香霖堂繁盛記
 
書いた人:U16
 
第98話 フェムトファイバーの組紐
 
 幻想郷と呼ばれる閉鎖された世界がある。
 
 この世界とは見えない壁一枚を隔てた所にある異世界。
 
 そこでは、人間だけでなく妖精や幽霊、吸血鬼に妖怪、更には宇宙人や死神、閻魔様に神様までもが存在していた。
 
 その幻想郷の魔法の森と呼ばれる湿度の高い原生林の入り口に、ポツンと建てられた一件の道具屋。
 
 掲げられている看板には香霖堂の文字。
 
 店の中に入りきらないのか? 店の外にも様々な商品が乱雑に積み重ねられている。
 
 ここ香霖堂は、幻想郷で唯一、外の世界の道具も、妖怪の道具も、冥界の道具も、魔法の道具も扱っている店であるが、外の世界の道具に関しては誰にも使い方が分からないため余り売れていないらしい。
 
 というか、僅かに使用方法の分かった外の世界の道具は、全て店主である森近・霖之助が自分のコレクションに加えてしまうので、商売としては成り立っていない。
 
 まあ、そんな感じで、ここ香霖堂は今日ものんびりと適当に商売していた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 その日、霖之助は無縁塚からの帰り道、足を伸ばして迷いの竹林を訪れていた。
 
「すっかり遅くなってしまったな」
 
 時刻は既に深夜に達している。
 
 最近、偶にぬえが店を訪れるようになったので、用心の為に一鎌の矢を拵えておこうと思い、外出ついでに双子竹を採取しに来たのだ。
 
 ちなみに一鎌の矢というのは、鵺退治に用いたとされる破魔の矢で、二本並んで生え、筋も太さも全く同じ双子竹から作られたという。
 
「ふむ……、やっぱり迷ってしまったか」
 
 息を吐き、途方に暮れる霖之助。
 
 運が良ければ妹紅かてゐに出会えるだろうと楽観視して訪れたのだが、少々考えが甘かったようだ。
 
 途方に暮れていても仕方無いので、再度歩き始める霖之助だが、何やら細々とした声が聞こえてきたので、そちらの方に顔を出してみると、実に面白い物を見つけた。
 
「やぁ、奇遇だね。……こんな所で何をしているんだい?」
 
「あら、霖之助さん。こんばんは。――ホント、奇遇ですわね」
 
 そう言って礼儀正しく挨拶するのは、幻想郷における妖怪の賢者、八雲・紫とその式、八雲・藍だ。
 
 但し、彼女達は現在、後ろ手に拘束され地面に正座させられているという状況。
 
 霖之助は現在の状況を冷静に分析した後、小さく頷き、
 
「君達にどんな性癖があろうと、僕は君達を嫌ったりしないし、誰かに言い触らしたりしないから安心して続きを行ってもらって結構だ」
 
 一人納得して、その場を去ろうとする霖之助。
 
「待って!? ちょっと待ってください店主さん!」
 
 慌てて霖之助を呼び止める藍。
 
 そして彼女はこうなるに至った状況を説明し始めた。
 
 なんでも、月の都に攻め入ったのは良いが、敵の罠に掛かり幻想郷に送り返された挙げ句、幻想郷を人質に取られ敗北し、こうして拘束されたのだと言う。
 
 事情を聞いた霖之助は深く頷き、
 
「……まぁ、自業自得のような気もしないでもないが」
 
「……正直、私もそう思いますが」
 
 揃って溜息を吐く藍と霖之助。
 
 二人から呆れ混じりの半眼を向けられた紫は、何を血迷ったのか身をくねらせ、
 
「あぁん♪ 霖之助さんが望むのでしたら、私、こういうプレイをこなすのも吝かではありませんわ」
 
「なるほど、放置プレイというヤツだね。じゃあ、僕はそろそろお暇させてもらうとするよ」
 
「あぁ!? 待って! 待ってください店主さん!?」
 
 紫のアホな発言の前に呆れて踵を返そうとする霖之助を必死に呼び止める藍。
 
 本当は紫とて、霖之助の前で道化など演じたくはないのだ。
 
 だが、未だに月人達の監視の目がある以上、下手な言動を取るわけにもいかない。
 
 なにしろ紫の第二次月面戦争は、まだ終わっていないのだ。
 
 顔で笑って、心で綿月・豊姫に対し呪詛を吐きつつも、この場を乗り切る為に道化を演じ続ける紫。
 
 いつもの紫らしからぬ態度を不審に思いつつも、下手に関わると面倒そうだという理由で、極力構わないように留意しつつ、霖之助はまず藍の手首を拘束する組紐を解いてやった。
 
「ありがとうございます店主さん」
 
「……あぁ」
 
 藍の感謝の言葉に生返事を返す霖之助の興味は、既に手の中の組紐に向けられている。
 
「……フェムトファイバーの組紐、用途は月の民に逆らう者を封じる程度の能力か」
 
 二度、三度と引っ張って感触を確かめ、
 
「ところでこの組紐、貰っていって良いかい?」
 
 という予想通りの質問に、苦笑を隠せない藍。
 
「えぇ、どうぞ持って行ってください」
 
「ありがとう」
 
 礼を述べ、早速店に戻り組紐を新たなコレクションに加えるべく帰路を急ぐ霖之助。
 
 既に彼の頭の中には、当初の目的であった一鎌の矢の事など完全に抜け落ちていた。
 
 霖之助を見送った藍は、思い出したかのように主人を拘束する組紐を解き、
 
「大丈夫ですか? 紫様……」
 
 問い掛けてみるが、返事は無い。
 
 地面に突っ伏す紫からは、ただ深く重い不気味な笑い声が返ってくるだけだ。
 
 ……許さない。――絶対に許さないわ、月人共。よくもこの私に、よりにもよって霖之助さんの前で恥をかかせてくれたわね。……この恨み、晴らさでおくべきか!!
 
 ――そう、例え何千年後になろうとも、必ず復讐してやる。
 
 アイツ等にも自分と同じ屈辱を味合わせてやる!
 
 そう決意しながらも、取り敢えず今回はギャフンと言わせる為に、その感情を表に出す事を堪え忍ぶ紫。
 
 こうして紫は、来たるべく第三次月面戦争に向けて私怨と呪詛を膨らませつつ、密かに、しかし着実に準備を進めて行くのだった。
 
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