香霖堂繁盛記
 
書いた人:U16
 
第77話 紅魔舘の大時計とカラスのジルコニア
 
 幻想郷と呼ばれる閉鎖された世界がある。
 
 この世界とは見えない壁一枚を隔てた所にある異世界。
 
 そこでは、人間だけでなく妖精や幽霊、吸血鬼に妖怪、更には宇宙人や死神、閻魔様に神様までもが存在していた。
 
 その幻想郷の魔法の森と呼ばれる湿度の高い原生林の入り口に、ポツンと建てられた一件の道具屋。
 
 掲げられている看板には香霖堂の文字。
 
 店の中に入りきらないのか? 店の外にも様々な商品が乱雑に積み重ねられている。
 
 ここ香霖堂は、幻想郷で唯一、外の世界の道具も、妖怪の道具も、冥界の道具も、魔法の道具も扱っている店であるが、外の世界の道具に関しては誰にも使い方が分からないため余り売れていないらしい。
 
 というか、僅かに使用方法の分かった外の世界の道具は、全て店主である森近・霖之助が自分のコレクションに加えてしまうので、商売としては成り立っていない。
 
 まあ、そんな感じで、ここ香霖堂は今日ものんびりと適当に商売していた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ある日の事だ。
 
 霖之助がいつものように、いつもの如く店番という名の読書に勤しんでいると、香霖堂の上客である紅魔舘のメイド長、十六夜・咲夜がやって来た。
 
「いらっしゃい。――本日は、どのような御用件で?」
 
 本から視線を上げ、問い掛ける。
 
 対する咲夜は霖之助とカウンターを挟んで対峙し、
 
「時計の修理をお願いしたいのだけど、……出来るかしら?」
 
「まぁ、状態にもよるけどね。取り敢えず見せてもらおうか」
 
 言って、咲夜に時計を渡すよう手を差し出す。
 
 だが、咲夜は時計を取り出すような動きも見せず、
 
「いえ、違うの。……携帯出来るような時計ではなくて、紅魔舘の大時計を直してもらいたいの」
 
「大時計って、……あの時計塔の大時計かい?」
 
「えぇ、その大時計よ」
 
 肯定されてしまった霖之助は暫し考え、
 
「そう言う事なら、僕なんかより河童にでも頼んだ方が良いんじゃないか?」
 
 本音としては、あれだけ大きな物を直そうとした場合、結構な重労働になるので、それが嫌なだけだ。
 
 だから面倒事は他人に押し付けようとしたのだが……、
 
「私もそう言ったのだけど、お嬢様が嫌がるのよ」
 
 曰く、山の連中に借りは作りたく無いとの事。
 
 あの我が儘お嬢様の事だ。例え正論で諭したとしても、聞き入れようとはしないだろう。
 
 だとすると、幻想郷広しと言えど、あんな大時計を修理出来るのは、香霖堂を置いて他にはあるまい。
 
 それに上得意である紅魔舘からの頼みである。そうそう断るわけにもいかないだろう。
 
 霖之助は深々と溜息を吐き出すと、ゆっくりした動作で立ち上がり、
 
「分かった。その依頼受けよう」
 
 半ば諦め気味に承諾した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 店を星に任せて、早速、紅魔舘を訪れた霖之助は、その足で時計塔に登り、持って来た懐中電灯で大時計の内部を照らし故障箇所を探す。
 
