香霖堂繁盛記
書いた人:U16
第88話 ぬえの天敵
幻想郷と呼ばれる閉鎖された世界がある。
この世界とは見えない壁一枚を隔てた所にある異世界。
そこでは、人間だけでなく妖精や幽霊、吸血鬼に妖怪、更には宇宙人や死神、閻魔様に神様までもが存在していた。
その幻想郷の魔法の森と呼ばれる湿度の高い原生林の入り口に、ポツンと建てられた一件の道具屋。
掲げられている看板には香霖堂の文字。
店の中に入りきらないのか? 店の外にも様々な商品が乱雑に積み重ねられている。
ここ香霖堂は、幻想郷で唯一、外の世界の道具も、妖怪の道具も、冥界の道具も、魔法の道具も扱っている店であるが、外の世界の道具に関しては誰にも使い方が分からないため余り売れていないらしい。
というか、僅かに使用方法の分かった外の世界の道具は、全て店主である森近・霖之助が自分のコレクションに加えてしまうので、商売としては成り立っていない。
まあ、そんな感じで、ここ香霖堂は今日ものんびりと適当に商売していた。
●
その日、香霖堂に一人の少女が来店していた。
黒いワンピースを身に着けた妖怪少女で、紅魔舘のフランドール・スカーレットにも見劣りしないような奇抜な羽根を背中から生やしていた。
彼女の名は封獣・ぬえ。
命蓮寺に居候する正体不明を操る妖怪だ。
ぬえは商品を手に取ると首を傾げ、……首を傾げ、――首を傾げ、遂には身体ごと傾げ、……やがて諦めたのか最後には商品を元の場所に戻し、また別の商品を手に取った。
実はぬえ、最近命蓮寺での夕食時に話題に上がる事の多い香霖堂に興味を持って、やって来たわけだが、
……何、この店は!?
正真正銘、ぬえは驚いていた。
何しろこの店には、正体不明の物が溢れかえっているのだ。
最初は、ちょっと悪戯してやろうという気持ちでやって来たのだが、これでは彼女の能力が発揮出来ない。
なにしろ正体不明の物に正体不明の種を付けた所で、正体不明のままなのだ。
自分の能力で正体不明にして相手を困らせるのが楽しいというのに、この店ときたら正体不明の物をそのまま商品として扱っている。
これでは、自分の能力を封じられているようなものだ。
ぬえも長い間生きてきたが、このような仕打ちを受けたのは初めてだった。
……これは、私に対する挑戦ね!?
ぬえは勝手にそう決めつけると、その商品を手に勘定台に向かい、
「これ頂戴」
カウンターの上に商品を置く。
それまで本を読んでいた店主は、そこでようやく顔を上げて、
「ほう……、これを選ぶとは、君はなかなかに見る目があるね」
言われた台詞に、ぬえは驚愕を覚える。
「……貴方、これが何をする物なのか分かるの?」
問われた霖之助は眼鏡を指で押し上げると、
「当然だろう。ここは店で僕は店主だ。正体不明の道具なんかを店先に並べる筈が無い」
それに、
「僕の能力は、道具の名前と用途を知る事が出来る。――よって、この店の中にある道具で、僕の知らない道具は無い」
断言する霖之助。そして、それを聞いてぬえは愕然とした。
……なんて私と相性の悪い相手だろう。
雲山や一輪が飛び倉の破片をちゃんと認識出来ていたように、例え正体不明の種が仕込まれている道具でも、完全に認識出来ている物を誤認させる事は出来ない。
そして、この店主の能力の前では、自分の能力は一切通用しない。……そうぬえは判断した。
実際の所、霖之助の能力では使い方が分からない中途半端なものなので、ぬえの能力を使えば、あやふやな物になって見える可能性も高いのだが……。
そんな事は微塵も知らないぬえは悔しさに奥歯を強く噛み締めながら、
……つまり、私から見れば正体不明のこの道具も、店主からすれば何の変哲も無い道具にしか見えないという事?
なんと滑稽な事だろう。
これでは、自分が自分の能力に陥っているようなものではないか。
「クッ……!?」
ぬえは右手をポケットの中に突っ込むと、そこにあった小銭を掴み取ってカウンターの上に叩き付けるように置き、
「……店主、貴方のお名前は?」
霖之助と視線を合わせず、俯いたままで問い掛けるぬえ。
対して店主は、妙に自信に満ち溢れたように聞こえる声色で自らの名を名乗る。
「――森近・霖之助」
「私は封獣・ぬえよ。――貴方を私の……、語り継がれてきた正体不明の妖怪、鵺のライバルとして認めるわ!」
宣言し、カウンターの上に置かれていた道具を手に取って踵を返すと店を出て行った。
……まずは手始めに、この道具を使いこなして正体不明で無くす!
そう決意し、ぬえは命蓮寺へと急いだ。
●
残された霖之助はカウンター上の小銭を拾い集め、
「――代金が足りないんだが」
……まぁ、あの分ならまた近い内にやって来るだろう。
そう思い、霖之助は水煙草に火を入れた。
――ちなみに、ぬえが買っていった道具はポケットベル。
どう足掻いても、幻想郷に居る彼女では使いこなせる筈が無かった。