香霖堂繁盛記
 
書いた人:U16
 
第75話 例月祭の指輪
 
 幻想郷と呼ばれる閉鎖された世界がある。
 
 この世界とは見えない壁一枚を隔てた所にある異世界。
 
 そこでは、人間だけでなく妖精や幽霊、吸血鬼に妖怪、更には宇宙人や死神、閻魔様に神様までもが存在していた。
 
 その幻想郷の魔法の森と呼ばれる湿度の高い原生林の入り口に、ポツンと建てられた一件の道具屋。
 
 掲げられている看板には香霖堂の文字。
 
 店の中に入りきらないのか? 店の外にも様々な商品が乱雑に積み重ねられている。
 
 ここ香霖堂は、幻想郷で唯一、外の世界の道具も、妖怪の道具も、冥界の道具も、魔法の道具も扱っている店であるが、外の世界の道具に関しては誰にも使い方が分からないため余り売れていないらしい。
 
 というか、僅かに使用方法の分かった外の世界の道具は、全て店主である森近・霖之助が自分のコレクションに加えてしまうので、商売としては成り立っていない。
 
 まあ、そんな感じで、ここ香霖堂は今日ものんびりと適当に商売していた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 例月祭……。永遠亭で、毎月満月の日に行われる行事で、薬草入りの餅を奉納したり、丸い物を集めて祀るというお祭りである。
 
「……それにしても、結構溜まったわね」
 
 呆れの混じった声で物置の入り口からそう零すのは、永遠亭の誇る天才薬師、八意・永琳だ。
 
「毎月、毎月、増えていきますからね……」
 
 永琳に同意の声を挙げるのは、彼女の弟子である月兎、鈴仙・優曇華院・イナバ。
 
「流石に、これ以上溜まっても困るから今の内に処分しちゃいましょうか」
 
 穴でも掘って埋めるのかな? と鈴仙が思っていると、永琳は通りがかった妖怪兎達に命じて、大八車を用意するよう告げる。
 
「何処かに捨ててくるんですか?」
 
 問われた永琳は口元を小さく吊り上げ、上品な笑みを浮かべると、
 
「古道具屋に売りに行きましょう。――多少なりともお金にはなるでしょうし。
 
 ……ついでに、今月の例月祭で使う丸い物も探してきてちょうだい」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 鈴仙が大量の道具を香霖堂に持ち込んだ時、ちょうど鳥妖が持ち込んだ本の鑑定を霖之助に依頼している所だった。
 
 霖之助は真剣な表情で本を捲り、破損や落書きが無い事を確認すると、鳥妖の持ち込んだ三冊セットの本を揃えてカウンターの上に置き、
 
「三冊で一円二銭といった所かな。現金に換えるかい? それとも別の本と交換するかい?」
 
「本と交換してちょうだい。出来るだけ文字の多いの」
 
「分かった」
 
 頷き、霖之助は傍らに控えていた小悪魔に視線を送り、
 
「彼女に本を選んでやってくれないか」
 
「分かりました」
 
 書籍関係に関してはプロフェッショナルだ。霖之助があれこれと口出しする必要は無いだろう。
 
 小悪魔は小さくお辞儀すると、妖怪少女を伴って、最近増築された売り物用の書庫に向かった。
 
「さて……、待たせて済まなかったね」
 
 一息を吐いた霖之助が、鈴仙へ視線を向け声を掛ける。
 
「それで、今日はどのような御用件で?」
 
 てゐ直伝の営業用スマイルで問い掛けてみると、鈴仙は僅かに緊張した面持ちで表に止めてある大八車を指し、
 
「あの道具の鑑定と買い取りをお願いしたいんだけど」
 
「なるほど。……なら早速見せてもらおうかな」
 
 言って椅子から立ち上がり、表に出る。
 
「これは……」
 
 大八車の上に山積みにされた荷物を眺め、霖之助は呆れの混じった声色で、
 
「大した量だ。……少し、時間を頂くが良いかい?」
 
「えぇ。……売り物見させてもらっても良い?」
 
「あぁ、壊したり盗んだりしないのなら、全然構わないよ」
 
「そんな事しないわよ」
 
 霖之助の言葉に、憮然とした物言いで返す鈴仙は、店に戻り例月祭に使う為の丸い物を探し始めた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 それから三十分後。
 
