魔法先生……? ネギ魔!
書いた人:U16
第1話
イギリスはウェールズの山中に人知れず建設された小さな街。
その中心となっている魔法を学ぶ学舎で、設立以来最低の成績をキープし続ける生徒がいた。
彼の名はネギ・スプリングフィールド。
齢15歳の少年だ。……本来ならば、10歳前後で卒業する筈の学科を5年連続で落第し続けた強者である。
そして、その彼は今、校長室に呼び出されていた。
「……なんか用か? 爺さん。
まさか、遂に俺の退学が決まったとか?」
物怖じしない態度のネギに、校長はひっそりと溜息を吐き出し、
「嬉しそうに言うな、ネギ・スプリングフィールド。
これまで我がメルディアナ魔法学校を中退した者なんぞ、一人しか居ないのだからな。自ら進んで二人目になることもあるまい?」
「……ふン、別に俺は中退でも良いんだけどな」
息巻くネギに、校長は再び溜息を吐き、
「何故、そうまでしてこの学校を辞めたいのかは知らんが、そう急ぐ事もあるまい?」
言って、引き出しから一枚の書面を取り出すと、ネギに差し出す。
「……何だ、こりゃ?」
「ネギ・スプリングフィールド。君に特別課題を与える。
日本の学校へ行って、教師を務めてみせろ。それが出来たならば、魔法学校卒業を認めよう」
「……遂にボケたか、爺さん。
俺に教師なんかが務まると本気で思ってんのか?」
「やかましいわ、それぐらい勉強せんかい。……大体何で貴様、成績自体は悪く無いのに、試験当日に学校サボったりするんじゃ!?
本来なら、主席で卒業出来るだけの実力はあるんじゃぞ! 特に魔法実技に関しては、否の打ちようも無いほどじゃというのに、お主ときたら……!!」
徐々に興奮し始めた校長に対して、ネギは飄々とした態度で肩を竦めると、
「まぁ、諦めろ爺さん。──で、出発は10日後か。
……それまでは真面目に教師の勉強でもするかな」
そう言い残して、校長室を後にする。
残された校長は、大きく息を吐き出すと、
「……全く、何から何まで父親ソックリに育ちおって」
ウンザリ気に愚痴を零すが、その口元には笑みがある。
そして、視線を彼を待ち受けるであろう極東の島国のある方へ向け、暫し思案すると、
「……やっぱり、ちょっと不安じゃな。
監視も付けるか。確か彼女は倫敦で占い師をしていたと思うんじゃが……」
そう呟きながら、机の引き出しを漁り始めた。
●
校長室を後にしたネギが向かった先は、街から少し離れた場所にある草原だった。
そこに寝転がって、昼寝をしている男を見つけると、極力気配を殺して呪文の詠唱を開始する。
「──ラス・テル・マ・スキル・マギステル。
光の精霊11柱。集い来たりて敵を射て。
“魔法の射手・連弾・光の11矢”」
魔法が発動し、男に向けて11本の光矢が降り注ぐ。
――着弾。
……噴煙で視界の遮られる中、ネギは油断無く視線を着弾点に固定。
直後、背後から声がした。
「不意打ちは良いが、その後がなってねぇな。
反撃に備えるよりも、むしろ移動して自分の場所を特定されない方が有利に事を運べるぜ」
「ッ!?」
慌てて振り向いたネギの腹に、軽く手が押し当てられる。
「……耐えてみせろ」
雷撃が身体を突き抜ける。
「──カぁ!?」
──無詠唱呪文ッ!
