香霖堂繁盛記
 
書いた人:U16
 
第95話 香霖堂の厄払い
 
 幻想郷と呼ばれる閉鎖された世界がある。
 
 この世界とは見えない壁一枚を隔てた所にある異世界。
 
 そこでは、人間だけでなく妖精や幽霊、吸血鬼に妖怪、更には宇宙人や死神、閻魔様に神様までもが存在していた。
 
 その幻想郷の魔法の森と呼ばれる湿度の高い原生林の入り口に、ポツンと建てられた一件の道具屋。
 
 掲げられている看板には香霖堂の文字。
 
 店の中に入りきらないのか? 店の外にも様々な商品が乱雑に積み重ねられている。
 
 ここ香霖堂は、幻想郷で唯一、外の世界の道具も、妖怪の道具も、冥界の道具も、魔法の道具も扱っている店であるが、外の世界の道具に関しては誰にも使い方が分からないため余り売れていないらしい。
 
 というか、僅かに使用方法の分かった外の世界の道具は、全て店主である森近・霖之助が自分のコレクションに加えてしまうので、商売としては成り立っていない。
 
 まあ、そんな感じで、ここ香霖堂は今日ものんびりと適当に商売していた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 香霖堂には、幾つもの曰く付きの道具(非売品)や呪われた道具(非売品)が存在する。
 
 当然、それを放置しておけば所有者である霖之助自身にも災厄という形で降りかかる事になるので、香霖堂では定期的に厄払いの儀式が行われてる。
 
 そこで、厄払いの儀式に呼ばれるのが、
 
「こんにちはー」
 
 重苦しい気配と共にやって来たのは、本日のメインゲスト。厄神、鍵山・雛だ。
 
 もっとも、重苦しいのは彼女の周囲に漂う厄の気配だけで彼女自身は健全な性格をしている。
 
「いらっしゃい。お待ちしていましたよ」
 
 愛想良く出迎え、席を立つと店主自ら雛を居間へと招き上げる。
 
「粗茶ですが……」
 
 霖之助自ら淹れて差し出すお茶は、今香霖堂にある中で一番高いお茶だ。
 
 もし、彼の雛への扱いを諏訪子が知れば、文句の十や二十を言うであろう程に、同じ神様に対するものとは思えない程、扱いに差がある。
 
 出されたお茶に口を付けた雛は、満足げに吐息を吐き出し、互いの近況などといった当たり障りの無い会話で暫し時間を潰した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 そして、湯飲みのお茶が無くなる頃合い。
 
 雛が徐に立ち上がると、霖之助も彼女に従うように立ち上がり、
 
「では、そろそろ始めましょうか」
 
「えぇ、すぐに用意します」
 
 一旦、店から出て待機する雛の元に、十分程で様々な道具を抱えた霖之助がやってきた。
 
 雛を取り囲むように道具を配置していく霖之助。
 
「今年もいつも通りでよろしいんですか?」
 
「えぇ、いつも通りでお願いします」
 
 道具を並べ終えた霖之助は雛から距離を取ると、雛は厄を集める為にゆっくりと回転を始める。
 
 すると、道具達から目に見える形で禍々しい気配が離れ、雛の周りに厄として集まっていく。
 
 彼女が厄を集める様子を眺めながら、霖之助は内心でほくそ笑んだ。
 
 通常、厄を取り除いてもらう時は、全ての厄を持って行ってもらうものだが、二つの理由から、霖之助はその半分に留めてもらっている。
 
 まず厄払いで勘違いしてはいけない事だが、厄を取り除いてもらえば幸福になれるというわけではない。
 
 厄がある状況をマイナスとするならば、厄払いをした状況はあくまでもゼロ。プラス(幸福)ではないのだ。
 
 そして厄と福は表裏一体。厄が強ければその分、大きな福となって返ってくる。
 
 だからこそ霖之助は、道具から全ての厄を取り除くのではなく半分だけで済ませてもらっている。
 
 厄が半分になった分、福となって返ってくる分もまた半分になるが、その分は数で補う。というのが霖之助の理論だ。
 
 ちなみに、幾ら厄を半分払ってもらっていようと数が多ければ結構な厄が残っている事に関しては考えていない。
 
 そして二つ目の理由。
 
 それは曰く付きや呪いの掛けられた道具は、曰くや呪いがあるからこそ価値があるのであって、それらが全て払われてしまっては価値が激減してしまうという事だ。
 
 髪の伸びない市松人形はただの市松人形だし、呪いの無い村正はただの名刀である。
 
 それはそれで立派な商品にはなるものの、霖之助の食指が伸びる程では無いし、彼が欲するのは何らかの付加効果が付いた稀少品の方だ。
 
 ……まぁ、呪いとか関係無く、便利そうな外の世界の道具なども自分の物にしているが。
 
 ともあれ、無事雛の厄払いも完了し、安堵の吐息を吐いた霖之助は厄神に礼を告げると共に懐から使い古されたお守りを取り出し、
 
「お陰様で、去年一年を大きな厄災も無く過ごす事が出来ました」
 
 それは、厄を半分しか払わない霖之助の為に雛が用意した厄払いのお守りだ。
 
 これが有る限り、彼が店の道具から発せられる厄に祟られる事は無い。
 
「それは良かったわ」
 
 笑みで答えつつ霖之助から役目を終えたお守りを受け取った雛は、真新しいお守りを手渡した。
 
 謝礼として御神酒を手渡し山に帰っていく雛を見送る霖之助。
 
 ……しかし、毎度毎度不思議に思っているんだが、
 
 手の中のお守りに視線を落とすと、そこには“女難除け”と書かれている。
 
「……そんなに、女難を呼び寄せるような道具でもあるんだろうか?」
 
 地面に置かれている道具を見て、霖之助は一人小首を傾げた。
 
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