香霖堂繁盛記
 
書いた人:U16
 
第93話 新聞の書き方
 
 幻想郷と呼ばれる閉鎖された世界がある。
 
 この世界とは見えない壁一枚を隔てた所にある異世界。
 
 そこでは、人間だけでなく妖精や幽霊、吸血鬼に妖怪、更には宇宙人や死神、閻魔様に神様までもが存在していた。
 
 その幻想郷の魔法の森と呼ばれる湿度の高い原生林の入り口に、ポツンと建てられた一件の道具屋。
 
 掲げられている看板には香霖堂の文字。
 
 店の中に入りきらないのか? 店の外にも様々な商品が乱雑に積み重ねられている。
 
 ここ香霖堂は、幻想郷で唯一、外の世界の道具も、妖怪の道具も、冥界の道具も、魔法の道具も扱っている店であるが、外の世界の道具に関しては誰にも使い方が分からないため余り売れていないらしい。
 
 というか、僅かに使用方法の分かった外の世界の道具は、全て店主である森近・霖之助が自分のコレクションに加えてしまうので、商売としては成り立っていない。
 
 まあ、そんな感じで、ここ香霖堂は今日ものんびりと適当に商売していた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「おはようございますッス!」
 
 その日、元気な挨拶と共に、毛並みの良い白狼天狗が香霖堂にやって来た。
 
「いらっしゃい。ようこそ香霖堂へ。本日は何をお求めで?」
 
 初見の客に対し、出来るだけ丁寧に対応する霖之助だが、件の白狼天狗……、犬走・椛はやや慌てた様子で手を横に振ると、
 
「いやいや、今日はお客じゃ無いッス」
 
「そうか……」
 
 それを聞いた霖之助は営業用スマイルを引っ込め、
 
「出口はそこだよ。匍匐前進しつつその尻尾で床を掃除しながらお帰り」
 
 そのあからさまな掌が返しに、頬を引きつらせながらも椛は必死に笑顔をキープしつつ、
 
「いやいやご主人。私は客じゃないッスけども、今日は耳寄りな情報をお持ちして来たッスよ」
 
「……耳よりな情報?」
 
 天狗の言う事だ。あからさまに信用は出来ないが、
 
 ……まぁ、話を聞くだけならタダだ。
 
 そう思い、椛に先を促す。
 
「はい! 実はッスね。今度、私新聞を創刊する事になったッス!
 
 そこで、その創刊号の記事として、このお店の事を取り上げようと思ってるッス!」
 
 そして霖之助に顔を寄せ、耳打ちするように、
 
「――しいては、私の新聞の購入とスポンサーになっていただければ、五割り増しで良い記事書くッスよ」
 
 対する霖之助は、落胆の溜息を吐き、
 
「まぁ、そんな事だとは思ったけどね。
 
 新聞のネタなら提供してやっても良いが、購読は間に合ってるよ」
 
 素っ気無く答え、読みかけだった手元の本に視線を落とす。
 
「いやいやいやいや、ご主人。ウチの新聞は、そこいらの三文新聞とは一味も二味も違うッスよ。
 
 ゴシップ記事は殆ど無し。真実のみを追究した第三者視点の客観的な記事が売りッスから」
 
 興味が無いのか、椛の方に見向きもしない霖之助。
 
 だが椛は諦めず、
 
「親切丁寧。配達は迅速且つ真心込めて、一件一件手渡しで行うッス。放り投げて窓ガラスを割るような真似は絶対にしません!」
 
 そのフレーズに反応を見せる霖之助。
 
 彼は再び本から視線を上げ、
 
「それは一考の余地が有るな」
 
「そうッスよね! じゃあ、この契約書にサインを」
 
 霖之助は小さく頷くと、受け取った契約書を丸めてゴミ箱に捨て、
 
「それはまだ別の話だよ。
 
 本当に契約が欲しいなら、まずは現物を持って来る事だ。
 
 それが購読に値するような物だと僕が判断すれば、契約する事もやぶさかではない」
 
 確かに、彼の言っている事は正しいだろう。
 
 やはり功を急がす、今日の所は取材だけに留めるのが得策か。と納得し、
 
「じゃあ早速、取材をお願いするッス」
 
 言って手帳とペンを取り出す椛。
 
「…………」
 
「…………」
 
 しかし、互いに無言。
 
 先に痺れを切らした椛は霖之助に詰め寄り、
 
「店主さん、取材ッスよ、取材! 何か言ってくれないと、取材にならないッスよ!」
 
 それを聞いた霖之助は溜息を吐き出し、
 
「……君は取材を何かと勘違いしているようだが、そもそも君はどんな記事を書きたいんだい?」
 
「そりゃあ勿論、特ダネッスよ!」
 
 即答で答える椛。
 
 霖之助はふむ、と頷くと、
 
「なら、君の言う特ダネとは一体どんなものだい?」
 
 その質問には少し間が開き、
 
「えーと……、まだ誰も知らないような大きなニュースッスか?」
 
「そうだね。……ところで君のいう大きなニュースとはどんな物かな?」
 
「んー……、秘密にしておきたい事とか、隠しておきたいような事ッスかね?」
 
 その答えに満足したのか霖之助は深く頷き、
 
「その通りだ。
 
 では、秘密にしておきたい事や隠しておきたいような事を自分からほいほい話すような人が居ると思うかい?」
 
「うっ……、い、居ないッス」
 
「そういう事だよ。それを上手く誘導して聞き出していくのがブン屋に必要な話力だ。
 
 他にも足で事件を探る。怪しそうな所に張り込んで事件を待つという方法もあるね」
 
 霖之助のアドバイスに一々頷きメモを取る椛。
 
「いやー……、店主さんの話は勉強になるッスね」
 
「なに、それくらいは当然だよ」
 
 では早速、と椛はメモ帳を閉じ、
 
「怪しそうな所に張り込みするッス!」
 
「そうかい。頑張ってくるといい」
 
 椛を送り出した一時間後、お泊まり道具一式を持った彼女が再度来店し、張り込みさせろと駄々をこねるのだった。
    
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