香霖堂繁盛記
 
書いた人:U16
 
第91話 鬼の買い物
 
 幻想郷と呼ばれる閉鎖された世界がある。
 
 この世界とは見えない壁一枚を隔てた所にある異世界。
 
 そこでは、人間だけでなく妖精や幽霊、吸血鬼に妖怪、更には宇宙人や死神、閻魔様に神様までもが存在していた。
 
 その幻想郷の魔法の森と呼ばれる湿度の高い原生林の入り口に、ポツンと建てられた一件の道具屋。
 
 掲げられている看板には香霖堂の文字。
 
 店の中に入りきらないのか? 店の外にも様々な商品が乱雑に積み重ねられている。
 
 ここ香霖堂は、幻想郷で唯一、外の世界の道具も、妖怪の道具も、冥界の道具も、魔法の道具も扱っている店であるが、外の世界の道具に関しては誰にも使い方が分からないため余り売れていないらしい。
 
 というか、僅かに使用方法の分かった外の世界の道具は、全て店主である森近・霖之助が自分のコレクションに加えてしまうので、商売としては成り立っていない。
 
 まあ、そんな感じで、ここ香霖堂は今日ものんびりと適当に商売していた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ある日、霖之助が何時ものように店番をしていると、頭に見事な一本角を生やした大柄な女性……、星熊・勇儀がやって来た。
 
「いらっしゃい。本日はどのような御用件で?」
 
 一目見て相手が鬼だと分かったが、相手が鬼であろうと天人であろうと、それが客であるならば、いつもと変わりない対応を示すのが一流の商人だと霧雨の親父さんに教わってきた事を忠実に実行する霖之助。
 
