香霖堂繁盛記
 
書いた人:U16
 
第78話 無縁仏の供養
 
 幻想郷と呼ばれる閉鎖された世界がある。
 
 この世界とは見えない壁一枚を隔てた所にある異世界。
 
 そこでは、人間だけでなく妖精や幽霊、吸血鬼に妖怪、更には宇宙人や死神、閻魔様に神様までもが存在していた。
 
 その幻想郷の魔法の森と呼ばれる湿度の高い原生林の入り口に、ポツンと建てられた一件の道具屋。
 
 掲げられている看板には香霖堂の文字。
 
 店の中に入りきらないのか? 店の外にも様々な商品が乱雑に積み重ねられている。
 
 ここ香霖堂は、幻想郷で唯一、外の世界の道具も、妖怪の道具も、冥界の道具も、魔法の道具も扱っている店であるが、外の世界の道具に関しては誰にも使い方が分からないため余り売れていないらしい。
 
 というか、僅かに使用方法の分かった外の世界の道具は、全て店主である森近・霖之助が自分のコレクションに加えてしまうので、商売としては成り立っていない。
 
 まあ、そんな感じで、ここ香霖堂は今日ものんびりと適当に商売していた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 無縁塚での仕入をナズーリンに任せるようになった霖之助だが、その事に対して意外な所からクレームが来るようになった。
 
 休日には香霖堂の番頭も務める閻魔、四季・映姫・ヤマザナドゥである。
 
「実はですね、ナズーリンの使い魔達が無縁塚の死体を食べ荒らしているのです」
 
「それがどうかしたのかい?」
 
「えぇ、このままそれを放置すれば、幻想郷中に疫病が蔓延しかねません。
 
 そうなると、人間が大勢死に、幻想郷のバランスが大きく崩れる事になりかねないのです」
 
 それでも、あくまで無縁塚での死体の埋葬は、霖之助の善意で行ってきた事であり、映姫に彼を強制させる権利は無い。
 
「どうしても無縁塚の状況を好転させたいのなら、是非曲直庁の方で月に一度程度、職員総出で無縁塚の清掃と埋葬を行うというのはどうだい?」
 
 霖之助はそう提案するが、年中人手不足の是非曲直庁にそのような余裕も無い。
 
 それに、是非曲直庁の仕事は魂の管理であり、死体の管理ではないのだ。
 
 そこで、映姫は閻魔としての権限をフル活用して、霖之助が無縁塚の死体を定期的に埋葬してくれるのであれば、その後の墓荒らしには目を瞑り、善行であること認めて地獄行きは免除するという約束を十人の閻魔王に取り付けた事を説明した。
 
 ……もっとも、あくまでも地獄行きを免除するというだけで、極楽に行けるとは一言も言っていない。
 
 映姫としては、霖之助の死後は是非曲直庁で、自分の助手として務めてもらうつもり満々だが、それはまだ秘密だ。
 
「僕ほど清廉潔白な者なら極楽行きは約束されているから、それは何の取引材料にもならないんじゃないかい?」
 
「……見てみますか?」
 
 余りにもキッパリと言い切ってくれた霖之助に、思わず映姫は商売道具である浄瑠璃の鏡を取り出してそう言っていた。
 
 霖之助自身にも思う所があるのか、小さく咳払いし、
 
「しかしだね、それはナズーリンの所為であって、僕には一切責任は無いだろう」
 
 あくまでも拒否の姿勢を崩さない霖之助に、映姫が少し失望しかけた所で、それまで黙って見守っていた第三者が割って入った。
 
「気にしなくても良いわよ閻魔様。――彼、無縁塚の死体を埋葬する事に否は無いのだから」
 
 そこに居るのは、買い物に立ち寄った地霊殿の主、古明地・さとりだ。
 
「他人に言われてやるのが、やらされているみたいで、ちょっと意地になっているだけですものね」
 
「…………」
 
 相手が悪いと見たのか、そっぽを向いてしまう霖之助。
 
「人間の里には知り合いも居るから、疫病を防ぐ為にも最初から受けるつもりでいたくせに」
 
「…………」
 
「あら、拗ねちゃったわ」
 
「拗ねてない」
 
「ふふふ」
 
 楽しそうな笑みを浮かべるさとりだが、一瞬だけ映姫と視線が合うと、その瞳に勝ち誇ったような色を浮かべる。
 
 それを敏感に感じ取った映姫は、一度咳払いをして気持ちを改めると、
 
「では、無縁塚の埋葬を受けてくれるのですね?」
 
「……さっき君が言っていた、地獄行きの免除を確約してくれるならね」
 
「えぇ、それはもう絶対に」
 
 そう言った瞬間、映姫の心を読んださとりが二人に悟られないよう小さく歯噛みする。
 
「では、よろしくお願いします」
 
 映姫が霖之助に頭を下げ、彼の無縁塚仕入行脚復帰が確定した。
 
 ちなみにナズーリンだが、博麗神社周辺や魔法の森といった無縁塚以外での道具の収集に仕事が変更されたらしい。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「……折角、楽が出来るようになったと思っていたのに」
 