そう感じた時には、既に相手は新たな呪文の詠唱に入っていた。
「来たれ、虚空の雷、薙ぎ払え。
──“雷の斧”」
雷の刃がネギの身体を両断したと思われた。
……が、
「――いってぇ!?」
粉塵の晴れた後、障壁により“雷の斧”の威力の大半を防いでみせたネギの姿があった。
「……相変わらず、防御力はバカみたいに高いようだな」
呆れ混じりに告げる男に対し、ネギは不敵な笑みを浮かべると、
「じゃあ、次は俺の……番だなッ!!」
詠唱を開始、
「──ラス・テル・マ・スキル・マギステル。
闇夜切り裂く一条の光、我が手に宿りて、敵を喰らえ。
――“白き雷”!」
解き放たれる雷光。
男は己を襲う力の塊を正面に見据えると唇を挑戦的に吊り上げると、目にも留まらぬ速さで雷光を回避し、一気にネギとの間合いを詰めると、
「おッ!!」
魔力の込められた拳で一撃を振るう。
対するネギもただ見ているだけではなく、既に防御用の術式を組み終えていた。
「“風楯”!!」
男の拳がネギの魔法障壁に阻まれ、
「“風爆”!!」
――大気爆発。
相手にダメージは皆無だが、障壁の表面上で起きた爆圧により、男とネギの距離が強制的に離される。
そして僅かな間を経て、二人が同時に呪文の詠唱を開始。
「――来たれ雷精! 風の精!! 雷を纏いて吹きすさべ南洋の嵐!! “雷の暴風”!!!」
始動キーこそ異なるものの、放たれる魔法は同じ物。……しかし、威力に歴然とした差があった。
男の“雷の暴風”の方が、ネギの放つそれよりも一回りはデカイ。
「気合い入れて踏ん張らねえと、吹っ飛ばされるぜ?」
男が告げると同時、更に勢いを増した力の奔流が、ネギの魔法ごと彼の身体を呑み込んだ。
●
「……おーい、生きてるか?」
「……人の事殺しかけといて、平然とそんな事言うか? 普通」
ボロボロになりながらも、減らず口を返すネギに対し、男は満足そうな笑みを浮かべ、
「それだけ言えりゃあ充分だな」
未だ地に伏せたままのネギの隣に腰を降ろす。
「まあ、今回の敗因はアレだな。
――お前は、撃ち合いの最中に余計な事に気を回し過ぎるってとこか」
男の言葉にネギは何とか身を起こし、納得のいかないという視線を送る。
「お前、“雷の暴風”の撃ち合いになった時に、次の手の事考えてたろ?」
当然だ。同じ魔法の撃ち合いともなれば、余程、魔力量に差がない限り相殺されるのが普通であり、ならば次の手の事を考えるのが常套策というものだろう。
だが、男は勝ち誇った顔で、
「その分、どうしても集中力が分散されるんだよ。対して俺は、後先考えねえ全力射撃だ。
相殺なんてされるわけねえだろう?」
そして少年のような笑みを浮かべ、
「ともあれ、これで俺の248連勝と」
懐から取り出したメモ帳に記録を書き込んでいく。
「……しかし、もったいねえよな」
「何がだよ?」
面白くなさそうに問い返すネギに対し、男は僅かに思案した後、
「あのな? 前にも聞いたと思うけど、なんでお前そんなに魔法の数を増やす事に拘ってんだ? 1回の実戦で使える魔法なんて精々数個がいいところだぜ?
まあ、確かに魔法の引き出しが多いに越したことはないけどな、お前みたいに300以上っていうのは使わない魔法の方が多いだろ?
