃ、一番小さいんだぞ?」
 
 ちなみに、朝倉情報によるものだ。
 
「いやいや、アーニャ殿のそれは、速度を十二分に生かせるように空気抵抗を極限まで無くす為の、文字通り身を削る思いで体現してみせた成果の現れでござろう」
 
 頷きながら、したり顔で楓が告げるが、全然フォローになってない。
 
 それを聞いたネギは驚愕の表情で、楓を眺めつつ、
 
「……試合前から精神攻撃とは、のほほんとした面して意外とエグイじゃねえか長瀬」
 
 ……こうなったら、絶対に優勝して、その賞金で豊胸手術受けるてやるわ!
 
 決意新たに、試合に臨むアーニャ。
 
 ……そして、
 
『それでは、第三試合Fight!!』
 
 ――“加速の羽根”! ――“音速の鐘”! 
 
 ……更に、
 
 ……“コウソクノツバサ”第三段階起動!!
 
 “加速の羽根”は一瞬の瞬発力を極限まで高める魔法で、“音速の鐘”は“戦いの歌”の速度重視版だ。その最高速度は“戦いの歌”の三倍にまで及ぶ。……が、その代わり防御力と攻撃力はさして向上されない。
 
 両手を舞台に着き、スプリンターのようにクラウチングスタイルをとる。
 
 ――縮地ッ!!
 
 アーニャの姿が会場内の全員の目から消えた。
 
 その速度は明日菜の動体視力を持ってしても捉えきれず、真名でさえも気配すら掴む事が出来ない程だ。
 
 ……この一撃に全てを賭ける!!
 
 というか、一発しか身体が保たないというのが本音だ。
 
 縮地すら凌駕する速度で放たれるアーニャの跳び蹴り、
 
「受けなさいよ! 私の速さを――ッ!!」
 
 その叫びは楓を襲う凄まじい衝撃を伴った蹴りの後から着いてくる。
 
 音よりも速い攻撃を前に、楓は避ける事すらままならず、そのまま池の中に沈んでいった。
 
 ……が、
 
「――見事な一撃でござる。アーニャ殿」
 
 そう告げるのは、アーニャの傍らに立つ楓だ。
 
「予め、影分身を用意しておかなければ、拙者反応すら出来なかったでござるよ」
 
 先程、蹴り飛ばした楓は偽物。それを見抜けなかった自分が間抜けなのか? それほどの影分身を作れる楓が凄いのか?
 
