香霖堂繁盛記
 
書いた人:U16
 
第86話 修羅場(番外編)
 
 幻想郷と呼ばれる閉鎖された世界がある。
 
 この世界とは見えない壁一枚を隔てた所にある異世界。
 
 そこでは、人間だけでなく妖精や幽霊、吸血鬼に妖怪、更には宇宙人や死神、閻魔様に神様までもが存在していた。
 
 その幻想郷の魔法の森と呼ばれる湿度の高い原生林の入り口に、ポツンと建てられた一件の道具屋。
 
 掲げられている看板には香霖堂の文字。
 
 店の中に入りきらないのか? 店の外にも様々な商品が乱雑に積み重ねられている。
 
 ここ香霖堂は、幻想郷で唯一、外の世界の道具も、妖怪の道具も、冥界の道具も、魔法の道具も扱っている店であるが、外の世界の道具に関しては誰にも使い方が分からないため余り売れていないらしい。
 
 というか、僅かに使用方法の分かった外の世界の道具は、全て店主である森近・霖之助が自分のコレクションに加えてしまうので、商売としては成り立っていない。
 
 まあ、そんな感じで、ここ香霖堂は今日ものんびりと適当に商売していた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ある日の事だ。
 
 霖之助がいつものように読書をしていると、客がやって来た。
 
「店主さん?」
 
 本当はもっと本を読んでいたいところだが、お客様は神様だ。無視するわけにもいかない。
 
「いらっしゃいますよね?」
 
 顔を上げると、そこには本当に神様が居た。
 
「あぁ、君か……」
 
 香霖堂にやって来た客の名は東風谷・早苗。人であり神でもある少女だ。
 
「ちょっと見てくださいよ、これ」
 
 霖之助が要件を聞こうとするよりも早く、彼女は後ろを向いて破れたスカートを見せ、
 
「あぁ、破れてるね」
 
「そうなんですよ! 里の方に布教しに行った帰りなんですけど、妖怪が呑気に座って楽しそうに本を読んでたんです」
 
「別に良いんじゃないか?」
 
 妖怪だって本くらい読むだろう。
 
 そう言ったが、無視された。
 
「何となく不意打ちで退治しようとしたんですけど、反撃してきまして。
 
 それが結構強くて……」
 
「……被弾したわけだ」
 
「まぁ、その妖怪は、けちょんけちょんに退治してきましたけど」
 
 早苗とのやり取りに何となくデジャブを感じながらも、なんとなく用件を把握する。
 
「それで、僕にそのスカートを直せ言うわけか」
 
「はい。代金はその妖怪が読んでいたこの本でどうでしょう?」
 
 言って、カウンターの上に本を置く。
 
 霖之助は、本を手に取るとページを捲り、
 
「残念ながらこれは代金の代わりにはならないな……」
 
 後付のページを開き、そこに押された香霖堂の捺印を見せ、
 
「これは元々うちの貸し本だよ。君が退治したのは、うちのお客様だ」
 
 まぁ、妖怪を退治した事についてはどうこう言うつもりはない。
 
 客の少女には、本の紛失代金として少々働いてもらう事になるが。
 
「何だかんだ言って、君はお得意様だからね。今回の分はツケにしておくよ」
 
「わ、ありがとうございます」
 
 本人に自覚は無いが、霖之助から見て早苗は孫のような存在だ。どうしても甘くなってしまう。
 
 早速、着替えに奥の部屋に向かった早苗。
 
 彼女と入れ違いに新たな客が香霖堂を訪れた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 奥の部屋で下着姿になった早苗は、着替えを探し始める。
 
「えーと、ここは店主さんの服で……、こっちがお手伝い用の制服」
 
 そうやって順番に探していると、一つだけ別に仕舞われている桐箱が有る事に気付いた。
 
「何かしら?」
 
 もしかしたら西陣織とか高級品の着物かもしれない。
 
 早苗とて女の子だ。綺麗な着物には興味がある。
 
 ……ちょっと合わせるだけ。
 
 そんな気持ちで桐箱の蓋を開けてみると、そこに収められていたのは西陣織の着物などではなく、古びた巫女装束。……しかも、博麗神社ではなく守矢神社の巫女装束だった。
 
 不審に思いながらも、丁度良いのでそれを身に着けていく早苗。
 
「デザインは殆ど同じなんですね……」
 
 そんな事を呟いていると、早苗の心の中に、自分とは違う人物の感情が流れ込んできた。
 
 ……何これ!?
 
 大怪我を負った旅人を助け、看護する女性。
 
 子孫を残す為、彼と結婚する事を決意する。
 
 やがて二人は結ばれ、子供も出来るが運命が二人を引き離す。
 
 ……これって、残留思念?
 
 この巫女装束を着ていた風祝の想いなのだろうか?
 
 知らぬ内に涙を流していた早苗だったが、記憶の残滓を覗き見ている内に理解するに至った。
 
「……この女の人は私だ」
 
 再び、この男性に会う為に、転生の秘術を用い、前世の記憶を継承する為の保険として、服に残留思念を込め、守矢の二柱に形見という形で預けた。
 
 自分の転生した子孫が、この巫女装束を身に着けた時に、記憶が甦るようにする為に。
 
 ……そして、
 
 今度こそ、あの男性に心から愛してもらう為に……!
 
「■■……。いいえ、霖之助さん……」
 
 熱に浮かされたような眼差しで、口元にうっすらと笑みすら浮かべ、早苗は霖之助の待つ店へ向かった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ……誰?
 
 早苗が店に戻ってみると、そこでは霖之助がやって来た客に対応していた。
 
 ……誰?
 
 いや、顔と名前は知っている。人里で寺子屋を営んでいる女性だ。
 
 ……ドウシテリンノスケサンハ、ソンナカオヲシテイルノ?
 
 自分に見せた事の無い表情を見せる霖之助。対する女性が霖之助を見つめる眼差しは客では無く女としての眼差しだ。
 
 ……ソウ。ソノオンナノセイネ。
 
「…………」
 
 聞き取れない程小さな声で何かを零し、早苗は靴も履かぬまま裏口から姿を消した。
 
 向かう先は人里へと続く道。
 
 幸い、この時間帯ならば、辺りを通る者は殆ど居ない為、誰にも見られる事は無いだろう。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 そして、早苗は今晩もう一度香霖堂を訪れる事になる。
 
 ……巫女装束の一部を紅に染めて。
  
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