それならいっそのこと、数個の魔法を極めて瞬殺を目指した方が遙かに実戦向きだっつーの」
その言葉に対してネギはさも面白くなさそうに溜息を吐き出し、
「あんたが言ったんだろうが……」
「……あん?」
男から視線を逸らしながら、
「俺の父親……、ナギ・スプリングフィールドは、サウザンドマスターなんて呼ばれていても、実際に使える魔法は5,6個しかなかったって」
「ついでに魔法学校の中退だしな」
ネギは再度、面白く無いと鼻を鳴らし、
「……だから、俺がなるんだよ。――本当のサウザンドマスターに」
そこに秘められた決意を感じ取った男は苦笑と共に頷き、
「そうか。――頑張れよ」
乱暴な手つきでネギの頭を撫でてやる。
それを強引に振り払ったネギは力任せに立ち上がり、
「ああ、そうだ。言い忘れてた。
――俺、今度日本で教師なんぞをやることになったから、ここには暫く来れなくなりそうだわ」
「……日本?」
「ああ、麻帆良学園……。
図書館島っていえば、東洋一の蔵書量を誇るからな。色々魔導書の類も置いてあるだろうよ」
不敵な表情で、
「次に会うときまでに、あんたを負かせるような凄ぇ魔法を修得してやる」
「そいつは楽しみだな」
対する男も挑戦的な笑みで応える。
「じゃあ、またなおっさん」
そう告げて踵を返すネギ。
残された男は笑みを浮かべたまま、
「麻帆良学園かぁ……。
なんか、忘れてるような気がするんだよなぁ」
呟きながら、その身体が虚空に溶けていった。
●
数日後、麻帆良学園都市の中を走る電車に一人の少年の姿があった。
車内は込み合っているのにも関わらず、少年の周りだけ奇妙な空間が出来、周囲からは好奇の視線を感じる。
少年はウンザリ気な溜息を吐き出すと、
「……ッたく。どの国行っても反応は同じかよ」
愚痴るように呟き、視線を窓の外に移す。
『次は、麻帆良学園中央駅──』
「……確か、この駅だったな」
電車を降りて構外へ足を踏み出すと、そこは一種の戦場だった。
そこに存在する全ての者達が、何らかの移動手段を用いて前進する。
車、バイク、路面電車、スケートボード、キックボード、ローラーブレード、……そして全力疾走。
普通に歩いて登校しているような輩は一人として居ない。途轍もない活気に満ち溢れていた。
「……流石は大都会。ウェールズの山奥とは全然違うな」
口元に笑みを浮かべ、小さく呪文を唱える。
「……“戦いの歌”」
呟きは力となって少年の全身を巡り、身体能力を大幅に向上させる。
「初日から遅刻して、文句言われるのもウザイし……」
地を蹴って建物の屋根に飛び乗り、屋根伝いに疾走を開始。
道を走る者達を一気に抜き去り、一心に目的地を目指す。
途中で何やら珍妙な事を叫んでいる女子生徒が居たが、無視して抜き去る。
……と言うか、下手に関わり合いになりたくなかった。
学校前の広場まで到着し、取り敢えず目的地である学園長室を捜していると、少年に向けて上から声が掛けられた。
「お久ぶりでーす!! ネギ君!」
ネギと呼ばれた少年が、声の主を捜して視線を上へ向けると、そこには中年の男が窓から身を乗り出しいた。
「おう、久しぶりだなタカミチ」
笑みを浮かべ手を振り返すネギ。対するタカミチと呼ばれた男も笑みで応る。
一回り以上は年齢差のある二人だが、まるで無二の親友のような態度で言葉を交わしていく。
「事情は聞き及んでいますよ。
……で、首尾の方は?」
「上々。現時点で、362」
「……魔法を修得する時間を捻出する為に、わざと留年を繰り返していると知ったら、向こうの先生方はどんな反応をしたもんかな?」
ウンザリしたように告げるタカミチに対し、ネギは肩を竦める事で応えると、
「校長とかには、バレてたみたいだがな。
それを知った上で、この学校で教師を務めろとか言い出しやがった。
まぁ、言われなくても、この学校には来るつもりだったけどな。此処の図書館島は、その筋じゃあ有名所だし」
「えぇ、十二分に期待に応えられますよ。魔法学校の書物庫を遙かに上回る数の本が収められていますから。