「……私もまだまだ、修行不足ねぇ」
 
 もう一度、先程の攻撃をやってみせろと言われても無理だろう。
 
 ……もう、膝笑ってるし。
 
 正直、立っているだけでもかなりキツイ。
 
 アーニャは深く溜息を吐き出すと、
 
「まいった。――私の負けよ」
 
 そう朝倉に告げると、その場にしゃがみ込んだ。
 
『え? 負けで良いの? アーニャさん』
 
 問い掛ける朝倉に対し、アーニャは妙に爽やかな表情で、
 
「さっきの一撃に全力注ぎ込んで、躱されちゃったしね。
 
 ――私には、もう打つ手無し。体力も限界。負けよ、負け」
 
『えーと、……じゃあ、この勝負、長瀬・楓選手の勝利です』
 
 余りにも速過ぎて、何が起きたのか理解出来ていない観客に説明する為、舞台の上空に投映されたモニターで、先程の試合の超スロー再生がながされる。
 
 そんな中、楓の肩を借りて選手用の観覧席に戻り、ベンチに腰を降ろしたアーニャに、他の参加者達が声を掛けていく。
 
「先程の一撃、見事でしたアーニャさん」
 
「おぉ、全く見えへんかったで」
 
「今後の課題は持久力ね。――もっと身体を鍛えないと、いつか身体を壊すわよアーニャ」
 
 笑みを浮かべて皆に礼を述べるアーニャ。
 
 そんな中、ネギはアーニャの背後に回ると、彼女を抱き上げ、そのまま池に投げ捨てた。
 
 盛大な水飛沫があがり、選手達だけでなく観客達すらも呆然とする中、アーニャはなんとか選手席に這い上がってきた。
 
 明日菜を筆頭に、少女達がネギに文句を言っているが、彼はそれを完全に無視。
 
 アーニャに歩み寄り、手にしたタオルを彼女の頭に掛けてやり、
 
「……下手くそな作り笑いしてんじゃねえよ。
 
 負けたのが悔しいんなら、素直に泣いとけ」
 
 そう小声で呟く。
 
 ――全身ずぶ濡れの状態なら、涙も分かりはしない。
 
 ネギなりのかなり強引過ぎる気遣いが、今のアーニャには有り難かった。
 
「……ありがと」
 
 アーニャは小声で礼を述べるが、その声は観客席からのブーイングに紛れて掻き消されてしまう。
 
「おー……、完全に悪役だなぁ、俺」
 
 そんな彼の姿を観客席から見守る生徒達。
 
「……ネギ先生」
 
 心配そうな声をあげる亜子に対し、傍らにいたまき絵は憤懣やるせないといった表情で、
 
「でも、今のはちょっと酷過ぎない?」
 
「…………」
 
 反論する根拠の無い亜子が押し黙ってしまう中、裕奈は何時もと変わらぬ気楽な表情で、
 
「まあ、何か事情はあったと思うよ? ネギ先生が一方的に悪いんなら、アーニャさんが反撃しないはずはないし、明日菜や高音さんが黙って見てるなんてありえないもん」
 
 ネギを信頼しているかのような物言いに、亜子達の視線が自然と裕奈に向かう。
 
 その視線に気づいた裕奈は照れ臭そうに、
 
「ど、どうしたのかにゃ〜?」
 
「う、ううん……。ただ、ゆーな、ネギ先生の事よう分かっとるんやなぁ、って思て」
 
「そりゃー、弟子やってるしね」
 
「……弟子?」
 
 失言に気付いた裕奈は慌てて訂正し、
 
「いやいや、生徒! 生徒!」
 
「それやったら、ウチらも一緒やん」
 
「にゃ、にゃはははははははは――」
 
 笑って誤魔化すしかなかった。
 
 ……一方、図書探検部組。
 
 観客席の別の場所でも、ブーイングに晒されるネギを見守る少女達の一団。
 
「……まーた、何かやらかしてるわね、ネギ先生」
 
「……まったく、観戦している時くらいは大人しくしていて欲しいものです」
 
「困った、師匠やなぁ」
 
「ね、ネギ先生ぃ――」
 
 散々な評価ではあるが、それでも誰一人としてネギが何の理由もなくアーニャを池に落としたとは思っていない。
 
 そんな険悪な雰囲気の中、第4試合は開始される。
 
 
 
   
 
  
 
 
 
  
 試合会場へ向かおうとする真名と古菲。
 
 ネギは真名を呼び止め、
 
「龍宮、……絶対勝て」
 
 真剣な表情で告げるネギを、真名は訝しげな表情で見やり、
 
「何のつもりだ? ……貴方の事だから、古の応援をするものとばかり思っていたが?」
 
 共に修行している相手だ。親しみがないわけではない。
 
 ――だが、それとは別に、
 
「この試合に、今月の小遣い全額賭けてんだ! 死んでも勝て! つーか、むしろ殺せ!!」
 
「……それが教師の言う台詞アルか!?」
 
 死刑宣言を受けた古菲が抗議の叫びを挙げる。
 
 だが、ネギはそれを無視。
 
 何しろ、トトカルチョでは前年度“ウルティマホラ”チャンピオンである古菲の圧倒的人気なのだ。
 
 対して、裏の世界では有名であっても、表の世界では無名の真名は大穴。
 
 しかし、エヴァンジェリンの別荘で修行を積んだといっても未だ実力は真名の方が上なのは明か。これほど勝敗のハッキリしていながらも倍率の美味しい勝負他には無い。
 
 ネギはトトカルチョの券を握りしめ、
 
「古菲、――俺の為に死んでこい!」
 
「絶対にお断りするアル!」
 
 そんな感じでやる気を漲らせる古菲は舞台に立つ。
 
 それを見た真名は小さく溜息を吐き出し、
 
「……もう少し、素直に応援してやれないのか? 貴方は」
 
 ネギの発言によって、古菲にやる気が出たのは事実だが、方法に問題があり過ぎる。
 
「俺はこのくらいが丁度良いんだよ……。
 
 素直に応援なんて、柄じゃねぇつーの」
 
 ネギの言葉に、再度溜息を吐き出し、真名も舞台へ向かう。
 
 大本命である古菲の登場に、会場は否応なくテンションが高まる。
 
『さあ、それでは第四試合を開始させていただきます!
 
