香霖堂繁盛記
書いた人:U16
第90話 風祝の買い物
幻想郷と呼ばれる閉鎖された世界がある。
この世界とは見えない壁一枚を隔てた所にある異世界。
そこでは、人間だけでなく妖精や幽霊、吸血鬼に妖怪、更には宇宙人や死神、閻魔様に神様までもが存在していた。
その幻想郷の魔法の森と呼ばれる湿度の高い原生林の入り口に、ポツンと建てられた一件の道具屋。
掲げられている看板には香霖堂の文字。
店の中に入りきらないのか? 店の外にも様々な商品が乱雑に積み重ねられている。
ここ香霖堂は、幻想郷で唯一、外の世界の道具も、妖怪の道具も、冥界の道具も、魔法の道具も扱っている店であるが、外の世界の道具に関しては誰にも使い方が分からないため余り売れていないらしい。
というか、僅かに使用方法の分かった外の世界の道具は、全て店主である森近・霖之助が自分のコレクションに加えてしまうので、商売としては成り立っていない。
まあ、そんな感じで、ここ香霖堂は今日ものんびりと適当に商売していた。
●
ある日の香霖堂。
霖之助が何時ものように店番をしていると、挙動不審な態度の客がやって来た。
どれくらい挙動不審かというと、店に入ってからというもの、露骨に周囲を気にしている様子なのだ。
強いて言うならば、霖之助以外の店員を探しているような……。
暫くはキョロキョロしていた早苗だが、やがて霖之助の前にやって来ると、
「あ、あの……、今日は他の店員さんは誰も居ないんですか?」
何時もの彼女らしくない、弱気な声でそう尋ねた。
対する霖之助は、読んでいた本から顔を上げて、
「今日は皆休みだよ。……それが何か?」
「い、いえ! 何でもありません」
「探し物なら、僕が――」
「大丈夫です! 自力で探せます! 店主さんは、そのまま本を読んでいてください!」
必死な形相で力強く宣言すると、商品棚の向こうに消えて行ってしまった。
……何だったんだ?
流石に意味が分からず、小首を傾げる霖之助だが、まぁ、楽が出来るというのなら問題無い。
早苗の好意に甘え、読書を再開させる事にした。
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さて、早苗が何を探しているかというと、実は女性用の下着だったりする。
幻想郷での女性用下着は、主に二種類。
ドロワーズと腰巻だ。
着物派は腰巻きで、洋服派はドロワーズが主体となっている。
そして早苗は、というとそのどちらでも無いショーツ派だ。
数年前に外の世界から幻想郷にやって来た事を思えば、当然といえば当然なのだが、――問題は人里でショーツが扱われていないという事だった。
余り幻想郷に関する事前情報が無かった為、下着の買い溜めをしてこなかった早苗。
一応、ドロワーズを買って試してはみたものの、どうも彼女には合わなかった。
ショーツのフィット感に慣れている彼女からしてみれば、ドロワーズのブカブカ感は、どうにも心許なく感じるのだ。
仕方無く代替え品が見つかるまでは、今有る物を限界まで履き潰す事にしたのだが、ここでまた新たな問題が浮上してきた。
――弾幕ごっこだ。
普通に生活している分には、下着などそれ程傷む物でもないのだが、弾幕ごっこというのは、思っている以上に服に負担を掛ける。
それは下着であっても例外では無い。
そのお陰で一枚を残し、下着のストックが切れてしまったのだ。
今、その一枚は洗濯して干してある為、現在は素肌の上に短パンを履いて誤魔化しているのだが……、
……ゴワゴワして気持ち悪いです。
まあ、そんな過程から、残された最後の手段として香霖堂に買いにきたわけだ。
勿論、早苗とてこんなギリギリまで放っておくつもりは無かった。
無かったのだが、男の霖之助に下着を買いに来たと言うのは恥ずかしいものがあり、結局、適当に話をしてその場を誤魔化し、帰ってしまうのが常だった。
……とはいえ、もう後がありませんし。
意を決して香霖堂にやっては来たものの、やはり恥ずかしく、せめて女性の店員に頼もうかと思っていたのだが、今日に限って誰も手伝いは居ないという。
こうなったら仕方無いと、気合いを入れ直して店中の棚から女性用の下着を探し始める早苗だが、どこを探しても目当ての品物は見当たらない。
……分からなかったら人に聞く。
だが内容が内容だけに、年頃の少女である早苗としてはとても恥ずかしい。
……いえ、幻想郷では常識に囚われてはいけないのですね!
