香霖堂繁盛記
 
書いた人:U16
 
第79話 秘密結社壊滅
 
 幻想郷と呼ばれる閉鎖された世界がある。
 
 この世界とは見えない壁一枚を隔てた所にある異世界。
 
 そこでは、人間だけでなく妖精や幽霊、吸血鬼に妖怪、更には宇宙人や死神、閻魔様に神様までもが存在していた。
 
 その幻想郷の魔法の森と呼ばれる湿度の高い原生林の入り口に、ポツンと建てられた一件の道具屋。
 
 掲げられている看板には香霖堂の文字。
 
 店の中に入りきらないのか? 店の外にも様々な商品が乱雑に積み重ねられている。
 
 ここ香霖堂は、幻想郷で唯一、外の世界の道具も、妖怪の道具も、冥界の道具も、魔法の道具も扱っている店であるが、外の世界の道具に関しては誰にも使い方が分からないため余り売れていないらしい。
 
 というか、僅かに使用方法の分かった外の世界の道具は、全て店主である森近・霖之助が自分のコレクションに加えてしまうので、商売としては成り立っていない。
 
 まあ、そんな感じで、ここ香霖堂は今日ものんびりと適当に商売していた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 最近、東風谷・早苗について余り良い噂を聞かない。
 
 通りすがりの妖怪を問答無用で退治しようというのは、霊夢とさほど変わりは無いのだが、最近人里で買い物をしている妖怪にまで手を出したという噂を聞き及んだ。
 
 そして、彼女の背後に質の悪い者達も絡んでいる。とも……。
 
「それで……? 僕にそんな話をして、どうしろというんだい?」
 
 半眼で、霖之助が問い質すのはカウンターを挟んで向かいにいる慧音だ。
 
「このままでは、あの娘が火種になって妖怪対人間の戦争になりかねないんだ。
 
 だから、何とかしてあの娘の暴走を止めてもらいたい!」
 
 慧音に頭を下げられた霖之助は、僅かに考え、
 
「まあ、そういう事なら、手が無い事も無いが……」
 
「本当か、霖之助!?」
 
 身を乗り出す慧音に対し、霖之助は面倒臭そうに溜息を落とし、
 
 行くなら、自分で行ってくれと前置きした上で、
 
「守矢神社の神様達に頼めば良い。あの二柱の言う事なら、早苗も素直に聞くだろう」
 
「分かった。すぐに行ってこよう」
 
 そう言うと、霖之助に一言礼を述べ、慧音は駆け足で店を後にした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 慧音が去った後、暫くは読書に勤しんでいた霖之助だったが、突如、荒々しい音を発ててドアが開き、先程話題になっていた少女、東風谷・早苗がやって来た。
 
「やぁ、いらっしゃ――」
 
「見損ないました店主さん! 八坂様の名の下に調伏してさしあげますから、覚悟なさい!?」
 
「……出口はそこだよ。そのままお帰り」
 
 ……また面倒な事になってきた。
 
 と密かに溜息を吐き出す霖之助。
 
「問答無用です!」
 
 霖之助との距離を一気に詰め、上段から振り下ろされた早苗の一撃は、しかし霖之助まで届く事なく、左右から差し出された魔法のステッキとお払い棒によって押し留められていた。
 
「……邪魔をしないでください!?」
 
「いーや、するね」
 
「別に妖怪退治は悪い事って言うつもりは無いけど、アンタも大概見境ないわね」
 
 香霖堂に遊びに来ていた霊夢と魔理沙だ。
 
 睨み合う三者。
 
 対して当事者であるべき霖之助は、再度溜息を吐き、
 
「取り敢えず、僕を見損なうようになった経緯を教えてもらえないかい?
 