 “守銭奴スナイパー”龍宮・真名選手対、前年度“ウルティマホラ”チャンピオン!! 古菲選手』
 
 朝倉が告げた瞬間、ネギに向け、真名から500円玉が弾丸の如き速度で射出された。
 
 だがネギはそれを障壁で受け止め、床に転がった硬貨を拾って何も無かったように懐に収めると、
 
「いきなり何しやがる!?」
 
「……誰が“守銭奴スナイパー”だ!」
 
「言いがかりも甚だしいぞ! まるで俺が紹介文考えたみたいに言うんじゃねぇ!!」
 
「……いや、実際に紹介文考えたのはネギ先生なんだけどね」
 
「…………」
 
 あんちょこをヒラつかせながら告げる朝倉に、ネギは半眼をもって答える。
 
「だが、それは純然たる事実だ!」
 
 ヤケクソになったのか? 開き直って告げるネギ。
 
 そんな彼の背後では、被害者一同が額を寄せ合ってネギ用の紹介文を作成していた。
 
「そんなもん、インテリヤクザでええやん」
 
「天然ジゴロは?」
 
「借金魔術師はどうだ?」
 
「固定砲台は入れないんですの?」
 
「好き勝手言ってんじゃねぇぞ!」
 
 そんな外野は置いといて、試合は開始される。
 
『それでは第四試合、Fight!!』
 
 開始の合図と同時、真名の羅漢銭が古菲を襲うが、別荘での特訓で鍛えられた古菲は、それら全てを叩き落とす。
 
「ほう……、やるなぁ古」
 
 真名が感心した声を挙げるが、古菲としては防御で手一杯となっており、このままでは攻撃を仕掛ける所ではない。
 
 ……とはいえ、このままではじり貧アルね。
 
 覚悟を決め、多少の被弾を恐れず、“活歩”を用いて一気に真名との距離を詰めようとするが、真名もそれをさせじと古菲の腹に弾丸を集め、接近を拒む。
 
 ――硬気功!!
 
 気で防御力を強化し、弾幕をものともせずに突き進み、遂には古菲の間合いに持ち込んだ。
 
「甘いぞ、古」
 
 下から撃ち上げるように放たれた硬貨が古菲の顎を捉えた。
 
 宙を舞う古菲に対し、真名は更に追い打ちを掛け、激しい弾幕に晒された古菲はそのままダウンしてしまう。
 
 ……やはり、真名は強いアルネ。
 
 諦めかけた古菲の視界に入ったのは、ガッツポーズを取るネギの姿。
 
 ……何だか、このまま負けるのは非常に納得いかないアル。
 
 気力を振り絞り立ち上がり構えを取る。
 
 ――その構えは、古菲の得意とする形意拳でも八卦掌でもない。
 
『あ、あの構えは……』
 
『ご存知ですか? 豪徳寺さん』
 
 解説席からの声に観客席が静まり返る。
 
『獣の心を感じ、獣の力を手にする拳法、獣拳。
 
 ――獣拳に相対する二つの流派あり! 一つ、正義の獣拳・激獣拳ビーストアーツ! 一つ、邪悪な獣拳・臨獣拳アクガタ!
 
 戦う宿命の兵士達は日々、高みを目指して学び、変わる!!』
 
 その解説を聞いた真名は、可哀想な者を見るような眼差しで古菲を見つめ、
 
「……そこまで、ネギ先生に毒されたか古」
 
「つーか、何でもかんでも俺の所為にすんな! ……俺は別に、古菲に何かしたつもりはないっつーの!」
 
「まあ、この構えは取り敢えずハッタリでやってみたダケネ。気にしたら負けヨ」
 
 とはいえ、元ネタは彼女の得意とする形意拳だから、あながちハッタリとも言えないのだが……。
 
 ……元より、真名相手に、思い付きの技でどうこう出来るとは思っていなしネ。
 
 ――虎形拳の型。
 
 虎を模した構えをとる古菲は、一発逆転を狙い真名の隙を伺う。
 
「ますます激獣拳じゃねぇか……」
 
 呆れた声を挙げるネギを無視して古菲が仕掛けた。
 
 再度、活歩を用いた高速移動で真名との距離を詰めようとするが、今度は足を狙われ近づく事さえ許されない。
 
 ……クッ!? 接近戦に持ち込むのは無理アルか!? ――未だ、完成してない為、不安は残るが仕方ないネ。
 
 古菲の構えが変わる。腰を降ろし距離を詰める事を止め、拳を引いて力を溜める。
 
「遠当てでござるな」
 
 古菲の構えを見た楓が、そう判断するが、彼女の使う遠当ては、小太郎や刹那の扱う気を飛ばすタイプの遠当てとは違う。
 
 ……丹田に気を溜め、打点を任意にズラす!
 
 簡単に言えば、遠く離れた敵を殴る為の技。中国拳法における伝統技法の一つだ。
 
 むろん、真名とて黙って技を出させるようなお人好しではない。ありったけの硬貨を古菲に向けて放つ。――が、決して彼女は怯まない。
 
 ……なんという精神力!
 
 敵ながら天晴れ。と賞賛を送りたくなるが、今はまだ試合中。賛辞を送るにはまだ早い。
 
 古菲が踏み込む。
 
 ――震脚!
 
