香霖堂繁盛記
 
書いた人:U16
 
第92話 香霖堂旧都第四支店支店長、水橋・パルスィ
 
 幻想郷と呼ばれる閉鎖された世界がある。
 
 この世界とは見えない壁一枚を隔てた所にある異世界。
 
 そこでは、人間だけでなく妖精や幽霊、吸血鬼に妖怪、更には宇宙人や死神、閻魔様に神様までもが存在していた。
 
 その幻想郷の魔法の森と呼ばれる湿度の高い原生林の入り口に、ポツンと建てられた一件の道具屋。
 
 掲げられている看板には香霖堂の文字。
 
 店の中に入りきらないのか? 店の外にも様々な商品が乱雑に積み重ねられている。
 
 ここ香霖堂は、幻想郷で唯一、外の世界の道具も、妖怪の道具も、冥界の道具も、魔法の道具も扱っている店であるが、外の世界の道具に関しては誰にも使い方が分からないため余り売れていないらしい。
 
 というか、僅かに使用方法の分かった外の世界の道具は、全て店主である森近・霖之助が自分のコレクションに加えてしまうので、商売としては成り立っていない。
 
 まあ、そんな感じで、ここ香霖堂は今日ものんびりと適当に商売していた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 地震のあった翌日、酷く落ち込んだ表情のパルスィが香霖堂にやって来た。
 
「いらっしゃい……。どうしたんだい?」
 
 霖之助は僅かに言い淀み、慎重に言葉を選んで、
 
「その……、何だか凄く疲れたような感じがするんだが……」
 
「えぇ、ちょっとね……」
 
 諦めの混じった力無い笑みを浮かべると、ポツリポツリと事情を語り始めた。
 
 何でも、昨日、鬼の二人が大喧嘩をやらかしたお陰で旧都が壊滅状態にあるとか。
 
 現在は、張本人である鬼の二人が率先して街を復旧させてはいるものの、完全に家が直るまでは今暫く時間が掛かる。
 
 大多数の妖怪達は地霊殿で避難所生活を送ってはいるが、どうしてもスペースが足りない為、野宿しなければならない妖怪も出てきた。
 
 野宿組の大半は親しい妖怪の家にお世話になっているらしいが、親しい妖怪の居ないパルスィは完全野宿する事になり、その間の生活の場としてさとりから聞いたテントなる簡易天幕を香霖堂に買いに来たのだという。
 
 ……となると、昨夜、突然やって来て何時ものように壺の中に入っていったキスメも同じような状況なのだろう。
 
 ……キスメがやって来た時、衣玖が物凄く微妙そうな表情をしていたが、アレはなんだったのだろうか?
 