 ようやく鑑定の終わった霖之助がメモ帳を片手にカウンター席に腰を下ろし、勘定台の上に置いてあった電卓を引き寄せて次々と数字を打ち込んでいく。
 
 無表情のまま作業を終えた霖之助は、冷めきってしまっているお茶を飲み喉を潤すと、
 
「三十二銭だね」
 
「安ッ!?」
 
「永遠亭はお得意様だから、これでもかなりサービスしてるよ。本来なら、これから処分費を引いて……」
 
 電卓を叩き、
 
「六銭ほどこちらが貰いたいくらいだ」
 
 実は霖之助、永遠亭の古道具という事で、月キ万象展に出品されていたような道具を期待していたのだが、ガラクタしかなかった為、かなり気落ちしていた。
 
「待って……、ちょっと待って……」
 
 左手で額に指を添えて右手で待ったを掛けつつ、
 
「私が大八車を引いて、永遠亭から此所まで歩いてきた労働の代金って、さっきの鳥妖怪の持ってた本一冊分の値段以下?」
 
「あぁ、そうだね。――あの大八車も売るというのであれば、三十五銭までは出しても良い」
 
「いや、そんな事言ってないし!?」
 
 ……姦しい娘だ、と霖之助は溜息を吐き出し、
 
「それで、どうするんだい? またあの荷物を大八車に積んで永遠亭に帰るのか、それとも香霖堂に売るのか」
 
「ぐ……」
 
 永遠亭まで荷物を満載にした大八車を引いて帰るとなると結構な重労働だ。正直それは御免被りたい。
 
「でも売ったお金で、例月祭に使う丸い物買ってこいって言われてるし……」
 
「例月祭? ……確か永遠亭で月に一度行われる祭りの事だったね」
 
「そうだけど……、よく知ってるわね?」
 
 例月祭は永遠亭の内輪だけの祭りだ。永遠亭の者以外では余り知られていない筈だが……。
 
「あぁ、以前師匠(てゐ)に聞いたんだ」
 
「お師匠様(永琳)に?」
 
 霖之助は小さく頷き、
 
「そうだな……。そういう事なら、これなんかはどうだろう?」
 
 言って立ち上がり、商品棚から取り出したのは銀色の指輪だ。
 
 ……但し、見た目が銀色なだけで銀製の指輪ではなく、銀メッキの安物だが。
 
 霖之助はそれを研磨剤で磨き、即興で輝きを取り戻させると、空のリングケースに入れて包装し、高級感を漂わせ、
 
「こんな感じでどうだろう? 値段は道具の引き取り代金とロハで良いよ」
 
 確かに、これならパッと見は高級そうに見えなくもない。
 
「なんなら、僕からの贈り物だと言ってもらってもかまわない」
 
 以前、てゐが例月祭について語った時、心底面倒臭そうだったので、お供え物ならこの程度のパチ物で充分だろうという意味合いを込めてみた。
 
 当然、そんな事は知らない鈴仙は暫し悩んでいたようだが、霖之助の言葉を責任は彼が取ってくれると過大解釈し、
 
「そういう事なら、それで良いわ」
 
 彼女としても、あの大荷物を持って永遠亭に帰りたくはない為、霖之助から指輪を受け取る事にした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 その後、なんのトラブルも無く、無事永遠亭に帰り着いた鈴仙は永琳の元を訪れ、
 
「お帰りなさい。何か面白そうなお供え物でも見つかったかしら?」
 
「面白いかどうかは微妙ですが……」
 
 僅かに言い淀みつつも、スカートのポケットからリングケースを取り出し、
 
「店主さんが、これを。師匠への贈り物だそうです」
 
 永きを生きてきた永琳の眼力ならば瞬時に安物と見抜き、持って行った道具を二束三文で買い叩かれた事を怒られるのではないか、と戦々恐々としていた鈴仙だが、永琳からは何の反応も見られない。
 
 ビクビクしつつも永琳の様子を眺めてみると、彼女は努めて無表情に、
 
「そう……」
 
 と素っ気無い返事を返すと、鈴仙に退室するよう促した。
 
 永琳のその態度を安物を掴まされた事による怒りと捉えた鈴仙は、心の中で霖之助の冥福を祈りつつ、永琳の部屋を後にする。
 
 ……一人、部屋に残された永琳は、愛おしげな眼差しで指輪の表面を撫で、
 
「困ったわ……」
 
 この指輪が安物である事も、あの店主に他意は無い事も分かっているのだが、
 
「やだ……」
 
 霖之助から指輪を贈られたという事がどうしようもなく嬉しい。
 
 ……何を少女みたいな反応を。と、自己分析するのだがどうにも自分を抑えられない。
 
 その後、指輪を左手の薬指に填め、霖之助を顔を思い出して顔を真っ赤に染め、
 
「ホント、困ったわ……」
 
 彼に惹かれていたのは、彼の持つ父性に憧れていたからだと思っていたのだが、これではまるで……、
 
「恋する乙女みたいじゃない……」
 
 八意・永琳が、自分の恋心を自覚した瞬間だった。
 
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