 大時計とは言ってもカラクリ時計の類で無い以上、時計の構造自体は単純な物で、むしろ咲夜の愛用している懐中時計の方が構造的に複雑な物が多い。
 
 様々な種類の歯車やバネ、ワイヤー等の部品で構成された時計塔の内部は独特な金属と油の混じった臭いが充満する場所だ。
 
 ……こういう場所の臭いが落ち着くというのは、僕も技術屋の端くれという事なんだろうなぁ。
 
 そう感慨深げに思う霖之助だが、彼の周りでその考えに理解を示してくれそうなのは、残念ながら、河童連中くらいなものだ。
 
 そんな事を考えながら注意深く故障箇所を探っていく霖之助は、やがて故障の原因を発見した。
 
「……これは」
 
 歯車の間に鳥の巣が作られていた。
 
 おそらくはコレが時計の動きを封じていたのだろうが、
 
「草木の重ね合わせで止められるような物じゃないだろうに……」
 
 既に雛も巣立ちした後なのか、その巣には鳥の姿は見えない。
 
 霖之助は慎重な手付きで巣を取り除くと、そっと中を覗き見る。
 
 ……これは、
 
「ジルコニアか」
 
 見た目は金剛石と非常に良く似ているが、これは人工的に作られた模造品だ。
 
 宝石商以外の者が見ても見分けは付けにくいが、霖之助の能力がこれはジルコニアである事を証明してくれる。
 
「大きさといい、カットといい、余り価値は無いな……」
 
 もっと大きくて、カットの美しいジルコニアならば香霖堂に幾つかある。
 
 それに、歯車に挟まれていた所為か、僅かに傷も見て取れた。
 
 本来、その程度で傷がつくような代物ではないのだが、
 
「不良品か」
 
 ハッキリ言って、売り物にはならない。
 
 巣の中には、他にもガラスの破片や金属片などの光り物が見て取れる事から、霖之助はこの巣をカラスの巣であると断定した。
 
 巣を除去した事で再び動き始めた時計の時間を合わせ、歯車に油を差したり、ワイヤーの弛みを直したりと軽いメンテナンスを行い、最後に時刻の確認をして満足げに頷くと、霖之助は大時計の内部を後にした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 霖之助が時計塔の階段を降りていくと、丁度お茶を淹れた咲夜が霖之助に休憩を促しに来た所だった。
 
「丁度良かったわ。今、お茶を淹れたから呼びに行こうと思っていたのよ」
 
「それは丁度良かった。こっちも丁度終わった所だよ」
 
 言って、咲夜にカラスの巣を見せる。
 
「これが時計の歯車に挟まっていたんだ」
 
「こんな物で?」
 
 咲夜も霖之助と同じ意見なのか、訝しげな表情を作る。
 
 霖之助はポケットから先程のジルコニアを取り出すと、
 
「直接の原因はこれだろうね。この巣の主が集めてきた物だろう」
 
 言って、咲夜にジルコニアを手渡した。
 
「……これは、ダイヤモンド?」
 
「いや、残念ながら模造品だよ。名称はジルコニアという。
 
 外の世界では、それほど珍しい物でも無いらしい」
 
「あら、そうなの」
 
 珍しくない物ならば興味は無いと霖之助にジルコニアを返そうとする咲夜だが、霖之助はそれをやんわりと断り、
 
「それは君に進呈するよ。日頃から香霖堂を贔屓にしてくれているお返しとでも思ってくれればいい」
 
「え……?」
 
 まさか霖之助から宝石をプレゼントされるとは思ってもみなかった咲夜が一瞬呆気に取られていると、霖之助は更に、
 
「そのままが気に入らないのなら、ペンダントにでも、指輪にでも加工するが」
 
 ……勿論、有料で。
 
 とはこの場では言わない。
 
 言えば、折角の儲け話を不意にしてしまう可能性があるからだ。
 
「なら……、指輪にでもしてもらおうかしら」
 
 再び咲夜からジルコニアを手渡された霖之助は、それをシッカリと受け取り。
 
「分かった。任せておくと良い。――きっと、満足のいく物に仕上げよう」
 
「えぇ、期待しているわ」
 
 言って、華のような笑みを浮かべて見せた。
 
 ――その後、竹の花や青いダイアモンドなどの珍しい物が収められた咲夜の宝箱の中に、何の変哲も無いジルコニアの指輪が追加される事になった。
    
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