さて、取り敢えずは学園長室に案内しますよ。ネギ・スプリングフィールド先生」
そう告げて、タカミチはネギを伴って校舎の中へ姿を消した。
●
タカミチに案内されたネギを待ち受けていたのは、豊かな白髭を蓄えた一人の老人だ。
品の良いマホガニーの机を挟んで対峙し、笑みを持ってネギを迎え入れたのは、ここ麻帆良学園の学園長を務める、近衛・近右衛門だ。
「よう来たのネギ君。……しかし特別課題が日本の学校で先生とは、……これはまた、えらい難題じゃの」
言って、手元の書類に視線を落とす。
書かれているのは、魔法学校でのネギの成績表だ。
「出席日数が余りにもお粗末過ぎるが、成績自体は文句無しのようじゃな。――特に言語学に関しては飛び抜けておるの」
「まぁ、色んな本読むのに必要だったからな……」
投げやり気に応えるネギに、学園長は笑みを濃くすると、
「では、ネギ君には3学期だけの間の臨時教員として、高畑先生の代理で女子中等部二年A組の担任と、英語を受け持って貰おうかの?」
「……いきなり担任かよ」
「なに、課題である以上、それなりの難度は必要じゃろう?」
楽しそうに告げる学園長に対し、ネギはウンザリ気な溜息を吐き出すと、
「……了解」
と、一言を持って答える。
「ふむ、……ところで話は変わるのじゃが。
先程、他の魔法先生から街中を“戦いの歌”を使用して爆走している馬鹿な少年がいると連絡があったのじゃが、……心当たりはないかの?」
「…………」
無言のまま視線を逸らすネギ。
「もうちょっと地味な身体能力補助の呪文で済ませられんかったのかの?」
学園長の言葉に、ネギは頬を歪めてそっぽを向いたまま、
「……まあ、次からは気を付けるように努力はするよ」
言外に、あくまで努力する程度で使用を控える気は毛頭無いと告げるネギ。
ネギの言葉に学園長は笑みを苦笑に変えて、
「ふぉふぉ。ナギの奴とそっくりじゃな」
その言葉にネギは驚いた顔で振り向き、
「……親父の事、知ってるのか?」
「ふむ。この学園都市に暫く滞在しておった事もあったからの」
自慢の白髭を梳り、
「それは追々調べていけばえぇ。奴の足跡は色々な所に残されておるからの。
それより、ネギ君の住む所に関してじゃが……」
そこまで告げた時、ドアが控えめなノックの音を発てた。
「入るぞジジィ」
ぶっきらぼうな声と共にドアを開けて入って来たのは、二人の少女だ。
一人は小柄な金髪の少女。
もう一人は背の高い、耳に奇妙な飾りを付けた少女。
二人とも身に着けている制服から、女子中等部の生徒である事が推測される。
ネギの姿を視界に入れ、真っ先に反応したのは小柄な方の少女だ。
「ナッ、ナギッ!? お前、どうして……!」
物凄い剣幕で言い寄って来る少女を、ネギは片手で制すと、
「……何者だ、このお子様は?」
学園長に問いかける。
だが、答えたのは老人ではなく、少女の方だ。
顔を鷲掴みにしているネギの手を払い除けると、僅かに距離を取り、
「ナギじゃない!? ──何者だ貴様?」
見れば背後の長身の女生徒も僅かに腰を落として、臨戦体勢を取っている。
そんな一触即発の3人を収めたのは、学園長の一声だった。
「ナギの息子のネギ・スプリングフィールド君じゃよ」
「……息子、……だと?」
訝しげな表情で問い返す少女。
対する老人は、小さく頷くと、
「そこでな、ネギ君の宿舎が決まるまで、お主の家に泊めてやってもらいたいと思ってな」
「ナッ!?」
学園長は、抗議の声を挙げようとしたネギを制し、
「彼女の名はエヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。
こんなナリじゃが、齢は600を越える正真正銘の真祖じゃ。
そして、後ろの彼女は絡操・茶々丸。エヴァの“魔法使いの従者”を務めるロボットじゃ。
最初は孫のこのか達に頼もうと思っておったんじゃがな、流石に同年代の男女を同じ部屋に住まわせるわけにもいくまい?」
学園長の言葉に、エヴァはネギの顔を一瞥すると、黙考に入る。
……奴の息子だと?
