香霖堂繁盛記
書いた人:U16
第71話 毘沙門天の能力
幻想郷と呼ばれる閉鎖された世界がある。
この世界とは見えない壁一枚を隔てた所にある異世界。
そこでは、人間だけでなく妖精や幽霊、吸血鬼に妖怪、更には宇宙人や死神、閻魔様に神様までもが存在していた。
その幻想郷の魔法の森と呼ばれる湿度の高い原生林の入り口に、ポツンと建てられた一件の道具屋。
掲げられている看板には香霖堂の文字。
店の中に入りきらないのか? 店の外にも様々な商品が乱雑に積み重ねられている。
ここ香霖堂は、幻想郷で唯一、外の世界の道具も、妖怪の道具も、冥界の道具も、魔法の道具も扱っている店であるが、外の世界の道具に関しては誰にも使い方が分からないため余り売れていないらしい。
というか、僅かに使用方法の分かった外の世界の道具は、全て店主である森近・霖之助が自分のコレクションに加えてしまうので、商売としては成り立っていない。
まあ、そんな感じで、ここ香霖堂は今日ものんびりと適当に商売していた。
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星が香霖堂で借金返済の為、働き始めて数週間が過ぎた。
新たな手伝いの少女を雇った事を知った映姫は、最初難色を示したものの、新しい手伝いが星だと知ると、一転、積極的に彼女の教育係を受け持つようになった。
映姫曰く、二人は初対面では無いらしい。
仏法において、東西南北を八方に分け、それぞれの方角を守護する八神に天地日月の四神を加えて十二天と呼ぶ。
その中で南方を守護するのが閻魔天であり、北方を守護するのが毘沙門天だ。
映姫や星は、互いに本物の閻魔天や毘沙門天ではないとはいえ、幻想郷においてその役職を受け持っている為、幻想郷内での十二天会合や親睦会で面識があったらしい。
それを聞いた霖之助は納得したと頷き、手元の本へと視線を戻した。
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それから一月後、非売品が収められた奥の倉庫に、また一つ増えた非売品を収めながら霖之助はほくそ笑む。
ここ一月程、毎週のようにレアな道具を売りに客がやって来るのだ。
それは、外の道具であったり、八雲・紫でさえ何の為に用いるのか分からないような異世界の道具であったりしたのだが、今回、それはどうでも良い。
問題とすべきは、どうして急にレア物の蒐集率が上がったか、だ。
これまでレア物を入手出来た確率など、精々年に一度あるかないか程度だ。
それがいきなり、毎週のようにレア物が入荷されるようになった原因を突き止める事が出来れば、これからもこのように……、否、もっとハイペースで、更にレアな道具を手に入れられるようになるかもしれない。
あらためて道具を確認すぐが、ここ一ヶ月で入荷された道具に共通点は無い。
売りに来た者達にしても、妖怪、妖精、人間とこちらも共通点は見られない。
霖之助は無造作に頭を掻くと、奥の倉庫を出て鍵を閉める。
その後、いつもの席に腰を下ろし、仕入台帳と業務日誌を見比べ、ある事に気付いた。
……おや?
稀少品が入荷される時は、決まって星が手伝いに来ている日なのだ。
「……そういえば、稀少品が入るようになったのは、星が手伝いに来るようになってからだな」
独り言を零すと、丁度お茶を淹れてくれた映姫が湯飲みを霖之助に差し出しながら、
「それは星の能力によるものですね」
「星の能力……?」
礼を告げながら湯飲みに口をつける。
「えぇ、彼女の能力は財宝が集まる程度の能力です。おそらく、それが作用しているのでしょう」
「なるほど。そう言えば毘沙門天は護国、戦勝の他に現世利益をもたらす仏尊だったな」
……だとすれば、彼女を雇ったのは正解だったな。
そう結論付けようとして、霖之助は己の思考に待ったをかけた。
たしか、神や仏尊の力はその者が持つ信仰心に大きく左右される筈だ。
信仰心が弱くなれば自らの存在を維持出来ない程に弱まるが、逆に信仰心が多ければ多いほど、強ければ強いほど、大きな力を発揮する事が出来る。
香霖堂の香は神、すなわち神社を示す。そして廃仏毀釈以前は、神仏習合と言って神社で仏像を奉ろうとも別に不思議は無かった。
つまり、
……香霖堂で毘沙門天を信仰する事により、星により強い力を与える事が出来るようになる筈だ。
星の力が強まれば、その分香霖堂に財宝が集まってくる。
「……素晴らしい」
「は……?」
隣で映姫が怪訝な顔をしているが、霖之助は気付かない。
……いや待て、仮にも信仰対象である星を妖夢や天子と同じ丁稚として扱うのは拙い。
星は真面目で勤務態度も良いし、今の所大きなミスもなく極めて優秀だ。手代に昇進したとしても、何の問題も無いのだが、同じ十二天の映姫が番頭である以上、彼女にも同等の位を与えるべきだろう。
帳簿のシフト表を見ると星が次に出てくるのは明日の筈だ。
……早速、明日から番頭として働いてもらう事にしよう。
そう結論し、星に渡す制服を用意する為、霖之助は奥の部屋へ向かった。