香霖堂繁盛記
 
書いた人:U16
 
第80話 形見
 
 幻想郷と呼ばれる閉鎖された世界がある。
 
 この世界とは見えない壁一枚を隔てた所にある異世界。
 
 そこでは、人間だけでなく妖精や幽霊、吸血鬼に妖怪、更には宇宙人や死神、閻魔様に神様までもが存在していた。
 
 その幻想郷の魔法の森と呼ばれる湿度の高い原生林の入り口に、ポツンと建てられた一件の道具屋。
 
 掲げられている看板には香霖堂の文字。
 
 店の中に入りきらないのか? 店の外にも様々な商品が乱雑に積み重ねられている。
 
 ここ香霖堂は、幻想郷で唯一、外の世界の道具も、妖怪の道具も、冥界の道具も、魔法の道具も扱っている店であるが、外の世界の道具に関しては誰にも使い方が分からないため余り売れていないらしい。
 
 というか、僅かに使用方法の分かった外の世界の道具は、全て店主である森近・霖之助が自分のコレクションに加えてしまうので、商売としては成り立っていない。
 
 まあ、そんな感じで、ここ香霖堂は今日ものんびりと適当に商売していた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 後頭部に鈍い痛みを受けて気を失った霖之助が目を覚ました時、彼の顔を覗き込むようにして見ている女性が居た。
 
 眼鏡を外されているのか、視界が安定しない中、ぼやけた視界の映像と一致する記憶にある女性の名を呼ぶ。
 
「……東風谷?」
 
「はい。東風谷・早苗です」
 
「…………」
 
 ……違う。彼女はそんな名前では無かった筈だ。
 
 そこまで思考して、ようやく意識がハッキリしてきた。
 
「……あぁ、君か」
 
 身を起こし、枕元に置かれていた眼鏡を装着する。
 
「何処の東風谷さんと間違ったんですか?」
 
「……何の事だい?」
 
 惚ける事にした霖之助に対し、早苗は何処か勝ち誇った表情で、
 
「誤魔化そうとしても無駄です。――女の子はその辺敏感なんですよ」
 
 悪戯っぽい笑みを浮かべて立ち上がると、早苗は霖之助に手を差し出し、
 
「立てますか? 向こうの部屋で。神奈子様がお待ちです」
 
 その言葉で、ようやく霖之助は、ここが守矢神社である事に気付いた。
 
 暫しの思案の後、逃げ場が無い事を悟った霖之助は諦めの溜息を吐き出すと、
 
「……仕方が無い。僕も覚悟を決めるとしよう」
 
「……覚悟って、何も取って食べられたりするわけじゃ……」
 
 呆れたように言う早苗だが、霖之助としては彼女達には殴られても文句は言えないような事をした覚えはあるのだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「神奈子様……。香霖堂の店主さんを連れて来ました」
 
「はいよー」
 
 フランクな返事が返り、早苗が襖を開けると座敷の上座には赤い服を身に纏い、背中に注連縄を背負った神様が座していた。
 
 赤い服の神様……、八坂・神奈子は霖之助の顔を見るとニヤリと笑い、
 
「やっぱりアンタだったわけか、■■」
 
「ご無沙汰しています、八坂様。……それと、今は森近・霖之助と名乗っていますので」
 
「そうかい……」
 
 霖之助に座るように促すと、もう一柱の神、洩矢・諏訪子が小脇に埃にまみれた桐箱を持って現れ、霖之助に桐箱を突き出すと、
 
「あの娘の形見よ。……アンタにやるわ」
 
 いつもの彼女からは想像も出来ないような無愛想な態度で告げる。
 
 対する霖之助は、恭しい手付きでそれを受け取ると、
 
「……彼女は、何か言ってましたか?」
 
 諏訪子は口を開き、……何かを言おうとして躊躇い、
 
「……アンタには教えてやらない」
 
 そう言い残して踵を返し、部屋を出て行ってしまった。
 
「す、諏訪子様!?」
 
 彼女の態度にただならぬものを感じたのだろうか、慌てて席を立ち、諏訪子を追いかける早苗。
 
 残された霖之助は、桐箱の封を解いて蓋を開けると、そこに収められている古びた巫女装束を見て感慨深げな吐息を吐き出し、
 
「……まだ、残っていたのか」
 
「あぁ、諏訪子が大事に保管してたからね。……それと、あの娘からの伝言だ」
 
 諏訪子は敢えて教えなかったようだが、遺言を預かっている身としては言わねばならない。
 
 一息、
 
「ありがとう。……だとさ」
 
 それが、かつて霖之助の妻だった女性の遺言だった。
  
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