香霖堂繁盛記
 
書いた人:U16
 
第87話 秋のスイーツ
 
 幻想郷と呼ばれる閉鎖された世界がある。
 
 この世界とは見えない壁一枚を隔てた所にある異世界。
 
 そこでは、人間だけでなく妖精や幽霊、吸血鬼に妖怪、更には宇宙人や死神、閻魔様に神様までもが存在していた。
 
 その幻想郷の魔法の森と呼ばれる湿度の高い原生林の入り口に、ポツンと建てられた一件の道具屋。
 
 掲げられている看板には香霖堂の文字。
 
 店の中に入りきらないのか? 店の外にも様々な商品が乱雑に積み重ねられている。
 
 ここ香霖堂は、幻想郷で唯一、外の世界の道具も、妖怪の道具も、冥界の道具も、魔法の道具も扱っている店であるが、外の世界の道具に関しては誰にも使い方が分からないため余り売れていないらしい。
 
 というか、僅かに使用方法の分かった外の世界の道具は、全て店主である森近・霖之助が自分のコレクションに加えてしまうので、商売としては成り立っていない。
 
 まあ、そんな感じで、ここ香霖堂は今日ものんびりと適当に商売していた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「ここが香霖堂ね……」
 
 そう呟き、魔法の森の入り口に立つ古道具屋の看板を見上げて、零したのは山に住まう神の一柱。秋・穣子だ。
 
 唐草模様の風呂敷を背負った彼女は、勢いよく香霖堂に入って行った。
 
「たのもー!」
 
 騒がしく鳴り響くカウベルの音に、店主である霖之助は露骨に眉を顰めた嫌な顔をするが、やって来た客が風呂敷包みを背負っているのを見て露骨に態度を変え、
 
「いらっしゃい。買い取りのお客様かな?」
 
「客なのは違い無いけど、買い取りじゃないわ」
 
「ふむ……」
 
 客であるならば問題は無い。
 
「では、本日はどのような御用件で?」
 
 問い掛けると、少女は胸元の琥珀のペンダントを摘み上げ、
 
「姉さんがこれを買ったのは、このお店でしょう?」
 
 見覚えのあるペンダントだ。
 
 霖之助は納得したと頷き、
 
「なるほど。……君が紅葉神、秋・静葉の妹の――」
 
「秋・穣子よ。それで、今日は姉さんにこのペンダントのお礼がしたくて買い物に来たんだけど……」
 
 言って、背中の風呂敷包みをカウンターの上に広げる。
 
「これが料金だがら、この報酬の範囲内で良い物見繕ってちょうだい」
 
 そこには大量の秋の味覚が山積みになっていた。
 
 サツマイモ、栗、葡萄、梨、柿、松茸を始め多種多様なキノコなどなど。
 
 霖之助は、これらの食材を前に即座に値段を弾き出し、
 
「そうだね……、そういう事なら、幾つか質問を良いかい?」
 
「何?」
 
「君達は普段、この食材をどのようにして食べている?」
 
「どのようにして……、って」
 
 果物類はそのまま食べたり、サツマイモは蒸したり焼き芋にしたりだ。
 
「栗は茹でてから食べたり栗ご飯にしたり、キノコは鍋の材料にしてるわ」
 
 それを聞いた霖之助は頷き、
 
「ではこういうプレゼントはどうだろう?」
 
 霖之助の提案、……それは、
 
「でざと?」
 
「あぁ、外の世界では甘味の事をそう呼ぶらしい」
 
 言って、商品棚からデザートのレシピ本を取り出し、
 
「最近、この手の本が多く入ってきてね。作り方には事欠かないんだ」
 
 山の巫女曰く、デザートという単語が死語になりつつあるらしい。
 
 パラパラとページを捲ると、そこには色鮮やかな写真と共に使用材料や作り方が書かれている。
 
「凄いわね……、外の世界じゃ毎日こんな物食べてるの?」
 
「山の巫女が言うには、余り食べ過ぎるとメタボるから滅多に食べないらしいけどね」
 
 ちなみに、メタボるとは何を指しているのか聞いても教えてくれなかったので、未だに謎だ。
 
「流石に、材料の都合もあるから、出来る料理は限られてくるが、……どうする?」
 
 問うてみると、穣子は迷いも見せず、
 
「良いんじゃない? ……あ、これなんて美味しそう」
 
 姉へのプレゼントよりも、自分が食べたがっているだけのように見えるが、
 
 ……まぁ、良いだろう。
 
「今有る材料で作れそうなのは、このスイートポテトという物だね」
 
 幸いにも冷蔵庫の中には、紅魔舘から小悪魔が持参してきたバターと牛乳が残っている。
 
「こっちは?」
 
 穣子が指したのはマロングラッセのリングシューという料理だ。
 
「残念ながら、材料が足りないよ」
 
 上白糖ならあるが、グラニュー糖が無い。というか、そもそもコーンスターチとは何だ?
 
