香霖堂繁盛記
 
書いた人:U16
 
第97話 天狗の新聞大会
 
 幻想郷と呼ばれる閉鎖された世界がある。
 
 この世界とは見えない壁一枚を隔てた所にある異世界。
 
 そこでは、人間だけでなく妖精や幽霊、吸血鬼に妖怪、更には宇宙人や死神、閻魔様に神様までもが存在していた。
 
 その幻想郷の魔法の森と呼ばれる湿度の高い原生林の入り口に、ポツンと建てられた一件の道具屋。
 
 掲げられている看板には香霖堂の文字。
 
 店の中に入りきらないのか? 店の外にも様々な商品が乱雑に積み重ねられている。
 
 ここ香霖堂は、幻想郷で唯一、外の世界の道具も、妖怪の道具も、冥界の道具も、魔法の道具も扱っている店であるが、外の世界の道具に関しては誰にも使い方が分からないため余り売れていないらしい。
 
 というか、僅かに使用方法の分かった外の世界の道具は、全て店主である森近・霖之助が自分のコレクションに加えてしまうので、商売としては成り立っていない。
 
 まあ、そんな感じで、ここ香霖堂は今日ものんびりと適当に商売していた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「ごーがーい! 号外だよー! 幻想郷一速くて確かな真実の泉“文々。新聞”の号外だよー!
 
 これを読まない事には、貴方に明日は来ないわ――!!」
 
 威勢の良い掛け声と共に新聞を投げながら配り飛ぶのは、幻想郷最速の鴉天狗、射命丸・文だ。
 
 最後の一冊を適当に放り投げ、杉の木の頂上で一息吐いた文。
 
「ふぅ。……これで号外の配達は終了。と」
 
 近々開催される新聞大会の為の布石となる号外を配り終え、一先ず安堵する。
 
 大きく伸びをすると、頭上を飛んで行く知り合いの白狼天狗を見かけた。
 
「あややや、あれは椛じゃありませんか」
 
 おそらく彼女も号外の配達中なのだろう。
 
 一度、彼女の新聞を読ませてもらったが、それはそれは酷い出来だった。
 
 ……まぁ、あれでは入賞は絶対に無理でしょうけども、一応、先輩として励ましの一つでもしておいてあげましょうか。
 
 彼女が居る限り、自分の最下位は有り得ないと、心の何処かで見下しつつ声を掛ける。
 
「これから号外の配達ですか?」
 
「あ、文さん。お久しぶりッス」
 
 一礼して挨拶し、肩から下げた新聞の入った鞄を抱え直す椛。
 
 鞄の中に収められている大量の新聞を見た文は感心した様子で、
 
「へー……、結構たくさん号外刷ったんですね。これから配達ですか」
 
 ……まぁ、号外はタダですからねぇ。
 
 配ったとしても、ちゃんと受け取ってもらえるとも限らないし、またちゃんと読んでもらえるとも限らない。
 
「いえ、これは人里の定期購読の人の分ッス。今、地底の分をキスメさんに頼んできたところで……」
 
 言って額の汗を拭い、
 
「やっぱり、読んでくれる人が増えると嬉しいッスねー。その分配るのは大変ッスけども、――これが嬉しい悲鳴ってヤツッスか」
 
 と、清々しい笑顔で言ってくれた。
 
 ……今、物凄く聞き慣れない言葉を聞いたような。
 
 まぁ、おそらくは聞き間違いだろう。
 
 そう思い込み、二三言葉を交わしてその日は椛と別れた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 それから数日後。
 
 新聞大会の中間発表において、文々。新聞が相変わらずの低空飛行を続けているのに対し、椛が編集長を務める香霖堂諧報は堂々のTop10入りを果たしていた。
 
 論評に目を通してみると、
 
・新聞というには些か奇抜ではあるが、実用性は高い。
 
・敢えてニュース面を捨て、多種多様性を求めた雑学で記事を構成するセンスに新しい物を感じた。
 
・あきゅうさんの毒舌、毎回楽しみにしています。
 
・さとりさんのお陰で、鴉が言う事を聞くようになりました。
 
 等々、概ね好意的な物が多い。
 
 中間順位結果に愕然とする文だったが、それでも椛の新聞が上位に食い込む事が出来たおおよそのトリックは掴んだ。――というか、あの新聞の名称が答えだ。
 
 真意を問い質すべく、文は一直線に香霖堂へ飛び立った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 そして、舞台は香霖堂に移る。
 