確かによく似ている。……それに、このボーヤの血があれば私に掛けられた奴の呪いも解けるかもしれないな。
……それに血を吸い尽くして殺さないまでも、下僕にしてしまうのも良いかもしれん。
そう結論したエヴァは、口元に小さな笑みを浮かべて、
「ふン、まぁ良いだろう。じゃあ、荷物は私の小屋へ運んでおいて貰え。
行くぞ、茶々丸」
「イエス、マスター」
エヴァが出ていった後、茶々丸も礼儀正しく一礼してからドアを潜って学園長室を後にする。
ドアが閉まるのを確認した学園長は、小さく頷くと、
「ふむ、ところでネギ君は彼女はおるのか? どーじゃな? うちの孫娘なぞ」
と、お見合いを薦めてくる老人に対し、ネギは肩を竦めて、
「色恋沙汰所じゃねえ、つーの」
そう告げてハッキリと断った。
「そうか。それは残念じゃな。
まぁ、生徒に手を出すのは教師として減点じゃから、幸いと言えば幸いかの?」
自ら納得したように頷き、
「では、早速指導教員のしずな先生を紹介しよう。
──しずな君」
呼びかけに応えるように部屋に入って来たのは眼鏡を掛けた女教師だ。
しずなはシットリとした笑みを浮かべ、ネギに向けてウインク付きで挨拶する。
「よろしくね」
ネギも自分の周囲には居ない大人の魅力を持つしずなの色気にドキドキしながらも、挨拶を返した。
「あ、あぁ。……ま、よろしく」
「わからない事があれば、彼女に聞けばいい。
では、今日から授業を開始して貰おうかの」
それがネギに課せられた課題の始まりを告げる言葉となった。
●
しずなに案内されてネギが訪れたのは、二年A組の教室。
「ハイ、これクラス名簿」
そう言われて手渡された名簿に目を落とす。
そこに書かれているのは顔写真付きの31名の女子生徒達。
所々にタカミチからの書き込みがある。その中に幾人かいる顔見知りの写真を見つけ表情を複雑なものに変えるが、それも一瞬。
直ぐに表情を改めると、窓ガラスから教室の中を覗き込む。
そこから垣間見えたのは、授業前の騒がしい教室内の風景。
談笑する者、間食する者、読書する者、PDAを弄る者、ただ窓の外を眺める者と様々だ。
……女ばかりじゃねぇか。
女子校だから、当然の事だ。──むしろ男が混じっていたら異常だろう。
姉と幼馴染みによって植え付けられた、若干トラウマになりつつある記憶が脳裏を過ぎるが、吐息と共にそれを吐き出す。
「……よしっ」
流石に初めての事なので、若干の緊張はあるが、この程度ならば問題無い。
気合いと共に扉を開け放つ。
と同時、上から落下物があった。
──黒板消し!?
そう認識した後は反応が早い。
頭に達する前に、それを掴み取る。
その行為に対してか? またはネギの容姿に対してかは判断が着きかねるが、教室中にざわめきが満ちる中、ネギは自然な歩調で足元のワイヤートラップを躱わしつつ教壇の前に達すると手の中の黒板消しを黒板に戻し、何もなかったかのような態度で自己紹介を始める。
「さて、自己紹介といこうか?
ネギ・スプリングフィールド、15歳。英国のウェールズって田舎からやって来た。
今日から3学期の間だけだが、お前達の担任を務める事になった。
ちなみに担当教科は英語な。まぁ短い間だけど、よろしく。
……何か質問はあるか?」
教室内に再びざわめきが起こる中、
「はいっ!」
真っ先に挙手したのは見るからに活発そうな少女だ。
ネギは生徒名簿で名前を確認すると、生徒の名を告げる。
「えーと、椎名・桜子……か。何?」
「ネギ先生は、どうして15歳なのに、先生なんてやってるんですか?」
「一身上の都合です。以上。
……他は?」
即答で答える事によって、これ以上の追求を防ぐ。
続いて手を挙げたのは、興味深そうな目でこちらを観察していた女生徒。
少女は手に携帯録音機を持ち、
「えーと、……朝倉・和美」
「先生、彼女とか居ますか?」
朝倉が録音機をズイと突き出し、奇妙な沈黙が教室を支配する中、ネギが口を開く。
「いない。つーか、それどころじゃねえ」
その返答に、教室のそこかしこから安堵の吐息が洩れる。
朝倉は満足気に頷き、次の質問を投げかけようとした所で、
「はいはい、みんな時間も押してるし授業しますよー。
ネギ先生、お願いします」
しずなの仲裁が入った。