 まあ、今はそんな事より、
 
「という事は、君の家も建て直すのかい?」
 
「……好きで立て直すわけじゃないけど」
 
 どことなく嬉しそうに告げる霖之助に対し、憮然とした表情で告げるパルスィ。
 
 対する霖之助は、少し考えた後、
 
「どうだろうパルスィ。君さえ良ければなんだが、お店をやってみるつもりはないかい?」
 
「……え?」
 
 どうせ、立て直すのならば、ついでに店舗兼住宅として立て直してもらい、旧都で香霖堂支店の店長をやってみないか、という誘いだった。
 
「もし受けてもらえるなら、店が出来る迄の間は研修期間としてここで過ごしてもらってもかまわない」
 
 勿論、仕入はこれまで通り霖之助が行うつもりだし、売り上げの一部は給料として渡すつもりでいる。
 
 彼の事を良く知る者からすれば、有り得ないレベルでの破格の条件だが、そうまでしてでも旧都での支店開店には大きな利益が見込まれると踏んでいるのだ。
 
 基本的に、地下世界は妖怪立ち入り禁止だ(但し、地下在住の妖怪が出てくる分には問題無いらしい)。
 
 永遠亭からすれば、地下世界はシェア拡大の為に喉から手が出るくらいに欲しい所だろうが、その条約がある為に妖怪兎達が立ち入る事が出来ず、手を出しあぐねている。
 
 そこで、香霖堂が永遠亭の妖怪兎に変わって地下での置き薬の配達を受け持つ事にしようというのだ。……中間マージン込みで。
 
 勿論、通常通りの古道具の販売も行う。
 
 もし、パルスィが受けてくれた場合、彼女は店長だけでなく置き薬の販売も手掛ける事になり、その忙しさは多忙を極めるだろう。……だからこそ、給料を渡すのだが。
 
 一人でキツイようなら、キスメを手伝いに付けても良いだろう。
 
 霖之助の提案を受けたパルスィは、伺うような上目遣いで、
 
「い、良いの……?」
 
「むしろ、こちらの方が頼みたいくらいなんだが……。君は良いのかい?」
 
 再度の問い掛け、パルスィは力強く頷いた。
 
 彼女にとって霖之助は、生まれて初めて自分の存在を褒めてくれた人物なのだ。憧れにも似た恋心がある。
 
 彼に少しでも近づきたい。
 
 その一心から、パルスィは香霖堂旧都第四支店支店長の役職に就任した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 それから一週間後。
 
 鬼達による旧都復旧もようやく終わり、無事再建された水橋邸改め、香霖堂旧都第四支店。
 
 一階は店舗兼倉庫と風呂や勝手場などが有り、居住スペースは二階に取っている。
 
 旧水橋邸は、地底と地上を繋ぐ穴の傍らにあり、パルスィはここで店番をする事により、地上へ出入りする妖怪達の監視も続ける事になる。
 
 正直な所、余り良い立地条件とは言えないが、それでも商品の搬入が楽というメリットは有り、香霖堂の事を考えたら随分とマシなものだ。
 
 そうこうしている内に、手桶……ではなく、まるでタライ船のように巨大なタライに乗ったキスメが荷物と霖之助を乗せて降りてきた。
 
 終点に到着したタライから軽やかに降りた霖之助は、荷物を一つ担ぐと、
 
「これで、荷物は全部だよ」
 
「こ、この店主……、妖怪使いが半端じゃなく荒いです。ギィギィ」
 
 荒い息を吐きながら恨みがましく告げるキスメに対し、霖之助は平然とした態度で、
 
「失礼な、ちゃんと報酬は渡すと言っているだろう」
 
 報酬とは、魔理沙が愛用しているあの壺の事だ。
 
 当然、魔理沙はごねたが、新しい椅子(霖之助の手製)を与えるという事で、なんとか機嫌を取る事に成功した。
 
 元々香霖堂の商品なのでどう扱おうと霖之助の勝手なのだが、魔理沙の機嫌を取ろうとする辺り、何だかんだと言いながらも、身内には甘い男なのだ。
 
 霖之助が荷物を店に運び込み、パルスィが箱を開封して商品を並べていく。
 
 小一時間程して粗方片付いた辺りで、大勢の客がやって来た。
 
 ――まあ客と言っても、商品を買いに来たのではなく所謂開店祝いの客だ。
 
 やって来たのは地霊殿の面々に鬼が二人と霖之助の仕入れ先の一人であるヤマメ。
 
 地上からは永遠亭代表代理として八意・永琳が訪れていた。
 
 ちなみにわざわざ永琳が出向いてきたのは、鈴仙達では条約に引っ掛かって地下に降りられないからである。……という建前で、霖之助に会いに来た。
 
 本来なら、他の手伝いの少女達も来たがったが、条約が邪魔して地下に降りる事が出来ずにいる。
 
 早速、勇儀と萃香が開店祝いに持って来た大樽の酒を開け、振る舞い酒に勤しんでいるのを横目で眺めつつ、パルスィは霖之助に対し、若干恨みがましい声色で、
 
「……随分と、女の子ばかりやって来るのね」
 
「男の知り合いは昔から碌な奴が居やしない。人をからかうのが好きなくせに、面倒事には首を突っ込もうとしないような輩ばかりだよ。
 
 ……いや、むしろ進んで面倒事を起こそうとする奴も居たな」
 
 ……まぁ、そいつは生まれ変わって女の子になっているが。
 
 うんざりげに告げる霖之助に、思わず同情してしまうパルスィだが、首を振って思い直し、
 
「それよりも、約束の方は覚えているんでしょうね?」
 
「当然だろう」
 
 なにしろ香霖堂の為だ。暫くはこちらに住み込みでパルスィを直接指導していく。
 
「そう。なら、良いわ」
 
 研修中は、一つ屋根の下だというのに邪魔が入って何も出来なかったが、ここなら地上の妖怪達は邪魔しに来られない。
 
 勝利を確信してほくそ笑むパルスィだったが、よもや巫女と魔法使いが襲来して来ようとは、夢にも思わなかった。
 
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