 バタンと勢いよくドアが開いたと思ったら、カウベルが鳴るよりも速く文の姿が霖之助の前にあった。
 
 店主が文の姿を認識すると同時、思い出したかのようにカウベルの音が店内に鳴り響く。
 
「どういう事ですか、店主さん!?」
 
 椛の新聞のタイトルから、真っ先に浮かんだ容疑者が霖之助だった。
 
 対する霖之助も文の来訪は予想していたのかさして慌てた様子も無く、いつも通りの調子で、
 
「新聞の事かい?」
 
「えぇ、その通りです!」
 
 霖之助は小さく吐息を吐き、
 
「思ったよりも遅かったね。君の事だから、もう少し早い内にやって来るものだと思っていたんだが」
 
 言いながらカウンターに肘を着いて、手を組んで作った橋で口元を隠した霖之助は、下から覗き込むように文と視線を合わせ、
 
「君も、香霖堂諧報で記事を書いてみるつもりは無いかい?」
 
「……へ?」
 
 一瞬、霖之助の言っている言葉の意味が分からなかった文だが、それを理解した途端、怒りで顔を真っ赤にして、
 
「私に、文々。新聞を捨てろと言っているんですか!?」
 
 僅かな躊躇いも見せず、
 
「――見くびらないでください! 例え読者が少なかろうと、私は私の新聞を楽しみにしていてくれる人が居る限り、文々。新聞の記者兼カメラマン兼編集者兼新聞配達員を辞めるつもりは毛頭有りません!」
 
 対する霖之助は小さく頷き、
 
「勘違いさせてしまったようだね。……その事に関しては謝罪しよう」
 
 言って、文に対して頭を下げ、
 
「僕は別に君に文々。新聞を辞めろと言っているわけではないんだ。――むしろ、君の新聞を楽しみにしている読者の一人として、それは非常に困る」
 
「そ、そうですか……?」
 
 面と向かって新聞を褒められ、嬉しいのと恥ずかしいのと照れくさいので一気に怒りが鎮火してしまった。
 
「僕が言いたかったのは、香霖堂諧報の方でも記事を書いてみないか? という事だったんだ。
 
 ――僕は君の新聞のファンだからね。どうしてもウチの新聞に、君の書いた記事を掲載したかったんだが……」
 
 俯き、力無い笑みを浮かべ、
 
「……よくよく考えてみれば、これは完全に僕の我が儘だな。
 
 すまない。この話は無かった事にしてくれ」
 
「い、いえ!? そんな私の方こそ、カッとなってしまって、すみません。
 
 えっと、記事の依頼ですよね?」
 
 文は腕を組んで思案するが、他の新聞でネタを披露してしまうと、どうしても自分の新聞で使う分が減ってしまう。
 
「……お気持ちはありがたいのですが、どうしても掛け持ちとなると私も時間的余裕が無くなってしまいますし」
 
「別にウチの方の為に新しい記事を書き下ろしてもらわなくてもかまわない。
 
 文々。新聞の方に掲載する予定の記事の触りだけでも良いんだ。
 
 文末に、『続きは文々。新聞で』とでも入れれば、君の新聞の宣伝にもなると思うんだが、どうだろう?」
 
 言われ、考える。
 
 確かに、それならば自分にデメリットは無いし、かなりの部数を発行している香霖堂諧報を使って文々。新聞の宣伝も出来るだろう。
 
「ま、まぁ……、そういう事でしたら」
 
「いやぁ、有り難い。助かったよ」
 
 手を差し出し文に握手を求める霖之助。
 
 彼としても、香霖堂諧報のニュース面を補う為の記者がどうしても欲しかった所なのだ。
 
 本来ならば、それは椛の役割なのだが、あの文章力だ。とてもではないが当てに出来ない。
 
 そこで霖之助は文に白羽の矢を立ててみた。
 
 例え触りだけとはいえ、ニュース面を扱ってさえあれば新聞としての面目は立つ。
 
 霖之助がそんな事を考えているとは知らない文は、上機嫌で早速香霖堂諧報の分の記事を上げる為、妖怪の山へ飛んで行った。
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