香霖堂繁盛記
 
書いた人:U16
 
第72話 我慢比べ
 
 幻想郷と呼ばれる閉鎖された世界がある。
 
 この世界とは見えない壁一枚を隔てた所にある異世界。
 
 そこでは、人間だけでなく妖精や幽霊、吸血鬼に妖怪、更には宇宙人や死神、閻魔様に神様までもが存在していた。
 
 その幻想郷の魔法の森と呼ばれる湿度の高い原生林の入り口に、ポツンと建てられた一件の道具屋。
 
 掲げられている看板には香霖堂の文字。
 
 店の中に入りきらないのか? 店の外にも様々な商品が乱雑に積み重ねられている。
 
 ここ香霖堂は、幻想郷で唯一、外の世界の道具も、妖怪の道具も、冥界の道具も、魔法の道具も扱っている店であるが、外の世界の道具に関しては誰にも使い方が分からないため余り売れていないらしい。
 
 というか、僅かに使用方法の分かった外の世界の道具は、全て店主である森近・霖之助が自分のコレクションに加えてしまうので、商売としては成り立っていない。
 
 まあ、そんな感じで、ここ香霖堂は今日ものんびりと適当に商売していた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 その日、香霖堂のドアが騒がしい音と共に開け放たれた。
 
 続いて聞こえてくるのは、けたたましいラッパの音だ。
 
 平穏と静寂を好む霖之助からすれば、耳障りであるものの途中で無理矢理にでも止める気にならなかったのは、それがちゃんとした演奏だったからだろう。
 
 一通り演奏を終えて満足したのか、騒音の原因である彼女、……メルラン・プリズムリバーは良い笑顔で、
 
「幻想郷一根暗な店と評判の香霖堂を明るくしにやってまいりました!」
 
「出口はそこだよ。回れ右して出て行ってくれると僕が喜ぶ」
 
 霖之助はそう言うが、メルランは聞いておらず店の中を見渡すと、
 
「まず、この暗さがいけないのよ。もっと明かりを沢山取り込んで、明るくしないと!」
 
「ここは古道具屋だ。古道具屋には古道具屋なりのイメージというものがある。
 
 中でも、道具に年期を持たせるような演出として、この薄暗さが絶対に必要なんだ」
 
 更には、埃っぽさと黴びた香り。この二つも重要な要素なのだが、それは手伝いの少女達によって完膚無きまでに排除されている。
 
「この古本特有の微かな黴びた香り。……この良さが分からないとは、なんとも嘆かわしい」
 
 そう言って少女達を説得しようとしたのだが、賛同を得られたのはパチュリーだけだった。
 
 ちなみにメルランは、霖之助の言葉に耳を傾ける事無く、自分の香霖堂改装プランを身振り手振りを交えて語り続けている。
 
 普段の霖之助ならば、諦めて相手が飽きるまで無視する所だが、今回は喧しさのレベルが違う。
 
 時折、思い出したかのようにトランペットを吹いて演出しつつ語り続けるのだ。
 
 どうしたものかと思案した結果、霖之助が耳栓を探し始めた所で、メルランの演説がピタリと止んだ。
 
「…………」
 
 何事か? と霖之助がそちらに視線を向けてみると、そこではメルランが陳列されているトランペットに目を奪われていた。
 
「……それが気に入ったのかい?」
 
 問うてみると、件のトランペットから視線を外さないままでコクコクと頷づくメルラン。
 
「ちなみに、お値段は四十円だ」
 
「よッ!?」
 
 流石にその値段は予想外だったのか、驚いた表情のまま硬直してしまった。
 
「外の世界でも最高級品のヴィンテージトランペットだ。安くてもそれ位はするさ」
 
 一目見て、すっかりそのトランペットが気に入ってしまったメルランだが、哀しいかな手持ちが無い。
 
 ちなみに、家に帰っても四十円なんて大金は無い。
 
 なにしろ霊体なので、お金など殆ど必要無いのだ。
 
 一応、ライブの際にはある程度のお金は入ってくるものの、所詮は泡銭とばかりに打ち上げで全て使い切るのが慣例となっている為、プリズムリバー家における貯蓄はゼロだった。
 
「もうちょっと安くは――」
 
 それでも諦められないメルランは霖之助と交渉を開始、
 
「ならないよ。……というか、幾らなら出せるんだい?」
 
 問われたメルランはがま口の財布を取り出し、
 
「……三銭くらいなら」
 
「出口はそこだよ。歩いてお帰り」
 
「そこを何とか」
 
「ならないよ。どうしても欲しければ四十円、耳を揃えて持ってくればいい。
 
 そうしたら僕は特別サービスとして、そのトランペットを丁寧に包装し、恭しい手付きで君に差し出しつつこう言うだろう。「お買い上げありがとうございます、お客様。今後とも香霖堂をご贔屓に」と」
 
「え? それって普通のお店の対応じゃないの?」
 
 というメルランの反論はスルー。
 
 その後も決死の交渉は続くが、結局霖之助は一切妥協せず、その日は諦めてメルランは家に帰って行った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 それからというもの、毎日のように香霖堂を訪れてはトランペットを眺め続けるメルラン。
 
 特に交渉などは行わないものの、彼女は無言のままジッとトランペットを見つめ続ける。
 
「まるで“ベンのトランペット”ね」
 
 とはメルランの姿を揶揄したパチュリーの言葉だ。
 
 初めの内は無視し続けた霖之助だが、一週間が経ち、二週間が過ぎ、やがて一月を超えるようになると、流石に鬱陶しくなってきたのか、遂に霖之助の方が折れた。
 
「代金をまける事は出来ないが、代金分働いてくれたら、このトランペットは君に譲ろうじゃないか」
 
「ホント!?」
 
「あぁ、本当だとも」
 
 やや疲れたような表情で頷く霖之助に対し、メルランは満面の笑顔で、
 
「それで? 働くって何するの? 裏からお店のBGMを生演奏する?」
 
「しなくていい。君にやってもらいたい事は――」
 
 居間の方に向かって名前を呼ぶと、そこから顔を出したのは、小柄な妖怪少女だ。
 
 緩い金髪のウェーブヘアーに蒼い瞳の自動人形。香霖堂第三支店支店長メディスン・メランコリーである。
 
「メディスン。彼女が今日から君の部下になるメルラン・プリズムリバーだ。
 
 彼女には君の露店の客引きを手伝ってもらうから、仲良くしてやってくれ」
 
 メディスンに対し、上司と部下の関係を一通り説明した後、霖之助はメルランに向き直り、
 
「という事だ。君には人里の方で露店の客引きをお願いしたい」
 
 またの名を厄介払いとも言う。
 
「分かったわ、任せておいて」
 
 一月分の溜まりに溜まった鬱憤を晴らす為にも、とっても派手な客引きにしよう。
 
 そう決意して、メルランはメディスンと共に人里へ向かった。
 
 ……派手にやり過ぎた結果、慧音に怒られたメルランがメディスンと共に香霖堂に戻って来るのは、これから二時間後の事。
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