「というわけだから、潔くスイートポテトにするべきだ」
 
 霖之助としても、非常に興味はあるが、無い袖は振れない。
 
「しょうがないわね。……なら、それで良いわ」
 
 仕方なさそうに言いつつも、ノリノリでサツマイモの選別を始める穣子。
 
「一本で良いよ」
 
「試食の分を含めて二本は要るに決まっているわ」
 
 そう言って、大きなサツマイモを二本チョイスした穣子は、それを持って勝手場に向かった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 スイートポテトの作り方。
 
1.サツマイモの皮をむき1.5cmの厚さの輪切りにして暫く水にさらします。
 
「なるほど」
 
 霖之助の指示通り、穣子は手早くサツマイモの皮を剥いて輪切りにし、水を張ったボールの中へ放り込む。
 
「ほう。……意外と手際が良いね」
 
「神様、ナメんな」
 
2.鍋にサツマイモを入れ、竹串をさしてスッと通るまで茹でる。
 
 サツマイモを予めお湯を沸かせておいた鍋の中に放り込んで茹でる。
 
「これくらいかしら?」
 
 竹串を刺して確認する穣子。
 
 彼女から竹串を渡された霖之助も刺して確認し、
 
「良いんじゃないかい?」
 
3.湯を切り、サツマイモが熱いうちに細かく潰します。
 
 シャモジを使って片っ端から潰していく。
 
「良い感じね」
 
「ふむ」
 
4.バターを入れよく練り、さらに牛乳・グラニュー糖・塩を加え弱火にかけます。
 
「グラニュー糖が無いので、取り敢えず上白糖で代用しようか」
 
「本当に良いんでしょうね?」
 
 実際、焼き菓子でグラニュー糖が推奨されるのは、上白糖だとグラニュー糖に比べメイラード反応が起きやすく焦げ色が付きやすいからだ。
 
 勿論、味的にも上白糖の方がグラニュー糖に比べて甘みが強くコクがあるという特徴があるが、代わりに使用して出来ないという事も無い。
 
5.水分が蒸発しサツマイモがもったりするまでよく練り火を止めます。(ここで水分をよくとばすと成形が楽になります♪)
 
「……キモイから“♪”付けて読まないで」
 
「あぁ、僕もそう思ったところだ」
 
6.あら熱を取り、卵黄とラム酒を加えよく混ぜます。
 
「ラム酒って有るの?」
 
「有るとも」
 
 以前、萃香に全部飲まれたので、また新たに仕入直したのだ。
 
7.6をボート型にし、天板にならべます。表面に艶出しの卵黄+水をハケでぬります。
 
「…………」
 
 真剣な表情で形を整えていく霖之助に、穣子は半ば呆れた表情で、
 
「そこまで形に拘らなくても良いと思うわよ?」
 
「…………」
 
8.百八十度に温めておいたオーブンに入れ二十分焼きます。表面が乾いたら取り出し、もう一度艶出しの卵黄+水を塗って、表面に焼き色が付くまで五分再度オーブンで焼きます。
 
 紅魔舘ほど立派な物は無いが、香霖堂には幻想郷で唯一の電気オーブンがある。
 
 これを主に使用するのは霖之助ではなく手伝いで来た小悪魔だが、おおよその使い方は分かる。
 
「良い香り」
 
「もう少しで完成だな」
 
 ……そして、最後の五分が経ち。
 
「完成だね」
 
「早速、試食してみましょう」
 
 天板から焼き立てのスイートポテトを取り、一口大に切り分ける。
 
「ふーふー」
 
 息を吹き掛けて冷まし、口の中に放り込むと、得も言われぬ甘さが口中に広がった。
 
「オイシ!?」
 
「これは……、中々」
 
 これならば、静葉へのプレゼントとしても申し分無いだろう。
 
 スイートポテトを入れて綺麗に包装したバスケットを手に穣子は上機嫌で、
 
「姉さんがこの店を気に入るのも分かるわ。じゃあ、またね香霖堂。来年は、裏の畑にも豊穣を与えてあげる」
 
「それはとてもありがたいね。その時はお供えに御神酒を供えようか? それとも新しいデザートの方が良いかい?」
 
 霖之助がそう尋ねると、穣子は笑みを浮かべて、
 
「勿論、デザートで」
 
 そう言い残し、山へと帰っていった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 それからというもの、月に一度位の割合で材料持参で香霖堂にデザート作りに訪れる秋姉妹の姿が見られるようになった。
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