 床板が砕ける程に力強く踏みしめる事によって得た力を身体を捻る事によって威力を高めながら腕へと移す。
 
 ――捻身!!  
 
 そして、極限にまで高められた気を宿した拳を虚空に向けて打ち付けた。
 
 瞬間、あらゆる障害物、障壁を無視して真名の身体に衝撃が突き抜け、その背が爆ぜる。
 
 堪える事も出来ず頽れる真名。だが、技を放った古菲も既に限界を超えており、そのまま前のめりに倒れ伏した。
 
『だ、ダウン! 両者ダウンです!』
 
 カウントが進む中、それでも両者立ち上がる事なく……、
 
『9……、10……!! これにより、両者ダブルノックアウト! 第四試合、第二回戦への進出者は無しとなります!!』
 
 観客席から悲鳴とも歓声とも取れるような絶叫が響く中、ネギは手にしたトトカルチョの券を眺めつつ、
 
「あ、当たった奴が居なかったら、払い戻し効いたよな?」
 
 この試合、よもや引き分けなど誰も予想してはいないと思っていたが、それでもただ一人だけ、見事的中してみせた人物がいた。
 
 麻帆良学園女子中等部3−A組、出席番号17番、椎名・桜子。
 
 彼女自身が幸運の女神なのか? 座敷童をダース単位で飼っているのか? と思う程の強運の持ち主で、麻帆良祭の三日間で彼女が稼いだ食券の数はゆうに千枚を超えると言われている。
 
 ともあれ、最後に古菲の見せた一撃だが、あれは事実上回避不能の攻撃と言っても過言ではない。
 
 気を飛ばすのであれば、障壁で防ぐ事も可能だが、アレは障壁を無視して相手に直接打撃を入れる技だ。どれだけ頑強な障壁を展開しても意味は無い。
 
 ……まぁ、溜めに時間が掛かるようだし、射程距離もそんなに長くはねえようだから、対策は幾らでも立てられるだろうけどな。
 
 そんな事を思いつつ、ネギは今やるべき事をなす為に行動する。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 舞台の修理も終わり、第五試合の出場者達が試合会場に姿を現す。
 
『皆様、お待たせ致しました!! 板の張り替えが終了しましたので、第五試合に移らせていただきます』
 
 そんな中、龍宮神社の一室では、超と真名の密談が行われていた。
 
「すまなかったな。古が予想以上に強くなっていた為、手加減をする余裕が無かった」
 
「いやいや、それでもかなり盛り上がたヨ」
 
 そう言って超が差し出す報酬を真名は断り、
 
「依頼を果たせなかったのは事実だ。それを受け取るわけにはいかないだろう。
 
 ――それに、今度は古とハンデ無しの全力でやりたくなった」
 
 獲物を見つめる狩人のような目つきでそう告げた。
 
  
 
 
 
 
   
 
 
