香霖堂繁盛記
 
書いた人:U16
 
第84話 本日休業(教師編)
 
 幻想郷と呼ばれる閉鎖された世界がある。
 
 この世界とは見えない壁一枚を隔てた所にある異世界。
 
 そこでは、人間だけでなく妖精や幽霊、吸血鬼に妖怪、更には宇宙人や死神、閻魔様に神様までもが存在していた。
 
 その幻想郷の魔法の森と呼ばれる湿度の高い原生林の入り口に、ポツンと建てられた一件の道具屋。
 
 掲げられている看板には香霖堂の文字。
 
 店の中に入りきらないのか? 店の外にも様々な商品が乱雑に積み重ねられている。
 
 ここ香霖堂は、幻想郷で唯一、外の世界の道具も、妖怪の道具も、冥界の道具も、魔法の道具も扱っている店であるが、外の世界の道具に関しては誰にも使い方が分からないため余り売れていないらしい。
 
 というか、僅かに使用方法の分かった外の世界の道具は、全て店主である森近・霖之助が自分のコレクションに加えてしまうので、商売としては成り立っていない。
 
 まあ、そんな感じで、ここ香霖堂は今日ものんびりと適当に商売していた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 その日、霖之助が真面目に仕事に勤しんでいると、お得意様が来店してきた。
 
「居るか? 霖之助」
 
「ここは僕の店だ。居るに決まっているだろう」
 
 やって来たのは、人里の守護者にして寺子屋の先生、上白沢・慧音だ。
 
「それで? 今日は何をお求めだい?」
 
 問い掛ける霖之助に対し、慧音は普段の調子を崩す事無く、
 
「藁半紙百枚と鉛筆を2ダースくれ」
 
 子供達の読み書きの練習には、筆よりもこちらの方が適しているし、値段も安くすませる事が出来る。
 
 難点を挙げるとすれば、これらの道具が幻想郷では香霖堂でしか手に入らないという事だろうか。
 
「あぁ、ちょっと待っていてくれ」
 
 椅子から腰を上げると、件の道具が置いてある棚に向かい、藁半紙と鉛筆を持って戻ってくる。
 
「藁半紙の方は、少しオマケしておいたよ」
 
 霖之助がタダでサービスする。
 
 その驚くべき事態に、掃除をしていた妖夢の時間が止まった。
 
 一緒に掃除していた天子は、大地震を警戒して要石を香霖堂に打ち込もうかと検討し始めた程だ。
 
「いつもすまないな」
 
 ……いつもッ!? あの人、今、いつもって言った!?
 
 ……有り得ない。幻想郷1無愛想店主、森近・霖之助がいつもサービスしてるだなんて!?
 
 二人の丁稚が驚愕していると、霖之助は半眼で彼女達を睨み、
 
「……君達、そういう会話は当人に聞こえないように言うものだよ」
 
 危険を察知した二人の丁稚は、慌てて視線を逸らす。
 
 霖之助は溜息一つで気持ちを入れ替えると、
 
「今日はこれだけで良いのかい?」
 
「あぁ……、いや、一つ頼みたい事があってだな」
 
 少し言いにくそうにしつつも、要件を告げる。
 
「寺子屋で、教師をやってみないか?」
 
 転職する気の無い霖之助は慧音の誘いを断ろうとするが、それよりも早く慧音が捲し立てるように、
 
「いや、お前にこの店を辞めろと言っているわけじゃないんだ。
 
 ……明日一日だけで良い、私の勉強の為に教鞭を執ってもらいたい」
 
 慧音曰く、彼女の授業は子供受けが良くないらしい。
 
 そこで、人妖を問わず幻想郷中の識者達に授業を行ってもらい、そこから子供受けのする授業の仕方を学び取りたいのだという。
 
「ふむ……」
 
 本来ならば面倒なので断りたいところだが、
 
 ……識者か。
 
 そういう認識も悪くは無い。
 
「そうだね、そういう事なら手伝わせてもらうよ」
 
「そうね、どうしてもって言うんなら、出てやっても良いわよ」
 
 霖之助とほぼ同時に、そんな主張をしてくれたのは、香霖堂の丁稚の片割れ比那名居・天子だ。
 
 確かに天人である彼女ならば、教養も高いだろうが……、
 
「……天子、君には明日は裏庭を四時間掛けて掘り、四時間掛けて埋める仕事をしてもらうことにしようか」
 
 正直、この我が儘娘がまともに授業が出来るとは思えない。それどころか下手したら寺子屋が破壊されかねない。
 
 当然、承伏しきれない天子は文句を言うが、幸い明日の手伝いは衣玖の当番だ。
 
 彼女なら天子の扱いにも多少は慣れているだろう。
 
 ……こうして、霖之助の臨時教師が決定した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 そして翌日。
 
 意気揚々と寺子屋を訪れた霖之助。
 
 教鞭を執るにあたり、教卓に立った早々この依頼を受けた事を後悔し始めた。
 
 教卓の前の席、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべた女の子が座していたからだ。
 
「……ここで何をしている? 阿求」
 
「勿論、勉強ですが? それ以外に何があると?」
 
 ……嘘だな。
 
 慧音よりも自分が教える方が面白い授業が出来る。寺子屋の資料は稗田家提供の自分が書いた物。と豪語する阿求が寺子屋に勉強に来る事など有り得ない。
 
 まず間違い無く霖之助が教師をすると聞いて、からかいにきたのだろう。
 
 慧音に助けてくれと視線を送るが、不登校児だった阿求が寺子屋に出てきてくれるようになったのが嬉しいのか、慧音は阿求の言葉を噛み締め頷いていて霖之助の視線に気付かない。
 
 ……クッ、仕方無い。
 
 極力、阿求の相手をしないように授業を進めていこうと決めた霖之助だが、開始一分で阿求の妨害が入った。
 
「はい、森近先生。質問があるのですが良いですか?」
 
「…………」
 
 無視して授業を進めようとする霖之助だが、阿求は鞄から古い文々。新聞を取り出し、
 
「この新聞には森近先生と慧音先生は婚約していると書かれていますが本当ですか?」
 
 途端、教室中が騒がしくなる。
 
「それで、お二人は何時くらいからお付き合いを?」
 
 ……知っているくせに聞くな。
 
 と言いたくなるが、大人としては子供達の前で醜態を見せるわけにはいかないと思い耐える。
 
 その代わりに、慧音にこの場を沈静してもらおうと視線を向けた。
 
 しかし、そこでは彼女も生徒達に囲まれ質問責めにあっている所だった。
 
 ただその表情が困っているのではなく嬉しそうなのはどういう事か。
 
「祝言はいつ頃に? 仲人は私が務めましょうか? それとも霧雨の大旦那さん?」
 
 楽しそうに……、本当に楽しそうに問い掛ける阿求。
 
 ……しかし彼女も人が悪い。
 
 ニヤつく表情の裏では、自分を寺子屋に連れ出した原因である慧音の企みに舌を巻く。
 
 子供達を利用して既成事実を里中に蔓延させる為に阿求を連れ出し、臨時教師などという役職をでっち上げて霖之助を寺子屋に誘き出した。
 
 ……女の情念というのは本当に怖いですねぇ。
 
 家に帰った子供達はこの事を親に報告するだろう。
 
 これで明日には、文々。新聞を読んでいない者達にも霖之助と慧音の仲が広まっている筈だ。
 
 ……まぁ、私としては彼をからかえればそれで満足なんですが。
 
 結局、その日は授業など行える状況ではなかった。
   
inserted by FC2 system