ぎこちない足取りながらも、カウンターにまで歩き、羞恥で顔を耳まで真っ赤に染めながら、それでも早苗はハッキリと言い切った。
「店主さん。外の世界の女性用の下着は置いてありませんか?」
正直、この場から走り去りたいくらい恥ずかしいが、今逃げてしまうと、何の為に恥ずかしい思いをしたのか分からなくなってしまうので我慢する早苗。
対する霖之助は、そんな早苗の葛藤など知らず、何時もと同じ平然とした態度で、
「下着の類は余り売れないからね、奥に仕舞ってあるよ」
席を立ち、
「すぐに持ってこよう。少し待っててくれ」
そう言い残し、奥の部屋へ行くと、五分程で一抱え程の葛籠を持って戻って来た。
「さあ、どうぞ」
促され、蓋を開けると、中には沢山の下着が収められていた。
流石にこれだけあれば、サイズだけでなく自分好みのデザインの物もあるだろうと、先程までの羞恥心など何処に行ったのかとばかり、嬉々とした表情で下着を選別し始める早苗。
今まで悩んでいたのが馬鹿らしくなるくらいだ。
まず、オバちゃんパンツとお子様パンツを除外し、続いてサイズを見極める。
この際、多少のサイズの違いは我慢する事にした。
「幻想郷の娘達には、どうにも受けが良くなくてね。一部の顧客以外は誰も買っていってくれないんだ」
ちなみに一部の客とは、紅魔舘のメイド長だったり、門番だったり、永遠亭の月兎だったり、妖怪の山の鴉天狗だったりだ。
主に短いスカートを好んで着用する者に愛用されている。
ちなみに咲夜は、早苗同様、外の世界から来た現代人であるし、美鈴に関してはその服装上ドロワーズや腰巻きが合わない為だ。
「もし需要があるようなら、これからも仕入れるようにするけど、どうする?」
「あ、是非ともお願いします」
選別に没頭している為か、それとも羞恥心すら常識と共にかなぐり捨てたのかアッサリと答える早苗。
こうして、無事にショーツを入手する事が出来た早苗は、喜び勇んで神社へと帰って行った。
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後日。
「店主さん、生理用ナプキンって扱ってますか?」
あの一件で慣れたのか、まったく恥ずかしげも無く霖之助に問い掛ける早苗。
幻想郷には生理用ナプキンなんて上等な物は無い為、里の女性達は浅草紙と呼ばれる粗悪な和紙を使っているのだが、この浅草紙、固いトイレットペーパーのような物なので、現代人の早苗には受けが良くなかった。
その為、またもや香霖堂を訪れる事にしたのだが、そこにはもはや羞恥心というものが微塵も見られない。
対する霖之助は、注文のあった品を持ち出してきて、
「これで良いのかい?」
ナプキンなども日進月歩の商品の為、売られなくなった商品は次々と幻想郷に流れ込んでくる。
当然それは旧式の物で、外の世界に居た頃から愛用していた物とは違うが、これでも充分だ。
「はい。ありがとうございます」
礼を言って懐からガマ口財布を取り出そうとする早苗を霖之助は押し留め、
「いや、代金はいいよ。代わりにこれの使い方を教えて貰えないかな?」
勿論、霖之助が使用するわけではない。
早苗が人里で売っている物ではなく、わざわざ香霖堂に買い求めに来る以上、それなりに使い勝手が良いのだろう。
ならば、使い方さえ分かれば、他の少女達にも受けが良い筈だ。
その為、早苗に使い方を教えてもらおうとしたのだが、先日の一件で更なる進化を遂げた東風谷・早苗は、常識と共に羞恥心も捨ててしまったのか、恥ずかしげも無くスカートをたくし上げ実演してみせようとするのを、霖之助は慌てて止める羽目になった。