 
 ――まほら武道会試合会場。
 
『それではこれより、麻帆良大学工学部所属、田中選手対、“ウルスラの脱げ女”の異名を持つ高音・D・グッドマン選手による第五試合を開始させていただきます!』
 
「ちょ!? 何故、その紹介文を読むのですか!? ちゃんと別の物をお渡ししたでしょう!?」
 
 朝倉の読み上げる紹介文に猛然と抗議する高音だが、朝倉は平然とした表情で、
 
「いやー、コレばっかりは、どうしても譲れないというか……」
 
「さらりと無茶苦茶言わないで下さい!」
 
 高音は選手席に振り返り、
 
「これというのも、全ては貴方が妙な噂を流すからですよ、ネギ先生!!」
 
 だが、そこにネギの姿は見られない。
 
「ネギ先生でしたら……」
 
 愛衣が指差す先、
 
 水面に顔を出すネギの姿があった。
 
 水に浸かっていたにもかかわらず、何故か全く濡れていないネギは満足気な表情で選手席に戻ってくる。
 
 その様子を訝しげな表情で観察していた高音は、舞台上から問い掛けた。
 
「……何をしていらしたのですか?」
 
 対するネギは手にした袋を掲げ、
 
「池に落ちた五百円玉回収してきた。
 
 ――くくく、二万は有るぞ」
 
 ネギは心底嬉しそうな笑みを浮かべるが、その袋は後ろから延びた手によって奪われてしまう。
 
 慌てて振り向く先、そこに居たのは龍宮・真名だ。
 
 彼女は無表情で、
 
「これは元々、家の神社の賽銭なのでね。回収に協力感謝するよネギ先生」
 
 そう言い残し、その場を去って行った。
 
 残されたネギは、呆然と空になった手を見つめ、そのまま力無く崩れ落ちる。
 
「相変わらず、金運とは縁遠い男ね……」
 
「……何だか、見ているだけで哀れになってきますわ」
 
「――えーと、……そろそろ試合始めても良いかな?」
 
 遠慮がちに朝倉が問い掛け、本来の目的を思い出した高音は気持ちを切り替えて試合に臨む。
 
「ともかく……、今日の私は一味違いますわよ!? すぐに試合を終わらせたくなければ、最初から全力でくる事を推奨します!!」
 
 対戦相手を指差し告げる高音。
 
『では、第五試合――、Fight!!』
 
 高音の言葉に感化されたのか? 田中は一度頷き、
 
「……了解致シマシタ。デハ初動カラ、パワー全開デ」
 
 大きく口を開け、そこからビーム照射用のレンズを覗かせる。
 
「……へ?」
 
 余りにも予想外の展開に、一瞬反応が遅れるが、それでも田中の放つビームを辛うじて回避してみせた。
 
「クッ!?」
 
 だが、高音も以前の彼女ではない。
 
 別荘での特訓によって、幾度も茶々丸と模擬戦を行い、対ロボット用の戦闘には幾分の慣れがある。
 
 ……この手の相手には距離を取ると、じり貧になるだけですわ!?
 
 覚悟を決めると田中との距離を詰める。
 
 瞬動を使えない為、一瞬でとはいかないが、それでも繰り出されるロケットパンチやビーム攻撃を躱しながら徐々に距離を詰め、ついには己の間合いにまで持ち込んだ。
 
 ……影よ、敵を捉えよ!
 
 高音の影から伸びた鞭のような触手が田中の身体に絡みつき、身体の自由を奪う。
 
 しかし、そんな体勢からであっても田中はビームを放つが、高音は身体を屈めてその攻撃を紙一重で回避し、巨漢の懐へと入り込む。
 
「喰らいなさい!!」
 
 高音の右手に影がまとわりつき、攻撃力を大幅に増強させる。
 
 そして、下から突き上げるような一撃を持って田中を場外に弾き飛ばす。
 
 池に沈んだまま浮いてこない田中。
 
 高音が余裕の笑みを浮かべる中、朝倉のカウントが進み、遂には高音の2回戦進出が決定するが、何故か観客からは歓声の一つも起きない。
 
 何故だろう? と不思議そうに小首を傾げる高音。
 
 そんな彼女の視界の片隅に、選手席で腹を抱えて笑い続けるネギの姿が見えた。
 
「……何がそんなに可笑しいのですか?」
 
 不審気に問い質す高音に対し、ネギは未だ収まらぬ笑いを堪えようともせず、彼女を指差し、
 
「お、おま……、背中!!」
 
「……背中?」
 
 肩越しに振り向いた先、そこには制服が存在せず、肩口からお尻にかけて露出された自分の背中が見えた。
 
「ナッ!?」
 
 おそらく田中の最後の攻撃が、背中を掠めていたのだろう。
 
 高音は羞恥に顔を真っ赤に染めて、
 
「い、いやぁぁぁ――!!」
 
 悲鳴を挙げながら走り去っていった。
 
「お、お姉しゃま……」
 
「……なんつーか、裸の神様に愛されてるっつーか。エロスに取り憑かれてるっつーか。
 
 ――もはや、天命の域にまで達してるな、ありゃ」
 
 ともあれ、これで第五試合は終了。
 
 遂にネギの出番となる。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
『さあ、それでは第六試合を開始します!!
 
 片や、一人で学園内における幾多の抗争、バカ騒ぎを鎮圧してきた恐怖の学園広域指導員“死の眼鏡・高畑”ことタカミチ・T・高畑!
 
 対するは、昨年度、麻帆中に赴任してきました……、え? コレ読むの?』
 
 手の中のあんちょこを見て、訝しげに眉を顰めた朝倉が、選手席に向け問い掛けると、選手達は揃って首を縦に振った。
 
『えーと……、“インテリヤクザ”“拷問狂”“性格最悪”“詐欺師”“卑怯者”“砲撃バカ”“脳味噌干物”“シスコン”“最凶の引きこもり”“借金魔術師”“脱いだ靴下”“ナチュラルエロ”“天然ジゴロ”“セクハラ教師”“固定砲台”などなど多彩な二つ名を持つネギ・スプリングフィールド選手です!!』
 