 問答無用で退治されるような事をした覚えは微塵も無いんだが」
 
「人一人を誘拐しておいて、よくもヌケヌケと……」
 
「……誘拐?」
 
 まったく身に覚えの無い事に、流石に首を傾げざるをえない霖之助。
 
「えぇ、そうです。私、聞きました、店主さんが人里の道具屋さんの一人娘を拐かして連れ去ったと!」
 
「…………」
 
「…………」
 
「…………」
 
 霊夢と霖之助は視線を合わせて一度頷くと、そのまま視線を魔理沙に向ける。
 
 魔理沙はその視線に耐えられなかったのか、そっぽを向き、
 
「……私じゃないんだぜ」
 
「アンタでしょうが……」
 
 そんなやりとりの意味が分かっていない早苗は、魔理沙達の気勢が削がれたのを幸いと、更に強気になり、
 
「さあ、誘拐したという女の子を出してもらいましょう!」
 
 追求する早苗に対し、霖之助は清々しい笑顔で、
 
「そうだね、じゃあ親御さんの元へ連れて行ってやってもらえるかい」
 
 言って、魔理沙の背中を押して早苗に差し出した。
 
「あ、こら!? 香霖の薄情者!」
 
「しかし、親父さんも回りくどい事をするね、魔理沙を連れ戻したいなら、もっと他にも方法があるだろうに。
 
 お陰で退治され掛かったよ」
 
 意味が分からない。と首を傾げる早苗。
 
「あぁ、気にしなくても良いわよ早苗。
 
 親子喧嘩の末に家を飛び出した不良娘を連れ戻すのに、利用されただけだろうから」
 
 気が抜けた、とお茶を啜る霊夢に対し、未だ意味が分からないと首を傾げる早苗は、
 
「……親子喧嘩? 何を言っているんですか? 私がこの話を聞いたのは、若い男の人からなんですが」
 
「何だって?」
 
 辻褄が合わない事に、眉を顰める霖之助。
 
 他に考えられる事とすれば、阿求の悪戯程度だが、それでは若い男というのはおかしいだろう。
 
 怪訝な表情をする霖之助に、いつもの勘が働いたのか、霊夢が彼の服の裾を引き、
 
「……霖之助さん、それってさっき慧音が言ってた」
 
 言われ思い出す。
 
「質の悪い者達かい? しかし、早苗に僕を退治させて誰に何のメリットがあるというんだ……?」
 
 こんなしがない古道具屋を退治した程度で、誰も得するとは思えない。
 
「……いや、待てよ」
 
 何か考えついたのか、奥の部屋に戻って押し入れの中を探し出し始める霖之助。
 
 やがて十分程して戻って来た時には、彼の手には古新聞が握られていた。
 
「何だそりゃ? 新聞紙か?」
 
 一面の写真に慧音が写っている。
 
「あぁ、昔の文々。新聞だよ」
 
 言って、記事の一つを指さし、
 
「こいつらかな? 早苗に僕を退治させようとしたのは」
 
「……なになに、……謎の秘密歴史結社?」
 
 ……胡散臭い。
 
 それが一同の感想だ。
 
「幻想郷から妖怪を追放して、幻想郷を人間だけの物にしよう企む一団の事さ。
 
 どうやら、彼らから見たら半妖の僕も排除対象らしいね」
 
 ふーん、と気のない返事を返した魔理沙が立ち上がり、
 
「ちょっと用事が出来たんで、私は先に失礼するぜ」
 
「魔理沙……」
 
「何だよ」
 
「手出しは無用だよ。というか、下手に手を出すと、親父さんにまで迷惑が掛かる」
 
 長い付き合いだ。彼女が何をしようとしているのかくらい手に取るように分かる。
 
 魔理沙や霊夢が手を出せば、神社は妖怪と結託していると言い回るだろうし、逆に妖怪が手を出せば、彼らは妖怪はやはり危険であると言い回るだろう。
 
 黙っていても再度襲撃を仕掛けてくる可能性もある。
 
「香霖はそれでも良いのかよ!?」
 
「良くは無いさ。……流石に寝ている間に焼き討ちにあったりすると困るからね」
 
「なら……!?」
 
 言いつのろうとする魔理沙の頭に手を置いて言葉を封じ、
 
「手はあるさ。任せておくと良い」
 
 ニヤリと……、まるで悪戯を思い付いた時のてゐのような笑いを浮かべ、
 
「さて、悪巧みといこうか」
 
 その一週間後、秘密歴史結社は解散に追い込まれた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 霖之助が彼らに対し何をしたかと言うと、……彼は殆ど何もしていない。
 
 ただ、知り合いの妖怪達に少し、力を借りただけだ。
 
 文々。新聞の号外で、彼らの悪事を有る事無い事書き綴ってもらい、それを人里に配布した。
 
 実名入りで、夜雀の屋台に因縁をつけて営業妨害しているだとか、見た目が幼い少女であるメディスンの露店に嫌がらせをしているだとか、最近の守矢の巫女の暴走は彼らに唆されたものだとか、人里の者達に人気の命蓮寺に焼き討ちを計画しているなど、さも見て来た事のように文に語って聞かせた。
 
 被害の大半が、人間に友好的な香霖堂関係者であった事も人間を味方に付けるのに一役買ったのだろう。
 
 狭い人里の中、そんな事をされれば当然根も葉もない噂が飛び交うようになり、秘密結社の活動もしにくくなる。
 
 そうなれば当然、彼らは妖怪に対して逆恨みするようになるのだが、彼らの無意識に囁きかけるように、仲間内での疑心暗鬼が発生するよう、さとりを通じて彼女の妹であるこいしに力を貸りた。
 
 後はもう、彼らの自滅を待つだけだ。
 
 ――結果、一週間ほどで秘密結社は解散する事になった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 そして今、霖之助の前には早苗が深々と頭を下げて謝罪していた。
 
「騙されていたとはいえ、先日は本当に申し訳ありませんでした」
 
「まあ、分かってくれたら、それで良いよ。
 
 ――妖怪退治も結構だが、これからは節度を持ってするようにしてくれ」
 
「はい。神奈子様にも、そう諭されました。
 
 それでですね、お詫びも込めまして、今度守矢神社で酒宴を開くので店主さんにも是非来てもらうように、と神奈子様が」
 
 そう言うと、霖之助は僅かに固まり、
 
「いや、それほど迷惑を被ったわけじゃないからね、気にしてもらわなくて結構」
 
「内輪だけでやる酒宴なので、そんなに騒がしくはなったりしませんから」
 
「いやいや、本当に気を遣ってもらわなくていいから」
 
 酒宴が嫌なのではなく、あまり会いたくないのだ。……八坂・神奈子と洩矢・諏訪子の二柱に。
 
「……そうですか、しかたありませんね」
 
 意固地になって遠慮する霖之助に、早苗も諦めたのか一息を吐き、
 
「分かってもらえたようで、なによりだ」
 
「はい。嫌がるようなら、拉致してでも連れて来いと言われていますから」
 
「は……?」
 
 次の瞬間、霖之助は後頭部に強い衝撃を受け意識を手放した。
 
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