「了解。じゃあ、授業始めるか。テキストの128ページから……」
こうして、ネギの授業は開始された。
●
そして、放課後。
10冊以上の大量の本を持っておぼつかない足取りで階段を降りるのは、ネギのクラスの生徒の一人、宮崎・のどか。
彼女が本に視界を奪われ、階段から足を踏み外しバランスを崩す。
「きゃっ!?」
あわや、階段から転落しそうになったその時、横からのどかの身体を支える者がいた。
「危ねえぞ、宮崎」
頭一つ高い所から掛けられた声に視線を上げると、そこには今日担任となったばかりの少年がいた。
ネギは自然な動作でのどかの持つ本の2/3を受け持つと、
「……で、これは何処に運ぶんだ?」
言って、案内を求める。
異性に免疫の無いのどかは戸惑い、躊躇うが、
「ほれ、お前が案内してくれねえと、何処に行けばいいのか分からねえって」
ネギに促され、彼を先導する。
「あ、あの先生……」
教師であるネギに荷物を運ばせる事を申し訳なく思い、本を受け取ろうとするが、それよりも早くネギが口を開いた。
「宮崎は本好きか?」
「え? は、はい」
「そっか……。どんなジャンルの本読むんだ?」
「えっと、色々です。ファンタジーとか恋愛小説とか……」
言って、子供っぽいって思われたかな? と少し反省するが、ネギはかまうことなく、
「おー、俺も日本語の勉強に日本の本何冊か読んだけど、サムライって凄ぇなあ」
言って、自分の読んだ本を話し出す。
ネギの読んだのは、著名な時代小説であったが、どうやら彼は未だ日本にはサムライが実在していると思っている節がある。
「い、いえ、今の日本にはお侍さんは居ませんー」
困ったように、ネギの持つ日本の文化感を訂正しつつ、のどかは自分が同年代の異性と普通に会話していることに驚きを感じた。
そして、図書館に本を運び終え、下宿先となるエヴァの家に向かおうとするネギをのどかが押し留める。
「あ、あの……、先生。この後の予定、聞いてませんか?」
「――予定?」
のどかの話によると、この後、ネギの歓迎会が行われるらしい。
そして、のどかと共に教室へ戻ったネギを生徒達がクラッカーやシャンパンで出迎えてくれた。
一部、ひねくれた所のあるネギのことを気にくわない生徒達もいるようではあるが、概ね好意的な感情で迎え入れてくれてはいるようだ。
そんな中、顔見知りの少女を見つけたネギは紙コップを片手に、彼女に声を掛ける。
「――よう」
話かけられた少女、龍宮・真名はそっと溜息を吐き出し、
「……ネギ・スプリングフィールド。いや、今はネギ先生か。まさか君が、私の担任になろうとはな――」
「どの宗教の神様だろうと、想像はつかなかっただろうよ」
ウンザリ気に告げるネギに対し、真名は苦笑を零し、
「……なるほど、自覚はあるようだ。
それで、目的はやはり図書館島か?」
「他に何かあんのか?」
純粋に問い返すネギ。
「……嘘でもいいから、教師としてコメントしたらどうだ?」
呆れた口調で告げる真名に対し、ネギはなるほどな、と大仰に頷き、
「もちろんせいしょくしゃとしてきみたちをただしいほうこうへとみちびきますよ?」
「……棒読み過ぎだ、ネギ先生」
「そう言われてもな。……やっぱ柄じゃねえよ、教師なんてな。
まあ、取り敢えず全力は尽くす。結果は知らん」
「程々にな……」
長く話していると、他の生徒達から注目される為、適当な所で話を切り上げ真名は席を離れる。
すると、彼女と入れ替わるようにして別の生徒達がネギの元を訪れた。
「あ、あの……ネギ先生」
ネギに声を掛けたのは、和泉・亜子をはじめとして、明石・裕奈、大河内・アキラ、佐々木・まき絵の4人。
亜子は緊張した面持ちで、
「せ、先生の好みの――」
亜子の表情から何を問おうとしているのかを悟った一部の生徒達の間に緊張が走る。……が、
「食べ物ってなんですか!?」
聞き耳を立てていた生徒達が一斉にスッ転んだ。
……ちょっと、亜子! 好みのタイプ聞くんじゃなかったの!?
い、いや、本人目の前にすると、緊張してもうて!?
だが、そんな少女達の葛藤を無視してネギは笑みを浮かべ、
「空港からここに来る間に食ったけども、焼き鳥のねぎま串ってあるだろ? 俺の名前に似てたから興味本位で食ってみたけど、あれ美味いな!