 朝倉が読み上げると同時、ネギに向けて盛大なブーイングが巻き起こるが、ネギにしてみればそれどころではなく、
 
「ぶっ殺すぞコラァ!!」
 
 選手席に向けて、抗議の叫びを挙げるのに忙しい。
 
「因果応報やろが!」
 
 思い当たる所のあるネギは仕方ないと舌打ち一つで諦め、その代わり試合で当たったら半殺しにしてやる。と、心に決める。
 
「……さて、タカミチ。初めに言っておく! 俺はかーなーりー、強い!!」
 
 タカミチを指差しながら告げ、愛杖を構えて試合開始の合図を待つ。
 
 対するタカミチは両手をポケットに突っ込み、
 
「期待しているよ、ネギ君」
 
 互いの選手が準備を完了している事を確認した朝倉が頷き、試合の開始を宣言する。
 
『――では第六試合、Fight!!』
 
 直後にタカミチから放たれる視認不可能な程に速い無数の拳戟。
 
 対するネギは常時展開している障壁でそれを受けつつ、
 
 ……“魔法の射手・連弾・闇の8矢”!!
 
 飛来する闇の矢をタカミチは居合い拳で迎撃。
 
 その一瞬の隙を付いて“加速の羽根”を使ってタカミチの背後に回ったネギが至近距離から再度、魔法の射手を放つ。
 
 ……“魔法の射手・集束・雷の5矢”!
 
「おッ!?」
 
 それを瞬動術で回避し、一旦距離を取ろうとするタカミチを追うように、ネギから“魔法の射手”が放たれる。
 
 ……今度は氷か!?
 
 炎と並び殺傷力が高い魔弾だ。
 
 迫り来る10矢を居合い拳で迎撃し、そこで漸く両者共に人心地吐く。
 
「……驚いたな。一体幾つ魔法の射手のバリエーションがあるんだい?」
 
 心底、感心した風に告げるタカミチに対し、ネギは余裕ともとれる表情で、
 
「俺の魔法の射手は、108式まであるぞ」
 
「……お前は、どこのテニス選手やねん!」
 
「え? あれテニス漫画だっけ?」
 
「そう言われると、自信ないなぁ……」
 
 などという選手席のコントはさておき、ネギの実力は本物であると判断したタカミチは笑みを浮かべ、本気で行く事を宣言する。
 
 ――左手に魔力、右手に気。……合、――成する前にタカミチの右手がネギの放つ魔法の射手によって弾かれた。
 
「……チャージなどさせるものか」
 
 発動させない。それこそが、咸卦法に対する最大の対処法だ。
 
 次々と放たれる魔法の射手を迎撃する為に、タカミチは咸卦法を発動する事さえ出来ない。
 
「た、高畑先生!?」
 
 憧れの人物であるタカミチのピンチに、明日菜が悲鳴にも似た叫びを挙げるが、傍らで観戦するエヴァンジェリンは小さく鼻を鳴らし、
 
「ふん、ぼーやを侮って最初から全力で攻めないタカミチが悪い」
 
「ちょ、ちょっと!? それじゃあ何? 高畑先生が負けるって言うの!?」
 
 取り乱す明日菜に対し、エヴァンジェリンは舞台を指差し、
 
「別にそうは言ってないさ……。あの程度のピンチ、奴にとってはピンチの内にも入らん」
 
 その言葉を証明するように、タカミチは居合い拳と瞬動術を駆使してネギの弾幕から逃れ、更には咸卦法まで発動させてみせた。
 
「征くぞ、ネギ君」
 
「……チッ!? 面倒臭い事に――」
 
 ――豪殺・居合い拳!!
 
 居合い拳でネギの動きを牽制してから、狙い澄ましたように、豪殺・居合い拳を叩き込む。
 
 その破壊力の前に、障壁ごと力任せにネギが潰されたと思われたが、何故かネギは無傷でタカミチの背後に現れ、
 
「甘いんじゃね?」
 
 ――“魔法の射手・連弾・光の13矢”!
 
「クッ!?」
 
 タカミチは居合い拳の弾幕を張り、光弾を撃墜しようとするが、
 
「と、見せかけて――、ストレートど真ん中ッ!!」
 
 ――集束された光弾は砲撃の如き一撃となって、タカミチの弾幕を突き破り、彼の腹に直撃した。
 
 そのまま吹き飛ばされ、水面に叩きつけられるタカミチ。
 
 水煙が立ちこめる中、それでも水面に立つタカミチの姿が確認出来る。
 
「……今のは、瞬動とも違うようだけど?」
 
「――企業秘密だ」
 
 ……あれ効いてねえのかよ? なんつータフネス。
 
 半ば呆れながらも、それを表情に出さないネギ。
 
 だが、先程の彼の回避術の仕組みに気付いた者達が居た。
 
 
 
 
 
 
  
 
  