 誰にとはなく愚痴を零しながら霖之助は仕入の為に無縁塚へ到着した。
 
 周囲を見渡し、散々たる有様の無縁塚を見て溜息を吐き出し、
 
「……何というか、庭を荒らされたみたいで、余り気分の良いものじゃないね」
 
 食い散らかされた死体が散乱し、ガラクタと判断された道具達がそこかしこに散らばる惨状。
 
 暫くは何もする気が起きず、呆然と眺めていた霖之助だったが、仕事を始めなければ何時まで経っても終わらない。と、まずは死体を集め始める。
 
 死体から服を剥ぎ、代わりに持参した白装束を着させて荼毘に付すし、適当な石の上に火を付けた線香を添え、手を合わせて死者達の冥福を祈っていると傍らに気配を感じた。
 
「隣、よろしいでしょうか?」
 
 目を開けて隣を確認すると、そこには以前勘違いで早苗を吹っ飛ばした女性が立っていた。
 
 女性……、聖・白蓮は懐から数珠を取り出し手を合わせると、経文を唱え始める。
 
 但し、彼女の唱えるお経は、彼女が信仰する毘沙門天のものではなく死者に救いをもたらすという地蔵和讃だ。
 
 霖之助は再び目を閉じ、白蓮の唱えるお経に耳を傾けた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 十分以上にもわたるお経が終わり、供養も済んだと霖之助が肩の力を抜くと、傍らに立っていた白蓮が彼に向かって深々と頭を下げていた。
 
 意味が分からないと首を傾げる霖之助に対し、白蓮は頭を下げたまま、
 
「この度は、私の身内がご迷惑をお掛けしましたようで……」
 
 彼女の言う身内とはナズーリンの事だろう。
 
 曰く、店に行った所、店番をしていた映姫に事情を聞き、慌てて無縁塚に赴いたとの事。
 
「まぁ、元々無縁塚の死体を埋葬していたのは僕だからね。それが元通りに戻っただけだよ。気にするような事じゃない」
 
「いえ、それでもご迷惑をお掛けしてしまったのも事実です」
 
 言って、頭を上げた白蓮の眼差しには、霖之助に対する尊敬にも似たものが宿っていた。
 
「それにしても……、森近様は大変出来たお方ですね」
 
 縁も所縁も無い死者を弔いに、わざわざこんな遠い所にまで足を伸ばそうなど、誰も進んでやろうとはしないだろう。
 
「買い被り過ぎだよ。……ここには、外の道具なんかも落ちているからね。死体を埋葬するついでに、それも拾っているだけさ」
 
「いえ、本当に心なく道具だけが目当てなのでしたら、わざわざこのような汚れ仕事などしようとは思わない筈。
 
 それに、閻魔様からお聞きしましたが、森近様が無縁仏を荼毘に付すのは幻想郷に疫病が蔓延するのを防ぐ為とか……」
 
 どうやらかなり勘違いされているようだが、一々訂正するのも面倒臭いと判断した霖之助は落ちている道具を拾い始めた。
 
「あ、……お手伝いします」
 
 霖之助に習い、落ちている道具を拾っていく白蓮。
 
 一通り集めた道具を広げ、
 
「まあ……、暫く見ない内に変わった道具が作られるようになったのですね」
 
 言って、道具の一つを手に取り、
 
「これは何の道具なのですか?」
 
「それはポケットベル。離れた場所に居る相手に連絡を取る為の道具だよ」
 
「まあ……」
 
 驚き、ポケベルを振ってみたり、天にかざして「南無三」と唱えてみたりするのだが、件の道具からは何の反応も見られない。
 
 困った顔で霖之助に助けを求める白蓮だが、霖之助も同じように困った表情で、
 
「それは僕にも分からない」
 
 言って自身の能力が道具の名前と用途しか分からない事を説明し、
 
「だから、使用方法の分からない道具は、店に持ち帰って使い方を試行錯誤するんだ。
 
 外の世界の道具は、幻想郷にあるものとは比べ物にならない程、便利だからね」
 
 目を輝かせ、子供が夢を語るかのように外の世界の道具の利便性について語る霖之助に、白蓮は優しげな笑みを浮かべ、
 
「まぁ、それはそれは……、森近様は向上心が高いのでありますね」
 
「うん。……まぁ、向上心は人並みにはあると思うが、むしろ好奇心の方が強いかな」
 
 そう言って浮かべた笑みが、亡き弟に重なって見えた。
 
 慌てて霖之助の顔を見直してみるも、既に霖之助には弟の面影は見られない。
 
「……どうかしたのかい?」
 
「いえ……」
 
 一息を吐き、
 
「森近様……。私、ずっと封印されていたので少々世間知らずなので、……今の道具や風潮について色々と教えてもらってよろしいでしょうか?」
 
 弟に法力を学んだ時のように彼から学べば、何か……、道具の知識や今どきの文化など以外に大事な事が分かるようになるだろうか? そんな期待を持って提案を持ち掛けると、霖之助は小さく頷き、
 
「僕に分かる事なら構わないよ。……ついでに店で何か買っていってくれると、とても助かる」
 
「えぇ、そんなに高い物は変えませんけど、小物程度でしたら」
 
 はにかみながら告げる白蓮。
 
 こうして香霖堂の常連となった彼女は、霖之助が無縁塚に行く時は同行し、彼の傍らで死者達に対し念仏を唱えるようになったという。
 
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