 ちなみに代金を支払おうともしない客以外の人物に関しては、どれだけぞんざいに扱っても問題無い。
 
 勇儀は興味深そうに店内を見渡し、
 
「ほう……。こいつは聞いていた以上にワケの分からない道具ばかりの店だねぇ」
 
「褒め言葉として受け取っておくよ」
 
 皮肉だか褒め言葉なのか分かりづらい勇儀の言葉をさらりと受け流す霖之助。
 
 店主の態度を気に入ったのか、勇儀は口元に笑みを浮かべ、
 
「萃香から頼まれごとを受けて来たんだけどね」
 
 言ってスカートの隠しポケットから紙片を取り出す。
 
「ここに書いてある酒は揃えられるかい?」
 
 差し出された紙を受け取った霖之助はそれに視線を落として小さく頷くと、
 
「一応、有る事は有るが、全部を売るつもりはないよ」
 
 何故ならば、商品ではなく自分で飲む為のものだからだ。
 
「一部で良いのなら売る事も吝かではないけどね」
 
 それを聞いた勇儀は呆れたような表情で霖之助を見つめ、
 
「私は鬼だから、正直者は好きなんだが、……商売人としてその素直さは色々と拙いんじゃないかい?」
 
 心配そうに尋ねる勇儀。
 
 対する霖之助は浅く肩を竦め、
 
「商売として成立はしているよ。……ツケを払ってくれない者も居るから、辛うじてだけどね。
 
 それよりも、君――、意外と良い人だって言われないかい?」
 
 一見の店に来て、初対面の店主の経営方針を心配出来るのなど、よっぽどのお人好しか善人くらいのものだ。
 
 勇儀は照れ臭いのか、霖之助から視線を外し、
 
「褒め言葉として受け取っておくよ」
 
「実際、褒めているんだけどね」
 
 言って立ち上がり、勇儀に少し待つように告げると奥の部屋へ赴き、戻って来た時には、大量の酒瓶を持って現れた。
 
「全部。というわけにはいかないが、君のお人好しさに免じて半分位づつは譲るよ」
 
「良いのかい?」
 
「かまわないよ。……まぁ、料金は貰うけどね」
 
 だが、ここで問題が一つ。
 
 それは、
 
「移し替える空瓶が足りないな……」
 
 なにしろかなりの本数だ。空瓶の数も追いつかない。
 
 だが勇儀は名案があると言って大きな杯をどこからともなく取り出し、
 
「私がここで飲んでいけばいいのさ」
 
「……良いのかい、それは?」
 
「かまやしないさ。元々は私が半分飲む予定だったんだ。ならその半分は私の物って事だろ?」
 
 根本的な所で間違っているような気がしたが、本人が良いというのであれば良いのだろう。
 
 後で喧嘩になったとしても、それは当人同士の問題であり、霖之助には関係無い。
 
 肩を竦める事で了承の証とし、勇儀の杯に酌をしてやる。
 
「この酒はビール。大麦を主原料にして作られた酒だよ。博麗神社の神主からの貰い物だ」
 
 霖之助の解説を肴に酒を喉に流し込んでいく勇儀。
 
 その後、二時間ほどを掛けて全種類の酒を飲んだ彼女はご満悦な表情で、
 
「いやいや、なかなか良い店だね。気に入ったよ!」
 
「一応言っておくが、ここは酒屋でも居酒屋でも無いからね」
 
「ハハハハハ!」
 
 霖之助の言葉を聞いているのか怪しい所だが、勇儀は大らかに笑うと、スカートの隠しポケットから一本の針を取り出した。
 
「じゃあ、代金代わりにこれをやろう」
 
 見た目は何の変哲も無い針に見えるが、霖之助の能力はそれを大変貴重な物だと判断した。
 
「そんな大層な物を……、本当に良いのかい?」
 
「コイツの価値が分かるのかい? そりゃ大したもんだ」
 
 呵々と笑う勇儀に対し、霖之助は真剣な表情で頷くと、
 
「一寸法師の縫い針の剣だね」
 
 怒り出すようなら別の物でもくれてやろうと思っていたが、どうやらこの店主視る目は確からしい。
 
「そこまで分かるとは大したもんだ。まぁ、仲間の鬼と勝負して景品に貰った物だ。
 
 私が持ってたとしてもお守りにもなりゃしない」
 
 裁縫なんか出来やしないしね。と続ける勇儀。
 
 霖之助は勇儀から針を受け取り、
 
「ありがたいね。是非ともこれは非売品にさせてもらうよ」
 
 霖之助の言葉を聞いた勇儀は機嫌を良くし、「また、寄らせてもらいよ」と言い残して地底に帰って行った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 それから数時間後、今日は当番でも無いのに衣玖がふらりと店にやって来た。
 
「どうしたんだい?」
 
「えぇ、地震が起きますのでお知らせにやって来ました」
 
「……地震?」
 
 問い返した瞬間に、強い揺れがきた。
 
 何の準備もしていなかった霖之助は思わず倒れそうになるが、寸での所で衣玖が支えてくれたので事無きを得る。
 
「あぁ、済まない」
 
「いえ、それよりも……、また来ますよ?」
 
 宣言通りに強い揺れがあり、棚の商品が床に落下する。
 
「大丈夫ですか? 揺れは暫く断続的に続きそうですので、しっかり掴まっていてください。
 
 私としてもその方が安定しますし」
 
 正直、宙に浮けば揺れなど一切関係無いのだが、霖之助と密着する為、敢えてそれをしない。
 
 やがて、小一時間ほど続いた揺れも漸く収まった頃には、店の中は棚から落下した商品で酷い有様だった。
 
 既に日も暮れている時間帯だというのに、今から商品の片付けをしなければならないと思うと、うんざりする。
 
 ヤレヤレと溜息を吐く霖之助に対し、衣玖は羽衣をたたんで腕まくりすると、
 
「では始めましょうか?」
 
 やる気を見せる衣玖に対し、霖之助は遠慮気味に、
 
「気持ちはありがたいが、今から片付けを始めたら終わるのは深夜になってしまう。
 
 流石に深夜、女性を一人帰すわけにはいかないからね。
 
 今日はもう帰った方が良い」
 
 対する衣玖は気にした様子も無く、
 
「どうせ明日は私の当番ですし、お気になさらずとも結構ですよ。
 
 それに、余り遅くなるようでしたら、こちらに泊めていただきますし」
 
 というか、むしろそれが狙いだ。
 
 霖之助は暫く考え、床に散らばる道具を見て辟易すると溜息を吐き出し、
 
「じゃあ済まないが頼めるかい。僕は倉庫の方を片付けてくるとしよう」
 
 そう言って霖之助は奥の倉庫へと姿を消した。
 
 残された衣玖は暫く思案し、
 
 ……さて、あの唐傘お化けには暫くお暇していただく事にしましょう。
 
 適当な嘘を考えつつ、小傘を呼ぶ為に衣玖は奥の部屋へ向かった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 それよりも少し前。
 
 旧キの街角にて、二人の鬼が殴り合いの大喧嘩をしていた。
 
 弾幕ごっこなどというお遊びではない。お互いに殺す気満々の殴り合いだ。
 
「この馬鹿! なんで全部飲んじゃうのさ!?」
 
「それくらい良いじゃないか、アンタはもう飲んだ事あるんだろ!?」
 
 振るわれる拳が町並みを破壊し、踏みしめる脚は大地を揺らす。
 
 その揺れが地上で地震になっている事に、二人は全く気付いていない。
 
 余りにも壮絶な大喧嘩を前に、旧都の妖怪達は地霊殿に避難してきていた。
 
「さ、さとり様……、どうするんですか?」
 
 如何に地霊殿の主とはいえ、山の四天王二人を相手にどうこう出来るような力は流石に無い。
 
 さとりは、その名の如く悟りきった表情で、
 
「祈りましょう。……せめて地霊殿に被害が無いように」
 
「……私の家は全壊したのに、地霊殿だけ無事だなんて妬ましい」
 
 そんな怨嗟が隣から聞こえてきたが、さとりは無視して祈る事にした。
inserted by FC2 system