 
 龍宮神社の一室において――、
 
「……超さん、今のは」
 
 慌てた表情で、振り返るのはネギのクラスの生徒の一人、葉加瀬・聡美だ。
 
 問われた超は、手元のカシオペア試作2号機に視線を落とし、
 
「……まず、間違いなくカシオペアを使用したネ」
 
 ……どうやたかは分からないが、この短期間でカシオペアの戦闘利用を思い付き、尚かつ実践するとは――、流石は私の御先祖様と言った所カ。
 
「ハカセ、データ収集頼むネ」
 
「ハイ! これは最高の実践データですよ!」
 
 モニター上では、放たれるタカミチの攻撃をカシオペアを利用して、尽く回避するネギの姿が映し出されている。
 
 ……さて、これはどうしてもネギ老師を仲間に引き込まなくてはならなくなたネ。
 
 カシオペアを使いこなせるネギは、超に対抗しうる唯一の存在だ。
 
 だが、その彼が味方に付いた場合、彼女達の計画には一切の不安要素はなくなる。
 
 ……何だかんだと言て、ネギ老師お金では動かないからネ。素直に事情を話して協力してもらうのが一番カナ?
 
 そんな超の思惑など知らず、ネギとタカミチの試合は終盤を迎えようとしていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
    
 
 激しい攻防……、と言ってもタカミチの攻撃は当たらず、一方的にネギの攻撃だけがヒットしているような状況ではあるが、それでも未だタカミチはネギからクリティカルヒットは一度も貰っていない。
 
 ……こりゃ、戦闘経験の差だな。
 
 ネギとしてもかなりの実戦を経験してはいるが、タカミチに関しては彼の倍以上の戦場を経験している。
 
 だが、それでもネギの余裕は崩れない。
 
 彼はチラリと時計を見て、残り時間が5分を切ったのを確認すると、
 
「悪いなタカミチ。――これでお前の勝ちは完全に無くなった」
 
 ネギの勝利宣言。それに観客席はどよめきを隠せない。
 
 確かにネギが一方的に攻めてはいるが、タカミチにしてもまだ余力を残しているような状況だ。
 
「……そろそろ来るぜ。最強の助っ人が――」
 
 告げると同時、何の前触れもなく舞台上に4つの人影が現れる。
 
 それは同じ顔をした人物達だ。
 
 まず、ネギの右隣、白いメッシュの入った髪を編み上げて後ろに流し、大量の羽毛をあしらった羽根飾りを首に巻き付けたネギが天を指差し尊大な態度で宣言する。
 
「降臨。――満を持して」
 
 その更に右隣、スーツ姿にいつもと違う黒縁の眼鏡を掛け、髪に青いメッシュを入れたネギが皮肉気な笑みを浮かべて、己の手指を弄りながら、
 
「……お前、僕に釣られてみる?」
 
 次はネギの左隣の人物だ。長い髪をウィッグにより更に長く伸ばして黄色のメッシュを入れた、着流し姿のネギが己の顎に手を添えて首の関節を鳴らし、
 
「――俺の強さは泣けるで!」
 
 最左翼、紫のメッシュを入れた髪と目深に被った帽子、それにスプレーアートを施されたヒップポップな衣装に身を包んだネギは軽快なステップを踏んで一回転すると、タカミチを指差し、
 
「倒すけどいいよね? ――答えは聞いてない」
 
 最後は中央に居たネギだ。
 
 いつの間にか着ている服がローブから革ジャケットへと変わり、元が赤毛故に分かりにくいが、赤のメッシュが入った髪を逆立てた彼は派手なポーズを決め、
 
「俺、参上ッ!!」
 
 そして左右にいる4人のネギを見渡し、
 
「今日は全員でクライマックスだぜ!」
 
『あーっと! コレは巷で噂の分身の術か!?』
 
 朝倉の実況に、タカミチは眉を顰めながら、
 
 ……いや、影分身なら、全員同じ姿でなければおかしいはずだ。全員が違う姿をするメリットは何処にある?
 
 そんな事をすれば、本体を特定されやすくするだけだ。
 
 だが実際の所、このネギ達はカシオペアで時間移動してきた異時間同位体のネギであり、全てが本物だ。
 
 全員が違う格好をしているのは、ただ単にネギの趣味としか答えようがない。
 
「時間も押し迫ってる事だし、とっとと決めるか!」
 
 直後左右4人のネギが一斉にタカミチに襲い掛かる。
 
 敢えて攻撃を障壁で受け止め、カウンターを狙う者。
 
 タカミチの裏をかき、隙を付いて攻撃を仕掛ける者。
 
 華麗に攻撃を回避しつつも、攻撃は面倒臭いと他の者に任せ、自分は最小限に留める者。
 
 軽快に踊りながら、魔法の射手を放つ者。 
 
 そんな中、中央にいたネギは一つの術式を組んでいた。
 
 ――“魔法の射手・光の1矢”
 
