香霖堂繁盛記
 
書いた人:U16
 
第96話 香霖堂諧報
 
 幻想郷と呼ばれる閉鎖された世界がある。
 
 この世界とは見えない壁一枚を隔てた所にある異世界。
 
 そこでは、人間だけでなく妖精や幽霊、吸血鬼に妖怪、更には宇宙人や死神、閻魔様に神様までもが存在していた。
 
 その幻想郷の魔法の森と呼ばれる湿度の高い原生林の入り口に、ポツンと建てられた一件の道具屋。
 
 掲げられている看板には香霖堂の文字。
 
 店の中に入りきらないのか? 店の外にも様々な商品が乱雑に積み重ねられている。
 
 ここ香霖堂は、幻想郷で唯一、外の世界の道具も、妖怪の道具も、冥界の道具も、魔法の道具も扱っている店であるが、外の世界の道具に関しては誰にも使い方が分からないため余り売れていないらしい。
 
 というか、僅かに使用方法の分かった外の世界の道具は、全て店主である森近・霖之助が自分のコレクションに加えてしまうので、商売としては成り立っていない。
 
 まあ、そんな感じで、ここ香霖堂は今日ものんびりと適当に商売していた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「店主さーん! 助けてくださいッス!!」
 
 ドアを開け放ち、店に入るなり第一声がそれだ。
 
 完全に客ではないと判断した霖之助が面倒臭そうな視線をやってきた白狼天狗に向ける。
 
「出口はそ――」
 
「出口はいいッスから助けてくださいッス!」
 
 ……どうやら学習能力はあるようだ。
 
 霖之助は溜息を吐き出し、
 
「……それで? 一体何から僕に助けてほしいんだい?」
 
「新聞ッス」
 
「新聞?」
 
 新聞の妖怪でも出たのだろうか? と首を傾げる霖之助に対し、椛は真剣な表情で、
 
「私の新聞がまるで売れないッス!」
 
 ……そんな事は知らん。と今日届いたばかりの文々。新聞を広げる霖之助。
 
「真面目に聞いてくださいッス!」
 
 いたって真剣な表情の椛に対し、霖之助はヤレヤレと肩を竦め、
 
「じゃあまず君の新聞を読ませてもらおうか」
 
 言って椛に手を差し出す。
 
 対する椛は肩から下げていた鞄から一冊の新聞を取り出すと霖之助に渡し、
 
「一銭ッス」
 
 言って、霖之助に手を差し出した。
 
 霖之助は努めて無表情のまま手を二度叩き、店内の掃除中だった映姫を呼ぶと、
 
「すまないが、このバカ犬を外に叩き出してもらえないかい。……あぁ、勿論手加減は要らないから」
 
「……まぁ、偶には仕事抜きで弾幕ごっこを楽しむのも良いでしょう」
 
「むっ、やるッスか? 古道具屋の店員なんか、白狼天狗の前ではぺぺぺのぺーッスよ!」
 
 自信満々の表情で、
 
「まぁ、ハンデとしてこの刀は使わないでおいてやるッス」
 
 言ってカウンターに愛刀を置く椛。
 
 二人が連れ立って出て行くのを見送った霖之助は、椛の刀を手に取って眺め、
 
「……余り良い物でもないな。数打ちの支給品といったところか」
 
 そう呟いた途端、外から椛の悲鳴が聞こえてきた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「酷いッス! 卑怯ッス! 聞いて無いッス!」
 
 憤懣やるせないという表情で、ブチブチと文句を言っているのは椛だ。
 
「なんで閻魔様が、こんな古道具屋でアルバイトしてるッスか!?」
 
「お給金は頂いてませんから、ただの手伝いです」
 
 まあ、そういう問題でも無いだろうが。
 
「そんな事より、君の新聞を読ませてもらったんだが……。まぁ、これでは駄目だろう」
 
 正直な話、寺子屋の子供達の作文と大差無いような出来だった。
 
「うっ……、だ、駄目ッスか」
 
 思わず涙目で項垂れる椛。
 
 これまで、彼女の新聞を読んだ皆が同じような微妙な表情をして、感想を濁した。
 
 流石に映姫も同情するものの、実際に椛の新聞を読んでみると、感想を濁す気持ちも分かろうというものだ。
 
 むしろ、本人の目の前で爆笑しなかっただけ良くやったと褒めてやっても良いくらいかもしれない。
 
 何と言って慰めようかと、映姫が思案していると傍らの霖之助が小さく頷き、
 
「そうだね……。条件を飲んでくれるのなら、手伝ってあげても良いが、どうだい?」
 
「条件ッスか?」
 
「あぁ」
 
 霖之助の提示した条件。――それは、香霖堂の宣伝をしてもらう。というものだった。
 
「なんだ、そんな事ッスか。全然OK.ッスよ」
 
 と軽く了承する椛だが、この時点で既に彼女の新聞の行く末は決まっていたのだろう。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「まず、始めに言っておくと、ニュースのネタで勝負しようという考えは捨てた方がいいだろう」
 
 例えそれがゴシップや捏造ばかりなものとはいえ、他の天狗の新聞には長い歴史に裏打ちされた文章力と構成力がある。
 
 それはポッと出の新人である椛が対抗出来るような物では無い。
 
「そこで、まずはこれを見てもらおうか」
 
 言って霖之助が取り出したのは外の世界の新聞だ。
 
「これにはニュースの記事だけではなく、四コマ漫画や占い、天声人語、料理のレシピなど様々な情報や娯楽が記載されている。
 
 ――そこで僕は、ニュースではなく多様性を重視した新聞で勝負しようと思う」
 
 という霖之助の意見に対し、挙手したのは椛だ。
 
「自分、絵心は無いッスし、占いなんかも出来ないッス」
 
 元より、椛にそんな事を期待してなどいない。
 
「その辺は僕に心当たりがあるから任せておいてもらって大丈夫だ」
 
 力強く頷き、
 
「君は、僕に同行して写真を撮ったり、撮った写真を現像したり、出来上がった記事を印刷したり、完成した新聞を配達したりしてくれればいい」
 
 それはもう記者ではなく雑用係やパシリの領分だ。
 
 椛もそれを薄々感じ取ったのか、怖ず怖ずと挙手し、
 
「あの……、それって自分、新聞記者とは言えないような気がするッス」
 
「いや、君が居なくてはこの新聞は完成する事は無いだろう」
 
 椛の肩を優しく叩き、
 
「期待しているよ、犬走編集長」
 
「へ、編集長……」
 
 その役職が椛の琴線に触れたのか、途端に瞳を輝かせ、
 
「が、頑張るッスよ!」
 
「あぁ、その意気だ」
 
 こうして、様々な情報の詰められた新聞……、という体裁を取った情報誌、香霖堂諧報が創刊される事になり、椛も晴れて香霖堂広報部長の役職を本人の知らぬ間に頂く事になった。
 
 ……ちなみに、香霖堂諧報の内容は以下の通りである。
 
香霖堂店主の今日の逸品:森近・霖之助
四コマ漫画・あきゅうさん:稗田・阿求
閻魔様の人生相談:四季・映姫・ヤマザナドゥ
衣玖さんの地震予報:永江・衣玖
七曜の魔女様による今週の五行占い:パチュリー・ノーレッジ
都会派魔女の最新ファッション情報:アリス・マーガトロイド
八意先生の家庭の医学:八意・永琳
さとりさんの正しいペットの躾け方:古明地・さとり
慧音先生と一緒に学ぼう:上白沢・慧音
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