肉の串焼きならイギリスにもあるけど、あんな美味い料理は初めて食った。日本料理って凄ぇな!」
目を輝かせながら語るネギに対し、他方から待ったがかかる。
「ちょっと待つネ、ネギ老師。確かに日本料理の奥は深く世界でもトップクラスの食文化なのは認めるヨ」
生徒達の間から現れたのは、天才、超・鈴音。
彼女が指を鳴らすと、お盆を持ったふくよかな体型の少女が前へ出た。
どうぞ、ネギ先生。
優しげな笑みを浮かべた四葉・五月の差し出すお盆に乗っているのは、蒸籠に収められた点心。
その漂ってくる湯気と芳香に釣られて手を伸ばし、かぶりつく。
途端、口の中に広がる肉汁と、やや甘めにこしらえられた皮の味がネギの舌を刺激する。
「な!?」
ネギは一瞬、驚愕の表情を浮かべ、次の瞬間には手中の点心を一心不乱に貪り喰らい、
「……涙出そうなくらい、美味ぇ!!」
「ははは、五月の料理は麻帆良学園都市一ネ。今後とも“超包子”をご贔屓にー。って全然聞いてないネ……」
呆れた表情の超の視線の先、ネギが幸せそうな表情で肉まんを食べていた。
「まあ、イギリスの料理は世界一不味い言うしネ。五月の料理の味覚えたら、本国に帰れなくなるヨ」
そう告げる超の言葉に、ネギを籠絡するには料理! との認識が彼を狙う少女達の頭に刻み込まれた。
●
そして、歓迎会も無事終了し、帰路に着いたネギ達。
そこでネギを待ち受けていたのは、新たな試練だった。
エヴァンジェリンは、使用していない客室をネギに宛うと、付いてこいとネギに告げて茶々丸を伴い地下へと降りていく。
――そこにあったのは、巨大な瓶に収められた箱庭。
転移魔法陣によって箱庭の中に召還され、促されるままに付いていくと、広場のような場所で歩を停めたエヴァンジェリンがネギと相対し、
「さて、いいか? ぼーや。昼間の間に貴様の事を茶々丸に調べさせたんだが、……随分と面白い蒐集癖を持っているらしいじゃないか?」
「つーか、どうやって調べたんだ? それ」
「ん? まほネットで調べたら出てきたらしいぞ?」
「はい。ネギ・スプリングフィールド(15)。
かの英雄サウザンドマスター、ナギ・スプリングフィールドの息子にして“メルディアナ魔法学校の固定砲台”の二つ名を持つ。
古今東西を問わずに300を越える術式を収め、今なお蒐集を続ける見習い魔法使い。
但し、その実力は既に見習いの域を超えており、本国の戦闘能力格付けではA−にランキングされています」
流暢に告げる茶々丸の報告にネギは呆れた様子で、
「……なんだその固定砲台とかいう二つ名は? 俺も初めて聞いたぞ?」
「ネギ先生の戦闘スタイルである。高い防御力と高出力の放出系魔法が所以と予測されます」
「……そんな事まで載ってんのかよ?」
呆れ口調のまま、視線をエヴァンジェリンに向け、
「それで、それを調べてどうしようっていうんだ?」
「なに、そう難しいことじゃない」
言って、足下を指差し、
「この塔の中には蔵書室もあってな、そこにはぼーやの知らないような巻物なんかも多数ある」
挑戦的に唇を吊り上げ、
「どうだ? ぼーや。賭をしようじゃないか。
私とぼーやが一戦して、ぼーやが勝てば好きな巻物を一冊貸し出してやる。但し、負けた時はペナルティーとしてぼーやの血を貰う。
ああ、別に死ぬほど吸うわけじゃないから安心するといいさ」
「……全然、安心出来ねえつーの」
半眼で睨んでみるが、この申し出は正直有り難い。
今日、のどかから聞いて初めて知ったのだが、図書館島の蔵書量はネギの予想を遙かに上回っていた。
なにせ、その図書館を管理する図書探検部員達でさえ全貌は知り得ないのだ。
そんな中から魔導書を探し出すというのは、はっきり言って時間のロスが大きすぎる。だが、代わりにエヴァンジェリンの提案を受ければ、数こそ劣るであろうが、相当数の麻導書に目を通すことが出来る。
ネギはメリットとデメリットを計算するとエヴァンジェリンに向けて挑戦的な笑みを浮かべ、
「その提案、乗った!」
「フフン、良い決断だよぼーや」
その言葉を皮切りに、戦闘が始まる。
●
一定の距離を置いた二人の術者が同時に詠唱を開始する。
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル!」
「リク・ラク・ラ・ラック・ライラック――。
来たれ氷精、闇の精!!」
「光の精霊108柱。集い来たりて敵を討て」
ネギの詠唱を聞いたエヴァンジェリンの言葉が停まる。
……まさか、威力よりも速さと数で勝負を賭けてきたか!?