 ……待機。
 
 ――“魔法の射手・闇の1矢”
 
 ……待機。
 
 ――“魔法の射手・火の1矢”
 
 ……待機。
 
 次々と別属性の魔法の射手を作りだしていく。
 
 一つ一つは簡単に作り出せるものの、それを持続させながら新たな魔法の射手を作り出すとなると、かなりの集中力と時間が必要とされる。
 
 ネギが作り出した矢の数は8。
 
 通常の8矢であれば、至近距離で全弾喰らわない限り、タカミチは耐えてみせるだろうが……、
 
「――こいつはちょっと半端じゃねえぞ」
 
 見れば、タカミチは四肢を四人のネギによって拘束された所だ。
 
「早く撃て、バカ!」
 
「……自分にバカって言われた」
 
 変な所でショックを受けながらも、ネギは魔法の射手を放つ。
 
「死ぬなよ? タカミチ」
 
 ――“魔法の射手・融合・混沌の8矢”!!
 
 回避不能の状態で着弾。
 
「ぬうぅ!!」
 
 全ての魔力を防御にまわして何とか耐えようとするタカミチ。
 
 四人のネギ達はカシオペアの絶対回避を利用して、その場から退避するもタカミチはそうはいかない。
 
 相反する数種の魔弾が化学反応を起こし、融合兵器もかくやという巨大な爆発を生じるが、それらは全てネギが予め展開していた結界によって小規模に留められる。
 
 ――が、結界内という限定された範囲内においては、逃げ場を無くした爆圧が荒れ狂い、想像を絶するような状態になっている事だろう。
 
 その証拠に効果の収まった後に残されていたのは、土台ごと抉れた舞台と穴の底に沈むタカミチの姿だけだ。
 
『た、高畑先生、生きてる!?』
 
 慌てて駆け寄った朝倉が穴の中に飛び降り、タカミチの生死を確認する。
 
『い、生きてる……』
 
 気を失ってはいるが生存を確認出来た事に安堵の吐息を吐き出し、
 
『この試合――、ネギ選手の勝利です!!』
 
 途端に巻き上がる大歓声。試合前のブーイングなどとは比べものにならない声援にネギは小さく片手を挙げる事で応え、そのまま担架で運ばれていくタカミチと共に医務室へ姿を消した。
 
「わ、私もちょっと医務室行ってくる!」
 
「あ、……私もお供します!」
 
 次は明日菜と刹那の試合だが、舞台修理にもう少し時間が掛かるから大丈夫だろう。
 
 そして明日菜が医務室に辿り着いた時には、既にタカミチのけがは全快していた。
 
 思わず立ち尽くす明日菜。
 
「あ、あれ? ……高畑先生、怪我は?」
 
 そう問い掛ける明日菜に答えたのはネギだ。
 
 彼は古菲の怪我を治療しながら、
 
「何の為に俺がここまで付き添って来たと思ってんだ? お前は」
 
 言って、古菲の背中を叩き、
 
「完全に完治してるけど、一応カモフラージュとして包帯くらいは巻いとけよ?」
 
「うむ、助かたアルよネギ老師。流石に肋が八本も折れてると動きようが無かたアルからネ」
 
 それを聞いたネギはウンザリとした表情で、
 
「……相変わらず容赦ねぇなアイツ」
 
「アンタが言っていい台詞じゃないわよ!?」
 
 明日菜の苦情にネギは溜息を吐き出し、
 
「仕方ねえだろ。それくらいしないと、タカミチは絶対に倒れねえし」
 
「いやぁ、それ以前に結構限界きてたんだけどね」
 
 タカミチ本人はそう言うが、ネギは嘘吐けと小さく呟き、
 
「しかし、最後のアレは凄い威力だったね」
 
「実戦じゃ余り使い勝手が良くないけどな……」
 
 威力は高いし、使用魔力自体はそれ程多くないが、溜めに時間が掛かるのと、普通に放っても恐らく躱されるだろう。
 
「そこら辺が今後の課題だな……」
 
 そう言って、ネギは古菲と共に部屋を後にする。
 
 それを見送った刹那はタカミチと仕事の話しを始めた。
 
「あの、高畑先生。超さんの動向の事なんですが」
 
「何かわかったのかい?」
 
 問い掛けるタカミチに、刹那は己を模した二頭身の式神を召喚し、
 
「先程、気になるものを……」
 
 告げ、仕事の打ち合わせに入る。
 
 その後、刹那達は試合の準備に、――タカミチはちびせつなを伴って地下下水道に潜るが、そこには超と真名が待ち構えていた。
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