「“魔法の射手・連弾・光の108矢”!!」
108の光弾が詠唱途中のエヴァンジェリンに襲い掛かる。
「マスター!」
直撃の瞬間、割って入った茶々丸がエヴァンジェリンの身体を抱え、着弾点から大きく距離を取る。
「……ご無事ですか? マスター」
「ああ、……だが、少しぼーやのことを侮っていたようだな」
粉塵の晴れた向こう、油断無く杖を構えるネギの姿がある。
……見かけによらず、この小僧、戦い慣れている。
それに、例え女子供であろうとも、敵対する相手には手加減しないその心構え――。
……その心意気や良し!
「茶々丸、ここから先は手出しは無用だ。純粋に魔法使いとして、あのぼーやを打ち負かしてみたくなった」
「了解しました。マスター」
茶々丸がエヴァンジェリンから離れて距離を取る。
「待たせたな、ぼーや」
空中から見下ろすように告げるが、ネギは答えずに戦闘態勢を崩さない。
「……良い眼だ」
満足げに頷き、
「リク・ラク・ラ・ラック・ライラック」
……期待を裏切らんでくれよ? ぼーや。
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル」
僅かな溜めの後、
「契約に従い、我に従え、氷の女王。
来たれ、永久の闇、永遠の氷河。
全ての命ある者に等しき死を。
其は、安らぎ也」
「契約に従い、我に従え、炎の覇王。
来たれ、浄化の炎、燃え盛る大剣。
ほとばしれよ、ソドムを焼きし火と硫黄。
罪ありし者を死の塵に」
……はは、このクラスの魔法まで使いこなすのか!
「“凍る世界”!!!」
「“燃える天空”!!!」
極大の大気爆発が生じ、炎と冷気が相殺される。
余波の爆圧を耐えながらネギは思案する。
……クソッ!? 真祖ってのは、ここまでの化け物なのかよ!
既にネギの魔力は空に近い。
……撃てて1発か2発。にしても、普通にやった所で効果は期待出来そうにねえな。
「何処を見ている? ぼーや」
聞こえてきた声に身を強張らせる。
視線だけを向ける先、ネギの影から身を乗り出したエヴァンジェリンの姿があった。
「ッ!? 影を使った転移魔法!」
「正解だ」
瞬間、ネギの身体が宙を舞う。
何が起きたのかわけが分からないまま地面に叩きつけられたネギの身体を不可視の力が拘束する。
……魔法? いや、これは、
「――絃か!?」
「その通り……、だが、気づいた所でチェックメイトだ、ぼーや」
ネギの首筋に当てられる氷の刃。
「敗北を認めるかい? ぼーや」
勝ち誇った笑みで告げるエヴァンジェリンに対し、ネギもまた心の折れていない眼差しで応える。
「やなこった」
「……これだけ打ちのめされても、まだ負けを認めないと?」
「はン。打ちのめされる程度なら、今まで何度も味わってるさ。
――だけどな、俺は死んでも絶対に敗北を認めねえ! いずれ、という前置きをしてでも絶対に勝ってやる!」
それを聞いたエヴァンジェリンは喉を震わせ哄笑を零す。
「ははは! 言うじゃないか、ぼーや! いや、それでこそスプリングフィールドの血族というべきか!?」
地面に横たわるネギに身体を寄せ、
「ならばぼーや、ひとまずの敗北を貴様に預けよう。これはその証明だ、受け取っておくがいいさ」
「OK.返却は利子付きで返してやるよ」
ネギの言葉にエヴァンジェリンは、その外見には似つかわない妖艶な笑みを浮かべながら、その首筋に牙を突き立てた。